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2019年9月 4日 (水)

JR京町温泉駅 (宮崎県えびの市)

宮崎県えびの市のJR京町温泉(きょうまち・おんせん)です。

えびの市ではJRえびの駅をupした事がありますが、今回は市内の温泉駅を名乗るこの駅のご紹介です。

-JR京町温泉駅-
【路線】
JR吉都線(吉松-都城間)
【開業】1912年10月1日
【訪問】2019年1
【1日あたり平均乗車人員】 69人/日 (2015年) 
【近隣の主要駅】 (吉松方面) 吉松駅→2駅 
           (都城方面) えびの駅→隣駅

▼今年の初め、霧島温泉郷へ行く前の計画段階で、近くにこのような名前の駅があるのを全く知らず「これは是非行ってみよう」と思い立って寄った所です。

こんなに地味に「温泉」駅が存在していたなんて!という感じです。

隣はえびの市の中心である「えびの」駅と、もう片側の隣「鶴丸」駅は鹿児島県の駅で、前回の吉松駅から吉都線に乗っていちばん最初の宮崎県の駅で、ここから宮崎県、あとは都城駅までずっと宮崎県な訳です。

開業したのが明治最後の年である1912年で、当初は単に「京町」駅だったのですが、平成初期の1990年に現在の京町「温泉」駅となり現在に至ります。

宮崎県は意外にも「温泉資源の乏しい県」といわれ、この内陸部にある、都会とは言い難いこの辺りが県内随一の温泉エリアであるそうです。海沿いの都市部にそういえば温泉が思いつかないな、と。この辺に何かあればもっと賑わって注目されたろうに…と思うのですが。確かに鹿児島県や大分県は温泉といえば色々思いつきますが、それらに隣接している宮崎県でパッと思いつかないのがなんだか不思議です。

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▼吉松駅でキットカットをもらって、このキットカット電車に乗って、ここまでやってきたのでした。

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▼ホームは1面1線のみの最低限の形でした。

屋根のある部分もこれだけ、という感じの短いものでした。

駅の乗車人員は1日あたり69人が直近情報ですがこれが2015年の事で、2009年までは100人を超えていたのが近年急降下している感はあります。

あとフェンスの辺りが工事中を物語っていました。今年の初め、絶賛工事中でした。

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▼名所案内が2つありました。

1つはボロボロでメンテも行き届いていない状態のもので、もう1つはまっさらで工事の際に新設したものでしょうか。

この時、タイミングが少し遅かった感じで、工事中というレア感はありますが、旧の様子をおさめきれなかったのは少々残念でした。

京町温泉はこの界隈全てといっていいほど、ここにある「駅付近」そのものですが、他にも40分も歩けば吉田温泉という温泉にも行けるようです。

いちばん下の「薩摩鶏・地頭鶏」というのが天然記念物で、徒歩20分とあるのが興味深かったです。薩摩鶏というのは闘鶏の一種とありました。徒歩20分とは…、、その辺にいるという事でしょうか??

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▼ホームから出ていくところです。

辺り一面が囲いと更地でした。

「駅のホームを作り直しています」とあり、まさに真っ只中でした。

なのでこんな柵だらけの中を通ってホームを降りて行ったのでした。

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▼まだ、シートが取れていない状態の時刻表や近距離きっぷの運賃表です。

近距離きっぷの路線図では、真ん中左側の赤い部分がこの京町温泉駅で、これを右に行くと吉都線で都城へ至ります。

京町温泉駅から2つ左で分岐しているのが吉松駅で、ここで肥薩線と吉都線が分岐していて、縦に走っているのが肥薩線で、下側は隼人へ、上側は左へ折れながら人吉へ繋がっていきます。


そして時刻表の方ですが、

左が都城・宮崎方面 右が吉松・隼人方面です。

どちらも1日に8,9本程度で10本もないという希少路線です。時刻表のチェックは欠かせないですね。

中でもオドロキは都城方面の終電が19:46という事です。ここでこの電車を乗り過ごしたら「どうしよう?」となります。特に都城や宮崎などでホテルを取っている場合などは。

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▼工事中の仮設塀に沿ってホームから出て、入口はこんな感じです。

駅舎はこの左に隠れている形で位置していて、駅舎を通らなくてもホームを出る事ができます。というか駅舎を通ってホームから出る手段がないのです逆に言えば。門松が置いてあるのはこの時がお正月だったからだと思います。

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▼上の写真の仮設入口の向かいに当たる部分には、このような温泉旅館がありました。

本当に駅から出て目の前です。

「あわじ荘」という旅館です。

日帰り入浴も可能で、午前9時から午後9時までとありました。

京町温泉が一般的な知名度がものすごく高いとは思い難いのですが、この駅周辺に割にこじんまりとした宿が結構点在しています。

ビジネスホテル的なものは逆にあまりありませんが、この手の旅館的なものはこの辺りを歩けばいくつも見つかる、という感じです。隠れた温泉名所という言い方が正しいか分かりませんが、なかなか渋いところだと思います。

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▼ホームを出て、外付けの形で駅舎があり、中に入ってみました。

駅舎というより「観光交流センター」と建物にあり、いわゆる合築駅舎となっていて、駅設備は皆無でした。

電車を待つには良いスペースでした。人の行き来も殆どなくて、たまに数人来るくらいで、この空間を独り占めした時間も少なからずで、快適でした。

そしてパネル展示されていたのは「京町温泉の昭和」というもので、往時栄えた京町温泉の様子を色々と感じ取る事ができました。

こういうのはなかなか売っていないし、ネットでも見れないし、実際に訪ねて見るのがいちばんだな、とこういう時思います。

でも半年以上たった今、どんな姿になっているのかは正直よく分かりません。展示内容も変わっているかもしれませんね。

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▼京町温泉駅の駅舎です。

観光交流センターとの合築的側面がある事は書きましたが、ホームとのつながりが途切れた形でポツンと線路沿いにありました。

この時が工事中であったので、工事後はホームから繋がった駅舎になっているのかどうか…もう一度行ってみたい気もします。

遠いし本数も少なくて気軽に行ける所ではないので、訪ねるのもひと苦労ですが…。

パッと見て「京町温泉駅」の表示が見られないのは、これがまだ過渡期という事なのでしょうか??

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2019年9月 1日 (日)

JR吉松駅 (鹿児島県姶良郡湧水町)

鹿児島県姶良郡湧水町のJR吉松(よしまつ)です。

湧水町は鹿児島県の北部内陸地域に位置し、人口は9,552人(2019.6.1現在)です。

2005年に旧・吉松町と栗野町が合併してできた町で、池から湧き出る湧水に因んでの命名といいますが、湧水というのは「水が湧く」という事で、このような名詞に動詞をくっつけたような自治体名はなかなか珍しいのでは?という気がします。

-JR吉松駅-
【路線】
JR肥薩線(八代-隼人間)
      吉都線(吉松-都城間)

【開業】1903年9月5日
【訪問】2019年1
【1日あたり平均乗車人員】 116人/日 (2013年) 
【近隣の主要駅】 (八代方面) 人吉駅→4駅 
           (隼人方面) 霧島温泉駅→4
駅 
           (都城方面) えびの駅→3駅

▼駅の名前はよく聞いていましたが、こうして訪ねたのは今年の初めの事で「ようやく来れた」という感じでした。

JR肥薩線と吉都線を結ぶ駅であり、南九州にあって郡部の珍しいキー駅の役割を担っています。なので、隣駅表示も片方は2つ書かれてありました。

JR吉都(きっと)線の「吉」はこの吉松の事で、「都」の都城駅と結んだ路線という事です。

隣駅の「くりの」 (栗野)駅は湧水町になる前、合併相手の町名駅で、吉松もこの旧町を名乗った駅となります。

もう片方の「まさき」 (真幸。これで「まさき」と読みます)駅は肥薩線で、宮崎県の駅となります。吉都線ではここにある「つるまる」 (鶴丸)駅を経て次からが宮崎県の駅となります。

鹿児島の駅記事が続きますが、これは今年の初めに霧島温泉郷を訪ねた事に始まる一連の旅で訪問した駅を順次upしていってるためです。

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▼時刻表です。

左から 「隼人・鹿児島方面」(肥薩線)  「人吉・熊本方面」(肥薩線)  「都城・宮崎方面」(吉都線)

となっています。

最も本数が多いのが肥薩線の「隼人・鹿児島方面」で、1時間に1本近くありますが、これが最多です。この駅が複数路線にまたがるキー駅であっても、全体的な本数は多いといえない状況です。

全体を通して終電時刻が20時台とはすごいですね、早すぎる…ヒトの生活としては、そうしたものであるべきかもしれませんが…。

肥薩線の反対方面(人吉・熊本方面)は1日に3本しかなく、吉都線の都城方面は概ね2時間に1本という形です。

この時は吉都線の駅をいくつか降り立った訳ですが、常に時刻表とのチェックをしながら巡っていました。

九州の内陸部を走るレアな路線で、存続していてほしいなと個人的には望みますが、この先どうなるのかな?とも感じました。

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▼ホームは2面4線で、実際に使用されているのは2面3線で、残り1線は留置線です。

ホーム上にはドカッと売店がありました。

この時は見かけませんでしたが、昭和の頃によくあった駅弁の立ち売りを今もやっているそうです。

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▼南九州の内陸部では屈指のキー駅であるためか、豪華な雰囲気が感じられ、ホーム上の屋根が広く大きく取られているだけでなく、骨組みにも着色されていたりしました。

1日あたりの乗車数は100人そこそこですが、そう思わせない立派なホームで、この時は両側ホームに電車が停まっていました。

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▼そのホームに停まっていた電車たちの様子です。

上の写真では両側ホームに列車が停車していましたが、この時3つ稼働しているホーム全部に列車が停まっていたのでした。

上側の単独で写っている電車は「キットカット電車」で、前面には縁起良く「吉」の字が並んでいます。

このあたりは縁起の良い駅名三部作?で、丸、吉、真と縁起良い漢字が並んでいるのです。

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▼両面あるホームを繋いでいるのはこの跨線橋です。

改札側のホームと、島式ホーム2つがあり、階段は橋から3つ下りている格好になります。

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▼その跨線橋の内部です。

とりあえず階段部分は掲示物はなく、手すりの上と下で色が分かれるツートンになっていて、デザインにアクセントがついたものとなっていました。。

橋の部分は掲示物がありました。手すりを境にしたツートンはここでも続いていて、また屋根部分は骨組み部分が丸みを帯びてちょっと凝った形となっていました。

この階段は、階段が3つ下りている跨線橋の真ん中のもので、上りきった後は両サイドに通路がある形です。

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▼島式ホームから跨線橋を渡って来て、改札側のホームへ。

ここは列車が停車しないホームです。

当日日付つきの顔抜き看板があったり、チェンソーアートの木彫物があったり、ただの通過点の一駅では無いようなものが色々と置かれていました。という事で、今年の1月3日の事でした。貴重な「平成31年」です。

この湧水町では「チェンソーアート全国大会」というのが近年になり毎年行われている事から、このようなものが置いてあるようです。

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▼改札を出るところです。

切符入れがポツンとあって、ただ縦にまっすぐなゲートがあるだけの構造でした。

ただ出口までには少し距離を感じさせる奥行きがありました。

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▼駅前広場には動輪が静態保存されていました。

そしてその両サイドには肥薩線の開通記念碑や、吉松駅の開業100周年記念碑なども並べられていました。

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▼駅前広場の延長上ともいうべきスペースには、このような蒸気機関車も静態保存されていました。

C5552号というものでした。

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▼この駅前には色々ありすぎて嬉しい誤算でした。

こんな郡部のひっそりした感じの駅にこんなに色んなものがあるとは…往時は栄えていたのかな??などと思いを馳せてしまいます。

ということでこれは「石倉」という"近代化産業遺産"として保存されているもので、燃料庫だそうです。1903年の開業当時に造られ、鉄道関連施設としての石造物では現存最古級ともいわれています。

また、案内板にありましたが、この駅は鉄道の街として大いに栄え、最盛期には600人を越える職員が働いていたそうです。

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▼吉松駅の駅舎です。

郡部とはいえ交通の要衝の役目を果たし続けている駅だけあってか、2階建てのそこそこの規模の駅舎となっています。

それぞれの階の屋根縁に当たる部分がオレンジになっていて、白を基調とした建物において、良いアクセントになっています。

当初は、肥薩線と吉都線の分岐駅で、どの道待ち時間が発生するので、どんな所かな?位な感じでやって来ましたが、あれこれ見る分に関しては時間つぶしができる所、というのが訪ねての感想でした。

ただ、駅前が賑わっているとか栄えているとか、そういう感じはありませんでした。なので食べる所を探すなどは困難でした。しかし真ん前に銭湯があります。

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▼最後はこのカットで。

キットカットです(笑)

ホームにキットカット電車が停まっていましたが、「吉都」線に因んでのもので、駅で切符を買った時に駅員さんがくれました。

切符購入者には全員くれたのでしょう、正月期間でキャンペーン的なものであったのかもしれません。

という訳で、この切符にあるように次に向かったのは「京町温泉」駅でした。

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2019年8月26日 (月)

JR霧島温泉駅 (鹿児島県霧島市)

鹿児島県霧島市のJR霧島温泉(きりしま・おんせん)です

霧島市では、JR隼人駅と前回記事でJR霧島神宮駅をupしましたが、今回はこの駅です。

-JR霧島温泉
【路線】JR肥薩線(八代-隼人間)
【開業】1908年7月11日
【訪問】2019年1月
【1日あたり平均乗車人員】 241人/日 (2016年)
【近隣の都市駅】(八代方面)人吉駅→8駅
           (隼人方面)隼人駅→5駅

▼前回記事の霧島「神宮」駅はJR日豊本線という本線上にありましたが、この駅は別路線の「肥薩線」に属しています。ちなみに霧島神宮駅は旧・霧島町、この霧島温泉駅は旧・牧園町に属していて、その町名である「牧園駅」を長らく名乗っておりましたが、1962年に「霧島西口」駅と改称し、更に2003年に現駅名となり、それからまだ16年しか経っていない状態です。

そんな訳で、同じ霧島市内でも霧島神宮から霧島温泉へJRで移動するのは結構時間がかかり、隼人駅を経由して7駅を要します。この辺の7駅というのは相当なもの(時間・距離とも)であり、ダイヤを要確認ではありますがバスで移動した方が早い事もあります。

この時は、霧島温泉郷のホテルから少し歩いてからバスに乗ってこの駅へやって来ました。

この駅は普段は普通列車しか通っていない状態で、土日などの休日のみ1日2往復だけ特急「はやとの風」が通っていて、その停車駅となっています。週末だけの特急停車駅という事ですね。

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▼名所案内です。

辺りは「霧島国立公園」です。

霧島温泉郷、霧島神宮はもちろんですが、山々が豊富??で、新燃岳、韓国岳、高千穂峰、えびの高原ete…が列挙されていました。

徒歩で行けるところもあるにはありますが、というレベルでほとんどがバスを要する距離につき、いっぺんに色んな所は行きづらいかなと。というか殆どんが山なので遊ぶジャンルが限られてしまいますが…。

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▼ホームは1面2線で、隼人方面と吉松方面へ別れています。

隼人の方が都会に出る形となり、吉松方面は内陸に入っていくような感じです。

霧島神宮駅の方は隼人まで2駅ですが、ここからだと隼人まで5駅を要します。

しかし、かの有名な「嘉例川駅」が隣駅として存在しています。古くからの姿を遺す駅として有名な駅です。

それと長いホーム幅が取られている中で、屋根のあるスペースはごくわずかです。

ホーム上はそのわずかな屋根こそありますが、待合室はなく、座って待つなら駅舎でという感じです。

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▼1面2線のホームと駅改札とは構内踏切で繋がっていて、そこから坂を上ってホームに至る形で、跨線橋はありません。

構内踏切も遮断はなく、そのまま渡れてしまう形です。

改札へ入る時は「いってらっしゃい」の表示が、観光的な要素を醸し出しています、ここにも霧島温泉郷というかなり遠いですが観光地を擁している側面があります。ちなみに利用者数では霧島神宮駅よりもやや多く、1.3倍程度あります。

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▼ホームの最も駅舎から遠い側からのカットですが、左端にはかつての線路の残骸?も見えました。

車止めであったのか?今は線路もなく分かりませんが、この部分が切欠きになっていて、何だったのだろう?と思いめぐらせてしまいます。

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▼改札を入ってすぐの所に、龍馬とお龍の顔抜き看板がありました。

立派に観光の要素が感じられるものとして、駅を象徴するものとしてこれはなかなか重要なものではないかと思います。

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▼またまた写真が横転できずスミマセン。

縦長につき横向きになってしまったのですが時刻表です。

肥薩線の時刻表で左側が隼人方面で、右側が吉松(都城)方面です。

赤字は特急「はやとの風」号の停車で休日のみですが、それ以外が通常の普通列車の停車で、1時間に1本もない時間帯もあり、左側の隼人方面は14時台の次は17時までの2時間半電車が来ない(赤字の15時台特急は休日のみ)という状況もあり、時刻表を見ながらの旅程組みが必須です。

とりあえず平日ベース(黒字のもの)では、1時間に2本ある時間帯は皆無です。

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▼ここからは駅舎内です。

ホームの様子からすると、そんなに大きな規模の駅という感じではなく、田舎の小さな駅という感じですが、駅舎内は意外にも?なかなかの規模でした。

ガッツリ重厚感に溢れた木製の机と椅子が沢山待合室に並んでいる様はなかなか荘厳でした。

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▼上の写真の向こう側に見えていますが、パネル展示がなされていました。

この牧園でも西南戦争があった、という事でその説明です。西南戦争といえば薩摩でありこの鹿児島ですが、ここでも展開されていたのですね。

戦った人たちとしてもちろん西郷隆盛の写真もありました。

他に肖像のある辺見十郎太、桂久武なども西郷と同じ1877年に自決、戦死などで亡くなっています。

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▼駅舎入口から改札を見た目線のカットです。

こちら側にも色々ぺたぺたと貼ってありました。

感謝状も飾られていました。この霧島駅宛ではなく「花のある駅づくり実行委員会」宛のもので、2011年に国土交通大臣からの感謝状でした。

一方で「猫に餌をあげないでください」という注意の貼り紙も、その下にはありました。

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▼駅前広場です。

霧島国立公園としての側面が最大のウリで歓迎看板が真ん中に、適度に目立ち適度にひっそりと置かれていました。

この駅前で、目だった歓迎を示すものはこれぐらいだったように思います。

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▼駅舎内で猫に餌をあげないように、とありましたが、ネコが駅前にいました。

普段から居るんでしょうか?それで悩まされているのか??しかもかなり慣れた感じで近づいても全然逃げないどころか、カメラを向けてさえこんな寛ぎようでした。

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▼これも横になりすみません。

駅前広場には複数路線のバスのりばがありました。

鹿児島交通と横川ふれあいバスというものの標識が立っていました。

(この写真を縦にできないのが辛いです…)

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▼霧島温泉駅の駅舎です。

霧島「神宮」駅のような階段の上にあるような厳かな感じはなく、真っ平の平屋駅舎ですが、そこそこ横に長い駅舎になっています。

そして広めの広場スペースでロータリーが形成されていますが、バスやタクシーが活発に行き来している感じではありませんでした。

それでも鹿児島屈指の温泉街である「霧島温泉郷」へアブローチできるところなので(そういう目論みで駅名が「霧島温泉」になったのかと思ていますが…)、温泉大好きな方には是非とも寄ってほしい所ですね。

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2019年8月25日 (日)

JR霧島神宮駅 (鹿児島県霧島市)

鹿島県霧島市のJR霧島神宮(きりしま・じんぐう)です

霧島市では、JR隼人駅をupした事がありますが、今年の初めに霧島温泉郷へ行ってきた時にアプローチしたこの駅をお送りします。

-JR霧島神宮
【路線】JR日豊本線(小倉-鹿児島間)
【開業】1930年7月10日
【訪問】2019年1月
【1日あたり平均乗車人員】 203人/日 (2016年)
【近隣の都市駅】(小倉方面)財部駅→4駅
           (鹿児島方面)国分駅→隣駅、隼人駅→2駅

▼JR日豊本線で、隼人駅、国分駅に続いて位置している駅で、平成の大合併以前は旧・姶良郡の霧島町に属していて、その町内2駅のうちの中心駅的な役割を果たしていた駅です。

特急「きりしま」の停車駅であり、霧島神宮の最寄り駅として存在感のある駅です。ただし霧島神宮へはバスで10分ほどかかり、徒歩では少々厳しいです。

隣の国分駅とは12.7kmもの距離があり、JR九州管内の在来線では最長の駅間距離だといいます。

このあたりでは、隼人駅(旧・隼人町)→国分駅(旧・国分市)→当駅(旧・霧島町)と、旧自治体では中心駅が続いている所であったので、そんなに駅間距離が長いとは気づきませんでした。

屋根の骨組部分が朱塗りになっているところに霧島神宮の最寄りっぽさを感じさせます。

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▼ホームには霧島神宮の看板も出ていました。

「天孫降臨」の文字がありました。

天孫 瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が降り立った地として伝えられた由緒ある神社という訳で、この時1月2日でしたが、初詣参拝客で周辺がかなり渋滞していました。

当駅から霧島温泉郷へ向かう場合は、霧島神宮より更に向こうに位置しているので、もろに霧島神宮の渋滞の影響を受け、この時かなり長くバスに乗っていたのを覚えています。霧島神宮まで車10分とありますが、この時は何十分かかったやら…というところでした。

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▼ホームは1面2線です。

日豊本線のみという事でシンプルなホームですが、特急停車駅につきやはり立派な雰囲気があります。

柱の方も朱塗りなのですね。

新幹線の通らない日豊本線において特急停車駅というのはかなり大きいものがあり、九州新幹線終点である鹿児島中央駅からのアプローチでいけるので、そんなに時間がかかる感は少なく、鹿児島中央へ行く延長上的な感覚で行ける、といえます。これも新幹線が通っていなければ何時間かかるんだろう?と想像もつかなかったように思います。

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▼画像が横になってしまいすみません。

これもup時に修正がきかず、ココログの改定以降の弊害ともいうべき現象ですが、時刻表です。

日豊本線で、鹿児島中央方面と宮崎方面というかたちで載っています。

特急が停車するのでまだ1時間に1本、たまに2本ある時間帯もありますが、特急停車しない駅だと半分くらいに減り、とても「本線」などと呼べる本数のダイヤではないと思います。

特急停車するこの駅でさえも、1時間に1本も停まらない時間帯があり、ここで移動を考えるにはやはり時刻表のチェックは要です。新幹線で鹿児島中央まで行き着いてからの連絡時間等、このチェックは重要です。

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▼駅を出て目線の風景です。

駅前広場を出るとすぐに橋があります。

この駅前自体は多少お店はあるものの、霧島神宮のような賑わいは感じられず、距離がある事を感じます。

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▼駅前の橋の手前左側に、霧島神宮等へのバスのりばとこの地図があります。

近隣の地図がありますが、当駅と霧島神宮、霧島温泉郷との位置関係はこんな感じです。

バスルートもこの順に通っていきます。

初詣時期であったこの時は、霧島温泉郷へ行き着くのに2時間かかりました。(本来約30分)

順調ならば当駅からは以下のような感じです。

 霧島神宮へ ⇒約13分。250円

 霧島温泉郷(丸尾バス停)へ ⇒約28分。480円。

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▼駅のトイレは外にありましたが、暖簾が架かっていて、また建物もやはり朱塗りでキマっていました。

トイレの中は、ひねる蛇口でしかもこの三角形っぽい金属むき出しのタイプで、かなり懐かしい気がしました。

トイレ(小)もボタンで押して流すたいぷのものでした。

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▼駅舎の足元部分に当たるところに、駅の改築記念碑がありました。

今から50年以上前の1966(昭和41)年に建てられたものが、まだ遺されています。

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 「四季折々の霧島へようこそ」という事で、

春夏秋冬の霧島の魅力が写真で紹介されていました。

藤棚や紅葉や海岸などがありましたが、坂本龍馬とおりょうが新婚旅行で来た地、とありました。

彼らが日本初の新婚旅行をした、というのはよく聞く話ですが、その訪問地がここであったとは!

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▼そして駅前に足湯があります。

霧島神宮行きのバスに何人か待っていて、その方々が利用していたので浸かりませんでしたが、さすが霧島温泉郷の近くでもあるところ、といった感じでした。この写真で無人のように写っていますが、確かに無人でした。ただこの時はバス出発直前だったので無人であっただけで、慌てて撮って慌ててバスに乗り込みました。

「霧島温泉」駅という駅がJRの別路線で別に存在していますが、ここもまた霧島温泉郷から徒歩では少々辛いかな、というところで、霧島温泉駅から霧島温泉郷、霧島神宮駅らから霧島神宮、それぞれがバスで10分程度要するので、遠方から訪問の際はその辺りの時刻確認も必要です。バス便がそんなに沢山ある訳ではないので。

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▼霧島神宮駅の駅舎と、駅舎内の様子です。

利用者数は1日わずか200人ほどの駅ですが、霧島神宮という観光名所を有する点が特急を停車させ、また駅規模も大きくさせたのだなと感じます。

駅舎内も厳かな雰囲気で神社の近くを思わせる暖簾が架かっていて、待合スペースも仕切られた中にあります。

鹿児島中央以東の南九州の駅で隼人駅くらいしかそこそこの規模の駅を見た事がなかったので、この駅に対して小さな駅しかイメージになかったのですが、ここはそこそこの規模があって嬉しい誤算でした。

霧島神宮へ行きたい時に最寄り駅ではありますが、参拝客で溢れる時期は渋滞も想定して訪ねたい所ですね。

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