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2019年7月10日 (水)

宮城/登米 新田駅裏は動物宝庫

宮城県登米市、 JR新田駅からの歩き旅です。

(2015年1月当時)

▼駅記事に書いていましたが、当初は佐沼地区を行こうとしていたのをバス便の関係で断念し、とりあえず駅前を歩いて何か見つかれば…??ぐらいな感じで漠然と歩く事と方針転換しました。

それで新田駅の駅前広場から左へ向かって歩き始めたのがこの地点です。

1月初めの事だったので、雪がこのように残っていましたが降ってはおらず、これだけは助かりました。

ちなみに右手前の建物は旅館ですが、今もやっているのかどうかよく分かりませんでした。

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▼これは上と同じ地点で後ろを振り返ったもので、新田駅周辺の様子です。

登米市の中心駅的な位置づけにありますが、市の中心駅の周りがこんな感じとは…と思いつつ、歩を進めました。

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▼新田駅を出て左へ進んでいくと、商店街の様相が少し強くなったきたかな、というところでした。

駅からまっすぐ伸びた道がなく、線路と平行なこの通りが実質的な駅前通りという事になると思います。

この時点では、こういう普通の街並みが続いていくだけかな?と思いつつ歩いていました。

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▼登米市というより旧・迫(はざま)町のマンホールです。

ハクチョウが越冬する伊豆沼、というのがコンセプトのようです(横向きでスミマセン、ココログの仕様が変更になってから縦長写真をちゃんと載せる術が分からなくなってしまいました…)

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伊豆沼農産、という看板の付いた建物が見えた所で左折しました。

新田駅から左へ歩いてほんの50m程の地点です。

ここまでは平凡な街並みが続いた感じで、特にこれというものが見つけられず…といってもまだ50mですけど…、初めて来た地の50m、100mというのは結構長く感じるもので、それにこの先なんにもなさそう…と思うと、歩いていてどうしようかな?という気になるというものでした。

しかしこの道路、雪でできたタイヤ痕でカーブの具合が分かるのが、なんともイイですね。

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▼新田駅から左へ出て50mで再度左へ曲がるので、ちょうどまた線路のに戻ってくる訳ですが、この踏切の手前に…

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▼突如として現われた、ヤギ・ヒツジたち

なんだこれは??といきなり驚かされました。

単なる街並み探訪に終始するかと思った矢先に、このような動物たたちに出合う事になるとは!

ヤギが必死に草を食べてる様子もバッチリおさめることができました(笑)

先述の伊豆沼農産のヤギやヒツジのようです。

ヒツジは顔が黒く、サフォークとよばれる羊肉用を主とする種類のようです。番号のタグが取り付けられていました。

言い方良くないですが、大して期待せずに乗り込んできたこの街、大ヒットでした!嬉しい誤算すぎました!!登米市=ヤギ・ヒツジの図式がまずここでできあがりました。

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▼ヤギ・ヒツジ達と離れてほん近くに胸像があり、相澤幸四郎先生の像とありました。

19世紀末にこの新田の地に生まれ、伊豆沼での野鳥の保護に尽力された人物であったようです。

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▼更には高々と建っていたのが「柳生心眼流伝承の郷」の塔です。

柳生〇〇流、といえば真っ先に「柳生新陰流」が浮かびますが、心眼流??となりました。

心眼という言葉は以前から聞いた事がありましたが、この心眼流は戦国時代末期に竹中隼人という人物によって創始されたといいます。柔術の中でもかなり勇壮活発な流儀だそうで、そんな流派がこの地で生まれたそうで「宮城県無形文化財」という伝統あるものなのですね。

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▼さてさて、伊豆沼にやって来ました。

新田駅の真裏にこんな大きな素晴らしい水辺があるなんて、ここまで歩いてくるまで気付かなかったという鈍感さに我ながら参ってしまいましたが、これも結果的に嬉しい大誤算だった訳です。

ただの湖だと思って最初は見ていました、雪に覆われて風情あるなぁ…みたいな感じで。

それだけで立派な観光だし、素晴らしい風景が撮れた、と半ば満足もしていました。

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▼雪に覆われた伊豆沼から少し目線をずらして水辺の方へ。

水のある部分も、周りは雪だらけで風情あるな、っ感じでした。

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▼更に沼の周りをちょっと歩いて違う角度から撮った様子。

ここで「?!」となりました。

左端の方に何やら見えるのです…

その方向へ向かって進みます。

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▼さあ、だいぶはっきり見えてきましたね!

鳥です!

それも結構います!!

もっと近づきます。

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▼近づける限りの所まで近づいてみました。

さて、ここからはハクチョウとカモたちの群れを、とくとご覧ください!

ヤギとヒツジで十分、ここに来た価値はあったのに、ここでまたこんな鳥たちに出会えるとは、何たる動物たちの宝庫!

新田おそるべし、登米市おそるべし!と思ったものでした。

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▼最後に、伊豆沼の水辺は離れましたが本近くにはこのような

「登米市 伊豆沼・内沼 サンクチュアリセンター 淡水魚館」というのがありました。

内沼というのは、伊豆沼の隣にある沼地です。

年始早々につき開館していませんでしたが、ここでは淡水魚が見られるという事で、魚だけでなく、カニ類なども結構いるそうで、ヤギ・ヒツジなどの陸地の哺乳類から、水辺のハクチョウ等鳥類、そしてここでは魚類など、新田駅の裏手に回ると、動物園水族園でもないのに、あらゆる生きものたちとふれあう事ができる、実に嬉しい誤算にも程がある!と思わせる場所でした。

雪の沢山残ったこの街で、こんなに生きものとふれあえるなんて素晴らしすぎました。

季節は色々ですが、その時なりのここでの楽しみ方ができれば、いいんじゃないかと思いました。

というところで登米市の旅、一旦これにて。

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2019年6月25日 (火)

島根 松江④ 八束町、それは大根島

島根県松江市島根/松江③ You are しまね of しまねs に続く松江市4つ目の記事です。

宍道、美保関、島根という旧松江市外の各町シリーズの第4弾、今回は旧八束町、すなわち大根島編です。

(2018年8月当時)

▼八束町(やつかちょう)は平成の大合併により現在は松江市になっていますが、それまでは八束郡八束町として、大根島(だいこんじま)がこの町内を占めていました。

大根島はその名の通り島ですが、松江市の中心市街から陸続きとなっており、このようにバスでアクセスできるもので「八束町」バス停として、このようなでっかいターミナルを有しています。

松江市からは陸続きですし、反対側では鳥取県境港市からも陸路でアクセスできます。これらを繋いでいる島、という言い方をしても良いのかもしれません。ちなみに松江市街と大根島が陸続きになったのは1978(昭和53)年の事だそうで、それまでは航路頼りであったと思いますが、この陸続き化は大きな変革をもたらしたのかどうか…。

大根島は面積約6.7k㎡ほどの火山としてできた小さな島で、出雲国風土記では「たこ島」と表記されていたようですが、そこから訛ったものなのか??大根島となったようで、大根とはあまり関係がないようです。

牡丹園が有名で、普段はのんびりとして穏やかな島ですが、GW期にはこの牡丹園の観光客でかなり賑わいます。ぼたんの苗木の栽培が非常に盛んで、国内総生産の8割以上がこの大根島での生産によるものです。

その大根島へのアクセスは…

【JR松江駅から】

松江市営バス「大根島・由志園入口」行 終点 約50分(700円)

シャトルバス 「JR境港駅」行 「由志園」バス停下車  約30分

…と松江駅からでも、また鳥取県の境港駅からでもアクセスできます。

松江市営バスではほぼ1時間に1本、シャトルバスでは昼間のみで1日4便程度しかなく、公共交通機関で大根島を訪ねる場合は、予め時刻チェックをしておいた方がベターです。1時間に1本あれば個人的には耐えられる範囲内ですが(笑)

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▼八束町のターミナルの内外です。

大根島内でおそらく、ここだけがこのような室内待ち合わせの出来る施設を有しているものと思われます。

この時は夏の暑い盛りで、直射日光を浴びないで済み、暑いなりにそれはそれで助かりました。

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▼ぼたん園のある「由志園」へは先ほどのバス停から歩いて行けるのですが、ここではあえてまず反対方向を散策しました。

この辺りには色んな施設が島内に集まっている感じですが、まず行ったのがこの「八束学園」でした。

私立の学園施設かな?と思っていたのですが、よくよく調べると小中一貫の「義務教育学校」という事です。

島内にあった八束小学校と八束中学校が閉校/統合され、9年制の義務教育学校になった、という訳です。この義務教育が交というのは2016年の学校教育法の改正で新たにできた制度だそうです。

ちなみにここには桜の木があり、それは1932(昭和7)年にこの地に小学校の中央校舎が建設され、その記念に植樹されたものだそうです。そして桜の寿命が約60年といわれるところを80年以上経った今でも咲き続けているそうです。

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▼松江大根島牡丹などと看板が並んでいました。

平成の大合併以前の旧・八束町の頃であれば、「松江」の冠はなかったのかもしれないですね。

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▼やってきたバス道に沿って、松江市街に戻る形で歩を進めると、あったのはこの建物でした。

これは松江市役所八束支所、旧の八束町役場でした。

八束町時代の1995年築で、ガラス張りのモダン建築っぽい建物でお役所という感じを受けない建物でした。

初めてこの島を訪ねたのは1990年夏の事でしたが、その時にはこんな建物はありませんでした。旧役場を検索で探してみますが、なかなか見当たらないですね。ともあれ、今は松江市役所の支所として立派に残っています。

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▼町民体育館のバス停名表示通り、町民体育館です。

旧・八束町の町民体育館で、合併後に松江市となった今では、松江市八束町として町民体育館という位置づけになるかな、というところです。

体育館に医務室などもあるようです。

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▼更に今度は松江市八束公民館です。

まさに町内の主要施設の集まったエリア、という言葉がピッタリです。

市役所支所は新しい建物ですが、体育館と公民館は昔ながらという感じでコンクリート色ものものの建物でした。1977(昭和52)年に当時の八束町民会館として設置されたのがこの建物のスタートのようです(公民館としては1962(昭和37)年に八束小学校校庭に設置がスタートだそうで)

朝ヨガなど新しい試みもやっているようです。

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▼島らしい風景も見られます。

海側へ行くと特に顕著です。

ざっくりいうと3×2km位の島なので、海沿いへ行くにもそんなに時間はかかりません。

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▼八束のバスターミナルへ戻って、そこから別方向へ歩いてしばらく、このように「由志園(ゆうしえん)」の看板がデカデカとありました。

大根島を最も象徴するといってよい観光名所です。

まちの駅とぼたん等の庭園スペースと併設の形となっています。

大型観光バスもここの駐車場に停まっていて、島内でも他にこのような大型車の停まっているような観光スペースはないと思います。

由志園そのものは入園料が要りますが、この植物園エリアは観覧フリーです。売り物としても置いてあるので、そこでお花などを買う事も出来ます。

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▼植物園エリアは「花の駅」として開放されています。外置きの所とビニールハウス内のような所とがあります。

由志園の中はこれの何倍も素晴らしい景色な訳ですが、まずここで無料で花の美しさを堪能する事ができます。

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▼由志園の実質的な入口はこのような和風建築物です。

先程の植物園と道を挟んだ向かいにあります。

入口周辺はこのような和風建築の建物が続いていて、牡丹園とは全然違う顔となっています。

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▼これは上の写真の由志園入口の向かいにある「由志園」バス停です。

由志園を観光したら、このバス停に乗って松江や境港などの方面へと戻っていくのが一般的な公共交通機関利用ルートです。

このバス停は基本待合スペースは外であり、内は植物園スペースですが、それでも立派な庇がついていて、大根島内では2番目に立派なバス停といえるかと思います。他のバス停は、知る限りでは普通に停留所の標識があるだけのバス停、という感じかと思います。

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▼由志園の入場半券です。

ウリである「ぼたん」満載です。

見ごろはGW頃で、その頃ここは大渋滞に見舞われるとか。

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▼由志園を入ったばかりのところは純然たる日本庭園です。

そもそもその名の通り「園」がつく、れっきとした日本庭園なのです。

1975(昭和50)年に開園され、面積は40,000㎡を誇る広さで、池を巡りまわる形式、の庭園という事です。以後、大根島を代表する観光スポットとして君臨し続け、現在に至ります。

そしてこの庭園スペースを進んでいくと「涼風ミスト」というのがありました。折しもお盆真っ盛りの様な時期で、つまりは暑い盛りの時期であったので、本当にこのミストの存在は有り難かったです。これで2~3℃は違うそうです。

そしてこれ以外にもミストの効果が表れてきます、この先を行けば…

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▼ミストが出ている事で涼しくなるだけでなく、このような幻想的な風景を醸し出していました。

ちょっとした天空感も出ていました。(湯気ではありません…)

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▼通路に従って歩を進めていきます。

庭園風景が続いていきます。

ミストのあるところやないところ色々ですが、それぞれの景色が見られる訳です。。

ぼたん園、のイメージでやってきたのでこんなに庭園風景が続いているとは思いませんでした。

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▼ 由志園いや、ひいては大根島のメインといっても過言ではない、象徴的なものがこれです。

この記事で最も見せたいものかもしれません。

それが、この…

牡丹の館 です!

「満開の牡丹を ご覧ください」とありました。

「屋内庭園」と冠されたこの牡丹園それはもう見事なくらい、牡丹がボリューム満点にボンボンと咲き誇っていました。

見ごろはGW頃、と何度も書きましたが、お盆時期でもこんな風に素晴らしいものが見られます。

まだまだ何枚も撮っていますがキリがないので、あとは実際に現地に足を運んで是非に見てきてほしいです。

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▼牡丹の館で沢山の牡丹を楽しんだ後は、再び日本庭園風景へ。

これはまた別の朱塗りの橋へと出てきましたが、また少し趣が違う感じのゾーンでしたが、その庭園の美しさにまた見入るものがありました。

蓮っ葉が並んでいる風景も素晴らしいものがありました。

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▼最後は、普通の日本庭園の景色が圧倒的に多いのですが、最後らへんにはちょっと独特の庭園がありました。

それがこの「八雲の庭園」です。

ミラーボーラー インスタレーションアート とありました。

「宇宙と和式美」をテーマにした"アート庭園"を謳った場所で、キラキラと光る牡丹がとても美しかったです。

奉行所の「お白洲?」のような白い砂の上に、キラキラ光る牡丹がデカデカと置かれていたのが、とても印象的でした。

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という訳で、大根島の由志園を中心にお届けしました。

思い切り咲き誇る牡丹の花と、素晴らしい日本庭園は鑑賞の価値十二分にあり、と思います。

2019年6月16日 (日)

阪急/千里山駅 (大阪府吹田市)

大阪府吹田市、阪急/千里山(せんりやま)です。

吹田市ではJR吹田駅をupした事がありますが、今回はこの阪急駅をupしたいと思います。

今朝、この駅前で警察官が男に襲われ、拳銃まで奪われて、犯人が逃走しているとの衝撃的なニュースが流れてきました。

大変危険な状況で心配ですが、無事に解決するようただただ祈るばかりです。

-阪急/千里山
【路線】阪急千里線 (天神橋筋六丁目-北千里間)
【開業】1921年10月26日
【訪問】2007年4月
【1日あたり平均乗車人員】 7,622人/日 (2017年)
【近隣の都市駅】(天神橋筋六丁目方面)阪急吹田駅→4駅 
          (北千里方面)南千里駅→隣駅

▼この辺りは「千里」の付く名の駅が多く、阪急でも千里線という天神橋筋六丁目(天六)から北千里駅まで分岐した路線で、隣は南千里駅です。またJRでは摂津市に「千里丘」という駅があります。

古くからあった地名ではないようで、宅地造成などで使われたのか?江戸明治期の文献には表れないといいます。

どうしても千里ニュータウンのイメージが強いのかなと。

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▼ホームの写真は上の1枚しかありませんが、これは駅前の写真です。

割と穏やかな雰囲気の方向ですね。ほっかほっか弁当の弁当屋さんがありました。

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▼西口の駅前です。

狭い路地の中を色んな建物がひしめき合っていました。

右向こうには近畿大阪銀行という銀行が写っていますが、現在もこの位置にあるようです。

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▼千里山駅舎ですが、これは小さい方で、ほぼ出入口のみに使われている感じです。

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▼千里山駅の駅舎、メイン側のアップでの様子です。

ここではまだ全景を撮りきれていないのですが、何せ人の多い所なので、好きな位置から撮るというのもままならず、極力人が写らないように撮るのになかなか苦労します。(写っても消しますが…)

このような駅ビル式(阪急千里山ビル)としてできたのは、昭和最後の1988年だといいます。以来この30年で平成、令和と3時代に跨って存在し続けている訳ですね。

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▼千里山駅の全景です。

なんとかこの位置から撮れたかな、という感じでした。

これは2007年、今からもう12年前の様子ですが、偶々手前にこの交番が写っていました。

本日事件のあった交番が阪急・千里山駅のすぐ前の交番だというので、ここの事だと思いますが、襲われた警察官の方にはなんとか助かってほしいところです。

そして今、この周辺は非常事態のような状態で、公共施設は臨時休業に入り、不要不急の外出は避けるように!という状況であるとの事で、一刻も早く事件が解決し、元の平穏な状態に戻る事を願ってやみません。

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2019年6月15日 (土)

埼玉/鶴ヶ島 三度目の正直で旅をした

埼玉県鶴ヶ島市、鶴ヶ島市内の旅の様子です。

(2019年5月当時)

▼まず最初にこれは坂戸市の坂戸駅前です。

鶴ヶ島の旅なのに坂戸駅?なのですが、これには訳があります。

今回記事の写真は、鶴ヶ島を訪ねて3度目でやっと記事にあげるに値する内容になったかな、というところで今こうしてupをしています。

というのも、1度目は2011年に鶴ヶ島駅を訪ねたものの、駅前ほんのちょっと訪ねただけでとても旅とよべるものではなく、鶴ヶ島ならではというものも当然発見できずに終わりました。それで昨年2018年に7年ぶりに訪問し、今度事もう少し深く旅をして記事にできる形にするくらいの時間を取って巡ろう、と思い実際に再度鶴ヶ島駅に降り立ちました。そして何十分かかけて歩き回りました。

これで鶴ヶ島の旅の様子をupできるだろうと思いました。しかし…

鶴ヶ島駅から歩いて行ったそのコースは、ほとんどが川越市内のものでした。せっかく池を見つけて、これは絵になるなぁなどと思っていたのが川越市内であったことが判明、結局鶴ヶ島の風景は皆無で、またも鶴ヶ島の旅ならず、の結果に終わってしまいました。

これは鶴ヶ島市の境界区域の関係で、鶴ヶ島駅がまず鶴ヶ島市と川越市の境界にあり、そして南側の駅前道は完全に川越市内になっており、これと右側に平行に鶴ヶ島市との境界線が通っている格好になっている等地形によるものです。

そんな訳で「鶴ヶ島駅発での」鶴ヶ島市の旅はもうやめよう、という事でどこに降り立つかを考えました。市内の名所とも勘案した結果、この坂戸市の坂戸駅に降り立つ事とした訳です。ここから少し歩かないと坂戸市を抜けられませんが、がんばります!

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▼坂戸駅南口から南へ歩く事約5分、坂戸市を出て鶴ヶ島市へ突入したばかりの地点に、この「脚折北部自治会館前」バス停がありました。

ちなみに脚折は「あしおり」ではなくすねおり」と読みます。

バスは鶴ヶ島市コミュニティバス「つるワゴン」という名称で、鶴ヶ島市の「つるごん」が真ん中に描かれていました。

このバス停でいえば1日5便のみで、本来はバス移動しようかと思っていましたが、結局は全行程歩いて行く事となり、しんどかったです。

ともあれ、ここからがやっと実現なった「鶴ヶ島市の旅」の始まりです。

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▼更に坂戸駅から南へ。飯森川という川の上に架かる一天狗橋というユニークな名前の橋が架かっていました。

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▼一天狗橋から6~7分くらい南へ歩いてすっかり鶴ヶ島市内ですが、長久保小学校入口というバス停に差し掛かりました。

長久保小学校は1980(昭和55)年開校の比較的新しい小学校ですが、当時は鶴ヶ島市ではなく、入間郡鶴ヶ島町という郡部でした。

幹線道の木々がいずれも天に向かって伸びていて、葉の付き方がちょこんとしていて独特の雰囲気を放っていました。

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▼さらに南へ、日蓮正宗(にちれんしょうしゅう)の啓信寺というお寺がありました。

歴史由緒あるお寺、という雰囲気は希薄でしたが、「日蓮正宗」の文字が引っ掛かりました。

日蓮宗の分派として派生した多様なもののうちのひとつのようですが、日蓮上人を崇拝の対象としているのが日蓮正宗で、これが日蓮宗との大きな違いだそうです。なんだか不思議ですね。ちなみに日蓮正宗の門徒は約70万人いるそうです。

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▼コンビニのMINI STOPがありました。

駐車場には「令和」の幟が立っていましたが、この時は令和になってわずか4日目だったのでした。令和記念で色んなところで色んなことをやっていたものでした。

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▼バス停にあったルート変更のお知らせです。

こういう案内はこの時期にしか張っていないものなので、とても貴重なカットといえると思います。

しかも「令和元年」とか書いてあるものは本当に貴重と思います。記録としてここに残せてよかったなと。

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▼だいぶ歩いてきましたが、このラーメン屋さんでつけ麺頂きました。その名も「優勝軒」 !

個人的にはあまり好みのタイプではなかったけど、好きな方には好きなタイプ?だと思います。

東北地方に多く店舗が存在し、埼玉にも数店舗見受けられました。関西にはないようで、道理で聞いた事がないと思いましたが。

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▼やっと鶴ヶ島で見つけられた名所らしい名所、といえる「雷電池公園」です。

この「雷電池」も先述の脚折(すねおり)同様に難読で、「らいでんいけ」ではなく「かんだちがいけ」なのです。どっからどう読んでこうなるんだ、という感じですが…。

真ん丸の池と、これを含む緑の公園スペースで構成されています。

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▼池は葉っぱが落ちまくっていて、あまりきれいなものではありませんでしたが、鯉が泳いでいました。

そして亀も。

この亀に近寄っていったら、ものすごい勢いで水面へ逃げていきました。この時、亀の俊敏さを初めて目にしました。しかも結構距離のある(詰まっていない)ところで逃げていきましたが、外敵を認識するのが意外と敏感なんだなと感じたものでした。のろまな亀はどこへやら、という感じで。

ちなみに「餌をあげないで」と表示がありました。

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▼雷電池公園を抜けて、歩いて行ったところですが、鶴ヶ島の街なかではこのような茶畑が散見されました。

鶴ヶ島には10軒の茶農家があり、それぞれがこのように茶畑を持ち、狭山茶を栽培しています。

狭山茶は茶の木にとって寒い気候により、葉肉が厚くなり濃い味わいを引き出すといわれています。

このような茶畑が見られるというのは、実際に街なかを歩いてみないと分からないものだな、とつくづく思わされました。

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▼高倉通りという通りに行き着きました。

これを進んで行きます。

これは鶴ヶ島市内の日帰り温泉を目指すための道のりです。

「〇〇通り」というと、結構都会っぽい所をイメージしましたが、ここはかなりのカントリーな所でした。鶴ヶ島はこんな農業側面が強かったのか、と茶畑に続き思わされました。元々は農業主体の街に宅地造成が進んで現在の形になったといいます。

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▼その高倉通りを歩いていたら、この「日枝神社」がありました。

この神社は滋賀県大津市の日吉大社を総本山とするもので、近江国の高倉朝臣が日吉の神を信仰していたが、当村に勧請したとありました。

創建年代は不明ですが、毎年11/2,3には高倉の獅子舞として、江戸中期から始まるとされる獅子舞が奉納されます。

この高倉の獅子舞は1974(昭和49)年に現在の鶴ヶ島市(当時・鶴ヶ島町)で最初に市指定無形文化財となり、かつては市内に数か所あった獅子舞が今はこの高倉の獅子舞1ヶ所になってしまい、大変貴重な伝承芸能である、との記載も見られました。

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▼高倉通りから少しそれた所に、このようないちご畑がありました。

いちご畑なんて久しぶりに見ましたが、この葉っぱを見て分かるのは、幼少時に見る機会があったからで、これがなければ初めて見る事になる訳で、幼少時の経験も、見ただけとはいえ有り難いものだと感じました。

お茶があり、いちごがあり、やはり農業側面の強い街だな、という感じでした。これまで2度訪ねた鶴ヶ島で見られなかった側面でした。

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▼これも歩いていたら遠くから見えたものですが、なんだろうと思って道路を逸れて見に行きました。

単に草むらの上にでっかい鯉のぼりが連なっていました。

時期がGW真っ最中であったので限定ものとは思いますが、大きな鯉のぼりが掛かっていたらついつい見入ってしまうというものです。

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▼鯉のぼりを見て、別なルートから高倉通りへ戻ろうとすると、独特の匂いが鼻に入って来て、もしやと思ったら…

牛舎があり、また別の離れのような所で牛たちが寝そべっていました

またまた鶴ヶ島のカントリーな面を見る事ができました。

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▼最後は、鶴ヶ島の旅で最終的に訪問目標としていた「蔵の湯」というこの日帰り温泉です。

同じ蔵の湯が東松山市にもありますが、これと同一のHPに載っているので、鶴ヶ島独自のものではありませんが、この街を代表する施設のひとつではあるかなと思います。野天岩風呂という丸い露天風呂や、炭酸泉、白湯、内と外の両方にサウナがあったかと思います。

【蔵の湯】

住所:埼玉県鶴ヶ島市新町3-5-4

電話番号:049-271-2614

利用時間:8:00~25:00 (最終受付は24:30)

入館料:大人平日600円(休日700円)、小人360円

HP:http://www.kuranoyu.net/tsurugashima/

アクセス:東武越生線/一本松駅より徒歩約10分

     または鶴ヶ島市市民バス「蔵の湯」バス停徒歩すぐ

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やっとのやっとで鶴ヶ島らしさを存分に感じられた、良い旅でありました。

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