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2009年6月28日 (日)

思い出の投手(広島)

久々にこのコーナーを。
思い出の投手というより列伝的なものとなっていたので、本当に思い出レベルで書きたいと思います。

                      

私が野球を見始めた頃の広島の投手といえば…
池谷公二郎投手がエースだったでしょうか、彼の本当の全盛期は残念ながら知らず、その後の主力投手だった頃だと思います。意外にも衰えが早く来てしまったのが残念でしたが、通算100勝をクリアしていました。

新進気鋭では北別府学投手。82年には20勝をクリアして最多勝、86年も最多勝でしたか、カープ黄金期のエースとして欠かせない投手で後に200勝を達成し名球界入りも果たしました。

福士敬章投手もローテの一人で毎年確実に勝ち星の計算できる投手でしたが、韓国行きは日本のファンからは残念でしたか。

山根和夫投手も北別府と共に台頭した先発投手で、広島黄金期の投手として外す事のできない存在です。個人的には84年阪急との日本シリーズで当時の三冠王ブーマー相手に徹底した内角攻めで封じ込め、これが広島を日本一に導いたとも言われる快投でした。ただその後年からほとんど勝てなくなったのは非常に残念でした。

そして軟式から入団の変り種・大野豊投手。この細身の左腕投手が先発にも抑えにも長年にわたって大活躍、結局43歳まで現役を続ける事となります。

高橋里志投手は南海時代あまり芽が出なかったといいますが、広島へ来てその素質を開花させた投手でしょう。後にパリーグへ移っても活躍を続けます。

ベテランでは外木場義郎投手の現役時代をかすかに覚えています。ただ全盛は過ぎていたので、ノーヒットノーランを何度も達成した頃は見てないですね。

金田留広投手はあのカネやんの弟で、個人的にはロッテの投手のイメージが強いのですが、晩年は広島に居て主力の働きはもうできなかったものの優勝にも貢献した一人ではあります。

抑えではやはり江夏豊投手。江夏といえば阪神に最も長くいて、南海移籍後は2,3年ほどで各球団を転々としていましたが、私にとっては江夏といえば広島の投手、のイメージです。伝説化している「江夏の21球」、阪神で大活躍をして他球団でリリーバーとして伝説を築く投手というのも、そうそう居ないと思います。

                      

80年代に入り、79,80と連覇した広島は81年に大型トレードを断行し、江夏・高橋里といった主力を日本ハムへ放出し、代わりに高橋直樹・佐伯和司両投手を獲得します。

高橋直といえば当時の日本ハムのエースでした。既に35歳になっていたとはいえ、まだまだ主力の働きをしていたのに何故?という感じでした。移籍後も思うような活躍ができず結局西武に移り息を吹き返します。パリーグが合っていたのかもしれません。

佐伯といえば地元・広島が生んだ超高校級の大スターで鳴り物入りで広島に入団した投手で、プロでも大活躍し後に日ハムへ移りましたがやや成績が落ちてきて出戻りといった感じでした。ただこの2年間で1勝もできず残念でした。

この81年の新人に川口和久投手がいます。北別府・大野と共に80年代後半の広島投手王国を形成していました。特に巨人戦に強く、私のような巨人ファンが広島戦で先発川口と聞くと今日はダメかな、と思ったものです。FAで巨人へ来た時は良くぞ来てくれたと思いました。

もうひとり同期入団に山本和男投手もいました。かなり遅い入団だったと思いますが、中継ぎで出てきてはよく抑え、割と勝敗にも絡んでいた印象があります。

                      
82年入団で新人王を獲ったのが津田恒実投手。32歳で夭折しましたが、当初は先発で、後に抑えに転じ「炎のストッパー」として大活躍しました。広島で最もインパクトのある抑え投手は今でもやはり彼だと思います。マウンドに彼が出てきた時点で相手チームは終わった、って感じでした。

84年には川端順投手が入団、新人の年もそれなりに出番があったのを見た覚えがありますが、85年2年目に新人王を獲得、この投手も大崩れしないというか相手球団泣かせの中継ぎ投手というイメージがあります。32歳でまだまだやれる成績だったのに引退は早すぎたと思います。

この年同期入団に紀藤真琴投手がいます。やや遅咲きの感があったものの先発投手として成長し、後に中日・楽天でもプレーを続けます。

86年には長冨浩志投手が入団、前年の川端に続き2年連続で広島投手の新人王となりました。当初は剛速球投手という印象でしたが、その後はいまひとつ伸び悩み先発はするけど勝ち星が伸びない感じでした。日ハム移籍後ダイエーへ移り、見事に技巧派に転身して40歳を過ぎても現役を続けていました。

                      

花の90年入団組では佐々岡真司投手がいます。2ケタの勝ち星とセーブをあげる大車輪の活躍は普通なら新人王間違いなしですが、この年は中日・与田という30S以上を挙げた新人投手が居た為、叶いませんでした。しかし与田の栄光は短期間で終わったのに比べ佐々岡は100勝100Sをクリア、同郷の先輩・大野に並び、また広島のエースとして39歳になる06年まで長く主力で活躍を続けます。

91年に優勝してから17年優勝のない最も優勝から遠ざかっている球団で、その後の記憶はあまりないのですが…
95年ごろは横山竜士投手・田中由基投手などが活躍していた覚えがあります。横山はまだ現役だと思いますが。またこの年入団の山内泰幸投手が手を下ろした時に一瞬モーションが止まるような変則的な投球フォームで見事新人王を獲得、97年は澤崎俊和投手が新人王、98年小林幹英投手も佐々岡の新人時代のような大車輪の活躍で新人王こそ逃しましたが、これに近い成績を収めました。しかし皆長くは活躍できずでした。
00年ごろか苫米地鉄人投手は新戦力として期待を持たせましたがその後伸び悩み、若い投手が出てきては早くに潰れるといった印象を持ってしまいます。

この年では河内貴哉投手が大野の24番を継ぎドラフト1位で入団しましたが、いまひとつでこちらはまだ現役ですが。小山田保裕投手も大いに期待されましたが、主力を張り切れぬまま横浜へ移籍してしまいました。長谷川昌幸投手も何度もチャンスをもらいながらなかなか数字に結び付けられずに30歳を過ぎてしまいました。

                      

今は大竹寛投手が久々に若手の生え抜きで長く活躍を続けさせるものを感じさせる存在に思えます。大リーグへ行ってしまいましたが、黒田博樹投手のような先発、そして完投を計算できる投手として。

抑えでは永川勝浩投手になりますが、これからどのような起用法をされていくのか興味深い投手ではあります。

いずれにしても新人が華々しいデビュー、長続きしないという昔の投手の体質をいまだに持っているような気がしてならない球団のように思えます。









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