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2009年6月14日 (日)

思い出の投手(阪神)

先週初めて「思い出の投手」として巨人に在籍の投手を挙げましたが、今回のその阪神編です。

私が野球を見始めた時の阪神の主力投手…を思い起こしてみると、まず江本孟紀投手。ハンサムな容貌にヒゲを蓄え、その姿だけでも印象に残る投手であれば、その引退劇も実に印象的、これがその後の芸能活動につながり?!TVの刑事ドラマにレギュラー出演したりもしていました。

山本和行投手は抑えとして絶対的な存在でした。先発してた頃の印象はあまりないんですが、抑えの頃はアキレス腱の怪我も乗り越えて復活したと記憶してます。いつの時も厳しい表情の変わらないイメージで、88年39歳になる年まで息の長い活躍を続けて、掛布選手と共に引退していた事を覚えています。

古沢憲司投手はすごく負けていたイメージがありますが、見た時の成績がたまたま負けがこんでいた時期だったのでしょう、見始めた頃の阪神の投手で真っ先に思い浮かぶのは「江本・古沢」でした。その後西武に移り「がんばれタブチくん」にもひっそりと出ていましたが、また知らないうちに今度は広島で中継ぎとして活躍していました。

79年になって電撃トレードで小林繁投手が巨人より移籍。すると巨人戦には滅法強く、22勝をあげ堂々古巣に恩返しといったところでしょうか。その後も毎年2桁勝利をあげ、83年も13勝をあげながら31歳の若さで突然引退。トレード相手の江川投手も同じような道をたどる事になるのは、この二人共通の宿命なのか、それだけ野球観、特に引き際観が実は似ているのか…
先述の古沢投手もこの年田淵トレードで新生・西武ライオンズに移籍し、この年は非常に大きな転換期になったと言えます。

工藤一彦投手は派手さは感じませんでしたが、貴重な戦力として82,83年には2年連続で2桁勝利を挙げ、通算66勝で90年まで現役を続けました。
伊藤文隆投手も先発として活躍、82年には工藤と共にプロ唯一の2桁勝利をあげ、通算54勝で91年37歳になる年まで現役を続けました。

リリーフで印象的だったのは池内豊投手、79年には13Sをあげましたが、中継ぎのイメージが強く、82年には当時のリーグタイ記録となる73試合に登板、当初在籍した南海ではわずか7試合に登板したのみだったので、トレードで大成功したケースでした。しかしその後のトレードでは不発で大洋、阪急と1年ずつに終わってしまったのは残念でした。

その池内と中継ぎ陣を形成していたのがロッテより移籍の福間納投手、82年より3年連続60試合以上登板という脅威の働き、84年には77試合で池内の記録を破る事となります。90年39歳になる年まで長く活躍を続け、451試合登板しました。池内は452試合と1試合多い形の生涯記録となっています。

81年入団の中田良弘投手は新人から大活躍しましたが、巨人・原に新人王はもっていかれました。その後中継ぎを続け足掛け何年にもわたり通算18連勝という記録を作っています。85年阪神優勝時に最も輝きを放ち、先発で12勝をあげ主力として優勝に貢献しました。その後86~94年までの9年間では90年に10勝をあげましたが、それ以外の8年間は全く勝ち星なしという意外な勝敗にまつわる記録を持つ投手でした。ハンサムでいてコメディのトークもできるある種巨人・定岡投手に似たキャラでしょうか。

84年には池田親興投手が入団、新人からローテで活躍しましたが、2年連続9勝どまり。これがベストだったのは残念でした。後年ダイエーへ移り、抑えで活躍した事に悔しがった阪神ファンは多かったものです。同年、もうひとり即戦力で入団したのは中西清起投手。「球道くん」の愛称で親しまれ、リリーフとして実績をあげ、2年目85年は山本とのダブルストッパーで見事優勝に貢献、2桁勝利を2度挙げ、後年先発としても活躍しました。

他球団でエース級として活躍した野村収、山内新一両投手が移籍後活躍したのもこの時期でした。

85年に一軍デビューの仲田幸司投手は彗星の如く登場しましたが優勝年以降のチーム状態もあり勝ち星が伸びず、久々に優勝争いをした92年に14勝をあげ、ようやく才能開花かと思いましたが…。

86年入団の遠山昭治投手は高卒新人でいきなり8勝をあげ、大器として大いに期待されましたがその後が続かず、ロッテへ移籍、しかし後に復帰して中継ぎで巨人・松井対策として重宝され、投手→一塁手→投手と守備位置を変える「遠山スペシャル」も話題になりました。

87年は猪俣隆投手が入団。大いに期待され新人で5勝とまずまずでしたが、先発として期待されつつも毎年それほどの勝ち星が上がらず、93年唯一の2桁勝利を挙げたのみでした。

88年は近鉄より久保康生投手が移籍、古巣では立ち位置が一定してなかった感がありましたが、阪神では中継ぎの定位置につき長く活躍を続けました。

90年には葛西稔投手、91年には湯舟敏郎投手と即戦力が入団、葛西は主にリリーフで活躍、湯舟は先発ローテに入り、ノーヒットノーランも達成しています。

94年には藪恵市投手が入団し見事新人王に輝き、95年入団した川尻哲郎投手はノーヒットノーランを達成とローテの主軸をなす即戦力がこの時期も立て続けに入ってきています。

96年にはオリックスから移籍した古溝克之投手が守護神の座につき、これもまたトレードによる成功で選手寿命を延ばしたといえます。同年ドラフトで入団した舩木聖士投手は新人で6勝を挙げ期待されましたが、その後はほとんど勝てませんでした。

98年には井川慶投手が入団、01年よりブレイクし優勝した03年には20勝もあげるエースに成長しました。それまでの主力投手は2桁勝ってもどこか安定感に欠け、負けが込んでいたのですが、井川に限っては勝ちが大きく上回りそのまま日本に居れば十分100勝はクリアできる投手でした。

99年オリックスのエース星野伸之投手を迎え入れるという大型補強で、まだ33歳という事で大いに期待されましたが残念ながら3年間で8勝に終わってしまいました。
この年入団したのが藤川球児投手、大きく期待されながら伸び悩みましたが突然ブレイク!押しも押されぬ守護神に君臨する事を想像し得たでしょうか…。

その後戦力として活躍するのは02年入団の安藤優也投手。一時期中継ぎに回りましたが、見事先発復帰し2桁勝利もあげ今も活躍を続けています。03年には杉山直久、江草仁貴、久保田智之といった投手が入団、即戦力として活躍を始めました。久保田は特に抑えとしても活躍、中継ぎに回った07年90試合というゆうに半分を超える試合数に登板しました。

03年は補強も大規模で伊良部秀輝投手、下柳剛投手が移籍、実績十分のこの二人の存在は大きく影響を及ぼしました。外国人のウイリアムス投手も加入、現在も活躍中なのは素晴らしいです。

05年には能見篤史投手が入団、即戦力期待大でしたがあまり勝ち星が伸びず、通算10勝という状態で30歳となる今シーズンを迎えています。06年には岩田稔投手が入団、08年に10勝をあげ今後が注目されます。07年には上園啓史投手が入団し新人王を獲得しますが、08年は4勝0敗ながらいまひとつの内容、この壁を乗り越えられるか、といったところでしょうか。




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