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2009年10月の80件の記事

2009年10月31日 (土)

和歌山/九度山 九度山駅より徒歩にて

和歌山県伊都郡九度山町、南海・九度山駅を出て歩いてみます。

九度山駅を出ると下り坂、でも建物はあります。

右の建屋は食堂だったのでしょうか?「めし・うどん」とあり、酒の看板が古ぼけたまま残っていました。なんかこういう「めし屋」って懐かしいですね…
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坂を曲がって下りていくと、交差点にぶつかりました。

国道370号線、左が高野山方面で高野山まで22kmとあります。

九度山町内の他の3駅(上古沢・下古沢・高野下)では見られなかった市街地の交差点の風景です。
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上の写真の歩道橋に上って空を。

もう日も暮れかかっている頃でした。
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「歴史街道」とついたこのような石碑が何箇所かで見られました。

真田庵は左に500mとあります。時間があれば行きたかったのですが…
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近くにあった県道114号・九度山停車場線です。わずか0.1km九度山駅までの短い県道です。この先を上っていけば九度山駅です。
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他にも石碑のあるところが…。

運動会の手書きのポスターが歩道橋の柱に貼られてありました。
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九度山周辺、また九度山町はここまでです。

南海/九度山駅 (和歌山県伊都郡九度山町)

和歌山県伊都郡九度山町の南海・九度山駅です。

九度山町でいずれも南海高野線にある4駅の中でも町役場に最寄りの中心駅です。

隣の高野下は同じ九度山町内の駅ですが、学文路(「かむろ」と読みます)は、橋本市内の駅で、この駅を境に以南は終着・高野山まで郡部の駅が続く事となります。

開業は1924年12月25日(訪問は2007年9月)で、開業後半年強は終着駅でしたが、高野山駅(=当時。現・高野下駅)の開業によりすぐに途中駅となりました。

1日あたり平均乗降者数は1251人で南海99駅中74位と、以南の高野線の駅すべてが90位台にある中、当駅だけは群を抜いて利用者が多い形になっています。
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別の駅名標付近、こちらはひらがな表記です。

屋根が広くとられ、壁やベンチもしっかりあります。木造のきれいな建物となっています。
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駅舎の中へ。

ここでも木造できれいにペンキ塗りした跡が窺える建屋になっています。

窓枠も木製で昔の教室を思い出します。

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駅舎内の窓枠の上にある看板です。

九度山は真田幸村ゆかりの町で、関ヶ原の戦い後にこの九度山に流され、そこで暮らしていた屋敷が真田庵として残っているといいます。当駅から約350mとあります。
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九度山の駅舎です。

付近の自販機のある駅なんて以南には殆どなかったように思います。

ここも坂の上にあります。下りればすぐ町ですが。

南海高野線はここから本格的に山岳地帯に入るといい、以南は段々山深く秘境っぽくなっていきます。
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次回は坂を下りて町歩きします。

和歌山/九度山 高野下駅前の町並み

和歌山県伊都郡九度山町、南海・高野下駅を出てきました。

駅前にあった竜王渓遊歩道の地図です。

ここ高野下駅から北隣の九度山駅の近くへ向かっての川に沿ったコースがつくられています。
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右に隠れている部分が駅ですが、階段を下りると橋(右側)の手前で、橋を渡ってしばらく歩いてから撮った町の様子。下りてすぐ街に出られるなんていうのは以南の駅では出来ない事で、つくづく町にすぐ出られてよかったなと思います。
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上の写真と反対側の様子です。

川沿いに集落が続き、商店も時折見られます。
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九度山町のマンホールです。

富有(ふゆう)柿の産地で、町の木も柿である事から柿がいくつも描かれており、九度山町のマークを中心に円内で8分割されて交互に同じ模様が描かれています。
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駅を出て少ししか歩いてないので風景写真は他にも何枚か撮ってはいるものの町の様子はこの2枚位でもそれなりに分かるかな、といったところです。

次は町内中心地・九度山駅へ。

南海/高野下駅 (和歌山県伊都郡九度山町)

和歌山県伊都郡九度山町の南海電鉄・高野下(こうやした)駅です。

南海高野線にあり、隣駅はいずれも九度山町内の九度山駅と下古沢駅です。

開業は1925年7月30日(訪問は2007年9月)、開業当初は高野山駅を名乗っていたようですが、すぐに現駅名に改称されたとあります。1日あたりの平均乗降者数は236人(2004年)で、南海99駅中92位です。高野山駅を除くここ以南の駅では

下古沢…94位
上古沢…98位

(以下、高野町内)
紀伊細川…97位
紀伊神谷…99位
極楽橋…96位

と下位を占めますが、極楽橋から見ると上古沢からは北へ行くごとに順位が上がっており、町へ出てきた感が強まってきます。

ホームも以南の駅と違い、屋根が広く造られています。かつての終着駅だった名残なのかもしれませんが。
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以南の駅のように屋根が気持ち程度で緑に覆われるという雰囲気とは明らかに違っています。真ん中にある島式の1面2線ホームの全面に屋根がついていてベンチも置いてある、格上感のあるホームとなっています。
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ホームに待合室もあります。

出口はこの手前左に見えている階段を下ります。

一部切れていますが、「高野山へお越しのお客さまは極楽橋までご乗車下さい」とあり、高野線自体が極楽橋が終着で、高野山へは乗り替えが必要である事を示しています。 
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駅舎内の様子です。

木の窓枠に木製ベンチ味のある空間です。
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上の写真で手前にチラッと見えていた階段を下りていくところです。

ここもまた木製の壁と屋根で、ただただ感動しながら通りました。

この辺りの駅でこのような屋内階段のあるところは珍しいです。
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高野下駅の駅舎です。
(↓クリック拡大)

石垣上に築かれた見事な木造駅舎で、屋内階段が建屋からせり出して見事なラインを形成しています。
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以南の駅は山岳地帯を通り、山のど真ん中とか傾斜地の上とか平地まで下りてくるのに一苦労だった駅ばかりで、下古沢ではかなり低いところにはなってきたものの、まだ下りる必要がありました。この駅は階段を下りるとすぐに町なかです。ようやくこんな普通のところへ出てきたか、、と一駅ごとに訪ねると感じます。
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この駅ではほんの気持ち程度しか寄ってませんが、次回に少しだけ街中の様子を!

和歌山/九度山 下古沢集落にて

和歌山県伊都郡九度山町、南海・下古沢駅から坂を下りて平地へやってきました。

消防団の器具庫がありました。

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下古沢大橋というものがありました。

大橋というほどの規模ではないように思いますが、地元では貴重な橋という意味合いでの命名でしょうか?
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はっきり覚えてませんが、下古沢大橋を横から撮ったものと記憶しています。
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商店っぽいところも見られました。

高野山を除くここ以南の駅にはなかなか見られなかった景色、といいますか、ここまでは何とかそれなりの町の景色に出会え、以南は秘境度がグッとupするといったところでしょうか。 
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下古沢の駅まで上がってきました。

ホームの景色ですが、柱の装飾が凝ってたりするし、木造の立派な駅であることをつくづく感じます。
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次は高野下駅です。

2009年10月30日 (金)

和歌山/九度山 下古沢集落へ

和歌山県伊都郡九度山町、南海電鉄・下古沢(しもこさわ)駅から平地へ下りていきます。

南隣の上古沢は人家へ下りていくまでかなりかかりましたが、ここは一応すぐに人家には行き着きます。まだ平地ではありませんが…
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見下ろせば山に囲まれてはいますが、集落は結構密集しています。
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下りていってそれほどかからないうちに、車が通るような道路にも出くわしました。
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上古沢には見られなかった信号つき交差点もここでは見られました。

向こうには集落が見えます。
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不動谷川と周りの様子です。

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山の斜面に沿うように、色んな高さの所に家が建っています。
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もう少しこんなのどかな町歩きをしてみます!

2009年10月29日 (木)

南海/下古沢駅 (和歌山県伊都郡九度山町)

和歌山県伊都郡九度山町、南海電鉄・下古沢(しもこさわ)駅です。

前回までの上古沢の隣駅で、両隣とも同じ九度山町内の駅ですが、南の高野町に近い上古沢よりはやや開けた感じで、とりあえず駅名標が緑に覆い尽くされるなんて事はないです(笑

開業は1928年6月18日(訪問は2007年9月)で、1日平均の乗降者数は172人/日(2004年)で、南海99駅中94位と、かなり下位ながら高野山駅を除くココ以南の駅(上古沢・98位、紀伊細川・97位、紀伊神谷・99位、極楽橋・96位)よりは上回っています。

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相変わらず山々に覆われているという状態ではあります。高野町の紀伊細川から続く山岳地帯の中の駅というロケーションも変わりません。
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駅舎と反対側のホームです。

といっても、上の写真でも分かるのですが、線路は1本しかなく、こっちのホームは今は使われていません。

駅舎側のホームのみが使用されている1面1線、いわゆる棒線駅というやつです。このひさしなんかは隣の上古沢より多く(2つもあるし)取られているのに使用されていないとは残念です。
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駅舎です。(↓クリック拡大)

山の斜面の途中にあるような駅で、駅舎は木造です。

ただ南の上古沢や紀伊細川などと違い、そんなむちゃくちゃに高い所にはありません。

ただ駅を出るとこんな坂道がいきなり始まります。
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出口より手前、改札手前から見るとこんな感じです。

この高さからではほぼ山ばかり見えて、もう少し下に平地が見えてきます。
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駅舎内です。

1時間に2本来る時間帯も少なくなく、そこんとこはさすが大手私鉄です。

券売機がないため、乗車駅証明の機械が設置されています。

ここだけ見るとそんなのどかな駅には見えないです。

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ここも坂を下りての探訪です。

和歌山/九度山 上古沢の平地

和歌山県伊都郡九度山町、南海・上古沢駅から延々と坂を降りて10分弱、ようやく平地にたどり着きました。

不動谷川という川の上に架かる橋付近です。

友釣り専用漁区という看板が出ています。友釣りとは「アユを釣り上げる釣りの技法のひとつ」とあります。
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割に高い所にも家が建っているものです。
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集落から外れて畑というか樹林のようなところへ。
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クリのイガや柿が落ちていました。 
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坂を延々と上り続けて駅へ戻ります。

本当に疲れました…
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という訳で、上古沢はここまでです。

2009年10月28日 (水)

和歌山/九度山 上古沢駅を下る

和歌山県伊都郡九度山町、南海・上古沢(かみこさわ)駅から平地に下りていきます。

駅を出たらこんな景色です。

集落は遥か下、こんなに見下ろしたところにあります。

高野町の紀伊細川も高い山の中にあり、ここもその辺りは同じです。

案内の標識もこんな立て札風で手書きのもので、味があって秘境っぽさも感じます。

いずれも峠越えでたどり着くような所の案内となっています。
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コンクリートの素気ない坂道を延々と下っていきます。

駅前なのにこんな山の中の道とは…全くこの辺りは秘境続きであります。
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だいぶ下りてもまだこんな感じ、相変わらず手書き標識が出てきます。
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こんなところも下ってきました。

引き返す時は当然のぼりな訳で…

それ考えただけでゾーッとします。

バリアフリーとは全くの無縁です。
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これでもだいぶ眼下近くに町が見えてきた方です。

もう一息…
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だいぶ平地に近づいてきました。

写真撮りながらとはいえ、最初の駅出たところの写真から7,8分、結構早足でこれなので10分くらいかかってもおかしくないです。高野山まで電車を通そうと思ったら、こういう山岳地帯を通っていかなければならないものなのでしょうか??
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次回は平地へ下りたところをお届けします。

2009年10月27日 (火)

南海/上古沢駅 (和歌山県伊都郡九度山町)

和歌山県伊都郡九度山町の南海電鉄・上古沢(かみこさわ)駅です。

九度山町は和歌山県の北東部に位置する小さな町で高野町に接しており、人口は5,083人(2009.9.1現在)とこのブログで人口5,000人以上の自治体は初掲載です。

九度山町にはすべて南海(高野線)で4駅あり、その中の1駅ですが、開業は1928年6月18日(訪問は2007年9月)で、1日あたりの平均乗降者数は56人/日と南海99駅中98位、高野町の秘境駅・紀伊神谷に次ぐ2番目の少なさです。

隣駅は、下古沢は同じ九度山町内、紀伊細川は高野町の駅です。

駅名標が緑に覆い尽くされんばかりです。
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2面2線のホームで、このような構内踏切で駅舎の方へ渡っていきます。

ホーム上は待合室はなく、小さな屋根ひさしがついているだけです。
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車内から見たホームの様子、ちょっと分かりにくいでしょうか…?
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駅を出た目線です。

木造のトイレには感動モノです。

下り坂が続いていますが、こんなのはほんの一部、ここからずーっと下っていかないと平野の集落には行き着けません…
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駅舎です。

小高いどころかかなり高い所にあります。

それでもさすが南海というべきか、自動改札はついてるし、ポスターも貼り尽くされ、手入れされてる雰囲気は感じられます。南海はどんなのどかな所の駅でも駅舎を持っているところが巡り甲斐があるというか、行ってて楽しいと思えます。
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次は駅から坂を下りていきます。

京都/和束 茶畑見納め!

京都府相楽郡和束町、和束山の家バス停から「しらすばし」を渡って茶畑を見に。

橋を渡って直進したところです。

府道62号、宇治木屋(うじ・きや)線とあります。木屋とは和束町内最南端にある地区で、向こうが宇治側、手前が木屋側となります。

この右側に見えている丘をのぼります。
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歩道の両サイドに茶畑、更にのぼって行きます。
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てっぺんは向こうに。

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またまたきれいに手入れされた茶畑です。
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丘の斜面に沿った茶畑とその向こうに町を見下ろし…。

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以上、京都の茶の町・和束からでした。

 

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2009年10月26日 (月)

京都/和束 元・道の駅

京都府相楽郡和束町、町役場から南西へ、コンビニのあるところまで来ました。

やはり市街地の景色が続いてもコンビニなどは滅多に見られませんでした。

ここもやはり府道5号(木津信楽線)上で↑加茂、→宇治田原(府道62号)などと標識にはあります。この辺は役場からは少し離れているものの人のよく集まっている所のように感じました。コンビニがあるのもそうでしょうが、ここには元々、道の駅があったそうです。しかし早々に登録抹消となってしまい、今では違う店が入ったりしていました。
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上の写真で信号が見えていましたが、その近くまで来ました。

コンビニのまん前まで。ここは和束山の家というバス停があります。

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交差点を右折してこの橋を渡ります。
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この橋は「しらすはし」とあります。白栖と書きます。

橋の名と川の名に両方とも茶摘みのそれぞれ違うカラーの絵が入っているところがなんとも旅で来た人間の目を惹きつけます。
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この橋を越えて、茶畑の丘へ上ります。

京都/和束 和束町役場付近

京都府相楽郡和束町、

この町に来た目的は茶畑を見る事と町役場を見る事、

という訳でやって来ました和束町役場近辺。

このすぐ左が町役場です。
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和束町の観光案内図です。

山に囲まれた盆地の中に町が形成されている感じです。
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和束町役場です。

入口に半円の屋根が長くせり出したユニークな建物です。 
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役場を見た後は、再び府道5号に戻ってバス路線に沿って加茂方面に歩きます。

和束川って一級河川なんだ、と驚きながら…。
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左向こうが町役場で、この川は和束川とまさにこの辺りで分岐している川です。
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次はもう少し加茂方面へ戻って茶畑を見てきます。

京都/和束 和束河原バス停付近

しばらく他ブログで浮気して帰って来ましたwink

京都府相楽(あいらく)郡和束(わづか)町、宇治茶の産地としてあちらこちらに茶畑の見られるこの町の役場付近です。

山そのものが茶畑、と思えるようなすさまじい光景も見えました。
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和束河原というバス停まで来ました。

ここが町役場の最寄のようです。

横には自販機がズラーッと並んでいました。
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和束大橋という橋に来ました。

歩道もついていました。

バスで来た時、ここ(和束河原)で下りればよかった…と思いました。 
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和束大橋から見た和束川の様子です。なかなか壮観、素晴らしい眺めです。
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これらの景色をひとしきり見て、ようやく町役場へ行きます。


2009年10月24日 (土)

奈良/曽爾 掛東口

奈良県宇陀郡曽爾村、高照寺のある丘から降りて町なかを歩いていきます。

最初、曽爾村に来た時に降り立った「掛」バス停の東隣にある「掛東口」バス停周辺です。

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付近には懐かしいブリキの看板が…

学生服って昔はポスターにCMにと色々売り出された感がありましたが、最近はそのような動きは殆ど見かけない気がします。 
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その向かいには大和信用金庫というのがありました。村において金融機関があるところというのはそれなりにキーになるところなのかな、と思いました。
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見上げると、こんなコブのような山が…

見る地点によって色々な見え方になるようですが、このコブはユニークです。
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落ち着いた雰囲気のエリアで、住宅のみならず商店も点在しています。 
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この後、更に町らしいところへ入っていきます。


奈良/曽爾  高照寺より

奈良県宇陀郡曽爾村、御杖村との境から御杖村のプチ巡りを経て、また曽爾村へ戻り、国道369号と県道81号の交点まで戻ってきました。山沿いの道からの脱出です。

向こうには、新鮮野菜「掛直売所」がありました。掛(かけ)という所の直売所なわけで、字だけ一見すると「掛売」の直売所のように思えました。

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掛バス停付近まで戻り、小高い丘の上に立つ高照寺(こうしょうじ)というお寺へ。

ここには五色椿として下記書いてありました。
境内には樹高約6mある椿の老木がある。4月中旬ごろ白色、紅色、白地に紅色のたて筋のある絞りなど色とりどりの花が一本の木に咲く珍しい椿です。

今は全く正反対の時期なので、その魅力を楽しむ事はできませんが。
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寺の奥の山道を通っていくと墓地があり、その奥にこのような石仏が並んでいました。 
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丘から見下ろした曽爾の市街地の様子です。

橋を渡って直進を続けると御杖村につながる国道369号、右折しても同国道がつながっていて、左折すると県道81号でこれは三重県の名張につながっています。
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次は丘を下りて、曽爾村役場へ向かいます。

2009年10月23日 (金)

奈良/曽爾 御杖村との境

奈良県宇陀郡曽爾村、掛(かけ)バス停を下りて、国道369号を御杖村方面へ青蓮寺川(しょうれんじがわ)に沿うように南下していきます。

川と森に沿うようにカーブの多い道を進んでいきます。

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青蓮寺川の流れです。

並び立つ森林に流れる川、マイナスイオンに満ち溢れている空間を感じました。
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後ろを振り返ると(曽爾村の中央方面)このような素晴らしい景色に出会います。
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またもカーブです。

向こうには「御杖村」の標識が出ています。
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御杖村との境界を越えて、反対にここから曽爾村という標識です。

このような木片の標識に「村」を感じるというか、この素朴さがなんとも言えません。

「掛」バス停から降りて早歩きでざっと15分は歩いていますが、ここもまだ掛という字なのです。
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川の一部の様子。

この水の噴出しも素晴らしいものがあります。
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奈良/曽爾 「掛」から

奈良県宇陀郡曽爾(そに)村、先にお届けの御杖村と同じく宇陀郡に属する村で、奈良県の北東部に位置し、人口は1,931人(2009.9.1現在)と、2,000人を割り込むようになりました。(訪問:2009年10月)

ススキの名所として知られる曽爾高原は今の時期特に賑わい、ここへ来た時も名張駅から曽爾高原行きのバスは大賑わいでした。(10・11月のみ運行だとかで)

御杖村を先にupしましたが、実際に先に足を踏み入れたのはここ曽爾村の方でした。この「掛」(かけ)というバス停で下りて。御杖村へのアプローチは名張駅からだともうひとつ向こうになる掛西口で下りたほうが良かったのでしょうが、とりあえずまず曽爾の景色もと思ってここで下りてみました。

名張駅前行きと、反対の山粕西行きとほぼ2時間に1本の便となっています。手前の奈良交通のものとしては奈良県内の宇陀市にある榛原(はいばら)駅から出ている便がありますが、名張のものと比べるとやや少ないと思います。
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バス降車後の道から見える標識です。

直進が榛原、室生、左折が御杖となっています。

またこの道は国道369号と県道81号が重複しています。
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先ほどの看板の裏側です。

反対に直進で名張23km、赤目10km、曽爾村役場1.7kmとなっています。役場へは後で歩いていくとして、この時は反対に御杖へ向かいました。
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道は青蓮寺川(しょうれんじがわ)の流れに沿って続いています。 

名張川の支流として流れている一級河川で、青蓮寺湖、青蓮寺ダムへも続いています。
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「左 はせ  右 いせ」という道標が立っていました。

この辺りから左折して御杖へのルートをとります。

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ちょっと町なかぽかった交差点(写真割愛)を通りすぎ、川の流れは方向を変えつつ、この山沿いの何もない国道を進んでいきます。この時はどのくらいで御杖に差し掛かるのか、方向が間違っていないのかすら確かめ切れてませんでした。
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次は御杖との境界まで行きます。

2009年10月22日 (木)

奈良/御杖 桃俣町屋上

奈良県宇陀郡御杖村、県道31号に入って進んでいきました。

民家が立った両脇を抜けて、また橋にでくわしました。流れているのは桃俣(もものまた)川で、青蓮寺川という湖もある川の支流となる川です。
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橋を渡って少しのところに、この桃俣町屋上バス停があります。

これもまた御杖ふれあいバスのもので、それと横にスクールバスの標識も立っていました。
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この辺りで振り返ると、山中に神社のような何か石垣上にスペースがあります。そこへ行きたかったんですが、人家の前を横切るようにしないと行けないのもあり断念しました。
葉の色が色々で秋を感じます。
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というわけで御杖村はここまで。引き返して曽爾村へ入ります。

奈良/御杖 県道31号に入る

奈良県宇陀郡御杖村、国道369号にて村内に入り、途中で右折して県道31号に入らんとするところです。

右は国道31号(榛原菟田野(はいばら・うたの)線)へ入り、直進すると国道369号です。

ちなみに右折した先にはこの看板の通り「三季館」という宿泊施設がありますが、ここはナント元・小学校の校舎が使われているというユニークなものです。
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県道31号に入ったところです。

「御杖村」なんて表示のある看板に出くわすと、改めて村に来たんだな~という実感が湧きます。

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上の写真の向こうに小さく写っていた橋のところまで来ました。

県道の標識がありました。「御杖村桃俣」とあります。

ここには桃俣町屋というバス停があり、御杖ふれあいバスというのが通っています。

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その桃俣町屋のバス停の時刻表です。

土日は両方向とも1日1本しか走っておらず、朝8時台のみです。バスは1日一度来る、吉幾三の某ヒット曲のフレーズそのままです。時刻表そのものも17時台までしか欄がありません。平日でも12時台が最後という恐るべきダイヤです。

というわけで土日などに歩いてここまで来たら、疲れたから帰りはバスを、とあてにする事は全く出来ません。
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バス停のそばの橋です。

橋げたの形がなんだか面白い印象がありました。

欄干も低くてシンプルなデザイン、コンクリートの色が前面に出た地味さがまた味があるというものです。
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左折すれば橋を渡ることになるのですが、これを渡らずに直進し、違う橋に差し掛からんとするところです。少しではありますが集落に出くわします。ただ店などには全くお目にかからず、村らしい雰囲気を持ったエリアです。 
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もう少しだけ奥へ行って引き返します。

2009年10月21日 (水)

奈良/御杖 御杖村入口

奈良県宇陀(うだ)郡御杖(みつえ)村。

奈良県の北東部(東端)に位置し三重県と接していて、人口は2,163人(2009.9.1現在)の小さな村です。

三重県の近鉄/名張駅からバスで山粕西(やまがすにし)行きに乗り、狭い道を通りながら約50分かかって掛(かけ)バス停(曽爾村)にて降車、国道369号線を山沿いに進んで(歩きまくって?!)行きました。

バスを降りてから歩く事15分、ようやく「御杖村」入口の標識が見えました。

何もありません…sweat02
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生コンの会社でしょうか?

しかしここでごはん食べようと思ったら車で数km離れたどこかを探すか、いややはり予め持って行っておくかですかね。
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更に進めば今度は採石が進んで断崖と化した山が…。

土石等の採取ということで林地開発許可済証が掲示されていました。
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御杖村の入口から10分ほど歩いた地点、ようやく人家が見え始めたかな、というところです。

役場へ行きたかったのですが、あと6km…既に歩き疲れ状態、この後隣の曽爾村を巡りたい事もあり、これは断念し、この先を右折して少しだけ町の様子を見る事としました。
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右折する直前、国道369号線上にあった「御杖村観光案内所」。

とはいっても、単なる休憩室というか待合室というか、そんな所で、受付の方やらが居る訳ではない無人施設です。
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観光案内所内の御杖村の地図です。

あとは村内の関連施設のパンフがあったくらいでしょうか。

現在地は左端真ん中ぐらいの地点です。まだほんの足を突っ込んだ程度ですが、そのまま下をくだってきます。やはり真ん中のほうまで行くと、色んなものに出会えそうですが、足のない身の上にあっては多くは望めずです。
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というわけで今度は右折しての風景です。

徳島/牟岐 牟岐川あたり

徳島県海部郡牟岐町、JR牟岐駅から少しだけ散歩してみました。

牟岐駅からまっすぐに進むとすぐ、この橋に差し掛かります。
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牟岐川の流れです。

牟岐川は7.7kmほどの短い二級河川です。
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橋の手前から駅方向を。

向こうの標識が駅前の交差点付近で、その向こうが牟岐駅です。

右のポルト(PORTO)牟岐というのはショッピングセンターですが、パステル調の色が前面に出た不思議な雰囲気の建物です。
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時間もなく、名所らしいものにも出会えませんでしたが、牟岐町の駅前がこんな風景だとお分かり頂ければ幸いです。

2009年10月20日 (火)

徳島/牟岐 牟岐駅前

徳島県海部郡牟岐町、JR牟岐駅前の様子です。

駅前は真ん中が植込みになっている広場です。ちょっとした南国ムードを感じます。

コンビニがまん前にあるんで便利です。
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駅前のMAPです。

「夢と緑と黒潮のまち むぎ」とあります。

北部は山々が南部は海がある緑と黒潮の町です。

観光地は駅付近にはあまりなく、郊外に多いといった印象を受けます。
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先ほどのMAPのところの足元には池があって、金魚が泳いでいました。
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駅前交差点すぐ前の地点(この手前が駅)です。

ここから直進の「潮風そよぐみち」を行ってみます。
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JR牟岐駅 (徳島県海部郡牟岐町)

徳島県海部(かいふ)郡牟岐(むぎ)町のJR牟岐駅です。

徳島県の駅紹介は初めてですが、徳島県南部に位置し、現在放送中のNHK朝のテレビ小説「ウェルかめ」の舞台である美波町と接しています。

JR牟岐線にあり、その町名が路線名に使用されています。隣駅のへがわ(辺川)は同じ牟岐町内の駅で町内はJRのみでこの2駅のみで、その中心駅の役割ももっています。

反対の隣駅であるさばせ(鯖瀬)は海陽町の南西へ隣接する海陽町の駅です。

開業は1942年7月1日とナント戦時中です。(訪問は2009年8月)

近隣都市としては、、周りは郡部ばかりになるんですが阿南市が近いでしょうか。

「牟岐線」といいつつも終着駅ではなく、両サイドに同じ路線で電車は続きます。ただ、この駅を境にして運転系統が分かれ、ここ以南では海部、甲浦など本数が減ってきていた印象があります。
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運転系統の分かれるキー駅ながら、1面2線という以外にもシンプルなホーム構造です。乗客の乗らない線路は両サイドに何本もあるんですが…

このホーム上にいくつもの柱の織り成す様はアートのようです。この柱が木製でまた程よい枯れ具合を見せているのがまた、たまらないところです。
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 ホーム反対側です。

山に囲まれ近辺には住宅がポツポツという感じで建っています。

ホーム上の待合室は見られませんでした。

とりあえず立派な屋根がついたホームなので雨露は十分しのげます。
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キー駅らしいりっばな駅舎です。

屋根がいくつも段違いに造られていて、単なる平板な小駅で終わっていないところを感じさせます。屋根のエッジの部分がミラーになっているのか光っていて、景色の一部が写っているのも見えます。

昔スタイルの公衆電話ボックスが2台見えます。

建屋からせり出したひさしが柱で支えられていて、これがあるのも駅舎のデザインとしては大きなアクセントになっていると思います。
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ここもそれほど長く居ませんが、ちょっと出かけてみます。

2009年10月19日 (月)

長野/南木曽 三留野大橋周辺

長野県木曽郡南木曽町、国道19号から木曽川や桃介橋を眺めて来ました。

いまひとつ橋のところへ。

三留野(みどの)大橋です。三留野は旧・中山道の宿場町で駅から見てこちらとは反対側の通りが旧街道になります。観光にはそちらの方が適しているかもしれません。
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三留野大橋を斜めから。

この渡った先には南木曽中や蘇南高、福沢桃介記念館などがあります。
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更に横から。木曽川の流れと共に。

端の長さの割に橋脚は真ん中に1本だけでした。
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駅へ戻る途中に国道19号付近を再び。

この脚の長い建物に感動してしまいました。
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滞在時間は長くなく、ダイヤの関係上早々に立ち去りました。

この裏の道が街道だったと後で知り、また行きたくなりました。

長野/南木曽 木曽川と桃介橋

長野県木曽郡南木曽町、JR南木曽駅から歩き出して街へ。

 

駅前から左へ向いて道なりに進んで行きます。

宿場町を思わせる街灯がユニークです。ここは県道264号「南木曽停車場線」です。 
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この県道264号は程なく終わり、国道19号に出ます。

国道19号線は長野市から名古屋市に至る約260kmにも及ぶ長い国道です。

向こうが北方面(長野市側)になります。
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国道19号の傍には木曽川の激しい流れが見え、また見事に架かっている「桃介橋」(ももすけばし)があります。

桃介とは福澤桃介(1868-1938)というあの福沢諭吉の娘婿に当たる人物で、木曽川の水利権を獲得し、電力会社の建設資材運搬用として1922年にこの橋を架けたといいます。

その後、読書村(よみかきむら=南木曽町合併前のこの辺りの村名)に寄贈され、更には老朽化で通行止めとなりますが、1993年近代化遺産に指定され通行できるようになり、94年には「読書発電所施設」の一部として国の重要文化財に指定されました。近代化遺産とは日本の近代化に貢献した建造物を指します。

そんな素晴らしい橋だとは知らずに、多だ素晴らしい眺めだと思ってこれをずーっと見ていました。

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木曽川のこの辺りは「キャッチ&リリースエリア」として、釣った魚は逃がしてあげなさいという事で指定されています。昔遊んだ豊かな川を未来の子どもたちに渡せるように、との配慮からきているものです。
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大きなカーブを描いている木曽川。

白い石がちらばってるのが妙に印象的です。
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長野/南木曽 JR南木曽駅前

長野県木曽郡南木曽町、JR南木曽駅前の様子です。

駅前の案内板と横にはなつかしの郵便ポストが。

しかしこういうポストも一時期殆どなくなったような気がするんですが、町おこし的な目的で再設置されるところがあまり多いと少々興ざめの感もあります。少ないからこそ有難いものと思えるのですが。まぁ絵にはなりますね。
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観光案内を詳細に。

町のど真ん中を木曽川が流れていて、両サイドが山々に囲まれるという地形です。

やはり妻籠、馬籠の宿場町の街道が魅力的です。残念ながら行ってませんが…
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駅の真向かいは土産物屋や商店が並び、観光地の様相を呈しています。
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駅前から左へ進みだすとこんな風景です。

街道だった事を思わせる道が広がっています。
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次はもう少し街の中へでます。

JR南木曽駅 (長野県木曽郡南木曽町)

長野県木曽郡南木曽町のJR南木曽駅です。

長野県の駅は初めての紹介ですが、南木曽町は長野県の南西部に位置し、人口は4,925人(2009.9.1現在)とここもまた減少傾向にあり、前回国勢調査(2005年)までは5,000人以上いたのがついに大台を割り込んでしまいました。

中仙道の妻籠宿など宿場町として栄えていた町で、面積の実に94%が森林が占めているといいます。

南木曽町にはJRのみで3駅ありその中心駅で、隣駅のただち(田立)もじゅうにかね(十二兼)も共に南木曽町の駅です。

JR中央本線にあり、開業は1909年7月15日(訪問は2009年3月)ということで、今年でちょうど開業100周年となります。当初は三留野(みどの)駅という名称で、1968年になって現在の南木曽駅に改称されました。駅名から地名が消えてしまったわけですね。

近隣の駅としては県境を越えますが岐阜県の中津川駅まで4駅、県内では木曽福島がありますが、市の中心駅まではかなり距離があり、塩尻まで16駅ほどあります。電車ではつながっていませんが飯田市などは県内で近い市になります。

電車では南の岐阜県側の方が近隣に市が多く、中津川までは電車の本数もそれなりにありますが、以北は激減し、この辺りは巡る際は要注意です。個人的にこの辺りで行きたい所はいくつかある(奈良井、宮ノ越、十二兼など)のですが、なかなか行けずにいます。少ない本数の中で何とか行けた数少ない駅のひとつがここだったのです。

 

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駅裏側はズラリと一面にヒノキの木が置いてありました。

木曽森林管理署・南木曽支署とあります。

一塊何百本もありそうなので、ざっと数千本はおいてあるのかな、と。これだけのヒノキが並ぶと圧巻です。
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ホームの様子です。

左が駅舎側で、右のホームにも待合室があります。

両ホームは跨線橋でつながっていて、3番のりばまである2面3線のホームです。
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跨線橋の階段のサイドは、このようなデザインがなされており、特急(しなの)が一部停車する事もあってか、この辺りにも整備が行き届いている感があります。
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跨線橋の中も枠つきのポスターが並べられ、標識もありとこんなところにも特急の止まらない駅との違いが感じられます。
手前が1.2番線として北行きの木曽福島・長野方面、向こうの3番線は中津川・名古屋方面と南へ下る側です。駅舎はこの手前側にあり、どこへ行くにも跨線橋での横断が必要になります。
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反射で見えにくいのですが時刻表、こちらは名古屋方面です。

昼間には3時間近く電車がなかったりして、いくつも巡りたいという目的がある場合に大きな障害となります。(あと、乗り過ごした場合も)

赤枠つきは特急なので、普通電車だけだと1時間に1本あるかないかです。これだけだといいのですが、当駅始発のものがあり、ここより北の駅ではもっと便が減ってしまい、本線とは思えない状態となります。
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駅舎です。

宿場町らしい雰囲気の立派な建屋で、「駅」の字は旧字体です。

平屋(と思うのですが…)ながら2F部分のところの装飾がかなり手が込んで素晴らしいです。

タクシーも複数台停まるなど特急停車のキー駅らしい駅前です。バスは妻籠・馬籠など宿場町へ行くものがありますが、便数がかなり少ないようなので下調べが必要です。タクシーでもいいのですが安く上げたい場合はバスになってしまうので…。 

(↓クリック拡大)

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ここでは1本逃すとえらい事になりそうだったので、滞在時間はあまり長くありませんが、少し歩いてみます。

和歌山/すさみ 駅の中は水族館

和歌山県西牟婁郡すさみ町、海の景色を見た後はすぐさま駅前に引き返し、次の電車まであまり時間のない状態(本数も少ないので…)で慌しくなってしまいましたが、

 

バスのりばは駅からやや離れたこの位置にあります。(この突き当りが駅です)

1日2本か3本しかないような路線です。
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周参見駅の中にはなんとミニ水族館として水槽があります。

「すさみ町立エビとカニの水族館」の分室としてここに設置されているとの事です。

なので駅で飼っているというのではなく、町の施設の出張所みたいなものでしょうか。駅舎が町のコミュニティセンターと合築なので。

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イセエビとウツボは撮れました↓

鮫の小型のやつも居たんですが、時間の都合で撮れませんでした。

駅に来るだけでこれだけの生き物たちが見れるので(もちろん無料で)子どもに見せるのは手軽でいいかもしれません。

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水槽の中は顔ぶれが変わるようなので時期を置いて行くと、また違うものに出会えるかもしれません。というわけでこの地を後にしました。

和歌山/すさみ 海辺の景色

和歌山県西牟婁郡すさみ町、JR周参見駅から直進して海のすぐ前まで出てきました。

駅名は「周参見」で町名は「すさみ」ですが、ここでは「すさみ駅前」という表記になっています。

左は海岸前の広場です。
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堤防には津波に対する警戒を呼びかけています。

紀伊半島は地震もそうですが、多雨地帯で増水などの危険性もあり、よくこういうメッセージを見かけた気がします。
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海岸を。太陽に向かって撮るとこのようになってしまいました。

左に写っているのは稲積(いなづみ)島という島で、神武天皇が東征の際に食料である稲を積み上げたという伝説が残る島です。この左側で陸続きになっているようです。
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すさみ海水浴場を含む海沿いの風景です。

以前ここに来た時に泊まった国民宿舎もこの中にあると思います。 
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海辺はこのくらいで、駅へ戻ります。


2009年10月18日 (日)

和歌山/すさみ 周参見駅から海の手前

和歌山県西牟婁郡すさみ町、JR周参見駅から歩き出しました。

ちなみに「すさみ」町とひらがな自治体なのは、他の自治体から「しゅうさんみ」「しゅうさんけん」などと、正しく読んでもらえないからとあります。地名としての周参見は残り駅の名は漢字のままということなのでしょうか??

駅を出て数十m歩いたところからのカットです。

とりあえず高い建物はまん前に3F建てのものがありましたが、それ以外見当たらずという感じで、のんごりとした雰囲気の駅前でした。
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先ほどの4つ角を右に向いてのカットです。

こちらも落ち着いた穏やかな街並みが続きます。
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日光の具合で右半分が真っ暗になってしまっていますが、向こうの信号を越えれば海岸沿いの通路です。駅から3分も直進すれば海の方まで出られます。

というわけで次は海の景色を!
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JR周参見駅 (和歌山県西牟婁郡すさみ町)

和歌山県西牟婁郡すさみ町のJR周参見(すさみ)駅です。

 

和歌山県の紀伊半島南端近くに位置し、人口は4,864人(2009.9.1現在)で昔からひらがな自治体名の珍しいところです。

個人的には2000年10月にこの町内の国民宿舎へ団体で泊り込みの旅行をした事があるのですが、駅へは行った事がなければ写真ひとつ残していないので、9年ぶりのこの町に降り立ちました。

 

自治体名はひらがなですが、駅名は漢字です。

JR紀勢本線にあり、町内にはいずれもJRで3駅ありますがその中心駅で、2004年のダイヤ改正で特急列車がすべて停まるようになったそうです。近隣としては白浜駅へ3駅、市の中心では紀伊田辺駅まで6駅となります。

開業は1936年10月30日(訪問は2009年9月)で1日あたりの平均乗車人数は213人/日と特急停車するだけはあると思います。この辺りは電車がかなり少なく、1時間に1本もない時間帯もしばしばあるので、訪問時は要注意です。

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駅ホームには、このような壁画が…

駅に降り立ち、まずこれに目を奪われます。
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ホームの様子。向こうが白浜・紀伊田辺、そして和歌山方面です。

反対側は撮ってませんが、こちらの方に跨線橋がついていて向かいホームとつながっています。
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周参見駅の駅舎です。

駅出口は向かって右側です。

2001年竣工の「すさみ町民コミュニティープラザ」との合築駅なので幾分規模が大きいものになっています。

建屋から斜めへせり出しているひさしがなかなかカッコよいものになっています。

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ここでは滞在時間希少のため、探訪はあまりしてませんが、海の方へちょっとだけ行ってみます。

島根/川本 駅のバス時刻表

島根県邑智郡川本町、最後の記事は川本大橋の様子から。

これで観光は終わり。この向こうを左に曲がって駅へと戻ります。
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駅入口そばにある駅名表示です。この手書きはなんでしょうか、元々のものを残しているのでしょうか??

「石見」川本駅と名乗っていますが、では別に川本駅があるのか??調べた限りでは、「河本」駅というのが引っかかりました。同和鉱業片上鉄道の駅という事ですが、現存しません。
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駅のすぐ前に建っているバス停です。

石見交通のバス停ということで、広島への便(1日2便)や大田バスセンターなど割に広域のものを対象としたダイヤが貼ってありました。
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こちらは駅舎に掲示されているバスの時刻表、右の石見交通のものは先ほどのバス停に貼ってあった分そのもので、左は町営バスの時刻表です。

町営バスは土日になると激減します。

今回広島から2時間で行けることを知り、行ってみました。電車しか手がないならなかなか行かなかったかもしれません。以前から行きたいと思ってましたが…

ここから電車で美郷町へ向かいます。その様子は遠からぬうちに!
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2009年10月17日 (土)

島根/川本 川本大橋と江の川

島根県邑智郡川本町、法隆寺から見下ろした街の景色から。

街並みが一望できるのは気持ちがいいものです。
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下りて、川本郵便局から県道へ、この辺りから商店街が始まっています。
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川本の駅にまた戻り、今度は川の方へ。 

その途中、石垣上に何があるのかと思ったら宿でした。
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駅の裏側にあたる川のある側です。

川本大橋とあります。昭和36年竣工、歩道のラインが気持ち程度の幅ありますが実質的に皆無で、両方向に車が通ってる時に歩いて渡ってると少々怖いです。
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流れているのは江の川。

広島県北広島町から島根県江津市まで194kmを流れる一級河川です。

左側の岸が駅のある側、川は山に囲まれているといった感じです。
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こちらは反対側、右の岸が駅側で、川の湾曲がものすごいです。
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橋から見ると、河原の右横すぐに川本駅があり、ここから駅の全貌を見ることができます。

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川本大橋を渡りきったところ。

色んな標識が取り付けられています。

右側の「大家(おおえ)」は大田市内の地名、下の左側にある邑南は旧・石見、瑞穂町で、桜江は現在は江津市内となっており、新旧の自治体名が入り混じっています。
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標識の左側の道の様子です。

川に沿って続いているこの道は県道40号(川本波多線)です。
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さて、そろそろ戻ります。次が川本最後です。

2009年10月16日 (金)

島根/川本 赤瓦の法隆寺

島根県邑智郡川本町、「悠邑ふるさと会館」を降りて、坂道を下り川本小学校の横を通り、
そのまま直進した先にお寺があります。

石州瓦でしょうか、赤っぽい色の瓦が鮮やかです。

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そのお寺の名は…「法隆寺」sign03

浄土真宗(本願寺派)のお寺です。
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階段を上がり切った所にある門です。

赤い石州瓦と下の木造の建てやがなんとなく不釣合いに見えますが、見ると素晴らしい建物と感じます。この細い柱でよく支えてるな、という風に見え、頭でっかちな感じの風変わりな門です。
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中は素晴らしいお寺の建物です。

黒屋根や銀屋根の大きなお寺はよく見かけますが、さすがは石見地方というべきか石州の赤瓦の大きな屋根のお寺も荘厳に見えるものですね。
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より迫って撮影。龍虎山法隆寺ということになりましょうか。

お寺の装飾というのはどこをとっても素晴らしいものですね。
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太鼓やら鐘やら色んなものが吊ってあります。

何かで使うのでしょうか??
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すぐ近くの山すそに鬼瓦の一部が置いてありました。
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門といい、吊ってある太鼓といいなかなかユニークなお寺でした。

2009年10月15日 (木)

島根/川本 悠邑ふるさと会館

島根県邑智郡川本町、石見川本駅から川本小学校前を経由して、目指していた建物とは…

「悠邑
(ゆうゆう)ふるさと会館」!!

現在、島根県の本土(隠岐以外)で最も人口の少ない自治体となってしまったここ川本ですが、合併前はそれではなく、また旧来より邑智郡の中心地として警察署まで存在するこの町に1996年に完成した複合施設であり、古い建物がそこかしこにある中に似合わずに巨大な建物がデンと建っております。

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標識上は直進となっていますが、車では直進して上がっていくことになるのでしょう。徒歩であれば、このカーブのところに階段があり、中から上がっていけるようになっています。
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上がってきました。

ここが分岐点で、スイミングスクール、レストラン、ホテルまであり、また図書館や郡や町の組織なども入っています。
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道から見た建物の姿とは裏側になりますが、見事な建屋です。

この柱の長い事!
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ホールの入口への通路も豪華そのものです。

この町にミスマッチな気もしなくもないですが…、総事業費は33億円、町の維持管理費は年間約1億2千万にのぼると2002年の新聞記事にありました。当初は邑智郡7町村の施設として建てたのですが、以後各町で合併の動きが出て、ここ川本は唯一単独で残る(合併なし)事となってしまいました。人口4000の町にはちょっと持て余し気味に思えます…。
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ホール入口です。

八代亜紀ふれあいコンサートもここで行われるようです。

演歌の女王がこの小さな町に来るって結構凄いように思いますが、演歌歌手の方は大小問わず町に来られるものなのでしょうか?
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町を見下ろして。

山々の麓に集落が出来ているのが分かります。

さすがに町の中心部は建物は高くないものの住宅が密集しています。
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さて、次はここを降りてまたも散策が続きます。

島根/川本 川本駅前通~川本小学校

島根県邑智郡川本町、商店街や町役場などを訪ねて一旦、石見川本の駅へ戻って、今度は駅のからまっすぐ伸びている道を進む事としました。

この道はすぐにカーブになっていて、真ん中向こうにあるこの町に似つかわしくない?!派手目の建物を目指します。

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上の写真のカーブの突き当たりの標識はこのようなもので、県道(島根)31号に出くわします。県道31号は仁摩・瑞穂線といい、石見街道ともいうそうで、島根県のど真ん中を縦に通っている、まるで島根県を二つに割っているような道です。

←大田29lkm、美郷(旧・邑智町)16kmとあります。

三瓶山(さんべさん)や石見銀山もこちら方面です。三瓶山は、Mt.Sanbeではなく、Mt.Sanbesanなんですね。銀山はGinzanで…wink

→八色石(やいろいし)13kmとあります。南の邑南町というところの地区ですが、変わった地名ですね。八色の石なんてきらびやかな物を想像してしまいます。銭宝城(ぜにほうじょう)という山城があったそうです。

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標識の交差点のあたりから左(大田方面)を向くと、すぐに川本郵便局があります。

この道を進むと、先にupしました銀行が2つばかりある商店街に出くわします。
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標識のところを右折(八色石方面)し、下新町というバス停に出くわしました。

この突き当りは川本小学校です。

川本町営バスとあり、ダイヤにはスクールバスとして役場前や因原(隣の駅)などへの便、総数で平日は1日11便、川本駅方面へは8便出ていますが、土曜や日祝日は1日1、2便と激減し、2時間ほどこの川本町に居ましたが、長距離バス以外は走っていたのを見なかった気がします。
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川本小学校の前へ、駅前から見た派手目の建物は結構距離あります。

それはこの左にあります。次の記事にて!
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2009年10月14日 (水)

島根/川本 川本町商工会館付近

島根県邑智郡川本町、弓ヶ峯八幡宮を出て、駅の方へ。別の道を通って戻っていきます。

駅から出て左の道をずーっと行ったところ、行きはこれより手前で右折して町役場へ向かっていました。変わらない街並み、を感じ、また穏やかな時の流れを感じます。
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木造家屋が並ぶ、と心が和みます。
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川本町商工会館です。

これまた年季の入った建物です。

コンクリートの色そのままの部分もまた古さを感じさせます。
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商工会館のすぐ横にある「妙船寺」の門です。

 

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木で隠れてしまいましたが、お寺です。

天正6(1587)年の創立で、日蓮宗の寺院です。

その昔流行した疫病が、ここの守護神のおかげで治ったお礼に子供相撲が奉納され、以後100年以上、現在も相撲大会が続いているそうです。
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商工会館から川本駅の方向へ。

駅前は狭い道が多いのですが、ここは数少ない広い道のひとつです。
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駅まで一度戻ってきましたが、まだ時間があるのでもう少し散策、今度は駅前の道から行ってみます。

東京-大阪 67分!

リニア新幹線の中央ルートとやらで1時間ちょいだそうで、2025年開通を目指しているとか。

北海道-鹿児島まで新幹線全通はいつ実現して、どのくらい短縮されるのか、その辺も興味あります。

島根/川本 弓ヶ峯八幡宮にて

島根県邑智郡川本町、続いては町役場から程ない「弓ヶ峯八幡宮」です。

役場の右の道を直進し、三叉路になった所に鎮座しています。

真ん中にデンと鳥居があって周りに木々が覆うというなんとも美しい形をした全体風景です。人間の顔で言うと鳥居が口にあたるというのか…。

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入口付近に伝記として刻まれている石碑です。 

応神天皇、神功皇后などが祀られ、例祭日は11月14日とあります。

時の領主・小笠原長親公の頃に建立されたとあり、年代にして1233年、歴史でいうと鎌倉時代・御成敗式目の頃ですね。

この辺りは、古くから江の川に沿うようにして町が形成され、川が弓のようであった事から「弓市」などと呼ばれ、中心部の商店街も弓市商店街といわれています。
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これまた入口右側にものすごい石碑が建っていました。
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上の石碑の解読文のようです。

天秤鞴(ふいご)は江戸時代・享保の頃にここ川本の老工・清三郎という人により考案され、その発明により当時の製鉄技術が大きく発展したとあります。

島根県といえば奥出雲地方の「たたら製鉄」が古代より有名ですが、ここでは鉄の職人が歴史に名を残し称えられている訳ですね。ちなみに彼の死後100年経った1857年に碑は建てられたというので、それまでの間その名は語り継がれ、またこの碑も江戸時代の貴重な遺産ということになります。
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階段を上っては踊り場へ、を繰り返したどり着いた鳥居の前。

立派な神社です。
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鳥居をくぐって、見事な拝殿の姿を!

左側はお稲荷さんでしょうか。赤鳥居で狐が両サイドに居たので…
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立派な木造建築です。

歴史と威厳を感じます。ってこの建物自体がいつの建築かは不明ですが…
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この鈴、かなり大きいです。

大人の手と比べて、こんなですから…。

お祈りの時に鈴を鳴らす事で邪気を清めるというので、これはかなり清めてくれそうですdelicious
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お祈りをした後、ここから折りてまた散策を続けます!

2009年10月13日 (火)

島根/川本 川本町役場あたり

島根県邑智郡川本町、川本の商店街から今度は町役場へ。

 

町役場の付近に川本町の地図がありました。
(↓クリックで拡大)

椎茸、わさび、柿、メロン、スイートコーン、かに…と色々なものがとれます。

中でもメロンは色んなところで獲れるようで、何箇所もその絵がありました。
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川本町役場です。

四角い建物でちょっと学校のような感じもします。

真ん中上にある町のマークはやはり「川」の字を基にしたものでしょうか?
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役場建屋の手前の植込みに碑が2つ建っています。

右が邑智郡役所之跡、左は邑智裁縫女学館之跡とあります。

江戸時代この辺りは石見銀山の関係で天領でしたが、明治に入り1872年に邑智郡役所が置かれ、この地域の中心地となった、とあります。

邑智裁縫女学館というのは、高校野球で甲子園によく出てくる江の川高校の前身にあたりますが、その江の川も今年度から石見智翠館(いわみ・ちすいかん)高校という名前に変わっていました。(今これを書きながら調べて知ってビックリですsign03)前の記事の川本高校の件といい、高校も再編の時代に入っている事を感じます。
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役場に向かって右側の道路です。

右には合同庁舎や警察署があります。

郡部では警察署がないところもザラで、島根県では全部で12ヶ所しかなく、人口4,000を切る町であっても重要拠点のひとつと位置づけられている事が窺えます。
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次は右向こうに見えている緑の所へ行ってみます。

島根/川本 川本の商店街

島根県邑智郡川本町、JR石見川本駅から出て商店街を歩きます。

前回、駅から出て左側の道を写していましたが、その途中で右折するとこの景色に出くわします。

あまりにのどか過ぎる所だと、道路一本分くらいしか商店街がなかったりしますが、ここはまだ商店街が続いていました。
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上の写真の道を突き当たり付近まで行くと、COOPがあります。

かなり年季が入った建物ですが…。

店の前にベンチが4つ置いてあります。使う人は居るのでしょうか…??
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突き当りを左に曲がったところです。

コンクリートの建物が続いています。

このあたりもまだ商店が続いていて、また右手前や左向こうには金融機関があり、設備的には比較的充実したエリアになるでしょうか。
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上の写真で左向こうに小さく赤看板が見えていましたが、「ごうぎん」こと山陰合同銀行・川本支店の看板です。

右折すると町役場や合同庁舎、そして島根中央高校なるものがあります。島根中央などというと、県の中心的なものをイメージしがちですが、単に県の中央部にあるという意味かと思います。町内には川本高校というのがあったのですが、今年3月に85年の歴史に幕を閉じ、同じ郡内の邑智高校と統合される形で閉校となってしまいました。おそらくこの標識も最近までは「川本高校」とあったのではないかと思います。
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上の写真での右折するところの交差点まで来ました。

写真はまっすぐ行った場合の景色です。駅のまん前の小さなベスト電器に続き、ここには小さなデオデオがありました。

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次はこれを右折し、町役場方面へ!

2009年10月12日 (月)

島根/川本 石見川本・駅前風景

島根県邑智郡川本町、JR石見川本駅を出て駅前の風景を!

駅から出たらこんな景色で、そこそこ高い建物が目の前にあるんだな、と思い感心しました。真ん中の建物には「屋上ビアガーデン」という看板がついています。

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上の写真からやや右にずらして、駅前通りにあたる部分です。

郡部の中心駅にあるような、短い直線の道と商店街的なエリアです。
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上の写真の右手前に写っている建物、ここの2つの窓てっぺんの間に何か貼ってあるような…
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上の答えは、昭和47年7月12日の大洪水の際の水位です。

横側に入口がありますが、そのてっぺん相当の高さにあり、人の背よりも高い位置で、完全に溺れてるところです…。

この大水害は「昭和47年7月豪雨」として中国地方の河川の大半を氾濫させたといい、山陰といえば多雨ではあるのですが、こんな水害があったとは知りませんでした。当時関西ではどうだったのでしょうか、自分は2歳にもなってないので知りませんが、このような洪水の話も聞いた事がありません。全く恐ろしい限りです。
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こちらは駅を出て左側の写真、こちらの方が実質的な商店街の入口といえます。

町の電気屋さん的なベスト電器があります。

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とりあえず、こちら側から商店街を進んで行きます。

島根/川本 JR石見川本駅内外

島根県邑智郡川本町、JR石見川本駅の駅舎の中の様子からお届けです。

前回のあの三江線のものすごいダイヤをお目にかけましたが、その下にあった近隣路線図と運賃表です。都市で最も近いのはやはり江津で650円、反対方向の三次へは1450円、江津を経由して山陰線に入り西へ行くと浜田まで950円、益田へは1620円もかかります。山陰線を反対に東へ行くと大田市1280円、出雲市1890円となっています。

山陰線は本数が少ない、待ち等でかなり時間がかかる等あり普通のみで行くのはかなり時間と根気が要ると思います。よって大抵特急で行く事となり、特急料金を+αしないとそれらの町へスムーズには行けないと思われます。
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改札口に出札はありましたが、行った時は昼間でしたが駅職員は誰も居ませんでした。

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三江線の駅はそれ程行った事はないのですが、通った限りでは駅舎のない駅もザラで、ましてやこんな待合室のある駅なんて滅多にないのではないでしょうか、自販機もあります。

ベンチが真ん中で背中合わせに7脚ずつ設けられていて、壁際にも数脚あったので20近くあるのかもしれません。
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この待合室にて、広島駅で買った駅弁「しゃもじかきめし」を頂く事とします。

しゃもじ型のお弁当箱で、しかも駅弁なのに厚手のプラスチック製という贅沢さです。
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中身は…さすが、カキ尽くしです。。。
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外から見たものですが、駅の窓ガラスに張ってあった案内、手書きが何とも言えない味をだしています。

ワープロ打ちにはない何かを訴えかけてくるような気がします。
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そろそろ、駅から出て歩き出します。

 

JR石見川本駅 (島根県邑智郡川本町)

島根県邑智(おおち)郡川本町にあるJR石見川本駅です。

川本町(ちなみに川本"町"は「ちょう」ではなく、「まち」と読むそうです)は島根県のほぼど真ん中に位置し、人口3,987人(2009.8.1現在)とあり、4,000人を僅かに割込んでいます。島根県で隠岐以外の「内地」では最も人口の少ない町です。邑智郡内では各町が合併し、市に編入されたり、町同士で合併したりで自治体名を変えていきましたが、ここ川本だけは合併の影響なく現在に至っています。

かつては江の川水運で栄えましたが、年々過疎化が進み人口が減ってきています。このブログで島根県に関しては、海岸(波根、黒松等々)や無人の離れ小島(嫁ヶ島)などはお届けした事がありますが、全くの陸地は初upです。

JR三江(さんこう)線にあり、開業は1934年11月8日(訪問は2009年10月)です。昔から一度は乗りたかった「三江線」(島根県江津市-広島県三次市)にようやく乗ることができました。といっても、実はここへは電車で来ませんでした。広島駅新幹線口から大田行きのバスに乗って2時間(\2,500)でやってきたのです。近隣都市では江津市が最も近いということになるでしょうか。

川本町ではJRのみ3駅あり、その中心駅になります。
両隣のきろはら(木路原)といんばら(因原)も同町内の駅です。
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三江線になかなか乗れずにいたのは、このダイヤにあります。

1日にたったこれだけsign03なのです。

バス路線sign02みたいな…

三次方面へは7:08のあと14:00まで実に7時間も電車が来ませんcoldsweats02
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両側にホームがある2面2線のホームで、両ホームは跨線橋で結ばれています。

左が駅舎側ホームですが、反対側のホームにも室内型の待合室があります。
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こんな一両だけのワンマンカーが停まっていました。

駅の裏手は江の川の河原です。
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跨線橋の中は階段部分の足元の方のみ緑色のペイントがなされていますが、橋の部分は道幅も狭くそっけないものでした。特急はこの線自体通りもしないので、その辺りの気遣いはあまりなされていないかと思います。 
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では肝心の駅舎です(↓クリックで拡大)

みどりの窓口もなければ券売機もなく、昼間2時間居ましたが駅員さんも居らず、出札も閉まったままでした。

ですが、郡部のキー駅のような駅舎規模に思えます。

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次は駅舎中身等々を!

プロ野球・今年の引退選手

2009年のプロ野球も両リーグ優勝チームが決まり、この後クライマックスシリーズに日本シリーズという時期になってきました。その一方では、今シーズン限りで引退を表明した選手のセレモニーが行われたりもしています。現時点で引退を表明した選手につき書いていきたいと思います。

☆立浪和義 内野手(中日)
 アラフォー世代の我々からすると数少ない年上選手のひとり。であり、また早くから活躍し「10代の星」でもあったスター選手です。私が高3の時に中日に入団しいきなりレギュラーを獲っていたので、高校の友達と「去年まで高校の制服着てたのにもうプロでバリバリとはずこいな」というような会話を何度かしたものです。当時彼が打席に入ると光GENJIの「ガラスの十代」が流れていました。もう40代に差し掛かり…時の流れですね。

2003年には2000本安打を達成し名球界入り、衰えのカケラも感じられず、この先どれだけ上積みするんだろう??と思ったものでした。06年にはPLで共にプレーした同級生・片岡(阪神)を見送り、去年は同じくPLの先輩・清原(オリックス)を見送りました。

チームの若返り策やここ一番で打ってほしい代打稼業への転身などがありましたが、このままレギュラーでやっていたらもっと長くやれたように思いますが、腰痛などもあり守備機会軽減を配慮されたというのもあるのかもしれません。22年の現役生活はお見事でした。

☆江藤智 内野手(広島→巨人→西武)

 
わが同級生ですsign01ってただ学年が一緒なだけですがcoldsweats01

 広島の若き主砲。90年代中盤の広島は、優勝こそ縁がなかったものの他チームも恐れる強力打線を形成していて、野村、前田、金本と後に名球界入りする選手が3人もいて、また走れてパワーもある緒方もいて、そしてそんな強打者軍団の中心に居る選手がこの江藤でした。この5人の中で本塁打王のタイトルを獲ったのも彼だけです(40本越えが一度もないのが意外ですが)。この5人で安打数は9000本は越えます。2000本超の野村、前田、金本と1500本強の江藤、緒方と…、恐るべき数字、このメンバーが1チームに同時期に居たわけですから…。

 しかし2000年、広島の中心選手の座をかなぐり捨ててFAで巨人へやってきます。それまで長嶋監督がつけていた背番号33を自らが「3」に変更する形で譲り渡して…。

 広島に居たら軽々2000本安打達成していたと思うのは違うでしょうか?ともあれ巨人・江藤は2000年の優勝を決めた試合で満塁ホームランをかっ飛ばしたりして、打率は低めながら大舞台での強さを見せてくれました。しかしその後は翌年までは30本クリアしていましたが、それが途切れ2003年からは100安打を切り、2004年から出場機会が激減、成績が尻すぼみになる一方でした。もはや巨人ではこれまで、の感も強くなり、本塁打0に終わった2005年オフにFAで入った巨人を、FAの人的保障(西武・豊田投手との)という逆の形で退団する事となりました。

 かくして2006年、初のパリーグ・西武でかつての栄光など色褪せた感がありましたが、代打に時にレギュラーに多くないながらしぶとく活躍を続けて、去年は38歳で7本塁打と健在ぶりをアピールしました。39歳まで現役を続けましたが、現役後半の苦労は今後の大いなる糧になると思います。

☆清水隆行 外野手(巨人→西武)

 
今年の登録名は清水「崇」行だそうです。かつての巨人のスター選手のひとりでした。

 96年、同期入団の仁志(現・横浜)と共に
新人で活躍し共に打って走れる選手として、当時FAで四番打者ばかりかき集めてきた巨人では盗塁が少なく、そんなチームに改革をもたらす選手、と個人的に期待したものです。

 しかし彼が2番を打っていた時期があるというのが巨人の凄いところでした。かつての川相のような選手が居なかったのかと…、当の川相はレギュラーを離れて久しい状態だったので致し方なかったのでしょうが、2002年1番打者として191安打で最多安打を放った年が最も注目を浴びた時期だったでしょうか。この時期はものすごい声援だった事を思い出します。

 打撃に関しては非凡なセンスがありながら、後の極度の打撃不振というのがかなり尾を引いてしまったのでしょうか?慣れない代打でまたリズムを狂わせたようにも思いました。2008年オフのトレードは「やはりか…」という思いで見ていましたが…。ともあれ2009年西武へ移籍、なかなかの滑り出しで一安心していましたが、知らぬ間に名前を見かけなくなり、、つい先日引退表明。もう少し頑張ってほしかったけど、おつかれさまでした。

 

☆井上一樹 外野手(中日)

元々は投手として数年やっていましたが、後に野手転向し遅くに台頭した苦労人でした。名古屋へ行くと近年、地下鉄に彼のポスターがよく貼ってありました。選手会長に就任しファンサービスの一環だったようですが、割に地味な印象だったのでポスターの前面に出てくるというのがどこか意外な感じでした。

 

晩年、代打の比率が上がってきても打率はむしろ3割を超えたり勝負強い部分がありました。それだけに今年の打撃不振は深刻だったのでしょうか、あるとき新聞で久々に名前を見て、1割どころか5分も切るような打率を見て驚きました。個人的には中日版・ガッツだと思っていました。

☆緒方孝市 外野手(広島)

巨人に居た緒方耕一選手とおなじ読みでかつ同学年、しかも同じ盗塁王のタイトルホルダーという縁があります。両者が決定的に違うのはパンチ力で、広島・緒方は台頭時期がやや遅かったものの、それからは爆発的なパワーを見せ、前述・江藤選手の項で触れましたが、打って走って広島強力打線の一角を担ってきました。

 ブレイクが95年からだったにもかかわらず、90年代の盗塁数は球界最多を誇ります。後年は代打としての出場が多くなりましたが、41歳になる年まで23年間カープ一筋で、これは衣笠祥雄、大野豊といった大選手と同じ最長タイ記録です。最終打席が三塁打というのもこの人らしいですね。

☆小宮山悟 投手(ロッテ→横浜→メジャー…→ロッテ)

ピッチングは頭脳でするもの、そういうイメージをもたされたのがこの投手でした。まぁそれもこの選手ほどの多彩な変化球が操れてこそ、なのですが…。二浪して早大に入った苦労人で、プロ野球で浪人して大学に入った人ってなかなか居ないよな、と思った事がありますが(スポーツ推薦などあると思うので…)、一般入試で早稲田に入る事自体が凄いのにそれがプロ野球選手になるとは…。

 なので25歳になる90年にプロ入りし、新人から先発ローテに入り6勝10敗と活躍しますが、この年はドラフトの大豊作、なかでも野茂(近鉄)というケタ違いの新人が居た為、新人王どころか他の投手タイトルまで彼の独り舞台といった状態でした。他にも潮崎(西武)や10勝をあげた酒井(日本ハム)、打率.300、20本塁打の石井(近鉄)といった、野茂が居なければ新人王が獲れる成績を残した選手たちもすっかり霞んでしまうほどでした。

 その後も低迷するロッテでエースとして投げ続け、負けも多いながら何度か2ケタ勝利を達成し、防御率のタイトルも獲得しました。2000年横浜へ移籍、この辺は紆余曲折ありましたが、ここでも一度2ケタ勝利を収めています。

 メジャーでは未勝利に終わり、その後野球浪人まで経験しましたが、39歳になる年でまたロッテに復帰したのは見事でした。その後敗戦処理を自ら買って出て、日本一に貢献したり、近年でも何勝かあげたり中継ぎで淡々と投げ続けて、44歳になる今年引退表明したと思ったら、最後の最後に史上最高齢44歳でのセーブを記録して、球史にその名を刻む事と鳴りました。

以上、自ら引退を表明して現役を終える数少ない選手たちにつきふれましたが、戦力外通告選手も次々と発表され、そちらの方も気にかかるところです。

「これはヘン」と思う言葉づかいは?

ブログネタ: 「これはヘン」と思う言葉づかいは?参加数

●全然いいです。全然OKです。

 恐らく出てくるでしょうが、たまに都合を聞かれてこう答えてしまうこと事があります。

●俺的には(僕的には)

 基本的には「個人的には」という言葉遣いを心がけていますが、くだけた場面などでは次いでてしまうこともあります…。

●よろしかったでしょうか?

 これもよく出る例ですね。頼んだものが来た時にこう聞かれるのは間違いじゃないと思うんですが、言ったその場でこう聞かれるのはなんか違う気がします。バイト語として流行り過ぎて、余計おかしな言葉として注目されるようになったのでしょうか?


●ほぼほぼ

 「ほぼ」では済まず、もっと強調したいが為に二度つかうのでしょうか??より正確に近いのを強調するため自分でも言ってしまう時がありますが…。

●ギリ

 こちらは逆に「ギリギリ」ではなく短縮形として使われているのでしょうか?

●正直ベース

 ニュアンスは分かるんですけど、変な言葉だなぁ…と思います。あと「基本ベース」とかも、基本もベースも一緒じゃん、と思ってしまいますが…。○○ベースってのも総じて多い気がします、最近。

●告る

 告白する、という言葉が軽んじられているような気がしてちょっと受け容れ難い気がします。

 これに限らず、変な短縮形は多いと感じます。すっかり一般化してしまいましたが「事故る」とか、あと「拒否る」。「ウザい」「キモい」もある意味この部類でしょうか?昔の「マブい」もsmile

こんなのを書いてたら今度は死語特集でもやってみようか、という気になりました。

ふたつの混ぜごはん

最近、チキンラーメンを使った料理だとかTVでやってて、作りたい衝動に駆られて炊いてみた「チキンラーメンごはん」

通常といでる米にチキンラーメンをいくつかに割って混ぜて放り込み、炊飯器をセット。

炊飯完了のサインが鳴って、フタを開けてみれば…downwardleft

水はかなり多めに入れとかないと米がパリパリになってしまいます。

麺が細切れになるのを嫌って、あまり割りませんでしたが、よく混ぜたい場合は細かく割って入れるとよいかもしれません。
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後日、これはどうか…??と思ってやってみたのが↓

      「お茶漬けごはん」!

上から振りかけて炊いただけなのでこのような出来具合に…。

もっと絡めた方がおいしいのかもしれません。

やっぱりお茶漬けとして食べた方が旨い!というのが個人的感想です。

違ったテイストが楽しめるという意味ではやってみてもよいと思いますが…

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2009年10月11日 (日)

和歌山/古座川 川沿いの通り

和歌山県東牟婁郡古座川町、JR古座駅から神戸神社を経て、ここまで来た道と平行な通りを駅方向へ戻っていきます。

民家と商店が混在しますが、昭和から変わらぬような風景に癒されます。
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木造やらトタン壁やら…いいですね。
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通りから右を眺めれば、すぐ古座川です。

古座川は和歌山県南部を流れる二級河川、熊野灘へ注ぐ約40kmもの長さを持ちます。
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ほどなく徒歩にて古座(串本町)に入るため、古座川町としてはここまでです。

狭い道路に懐かしげな景色を見て歩くのは気分がよいものだとつくづく思いました。

和歌山/古座川 神戸神社

和歌山県東牟婁郡古座川(こざがわ)町、JR古座駅(現・串本町)からの歩き旅で出くわしたのはこの神戸神社。神戸は「こうど」と読むようです。資料が乏しく読みがなかなか判明しませんでしたが、数少ないかな表記したものは「こうど」とありました。よく「かんべ」神社などとして存在している所が見られますが、ここは読みが違うようです。

ちなみにこの広場では例大祭で獅子舞が披露されるといいます。
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神社の前の道は、溝の上に乗せる網目の鉄板(何ていうんですかね?)が延々続いていました。なので下の川(溝?!)は丸まま見えます。
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神社の割に鳥居が見当たらない…と思いつつ、この拝殿まで来ました。赤ピンクっぽい変わった色が印象的です。
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この神社の社叢が町指定文化財となっています。

この一帯様々な樹木が生い茂っているということで、多雨地帯特有の照葉樹林の姿をよく表しているとあります。

しかしバリバリノキってすごい名前ですね。調べるとクスノキ科の常緑高木ということで、ひょっとすると…
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この大きな木の事??と思いながら、今更ながらにこの写真に見入ってました。(違ってたらスミマセン…)
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それとも拝殿より右のこっちの木の方か…、よくわかりませんがまぁすべてひっくるめて待ちの指定文化財という事なので大切にしなければなりません…、って変な纏め方になりましたが…。

まぁものすごい木々でした。

しかしこの神社、由緒等々に関する看板もなければネットで調べてもその辺りが皆目分からない謎の神社です。ただ町の中心的地域の神社であり、例大祭が行われるほどですので、それなりの重要なところではあると思います。
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次は引き返し旅、最初に来た道と平行に通っている川に近い側の通りを反対方向(駅方向)に歩いてみます。

続・ポトス

続・ポトス
続・ポトス
以前、このポトスの記事をあげていましたが、成長して鉢が小さくなり過ぎた為、大きめの鉢に植え替えたところ失敗して、一部枯らすなど危機的状況に陥りましたが、なんとか持ち直しました。

他の花が咲くものは完全に失敗して枯らしてしまい、成長記は強制終了となってしまいましたが…

今やどこからともなく双葉が二カ所も生えてきて、今ある葉からも二カ所枝分かれが見え今後すごい事になりそうです。

下が以前の、上が現在のものです。

2009年10月10日 (土)

なんだよ~?

と睨む猫たち。

見事にカメラ目線してくれてます。

ご飯を食べて満足だったのかほとんど動きませんでした。

それにしても見事に平らげてしまってます。

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和歌山/古座川 いつの間にやら境界

和歌山県東牟婁(ひがしむろ)郡古座川(こざがわ)町、和歌山南部の海も間近な内陸部にある小さな町で人口は3,170人(2009.8.1現在)と和歌山県では最も人口の少ない自治体です。隣には「川」を取っただけの「古座町」がありましたが、平成の大合併により現在は串本町(本州最南端・潮岬などがある)になっています。

この古座川町には鉄道がなく、紀勢本線の古座駅から徒歩で数分、橋を渡ってしばらくしていつのまにか串本町の標識もなくなり、古座川町となっています。

ここは丁度そんな辺りではないでしょうか?「古座川町」などと町境の標識でも出ていればいいのですが、現在地の標識で町名が変わってて初めて気づく、といった感じでした。

右向こうの反射板付近に古座中学校の入口があります。古座川町内にありながら古座中とはこれいかに…??なんですが、これが現実ですwink
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サビで変色しているトタンに年代を感じるこの街並みがたまりません。
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この高河原というバス停は待合室つきの立派なものでした。発着点でもないのにこの立派さは嬉しいです。
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地図に出くわしました。

今歩いてるのは下の矢印の道路をしばらく直進中です。
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YOKOHAMAタイヤの、タイヤに顔がある絵など懐かしいです。車関係の会社(店?)だと思いますが、木造なのがすごいです。
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旅館がありました。

明治初期創業の歴史ある旅館だそうです。
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その道向かいには、こんな素晴らしい建物が…!!

芳流館互盟社とありました。後で調べてもよく分からず、現役の建物なのかも不明ですが、御存知の方教えてくださいcoldsweats01
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とまぁまずは最初の通りをまっすぐと。次は少々寄り道を。。。

2009年10月 9日 (金)

JR近江塩津駅 (滋賀県伊香郡西浅井町)

滋賀県伊香郡西浅井町、永原駅に続いてJR近江塩津(おうみしおつ)駅です。

同じ西浅井町内でも永原駅は湖西線の駅ですが、東隣にある当・近江塩津駅は湖西線と北陸本線の合流するところにあり、その為隣駅は「よごながはら」などと片側が2つ書いてあります。これらの駅はこのブログにてお届け済みの為、リンクを貼ってあります。

もう片側の「しんひきだ(新疋田)」は北陸本線でここから福井県に入るわけで、近江塩津は滋賀県の最北端の駅になります。

開業は1957年10月1日(訪問は1999年4月、この駅名標写真は2007年10月撮影)で、1日あたりの平均乗車人員は204人/日(2006年)と、町役場のある永原駅よりも多くなっています。
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駅舎は昔の商家風とでもいいましょうか、ゆるい傾斜の屋根でゆったりと構えた堂々とした建屋になっています。

初めて行った1999年当時の写真です。こんな立派な駅舎だとは訪問前は思いませんでした。当時はまだネットをやっておらず、事前にこんな駅舎だと調べられるはずもなかったので、嬉しい誤算で感動した覚えがあります。

しかし駅前はほとんどこれといってなく、民家と田畑、川というイメージしかありませんでした。当時周辺の写真を撮っておらず、これ以上の写真がありません。もっぱら「写ルンです」で撮っていた為、フィルムが切れると終わりな訳で、写真は厳選して撮るに値すると判断したものだけを撮っていました。今はいくらでも撮れてしまう為、返って無駄なものも沢山撮ってしまっているのかもしれませんが…
Jr

10年ぶりにこの駅を訪ねてみるのもいいな…とこれを書きながら思います。また行きたい所が増えてしまう…などと思いつつ。

滋賀/西浅井 永原のカントリーな風景

滋賀県伊香郡西浅井町、JR永原駅からフラフラ歩いて出くわした風景を。

西浅井町役場の前を越えて道なりに進むと、左手にちょっとした公園があって、そこには木製の丸小船をモチーフにしたと思われる遊具がありました。左側が見えていませんが、やや長めの滑り台が出ています。
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緑美しいカントリーな景色です。

向こうで山々が幾重に見えるのも美しいです。
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カーブが美しい道路というのも個人的に撮りたい心?!をくすぐられます。

典型的なS字カーブの道路です。
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このようなまっすぐに続いていく道も撮りたくなります。

電柱と電線が延々と続いていって…

しかしまぁ、大浦川はやはりカラカラでした…
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西浅井町のマンホールです。

町の鳥ウグイスが一番上に、両サイドは町の木さざんかでしょうか?下は町の花・つつじですね。しかし自治体の花がつつじ…、、ここもかって感じです。

前にお届けの高知/芸西村
もたまたまそうでした。日本全国津々浦々で指定されているようで、滋賀県から高知県まで抜粋しただけでも以下の通りあります。

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永原駅付近は、これにて!

2009年10月 8日 (木)

滋賀/西浅井 永原駅を出て

滋賀県伊香郡西浅井町、JR永原駅を出てみます。

駅出口の柱の部分に「水運まつり」のポスター等案内が貼られていました。

会場「大浦緑地公園」までバスで4分だとかでシャトルバスを運行していると…。

丁度訪問時がその間近の時期だったので、偶然このポスターに出くわしたのですが。

和太鼓演奏や踊り、ライブ、大道芸等々に夜は湖上花火大会があり、奥琵琶湖の夏の風物詩という事で、都会のまつりとはまた違った雰囲気で楽しめるでしょうか。

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駅前にバス停の標識がありました。

湖国バスというところが運行しているようです。
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駅前広場は駐車場と自転車置き場があって、あとはアスファルトが広がっている、といったところでしょうか。

駅ホームも含めて撮るとこのような感じで、駅舎は低い所にあってホームは盛土のうえの高架のような状態になっています。
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駅から出て右斜め前にある永原駅前橋です。

水運まつりののぼりが等間隔に立てられていました。

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永原駅前橋を横から。

真ん中辺りには橋桁が見えます。
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ここを流れる大浦川を撮るも、川の流れはなし。干上がってしまってます…

水運まつりののぼりの立ち並ぶ下がこんな状態とは…。

ちなみに向こうの橋はJRの高架橋、左が永原駅ホームです。
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西浅井町役場です。

この町の役場は近江塩津の付近にあるのかと勝手に思っていましたが、永原の方なんですね。駅の利用者数からしてこちらの方が少なく、塩津の方が栄えていると思ったもので…。

ともあれ横長の立派な建物です。

今頃は長浜市編入の幕でも上がっているのでしょうか(勝手な想像…)
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もう少しだけウロウロしてみます。

滋賀/西浅井 JR永原駅ナカ

滋賀県伊香郡西浅井町、JR永原駅の駅舎内の様子です。

駅ホームから下りて地下道のようになった通路を進み改札こえてすぐ、出口手前の右側に待合室があり、その中にこのようにシルバー人材センターへの入口などがあり、いわば複合施設を持つ駅舎になります。
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待合室です。

単に待合室というだけでなく、ビデオで郷土の紹介をしているビデオも観賞できます。

厚い木製の机・椅子が贅沢な感じで一人で居るとホントくつろげますwink

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少し時間もあったので、画面の下のボタンを押してちょっとビデオを見てみました。

琵琶湖水運の象徴・丸小船の様子を伝えていました。
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上の写真より右側はこんな感じで、レンタサイクルと思われます。まとまった時間があればこれで巡るのもよいでしょう。琵琶湖までは1kmくらいありそうなので自転車が丁度いいかなと思います。

船の模型も置いてありました。
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出口手前にはでっかいモニュメントがありました。(右側が出口)

置かれている位置が中途半端と感じるのは気のせいでしょうか…?
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次から外の様子を!

JR永原駅 (滋賀県伊香郡西浅井町)

滋賀県伊香郡西浅井(にしあざい)町のJR永原駅です。

西浅井町は滋賀県の北部、琵琶湖の北に位置し人口は4,450人(2009.8.1現在)の町ですが、本年をもって西浅井町は廃止となり、来年2010年1月1日付にて長浜市に編入予定です。

古くは琵琶湖水運の主要中継地として栄え、敦賀とあるいは大津と結び京阪神へのルートを形成していたといいます。

西浅井町にはJRのみ2駅あり、当駅と隣の近江塩津駅です。当駅は琵琶湖の西岸を走るJR湖西線にあり、その東隣の近江塩津で湖西線と北陸本線が合流します。この永原駅は湖西線だけに属する駅としては唯一の郡部にある駅です。

開業は湖西線の開業と同じ1974(昭和49年)7月20日(訪問は2007年7月)で、1日あたりの乗車人員は117人/日(2006年)となっています。
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真ん中がつい立てにようになっているホームで屋根が割に長く続いています。

向かいホームには向こうの地下階段で渡ります。まぁホーム自体が盛土の上にあるので地下階段とは言わないかもしれませんが、ホームの位置から見れば地下へ行くという感覚です。
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ホームは2面4線となかなか広くとられています。
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ホームから駅舎とは反対側ですが、川が流れていて田んぼが広がり、山に囲まれたのどかな雰囲気です。
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駅舎です。

手前は琵琶湖水運の象徴的存在である丸小船です。

駅はロッジ風の立派な建物です。

2F部分のベランダやその下の柱や土台の石垣など前面にも凝った箇所の多い建物だと感心させられます。

駅舎内も充実していて、次回はその辺りをじっくりお伝えします。
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高知/芸西 土佐湾眺めていざさらば!

高知県安芸郡芸西村、和食駅まで戻ってきながら南の海(土佐湾)までやや足伸ばし、時間のない中で最後の悪あがきです。

おっと、その前に国道55号から海へ向かう途中にこのような道標に出会いました。

和食村道路元標とあります。道路元標とは道路の基点を示すものという事なので、ここが何か道路の基点ということになるのでしょうか。

和食村はこの和食地区が芸西村に合併される以前の名称です。

旧道路法(1919年制定)では各自治体に一箇所は設置するとされていたそうですが、今では設置義務がないため、なくなってしまったものも多数あるのではないでしょうか、とすれば貴重な遺産のひとつですね。
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浜辺まで行く時間がなさそうだったので、とりあえず海が見えるカットを残そうと慌てて撮りましたcoldsweats01

何かが飛んでいるような雲が印象的、後から思いましたが(笑
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もう少し海に近づいてみました。

あまりよく見えず…、中途半端に近寄ってもしょうがないですね。
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海沿いの道、といっても続いてる風でなく向こうは行き止まりっぽく、道のようでそうでないような一帯、かなり緑に覆われています。ちなみに右側が土佐湾です。
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海側から駅へ戻ってきました。

ひょっとしてこのトンネルで海まで行けた??と後悔しつつも急いで駆け上がって電車に乗らねば…だったのでトンネルが高架下にあったという記録だけ残しときました。

無人駅なので切符買う手間はありませんでしたが…。
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 というわけで、電車へ。

ブログでのお届け順とは違うのですが、実際この時はここを出て安田→田野と訪れました。以上、高知県安芸郡として東洋、奈半利、そして安田、田野とこの芸西の5町村、訪問歴のあるところはすべてこのブログに載りましたが、それなりにどこも見どころはありそうでしょうか?

若い時だと田舎?何もない!で終わってましたが、そこはやはり年齢でしょうか、楽しみ方にも幅が出てきたような気がしなくもないです、といったところで芸西村・終了です。

高知/芸西 空に向かうもの

高知県安芸郡芸西村、村役場から和食駅への帰り道編、前回は小道やらのどかな風景が中心でしたが、今回は立派な建物などに出くわします。

開店しておらず、何の店かもいまひとつ分かりませんでしたが、時計塔は高く立派なものが建っています。
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すぐ近くにあったのが、この建屋です。

高い煙突と古風ないでたちがとても印象的な「志ら菊」の酒造場でした。

仙頭酒造場とあり明治36年創業と百年を越える歴史を持っています。

全国新酒鑑評会においても四年連続金賞受賞というのは素晴らしいです。深層水を仕込み水にしたお酒も造っているとありましたが、水単体でも普通のものと深層水はテイストが全然違った感じですが、それが酒となるとどれほど違ってくるのか興味あるところです。
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上の写真の建物と垂直の位置に建っていたもので、こちらから見ると和風の、横から見ると洋館のように見えました。
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なんやかや寄り道を経て駅前の国道55号交差点まで出てきました。駅まで130mとの表示がありますが…。
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上の写真の交差点から左向きに撮ったものです。

反対の右側が村役場方面となります。

この先の四国銀行(左向こうに青い看板で見えている分)でお金をおろしたかったのですが、歩くにはちょっと遠いかな…と。

いつも思うのですが、行きは時間がかかるけど帰りは結構早いという事が往々にしてある気がします。道が分かるようになるからでしょうか…。
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時間がないというのにまだ寄り道が続き、ここを越えて今度は反対に海の方へ出ます。

高知/芸西 役場から戻り旅

高知県安芸郡芸西村、村役場まで歩いてきて今度は違うルートで和食駅へ引き返すところです。

和食駅から村役場までは広い道を通ってきましたが、ここはちよっと小道に入ってみたりしてみました。
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集会所の前にミニ神社でしょうか。 
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こんな小道はどこか懐かしさを感じさせます。
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以下写真の景色がありました。

いずれも穏やかでのんびりした風景でした。

これといったものがあるわけではないのですが…
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こういうのには特に心惹かれます。日本人の性なのか…?!
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猛烈な台風で…

眠れません。

明日は元々休みの予定でしたが、今日の夕方職場で、「明日の出勤については公共交通機関の運行を参考に出勤を判断し…」としながら基本的に自宅待機の旨通達がありました。

近年ないくらいの猛烈な風で、建物が揺れているのを感じます。ガラスが強風で割れないか心配なくらい…。

自然の恐ろしさになす術なくただ耐えているのみ、無力さを感じています。

それでも停電せずにこうやってブログ書けてるのは幸せ、というべきでしょうか。

高知/芸西 芸西村役場周辺

高知県安芸郡芸西村、和食駅から徒歩で国道55号へ出てきました。

この標識のところで右折すると芸西村役場方面へ。

ちなみにこの標識は直進が高知、南国で、右折が馬ノ上(芸西村内の地名)となっています。
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右折して役場への道を直進します。結構距離あります…
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海が割と近いので海抜6.1mと低めですが結構いたるところにこのような海抜表示がありました。
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途中、芸西青果市場などが見えてきました。

それまでに見えたのは殆どが住宅で、店は見た覚えがありません…
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国道55号右折後1kmほど歩いてようやく、この芸西村役場へ。

横っちょにあるマークはやはり芸西の「西」の字がモチーフでしょうか。

コンパクトな建屋です。
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役場の手前にあった記念碑にはあの橋本大二郎知事(当時)の名が刻まれています。
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村役場玄関周辺です。

顕彰碑の建てられている岡村雅夫氏は、1946年に現・芸西村内である旧・西分村の村長に初当選し、54年に合併となった芸西村の初代村長に就任、96年の引退まで実に通算50年もの間村長を務め、13回連続当選を果たしたという公選首長としては全国最多の記録を持たれています。

手前真ん中の石碑には「芸西村庁舎」とあります。

この一帯には他に文化資料会館、村民会館等があります。
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村民会館付近にあった志士顕彰碑です。 
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志士と顕彰碑についての説明板です。

ペリーが浦賀に来た頃から攘夷の嵐が吹くようになった、と。

芸西では13名の人たちが幕政に背き勤皇運動に参加したとあり、まさに尊皇攘夷なわけですね。そのうち8名が明治を見ることなく倒れた、とあるのは悲しいですね。先日お届けの田野町の二十三士といい、この安芸地方では多くの血が維新の前に流されていた事に改めて驚き、この地方の歴史を感じる事もできます。
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芸西村の文化的な施設の集中しているこの一帯でしたが、ここを後にして気ままに歩き続けますrun

2009年10月 7日 (水)

高知/芸西 魚覧観音堂など

高知県安芸郡芸西村、土佐くろしお鉄道和食(わじき)駅から歩き出します。

歩き出してすぐ、このハッとするような建物は…sign03と早速目が惹きつけられました。

瓦屋根に木の窓枠がなんともいえないです。
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玄関正面を見ると「芸西郵便局」とあります。いかにも昔風のいでたちで見れば感動!です。が今は郵便局としては使われておらず現役の建屋なのか無人のまま残されているのかは分かりませんでした。(室外機がありましたが…)

木造の2本の細い柱の年季の入り具合が感動モノですね…
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現在の芸西郵便局はやや離れた所にこのように建っています。 

やはり旧のものと比べると随分スタイリッシュというか無難な形というか…ですが。
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旧の芸西郵便局から離れて少し歩いた所に出くわしたのはこの「魚覧観音堂」です。
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魚覧観音の由来の案内板です。

天正17(1598)年の長宗我部地検帳の和食庄の部分に「浜観音堂十五坪」と記されてあったといいます。

豊臣秀吉に追われた紀州根来衆が土佐に逃れる途中で嵐に遭い、守護してきた観音様が海中に沈み、幾年か後にこの石仏が網にかかり祀ったところ、それまでの不漁が急変し大漁になったとあります。
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魚覧観音の横の細い道を抜けて国道55号に出てきました。

東洋、田野の各町の探訪でも出てきましたが、ここにも続いています。

これとは反対向きの道を歩いて、今度は村役場を目指します。
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高知/芸西 和食駅あたり

高知県安芸郡芸西村、土佐くろしお鉄道・和食(わじき)駅周辺の様子から。

駅の高架から見下ろした駅前広場スペースの様子です。

結構住宅が密集していて、「村」という雰囲気を感じませんでした。

立体キャラクターの駅表示はやっぱり目立ちます。
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芸西村の案内図です。

カッパ伝説のある和食川は当駅と隣の西分駅との間を流れています。

神社がかなり多いですね。海はすぐ近くです。
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鹿持雅澄(かもち まさずみ)歌碑だそうです。

江戸時代の国学者(1791-1858)で「万葉集古義」という大著をなし、天保4(1833)には和食浦分一役人を務めたとあり、土佐藩の国学の地位向上に大きく貢献した人物だそうです。
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芸西村のマンホールです。

村の木がクロマツ、村の鳥がメジロということでこれらが中央にあり、村の花がつつじでこれが外周にある格好です。自治体の花がつつじって所は結構多いような気がします。そういう意味で割とオーソドックスなマンホールのように思います。 
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ここからまたまた歩き出します。

2009年10月 6日 (火)

ハム リーグV!

日本ハムのパリーグ優勝が今日決まりました。

といってもクライマックスシリーズなどがあるので日本シリーズに出られるかもまだ分かりませんが…

このまま巨人×日本ハムでいいじゃないか、と思ってしまうのですが…

リーグ優勝の値打ちの低い事。。

巨人×日本ハムといえば、かつては同じ後楽園球場→東京ドームを本拠地に持っていた球団同士。1981年の日本シリーズがまさにその戦いでした。

当時は巨人の現・原監督が選手として入団したルーキーイヤーだった年でいきなりレギュラーに定着し新人王を獲得しました。またエース・江川が20勝の大台に乗って最多勝、ライバル西本も18勝でこちらは投手の最高栄誉と言われる沢村賞受賞と両雄並び立った年でもありました。内野陣は中畑、篠塚、そしてベテラン河埜とこの布陣はしばらく不動でした。

日本ハムは…間柴投手が15勝0敗の勝率10割を達成した年だったでしょうか、前年は新人として木田投手が投手記録を総ナメする大活躍でしたが…。それまでエースだった高橋直樹投手が広島へ移籍し、代わって優勝請負人・江夏豊投手が広島から移籍、同じく広島から移籍の高橋里志投手も活躍しました。打線は…柏原選手が主砲というイメージがあります。あと古屋、高代といった内野陣、外国人のソレイタ・クルーズのコンビも共に強打者のイメージがありました。外野は島田誠選手のイメージが強いですね。

両リーグの優勝球団が決まってもまだ日本シリーズのカードが決まらない…時代は変わりました。

GWに北海道に行った晩に買った「ファイターズ・ヌードル」です。
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土佐くろしお鉄道/和食駅 (高知県安芸郡芸西村)

高知県安芸郡芸西村の土佐くろしお鉄道・和食駅、「わじき」と読むやや難読駅です。

芸西村は田野町や安田町と違い、安芸郡でも周辺地域圏の中心である安芸市よりも西にあり、人口は4,085人(2009.8.31現在)で、同じ安芸郡の田野、安田、東洋の各町よりも人口が多いながら「村」です。

和食駅は土佐くろしお鉄道「ごめんなはり線」にあり、安田駅田野駅ほど東の果てではなく、先述通り安芸駅よりも西に位置し、安芸駅までは4駅で着きます。芸西村には隣の西分駅と当駅の2駅があり、役場に近いのは当駅の方で、実質的な村の中心駅です。

開業は安田駅や田野駅と同じ2002年7月1日(訪問は2009年9月)です。この3駅は同日に訪れ、またすべて同じような人口規模のため、立て続けに安芸郡の町村の旅行記が続いてしまっています。

駅のキャラクターは「わじきカッパ君」、和食川でカッパが出たという言い伝えに基づくものだとか。
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駅ホームは田野駅と似たような構造です。

両側にホームがある2面2線ホームで、駅から離れるとまた単線になります。両ホームには室内型の待合室があります。
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待合室は丸太づくりと木製の椅子、思わず撮ってしまいました。
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ダイヤです。

こちらは安芸・奈半利方面(東行き)ですが、安芸までなら昼間は1時間に2本の時間帯が多く、1本の時間帯もあるといった状態です。終点奈半利行きとなるとやや便数が減ってきます。

ちなみにしんたろう号は郷土の幕末志士・中岡慎太郎(現・安芸郡北川村出身)に、やたろう号は三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎(現・安芸市出身)にそれぞれ因んだオープンデッキの車両で、たまたま乗り合わせましたが、子供には大人気でした。電車の乗りながら風を感じるというのが大きな魅力です。トンネルに入る前は「帽子やメガネが飛ばないように」という注意を促すアナウンスが入ります。
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待合室に路線図と詳細説明がありました。(クリックで拡大)

ごめんなはり線の電車そのものは高知駅から発車するものもありますが、分岐している後免駅からが土佐くろしお鉄道で、そこから奈半利駅までで見ると、和食駅はほぼ真ん中にあります。

芸西村の駅でも西分は普通のみの停車で、和食駅は快速も停車するので、この観点からもこちらが中心駅とみなしても良いかと思います。

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ここもまた安田、田野同様に駅舎がありません。

高架から階段が下りてきているのみで、高架の壁にあたる部分に駅名表示があります。
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駅前広場内にある駅表示です。

土佐くろしお鉄道ごめんなはり線ならではの立体キャラクターのお出迎えです。

「ピンポンパン」のカータンを思い出す…、、なんて言うと年がバレるでしょうかcoldsweats01

いずれにせよ立派な標識が建っています。
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2009年10月 5日 (月)

高知/田野 田野町役場近辺

高知県安芸郡田野町、田野駅から道の駅・田野駅屋、二十三士温泉、二十三士公園、二十三士の眠る福田寺、長法寺などと来て田野町役場付近、町巡り旅もそろそろ終焉です。

向こうに岡御殿、右に田野町役場とふれあいセンター、手前は前回お届け分の長法寺とこの辺りが見どころの分かれ道でしょうか。

岡御殿というのは、探しましたが見つけられず残念ながら写真にも収められずでしたが、1844年に建築され藩主が参勤交代の折に本陣として使用していたものだそうです。
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白壁の美しい家屋がそこかしこに見られます。
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町役場のすぐ近くまで来ました。

この向こうにも白壁家屋が見えます。周辺は古い町並みが続いていそうでしたが時間もなくとにかく役場の方へ。
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田野町役場です。

白くて角ばったきれいな建屋です。

旧役場が別の地に今も保存されているようです。 
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田野町総合文化施設ふれあいセンターです。

イベントホール500人、会議室100人が収容できるとあります。

町のイベントは主にここで開催されるのでしょうか。
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駆け足で駅まで引き返しました。

駅から見下ろした駅前(=道の駅の前)の様子です。
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2009年10月 4日 (日)

高知/田野 長法寺などなど

高知県安芸郡田野町、続いては長法寺へ。

この門から入っていきます。

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浄土真宗大谷派のお寺で、ナント登録有形文化財とあります。

この門と中の本堂が文化財に指定されています。
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中に入って本堂です。

文政5(1822)年に建てられ、安芸地方における江戸後期の真宗の本堂の好例とされています。

この境内には臥竜梅とよばれる日本屈指の紅梅があるといいますが、ここを出てからその存在に気づいた為、写真に収めていません…。
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寺を出てから、臥竜梅の存在に気づく事となりました…

それがこの田野郵便局の間近です。
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臥竜梅の説明書きです。
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高知/田野 田野の街並み

高知県安芸郡田野町、二十三士の眠る福田寺を出て、

街並みを歩いてみました。

時が止まったような懐かしさのある街並みにここでも出会えました。
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「たばこ」の看板が懐かしいです。

今や切手もたばこもコンビニで買えてしまうという世の中になってしまいました…、「そこのタバコ屋でタバコを買ってくる」と言って出かけていた時代が懐かしいものです。
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田野小学校が右へ100mというところです。

何十年も変わってないのでは??と思わされる景色が続いて感激です。
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高知/田野 福田寺にて

高知県安芸郡田野町、二十三士の眠る墓地までやってきました。

そこは福田寺(ふくでんじ)というお寺の境内で、こんな立派な建物がありました。

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上の写真に小さく写っていた武市半平太(瑞山)像です。

二十三士は彼の釈放を要求する嘆願書を出しましたが受け入れられず、やがては捕えられ悲しい最後を迎える事となりました。
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武市半平太像の右にあったのが、この二十三士顕彰碑です。

立て札には
二十三士が処刑されて3年後に明治維新の大業がなり、明治10年に遺族に族禄が復活され、明治24年特旨をもって贈位の沙汰があった。
明治30年かつての同志で当時高知県の知事であった石田英吉の発議によりこの碑が建てられた…

とあります。
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地蔵菩薩ののぼりのもとにこのような多数のお地蔵さんが並べられてあります。
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福田寺の門です。

見龍山宝徳院福田寺とあり、浄土宗(西山禅林派)のお寺です。

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2009年10月 3日 (土)

高知/田野 二十三士の墓

高知県安芸郡田野町、二十三士温泉→二十三士公園と来て、次は第2の目的地・二十三士の墓です。

とりあえず二十三士温泉から田野駅方面へ向かいます。

途中にこんな地図に出くわしました。右下の出っ張ってるところが室戸岬で、四国の南東の突起の部分に当たりますが、その西側の付け根のようなところにこの田野町はあります。
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行きの道中で出くわしたこの高架、ここから道の駅まで500mとあります。

この高架の下に二十三士の墓の表示がありました。

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というわけで入ってみます。
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二十三士の墓、は高知県史跡とあり、この碑は昭和49年に建てられています。
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この仕切内に二十三士の墓碑が並べられています。

横には享年○○とあり、皆が若年であるところが悲しみをかきたてます。

この話に基づく小説やドラマはないものでしょうか?

赤穂浪士や白虎隊なんかはよく登場するのですが…
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二十三士の説明看板がここにもありました。温泉のものとはまた違います。

土佐といえば日本の夜明けを目指した坂本竜馬が偉大すぎるほど偉大で、高知市なんかへ行けばグッズは竜馬しかないのか??と思わされた覚えがありますが、二十三士は陽のあたらないところが物悲しげで返って興味をそそります。
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次は、この墓所のあるお寺の境内の様子をsign01

高知/田野 二十三士公園

高知県安芸郡田野町、当初よりの目的地であった二十三士温泉でひとっ風呂浴びてきました。

ここを出て、道向かいにあるのが「二十三士公園」です。(この道の左が二十三士温泉)

河川敷の公園です。
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公園の入口からの風景です。

かなり植樹がなされているようで、春は桜できれいになっている画像もありました。

この公園でどんど祭りなども行われるようです。
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公園内の通路です。

この並木道の先は奈半利川の河原にて処刑されたいという二十三士の殉節の地の碑があります。
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殉節の地、の碑です。

もしも彼らにこの先の未来があったなら、世の中はどのように変わっていたのでしょうか、と思いを馳せたりしながら、この碑があって今の世の中があるとも思えたりします。
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公園を出て、これを左手に眺めつつ駅の方へと向かいます。

公園に入って右側は遊具が割と置いてありました。

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これからもうひとつの目的地・二十三士の墓へ向かいます。

高知/田野 二十三士温泉

高知県安芸郡田野町、田野駅から国道55号を東へ進み、奈半利橋の手前で左折し二十三士温泉へ向かいます。

右手に奈半利川を見ながら進んで行きます。

橋の手前から300~400m程度歩きます。
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見えてきました「二十三士温泉」sign03

広い駐車場が贅沢な立地です。
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二十三士の事が歌として石碑に刻まれています。

真横(左)には「二十三士殉教の地」としての看板があります。

「田野の郷士、清岡道之助を首領とする安芸郡下の尊皇攘夷派二十三名は野根山に屯集し、獄中にある土佐勤皇党の首領・武市瑞山らの救出や藩政改革の嘆願書を藩庁へ差し出した。藩はこれを謀反として退け、討伐軍を派遣した…」などとあります。

そしてその後一度の取調べもなく全員斬首されたという悲劇が残されている地なのですね。
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入口です。
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ここには二十三士温泉そのものについての説明書きがあります。

これによると、平成9年8月から温泉を掘り始めた、とあります。

5ヶ月で1550mまで到達し、井戸元の温度が35℃、泉質はナトリウム塩化物との事です。

やがて平成10年5月より建物をたて、翌年3月にオープンしたといい、単に日帰り温泉のみならず宿泊もできる施設ということです。

入ればかなりツルツルしているというか、お肌もツルツルになるだろうなという感じでした。なので浴室内を歩く時も要注意です。
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入口入って料金を払うとこの券を渡され、奥へ進んで行きます。
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奥へ進んでこの中で先ほどの券を出して、ロッカーのキーと交換して、いざ入浴sign01です。
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高知/田野 国道55号を東へ

高知県安芸郡田野町、土佐くろしお鉄道・田野駅を降りて道の駅「田野駅屋」で腹ごしらえの後、面している国道55号線を東へ歩いて行きます。

道の駅から東へすぐの地点、田野町木ノ下との表示があります。

隣の奈半利町へはわずか1km、土佐くろしお鉄道もその奈半利で途切れてしまいます。その先、室戸までは25kmとあります。

手前の標識には、左に郡奉行所跡 、右に岡御殿、長法寺などと列挙され、これまた冒険心をそそります?!
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上の写真の向こうに見えていましたが、土佐くろしお鉄道の高架の下を国道55号がくぐる形です。右側が終点・奈半利方面となります。
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更に少し東へ進んで奈半利川の手前まできました。

右手に見えるは先ほど立体交差していた土佐くろしお鉄道の鉄橋です。

奈半利川も安田川と同じく二級河川なんですね。一級河川は国が、二級河川が都道府県が管理、というのが大まかな違いでしょうか。

長さは約60km、日本屈指の多雨地帯を流れる川です。
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奈半利川橋の西詰です。

奈半利川橋は竣工1967年、長さが172.5mとあります。

今回の目的地・二十三士温泉はここを左折して進んで行きます。
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その奈半利川橋を横から、奈半利川の流れと共に。

この辺りは海に近くかなり下流域になります。

また、この川を境界として向こうが奈半利町、手前が田野町となります。
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今回は橋を渡らず手前で左折し、この道を直進します。

ここからしばし歩けば二十三士温泉へ!

右側の川とその向こうの山の景色が美しく、気分がよくなります。
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高知/田野 道の駅・田野駅屋

高知県安芸郡田野町の土佐くろしお鉄道・田野駅をおりてすぐ、田野の駅舎かと思うくらい隣立しているのが道の駅「田野駅屋」です。「たのえきーや」と読んでいます。田野へおいでよ、という呼びかけと田野の駅屋と掛けているということでしょうか。

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この道の駅は国道55号沿いにあり、看板がなんとなく茶屋風です。

開業は2003年7月13日と、鉄道の駅開業の1年後に当たります。

すぐ向かいには銀行があり、この辺りは田舎の雰囲気はなく普通に街の中といった感じです。
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道の駅にあった田野町MAPです。

とりあえずこの町での目的地は2つ、二十三士温泉と二十三士の墓です。維新前に散った二十三士というものに触れに…。赤穂浪士に通じるものを感じます。

南側の海の近くには古い町並みがかなり見られるようです。
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これも道の駅の前にありますが、鉄道駅のキャラクター・田野いしん君が立体像で建っています。
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道の駅には、その町の特産品が売っており、ここももちろんそうなのですが、大変お腹がすいており、やきそばなぞを買ってきて、その場で頂きました。あっという間に完食…
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腹ごしらえも済み、これから街なかを歩き出します。

2009年10月 2日 (金)

土佐くろしお鉄道/田野駅 (高知県安芸郡田野町)

高知県安芸郡田野町の土佐くろしお鉄道・田野駅です。

田野町は、前回お届けの安田町のすぐ東にあり、人口は3,077人(2009.8.31現在)と少ないですが、四国で最も面積の小さい自治体で、人口密度自体は469人/k㎡と多めです。

この東は土佐くろしお鉄道「ごめん・なはり線」の終点のある奈半利町で、安田-田野-奈半利、と町の中心駅が続き、田野町内では唯一の駅です。

駅開業は2002年7月1日(訪問は2009年9月)で、最寄の市の中心駅は安芸駅となります。また、電車はありませんが室戸市にも近いです。

キャラクターは「田野いしん君」。幕末に二十三士が殉じたこの地を象徴する武士キャラクターです。
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駅ホームの様子です。

両側にホームがある2面2線のホームで、どちら側にも待合室が設けられています。線路はホーム付近だけ分岐していて、離れると単線になります。
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ホーム反対側、向こうが終着の奈半利方面です。
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高架ホームからは階段があるのみで、ここも無人駅です。

結構賑わっているので有人駅かと思いきやそうではありませんでした。
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駅舎、と思いきや当駅には駅舎がありません。

手前の建屋は道の駅の施設です。

駅のすぐ前に道の駅があり、駅前が賑わっているように見えています。

こう考えると、道の駅はのどかな町であってもそれなりに人が居るわけで、村でもどこでもそれなりに活気があるなと思う最近です。
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くじゃく

もちろんペットではありませんが…

鳥たちの動物園?といったところに見事なのがいました。

羽根を広げてくれないですね、なかなか。

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2009年10月 1日 (木)

高知/安田 安田城跡へ

高知県安芸郡安田町も土佐くろしお鉄道・安田駅から北東へ、安田川を渡って安田城跡を目指します。

安田城跡は直進して70m先を右折とあります。

このガードレールの途切れた部分と、もう少し先とに右折できる道があって、70m先ってどっちかな…?と迷いましたが、おそらくと思い、向こう側を右折しました。
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またもやビニールハウスが両サイドにある道を進む事となります。
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ビニールハウスは骨組みだけのものも結構ありました。

水がきれいに見えます。
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ようやく安田城跡、それまで方向が合っているのか自信がありませんでしたが、何とかたどり着きました。といっても、城跡を示す看板に出くわしただけです。

しかしこれで安田城の何たるかが少しは分かりました。

以下、看板に記されている内容です。

「鎌倉時代永仁3(1295)年、佐河四郎左衛門盛信が安田川流域を制圧し守護となった。

室町時代に入って信綱-益信-親信-鑑信-泰綱と安田三河守が続き七騎党を配置して中世の城下町として栄えた。

 泰綱は長宗我部氏に従い関が原の戦い、大阪の陣に参加し勇敢に戦ったが破れて寺山に眠っている。城山の最上段(詰の段)に今は城八幡宮があり阿弥陀如来が祀られている」

とあります。

併せて大木戸古墳という古墳についても看板と説明書きが記されています。
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この看板のすぐそば、城跡?と思われる石垣周りを撮ってみました。これ以上ここで巡る時間がないので、それらしきものは城跡ではないかと勝手に想像して撮ってました。
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城跡を感じる写真があまり撮れなかったので、この小山をかつての城と見立てて撮ってみました。安田城跡を訪ねた事を実感したくて。 
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もう時間がなく、それはもう慌てて駅へ引き返しました。

高知/安田 安田川周辺

高知県安芸郡安田町、土佐くろしお鉄道の安田駅から北へ、そして東へ折れ安田城跡を目指す途中の道です。

ビニールハウスや田んぼが両サイドにある道を通っていきます。
実に穏やかな景色です。
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やがて安田川に架かる橋へと差し掛かります。
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安田川は二級河川なんですね。
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安田川のアユをウリにしていたようなので、その川を見てみたのですがやや干上がり気味でした。

もっと上流で見たほうが良いのかな…、というところですが。。。

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大急ぎで目当ての安田城跡へ向かいます。

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