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2009年10月12日 (月)

プロ野球・今年の引退選手

2009年のプロ野球も両リーグ優勝チームが決まり、この後クライマックスシリーズに日本シリーズという時期になってきました。その一方では、今シーズン限りで引退を表明した選手のセレモニーが行われたりもしています。現時点で引退を表明した選手につき書いていきたいと思います。

☆立浪和義 内野手(中日)
 アラフォー世代の我々からすると数少ない年上選手のひとり。であり、また早くから活躍し「10代の星」でもあったスター選手です。私が高3の時に中日に入団しいきなりレギュラーを獲っていたので、高校の友達と「去年まで高校の制服着てたのにもうプロでバリバリとはずこいな」というような会話を何度かしたものです。当時彼が打席に入ると光GENJIの「ガラスの十代」が流れていました。もう40代に差し掛かり…時の流れですね。

2003年には2000本安打を達成し名球界入り、衰えのカケラも感じられず、この先どれだけ上積みするんだろう??と思ったものでした。06年にはPLで共にプレーした同級生・片岡(阪神)を見送り、去年は同じくPLの先輩・清原(オリックス)を見送りました。

チームの若返り策やここ一番で打ってほしい代打稼業への転身などがありましたが、このままレギュラーでやっていたらもっと長くやれたように思いますが、腰痛などもあり守備機会軽減を配慮されたというのもあるのかもしれません。22年の現役生活はお見事でした。

☆江藤智 内野手(広島→巨人→西武)

 
わが同級生ですってただ学年が一緒なだけですが

 広島の若き主砲。90年代中盤の広島は、優勝こそ縁がなかったものの他チームも恐れる強力打線を形成していて、野村、前田、金本と後に名球界入りする選手が3人もいて、また走れてパワーもある緒方もいて、そしてそんな強打者軍団の中心に居る選手がこの江藤でした。この5人の中で本塁打王のタイトルを獲ったのも彼だけです(40本越えが一度もないのが意外ですが)。この5人で安打数は9000本は越えます。2000本超の野村、前田、金本と1500本強の江藤、緒方と…、恐るべき数字、このメンバーが1チームに同時期に居たわけですから…。

 しかし2000年、広島の中心選手の座をかなぐり捨ててFAで巨人へやってきます。それまで長嶋監督がつけていた背番号33を自らが「3」に変更する形で譲り渡して…。

 広島に居たら軽々2000本安打達成していたと思うのは違うでしょうか?ともあれ巨人・江藤は2000年の優勝を決めた試合で満塁ホームランをかっ飛ばしたりして、打率は低めながら大舞台での強さを見せてくれました。しかしその後は翌年までは30本クリアしていましたが、それが途切れ2003年からは100安打を切り、2004年から出場機会が激減、成績が尻すぼみになる一方でした。もはや巨人ではこれまで、の感も強くなり、本塁打0に終わった2005年オフにFAで入った巨人を、FAの人的保障(西武・豊田投手との)という逆の形で退団する事となりました。

 かくして2006年、初のパリーグ・西武でかつての栄光など色褪せた感がありましたが、代打に時にレギュラーに多くないながらしぶとく活躍を続けて、去年は38歳で7本塁打と健在ぶりをアピールしました。39歳まで現役を続けましたが、現役後半の苦労は今後の大いなる糧になると思います。

☆清水隆行 外野手(巨人→西武)

 
今年の登録名は清水「崇」行だそうです。かつての巨人のスター選手のひとりでした。

 96年、同期入団の仁志(現・横浜)と共に
新人で活躍し共に打って走れる選手として、当時FAで四番打者ばかりかき集めてきた巨人では盗塁が少なく、そんなチームに改革をもたらす選手、と個人的に期待したものです。

 しかし彼が2番を打っていた時期があるというのが巨人の凄いところでした。かつての川相のような選手が居なかったのかと…、当の川相はレギュラーを離れて久しい状態だったので致し方なかったのでしょうが、2002年1番打者として191安打で最多安打を放った年が最も注目を浴びた時期だったでしょうか。この時期はものすごい声援だった事を思い出します。

 打撃に関しては非凡なセンスがありながら、後の極度の打撃不振というのがかなり尾を引いてしまったのでしょうか?慣れない代打でまたリズムを狂わせたようにも思いました。2008年オフのトレードは「やはりか…」という思いで見ていましたが…。ともあれ2009年西武へ移籍、なかなかの滑り出しで一安心していましたが、知らぬ間に名前を見かけなくなり、、つい先日引退表明。もう少し頑張ってほしかったけど、おつかれさまでした。

 

☆井上一樹 外野手(中日)

元々は投手として数年やっていましたが、後に野手転向し遅くに台頭した苦労人でした。名古屋へ行くと近年、地下鉄に彼のポスターがよく貼ってありました。選手会長に就任しファンサービスの一環だったようですが、割に地味な印象だったのでポスターの前面に出てくるというのがどこか意外な感じでした。

 

晩年、代打の比率が上がってきても打率はむしろ3割を超えたり勝負強い部分がありました。それだけに今年の打撃不振は深刻だったのでしょうか、あるとき新聞で久々に名前を見て、1割どころか5分も切るような打率を見て驚きました。個人的には中日版・ガッツだと思っていました。

☆緒方孝市 外野手(広島)

巨人に居た緒方耕一選手とおなじ読みでかつ同学年、しかも同じ盗塁王のタイトルホルダーという縁があります。両者が決定的に違うのはパンチ力で、広島・緒方は台頭時期がやや遅かったものの、それからは爆発的なパワーを見せ、前述・江藤選手の項で触れましたが、打って走って広島強力打線の一角を担ってきました。

 ブレイクが95年からだったにもかかわらず、90年代の盗塁数は球界最多を誇ります。後年は代打としての出場が多くなりましたが、41歳になる年まで23年間カープ一筋で、これは衣笠祥雄、大野豊といった大選手と同じ最長タイ記録です。最終打席が三塁打というのもこの人らしいですね。

☆小宮山悟 投手(ロッテ→横浜→メジャー…→ロッテ)

ピッチングは頭脳でするもの、そういうイメージをもたされたのがこの投手でした。まぁそれもこの選手ほどの多彩な変化球が操れてこそ、なのですが…。二浪して早大に入った苦労人で、プロ野球で浪人して大学に入った人ってなかなか居ないよな、と思った事がありますが(スポーツ推薦などあると思うので…)、一般入試で早稲田に入る事自体が凄いのにそれがプロ野球選手になるとは…。

 なので25歳になる90年にプロ入りし、新人から先発ローテに入り6勝10敗と活躍しますが、この年はドラフトの大豊作、なかでも野茂(近鉄)というケタ違いの新人が居た為、新人王どころか他の投手タイトルまで彼の独り舞台といった状態でした。他にも潮崎(西武)や10勝をあげた酒井(日本ハム)、打率.300、20本塁打の石井(近鉄)といった、野茂が居なければ新人王が獲れる成績を残した選手たちもすっかり霞んでしまうほどでした。

 その後も低迷するロッテでエースとして投げ続け、負けも多いながら何度か2ケタ勝利を達成し、防御率のタイトルも獲得しました。2000年横浜へ移籍、この辺は紆余曲折ありましたが、ここでも一度2ケタ勝利を収めています。

 メジャーでは未勝利に終わり、その後野球浪人まで経験しましたが、39歳になる年でまたロッテに復帰したのは見事でした。その後敗戦処理を自ら買って出て、日本一に貢献したり、近年でも何勝かあげたり中継ぎで淡々と投げ続けて、44歳になる今年引退表明したと思ったら、最後の最後に史上最高齢44歳でのセーブを記録して、球史にその名を刻む事と鳴りました。

以上、自ら引退を表明して現役を終える数少ない選手たちにつきふれましたが、戦力外通告選手も次々と発表され、そちらの方も気にかかるところです。

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