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2009年12月の56件の記事

2009年12月31日 (木)

近鉄/石見駅 (奈良県磯城郡三宅町)

奈良県磯城(しきぐん)郡三宅(みやけ)町の近鉄・石見駅です。

 

奈良県の北西部に位置し、奈良県では最も面積の小さい(4.1k)自治体です。人口は7,532(2009.11.1現在)と、郡部ではあるものの人口密度は1,850人/k㎡と立派に都会クラスです。

 

三宅町内にはいずれも近鉄で2駅あるうちのひとつで、他に但馬駅というのがあり、いずれも日本の旧国名の駅名になっているのが面白いところで、町の中心駅としてはどちらとも言い難いものがあります。

開業は1923321(訪問は20087)で、1日あたりの平均乗降車人員は2,385人/日(2008)と、近鉄の調査対象全287駅中162位となかなか多くの利用者数を記録しています。近鉄の橿原線に属し、近隣の都市駅としては橿原市の中心で近鉄のキー駅である大和八木駅まで4駅、反対側では途中乗換および路線変更が必要となりますが、天理駅へ6駅で到着します。

 

隣の田原本は田原本町の、結崎は川西町の駅で、三宅町内のもう1駅・但馬駅は別の路線にあります。

 

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ホームは両側にそれぞれ片面ずつの線路がある2面2線となっていて、両ホームは向こうに見える構内踏切で結ばれています。

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ホームから反対側のカットですが、平原が続いているという感じです。

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駅を降りて駅前に出ると、三宅町マップがありました。

 

現在地が右に縦に通っている線路の真ん中よりやや下の部分、一方の但馬駅は下の方を走っている線路のかなり左側に位置しています。

役場などの栄えているエリアは真ん中の方で、どちらの駅も中心駅とは言い難いというのがよく分かると思います。

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左手前に駅舎の影が映っていますが、左に踏切があり、また写真でまっすぐに延びている道もすぐに右に折れるようになっていて、自動車学校のコースでいうところのクランク状態です。

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駅前の道からしてクランク型ですが、この辺りはこのような道路が多いようで、迷路なる看板がありました。 

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石見駅の駅舎です。

私が行った中で類似の駅名としては読みは全く同じの

岩美駅(鳥取県岩美町。JR山陰本線)かあります。

 

迷路のような道の中に何とか駐車スペースはあるかな、という感じで、よく見ていませんがバスは乗り入れてこないと思われます。

 

ほんとに駆け足で巡っては去って行ったので、この駅周辺はあまり記録は残っていません。また寄る事があればよく周辺を見て、それこそ迷路を堪能してみたいものです。

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2009年12月30日 (水)

香川/直島 赤いカボチャとさらば!

香川県香川郡直島町、直島の学校等教育機関が集まる文教地区からついに宮浦港の方へ出てきました。

向こうが宮浦港で、右側にフェリーのりばがあります。

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港前に神社がありました。

境内には宮本梶平翁銅像というのがありました。郷土の偉人のようです。
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神社を出て、港から少し離れますが、この手書きメニューの店、凄いですね。感動を覚えます。何十年も前のようなノリで…、ある時からずっとこのようなのでしょうか…??

007記念館というのがここを進めばあるようなのでチラッとだけ見に。
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007記念館、どんな素晴らしいものかと思いきや、以外にもこじんまりとしたものでした。

とりあえずこんな所というのが分かればよかったので、すぐ港へ戻りました。
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宮浦港の待合室は、「海の駅」でもあります。

平成20年4月時点で114駅もあるそうですが、海の駅と意識して訪れたのはここ「海の駅なおしま」が初めてです。待合室はもちろん土産物屋に観光案内、喫茶コーナーもあります。
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港の砂浜のほうへ出てみます。

これベンチなのか、ただのオブジェなのか…

向こうには「あれ」が見えます…
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「あれ」とは、直島ときて真っ先にイメージするこの赤いカボチャです。

この鮮やかなテントウムシのような柄は一度見たら忘れられません。

写真を撮りに来る人が絶えず、こうやって独り占めできるまで時間かかりました。

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赤カボチャの所から海の駅をとったものです。

人口規模の割には贅沢な港と思います。

しばらくは海の駅で船を待っていましたが、

船が来たら、左にチラッと写っているゲートをくぐってこの直島を後にしました。

約3時間の滞在でしたが、かなり堪能できました。

のどかな島とアートの融合、行く価値ありなしまだと思います。
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水戸黄門にキャスティングされるなら?

ブログネタ: 水戸黄門にキャスティングされるなら、どの役がやりたいですか?参加数

今だったら、自分のキャラと考え合わせて「風車の弥七」ですかね、、サブキャラである事を公私において自覚してるので…。うっかり八兵衛のようなコメディリリーフでもないし。

昔だったら、絶対「助さん」でした。

助さんは二枚目(死語?!)でカッコイイし、キリッとしてるから。よく見ると女好き、遊び好きという割にいい加減なところもあるのですが…。性格で言えばクソ真面目な格さんの方が好感が持てるし格さんもいい男なんですが、格さんって格闘の時に剣を使わず空手なんですよね。あれはあれで力強くていいんですが、子供の頃自分が思い描いていたカッコイイというものとはちょっと違うというか。

個人的に今までの役者イメージとして助さんといえば里見浩太朗、格さんといえばやはり伊吹吾郎、この2人が双璧かな、と思っています。なかでも伊吹格さんは力強さという点では、他の役者の追随を全く許さない、KING OF 格さん、だと思います。

香川/直島 文教地区から港が見えるまで

香川県香川郡直島町、直島町役場辺りを更に西へ。

前回の記事で写真に出ていた直島中学校が左にチラッと見える辺りの道路です。

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という訳で「中学校前」バス停です。

中学校の前にバス停があるとは、いいですね。自分の中学校にはありませんでした。そんな道路が通っているような所ではなく、入り組んだ道の山裾にあったので…
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このバス停の時刻表です。

便数は12~14時台が多めにあり、朝は1時間に1本で、左側が宮浦港、右が反対に本村港の方面です。
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これ何の建物でしょうか…??

と思ってみたら、直島幼稚園なのです。

これまた凄い幼稚園の建物です。子どもっぽさを感じないというか…

この辺りは各学校が集まっていて文教地区といわれているようです。
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そんな文教地区を横目に通り過ぎ、このような道を更に西へ進んでいきます。
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程なく、このような案内看板が出ていました。

直島総合福祉センター、お食事、温水プール、トレーニング、図書館、ときて、「劇場」というのもありました。

見えにくいですが、左向こうには福祉センター下、というバス停があります。
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東宮浦バス停付近です。

地名からすると、宮浦港は間近…、かなと。
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上の写真の所から道なりに曲がると、向こうには宮浦港が見えてきました!

ベネッセアートミュージアムから結局5~6kmは歩いて来てしまいました…

バスで楽に行きたいところですが、どうも色んな景色をこの目に焼き付けて&記録に残しておきたい性分のようで、いちいち写真に撮ってはこのように長々と掲載してしまうのです…。どこもが見どころで、どこもが旅行という感覚の持ち主ゆえ…。

次は直島ラスト…の予定です、未定ですが。
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2009年12月29日 (火)

香川/直島 アートな建物たち

香川県香川郡直島町、直島の家プロジェクト付近を後にして西へ進みます。

そして出くわしたのが、直島町役場です。

一見役場とは思えない、イベントホールとかそのテの建物かと思わされますが、れっきとした町役場です。てっぺんの小さな階層の部分なんて、およそ役場らしくないものと思えます。
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裏から見ると、更にアートな雰囲気を持った建屋に見え、最初は役場だなんてこれっぽっちも思いませんでした。
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本村まち歩きマップとして、本村港からの地図がありました。

この地図では港の方から右へ進んでいる事になります。
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役場と道を隔てて向かいにある直島郵便局です。

これもまた直島らしいのか?屋根が半円続きで波打っているようなデザイン、一風変わった感じの建物です。
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町役場から西へすぐ、直島で有名な「はいしゃ」です。

つぎはぎの廃屋をアートにしたなんとも奇妙な融合の建屋です。
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更に西へ進むと、直島小学校が…。

これもまた一見学校とは思いがたい、何か要塞のような?アートを感じる建物です。

こんな学校なら通いたくなる?ような…。

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とまぁ色々個性的な建物に出くわすこの直島。

さてこの先は何があるやら…と思いつつ、帰りの船に乗るまでの宮浦港まではあとわずか、のはずです。

香川/直島 家プロジェクト、の辺り

香川県香川郡直島町、島外より船の着く2港のうちのひとつ・本村港を後にして西へ内陸部を進んで行きます。家プロジェクトと呼ばれる一帯へ。

右向こうにはJAが見えています。
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家プロジェクトとは直島の本村地区の古い建築物やその跡地を使い作家が作品を展開するもので、これまで宮島達男、ジェームズ・タレル、内藤礼が参加、最後は杉本博司の神社をもって完了となった、とあり、1997年にスタートしたものです。

中にはもっとアートを感じさせるものもあるのですが、ここでは街並みを見るに留めました。それでも結構風情ある景色を堪能できると思います。
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↓この建屋は、というと…
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喫茶店だったりします。
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横道に入ると、狭い路地に木造家屋が続いていました。
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このような黒っぽい木造家屋が多かった印象があります。
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ここは裏から撮っていますが、ホットドック屋さんです。
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直島で人通りが多いのはベネッセアートミュージアムがありましたが、ここはそれより多かった印象があります。団体さんがかなり来ておられて活気づいていました。

2009年12月28日 (月)

香川/直島 本村港へ

香川県香川郡直島町、つつじ荘を後にして、本村(ほんむら)港へ歩いていきます。

積浦(つむうら)という地区を北へ進みます。
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海を右に眺めつつ進んで行きます。

このような突き出た島状のものも見えてきます。一応陸続きのようですが、海面次第では通路は沈んでる時もありそうな感じです…。

青い空に漂う雲が絵のようです。
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本村港バス停に着きました。 

ちなみに島内バス料金は一律100円(小児50円)です。
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本村港。左奥の小屋状の建物が船の待合室です。

宮浦港に比べると便数も少なく、規模も小さくサブ的な位置づけといった感じです。
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港の船着場の様子です。

人は数人程度居たくらいで、また通りかかった時は当分船が来ない時間帯だった事もあり、閑散としていました。まばらに人が居る時ほど写真が撮りにくいものです…
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港には船は結構停泊していました。

釣りをされている方も居られたりで。

向こうには港町を思わせる家々が並んでいます。

更に向こうは禿山のようになっているので、三菱マテリアルの精錬所付近かな…、といったところで、港町に精錬所とミスマッチのようですが、妙に絵になってる気がしました。

メインの宮浦港もいいのですが、こういう飾り気のない港も自然な気持ちで景色を堪能できてよいものです。

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見事!ランキング入り

ナント、この記事が「旅行・地域」カテゴリのデイリーランキングの22位にランクインしていました。

アクセス解析によれば、殆どが「トップページ」の閲覧なのですが、特定の記事がヒットして閲覧頂けるというのはやはり嬉しい事です。

実際大してアクセスないようなのですが、それでもランクインできてしまうんでしょうか?ともあれ今後も地道に数を重ねていきたいと思います。

2009年12月27日 (日)

香川/直島 つつじ荘に泊まってみたい?

香川県香川郡直島町、ベネッセハウスのエリアを後にして、

「つつじ荘」にやってきました。施設の説明についてはこちら。

このサイトを見て、
ひとりでフラッとやって来て何もない夜を過ごすのもいいかな、、などと思わされてしまいます。あえて何も持ち込まずに。コンビニなんかもないですしね。
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この先立ち入っていませんが、施設を利用するのは、この先ということになります。

テント張りや和室、大広間に喫茶と色々充実しているようです。 
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外に出て、往年のヒット曲「おやじの海」発祥の地として記念碑がありました。

これを歌う村木賢吉さんはここの三菱マテリアル直島精錬所に勤務していた際に、同じ職場でこの直島出身の佐藤達雄氏と意気投合し、佐藤氏が作詞作曲、村木さんが歌うという事になり、当初は昭和47年に自主制作で500枚の販売だったのが、6年後に北海道の有線放送から人気に火がつき、一気にヒット曲へと登りつめたといいます。今はこうしたヒットというのはなかなかないですね、時代的に。有線から火がついて、なんていうのも死語みたいなものでしょうか。ネットから火がついて、はあるかもしれませんが…。

真ん中のボタンを押すとメロディーが流れますが、恥ずかしいので押しませんでした。
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つつじ荘を後にして本村港へ向かいます。

正確な地図が手元になく、バスで来た道や適当な方向感覚で歩いているので、正しい道か分かっていませんが、こんなのどかな所もあったり。
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「なおしま環の里」という田園エリアに出くわしました。

田んぼにコスモス畑、ひまわり・菜の花に木づくり、と自然に配慮のなされた一帯です。
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12月に見るコスモスもまたいいものです。

次は本村(ほんむら)港へ向かって歩きます。
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香川/直島 黄色いカボチャから

香川県香川郡直島町、ベネッセハウスの建屋群から宮浦港へ歩きで戻るちょっと長い旅、数々のカラフルなオブジェを見ましたが、海側に目を転じると、これがあります。

黄色いカボチャ、です。

ネットの写真などで見ると、陸からの通路がハッキリ見えるものも多くありますが、この時は通路よりも海面が上昇していて、カボチャの所まで渡り着くには少々無理があり、近寄っておりませんcoldsweats01
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というわけで、海岸からズームで撮ったに留まりました。

直島といえば…、カボチャというぐらいインパクトの強いアートで、赤いカボチャは宮浦港にあります。こちらは更に色鮮やかで現在の直島を象徴する存在感のあるアートです。
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海岸沿いに歩き、つつじ荘バス停へ。

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海側にはこのようなかわいいサイズの鳥居と少し離れて地蔵?!がありました。
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同じく海沿いに岩状の石碑がありました。

若山牧水(1885-1928)の歌碑、とあります。 

「ことひきの
        濱の松風静けしと
         聞けば沖辺を
          雨過ぐるなり」

と刻まれています。

出身は宮崎県で、旅を愛し、各地で歌を詠んだので、各地に歌碑があるるといいます。

平成8年現在で275基の歌碑が確認されているとの事です。今では更に増えているのでしょうか…??

直島の訪問は1921年、と碑のそばの説明書きにはありました。碑の書体は牧水直筆のもので、建立されたのは1976年の事、とあります。
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つつじ荘の入口です。

つつじ荘は「ふるさと海の家」で、ふるさと創生事業の一環で建てられたものです。

13棟からなる「邑(むら)」を形成し、ふる里の豊かさと喜びを体験でき、島の子供たちが島外の子供たちとともに集団生活を体験することもできる。という施設です。

中身は(って、大して見ていませんが…)次回にて!
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香川/直島 色鮮やかな野外オブジェ

香川県香川郡直島町、ベネッセアートミュージアムをチラッとだけ見てきて、海岸の方へ下りてきました。 

海岸沿いを歩いて、そこにあったものは…

レストランです。

ベネッセハウス・テラスレストラン。アートミュージアムの延長上でこの海岸付近もベネッセアートサイト直島といわれる中のひとつです。

島のレストランですが、店頭のメニューを見る限り7:30~21:30営業のようで結構長くやっているもんですね。朝食とランチとディナーでメニューも分かれているようです。とても人口3000人あまりの島とは思えない贅沢さ。これもベネッセの影響大ですね。
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こちらはレストランの隣にあるベネッセハウスシヨップ。

この入口から建物がぐるっと曲線を描いて続いており、あくまでもアートである事を感じます。

入口に座っている人形の派手なシャツにも目を惹きつけられます。
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さてここからが本番です。

このカラフルな野外オブジェの数々をとくとご覧下さい!!
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最後にこれ!

お見事です。

直島といえば、このような派手やかな色使いのオブジェ(まだもっと有名なものをupしていませんが…)。いかにも直島らしい作品群といいましょうか。

同じエリアでこれだけのものが点在していて、ほんとに素晴らしいと感じさせられました。

と感動しつつ、また歩き続けていきます。
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2009年12月25日 (金)

奈良泊!

今、奈良に来ています。

明日、東吉野村へ行く予定です。

兵庫から土曜の朝に出ても着けるのでしょうが、家に帰ってしまったら朝寒いと思っただけで外出する気力が完全に失せるのでとりあえず泊まりで出てきました。東吉野に宿があると思えず(少なくともネット環境のある宿はないと思いますが…)、近くで泊まるのどこがいいかな、と迷いました。橿原か…天理か…はたまた名張か…、でもまぁ確実にネットのあるホテルが無難ということで奈良のホテル泊と相成ったわけです。

明日は榛原まで向かって、そっからバスに乗るつもりです。ブログupするネタが切れかかってきてたので、満喫して、いいカットを撮りたいものです。

2009年12月24日 (木)

牝猫、真昼の野外発情!

それは突然の出来事、互いに見つめあい、交し合い求め合う…禁断の愛に身を投じたこの、この…
 
 
猫たち!

目が光っている猫の手前の背を向けている側の猫の方が「あぁ--うぅぅ--」悩ましい声?!をあげていました。気づかれないようにそっと忍び寄り、激写!向こうの猫は思いっきりこちらに気づいてますが(笑 

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やはりこの手前にいた側の方がメスだったのでしょうか?

三毛猫はかなりの高確率でメスだといいますので。

結局この時は見つめ合いこそすれ、それ以降は続かず別れていきました。

オスの方はこちらに気づいていたので尚の事でしょう。

昼下がりの情事はならず…
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クリスマスモード in KAKOGAWA

 

昨日の「わが町イルミ」で御紹介した辺り、今晩来てみたらナント、クリスマスイベント会場と化していました。

いきなりこんな雪だるまが置かれてビックリです。下にはちゃんと雪が敷かれています。
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昨日までこの立ってるイルミネーションだけだったのが、

今日は横に張り巡らされたのも加わって、その他色んな装飾やらなにやら、見事なまでの早変わりですっかりクリスマスモードです。
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この辺は滅多と雪が降らず、今年はまだ見たことがなく、こんな具合に車から降雪機で雪を降らせていて、その下で子どもたちがはしゃいでいました。

今も盛り上がってるのかな…

ともあれ、メリー・クリスマスsign03
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2009年12月23日 (水)

香川/直島 ベネッセハウスミュージアム辺り

このブログで書いた記事数がついに500となりました。

それほど人目に触れてはいるとは思えませんが…。

香川県香川郡直島町、瀬戸内海に浮かぶ直島探訪、まずは宮浦港から出ている町営バスに乗ります。このブログで当初色々島探訪記を書きましたが、島内にバスがある島のupは初です。

1番手前は臨時バスのりばですが、向こうは路線バスのりばです。

1時間1本から多い時間帯(昼前後)は3本あったりとそこそこ便数はありますし、乗ったバスも座れないほど混んでいました。(キャパはあまり多くないのですが…)やはり観光客がかなり多いと感じました。
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宮浦港から約20分乗って、ベネッセハウスミュージアム・バス停に到着。直島の南半分を3/4周したという感じでしょうか。ここへ行こうと決めていた訳ではありませんが、直島といえばベネッセを真っ先にイメージしたので、一応それに関連する施設を見ておこうと思った次第です。
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そこは小高い丘になっていて、見渡す景色はこんな風に見事なものでした。

2時間ドラマの世界?!
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ベネッセハウスのミュージアム入口です。

あの安藤忠雄氏設計による宿泊施設併設の現代美術館で、直島に来る人はよくここに泊まると聞きます。中はチラッと見て雰囲気だけ感じてきました。
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ミュージアムを出て、道路から来た道を引き返そうとしたのですが、遠回りなので、こういう所を通ってショートカットしてきました。 
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平地に下りてきて、来た道を元の宮浦港方面へ歩いていきます。

海岸線が弓なりに続いていきます。

この辺りショップやレストランなどやはりベネッセ関連の施設が集まるエリアです。

その辺りは次回にて!
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いざ!直島へ!!

香川県香川郡直島町、瀬戸内海に浮かぶ直島諸島の代表的な島・直島を含む町で、以前にupした男木島(おぎじま)や豊島(てしま)も直島町ではないものの、直島諸島を形成する島々です。

町の人口は3,399人(2009.11.1現在)で、その殆どが直島に住んでいるといいます。

アクセスは岡山県の宇野港から。

直島の宮浦港まで片道280円、往復で買うと540円で買えます。

訪問は2009年12月、個人的には最も直近の旅行です。高松への経由でこの直島に寄る事もあってか、船室内はさすがに撮っていませんが、豪華客船ともいえる?!大きなフェリーに乗ってちょっと贅沢気分?!でくつろげます。

外へ出て、燦々と降り注ぐ日差しを浴びてみます。
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直島宮浦港が見えてきました。中央よりやや右側に接岸します。

この時は12:15宇野発→12:35宮浦着のダイヤにて乗船しました。
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直島に無事到着しました。

かねてより来たかった所ですが、このゲートをくぐって上陸。

この島はバスがあるので、これからバスに乗って探訪スタートです!
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滋賀/豊郷 犬上神社から豊郷駅へ

滋賀県犬上郡豊郷町、近江鉄道・豊郷駅から駅前通りを歩き、横道入れば、この「犬上神社」に出くわします。 

神社詳細データがありました。

【御祭神】
犬上君稲依別王
【御神紋】
四つ目くづし
【御由緒】
稲依別王は日本武尊の一の王子で、当地を治め土民に農桑の業をすすめられた。
土民は王を尊んで「稲神」と称した。
当群の地名「犬上」は「稲神」のなまりであると伝えられている。
【本殿・境内建物】
〔本殿〕一間社流造 間口一間三尺 奥行二間

【祭礼日】
祭礼日は神事(祭儀)のみ行ない、御神輿・山車・露店などは別の日に出る場合があります。
お出かけの際は念のため神社にお尋ねください。

旧4月 16日
4月 16日

ちなみにこの付近には彦根市の稲枝(いなえ)という所がありますが、これもこの関連の地名かな?と感じさせます。
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狛犬は頭の上に何にもついていなくて、垂れ耳のタイプでした。
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豊郷駅に戻りました。

右が改札・ホーム側でシャッターの所は観光案内所でしょうか。
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駅舎内ど真ん中には八角形?!の木製いすがありました。オブジェにも見えてユニークです。

木のフロアに木の壁、落ち着きを感じさせるなかなかおしゃれな内装です。

点字ブロックは椅子の所までついています。
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2F建てに見える駅舎ですが、実際は高い平屋建てで、その高い所に豊郷町のガイドマップと郷土出身の主な先人の紹介がなされています。

勉強不足で知らない方たちばかりですが…、と思っていたら、伊藤忠兵衛という方はあの伊藤忠や丸紅などの大手商社の創始者なんですね。優れた近江商人を輩出した町ということでしょうか。

豊郷町はほんの駅近くを回っただけで、また別の町を巡りましたのでこれにて終了です。

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2009年12月22日 (火)

滋賀/豊郷 駅前通りの様子

滋賀県犬上郡豊郷町、ここは「江州(ごうしゅう)音頭のさと」として、近江鉄道・豊郷駅のすぐ横にはこのようなやぐら?!が設けられています。

盆踊りに用いられる音頭、とあり、それっぽい舞台があるなと思いましたが…

明治初年に町内のお寺で披露されたのが江州音頭の始まりとされています。

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豊郷駅を出てすぐの駅前通りです。

左手前にはショッピングセンターがあり、ちょこちょこと商店があります。
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先の写真にチラッと見えていたショッピングセンターは昔ながらの雰囲気満点でした。

たまにはこういうところで買い物をしたくなったりします。
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これも駅前出た所の通りで、少し進んだ所です。

左側には「番街」のみ残っているビルがあり商店が軒を並べています。「一」番街だったのでしょうか…??

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2009年12月21日 (月)

近江鉄道/豊郷駅 (滋賀県犬上郡豊郷町)

滋賀県犬上(いぬかみ)郡豊郷(とよさと)町にある近江鉄道の豊郷駅です。
 

滋賀県の東部に位置し、滋賀県では最も面積の小さい(7.8k)自治体です。人口は7,337(2009.11.1現在)と、このブログ初の7,000人を超える自治体の紹介です。

 

豊郷町内唯一の駅で、開業は1898611(訪問は20092)です。近江鉄道本線に属し、近隣の都市駅としては北東へは彦根駅まで5駅、南西へは旧・八日市市の中心・八日市駅(現・東近江市)まで4駅で到着し、八日市経由で近江八幡駅にも程なく着きます。

 

両隣のあまご(尼子)は甲良町、えちがわ(愛知川)は愛荘町といずれも郡部の駅です。

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ホームの様子です。

左に平行に走っているのぱ東海道新幹線です。

ホームは2面2線で、右が駅舎側でこちらは長い屋根ひさしがついています。

反対側ホームは小さな小屋状の待合室がありますが、前面と側面前が開いており完全な室内型のものではありませんでした。
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この駅に着いた時、向かいホームに猫が2匹いました。
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ところがすぐにホームから飛び降りて、こっちへ渡ってきます。
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このようにまとわりついてきました…
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猫ちゃん、よっぽどここに馴染んでいるんでしょうか。

片方の黒い方は完全リラックスモードでした。
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ホームから見た改札周辺の様子です。 

扉には凝った装飾がなされています。

改札はゲートが立っているのみでした。
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豊郷駅の駅舎は町のコミュニティハウスとの合築駅舎です。

2F部(実際には高い平屋建てですが…)の白壁は非常に印象的です。

前面は階段が数段ありますが、側面から車椅子でも登れるバリアフリー構造となっています。近江鉄道では限定区間があったと思いますが、自転車乗り入れOKとしていて、たまに車内で自転車込みで乗られている方を見かけました。

すぐ前にバス停が立っています。

あまり寄れませんでしたが、多少の探訪記はお届けできますので次回以降にて。
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奈良/下市 下市温泉「秋津荘」

奈良県吉野郡下市町、この町のたびも遂に最終章、目的地・下市温泉「秋津荘」まで来ました。

近鉄・下市口駅から延々歩いて、どこまで行くか決めずに成り行きで歩き続けてしまったこの5,6km(たまにやってしまいますが…)、知らない道で、寄り道もしまくってヘトヘトとなり、やっと温泉に浸かれるこの嬉しさ…

というわけで、これが入口付近です。 

奈良交通のバス停が敷地内にあり、ここまで乗り入れてくれます。

帰りはさすがにこのバスに乗って帰りました。
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バスの時刻表です。

温泉の施設内にも貼ってありました。各方面1日数本といったところですが、意外と本数あったなという印象でした。一応時刻さえ把握しておけば、そんなに長く待たなくてもよいかな、といった感じで。

ただどの路線がどの方向へ行くのかサッパリ分からず、とりあえず大淀バスセンター行きだけはチェックしてましたが…
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バス停にあった「下市町里山・ハイキングコース」の看板です。

現在地は一番上の部分、下市口駅からずーっと南下してきたのですが、ここからまだずっと南の先の様子が示されています。さすがにもう歩く気などありませんが…
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秋津荘および日帰り温泉・明水館です。

盛んに秋津荘と書いていましたが、実際に利用したのは日帰り温泉の明水館で、秋津荘は宴会などの娯楽施設で、料理も楽しめます。

保養センター 下市温泉秋津荘明水館 
奈良県吉野郡下市町大字伃邑(ヨムラ)2189番地
           TEL   0747-52-2619(フロイク)㈹
           FAX   0747-52-3405
 
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ゆっくり浸かって、バスの時刻に合わせてゆっくり休憩してきました。 

休憩スペースも割とあり、人で賑わっていました。最近はどんな郡部の温泉に行っても人で賑わっているものですね。

大淀バスセンター行きバスに乗って大淀町の下市口駅へ戻りました。ずっと以前にupした黒滝・天川などの村へは、ここへ行った後にその延長線上で訪ねたものです。

以上、下市町の旅はこれにて。
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2009年12月20日 (日)

この野球選手といえば…??

昨日、「この役者にこのアタリ役」の記事を書いていて、それの野球選手版はどうか…??という事を思いつきました。

この野球選手(監督コーチ含め)といえば、どこの球団の選手として真っ先に思い浮かべるか??というものです。正確には初めて見た時はどこの選手だったか、という事になりましょうか。今日は江夏-江本トレード発表の日だそうで、特にそういう色々と移り変わった選手についてのイメージを。

という訳で早速(選手名・敬称略)

長嶋茂雄→巨人監督。
 長嶋さんの現役時代は知らないので、背番号「90」の監督のイメージが最初です。
王貞治→巨人
 現役晩期知ってます。756号の頃もかすかに…
江夏豊→広島
 阪神や南海の頃知りません。最初に見たときは広島の抑え投手で、ユニホームも広島の頃が最もお腹が出ていたように見えてインパクト大でした。
野村克也→ロッテ
 現役でわずか1年しか居なかったロッテの頃のイメージがあります。南海の兼任監督の頃は知りません。
張本勲→巨人
 私が見始めた頃の巨人の中心選手といえば、王・張本でした。当時自宅のお盆には長嶋監督と王・張本の3ショット写真のがありました。
江本孟紀→阪神
 東映・南海に居たなど全く知りませんでした。凄いハンサムなのにヒゲ生やして勿体無いとか変なこと思ってました。
高田繁→巨人内野手
 元は外野手だったと聞いて驚きました。今はヤクルトの監督をしている事に驚きますが…
加藤初→巨人
 太平洋クラブライオンズ出身とは知りませんでした…
真弓明信→クラウン
 現阪神監督ですが、私のイメージでは移籍前の弱小クラウンのホープです。
田淵幸一→阪神
 真弓の(が?)交換相手ですが、阪神時代を辛うじて知ってます。まさかダイエー監督になろうとは…

奈良/下市 めざせ!下市温泉

奈良県吉野郡下市町、下市温泉「秋津荘」を目指して歩き旅です。 

このユニークな地図で現在地を教えてくれます。

道なりに進めば温泉へ行き着くことができそうとここで確認できました。
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付近にあった「放るなら飲むな」の看板です。

ドラえもんって書く人によって色々に見えるので面白いです。
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原谷口バス停です。 
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吉野の味飛脚「こんにゃくの大川」なるのぼりがあります。

こんにゃくの工場に売り場、うどんの飲食エリアなどがあり、そこそこ人で賑わっていました。

住所 : 奈良県吉野郡下市町大字ヨ邑27、とあります。
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こんにゃくの大川を過ぎると、国道309号は右に折れます。

温泉は左方向になっていますが、ここではこの分岐点を右に折れ国道309号を引き続き進んで行きます。
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1,2分そこらで下市温泉「秋津荘」はすぐそこまで。

左側に見える看板のところで左折すれば敷地内に入ります。

温泉の建屋の様子は次回にて!
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奈良/下市 箸の無人市

奈良県吉野郡下市町、下市町役場を下りて再び国道309号線を南下します。
 
商店街などからは完全に外れ、ひっそりとした中に小さな会社が点在するエリアです。地名は下市町善城とあります。

この先にある標識は天川23km、黒滝17kmとあります。
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上の写真で左カーブに差し掛かろうとするところ、善城口というバス停があります。
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しばらく歩いているとお箸の無人市がありました!

箸のまち下市ですが、箸の無人市なんて生まれて初めて出会いました。

オール手書きのこの看板たちには目が惹きつけられます。
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市の中身の商品です。

吉野杉のお箸がいっぱいです。一応「防犯カメラ録画中」と貼ってあります。
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国道309号は今度は右へ折れます。下市の商店街を過ぎた所で分岐していた県道48号と再合流します。
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上の地点から国道309号を歩き続ける事5分、下市南小学校・幼稚園併設の校舎がありました。 

窓の外は川に田んぼと実にのどかな環境の所にあります。

ここまで成り行きでだいぶ歩いてきてしまいましたが、下市温泉を目指す事とします。下市口の駅からは5~6kmになりますが、ここまで行ったら惰性ででも歩きつけそうなので…、という訳で続きます。
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奈良/下市 わかれみちから下市町役場

奈良県吉野郡下市町、国道309号線を南下し商店街を流していましたが、国道はここで右折となりました。

下市町の主要施設はこの先に集中しているようです。

また周辺の他町村へのアクセスもこの道路を進む事となり、
西吉野村・15km
黒滝村・18.8km
洞川(どろがわ=天川村)・25.4km
そしてナント十津川村に至っては、75kmとなっています。
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下市町の周辺市町村の位置関係はこのようになっています。
電車の駅があるのは北部の御所市、五條市、大淀町、吉野町のみであとは全く鉄道が通っていません。

尚、この中で西吉野町は合併のため自治体としては現存しておらず、また十津川村は距離がありすぎて接していませんが南西方面に位置しています。
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国道309号線を右折して道を行きますが、すぐに左折する事となります。
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上の写真の道の突き当たりの部分です。

下市町の主要施設はこの左右に分かれますが、他町村へは左側を進む事となり、今回のこの歩き旅でも左折して進みます。
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左折して2分そこらでこのような分岐点に至ります。

十津川村と西吉野へは右に折れて県道20号(下市宗桧線)を進むこととなります。黒滝・天川は左カーブを進み、今回もこの左側を行きます。
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左にカーブしてすぐに下市町役場前のバス停(手前左)に出くわし、右の茂みの手前には坂を上れば役場に至る道が現れ、この坂を上っていきます。 
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坂を上ればすぐに下市町役場が見えます。

人口7000人弱の割に大きな規模の立派な建物です。かっては1万人以上居た名残なのでしょうか。
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役場入口には「せんとくん」のポスターが貼ってありました。

下市口駅から雨に降られつつ歩きっぱなしで、約1時間、しばし休憩でこの空間にたたずみ、またここを下りて国道を進んで行くとします。 
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奈良/下市 銭湯と商店街と

奈良県吉野郡下市町、国道309号線下市郵便局を南へ過ぎた辺り、西へとそれて橋を渡ろうとするところです。

下を流れる川は秋野川、吉野川系の一級河川です。
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その秋野川の川辺もまたこのような素晴らしい光景に出会えます。

この辺りはこれでもか、と言うほど川辺に家々が並んでいて、それはまるでかつて行った京都の伊根の舟屋を連想します。
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最初の写真で橋の向こうに写っていたのは銭湯「日の出湯」です。

この歴史を感じさせる建物のつくりもまた素晴らしいです。

昼過ぎに通りかかったものでまだ営業していなかったと思われます。
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再び国道309号に戻り南へ歩き続けますが、この左側のコンクリートの建物が続く景色がまた不思議な感じでした。味気ないいかにもコンクリート丸出しの建物が続いているのが。
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差に進むと大峯町商店街と銘打たれたエリアに差し掛かります。
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すぐ手前に下阪町と看板のあった辺りです。

昔ながらの建物の歯医者さんが非常に印象的です。
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更に南へ、国道309号は右へ折れることとなり、直進すると県道48号となります。商店街的な中心エリアは一旦ここで途切れ、今回はここを右に折れて旅を続けます。
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2009年12月19日 (土)

この役者にこのアタリ役(第1回)

日本の俳優で、この役者さんといえばこの役(或いは演じていたドラマ)を真っ先にイメージする、というものを挙げてみたいと思います。

第1回「昭和ひとケタ前半生まれ男優編」

昭和ひとケタ前半という事で、対象はやや半端ですが、昭和元~4年生まれの男性の俳優さんで私が「個人的に」真っ先にイメージする役です(ジャンルにかなり偏りあり、ですが…smile、以下敬称略)。この年代になると故人の方も多いですが…

役者名の()内、Sxxは生まれたとされる昭和の年、番組名の()内は演じていた西暦を知る限りで載せてます。

植木等(S2)「ザ・ハングマン」シリーズ(80-82、84、85)辻雄太郎(パンのちオショウ)
井上昭文(S2)「西部警察PARTⅡ」(82-83)浜刑事
北村和夫(S2)「俺たちの勲章」(75)課長
垂水悟郎(S2)「赤い迷路」(74)桜井
南原宏治(S2)「大非常線『誘拐プロフェツショナル』」(76)ゲスト・犯人役
平田昭彦(S2)「太陽にほえろ!」(73?-83)西山署長
荒井注(S3)「爆走!ドーベルマン刑事」(80)森警部
渥美清(S3)映画「男はつらいよ」シリーズ(69-96)寅さん
梅津栄(S3)「必殺仕事人Ⅳ、Ⅴ」(83-85)玉助
江幡高志(S3)「太陽にほえろ!『その灯を消すな』」(73)ゲスト・労務者風の男
遠藤太津朗(S3)「銭形平次」三輪の万七
金田龍之介(S3)「江戸を斬るⅡ」(75-76)鳥居耀蔵
佐藤慶(S3)「新・必殺仕置人『解散無用』」ゲスト・辰蔵
下川辰平(S3)「太陽にほえろ!」(72-82)野崎太郎(長さん)
田村高廣(S3)「助け人走る」(73-74)中山文十郎
深江章喜(S3)「太陽にほえろ!『その灯を消すな』」(73)ゲスト・町のヤクザ役
牟田悌三(S3)「ケンちゃん」シリーズのおとうさん
仲谷昇(S4)「もう誰も愛さない」(91)
青木義朗(S4)「大捜査線」シリーズ(80)
犬塚弘(S4)「青春諸君・夏」(80)
大川橋蔵(S4)「銭形平次」(66-84)平次
加藤武(S4)「騎馬奉行」(79)
神山繁(S4)「燃える捜査網」(75-76)刑事部長・高森
高松英郎(S4)「必殺仕置人」(73)天神の小六
若山富三郎(S4)「賞金稼ぎ」(75)錣市兵衛
渡辺文雄(S4)「非常のライセンス」シリーズ(73-77、80)橘警部

奈良/下市 金融機関街

奈良県吉野郡下市町、聚福山本禅院付近から。左向こうにはNTT下市ビルが見えます。

この昔ながらの風景に朱塗りの橋が際立っている感があります。
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川の流れは激しさを感じさせます。 
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ここもまた川沿いに見事な崖屋づくり風の建屋群、どこで見ても見事です。
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「下市今在家」バス停付近です。

商店街的なエリアで中京銀行など金融機関もあります。
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先ほどの中京銀行のすぐ手前、下市八幡神社の入口を横目に。

ここもまた古風な雰囲気をもった看板・建物です。
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直進を続けて、すぐに下市郵便局。町の中心郵便局ですが、郡部の郵便局の中では大きい部類に入ると思います。

この先も町の主要道を進みます。 
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奈良/下市 西迎院より

奈良県吉野郡下市町、近鉄・下市口駅から徒歩にて町に入り、駅から約10分歩いてここは西迎院というお寺、バス停もそのままの名前です。

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お寺の山門です。以下、引用です。

当寺の開創は応永 4(1397)年である。開基は了誉聖冏上人であり、吉野地方における浄土念仏の根本道場として建立される。建造物としては、本堂、文化6(1809) 年、鐘楼、寛延2(1749)年、山門、安永8(1779)年の建立で、その後大きく修理している。庫裏は成徳2(1712)年、客殿は江戸時代初期の建 造であったが荒廃のため、平成15(2003)年に新築する。

法守山本誓寺西迎院、
浄土宗のお寺で、この山門は1779年建立でその後大きく修理しているとあります。
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本堂は1809年建立、これも大きく修理しているのでしょうか。

侘びさびを感じる簡素な庭園というイメージでした。
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お寺を下りて、再び通りを進みます。

右の看板に昭和40,50年代を感じます。すっかり廃れてしまったようですが…
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ちょっと横道に入って、この通りも渋いものがあります。

向こうにはNTTの下市ビルが見えます。
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坂を上って眺めた景色は、最初の千石橋から見たような、やはり崖屋づくり風の建屋群でこれまた素晴らしい景色に出会えました。
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2009年12月18日 (金)

奈良/下市 崖屋づくりの家々

奈良県吉野郡下市町、奈良県中部やや西側に位置する人口6,986人(2009.10.1現在)で、これまで奈良県でも色々お伝えしてきましたが、いずれも村ばかりで「町」は初upです。奈良県の町では最も人口の少ないところになります。

町内に駅はありませんが、隣の大淀町との境目付近に近鉄・下市口駅があり、ここから徒歩すぐで町内に入る事ができ、また駅前のバスセンターからバスで町の中心部へアクセスできます。今回は徒歩にて町に入りました。(訪問・2009年7月)

下市口駅から歩いて10分もしないうち(400~500m程度)に、この千石橋の辺りからが下市町です。
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下を流れるのは吉野川です。この辺りの川沿いに建つ家々、崖屋づくり的な立ち方が非常に印象的な光景です。川の流れはこの辺りがカーブのど真ん中で、かなりうねっています。
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橋を渡り切った所に下市町の観光案内図がありました。

現在地は右端の川のところで、町のほんの入口で、この先の通りが町の中央的なエリアになります。
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ここも橋を渡りきったところ。

下市町は、手形発祥の地で箸のまち、三宝のまち、などとあります。
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すごい所にたこ焼き屋さんが建ってます!!
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石造りの橋が渋いです。
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駅がないという事でなかなか行かなかった町ですが、心踊るような素晴らしい景色がそこかしこにあり、いい旅になりそうと思って歩いていたものです。更に町の中央を歩き続けていきます。

2009年12月16日 (水)

島根/吉賀 旧柿木郵便局と帰り道

島根県鹿足郡吉賀町、柿木小学校を後にして、そろそろ帰りモードで柿木温泉口バス停へ向かいます。まずはこの相生橋を渡ります。

「吉賀町ふるさと夏祭り」はこの相生橋周辺を会場として行われるそうで、約3000発の花火が上がるそうです。
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相生橋から見た高津川の眺めです。

この辺りはかなり石が多く見えています。この右岸に見える辺りを通って行きます。
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旧の柿木郵便局です。

現在の郵便局は国道187号上に丸みを帯びたユニークな建屋がありましたが、旧のものは荘厳な雰囲気の立派な建屋で、1935年(または1938年)築だそうです。

定額貯金のリスの絵が塀に書いてあるのが、なんとも微笑ましいです。
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〒のマークの周りに装飾が昔っぽく重厚感のようなものも感じられます。

窓の形も長細くてスタイリッシュに感じます。 

入口屋根が半円状になっていてアーチのようで、どこをとっても素晴らしい形に見えます。
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キャッシュコーナーの跡がありました。

いつ移転したのか分かりませんが、それなりに最近まで使われていたのではないかな、と思ったりします。
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少し進むと、真言宗報国寺への参道ならぬ長い階段がありました。

見ただけで上る気をなくすような階段で…。 
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昔ながらの道路標識がかかっています。

突き当たりは国道187号線で右は岩国へ69km、左は益田へ42kmとなっています。

突き当りから程なく、柿木温泉口バス停があります。

ここから広島行きのバスに乗って帰ります。

というわけで吉賀町の旅・終了です。今度は旧・六日市町にも行ってみたいものです。
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2009年12月15日 (火)

島根/吉賀 元中学校から現小学校へ

島根県鹿足郡吉賀町、国道187号線から県道3号に入って栄泉寺を訪ねて下りた先です。 

これは元・小学校でしょうか…。旧・柿木村には5校あった小学校が1960年代に軒並み廃校となり、1校になったといいます。しかしこの建屋の裏は187号を歩いていた時に見たような…、まだ現役で使用されている建物と思われます。

※その後の調べで、この建物は現在エコビレッジかきのきむらとして使用されている事が分かりました。旧柿木中学校です。

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上の写真の左側に一部写っていたのは、この木です。

とっても気になる木です。一本だけ高くそびえ立っていて。
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旧・柿木役場前、というバス停名になっています。合併前はこの「旧」の字がなかったのでしょう。役場の真ん前ではなくやや距離がありますが。旧・中学校前みたいな感じです。
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県道3号を道なりに進みます。

この辺り若干商店が立ち並ぶ商店街的な雰囲気があります。
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上の写真の市から進み、交差点まで出れば一層商店街っぽさが感じられます。

信号を右折すれば先には小学校が見えます。
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柿木小学校です。

旧柿木村では唯一残る小学校だといいます。

「よく遊べ」とは子どもたちにとって嬉しい事が書いてあるもんです。
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2009年12月14日 (月)

島根/吉賀 栄泉寺にて

島根県鹿足郡吉賀町、道の駅「かきのきむら」を後にして、国道187号線から県道3号に入ります。 

新南陽津和野線、ここは吉賀町柿木村柿木です。柿木村の地名は吉賀町に合併後も残っているわけです。
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道なりに進むと程なく、栄泉寺というお寺に出くわしました。

石見観音霊場33番札所のうちの第16番札所、曹洞宗のお寺さんです。
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荘厳な石垣を壁に階段を上っていきます。
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鐘堂の屋根の下は見事な装飾がなされています。
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本堂は石見らしい瓦の屋根で立派な木造建造物です。
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栄泉寺の観音の由来として説明看板がありました。

観音様は大智慧と大慈悲の権化であると書かれています。
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去り際に目にしたインパクトある看板です。

この山高い古きお寺に居る間は自分も仏である、と。大変分かりやすいです。

心身を清め、平地に降りて町めぐりを再開します。
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島根/吉賀 道の駅「かきのきむら」にて

島根県鹿足郡吉賀町、道の駅「かきのきむら」に到着しました。 

駐車場はかなりスペースがとられ、その向こうには特産品販売所とレストランがあります。
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ここは休息館・道路情報コーナーとありました。 
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道の駅の施設案内です。

1589年に毛利検地が行われた際に検地役人が柿木屋敷に寝泊りした事から「柿木」の地名がついたのだとか。

この道の駅は平成8年に登録されたという事で、かなり早い部類に入るのではないかと思います。
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かきのきむら総合案内として、地図や村内の各名所の紹介があり、柿木温泉「はとの湯荘」やこの道の駅、付近を流れる高津川についても紹介されています。
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柿木村(吉賀町)の位置について地図が示されており、山陰でも山陽でもない内陸部にあることが分かります。島根県というよりもほぼ山口県、に位置しているようにも見えます。

最も近い都市は益田市(41km)ということになりましょうか。
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次回は、道の駅を出て県道3号線に入り、町めぐりします。
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2009年12月13日 (日)

島根/吉賀 道の駅への道

島根県鹿足郡吉賀町、国道187号線を柿木大橋から道の駅かきのきむらへ向かうところです。

橋を渡りきったところ辺りにあった吉賀町商工会の柿木支所です。商工会の本拠は旧・六日市町側にあり、こちらは昔ながらのコンクリートの建造物です。
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更に国道を進むと、右手に郵便局が見えてきました。
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柿木郵便局、なかなか凝った形のユニークな建物です。

円形の屋根が印象的で、建物の色もグレーと郵便局らしからぬ感じがまたいいです。
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道の駅はまもなく。

左折すると県道3号、山口県の新南陽に至ります。 
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吉賀町役場の柿木庁舎です。

新しさを感じさせる立派な建屋です。旧柿木村時代よりあり(その頃は村役場)、合併前2004年の台風で瓦が吹き飛ばされた写真がどこかのページに載っていました。

真ん前に大きな岩のモニュメントがあってね柿木村の誕生は1888年明治政府から市町村制を許可されて、柿木村が誕生し村役場が開かれる、とあり、
1889年の人口は2360人、
2000年の人口は1926人、
と刻まれています。

全体人口の少なかったであろう明治と比べても人口が減っているんですね。
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道の駅かきのきむら。到着です。

最近はのどかな村でも、道の駅が存在する事によって人けのある場所ができるようになってきた感があります。
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島根/吉賀 柿木大橋付近

島根県鹿足郡吉賀町、柿木温泉「はとの湯荘」を後にして、再び国道187号線の手前まで。そこにあった小さな神社への階段を上がっていきます。
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道の向こう側が、ここへ降り立った時に着いた柿木温泉口バス停の辺りで、手前へ行くほどに道の駅へと向かいます。
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上の写真と反対に向こうが「道の駅かきのきむら」方面です。

集落がありながらものどかな村である事が窺えます。
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という訳で、下りて道の駅かきのきむらへ向かいます。

国道187号線を「ひとはなライン」と呼ばせています。
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上の写真で横断歩道のすぐ向こうの地点から架かっている「柿木大橋」です。
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橋の下を流れているのは高津川(たかつがわ)。

島根県西部の代表的な川のひとつで、延長は約81kmあります。

一級河川としては日本唯一、支流も含めてダムのない川で、また国土交通省の水質調査で一級河川としては2007年、2008年と2年連続で第1位に選ばれたという川です。
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史跡・「柿木の渡し場と籠立て場」の説明板です。

1699年に道が作られてから、津和野藩の参勤交代のルートに使われ、1700年には橋が架けられたもののわずか数年で流失、1724年に再建後も1736年に今度は焼失し、以後舟渡しとなったといいます。藩主は籠立て場で籠から降り、歩いて渡し場へ向かったとあります。何気なく見えるものにも歴史ありですね。

少しずつ、道の駅へ近づいていきます。
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島根/吉賀 柿木温泉「はとの湯荘」へ

島根県鹿足郡吉賀町、旧・柿木村の柿木温泉口バス停に着き、すぐ近くの温泉に向かいます。

国道187号線をそれ、このような道路に入っていきます。

この向こうに介護支援センター、温泉と続いていきます。
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柿木村というだけあってか?!柿の木が目に飛び込んできました。
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柿木温泉「はとの湯荘」に着きました。

この角度から撮りたかったのですが、どうしても逆光で…。
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入口に説明書き(記事)がありました。

鉄分が多く茶褐色の湯で…とありますが、本当に赤に近いくらいのはっきりとした独特の色のお湯でした。
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建物の真ん前においてあった無人市?!で、さつまいもや栗が売っていました。

この向こうはすぐ受付なので、割に人の目があり、ちゃんとお金を入れていかないと…です。
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島根/吉賀 柿木温泉口

島根県鹿足(かのあし)郡吉賀(よしか)町、島根県の南西端に位置し、鹿足郡の旧・六日市(むいかいち)町と柿木村(かきのきむら)が合併して現在の吉賀町となりました。人口は6,856人(2009.10.1現在)で、この「吉賀」はかつてこの辺りの地域名だったという事で合併によって昔の地名を取り戻した事となります。

今回の吉賀町訪問は、旧・柿木村エリアです。かつて県内に住んでいながら西部のこのような所には無縁の生活で、よく柿木村という名前は聞いていたので、一度は行きたいと思っていました。(訪問・2009年10月)

アクセスは、
JR山口線・青原駅(島根県鹿足郡津和野町)

  ↓徒歩約20分

道の駅・シルクウェイにちはら(日原)

  ↓バス約30分

で、この柿木温泉口バス停にたどり着きました。

少し手前の道の駅で降りてもよかったんですが、ここも温泉が近くにあるのでよかったというものでした。

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柿木温泉口のバス停の時刻表がありました。

上は六日市交通の時刻表で、南の六日市(同じ吉賀町内)行きが1日3便ありますが、日曜は完全運休でした。

下は石見交通の時刻表、広島行きが1日6便もあり、意外と広島からのアクセスがし易いことが、ここへ来て分かりました。 
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バス停付近の街並みです。

国道187号線、向こうが六日市・広島方面です。
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同じバス停ですが、反対側はこのような木造の小屋つきになっていました。
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国道187号を引き返し、道なりに進めば「道の駅」ですが、ここでは左折して温泉へ向かいます。続きは次回にて。。
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2009年12月12日 (土)

和歌山/由良 JR紀伊由良駅から

和歌山県日高郡由良町、JR紀伊由良駅から少し歩いてみます。

駅ホーム跨線橋から見下ろした駅前の様子です。

駅前はロータリーはなく、広場状態で、真ん前にタクシー会社があります。

駅から出ている通りは大変短く、すぐ国道と交差します。
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駅前にある由良町観光案内図です。

海沿いの町ではありますが、駅自体はかなり内陸部にあり、海岸まで出るには10kmほども要します。
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駅からわずか数十メートルでこの国道42号線に出て、すっかり市街地といった雰囲気です。駅への標識がありますが、単に「由良駅」と表記されています。
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国道42号、上の写真と反対方向です。

ローソンがあったのでちょっと買い物しました…
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更に進むと中紀バスというバス会社がありました。本社はこの由良町にあります。
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バスがずらりと並んでいました。

カラフルです、随分と…
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国道42号を右へ折れる道、白崎海洋公園へ至る道です。

近ければ海を見に行くんですが、10km近くでは徒歩の身には厳しいものがあり、こんな道がある、といった記録に留める程度としておきます。

という訳で、特に何を見たというもなく、駅前の道を少し歩いてみただけの由良町でしたが、この時は他にも何箇所も訪問していたのでこれまでです。
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JR紀伊由良駅 (和歌山県日高郡由良町)

和歌山県日高郡由良町のJR紀伊由良駅です。

 

和歌山県の最西端の近くに位置し、海に面しています。この辺りの海は瀬戸内海の境目の辺りです。人口は6,700(2009.10.1現在)です。

 

由良町内唯一の駅で、開業は19281028(訪問は20098)で、1日あたりの平均乗車人員は438人/日(2006)です。JR紀勢本線に属し、近隣の都市駅としては南へは御坊駅までわずか2駅、北へは有田市の箕島駅まで5駅で到着します。

 

由良の名のつく駅名は割に多く、私が行っただけでも、

丹後由良駅(北近畿タンゴ鉄道・京都府宮津市)

由良駅(JR山陰本線・鳥取県北栄町)

本由良駅(JR山陽本線・山口市)

とあります。

 

両隣とも長い駅名です。

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興国寺の最寄駅で、尺八・味噌・醤油とまぁ色んなものの発祥の地なんですね…。 

 

興国寺は源実朝の菩提を弔うために創建されたお寺といわれています。

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駅ホームは2面3線の構造で、両ホームは黄緑の跨線橋で結ばれていますが、屋根無しのものとなっています。 

右側が駅舎ですが、左側ホームは両側に短い庇がついているだけです。

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跨線橋からのホームの風景です。

 

丁度電車が走ってるところです。この辺りは本線といいつつも本数がいまひとつで多くの所に一度に訪問するのはなかなか難しいものがあります。

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名所案内です。

興国寺、白崎海岸、白崎少年自然の家、衣奈海岸等々ありますが、興国寺以外は少々距離があります。

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紀伊由良駅の駅舎です。

 

平屋の昔からよくあるタイプの駅舎です。

 

真ん前にタクシーが停まっていました。それなりの利用があるのでしょうか。

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2009年12月11日 (金)

長野/木祖 村役場から藪原駅へ

長野県木曽郡木祖村、木祖村役場を後にします。

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木祖村役場を離れ、わき道に入ろうとしたところです。

昔ながらの雰囲気に満ち溢れた建屋群が目に入ります。

手前左の建物は七区集会所とありました。
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脇道を入り、来た時と同じ旧宿場町を思わせる道路を通って、藪原駅まで200mという所まで戻ってきました。この丸太小屋の階段を下り、地下歩道を通って藪原駅の入口へと向かいます。
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地下歩道の中は、メルヘンチックな壁画が描かれています。

こういう絵があるとないとでは全然雰囲気が違いますね。
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地下道をくぐって駅入口側へ上がってきました。

右が駅方面ですが、鳥居峠へ至る看板が反対側へ出ています。駅から見ると藪原宿の街並みとは反対側にあります。 
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藪原駅はすぐそこ、車が停まっている群れの向こう右側にあります。

左側の建屋群が駅前の街並みという事になります。
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藪原駅まで戻ってきました。

左側が駅舎で、駅前はこのようなただっ広い広場スペースとなっています。
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駅舎にあった建物財産標です、M43年9月と開業当初の建物であることが分かります。

さて、木祖村の旅もこれにて終了、一連の木曽路郡部シリーズはひとまず終了となります。
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2009年12月10日 (木)

長野/木祖 野麦街道から木祖村役場

長野県木曽郡木祖村、中山道・藪原宿の宿場町の雰囲気を漂わせる街並みを抜けて、県道26号奈川木祖線に出ました。

道から川を隔てて山の方を眺めるとこのような景色が。
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山より手前の川はこのような景色でした。

向こうにも山が…、さすが木曽です。
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この県道26号は野麦街道とも呼ばれ、向こうへ進むとあの野麦峠に至ります。昔、映画でもテレビでも見たことがあります「あゝ野麦峠」。
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その野麦街道を引き返す形で藪原駅方面へと違う道を通ってたどり着いた「木祖村役場」です。

微妙に左右対称でない建物はなかなか小奇麗で村役場といった雰囲気ではありませんでした。

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土曜日の訪問だったので、さすがに休みでした。
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村役場前のバス停、かなり素晴らしい建物です。

バス停にこれだけ金がかかってるとは… 
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中身もこのように立派なものです。

こんなバス停ならしばらく待っててもいいくらいです。 
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これから藪原駅へ戻っていきます。

2009年12月 9日 (水)

長野/木祖 中山道・藪原宿を行く

長野県木曽郡木祖村、中山道・藪原宿の道を歩いていきます。

藪原宿は前回記事でもお伝えしたように距離的に江戸と京のほぼ中間地点に位置しますが、宿場としても中山道六十九次の35番目という事で丁度ど真ん中に当たります。

まだ商店街の本の入口、というか本格的に商店街が続いている雰囲気でもないようなところですが、かつての宿場町の雰囲気が徐々に感じられるようになってきます。 
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上の写真の左側にも見えていましたが、藪原宿高札場跡がありました。

江戸時代の法度や掟書きなど情報伝達の看板のような役目をしていたのでしょうか。実際にこの場所に高い建造物として高札があったそうです。
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更に進んでかなり宿場町を思わせる雰囲気になってきました。

この辺りは「お六櫛」(おろくぐし)が昔からの伝統工芸で、そのようなお店も見られます。
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木祖村東側の鳥居峠が木曽川と信濃川の分水嶺となっており、木祖村は「源流の里」とされています。このためか湧き水があちこちに見られ、水車も見られます。暑い時には大変助かるでしょうね。
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すっかり商店街、それも昔の雰囲気がどことなく残っている通りへ。 
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「木曽路」の看板が見られますが、長野の地酒です。
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藪原宿の防火高塀跡です。 

1695年、藪原宿の大半を焼失させる大火があったそうで、そこで防火対策として各戸1間につき1寸の割合で提供しあって上横水と下横水(現在の二又)の二箇所に四辻の広小路をつくった、とあります。文化年間には広小路に土を盛り、石垣を築き、その上に高い土塀を作って防火壁としこれを高塀と呼んだ、とあります。この中で現存しているのは石垣の一部のみだそうですが、かつての宿場町でこのような高土塀を造っていたのは珍しいとの事でした。
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水車がリズミカルに回っていました。

ついつい見入ってしまいます。
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2009年12月 8日 (火)

長野/木祖 JR藪原駅裏へ

長野県木曽郡木祖村、JR藪原駅から歩き出します。

右手前が駅の位置です。ここから線路に沿ってこの下り坂を進みます。

駅前の通りには旅館がありました。
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下り坂を進み、線路の下をくぐって、駅裏へ出ました。

ここから進んで藪原宿の道へ入っていきます。

この道は県道26号・奈川木祖線で、上高地53kmとあります。
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上の写真で見えていたJAの看板辺りの角、看板の向こうの建物は木祖村・村民センターで、この看板は旧中山道・藪原宿の通りを中心とした案内図です。

ここを右折して入っていきます。
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右折して程なく、このような機関車(D51)が停まっていました。

昭和14年製で昭和48年まで現役で走っていたそうです。

なぜここに保存されているのかが全く分かりませんでした。

囲いも何もなくて大丈夫かな…?と思ってしまうのですが…。
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藪原宿の中山道一里塚の跡。

江戸より六十六里、京へ七十里とあり、ほぼ中間地点にあたります。

原型は見られず、この地を一里塚と呼びその名を留めている旨の記載がありました。
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さていよいよ、本格的に藪原宿のほうへ入っていきます。

ってこの辺はまだ道が続くだけですが、向こうは商店街となっている模様です。

この辺りは次回にて!
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2009年12月 7日 (月)

JR藪原駅 (長野県木曽郡木祖村)

長野県木曽郡木祖(きそ)村のJR藪原(やぶはら)駅です。

 

長野県のど真ん中よりやや西部に位置し、南隣には同じ読み名の「木曽」町があります。木曽町自体は2005年に合併により新設された町ですが、漢字表記こそ違えど「きそ村」と「きそ町」が隣り合って共存しているのは非常に奇怪な現象に思えます。人口は3,187(2009.10.1現在)です。

 

木祖村内唯一の駅で、開業は1910105(訪問は200911)で、1日あたりの平均乗車人員は192人/日(2005)で、大桑駅よりはやや多くなっています。JR中央本線に属し、この辺りは郡部が続きますが、それらの北限にあり、次の北隣・奈良井駅から塩尻市に入ります(ちなみにみやのこし(宮ノ越)は木曽町の駅です)。なので近隣の都市駅は塩尻駅で6駅で到着します。

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名所案内として、あの「上高地」が載っています。上高地への最短経路との事で距離にして54kmとあります。中山道の難所、鳥居峠というのもあります。

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右が駅舎側で、ホームは2面3線、両ホームは跨線橋でつながっており、オレンジラインのこんな電車が走っていました。

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跨線橋の中は割に綺麗で、板張りになっています。

 

優等列車が停まらない割には通路幅は広いですが、掲示物は全くありませんでした。

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跨線橋を渡って駅舎側へ出ると、このような歓迎看板が出迎えてくれます。

 

村の駅の割にはなかなか立派なものがあるなと思いました。

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駅舎出入口のアップです。

 

非常に立派な木造駅舎で、建物財産標にもM43年9月とあり、開業当時の建物である事が分かります。

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段々引いた駅舎カットをお届けします。

 

白壁と斜めにかけられた骨組みの織り成す美しい建屋です。

 

 

駅のまん前にバス停があります。来た時はタクシーは1台も停まっておらず、駅前はロータリー状ではなく、広場となっています。

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長野/大桑 大桑駅周辺の景色

長野県木曽郡大桑村、JR大桑駅から少しだけ歩きました。

駅出てすぐの目線です。このまっすぐ続く道が駅前通りという事になりましょうか。高い建物は見られません。また、タクシーも停まっておらず、バスも見かけずでした。バスはこの写真では隠れていますが、左へ伸びる道すぐの所に停留所がありました。
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大桑駅周辺の地図です。

左の緑帯が大桑村の全体図で、右が大桑駅周辺の拡大図です。

真ん中の赤い部分が現在地で、駅前にまっすぐ伸びている道は地図では左下へと伸びています。
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駅出てすぐ左には石造りの造形物と共に碑が置かれていました。

碑は当駅が大桑村関係者の運動などにより悲願の開業に至った事、またこの駅が開業されたことが明けの鐘となった事等が刻まれ、1966年、駅開業15周年を記念して設置されたものです。
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駅から直進して一つ目の角、昔ながらの雰囲気満点なお店に出くわしました。

突き当たりに「大桑村」と壁画があるのが大桑村役場の入口です。
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角を曲がって右には、大桑郵便局がありました。

人けのない、穏やかなこの大桑一帯で唯一人の気配が感じられた?!所でした。
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「大桑村」の壁画の所から坂を上って至った大桑村役場です。

土曜日もあってかひっそりと静まりかえっていました。
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村役場前から見下ろした大桑駅周辺の様子です。

下り坂の突き当たりにあるのが大桑駅です。

向こうにそびえる山がまた雄大で、なんとも絵になる景色でした。

ここから下りて駅へ戻ります。
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JR大桑駅 (長野県木曽郡大桑村)

長野県木曽郡大桑村のJR大桑駅です。

上松町は長野県の南西部に位置し、南木曽町の北隣、上松町の南隣にあります。個人的には長野県で初めて訪ねた「村」で、人口は4,228(2009.10.1現在)です。

 

大桑村内にはいずれもJR3駅もあり、そのうちのの中心駅で、村役場はすぐ近くにあります。両隣ののじり(野尻)もすはら(須原)も同村内の駅で、両駅共に旧中山道宿場町でした。

開業は195191(訪問は200911)で、1日あたりの平均乗車人員は153人/日(2005)です。この数字は村内3駅の中で野尻駅(173人/日)よりやや少なくなっています。JR中央本線に属し、上松同様この辺りは郡部が続きます。近隣の都市駅としては中津川駅が7駅と最も近くになります。

 

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ホームは2面2線、両ホームは跨線橋でつながっています。

ここのホームではややカーブを描いています。

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ホームから見ても分かると思いますが、跨線橋の通路はかなり狭いものです。

中は何も掲示されておらず、ライトグリーンの塗装がなされているのみです。

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名所案内です。

神社やお寺が1kmそこそこのところに1つずつ、温泉は5km、いずれも徒歩時間しか書いていないのですが、バス等では行けないのでしょうか…??

一見したところ、何かがありそうな雰囲気ではありませんでしたが…、村役場はすぐ近くにあります。

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こちらは駅舎側のホームの跨線橋手前です。

木曽福島、塩尻、長野等北方面へ向かう場合は、これを渡って向かいホームで待つ事となります。 

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大桑駅の駅舎です。

ブルーの屋根の木造平屋駅舎で、入口横には電話ボックスが設置されています。 

この沿線では郡部が続くものの駅舎を持つ駅が多く、見ごたえはあると思います。

この先はほんの少しだけ寄った記録を次回お伝えします。

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2009年12月 6日 (日)

長野/上松 木曽氏館跡

長野県木曽郡上松町、中山道・上松宿付近の玉林院の裏手にある天神山・木曽氏館跡へきました。

ほんの小高い丘の上にちょっとした看板と、更に階段を上がって建物が。 
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木曽氏19代目当主・木曽義昌(1540~95)の弟である上松義豊(上松蔵人とも称す。生没年不詳)が居館としていたとあります。ちなみに木曽氏というのは、あの木曽義仲(源義仲)を祖とする子孫と伝えられます。

すぐ下の玉林院の玉林和尚は17代当主義有の弟で、その大叔父にあたる和尚が義豊にこの地を与えたそうです。義豊は兄・義昌の子、つまり甥の義利と折り合いが悪く、その甥に遂には殺害されてしまったそうで、この事件により義利は改易されてしまいます。

この建物自体は神社の拝殿のように見えますが、付近に鳥居もないし、なんなんだろう…と思わされます。辺りの斜面が城郭というか居館というか、そういったものを思わせる雰囲気ではあります。
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居館跡から上松の町を見下ろせます。

やや左側にトンネルが見えますが、国道19号線、この辺りはトンネルばかり通っていて、その合間の道がここから見えています。

木曽は山の中、、とはよく言ったもんで至る所山です。

そんな上松の紀行はこれにて!次は大桑へまいります。
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長野/上松 玉林院にて

長野県木曽郡上松町、中山道・上松宿の上町手前からそれて玉林院(ぎょくりんいん)に入っていきます。

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最初の門を入って、メインの門の前です。

この門は1766年落成といわれる町指定文化財です。1893年に玉林院自体が火災に遭い、本堂や庫裡が消失してしまったのですが、この山門鐘楼は残りました。
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見事な本堂です。

先述の通り明治時代に消失してしまったので、それ以後のものなのでしょう。

長野県の木曽の方で特によく見る、白壁に柱と貫といった構造、JRでもこの上松と同じ沿線の木曽福島駅や南木曽駅などもこの部分が強調されたような構造になっています。この辺の文化なのかな…、よく分かりませんが。
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観音堂です。

これも新しそうな建物です。
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最初に入った門と反対側の門周辺を外から。

石積みの築堤も印象的です。
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長野/上松 上松宿あたり

長野県木曽郡上松町、JR上松(あげまつ)駅から歩き始めました。

上松駅からすぐ前の通りにある上松町役場を経て、約100mでこのような幹線道に出ます。

街灯がかつての宿場を思わせ、「ヒノキの里」という小看板も出ています。
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上の写真のいちばん向こうに写っていた分岐点の所です。道なりには金融機関(八十二銀行)があります。十六銀行、とか旧国立銀行系の数字の銀行が昔はもっと多かったような気がしますが、今は一部地銀だけでしょうか。しかしその中でも八十二銀行はユニークで、前身の六十三銀行と十九銀行が合併して、63+19で八十二銀行になったといいます。

上松宿の標識があったので、この道は右折して進んでいきました。
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右へ曲がった所です。

宿場町への入口的な雰囲気も感じなくもないですが。
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上の写真の道の突き当たり付近にあった「本町一里塚跡」。

ここに元々あったものではなく、現存しないようですが、位置としては京へ六十五里、江戸より七十二里、とあります。
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更に少し進むと程なく、「旧中山道 玉林院入口」とあります。ここは次回にてお伝えするとして、ここでは更に少しだけ直進します。
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上松宿・上町の表示がありました。

後から見返しても、この辺りが旧・上松宿の宿場町であったようです。

往時に思いを馳せながらこの街の景色、雰囲気を感じるとなかなか感慨深いものがありますが、商店などではないので長居は禁物です。

という訳で、お寺へ入っていきます。 
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2009年12月 5日 (土)

長野/上松 JR上松駅まわり

長野県木曽郡上松町、JR上松(あげまつ)駅前の様子です。

駅を出ると、これらの商店群が目に飛び込んできます。この少しだけ高い建物群がいい感じです。それなりの駅前風景といった感じで…

パチンコ屋の名称の上には「ひのきの里」と御丁寧に銘打ってあります。
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こちらは駅から伸びている道路で、パチンコ屋の向こうに上松町役場という、ものすごい立地になっています。
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上松町コミュニティバスとして「ひのき号」というのが走っています。

バス停は駅のまん前にあります。
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バス待合室はテントによる仮の建物でした。テントにも「仮バス待合所」と貼ってありました。
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駅前の電話ボックスは、実に見事なヒノキ造りのログハウス風です。これだけ素晴らしい公衆電話ボックスにはなかなかお目にかかれないかと思います。
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駅前はこのくらいで、少し町へ出て見ます。

JR上松駅 (長野県木曽郡上松町)

長野県木曽郡上松町のJR上松(あげまつ)駅です。

上松町は長野県の南西部に位置し、人口は5,354(2009.10.1現在)です。国指定の名称「寝覚の床」があり、列車から侵食された岩々の見事な景観を見ることもできます。

 

上松町内に2駅あるうちの中心駅で、開業は1910105(訪問は200911)で、1日あたりの平均乗車人員は321人/日(2005)です。JR中央本線に属し、特急「しなの」の一部列車が停車しますが、この辺りは郡部が続きます。近隣の都市駅としては北へは塩尻駅、南へは岐阜県の中津川駅がありますが、どちらも10駅程度離れています。

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寝床の床が最寄である事を示す看板があります。ちょっと距離ありますけど…
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上松町は「木曽檜の里」として、駅ホームには神木化された大きな檜の株が置かれています。
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ホームは2面3線で、両ホームは跨線橋で結ばれています。

左側が駅舎側で、右の向かいホームにも待合室を持っています。
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跨線橋のの階段にも「寝覚の床」の絵が。
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跨線橋の通路内は、手すりがつけられています。

ポスターの掲示はありませんでした、特急が一部停車するので掲示でもありそうと思っていましたが…。
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上松駅の駅舎です。

平たい屋根で小さな駅ですが、横にはそれなりの広さがあります。

ロータリーが整備されており、タクシーも停まっていました。

さて、これから駅前を巡ります!
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長野/南木曽 等覚寺にて

長野県木曽郡南木曽(なぎそ)町、中山道三留野宿付近へ向かう道にあった等覚寺。

階段の上にある立派な寺門に白壁の塀、その壁には四角と菱形のくり抜きが交互にありました。
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門を正面から。

曹洞宗のお寺さんです。これまた出くわすのが珍しい…、 
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円空作といわれる仏像です。

江戸時代初期の僧侶で一生に十二万体もの仏像を作ることを祈願したといわれます。

寺の門の両脇にある荒々しい仏像たちでした。柵も網もなく生で見ることができるのがなんともたまりません。 
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中のお堂もまた素晴らしい、荘厳な雰囲気の建物です。

屋根が二重になっているのが、一層荘厳さを増しているように思えます。
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再度外から。

この眺めも実に素晴らしいです。

この屋根たちの競演ともいった雰囲気が…
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2009年12月 3日 (木)

長野/南木曽 南木曽町役場から中山道

長野県木曽郡南木曽(なぎそ)町、桃介橋を南木曽駅方面へ渡ってきて、今度は南木曽町役場へ。

この分かれ道の左側が役場への道です。
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南木曽町役場です。

町役場とはいえ、それにしても小さな建物で意外でした。

屋上では何やら工事をやっていました。
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この辺りは旧・中山道があり、中央本線の沿線各駅は中山道の宿場町がそれぞれ見どころのひとつになっている部分があります。

ここ南木曽駅では妻籠宿や反対側に三留野宿がありますが、この辺りは三留野宿付近になります。
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こんな標識がありました。

ちなみに野尻駅というのは、中山道・野尻宿の宿場町だった所ですが、野尻湖は同じ県内でも全然違う所にある、何の関係のないものです。

写真の右へ出ている等覚寺の方へと進みます。
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ここをまっすぐ進んでいきます。

川が流れる小橋の上です。
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この小橋から、上の川を見上げてみると、このような感じで、階段状になった川がいくつもありました。
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さて次は等覚寺へ。

2009年12月 2日 (水)

長野/南木曽 桃介橋を行く

長野県木曽郡南木曽(なぎそ)町、桃介橋(ももすけばし)を御堪能あれ、という回ですwink

 

橋の手前に桃介橋の概要、として看板が出ていました。

「大同電力社長・福沢桃介により、大正10年末~11年9月にかけて下流の読書(=よみかき:この辺りの地名)発電所(大正10年9月~12年12月完成)の建設用資材運搬路として建設された」とあります。

福沢桃介とは、あの福沢諭吉の婿養子です。その後、町に寄付され、老朽化で通行止めとなり、再び近代化遺産として復元されたとあります。
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さて、これからこの吊り橋を渡ります。

といったところで、名前のある碑と共に橋をcamera

長さ247m、幅は2.7mだそうです。吊り橋で250mってかなり長いですね。
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やっぱりかなり長いです。
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吊り橋の魅力は、揺れとこの手すりの低さと、手すりの下も骨組みだけのところ。このいかにも怖そうな(落ちそうな感じの)見た目と雰囲気がなんともいえません。
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橋の途中で河原に降りられるようになっていて、ここから階段が出ています。
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渡りきった反対側(国道19号線側)からのカットです。

こちらは公園にはなってないので、表示や看板はいささか控えめです。

南木曽へ来たならこの橋は絶対おススメです! 
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長野/南木曽 天白公園にて

長野県木曽郡南木曽(なぎそ)町、前回南木曽駅側から橋を渡らずして終わりましたが、今回思いもかけず橋を渡る機会に恵まれました。

その三留野大橋を渡った先にあるのが天白公園です。
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今年は紅葉をろくに見に行った事がなかったのですが、とりあえずこんな形で紅葉見物を(笑
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先にまたこのような橋があって、これを渡ると本格的に天白公園のエリアに入ります。
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というわけで天白公園の案内図です。

広場の延長上的なもの、という印象でした。
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その案内図のバックには巨大な石が積まれたようになっていました。
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天白公園のメイン広場とでもいいましょうか。

この時期は緑のみならず、赤や黄色の葉が混ざり合い、山や山裾の景色が美しくていいですね。
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すぐ向こうに見えるこの桃介橋を渡ります。

以後次回にて。
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2009年12月 1日 (火)

長野/南木曽 三留野交差点あたりの風景

長野県木曽郡南木曽(なぎそ)町、先週末の予告通りに南木曽からの木曽路の旅のお届けです。

ちなみに南木曽には一度行っておりますが、今回は別な所へ行くための経由地として南木曽で電車待ちが必要となったため、前回とは違ったところを巡ってみようというものです。

国道19号線、三留野(みどの)交差点付近です。木曽川に沿ったカーブがとっても美しい風景がそこにあります。
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この先の川とそこにそびえる山の辺りです。

青空とのコントラストが美しい景色です。
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こちらは反対方向、なので左カーブになっています。

この辺りの木曽川にある石は白いものばかりです。
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三留野大橋の交差点で、左が橋です。

この地点は名古屋から102kmとあります。
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三留野大橋から見た平行に架かっている桃介橋(ももすけばし)です。

今回はバッチリここを渡ってきましたので、後の機会にお届けします。
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