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2009年12月 9日 (水)

長野/木祖 中山道・藪原宿を行く

長野県木曽郡木祖村、中山道・藪原宿の道を歩いていきます。

藪原宿は前回記事でもお伝えしたように距離的に江戸と京のほぼ中間地点に位置しますが、宿場としても中山道六十九次の35番目という事で丁度ど真ん中に当たります。

まだ商店街の本の入口、というか本格的に商店街が続いている雰囲気でもないようなところですが、かつての宿場町の雰囲気が徐々に感じられるようになってきます。 
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上の写真の左側にも見えていましたが、藪原宿高札場跡がありました。

江戸時代の法度や掟書きなど情報伝達の看板のような役目をしていたのでしょうか。実際にこの場所に高い建造物として高札があったそうです。
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更に進んでかなり宿場町を思わせる雰囲気になってきました。

この辺りは「お六櫛」(おろくぐし)が昔からの伝統工芸で、そのようなお店も見られます。
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木祖村東側の鳥居峠が木曽川と信濃川の分水嶺となっており、木祖村は「源流の里」とされています。このためか湧き水があちこちに見られ、水車も見られます。暑い時には大変助かるでしょうね。
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すっかり商店街、それも昔の雰囲気がどことなく残っている通りへ。 
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「木曽路」の看板が見られますが、長野の地酒です。
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藪原宿の防火高塀跡です。 

1695年、藪原宿の大半を焼失させる大火があったそうで、そこで防火対策として各戸1間につき1寸の割合で提供しあって上横水と下横水(現在の二又)の二箇所に四辻の広小路をつくった、とあります。文化年間には広小路に土を盛り、石垣を築き、その上に高い土塀を作って防火壁としこれを高塀と呼んだ、とあります。この中で現存しているのは石垣の一部のみだそうですが、かつての宿場町でこのような高土塀を造っていたのは珍しいとの事でした。
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水車がリズミカルに回っていました。

ついつい見入ってしまいます。
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