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2010年1月 3日 (日)

奈良/東吉野 天誅組の碑から歩き出す

奈良県吉野郡東吉野村、鷲家(わしか)バス停から徒歩で天誅組終焉之地の碑の所までやってきました。

碑の横には「天誅義士の足跡を訪ねて」なる地図がありました。

今回の行程は矢印の付け根部分が鷲家バス停のところ、ここから矢印方向へ進んでいく事になります。

看板には下記のように書いてありました。

血路を求め、足の郷道より銃口の待つ、
鷲家口めがけて斬り込み、散っていった義士たち、
万魁の想いを胸に、燃ゆる紅葉を血に染めながら、
彼等の脳裏によぎったのは、
新しい世の中への確信か、そぼ降る時雨の心細さか

この先至る所に天誅組遺跡として、各メンバーの殉じた地などが現れます。
Himg0027

 

碑のそばに橋があり、これを渡るとこのような遺跡が早速現れました。

天誅組総裁・吉村寅太郎が最期を遂げた所がこの先とされています。
Himg0033

 

地図をupで詳細に撮ったものです。

各メンバーの戦死の地が所々に記されています。
Himg0036

 

終焉の碑を後にして進みます。

左に見えるのは鷲家谷というバス停です。

家は多少並んでいるものの、かなりひっそりとしています。
Himg0039

 

次は一の谷というバス停です。

Himg0042

 

先を進むと、天誅組遺跡に出くわしました。

天誅組前勢の一人・鍋島米之助という人物が敵の銃弾を受けながらも、屈せずに陣に突っ込み、彦根の陣所を突破してここまで来たといいます。休息後の翌朝、発見密告され藤堂勢の銃弾にあえない最期を遂げたとあり、碑には「先生」の肩書きがつけられています。

他の各志士についても先生なる表記で碑が作られています。
Himg0043

これからまだまだ徒歩が続きます。この先は次回にて。

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