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2010年1月 3日 (日)

奈良/東吉野 街の手前

奈良県吉野郡東吉野村、万代橋という橋から川を眺めると、斜めに傾いた赤い橋が見えたので行ってみました。

見事に斜めに下っている橋でした。

足元が弱いと若干怖いかな、という感じですが、この橋を渡ってまた石垣で築かれた階段が続いています。
Himg0060

 

こうして見るとまた素晴らしい景色です。
Himg0062

 

赤い橋を後にして、再び歩き続けます。 

左の木造の建物がすごい所に建っているなと思いました。土台大丈夫?みたいな。
Himg0063

 

今度はこのような橋が見えました。

先ほどの橋に比べると、高さも平行で地味ですが、ある程度の距離内に橋がないと著しく不便と思われ、貴重な橋ではないかな、と。
Himg0064

更に歩き続けて、次に現れた橋には天誅組遺跡がありました。

文久三年旧九月二十一日午前二時半頃、足の郷峠を越して鷲家口に着いた天誅組記録方の伴林光平(南山踏雲録筆者)は、平岡鳩平(後の正二位男爵・北畠治房)と西田稲夫平の二名を伴い暫時休憩後、鷲家口の若者六名とこの向かい下月尾谷を登り小名、三茶屋を経て宇陀(現・大宇陀町)に向かいました。

とあります。ちなみに大宇陀町は今は宇陀市となっています。 
Himg0067

 

この橋のすぐ近くの道にあったのが、「東吉野村山林労働組合」の建物がありました。この旧家風の建物がなんともいえない魅力を放ちます。

「働」の字はにんべんと力だけの字になっています。

炊事場が外にあるのがなんだか…という感じです。最近のポスターも貼られていて現役の建物だと思いますがどうなのでしょうか。
Himg0068

 

更に進んで住宅が片側に続く街並みへ。

結構並びの密度が高くなってきました。いよいよ町の中か…、という期待が胸をよぎりつつ歩を進めます。この先は次回にて!
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コメント

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い致します。

さっそく旅行記たくさんUPされてますね!
あたしも見習わなくてはです。
さかのぼって読ませていただきます☆

こちらこそよろしくお願いします。

ま、年末の旅行記ですが…。
長々引っ張って読みづらい部分もあると思いますが、よかったら読んでやってください!

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