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2010年1月12日 (火)

力士出身地別【北海道】

大相撲初場所が始まりました。

で、相撲に関しての記事を書きたい衝動に駆られ…

昔は力士、とりわけ横綱・大関といえば北海道か青森と相場が決まっているような感すらあったぐらい、道産子力士というのが多かったのですが、今や見る影もなく、海外勢に押される以上に北海道出身力士(関取)はへって行ったように思います。

アラフォー世代なもので、やはり北海道出身力士と聞いて真っ先に思い浮かべるのは横綱・北の湖です。70年代後半はこの人の時代で、「憎たらしいほど強い」とテレビで言ってましたが、同じ事を子どもながら思っていました。同じ横綱・輪島とつくりあげた「輪湖時代」、輪島が朝青龍なら北の湖は白鵬といったところでしょうか。人気力士に対しても壁として立ちはだかり、表情を余り変えないところがヒール的役回りを負わされたような気がしますが、それでも実力はホンモノ。さすがに'80年代に入って輪島引退をはじめ、他のライバルたちも次々に姿を消すようになるとやや下降線をたどるようになって、昭和も60年代に入り新国技館こけら落としの場所、'85年初場所では1勝も挙げられずに31歳の若さで引退したのは、さすがに寂しいものがありました。若い頃に全盛期を迎えたのもあり、やや早い引退となってしまった感がありました。

次に浮かぶのは、昭和の大横綱・ウルフこと千代の富士ですね。人気も実力も十分で、優勝31回の国民栄誉賞力士です。北の湖は横綱時代しか知りませんが、この人は平幕時代からTVで見たことがあります。その頃はまだ100kgもなくて、95kgとかいってましたが、その小さな体で強引な投げ技が印象的で、その為に脱臼を繰り返して番付も落としたといいます。なので大関になった時は半ば驚きました。そんなに強いという印象がなかったので。ところがその大関をわずか3場所で通過し、あっという間に横綱になってしまいました。その当時は北の湖いたし、若乃花、後に隆の里というライバルがいました。この人の凄いのはむしろ30歳を過ぎてからの充実ぶりです。30歳以降の方が優勝を重ね、無類の強さを発揮し、あの53連勝も33歳の時の大記録でした。平成になっても90年代に入っても優勝を積み重ね、通算1000勝の大台にも乗せました。実に36歳の直前まで横綱として君臨、最後は自ら世代交代で引退に追い込んだ貴ノ花の息子である貴花田(後の貴乃花)に破れましたが、それまでの功績の大きさ、与えた影響は計り知れないものがあることでしょう。時にCMで見せるお茶目な表情が土俵上と正反対でこれまたよしでした。

あと千代の富士の弟弟子として大成した北勝海(ほくとうみ)は、昭和38年生まれで当時の「花のサンパチ組」の一人として、当初は保志の本名で頭角を現しました。サンパチ組には双羽黒、小錦、寺尾といった錚々たる面々が名を連ねています。'84年初場所で横綱・北の湖から金星を挙げ、世代交代を印象づけました。'86年に大関昇進時に四股名を変えましたが、同時に北尾が双羽黒と改名して横綱に昇進したのもあり、この時期は世代交代を感じさせました。同部屋の千代の富士の胸を借り、切磋琢磨して2横綱として君臨していましたが、千代の富士引退の翌年に29歳の若さで引退に追い込まれたのは惜しまれます。今は八角親方として関取を世に送り出しています。

北勝海としのぎを削った一人として大乃国もまた道産子で横綱までのぼりつめました。一時は200kgも越えたという日本人では超重量級の力士で、その事が体に大きく負担をかけてしまった感もありました。しかしパンダというニックネームがつけられ、愛すべきキャラクターの持ち主でもありました。'88年に千代の富士の53連勝を止めたのはこの人です。最後は確か千代の富士引退の次の場所、まだ30歳にもならずでの引退、その時の負け相撲を出先の喫茶店のテレビで見ていたのを覚えています。

大関では北天祐、'80年頃に現れた世代交代の旗手、と言ってもいいほど勢いがありました。彼が出てきた当時ではまだ'60年代生まれの関取など殆ど居なかったのではないでしょうか。大関までは順調に出世し、横綱に昇進する素質十分と言われながら、大関で9-6,8-7という成績が多くなってしまい、90年に引退、大関を保ったまま引退したのがせめてよかったかな、と思います。親方となりましたが、若くして亡くなられたのがお気の毒でした。

同じく大関・旭国。体は決して大きい方ではなく渋いの一言、の大関でした。個人的に大関で負け越すのを初めて見た人でした。子どもだったので「大関は負け越さないんだ」と勝手に思ってましたが…、お酒のCMにも出てました。大関として引退したのを初めて見た人でもありました。

三役クラスでは小結・大翔鵬。この人、好きでした。やや日本人離れした顔立ち、長いもみ上げ、ある意味道産子らしいものを感じました。 この人の実直そうなキャラクターも非常に好感が持てました。わずか32歳での夭折は大変悔やまれます。

あと、琴のつく佐渡ヶ嶽部屋の力士も昔は多く、いずれも十両に居たイメージが強いです。
琴乃富士という力士はいつも十両に居たイメージで、十両の筆頭に上がると負け越し、下がると勝ち越し、というそんなイメージです。
琴ヶ嶽(ことがたけ)という力士の四股名が印象的でした。「ことがごく」と読むんだと思ってましたから。
琴若は身長が190cm以上の長身力士だったのを覚えています。(琴の若とは全くの別人です)
彼らと少し後になりますが、琴千歳というこれまた十両に長く居た力士もいました。彼らは全員幕内経験者ですが、琴千歳以外は幕内に居た覚えが個人的にはないですね…。

最近(でもないか…)だと、北勝鬨でしょうか。久我の本名で取っていた時はもっと勢いがあった気がしますが、やはり関取の壁に阻まれたのか、十両昇進後なかなか幕内に定着できずでしたが、2000年まで現役を務め、残り少なくなった道産子関取の星といわれてました。

海外勢に押されて苦しい大相撲ですが、道産子力士の復活を願いたいところです。

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