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2010年8月の42件の記事

2010年8月31日 (火)

JR杵築駅 (大分県杵築市)

大分県杵築市のJR杵築(きつき)です。

杵築市は大分県の北東部、国東半島内に位置し、人口は32,420人(2010.7.1現在)です。豊後路の小京都と言われ、ど真ん中に道路が通って両サイドに街並みがあるという「サンドイッチ型城下町」は日本唯一と言われます。

-JR杵築
【市内】
市内3駅(いずれもJR)中の中心駅    
【路線】JR日豊本線(小倉-鹿児島間)  
【開業】1911年3月22日(訪問は2010年8月)
【1日あたり平均乗車人員】 1,750人/日 (2005年)
【近隣の都市駅】
(小倉方面)宇佐駅→4駅
          (鹿児島方面)別府駅→7駅

▼このお盆休みに訪問するまで、ここを「きつき」と読めませんでした。杵築という漢字を見ては、何て読むのか意識もしなかったというか、、同じ県内の臼杵市とも混同したりで。まさか回文地名とは思いもしませんでした。

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▼こちらは昔からあったと思われる立て札タイプの駅名標です。

やっぱりこの木製感が何とも言えません。
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▼杵築は城下町であると共にカブトガニの生息地ともされていて、市内各地で生きたカブトガニを間近で見られるのだとか。2億年前から姿形を変えずに生き残ってきたカブトガニという生き物は生きた化石そのものですね。
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▼ホームは2面3線でこの跨線橋でつながっています。

左側ホームの跨線橋入口はこの写真だとやや見えにくいかもしれませんがアーチ型となっています。跨線橋そのものはいたるところにバッテンの骨組みが施されています。
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▼上の写真の左側ホームのもっと手前側の様子です。

重厚感のある屋根がつけられているのが分かります。
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▼ホーム上は、城下町のせいか茶店の休憩所のようなベンチが並んでいました。
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▼駅舎内です。

全体的に木目の目立つ構造で、改札部分も木枠のものとなっています。右側は待合室となっていますが、その入り口部分も木製感が前面に出ています。
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▼杵築駅の駅舎、出入口付近です。

大分では豊後竹田駅をいささか地味にしたような和風建築の駅舎です。
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▼駅舎の全体に近い像です。

メインの屋根部分が突起していたりはないですが、やはり豊後竹田駅を地味にしたような感じかな、という気がしました。これで周辺に活気があれば…と思ったのですが。。。
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2010年8月30日 (月)

JR板野駅 (徳島県板野郡板野町)

徳島県板野郡板野町のJR板野(いたの)です。

板野町は徳島県の北東部に位置し、人口は14,230人(2010.7.1現在)で、徳島市と鳴門市に挟まれるような状態となっています。歌手のアンジェラ・アキさんはここで幼少期を過ごしたそうです。

-JR板野
【町内】
町内3駅(いずれもJR)中の中心駅    
【路線】JR高徳線(高松-徳島間)
【開業】1923年2月15日(訪問は2010年7月)
【1日あたり平均乗車人員】 507人/日 (2002年)
【近隣の都市駅】(高松方面)三本松駅→5駅
          (徳島方面)徳島駅→7駅  

▼四国の主要路線は予讃線、土讃線などと旧国名を用いて線名にしているバターンが多いのですが、こちらは高松と徳島を結んで阿讃線などとはならず高徳線、その路線の駅として初登場です。

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▼ホーム上には木造の屋根と柱が存在感たっぷりに設置されていました。

1番線が徳島・牟岐方面と南下し、2番線は高松・そして岡山方面へと続きます。1番線で徳島方面に乗って3駅目の池谷(いけのたに)駅で鳴門線へ分岐します。
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▼天井部分の木造の骨組みの素晴らしさに圧倒されました。歴史を感じさせる木の擦れ具合も素晴らしさに磨きがかかっているように思えます。
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▼その木造屋根の見事なホームともう1面、合計2面3線のホームは屋根なしの跨線橋でつながっていて、改札への通路もついています。
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▼特急「うずしお」が停車する駅で、この電車でここまでやってきました。

うずしおは、岡山-徳島間を結ぶ特急で、徳島から乗換えなしで四国へ出れるのか、と今更ながらに驚きました。
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▼1・2番線から跨線橋を上って右は3番線へ。左は改札へ向かいます。改札への階段はまっすぐではなく、踊り場つきで折れて改札へとつながっています。
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▼改札を出るところです。

この時は駅は無人でした。みどりの窓口があったそうですが廃止されたとのことです。一応きっぷうりばとして窓口と券売機が1台設置されていました。
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▼板野駅の駅舎です。

徳島県の町の中心駅らしい規模かな、と感じました。

雰囲気的に貞光駅に似てるというのが個人的な印象ですが。

陽射しのせいか?!だいぶ色褪せてる感が強いようで、駅名の上のJRの文字はだいぶ掠れてしまっていました。
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2010年8月29日 (日)

阪急/水無瀬駅 (大阪府三島郡島本町)

大阪府三島郡島本町の阪急・水無瀬(みなせ)です。

島本町では先に島本駅をUPしましたが、町内で2つあるもうひとつの駅がこの水無瀬駅です。JR線である島本駅は2年前に開業したばかりで、それまではこの水無瀬駅が町内唯一の駅でした。

-阪急・水無瀬駅 
【町内】
町内2駅(JR、阪急各1)中の1駅    
【路線】阪急京都線(梅田-河原町間)
【開業】1939年5月16日(訪問は2004年7月)
【1日あたり平均乗降車人員】 16,204人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】
(西舞鶴方面)宮津駅→隣駅
          (豊岡方面)峰山駅→4駅

▼2面2線のホームを持つ高架駅です。

阪急の駅らしいカラフルなベンチが置いてあります。
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▼高架から下りて吹き抜けになった1F部分が駅舎スペースです。

太い柱が印象的で、横には商店がいくつか入っています。
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▼駅舎内の商店群の一角で、水無瀬モールとして1エリアを形成しています。
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▼こちらは駅横からの出入口「島本センター」との表示がありますが、ここも駅舎内の商店群です。
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▼駅高架下に入っている店もあります。これらは駅舎内から一旦出て、外から入る事になりますが、それほど大規模の駅ではない中、色々と店が入っているものです。
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▼こちらは反対側の駅舎、「みなせモール」と正面から銘打たれていて、駅の役目だけでなく商店エリアとしての性格にも期待があるのかな、と感じました。
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滋賀/竜王 川守バス停に降り立つ

滋賀県蒲生郡竜王町の歩き旅です(2010年5月)

竜王町は滋賀県のほぼ中央部に位置し、人口は13,405人(2010.7.1現在)です。滋賀県で唯一駅のない自治体で、個人的にも滋賀県で最後に訪問し、この町の訪問をもって滋賀県の自治体を全制覇しました。それとまた、今年5月の我が父の生前最後に旅した所でもあります、この時はまだそのような兆候はなかったのですが、そんな思いも込めつつ、竜王町の旅を振り返りたいと思います。

▼駅のないこの竜王町へはバスで訪ねました。

JR近江八幡駅から近江バス・竜王ダイハツ前行バスに乗って約20分でこの川守バス停へ。竜王はダイハツの工場がある町でもあります。
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▼降り立った川守バス停の向い側の様子です。

カーブミラーの傍にあるのは反対側・近江八幡駅へ向かう方の川守バス停です。町内の主要バス停なのかベンチも屋根もついています。

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▼バス停を下りてすぐ、この川守交差点を右折して歩いて行きます。

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▼右折して程なく、この川守城址に出くわしました。今は小さな神社になっていて、右側の石碑には「城の八まん社」と刻まれていました。唯一残されている遺構として土塁があり、その土塁上に神社は鎮座しています。
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▼川守城址を過ぎると、のどかな道路が続いて行き、ここは自転車道と交差するところ、ここもまた直進を続けます。
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▼歩き続けて、町に近づいてきた事を実感できました。

竜王町役場までは直進500m、綾戸という地区に来て(この先の交差点が綾戸です)、商店街にあるようなおしゃれな街灯に出くわすようになり、とりあえずは町役場を目指します。
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智頭急行/大原駅 (岡山県美作市)

岡山県美作市の智頭急行・大原(おおはら)です。

美作市は岡山県の北東部に位置し、兵庫県にも鳥取県にも接しており、人口は30,369人(2010.7.1現在)です。旧・勝田郡の勝田町、英田郡の美作町、作東町、英田町、東粟倉村と、そしてこの駅のある大原町が2005年に合併してできた新しい市で、岡山県の市では最も人口の少ないところです。

-智頭急行・大原
【市内】
市内6駅(JR4,智頭急行2)中の1駅    
【路線】智頭急行(上郡-智頭間)  
【開業】1994年12月3日(初訪問は1999年)
【1日あたり平均乗車人員】 不明
【近隣の都市駅】
(上郡方面)佐用駅→4駅 ※JR姫新線乗換
          (智頭方面)智頭駅→5駅 ※JR因美線乗換

▼同じ岡山県内にはJRで小原駅という駅もあります。

現・美作市では旧・美作町に町役場があり、その町内のJR林野駅が中心駅という事になるでしょうか。一方、旧・大原町ではかつて交通の要衝でありながら、長く駅がなく1994年12月に智頭急行の開業により、ようやく待望の駅が誕生し、当駅と宮本武蔵駅という2駅が設置されました。やがて美作市となり、この2駅はそのまま現在の智頭急行で2つしかない市の駅(他の12駅は全て郡部)となっています。
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▼剣豪・宮本武蔵の生誕地と伝えられるこの大原。武蔵の資料館などもあるそうです。

ここに初めて来たのは1999年のいつか忘れましたが写真に残しておらず、2004年にも来ましたが写真がボケボケなので、2008年に3度目訪問時の写真を掲載しています。
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▼この大原駅には智頭急行の車両基地があって、大抵の途中駅は駅ホームしかないのに比べて、この駅が重要拠点である事が窺えます。また特急停車駅でもあり、智頭駅を越えてJR線に入って、そのまま鳥取駅にも直通でき、最も近い都市らしい都市駅としては鳥取駅になるかと思います。
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▼駅は高架で、ホームから下りて改札へ向かうところでホーム側を振り返ったカットです。ここには智頭急行 大原駅と表示があります。またそのトンネルの中には壁画が描かれています。
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▼ホームから改札へはこの階段を下りていきます。

智頭急行の途中駅は大抵、高架からの階段が外にさらされている状態ですが、この駅は両サイドも上も覆われている室内型で、沿線の他駅との格の違いを感じます。
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▼2枚上の写真の反対側のカットで、ホームを下りてトンネルをくぐって、この離れに改札にあたる部分があり、ホームから見た駅舎の様子です。
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▼大原駅の駅舎です。

2階部分(に見えるところ)が、小さくなっている「つし二階」に見える和風建築の駅舎です。右側には格子窓、壁は白など和風建築のエッセンスが多分に盛り込まれています。

左側には五月人形の冑と、宮本武蔵とお通などの幼少期と思われる銅像がガラス張りに展示されていました。

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2010年8月28日 (土)

石川/羽咋 長者川の上の橋たち

石川県羽咋市、JR羽咋駅を下りて少し歩いたものです。(2010年7月)

▼駅前広場の真ん中の植え込みスペースに唐突にある「ジャーン」の石文字、「はじめ人間ギャートルズ」の世界ですね、これは。

すぐ横には「UFOのまち 羽咋見参」とあり、ナニコレ珍百景で認定されたのだとか。羽咋はUFOの目撃が多いとか、昔からUFOに似た物の目撃談があったなどからUFOの町としてアピールされるようになったのだそうです。もし1977年以前にアピールされていたら、それはもう大ブームになっていた事でしょうが、いつからなのでしょう…。1977年はピンクレディーの「UFO」が発売された年なので。大人も子供も誰も彼も知っていた曲、というイメージがありますが、今はこのような誰もが歌える曲というのはなくなってしまいましたね、そういうのができにくい世の中になったという方が正しいのかもしれませんが。
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▼これも駅前広場内ですが別の場所にあった、すもうの像。

傍の説明板に「唐戸山神事相撲の由来」とありました。

加・越・能の三州の力士が集まって大関を決める、とあります。加賀・越前・能登でしょうか。羽咋市指定無形民俗文化財で、その歴史は二千年とも言われています。第11代垂仁天皇の皇子・磐衝別命(いわつきのわけのみこと)というのが大変な相撲好きでしたが、その死後に遺徳を偲んで命日である毎年9月25日に行われているそうです。
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▼駅前広場の右側から出ている道の様子です。

商店街然とした雰囲気はここにはあまり感じられませんでした。
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▼上の写真の部分の角の辺りで、道は右に折れる形でつながっているのですが、ここは橋の上。長者川という二級河川の上にある橋です。
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▼橋の右側から川を眺めたところです。

9月に神事で長者川を神輿が渡るといいます。ここにもまた登場ですが磐衝別命が八幡神社の女の神様に会いに通ったという伝説が残っているのだとか。
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▼上の写真の橋より向こうにあるのがこの「やくしばし」です。

この橋自体は大した装飾もなく、何の変哲もないのですが、羽咋の名の由来が書かれていました。お供の三匹の犬が怪鳥の羽を喰って退治したのだとか。三犬は薬師塚に葬られているとも。怪鳥と言われるとロプロスしか思い浮かばないんですが、この怪鳥は田畑を荒らして住民を困らせていたという事です。
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▼更に向こうの橋はこれです。

羽咋市的場という交差点から架かっている大きな橋で、渡った後に線路を越えていく事となります。
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という訳で今回の記事は羽咋駅周辺の橋を中心にお伝えしました。

岐阜/美濃 旧名鉄・美濃駅へ

岐阜県美濃市、長良川鉄道・美濃市駅を降りて駅前の様子からです。(2010年5月)

▼駅前は閑散とした様子で、タクシーは停まっておらず、また駅の真ん前ではなく、このように少し離れた所にバスのりばと前面だけが開いた待合室がありました。
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▼駅前にあった美濃市の案内図、美濃市といえば「うだつのあがる街並み」で有名な町で、徳島/つるぎ 貞光・二層うだつの街並み」(徳島県つるぎ町)のような街並みが堪能できるいい、このGWにやって来ました。
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▼駅前がのんびりとした雰囲気のせいか、辺りの猫たちものんびりした様子で逃げるでもなく、とどまっていたり気まぐれに歩いていたりといった感じでした。
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▼駅の前、駅前広場から右を向いたところから通りは始まりますが、特別商店街があるといった風でもなく、市の中心の駅前とは思えない様子で、昔のまんまといったところでしょうか。
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▼上の写真から道なりに左折して通りが続きます。

ここはすっかり市街地でやはり商店街的なものは見当たらずでした。

うだつの上がる街並みまでは、栄えたところへは出ないのかなと思いつつ歩いていました。
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▼上の市街地を直進していると、このようなものが見えてきました。

駅?!しかし、市内には長良川鉄道しかなかったはず、、と思いつつこれを眺めていました。行った時がGWだったせいか鯉のぼりが飾られていました。
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▼上の写真の正体はこれでしたsign03

旧名鉄・美濃駅。

1999年まで名鉄美濃町線の駅として稼動していたもので、その駅名からしても市の中心という感じがします。廃駅となった後、現在は記念館としてこの素晴らしい木造駅舎が残り、中に電車も展示されているという訳です。
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▼という訳で、駅舎から中に入ってホームへと出てみました。

やっぱり撮ってる人々が何人か居ました。ある意味名所なんでしょうね。

電車は縦長で左のは丸窓になっていて、どこか懐かしさを感じる風貌で、そりゃ撮りに来る人々もそれなりに居るだろうと納得しました。
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2010年8月27日 (金)

JR新宮駅 (和歌山県新宮市)

和歌山県新宮市のJR新宮(しんぐう)です。

新宮市は和歌山県の南東部に位置し、三重県と奈良県に接しており、人口は31,708人(2010.7.1現在)です。三重県側から来て和歌山県の玄関口に当たる町で、かつては熊野川の舟運を利用した木材の集散地でした。付近沿線では郡部や小都市が並び、三重・和歌山県境辺りでは最も人口が多いといえます。

-JR新宮
【市内】
市内3駅(いずれもJR)中の中心駅    
【路線】JR紀勢本線(亀山-和歌山市間)  
【開業】1913年3月1日(訪問は2009年8月)
【1日あたり平均乗車人員】 1,355人/日 (2006年)
【近隣の都市駅】
(亀山方面)熊野市駅→7駅
          (和歌山市方面)紀伊勝浦駅→6駅

▼私が行った中で「新宮」のつく駅としては「播磨新宮」(兵庫県たつの市:JR姫新線)や現駅名ではありませんが「筑前新宮」(=現・福工大前駅。福岡市:JR鹿児島本線)などがあります。

この本家・新宮駅はJR東海と西日本の境界にあるという重要な駅です。

温泉地も多数ある魅力ある町といえましょうか。
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▼ホームは2面3線ですが、両ホーム間に1本、ど真ん中でホームに接しない線路があるなど広い敷地となっています。

手前の白木でできた壁にくっついたベンチがいい味出してます。
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▼この駅で印象的だったのは、このホーム屋根の鉄筋の錯綜ぶりとでもいいましょうか、複雑に絡み合うようなどこかアートを感じるような雰囲気にしばらく見とれなりなど(笑

反対ホームや出口へはこの階段を降りてつながっています。
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▼新宮駅の駅舎、まるで新幹線設置駅かのような豪華さです。

去年のちょうど今頃訪ねましたが、紀勢本線全通50周年とど真ん中に貼られていました。それにしても人口3万そこそこの小都市の駅とは思えない大規模ぶりで、辺りに大きな都市がない事でここが中心となり、その象徴ということでしょうか。
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2010年8月26日 (木)

JR海老津駅 (福岡県遠賀郡岡垣町)

福岡県遠賀郡岡垣町のJR海老津(えびつ)です。

岡垣町は福岡県の北部に位置し、人口は32,108人(2010.7.1現在)で、県内二大都市の福岡市と北九州市のほぼ真ん中にある町です。町の歌というのがあり、あの森山良子さんの作によるといいます。

-JR海老津
【町内】
町内唯一の駅    
【路線】JR鹿児島本線(門司港-鹿児島間)
【開業】1910年2月6日(訪問は2010年4月)
【1日あたり平均乗車人員】 8,669人/日 (2000年)
【近隣の都市駅】(門司港方面)折尾駅→3駅
          (鹿児島方面)赤間駅→2駅 

▼門司港方面の隣駅が遠賀川駅その次が水巻駅と、遠賀郡の町の中心駅が続きます。

駅は1910年開業で今年開業100周年を迎えました。
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▼こちらは昔からの駅名標でしょうか。

ひらがなが大きいと味があるというか、いかにも列車で旅してる感じになります。
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▼ホームは2面4線と多く取られていて、屋根も長く取られています。

ベンチが所々に置かれていて、ここに見えるだけでも24脚ありました。
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▼ホームから改札へは階段を下りて向かいます。

次列車の電光掲示とエレベータがありました。

この時は周辺の遠賀川、水巻という駅を回った後でした。全部郡部ですが、北九州のベッドタウン的な所であり、そこらの都市部の郊外駅と遜色ないという感じがしました。
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▼かなり引いたところからの海老津駅の駅舎です。

この植え込みの綺麗さが目立ってしまっていまいちよく分からないかもしれませんが、屋根が曲線を描いて真ん中でとんがっています。まるでスケボーの坂みたいな屋根というか…、この駅で真っ先にイメージするのはやはりこの屋根の形状です。
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▼小高いところにあるホームから、駅舎の屋根をのぞいたところです。

ホント、スケボーしたくなるような坂に見えませんか??
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▼駅を斜め前から。

とらんドールというパン屋さんが駅に入っており、これはJR九州の関連会社だそうです。福岡県内の駅には20店ほど入っており、主要駅ばかりなので、ここも相応の規模の駅と見なされているという事になります。
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▼駅出入口横の壁の模様です。

駅舎の写真からは分かりにくいですが、なんともアーティスティックな造形と感じました。
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2010年8月25日 (水)

JR吉田口駅 (広島県安芸高田市)

広島県安芸高田市のJR吉田口(よしだぐち)です。

安芸高田市は広島県の北部に位置し、人口は31,319人(2010.7.1現在)で、旧・高田郡の吉田町をはじめ6町が2004年に合併してできた新しい市です。安芸高田は「あきたか」と濁らず、毛利氏の拠点である高田郡山城からきた高田郡、それらが合併して市名となり現在に至ります。吉田拓郎氏が1992年に発表した「吉田町の唄」が出た時に、全国にいくつかの吉田町があると知りましたが、その時以来18年、ようやく来ることができました?!

-JR吉田口
【市内】
市内7駅(いずれもJR)中の中心駅    
【路線】JR芸備線(広島-新見間)  
【開業】1915年4月28日(訪問は2010年8月)
【1日あたり平均乗車人員】 85人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】
(広島方面)志和口駅→3駅
          (新見方面)三次駅→5駅

▼広島県の駅ばかり続きますが、県都・広島市と広島県北部の中心・三次(みよし)市を結び、果ては岡山県の新見市にまで至る芸備線の駅としては初登場です。

現・安芸高田市役所は旧・吉田町にありその入口ということで、一応市の中心駅という事になりますが、あくまで「口」であり「前」ではなく吉田町の中心からも大きく離れた旧・甲田町の駅であり、利用者数は100人/日にも満たないという状況で、市の中心というにはあまりに閑散とした駅周りになっています。

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▼ホームは1面2線で、改札まで構内踏切で連絡しています。真昼間に芸備線通ったの今回初めてのような気がしますが、この沿線では跨線橋のある駅の方が少ないと思います。
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▼駅舎内は白を基調として縦横に木の骨組みが通ったきれいな屋根がまず目に飛び込んできました。

木製の重厚感あふれる机と切り株のようなイス、いかにもくつろぎたくなるようなほのぼのとしたものを感じます。
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▼駅舎内はミニ図書館?!となぜか血圧測定器?!がありました。

カレンダーもかけてあったりして、大きな駅ではないけれど、なかなか目に留まる所が多いと感じました。
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▼天井付近には額に飾られた写真が何枚も並べられており、2002年快速列車新設を祝った写真などもあり、周りが旗で飾られたりしていました。かつては急行列車が停車したりもしていたようですが、今は快速も通過するようです。
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▼吉田口駅の駅舎です。

建物が直角に繋がっているところなどは天橋立駅に似ていますが、手前左側の建物は集会所のようでこれとの合築駅舎のようです。何か表示あるかと思って見つけられなかったのですが…

灯り取りか小屋根がちょこっと出ているのも建物のよいアクセントになっていると思います。
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▼今度の土曜日8/28に安芸高田花火大会annoyがあるようです。例年は夏の終りの風物詩、という感覚なのかもしれませんが、今年は猛暑の中で晩夏を感じられない大会になるかもしれませんね。
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2010年8月24日 (火)

JR坂駅 (広島県安芸郡坂町)

広島県安芸郡坂町のJR坂(さか)です。

坂町は広島県の南西部、広島市のベッドタウン的なエリア内にあり、人口は13,322人(2010.6.1現在)で、現在ある安芸郡の中では4町中最も人口が少ない町です。ベイサイドビーチ坂という海水浴場があります。

-JR坂
【町内】
町内3駅(いずれもJR)中の中心駅    
【路線】JR呉線(三原-海田市間)
【開業】1903年12月27日(訪問は2010年8月)
【1日あたり平均乗車人員】 3,176人/日 (2000年)
【近隣の都市駅】(三原方面)呉駅→8駅
          (海田市方面)広島駅→5駅 ※海田市で山陽本線に合流

▼広島県で駅のある自治体で最も人口が少ない所がこの坂町、その中心駅です。隣の矢の駅は広島市、その隣の海田市から山陽本線に合流します。呉線としては海田市までですが、列車の運行としては広島行きとなります。

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▼ホームは2面3線で、白とライトグリーンでの配色による雲形のような曲線部分の目立つ跨線橋でつながっています。ゴツゴツとしておらず、優しい雰囲気の橋となっていて、上った先は改札となっている橋上駅舎です。
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▼ホームから上がって改札を出た先、北側がメイン出口ですが、坂町立図書館とこの坂駅の駅舎とはつながっています。駅直結の図書館という訳ですね。
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▼南の海側出口です。

そのまま歩道橋の上の通りに出ます。
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▼南側の通路を出て続く歩道(ペデストリアンデッキ)からの坂駅の様子です。この歩道は「あさがおロード」と名づけられていました。長い歩道が続いていて都市的な雰囲気が見られます。
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▼こちらは北側駅舎です。

駅舎は2000年改築の三代目のものだそうで、こちら側は駅前広場もあり、駅前らしい構造となっています。

全体的に曲線の目立つ建物でどこかホンワカとした印象を受けます。建屋自体は遠くから見るとドームのような丸みを帯びています。
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▼更に引いて撮ったカットですが、右側が坂町立図書館で、駅とつながっている様子が分かります。
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2010年8月23日 (月)

JR大竹駅 (広島県大竹市)

広島県大竹市のJR大竹(おおたけ)です。

大竹市は広島県の南西部に位置し、山口県と接しており、人口は28,934人(2010.6.1現在)です。2005年国勢調査までは人口30,000人台でしたが、今の推計人口では29,000すらも割り込み、江田島市、竹原市に次いで広島県で3番目に人口の少ない市となっています。日本で最初に石油化学コンビナートが形成された町といわれ、工業の側面の強い町となっています。

-JR大竹
【市内】
市内2駅(いずれもJR)中の中心駅    
【路線】JR山陽本線(神戸-門司間)  
【開業】1897年9月25日(訪問は2008年8月)
【1日あたり平均乗車人員】 3,925人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】
(神戸方面)廿日市駅→7駅
          (門司方面)岩国駅→2駅

▼山陽本線で神戸から西へ向かって広島県で最後の駅で、次の和木からは山口県に入ります。隣は同じ市内の玖波で、両隣とも二文字駅名です。

大竹といえば個人的に思い出すのは阪急で昭和50年代を中心に活躍した簑田浩二選手の出身校(大竹高)です。福本-簑田の外野コンビは球史に残るといってもいいほど絶品だったと思います。

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▼JR貨物も有する駅でコンテナが沢山停まっていました。

ホームは2面3線で、とても渋い白木の跨線橋でつながっています。
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▼貨物スペースが広くとられており、線路は多数存在します。
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▼跨線橋からのホームの風景ですが、ホームの屋根と電車とコンテナの屋根で覆い尽くされてしまっています。
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▼大竹駅の駅舎です。

コンクリート建てで、今は人口2万人台といえど昔からの市の中心駅として、それにふさわしい規模を誇る建屋となっています。広島県の西の玄関といったところでしょうか。沢山停まっているタクシーを見ても玄関口というにふさわしいと思えます。
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2010年8月22日 (日)

北近畿タンゴ鉄道/天橋立駅 (京都府宮津市)

京都府宮津市の北近畿タンゴ鉄道・天橋立(あまのはしだて)です。

宮津市では先に宮津駅をUPしましたが、その隣にあり、文字通り日本三景・天橋立の最寄駅で、交通の拠点は宮津駅、観光の拠点はここ天橋立駅といった役割分担がなされているように思います。

-北近畿タンゴ鉄道・天橋立駅 
【市内】
市内8駅(いずれもJR)中の1駅    
【路線】北近畿タンゴ鉄道・宮津線(西舞鶴-豊岡間)
【開業】1925年7月31日(訪問は2004年7月)
【1日あたり平均乗車人員】 496人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】
(西舞鶴方面)宮津駅→隣駅
          (豊岡方面)峰山駅→4駅

▼市の中心・宮津駅が隣ですが、反対方面は京丹後市の中心駅となっている峰山駅へ4駅で到着します。

これは駅前にあった「智恵の輪」です。天橋立の水道を通る船の安全を守る輪灯篭として古くより人々に親しまれたといいます。智恵の文殊さまの境内にあるところから、この輪をくぐると智恵を授かるご利益があるという言い伝えがあるそうです。奈良の大仏様の鼻の穴の大きさと同じ柱穴をくぐる、みたいなものでしょうか。
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▼こちらは駅舎内にあった「天橋立股のぞき」のジオラマです。

リフトで上った高いところから股のぞきをすると、逆さに見える松並木が空中に浮かんだように見えるという訳で、こぞってここで股のぞきをしていたのを思い出します。
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▼駅舎は近畿の駅舎百選にも選ばれた素晴らしいものです。

上の写真の石造りのものよりはるかに大きな智恵の輪が高くそびえています。
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▼駅舎は垂直交差する建屋構造で、こちら側には燈籠の大きな飾りが中に展示されていました。
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▼駅の真ん前、もうホント目と鼻の先にある「天橋立温泉 智恵の湯」です。

無料の足湯が表にあり、奥に日帰り温泉があります。この駅に寄った時に入って来ました。宮津温泉があり、天橋立温泉がありとこの丹後地方は温泉が多くあり、寄り甲斐のある所だと思います。
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JR柴山駅 (兵庫県美方郡香美町)

兵庫県美方郡香美町のJR柴山(しばやま)です。

香美町は町内中心地でカニのイメージの強い香住駅をはじめ、その鉄橋はあまりに有名で最近コンクリート橋へと転換された餘部駅、昔ながらの海辺の町佐津駅UPしてきましたが、4駅目の登場です。

-JR柴山
【町内】
町内5駅(いずれもJR)中の1駅    
【路線】JR山陰本線(京都-幡生間)
【開業】1947年6月26日(訪問は2008年10月)
【1日あたり平均乗車人員】 121人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】
(京都方面)城崎温泉駅→3駅
          (幡生方面)香住駅→隣駅、浜坂駅→4駅

▼穏やかな海辺の駅という事では隣の佐津駅によく似た顔を持つ駅と言えます。

利用者数では町内5駅中3位となり、ここでも佐津駅(133人/日)とほぼ同等となっています。
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▼ホームは2面2線でしたが、向かいのホームは使用されなくなり、うっそうと生い茂った緑で駅名標の周りまでびっしりと覆い尽くされんばかりでした。向こうに海が見えて、海辺にあることが分かります。
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▼このように今や1面1線の棒線構造となっていて、左側は緑に覆われ、向こうも山がびっしりで、緑一面といった雰囲気です。
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▼ホームの柱は木製で緑のペイントがなされていますが、この剥げ具合が何ともいい味出しています。ベンチがちょっこっとあるだけで何ともかわいらしげなホームの様子です。
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▼駅舎の駅名は木の札に筆書きされていて、この辺りの無人駅ではよく見られます。
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▼柴山駅の駅舎です。

駅舎は通常、ホームから突き出る形となっていますが、ここの駅舎はホームから突き出ずに存在しています。

建屋の向かって右側はホームの壁となっていて、その部分から駅舎まで壁が続いて一体化した構造となっています。

この駅前は海辺の民宿が多く、松葉ガニが水揚げされる柴山港に柴山海水浴場と水辺の町の側面が強いところとなっています。
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JR小浜駅 (福井県小浜市)

福井県小浜市のJR小浜(おばま)です。

小浜市は福井県の南西部、福井県の市では最も西にある町で、人口は30,963人(2010.6.1現在)です。最近ではNHKの朝ドラ「ちりとてちん」の舞台になったり、アメリカ大統領と同じ名前で注目されたりして注目を浴びています。

-JR小浜
【市内】
市内5駅(いずれもJR)中の中心駅    
【路線】JR小浜線(敦賀-東舞鶴間)  
【開業】1918年11月10日(訪問は1999年3月)
【1日あたり平均乗車人員】 1,267人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】
(敦賀方面)東舞鶴駅→9駅
          (東舞鶴方面)東舞鶴駅→14駅

▼小浜線は敦賀駅から南西へ京都の東舞鶴駅まで日本海に沿って続く路線ですが、両端を除いて22ある中間駅のうち、この小浜が唯一の市の中心駅であり、周辺は郡部の駅が続きます。このこともあってか利用者数も小浜線の中間の駅では最多を誇ります。

これもまた昔の写真で、いきなり駅舎の写真を登場させました。ここもまた今もこの駅舎のようで、前面の屋根に△がいくつもあるのが印象的な建屋です。
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▼小浜駅前交差点の周辺の様子です。

右側が駅で、真ん中にロータリーがあるのが窺えます。右側は駅前広場のスペースが確保され、左側は駅前商店街が続いており、市の中心駅らしい景色が広がっています。
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JR阿波池田駅 (徳島県三好市)

徳島県三好市のJR阿波池田(あわいけだ)です。

三好市は徳島県の西端に位置し、人口は30,492人(2010.7.1現在)で、2006年に4町2村が合併してできた新しい市です。大歩危・小歩危があるのもこの市内になります。

-JR阿波池田
【市内】
市内11駅(いずれもJR)中の中心駅    
【路線】JR土讃線(多度津-高知間)  
【開業】1914年3月5日(初訪問は1997年9月)
【1日あたり平均乗車人員】 985人/日 (2002年)
【近隣の都市駅】
(多度津方面)琴平駅→7駅
          (高知方面)土佐山田駅→15駅

▼駅自体は土讃線に属しますが、徳島線の列車も乗り入れて来るため、四国内では重要なキー駅です。土讃線と徳島線の交点は隣の佃駅ですが、徳島線の特急などはこの駅を飛ばしてこの阿波池田まで乗り入れてきます。

徳島県は東部に都市が多く、西部は平成の大合併までは郡部しかない状態で、合併してできた三好市も人口密度としては40人/k㎡程度という状態です。そんな中にあって徳島県西部における中心駅的な役割を果たしているのがこの駅です。

個人的には徳島県で初めて訪ねた駅です。初訪問は1997年ですが、この写真自体はその後訪ねた1999年12月のもので、今もこの駅舎のようです。いずれも当時まだ三好郡池田町だった頃で、今の三好市になってから訪ねた事がありません。せっかく市になったんだから、その中心駅として規模が大きくなるとかあれば再訪し甲斐があるというものですが…。

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2010年8月19日 (木)

JR名寄駅 (北海道名寄市)

北海道名寄市のJR名寄(なよろ)です。

名寄市は北海道の北部に位置し、人口は30,608人(2010.3.31現在)で、全国の市の中で最も低い1月平均気温-9.7℃という寒い町で、1982年には-35.7℃という信じられないほどの気温を記録しています。また餅米生産日本一という側面を持つ町でもあります。そんな町で不屈の闘志をもって相撲道を歩んだ大関・名寄岩の出身地であり、彼以降40歳の幕内力士というのは出ていないそうです。

-JR名寄
【市内】
市内7駅(いずれもJR)中の中心駅    
【路線】JR宗谷本線(旭川-稚内間)  
【開業】1903年9月3日(訪問は1997年4月)
【1日あたり平均乗車人員】 468人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】
(旭川方面)士別駅→6駅
          (稚内方面)稚内駅→36駅

▼北海道の旭川を出て、日本最北端/稚内まで約260kmの区間を北上していく宗谷本線、その区間を1/3ほど北に行った辺りに位置しています。

南側へは士別市がありますが、北は北端の稚内までずっと市がなく、人口の少ない町村ばかりで都市駅と呼べるところは稚内まで36駅も行かないとありません。

この写真は1997年訪問時のものですが、今もこの駅舎のようです。ここは北海道一周電車旅の時に行ったのですが、その二日目の宿とした町で、翌日稚内を訪ねるまでは、その当時日本で最も北に滞在した所であり、今でも自分の宿泊した日本最北端の地でもあります。

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▼駅前のようすです。

宿と決めたもののホテルがあるのか不安いっぱいでした。市の中心だからあるだろうという安直な考えでしたが、なかった場合、既に終電過ぎていたらどこにも行けない!という焦りに駆られながら宿を探したものです。結局和室の旅館のようなところを見つけて事無きを得ましたが、駅の真ん前だからといって色々ある訳でなく、食事するとこ探すにもかなり苦労しました。
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2010年8月18日 (水)

JR津久見駅 (大分県津久見市)

大分県津久見市のJR津久見(つくみ)です。

津久見市は大分県の東部に位置し、人口は19,685人(20106.1現在)で、九州では鹿児島県を除いては最も人口の少ない市ですが、九州で唯一、甲子園を春夏連覇した津久見高校の存在は有名です。

-JR津久見
【市内】
市内2駅(いずれもJR)中の中心駅    
【路線】JR日豊本線(小倉-鹿児島間)  
【開業】1916年10月25日(訪問は2010年8月)
【1日あたり平均乗車人員】 844人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】
(小倉方面)臼杵駅→隣駅
          (鹿児島方面)佐伯駅→5駅

▼隣駅には臼杵駅があり、市の中心駅が2つ続く格好となっており、当駅には全列車が停車します。

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▼津久見はみかんの産地でもあり、豊後竹田駅にはかぼすがありましたが、ここはみかんの輪切りベンチです。

ホームにはわずか1面2線ですが、広い屋根と両サイドには「祭」と書いた提灯が並べ飾られていました。8月にはつくみ扇子踊り大会というのがあるそうで、今年は8/21だそうです。

向こうにある階段を上ると、改札となっている橋上駅舎スタイルとなっています。
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▼改札出て左向いたところです。

向こうには出口が見え、そのまま歩道橋が伸びていました。

構内にはガーデニングか少々なされていました。

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▼こちらは反対に右側を下りたところです。

右側は突き当たりが待合室となっていて、売店などのない単なる待合室(自販機はあったかな?)で、駅前が見下ろせるようになっていました。

手前の石にはこの津久見市出身の伊勢正三さんの言葉と「なごり雪」の歌詞の一部が載っていました。イルカさんの歌のイメージが強いですが、伊勢さんの「かぐや姫」時代のアルバム曲がオリジナルです。現在では「なごみーず」として太田裕美さん、元ガロの大野真澄さんと共にステージ活動を続けています。
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▼津久見駅の駅舎です。

橋上駅舎で階段は片側(正面から見て右側)にしか下りていません。人口2万を割ってしまったのにこの立派な駅、さすがは昭和からの市だけあるといったところでしょうか。下を見下ろせる待合室やそこから階段で降りて行く部分の透けたような窓、左はやや高さの違うプチ台形?!状と右は台形を寝かせたような、幾何学的にも思える建物も不思議なセンスですが魅力を感じました。

駅にはタクシーも結構停まっていました。右のロータリー中心にあるのは大友宗麟像で、剣を立てて立っています。ここ津久見は宗麟の終焉の地でもあるのです。

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2010年8月17日 (火)

JR芦原温泉駅 (福井県あわら市)

福井県あわら市のJR芦原温泉(あわらおんせん)です。

あわら市は福井県の北端に位置し、人口は30,085人(20106.1現在)で、旧・芦原町と金津町が2004年に合併してできた新しい市です。えちぜんがわら発祥の地とされ、市内にはこの駅名にあるように芦原温泉や、浄土真宗を盛り上げた蓮如上人の布教拠点であった所「吉崎御坊」などがあります。

-JR芦原温泉
【市内】
市内6駅(JR、えちぜん鉄道各3)中の中心駅    
【路線】JR北陸本線(米原-直江津間)  
【開業】1897年9月20日(訪問は2008年8月)
【1日あたり平均乗車人員】 1,994人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】
(米原方面)福井駅→3駅
          (直江津方面)加賀温泉駅→4駅

▼福井県の市のJR駅初登場です。

「あわら市」と、合併の際にひらがなになりましたが、旧町時代は芦原町と漢字表記で、この駅も漢字表記のものとなっています。東へ4駅、石川県には加賀温泉駅とやはり温泉と名のつく駅があります。

元々はこの芦原温泉駅のあった旧・金津町から「金津駅」という名称で、1972年に現駅名に改称されています。あわら市にあるJR3駅はすべて旧・金津町にあります。2006年度までは1日2,000人を越える乗車がありましたが、以後はその大台を割り込んでいます。

ここも訪問するまで「あしはらおんせん」だと普通に思っていて、あわら温泉というのはまた別の場所にあるんだと何の疑いもなく思っていました…。

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▼2面4線と広く線路を持っていて、向こうに見える跨線橋でつながっており、またその部分が改札にもなっている橋上駅舎スタイルとなっています。

橋の部分が単なる渡り橋ではなく、改札機能も有していることもあり、しっかりとした建屋となっています。
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▼観光名所が写真つきでホーム上にありました。

自然がつくり出した芸術的な断崖、東尋坊や日本に12しかない現存するお城である丸岡城などもここに挙げられていますが、これらは南隣の坂井市にあります。
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▼ホームから階段を上がったばかりのところ、掲示物はそれなりにあるものの左側はなくやや寂しげな感じでした。
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▼こちらも構内ですが、改札を出た側の部分です。

右にみどりの窓口が、左にはちょっとしたスペースがありました。
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▼そのちょっとしたスペースというのがこれでした。

市内の「金津 創作の森」の案内展示がありました。一般に開放されている創作工房でものづくりに関わる事ができる施設だそうです。
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▼ホームの端を見下ろした様子です。

屋根のあるスペースが広く、また広く線路スペースが取られています。
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▼駅の構造図が乗っていました。

東尋坊方面へのバスが出ているのが分かります。
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▼温泉のある駅のせいかタクシーが沢山停まっていて、広大な駅前広場を持つ芦原温泉駅です。

正面から見て両サイドに階段が下りている典型的な橋上駅舎の構造で、正面の2F部分は格子状の窓がびっしり続き、建物に花を添えている格好です。
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2010年8月16日 (月)

えちぜん鉄道/勝山駅 (福井県勝山市)

福井県勝山市のえちぜん鉄道・勝山(かつやま)です。

勝山市は福井県の北東部に位置し、人口は25,513人(2010.6.1現在)で、福井県の市では最も人口の少ないところです。恐竜の化石が多く出土し、「恐竜のまち」としてアピールされています。驚くべきはForbes.com 世界でもっとも綺麗な都市トップ25で、アジアではトップの9位にランクインされている事です。1位のカルガリーをはじめホノルル、オスロ、チューリッヒなどが上位にランクする中、Katsuyama、Japanとして堂々と肩を並べています。しかし海外の各都市がその景観の写真と共に紹介される中、勝山市の写真は恐竜のドアップだったのは笑いましたが…。

-えちぜん鉄道・勝山
【市内】
市内4駅(全てえちぜん鉄道)中の中心駅    
【路線】えちぜん鉄道・勝山永平寺線(福井-勝山間) ※終着駅  
【開業】1914年3月11日(訪問は2006年6月)
【1日あたり平均乗車人員】 不明
【近隣の都市駅】
(福井方面)福井駅→22駅

▼2003年までは京福電鉄が運営していた「えちぜん鉄道」の盲腸線の終着駅ですが、1974年まではその京福で大野市まで電車がつながっていたといい、今では大野市もこの勝山市もそれぞれ福井から電車でいくつもの駅を越えてたどり着く事となります。

これは駅の横からのカットで、左側のバスが停まっているスペースは極めて狭小となっており、よくこんなとこにバスが停まってるな、と感心したものです。スペースの関係上横から見た方が見やすいせいか、横からも駅名表示がなされています。
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▼その狭いスペースから取った正面からの駅舎です。

日本家屋風の立派な駅舎です。つし二階というか、二階の屋根部分が低くなっているこの構造は江戸時代、大名行列を見下ろしてはならないという事から屋根が低く抑えられたという背景があります。
福井県の内陸部というのはあまり都会的なところがあるとは思えませんが、内陸部の市として大野市と共に核をなしていると言ってもいいでしょう。

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▼駅の真横はいきなり恐竜たちのお出迎えです。

ここばかりでなく町中至るところ、色んな形で恐竜たちと出会えます。
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▼京福電鉄が運営していたのは先述しましたが、バス路線は京福バスが走っていて、もうひとつの内陸部の市・大野とも結ばれているようです。
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▼「恐竜王国 勝山」と銘打たれた下に市内の観光案内図がありました。

地図の周りに書かれてる絵は恐竜ばかりでした。自分が子どもの頃はちょっとした恐竜ブームだったので、子どもの頃来てみたかったと思えるような町です。
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JR箕島駅 (和歌山県有田市)

和歌山県有田市のJR箕島(みのしま)です。

有田市は和歌山県の北西部に位置し、人口は30,263人(2010.7.1現在)で、このブログもおかげさまでアクセス数が30,000を突破したので、自分の行った所で人口30,000以上の所でどこをUPしようかと迷っておりましたが、有田みかんがあまりに有名なこの有田市の駅にしました。

ここ有田市は「あり」と濁ります。佐賀県の有田町(これまた有田焼があまりに有名)はそのまま「ありた」と読みます。昔っからダンボールといえばみかん箱、みかん箱といえば当然のように「有田みかん」を連想しましたが、恥ずかしながらここへ行くまで「ありみかん」だと普通に思っていました。

-JR箕島
【市内】
市内3駅(いずれもJR)中の中心駅    
【路線】JR紀勢本線(亀山-和歌山市間)  
【開業】1924年2月28日(訪問は2009年8月)
【1日あたり平均乗車人員】 1,888人/日 (2006年)
【近隣の都市駅】
(亀山方面)御坊駅→7駅
          (和歌山市方面)海南駅→5駅

▼和歌山県では御坊市に次いで2番目に人口が少ない市がこの有田市ですが、ここには有田駅なるものはなく、この箕島駅が中心で、その箕島の名も有田みかんに負けず劣らず、高校野球にて全国的な知名度を持っているといってもいいでしょう。ちなみに県内には同じ紀勢本線で紀伊有田(きいありた)駅というのが串本町(本州最南端、潮岬のあるところ)にあり、また佐賀県の有田町には本家ともいえるsign02「有田駅」が存在します。

ここに降り立ったのは一年前のちょうど今頃になりますが、この一連の紀勢線の旅の前は、和歌山県の市といえば、和歌山、海南、橋本と北部しか行った事がありませんでした。

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▼ホームは2面3線で、跨線橋にてつながっています。

特急くろしおなどが一部停車し、この右側のもその「くろしお」でしょうか。この駅ではあまりホームの写真を撮っておらず、また両サイドに電車がいて、2面3線と分かるようなカットになっていませんが…。
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▼箕島駅の駅舎です。

褐色の三角屋根を持つ平屋建て駅舎ですが、市の中心駅としてはやや小規模な感じで、それなりには横に長い建屋になっていて、向かって右にはコンクリート色丸出しのトイレがあります。

タクシーがこんなにバラバラと間隔あけて停まってるのは以外に珍しい光景のような気がします。出入口付近は以前からの駅名表示で、左側がJRになってからの表示というところでしょうか。
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2010年8月15日 (日)

近鉄/御所駅 (奈良県御所市)

奈良県御所市の近鉄・御所(ごせ)です。

御所市は奈良県の西部に位置し、人口は29,975人(2010.7.1現在)と奈良県の市では人口が最少となっています。願い事を一言のみかなえてくれるという「一言主神社」があります。

-近鉄・御所
【市内】
市内6駅(JR4、近鉄2)中の中心駅 
    →※御所駅はそれぞれカウント、吉野駅口駅はJRと見なした場合   
【路線】近鉄御所線(尺土-御所間)
【開業】1930年12月9日(訪問は2008年7月)
【1日あたり平均乗降車人員】 4,238人/日 (2008年)
     ※近鉄全調査対象323駅中126位
【近隣の都市駅】(尺土方面)尺土駅→3駅

▼奈良県の市の駅初登場です。JRにも同じ御所駅があり、徒歩移動は充分可能ですが、やや離れた所にあり、また規模はこちらの近鉄駅の方が大きいと感じました。御所駅はJR・近鉄ともありますが建物は別で離れており、同じ市内の吉野口駅はJR・近鉄が同居する格好となっています。

近鉄の御所線という盲腸線の先端にある終着駅で、御所線では尺土駅で南大阪線に合流し阿部野橋か橿原神宮前駅へと進みます。個人的にはここに来るまで「ごしょし」だと思ってました。所を「せ」と読むとは…という感じで。他所を「よ」と読むので、それの訛ったものかな、と勝手に解釈していますが…。

さすがは奈良県、名所に寺社が多いです。そんな中、葛城山ロープウェイというのもありますが、ちょっと遠い(西3.3Km)ですね。
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▼終着駅らしく車止めがありました。

尺土駅から3駅だけの短い路線です。
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▼2面2線のホームで構内踏切での連絡と終着駅らしからぬ構造と感じしました。

広告看板にあったキティちゃんの自動車学校のが妙に印象的でした。
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▼さすが市の中心らしい立派な駅舎、に見えますが、出入口は自動改札部分だけで、きっぷの券売機や自販機等々の上に屋根が広くかかっているだけで、駅舎というよりテーマパークにあるようなゲートに近い感じです。決してそこの建物の中で待合をするというスペースではなかったです。
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▼駅前広場から前の交差点を渡って、やや引いた駅のカットです。横に長いのですが建物というより広いゲートで、左側にはバスのりばが独立して存在しています。
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JR川棚駅 (長崎県東彼杵郡川棚町)

長崎県東彼杵(ひがしそのぎ)郡川棚町のJR川棚(かわたな)です。

川棚町は長崎県の中部に位置し、人口は14,713人(2010.7.1現在)で、戦時中は海軍工廠が置かれ、魚雷訓練所などと共に跡地が残っているそうで、戦争によって大きく動かされた町という事を特にこのような日に書くと感じます。

-JR川棚
【町内】
町内2駅(いずれもJR)中の中心駅    
【路線】JR大村線(早岐-諫早間)
【開業】1898年1月20日(訪問は2010年8月)
【1日あたり平均乗車人員】 1,026人/日 (2006年)
【近隣の都市駅】
(早岐方面)早岐駅→4駅
          (諫早方面)大村駅→6駅

▼長崎県の駅初登場です。

10年前に日本全都道府県を踏破しましたが、この長崎県だけは駅舎の写真はおろか風景写真の一枚も撮った事がなく、この盆休にどうしても長崎県には行っておきたいと思いやって来ました。

初めて長崎県に来たのは中学の修学旅行、時に1985年の事でした。大人になってから各地を旅したのですが、九州一周旅行時に唯一この長崎県だけ寄らずに来てしまい、2002年にようやく自意志で初めて長崎市へ。自意志で寄った最後の都道府県でした。しかしこの時は友人の結婚式で写真一枚も撮らず(人と行動する時は写真撮らないので…)で、それ以来8年、今夏ようやく初めて単独で長崎入りし、このように写真を撮る事に相成りました。

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▼ホームは2面2線で、向こうにある構内踏切で渡る形式となっています。

左側のホームは右側の線路が撤去されて、こちらから見ると両ホームの左側に電車が停まる格好となります。

諫早市と佐世保市という長崎第2、第3の都市を結ぶ「大村線」内にある駅で、佐世保市の早岐(「はいき」と読みます)駅で、佐世保線へとつながり、佐世保方面と佐賀方面に分かれます。
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▼上の写真のホームから構内踏切に向かってまっすぐ歩いたところです。

上の歩道橋は駅のものではなく、駅の外のものです。

ホームの屋根部分は上の写真にあるだけで、この構内踏切を渡る辺りは全くなく、この時すごい雨が降ってきてて、なかなか辛いものがありました。歩行時は渡ってすぐ右折して階段を上がるのですが、バリアフリーにも対応している為、道が入り組んでいるように見えます。

右向こうにホームが見えますが、もう使っていないのでしょうか、草が生い茂ってきていました。
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▼川棚駅の駅舎です。

平屋建ての横長駅舎で、豪華そうに円状に広がる階段が数段、踊り場つきで設けられていました。

13時台に到着したのですが、快速停車駅でありながら次の電車まで1時間以上なく、歩き回ろうとしていたのですが、旅行三日目で足も痛み、しかも強烈な雨でとても動ける状況にはありませんでした。痛みもあり元々ハッとするような観光はできない(する気がなくなっていた)と思っていたものの、ほとんど駅前の飲食店で時間をつぶす事と相成りました。

足の痛みというのは筋肉疲労ではなく各所で発生していた水ぶくれ、これに尽きました。体力的にOKでしたが、水ぶくれに豪雨ときたら…、ちょっとムリでした。
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JR二宮駅 (神奈川県中郡二宮町)

神奈川県中郡二宮町のJR二宮(にのみや)です。

二宮町は神奈川県の南部に位置し、人口は29,625人(2010.6.1現在)で、町内の川勾(かわわ)神社が「相模国二之宮」と呼ばれていた事が町名の由来といわれ、行政上はいわゆる「湘南」地域に入っています。

-JR二宮
【町内】
町内唯一の駅    
【路線】JR東海道本線(東京-神戸間)
【開業】1902年4月15日(訪問は2007年9月)
【1日あたり平均乗車人員】 14,337人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】
(東京方面)平塚駅→2駅
          (神戸方面)小田原駅→3駅

▼小田原以東湘南地域に入り、利用者も10,000人/日を超すなど普通に都市の駅と見なしてもよいようなところです。ホームには「グリーン車(15両)はこの附近にとまります」とりありました。関東では普通列車のグリーン車があるんだな、と初めて来た時に思ったものです。

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▼ホームはわずか1面2線で、多くの利用者数を誇る割には意外に感じましたが、うちの近くの駅でも1面2線の駅多いから、別に珍しい訳ではないのですね。向こうにある跨線橋の上に改札がある橋上駅舎で、跨線橋自体は両側出口への自由通路となっています。
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▼二宮駅の駅舎(北口)です。

いかにも橋上駅舎といういでたちで、正面から見るとサイドに階段が下りています。

てっぺんに駅名が表示されていて、より目立つようになっています。窓は一番上以外の階段部分はかなり小さめになっています。なんとなくお城の鉄砲穴のような…
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▼こちらは南口です。

出口付近しか撮ってませんが、北口撮ったからもういいやと思ったのでしょうか、記憶が定かではありませんが…、こちらは商店街などあってなんとなく下町風情?!を感じた覚えがあります。
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2010年8月14日 (土)

JR根室駅 (北海道根室市)

北海道根室市のJR根室(ねむろ)です。

根室市は北海道の東端に位置し、人口は29,868人(2010.3.31現在)で、北方領土に最も近い町で、日本最東端・納沙布岬を持つ町でもあります。ちなみに市の木は千島桜、市の花はユキワリコザクラと、どっちも桜やんと突っこみたくなりましたが…。雪割り桜って聞いた事あるなと思ったら「青い山脈」の1節に出てくるな、と…(古くてスミマセン)

-JR根室
【市内】
市内9駅(いずれもJR)中の中心駅    
【路線】JR根室本線(滝川-根室間)  ※終着駅
【開業】1921年8月5日(訪問は2005年10月)
【1日あたり平均乗車人員】 170人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】
(滝川方面)釧路駅→20駅

▼久々の北海道の駅ですが、北海道の市の駅としては初登場です。日本最東端の路線の終着駅ではありますが、その最東端の座はひとつ手前の東根室駅に譲っています。

その最東端を走る路線は根室本線の中でも「花咲線」という愛称がつけられ、その区間は釧路-根室間20駅ほどですが、料金は2500円(普通で)くらいかかりました。根室が釧路の隣だと思って行ったらエラい目に遭います。1本乗り過ごしたから数時間ないので、おいそれと途中で寄る訳にもいかず、釧路からそのままやって来ました。
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▼花咲線としてこんな花の絵が貼られていましたが、これはこの翌年2006年までだったそうで、今はないようです。ステンレス質のこの車両はキハ54形というものでしょうか、四国仕様と北海道の酷寒仕様のものとに大別されるようです。
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「ようこそ 根室へ」の歓迎看板には「日本最東端の街」と銘打ってありました。
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▼ホームの様子です。

と言っても電車が止まってて暗くなってしまってますが…

ホームは1面1線のみで市の中心駅としては寂しいものがありますが、2~3時間に1本程度の運行でかつ終着駅とあれば仕方のない部分があるのかもしれません。
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▼根室駅の駅舎です。

例によってというか、昔撮ったものは全体像だとか構図だとか完全無視してます。こんな平屋の駅なんだな、という事だけ分かって頂ければ、という感じで。ホントはもう少し横に長いのですが、うまく撮る事とか頓着してなかったようです、どうも。

ここから納沙布岬行きのバスが出ていて、この時はそのバスに飛び乗った訳です。
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JR水巻駅 (福岡県遠賀郡水巻町)

福岡県遠賀郡水巻町のJR水巻(みずまき)です。

水巻町は福岡県の北部に位置し、人口は29,363人(2010.7.1現在)で、1970年から90年まで過疎地域に指定されていたといいますが、70年当時の人口は26,000人台、90年の指定解除時は今とほぼ同じ29,000人台、人口密度は2,000人/K㎡を超える水準なのに過疎地域とは、どういう事なのでしょうか?ともあれ今は周辺の町と共に北九州市のベッドタウン的な位置づけにあります。

-JR水巻
【町内】
町内2駅(いずれもJR)中の中心駅    
【路線】JR鹿児島本線(門司港-八代間)
【開業】1961年10月1日(訪問は2010年4月)
【1日あたり平均乗車人員】 2,184人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】
(門司港方面)折尾駅→隣駅
          (八代方面)赤間駅→4駅

▼個性的な駅舎で有名な北九州市の折尾駅が隣にあり、また反対側は宗像市の中心駅である赤間駅が最寄りの都市駅になるでしょうか。

こういう昔然とした駅名標が残っているのがうれしいところです。おりお、は回文駅名ですね。
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▼ホームは2面2線で、両ホーム間は地下道でつながっていますが、それぞれに出口を持っています。写真左側(北口)が駅舎のある方になります。
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▼駅舎のない北口のホームの様子です。

下りた先の横に向かいの北口との通路がつながり、下りて左折すると南側出口へと向かいます。
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▼南口の階段を降りたところにはプチ・ガーデニングがなされていて、構内が殺風景にならない事に一役買っています。
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▼同じ南口の構内、郷土の大関・魁皇関が自動車税の納税ポスターに登場。この名古屋場所では残念ながら途中休場で、次の秋場所に進退がかかりますが、38歳にして大関、まだまだ頑張ってほしいところです。
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▼南口です。

駅舎というよりは出口の延長上に屋根がついてるという感じで、簡易型のものとなっています。こちらは非常に自転車が多くとまっていました。
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▼こちらが北口の水巻駅の駅舎です。

平たい屋根部分の鮮やかなブルーがとても印象的ですが、全体像を撮るのがなかなか難しかったので、こんな形でしか撮れていませんが…。

駅舎自体はそれほど大きくなく、私鉄駅に多く見られがちな構造かな、と個人的には感じました。バスのりばは反対側、南口の前に広いスペースが取られています。
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JR高鍋駅 (宮崎県児湯郡高鍋町)

宮崎県児湯(こゆ)郡高鍋町のJR高鍋(たかなべ)です。

高鍋町は宮崎県の東部に位置し、人口は21,715人(2010.7.1現在)で、かつては高鍋藩として栄えた城下町で、全寮制の藩校まであっという教育熱心な町だったという事です。現在の宮崎県では最も面積の小さい自治体です。

-JR高鍋
【町内】
町内唯一の駅    
【路線】JR日豊本線(小倉-鹿児島間)
【開業】1920年9月11日(訪問は2010年8月)
【1日あたり平均乗車人員】 921人/日 (2006年)
【近隣の都市駅】
(小倉方面)日向市駅→7駅
          (鹿児島方面)宮崎駅→6駅

▼前回豊後竹田駅で載せました大分県に続いて宮崎県も今夏13年ぶりの訪問となり宮崎県の駅も初登場です。九州の西側を走るメイン路線が鹿児島本線ですが、東側のメインを走る日豊本線の駅としても初登場です。

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▼ホームは1面2線で、改札口への跨線橋が設けられています。右側の線路は1本あってその右は柵がされていますが、かつてはもう1本あったのかと感じさせられます。ホームまでの距離といい、もう1本あってその後廃止になり撤去されたのかと…。

この辺りの日豊本線の郡部の駅では特急が全停車する唯一の駅です。
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▼ホームから電車が出て行くところです。

九州は普通車でもよそからは考えられないほど豪華だったりして車両の宝庫とも言えると思います。
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▼ホームから見える「舞鶴灯籠」、高鍋藩主・秋月種茂公を偲ぶとあります。

秋月種茂(あきづき・たねしげ:1744-1819)公とは高鍋藩第7代藩主で名君の誉れ高く、また上杉鷹山(治憲)の兄にあたる人物で、弟の鷹山が米沢で興譲館として学問所を再興させた人物ならば、種茂も藩校・明倫館を設立し武士だけでなく民百姓にも学問を広めたといいます。

今では高鍋城灯籠まつりとして、高鍋城の石灯籠に多くの明かりが灯されるといいます。
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▼跨線橋内は特急停車駅の割に掲示物のない寂しいものとなっています。
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▼跨線橋から眺めたホームの様子です。

1面だけのせいかこじんまりとした印象を受けます。左が改札側になりますが、右側は完全に緑ですね。
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▼高鍋駅の駅舎です。

建物の真ん中部分からひさしが張り出し、その先は下へと連子状(縦線だけの)の窓?!壁??がおりています。これがこの建屋の大きな特徴となっています。
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▼ロータリーの植え込み部分には真ん中に大きく駅名表示の看板が出ています。

一応駅舎にもちゃんと駅名の表示があるんですが…。

前の看板には「ようこそ 高鍋海水浴場・キャンプ村へ」とあり、海水浴場はこの駅の裏手少し行ったところにあります。
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JR豊後竹田駅 (大分県竹田市)

大分県竹田市のJR豊後竹田(ぶんごたけた)です。

竹田市は大分県の南西部に位置し、人口は24,294人(2010.7.1現在)で、作曲家・滝廉太郎が幼少期を過ごした町で、「荒城の月」は市内の岡城をイメージして作られたといいます。その岡城を擁する城下町としての側面の強い町でもあります。

-JR豊後竹田
【市内】
市内3駅(いずれもJR)中の中心駅    
【路線】JR豊肥本線(大分-熊本間)
【開業】1924年10月15日(訪問は2010年8月)
【1日あたり平均乗車人員】 467人/日 (2006年)
【近隣の都市駅】
(大分方面)三重町駅→4駅
          (熊本方面)阿蘇駅→7駅

▼大分県の駅、ならびに九州の市の駅初登場です。今回の盆休みで実に13年ぶりに大分県を訪ねました。

「たけだ」と濁らず、「たけ」と読みます。市名は元々そうでしたが、駅名は昭和44年に「ぶんごたけ」から濁点が取れる形で改称になったといいます。私は来るまでは「たけだ」だと普通に思ってましたが…

豊後大野市の三重町駅まで3駅、熊本県阿蘇市の阿蘇駅まで7駅と人口2~3万人台の小都市が周辺にあります。
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▼木造の立派なホーム上の屋根、骨組みが複雑に入り組んだ様子が見事です。柱の足下は全て太い台座が敷かれている格好でこれもまた重厚感を一層強めています。

ちなみにホームには「荒城の月」が流れていました。
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▼ホーム上のベンチの1つに、カボスの輪切りが。

大分県の駅にはちょくちょくこのような輪切りにしたベンチが見られますが、カボスは大分県を代表する特産品であることから来ているようです。近年はエコノミークラス症候群等による血栓に効果があることが分かったとか。

しかし輪切りとは考えましたね…。
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▼市内の岡城のイメージ模型でしょうか、日本100名城に入る素晴らしいお城ですが、明治初めの廃城令で破却され、現在は石垣しか残っていませんが…。

この模型の石垣部分には「日本人の心に流れる 名水の流れのように 『荒城の月』を歌い継ぎたい」とあります。
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▼ホームは1面2線のみで、この階段をおりて改札へとつながります。

大分県銘菓として「荒城の月」の看板が出ていました。さすが滝廉太郎の町!
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▼ホーム下階段から見上げた様子、見事な木造屋根の構造がよく見えます。
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▼ホームを降りた下の通路は「トンネルギャラリー」として市内各所の風景写真が飾られています。

こういうスペースをこのように有効活用しているところには実に好感が持てます。
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▼トンネルギャラリーには「ふるさと竹田 夏風景」として市内各所の写真が展示されています。

「旧市内」とありますが、竹田市は2005年に平成の大合併で周辺3町と共に新制・竹田市となり、それ以前は人口1万人台だったといいます。その頃の市内エリアなのでしょう。
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▼駅舎内です。はてこれは何の建物でしょうか、確認するの忘れましたが、改札横に結構な大きさで建っていました。横には待合室があり、また入口すぐのところには魚(ランチュウか何か?!)が飼育されていました。
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▼これが豊後竹田駅の見事な駅舎です。

この駅舎が見たかったが為に、大分駅から豊肥本線に乗ってやって来たようなものですが、実際にこの目で見ると写真で見るよりも何倍も感動しました。

ここは絶対一見の価値ありですsign03

新しい和風建築の駅は興ざめする事もありますが(それなりにお金かかっているのでしょうが)、この駅の建物はホンモノです。
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▼もう少し引いてみてのカットを。横に長いのでかなり離れないと全体像が撮れませんでした。

どこから見ても実に立派な駅舎です。人口2万人台でも昔から市としてある所の中心駅は立派なものが多いです。平成の大合併で新市になった所もゆくゆくは中心駅として大きくなってほしいものだと思いますが如何なものでしょう。

とにかくここは時間かかっても寄って正解でした、自分が近年見た駅の中では間違いなく5本の指に入ります。
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2010年8月13日 (金)

JR遠野駅 (岩手県遠野市)

岩手県遠野市のJR遠野(とおの)です。

遠野市は岩手県の真ん中からやや南東部に位置し、人口は29,439人(2010.6.1現在)と前回記事の同じ県内・二戸市とほぼ同数の人口となっています。(面積は二戸の倍ありますが…)

柳田國男氏の「遠野物語」が有名な町ですが、それがどこにあるのかここに来るまでよく分かっていませんでした。この説話に河童や座敷童子などが扱われ、町中でよく河童の像が見受けられます。

-JR遠野
【市内】
市内12駅(いずれもJR)中の中心駅    
【路線】JR釜石線(花巻-釜石間)
【開業】1814年4月18日(訪問は2009年8月)
【1日あたり平均乗車人員】 385人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】
(花巻方面)新花巻駅→11駅
          (釜石方面)釜石駅→10駅

▼岩手県の中部を東西に横切る釜石線のほぼ真ん中にある駅です。

人口3万足らずの遠野市に実に12もの駅(すべて釜石線!)があり、その中心の座にあります。その為、隣の花巻市や釜石市などの中心まで10駅以上を要します。

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▼ホームは2面3線、向こうに室内型の待合室があります。

左側が2番線で太平洋側の釜石へと向かいます。当初はここを外して釜石まで降りないつもりでしたが、列車の遅れ等が出たので、一旦ここで降りて立ち寄る事にしました。
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▼ホームは跨線橋でつながっています。

その入口には「ようこそ民話の里遠野へ」の看板が掛かっていました。

ホーム上のクラシックなベンチが渋かったです。
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▼跨線橋内は掲示物でビッシリでした。

窓の上の白木の質感がいい味出しています。

特急はありませんが、普通以外に快速「はまゆり」が停車するという事で、また市の中心でもあり跨線橋内の華やかさにも、相応の格のある駅であることが窺えます。
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▼跨線橋からの眺めです。

豪華な駅舎であることが、裏から見ても分かります。ホームに停まっている釜石線の電車は白と若竹色のツートンとなっていて、頭に100-12とあり、キハ100形0番台というやつでしょうか。
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▼遠野駅の駅舎です。

硬質コンクリートブロック造りの駅舎というのは他にあまり例を見ないということですが、豪華な駅舎だと思ったら2F部分は「フォルクローロ遠野」というホテルになっています。

よくJR駅舎そのものに高層ホテルがありますが(名古屋、倉敷など)、2F建てで上がホテルになっている駅というのは結構珍しいのではないでしょうか?高層でない駅ホテルでは京都の園部駅にありましたが、2F建ては他に知りません。駅との一体感がより強いというか、「駅泊」というのを強く感じられるのでしょうか…??
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2010年8月12日 (木)

JR二戸駅 (岩手県二戸市)

岩手県二戸市のJR/IGRいわて銀河鉄道の二戸(にのへ)です。

二戸市は岩手県の北端に位置し、人口は29,470人(2010.6.1現在)で、室町時代以降この地は南部氏の支配下にありその政策の一環で9つに地区を分けられ、一戸、二戸…となっているようです。そのうち市なのは青森県八戸とここ二戸のみです。三戸、五戸、六戸、七戸は青森県の町、九戸は岩手県の村、一戸は岩手県二戸郡内の町で、四戸というのは忌避されているのか存在しないといいます。

-JR/IGRいわて銀河鉄道・二戸
【市内】
市内3駅(JR1、IGR2)中の中心駅    
【路線】JR東北新幹線(津幡-和倉温泉間)
     IGRいわて銀河鉄道(盛岡-目時間)
【開業】1891年12月20日(訪問は2009年8月)
【1日あたり平均乗車人員】 JR-739人/日 (2009年)
                 IGR-790人/日 (2009年)→乗「降」人員数
【近隣の都市駅】
(盛岡方面)好摩駅→8駅
          (目時方面)八戸駅→9駅(新幹線では隣駅)

▼山陽本線沿線に住んでいるせいかなかなか理解しづらい構造ですが、東北新幹線が八戸まで延伸した際に、在来線部分はJRから第3セクターであるIGRいわて銀河鉄道に移管されました。また北へ3駅の目時(めとき)駅を境に以北は八戸駅まで「青い森鉄道」という同じく第3セクター路線がつながっていて、かつての東北本線はこの辺りで寸断されてしまっています。山陽線では考えられないケースなので、いちいち乗換や切符買い直しが必要だとか納得しがたいものがありました。

ちなみにこれは東北新幹線の駅名標です。開業当初は福岡駅という名称で、1921年に北福岡駅に、そしと民営化直前の1987年に現駅名に変わったという経歴を持っています。
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▼着いたのがかなり暗くなりかけていた頃で、電気がつきまくっておりお見苦しくてスミマセン。さすがは新幹線駅!見事な構内の様子です。山陽新幹線と違って人口の少ない自治体にも多く新幹線駅が設置されているなと感じます。
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▼更に上から。

こちらは幾分見苦しくないカットかなと…。

しかし豪華そうに見えますね、どこ見ても…。新幹線の開業は2002年、まだ10年も経っておらず、利用者もそれほど多くない?!せいか設備がそれぞれきれいに見えます。
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▼駅構内にあった勇猛さ満点のセットです。

九戸政実(くのへ・まさざね)という戦国時代の武将で、豊臣秀吉が天下統一をなしとげたとされる1590年の翌年になる91年に主君にあたる南部氏に反旗を翻し、南部氏はこれにたえきれず秀吉に大量の援軍を求め鎮圧にかかったといいます。そのときの舞台が九戸城で、この二戸市内にあります。
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▼この二戸は来てすぐ発たなければならなかったのですが、どんな町かぐらいせっかく来たので知っておこうと案内の写真をとりあえず収めました。

ホタルの生息地…、ヒメボタルという星が瞬くような光り方をするホタルのようです。馬仙峡都という岩手県北一の景勝地があるのかフムフム…、といった感じで。決して寄る事はなかったのですが…。あっちもこっちもいちいち寄りたくなって困ったものです…。
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▼基本的に暗くなってからは街に寄らず(宿泊地は別ですが)、駅の写真も撮らず、行ったうちにもカウントしない(明るいうちしか撮らないのがマイルール、宿泊地は翌朝撮る)のですが、一応撮ってそれなりに駅の形が分かるなら寄った事にしとこうか、という事で撮りました。さすが新幹線駅、やっぱり立派です。東北地方じゃかなり大規模な部類に入る事でしょう。よくある橋上駅舎といえばそうですが、個人的には京都の綾部駅に似てるなと思いました。
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若桜鉄道/八頭高校前駅 (鳥取県八頭郡八頭町)

鳥取県八頭郡八頭町の若桜鉄道・八頭高校前(やずこうこうまえ)です。

八頭町では、郡家駅隼駅をUPしていますが、いまちょうど八頭高校が甲子園で試合をしているので、ここぞとばかりにUPする気になった次第です。

-若桜鉄道・八頭高校前
【町内】
町内10駅(JR3,若桜鉄道7)の1駅     
【路線】若桜鉄道 (郡家-若桜間) 
【開業】1996年10月1日(訪問は2009年5月)
【1日あたり平均乗車人員】 不明
【近隣の都市駅】(郡家方面)郡家駅→隣駅
          (若桜方面)若桜駅→7駅

▼JRと若桜鉄道の両方を有する郡家駅の隣駅として1996年に設置された比較的新しい駅で、郡家駅から十分歩いて行けます。

新駅のせいかJRっぽい駅名標で、他の若桜鉄道の駅ではこういうタイプのはあまり見た覚えがありません。あくまでローマ字koukouなんですね、high-schoolなどではなくて。

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▼ホームの様子、向こうが郡家駅方面です。

駅舎がなく、八頭高校の前から階段を降りてこの1面1線だけのホームに入ります。
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▼ホームを反対側から。向こうが若桜方面です。

この階段を上って橋を右に渡れば八頭高校です。
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▼ホームからは八頭高校を見上げる事ができます。

てっぺんの時計塔がかっこいいです。

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▼2枚目の写真のひさし部分の外側、こちらからも入る事ができ、駅名表示もあります。こちらが正確な入口かもしれませんが実質的には階段を降りてホーム内側へそのまま行くのかなという感じです。
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▼ホームにあったダイヤ&運賃表です。

この本数(1時間に1本あるかないか…)なので、高校生もこの時刻にあわせて学校を出ないと季節によってはえらい事になるのかな、と思ったりしました。

郡家駅でのJR乗継後の各駅の運賃も表示されていて、鳥取駅まで330円と意外と安い感じがしましたが、郡家は鳥取にかなり近いので当然といえば当然でしょうか。
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▼上から見た八頭高校前駅の全体像です。

鉄のレールのあるバス停といった感じもしなくもないですが、電車に乗り遅れるかどうかのタイミングで駆け込む時、この階段は大きな壁として立ちはだかる事でしょう。何せ逃すと1時間は待たねばならないし…、ですが郡家駅まで歩いて行けるので郡家方面の利用者はどれほどのものかよく分かりません。むしろ若桜方面はこれに乗るしかないと思いますが。
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JR羽咋駅 (石川県羽咋市)

石川県羽咋市のJR羽咋(はくい)です。

羽咋市は石川県の中部やや北に位置し、人口は23,190人(2010.6.1現在)で、JR駅のある北陸地方の市では最も人口の少ないところで、北陸全市のなかでも同じ県内の珠洲市に次いで人口の少ない市となっていますが、「UFOのまち」という側面も持っています。

-JR羽咋
【市内】
市内3駅(いずれもJR)中の中心駅    
【路線】JR七尾線(津幡-和倉温泉間)
【開業】1898年4月24日(訪問は2010年7月)
【1日あたり平均乗車人員】 1,392人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】(津幡方面)宇野気駅→7駅
          (和倉温泉方面)七尾駅→7駅

▼現・かほく市の中心・宇野気駅と七尾市の七尾駅まで共に7駅となる所に位置しています。

ここんとこ石川県の七尾線の駅ばかりUPしていますが、7月末に七尾線ののどかな市町の中心駅めぐりをやっていました。この駅を皮切りに良川(中能登町)、宝達(宝達志水町)、宇野気と計4駅を訪ねてきたというこのブログでは比較的鮮度の高い記事となります。
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▼ここまで乗ってきたサンダーバード号がホームを発つところです。

ここを出て七尾の和倉温泉まで走っていました。
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▼ホームは2面3線でブルーの跨線橋でつながっています。

ホームからの階段は段だけではなく平らになっている部分も少しあって、単なるホーム間を移動する歩道橋ではないところを感じます。
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▼レンタサイクル取扱駅、とハッキリ銘打たれていました。

2時間まで300円、4時間まで600円、1日だと1000円となっています。1ヶ月で3500円、最長は6ヶ月で19,000円とまで書いてありました。
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▼羽咋駅の駅舎です。

かなりタクシーが停まっていました。

北陸地方の小都市にありがちなsign02低く平らな平屋で横に長い駅舎です。鯖江、魚津、滑川なんかはこんなタイプの駅舎ですね。
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▼駅舎全体像のカットです。

駅前広場はロータリーも時計塔もあり、以前からの市の中心駅と明確に分かる構造となっています。
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▼上の写真と反対に左斜めからのカットです。

こちら側には植込みからUFOのモニュメントが伸びています。さすがUFOのまち、といったところで。
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2010年8月11日 (水)

JR良川駅 (石川県鹿島郡中能登町)

石川県鹿島郡中能登町のJR良川(よしかわ)です。

中能登町は石川県の北部、能登半島の真ん中部分に位置し、人口は18,527人(2010.6.1現在)で、この駅のある旧鳥屋(とりや)町と鹿島町、鹿西(ろくせい)町とが2005年に合併してできた新しい町で、ここより北を奥能登、南は口能登と呼ぶんですね。

-JR良川
【町内】
町内4駅(いずれもJR)中の中心駅    
【路線】JR七尾線(津幡-和倉温泉間)
【開業】1901年6月15日(訪問は2010年7月)
【1日あたり平均乗車人員】 322人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】(津幡方面)羽咋駅→4駅
          (和倉温泉方面)七尾駅→3駅

▼旧・鳥屋町では唯一の駅で、現町内4駅のうちで他に鹿島町に1駅、鹿西町に2駅となっています。

現・町役場はこの駅と隣の能登二宮駅の中間辺りに位置しており、役場の最寄駅とは言いづらく、駅規模も突出して大きいなどという事もなく中心駅を特定しづらいものがありますが、特急「サンダーバード」が1往復だけですが停車する町内唯一の駅という事で中心駅と見なしてよいのでしょう。

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▼1往復のみですが特急が停車するという事で、足元に停車位置を示す標識が付けられています。
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▼ホームは2面2線でサイドの色が青い跨線橋でつながっています。

ホームは左側が跨線橋から室内型の待合室の部分まで屋根が設けられていて、反対の右側ホームもほぼ同じ長さの屋根が設けられています。
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▼上の写真の左側のホームにて跨線橋を降りたばかりの所からのカットです。

待合室は柱の向こうにあるのですが、手前には自動券売機とそれ用に作られたと思われる屋根つきの囲いがあります。向かいが駅舎側ですが、コチラからも出る事ができますし、また乗る事もできるよう(わざわざ向かいホームまで行ってきっぷを買わずに済むよう)券売機が設置されています。

ちなみに向こうの待合室は建物財産標によると昭和23年のものとの事です。
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▼上の写真のホームの出口です。こちらは駅舎も改札もなくこのまま出るだけですが、手すりが設けられています。
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▼跨線橋内です。

荒涼とした雰囲気の中、両端に僅かに掲示物がありました。  
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▼駅改札への出口で、二段ほどの段差を降りたここを入ってすぐ左に折れた所に改札があり駅員さんが居ました。

そういえば券売機があったのに買おうとしたら「コチラで買って下さい。どこまでですか?」と窓口で買うことに。券売機壊れていたのかは不明ですが…。
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▼良川駅の駅舎です。

平屋根でコンクリートの硬質な印象の強い建物ですが、窓はそれぞれ大きいなという感じがします。

駅前は広場というより全くの道路のカーブの途中にあり、車が縦に駐車できるくらいのスペースがあるくらいでロータリーも何もありませんが、このようにタクシーが何台か停まっていました。

JRの文字がなかったり、公衆電話が真ん前にあったりして昔の名残を感じさせます。
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2010年8月10日 (火)

JR宝達駅 (石川県羽咋郡宝達志水町)

石川県羽咋郡宝達志水町のJR宝達(ほうだつ)です。

宝達志水町は石川県の中部、県が真ん中の部分でキュッとくびれている所に位置し、人口は14,396人(2010.6.1現在)で、旧志雄町(しおまち)と押水町とが2005年に合併してできた新しい町で、宝達の名は能登最高峰の宝達山(637m)から取られています。石川県で最初の旧石器が発掘された町でもあります。

-JR宝達
【町内】
町内3駅(いずれもJR)中の1駅    
【路線】JR七尾線(津幡-和倉温泉間)
【開業】1898年4月24日(訪問は2010年7月)
【1日あたり平均乗車人員】 456人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】(津幡方面)宇野気駅→4駅
          (和倉温泉方面)羽咋駅→3駅

▼石川県の北陸本線を走る津幡駅から能登半島の方へ伸びる七尾線の駅として、また石川県のJR駅としても初登場です。石川県のJR線は北陸本線とこの駅のある七尾線の2つしかないというすごい事になっています。

旧・押水町に2駅あったうちの中心駅でしたが、合併後町役場は旧・志雄町側に移り、中心駅の位置づけを隣の敷浪駅に譲る事となりました。それでも利用者数は現・宝達志水町内で最多で実質的な中心駅といえるのではないでしょうか。
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▼ホームは2面2線で、コンクリート色そのままの感じの跨線橋でつながっています。

左側がメインの駅舎側ですが、右側にも駅舎があり、それぞれまったく別の顔を持った駅舎が存在しています。右側ホームは全く屋根がありません。
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▼上から見ると片側しか屋根が設置されていないのが一目瞭然です。
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▼屋根のある西側ホームの様子です。

行った時は無人で改札にはきっぷ回収箱がありました。

ベンチはホーム上には4脚が2セットで8人分座れるようになっています。
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▼跨線橋はコンクリート然としていて、掲示物はありませんでした。
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▼元々あったというメインの西側駅舎内です。

簡易委託駅ということで、訪問時は無人で出札の窓口には「終了」の札が置かれていました。駅舎内に自販機があり、かつての町の中心駅であったことが窺えます。
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▼同じく西口駅舎内で、上の写真と反対側の様子です。

結構多く椅子があります。この訪問時は舎内こそ殆ど居ませんでしたが、列車の来る頃になるとホームには片側ずつで20~30人くらいは居て意外に利用あるんだな、と感じました。
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▼宝達駅の西口駅舎です。

白と肌色のツートンでコンクリート然とした角ばった印象の強い建物で、数段の階段と共に横にスロープも設けられています。
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▼駅前は広場スペースはなく、普通に道路沿いに建っているという感じです。一応タクシーの停車スペースとされる区画は記されていますが…。
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▼こちらは東口の待合室です。

左側がホームで、これを出て右側にこの待合室が設けられています。

こちら側にも自販機がありました。ただし出札は西口のみです。
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▼同じく東口の駅舎内で、宝達志水町の特産品展示コーナーがありました。しかしワイン以外は殆ど額にある絵ばかりでした。
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▼東口の駅舎をホーム側から。

西口とは似ても似つかぬ全く違う建物となっていて、真ん中部分が高くなっていてどこか教会風でもあるように思えます。
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▼外から見た東口駅舎です。

ホーム側からよりは、より複雑な構造の建屋で、屋根部分には小屋根がつけられ、窓にも工夫が見られます。JRの表記はありませんが、「宝達駅東口」の表記が入口横になされています。

またこちら側はメインではないものの、駅前に広場が設けられ、ロータリーも形成されています。
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JR島本駅 (大阪府三島郡島本町)

大阪府三島郡島本町のJR島本(しまもと)です。

島本町は大阪県の北東部に位置し、京都府と接していて人口は28,971人(2010.6.1現在)で、大阪京都を結ぶ間にあり、かつてより交通の要衝として栄えてきた町です。

-JR島本
【町内】
町内2駅(JR、阪急各1)中の1駅    
【路線】JR東海道本線(東京-神戸間)
【開業】2008年3月15日(訪問は2008年4月)
【1日あたり平均乗車人員】 4,083人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】(東京方面)長岡京駅→2駅
          (神戸方面)高槻駅→隣駅

▼大阪府のJR駅初登場です。

これまで大阪府の駅はいくつかupしてきましたが、南海はじめ私鉄駅ばかりで今回初めてJR駅の登場となりました。大阪府でJR駅のある郡部は熊取町とこの島本町という人口の多い2町だけで、それ以下の人口の町村にはJR駅はないというハッキリ分かれた状態となっています。

2008年に開業したばかりの新駅で、同日にはあちこちで多くの駅が開業していました。訪問したいと思っていましたが、1ヵ月後にようやくやって来まました。

それまで大阪の高槻、京都の山崎という県境で東海道本線という大動脈の中、7.5kmもの長き距離にわたり駅がなく、JR側から島本町へ設置の打診はあったものの財政上等で思うに任せず見送られてきた経緯があるといいます。

それまでJR駅のあった郡部は熊取町だけだったわけで、この島本町も阪急の水無瀬駅しかない状態でした。ともあれ、この県境駅の設置で高槻からの東隣の駅までの距離は5.3kmと縮まりました。
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▼ホームは1面2線で、ホームを上がった先に改札のある橋上駅舎です。電車の入線時にメロディが流れる駅でサントリーオールドのCM曲が使用されています。この曲を聴くと何故か梓みちよ「二人でお酒を」を思い出します。なんとなくメロディが似てて。
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▼ホームは1面だけですが、線路はホームの両側に2本ずつ通っています。
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▼ホームから階段を上がって改札を出たところ。(右が改札)

Kioskも設置されていて、新駅だけに内装もきれいでした。
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▼出口への階段です。ここでは見えませんが右にはエスカレータも通っています。
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▼東口を出て、出入口周辺のカットを。

このアングルで撮ると王寺駅を思い出しました。駅名の表示がある位置も同じで。
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▼こちらはメインとなる東口の駅舎です。

なんか「へ」の字が多いな、と感じる建物でした。

への字が左上から右下へ流れて降りていくような…。

隣の山崎駅よりずっと大きな駅舎ができたものです。
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▼ホームからの眺めですが、東口の駅前風景です。

かなり建物が密集して都会的な風景となっていて、駅前の整備具合にも金かかってる感じがします。
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▼こちらは西口の駅舎です。

東口と全く正反対に、田んぼのど真ん中に突如建った感があります。

当時はこの辺り買収が進んでいなくて、開発もできなかったといい、周りは柵だらけで細い仮設通路が通っていただけでした。
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▼これが仮設通路の部分で、見事に柵だらけでした。
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▼西口の駅前風景です。

東口と全く違う、いや対照的とさえいえる閑散振りで、同じ駅前とは思えないですね。

田んぼばっかりのところにこいのぼりが延々と連なっていました。

いちばん手前が仮設通路部分ですが、今は状況が変わったのでしょうか。新駅設置事業の全てが2009年には完了しているとの事で、その進捗ぶりというか変化の程をまた見てみたいものです。
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JR垂井駅 (岐阜県不破郡垂井町)

岐阜県不破郡垂井町のJR垂井(たるい)です。

垂井町は岐阜県の西部に位置し、人口は28,600人(2010.6.1現在)で、関東と関西が文化的に分かれるとされる境界的な所で、エスカレータの右待ち・左待ちの境界だとか関東と関西のアクセントの入り混じった垂井式アクセントの方言が使用されているといいます。

-JR垂井
【町内】
町内唯一の駅    
【路線】JR東海道本線(東京-神戸間)
【開業】1884年5月25日(訪問は2007年4月)
【1日あたり平均乗車人員】 2,603人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】(東京方面)大垣駅→隣駅
          (神戸方面)米原駅→5駅

▼隣駅は岐阜県第2位の人口を誇る大垣市の中心・大垣駅と天下分け目の関ヶ原駅です。

大垣-米原間にある数駅のうちの1つで、東海道本線のきってsign02のダイヤの少なさでほぼ1時間に2本しかありません。
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▼垂井町は戦国時代の軍師・竹中半兵衛ゆかりの地でもあります。半兵衛は通称で、竹中重治(しげはる)が本名のようです。豊臣秀吉の参謀として活躍しましたがその生涯は短く、36歳の若さで亡くなっています。それでいてしっかりと歴史に名を残しているのだから素晴らしいものです。

元々斉藤家に仕えていましたが、斉藤家の滅亡で浪人し、その後織田信長の勧誘には難色を示し、豊臣秀吉に三顧の礼で迎えられて仕えるようになったといいますが、上司を選べるほどの才覚を持った「仕事のできる男」だった訳ですね。
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▼ホームは2面3線で、ホーム上が改札となっている橋上駅舎の構造となっています。

大垣-米原間にある駅では、両駅を除いて最も規模の大きい駅です。
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▼跨線橋は白壁状に茶色の骨組み、屋根は緑がかった(大阪城の屋根のような)和風建築のイメージのものとなっています。
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▼跨線橋の上からの眺めです。

ホーム上の屋根のある部分が多く取られているのが窺えます。
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▼橋上駅舎内の通路は窓側がステンドグラスになっていました。

その上には祭りの写真が並べられていましたが、まぁ祭りの多いこと。曳山祭りに太鼓踊り、伊吹祭り等々…。他にも中山道垂井宿祭、大石まつり、泉まつり、桜まつりと実に多様です。

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▼垂井駅の駅舎です。

宿場町のイメージなのか見事な和風建築様の二階建駅舎です。

駅舎正面から左側は真横に、右側は手前に突き出す形で階段が下りてきています。
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▼少し引くとこんな感じです。

正面は階段でしたが、こちら側は緩やかなスロープ状になっています。
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2010年8月 5日 (木)

JR竹原駅 (広島県竹原市)

広島県竹原市のJR竹原(たけはら)です。

竹原市は広島県南部の中央に位置し、人口は28,761人(2010.6.1現在)で、広島県で駅のある市では最も人口が少なく、「安芸の小京都」の名をもつ風情溢れる町です。浜省の出身地でもあります。

-JR竹原
【市内】
市内5駅(いずれもJR)中の中心駅    
【路線】JR呉線(海田市-三原間)
【開業】1932年7月10日(訪問は2006年9月)
【1日あたり平均乗車人員】 1,253人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】(神戸方面)三原駅→6駅
          (門司方面)呉駅→11駅

▼広島県の市の駅は初登場です。

竹のまち竹原へ、とはなんとも安直な…。タケノコが特産品ではあります。

ちなみにこの度の大雨で今は三原駅から当駅までの折り返し運転となっていて、以東は代行バス運転となっているそうで、最近の災害は鉄道を長期間運休させるような甚大なものとなっていて、異常気象なのかな、と思わされます。
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▼改札周辺です。

思えばこの駅では駅名標もホームもろくに撮ってませんでしたが、ここはホームからでも町の周辺地図が見られるのが嬉しいところです。

鉄枠の改札にきっぷ回収箱がありました。
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▼竹原駅の駅舎です。

横に長いので駅名が見えるように撮ろうとすると、なかなか全体が写しきれないという事になります。
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▼更に引いて撮ってもやはり横長すぎて、なかなか全体は撮れませんでした。

時計の柱は竹を模したペイントのようです。向こうの煙突とのコラボもなかなか面白い風景となっています。
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▼右側が駅舎で、駅前広場の様子です。

左には和風建築様の観光案内所がありました。

やはり昔からある市だけあって人口が3万を割っていても、それなりの規模の駅舎と広場を有しています。
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2010年8月 4日 (水)

JR大月駅 (山梨県大月市)

山梨県大月市のJR/富士急行・大月(おおつき)です。

大月市は山梨県の東部に位置し、人口は28,440人(2010.6.1現在)で、東京都心から100kmと離れていない関東大都市圏内にあります。

-JR/富士急行・大月
【市内】
市内7駅(JR6、富士急1)中の中心駅    
【路線】JR中央本線(東京-名古屋間)、富士急行大月線
【開業】1929年6月19日(訪問は2000年2月)
【1日あたり平均乗車人員】 JR-5,193人/日 (2009年)
                 富士急-2,284人/日 (2007年)→乗降者数
【近隣の都市駅】(東京方面)上野原駅→5駅
          (名古屋方面)塩山駅→5駅
          (河口湖方面)都留市駅→5駅

▼今回もこの一枚の写真にてのお送りです。

山梨県の駅初登場です。山梨県は町村の訪問が全くなかったので人口の少ないこの市の駅が初の紹介となりました。JR中央本線にあり、また富士急行の始発駅でもあります。

このログハウス風の駅舎が何とも印象的です。

屋根のてっぺんは交差して突き出ており、神殿を思わせます。

個人的には2000年冬、29歳の時にこの駅の到着をもって日本の全47都道府県に足を踏み入れたというとてもメモリアルな駅です。最後に訪れたのがこの山梨県で、その最初に訪れたのがこの大月駅、そして駅前にあるホテルに泊まって全県制覇を噛みしめて?!いました。
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2010年8月 3日 (火)

JR土佐山田駅 (高知県香美市)

高知県香美市のJR土佐山田(とさやまだ)です。

香美市は高知県の北東部に位置し、人口は28,292人(2010.6.1現在)で、この駅のある旧・土佐山田町を中心に2町1村が2006年に合併してできた新しい市です。日本三大鍾乳洞のひとつといわれる龍河洞があります。

-JR土佐山田
【市内】
市内4駅(いずれもJR)中の中心駅    
【路線】JR土讃線(多度津-窪川間)
【開業】1925年12月5日(訪問は1999年12月)
【1日あたり平均乗車人員】 不明
【近隣の都市駅】(多度津方面)阿波池田駅→15駅
          (窪川方面)後免駅→3駅

▼今回もこの写真のみです。

訪問した1999年当時は旧・土佐山田町の頃で、旧町名が今もそのまま駅名として残り、また駅舎も屋根の色は変わったりしているものの基本的に今もこの建物のようです。せっかく市になったんだから、新しい市の中心駅らしく少しは大きな駅にならないか、と思ったらさにあらずで、平成の大合併って行政上で市になっただけみたいな感じのとこが多いな、と思うのは気のせいでしょうか?どっかに新しい中心として香美駅、みたいなのができるとかそんな構想もないのかな、などと考えてしまいます。

昔の市の中心駅は人口が少なくても大きいのに、新しい市は例えば人口が9万くらい居ても昔の郡部の頃の駅のまま、みたいな感じで大合併の意味があるような発展をしてほしいものだと思いますがなかなか変わらないものですね。

四国の主要駅に大抵ある(という印象を持っている)ウィリー・ウインキーのパン屋さんがあります。これってJR四国のグループ企業なんですね。この駅は小さいので店があるとすごく目立ち、この駅には特にこのパン屋さんがあったな、という印象が色濃く残っています。
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2010年8月 2日 (月)

JR上月駅 (兵庫県佐用郡佐用町)

兵庫県佐用郡佐用町のJR上月(こうづき)です。

佐用町では佐用駅三日月駅をUPしていますが、当駅はJR姫新線の県境駅であり、姫路から出て兵庫県最後の駅で次の駅から岡山県に入ります。

-JR三日月
【町内】
町内6駅(JR4、智頭急行2)の1駅  ※佐用駅をJRとみなした場合    
【路線】JR姫新線(姫路-新見間)
【開業】1936年4月8日(初訪問は1993年9月)
【1日あたり平均乗車人員】 27人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】(姫路方面)佐用駅→隣駅、本竜野駅→8駅
          (新見方面)林野駅→4駅

▼この写真は1993年当時の駅舎で、現在は特産物直売所との合築できれいな大きな駅舎に生まれ変わっています。

この当時旧・上月町で唯一の駅でしたが、1994年に智頭急行が開業して久崎駅ができてからは町内2駅となりました。

個人的にはこの駅は初めてホームに足を下ろした郡部の駅です。そもそも鉄にも駅にも一切何の興味のなかったのですが、1989年7月、まだ平成になったばかりの頃でした。大学生になって初めての長期帰省で、オーソドックスなルート(やくも&新幹線)を外して違う道を選んだのですが、それが山陰線+伯備線、新見で乗換えて姫新線全線という結構冒険なルート?!でした。

途中、津山駅で降りてTV見たりしてたのですが、そこから乗った電車がなんとこの上月という当時「上月ってどこだよsign02」と思うような所で乗換えをする事に!新見や津山は知ってるけど上月??と思って、ホームに足を下ろした時、まわりに何にもなくてビックリしました。それまで都市しか見ずに生きてきたに近い人生18年と少しだったので、のどかなところに対する免疫がなかったといってもいいでしょう。ホームに降りただけで、外へも出ず駅舎も見ませんでした(興味のカケラもなかったので…)ので、訪問したとは見なしていませんが、郡部の駅でホームに降りたのは生まれてここが初めてでした。そういう思い入れのある駅でした。

当時、乗換を強いられた時、同じように乗り換えるのは高校生ばっかりでした。土曜の昼過ぎ、すごーく混んでいたのを今でも覚えています。何もないホームでした…。

その後1993年に4年ぶりに訪問して撮ったのがこの写真で、それからまた4年後の97年にも寄りましたが残念ながらカメラを忘れ(当時コンビニとかも今ほどなく調達が利かなかったのもあり)、撮っていませんが既に新しい駅舎に生まれ変わっていました。89,93,97年と4年ごとに偶然立ち寄り、自分にとってはオリンピックのような駅?!でもありますが、それ以来寄っていないし、他の写真もろくに撮っていないので、またゆっくり寄らねば…とも思っています。
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JR海田市駅 (広島県安芸郡海田町)

広島県安芸郡海田町のJR海田市(かいたいち)です。

海田町は広島県の南西部に位置し、人口は28,487人(2010.6.1現在)で、広島県のベッドタウン的なエリアとなっている安芸郡の1町です。

-JR海田市
【町内】
町内唯一の駅    
【路線】JR山陽本線(神戸-門司間)、呉線(三原-海田市間)
【開業】1894年6月10日(訪問は2008年8月)
【1日あたり平均乗車人員】 9,199人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】(神戸方面)西条駅→5駅
          (門司方面)広島駅→3駅
          (呉方面)呉駅→10駅

▼広島県の山陽本線の駅としては初登場です。山陽本線上にあり、またここから呉線にも分岐し、呉線の終着駅扱いとなっています。

この駅名を初めて見た時は、「かいたし」というのかと思っていました。海田という名前の市だと思っていたのです。元々は海田市町という名前だったのが、当時の東海田町と1956年に合併して「海田町」となったということです。昔の海田市町の駅ということで、そのまま「かいたいち」として名前が残ったわけですね。広島のこの辺りの駅は市なのか町なのか、どこの自治体に属するのかよく分からない所が多かったです。五日市(広島市)とか廿日市(廿日市市)とか…。

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▼山陽本線と呉線に属するという事もあって3面5線ものホームを持っていて、真ん中のホームからだと跨線橋は両方向に伸びていて、またそこに改札のある橋上駅です。

郡部の駅とは思えない規模で、さすがは広島のベッドタウンといったところでしょうか。
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▼駅を出ての歩道橋の上です。

やや複雑な構造をしているこの駅は色んな角度から駅舎を撮りたくなります。ということで、とりあえず駅名がはっきり見えるところから。
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▼駅舎のなるべく全体像に近い形のものをと撮ってみたものです。

白を基調にした角の目立つ建物群といった印象で、手前にはエレベータが設置されています。また歩道から降りている階段は実に足長なものとなっています。
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▼だいぶ引かないと全体像は撮れないと思い、更に引いて撮りました。

改めて複雑な構造の駅舎だと思いました。
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2010年8月 1日 (日)

JR三日月駅 (兵庫県佐用郡佐用町)

兵庫県佐用郡佐用町のJR三日月(みかづき)です。

佐用町では佐用駅をUPしていますが、現佐用町は旧・佐用郡4町が合併してできた事もあり、他にも駅は沢山あります。。

-JR三日月
【町内】
町内6駅(JR4、智頭急行2)の1駅  ※佐用駅をJRとみなした場合    
【路線】JR姫新線(姫路-新見間)
【開業】1934年3月24日(訪問は1992年6月)
【1日あたり平均乗車人員】 132人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】(姫路方面)本竜野駅→5駅
          (新見方面)佐用駅→2駅

▼旧・三日月町では唯一の駅で初めて訪れた1992年当時はこのような駅舎ではありませんでした。当時写真を撮っておけば…と後悔しますが、この写真は2003年8月に再訪時のもの、ちょうど駅舎がこの建屋に改築になった直後でした。
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▼すぐ横にある農協の建屋です。

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▼三日月駅の遠景です。

駅舎は正方形の建物に瓦屋根が乗るというややユニークなものとなっていました。

駅前は車が何台か停まっているスペースとなっていました。立替になる前の姿が思い出せません。
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▼訪問当時は、まだ旧・三日月町の頃で右側の三日月マークの建物が当時の町役場で、駅から程ないところにありました。

三日月の地名は江戸時代においても三日月藩という藩名が存在するほどで、昔からあったもので、廃藩置県後は三日月県にもなったといいます。
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▼これも当時の三日月町役場の三日月がのぞいている状態で撮ったもの、今は三日月支所と名前を変えていますが、同じように三日月はあるのでしょうか…??
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