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2011年2月の17件の記事

2011年2月28日 (月)

JR茅野駅 (長野県茅野市)

長野県茅野市のJR茅野(ちの)です。

茅野市は長野県の中東部に位置し、人口は56,375人(2011.1.1現在)で、岡谷市や諏訪市などと形成する「諏訪地域」で最も人口の多い市で、八ヶ岳、蓼科(たてしな)高原などの山岳系の観光地を数多く有しています。また市役所は標高801m地点にあり、日本の市では最も高い場所に市役所があります。スピードスケートの小平奈緒選手の出身地でもあります。

-JR茅野
【市内】
市内2駅(いずれもJR)中の中心駅
【路線】
JR中央本線(東京-塩尻間)
【開業】
1905年11月25日(訪問は2006年9月)
【1日あたり平均乗車人員】
3,441人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】
(東京方面)小淵沢駅→5駅         
          (塩尻方面)上諏訪駅→隣駅  

▼ここもまた長野県の市の中心駅特有ともいえる、この写真入の駅名標があります。この緑の鮮やかなフレームもいいですね。

この訪問当時は2006年9月、駅開業から年齢レベルでいうと100歳の時に訪ねた事になります。
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▼ホームは2面3線で、向こうの階段を上がった先が改札となる橋上駅舎で、ホームには「寒天の里」という幟がいくつも立っており、この町の伝統産業となっています。

またホーム端のど真ん中にはこのような黒曜石の原石が置かれていました。

昭和30年代に地元の方が八ヶ岳冷山から巨岩を運び出し、小学校に寄贈したもののひとつなのだそうです。黒曜石はガラスとよく似た性質といわれ、縄文時代から槍や矢じりなどの狩猟道具として、またナイフとしても使用され、またこの信州産のものは青森県や関東地方などへも交易品として出回っていたといわれています。
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▼改札周辺の様子です。

「ようこそ信州蓼科高原へ」という歓迎看板がかかっていました。

北隣には立科町という町があり、こことの境界に蓼科山があるという格好になっています。
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▼橋上駅舎につき両側に出口があり、改札を出たところは東口と西口にそれぞれ分かれています。

東口は蓼科高原口、茅野市役所などで、西口はバスターミナル口というのが主なところで、私の場合は一箇所にあまり多くの時間をかけない(なるべく多くの場所に寄りたい)ので、駅の両出口がある場合、どっちが栄えてるのかな?というのをこういうのを見て判断し、栄えてる方をとりあえず押さえとこう、と思って降りて行きます(時々間違う事もありますが…)

ちなみにこの駅本屋にドムドムのハンバーガー(なんとなく懐かしい響き…)や養老乃瀧なんかもあるようです。
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「国宝のある街」として看板が出ていました。

日本最古の国宝「土偶」 愛称・縄文のビーナス!って

向こうにはきれいな白い通路が続いています。
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▼茅野駅の駅舎です。

こちらは西口。よく橋上駅舎にある横に下りる階段があると共に、2F部分から通路が突き出ていて、2F建てのビルテナントに直通しています。
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駅と駅前ビルとの間をつなぐ歩道の様子、駅から見て平坦ではなく若干低く、傾斜がついています。
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▼こちらは東口、建屋から見て明らかに西口がメインかなと感じます。

シンプルな出口という感じですが、スッキリしていてこれもまたいい感じです。何より清潔感があるというか。
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▼東口の駅前広場に鎮座するは、、

茅野駅の大きな名物のひとつ

蒸気機関車の静態保存

C1267とあり、C12形式タンク機関車の67号機だそうで、重量は49t!

昭和7年にC12形の一号機が生産され、この67号機は翌年の昭和8年に日立製作所にて生産されています。

太平洋戦争中に鉄鉱石の輸送用としてこの茅野駅まで専用鉄道が敷かれ、田園地帯をこの機関車と同じC12形のものが走っていたそうです。

この機関車は昭和8年から48年までの40年間現役として活躍し、その間に158万km(地球の約39.5周分)を走り続けたそうで、その栄誉を讃え社会的教材としてJRから貸与を受け、この地に据え置かれている、とありました。
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2011年2月27日 (日)

JR向洋駅 (広島県安芸郡府中町)

広島県安芸郡府中町のJR向洋(むかいなだ)です。

府中町は広島県の南部に位置し、周囲をぐるっと広島市に囲まれていて、人口は50,958人(2011.1.1現在)で、全国の「町」では現在第3位(愛知県長久手町、石川県野々市町に次いで。)で、村を含めた郡部では4位の人口を誇っています。

広島県には府中「市」というのもありますが、その府中市より断然人口が多い府中町、という極めて珍しい状態となっています。広島市との合併話が盛んに持ち上がるものの、府中町内にはマツダの本社がある等多額の法人税が入る事からか返って合併せず、単独町制を続けながら現在に至っています。

-JR向洋
【町内】
町内唯一の駅
【路線】
JR山陽本線(神戸-門司間)
【開業】
1920年8月1日(訪問は2008年8月)
【1日あたり平均乗車人員】
9,774人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】
(神戸方面)西条駅→6駅         
          (門司方面)広島駅→2駅  

▼ここ最近、白岡(埼玉)、野々市(石川)など人口5万超の郡部の駅ばかりupしていますが、これらの訪問は2008年8月なのは本当に全くの偶然です。

神戸からはちょうど300kmの地点にあたります。両サイドは広島市の駅で、ここだけが府中町という状態なのですが、この「向洋」という地名とて府中町ではなく広島市内にある地名で、この駅から1kmほど離れた所にあります。府中駅は府中市にあるのでその名も使えないし、といった状態です。

壁の白木の具合が渋くていい感じです。木造というのはやはりどこか独特な和みをもたらしてくれるように思います。
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▼ホームは2面2線ですが、両側とも内側に貨物線が走っていてかなり広いホーム間となっており、跨線橋もその分長くなっています。向こうへ伸びる線路はかなりカーブを描いています。
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▼改札周辺の様子です。

かなり天井の高い駅舎となっています。向こうに見えているのは貨物のコンテナが走っているところです。

駅としては呉線には属していませんが、運行上呉線の便も出入するので、時刻表には呉線の電車の表示もなされています。
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▼駅出ての目線、駅前広場は真ん中のロータリーが大きめで通路自体はあまり広くない状態でした。看板といい駅前の店の軒先といい、雰囲気が全体的に昭和っぽいのがすごくいい感じでした。
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▼向洋駅の駅舎です。

ブルーの屋根がまるで青空のようで印象的ですが、入口の部分のみ高くなった建物もまた目を惹き、単なる平屋駅舎ではない規模の大きいところが見られます。
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JR野々市駅 (石川県石川郡野々市町)

石川県石川郡野々市町のJR野々市(ののいち)です。

野々市町は石川県の南部に位置し、金沢市のベッドタウンとして人口が増え続け、人口は51,892人(2010.10.1現在)で全国の郡部では3位の人口、岩手県滝沢村を除く「町」では全国2位(1位は愛知県長久手町)の人口となっています。この為、市制施行の要件を満たすとされ遂に2011年11月11日という11.11.11のめでたい日に市制施行が予定されています。(名称は「野々市市」の予定)

-JR野々市
【町内】
町内4駅(JR1、北陸鉄道3)中の中心駅
【路線】
JR北陸本線(米原-直江津間)
【開業】
1968年3月25日(訪問は2008年8月)
【1日あたり平均乗車人員】
 1,224人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】
(米原方面)松任駅→隣駅         
          (直江津方面)金沢駅→2駅  

▼野々市町内で唯一のJR駅で、北陸鉄道にも同名の野々市駅がありますが、2km程の距離があり全く別個のものです。北陸本線の石川県の駅では津幡町の津幡、倶利伽羅駅と共にわずか3駅しかない郡部駅のひとつです。反対隣の松任駅はかつては松任市でしたが、現在は合併で白山市に属しています。

開業は意外と新しく、昭和も40年代に入った1968年で、まだ40年強の歴史しかありません。東隣は西金沢駅でここから金沢市に入っていきますが、その西金沢駅がほぼ大正期にあたる1912~25年の間に野々市駅を名乗っていました。

開業2年後の1970年の国勢調査では町の人口はわずか13,000人余りで、開業当初はそれよりもまだ少なかった(開業直前1964年にようやく1万人突破)と思われます。

ちなみに電報略号は頭文字そのまま「ノノ」です。顔文字みたいな…
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▼ホームは2面2線で向こうにある跨線橋でつながっています。

四角い窓が整然と並び目立った配色もない割にシンプルな跨線橋でした。町内の人口の割に利用者が多くない(中心地から少々距離がある)せいか、ホーム上のひさしのある部分が短い気がしました。
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▼ホームを降りて、この「野々市町へようこそ」のゲートの辺りが改札口になり、鉄枠ときっぷ回収のポストがひっそりとありました。この北口プラザは1997年に竣工したとありますが、辺りに何がある風でもなく、後でネットで調べても何の施設なのかなかなか分かる情報に行きあたらず今もって不明です。巨大な建物内に人気(ひとけ)もなくひっそり、という時を過ごした印象しかないのです。

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▼そしてその北口プラザを出て撮った野々市駅の駅舎です。

後で知りましたが、こちらが正規ではなく反対の南口に駅名の表示が入った正規の駅舎があったとの事でした

この時は、2008年盆休み時の北陸駅めぐりとして福井を皮切りに東へ数日旅していたもので、初日松任で泊まった翌日の駅めぐりのかなり初めの方の訪問地と記憶していますが、次から次へと急ぎ足の訪問を重ね、その南口へは全く行かず(存在にも気づかず)で、しかも今はそちら側は仮駅舎(北陸新幹線開業の関係で)となってしまっているとの事です。

建屋からいえばこちらの方が断然大きく、本駅舎っぽいのですが、人影まばらでした。

コンクリ色のゴツゴツした印象をうけましたが、出入口上の三角すいの窓状のもの(&その下のひさし)はなかなかいいアクセントになっており、また両サイドに下りている階段も末広がりのような独特のいい形をしています。真ん前に広がるきれいな緑のロータリーもいい感じです。
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▼駅舎を横から。

階段が建屋からせり出してくるような感じがで面白い形となっています。この階段を上がると建物に吸い込まれてしまいそうな、そんな印象を持ちました。

それでいて右側にはつづら折れのような階段が続いているのもなんとも対照的です。
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2011年2月24日 (木)

JR白岡駅 (埼玉県南埼玉郡白岡町)

埼玉県南埼玉郡白岡町のJR白岡(しらおか)です。

白岡町は埼玉県の東部に位置し、人口は50,094人(2010.9.1現在)と5万人を越える町で、全国の「町」では3位の人口(郡部では4位)を誇っており、市制施行も視野に入っているのだとか。梨の主産地として埼玉県では1位の生産量を誇る町でもあります。

-JR白岡
【町内】
町内2駅(いずれもJR)中 の駅
【路線】
JR東北本線<宇都宮線>(上野-黒磯間)
【開業】
1910年2月11日(訪問は2008年8月)
【1日あたり平均乗車人員】
 13,138人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】
(上野方面)蓮田駅→隣駅         
          (黒磯方面)久喜駅→2駅  

▼遂に、埼玉県の駅初登場です。行った絶対数が少ないのと訪ねた所で人口の少ない所が少なかった事もあり、なかなか掲載できませんでした。今年はかなりリキ入れて行ったので、色々紹介できるかと思います。

ちなみに東北本線でも宇都宮線の駅も初登場です。関東の駅自体もなかなか登場機会がありませんでしたが、これからはドンドン出てくる予定です。
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▼ホームは2面3線で、階段上がった先が改札の橋上駅舎です。

白岡町内はこの白岡駅と隣の新白岡駅の2駅がありますが、白岡駅の方が利用者数が新白岡の2倍ほどとなっています。
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▼橋上の自由通路内です。

割にシンプルというか大人しい雰囲気でした。勿論人の通っていない時を狙って撮ったのもありますが…
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▼2010年9月の時点では5万人をわずかに越えていましたが、この訪問時(2008年8月)では49,703人という事になっていて、5万の大台まであとわずかという状態でした。
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白岡駅と車站(しゃたん)之碑、というのがありました。

前の説明板には、宇都宮線に鉄道が開通したのが1885年ですが、その当時はまだこの駅は設置されなかったとあります。その後地元の請願によって25年経った1910年になってようやく開業の運びになったと。この碑はその年の5月に設置され、開設までの苦労や開設後に人々が利益追求に走ることを心配した内容が刻まれているといいます。また周辺地域もこの駅の設置に関心が高かった事もうかがわせています。
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▼白岡駅駅舎のアップです。

正面から撮るとこんな風にしか撮れなかった気が…

三角定規みたいな形と水色ラインが印象的な建屋でした。
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▼遠めに見て駅舎全体像を。

駅前の道が狭くて正面からだとうまく全体が撮れないので、ナナメから撮って収めました。

ここでも出入口屋根にあたる縁のブルーラインがとってもインパクト大きいですね。

水色の印象強い白岡駅でした。
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2011年2月23日 (水)

JR忍ヶ丘駅 (大阪府四條畷市)

大阪府四條畷市のJR忍ヶ丘(しのぶがおか)です。

四條畷市(←ここもまたこの表記が市名としては正式のもの)は大阪府の北東部に位置し、人口は57,392人(2010.9.1現在)で、大阪府下ではJR駅しかない数少ない市で、それも1駅しかなく、また大型ショッピングセンターもないという特異な市といえるかもしれません。

-JR忍ヶ丘
【市内】
市内唯一 の駅
【路線】JR片町線(木津-京橋間)
【開業】1953年5月1日(訪問は2007年5月)
【1日あたり平均乗車人員】 8,238人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】(木津方面)京田辺駅→9駅
          (京橋方面)四条畷駅→隣駅
           
▼四条畷駅というのが隣に実在しますが、これは大東市に存在する形となっており、四条畷市内にある駅はこの忍ヶ丘ただひとつという事になります。

片町線らしい草色帯の駅名標は独特でいい感じです。
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▼ここでは、ホームの様子をほとんど撮っていなかったので、いきなり駅舎いきます。

というか、これもまた中途半端な写真となってしまっています。都会の駅はどこでも人が居るので取り難い部分があります。人が向かってくるところでカメラ構えられないし、などなどあってこんな変構図の写真となる事もしばしばです。

一応、忍ヶ丘駅の文字が見えるように撮ってたのは不幸中の幸いというか、そんな心境です。
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▼駅前広場の一角です。

これも苦し紛れに撮ったような雑然としたカットになってしまっています。

とりあえず駅のまわりこんな風景があったよ、的な。自分自身にとってはこれで、こんな景色あったな、とかまぁ色々後からでも思い返せるんですが、ブログでのっけたりなんかすると、なんのこっちゃ??って感じがしますねえ。
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2011年2月22日 (火)

JR塩釜駅 (宮城県塩竈市)

宮城県塩竈市のJR塩釜(しおがま)です。

塩竈市(市名の正式な漢字表記は←この形だそうです)は宮城県の東部に位置し、人口は56,383人(2011.1.1現在)で、かつては仙台の外港として栄えた町で、マグロ水揚げは日本一だそうです。ちなみに塩竈の市名は神社名からとられたものといわれています。

-JR塩釜
【市内】
市内5駅(いずれもJR)の中心駅
【路線】JR東北本線(東京-盛岡間)
【開業】1956年7月9日(訪問は2009年8月)
【1日あたり平均乗車人員】 3,158人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】(東京方面)仙台駅→5駅
          (盛岡方面)小牛田駅→6駅
           
▼市名は塩竈市ですが、駅名は「塩」と漢字表記が異なります。

市内にはJRで5駅ありますが、そのうち唯一の東北本線に属する駅で、他の4駅はすべて仙石線(せんせきせん)に属しています。その仙石線の本塩釜駅と共にツイン中心駅のような位置づけにありますが、実際は本塩釜駅の管理下にあり、本塩釜駅の30年後、1956年に開業するという歴史を持っています。

また仙石線では西塩釜駅に近く、徒歩で十分行ける圏域内(約800m)にあります。実際私がここに行った時も、予定外でしたが西塩釜まで歩いてそこから仙石線に乗る事となりました。

また隣駅は、あの日本三景の「松島」という絶好のロケーションにもあります。

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▼ホームは1面2線のみで、向こうに自販機越しに覗いて見える階段を降りて改札に向かう構造となっています。
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▼塩釜駅の駅名由来、の看板が出ています。

宮城県の主要駅は時々このような駅名由来の説明があるのが嬉しいところです。

縄文時代から海水を煮立てて製塩を行う町だったそうで、塩土老翁神(しおつちおじのかみ)が伝えたという鉄釜を用いた製法が飛躍的にその生産を伸ばしたとされ、その時の鉄の大釜が御神体として保存されており、「塩の釜」からその地名ができたようです。
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▼塩釜駅の駅舎です。

平屋で意外に小さな建物、と感じましたが、駅舎内にコンビニが入っています。

本塩釜駅の方が高架駅だし高くて大きい(しかし行った事がないので掲載できません…)駅舎という否めない感があります。ただし利用者数は、この塩釜駅の方が若干多くなっています。
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▼駅前広場の一角です。

きれいに整備されたロータリーはない(区画はそれなりになされていますが)ものの、このような大きな広告塔があり、塩竈の町への歓迎の意を表する象徴的なものとなっています。

生涯スポーツのまち、そして社とさかなのまち 塩竈として紹介されています。
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▼更に引いて駅まわりの様子です。

駅舎よりも隣の高層マンションの方が遥かに目立っています。
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2011年2月21日 (月)

JR直方駅 (福岡県直方市)

福岡県直方市のJR直方(のおがた)です。

直方市は福岡県の北部に位置し、人口は56,977人(2010.9.1現在)で、飯塚、田川と並んで「筑豊三都」といわれ、昭和30年代までは石炭産業が栄えた町で、また大関・魁皇関の出身地としても有名です。

-JR直方
【市内】
市内9駅(JR3,筑豊電鉄3、平成筑豊鉄道3)の中心駅
【路線】JR筑豊本線(折尾-桂川間)
    平成筑豊鉄道・伊田線(直方-田川伊田間)
【開業】1891年8月30日(訪問は2010年4月)
【1日あたり平均乗車人員】 JR-6,293人/日 (2008年)
                平成筑豊鉄道-1,774人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】(折尾方面)中間駅→5駅
          (桂川方面)新飯塚駅→5駅
          (田川伊田方面)田川伊田駅→14駅 ※平成筑豊鉄道
           
▼前回は初の大阪府の市の駅でしたが、今回は福岡県の市の駅初登場です。

「のがた」と表記します。ここへ来るまで「のがた」だと思ってましたが…

JRの筑豊本線上にあり、また平成筑豊鉄道の始発でもあるキー駅です。しかし平成筑豊鉄道のホームには目もくれていなかったので、ここでは単にJR駅としてのみ紹介する事とします。平筑に乗った時には改めて書いてみたいと思います。

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▼交通の要衝たるにふさわしく、色んな電車が停まっていました。さすが九州、素晴らしい個性的な電車が多い事。
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▼ホーム上には味のある年季の入った重厚な屋根と柱。吊下げ式の駅名標はいささか傾いているようです。

ホ-ムはJRで2面4線を有し、平成筑豊鉄道では1面2線を持っています。
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▼この跨線橋もかなり年季入っています。

看板に昭和を感じますね~。昔から変わっていない(変えていない)のでしょうか?と感じました。ちなみにこれ、去年のGWの写真で、今からまだ1年も経ってない頃です。
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▼跨線橋の橋の部分もかなりインパクトあります。

筋交いの色による印象強さもありますが、やはりこの年季の入り方がハンパないな、と思いました。実物見るともっとすごいと思う事でしょう。写真が下手ッピなんでうまく伝え切れていませんが…
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▼跨線橋内には電光掲示の列車案内もあり、これがあると都会という事を感じます。

跨線橋内が単なる通路ではなくて、滞留もしたくなるようなスペースだったらいいなと思います。特に今のような寒い時期は何もない跨線橋というのは冷ややかな感じがするので。

この屋根の曲線具合にもなかなか美しいものを感じました。
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▼重ね重ねもすばらしいこの屋根と柱、芸術とさえ呼べます。
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▼構内にあった魁皇のポスター。

納税協会のもののようですが、さすが郷土の英雄40歳まで大関でいてほしいものです。
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▼直方駅の駅舎です。

駅前のモニュメントである知恵の輪のような?輪っかにちょうど駅名が被って、このようなカットになりました。まさしく偶然の産物!
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▼平屋ですが、駅舎は人口相応の規模かなと感じました。

この駅ホントは出入口付近にこそその味があり、エンタシス風というか古代ギリシャ風の丸みを帯びた柱が何本も建っているという大きな魅力を持っています。そこんとこを撮れれば良かったのですが、気が向かなかったのか意識になかったのか、今から探し回ってみてもそのようなカットの記録が残っておらずでやや残念な気がしました。これを見て直方駅に行かれた方が居られれば、是非ともそのあたり写真に収めて頂いてブログなりにUPしてほしいな、と祈念して当駅の記事の結びと致します。

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2011年2月20日 (日)

南海/尾崎駅 (大阪府阪南市)

大阪府阪南市の南海・尾崎(おざき)です。

阪南市は大阪府の南西端に位置し、和歌山県とも接しており人口は56,431人(2010.9.1現在)で、1991年に当時の泉南郡阪南町が市制施行されました。いわゆる平成の大合併で全国あちこちで市となる動きの多かった中、大阪府では全くその動きがなく、府内では現時点でも最も新しい市であり、また府内で最も人口の少ない市でもあります。最も人口が少ない市で56,000人余りというのはすごいですね。高知県などは県内第2の都市でも5万に満たないという状況で、かなり違っています。

-南海・尾崎
【市内】
市内5駅(JR2,南海3)の中心駅    
【路線】南海本線(なんば-和歌山市間)
【開業】1897年11月9日(訪問は2007年4月)
【1日あたり平均乗車人員】 12,194人/日 (2005年)
【近隣の都市駅】(なんば方面)泉佐野駅→5駅
          (和歌山市方面)和歌山市駅→7駅
           
▼遂に、大阪府の市の駅初登場です。

阪南市にあっても阪南駅なるものがなく、この駅も市の中心らしい再開発の話もあったものの他事業が優先されたりなどしているようです。しかしながら市内では全列車が停車し、最も規模の大きい駅である事は確かです。
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▼ホームの階段を上がった先に改札がある橋上駅舎で、その橋の部分(自由通路)の様子です。店が数軒並んでいて、市内で駅舎内にお店があるのはここだけ、中心駅らしさが一応は出ています。
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▼駅の出入口です。

橋上駅舎らしく、横に伸びる階段を降りて出口へと至ります。

白を基調とした清潔感のある駅舎でした。
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▼駅舎全体像を撮りにくくてこういう写し方をしたのか?4年近く前のことで今となっては忘れてしまいましたが、多分全体像が撮りにくかったんだと思います。もう少し離れて取ろうとしても中途半端に途切れてしまうような感じだった気がします。とりあえずこのカットでこんな駅だと分かるかな、という感じです、ハイ。

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▼この駅では(というかこの周辺の他の駅でも…)駅の前すぐの所しか寄ってないのですが、ここで一番の記憶は左手前の店の軒下!

ここにツパメの巣があって、その飛ぶ様を偶々うまく収める事に成功し、全くの偶然とはいえある種の感動でした。ちなみに駅前の街の様子はこんな感じで、店が沢山並んでいます。
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▼最後に、そのツバメの飛翔がこのカット!

阪南市で一番の思い出、かもしれません
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2011年2月17日 (木)

JR坂出駅 (香川県坂出市)

香川県坂出市のJR坂出(さかいで)です。

坂出市は香川県の北部に位置し、人口は55,515人(2010.12.1現在)で、かつては沿岸部に塩田が広がり製塩業が栄えていましたが、今では四国を代表する工業都市の側面が強く、製造品出荷額は愛媛県今治市に次ぐ2位を誇り、県都・高松市の倍以上といわれています。

-JR坂出
【市内】
市内6駅(いずれもJR)の中心駅    
【路線】JR予讃線(高松-宇和島間)
     瀬戸大橋線(岡山-高松間)
【開業】1897年2月21日(訪問は2009年1月)
【1日あたり平均乗車人員】 5,626人/日 (2006年)
【近隣の都市駅】(高松方面)高松駅→8駅
          (宇和島方面)丸亀駅→2駅
          (岡山方面)児島駅→隣駅
           
▼岡山から瀬戸大橋線で快速マリンライナーに乗ってやって来ると、四国で最初に停車するのがこの坂出駅で、四国の玄関となる市の代表駅です。

乗車人員は四国で4位の多さを誇り、1位から高松・徳島・松山と各県都が続きますが、高知よりも多く、県都でない町では四国一という事になります。

ちなみに隣駅の「やそば」は八十場と書きます。腹が減っていると、やきそばと見間違えてしまいます。この坂出、随分昔に来たような気がしますが、確たる証拠も記憶もなく、2009年初訪問みなしにしています。駅はもうすぐ誕生日で、2/21に114歳となります。
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▼ホームの待合には、数脚のベンチと両サイドについた壁が一塊になって、それがいくつか離れてポツンと置いてあるのがなかなかいい味出してるな、と思いました。独特の空間、という感じで。曲線の傾いたこの屋根も独特でいい感じです、ちょっと未来都市駅を思わせるような形状をしていて。
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▼ホームは2面3線の高架駅で、屋根のあるゾーンが長く続いています。
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▼坂出駅の駅舎です。

時計の真下の部分が黄色っぽい曲線状の壁?になっていて、その形状の美しさが目を惹き、またインパクトあります。個人的な話ですが、昔版画で作った未来都市の駅の形によく似てるな、と思えてなりません。
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2011年2月16日 (水)

JR荒尾駅 (熊本県荒尾市)

熊本県荒尾市のJR荒尾(あらお)です。

荒尾市は熊本県の北西部に位置し、人口は55,136人(2010.9.1現在)で、ついに55,000人を越える市の紹介となりました。かつて三井グリーンランドと呼ばれていたグリーンランドを持ち、隣の福岡県大牟田市と越県で文化圏を形成しています。

-JR荒尾
【市内】
市内2駅(いずれもJR)の中心駅    
【路線】JR鹿児島本線(門司港-八代間)
【開業】1912年11月1日(訪問は1997年4月)
【1日あたり平均乗車人員】 不明
【近隣の都市駅】(門司港方面)大牟田駅→隣駅
          (八代方面)玉名駅→4駅
           
▼来年で開業100周年を迎えます

今回の記事での写真はこの1枚のみで、まだデジカメなんて持つはるか以前の訪問でした。時に1997年4月、当時勤めていた最初の会社を辞めた直後、友達と九州一周旅行に出たのですが、何泊目かでその友達とも別れ、単独行動を2日ほどしていたその時に寄ったものです。旅のフィナーレに寄ったといってもいい所でした。

熊本県でこの時降り立ったのはこの荒尾ただ1ヵ所で、つまり熊本県で初めて降り立った町であり、その後2009年夏に他の町(熊本市等)に降り立つまでの12年間ずーっと、「熊本県で唯一訪ねたところ」でもありました。

しかし驚いたのは、この駅の小ささ!いくら市の中心でも小さい駅があるといっても、これは小さすぎないか?と当時思ったものでした。自分としては比較的早い時期の1997年での訪問で、まだそれほど駅訪問の数をこなしていなかった頃ではありますが、その時のオドロキはよく覚えています。この後近くの四ツ山という山を登って桜を見たこともよく覚えています。
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2011年2月14日 (月)

JR向日町駅 (京都府向日市)

京都府向日(むこう)市のJR向日町(むこうまち)です。

向日市は京都府の南西部に位置し、人口は54,811人(2010.9.1現在)ですが、面積はわずか7.67k㎡と全国の市で4番目に面積の小さいところです。

「むこう」とはやや難読ですが、京都市の端っこにちょこんと位置しており、市制施行は1972年と比較的後の時期になります。それまでは向日町(むこうちょう)の自治体名で、それがそのまま昇格して現在に至り、明治の頃からこの規模で一度も合併を経験していない稀有な市となっています。

-JR向日町
【市内】
市内3駅(JR1、阪急2)の中心駅    
【路線】JR東海道本線(東京-神戸間)
【開業】1876年7月26日(初訪問は2003年8月)
【1日あたり平均乗車人員】 11,575人/日 (2006年)
【近隣の都市駅】(東京方面)京都駅→3駅
          (神戸方面)長岡京駅→隣駅
           
▼初訪問は私の駅めぐり歴の中ではかなり古いほうで2003年の8月になります。急に「西京極に行きたい!」と思い立って行った時についでに寄った阪急の東向日駅から歩いて約10分でたどり着きました。

市内ではJRは当駅のみで、阪急では西向日・東向日とあり、全駅とも市名である「向日」の名前が入っています。阪急駅は市制施行時に現駅名に変更(西向日町→西向日、東向日町→東向日)されましたが、当駅は旧・向日町時代からこの名称のままで、「町」の字は取れる事なく現在に至っています。

隣の桂川駅からは京都市に入り、この駅は2008年10月に開業したばかりの新駅ですが、一方向日町駅は開業が1876年と大変古く、開業当時は「10年前は江戸時代だった」という事を考えれば、すごいものがあると思います。この写真は2009年1月に桂川駅訪問時の足伸ばし&ちゃんとした写真がなかった為の再撮影にて訪問したものです。2003年当時の写真も一応ありますがとてもupできる代物ではありません。
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▼ホームは2面4線をもっています。が、乗降は2面2線のみとの事です。

1日あたり10,000人を超す乗車人員という事で、さすが京都の隣の市の中心(距離にしてわずか6kmほど)だけの事はあるなと思います。
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▼ホームは地下へ下りる階段でつながっています。

地下階段ですが、高架駅ではありません。
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▼向日町駅の駅舎です。

建屋右にはコンビニが入っています。

たまたま時刻の関係で夕陽に映えて美しい雰囲気になっていました?!日に向かうという漢字とこの雰囲気がピッタリハマってる感じがしませんか??
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2011年2月13日 (日)

JR笠岡駅 (岡山県笠岡市)

岡山県笠岡市のJR笠岡(かさおか)です。

笠岡市は岡山県の南西端に位置し、人口は54,197人(2010.10.1現在)で、大小31の島々からなる笠岡諸島を含む瀬戸内の港町の要素が強い町で、文化圏的には井原市と井笠地区として括られるなど岡山県の南西の中心としての役割を担っています。

またカブトガニの生息地としても有名で、その保護にも力が入っています。

-JR笠岡
【市内】
市内唯一の駅    
【路線】JR山陽本線(神戸-門司間)
【開業】1891年7月14日(訪問は2007年10月)
【1日あたり平均乗車人員】 3,835人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】(神戸方面)鴨方駅→2駅
          (門司方面)福山駅→3駅
           
▼岡山県の西の玄関駅といったところで、山陽本線で岡山県では最も西に位置し、西隣の大門駅から広島県に入ります。

この訪問時は岡山の倉敷以西からの駅めぐりをしていて、昔からの市の中心駅ではこの日初めて寄った所でした。(現在の市の中心駅?!としては鴨方駅など先に寄っていましたが…)また、JRのある岡山県の市の駅として最後に訪問したのもこの笠岡でした。(岡山県最後に訪問した市はJRのない井原でしたが…)

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▼カブトガニの町としての側面がこの絵にも表われていますが、カブトガニ博物館なるものがあります。あと美術館が2つも挙げられているのは、それだけ芸術的な町の側面も強く持っているという事でしょうか。
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▼市の中心駅らしい跨線橋内の様子で、掲示物がビッシリ埋め尽くされていました。

天井部の鉄骨の交差が美しかったという印象も強く持ちました。
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▼跨線橋から見たホームの眺めです。

屋根のついた部分が広く取られていて、下があまり見えないようになっていました。電車が通っていたのもありますが…。

向こうに山と大きなアーチが見えているのも、このカットの大きな魅力となり、撮り甲斐のある景色だなとつくづく感じました。
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▼笠岡駅の駅舎です。

平屋根の横に広い建物で、北陸の小都市にありがちなタイプのものと同系統のものという印象でした。

タクシーはこの右側に結構停まっていて、それなりの賑わいがありました。
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▼もう少し引くとこんな感じです。

駅前のスペースがかなり広く取られているなという感じで、開きスペースもかなり広いなと感じました。
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▼上の写真と反対に駅からの目線はこのような感じで、駅前に広い道路が通っている都市っぽい雰囲気のある駅前となっています。それに何より真ん中の「潮風かおるまち」というこの歓迎看板が建っているのが都市っぽさを感じさせます。

最近できた市の中心に相当する駅では、こういう看板がなくて、市の玄関がどうか分かりにくかったり、その市に来た、という実感が薄かったりしてやや寂しい感じを覚えたりしますが、ここは観光者に対するPRがよくなされていると思いました。
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JR海南駅(旧) (和歌山県海南市)

和歌山県海南市のJR海南(かいなん)です。

海南市は和歌山県の南東部に位置し、人口は53,998人(2010.11.1現在)で、それまでも海南市でしたが2005年に旧・下津町を合併して新生・海南市となっています。下津町の人口が合併時に14,000程であったことから当時の旧・海南市の人口は40,000程度だったと思われます。

紀州漆器や和傘など工芸の町として知られ、家庭日用品の一大産地とも言われています。かつては野上電鉄という私鉄も市内にありましたが、1994年に廃止されています。

-JR海南
【市内】
市内6駅(いずれもJR)中の中心駅    
【路線】JR紀勢本線(亀山-和歌山市間)
【開業】1924年2月28日(訪問は1993年9月)
【1日あたり平均乗車人員】 3,053人/日 (2006年)
【近隣の都市駅】(亀山方面)箕島駅→5駅
          (和歌山市方面)和歌山駅→4駅
           
▼今回の記事では写真はこれ1枚きりですが、これは現在の駅舎ではありません。

1998年に現在の駅舎に改築される前の旧駅舎で、現在はすっかり大きな高架駅舎になっていて、今や見る影もない状態で、新駅舎になってからはまだ訪問していません。海南?行った事あるからいいや、それより他の行ってないところ行こう!といっつも飛ばしてしまいます。

ここにやって来たのは生まれて初めて和歌山県へ来た1993年9月のことで、近畿地方で唯一未踏でしたが、まず和歌山市に入って近畿2府4県全踏破、その次にやってきたのがこの海南でした。写真もその'93年、今からもう17年以上前のものです。褐色の瓦屋根を持つ平屋駅舎でした。車のボディが角ばっているのも時代を感じさせます。

当時、和歌山県に行ったのが和歌山とこの海南だけで、以後長らく和歌山県に入る事自体がなく、2000年にすさみや那智勝浦に団体で行ったのが久々の和歌山県で、また単独では2005年に和歌山市を再訪するまでは12年間自意志でこの県内に入る事がありませんでした。

この海南は初訪問から17年も行ってない、という自分にとっては極めて異例の状態(昔に行ったところは大抵再訪している)となっているので、現在の大規模駅舎をこの目に焼き付けて撮ってもきたいなぁとつくづく思っています。
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JR甲西駅 (滋賀県湖南市)

滋賀県湖南市のJR甲西(こうせい)です。

湖南市は滋賀県の南部に位置し、人口は54,139人(2010.11.1現在)です。2004年にこの駅のある旧・甲賀郡甲西町と石部町が合併 する形でできた新しい市です。甲西町は合併前に42,000人以上もの人口を誇る町で、石部町(人口約12,000)との合併により5万のラインを越えて市制化となっています。かつて宿場町として栄えた石部宿を擁しています。

-JR甲西
【市内】
市内3駅(いずれもJR)の中心駅    
【路線】JR草津線(柘植(つげ)-草津間)
【開業】1981年10月1日(訪問は2008年5月)
【1日あたり平均乗車人員】2,336人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】
(柘植方面)貴生川駅→2駅
          (草津方面)草津駅→3駅 
 

▼JR東海道本線の草津駅から南下し、忍者の里である伊賀と甲賀をも結ぶ「草津線」の駅初登場です。

草津線の中では最も新しい駅で開業は1981年、今年ようやく30歳を迎えます。当時のびわこ国体開催にあたり設置されたいわゆる請願駅で、それまで旧・甲西町では三雲駅しかない状態でした。

2008年のGWで名古屋方面の近鉄を中心とした駅めぐりから西へ進み、草津線制覇の一環としてやって来た時のものです。
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▼ホームは1面1線の棒線駅ですが、ホーム上に改札があり双方向に出口がある橋上駅舎という異色の構造になっています。

大抵棒線駅の場合は、ホーム上のその場に出口がありそうなものですが、この駅の場合は将来的に1面2線に改造される場合を想定してこの構造となっているのだそうです。(まだその予定はないようですが…)
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▼単なる跨線橋ではなく、こういう室内型の階段があるとちょっとした規模の駅かなという感じがします。この上が改札にあたります。
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▼実はバリアフリー対応も可能で、車椅子使用の方もインターホンを押す事で、階段を使わずとも直接に出入りできるように設けられている専用出入口があります。ただし時間に制限があります(7:30~18:00)が…。
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▼橋のところから見下ろした駅前広場の様子、区画やラインなどかなり整備されていて、こういうアングルで撮るのはいいなと思います。特に道がまっすぐ向こうに伸びているところなどは。
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▼こちらも駅前風景です。

タクシーもまばらでやや寂しげな様子を感じました。利用者数からするともう少し普段は賑やかかもしれませんが、休日の昼間は穏やかなのかな、と勝手に考えたりしていました。
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▼この駅はなんといっても、このD51の静態保存が見どころ、、でした。

1987年から設置されていたといいますが、この訪問直後の2008年8月に愛知県の工作機械メーカーに譲渡された、とこの記事を書くにあたり調べていた時に発見し、大変驚きました。もうこの駅へ行ってもこれを見ることができないのか…と。
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▼駅からの目線です。

機関車はこんな近くにありました。

大きな名物がひとつ消えてしまった訳ですね。

右手には甲西中学、こんな駅の真ん前に中学校があるってのはすごいなと思います。個人的に自分の身近ではなかなかないシチュエーションだと思って。また、その向こうには平和堂が覗いて見えます。
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▼少し視線を左にずらすと、機関車の向こうにちょっとした複合ビルがありますが、駅前はそれほど賑やかしい感じが見受けられず、どちらかというと穏やかな印象を受けました。
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▼甲西駅の駅舎です。

現・湖南市唯一の橋上駅舎で立派な風格を感じさせます。

逆光の撮影が悔やまれます…

白のボディを基調として縦横に線の彫り込まれたタイル様が印象的な駅舎です。

出入口部分は平屋根が突き出ていて、そこに駅名の表示がされている事により、建物にまたアクセントがついたものとなっています。
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2011年2月 8日 (火)

JR下松駅 (山口県下松市)

山口県下松市のJR下松(くだまつ)です。

下松市は山口県の南東部に位置し、人口は54,541人(2010.12.1現在)で、工業と商業が活発で、市内の商業面積に占める大型店占有率が全国一の自治体で、地価も山口県有数の高さを誇るそうです。

-JR下松
【市内】
市内3駅(いずれもJR)中の中心駅    
【路線】JR山陽本線(神戸-門司間)
【開業】1897年9月25日(訪問は2009年1月)
【1日あたり平均乗車人員】 2,159人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】(神戸方面)光駅→隣駅
          (門司方面)徳山駅→2駅
           
▼同じ下松の表記で、大阪府岸和田市にJR阪和線の駅として存在しますが、こちらは「しもまつ」と読みます。

隣は光駅で、ともに同じような人口規模の市の中心駅が続く状態となっています。

笠戸島は離島ですが、大橋で陸続きとなっています。
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▼ホームは2面3線で、階段を上がった先が改札となる橋上駅舎の構造で、1965年に当時山口県で初めてできた橋上駅舎だそうです。

橋の部分の屋根が微妙に三角になっている感じで、平屋根よりも若干工夫が見られる気がしました。階段部分は上半分は壁がなく吹き抜けとなっていて、階段の屋根部分は波型のものですが、やや素気ないかなという印象を持ちました。ただ階段が端から両側に下りているのは良かったと思います。
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▼橋上部分、改札前の窓の上半分に簡易なステンドグラスがなされていました。こういうのがあるとないとでは大分雰囲気が違ってきますね。
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▼駅舎内の様子です。

Kioskの建物がありましたがシャッターが下りていました。

自由通路に当たる部分のみがアスファルト床面のような色で、室内部分とハッキリ床面が分かれています。
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▼そしてその自由通路部分です。撮った中で最も駅舎らしい写真がこれかもしれません。なかなか全体像を撮るのが難しく。

大抵の橋上駅舎(特に市の中心駅の場合)は、室内のまま階段が横に下りているスタイルが多いのですが、ここの場合は両方向ともにそのまま同じ高さの通路が屋根なしで突き出していて、その先から横へ階段が下りている格好になっています。

橋上の屋根つきの部分が極めて少ない構造というわけですね。
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▼橋部分の突き当たりはこのような感じで横へ階段が降りていってます。
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▼橋から見下ろした駅前広場の様子です。

ホテルやマンションの高い建物が目立っています。特にこのマンションの色と高層ぶりは。

きれいに整備されたロータリーも印象的です。
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▼駅舎撮るの難しかったなというのがこの写真に出てるかもしれません。階段や橋で隠れてしまうところがあり、で。
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▼こちらは反対側の駅前広場の眺めです。

こちらもバスやタクシーなどきれいに場所指定されていて、整備されている印象を強く持ちます。こちらもまた駅前にビジネスホテルと高層マンションが目立っています。
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▼笠戸島の看板が出ていました。

下松に来たなら行きたい所ではありますね。今度来たら是非に寄りたいものです。
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2011年2月 6日 (日)

JR上菅谷駅 (茨城県那珂市)

茨城県那珂(なか)市のJR上菅谷(かみすがや)です。

那珂市は茨城県の北部に位置し、人口は54,197人(2010.9.1現在)です。2005年にこの駅のある旧・那珂郡那珂町が瓜連町を編入合併しする形でできた新しい市です。隣にある「ひたちなか市」と紛らわしいですが、そのベッドタウンとして人口が増え続けています。ちなみに合併直前の旧・那珂町の人口は46,000余りで既に郡部としてはかなり多くなっていました。

-JR上菅谷
【市内】
市内9駅(いずれもJR)の中心駅    
【路線】JR水郡線(水戸-郡山間)
     同上支線(上菅谷-常陸太田間)
【開業】1897年11月16日(訪問は2010年9月)
【1日あたり平均乗車人員】653人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】
(水戸方面)水戸駅→6駅
          (郡山方面)常陸大宮駅→4駅 
          (常陸太田方面)常陸太田駅→5駅
 

▼祝・40歳の旅で30代最後に初めて水郡線に乗った際に初めて寄った駅です。前泊していた水戸の駅も水郡線には属してはいますが、「水郡線」として乗ったのはこの時が初めてで、途中駅として初めて降り立ったところがこの上菅谷駅です。菅谷といえば「ゲームセンターあらし」(ゲームもののハシリ!)の作者の苗字(すがやみつる先生)とか、Berryz工房で活躍するアイドルの梨沙子ちゃんなどを連想してしまいます。りーちゃんはわずか9歳でデビューしたアイドルで、かつその当時からグループ楽曲の多くでセンターを務めるという恐るべき経歴を誇っており、現在16歳にして堂々たる貫禄をも感じさせています。

水郡線は便数が少ないので、当初決めていた所はあったのですが、ダイヤの関係で10数分で次の便が来るという形のものがあったので、それ以外でどこか一箇所降りたいと思案しつつ、この那珂市のどこかで降りよう、キー駅はここか?などと色々考えた末にここに降りることに決めました。

次の便が来るまでのわずか10数分ほどの滞在でしたが、一箇所でも多く行きたい旅スタイルなので、降り立ったのです。

常陸太田へ分岐する支線と郡山まで北上する線とがこの駅で分岐する為、隣駅表示が片側が2ヶ所になっています。ちなみに反対側は中菅谷、下菅谷と、「菅谷」が三つ続きます。ある意味、りーちゃんファンの聖地のような…。
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▼ホームはわずか1面2線、支線へも分岐する駅でありながら少ないなと感じました。電車はキハE130系気動車というやつでしょうか。この時は両サイドに電車が停まる状態でした。

この日は雨がちだったので、最初に寄ったここでもあまり気が乗らなかったのを覚えています。雨といえば、この駅はちょこっと両サイドにひさしがある以外は雨ざらしで、この時座る事もままならなかった覚えも。役割としては市の中心駅に見合うものがありますが、このホームの様子は人口5万の市の中心駅としてはやや寂しい気がしました。
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▼ベンチは折り畳み式のプラスチック製ですが、雨でずぶ濡れでした。木製などと違ってサッと拭けば水は取りのぞけますが、なにせほとんど屋根なしのホームだったので、雨の中座ろうとも思いませんでした。
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▼ホームと改札は構内踏切連絡となっており、ここを渡って右折した先がホームです。

中途半端に人が居たので、あまりちゃんと撮っていません。こうやって駅を撮る際には人の邪魔にならない事を基本としているので、こういう風に変な撮り方になっているものも少なからずあるという訳です。もっとセンスの悪さで不出来になっているのもの沢山あるでしょうが
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▼上菅谷駅の駅舎です。

やや横に広めで、1階建てであるものの屋根も2層となった、それなりの規模の駅舎という印象は持ちました。小屋根の妻の部分に駅名表示がなされていて、自販機が並びセブンティーンアイスの自販機もあったりと、それなりの規模かな、と。ただタクシーが殆ど見られず、また駅前もロータリーのないただの広場状態でした。
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▼駅前すぐの通りです。

こんなに何にもないのか?と思わされました。駅前が少し柵がされていて、工事するような雰囲気もありましたが、その後どうなっているのか…、、この時から約4ヶ月になります。駅前がもう少し整備されれば市の中心たるにふさわしい雰囲気が出るのでしょうが、今の状態では、一見それと分からないな、と印象を受けました。
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2011年2月 2日 (水)

JR裾野駅 (静岡県裾野市)

静岡県裾野市のJR裾野(すその)です。

裾野市は静岡県の東部に位置し、人口は54,044人(2010.9.1現在)です。富士の裾野に位置する町で、富士山の他にも箱根山、愛鷹山の裾野にもあります。

裾野駅は裾野という地につけられた駅名ではなく、逆に裾野駅から裾野町という町名が誕生し、やがて裾野市になったといい、市制施行は意外に新しく1971年の事です。市制施行当時はわずか3万人ほどの市だったのが、現在に至るまで人口は増え続け、55,000人近くまできています。

-JR裾野
【市内】
市内2駅(いずれもJR)の中心駅 
【路線】JR御殿場線(国府津-沼津間)
【開業】1889年2月1日(訪問は2007年9月)
【1日あたり平均乗車人員】2,844人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】
(国府津方面)御殿場駅→4駅
          (沼津方面)沼津駅→4駅

▼御殿場線の駅としては長泉なめり駅をUPして以来2つ目で、長泉なめりは隣駅になります。

昨日2月1日が駅開業日で、122歳という事になりますが、御殿場線で最も古い駅のひとつです。元々は地名から来た佐野駅という名称であったものが1915年に現駅名に改称されています。

御殿場線でこの辺りは1時間に2~3本で、1本の時間帯もあり、意外と少ないことにオドロキを感じたものです。なのでこの時も御殿場、裾野、長泉と3駅しか寄らずに帰りました。
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▼ホームは1面2線のみで、改札との跨線橋が設けられています。

細い柱の上に重厚な雰囲気の大きな屋根が取り付けられており、一瞬大丈夫かなと思わされました。

いちばん左にある線路はホームのない側線です。
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▼構内踏切もあります。
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▼跨線橋内は掲示スペースは多くあるものの、掲示物はあまり埋まっていませんでした。壁面は白塗りの木造でなかなか見ごたえありましたが、床面はコンクリ色そのままでした。
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▼跨線橋からホームを見下ろした様子です。

自転車置場が広がっていて、まばらに自転車が並んでいました。

向こうのビルは学習塾とダンススクールが入っているようで。

側線は外側に2本見えます。
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▼裾野駅の駅舎です。

屋根上のステンド調の柄が印象的で、とりわけ出入口上のものは駅玄関を彩るにふさわしいアクセントとなっています。右2つの小耳のような窓もかわいらしいものがあります。

出入口部分は柱も立派で、屋根下の装飾もなされ、なかなかファッショナブルというか彩り豊かという感じがします。

出入口向かって右の出窓とせり出した屋根も何気にオシャレを感じさせます。
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▼目線をやや左にずらしてみると、跨線橋が横から見ると美しい事に気がつきました!

バス標識はその跨線橋の手前に当たる位置に複数立っていました。
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▼駅前は広場スペースこそありますが、賑やかな雰囲気はなく(勿論人のいる時には撮っていないという大前提ありですが…)、どちらかというと穏やかさを感じました。
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