2018年9月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

2011年3月の22件の記事

2011年3月31日 (木)

JR天童駅 (山形県天童市)

山形県天童市のJR天童(てんどう)です。

天童市は山形県の東部に位置し、人口は62,118人(2011.1.1現在)で、何より将棋の駒のイメージの強い町ですが、近年は山形市のベッドタウン的側面も出てきています。

-JR天童
【市内】
市内3駅(いずれもJR)中の中心駅
【路線】
JR奥羽本線(福島-青森間)、山形新幹線
【開業】
1901年8月23日(訪問は2010年9月)
【1日あたり平均乗車人員】
1,689人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】
(福島方面)山形駅→6駅 
                       (青森方面)さくらんぼ東根駅→3駅      
 

近隣の都市駅、として挙げた両駅は山形新幹線では共に隣駅となります。

演歌歌手の天童よしみさんの苗字の由来は、デビューが少女時代で「天から才能を与えられた童」という意味だそうで、この地と直接的な関係があるわけではないようです。

Himg0344

▼ホームは2面3線で、跨線橋が改札となる橋上駅舎です。

ホームの看板には「天童織田藩めん街道」の看板や幟が出ていました。

天童藩は1830年と幕末に近い時期に立藩し、織田信長の子孫にあたる信美(のぶかず)がその初代藩主におさまりましたが、わずか2万石の小藩で財政に悩まされたといい、時代が変わると信長期の栄華など微塵も感じられなくなるという訳でしょうか。

めん街道、とあるのは、この天童は将軍家献上そばの里であるとのことです。
Himg0347

▼天童は温泉の町でもあります。

山形も温泉が多いところですね、他にも上山温泉や尾花沢の銀山温泉とか。

フルーツの里ともありますが、隣の東根市と共にさくらんぼcherryが名産のようで、ここにもイラストに描かれています。ぶどうやリンゴappleの絵もありますが…
Himg0350

▼新幹線停車駅らしく電光掲示があり、天童温泉の歓迎のぼりも出ていました。

その横には「全国くちびる美人コンテスト」なるのぼりもsign03

毎年6~9月に天童温泉の宿泊客を対象に、指定の用紙にリップマークをつけて応募するイベントだそうで、2010年には2437点が寄せられ、2次にわたる審査を経てベストリップ賞には賞金10万円と3万円相当の温泉利用県が送られたそうです。
Himg0351

▼将棋の駒の町らしく駅内でも至る所に将棋の駒に関したものがあります。

独特なのは、左側のこの「馬」の字の反対になったもの、「左馬」といいますが、「うま」の逆は「まう」(舞う)であり、古来舞はめでたい席での催し物とされていたことから、縁起のよい招福の駒とされています。
Himg0349

Himg0352

▼改札を出たところ、自由通路内です。ちょうど両出口に分岐しているところ。

東口が市役所・温泉方面、西口がスポーツセンターとあります。ここでは見えにくいと思いますが、矢印の内側には将棋の駒の形で「東口」や「西口」と表されています。

歓迎看板も将棋の駒が両サイドに。
Himg0355

▼楽天イーグルスやモンテディオ山形などの試合案内などがありました。イースタンリーグの試合が天童で行われたのですね。
Himg0356

▼清潔感のある自由通路内です。

両側で高さが違っている面白い形となっていて、窓も上部は斜めになっています。
Himg0357

▼時計だって将棋の駒。
Himg0358

▼駅前のポストの上にも将棋の駒が乗っかっています。

観光駅馬車とありますが、調べるとワゴン車の巡回便だそうで馬が来るわけではないようです。馬だったら大分の由布院駅で馬車を見かけました。
Himg0360

▼天童駅の駅舎です。(東口)

東口しか行っておらず、駅舎の写真はこちら側しか撮っていません。西口にはまた違った立派な駅舎があるようですが、こちらもなかなか大規模で立派な駅舎です。
Himg0363

▼駅東口とつながる複合型商業施設のパルテです。

ユニークな形状にどこか古めかしい骨組みが見えたりする興味を惹く建物でした。この右端に駅と直角につながっています。

先にも書きましたが、とにかく至る所で将棋の駒が見られる楽しい町です。
Himg0367

2011年3月30日 (水)

JR日向市駅 (宮崎県日向市)

宮崎県日向市のJR日向市(ひゅうがし)です。

日向市は宮崎県の北東部に位置し、人口は62,827人(2011.1.1現在)で、日向市というだけあって日照時間は全国でもトップクラスとの事で、日向国とはそのあたりから来ているのでしょうか??ちなみに日と向が反対表記の京都府向日市は「むこうし」と読みます。日向市はまた県内有数の工業都市でもあります。

-JR日向市
【市内】
市内4駅(いずれもJR)中の中心駅
【路線】
JR日豊本線(小倉-鹿児島間)
【開業】
1921年10月11日(訪問は2010年8月)
【1日あたり平均乗車人員】
2,543人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】
(小倉方面)延岡駅→5駅 
                       (鹿児島方面)宮崎駅→13駅      
 

日豊本線で宮崎県の市の駅は初登場です。

日向駅というのが千葉県山武市にあります。その為に日向「市」駅になっているのでしょうか??開業当初は富高駅と名乗っており、富高「村」から富高「町」になった年で、1951年に日向市として市制施行し、1963年になってこれに合わせる形で現駅名に改称しています。

九州の駅独特のその地を表わす絵には「ひょっとこ」が描かれています。日向にはひょっとこ祭りなるものがあるといいます。
Himg0647

▼ホームは1面2線の高架駅で、電光掲示に豪華な屋根と新幹線でも停まるのかな、といった雰囲気すら持っています。残念ながら新幹線は通りすらしませんが…

この写っている電車は485系レッドエクスプレス、この2011年の3月12日のダイヤ改正で残念ながら運行終了してしまったといいます。今や消えてしまった電車をこんな風に記録に残せているのっていいな、とつくづく思います。つい昨夏撮ったばかりなのに、今やもう運行していないとは…という気持ちもありますが。
Himg0646

▼駅ホームにあった時刻表です。

九州はやはり特急の占める割合が非常に高く、この駅で特急を除く普通列車の本数を見ると1時間に1本あるかないかぐらいの極少路線になってしまいます。特急のお陰でそこそこあるように見えることが明らかな状態となっています。
Himg0648

▼ホーム内のこの見事な様子。

エレベータも設置されています。

天井は杉材による木造を前面に出し、サイドにかけての無数の骨組みの織り成す模様はもはや芸術の域息といったところ。それもそのはずというべきか、建築の専門家なども主導し10年もの長期にわたる構想が練られた末にできた駅舎であるといいます。

このように高架化されたのは2006年(宮崎県では4駅目sign01)で、2008年には鉄道に関係する国際的デザインコンテストである「ブルネル賞」の最優秀賞を受賞したといいます。駅舎としては日本初の受賞ということで、そういう意味で素晴らしい駅といえます。
Himg0650

▼天井のなんとも微妙なカーブの具合が芸術を感じさせ、またこれら木材を惜しみなく使用しているところも実に素晴らしいと思います。
Himg0694

▼駅構内にあった地元日向出身のヤクルトの背番号1・青木宣親選手の1000本安打達成を祝した立体写真?が飾ってありました。

青木選手は2年目の2005年からレギュラーに定着、その年200安打越えを達成し首位打者を獲得、堂々の新人王にも輝いたシンデレラボーイとも言える存在です。去年2010年には実に3度目となる首位打者を獲得し、1000本安打も去年達成しました。今ではリーグを、いや球界を代表する打者として挙げられ、現在29歳にして通算1114安打を記録しており、あと5、6年安定した成績を残せば2000本も全く夢ではない数字かなと思います。
Himg0653

▼駅舎の軒先です。

ここはホーム以上に杉材がふんだんに使われている感が如実に出ています。

かなりお金がかかっていそうな雰囲気です。
Himg0654

▼日向市駅の駅舎を様々な距離や角度で3連発にて。

上2枚の写真では「日向市駅」の表示を確認する事ができます。

一番下の写真は向かって左部分が主でこちらは駅名が見えませんが、建屋も大規模で大都市駅のような貫禄に満ち溢れた雰囲気を全面的に醸し出しています。
Himg0661

Himg0660

Himg0658

2011年3月29日 (火)

JR鳴門駅 (徳島県鳴門市)

徳島県鳴門市のJR鳴門(なると)です。

鳴門市は徳島県の北東端に位置し、人口は61,479人(2011.1.1現在)で、鳴門海峡の西側にあって淡路島経由で四国の玄関となる町です。人口で見ると徳島第3の都市で、鳴門の渦潮や鳴門金時あまりに有名です。またベートーベンの「第九」の日本で初演の地ともいわれています。

-JR鳴門
【市内】
市内8駅(いずれもJR)中の1駅
【路線】
JR鳴門線(池谷-鳴門間)
【開業】
1928年1月18日(訪問は2010年7月)
【1日あたり平均乗車人員】
633人/日 (2006年)
【近隣の都市駅】
池谷経由(徳島方面)徳島駅→10駅 
                               (高松方面)三本松駅→14駅      
 

同じ鳴門市でJR高徳線上にある池谷駅から分岐する「鳴門線」の駅初登場で、鳴門線は全駅鳴門市内にあります。そして当駅はその終着駅です。前回UPの大湊駅も終着で中心駅的な役割であり、似たような位置づけという事ができるでしょうか。

ここへは昨夏の暑い盛りに来ました。三本松など高徳線が未踏だったのでまずそこへ行って、徳島で宿泊(徳島県初の宿泊!)し明くる朝に池谷駅を経て、やって来ました。鳴門という町は近くて遠い町、、いつでも行けるやと思って淡路からバスで通過した事も多々でしたが、一度は鳴門市も訪ねておこう、って事でやっと行けたという感じでした。

ローマ字で「Naruto」という表記を見るとアニメを想い出さずにはいられませんsign02

隣駅の「むや」は漢字では「撫養」と書きます。プロ野球・阪急黄金時代の元スラッガー長池選手の出身高校名がこれだった(現・鳴門一高)のですが、長らく「ぶよう」だと思っていました。

Himg0163

▼ホームを改札付近から眺めた様子。

構内踏切で結ばれた通路にスロープがついている1面2線だけのホーム、そしてそこに短い車両の列車が停まり、また屋根のついたエリアも短く、とても人口6万の市の中心駅の光景とは思えないローカル丸出しな?!風景と感じさせられました。

柱状の歓迎看板がせめてもの市の中心駅らしさかもしれません。
Himg0165

▼駅前には、渦潮のモニュメントが。上のは阿波踊りの笠でしょうか。

阿波踊りといえば徳島市のイメージが強いでしょうが、鳴門市でも3日間行われるそうで、なかでもここでは日程的に先陣を切って開催されるのだとか。参加人数の規模は徳島は桁違いに多いようですが…。
Himg0164

▼終着駅らしく車止めがありました。

終着駅だとついコレに目が行ってしまうのです。といっても右側のは線路がないようですが…
Himg0166

▼鳴門駅の駅舎です。

平根であまり大きい駅ではないものの、それなりに横に長い建屋でそれなりにスペースが駅舎にとられているという事になります。屋根は建屋からせり出して、ややひさし状になった形となっています。

駅前はタクシーはそこそこ停まっていて、ホームを見た時のローカル感に戸惑いましたが、外へ出てみてそこそこ賑わいがあるのにやや安心しました。
Himg0169

▼駅出入口を正面から。

四国の町の駅によくあるような駅名の表記(字体)と感じました。青字のJR表記に漢字駅名、そしてその右にローマ字表記、という四国ではありがちな光景のような気が…、この時行った駅だけでも香川県の詫間駅が全くこれと同じ表記でした。

来る前はもっと大きな駅を想像していたんですが…、下調べしてこの目で見たい!と思いつつ訪ねるもよし、知らずに嬉しい誤算を得るのもよしだと思います。嬉しくない単なる誤算も多々ありますが…。
Himg0172

2011年3月28日 (月)

JR大湊駅 (青森県むつ市)

青森県むつ市のJR大湊(おおみなと)です。

むつ市は青森県の北東端、下北半島の大部分を占める中心都市で、人口は60,496人(2010.12.1現在)で、本州最北端の市です。

1960年に現市名となり、今ではすっかり珍しくなくなったひらがな表記の日本初の市として有名で、その前年、初めて市制施行された際は「大湊田名部市」という日本一字数の多い市という市名ではインパクトのあるところです。

-JR大湊
【市内】
市内4駅(いずれもJR)中の1駅
【路線】
JR大湊線(野辺地-大湊間)
【開業】
1921年9月25日(訪問は2009年8月)
【1日あたり平均乗車人員】
263人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】 野辺地までなし。 野辺地
経由で…
          (目時方面)三沢駅→15駅   
          (青森方面)浅虫温泉駅→15駅     
 

大湊とは、下北七湊のひとつだそうで、当地も市制施行前は大湊町の名前でした。そこから路線名は勿論、駅名も変わる事なく現在に至っています。

本州最北端である下北半島(北海道と鉄道でつながらない側の半島)の終着駅ではありますが、最北端の駅は隣の下北駅であり、むつ市役所の最寄りも下北駅となります。
Himg0219_2

▼恐山ってここにあるんだな、と来てみて初めて知りました。

しかし、これらはどこもハンパなく遠い、、徒歩でサクッと名所探訪という訳にはいかないのかな、、と思わされました。いやいや近場もそれなりには見るトコあります。
Himg0218_2

▼木組みの駅名標が重厚な雰囲気で建っていました。

この路線は、「はまなすベイライン大湊線」という愛称がつけられています。

この木枠の高さの違いは青森県の形を表わしているのでしょうね。なかなかよくできています。
Himg0220_2

▼乗ってきた電車です。

たまたま「田名部まつり」のラッピングがなされた立派なやつに乗れて、車内でイベントらしきものもやっていてたいそう賑やかでした。その車両は要・予約?だったか(正確には指定席の車両でイベントが行われていた)で中の様子をつぶさに見ていませんが、楽しそうでした。それを知らず他の車両(自由席)でずーっと立ちっ放しだった辛い思い出ばかりを刻んでおりました。
Himg0217_2

▼終着駅だけあってこのような頭端式のホームで2面2線という構造となっています。なので跨線橋も地下階段もなく、平地のまま向こうまで行って回り込んで改札へと通路が続きます。
Himg0221

▼乗ってきた電車を頭から。

「き・ら・き・らみちのく」と書いた前面、赤いフロントボディがとってもかっこよい車両で、サイドに白と青のストライプという色づかいもなかなかなものがあります。たまたま乗った列車が臨時快速電車でしたが、ナントこの訪問の翌年、2010年11月をもって8年の運転を終えてしまったそうで、残念というか記念に乗れてよかったというか、なんとも複雑な気分です。
Himg0223

▼2面2線のホームはこんな様子で、結構な人数が降り立っていました。野辺地からここまで乗ってきたのですが、この手前の下北駅と当駅で集中して降りて、それまでは殆ど動かずでなかなか座る事もままなりませんでした。

駅舎側ホームの屋根と柱はなかなか立派な雰囲気を放っています。

Himg0222

▼駅舎側のホームの屋根の下から。

この白木で構成された屋根ひさしと何本も並び続ける柱、素晴らしい!言葉で書いてしまうとそうなんですが、なんとも言い表し難いハッとするような素晴らしさ?!うーんなんと表現すればよいのか、、行って見てみるとホントにその素晴らしさをきっと感じられると思います。

Himg0275

▼大湊駅の駅舎です。

駅前広場のど真ん中にあるモニュメントにはねぶたが描かれたりなどしており、青森県らしさが出ています。三角がいくつも折り重なってなされたアートがそこにはありました。

駅自体はやや高めの平屋建てという感じですが、屋根が幾重にも出ていて、そういう意味での見ごたえのある駅舎と思います。
Himg0228

Himg0226

2011年3月27日 (日)

JR鷲津駅 (静岡県湖西市)

静岡県湖西市のJR鷲津(わしづ)です。

湖西市は静岡県の最西端に位置し、人口は60,472人(2010.9.1現在)で、文字通り浜名湖の西にある町で、1972年になって市制施行されました。2010年には浜名郡新居町(人口約16,000)を編入した事により、東海道の関所も市域に入る事となりました。

トヨタの始祖・豊田佐吉を生んだ町で工業都市の側面が強く、工業製品出荷額は市区町村別で全国31位というのでかなりのものがあります。

-JR鷲津
【市内】
市内3駅(いずれもJR)中の1駅
【路線】
JR東海道本線(東京-神戸間)
【開業】
1915年1月10日(訪問は2007年8月)
【1日あたり平均乗車人員】
3,290人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】
(東京方面)浜松駅→5駅   
          (神戸方面)豊橋駅→3駅     
 

湖西市は先述の通り市制化が1972年と新しく、前身の湖西町として自治体名で「湖西」を名乗るようになったのも1955年の為か、市名を名乗る駅がなく、中心駅が判然としない感じです。

一応市役所は鷲津地区にあるので、そういう意味では当駅が中心駅という事になろうかと思いますが、他駅と差別化されるほどの大きな規模は誇っていないように思います。ちなみに利用者数としては市内3駅で2番目で、西隣の静岡最西端・新所原駅が最も多くなっています。

Himg0201

▼ホームは2面3線で、向こうの跨線橋でつながっています。

屋根の端からアップで撮るとなかなかいい感じに写るな、と自画自賛してみたり…

この駅から1.6km西の地点が、東京-大阪間の中間地点になるそうです。
Himg0202

▼ホーム上の反対方向の様子です。

向こうにある緑の歩道橋は駅を出た後の自由通路でね駅舎からは少し距離があります。

左側にはレールと思しき棒が沢山転がっていました。
Himg0200

▼名所案内です。

豊田佐吉記念館(生家)は約2km、徒歩では少し時間がないと厳しいですね。

浜名湖や海水浴場などの水辺に因んだものが多く列挙されていますが、いずれもやや時間がほしいところで、今時期なら本興寺というところが桜の名所でもあるようなのでいいかもしれません。1kmくらいなら徒歩で往復も気軽にできるかな、というところもありで。
Himg0211

▼駅出て目線です。

真ん中が真ん丸のロータリーをもつ駅前広場がひろがっています。
Himg0203

▼鷲津駅の駅舎です。

ここへは東海道本線の全駅制覇の一回として来ました。ちょうど愛知県から静岡県に差し掛かるところ、県境の二川(愛知)、新所原(静岡)へは以前に行った事があったので飛ばして、豊橋からここへ来てようやく静岡県入りとなりました。ただ、この県が東西に長くてその後なかなか苦労したものですが…

平屋根で横に長い駅舎ですが、ライトブルーというか目に優しい色使いが逆に印象があって、それとまた対比するかのような床面のこの色と、ロータリー含め全体的に「丸」のイメージを強く持たせるこのデザインが大変印象的です。

ロータリーも駅前広場も、その外周であるこの床面もすべてが丸、という感じで。駅舎自体が角ばった感じなので、その対比がまた面白い雰囲気を醸し出しているようにも思えます。
Himg0204

▼遠景で駅舎を見ても、やはり床面の丸はよく目立っています。

タクシーが沢山停まっているな駅ではなく、割にのんびりした雰囲気の中に広場スペースが存在しています。
Himg0207

▼駅前広場の一角にあった公共施設と、存在する企業のマップです。

右側の青の部分には企業名が列挙され、スズキなどの自動車もここで作られていて、工業側面が強い様子もこの地図を見てると分かります。
Himg0205

JR土岐市駅 (岐阜県土岐市)

岐阜県土岐市のJR土岐市(ときし)です。

土岐市は岐阜県の南東部に位置し、人口は60,472人(2010.9.1現在)で、人口6万を越える市初登場です。ちなみに郡部の町村には6万を越えるところは存在しません。

美濃焼の産地として知られる陶器の里で、陶磁器生産量は日本一といわれています。その陶磁器も市内各地域によって、茶碗が得意なところ、徳利が得意なところ等々割にくっきり分かれているそうです。

中世に守護大名として栄えた土岐氏は元は源氏の支流でしたが、この地に土着して姓を名乗ったと言われます。明智光秀もこの土岐氏の一族といわれています。

-JR土岐市
【市内】
市内唯一の駅
【路線】
JR中央本線(塩尻-名古屋間)
【開業】
1902年12月21日(初訪問は2005年8月)
【1日あたり平均乗車人員】
5,882人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】
(塩尻方面)瑞浪駅→隣駅   
          (名古屋方面)多治見駅→隣駅     
 

かつては東濃鉄道の駄知線というのが通っていて、市内に他にいくつかの駅がありましたが、1972年に集中豪雨に遭い鉄橋が流失し営業休止に追い込まれ、資金繰り悪化でそのまま1974年に廃止となりました。以後今日に至るまで、市内では当駅が唯一の駅となっています。

両隣は瑞浪、多治見という市の中心駅がここを含めて3つ続いており、中央本線の西側(塩尻-名古屋間)において、名古屋エリアより北ではかなり都会的なエリアになるのではないかと思います。

ここに来たのは中央本線のこの周辺の市の中心駅をいくつか訪ねるという目的で、恵那や瑞浪と共に中央本線西側(塩尻-名古屋間)の途中駅では、初めて寄ったところのひとつです。
Dscf0119_2

▼ホームからの眺めです。

「世界にはばたく やきもの観光都市 土岐市」と掲げられています。

その下には、「織部の里公園」というものが。400年以上も前から日本一の陶器生産量を誇っていた美濃焼。元屋敷窯という美濃窯最古の連房式登り窯を見ることができ、楽しみながら理解を深めていく事のできる施設だそうです。この時は行ってませんが、駅から徒歩約15分の所にあるとの事です。

Dscf0118_2

▼駅の真ん前にはでっかい陶器がガラス張りで展示がsign03

美濃焼の抹茶碗との事で、直径105cm、重さは287kgもあるといいます。小錦よりも重たい茶碗ってすごいなと思いました。

隣の瑞浪駅には駅前広場に陶器の巨大なモニュメントがありましたが、この茶碗にも圧倒されました。
Dscf0104

▼土岐市駅の駅舎です。

先ほどの大きな抹茶碗は、階段を降りたところのこの向かって右の位置にあります。

隣の瑞浪よりも高く2F建てで、より立派な雰囲気を感じます。2F部は観光案内所があり、また焼き物の展示/販売もされているそうです。(この時は行ってませんが…)

岐阜県ならば美濃はうだつの街並み、土岐は焼き物といった風に何かひとつ押さえておけば、短時間でも色んな場所をめぐってそれなりに楽しむ事ができると思います。

Dscf0107

▼少し引いた駅舎の様子、駅前広場の様子も少し分かる光景ですが、「新首都は 東京から東濃へ」というのがすごいですね。言葉的には殆ど変わらないんですが、ここに首都かぁ、、と思わされました。

Dscf0106

JR桜井駅 (奈良県桜井市)

奈良県桜井市のJR桜井(さくらい)です。

桜井市は奈良県の真ん中よりやや北に位置し、人口は59,693人(2011.1.1現在)で、人口のピークとしては2000年ごろで、6万を越えていましたがその後はやや減少傾向にあります。

日本最古の神社といわれる大神神社(三輪神社)があり、また日本の芸能発祥の地とされる「土舞台」、日本三文殊のひとつ「安倍文殊院」などもあり、日本の古代信仰を探る上で大変重要なキーとなる町といわれています。また夏になると流れる(関西だけ??)「三輪そうめん」でおなじみのように、素麺が特産のひとつです。

-JR桜井
【市内】
市内7駅(JR3、近鉄4)中の中心駅
      ※当駅をJR、近鉄とも1とカウントした場合 
【路線】
JR桜井線(奈良-高田間)
【開業】
1893年5月23日(初訪問は2007年1月)
【1日あたり平均乗車人員】
2,053人/日 (2005年)
【近隣の都市駅】
(奈良方面)天理駅→5駅   
          (高田方面)高田駅→4駅     
 

奈良駅から大和高田市の高田駅へとつながる「桜井線」の駅初登場です。

初めて訪ねたのは2007年1月ですが、翌年にはその桜井線の駅をひとつずつ行くという事で再訪しています。写真は主にその2008年再訪時のものです。

近鉄の駅と同居している形で、JRホームは地上に、近鉄ホームは高架上にあるという構造です。JRとしては2面3線あり、同居はしているもののホーム番号としてはJRと近鉄で分かれています。かつては相互に乗り換えできたようですが、今は改札を通る必要があります。

Himg0081

▼上の写真と反対方向の様子。

屋根のある部分はかなり長く取られています。

あまり広いとは思えないホーム幅の中、ど真ん中に柱が何本も並び立っています。
Himg0080

▼というわけで、JRの地上ホームから近鉄の高架ホームを見上げたものですが、なんとも豪華そうな駅舎に見えます。
Himg0079

▼桜井駅の駅舎、こちらは南口です。

JRの表示が上、下に近鉄となっていて、反対の北口には近鉄が上で下にJRがある形で全く違った駅舎が建っています。

真ん中に通路、突き当たりに窓を持つ形で、そこから両サイドに階段が下りているのが見える典型的な橋上駅舎と分かるスタイルです。

左端にチラッと覗いて見えるのは奈良交通のバス、車体横にシカが跳ねているのが特徴です。
Hi360452

▼南口駅前からまっすぐ伸びる駅前道は県道154号、金融機関等主要施設が多いのはこちらのようです。

Hi360451

▼駅前広場周辺はビルなどが建っていて、駅前らしい景色ではありますが、ここで一度飛び込みで宿泊を目論むも目立ったビジネスホテルに行き当たる事ができず、他の町で探し回ったという経験がありました。JRと近鉄が同居する駅前なら簡単に見つかるだろう、とタカをくくっていたのが甘かったな、と思いました。

近鉄が目立つ反対側はホームの様子と共に別記事にてupしたいと思います。
Hi360503

2011年3月24日 (木)

JR浜田駅 (島根県浜田市)

島根県浜田市のJR浜田(はまだ)です。

浜田市は島根県の西部に位置し、人口は59,547人(2011.1.1現在)で、島根県西部・石見地方を代表する市です。2005年に周辺の那賀郡金城町、旭町、三隅町、弥栄村と新設合併しています。

かつては山陰随一の軍都として側面を持ち、現在は水産都市の側面の強い町です。野球では県東部・出雲地方の松江・出雲よりも西部のこの浜田の方が有名選手を輩出しており、日本ハムの梨田監督や元広島のエース・佐々岡投手の出身地でもあります。

-JR浜田
【市内】
市内8駅(いずれもJR)中の中心駅
【路線】
JR山陰本線(京都-幡生間)
【開業】
1921年9月1日(初訪問は1992年9月)
【1日あたり平均乗車人員】
960人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】
(京都方面)江津駅→6駅   
          (幡生方面)益田駅→8駅     
 

写真は2008年11月訪問時のものですが、初訪問はまだ学生時代だった1992年9月まで遡ります。学生時代貧乏だった事もあり、なかなかあちこち行くという発想すらなかった中で、唯一大田市より西へ行ったところ。現在は浜田市域内に入りましたが、旧金城町の施設訪問という事で恩師と同じゼミ生と共に、ここへはその最寄駅という事で足を踏み入れました。

朝寝坊して遅刻ギリギリの状態で松江駅を激走したのを18年経ってもよく覚えています。確か前夜遅くまで後輩たちと飲んでいたような…。何せ山陰本線で一本電車乗り遅れたからエラい事になりますから、、(それだけ本数が少ないって事で)

以後は1996年にやはり広島への帰り道(バス)としてこの駅に降り立ちました。この写真のはそれ以来12年ぶりという事になります。

Himg0058

▼1両限りの電車、ってところが山陰本線、とりわけ鳥取島根の山陰らしいところ、でしょうか、、ちなみにこの電車は団体列車のようです。団体列車が一両で足りるところも山陰らしい、という気がします。ホームは2面3線あります。

Himg0059

▼ホームは地下道でつながっています。

松江・京都・大阪・江津・浜原ってえらく広範囲な、、とこの表示に突っこんでしまいました。
Himg0060

▼浜田駅の駅舎です。(訪問当時)

この当時は旧駅舎解体後、現駅舎建設中という段階で、こんなさみしい仮駅舎の状態でした。あまりの駅の小ささにビックリしましたが、やはり仮設でした。今では立派な駅舎が建っている(2009年6月~)ようで、それをナマでまた見に行きたいものです。
Himg0055

▼駅舎からの目線、駅前広場の様子です。

真ん中に建っているのは神楽時計で、当地は石見神楽の伝統が生き続ける地でもあり、石見各地に神楽団体がありますが、最も数が多いのがこの浜田です。
Himg0057

▼最後に、神楽時計をアップで!
Himg0054

2011年3月23日 (水)

JR東羽衣駅 (大阪府高石市)

大阪府高石市のJR東羽衣 (ひがしはごろも)です。

高石市は大阪府の中西部に位置し、人口は59,644人(2010.9.1現在)で、大阪府の市としては藤井寺市に次いで面積の狭い市です。市制施行は1966年と比較的新しい市でもあり、堺市のベッドタウン的な位置づけにもあります。

-JR東羽衣
【市内】
市内2駅(JR2,南海4)中の1駅
【路線】
JR阪和線東羽衣支線(鳳-羽衣間)
【開業】
1929年7月18日(訪問は2007年3月)
【1日あたり平均乗車人員】
4,906人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】
(天王寺方面)三国ヶ丘駅→5駅         
          (和歌山方面)和泉府中駅→5駅  

▼JR阪和線の鳳駅(堺市)から1駅だけ突き出た支線の終着駅、という異色の駅です。

南海の羽衣駅に降り立った時に、目と鼻の先にあったので寄りました。ホーム内には入っておらず、中の写真は全くありませんが、線路が途切れている部分がこの下から見ても分かります。

Himg0173

▼東羽衣駅の駅舎入口です。

上の写真の部分はこの左にあたります。

ちなみに高石市の中心駅は南海の高石駅ですが、それほど規模の大きい駅でなく、また訪問時が夜でハッキリした写真が見られない事から、他の駅を…という事で、この異色の駅をチョイスしました。

自転車がそのまま沢山置いてある光景、最近ははどこも自転車置場が充実してきていますが、今もこんなでしょうか?この写真はちょうど4年前のものですが…
Himg0171

▼奥行き込みで東羽衣駅の駅舎を。

ホームの下に銀行ATMやいくつかの店舗が入る建物となっています。そういう意味ではそれなりに規模の大きい駅舎という事になるかもしれません。
Himg0172

▼駅前の踏切です。

といっても、当駅は高架駅なのでこれは南海の踏切でしょうが。

駅前はこんな賑やかそうな商店街が続いています。これはこの駅前でもあり、南海の羽衣駅前の様子でもあります。

Himg0170

2011年3月22日 (火)

北近畿タンゴ鉄道/峰山駅 (京都府京丹後市)

京都府京丹後市の北近畿タンゴ鉄道・峰山 (みねやま)です。

京丹後市は京都府北西端の丹後半島の大部分を占め、人口は59,076人(2010.9.1現在)で、2004年にこの駅のある旧中郡峰山町、大宮町、竹野郡網野町、丹後町、弥栄町、熊野郡久美浜町の6町が合併してできた新しい市です。

中でも峰山は丹後ちりめんの産地として、またノムさんこと野村克也氏の出身高校のある地としても非常に有名です。

-北近畿タンゴ鉄道・峰山
【市内】
市内7駅(全て北近畿タンゴ鉄道)中の中心駅
【路線】
北近畿タンゴ鉄道宮津線(西舞鶴-豊岡間)
【開業】
1925年11月3日(訪問は2010年9月)
【1日あたり平均乗車人員】
252人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】
(西舞鶴方面)宮津駅→5駅         
          (豊岡方面)豊岡駅→7駅  

▼割に近くにありながら、それ故かなかなか訪問できなかったこの地。

2010年の「あの」猛暑が過ぎ去った直後、急激にグッと寒くなった雨の日にやっと訪ねる事ができました。京丹後市自体は1999年12月に当時で年2度目の温泉(当時は滅多に温泉入らなかったので)ってことで、久美浜温泉に連れ立って行ったのですが、それ以来11年ぶりに市内への立入り。網野とか他にも行きたい所多々あり、この機会に行きたい駅は全部行きました。今は市内全て北近畿タンゴ鉄道の駅となっていますが、第3セクター化される1990年まではすべてJRでした。

Himg0065

▼ホームは2面3線で、右側のホームはなかなか渋いつくりになっていて、向こうの方に壁面とベンチのスペースと、さらに奥に室内型の待合室がある構造、個人的にこういうタイプ、好きです。
Himg0067

▼この駅で目を惹くのは、この跨線橋。

色鮮やかなブルーカラーに、この橋の真ん中部分の素晴らしいデザイン。江戸時代に丹後の財政を潤したといわれる「丹後ちりめん」の機織り機がモチーフだそうで、絹にあたる部分もつくられているところがなんとも凝ってます。タンゴ鉄道も駅舎などが凝ったものが意外に多く、ひとつひとつ駅を訪ねるのも大変おもしろいと思います。
Himg0069

▼丹後ちりめんの里として、また丹後国風土記に表れた天女の羽衣伝説の里として峰山をPRしている看板、昔チックなところが個人的に大変目を惹きます。

向こうには駅ホームの柱や屋根の骨組み、椅子に至るまでブルーカラーづくしとなっているのが見えます。
Himg0066

▼こちらにあるのは旧・弥栄町のPR看板。ここは明智光秀の三女にして細川忠興の妻・ガラシャ幽閉の地とされています。
Himg0064

▼跨線橋の中、結構狭いです…

橋上駅舎で、この出口にあたる部分が改札、そして双方向に出口があります。
Himg0061

▼峰山駅の駅舎です。

市の中心の割にはそんなに大きな駅ではありません。郡部の頃から変わってないと思うので、それも致し方なしかなとは思いますが、ここが京丹後駅とかには当分ならないでしょうかね。駅名変更ってかなりな出費を各方面に強いるとか、地元から旧駅名が消える事に反対にあうという事もあるしで。

平たい屋根に出入口の部分が半円状に突出するというデザインで、その部分に駅名の表示があり、このアクセントが単調な建屋にならない事に貢献しているように思います。

ここから見ても機織り機にあたる部分がよく見えて、なかなかいい感じです。来る前に駅舎の様子を「予習」してから来たのですが、期待にたがわず良かったです。
Himg0074

2011年3月21日 (月)

京急/三浦海岸駅 (神奈川県三浦市)

神奈川県三浦市の京急・三浦海岸 (みうらかいがん)です。

三浦市は神奈川県三浦半島のの最南端に位置し、人口は48,238人(2010.9.1現在)で、神奈川県で私の行ったところでは最も人口の少ない市です。

三浦半島は神奈川県の南東にちょこっと突き出た部分で、その先端にあるのがこの三浦市です。いかにも海浜都市の名前で、日本書紀では「御浦」と表記されていたといいます。鎌倉時代は源氏の有力御家人・三浦氏が治めていましたが北条氏に滅ぼされた歴史があります。

市内中心地の三崎漁港は日本有数のマグロ水揚げ港で、海水浴場も多く、県内最大の島である城ヶ島も南端に有しています。

-京急・三浦海岸
【市内】
市内2駅(いずれも京急)中の1駅
【路線】
京急久里浜線(堀ノ内-三崎口間)
【開業】
1966年7月7日(訪問は2011年2月)
【1日あたり平均乗車人員】
13,021人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】
(堀ノ内方面)京急久里浜駅→4駅         
          (三崎口方面)三崎口駅→隣駅  

▼京浜急行鉄道こと京急の駅初登場です。JRで逗子まできたのですが、そこから徒歩で京急の新逗子に乗換えて乗継を経てやってきました。

隣の三崎口が終着駅ですが、三浦市を訪ねる時に限られた時間内で、三浦海岸か三崎口かどちらに行こう??と道中迷い続けていました。そんな中、ここに先に着いた時に良さ気な感じだったので急遽ここに降りることに決めました。

降り場所を迷う事になったのは他でもない、市の中心駅がどちらかが分からなかった事です。三浦市には比較的後年まで駅がなく、1966年になってようやくここ三浦海岸駅が開業、75年になって三崎口の1駅だけが延伸開業されました。それでも市内北部しか駅がなく、中心地の三崎は最南端にあり、終着三崎口駅から5kmくらい距離があります。

三浦市に三浦駅というのがあれば迷わず行くのですが、市名と駅名が違う所ってあまり栄えていないところが多い、と感じているので中心地ならまだいいけど、中心地じゃない所に降りるととんでもなく時間を持て余す、という事も時々あります。

Himg0406

▼駅の大きな看板、市内の油壺というところに京急のマリンパークがあるんですね。

京急も現在の終着・三崎口駅からこの油壺まで延伸の計画がありつつも頓挫したりなどでなかなか市内中心地まで駅がやってこない状態です。
Himg0405

▼ホームは2面2線の高架駅です。

駅規模がなかなか大きい(ということはそれなりの街があるだろう…)というのもあって、道中にここに寄る事にしました。もし1駅向こうの三崎口まで行って、そこが閑散としてたら嫌だと思い、安全パイを握る形で?寄ったのですが、これが思わぬ大ヒットsign03でした。
Himg0407

▼前述した「大ヒット」の理由とは…

    こ   れsign03

ホームから下りる階段で見かけた看板、

  「三浦海岸の河津桜」

折しも2月末、まだ(今この時点でもですが…)桜が一般的に咲いていない頃なので、これ見て一気にテンション上がりました。この駅で降りることを選択してホントについてるなと感じました。

河津桜(カワヅザクラ)は、1955年伊豆の河津町で原木が発見されたことから始まる新種で、1974年にこの名がついたもので、花は1ヶ月ほども咲いているそうです。伊豆では早咲き桜として有名ですが、それがこの三浦半島にもあるとはsign03何も知らずに来たもので、嬉しすぎる誤算でした。
Himg0411

▼高架駅によくある1F部分の柱の群れ、白を基調に土台の部分は青にペイントされています。

で、個人的に高架駅でも大規模駅かどうか判断基準としてもっているのが、床面です。床面がコンクリート色だったら高架ではありながらも、大規模駅ではないな、という感覚をもっています。乗降者で13,000人余り/日あるので栄えていない訳ではないけれど、それほど大規模駅でもないなという印象でした。
Himg0412

▼三浦海岸駅の駅舎です。

上に写っているのがホームですが、下の駅舎はこのカットでは天井近辺より上しか撮ってません。駅舎がバッチリ写っていて、かつ記事として載せる事に対応できるカットとしては、こういう形にする必要がありました。この下は「さくらまつり」で道行く人でごった返していたので。

さくらも一端ですが、見えます。2月末に思いがけず桜見かけるなんてどんだけ偶然?ってくらいの幸運に恵まれました。
Himg0419

▼駅からやや離れて全体像に近いカットを。

さくらまつりじゃない時期はこの駅前はどれほどの賑わいなのか、、逆に気にかかりました。そんな時期ならもっと堂々と駅舎が撮れたのかもしれません。
Himg0422

▼上の写真を撮った側の様子、逆にホームからその地点周辺を撮ったものというわけですが、向かいに京急ストアがあり、その前はバスロータリーとなっています。

この反対側は割に狭いのですが、そんな中にさくらまつりでの賑わいがありました。
Himg0456

Himg0457

▼駅周りだけにしとこうとおもっていましたが、これだけ桜・桜と書いて出さない訳には行かないと感じ、少しだけお出しします。別記事で桜は存分にUPをと考えています。
Himg0418

2011年3月18日 (金)

JR安房鴨川駅 (千葉県鴨川市)

千葉県鴨川市のJR安房鴨川(あわ・かもがわ)です。

鴨川市は千葉県の房総半島南東部に位置し、人口は35,232人(2010.9.1現在)で、2005年に天津小湊(あまつこみなと)町と新設合併して現在の市域・人口規模になっており、それまでは人口約28,000人という関東地方では稀有な2万人台の市でした。市制施行は1971年と比較的新しく、今年で40周年を迎えます。

海獣の繁殖に実績を誇る「鴨川シーワールド」で非常に有名で、それまで単なる海水浴場の町の側面が強かった鴨川に色んなスポットが当たるようになり、通年リゾート地に変貌を遂げたといいます。

-JR安房鴨川
【市内】
市内5駅(いずれもJR)中の中心駅
【路線】
JR外房線(千葉-安房鴨川間)
      内房線(蘇我-安房鴨川間)
【開業】
1925年7月11日(訪問は2011年1月)
【1日あたり平均乗車人員】
1,678人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】
(千葉方面)勝浦駅→6駅   
          (蘇我方面)館山駅→8駅     
 

今年はじめの千葉旅行記をなぞるように?!千葉県の駅連発しています。

房総半島をぐるっと回る内房線(西側)と外房線(東側)、ここはその境界駅で内房・外房の両方の線に属しています。

ちなみに冠がついている旧国名の「安房」は徳島県の駅につく「阿波」と同じ読みです。

ここへは勝浦の次に訪れ、当日宿泊する事となる館山の前に訪ねた所です。
Himg0320

▼安房鴨川駅の時刻表です。

同じ路線の○○方面とその反対方面、というのではなく、外房線と内房線がそのまま反対方面同士となります。また、どちらにおいても終着駅扱いとなるため、当駅からの電車は全て「上り」となります。

外房線は1時間に1~2本がほとんどで、内房線は1時間に1本という極少路線、正直こんなに本数が少ないとは訪問前思ってもみませんでした。しかも外房線は赤字分(ほぼ半分)は特急(内房線は特急なし)なので、普通電車のみであれば内房線以上に極少路線です。
Himg0321

▼ホームは2面3線で、この跨線橋でつながっています。

ここは1番線、階段上がって橋を渡ると2,3番線へ。

2番線が外房線、3番線が内房線となっています。
Himg0322

▼内房外房の境界というキー駅のせいか、電車が多めに停まっています。
Himg0325

▼停まっていた電車の顔をドアップで。

BOSO EXPRESSと書かれたこの電車は特急わかしお号です。わかしお(若潮)とは、干満の差の大きくなっていく時期の潮をいうようです。

電車はE257系500番台というもので、前面の輪郭にあたる部分の黄色が特徴的なデザインで、その黄色は明るい陽光と房総に咲く菜の花のイメージなのだそうです。
Himg0329

▼跨線橋内です。

床面はコンクリート色で通路幅はそれほど広くはありません。また両サイドの壁面は上部が吹き抜けの形で、ただの歩道橋のようないでたちですが、エレベータも一応ついています。
Himg0390

▼ホーム周辺を外から。

線路上の橋は駅内の跨線橋ではなく、駅外の自由通路です。

こちらはなかなか凝ったデザインのオシャレな感じの通路となっています。

それにしてもやはり電車が多く停まっていて、いい眺めです。
Himg0388

▼安房鴨川駅の駅舎です。

オレンジ屋根が印象的ですが、出入口上の駅名の表示も周りに鉄橋のような妙にかわいいデザインがなされていて、更に右端はもっと複雑な鉄橋のような?!デザインが丸みを帯びて駅名の上につけられています。

屋根つきの建屋とその前面にフレームのような白壁のものが取り付けられている、そんな風な建屋構成となっています。コンビニNEWDAYSが入っています。

駅前はロータリーはなく、そんなに広くないスペースが何もない状態で取られている格好で、すぐ前には線路と平行に道路が走っています。
Himg0336

2011年3月17日 (木)

JR勝浦駅 (千葉県勝浦市)

千葉県勝浦市のJR勝浦(かつうら)です。

勝浦市は千葉県の房総半島南東部に位置し、人口は20,518人(2010.9.1現在)と首都圏で最も人口の少ない市です。県下2位の漁獲量を誇る勝浦漁港を有し、美しい海岸を持つ海浜の町として知られ、日本を代表するビッグウェーブのスポットで、海水浴客は人口の10倍以上の27万人に及ぶといわれています。

ちなみに関東地方で最も人口の少ない市は、
群馬…沼田市 51,000
栃木…那須烏山市 29,000
茨城…潮来市 30,000
埼玉…幸手市 53,000
神奈川…南足柄市 44,000
東京…羽村市 56,000

(いずれも約数)

となっており、当市はそれらより少なく、関東地方では最も人口の少ない市となります。

-JR勝浦
【市内】
市内4駅(いずれもJR)中の中心駅
【路線】
JR外房線(千葉-安房鴨川間)
【開業】
1913年6月20日(訪問は2011年1月)
【1日あたり平均乗車人員】
1,315人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】
(千葉方面)大原駅→3駅         
          (安房鴨川方面)安房鴨川駅→6駅  

千葉県の駅連発ですみません、撮り溜めた写真を一気にUPしております。前回の御宿駅に寄る前に訪ねたのが、ここ勝浦です。和歌山県の那智勝浦町にある駅は「紀伊勝浦」と旧国名を冠しています。白浜・勝浦など紀伊半島とこの房総半島では同じ地名を多く持っています。

御宿は隣駅で、開業日も全く同じ。再来年で開業100周年を迎えます。
Himg0197

▼ホームは2面3線あります。

こちらの両サイドに止まるホームは幅が広めに取られています。電車は211系というものでしょうか。
Himg0196

▼ホームからの眺めでひと際目を惹くのがこの「はげ山」

正面は岩が剥き出しでありながら、横から見ると木が並んでいて、かつ幹の部分が結構目立っている何か不思議な印象を受けてなりません。人間の髪型で言う、トサカのようなカットを横から見たような感じ?といいますか。

かつうら海中公園、という看板が出ています。車で7分、というのが徒歩で訪問してる身にはやや遠いかな、と尻込みさせます。
Himg0194

▼ホームから階段を上がって振り返ったところです。

勝浦の歓迎看板がでかでかと出ていて、また勝浦のキャラクター・カッピーというのも端っこに描かれています。勝浦を代表する特産のカツオがねじり鉢巻を巻いたキャラクターで、全国から654通の応募を経て2010年2月に誕生したばかりのマスコットです。

でこれがなかなか仕事していて、Tシャツ、地酒、ピーナッツ(千葉の特産)、ゴーフレット、そしてそして…「勝浦ご当地ソング」のCDにもそのキャラが登場しているのです。
Himg0253

▼この駅ではげ山の次に、コレという深い印象を刻み込まれたのはこのトイレです。

駅トイレにこの色使い、こんな所にも金がかかっていて?なかなか感動ものでした。

この鮮やかさ、トイレじゃないみたい?!
Himg0201

▼トイレの内部から(失礼…)

ドアまで曲線でオシャレじゃないか!とまたまた感動するのでした。
Himg0250

▼ホームから階段を上がって改札周辺部分です。

この左が先ほどのトイレですが、このフロアもなかなかきれいでいい感じです。全体的にピカピカしてる感じでしょうか。
Himg0251

▼駅内、改札出た後のスペースに養珠院像が飾ってありました。

養珠院というのは、徳川家康の側室で水戸藩を治めた徳川頼宣・頼房の母にあたります。

勝浦城の落城時に、市内の八幡岬という所の40mもの断崖から白い布をたらして飛び降り、小船に乗って伊豆の韮山に身を隠したといいます。その後に先の二子を産み、うち頼房の子は光圀であり、早い話、「水戸黄門のおばあさん」なる人物です。
Himg0211

▼養珠院銅像の原型としてガラス張りで飾られているのがこちら。

人の背よりも高く、駅内でこの写真を撮っている方々が結構居られました。
Himg0207

▼駅出て自由通路の上です。

入口には駅名の表示がなされています。

両サイドの柵は高くて安全面は申し分ありませんが、景色が見づらいのがやや残念なところかなと。
Himg0206

▼駅出口の階段部分、柱の上下で白とブルーの鮮やかなカラーリングが目を惹きます。この赤っぽい階段も華やかですね。
Himg0247

▼勝浦駅の駅舎、ほぼ全体像です。

線路の上部分にあたる橋の部分にも駅名が表示され、各出口にも表示があり、「勝浦駅」の表記が所々で見ることができます。

階段上の屋根のエアな感じが海浜都市を感じさせます。
Himg0217

▼階段を降りてすぐの地点にある動輪です。

かつてこの房総の地を駆け巡った蒸気機関車のものだそうで、郷土に文化をもたらして先人の偉業を讃えるものとして飾られている、と書かれていました。
Himg0214

▼駅前広場の様子を少し。

おみやげやさんが目の前にあったり、あと何といってもDOMDOMのハンバーガーの店があった事にひどく驚きました。まだあったのか、と思って。日本初のハンバーガーショップならびにファーストフード店は他ならぬこのドムドムなんですね、マクドじゃなくて。私が生まれた1970年の誕生、タメ年な訳です。なんかなくなったな、、と思ってたらダイエー系なんですね。それでも残っているのは嬉しいものです。
Himg0220

2011年3月16日 (水)

JR御宿駅 (千葉県夷隅郡御宿町)

千葉県夷隅(いすみ)郡御宿町のJR御宿(おんじゅく)です。

御宿町は千葉県の南部、房総半島の東、いわゆる外房の中心辺りに位置し、人口は7,823人(2010.9.1現在)で、童謡「月の沙漠」発祥の地として知られ、この童謡は「BS20世紀日本のうた」のベスト100(84位)に入った曲でもあります。

-JR御宿
【町内】
町内唯一の駅
【路線】
JR外房線(千葉-安房鴨川間)
【開業】
1913年6月20日(訪問は2011年1月)
【1日あたり平均乗車人員】
650人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】
(千葉方面)大原駅→2駅         
          (安房鴨川方面)勝浦駅→隣駅  

▼「御宿かわせみ」のイメージからかつい「おやど」と読んでしまっていましたが、訪ねてみてからはちゃんと読めるようになりました。

房総半島の東側を海岸沿いに走る「外房線」の駅、かつ千葉県の郡部の駅初登場です。千葉県の郡部としては初めて訪ねたのは、大網白里町ですが、その数時間後に尋ねた2つ目の郡部がここ御宿町の当駅です。

Himg0260

▼郡部の駅ながら、なかなかオシャレな感じの待合室、柱に相当する部分の鮮やかなブルーが大変印象的で、その前の自販機も雰囲気がなんとなく新しい感じがします。
Himg0256

▼ホームは1面2線で、改札への通路として跨線橋で結ばれる構造になっていて、階段は互い違いの方向に降りています。
Himg0258

▼ホーム上にあった像です。

何の説明もなくポツンとあり、後でいろいろ調べましたが海女さんの像のようです。海岸の町なので、海に因んでということでしょうか?
Himg0261

▼車庫?もありました。

側線は通常の通行レールとは柵で仕切られています。
Himg0255

▼時刻表を見ると、1時間に多くても3本で、昼間時間帯は1本もでも珍しくないほど本数は少なかったです。

今年初めになって生まれて初めて外房線に乗りましたが、訪問前は都会的なイメージを持っていたので駅訪問も来た電車に乗ればいいや、的な感覚でした。でもそんなのとんでもないsign03ちゃんと計画して旅しないととてつもなく待たされることにもなります。
Himg0259

▼御宿駅の駅舎です。

こじんまりとしていますが、白のきれいな壁と薄めの赤い瓦屋根のコントラストが素晴らしい駅舎です。赤が薄目というところがミソで、どこか優しげな印象を与えます。

駅前は広場スペースのみがあるだけのなんともシンプルな様子でした。
Himg0316

▼でまた、駅名の部分はこんな風に飾り立てられていて、これも「月の沙漠」をイメージしたものを織り込んだという事になるでしょうか。

JRマークから月が出ていたり、ラクダが歩いていたり、なかなか遊び心的なモノが入っていていいなと思います。
Himg0317

2011年3月15日 (火)

JR館山駅 (千葉県館山市)

この度の震災にはお亡くなりになられた方々の御冥福、そして1人でも多くの命が救われる事、被災された方々が少しでも早く生活が戻る願ってやみません。

そんな気持ちを心に刻みつつ、当ブログは通常モードに戻してのUPとさせて頂きたいと思います。

千葉県館山市のJR館山(たてやま)です。

館山市は千葉県の南端に位置し、人口は49,315人(2010.9.1現在)で、南房総の政治経済の中心地で、また「寿司の町」といわれ、数多くの漁港を有しています。おなじ「たてやま」と読む富山県の立山は立山「町」で郡部ですが、こちらは市です。今をときめくAKB48の「会いたかった」のPVロケ地はこの館山市内であったそうです。

-JR館山
【市内】
市内3駅(いずれもJR)中の中心駅
【路線】
JR内房線(蘇我-安房鴨川間)
【開業】
1919年5月24日(訪問は2011年1月)
【1日あたり平均乗車人員】
2,299人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】
(蘇我方面)富浦駅→2駅         
          (安房鴨川方面)安房鴨川駅→8駅  

袖ヶ浦駅に続いてまたまた千葉県の駅です。2011年に集中訪問したのでUP増えるかもしれませんが、ここ館山は2011年初の宿泊地で、1/2晩に到着した時のがすぐ下の写真で、翌1/3朝に撮ったのが、もうひとつ下の写真です。

房総半島にある市の中心駅としては最南端にあります。

開業当初は安房北条という駅名でした。1939年に当地が館山市となり、その後1946年に現在の館山駅に改称されるという歴史を持っています。
Himg0391

Himg0436

▼ホームは2面3線で、橋上駅舎です。

橋部分は楕円状の窓にオレンジの瓦屋根のかぶったオシャレなものとなっていますが、建物全体見るとホントにオシャレと思えます。
Himg0438

▼上の写真にチラッと写っていましたが、運搬用の貨物車両でしょうか?

こういうの見るとまた撮ってしまうんです。
Himg0435

▼ホームを上がって改札周辺の天井の一部を。

長く吊り下がったこのライトもオシャレで立派なのですが、白壁でどこか教会を感じさせる雰囲気の天井周りはなかなかの感動もの。なんとか人の流れの途切れたところを見逃さず写真に収めました。
Himg0434

▼これも改札内、ホーム上の様子。訪ねたのは紛れもなく1月3日、元旦三箇日に泊まりの旅なんて今までしたことなかったと思います。今年は特別ですが…。

「鮨の町 館山」と銘打っています。
Himg0433

▼駅舎のバルコニーとでもいうべきところ。

こんな所から駅前の街並みを見下ろせるところもこの駅の魅力のひとつです。
Himg0432

▼こんな具合に。

真ん丸ロータリーがきれいに整備された駅前風景です。
Himg0431

▼館山駅の駅舎、1999年に完成した比較的新しいものです。

これがほぼ正面の姿、オレンジの屋根がデコボコしつつもオシャレな建屋の中程度規模の駅舎です。個人的には駅舎の規模ってこれくらいがいちばん好きです。

とんがり屋根台形屋根色んなのがあります。

Himg0400

▼この駅はこのアングル以外にもいろんな所からいい顔を見せてくれます。

これはややナナメから撮って、橋の部分もハッキリ見える形のものですが、ここから見てもオシャレ度は全く見劣りせず、橋の部分も含めて素晴らしい建屋となっているのいです。
Himg0396

▼これもまた違うアングルのナナメから。

青空に映えて美しい、と誰も賞賛してくれないので自画自賛sign02
Himg0427

▼上の写真から近づいたものです。

こちらに何かしら迫力を感じました。

ひとつのものを撮るにも角度や距離の違いで全然違う顔に見えることに気づかされます。物事も一見しただけでは何もかも分かる訳ではなく、色んな距離や角度から見つめる必要があるという事ですね。他人にしても、仕事上の問題にしても。

とまぁ脱線しましたが、関東の駅百選に選ばれている館山駅でした。
Himg0428

2011年3月13日 (日)

岩手/大船渡 この美しい街を!

今回の東日本大震災においては本当に言葉もありません。

かつて、被災こそしなかったものの間近でその状況を感じていた身としては身につまされます。

今回被災した街には近年訪れた所もいくつもあり、それぞれに思い入れがあります。そこへ行って何もする事もできないのですが、ここにはこんな素晴らしい街の風景が確かにあった事をここで刻んで、神戸のように必ずや復興を!と願いを込めてUPさせて頂きたいと思います。

これは2009年8月の訪問時のもので、JR大船渡駅から歩いて向かったところです。この大船渡駅、市の中心駅としては1日あたり乗車は50人程度で、とても規模が小さいながらも、「東北の駅百選」に選ばれるほどの素晴らしい駅です。が、、、今回の津波で跡形もない、との記事がありました。訪ねた駅が跡形もないとは、、ショックでなりません。雨の中訪ねた事をよく覚えています。もし駅舎がなくなったとしても、その頃の思い出は自分の頭と撮った写真にしっかり刻み込まれています。

▼大船渡駅からの駅前通りの様子です。

今はこの街並みも失われてしまったのでしょうか。必ずや復興してほしいところです。

雨の日に訪ねたところほど覚えているものです。その当時はあまり気持ちのよいものではなかったとしても。昔ながらのコンクリート造りの建物が多かった印象が強いです。
Himg0175

▼これは駅から直進してすぐの交差点を曲がったところの通りでメインの幹線道と記憶しています。

提灯が並んでいたのはよく覚えています。
Himg0176

▼大船渡、という名が示すように船が渡る、港湾都市です。

駅から歩いて程ないところに大船渡港があります。

「市民が憩い、集う港 大船渡港」と看板がありました。今は市内で7000人余りの方が避難しているといいます。少しでも早く生活改善してほしい、という想いを抱かずにいられません。
Himg0177

▼港の津波対策の堤防でしょうか、今回はこれらを乗り越えてきてしまったのでしょうか、改めて自然の恐ろしさを感じます。ここまでしていながらもまだ、これを越えてくるのかと。
Himg0179

▼大船渡港。

右手には駅および駅前の賑わったエリアが見られます。

こんなのんびりとした佇まいを津波が襲ってきたのか、と思うと辛くてたまらないものがあります。でもこの街には、確かにこんな風景があったことだけは刻んでおきたいと思います。
Himg0186

▼大船渡では街歩きよりも、むしろ港で水鳥ばっかり撮っていました。

沢山居て、妙に目を惹いたもので、つい見入ってしまい、なかなかこっちには来ない(すごく人の気配に敏感)ながら、撮ってばかりいました。

この時は夏でしたが、今回の震災で鳥たちはどうだったのだろう、というところも気になったりしました。
Himg0192

Himg0202

▼船が並んでいる光景もありましたが、今回の震災でかなり船が陸地に乗り上げていたのには心が痛みました。避難されている皆さんの生活が一刻も早く、辛くないものとなるようお祈りするばかりです。

この美しい大船渡を、もういちど!
Himg0206

2011年3月11日 (金)

JR袖ヶ浦駅 (千葉県袖ヶ浦市)

千葉県袖ヶ浦市のJR袖ヶ浦(そでがうら)です。

袖ヶ浦市は千葉県の南西部・東京湾に面する部分に位置し、人口は59,916人(2010.9.1現在)で、1991年4月1日にできた比較的新しい市で、もう1ヶ月もしないうちに市制施行ちょうど20年を迎える事となります。

それまでは袖ヶ浦「町」という郡部でしたが、人口5万越えを機に市制施行されたようで、同時期に市となった大阪府阪南市、奈良県香芝市、東京都羽村市、埼玉県鶴ヶ島市・日高市と共に「平成3年生まれ同期市自治体連絡協議会」なるものを形成しています。

ディズニーランドよろしく千葉県なのに東京ドイツ村なるものがあります。

-JR袖ヶ浦
【市内】
市内4駅(いずれもJR)中の中心駅
【路線】
JR内房線(蘇我-安房鴨川間)
【開業】
1912年8月21日(訪問は2011年1月)
【1日あたり平均乗車人員】
3,891人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】
(蘇我方面)五井駅→3駅         
          (安房鴨川方面)木更津駅→2駅  

千葉県の駅がついに初登場です。

千葉県の駅自体2010年まで殆ど訪問しておらず、かつこのブログのアクセス数以下の自治体を訪ねた事もなかったので載せていませんでしたが、この2011年元旦から旅(元旦ホテル泊は生涯初sign01)で、千葉県の市を怒涛の如く(というほどでもないか)訪ね、2月にも再訪し、それまでわずか5市(千葉・成田・我孫子・松戸・柏)しか行ってなかったのが24市(県内全市の2/3)まで訪問数を伸ばしました。

房総半島の西岸を走る「内房線」の駅としても初登場です。自分自身、内房線はこの2011年年初めに初めて乗りました。もっと都会的なイメージを持っていたので訪ねるのはもっと後か(都市は今はupする気がないので)と思っていましたが、こんなに早く内房線駅をupできるとは思っていませんでした。

同じ千葉の鎌ヶ谷市と混同してしまいますが、訪ねてみて位置関係が分かりました。もう間違えません、たぶん…coldsweats01
Himg0642

▼ここには2011年の1/2、3と旅した中で、2日目(1/3)の終盤近くに訪れましたが、袖ヶ浦市の市名を名乗る駅がこれか…、と思うほどの何にもない感…。特にこの左側は…、なんもない、と感じました。ホームもこの通り1面2線のみで、改札(駅舎)とが跨線橋でつながる構造です。

袖ヶ浦の市名を名乗り、市役所も近くにありますが、利用者数は隣の長浦駅の方がかなり多くなっています。開業は1912年で来年100周年を迎えます。
Himg0644

▼跨線橋内です。

割に幅の広い通路が取られています。

床面がアスファルト色とはやや残念な気がしました。掲示物は片側は埋め尽くされていました。

写真が悪いのもあると思いますが、全体的にくすんだ色というイメージがありました。
Himg0646

▼駅出ての目線です。

訪問が今年の1月2日のもので、、この真ん中の木にはクリスマスイルミの残骸と思しき物がついておりました。

しかしこれが駅前?と見まがうほど閑散としていました。
Himg0647

▼袖ヶ浦駅の駅舎です。

駅前はロータリーはじめ広めのスペースが取られていますが、駅舎そのものは市の中心とは思いづらいほどの小さなものでした。

旧町の駅を引きずったまま現在に至っているのかな、という気がしました。なんでも大きくなるばかりがいい訳ではありませんでしたが、「ようこそ袖ヶ浦市へ」的なものが何かほしかったところです。限られた時間の中でちょっと歩いてはみたものの、何の町かいまひとつ掴めないままに去ることとなりました。町の写真はまたの機会に。

Himg0649

Himg0670

2011年3月 7日 (月)

JR逗子駅 (神奈川県逗子市)

神奈川県逗子市のJR逗子(ずし)です。

逗子市は神奈川県の南東部・三浦半島の付け根部分に位置し、人口は58,840人(2010.9.1現在)で、逗子マリーナで知られる海浜都市で、南隣の三浦郡葉山町も葉山御用邸や葉山マリーナ等で知られるレジャーの側面の強い町となっています。

-JR逗子
【市内】
市内4駅(JR、京急各2)中の中心駅
【路線】
JR横須賀線(大船-久里浜間)
【開業】
1889年6月16日(訪問は2010年8月)
【1日あたり平均乗車人員】
28,541人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】
(大船方面)鎌倉駅→隣駅         
          (久里浜方面)横須賀駅→3駅  

▼神奈川県の市の駅、ならびに東海道線の大船駅から三浦半島へと分岐する「横須賀線」の駅初登場です。

横須賀線はそれ自体は24km程の路線ですが、その中にこの逗子や鎌倉、横須賀といった有名都市の駅がいくつも存在しています。

この2月末に行ったばかり、結構新鮮な記事アップ(珍しくsign01)となっています。この時は「神奈川県の市で行った事ない所をできるだけ多く行く」というコンセプトのもと、Twitterやロケタッチで実況しつつあちこちとめぐりました。

と言ってもただ行くだけでなく、極力「その市ならではのものをひとつは見つけよう!」というコンセプトも同時に持っていました。そう考えると、ここは最も滞在時間が短く、ナントカかろうじて神社へ行ったぐらいでしょうか。付近で京急の新逗子駅が目についたもので飛び乗ってしまい、思いがけずすぐに逗子を離れてしまったのでした。

ちなみにこのZushiの文字、日本の市をアルファベット順に並べると最後にくるのがこの逗子だそうです。Zでは同じ神奈川県の座間市もそうですね。
Himg0380

▼ホームは2面3線で、向こうの跨線橋でつながりますが、階段を上がった先が改札である橋上駅舎です。1日に28,000人以上もの乗員があり、市内人口の半分以上という事になります。

ちなみに電報略号は「スシ」だそうで、いかにも日本らしい名前sign02です。
Himg0382

▼逗子駅の駅舎です。

といってもここは単なる平屋駅舎ではなく、私が出てきた出口がこの建屋だったというものですが、ここにはそば・うどんの店やコンビニなど色々とお店が入っています。

前のオブジェがすごく鋭い感じで、痛そうでしたhappy02
Himg0386

▼上の写真の向かって右にはこんな建屋の立派な駅舎がsign03

上の写真の側が一般車ロータリーで、こちら側がバスやタクシーのロータリーという印象を持ちました。
Himg0388

▼バスターミナルの様子。

上の写真の手前側にあたります。

バスはどこか懐かしげなカラーリングを感じます。京急のバスのようです。
Himg0389

▼駅から伸びた通りです。

これを直進して300mほど行くと、逗子市役所とその向かいに京急の新逗子駅があります。この時の旅は逗子に来た時に、もう1市・三浦市に行きたい思いがあったのですが、時既に3時台で日暮れとの勝負でした。結局三浦市にも行きたい欲が勝ち、逗子を観光したい想いを断ち切り、10数分くらいで京急に乗り込むこととなりました。三浦でいいものを見つけたので、それはそれで結果良かったのですが…。
Himg0390

2011年3月 6日 (日)

JR七尾駅 (石川県七尾市)

石川県七尾市のJR七尾(ななお)です。

七尾市は石川県の北部に位置し、人口は58,028人(2010.9.1現在)で、2004年に周辺3町と共に合併するまでは人口46,000人程度の市でしたが、古くより能登地方の中心的な町としての役割を果たしています。

和倉温泉などの温泉地を数多く持ち、また港湾も発達した町でもあり、また日本一といわれる曳山をもった山車も名物とひとつとなった町です。七尾の地の由来は七尾上の建っていた山にあった七つの尾根からきているといわれています。

-JR七尾
【市内】
市内6駅(JR2・のと鉄道4)中の中心駅
【路線】
JR七尾線(津幡-和倉温泉間)
    のと鉄道・七尾線(七尾ー穴水間)
【開業】
1898年4月24日(訪問は2002年8月)
【1日あたり平均乗車人員】
1,790人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】
(津幡方面)羽咋駅→7駅         
          (和倉温泉方面)和倉温泉駅→隣駅  

▼JRで北陸本線の津幡駅から北へ分岐する七尾線の果て近くにあり、ラストの2駅(当駅とJR終着の和倉温泉駅)はJRと第3セクターの「のと鉄道」が共存する形となり、この先はのと鉄道が数駅、終着の穴水駅まで通っています。

個人的に七尾市の存在を知ったのは大相撲の当時の幕内力士だった舛田山関の出身地として取組前にアナウンスされていた事からでした。

写真は2002年夏当時で、まだデジカメも持っていなかった頃、写ルンですでの撮影、記事up写真もこれ一枚きりです。遠目の駅写真になってしまっていますが、バス待合スペースも含めた駅前広場込みで写ったものとなっています。

この時はここを基点にして、まだ鉄道が走っていた珠洲や、前年に鉄道が廃止されてバスで向かった輪島など能登の旅を満喫したのでした。

Photo_2

南海/大阪狭山市駅 (大阪府大阪狭山市)

大阪府大阪狭山市の南海・大阪狭山市 (おおさかさやまし)です。

大阪狭山市は大阪府の南部に位置し、人口は58,075人(2010.9.1現在)で、大阪府でば3番目に人口の少ない市ですが、市制施行は1987年と比較的新しい市で、この新市の誕生は大阪府では1971年の交野市以来16年ぶりの事で、35番目の市となりました。

市制施行時、既に埼玉県に狭山市が存在していた為、そのまま狭山市とはなれず、大抵はこんな場合、旧国名を頭につけたりする(河内長野市・泉佐野市などのように)のですが、何故かここは府名である「大阪」を頭に持ってきて現市名になっています。

-南海・大阪狭山市
【市内】
市内3駅(いずれも南海)中の中心駅
【路線】
南海高野線(なんば-極楽橋間)
【開業】
1917年7月5日(訪問は2007年9月)
【1日あたり平均乗車人員】
8,776人/日 (2005年)
                ※南海99駅中33位
【近隣の都市駅】
(なんば方面)北野田駅→2駅         
          (極楽橋方面)金剛駅→隣駅  

▼かつては「狭山遊園前駅」を50年間名乗っていましたが、南海系の遊園地である"さやま遊園"の閉園により2000年に現駅名に改称されました。

大阪狭山市役所の最寄り駅という意味での市内中心駅で、市名そのままの駅名となっていますが、隣は昔からの地名である「狭山」で、反対隣は市内でダントツに利用者数の多さを誇る「金剛駅」であり、どれが中心か一見よく分からない部分があります。

金剛駅には特急も快速急行も停車しますが、当駅には停車せず、格下感も否めない中心駅という事になっています。

駅名標もそうですが、ベンチもグリーン一色でかつての南海ホークスを思わせる鮮やかなカラーです。
Himg0104

▼ホームは2面2線で、それぞれのホームに出口がある構造となっています。こういうホームの場合、方向を間違った時大変なんですよね。一度改札を出て、また踏切渡って反対ホームの改札を通らないといけないという…
Himg0105

▼大阪狭山市の駅舎です。

といっても両ホームに出口があるので、こういうのが2つあります。私が最初に出てきたのがこちら側でした。市名を名乗る駅の割にこの規模とは…と驚きました。
Himg0106

▼踏切を渡った反対側の駅舎はこんな感じで、こっちがメインか!と思って撮ってみました。

こちらは屋根がなかなかのもので、三角が幾重にも絡むような模様で、大きな建物ではないもののそれなりの規模は感じさせます。まぁこの手の構造の駅には大規模駅はなく、入口から改札通るとすぐホームへと出てしまうのですが…。
Himg0112

▼駅前の踏切拡幅のイメージ図がありました。

なるほど、両側では駅舎の建屋がだいぶ違いますね。

拡幅工事はこの訪問後着手されたようですが、今ではこんな風に両サイドがグリーンカラーの踏切となっているのでしょうか?遮断機の部分の存在によって、車の通る幅が明確となっていて歩行者・自転車には優しいですね。
Himg0111

2011年3月 2日 (水)

JR飫肥駅 (宮崎県日南市)

宮崎県日南市のJR飫肥(おび)です。

日南市は宮崎県の南部に位置し、人口は57,251人(2011.1.1現在)で、2004年放送のNHK連続テレビ小説「わかば」の舞台となった町で、1950年市制施行されましたが、当時の昭和の大合併の先駆けとしてその成功を学ぶべく度々市外から視察に訪れる人が多かったといいます。近年はプロ野球のキャンプ地として広島カープなどが使用し「日南キャンプ」としてその名が知られています。

-JR飫肥
【市内】
市内10駅(いずれもJR)中の1駅
【路線】
JR日南線(南宮崎-志布志間)
【開業】
1941年10月28日(訪問は2010年8月)
【1日あたり平均乗車人員】
382人/日 (2006年)
【近隣の都市駅】
(南宮崎方面)南宮崎駅→14駅         
          (志布志方面)日南駅→隣駅  

▼宮崎県の市の駅、ならびに宮崎市から鹿児島県志布志へとつながる日南線の駅初登場です。私が宮崎県の市で行ったことのある所ではもっとも人口が少ない町で、中心駅は市名でもある隣の日南駅ですが、この訪問時に「日南市で1駅行く」となった時に選んだのはお城の割に近くにあるこの飫肥駅でしたsign03(市内で最も利用者数の多いのは実はこの駅です)

2010お盆九州の旅2日目に宿泊地である宮崎から最初に訪れたのがこの駅だったのです。飫肥とはかなり難しい字ですよね(読み方も)。最近字をあまり書かなくなったせいか?漢字を覚える事がないというか、初めて見る漢字は書けない気がしていますcoldsweats01

Himg0504

▼ホームはわずか1面2線、ひさしは割と長く取られていましたがローカル感のある雰囲気を持つホームと感じました。

駅開業はあまり多くないと思われる1940年代(1941年)で、日本が戦時体制に移りゆかんとするそんな時だったわけですね。
Himg0506

▼名所案内には「飫肥城周辺」としっかりありました。1.5キロ程度?最初からここへ行くつもりでした。レンタサイクルを使ってもみたかったもののそんなのが開いてる時間でもなかった(早朝)ので、ただひたすら歩いて行きました。
Himg0507

▼飫肥駅を出た目線、駅前ロータリーの植込みはきれいに手入れがなされ、外周にきれいな花々が咲き並んでいました。

真ん中の像は「泰平踊」とありました。

江戸時代・元禄の初め頃からこの飫肥の地に伝わるというこの踊りは、侍も町人も身分に関係なく共に踊るという、他藩では見られない平和を謳歌する踊りとされており、宮崎県無形文化財にも指定されています。
Himg0508

▼そしてそして、、飫肥駅の駅舎です。

飫肥城をモチーフにしたこの駅舎、いかにも城下町という感じで大好きです。白壁と瓦屋根で城っぽく見せたような駅は結構ありますが、この駅の風貌はなかなか本格的なように思います。長崎県の島原駅などはもっと壮大な規模ではあるのですが…

駅前がとっても閑散としていながら(失礼!)、この堂々とした駅舎が建っているところに価値があるように思います。日南市はこの飫肥の地が個人的にイチ押しですpunch
Himg0511

2011年3月 1日 (火)

JR古賀駅 (福岡県古賀市)

福岡県古賀市のJR古賀(こが)です。

古賀市は福岡県の中東部に位置し、人口は57,874人(2010.9.1現在)で、この記事を書くにあたって初めて知りましたが、市制施行されたのは1997年とわずか14年前の事でした。ずっと以前から市だったイメージがありましたが違うんですね。福岡市のベッドタウンとして人口を増やし続けてきたところで、機械や食品関係の工場が多く存在しています。

-JR古賀
【市内】
市内3駅(いずれもJR)中の中心駅
【路線】
JR鹿児島本線(門司港-八代間)
【開業】
1890年9月28日(訪問は2008年11月)
【1日あたり平均乗車人員】
6,262人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】
(門司港方面)赤間駅→5駅         
          (八代方面)博多駅→9駅  

▼同じ「こが」と読む所として、茨城県古河市に古河駅というのがあります。

ここへ来たのは、山口県の西端の山陽本線の駅めぐりの足伸ばしとして九州へも進出したもので、九州に出てからは各駅くまなくではなく、割に主要駅をいくつか押さえるというスタイルで訪問を重ねて行き、最終的にはここで折り返してまた本州へと戻りました。

時刻表からすると、1時間に6~7本と結構な本数ある事が分かります。ただ九州の場合は特急が多い事もあり、特急停車しない駅となるとかなり便数が減る事となります。

隣駅の片側は「ふっこうだいまえ」(福工大前)となっていますが、これは2008年11月当時のもので、その後2駅も新設開業し、今では3駅離れた所にある状態となっています。
Himg0248

▼ホームは2面4線ですが、うち2線は待避線という構造で、階段を上がったところが改札である橋上駅舎なので橋の部分が両サイドに伸びています。

JR九州管内の駅としては乗員人員は25位、となかなかの利用者数を誇っています。

最初の写真では地面に建てつけの駅名標を挙げていますが、このような吊り式もあります。
Himg0247

▼妙に印象的なこの光景、三菱ならぬニビシで二つで菱形を形成しているこのマーク。醤油や味噌、つゆなどをつくっている地場のメーカーです。以前はこの古賀駅から貨物輸送をしていたといいます。

手前のレールに乗ってるこれはなんなのか、大変気になります。アームがついていて、何かのロボットのようですが…

Himg0246

▼東口の駅前広場を見下ろした様子です。

ロータリー真ん中の三日月が地面に突き刺さったようなsign01sign02カラフルなオブジェが目を惹きます。
Himg0249

▼駅内の橋の部分から階段をおりとするところです。

窓の感じから何か教会とかそういう美術センスを感じる建造物のようにも思えます。
Himg0253

▼古賀駅の駅舎です。

レンガ色といった感じの色が前面に出た建物で、階段を上りきったところの丸屋根が大変印象深いものとなっています。階段の部分で傾斜した屋根を手前に見せておいて、その向こうに四角い建屋を配して二重になっているように見せているところなどはなかなかいい感じです。
Himg0256

▼駅に沿った道路はいきなりこんなカーブを描いていました。

それにしても丸窓の多いオシャレな駅舎だな、と今見て改めて感じました。
Himg0257

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »