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2011年4月の29件の記事

2011年4月27日 (水)

JR宇島駅 (福岡県豊前市)

福岡県豊前市のJR宇島(うのしま)です。

豊前市は福岡県の東部に位置し、大分県とも接しており人口は27,099人(2011.2.1現在)で、福岡県で最も人口の少ない市です。漁業が盛んな港湾都市でまた山などの自然に恵まれた町でもあります。

-JR宇島
【市内】市内3駅(いずれもJR)中の中心駅
【路線】
JR日豊本線(小倉-鹿児島間)
【開業】1897年9月25日(訪問は2011年3月)
【1日あたり平均乗車人員】
 約3,700人/日(2011年ごろ?)
【近隣の都市駅】
(小倉方面)行橋駅→6駅 
          (鹿児島方面)中津駅→3駅

▼現在の豊前市は1955年に発足しましたが、当初はこの宇島市として市制施行がスタートしました。しかし旧の所属町から反発があり、結局はその4日後に豊前市となる事で収まり、現在に至っています。

ひらがな表記がなければ「うしま」と呼んでしまう漢字表記ですが、前の駅名表記(1907年まで)は「宇ノ島」だったそうです。「の」も含めて漢字表記の中に入るというのは「井上」という苗字のようなものでしょうか

豊前市には豊前駅なるところがないので、中心駅はどこかと思って探したらここだという事なので行きました。この時は福岡県の各市めぐりのPART2でしたが、その初日、前泊した行橋市に続いて、この日最初に訪ねた初訪問市の駅でした。福岡県一人口の少ない市は押さえておきたかったので、とりあえずひとつ目標を達成したというところでした。

九州の駅独特ともいえると思いますが、駅名標に絵が描かれており、これは豊前市のマスコットキャラクターである「鴉天狗」との事です。ちょっとミッ○ーのようにも見えますが、豊前市には「カラス天狗まつり」というものがあるそうです。

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▼というわけで、ホームには鴉天狗の像が。

さっきの駅名標のような動物然としたものではなく、こちらはあくまで人間然とした鴉天狗で、「求菩提(ぐぼて)からす天狗」として紹介されています。

この鼻の部分は、鼻の高いものと嘴とを両方持っているそうです。
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▼乗ってきた特急です。

「にちりん」だったか、九州の電車はどれも目を惹くほどカッコいいものばかりでいちいち見入ってしまいます。
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▼ホームは2面3線で跨線橋でつながっています。

左側ホームの向こうで鴉天狗が手を振り上げているのが見えます。

人口が2万人台でも昔からの市の中心駅なので、それなりの雰囲気をもっています。これが最近できた市だと人口7万でも郡部の延長線上の雰囲気のままというところも少なからずある訳で。
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▼その跨線橋内です。

内装は基本このライトグリーンで階段部分も殆どこの色でした。目に優しい系というのか。

ちなみにエレベーターつきです。

天井部分の骨組みの様子はやや見入ってしまいましたが、濃いグリーンとの絡みがなんとも印象的です。

「出口」という標識が全く違う色でかなり目を惹くようになっていて、これはこれで鮮烈な印象を残してくれます。
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▼宇島駅の駅舎です。

市の中心らしく、真ん中部分が三角屋根で突き出ていて、立派な雰囲気を醸し出しています。

やはり昔からの市の中心駅、さすがといったところで、大きな建屋ではないもののコンビニも入っていたり、地方都市としてそれなりの雰囲気かなと。そんな豊前市の中心駅がこの宇島駅です。
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2011年4月26日 (火)

JR玉名駅 (熊本県玉名市)

熊本県玉名市のJR玉名(たまな)です。

玉名市は熊本県の北西部に位置し、人口は69,416人(2011.3.1現在)で、玉名温泉で有名ですが、玉名ラーメンというご当地ラーメンもあります。最近では九州新幹線の新玉名駅の開業などでも注目されています。

-JR玉名
【市内】市内4駅(いずれもJR)中の中心駅
【路線】
JR鹿児島本線(門司港-八代間)
【開業】1891年4月1日(訪問は2009年7月)
【1日あたり平均乗車人員】
 不明
【近隣の都市駅】
(門司港方面)荒尾駅→4駅 
          (八代方面)熊本駅→8駅

▼元々は高瀬駅という名称でしたが、1954年に玉名市として市制施行された後の1956年に玉名駅と改称され現在に至ります。

この駅名標おもしろいですね。平仮名の間に漢字を差し挟む形で、その下に大きくローマ字という並びで。昔っぽい雰囲気もグッドです。

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▼ホームは2面3線で、屋根ひさしは長く取られていますが、柱ごとに「玉名温泉」とステッカー状に貼られています。
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▼両ホームはこの跨線橋でつながっています。

下の時刻表がナナメに立っているのが不思議な感じでした。
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▼跨線橋内です。

道幅は広めに取られていて、掲示物は全面的に埋め尽くされている感じで、市の中心たるにふさわしいといったところでしょうか。ただの跨線橋であり、ここに電光掲示の次発列車案内があるとかではないですが…
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▼ホーム上にあった「玉名ラーメン」の屋台。

屋台のオブジェなのか、、人が居て営業してる風ではなかったので。
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▼これもホーム上ですが、米俵が積み上げられていました。

バックには新幹線のポスターが並べられて、、この時開業まで1年半という頃でした。
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▼玉名駅の駅舎です。

大きな釣鐘との融合した景色が美しい駅周辺です。
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▼駅の真ん前に見えていたその釣鐘のアップです。

ここから北約5kmにある誕生寺の大梵鐘「飛龍の鐘」のレプリカで、お寺の協力によりここに設置されているとありました。

本物は37.5トンもあり、ここの鐘はその1/100にも満たないそうです。

5/3の大梵鐘まつりには誰でもこの鐘(ここのではなく実際のお寺の)はつく事ができるのだそうです。一方駅前のこの鐘は、午前八時と正午と午後五時には音を流すようにしているのだそうです。
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▼駅からの目線をそれぞれ。

なんだかコンクリート色丸出しの建物が多くて、色の褪せた看板の目立つ建物が多くて、それはそれで時が止まっているようでいいと思える光景でした。

ちょっと廃れ気味に見えるくらいの方が愛着がわいてきます。
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2011年4月25日 (月)

JR大網駅 (千葉県山武郡大網白里町)

千葉県山武(さんぶ)郡大網白里町のJR大網(おおあみ)です。

大網白里町(おおあみしらさとまち)は千葉県の中東部に位置し、人口は50,113人(2011.2.1現在)で、元々は大網町、白里町とあと1村が合併してできた長い町名です。

2011年2月1日時点の「町」の推計人口では5位に入り、村を含む郡部全体でも全国6位の多さとなります。つい先頃も人口が5万人を突破したという事で、大網白里「市」と市制施行へ向けて弾み、なる記事が見られました。市制化への要件として人口5万突破が挙げられるのですが、遂に今月・この4月には「市制準備室」か設置されたという事です。

-JR大網
【町内】町内2駅(いずれもJR)中の中心駅 
【路線】
JR外房線(千葉-安房鴨川間)、東金線(大網-成東間)
【開業】1896年1月20日(訪問は2011年1月)
【1日あたり平均乗車人員】
11,004人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】(千葉方面) 蘇我駅→4駅 
          (安房鴨川方面)茂原駅→4駅
          (成東方面)東金駅→2駅

▼房総半島の東部を走る外房線の駅にして、東金線として分岐する始発駅の側面も持つ駅です。

2011年元旦泊後で千葉市を出て初めて寄ったのがこの大網駅でした。予定していたルートがあったのに乗っているうちに間違いに気づき、とりあえず千葉市外のどこかに降りちゃえ、って事で偶々やってきた感の強い所ではありました。

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▼ホームは2面2線の高架駅で屋根は延々と続いています。

といってもここは外房線のホームであり、東金線のホームは1面2線でこことは離れた所にあります。
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▼大網駅の駅舎です。

高架そのものとその下に店が並ぶという構造で、下にはヤマザキのデイリーストアやベーカリーのお店などがありました。
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▼上の写真でいうと、駅前広場を挟んですぐ右に、この東金線のホームがあります。こちらはややこじんまりとしていて、屋根の取られているスペースも外房線の比ではないくらい短いです。
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▼駅舎の出入口付近です。

大きな建物の割に駅名の表示はちっちゃいものとなっています。
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▼駅前にはバス路線がいくつもあり、多くの標識が並んで建っていました。

手前から2番目は東京からの直行バスのものです。
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▼左がメインの駅舎で外房線ホームの高架、右は東金線の築堤状のホーム、これらが向こうへ行くに従い合流していくのが見えると思いますが、それらと共にある駅前広場を込みとした一帯の様子です。郡部とは思えない大きな駅ですね。
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2011年4月24日 (日)

JR安房勝山駅 (千葉県安房郡鋸南町)

千葉県安房郡鋸南町のJR安房勝山(あわ・かつやま)です。

鋸南町(きょなんまち)は千葉県の南西部・房総半島でも南西部に位置し、人口は8,857人(2011.2.1現在)で、地元の鋸山の南という事で鋸南町の名がついたといわれています。スイセンのふるさとといわれ、また保田海水浴場は夏目漱石が海水浴を楽しみ、日本海水浴発祥の地とされています。

-JR安房勝山
【町内】町内2駅(いずれもJR)中の中心駅 
【路線】
JR内房線(蘇我-安房鴨川間)
【開業】1917年8月1日(訪問は2011年1月)
【1日あたり平均乗車人員】
417人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】(蘇我方面) 大貫駅→6駅 
          (安房鴨川方面)富浦駅→2駅

▼勝山の名のつく駅で私の行った所では、勝山駅(えちぜん鉄道。福井県勝山市)、中国勝山駅(JR姫新線。岡山県真庭市)があります。

黄色とブルーのラインが目を惹くこの列車でやって来ました。

当初は安房勝山市か何かと思って寄ってみたら、じつは安房郡鋸南町という「勝山」の名のない自治体内の駅でした。もう1駅鋸南町内にある保田駅と利用者数は大差なく、町役場に近いだけで中心駅の位置づけにあるという状態です。

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▼ホームは1面2線のみで、右にある駅舎側へはこの屋根なしの跨線橋で結ばれていて、両方向で階段は反対向きに下りています。
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▼跨線橋の下には台車が格納?!されていました。

何かの作業用に使うのでしょうか…。
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▼跨線橋からホームを眺めた様子です。

室内型の待合室があり、その前には自販機もあります。市の中心駅でもこういうものすらない駅もあったりするので、ここはそれなりのものはあるのかな、と感じました。ただひさしは全くなく、跨線橋もこの通り屋根がないので、待合室のみが雨露をしのげる場所ということになります。(厳密には跨線橋の下もですが…)

跨線橋もこの待合室の屋根もライトブルーで、この駅の基調カラーなのかな、と思うほど至る所ライトブルーでした。左には車庫?屋根のついた短いものがありました。
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▼2枚目の写真から見て、跨線橋の向こう側にあたる部分です。

ここも全くの屋根なしです。

この駅では、ひと通り周辺(勝山漁港など)を歩いてきて、戻ってさぁ電車に乗ろうと思っていたら、4駅手前の館山駅(この日泊まった所)で電車が停まったまま、という構内アナウンスが入り、結局40~50分ほど電車が遅れてくる事となりました。その間1月の寒い中、ここや跨線橋の下でずーっと電車を待ってました。(待合室は既に人でいっぱいだったので…)次はあそこにいって、その次は…、という計画が見事に崩れ、あとはもうけっこうグダグダになってしまいました。旅にはそんな事もあるものですね。
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▼跨線橋の上から、改札へ向かわんとするところです。

駅舎の屋根は跨線橋とおんなじライトブルーで、この色で屋根が幾重にも積み重なる景色はなかなかの壮観でした。郡部の町の駅といってもバカにしたものではありません。なかなか素晴らしいものがありました。
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▼安房勝山駅の駅舎です。

二重の屋根に柱が何本も立ったしっかりした駅舎です。

自販機も結構置いてあるし、なかなか風格もあって小都市の中心駅の駅舎と比べても遜色ないかな、という気がしました。タクシーとかはとまってなくて、広場がただ広がっているだけではありましたが…。

柱につけられている幟は毎年12月~2月に開催されているという「水仙まつり」のもので、町内には水仙の名所が多数あるといいます。個人的に私幼稚園の時すいせん組だったので、この花には並以上の愛着があります
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2011年4月23日 (土)

名鉄/前後駅 (愛知県豊明市)

愛知県豊明市の名鉄・前後(ぜんご)です。

豊明市は愛知県の中央よりやや西部に位置し、人口は69,613人(2011.2.1現在)で、織田信長が名を成した桶狭間の古戦場のある市で、1957年に人口15,000程で豊明町となり、15年後の1972年には人口37,000程で豊明「市」として市制施行されましたが、以後現在に至るまで人口は増え続け、名古屋市のベッドタウンとしての役割を担う市のひとつです。昨年47歳で現役として一軍マウンドに立った工藤公康投手の出身地でもあります。

-名鉄・前後
【市内】市内2駅(いずれも名鉄)中の中心駅
【路線】
名鉄名古屋本線(豊橋町-名鉄岐阜間)
【開業】1923年4月1日(訪問は2007年4月)
【1日あたり平均乗車人員】
 10,077人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】(豊橋方面)知立駅→3駅 
          (名鉄岐阜方面)金山駅→11駅

▼豊明市には豊明駅として市名を名乗った駅がこの隣にありますが、利用者数や列車の停車本数など前後駅の方が豊明駅を上回っており、市名の駅がありながら、それ以外の駅が実質的な中心駅になっているという珍しいケースです。

また、二文字で各々が対義語となる駅名というのも珍しいのではないでしょうか?
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▼駅を出たところはこの立体交差道路が走っていて、街を歩くにはこの階段を降りていくこととなります。
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▼階段を降りていって、駅出たところの真下にあたる部分です。

真ん中が丸くくり抜かれたように吹き抜けていて、面白い構造になっています。
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▼そのそばはこのようなバスターミナルとなっていて、この充実ぶりも豊明駅より優れているようです。

向こうにあるマンションにはアピタというユニー系のスーパーが入っていましたが、この後2009年にピアゴと改称して間もなく2010年7月をもって閉店されたといいます。現在はコープが入っているのだとか。

少し前に行った時の写真が歴史を物語るというか、自分が今まで撮ってきた写真の中には今はなき物が沢山含まれているのかな、という事を改めて感じさせられます。
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▼上へ上がって駅前の広場フロアへ。

豊明市の市章だそうです。

これをとってもここが豊明の中心的ポジションという事が窺えます。

猛牛のような、冑のようなカッコイイ市章ですね。
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▼最後まで引っ張りましたが前後駅の駅舎です。

駅を出てすぐの所にこのような広場が広がっていますが、駅舎は平屋ではなく、この下にも隠れている格好となります。

駅は大きいものの、改札を出るとすぐ屋外で、改札外での屋内スペースはかなり狭いというか殆どない状態で、屋外の広場にはそこそこ人が居るという状態でした。
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2011年4月21日 (木)

JR詫間駅 (香川県三豊市)

香川県三豊市のJR詫間(たくま)です。

三豊市は香川県の西部に位置し、人口は68,265人(2011.3.1現在)で、2006年1月1日をもって旧・三豊郡の7町が合併してできた新しい市で、そのおかけで香川県では高松、丸亀に次いで第3の人口を誇る市となりました。かつて浦島と呼ばれていた地区があり、浦島太郎伝説として町おこしに一役買っています。

-JR詫間
【市内】市内6駅(いずれもJR)中の中心駅 ※臨時駅を除く
【路線】
JR予讃線(高松-宇和島間)
【開業】1913年12月20日(訪問は2010年7月)
【1日あたり平均乗車人員】
1,968人/日 (2005年)
【近隣の都市駅】
(高松方面)丸亀駅→4駅 
          (宇和島方面)観音寺駅→5駅

▼駅名標は香川県三豊市詫間町となっていますが、「市」の部分が上から貼られていて、合併して市になる以前の香川県三豊「郡」詫間町から変わったものと察しがつきます。

隣駅の「みの」駅は実際にみの駅で漢字表記ではありません。しかしまぁこんぴらさんの周辺だけのことがあってか、かいがんじ(海岸寺)、観音寺、善通寺、金蔵寺、と寺の名のつく駅名が多いことに感心します。
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▼四国らしいと個人的に感じるステンレスボディーにブルーラインの電車が止まっているホームは1面2線のみで、ここもまた平成の大合併でできた市の中心駅につき、郡部の中心駅的な規模をそのまま引きずっている様子でした。
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▼駅外の自由通路(歩道橋)の階段部分がらせん状になっていて、見た目も楽しい様子。坂もなだらかでよろしい、と感じます。

ベンチ上の看板が懐かしい雰囲気、昭和が残っている気がしました。
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▼1面2線のホームにベンチが点在していますが、出口へはホームの坂を下りて構内踏切を渡ることとなります。ホーム上の待合室や自販機がないという、市の中心駅にしては寂しい風景ですが、屋根のあるエリアはそこそこ広いかな、とは感じます。
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▼「花と浦島伝説の里 たくま」と題された石のバックには数体の人影の像が。

バックにいるのは昔の子供たちのようですが、ポニーテールのような不思議な髪型はなんなんだろう?と思わされました。なんだか不思議な空間です。
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▼詫間駅の駅舎です。

小さいながらそれなりに立派な雰囲気も持ち合わせている駅舎かな、とは感じました。屋根部分が平たいしっかりしたもので、駅名もハッキリ銘打たれていて、四国の市の中心以外の駅ではあまり見られない光景かも。
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▼正面からの様子です。

ラッピングのバスが停まっていました。(三豊市コミュニティバス)

ど真ん中には安全地帯のみがポツンとあります。

この駅が少しでも大きくなれば、と思うのですが三豊市は人口減少の傾向にあり、今のままではなかなか発展は難しいという気がしなくもありません。
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▼更には側面から。

右側が駅舎です。

タクシーはチラホラとながら停まっていました。
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▼最後は外から見た駅ホームの全体像を。

構内踏切を渡って坂を上ってホームに至る様子が分かると思います。

屋根のあるスペースもこんなもんか、というのもここでよく分かります。

その向こうには駅外の歩道橋が線路を大きくまたぐ形で存在しています。今は単なる歩道橋状態ですが、これに屋根がついたり、エレベーターができたりするとなぁ、などと思いを馳せたりします。新しい市に発展の道はあるか?みたいな期待をしてしまいます。
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2011年4月20日 (水)

近鉄/大和高田駅 (奈良県大和高田市)

奈良県大和高田市の近鉄・大和高田(やまとたかだ)です。

大和高田市は奈良県の北西部に位置し、人口は68,171人(2011.2.1現在)で、中和・葛城地域というエリアの中核都市で、人口は国勢調査レベルでは1995,2000年の73,000人台をピークとして、それまではずっと増加傾向にありましたが、以後はやや減少傾向にあります。

「高田」の名を持つ市は多く、現在は新潟県上越市ですが、合併以前は高田市を名乗っていましたし、大分県の豊後高田市、広島県の安芸高田市、そして今回の震災で壊滅的被害を受けてしまった岩手県の陸前高田市と、旧国名を冠した多くの「高田市」のひとつです。

-近鉄・大和高田
【市内】市内6駅(JR1、近鉄5)中の中心駅
【路線】
近鉄大阪線(大阪上本町-伊勢中川間)
【開業】1925年3月21日(訪問は2007年1月)
【1日あたり平均乗降車人員】
 17,093人/日 (2008年)
                近鉄全調査対象287駅中41位奈良県内90駅中14位。
【近隣の都市駅】(大阪上本町方面)五位堂駅→2駅 
          (伊勢中川方面)大和八木駅→3駅

▼近鉄大阪線の駅は榛原駅以来久々の登場です。

大和高田市には近鉄にこの大和高田駅と高田市駅、JRに高田駅と市名やその一部を含む名の駅が3つも存在し、どれが中心駅か分かりにくいところですが、利用者数からみると当駅が断然多い状態となっています。尚、JR高田駅まではやや離れているものの徒歩で移動可能で10分もすればたどり着きます。同じ近鉄の高田市駅までは1km程度はあります。市役所に至近なのは当駅とJR高田駅になります。

大和高田駅、といいつつも駅名標は「大和」の文字がかなり控えめになっています。
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▼大和高田駅は高架駅で、見事な高架が道路に立体交差して通っています。

あまり駅内を詳しく撮っていないので、こんな写真のupとなりますが…
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▼大和高田駅の駅舎です。

近畿の駅百選に選ばれており、近畿でも有数の素晴らしい駅舎という声もあります。

西洋建築のような?!半円+四角の形が随所に窓に使用されており、てっぺん部分の時計も半円が突き出る格好となっています。またレンガ色の建物もこれらの窓と相まって見事な美しさを演出していると思えます。

中にミスドやロッテリアが入っていました。4年前の様子なので今はどうか分かりませんが…

ここもまた駅舎を見るだけでも十分行く価値あるな、と個人的には強く感じる所のひとつです。
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JRサッポロビール庭園駅 (北海道恵庭市)

北海道恵庭市のJRサッポロビールていえん(さっぽろびーる・ていえん)です。

恵庭市は北海道の中央よりやや西部に位置し、人口は68,881人(2010.12.31現在)で、札幌市のベッドタウン的位置づけにあり、人口は増え続けています。山口県和木町と友好関係にありますが、和木町からの入植者が多数あり、現在の恵庭の礎を築いたため、とあります。

-JRサッポロビール庭園
【市内】市内4駅(いずれもJR)中の1駅
【路線】
JR千歳線(沼ノ端-白石間)
【開業】1990年7月1日(訪問は2005年10月)
【1日あたり平均乗車人員】
 不明
【近隣の都市駅】
(沼ノ端方面)千歳駅→2駅 
          (白石方面)恵庭駅→隣駅

▼苫小牧市の沼ノ端駅から札幌市白石区の白石駅を結ぶ「千歳線」の駅初登場です。

恵庭市の中心駅は隣の恵庭駅なのですが、この時はあえて行かず、この駅に降り立ちました。というのも当時の北海道2度目の旅で道内をあちこち回って、初めて郡部にも行ったもののほぼ自治体の中心駅近辺しか行っておらず、どこか一箇所北海道らしいカントリーな雰囲気の所に降りようと考えていた時にこの駅に出くわし、駅名も面白いので興味本位で降りてみた次第です。

1990年開業という平成生まれの駅で、まだ20年ほどの歴史しかなく、「サッポロ」ビール庭園駅といえど、札幌にあるのではなく恵庭にあり、「サッポロ」ビールといえど、札幌に工場は(今は)なく、北海道ではこの恵庭に唯一あるのみです。

駅名標は「ビール」の部分だけローマ字ではなく「beer」と英語表記です。「Sapporo-beer-garden」としてしまえば、完全に英語表記になってしまうのですが…。

ちなみに隣の駅の「おさつ」は、漢字では「長都」と表記します。

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▼ホームの様子を撮る習慣がなかったので、そういう撮り方をしていませんが、とりあえずホームから階段への部分を撮っていました。この当時は駅のどこかを撮っていればそれでよかったようなところもありだったので、”ここを撮るべき”というこだわりがあまりなかったですね。
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▼駅には券売機がないので、乗車駅証明書の発行機が設置されていました。

という訳で当時の日付入り証明書を!「17.10.10」とあります。2005年の10月連休に1日早く有給をプラスして、平日フライトで北海道女満別入りしました。この時は帰りフライト間近だったと記憶しています。
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▼サッポロビール庭園駅の駅舎です。

ホームから階段で上がって自由通路があり、両側に降りる階段がつく無人の橋上駅舎とでもいうか、建屋そのものはそれなりのものでしたが、橋上駅舎で最も簡素なスタイルのものでした。

片側はサッポロビール北海道工場の広大な敷地が広がりますが、片側は実にのどかな光景で、この時の北海道旅行の最後に「カントリー」な風景に出会えたのでした。
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JR柏原駅 (兵庫県丹波市)

兵庫県丹波市のJR柏原(かいばら)です。

丹波市は兵庫県の中東部に位置し、人口は67,594人(2011.3.1現在)で、2004年に旧・氷上郡の6町が合併してできた新しい市です。

-JR柏原
【市内】市内8駅(いずれもJR)中の中心駅
【路線】
JR福知山線(篠山口-福知山間)
【開業】1899年5月25日(初訪問は2001年11月)
【1日あたり平均乗車人員】
900人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】
(篠山口方面)篠山口駅→4駅 
          (福知山方面)福知山駅→5駅

▼1800年代最後の年に開業しました。

初めて来たのは2001年11月、31歳の時でした。それから間もなく10年…、写真はそれから2年半後の2004年5月にバイクで通ったときのもので、有人改札でもあり、中の様子は撮っていません。なので駅すぐ前を横から。(左が駅舎です)

「柏原」でも駅により色々な読み方があり、大阪府柏原市のJR関西本線にある駅は「かしわら」、滋賀県米原市のJR東海道本線の駅は「かしわばら」とそのまま読み、そして当駅は「かいばら」と読みます。時は違うけど混同しがちなのが、奈良県宇陀市の近鉄駅・「榛原」(はいばら)や奈良県橿原市の「橿原(かしはら)神宮前」などです。
Photo

▼柏原駅の駅舎です。

丹波市では隣の石生駅が市役所に近く代表駅とされていますが、石生駅は閑散としており、また市内では他に谷川駅が複数路線に分岐するキー駅であり、平成の大合併でできた市に多く見られる代表駅の特定が明確でない部分がありますが、この柏原が実質的な代表駅と見られています。

どっかで見た事がある、、と思う方も居られるかもしれませんが、それは→ここです。

その記事でも書きましたが、この駅舎は1990年開催の大阪の花博で展示されていた「山の駅」を移築したものといいます。1Fにレストランがあり、丹波市内全駅行った限りでは、最も賑わう駅と感じました。最もこの写真の当時はまだ丹波市ではなく、「氷上郡柏原町」時代で、市になってから訪ねた事がない状態ですが…。
Jr

2011年4月18日 (月)

JR敦賀駅 (福井県敦賀市)

福井県敦賀市のJR敦賀(つるが)です。

敦賀市は福井県の中央よりやや南部に位置し、人口は67,903人(2011.2.1現在)で、古代より海上交通の要衝として栄え、中国・宋との貿易や北海道などとの交易が盛んな町で、

-JR敦賀
【市内】市内4駅(いずれもJR)中の中心駅
【路線】
JR北陸本線(米原-直江津間)
      小浜線(敦賀-東舞鶴間)
【開業】1882年3月10日(初訪問は1999年3月)
【1日あたり平均乗車人員】
3,147人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】
(米原方面)長浜駅→8駅 
          (直江津方面)武生駅→6駅
          (小浜線)小浜駅→14駅

▼北陸本線で滋賀県の米原や長浜から北陸方面へ進む際の北陸地方で最初の主要駅で、北陸西の玄関ともいえるポジションにあります。北陸本線としてもここから米原と、反対にここから福井・金沢方面と大きく性格を異にしており、その分岐点的な駅で、西へは京都・舞鶴へと続く「小浜線」へも分岐し、その始発駅でもあります。

ここに初めて来たのは1999年の3月、40代の自分がまだ20代の頃でした。しかしこの時は夜暗い1時間を電車待ちで過ごしていたのみでろくに写真も撮っていませんでした。

その次に来たのが7年後の2006年6月、この時はマトモに旅をしたといえるもので、今回UPり写真の殆どはこの時のものですが、下の写真のみ例外で2006年10月のものです。この時は10/21のダイヤ改正により新快速が敦賀まで乗り入れするようになった翌日で、大々的にその事がアピールされていました。うちから電車一度も乗り換える事なく、ここまで行けてしまうってのは素晴らしいな、と思ったものです、まさに「電車道」

駅ホームの様子は今見返すとこの写真しかありません。駅名標撮るとかあまり意識してなかったのもありで。

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▼駅前広場の様子です。

ここもまた花壇がきれいな駅前でした。塩尻駅もきれいでしたが、こういうのは訪ね甲斐があるというか、旅して来て良かったと思います。

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▼敦賀駅の駅舎です。時計塔のある部分がかなり高く突き出ているのが印象的な建屋です。

花壇を前にして一緒に撮ると、一層華やかな感じになるなと我ながら思いました。花壇の真ん中は噴水でこれまた絵になる光景だな、と。

上の写真はこの花壇を横から撮った格好になります。

駅舎ですが、去年から仮駅舎の共用が開始されたそうで、2013年完成予定で新駅舎を建設するとありました。こういう写真を記録として残しておくのは貴重だと感じさせられます。これまでこのブログにUPしてきた数々の駅の中でも、既に当時の駅舎はなく新駅舎になっている所もあるので、新しく生まれ変わった姿を見に行くというのもまた旅の醍醐味のひとつかな、と思います。

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▼駅出て目線、駅前通りの風景です。

通路が整備され、オシャレな街灯でひとつのエリアを築いているという雰囲気で、そこから伸びる道路と両サイドに点在する店店が街らしさを形成していて、いい感じの景色です。

ここから歩いて行ったのは気比神社、気比の松原、旧敦賀港駅舎等々、ここも見どころ多き街ですよ!!
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2011年4月17日 (日)

長野/木曽 崖屋造りのある町

長野県木曽郡木曽町、JR木曽福島駅からの歩き旅の様子を。(2006年9月)

この駅の記事で駅前の様子は追々伝えていきたいと書いていたもののなかなか実行されず、このところずーっと駅の紹介ばかりでした。最近はとにかく色んな市の駅を紹介するのが先に立っていましたが、ここで1回グッとそれをこらえて、ずっとUPできずにいた駅からの旅の様子をと思い、今回実に久々に町の風景記事と致します。

▼まずは、木曽福島駅を降りての目線の様子です。

人口12,000ほどの町ですが、沿線では重要なキー駅で特急も停車します。観光地としても魅力があり、駅前にはこのような飲食店や土産もの店が立ち並んでいます。「水と緑の町」「史跡と民謡の町」と看板には書かれています。
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▼上の写真の写真の店々が軒を並べている様子です。

この向かいが木曽福島駅で、駅前はこのような線路と平行な道路が主要な駅前通りとなっています。街灯がぶどうのようで(ぶどうがモチーフなのか…)華やかな印象を受けます。
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▼上の写真から反対に駅から町へ出る進行方向に向かってのカットです。

左の下り坂を行けば町に出て、右の上り坂を進むと古い街並みなどに行き当たります。
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▼上の写真での分岐点に当たる所に置いてあったミニ水車含むモニュメントです。かつて福島の地には関所があり、その跡地もこの先にありますが、この高いのは関所の門を示すものでしょうか。
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▼まずは下り坂の方へ進み、町に出ます。

「中山道 関所のまち 八沢」なる塔が建っています。

八沢という地区だそうです。

町といえどどこか懐かしい風景がずっと続きます。
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▼享保元年創業という大変歴史のある蕎麦屋さんに出くわしました。

看板がすごすぎてなんか恐れ多いですが、、入るのを躊躇うほど。
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▼これはまた渋い字体で書かれた「歴史を守る木曽の味」と。

営業しているのかどうかも分かりませんでしたが、このような建屋が残っているのは貴重と感じました。
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▼木曽福島といえば、

と個人的に真っ先に連想するのが、この崖屋造りの建家群です。

川沿いいっぱいにせり出した建屋を石垣などで支えていて、橋から見ているととても迫力を感じます。それもまたそれなりの高さのある古い建屋ばかりなのでより一層目を惹いてなりません。ここへ来たら是非見ておきたい光景の一つです。
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▼川の流れのある所の崖屋造りの家々は更に迫力を感じます。
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▼この辺りはやや新しそうな橋と石垣で、整備された感がかなりあり、上の写真の風景とは対照的です。
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まだまだこの町には、これという見どころが沢山あります。

それはまた追々、、いつになるでしょうか??お楽しみに、、

JR塩尻駅 (長野県塩尻市)

長野県塩尻市のJR塩尻(しおじり)です。

塩尻市は長野県のほぼど真ん中に位置し、人口は67,515人(2011.3.1現在)で、昔日本海から塩売りがやってきて、この辺りで品切れになることから「塩尻」の名がついたといわれています。2005年に奈良井宿などのある楢川村を編入しています。

縄文から平安時代までの集落があったといういわゆる複合遺跡である「平出遺跡」は日本三大遺跡のひとつとされ、またワインの製造でも有名な町です。

-JR塩尻
【市内】市内8駅(いずれもJR)中の中心駅 
【路線】
JR中央本線(東京-名古屋間)
      篠ノ井線(塩尻-篠ノ井間)
【開業】1902年12月15日(初訪問は2000年2月)
【1日あたり平均乗車人員】
3,604人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】(東京方面)岡谷駅→2駅 
          (名古屋方面)中津川駅→20駅
          (篠ノ井方面)松本駅→5駅

▼初めて来たのは今から10年以上前の2000年2月で、長野県で初めて行った駅でした。それまでは高校のスキー旅行で長野県には行ってるんですが、自分の意志で行ったのはここが初めてでした。ちなみに写真は2006年再訪時のものです。

JR中央本線で、JR東海とJR東日本との分岐店となる駅で、東京-塩尻と塩尻-名古屋と大きく性格の異なる区間の境界点にあります。また長野、松本という長野県の主要都市へ結ぶ篠ノ井線の始発という長野県内きっての重要なキー駅です。

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▼駅舎内には喫茶軽食コーナーが。

このくらいのライトのお店があるくらいがとちょうどいいかな、という感じがします。すごくくつろげそうで…。
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▼駅前には「ワインと遺跡のまち」と銘打たれ、キツネと共にモニュメントが形成されていました。

キツネは玄蕃之丞と呼ばれ、いたずら好きのキツネの親分で、その存在は民話にも語り継がれているといい、地元でも玄蕃まつりなるものがあるといいます。
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▼駅前はキレイなお花畑が広がっていました。

手入れ大変だと思いますが、素晴らしいですね!

違う町に来て、こういう景色が出迎えてくれるって、ホントに旅人である事を実感できるし、気持ちのいい気分に一層なります。手入れをされている皆様方、本当にご苦労様です&ありがとうございます。
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▼塩尻駅の駅舎です(2006年当時)

交通の要衝にふさわしい立派な駅舎です。右の部分を見ると、だんだんと建物が高くなっているのが印象的です。階段が横に下りていて、橋上駅舎であることが分かります。

ワインの町からきて、こういう色になっているのでしょうか??

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▼こちらは2000年初訪問時の駅舎です。

同じ駅舎だし、基本的には変わっていません。

階段下の標識がこちらでは各施設が表示されているのに対して、2006年版は単に「JR入口」という表示になっています。

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▼再び2006年版に戻って駅前広場の様子です。

下に大きな土台があって、小さな台が順々に積み上げられていってるような建物です。

ワイン色の建屋と青い空がとっても対照的で実に映えています。

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JR鯖江駅 (福井県鯖江市)

福井県鯖江市のJR鯖江(さばえ)です。

鯖江市は福井県の北東部(嶺北地方)に位置し、人口は67,592人(2011.2.1現在)で、メガネフレームの生産が国内シェアの96%とほぼ独占状態で、世界でも20%を占めるほどの町です。また漆器生産や繊維産業、更にはマリンバなどの打楽器等々製造業の盛んな町です。

-JR鯖江
【市内】市内8駅(JR2、福井鉄道6)中の1駅 
【路線】
JR北陸本線(米原-直江津間)
【開業】1896年7月15日(訪問は2006年6月)
【1日あたり平均乗車人員】
2,018人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】(米原方面)敦賀駅→7駅 
          (直江津方面)福井駅→4駅

▼ここは実は駅の中には入った事がありません。なのでいきなり駅舎の様子から。

2006年6月に「東尋坊へ行こう」と急に思い立って、坂井市に行って三国駅経由で東尋坊を堪能した後、宿泊地としてたどり着いたのがここでした。

福井市は行った事があったのでパス(基本的に極力行った事のない所を選んでしまうので…)し、この鯖江駅前のホテルを押さえたのですが、その時福井鉄道の電車に乗ってあれこれ見ていたのもあり、福井鉄道では最寄りとある西鯖江駅から10分ほど歩いてここへやって来たという訳です。

北陸地方の市の中心駅にありがちな平屋根の駅舎ですが、ここの場合は真ん中に2F部分があり、ちょっと違う感じです。かつてはこの2F部に蕎麦屋があったそうですが、今は閉店し立入りもできないのだとか。

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▼出入口付近をアップで撮るとこんな感じで、まぁそこそこの活気はあるかな、という感じでした。地方都市というとなんですが、駅内にお店が入ってると、その明かりもあって大分雰囲気が違ってきますね。
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▼当時泊まった鯖江駅前のホテルα-1から、駅を見下ろした様子です。

駅の両側でだいぶ雰囲気が違っていました。

こういうアングルは建屋の奥行きも分かるし、全体が見れていいなと思い、可能な時は撮るようにしています。(無理やりのぼって撮る事はまずありませんが…)
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▼駅出て目線の様子です。

鯖江市には最初、福井鉄道の西鯖江駅から入って、そんなに都会じゃない的なイメージを持っていました。歩くにつれ、昔ながらの商店街などに行き当たりましたが、ここに来たらだいぶ当初のイメージとは違った町の様子になっていました。

右が当時泊まったホテルで、この建物が駅前でひと際目立つ高さを誇っていました。以前は長崎屋がこの地に建っていたそうで…

左側には「近松門左衛門のまち」として塔が建てられています。

近松は本名を杉森信盛といい、2歳の時に家族がこの鯖江に移住し、以後10年余人間形成の時期をこの地で過ごしたといいます。「曽根崎心中」が有名ですが、こうした「心中もの」の影響で実際に真似をして心中する者が続出した為、当時の幕府は一切の上演を禁止したそうです。

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ここ鯖江では翌朝すぐ、福井鉄道/西鯖江駅まで歩き、電車利用で西山公園という公園に行った為、このJR鯖江駅には乗らずじまいでした。別にホームを撮りたいが為に再訪するような鉄でもない(駅舎が変われば再訪したいのですが…)ので未練はありませんでした。

2011年4月16日 (土)

JR岐阜羽島駅 (岐阜県羽島市)

岐阜県羽島市のJR岐阜羽島(ぎふ・はしま)です。

羽島市は岐阜県の南西部に位置し、人口は67,167人(2011.2.1現在)で、岐阜県内で唯一新幹線の停まる町です。

今では内陸部にありますが、7000年以上前は海の底だったといわれ、その後縄文時代の土器が発見されており、当時から人が定住していたとされています。ちょうど100年前の1911年には隕石が落下し、羽島隕石と呼ばれています。

農業が盛んで米を主として他には柿やイチゴの栽培が多いようです。

-JR岐阜羽島
【市内】市内8駅(JR1、名鉄7)中の1駅 
【路線】
JR東海道新幹線(東京-新大阪間)
【開業】1964年10月1日(訪問は2005年11月)
【1日あたり平均乗車人員】
2,810人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】(東京方面)名古屋→隣駅 
          (新大阪方面)米原駅→隣駅

▼東海道新幹線の駅初登場です。

そのなかでもここは新幹線のみで在来線のない駅で、東海道本線で新幹線のみなのはここと新富士駅のみです。富士市にはJRの在来線駅が他にありますが、羽島市にはJRの在来線駅が全くなく(名鉄はありますが…)、新幹線駅だけがJRで唯一の駅というのは東海道新幹線ではここだけです。

ホームは室内などの写真は全く撮っていないので、いきなり駅舎の写真からのUPにしました。

市名は羽島市ですが、駅名は「岐阜」が冠についています。

開業は新幹線が開通した1964年で、18年後の1982年になってようやく名鉄の新羽島駅がすぐ隣に開業し、名鉄との連絡駅ができました。
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▼こちらは反対側の出入口で、駅名の字体が違っています。

ちなみに羽島駅という名の駅はかつて市内に存在しており、市役所最寄りとなる名鉄の「羽島市役所前駅」が1959~1982年の間、羽島駅を名乗っていました。当駅はその間にできた為か岐阜羽島を名乗りました。名鉄の羽島駅(当時)の名称変更する事も考えられたと思いますが、単に羽島駅とするだけでは新幹線駅としてはインパクトがない(どこか分からない)という部分があったりした県名を冠したのでしょうか。
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▼岐阜羽島は他の新幹線駅と比べると、相対的にのどかな雰囲気は否めませんが、新幹線駅らしいロータリーを持っていたりなどはします。

円空(1632-95)という行脚僧の生誕地とされていて、右にもこのような大きな彫り物のモニュメントが建っています。円空はその生涯で実に12万体もの仏像を彫ったとされ、「円空仏」と呼ばれる独特の作風の木彫り仏像が全国に数多く残っているといわれており、岐阜県内では1,000体以上残っているそうです。
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▼大きな駅に大きなホテルがあり、これだけ見るとすごい大都市のように思えますが、駅前の風景はそれほど建物で密集している訳でもなく、その差は割に激しいと感じるのではないかと思います。

こちら側で見ると駅を出てすぐ左にこの大きなホテルがある、という事になりますが、駅を出てすぐ右に名鉄の新羽島駅があります。

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JR橋本駅 (和歌山県橋本市)

和歌山県橋本市のJR橋本(はしもと)です。南海電車も同居しています。

橋本市は和歌山県の最北端に位置し、人口は66,233人(2011.3.1現在)で、かつては材木運搬や高野山の宿場町として栄え、大阪府にも奈良県にも接している事から、それらの隣県とのジョイントの役割も果たしています。

市内を紀の川が流れ、「紀の川まつり」なるものが行われ、また和歌山県の伝統工芸品第一号にも指定されているヘラブナ釣り専用の釣竿の生産が全国シェアの約90%を誇るといいます。

-JR/南海 橋本
【市内】市内10駅(JR、南海各5)中の中心駅
    ※当駅をJRのみとしてカウントした場合 
【路線】
JR和歌山線(王寺-和歌山間)
    南海高野線(汐見橋-極楽橋間)
【開業】1898年4月11日(初訪問は2007年1月)
【1日あたり平均乗車人員】
JR-2,801人/日 (2007年)
                南海-9,354人/日 (2007年)→乗者数
【近隣の都市駅】(王寺方面)五条駅→4駅 
          (和歌山方面)粉河駅→9駅
          (汐見橋方面)林間田園都市駅→2駅

▼JR和歌山線の駅で、かつ南海高野線のキー駅的存在で、JRと南海が完全に1駅舎に同居する形となっています。神奈川県相模原市にも全く同名のJR駅があり、たまたま?!つい最近訪ねました。

初めて来たのは2007年1月、個人的には新部署への異動の初出勤を控えた正月休みに出掛けた所、という事を思い出しました。以後数回来ましたが、JRで来た事は殆どないような気がします。というわけか?ここに出てくるのも南海の駅名標だったりします。

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▼こちらはJRのホームが見えるカットです。

ホームは3面5線もあり、うち3線がJRで2線が南海に割り当てられています。

JRと私鉄が併存するのは和歌山県では、和歌山市、紀の川市、御坊市と他にもありますが、その中で大手私鉄とJRが併存するのは和歌山市とここ橋本市だけです。
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▼木造の跨線橋が渋くて、感動して撮ったものです。築約100年といいます。

単に木造なだけでなく、橋の部分にあるこのX字型の筋交いが渋さを一層引き立てているように思えました。
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▼これまでの上の写真はすべて2007年1月当時のものでしたが、こちらは2010年11月、高野山紅葉探訪時に乗り継ぎで電車待ちをしていた時のカットです。

なんとまぁ、大掛かりな工事中で新たな跨線橋がつくられているではないかと驚きました。

バリアフリー化工事という事でこの約半年前である2010年4月に着工され、総工事費約7億円をかけて、つい先月2011年3月1日よりテープカットで祝福されて利用開始となったそうです。

南海では大阪へのアクセスも容易で(この点JRよりかなり有利です)非常に便利なのですが、それまでの跨線橋をのぼれないが為に大阪へも遊びに行けない、との声もあったといいます。
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▼これも2010年当時のもので、高野山行きの電車待ちをしていた時に停まっていた特急「りんかん」のカットです。この電車は難波から当駅までの電車で、この先、高野山(正確にはその手前の極楽橋)へ向かう特急は「こうや」(難波-極楽橋)というものです。「りんかん」の名はこの近く(橋本市内)の都市的側面の強い「林間田園都市」からきているのでしょうか?
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▼跨線橋内に南海からJRへののりかえ改札が設置されていました。

看板には該当する方は必ずこの改札機を利用するようにと案内があります。

ライトブルーで塗装されている内装が柔らかな印象をあたえてくれます。天井部の枠組みが何本も続く様も素晴らしいものがあります。
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▼駅舎内の様子を少し。向こうにあるのはJRのきっぷうりばですが、改札は南海独特のピンクの自動改札機という状態でした。
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▼駅前にあった「まことちゃん」の像です。

作者の楳図かずおさんが育ったのが隣の奈良県五條市で、ここ橋本は楳図青年の散歩コースだったという縁からか建っているそうです。ちゃんと下に日付まで入ってくれているところが嬉しいです。

ここでのまことちゃんは「サバラ」ではなく、「グワシ」のポーズをしています。グワシは何種類もあって、そのうちのひとつ?というところでしょうか?指ではかなりやりにくいポーズです。個人的にはグワシといえば、じゃんけんのパーの状態から人差し指と薬指を曲げた状態、と認識していますが、よく読んでいる方はいろんなパターンをご存知でしょうし、違うパターンを真っ先に思い浮かべる方もいるようですね。

まことちゃんは、小学3年の時に教室にあった本(クラスで色んな本を置いていた)で初めて読みましたが、それまでにない恐ろしいインパクトのあるマンガでした。みんな「サバラ」とか「グワシ」とかやってましたモンね、うちのクラスじゃ。。
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▼駅からの目線でモニュメント周辺の様子です。

しっかりとした歓迎看板があって、時計塔も建っていて、明確に市の中心駅と分かる様子が嬉しいところでした。
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▼橋本駅の駅舎です。

現在はバリアフリー化工事の関係で駅舎もリニューアルされたようで、この形ではなくなっているようです。南海とJRがハッキリとした字体と色遣いで並び立つ姿はなかなかのものと感じていましたが、今の姿もまた改めて見てみたい気になっています。
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▼タクシーは結構な台数が停まっていました。

しかし、駅前にビジネスホテルが殆ど見受けられないのがすごく不思議な感じがしました。これほどの駅ならホテルがそこらに点在していても全く不思議ないと思うのに、町は古風な風景が続き、宿を探すのもままならないという感じでした。そのあたりのギャップが激しいところ、といえるのかもしれません。
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2011年4月15日 (金)

JR村上駅 (新潟県村上市)

新潟県村上市のJR村上 (むらかみ)です。

村上市は新潟県の北端に位置し、人口は66,127人(2011.3.1現在)、村上市自体の市制施行は1954年で人口3万人程度の市でしたが、2008年に周囲の2町2村と新設合併し、新生・村上市としてそれまでの倍以上の人口規模となり、面積では新潟県内最大の市となりました。

かつては村上藩の城下町として栄え、この地方で古くから開けていた三面川河口の瀬波に対してその手に位置する事から、「村上」と呼ばれるようになったと言われています。

-JR村上
【市内】市内11駅(いずれもJR)中の中心駅
【路線】
JR羽越本線(新津-秋田間)
【開業】1924年6月10日(訪問は2010年9月)
【1日あたり平均乗車人員】
1,912人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】
(新津方面)中条駅→5駅 
          (秋田方面)鶴岡駅→16駅

▼羽越本線で直流と交流の分かれ目となる「デッドセクション」(死電区間)が隣駅との間にあります。

ここの駅名標が快速列車である「きらきら うえつ」の停車駅ベースの表示となっており、これらは実際の隣駅ではありません。

下の部分が色とりどりでかつキラキラしていて、こんなに華やかな駅名標もなかなかないのではないのでしょうか?旅の醍醐味の大きなひとつを感じました。しかも、駅名の両サイドには四季の風景がそれぞれ写真となって並べられており、どこまでも楽しめる駅名標です。

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▼ホームの上に街灯が立つというレトロ調を前面に押し出したつくりで、待合室は白を貴重としたガラス張りの室内型で清潔感の高いオシャレな印象を強く持たせます。
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▼一番上の写真で停まっていた電車は、きらきらうえつだと思いますが、こちらは普通車両。緑のラインが上下と腰の部分にまっすぐ通っていて、印象的な車両です。

ホーム上のこの部分は骨組みのみが建っている状態で、待合室ができるのか何なのかよく分かりませんでした。今行くと何かできてるのでしょうか…?(今から約7ヶ月前の状態です)
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▼これがその骨組みの全体像です。

大きさからすると待合室かな、と思うのですが、、
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▼ホーム上の屋根のある部分をど真ん中から。

こういう角度で撮ると迫力が感じられて、なかなかいい感じです。

向かいのホームも屋根が長く取られ、市の中心にふさわしいホームの様子となっています。

ホームは2面3線で、両ホームは地下通路で連絡しています。
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▼地下通路の様子です。

通路幅自体はあまり広くありませんが、全面的に掲示物で埋め尽くされ、また薄暗くなく明るい通りとなっています。床に模様が入っているのも、素気ないものよりは随分と違った印象を与えてくれます。
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▼ホームから地下道へ、の写真です。こちらは駅舎側ホームで、向かいへ行くにはこの地下道を渡って、という事となります。
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▼村上駅の駅舎です。

以前は割に平板な駅舎だったようですが、近年こういうレトロ調のものに改築されたのだとか。コンビニが駅舎内に入っています。市の中心駅たるもの、駅舎内に何かお店が入っていてほしいな、と個人的には思います。
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▼出入口付近をアップで見るとレトロな感じがまたよく分かると思います。

古き歴史ある町、ということからこういう感じになっているのでしょうか??よくわかりません、、とにもかくにも「駅」の字は旧字体です。右から表記ではありませんが…。ポストもそれに合わせてか昭和風のものがポツンと置かれています。最近意図的にこの手のポストを置いてる所も多いようで、返ってレア感がないというか有難味がないというかで、見ても感動しなくなったのがやや残念な思いがしています。

まぁそれでも駅舎はすばらしい建物です。
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▼駅前広場周辺です。

手前が駅で、向こうが駅前通りで広い道路となっています。

真ん中に城型のモニュメント兼ロータリーの中心があり、向こうに建物がずーっと続く街並みです。そこそこ立派な建屋が続いているもののやや古めかしい感じで、人通りもそれほど活発という雰囲気ではありませんでした。写真としてはかなり絵になる感じで好きですね、こういう雰囲気。このモニュメント、のぼってみたいという衝動に駆られてしまいます…
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2011年4月14日 (木)

豊橋鉄道/三河田原駅 (愛知県田原市)

愛知県田原市の豊橋鉄道・三河田原 (みかわ・たはら)です。

田原市は愛知県の南端・渥美半島に位置し、人口は64,004人(2011.2.1現在)、2003年に渥美郡田原町が同じ郡内の赤羽根町を編入合併する形で市制施行し、人口43,000程度の「田原市」としてスタートし、2年後の2005年に最後に残った渥美郡の渥美町(渥美半島の先端部)を編入して現在に至ります。

幕末の学者・渡辺崋山は田原藩士の子として生まれ、田原の地で藩士として勤めた後に家老になった人物で画家としての才も発揮しました。また、1979年にトヨタの田原工場が稼動してからは人口も増え続けましたが、国勢調査レベルでのピークは2005年のようです。

-豊橋鉄道・三河田原
【市内】市内4駅(いずれも豊鉄)中の中心駅
【路線】
豊橋鉄道渥美線(新豊橋-三河田原間)
【開業】1924年6月10日(訪問は2011年3月)
【1日あたり平均乗車人員】
1,523人/日 (2004年)
【近隣の都市駅】
(新豊橋方面)新豊橋駅→15駅 

▼新幹線も停車するJR豊橋駅のすぐそばにある豊橋鉄道の新豊橋駅から出ている渥美線の終着駅で、新豊橋との距離は約18kmです。その18kmの間に16駅もあるという非常に駅間の短い路線で、豊橋市と田原市のみを通っています。また、豊橋鉄道は渥美線の他には東田本線という軌道路線があるのみです。

この写真は、というかここへの訪問はつい先月で、このブログではかなり鮮度の高い部類に入る記事と今回はなっております。
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▼豊鉄の電車内を。殆ど乗ってなかったところを見計らってのカットを。

中吊り広告はなかなか賑やかでした。
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▼豊鉄オリジナルグッズの販売品紹介看板です。(反射しててスミマセン)

最近は色んなところで駅名版を見るようになったものです。

このてのモノでおなじみのキーホルダーは勿論、下敷き、扇子、チョロQなども販売されているようです。
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▼駅に停まっていた電車です。

東急の7200系という車両を譲り受けて、1800系として現在この路線で活躍しています。顔の部分の下の両サイドが赤いという独特の柄をしています。
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▼田原市の中心駅らしく、市の観光MAPがありました。

渡辺崋山が郷土の英雄という事で「崋山を偲ぶ道」、なるものがここにありました。
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▼駅には割にバスが走っていて、バス待ちの方々も結構居られました。ここではなく、もう少し右の駅舎真ん前になりますが…、待ちの方が多い時は駅舎が撮れずなかなか困ったものでした。
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▼というわけでここでも、人の居なくなった時を見計らっての駅舎のカットです。

逆光はなかなか防止できませんでした。何度か撮ったもののこの有様で…、、

田原は城下町として栄えた町で、そこそこの城跡もあります。ちょっと遠いですが、歩いていけなくもない程度の距離にあり、時間があれば行ってみたいところです。って行きましたが…。まぁそんな訳で?!白壁のやや高層の立派な駅舎が建っています。建屋の腰の部分の「なまこ壁」も城らしさに大きく一役買っています。

お城もそうですが、お寺もそれぞれ立派、という印象が強い町でした。いつになったら旅行記upできるか、、駅ばっかりですね最近の記事、、。

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JR京田辺駅 (京都府京田辺駅)

京都府京田辺駅のJR京田辺(きょうたなべ)です。

京田辺市は京都府の南部に位置し、奈良県にも大阪府にも接しているという稀有な町で、人口は68,078人(2011.2.1現在)、京都市はおろ大阪市や奈良市の3府県の中心地のベッドタウンの役割を持っており、また煎茶の最高級といわれる「玉露」の生産地でもあります。

1997年に綴喜郡田辺町が市制施行し、「京田辺市」としてスタートして14年という、市としての歴史は浅い町で、京都府の市制施行は当時では1977年の八幡市以来20年ぶりのことでした。

-JR京田辺
【市内】市内9駅(JR5、近鉄4)中の中心駅
【路線】
JR片町線(木津-京橋間)
【開業】1898年4月12日(訪問は2007年5月)
【1日あたり平均乗車人員】
6,509人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】
(木津方面)木津駅→6駅 
           (京橋方面)松井山手駅→2駅

▼先述の通り1997年に京田辺市となったわけですが、当駅も市制施行の前月に市名にあわせて現駅名に改称されたもので、それまでは田辺町として田辺駅と名乗っていました。「京」の字が頭に乗っかっただけですが、駅名変更となると色々とかなりの費用がかかったことでしょう。

近鉄の駅としては新田辺駅が市の中心的な存在で、当駅とは約300mの距離がありますが、十分徒歩圏域にはあります。

隣駅にどうしししゃまえ(同志社前)とあるように、市内には同志社大学の京田辺キャンパスがあります。関関同立の最高峰として憧れたものです。
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▼ホームにはエスカレータと階段が並んでいました。

右側には階段での出口があり、橋上駅舎であるのがよく分かります。

訪問時刻は17時前となっていますが、5月だからまだこんなに明るいのであって、夜の時間の長い季節には16時半ぐらいまでしかマトモに写真が撮れなかったりして、沢山駅を訪ねるのもままならない、という状態になるものです。
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▼京田辺駅の駅舎出入口部分です。

この階段横の縦線がだんだん長くなっていく模様が妙に素晴らしいと感じさせられました。他に言葉で言い表しにくいので、これを見て素晴らしいと思って頂ければ幸いです。
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▼駅舎の建屋ほぼ全体像に近い形にてのカットです。

といってもまだ右には渡り廊下的に通路が伸びていますが…

前面の三角形的なラインと柱が縦線として織りなす模様が大変美しい駅です。

駅前には片町線でかつて活躍していたというC11形蒸気機関車の動輪が展示されていました。
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2011年4月13日 (水)

JR総社駅 (岡山県総社市)

岡山県総社市のJR総社(そうじゃ)です。

総社市は岡山県の南西部に位置し、人口は66,161人(2011.2.1現在)で、以前から総社市としては存在していましたが、2005年に旧・都窪郡の清音村と山手村と新設合併しています。

かつての吉備国の中心地で、備中国分寺も市内にあります。また水墨画の画聖・雪舟の生誕地でもあります。

-JR総社
【市内】市内9駅(JR7、井原鉄道2)中の中心駅
      ※総社、清音駅をJR、井原それぞれ1ずつカウントした場合
【路線】
JR伯備線(倉敷-伯耆大山間)
      吉備線(岡山-総社間)
    井原鉄道(総社-神辺間)  
【開業】1925年2月17日(初訪問は1992年8月)
【1日あたり平均乗車人員】
3,071人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】
(倉敷方面)倉敷駅→2駅 
           (伯耆大山方面)備中高梁→5駅
           (岡山方面)備中高松駅→3駅
           (神辺方面)井原駅→9駅

▼1999年に開業した井原鉄道では総社市内では当駅と清音駅ができましたが、いずれも元々JR駅として存在していた為、井原鉄道の為だけに新設開業した駅は市内にはありません。

JRのホームが見えていますが、電車は井原鉄道の「宝くじ号」で、この撮っている地点も井原鉄道のホームです。

JRで伯備線が通っていて特急が停車し、岡山方面へは吉備線も分岐し、かつ井原鉄道も通っているという岡山県内きっての交通の要衝、ともいうべき駅です。
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▼こちらは井原鉄道の駅名標です。

JRでも清音は隣駅で、同じ表示となります。ただし井原鉄道では総社駅は始発駅なので、隣駅は片側のみですが。

学生時代の帰省で何度も通り過ぎていた町で、その存在を知るまでは「そうゃ」と濁らずに読むんだと思ってました。初めて降り立ったのはもう20年近く前、1992年夏の事でした。隣の都市である高梁へ来たのも同じ時です。

こんな中途半端な?!小都会って住んだ事がなくて、のどかでかつ田舎でもない?!という雰囲気が昔から好きで、この町もいい気分で歩いていたのを想い出します。こんな所で暮らすとしたら、どんな生活になるのかな??等々よくそんな事考えてました。
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▼上の2枚は2010年春、井原鉄道に初めて乗ったときのカットで、この下の写真は2005年訪問時のものです。1992年の初訪問以来長らくご無沙汰していましたが、13年ぶりにやって来て、初めてマトモに総社を観光したのでした。
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▼ホーム上の階段を上がった所に改札がある橋上駅舎です。天井の真ん中が窪んでいて、茶と白が交互に織りなしているのが美しく、インパクトもありました。
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▼総社市で生まれたという雪舟さんの石像が駅前にありました。

雪舟といえば画家であると共に禅僧でもあり、これは子ども時代のイメージでしょうか、子坊主風の像になっています。
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▼総社駅の駅舎です。

ど真ん中に太い柱のようにデンと建っていて、両サイドに二等辺三角形のように下りていく美しいスタイルの橋上駅舎です。初めて来た1992年はこんな駅舎ではなかったと記憶していますが、記録もなくよく覚えていません。

屋根にあたる部分がずっと緑の厚いものでフタをしてるような重厚な雰囲気が建物として素晴らしいと感じられ、お見事!という感じでした。決して派手でなく有名な市でないかもしれませんが、この駅は見る価値はあるかなという気がします。
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2011年4月12日 (火)

JR打田駅 (和歌山県紀の川市)

和歌山県紀の川市のJR打田(うちた)です。

紀の川市は和歌山県の北部に位置し、大阪府にも接しており人口は65,630人(2011.3.1現在)で、2005年に旧・那賀郡打田町、粉河町、桃山町、貴志川町の4町が合併してできた新しい市で、一級河川である紀の川からとった市名です。

世界初の全身麻酔による手術を成功させた華岡青洲の出身地で、また、「たま駅長」ですっかり有名になった和歌山電鐵の貴志川線・貴志駅も当市内にあります。

-JR打田
【市内】市内9駅(JR5、和歌山電鐵4)中の中心駅
【路線】
JR和歌山線(王寺-和歌山間)
【開業】1900年8月24日(訪問は2010年10月)
【1日あたり平均乗車人員】
645人/日 (2004年)
【近隣の都市駅】
(王寺方面)粉河駅→2駅 
           (和歌山方面)岩出駅→2駅  

▼「うち」と濁らずに読みます。

奈良・王寺方面へ2駅行った同じ紀の川市内の粉河駅(旧・粉河町の中心駅)も有名で、こちらの方が中心駅っぽく見えますが、実際の市の中心駅はこの打田駅(旧・打田町の中心駅)の方となります。
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▼ホームは2面2線、両ホームは向こうの屋根なし跨線橋でつながっています。

跨線橋に屋根がなく、またホーム上の屋根のある部分も非常に限られ、市の代表駅にしては寂しい光景です。これが昔からの人口6万クラスの市であればもっと豪華な雰囲気になっていたのでしょうが、元々人口15,000程の打田町の中心駅で、平成の大合併で市になっただけという感じで、郡部の町の中心駅の姿から変わりないようです。

利用者数では粉河駅の1,071人/日に大きく水をあけられている状態です。
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▼上の写真とホーム上で反対側の様子です。

こちらにある歩道橋は駅外で行き来する際のもので、駅の跨線橋ではありません。

左が駅舎側ホームですが、右側ホームは横壁のついた待合スペースのみが屋根つきで、田は全く雨ざらしという寂しい状態です。
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▼駅跨線橋は全体的に緑です。

枠の中は隙間なく埋め尽くされています。寒い時は風除けに若干よいかも。しかしたまに冬の寒い中電車待ちで跨線橋部分で寒い思いをしますが、うちの出退勤時の利用駅は屋根もあれば窓もあるような所で、ここのように屋根のない駅は大変だなと改めて感じます。
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▼2枚目の写真とほぼ同じ風景ですが、跨線橋から見下ろしたカットです。

屋根のある部分の少なさがよく分かります。
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▼少しだけ市の代表駅らしいところが感じられたのが、このミニ庭園です。

これがなかったらとても市の中心駅とは思えない雰囲気ですが、こういうのひとつあるだけでかなり感じが違ってきます。跨線橋から見下ろしたアングルからは隠れてしまうほどの地味な存在ではありますが…
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▼出札は閉じられていて無人駅でした。というか調べてみると朝の一部時間帯のみ窓口営業している業務委託駅だそうで、これもまた市の中心らしからぬ風景です。一応券売機は設置されていました。

改札口はかなり年季の入ったと思われる鉄枠のものでした。

駅舎内はかなり狭く、これまたそこらの町の小駅のような雰囲気を醸し出しています。
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▼しかしながらロッカーは設置されていました!

そこらの小駅との差別化でしょうか??しかしこんな半端な数の駅ロッカーってあんまり見たことないのですが、どうなのでしょうか??出入口前には自販機が。ホームや駅舎内にはありません。

また、華岡青洲の幟も立っていました。青洲の生誕250周年の記念イベントがこの時あったようで、「医聖」として讃えられています。

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▼打田駅の駅舎です。

この和歌山線の和歌山県内の市の中心駅は近年市になったところばかり(当駅と岩出駅)で、それも小さな駅ばかりです。中心駅でないものの粉河駅の方が規模が大きく中心たるにふさわしい風格を感じます。駅舎がない駅も少なくないので、これだけの駅舎でも豪華な類に入るかもしれませんが、今後市の中心たるにふさわしい駅に変貌を遂げないかな、と期待してしまうのでした。
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2011年4月11日 (月)

近鉄/藤井寺駅 (大阪府藤井寺市)

大阪府藤井寺市の近鉄・藤井寺(ふじいでら)です。

藤井寺市は大阪府の中部に位置し、人口は66,235人(2011.2.1現在)で、かつて近鉄バファローズの本拠地であった「藤井寺球場」のあったところで、市内には由緒ある「ふじいでら」がありますが、これは葛井寺と表記します。大阪市のベッドタウンで、全国で6番目に面積の狭い市(9k㎡足らず)でありながら、人口が66000あまりという事で、人口密度は実に7,000人/k㎡を越しています。

-近鉄・藤井寺
【市内】
市内3駅(いずれも近鉄)中の中心駅
【路線】
近鉄南大阪線(大阪阿部野橋-橿原神宮前間)
【開業】1922年4月18日(訪問は2006年11月)
【1日あたり平均乗降車人員】
40,354人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】
(大阪阿部野方面) 河内松原駅→3駅 
                       (橿原神宮前方面)古市駅→3駅 

 ▼JR天王寺駅と道を隔てて向かいにある近鉄・大阪阿部野橋駅から奈良県の橿原方面まで伸びる「南大阪線」の駅初登場です。

乗降人員は近鉄の全調査対象287駅中の15位という相当な数を誇る主要駅で、南大阪・吉野線の43駅に限れば2位とすばらしく、大阪府内の近鉄駅61駅中でも7位の実績を誇っています。

ちなみにかつてあった藤井寺球場はこの訪問のわずか3ヶ月前、2006年8月に解体されたそうで、、一度は見ておきたかった、残念でした。

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▼藤井寺市は近鉄のみでJRが通っていないのですが、ここはその中心駅で、私鉄ながら市の中心らしい設備の整った感の高いホーム周りです。こういう角度で見ても、なんのこっちゃ?かもしれませんが…
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▼この利用者数の超多い駅で、こんな風に改札周りが撮れたのは奇跡?!ではないか、と今にしてみれば思います。階段を上がって改札の橋上駅舎です。
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▼藤井寺駅の駅舎です。

いかにも橋上駅舎という感じで階段が横に下りた形となっていますが、1F部分の屋根にあたる紫のラインが特徴的な建屋となっています。4年半くらい前の写真ですが、駅舎は今もこのスタイルのようで、橋上駅舎化は1974年になされたそうです。

駅は真ん前がいきなり道路で、広場スペースらしきものはほとんどありません。広い道の中でバスや車が停まったり、という感じですね。
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2011年4月10日 (日)

名鉄/津島駅 (愛知県津島市)

愛知県津島市の名鉄・津島(つしま)です。

津島市は愛知県の西部に位置し、人口は65,195人(2011.2.1現在)で、かつては「津島湊」として栄えた港町で、全国天王信仰の中心地である津島神社の門前町としても栄えたといいます。

-名鉄・津島
【市内】
市内2駅(いずれも名鉄)中の中心駅
【路線】
名鉄津島線(須ヶ口-津島間)、尾西線(弥富-玉ノ井間)
【開業】1898年4月3日(訪問は2007年5月)
【1日あたり平均乗車人員】
6,460人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】
(須ヶ口方面)須ヶ口駅→7駅 
                       (弥富方面)弥富駅→4駅
           (玉ノ井方面)名鉄一宮駅→13駅     
 

▼前回に続きまたまた愛知県の駅です。行った市の人口の少ない順に紹介するのがこのブログでの基本となっていて、似たような人口帯の市が愛知県には多いというわけです。

津島市にはJR駅がなく、名鉄のみ2駅だけあるという状態で、当駅はその中心的存在です。また名鉄においては津島線の終着駅であり、尾西線に属する駅でもあります。
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▼駅高架からから見下ろした駅前通りの風景です。

この時の旅(前回の須ヶ口駅と同じ2007年GW当時のもの)では愛知県の西部をちまちま訪ね歩いていたのですが、久々に「都会!」と感じました。須ヶ口の時同様あいにくの天気だったので、駅のすぐ前以外殆ど行ってませんが…
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▼津島駅の駅舎です。

まっすぐな形ではなく、少し角度のついた建屋で2面性というかそんなものを感じました。もっと引けば全体像が撮れたかもしれませんが、この時にはそんな頭がなかった?のかもしれません。今からもう4年前になります。2F建ての堂々とした駅舎です。
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▼上の写真の右にあたる部分です。

こちらは上のものとは違って下に店が入っていたりとか活発な様子は感じられず、ホントに全然違う顔という感じを受けました。それにしても大きな駅舎で、それだけで都会と感じました。
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▼駅舎から少し離れてのカットです。

右が駅舎で駅前広場の様子共々、と思いましたがやや離れすぎた感があります。

それなりにバスが行き来していますが、車で密集しているという感じはありませんでした。広場スペースがかなり広いのもあるのかもしれませんが…。駅前通りは活発そうなイメージで下が、この横から撮ると妙に閑散とした雰囲気で、えらく顔が違うのかな、というのをこんなカットからも感じました。今度は晴れた日に詳しく訪ねてみたい、とまた色んなところでこういう事を言ってしまうのでした…。。
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名鉄/須ヶ口駅 (愛知県清須市)

愛知県清須市の名鉄・須ヶ口(すかぐち)です。

清須市は愛知県の西部に位置し、人口は65,902人(2011.2.1現在)で、2005年に西春日井郡枇杷島町、新川町、清洲町の3町が対等合併してできた新しい市で、合併前の「きよす」は清洲町だったのに対し、現在の市は清「須」市という表記になっています。

名古屋が尾張の中心になる前の中心的機能を持った町で、織田信長や徳川家康も関係した清洲城跡もあります。

-名鉄・須ヶ口
【市内】
市内8駅(JR1、名鉄7)中の中心駅
【路線】
名鉄名古屋本線(豊橋-名鉄岐阜間)、津島線(須ヶ口-津島間)
【開業】1914年1月23日(訪問は2007年5月)
【1日あたり平均乗車人員】
4,362人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】
(豊橋方面)名鉄名古屋駅→6駅 
                       (名鉄岐阜方面)国府宮駅→5駅    
          (津島方面)津島駅→7駅  
 

▼前回に続き愛知県の駅です。変なアングルの撮影ですみません。

JR清洲駅というのが存在しますが、この駅自体は稲沢市にあり、JRで市内に唯一ある駅は枇杷島駅です。清洲駅が市外という事もあってか、清須市の駅としてはこの須ヶ口駅が中心的存在という見方をされているようです。

ここへは本来行く予定はなかったのですが、甚目寺町(現・あま市)の萱津神社という所で大雨に降られてしまい、晴天なら徒歩で甚目寺駅まで帰るところが、とても困難な状況となった為に神社からタクシーに来てもらいました。

当初は甚目寺駅まで戻るつもりだったのが、名古屋方面に帰る旨を告げると運転手さんが「じゃあ須ヶ口へ行った方がいいですかね?」と言われた為、タクシーでここまで来たものです。なつかしや2007GWの旅・豪雨編(勝手に命名)・鮮明に記憶しています。

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▼ホーム内はろくに撮っておらず、ここで駅舎の登場です。

清須市の代表駅となった今は市の中心らしい風格をもった建物と感じます。元は西春日井郡新川町という人口19,000程の町の中心駅でした。
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ようこそ清須市へ

という看板もあるように市の代表的な駅の雰囲気を感じます。

この看板、「清須市」の部分が上から貼り替えられている跡が見え、きっとその前は「新川町」の文字があったのかな、と思ってしまいます。
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▼寄った当時、この喫茶店で一服させて頂きました。

猫が2本足でコーヒー持って立ってるのに思わず引き込まれました。
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▼駅を出てすぐの地点の様子です。

こういうゲートがあるのにも市の中心的な雰囲気が窺え、現・清須市役所もこの須ヶ口の地にあります。予定外で来た所&雨天の為、殆ど駅の真ん前しか見ていないのですが、機会を見て詳しく探訪もしたい!と色んな地の話でこんな事書いてて、あれもこれもというのはまずムリなんですが、それでも色々行きたいと思ってしまうんですよね。
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2011年4月 9日 (土)

JR永和駅 (愛知県愛西市)

愛知県愛西市のJR永和(えいわ)です。

愛西市は愛知県の西部に位置し、岐阜県にも三重県にも接しており人口は64,936人(2011.2.1現在)で、2005年に旧・海部郡佐屋町等2町2村が合併してできた新しい市です。

-JR永和
【市内】市内7駅(名鉄6、JR1)中の1駅
【路線】
JR関西本線(名古屋-難波間)
【開業】1929年2月1日(訪問は2009年2月)
【1日あたり平均乗車人員】
2,222人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】
(名古屋方面)名古屋駅→4駅      
 (難波方面)弥富駅→隣駅  

▼平成の大合併でできた愛西市には市名を名乗る駅がなく、この市内の代表駅は名鉄の佐屋駅という定義されている場合が多いようです。特に他駅と差別化するような大きな代表駅然としたところは見られません。

ちなみに大阪府に近鉄の河内永和という駅があり、後にJRにもおおさか東線として開業した「JR河内永和駅」というのができました。

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▼ホームは2面2線、屋根のない跨線橋でつながっています。

関西本線の駅らしく、跨線橋部分にJRのマークつきで駅名の表示があります。

屋根のある部分は大変少ない印象、JRでは愛西市唯一の駅なのに寂しいと感じたものです。
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▼向かいホームからの駅舎裏の様子です。

この時は関西本線の駅完全訪問の時で、その大詰め段階、かなり薄暗くてこれ以上の訪問は記録として残す意味においては不可能かというところまで来ていました。なのでもう既に鑑賞に堪えうるものとはならなくなりつつありました。

この駅舎側ホームは改札から跨線橋入口までは屋根があって、濡れずに渡れる…、と書こうとしたのですが、跨線橋そのものが屋根がないので濡れずに渡れる訳にはいきませんでした。
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▼一応、跨線橋からの風景も。

屋根なしなのでこういうアングルでも外の様子が多少分かります。単なる町の歩道橋とおんなじスタイルですが…
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▼永和駅の駅舎です。

屋根の妻の部分の模様が美しいのですが、この薄暮によりその様子が全然分からなくなってしまっています、、屋根の正面と側面が三角でつながっているのもいい感じな駅舎でした。

これ以外の写真はとても鑑賞には堪え難いかな、というところで。他数駅訪問する際には切り上げ時というものが難しいといつか感じさせられます。こんな状態の時に訪ねた駅は結局こんな記録しか残せないというものあるので…、まぁでも記録に残せる限り残したいという精神も旺盛な為?こういうのも撮って残し、またUPしてしまうという性もあるのです…
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2011年4月 7日 (木)

JR白河駅 (福島県白河市)

福島県白河市のJR白河(しらかわ)です。

白河市は福島県の南部に位置し、人口は64,666人(2011.2.1現在)で、「白河の関」といわれるように奥州の玄関口として知られる町です。

-JR白河
【市内】市内3駅(いずれもJR)中の中心駅
【路線】
JR東北本線(東京-盛岡間)
【開業】1887年7月16日(訪問は2006年8月)
【1日あたり平均乗車人員】
686人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】
(東京方面)新白河駅→隣駅      
 (盛岡方面)須賀川駅→5駅  

▼市名を名乗るこの白河駅は在来線のみで、新幹線は隣の新白河駅に停まります。新白河駅は、所在地は西白河郡西郷村で、白河市には新幹線ホームの一部がかかっているということです。なので白河と名乗っても決してウソではない訳ですね。

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▼真ん中よりやや右の部分に白河城(小峰城)跡が、この白河駅ホームから見ることができます。この駅に来たら是非とも押さえておきたいのが、このお城です!
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▼白木が織りなす重厚な雰囲気の駅ホーム上の屋根と柱。ホームはこの1面2線のみで、真ん中にポツンと自販機があるのもいい感じでした。

駅の歴史は古く、1880年代の開業です。
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▼ホームは築堤上にあり、改札へは下へ降りる階段を行くこととなります。

手すり部分に当たる緑のラインがとっても印象的で、「白河駅といえば?」と聞かれると個人的には、このラインを真っ先に思い浮かべてしまうのです。

ちなみにこの時は2006年盆の旅で、秋田や山形などを訪問後に福島県まで南下してきて、須賀川や矢吹やここやその後新白河に行ったり等していました。
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▼階段を降りて改札までの通路の様子です。

ホームからは地下階段のように見えますが、ホーム自体がやや高い所にあるのであって、改札は普通の平地にあります。ホームは白木組みが見事でしたが、こたらもなかなか見事な天井周りです。建築としてはどこを見ても見事、というのがこの駅の個人的印象ですね。
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▼白河駅、と市名を名乗る駅でありながら利用者数を見ても分かるようにあまり多くなく、むしろ閑散としたイメージすら持つほどでした。構内の様子だけで見ると明るく華やかなイメージを持つと思いますが、このように写真が撮れてしまうほど構内無人の状態の時があった訳で、町の中心的なイメージで訪ねてみるとかなりギャップを感じる事になると思います。

この訪問後の2009年に待合室の場所に駅カフェができたそうですが、どんな様子なのか?気になるところです。
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▼改札を出て駅構内から右側にもう一室あるのがこのスペースです。

何もない広い部屋のど真ん中にストーブ?がボツンと一台。

スライドドアの入口に何もないだだっ広い部屋。実に不思議な空間、という印象を強く持ちました。
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▼白河駅の駅舎です。

大正ロマン漂う駅舎、として2002年に東北の駅百選に選ばれた立派な駅です。ただしあまり扱いがよくない感があるのはやや残念な気がします。
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▼駅舎全体像を。

あまり横長ではないですが、出入口部分の屋根が高いので幾分は大規模感があるかな、といったところです。

縦長の窓が続いていて、オシャレ感を出しているなという印象を受けます。白壁もグッドですね!
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2011年4月 6日 (水)

JR小野田駅 (山口県山陽小野田市)

山口県山陽小野田市のJR小野田(おのだ)です。

山陽小野田市は山口県の南西部に位置し、人口は64,467人(2011.3.1現在)で、2005年に旧・小野田市と山陽町が合併してできた市です。市と町の合名でできた新市は珍しく、青森県の現・むつ市が短期的に大湊田名部市と名乗っていた事がありますが、これと同じ例で、現在日本で唯一の漢字5文字の市名となっています。(ひらがなは、ひたちなか市などありますね)。小野田はセメント工業が有名で教科書なんかにもよくその名前が出ていた覚えがあります。

-JR小野田
【市内】市内11駅(いずれもJR)中の中心駅
【路線】
JR山陽本線(岡山-宇野間)、小野田線(居能-小野田間)
【開業】1910年6月12日(初訪問は2008年11月)
【1日あたり平均乗車人員】
1,203人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】
(神戸方面)宇部駅→隣駅      
 (門司方面)厚狭駅→隣駅  

▼JR山陽本線にある駅ですが、小野田線にも分岐しており、市内の駅数が多くなっています。旧市名を名乗った市内の中心駅的存在ですが、新幹線は同じ市内の隣駅である厚狭駅に停まります。

白木組みの屋根柱がすばらしいホームで、柱が細いからより目を惹くのかな、と思ったりしました。

私が行った類似した駅名としては、小野駅(兵庫・小野市)、小田駅(岡山・矢掛町)、野田駅(大阪市)などがあります。類似っていうか、小野田のうちの2文字で構成された名称を挙げただけですが…。(o^-^o)
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▼ホームは2面4線で、向こうの跨線橋でつながっています。

木造感あふれる柱やホーム屋根に改めて感動します。
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▼ホームの屋根は長く設けられています。

現在は1・2番線はなく、3~6番線の4線というユニークな体制になっています。山陽本線だけでなく、小野田線にも分岐する重要な駅なのでホームが多いのも納得です。
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▼跨線橋内です。

天井の骨組み?!部分の黄色いのがとても印象的でした。

掲示物はまばらというか、中途半端な感じでした。
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森と湖のまち 小野田、とありました。

森と湖に囲まれた??どこかで聞いたようなフレーズ、あっいや囲まれたとは書いてませんね。これを見る限り、公園の多い所という印象を受けます。真ん中のは小野田セメントの徳利窯というものですね。
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▼小野田駅の駅舎です。

平屋建てで平たい屋根で、意外と小さいなと感じました。個人的に小野田ってもっと大きな町というイメージを勝手に持っていたのもありますが…。駅前は整備の具合はそこそこといった感じで、完全にキッチリ整備されているという風でもなく、ただっ広くスペースがあるだけという訳でもない、なんともいえない空間という印象を受けました。

3連のガス灯がまたいい味出していますが、これはフランスのモンマルトの丘にあるものと同じものだそうです。
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▼バスのりば周辺、この辺りは割と整備されていて、時計塔も設置されています。

バス路線は小野田の中心地は勿論ですが、宇部市の中心地・宇部新川へ行く便などもあるとの事です。
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2011年4月 5日 (火)

JR宇野駅 (岡山県玉野市)

岡山県玉野市のJR宇野(うの)です。

玉野市は岡山県の南端に位置し、人口は64,208人(2011.1.1現在)で、四国の高松や周辺の離島とを結ぶ宇野港を有する県内屈指の重要な港湾都市です。

-JR宇野
【市内】
市内4駅(いずれもJR)中の中心駅
【路線】
JR宇野線(岡山-宇野間)
【開業】
1910年6月12日(初訪問は2008年8月)
【1日あたり平均乗車人員】
1,203人/日 (2008年)
【近隣の都市駅】
(岡山方面)茶屋町駅→7駅      
 

▼「宇高連絡線」の「宇」にあたる宇野です。私が行った類似駅名に石川県かほく市のJR七尾線・宇野気(うのけ)駅というのがあります。

玉野市の代表駅で、玉野駅なるものは存在しません。宇野は元々は宇野町で、合併相手の町の中心地名である「玉」と宇野町の「宇」との合成地名で玉野市になったといいます。

高松との宇高連絡線の接続駅として、四国との連絡において大変重要な役目を果たしていた駅ですが、瀬戸大橋の開通とともにその使命を終える事となり、今では宇野線の終着駅という位置づけとなり、昭和の頃は大規模な駅だったようですが、今ではこじんまりとしたものとなっています。去年、開業100周年を迎えました。
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▼上の写真とは反対に終着点側です。

先が行き止まりとなっていて、階段等なしで両ホームに行き来できる頭端式の1面2線ホームとなっています。ホーム行き止まりの先に駅舎が垂直に建っています。ちょうどホームの通路と駅舎とでT字を描いている形ですね。
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▼宇野駅の駅舎です。

こじんまりとした中にどこか欧風を感じさせるオシャレな部分をもった建物です。

鮮やかなオレンジの傾斜のキツイ屋根が両サイドにおりていたり、また両サイドのロケット型のようないくつも並んだ窓もなかなかオシャレです。入口両サイドの柱の部分も上部が半円になっていて、柔らかなイメージを持たせており、所々見どころを感じる駅舎だと思いました。
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▼駅舎を撮る時、上の写真のように正面から撮るのもカッコイイのですが、このようにナナメから撮るのもまた奥行きや質感が感じられて、また違った魅力を見出す事ができますね。あまり賑やかな駅ではないのですが、どこかキラッと光る魅力を放っているなという事を思わずにいられません。
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2011年4月 4日 (月)

JR観音寺駅 (香川県観音寺市)

香川県観音寺市のJR観音寺(かんおんじ)です。

観音寺市は香川県の西端に位置し、愛媛県だけでなく徳島県にも接しており人口は62,551人(2011.1.1現在)で、2005年に旧豊浜町、大野原町と新設合併して約2万人口が増えている格好です。

-JR観音寺
【市内】
市内3駅(いずれもJR)中の中心駅
【路線】
JR予讃線(高松-宇和島間)
【開業】
1913年12月20日(初訪問は1994年1月)
【1日あたり平均乗車人員】
1,852人/日 (2006年)
【近隣の都市駅】
(高松方面)詫間駅→5駅 
                       (宇和島方面)川之江駅→3駅      
 

▼ここに来るまでは長らく「かんのんじ」だと思っていました。「観音様」というぐらいですから…

ここを訪ねたのは個人的にはかなり古く、今から17年も前の1994年1月でした。四国では2番目に訪ねた町で、当時四国上陸は1989年に受験で来た高松以来5年ぶりでした。写真は2010年の再訪時のものが主です。

香川県西端の市で、東は三豊市となった詫間駅が最寄りの都市駅で、西は愛媛県の川之江やその隣の伊予三島などの駅が近くにあります。
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▼観音寺は銭形の街だそうです。

江戸時代の寛永年間に当時の丸亀藩主の巡視にあたり、歓迎の意を込めて砂に大きな寛永通宝の砂絵を一夜にして作ったという話から来ているそうで、琴弾公園という所に周囲345mの楕円形の大きな寛永通宝の「銭形砂絵」が描かれています。

ホームにぶら下がっている提灯が色とりどりで華やかです。
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▼ホームの屋根下。その向こうには待合室があり、前には「瀬戸内ハイキングライン」なるマップがあります。
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▼ホームは3面4線もあり、ここはその真ん中の2・3番線です。上の写真とはちょうど反対向きの様子です。

ホーム同士は地下道でつながっています。
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▼ホームは長く屋根が設けられ、市の中心駅らしい風格を感じます。

またホームのベンチは割に多く設けられている印象も受けました。
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▼ホームから下りた地下道内の様子です。

どうしても線路上の跨線橋スタイルと違い、暗くて閉塞感のある雰囲気になってしまいがちですね。
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▼観音寺駅の駅舎です。

残念ながら初訪問時の1994年の写真はありませんが、上が2010年7月、最新訪問時のもの、下は12年ぶりに訪問した2006年時のものです。'94年もこの駅舎であり基本的に大きな変化はありません(と認識しています)。

観音寺駅、と表記した上に三つの半円が昔から独特のもので、観音寺駅といえば真っ先にこの模様が目に浮かびます。かつて「西部警察PARTⅢ」の全国縦断ロケ(1983年)でもこの駅から街に向かって車が疾走していくシーンが見られ、やはりこの同じ模様だったんだ、とYouTubeを見て今更ながら驚きました。
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2011年4月 3日 (日)

JR蓮田駅 (埼玉県蓮田市)

埼玉県蓮田市のJR蓮田(はすだ)です。

蓮田市は埼玉県の東部に位置し、人口は63,290人(2011.2.1現在)で、それまでは「蓮」の字のしんにゅうの部分に点が2つある「二点しんにゅう」表記だったのが、PC等で自体が表現できないなどで今年2011年1月4日より「一点しんにゅう」とした表記に改められました。

約3万年前より人類が住んでいた形跡が見られ、多くの貝塚が残っているといいます。

-JR蓮田
【市内】
市内唯一の駅
【路線】
JR東北本線(東京-盛岡間)
【開業】
1885年7月16日(訪問は2008年8月)
【1日あたり平均乗車人員】
21,428人/日 (2009年)
【近隣の都市駅】
(東京方面)大宮駅→3駅 
                       (盛岡方面)久喜駅→3駅      
 

埼玉県の市の駅は実は初登場です。2010年までで訪ねた最も人口の少ないところが白岡町でそれでも約5万で、アクセス数がこれを越えられずになかなかUPできない(このブログのオリジナル・ルールで、自治体の人口<累計アクセス数、が記事UPの条件です)状態でした。今ではUP条件を満たすところもかなり増えた(2011年になってからかなり行った)ので、これからは埼玉の駅も載せていけると思います。

開業は1885年とかなり古くからある駅です。この写真は2008年訪問ですが、「蓮」のしんにゅうが2点になっています。いまは変わっているのか分かりませんが…、隣が東大宮であり、埼玉の中心地のかなり近くにあることが窺えます。
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▼ホームは2面3線、長ーく屋根のある部分が設けられています。
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▼ホームから上がった先が改札である橋上駅舎で、ホームからエスカレータが出ているのが見えます。都心付近では全く珍しい光景ではありませんが、西日本の田舎者からすると、エスカレータが当たり前にあるという感覚ではないんですよね。
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▼駅の2F自由通路部分の突き当たりに「椿山夏まつり」の看板がありました。

ちょうど盆時期に訪ねたので、これがその時の旬の情報だった訳です。

ここに来たのは、群馬県の桐生泊で栃木県を経て、「埼玉も行けるだけ行こう」ってことであちこち、短時間で訪ね歩いたのでした。だからホント駅前しか行ってませんが、こういう看板を見るとこんなのがあるんだな、などと分かって有難いものです。

夏まつりは今ようつべ(You Tube)でみましたが、ステージで踊ったり、屋台があったり神輿が入ったりという、いかにもな感じの町のまつりでした。
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▼駅出口の階段を降りたところです。

降りた先にATMコーナーがありました。こういうのも便利でいいですよね。旅先で金がそろそろ底をつきだす事態もしょっちゅう(前もって大金おろすと気が大きくなって遣ってしまうので…)なので、降り立っては駅前でまず金融機関(またはコンビニ)を探す事も大事なチェック項目です。
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▼椿山夏まつりがお盆にあると思ったら、翌週には「はすだ市民まつり」と、デカデカといや高々と掲げられていました。蓮田の夏の最後を飾るおまつりで、市内を色んなコスチュームで練り歩いたり、蓮田音頭のヤングバージョンのコンテストやらもあるのだとか。

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▼蓮田駅の駅舎です。

両サイドに階段が下りていくのが見える典型的な橋上駅舎スタイルです。

ロータリーが整備され、向こうにはまっすぐにバスのりばが続いています。そののりばの屋根ひさしの下にはまつりのものか、小さな提灯が並びたてられていました。短時間しか居なかったとはいえ、この街には盆時期に行って大正解だった気がします。
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