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2012年12月30日 (日)

大阪/藤井寺 葛井寺など

大阪府藤井寺市、近鉄/藤井寺駅からの歩き旅の様子です。

辛国(からくに)神社 鳥居

延喜式にある式内社で、カラクニというその名から渡来系民族との関連が想定される、とありました。確かに「からくに」と打って変換すると、「韓国」が出てくるので。

1500年ほど前に創建されたとあり、当時の物部氏がつくったとされています。物部→蘇我→大化の改新という流れの中の物部氏ですね。

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辛国神社 入口と拝殿

時に2006年11月でしたが、七五三まいりの看板が出ていました。

2006年は戌年だったんですね。ふと振り返ってみて(笑

屋根の真ん中部分がせり出していますが、上と下とそれぞれに曲線を描いていてデザインにバリエーションを持たせています。

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拝殿の菊

上の写真に見えていましたが、拝殿のサイドにはこのような大きな菊が活けてありました。

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仲哀天皇御陵参道…?!

仲哀(ちゅうあい)天皇は第14代天皇とされ、在位期間は西暦でいうと192年から200年とされています。その御陵とされるのは市内の岡ミサンザイ古墳という事でここはその参道にあたるという事ですが、この石柱、途中の部分でアスファルトに埋もれてしまっています。

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葛井寺

この字で「ふじいでら」と読み、藤井寺は元々この葛井寺に由来した地名です。

725年、聖武天皇の勅願で行基が創建したとあります。奈良時代を代表する両雄といってもいいコンビですね。

いのまなり(井真成)は、中国の墓誌で最初に確認された日本人留学生の名とされている人物で、699年-734年あたりが生没年とされ、国名で遠くからやって来て、官僚として抜きん出た活躍ぶりであったが36歳で亡くなったと現地の墓誌には刻まれています。

井の姓は中国風に一時省略されたものと考えられ、帰化系民族・葛井氏という説があり、葛井真成ではないかという事で、葛井氏ゆかりのこの寺を市域に有する藤井寺市では「墓誌の形だけでも里帰りを」という呼び掛けが起こり、2005年にこれが実現する事となりました。その事を表現したのがこの表の看板です。

ちなみにこの「いのまなりくん」は藤井寺市の公式キャラクターとしてあちこちイベントに着ぐるみが登場しています。

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葛井寺・碑

葛井寺は西国三十三箇所の第五番札所とされています。

近鉄・藤井寺駅から徒歩約5分の所にあり、藤井寺駅に来たらまず押さえておいてよい所かな、と思います。

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南大門

寛政8(1796)年の上棟で、同12(1800)年頃の竣工といわれています。

兵火に度々さらされたり、地震などもあってほとんどの建物は近世以降の再建といわれています。

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鐘楼

土台の部分に骨組みが組まれ、工事中のようでした。

土台部分が上半分木製、下半分石積みの構造で、下へ広がっていく末広がりの形(袴付き)になっていてデザインとしてもバランスのとれた感じになっています。

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本堂

荘厳な雰囲気の本堂、1776年再建とありました。

国宝の千手千眼観音菩薩像は毎月18日に拝観できるとの事ですが、ここの観音様は実際に1000本(計1,041本とか)の手がある数少ない観音様(通常は42本)で、また日本に現存する千手観音像としては最古に近いそうです。

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藤棚

境内には藤棚があります。

4/29には藤まつりがあるそうで、お寺に桜や梅やといった季節の植物が参拝客を引き寄せるという部分も少なからずあるなと思いました。

桜の散った後の時期は、この藤ですかね。あちこちで藤まつりがありますよね。

境内はそれほど広くないので、短時間ひと通り見る事が出来るのがここの利点かなとも思います。

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