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2013年6月の26件の記事

2013年6月29日 (土)

福岡/豊前 宇島駅前・健康歩道

福岡県豊前市、JR宇島駅周りの様子です。

(2011年3月当時)

健康歩道

宇島駅から線路に沿って続く道、向こうが駅になりますが、

修験道の道と健康歩道という両方が並んで銘打たれています。

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求菩提山とカラス天狗モニュメント

線路沿いを駅に向かって進めば、このようなものに行き当たります。

求菩提山(ぐぼてさん)は、ここ豊前市と隣の築上町の境界に位置する標高782mの山で、古くから修験道の山として山伏による修業が行われてきたといいます。

その山伏の修行する様がカラス天狗に例えられたといわれ、山の険しさと共にちょっとコミカルに見えるカラス天狗が同じモニュメント上に置かれています。

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フェンス越し

線路沿いにあるので、柵越しにはこういった電車が走る様を見る事も出来ます。

九州なので、列車のスタイルがユニークでいちいち目を惹きます。

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豊前市の自販機

宇島駅前にあった「豊前市まちづくり支援自販機」です。

最近このような自治体の自販機が多くなりましたね。

豊前は神楽が盛んで県指定の無形民俗文化財とされており、その大蛇や天狗?!等が自販機側面に表されています。

豊前市、と聞いてもあまりピンと来ないのかもしれません(自分がピンとこなかっただけですが…)が、神楽を見たりとかすれば、ご当地でのいい思い出になるのかなと思います。

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2013年6月28日 (金)

山梨/上野原 街へ出るため、上る上る

山梨県上野原市、JR上野原駅からのチョイ歩きです。

(2012年3月当時)

階段、階段

上野原駅の記事にもありましたが、駅から出てすぐ階段に次ぐ階段という感じでひたすら上って行く構造になっていて、なかなかハードです。

南海電車の高野山付近の駅には山の中腹にあって、ひたすら降りていかなければ通りに出られないという形のものが続きますが、ここはその逆バージョンとでもいいましょうか。一応駅の真ん前にバスが出ているので、駅前は道路にはなっていますが…

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見下ろせば…

駅や街は遥か彼方に、というところまで上りつめてきました。

木の枝の向こうに見える分、余計に遠く感じるかもしれませんが。

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道へ出た

高低差何mだろうか?分かりませんが、のぼりのぼってようやく出た道はこんなでした。

なんかまたまた、何にもない感じでちょっと残念な気がしました。

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上野原インター入口

上の写真で見えてきていましたが、この歩道橋の部分にある信号が、上野原ICの入口にあたる地点です。

しかし、それ以外何にもない雰囲気が漂っていて、歩きだとこういう時に一種の心細さすら感じます。あるけどあるけど何もない時の達成感の無さと疲労感と…。

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こんもり山と鉄塔

こんもり山という山ではありません。こんもりとした感じの山状になっていたので自分で勝手にそう名付けただけですが、てっぺんに鉄塔がありました。上野原で見た景色では印象深いもののひとつでした。

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関山バス停

そんな道の途中にあったこの「関山」バス停。

閑散とした所にバス停があるとつい、「こんなとこで降りる人居るのかな?」と考えてしまうのが癖です(笑

でも結構本数はあるんです。時刻表見てビックリしました。

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高速道を見下ろす

上野原ICの名前が出てきましたが、ここは中央自動車道です。

談合坂SAは、この上野原ICの隣に位置し、約5kmほどで着きます。そのグランドオープンとありますが、昨年11/25にEXPASA談合坂という複合所業施設がオープンされたのでした。

道路周りもトイレ休憩程度、あわよくば飲食できる、という感じでしたが、今やいろいろお買いものできるようになり、そこ目的で行く人たちも増えてきたんですよね。

上野原の場合は鉄道で来るよりも車で来た方が楽しめるのかな、と感じました。

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猫を見上げる

ある所の軒先でふと見かけた猫です。

あんまり動かなかったので撮らせてもらいました。

猫の目はくるくる変わるというけど、おんなじネコかと思うほど顔や表情が違ってました。

ミケなんでメスですかね?三毛にはメスが多いというけど。

…てな感じで上野原の街はインター周辺を歩くような格好が、チョイ歩きの大半を占める格好でした。

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2013年6月27日 (木)

MRT中山國小駅 (台湾/台北市)

台湾(臺灣)/台北市の台北捷運(MRT)/中山國小(ちゅうざんこくしょう)駅です。

台北市は台湾北西部にある中華民国の首都で、人口は約265万人という大都市です。

-台北捷運/中山國小-(MRT/中山國小)
【路線】
台北捷運中和新蘆線(輔大-南勢角間)
      

【開業】2010年11月3日
【訪問】2013年5月
【1日あたり平均乗車人員】 不明
【近隣の主要駅(輔大方面)民権西路駅→隣駅
          
(南勢角方面)忠孝新生駅→3駅

駅名標

台湾にやって来て、まずは桃園国際空港に降り立つ訳ですが、そこからバスで台北駅まで行って、その台北からMRT(地下鉄)に乗って2駅の所にある駅で、この時のひとり旅の宿の最寄駅でした。

台湾の鉄道で初めて駅を利用したのは台北駅ですが、その際に降り立ったのがこの駅という訳です。

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▼ホーム

完全な扉式で、正直台湾の地下鉄がこんなに発達しているとは思いませんでした。

開業はナント2010年11月で、まだ2年半という新しさです。この辺りはそれまでバス路線しかなかったそうです。台湾はバス路線は実に発達していますが、日本から見ると実に運転怖いです正直…。公共交通機関があるなら、それを利用したいと思いました。

漢字で書いてあるせいか、外国の駅という感じがしなかった、という印象もありました。

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路線図

台湾の台北地下鉄(MRT)の路線図です。

当駅は、真ん中部分を縦に赤い路線が貫いていますが、黄色い路線と十字交差している部分の右の黄色路線の所にあります。

ちなみに首都・台北の中心「台北」駅は縦に赤、横に青の路線が十字交差しているまさにその点にあります。

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中山國小駅 駅舎

地下鉄なので、日本と同様にこのような駅舎になります。

この時泊まったホテルサンルート台北は、この駅と隣の民権西路駅との間にあたる位置にあります。日系ホテルなのでチェックインややり取りには問題ありません、言葉の条件を最優先にするなら確実なホテルです。

で、駅に関しては民権西路の方が色々分岐していて利用至便につき、私もこの駅に来たのは台北から来たこの時のみでした。

でも台北からきてチェックインまでのまだまだ旅を本格的に始める前のドキドキ感と共にこの駅に来た時の記憶は鮮明に残っています。

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2013年6月26日 (水)

熊本/水俣 新水俣駅前を行く

熊本県水俣市、JR新水俣駅からのチョイ歩きです。

(2012年5月当時)

駅前広場と3号線

左が新水俣の駅で、右が線路と平行に走る国道3号線です。門司から276kmとあります。九州の入口からそれだけの距離があるという事ですね。

水俣市ではほぼこの3号線を歩いたに終始しました。新幹線停車駅ながら、これと言ってなかった感じで、その歩き旅の様子をこれからこの記事でお送りするのは少し気が引けなくもないのですが、水俣市の風景と捉えて頂ければ。

水俣駅前の方がまだ色々あったかも、というところでしたが、新幹線でてっとり早く行けたのがここだったので、この時はここを選択しました。次水俣市に行けるならば、水俣駅の方へ行こうと思います。

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3号線、南へ

という訳で線路と平行に走る国道3号線を南へ下ってみました。

北側、ホントに何もなさそうだったので…、こっちにありそうな気もしませんでしたが、どっちか歩いてみないと何も得られないし…という事で歩いてみたのでした。

向こうは右へとカーブを描くようでしたが、薩摩川内とか出水とか鹿児島県の方へ入っていく事となります。

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3号線、さらにさらに南へ

右へ折れていくので、南へというより西へ向かうという方が近いですね。

警察署ヨコを通り過ぎてしばらく行くと、道の駅への案内看板が出てきますが、3.8kmとあったので、さすがに行くのを諦めました。あまりに何もなさそうな中で歩く3,4kmというのはなかなか辛いものです。。

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GSとコンビニ

反対に新水俣駅へ引き返すところで、向こうが駅です。

ガソスタとコンビニといういわば商業施設がつづく場所で、この辺りではそんなのなかなか珍しいんでは??と感じたのでした。

水俣市でお金を落としていったのって、この向こうに見えるコンビニで買い物した時だけです。

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新幹線レールとカーブ

本記事唯一の国道3号線からそれた地点の様子です。

向こうを横切るのは九州新幹線で、そこへ向かっていくようにカーブを描く道路は3号線からそれたものです。

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新水俣駅ジオラマ

最後は新水俣の駅に戻っての駅周辺のジオラマです。

これを見ても駅と緑と道路はありますが、他何にもなし、というイメージを持ってしまいます。所々何かあったりしますが、普通の街の駅前のような感覚を持ってやって来ると、ちょっと違うな…という事に陥ってしまいます。

ホント次は水俣駅へ行きたいものです。

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2013年6月24日 (月)

山形/村山 薄暮の村山駅前

山形県村山市、JR村山駅からのチョイ歩きです。

(2010年9月当時)

駅前を見下ろす

駅記事でupしていなかったので、ここでお送りとなるのですが、駅前の様子です。

タクシーの停止場所が区画されていますが、この時は1台しか停まっていませんでした。

あまり高い建物がない感じですが、駅からまっすぐの通りが伸びています。

あと、この左端に隠れている部分、広告塔のすぐ左のところにバス待合所があります。

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モンテディオ自販機

流石は山形、という感じでモンテディオの自販機がありました。

モンテディオっていうのは「山の神」を意味するんですね。

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ションベン小僧

駅前にあったションベン小僧です。

豆絞りの鉢巻巻いて服も着てました(笑

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最上徳内先生誕生之地

ションペン小僧の隣にあった碑です。

最上徳内(1754-1836)は江戸時代の探検家で、ここ村山の出身です。江戸時代にあって蝦夷地を9度も訪ね、単なる探検家にとどまらず、民俗学者としての側面も持ち合わせていた人物です。

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駅前バス待合所

駅前広場を隔てて向かいの位置にあるバス待合室です。

バスのりばもこのような待合室があるのとないのとでは全然違いますね。

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老舗

駅前の通り歩いてすぐの所にあったこの早川食堂。

随分と歴史ある所のようで、外装からもその様子が窺い知れます。

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駅前広告塔

しばし散策して戻ればすっかり真っ暗でした。

駅に着いた時点ですでに薄暗かった状態だったので…

東沢バラ公園は歩いて行こうと思えば行ける距離で、実際行ったのですが、真っ暗でここでお見せできるようなものが何ひとつ得られませんでした。

もうひとつは「伝承館まつり 長板そば三十三間堂」とりあますが、村山のそばのシンボルとなっている木製の器である「長板」という長いまな板のようなものの上に乗せたお蕎麦を多くの人が集まって食べるというものです。その長さは三十三間(約60m)という事からその名がついたようです。

まつりのサイトの写真見ると、結構豪快な風景になってます。

てなわけで村山市、いい時に来ればいいものに出会える町です!

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紀州鉄道/西御坊駅 (和歌山県御坊市)

和歌山県御坊市の紀州鉄道/西御坊(にしごぼう)です。

御坊市では既にJR御坊駅をupしていますが、今回は御坊市内のみで運行されている「紀州鉄道」の駅を取りあげたいと思います

-紀州鉄道/西御坊駅
【路線】
紀州鉄道線(御坊-西御坊間)
【開業】1932年4月10日
【訪問】2010年10月
【1日あたり平均乗降車人員】 113人/日 (2011年)
【近隣の主要駅(御坊方面)御坊駅→4駅

駅名標周辺

御坊市に初めて足を踏み入れたのが2009年8月で、紀勢線をぐるっと回った旅の一環で訪ねたもので、その時はJRの御坊駅だけ行ってすぐ引き返したんですが、翌年10月に再び御坊駅に来て、紀州鉄道の駅を見てみようと思って、ずーっと歩いていきました。

紀州鉄道は、御坊-西御坊間(間に3駅ある)2.7kmを結ぶ短い路線です。以前はこの隣にもう一駅、日高川駅というのがありましたが1989年に廃止され、現在は当駅がこの盲腸線の終着となっています。

木製の細い柱で支えていたり、あちこちいたる所に昔の面影を遺した駅まわりとなっています。

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時刻表

これは実は御坊駅での写真です。

朝夕晩は1時間に2本、それ以外は1本ずつといったところで、1日計21本になります。

全くのローカル線の割に本数あるかな、と感じました。

全てが御坊-西御坊間の折返し運転です。

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紀州鉄道の列車

1両のみのワンマンカーです。

たった4駅分、2.7kmのゆったり旅でした。こんな短い路線それまで乗った事なかったと思いますし、その後も乗った覚えがありません。そこらのバス路線より短いですもんね。

これも実は御坊駅にて。この写真と上の時刻表のみ御坊駅のもので、他は全て西御坊でのものです。

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車止め

今となっては終着駅につき、車止めが取り付けられています。

向こうは柵がされながら、更に線路が続いていて、この先に駅があった事の名残がハッキリと見てとれます。

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ホーム

ホームは僅か1面1線のみ。

典型的なローカル線で、それも市内2.7kmを結ぶのみとあっては、究極的なローカルといえます。折返し運転のみで、それも行き交う事もないという訳ですね。

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駅舎内

ベニヤ張りのような木製の壁面が続く、そこそこ広い室内となっています。

所々壁面が外れかかっているところにどこか哀愁を感じます。

それでもポスターは賑やかにあちこち貼られてありました。

こうして自転車が駅舎内に適当に置かれているとこもローカル鉄道ならではですね。

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西御坊駅 駅舎

数段の階段の上にある、いかにも昔ながらのローカル線の駅舎、という感じの建屋です。

駅を出るといきなり踏切で、駅前広場相当のものはありません。

ただ、駅舎内に自販機が置いてあったりはしています。

ホーム上の細長い建物はトイレでしょうか。昔うちにあった仮設トイレを思い出しました。

そこらじゅうが時の止まった雰囲気の西御坊の駅でした。

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2013年6月23日 (日)

長崎/松浦 松浦駅~松浦市役所

長崎県松浦市、長崎県で最も人口の少ない市で、松浦鉄道/松浦駅からの歩き旅です。

(2012年7月当時)

西肥バス 松浦ターミナル

松浦駅の記事に出ていた南口の駅前からまっすぐ歩いて100mほどの地点、駅からは最初の信号となる(この写真の突き当りが駅です)この角にある西肥バスのターミナルです。

西肥バスは佐世保市に本社を置き、肥前国の西側である長崎県の北部と佐賀県の北西部を主なエリアとして運行されているバス路線です。ここ松浦は営業所等ではなく、単にターミナルとしてバスが発着しているようです。にしても、すごく渋い建屋でした。

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銀杏ヶ浦の五輪塔

立っている札の左側のものです。

その多くの部分が室町期につくられたといわれています。宗家松浦3代清公の子が1270年代にこの地を治めていた為、彼を祀るために造られたとの説があります。

五輪塔もそうですが、その前の丸いものが謎で、またそのバックにあるレンガ建屋など、ハッと目を惹くものがこのひとつの視界に多数見られました。

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商店街

上の写真の角を右に曲がった所の通りです。

昔ながらの商店街の雰囲気で、こじんまりした商店が並んでいました。

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総親和の碑

昭和60年に建てられた碑のようですが、昭和30年に松浦市としてスタートし、市制30周年を記念してのものだそうです。

市民総親和の重要性を再確認する、その象徴的存在であり、月と鳥は市民の希望と福祉を象徴し、家は平和な家庭生活の象徴、その他地場産業や工業を象徴するものを表し、市の更なる発展を希望し、見届けていくもの、というところでしょうか。説明板が少々草で隠れかかっていましたが…

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時計塔

上の写真の碑があった所の公園の端、道沿いの部分にある時計塔です。

向こうには、「西九州自動車道の早期実現を」と呼びかけた広告塔が建っていました。

西九州自動車道自体は既に1988年より開通していて、福岡県福岡市から佐賀県武雄市までの約150kmを結んではいますが、松浦の部分は計画中の段階で、予定では2018年開通予定とありました。

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松浦市役所前 バス停

冒頭の写真にあった西肥バスの停留所です。

あの分が「松浦駅前」バス停扱いであり、その隣がこの停留所という訳です。

駅方面が1時間に1本程度のダイヤとなっていましたが、月~金曜のものでした。

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松浦市役所

思ったより立派な素晴らしい建屋でした。思ったより、というのは人口が2万台前半という所からの勝手な思い込みによるものです。

青い空に白くて角ばった建屋がよく映えていました。

それぞれ反対側から撮ったものです。

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松浦市章

松浦市の頭文字であるアルファベット大文字の「M」をモチーフに「産業創造」の未来へ躍進する都市の姿をダイナミックに図案化し、ハートの形で「個性」きらめく「交流(ふれあい)」と「ぬくもり」のあるまちづくりを表現しています。また、赤は太陽を、緑と青で豊かな自然を表しています。

…とあります。

ここでは色がついてないんで分かりにくいですが、上の小さな〇が本物の市章では赤く塗られており、曲線の左半分(内に入り込んでる方)が緑、右半分の外へ伸びている方が青となっています。

この頃TVで人気のBerryz工房「ももち」のももち結びみたいな形ですね(笑

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がんばらんば

長崎がんばらんば国体2014の大きな看板が出ていました。

来年10月に行なわれるそうですが、その中でここ松浦市では、なぎなた競技が開催されるとあります。

それにしても、この時は空が青々としていて何を撮っても映えてよかったな、とつくづく思いました。

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2013年6月21日 (金)

静岡/下田 マイマイ通りあたり

静岡県下田市、伊豆急行/伊豆急下田駅からの歩き旅です。

(2012年1月当時)

駅前みやげ物店

下田みやげ・民芸品って事で駅前にあったこのお店。

建屋が城郭のような宮殿のような不思議な雰囲気で目を惹きました。

下田は人口が少ない街ながら、歴史もあるし観光資源に恵まれていて活気があります。

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寝姿山ロープウェイ アップ

伊豆急下田駅下りてすぐの駅前広場からアップで撮ると、こんな風にロープウェイの上まで見えます。地上から約3分でここまで着くそうです。

寝姿山とは、女性の仰向けの寝姿に似ているところからその名がとられたそうですが、そう書かれると想像してしまいます(笑

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標識

これも駅前にて。

ペリーロード、下田はペリーの艦隊がやってきた地であり、その開国要求に応じて開港した(これにより鎖国解かれる)地でもあり、ペリーとは切っても切れない関係ですね。

下田に来たらば、やはり開国の歴史に触れなければ…と思い、歩きました。

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水仙まつり広告エリア

12月20日から1月末まで開催される「水仙まつり」のPRエリアが駅前にありました。

この会場自体は海に面した先っぽの瓜木崎というところですが…、その先っぽに300万本もの水仙が華麗に咲き誇るそうです。個人的に幼稚園の時、すいせんぐみだったので、思い入れのある花です。

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下田マイマイ通り

光りでよく分からなくなってしまっていますが、下田マイマイ通りと銘打たれたこの通り。

マイマイはカタツムリのマイマイからきているのですが、これもまたペリー来航で持ち込まれたものだそうです。それって外来種というやつですか、つまり…

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新田御陣屋跡

ここ下田は幕府直轄地で、三島代官所の支配下にあったといいます。1691年、三島代官陣屋が開設され、手代2人が詰めて、地方事務を扱った後、陣屋詰の韮山代官手代は常勤となり、代々片岡氏が世襲し、この片岡氏の陣屋を新田御陣屋と呼び、地方事務所の始めとなった。とありました。

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春水の松

陣屋跡のすぐ近くにあります。

この松は、村松春水翁が明治29年にこの地に医業を営んだ頃の庭木だそうです。医業の傍ら「唐人お吉」を起章したという人物で、下田に欠かせないというこの作品のなした功績は大きいわけですね。

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浄土宗海善寺 山門

豆州41番霊跡とありました。

1350年開創とされ、1590年に現在地に移ったといわれています。秀吉の天下統一の年ですね。

幕末期に当時の14代将軍・徳川家茂公が1863年に越年したという歴史を刻んだお寺でもあります。

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ラーメン倶楽部建屋骨組み

この記事最後は、このラーメン倶楽部の入っている建屋の素晴らしき骨組み?!です。

縦線と横線が織りなす模様と青空に薄暗い雲が覆う微妙なバランスが何ともいえない絵となっています。

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2013年6月19日 (水)

北海道/留萌 留萌駅前ちょいと行く

北海道留萌市、JR留萌駅からちょっとだけ歩いた様子です。

(2013年4月当時)

魚や

留萌駅前、駅からまっすぐ伸びた通り、一つ目の角周辺です。

ここ留萌で最も印象深かったのはこの「魚や」の文字でした。

駅にいた熊もなかなかのものでしたが、駅外で言えば断然この文字でした。

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駅前市場

上の写真で「魚や」の道隔てて向かいに写っていた茶色の建屋、それがこの駅前市場です。

青果や海の幸や色々あるようです。中に入ってみたかったんですが、ここでの滞在時間は約30分がリミットだったので、それよりも辺りを歩いて、より多くの景色を見る事を選択したのでした。何せこれを逃すと、次の電車は3時間後だったので…

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屋根つき歩道

駅前商店街は屋根つきの歩道になっています。

所々途切れて更地になっていたりもして、活気も正直「…」というところで、悠々と穏やかに歩く事は出来ましたけどね。

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栄町三丁目

という交差点です。

駅からまっすぐ通りを進んでところですね。

残雪が見えました。

前回記事の深川の次に寄ったのがここ留萌でしたが、その道中の電車内からも、とにかく雪雪という感じでホントによく目にしました。

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留萌観光案内所

同じ栄町三丁目交差点角にある観光案内所です。

何股にも分かれている交差点ですが、お勝手所「萌」とあります。

留萌だからでしょうが、それにしても萌える名前です。

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駅前ドライ

昔ながらという感じの建屋に、文字にも昭和感が満載という感じですが、45年間の長きにわたる営業を終えたと貼り紙がありました。いつ終了したのか分かりませんが、こういう店舗がなくなっていくのは寂しいですね。

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留萌市マンホール

この記事最後は留萌のマンホールです。

日本一の夕陽のまち、を標榜するせいかどうかわかりませんが、灯台が真中に立っていて、カモメだかの水鳥が飛び回るという絵になっています。

夕陽を堪能しようと思ったら泊まる気でゆっくり見なければ。そんな気になれる時が来るのかどうかですが…日本の全市の訪問が済んだら、一か所にじっくり居て楽しむ、そんな旅をしてみたいとも思います。

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北海道/深川 深川市役所・春の雪

北海道深川市、JR深川駅からの歩き旅です。

(2013年4月当時)

温水プール

駅を出てそのまま左(東)へ向かって程なく、このような温水プールの施設に出くわしました。

温水プール「ア・エール」です。

今年のGW訪問だったにもかかわらず、まだまだ寒かった北海道にあって、それは重宝する存在だと思います。

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蓬莱町線

駅南を東へ進むこの道路は「蓬莱町線」(市道蓬莱通線)と名付けられています。

歩道部分が川の流れのようになっています。

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深川市マンホール

深川は屯田兵が開発した街であり、その屯田兵が稲刈りをしている様子とバックには特産のリンゴが置かれている、という絵になっています。

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深川市役所

白を基調とした整然とした四角形で、正統派の建屋という感じです。

TVドラマに出てくる警察署の建屋ってこんなイメージを持っていますが…

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市役所前広場

市役所に対峙する位置にあたるこの場所、4月終わりにもかかわらずまだまだこんなに雪が積もっていました。

雪越しに市役所を眺めると、下の写真のように。このGWで見た最も高い積雪だったかもしれません。降雪がなかったのが幸いでした。結構寒かったものの。

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市役所前時計塔

雪に埋もれずに、周りは固められて、という感じで、この時は休日(GW真っ最中)でしたが、雪掻き等できれいにされたんでしょうか、こんなに雪のある所ないところハッキリしてるという事はそうなのかな、と。

ともあれ、時計塔の周りも雪が取り除かれた状態になっていました。

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ニョキッ

とここにも雪から出てくるように立っていました。

5月になろうという頃にもこの雪、さすが北海道です。

この前後にいずれも海外に行ってたので、北海道の素晴らしさをいまひとつ感じきれなかった(不感症気味??)のがいささか残念でしたが、こうして振り返ると素晴らしいと思えました。

という訳で、深川駅から深川市役所まででした。

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2013年6月17日 (月)

鹿児島/枕崎① 窓の外は海辺

鹿児島県枕崎市、JR枕崎駅からの、歩き旅…ではなく、この時はまずタクシーでこのホテルまで行きました。まぁそんなホテルでのカットを。
(2012年8月当時)

和室

2012年8月某日、前日は同じ鹿児島県の出水市のホテル泊で、チェックアウト後は鹿児島県の未訪市を次々と訪ねていました。阿久根市、いちき串木野市、日置市、姶良市、曽於市…などと訪ね、さて泊まり先はどうしようか?となって、鹿児島中央に一度引き返してきました。

そして鹿児島中央で迷いました。ここで泊まって翌日は海を渡って鹿屋へ行くか?指宿経由枕崎へ行くか…、、で結局、枕崎までもう直接乗り込んで朝を迎えよう、の結論になりました。時間的にダイヤ的にどうか?とか、人口少ないし宿あるのか??等々懸念材料ありましたが、いずれもクリアできると判断し、枕崎駅からタクシーで10分強かけてここまで来ました。

というわけでここは「枕崎観光ホテル」です。

久々に泊まった和室、くつろぎ感もひとしおでした。

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お菓子

部屋において頂いていたお菓子。

九州の最南端に近いこの地、半分異国気分になってました。どことなく純日本の菓子でないような…、そう思いながらこれを見ていました。

それにしても宿の部屋を頂いて、こうしてお菓子を置いて頂いているというのは度に疲れた心にはグッとくるものがあります。

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眺め

この部屋、めっちゃ素晴らしかったんです!

大当たりでした!!

玄関広々で和室で、風呂もトイレもあり、そしてこの縁側と机イス、更にはバルコニー、そしてそして…

真ん前に海が広がる一大パノラマ!

たまたま「じゃらん」で検索したら枕崎はここだけで、しかも駅から距離がありで、普段ならおよそ選ばない宿ですが、来てみて嬉しすぎる誤算でした!

この写真は宿泊翌朝のものですが、前の晩に見る海の景色と波の音、これがまたまた素晴らしかったのでした。

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外は海

窓を開ければこの景色、すごすぎます。

久々にこんな「HIT!」な宿に泊まらせて頂きました。

それぞれ上から左向き、正面、右向きの海辺の光景です。

枕崎の良い想い出は、このホテルに泊まった、という事だけでも十分でした。

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お世話になりました

泊めて頂いたホテル「枕崎観光ホテル 岩戸」の建屋写真です。

その2Fに部屋を頂きましたが、それでもあの海辺の風景を眺める事ができるとか、すごく得した感でいっぱいでした。料金忘れましたがリーズナブルで。

ちなみに駅からここまではタクシーで来ましたが、駅へは長時間かけて色々寄り道しながら歩きで行きました。

という事で、枕崎第一弾はここまでです。

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2013年6月16日 (日)

宮崎/えびの えびの駅から市役所まで

宮崎県えびの市、JRえびの駅からの歩き旅です。

(2013年1月当時)

駅前道

えびの駅からまっすぐ伸びた道路です。

市名を名乗る駅の駅前で、ほとんど何も無いに近い状態でした。

ここで徒歩圏域で何か観光しようというのは正直かなり厳しいと思います。

で、この道路ですが、宮崎県道30号線の「えびの高原小田線」です。

この近くのえびの市役所から、ずっと南下して約20km走ったえびの高原までを結んでいるという事で、この線に沿って20kmいけばえびの高原には行けるという事になります。

が、タクシーもろくに停まっていてなし、徒歩じゃ無理だしで、高原へ行くなら計画を立てないと、という事になります。

私の旅はそんな計画立てないし、同じ所に長いこと居ないのが原則なんで、こういう所へはよほどハッキリ行きたいという動機がない限り行きそうにもないですね。

まぁこんな道路から向こうに見える雄大な山々見てるだけで立派な旅した気分になるからいいかな、といつもそんな感じです。

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商店

上の写真の駅前通りを駅から100mほどで左折し程なく行けば、このような光景に。

ペットサロン&ホテルとパチンコ店、買い物するような店がホント駅近くに見当たらないとこです。

パチンコ店も人の出入りが全然見られなかったので、中どうなってんだろう…?と気になりましたが…、まずこの辺を歩いている人自体が皆無でした。

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廃屋

衝撃の光景ともいうべきものでした。

ここまできてまだ放置されてるのか、というぐらいの。

ある意味、えびのの地で見た最も印象深いものかもしれません。

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果てしなき線路

えびの駅より西にある踏切の光景です。

手前がえびの駅になるのですが、この向こうは果てしなく続く感じでした。

遮るものがないようですが、でもやはり遠くは見えなくなっていく訳で、1本だけ続くこの線路に哀愁や孤独を感じました。

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えびの市役所

前に階段のある建屋、ぐらいに思ってたら、その階段部分がすごく足が長くて、まっすぐの通路がしばらく続くという、ここへ来てなかなかの光景に出くわしたのでした。

この市役所の構造は、カタチ的に面白かったです。

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市役所建屋

どっちも階段だし、あの長い通路は何なんだろう、とか考えさせられますが、当時の感覚で作られたのでしょうか。時々こんなとこに通路あっても誰も通らない的なものもありますが、ここの場合はどうなのでしょうか…?

ここにも、えびの駅同様に「吉都線100周年」の看板がかかっていました。

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市役所入口

この魅力的な市役所、更に迫って入口部分まで来ました。

色々面白いものがありました。ドラえもんはじめ他は「??」と思うような謎のものが並んでいたり、両サイドの柱前にはそれぞれ牛と馬が置いてありました。

牛は、えびの産の宮崎牛、という事で、宮崎といえば口蹄疫で大変でしたが、その事を忘れないようにと給食に牛肉が出たニュースが載っていました。

馬の方は、「加久藤の馬」という事で、こちらは市内加久藤(かくとう)地区(まさにこの辺りですが…)は、戦前戦後通じての有名な馬産地としてその名を轟かせ、軍用・農用に重宝していたといいます。昭和40年代を過ぎると、農作業が機械化され、肉牛に取って代わられるようになったそうです。

駅前には何もなかったけど、こういう所に来れば、えびのの町ってこういう所か、、というのが分かり、収穫があって良かったとつくづく思いました。

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佐賀/多久 多久駅前の昭和

佐賀県多久市、JR多久駅からの歩き旅、ただ単に駅前をフラフラしてただけの探訪記です。

(2010年9月当時)

駅から目線

駅前(北口)、アスファルトの広場がひろがるだけでなんにもなかったです。当時まだ開発中の様子でもあったので、3年近く経った今は分かりませんが…

そんな中にバスが一台だけポツンと停まっていました。

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多久 バスのりば

「多久」と書いただけののりばです。多久駅でも多久駅前でもなく。

上の写真でバスが停まっていた地点です。広場が工事中だったせいか、バスが乗り入れてこず、広場向こうにあたるこの位置にバス停が設けられていました。

この道は線路と平行に走る道路ですが、実質これが駅前通りかなという雰囲気でした。

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更地中に

ポツリと家屋があって、それが木造であったりと、とにかく昭和臭に満ちた、それもつくられたものでなく、ごくごく自然な昭和臭に圧倒されそうでした。

正直、この多久で地場ならではのものは見れていませんが、こういう街並みだけで個人的には大収穫でした。

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路地を入ると

自然な昭和に出会えました。

駅前からちょっと外れた所でこういう景色を見るのが趣味、といっていいぐらいのレベルなので本当に惹かれる風景です。昭和に育ったという原風景的なものがそうさせるのか分かりませんが。

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▼多久市マンホール

多久市の花が梅で、市の木はカエデだそうです。それぞれ内側と外側に散りばめられています。

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またまた昭和

昭和を象徴するようなもの、発見しました。

ブルーチップ です。

買い物したら切手みたいなポイントのクーポンがついて、それを所定の台紙に貼って貯めていくという…親がよくやっていました。個人的にはグリーンスタンプと並んで、貼って貯めるセービングクーポンの両雄、というところです。

現在も両者存続しており、さすがに今はポイントカード制になっているそうですが、ブルーチップはいまだに紙のシートを一部使っているところがあるとか。台紙がPCからダウンロードできるようになっているところがさすが現代、という感じですが。

ちなみにブルーチップのアニメがつくられていました!→http://www.bluechip.co.jp/Campaign_anime.html

昭和の遺産であって、もうなくなったのかと勝手に思っていましたが、よくよく調べてみると結構違っていたりするものですね。

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商店街交差

手前を横切るのが京町商店街、向こうに続くのが砂原商店街です。

かつての栄華を感じさせる雰囲気ですが、多久は炭鉱の町として発展し、これが衰退するとこのような中心地街から人口流出が増え、中心地街の活性化ということで市が取り上げて活動している、と多久市のサイトにはありました。

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砂原商店街

上の写真でも向こうに覗いて見えていた部分で、直進して程なくの風景です。

軒の低い店がずっと並んでいました。

炭鉱のあった頃はここで買い物する人々も数多く居たのかな、と想像してしまいます。

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渋い建屋の続く道

商店街を抜けて駅前の通りに出てきました。

これを直進して程ない所を左折すれば多久駅です。

というところで、ものすごく渋い建屋群に遭遇しました。

続いてるすべての建物がもれなく渋いという、個人的に垂涎モノのエリアでした。

そのいちばん向こうにあったものを最後にピンでupします。

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2013年6月15日 (土)

高知/宿毛 宿毛駅から市役所まで

高知県宿毛市、土佐くろしお鉄道/宿毛駅からの歩き旅です。

(2012年1月当時)

宿毛駅前通

宿毛駅前広場から南へ進み、程なく交差する道路です。

交差点を右向いた所で、この先の方向は鉄道路線はなく、宿毛湾など高知の、というより四国の南西端の方へ向かう事となり、ここでは隣の東宿毛駅を目指して、これとは逆(写真でいう手前)方向を歩き進んで行きます。

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宿毛市マンホール

宿毛市の木がクスノキという事で、この花と葉っぱが前面に出たものでしょうか。市の花は寒蘭ということですが、それっぽいものは見受けられませんでした。

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国道56号と交差せん

とするところです。

やはり宿毛駅を南下し左折して直進し、高架線路もくぐり、という地点で、56号に入ると、愛媛県宇和島市へ進むか、反対側は四万十市へ進むか、になります。

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遍路道

宿毛→東宿毛への道中で、国道56号に差し掛かった所に出ていた案内看板です。

宿毛には四国八十八か所の第三十九番札所の延光寺というお寺があり、ここには目洗い井戸という眼病に効くとされる井戸があるといいます。

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小川

歩いていて出くわした小川です。

こんな景色も最近減ったような気がします。なつかしの日本の風景、ですね。

危険防止や景観やらで上から蓋をされ暗渠化することが多くなったように思います。こういう川を見て育った身としては寂しいですが、子どもにとって危険なのも確かなんですよね。

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陽のあたる…

家がありました。窓という窓封鎖してまず廃墟に違いないと思うのですが…

この色褪せっぷりが個人的に惹かれます。こういうのはホントシャッターを構える対象にことごとく入ってしまうのです。

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宿毛市役所

宿毛市役所まできました。

ここはもう隣の東宿毛駅からほぼまっすぐ北という位置で、市役所は宿毛駅よりも東宿毛駅の方が近くにあります。

さてさて、宿毛市の歩き旅第一弾はとりあえずこれにて。あまりこれという名所には出会ってませんが、鉄道のある市としては四国で最後に訪ねた所なので、見るものがあれこれ新鮮でした。

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西武/田無駅 (東京都西東京市)

東京都西東京市の西武/田無(たなし)です。

西東京市は東京都の中部、多摩地域の北東部に位置し、人口は199,028人(2013.5.1現在)で、2001年にこの駅のある旧・田無市と旧・保谷市の2市が合併し、21世紀で初めて新設合併により誕生した市、としてその名を歴史に残しています。

東京都25市のうち、5番目に人口が多いのですが、意外にも東京都で人口20万以上は4市のみ(八王子、町田、府中、調布)となります。

-西武/田無駅
【路線】
西武新宿線(西武新宿-本川越間)
【開業】1927年4月16日
【訪問】初訪問-2001年8月
【1日あたり平均乗降車人員】 73,739人/日 (2011年)
【近隣の主要駅(西武新宿方面)東石神井駅→4駅
          (本川越方面)小平駅→2駅

駅名標

初訪問は2001年8月、再訪は先週末の2013年6月、前回記事の小平駅から2駅の至近にあり、初回、再訪日全く同じで、駅の開業日まで同じです。

Y字に分岐する西武の路線図ですが、ちょうど分岐しているのが小平駅で、田無駅はその手前(右)2駅の所になります。

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タコちゃん自販機

田無駅に着いて真っ先にインパクトを受けたのがこれでした。

   ”西武鉄道駅員タコちゃん”

ナントこの田無駅勤務なのだそうで、オリジナルのサイトにアニメもつくられています。

なぜにこの田無駅勤務の設定なのか、というと製作のシンエイ動画(あの「ドラえもん」で有名な)の社屋がこの駅の近くにあるからと思われます。シンエイさんの社屋は実際見ましたが、ドラえもんに因んでの真っ青な建屋でした。

このタコちゃんは憧れの西武鉄道に入社し、駅員として奮闘している、そんなシーンが随所に出ているアニメでした。

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ホーム

高田馬場 西武新宿方面 などの、のりば表示が見えます。

ここからこの方向へ程なく行けば、じきに23区内に入ります。

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ホームから階段上がって、改札出る前の所で、改札とは反対向きの窓です。

上側の半円の部分だけステンドグラスが入っています。

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北口2Fから

2F部分北口に出て、同じ2F部分の通路周辺の様子です。

様々な店舗が並んで駅舎を形成している格好です。

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北口ベデストリアンデッキ

駅2Fと向こうに見えるLIVIN田無店とを結ぶ通路です。

1995年に田無西武としてオープンしたのがそのスタートであるといい、その後1999年に現在の西友が運営する形に業態転換しています。

連絡橋の真下にはタクシーがひしめき合うように停まっていました。

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円アーチ

個人的に田無駅前で印象強いものとして、この円形のアーチがあります。

北口の2F部分の左側から見下ろした所にありますが、左サイドの水溜め?といい、円形の多い、曲線美で見せるゾーンという気がします。

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2F北口左端から

上の写真よりさらに左、端まで寄った所から見下ろしたカットです。

駅前の通りの様子が分かります。

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田無駅 駅舎(北口)

北口を地平に降りて撮った様子ですが、なかなか全体像を撮りづらい駅舎で、2F分の連絡橋や駅前の木々がある為、どうしても分断されたカットになってしまいます。

ということで、2枚中の上は田無駅の文字が入った部分で、ここに出入口があり、実質的な駅舎部分といえます。先ほどまでにupした写真は殆どこの辺りから見下ろして撮ったものです。

下の写真はこれより左側のもので、駅舎というよりは駅舎とつながった各店舗が並んで駅舎を形成している、というところです。

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田無駅 駅舎(南口) 2013(上)、2001(下)

どちらかというとサブ側の南口駅舎です。

2枚載せていますが、上がちょうど1週間前、2013年6月の姿で、下が初めてここへ来た2001年8月当時のものです。

12年の時を経て、殆ど原型は変わっていません。まちがいさがし程度に少しずつ違っていますが、こうして同じようなカットを撮って、違いを比べるのもまた楽しい、と感じます。

この時は小平駅とここ田無駅、町田駅、武蔵境駅、と12年ぶりに訪ねて、それまでなかったデジカメ写真を沢山撮ってきたのでした。

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2013年6月12日 (水)

西武/小平駅 (東京都小平市)

東京都小平市の西武/小平(こだいら)です。

小平市は東京都のほぼど真ん中に位置し、人口は188,858人(2013.5.1現在)で、戦後急速にベッドタウン化が進み人口が急増しましたが、緑多い町でもあります。

-西武/小平駅
【路線】
西武新宿線(西武新宿-本川越間)
       拝島線(小平-拝島間)

【開業】1927年4月16日
【訪問】初訪問-2001年8月
【1日あたり平均乗降車人員】 36,533人/日 (2011年)
【近隣の主要駅(西武新宿方面)田無駅→2駅
          (本川越方面)東村山駅→2駅
          (拝島方面)東大和市駅→3駅


駅名標

初訪問は2001年8月ですが、撮った写真が1枚しか確認できず、つい先週末、このブログのロケハンよろしく行ってきました。という訳でupの写真は殆ど2013年6月のものとなります。

西武新宿線に属しながら、拝島線へも分岐するキー駅のひとつです。

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ロケーション

左から1本道が来て、Y字に分岐するその付け根に、この駅はあります。

いかに重要なキー駅かが分かると思います。

ちなみに下へ続く線が西武新宿線、浜田省吾の曲にもある路線名で、上へ分岐するのは拝島線です。

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ホーム

ホームは2面4線あります。

下の写真で走っている電車は西武10000系という車両でしょうか。

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彫刻の小径

小平駅を出てすぐ、駅前にあった看板です。

とりあえず周りに何があるのか知りたかったのですが、これのお蔭で行くとこが定まりました。緑地の道路がずーっと続いているというこの道、これは行くしかないでしょ、という感じでした。

ちなみにここへはバスでやって来て、電車に乗ったのでホーム内の写真を撮ったのは発時ですが、この駅周りの写真は着時です。バスはJR新小平駅から約10分で着きました。若干距離があるので要注意です。

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駅からの眺め

駅出で左端の方から駅前を眺めた様子です。

何といってもこの手前の高層ビルが一段と目を惹きます。

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駅前花壇

駅前広場の向こう側、線路と平行に走る道路に沿う形で広がる色とりどりの花園です。

個人的にこの駅で最も印象深いのがこのゾーンで、小平=この花園、と完全に刷り込まれてしまいました。

小平駅に来たらまずはここで癒されたい?!

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駅出入口

階段から少しだけ雨よけの屋根が伸びています。そのままタクシーのりばへとつながります。

向こうには西武の黄色い電車がチラッと覗いて見えました。

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小平駅 駅舎

典型的な橋上駅舎で、特に市の中心という雰囲気でもありませんでしたが、JRの新小平駅よりは規模は大きいです。

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小平駅 駅舎 2001

2001年夏、初訪問時の小平駅です。

上の写真は先週訪ねたばかりの小平駅なのでそこに約12年のくうはくがあるのですが、今も殆ど変わってないですね。

駅舎の右に見える自転車置き場が鮮やかな色に塗り替えられているところぐらいでしょうか。目立って変ったのは…。

すっかり変わった駅を見に行くのもいいですが、変わっていない事を久し振りに行って確認できるのもまた面白い、そう感じました。これまで1枚しかなかった小平の写真が今回沢山残せてホントに良かったと思います。

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2013年6月10日 (月)

石川/輪島 ふらっと訪夢

石川県輪島市、石川県の北端、能登半島に位置する小都市で人口は人口は28,227人(2013.5.1現在)で、輪島塗の漆器や朝市、そして御陣乗太鼓などが有名な町です。

元・輪島駅

輪島市には2002年8月に訪ねました。

で、市内でこの一枚しか写真を撮っていません。当時カメラ所持せず、「写るンです」を都度買って撮ってたんですが、この時に切れてしまい、新しいのも買わなかったから。当時は今みたいにあちこちバシバシ取らなかったので、足跡残した程度ぐらいですね、写真撮ったのって。特に写るンです、が切れかけの時は残り枚数気にしてたんで、必然的に内容も絞られる訳で…

タイトルにあるように「ふらっと訪夢」と表示されているこの建屋。

現在は「道の駅 輪島」ですが、今調べて驚いた事に2002年8月13日に登録されたといい、それはこの訪問の前日だったと記憶しています。全然知りませんでしたが…。

とにかく道の駅であり、バスターミナルのある所でもあり、輪島市の交通拠点です。

この1年半前までは鉄道駅として活躍しており、のと鉄道の輪島駅でした。が、2001年3月をもって廃止されてしまい、鉄道が通っている間に訪ねたかった、と当時思いました。同じ時期に訪ねた珠洲市はまだかろうじて鉄道駅として現役で、こちらは訪ねた後に廃駅となった格好で、来れてよかったなというところで、ある意味明暗分かれました。

金沢からバスでやって来て、この近くの輪島ステーションホテルという所に泊まったのも覚えてますし、当時買った輪島塗のコーヒーカップを今も時々使ってます。

さて…輪島市の風景写真をもっと増やしたいな、という気持ちも少なからずあります。この1枚だけじゃ寂しいので。でもいつになるやら…10年以上訪ねてませんが、何せ場所的にアクセスが辛く…、、でもいいところだし思い出もそれなりあるので、やっぱりまた行きたいです。
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2013年6月 9日 (日)

JR松江駅 (島根県松江市)

島根県松江市のJR松江(まつえ)です。

松江市は島根県の東部に位置し、人口は199,805人(2013.5.1現在)で、島根県の県庁所在地であると共に、山陰で最も人口の多い自治体です。つまり、山陰(島根・鳥取)では現時点で人口20万を越えてるのは、ここ松江だけです。(鳥取市は若干割り込みました)

宍道湖・中海と水資源の豊富な「水の都」で、全国に12ヶ所しかない現存天守をもつ松江城で栄えた城下町でもあります。

-JR松江駅
【路線】
JR山陰本線(京都-幡生間)
【開業】1908年11月8日
【訪問】初訪問-1989年2月
【1日あたり平均乗車人員】 4,364人/日 (2010年)
【近隣の主要駅(京都方面)安来駅→4駅
          (幡生方面)宍道駅→4駅、出雲市駅→7駅


駅名標周辺

他ならぬ暮らした事のある街の駅です。初訪問は平成になったばかりの1989年の2月、山陰で初めて訪ねた駅であり、この時点で訪ねた事のある駅数というと、10そこそこだったと思います。中国地方でも岡山に次いで2番目に訪ねた駅です、何せ初訪問時まだ18歳だったので。

その時の写真はないので、近年の写真(基本的に2007年訪問時)をupします。

まずはこの駅名標周辺のカットを。

売店もちゃんとあります。改札入るとここでしか買い物できない(改札内に店がない)ので貴重な所です。

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名所案内

城下町だけあって松江城が一番にきています。徒歩でも行けますが少々かかるので、バスで県庁方面へ行くと楽に着きます。また武家屋敷やラフカディオ・ハーンこと小泉八雲の記念館も有名で、岡山からここまでやって来る特急は「やくも」だし、八雲村(現在は松江市)など、「やくも」の名はこの辺りで当たり前のように通っています。

松江温泉は、私鉄である一畑電鉄の始点である「松江しんじ湖温泉」駅の所にあり、ここJR松江とは3km距離があり、バス移動となります。

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ホーム

ホームは2面4線の高架ホームです。

2枚中上の写真の右を走っているのが特急やくも号です。やくも号には昔からよくお世話になっていますが、とにかく振り子方式で走るので横揺れします。混雑で座れない時など気分が悪くなったりもするので、極力座った方がよいと思います。

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改札へ

高架ホームから下りて踊り場の部分、ここからさらに階段を下りて改札へ向かいます。

いまだに自動じゃないところがスゴイです。ここでも出札口に駅員さんが立ってました。今もこのスタイルは変わりません。

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南口駅前

どちらかというとサブ側になる南口、ですがタクシーは多く停まっています。

官公庁やお城周辺など見どころは殆ど北側にあり、バスも北側に集中しています。

南側は市内南部で開けている乃木地区や国道9号線周辺へ行く場合に利用が多いかな、というところです。

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南口東側

南口から左を向くとこんな感じで、向こうへ出て左折すると、高架の下をくぐる事となり、北側へ出られます。

右手前のホテルはα-1です。

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北口 駅出て目線

反対に北口です。

改札から出ると南口と北口に分かれており、高架下なので完全な吹抜け状態です。

で、こちらはメインの北口を出てまっすぐ向いたところ。向こうにも道路が見えますが、すぐに行き止まりとなり、メインの駅前通りというと、この信号部分で交差する(線路と平行な)道路にあたります。

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北口 バスターミナル

上の写真より左側を向いたところですが、バスターミナルがグルッとひと回り、よく整備されています。昔はもっと雑然としたイメージでしたが、随分路線も増えてシステマティックになったような気がします。境港行のバスなんかも出るようになって。

向こうのガラス張りの建物は「松江テルサ」(松江勤労者総合福祉センター)といい、2000年4月にオープンしました。'80年代にはあろうはずもありませんが、当時は自転車置き場が今のように地下になく、駅近くのどこかによく止めさせてもらったものでした。

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北口 一畑百貨店

今度は北口を出て右を向いた様子。

向こうにあるは一畑百貨店。一畑は電車やタクシー等々手広く事業をやってるこの辺では核となるグループです。このビルの前身はジャスコ松江店が核として入っていた「PINO」という商業施設で、この時はいろいろお世話になりました。

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松江駅 駅舎

北口の駅舎です。南口もありますが、正面切って駅名を名乗って堂々と駅舎らしく建っているのは北口、そんなイメージです。

高架駅で南北吹抜けという鳥取駅とおんなじ構造をしています。

昔は「松江-大阪 3時間xx分」みたいな看板が横長に出ていましたが、近年はそういうのなくなりました。ちなみに'89年に初めて来た時は4時間でした。それから4年で最短3時間2分にまでなった記憶があります。それから20年経ちますが、おそらく殆ど変わらないでしょう。

ついに、という感じですが、80年代に初訪問した町の駅をupできましたが、ここは魅力ある街なので、是非是非色んなスポットをこれからupできれば、と思っています。

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駅舎アップ

最後におまけですが、これのみ2004年に撮ったものです。

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台鉄/新竹駅 (台湾/新竹市)

台湾(臺灣)/新竹市の台鉄(臺鐡)/新竹(しんちく。「シンチュー」とよみます)駅です。

新竹市は台湾の北西部にある市で、人口は約42万人、日本人も多いという工業都市です。

-台鉄/新竹-(臺鐵/新竹車站)
【路線】
台鉄・縦貫線(基隆-竹南間)
        内湾線(新竹-内湾間)
      

【開業】1893年10月30日
【訪問】2013年4月
【1日あたり平均乗車人員】 14,209人/日 (2008年)
【近隣の主要駅(基隆方面)竹北駅→2駅
          
(竹南方面)竹南駅→3駅
          (内湾方面)竹東駅→7駅

駅舎

この駅は個人的には、記念すべき「生まれて初めて実際に見た海外の駅」です。日本国内2,000以上もの駅を見てきましたが、海外はただのひとつも見たことがなかったので、それだけに感動は尚更でした。

この時は電車利用はしていないので、駅外から見ただけ、訪ねたのもこの駅だけでした。

その後最渡台して、ひとり旅で色んな駅を巡りましたが、初海外で見た唯一の駅、それがまた台湾屈指の素晴らしい近代建築風の駅舎だったこの幸運には感謝するばかりです。

この駅を一番最初に見たからこそ、次また一人で来て色んな駅を見たいという衝動に駆られたのもまた事実です。

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駅舎アップ

中央部分に限定してのカットです。

車や人がかなり行き来してして、しかも異国で撮りにくかったところもありますが、この素晴らしい建物を撮らずにいられるか!ってなことで撮りました。日本にもこんな感じの素晴らしい駅はあるでしょうが、築100年でという条件が加わるとなかなかないのでは…と思います。

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生誕100周年

駅の開業は1893年で、今年で120周年となりますが、今のこの駅舎ができてから今年でちょうど100年になります。これを記念して看板がつくられたり、手づくりの立体切り絵のようなのが貼られていたりしてました。

実際この訪問の前月末である3月31日には駅舎建築100周年を記念してイベントも開かれたそうで、これらの写真のものはその残り香的な雰囲気を味わわせてくれます。

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駅前広場

駅から道路を隔てた所にある駅前の掘り込み状のスペースです。競輪場のような坂と平面で構成されています。階段部分もありますが。

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DRAGON

台湾では寺院なんかでもこんなドラゴンを見かける事がよくありますが、これは駅前の上の写真の掘り込み状広場を見下ろした地点にあるもので、外周に沿って長く胴体がつながっています。

向こうに見えるは太平洋SOGO、そごうの台湾店です。

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またまたDRAGON

一頭のみならずまだいました。

二頭のDRAGONがゲートの上の球を隔てて向き合っています。

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駅前通り

駅から通りが撮れなかったのもあり、通りに出てから駅側へ向かって撮りました。

左端に覗いて見えるのが新竹駅です。

駅前の通りは看板が実にカラフルで、いかにも海外に来た!という感じで、勝手に高まっていました。一度海外の景色を見てしまうと、国内の景色がどこか平板に見えてしまって最近ちょっと困ったなと思うのですが…、日本には日本の海外には海外の良さというものを噛みしめながら、これから旅を楽しみたいと思うのでした。

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京都/宮津② 最後の日本三景へ参る

京都府宮津市、京都/宮津 宮津駅前のようすに続く宮津市の記事です。

宮津市、というとあまりピンとこない方々もおられるでしょうが、日本三景の「天橋立」のある所、といえば分かるでしょうね。というくらい有名な、天橋立。

個人的には、日本三景の中で最後に訪ねた地で、最初は宮島(1992年)、次は松島(2000年)ときて、ここへは2004年7月にようやく初めて訪ねました。以下はその時の写真なので、もう9年も前の事になります。

天橋立物産店街

北近畿タンゴ鉄道の「天橋立駅」(宮津駅の隣駅)からすぐ、意外と駅近だったことをこの時初めて知り(この時はバイクで訪問)驚きましたが、腹ごしらえにと、この通りをふらふらと歩いてみました。
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食堂内

昼食を頂いたお店にて。

天橋立の地図や名産など張ってありました。

2004年当時、ブログもやってなかったしで、結構記録が雑です。記憶は薄れてしまうしで、この頃はSNSで写真あげるとかなくて意識もしてないしで、今から思えばよく写真撮っておけば…とも思いますが、食べ物の写真はうまく撮れなかったかな、とも思います。

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回転橋

天橋立海水浴場へ向かうこの橋、何気なしにボーッと見ていたから、真ん中を軸にして横へ時計の針のように回転し始めました。

昔、鳥取県境港の中浦水門という所の橋が「_」から「l」の状態に90°せり上がるのは見たことありましたが、回転したのはこの時初めて見ました。いずれもですが船が通行できるようにするためです。

これを見るのと見ないのとでは、ここでの観光に大きく差がつく?!ので、船の通行を待った方が良いと思います。

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日本三景碑

日本三景、という言葉は現代人が観光用につくった言葉、ぐらいに思っていたのですが、れっきとした歴史をもった言葉なんですね。

江戸初期の1643年に林春斎という儒学者が、現在の3地点を日本三景として定義づけているといい、その事がここに刻まれています。

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▼特別名勝碑

「名勝」とは「景色のよい土地」で、国指定の文化財のひとつであり、特別名勝はその中でも特に価値の高いもの、とされています。近畿地方では20箇所ほどありますが殆どが京都・奈良ですね。

ここが特別名勝に認定されたのは1952年の事で、日本三景同時だったそうですが、このうち世界遺産に認定されているのは現時点では宮島(厳島神社)のみです。

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案内図

天橋立公園として京都府立なんですね。

地図の真ん中のくの字状に入り組んだ部分は実際は長い一本道で、上からのここの見渡しが非常に素晴らしい訳です。なので平地であるこの部分を歩いていて特段素晴らしいとかいう事ではないです、いやまぁ由緒正しい建屋もいくつもあり、海岸線も見るに値しますが…

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天橋立海岸

夏は海水浴場として賑わい、この時もその真っ只中でしたが、ここはそのエリアから外れた部分で、のどかにのんびりと歩いていました。

股覗きができるのはリフトで上へあがってからです。この記事では平地部分まで。

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JR伊勢崎駅 (群馬県伊勢崎市)

群馬県伊勢崎市のJR熊谷(いせさき)です。

伊勢崎市は群馬県の南東部に位置し、人口は208,034人(2013.5.1現在)で、2005年に平成の大合併により人口が20万を突破し、2007年には隣の太田市と共に特例市へ移行しています。ちなみに「いせき」と読み、濁音はつきません。

-JR・東武/伊勢崎駅
【路線】
JR両毛線(新前橋-小山間)
    東武伊勢崎線(東武動物公園-伊勢崎間)

【開業】JR-1889年11月20日
    秩父鉄道-1910年7月13日

【訪問】初訪問2011年4月
【1日あたり平均乗車人員】 
          
JR-5,193人/日 (2011年)
          東武-5,690人/日 (2011年) ※東武は乗降人数
【近隣の主要駅(新前橋方面)前橋駅→3駅 
          (小山方面)岩宿駅→2駅 
          (東武動物公園方面)太田駅→7駅


駅名標

ここは「いせさき」と濁音なしですが、往年のヒット曲「伊勢佐木町ブルース」で有名な横浜市の伊勢佐木町は「いせざき」と濁ります。ちなみに神奈川県の中央に「伊勢原」という市があり混同しやすい、と個人的には思っています。

隣の国定駅とは幕末期の侠客で知られる国定忠治のあの国定です。「赤城の山も今宵限りよ」という名セリフにある赤城山の麓にあるのが国定村であり、現在は伊勢崎市に属しています。
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電車

白っぽい色を基調に上にピンク、下にはピンクや緑の入ったものが停まっていました。2枚の写真の下側のはラッピング入ってるのが見えます。107系というもので1990年前後に生産されたものだそうです。

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ホーム

写真はJRホームですが、2面3線の高架駅で、下へ降りる事で改札へ行き着きます。

JRの両毛線に属していますが、東武伊勢崎線の終点でもあります。ただ東武のホームはこの写真中になく、一度駅を出てからすぐに別に東武の駅舎があり、そこから入る事となります。

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東武駅舎を見下ろして

JR高架ホームから南口側を見下ろした様子です。

写真中央の矢印の建屋が東武伊勢崎駅の駅舎です。

JR駅出てすぐの狭苦しい立地であり、その他諸事情から?!なかなか正面から撮りづらいので、こんな形で東武駅舎を御紹介です。

今はこうして離れていますが、2010年3月までは同一改札だったという事で、この写真のちょうど1年前までは一緒だったんですね、来た時はそんなこと思いもしませんでした。確かに周辺工事中ではありましたが…

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南口駅前

先ほど見下ろした南口を出てすぐの通りです。

どちらかというとこちらがメイン側でしょうか。東武の駅はこの左手前に位置します。

昔からの商店街の名残りか多くの灯をもった街灯が立ち並んでいますが、駅すぐ前は更地が多い状態でした。工事で周辺の開発をしていたのかもしれません。それにしても20万都市の中心駅前にしては寂しい様子と感じました。

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伊勢崎駅 駅舎(南口)

上の写真から反対向いて撮った感じのカットです。

出入口は右に隠れた部分で、東武駅もその右側にあります。

駅舎は2010年に高架駅として供用されましたが、2011年4月時点のこの写真でまだ工事中の部分が広く見られました。また、この部分広場エリアもままならない状態で、駅前ホントになんにもありませんでした、2年経った今は分かりませんが…

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北口駅前

反対へ回り北口の駅出てのカットです。

ビックリするほど何にもない…、ホントに20万都市か?と目を疑いましたが…

片側だけならまだしも両側とも活気に欠ける雰囲気で、中心地の衰退化によるものでしょうか、昔からの中心地と聞きましたが。駅舎も改築直後という事でこれから開発が進めばいいのですが。

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伊勢崎駅 駅舎(北口)

どちらかというとサブ側になるかなという印象ですが、駅設備的にはメイン、そんな感じの北口駅舎です。南口にはないロータリーと立派な佇まいのいかにも駅舎という感じの建物。20万都市の中心らしい駅に生まれ変わる、そんな象徴といえます。

窓の模様が印象的で筋交いの通った窓がジグザグしながら、手前に屋根がつきだして菱形の窓で突き当りの部分を形成しているアート感のある建屋です。さすがは新駅舎。

しかし建屋ばかりが大きくてタクシーが少なく、周りも何もない状況、ちなみにこの写真だけは翌2012年8月のもので、1年4ヶ月前とほぼ変わりありませんでした。

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伊勢崎駅 駅舎(北口) 2

同じカットですが、こちらは2011年4月、初回訪問時のものです。

この時は全体的に撮れたものがなかったので、翌年再訪時のものを先にupしました。

上と比べてもほぼ一緒ですね、、

ともあれ、これからの伊勢崎駅前に期待してまた訪ねたいものです。

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2013年6月 7日 (金)

JR熊谷駅 (埼玉県熊谷市)

埼玉県熊谷市のJR熊谷(くまがや)です。

熊谷市は埼玉県の北部に位置し、人口は201,078人(2013.5.1現在)で、2007年8月に国内最高の40.9℃を記録したことで知られています。埼玉県北部の中心都市で人口20万の特例市です。

-JR・秩父鉄道/熊谷駅
【路線】
JR高崎線(大宮-高崎間)
      上越新幹線(大宮-新潟間)
     秩父鉄道本線(羽生-三峰口間)

【開業】JR-1883年7月28日
    秩父鉄道-1901年10月7日

【訪問】初訪問2000年2月
【1日あたり平均乗車人員】 
          JR-30,644
人/日 (2011年)
          秩父鉄道-5,808人/日 (2010年)
【近隣の主要駅(大宮方面)行田駅→隣駅 ※新幹線では大宮駅→隣駅
          (高崎方面)深谷駅→2駅 ※新幹線では高崎駅→2駅
          (羽生方面)行田市駅→2駅
          (三峰口方面)寄居駅→10駅



駅名標

ここ熊谷は個人的には埼玉県で初めてやって来た街で、2000年2月まで遡ります。

この記事では2011,2012年にそれぞれ寄り道した時のカットを中心にupしていきます。

で、こちらは在来線の駅名標です。

在来線では高崎線のみですが、新幹線で上越新幹線が通り、また秩父鉄道も通っています。

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新幹線駅名標

こちらは新幹線の駅名標で、隣が大宮駅になっています。

埼玉県の新幹線駅はここに表示されている3駅のみで、本庄早稲田、熊谷、大宮の3つです。

在来の駅名標はラインの真ん中がオレンジですが、新幹線のはこのように緑一色なんですね。

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写真つき駅名標

長野県の駅によくあるようなタイプですが、写真つきの駅名標です。

在来線のものですが、写真は「熊谷うちわ祭」のものと思われます。毎年7/19-23の5日間行なわれるという夏祭りで、今年も来月には行われるのでしょう。

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新幹線ホーム

ホームの様子ですが、これは新幹線ホームで、左側に新幹線が覗いて見えます。

右が11番線、左が12番線ですが、13番線まであります。

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在来線ホーム

在来線は2面4線ありますが、その一角のカットです。

JRのホームはあまり撮ってなくて、在来線だとこれくらいかなというところです。

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見下ろせば

JRから秩父鉄道側へ移動する途中の通路から見下ろしたカットです。

この駅では色とりどりの電車を見た覚えが確かにあります。

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秩父鉄道ホームから

秩父鉄道へと乗換の為やってきたホームからのカットです。

沢山電車停まっていて、風景としては面白いものがありました。

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駅前風景

高層の建屋が軒を連ねていて、20万都市の中心駅前に相応しい街並みを形成しています。そういえばこのブログ初の人口20万越えの都市駅upとなりました。累計アクセスが先日20万の大台を越えたために載せました。これからもっと大都市の駅前を載せていきます。

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熊谷駅 駅舎

これまた20万都市の中心地に相応しい大規模駅舎で、新幹線停車も納得の規模です。

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熊谷駅 駅舎 in 2000

このカットのみ初訪問した2000年2月時点でのものです。

今と全く同じ駅舎です。

この時のこれが自分にとって埼玉県で撮った初めての写真だったと記憶しており、思い出深いカットとして今も心に刻まれています。

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2013年6月 6日 (木)

JR高田駅 (新潟県上越市)

新潟県上越市のJR高田(たかだ)です。

上越市は新潟県の南西部に位置し、人口は199,805人(2013.5.1現在)で、新潟県では第3位の人口を誇る特例市です。1971年に旧・直江津市と高田市が合併してできた市で、2005年には、周辺の実に13もの町村との合併を果たしています。

-JR高田駅
【路線】
JR信越本線(篠ノ井-直江津間)
【開業】1886年8月15日
【訪問】2008年8月
【1日あたり平均乗車人員】 2,307人/日 (2011年)
【近隣の主要駅(篠ノ井方面)新井駅→4駅
          (直江津方面)直江津駅→2駅


駅名ホーム柵

ここへは2008年お盆に来ましたが、夜にやって来て宿泊し、翌朝はバスで発ったため、駅内のカットは夜のものしかありません。そんな訳で夜でも見るに堪えるようなカットを探してのUPとなりますが御了承ください。

「日本三大夜桜公園」と銘打たれた高田城のある高田公園、これは楽しみ!と着いた夜に思いました。実際翌朝行きましたが、お城もこのイメージ画のようなもので、ホントいい風景でした。

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駅名標あたり

こんな感じ、という適当なカットですが、看板が色々とついていました。

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改札周辺

改札を出たところのカットです。

「妙高山」というお酒があるんですね。地酒の看板、地方都市ならではです。

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駅出るところ

駅舎から出て、ひさしの下といった地点です。

天井部分の骨組みの続いた様子が一種のアートを作り出しているようです。

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駅出て目線

駅から駅前通りを眺めた様子です。

ど真ん中が広幅になっていて、向こうにツインの建屋が見えており、その向こうに駅前の街の部分が見えます。

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高田駅 駅舎

上越市には2つの中心駅があり、共にかつては市の中心であってそれが直江津とここ高田でした。それぞれの名前はあっても、現市名である「上越」の名は流石にありません。

宮殿のような洋風に見え、また城郭のような和風にも見える何とも不思議ないでたちの駅舎ですが、見たらインパクトが大きく、訪ねて損はないところだと思います。

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2013年6月 4日 (火)

大分/津久見 昭和の香りの商店街群

大分県津久見市、JR津久見駅からの歩き旅です。(2010年8月当時)

大友宗麟公像

津久見駅前にあったこの像、一見して明治大正期の偉人像だと思いましたが、まさか戦国武将の像だったとは!

冑もちょんまげも見受けられないしで。やっぱりそこはキリシタン大名だからでしょうか。

大友宗麟(1530-87)は豊後国の戦国大名で、勢力の拡大や縮小を経て、秀吉の天下統一目前の頃に病没しましたが、その地がここ津久見だといいます。

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駅前通りを眺めやる

先ほどの宗麟像を遠目に、駅から駅前通りを眺めた様子です。

右手前に白い3F程度のビルがあり、その向こうもこの程度の建屋が軒を連ねていました。

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昭和通り商店街

駅にほど近いところにあったこの昭和通り商店街、今や昭和も遠くなり昔チックな名前に響いてくる、年を経るごとにそのように感じます。昭和っぽい建屋の店が多く見られました。

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sense of the dance

津久見には「扇子踊り」というのがあるそうで、ポスターが貼ってありました。

この10日ほど後が当日でした。

元々は約450年前、大友宗麟の治世だった頃、戦没した勇士や農民の供養のために踊られたのが始まりといわれています。

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威厳あるもの

駅近くの商店街の一角、そんなに人で賑わう通りとは思えませんでしたが、ポツリとありながらよく見るとすごく威厳ある佇まい、素晴らしい建屋ですね。

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昭和の残り香

昭和時代はれっきとした現役の店として軒を連ねていたと思われる通りに出くわしました。今ではすっかりシャッター商店街となっているっぽい雰囲気で、いくつかは営業してるとは思いますが…

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商店街

こちらはある程度空いてる店も見られた商店街、金融機関などもあったりします。

それでも並んでいる店たちには昭和の香りが色濃く漂う、そんな雰囲気を持ち合わせていました。

津久見市の歩き旅では、商店街に見惚れたというのがまずあったので、ここにお見せしました。港町でもありますが、陸地はこうして楽しむのがひとつかと…

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2013年6月 3日 (月)

高知/安芸 安芸駅前チョットだけ

高知県安芸市、土佐くろしお鉄道/安芸駅から

ほんのちょっとだけ歩いた町の様子です(2006年10月当時)

駅前通り

安芸駅前のロータリーの端から駅前通りを眺めた所です。

ちょうどロータリーの分岐してるところで、この向こうへ続く通りは、車道の脇はブルーの帯でペイントされています。

駅前からいきなり市街地という感じで、並木道が続きますが、高い建物はさほど見受けられませんでした。

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功名が辻にちなみ

大河ドラマ「功名が辻」五藤吉兵衛ゆかりの地・安芸とあります。

この訪問当時、2006年は大河ドラマで「功名が辻」が放送されていました。この時も色んな土地行きましたが、功名が辻に色んな形で因んでたのを思い出します。

で、ここの場合は五藤吉兵衛(1553-83)(五藤為浄)という武将のゆかりの地で墓所があるそうです。山内一豊に仕えていた武将であった為「功名が辻」の名が出たのでしょうか。ご当地高知県なので、何かしらこの名が使われたのかもしれませんが…

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R55 土佐東街道

安芸駅から駅前道を南へ100㍍余りの地点で交差するのが、この国道55号、土佐東街道といわれているこの道路です。交差点を右折して程ないこの地点は「ヤマカ」というホームセンターが左手に見え、その向こうには四国銀行があります。

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安芸市観光案内図

安芸では駅から200~300m歩いて引き返したような格好ですが、最後は安芸駅へ戻ってきた時のものですが、安芸市の案内図です。

ナスの山地なんですね、ここは。

ハウス園芸地帯というのが所々に見られます。

隣の「球場前駅」は阪神タイガースのキャンプでお馴染みの安芸市営球場が目の前に見えます。

安芸市は安芸駅前をチラッと歩いただけで、もっと安芸ならではの場所を訪ね切れていないのですが、いつか機会があればもう少し詳しくめぐりたいものです。

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2013年6月 2日 (日)

長野/飯山 飯山駅前に思い馳せ

長野県飯山市、JR飯山駅からの歩き旅です。(2012年8月当時)

飯山駅横

さて、飯山は個人的には長野県で最後に訪ねた市で、ここへ降りたった事をもって長野県の市全制覇となった、これはそんな時の写真です。

「仁王門をつくっています」という事で、旧善光寺の仁王像があるそうですが、当時は絶賛工事中で、この11月には完成したそうです。後で写真で見ましたが、真っ黒の仁王像でした。

という訳で、今では飯山駅前の名所のひとつになっているのでしょうか。

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五嶋慶太翁碑

これも飯山駅前にあった「五嶋慶太」翁の大きな石碑です。

五嶋慶太(1182-1959)とは、東急電鉄の創業者で、鉄道会社を次々と買収し、鉄道事業においては阪急電鉄の小林一三氏と並び称された人物といいます。

ご当地長野の出身であり、また大正期に当時なかなかここ北信地方で認可が得られなかった鉄道事業の認可を得る事に奔走した人物といわれています。

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標識

駅の近くにあった標識です。

どうやらここから左方向に色々なものがあるようで、必然的にこの見えている道路の先は進まず、左へ左へと進む事となりました。結果的には隣の北飯山駅まで歩いて行ったのですが…

飯山市の人口が22,000ほどという事で正直何かがある街という期待はしていなかったのですが、これはちょっと面白そうだ!とわくわくしつつ進んで行ったのでした。

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飯山駅前バスのりば

駅の近くにあるバスのりばはかなり年季が入っているようで、屋根が右肩下がり風になっていました。近くを通っていたバスもこんな色柄でした。

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機関車

飯山駅から北飯山駅方面へほんの少しだけ歩いて、公園越しに保存してあった蒸気機関車です。

C56の129とあります。

D51がデゴイチなら、C56はシゴロクと呼ばれているそうです。

C56は昭和10~14年の間に164台つくられたそうで、この車は昭和13年2月に福島県の会津若松機関区でデビューしたそうです。その後昭和26年にここ飯山機関区にやって来て20年余り活躍を見せ、昭和47年10月にその役目を終えたとありました。

日本が力強く成長していく過程と共にこの車も活躍を続けていたのでしょう。退役後40年の時を経て今もこの「保存」という形で生き続けています。

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飯山市のマンホール

雪ん子姿の少女たちが1本杖スキーをしている様子、という事で、雪国らしいイラストです。

斑尾高原という有名なスキー場のある飯山は長野県スキー発祥の地ともされています。

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信玄の落とし処

蒸気機関車のある公園の端部分に設置されている公衆トイレですが、この中に思わぬタイトルと案内板が!!

「信玄の落とし処」と。

この両者は一騎打ちでの対決が像になっていたり、ここにあるように主従二騎のみで命からがら逃げたりとか、両者殺し合う事ないまま命ギリギリの戦いを続けていた様子が窺えます。

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ここまででも駅から5分と歩いていない状態ですが、飯山、なかなかいい感じでした。

この先は伝統産業と出会える通りに行き着きます。いいとこでした。なかなか。

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