富山/滑川 滑川駅周辺のようす
富山県滑川市、JR滑川駅からの街の様子です。
(2008年8月当時)
▼駅から目線
駅記事の写真が少なく、こんな写真も載せていませんでしたが、駅から見た駅前広場とその向こうの通りの様子です。
ロータリーの真ん中は大きな石が置いてあるものの、公園的なエリアではなく、植込みを作っている程度でした。
▼滑川宿みちしるべ
駅前にあった説明板です。
滑川は北国街道の宿場町として栄え、滑川の地名が初めて見られたのは鎌倉幕府開府直前の1186年とありました。
「滑」は低湿地や沢沼地を意味し、これに「川」なので、筋金入りの?!水辺地名なんですね。
写真は明治41(1908)年の駅開通時のもの、昭和49(1974)年当時の駅前の様子などが紹介されています。昭和49年でも駅前は木造の建屋ばかりだったようで、その頃に訪ねたかったと思いました。
自分が大人といわれる年齢に到達したのが平成に入ってからなので、こういった景色になんとなく覚えはあったとしても、色んな街を巡って、こういう姿をあちこちで見るという事はできないんですよね、その頃になるとだいぶ現代に近い姿になってしまってるんで…
▼駅前通り
駅からのびている道路、県道139号となっています。
市の中心駅ですが、サイドは建屋よりも街灯が立ち並び、それ以外はひっそりとした印象でした。
▼遺構
昭和時代の往時をどこか思わせ、今はもう廃墟になったと思われる建屋…
滑川に居たのはそんな長くないし、写真も数えるほどしか撮ってませんが、個人的に滑川で最も印象的な写真です。昔はこんなとこで飯食ったりとかしてたような…幼少時のおぼろげな記憶中枢?!をかすかに刺激してくれる、そんな建屋でした。
▼バス停
厚生連 滑川病院口というバス停で、複数の標識が立っていました。
片方は富山地鉄バス、もう片方は「のるMy Car」とありました。滑川市のコミュニティバスですが、富山弁の「乗るまいか」と、マイカーのように使ってほしいという願いとを掛けてこの名前になったとありました。
今からちょうど5年前であるこの当時は、7ルートで1日5便ずつほどありましたが、今はどうなっているでしょうか。と思ってサイトを見ると7ルートは若干の変更がありながらも維持されていました。
ちなみにこの地点は、市民交流プラザ「YELL」前であり、コミュニティバスの中心拠点でもあります。
▼滑川市マンホール
あまり歩き回っていないので早くも最後の写真となりますが、このマンホール、北アルプスを背景にし、ホタルイカ漁の様子を描いたものとなっていました。
ホタルイカは体に1000個もの発光体を持つとされ、普段は深海部に暮らしていますが、春になると産卵のため海面近くに来るそうで、滑川の海面にはホタルイカの群れが青白い光を放ち、その神秘的な光景を見せる滑川の海面は天然記念物にも指定されているとありました。
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