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2014年2月の12件の記事

2014年2月26日 (水)

鹿児島/曽於 たからべ・まちあるき

鹿児島県曽於(そお)市、JR財部(たからべ)からの歩き旅です。

(2012年8月当時)

Img_4322●財部駅バス停

「曽於市思いやりバス」と銘打たれています。市のコミュニティバスで、ここ財部駅から医師会立病院までの約50分の路線、1日に4便が出ています。

もうひとつ、左側に背の低いバス停標識が立っていて、こちらは「曽於市思いやりタクシー」とありました。何コースかありますが、こちらは週に3日の運行で、月水金、火木土のような形で1日2便といった感じでした。一応市の中心駅のバス停にあたるんですが、ほとんどなかったですね。

ちなみにこのバス停は「駅」となっていますが、停留所の場所的には駅前広場の向こう側、広場を越えて、駅前通りの始点の角に位置する形でした。

Img_4324

●曽於市MAP

財部駅前にある曽於市の観光案内図です。

形からすると東北地方のある県のようにも見えますが、この地図では下が北のようで、市の北端を東西にかすめるようにして線路が走っています。

財部駅はこの地図の左下部分にあるので、市の北東部に位置する事になります。

市内の名所につき番号を振って説明がなされていますが、この駅の近くには残念ながらありません…、そんな中を歩き旅しつつ何かを見つけようという訳ですが、さてさて何か見つかったのやら…

Img_4325●歩き出す

財部駅前の通りを歩き始めたところ。

ビタワンの、この犬の看板が懐かしいですね。昔はもっといろんな所でこの看板を見かけたもので親近感を覚えたものですが、さすがに少なくなりました。

駅前通りというものの、建物はまばらで商店街っぽい街灯はついてはいるものの、商店が連なる通りでもない感じで、寂しげな印象は否めないところです。

Img_4329●思いやりの曽於市へ

ようこそ

って事で、コミュニティバスにも「思いやり」とあったように、思いやりの街なのでしょうか。曽於市思いやりふるさと寄附というのもあり、曽於市を応援したいと思う人々からの寄付金を募っていたりします。

ちなみにこれは道路上の大きな看板ですが、弥五郎どん祭りって豪快そうだし、流鏑馬なんかもあるんですね。ここの付近じゃないんでしょうが…

Img_4333●財部町

旧自治体名である「財部町」の残る部分、向こうは児童公園となっています。

Img_4338●財部支所

曽於市役所の財部支所です。

財部駅から200mも歩けば、すぐ前まで来れます。

縦線の印象的なすばらしい建屋でした。旧郡部とは思えないような。

Img_4340●閉町記念碑

市支所前にある旧・財部町の「閉町」記念碑です。

開町の記念碑はよくあると思いますが、町という自治体の終わりを記念しての碑は初めて見たように思います。

という事で、平成17年6月30日に町を閉じた旨の宣言がなされています。明治22(1889)年に財部村としてスタートし、大正15(1926)年に財部「町」となって以来、80年を迎えようとする時、財部町単独で生き残るのは大変厳しい状況につき、という事で「曽於市」としてスタートするに至った、とあります。閉町する月での人口は10,687人とありました。

そんなこんなで、財部駅から財部支所までの様子in曽於市でした。

2014年2月24日 (月)

島根/安来 かつての栄華を垣間見

島根県安来市、JR安来駅からの歩き旅です。

(2010年11月当時)

先に書いておきますが、ここんとこブログ文面に色が付けられなくなっている(Htmlもよう使いません)ので、同一色の文面になりますが、御容赦願います。

Himg0311●安来駅前交差点

駅前の交差点の様子です。駅前はほんの少しの距離を経て程無く国道9号線に入ります。

Himg0317●語臣猪麻呂 像

「かたりのおみ いまろ」と読みます。安来郷長と肩書が冠されていました。

この郷長である猪麻呂の娘が波打ち際を歩いていると、突然ワニザメが襲ってきて落命し、猪麻呂は四日四晩かけてこのワニザメを射止め、娘の敵討ちを果たしたといいます。

このサメを鉾で刺し、晒した姿が月の輪という弦月形に似ていたところから、月の輪神事として受け継がれているといいます。神話の世界は残酷な話が多いですが、それだけ過酷な出来事の下に今の世の中は成り立っているというのでしょうか。

Himg0323●安来中郵便局

和風の建屋が郵便局とは思えない雰囲気を放っていました。

いわゆる「本局」ではなく、ATMは土日は土曜午前しか開いていないようです。安来駅からは最も近い郵便局と思われます。 

Himg0327●大市場商店街

かつての栄華を感じさせる雰囲気でした。

昔は栄えてたけど、今は若干の哀愁が感じられる、そんな雰囲気でした。あくまで個人的感想ですが。

大市場、というその名前からも往時は多数の商店で賑わっていたのかな?と想像せずにはいられなかったです。

Himg0330●一風亭

「安来懐古館一風亭」とありました。先ほど出た大市場商店街の通りにあります。

安来の中心地活性化の拠点として開設されたもので、刃物まつり、月の輪まつりの休憩所に、一風亭自体の企画イべントやその他さまざまな用途で使われてきたといいます。  

Himg0336●安来ショッパーズ

株式会社丸合というところが経営するスーパーチェーンのひとつで、鳥取中部から島根東部までを主に展開しており、その店舗数は約30にのぼるといいます。2Fにはダイソーが見えます。

安来といえば「プラーナ」というショッピングセンターもあり、山陰在住時は時々TVCMで流れていたのを見たことがありました。

Himg0340●安来市商工会議所

ごついコンクリート造りの建屋です。

商工会議所ってどこの市で見ても結構特徴的な建屋というか、目を惹くものが多くて、新たに市を訪ねたら見つけるようにしてるもののひとつです。 


Himg0342●この自販機は…

なかうみマラソン全国大会の支援自動販売機とありました。ここの収益はマラソン運営資金に充てられるそうで。

マラソンランナーがどじょう掬いの格好をしてます。

安来といえば「安来節」=どじょう掬いの里であります。 

Himg0343なかうみマラソンは昨年11月に第9回が開催されていました。

ハーフマラソンや10km、5km、2kmと幅広い距離が用意されていて、親子マラソンやウォーキングなどもありました。

安来探訪1回目はとりあえず、ここまでとします。

 

 

2014年2月17日 (月)

山梨/中央 東花輪に西花輪

山梨県中央市、JR東花輪駅からの歩き旅です。

(2013年2月当時)

Dsc07634●中央市マンホール

中央にはシラサギ、その周りに桜とレンゲソウ、外周にはまた桜、という配置になっています。

そしてまた外周には中央市の記載と2006.2.20の日付が銘打たれています。これは中央市が成立した日であり、3日後にはちょうど市制施行8年を迎えます。

Dsc07631●駅前道

駅からの通りです。駅から、というより、駅出て左から出ている感じの道路ですが、駅前の通りに相当する事は確かです。

タクシー会社等あるけど、他は何にもない…そんな印象でした。 この先何があるのか?あえて深く調べもしなかったので、未知(毎回未知状態で何かを発見するのも、楽しみの一つにしているので…)ですが、どこかへ歩いてみないと始まらないので、まずはこの道を向こうへと進んでみました。

Dsc07636●商店街の雰囲気

上の写真の道を徒歩1分くらい進むと、商店街独特の(ここにあるような)街灯が見られますが、住宅が多い街並みで、更に進んで行く事で、このような商店の多い街並みに出くわす事となります。

 

Dsc07638●田富花輪局

更に進んで、東花輪駅に対して「西花輪」という交差点(駅から約300m)にあるのがこの「田富花輪郵便局」です。

看板からして、旧田富町での中心局のような雰囲気か、と思っていましたが、「田富局」という別の曲があり、そちらの方が本局でした。

Dsc07641●田富学校前

のバス停です。

西花輪交差点を右折し、200m余り進むと、田富小・田富中に至り、これらを含めた形で田富「学校」というバス停名称にしたのでしょうか。

バスの名称として「山交タウンコーチ」とありました。山梨交通の関連会社で、甲府方面と鰺沢方面とに1日平日は8本、土日祝は5本という極少ダイヤです。

Dsc07644●博多ラーメン店

この建屋の左端の博多ラーメン店でお昼ご飯を頂きました。

山梨で博多ラーメンですが、とりあえず食べれる所探してたのでお構いなく入らせて頂きました。 そんなに沢山飲食店がありそうになかったので。

Dsc07647●中央市田富庁舎入口

というバス停です。

おなじく山交タウンコーチのバス停。

庁舎「前」ではなく、「入口」というところがミソで、庁舎へはやや距離があります、300m程ではありますが。

庁舎前はまた別にバス停はありますが、これはコミュニティバスです。

Dsc07662●田富局

田富花輪局とは少し離れた位置(結構近いですが…)にある、これが田富の本局です。

庁舎入口バス停から庁舎方面の道を進みました。そこは田んぼだらけのとても市庁舎付近の風景とは思えないものでしたが、そんな中にこの局はポツンとあります。

Dsc07659●塔

田富局のそば、まさに田んぼだらけの所に1本高い塔?があり、向こうは雪景色の山々です。富士が近い事を思わせてくれます。

Dsc07664●中央市立田富図書館

中央市のこれまた中央、いや中心的な存在と思われますが、図書館です。

丸い建屋がとっても特徴的でかわいらしいものでした。

Dsc07670●時計塔

中央市役所の庁舎の見えるところに入り、公園内の一角にこのような時計塔がありました。

4ヶ所から円弧を描いて上へ伸び、ベルの沢山ついた円形で結ばれて、その上に時計があるという、なかなか凝ったデザインのものでした。

Dsc07683●中央市役所

中央市田富庁舎とあったそれですが、市役所です。

旧・田富町役場で、2階建ての低層ながら、カクッとした力強い雰囲気の?!建屋でした。

しかし、東花輪駅からこの市役所までの道のりを記事にしながら、地元ならではという感じなのはマンホールだけだったかも?!あと冬山が垣間見えるのも少々、といった感じですが、これら含めすべて中央市という街の風景です。正直この後も特別すごい所へは行ってませんが、富士が近くに見える圏域で山々を見ながら歩く、そんなところにこの街での旅の楽しみ方があるのかもしれません。

 

 

韓国/釜山④ 釜山港で帰れ

韓国/釜山広域市、4番目の旅記事は釜山港近辺の様子です。

実は帰る時に撮ったものですが、旅記事は順不同であり、これで終わりではありません。

(2013年8月当時)

Dsc06864●港が見える

初韓国(現時点でも1度しか行った事ありませんが…)は博多港から「ビートル」での海上渡航でした。入国時はかなり雨が降り、また写真の撮り勝手がどんなものか探っていたので、その時の写真がありません。

で、帰りに撮ったのですが、釜山地下鉄/中央駅が最寄りです。入国時は港から釜山駅へバスが出ていたのを飛び乗ったので、釜山駅から港行きのバスもあるでしょうが、何処から乗るか不明もあり、また地下鉄めぐりもしていたので、地図上で最寄りの中央駅まで来たのでした。ここから港の方向へ歩いてすぐで海が見えます。

ただし、この写真の景色が見えるところまで来てしまうのはNGです。釜山港の国際ターミナルへ行くには中央駅から直進すべきところですが、ここでは途中で右折してしまっています。船が停まっていたので騙されましたが、ここは近海への航行のための港へ続く道でした。

Dsc06865●FERRY

大きなフェリーが停まっていました。

こんなのがあったら、帰りの港はあっちの方だ!と勘違いするというもの?!です。この時は気づきもせず、出航1時間前に着くかな?とか思いながら歩いてました。

Dsc06866●韓国の猫

ここに来る前に西面(ソミョン)でもチラッと見かけましたが、韓国の猫です(笑 特に日本と比してどうこうなかったんですが。この時ちょうど、この木の囲いをジャンプして茂みに隠れんとするところでした。

Dsc06870●石碑

読めそうでよく分からない、なんて書いてあるんでしょうか?子音の特殊なやつが読めないと難しいですね、「マルエルケサルジャ」とでも読むのでしょうか??

 

Dsc06871●ターミナル?

着いた!と思って勇んで行きました。
しかし不思議なくらいに人の気配がない…10時の出航で9時になろうかというところでしたが、それにしては…という感じでした。

Dsc06875●ターミナル?!2

正真正銘のターミナルだ!と思いました。

看板をよく読めばよかったんですが、この時はハングルの最初の2文字が「釜山」になってるな、くらいにしか思いませんでした。よく見ると、「沿岸」の文字が…。国際ターミナルではなくて、ここは済州島などへ行く「沿岸ターミナル」だったのでした。しかし、この段階でもまだ気づかず…

Dsc06879●ターミナル屋内へ

おそろしく人の気配のない中、扉の中に入り船を待とうとしました。しかし本当に人がいませんでした…、さすがに「おかしい!」と思いました。ここまで気づかなかったのはこの旅行での日本出国時、博多港で開いていない人のいないターミナルで朝早くから待っていたもので。

ただ博多港は施設そのものが開いてなかった状態で、開いてから続々人が詰めかけてきたのに対し、ここは既に開いてるのに誰もいない…、10時出航まで1時間ほど、「おかしい!」は確信になり、ここでやっと地図を見ました。「沿岸ターミナル!」…。

それまでは間違ってるはずないと思い、地図も見ませんでした。何があるわ分からないものですね、ホントに過信は良くない、思いました。間違ってここでずっと待ってたら、いやもしここに中途半端に人が居たら安心してもっと気づくのが遅れ、少なくとも乗船手続きまでは気づかなかったでしょう。日本へ帰り損なうとこでした…、幸い国際ターミナルまで徒歩10分弱の距離だったので、これだけ引き返すだけで済みましたが、ホント大変でした。

Dsc06880●引き返し

釜山港国際ターミナルまで引き返してきました。

中央駅からそのまま直進していれば、すぐ着いたものをこれが国際ターミナルとは思いもしなかったので…

ゲートが素晴らしいですね。国際港だけあってそういうところを意識してこんな大きな門をつくってるのかな、そんな感じでした。

Dsc06881 ●入口

左に写っている緑の歩道を歩いて進んで行く事になります。

大きな塔状の標識は釜山…しか読めず、下の英語の部分見た方が早かったという事に。イミグレーションですね。

Dsc06883●ターミナル!

正真正銘、釜山港国際ターミナルです。

三角の鋭角が突き出ていたてっぺんが印象的でした。

入国時はターミナル出てすぐの地点で釜山駅行のバスに乗ったので、この辺りの景色が全然見えずでした。

13852639264072●冷麺

最後はこの冷麺!

港のターミナルで乗船手続きを終え、土産も買い(客引きがなかなか凄い…)、手荷物検査場へ行く前になんとか食べておきたいな、と、いうことであまり時間があるとはいえない中でターミナルの手荷物検査場前の飲食店で頂きました。「レイメン」と言ったら通じました。というか、ターミナル全体的にそうですが、日本との航行が主なので施設内の大抵の所はそれなりに日本語が通じます。冷麺はおいしかったのですが、酸っぱいのが個人的に?な感じでした。これも異国の食文化なので、そう思って頂きました。

間違って沿岸ターミナル行った時は、日本に帰れない危機すら感じましたが、間違ったおかげで沿岸ターミナルの景色まで撮れたのでラッキーだと思えば…でした。これくらいはトラブルに入らないかもしれませんが、全く順調よりも面白い旅になったかな、というところでした。この後、フェリーに乗り、サヨナラ釜山!しました。

また、釜山の街の様子で未upが残っているので、順次あげていきます!

台湾/台北② 隻城夜市をウロウロ

台湾/台北市にある「隻城夜市」に行った時の様子です。

ちなみに台北①はコチラ

(2013年5月当時)

今回から少々載せ方を変えてみます!

Dsc01609●横断幕

臺北夜市として前面に出ており、右端に隻城街夜市と出ています。

この前に公館駅前で「公館夜市」を見ていたのですが、結局何も買えず、ここでもなかなか手が出せずにいたのです。値段は書いてないし、いくら取られるのかな?みたいなのが結構ありました。それに金の受け渡しもちゃんとできるかな、という不安も。

なんだかんだで結局は一品だけは注文して食べる事とはなりました。個人的に台湾で唯一、夜市を堪能した場所です。

Dsc01604●隻城街

Lane10巷、と表記がありました。

住所表記では、巷の次に号があったので、巷は日本でいう「番」に相当するのかな、と。

ちなみにこの夜市の場所は、MRT中山國小駅と民権西路駅の中間、ホテルルートイン台北から徒歩5分もしないほどの至近です。

Dsc01597_2 ●市の様子

基本人混みなので、あまり正面切って撮れる状態ではありませんでしたが、様子だけは記録にも残しておきたくて少々引いてのカットです。夜の10時過ぎまでこの辺り何周もウロウロしてましたが、夜でも衰えない活気を感じました。こんなのが習慣的になっているというのがすごいですね、特にお祭りでもないのに。

今考えると、かなり無防備な状態でウロウロしてたな、と思いました。まぁほぼ手ぶらに近かったし、格好がみすぼらしかったんで狙われる事もなかったかもしれませんが…。

手前を横切っているのは優良タクシーです。この時の台湾旅行でタクシーを利用したのは桃園駅から桃園国際空港へ向かった時のみでしたが、親切に対応してくれました。相場から見てもボラれてはいないようだし…、いや、つい海外だとそう考えてしまうもので…。

Dsc01600_2●現烤玉米

夜市で唯一、買ったもの「焼きとうもろこし」です。

言葉も通じないし、値段もよく分からないし、ボラれるのでは??の心配もしながら、恐る恐る指差しオーダーしました。

店はおぱあちゃんが1人でやってた感じでしたが、先に「金を出せ」といった感じで手を出してきたので、幾らかわからぬままにとりあえず100元札出してみたら、30元のお釣りをくれました。70元(250円ほど)だったんですね。 金を渡したら、おばあちゃんは慣れた手つきで、これを機械に固定し焼き始めました。

Dsc01601●焼きとうもろこし

これがその中身です。

独特のタレがかかっていて、旨かったです。

夜市の端の机つきの座席に腰掛けて、ただひたすら黙々とこれを食べてました。

ちなみにこの通りの存在は、泊まっていたホテルから裏通りへ出てみたらたまたま行き着いて知る事となったもので、海外で裏通りへ不用意に出るのはタブーともいえるので、おススメはできませんが、結果的にこういったよい成果を得ることにもなるかな、と。たまたまいい結果になったもので、国柄等把握できない時点では注意しなければ、と自分で振り返ってみても思いました。あと、衛生面が気になる方は十分チェックしてから食べるかどうか決めた方が良いと思います。ここもまた必ずしも日本基準とは違うので。

でも、せっかく来たんなら何かひとつは食べてみたいものですね。

2014年2月16日 (日)

JR飛騨古川駅 【再】 (岐阜県飛騨市)

岐阜県飛騨市のJR飛騨古川駅です。

以前、JR飛騨古川駅として記事upした事がありますが、1999年初訪問時の駅舎だけのものだったので、2013年11月、14年ぶりに再訪した時のもので改めて詳しく御紹介したいと思います。

駅名標周辺

「飛騨古川」という事で、現在は飛騨市ですが、かつては古川町ということで、旧国名を冠している形ですが、結果的に旧自治体と新自治体の合名のようになっている珍しい駅です。

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名所案内

この町のおススメはやはり、古川の街並みです。

前回1999年の訪問時はこの存在に気づかずに駅前を少し歩いただけで帰ってきてしまったんですが、数年前にこの街並みの存在を知ってから、再訪したいしたいと思ってきました。それで14年ぶり再訪となった訳です。当時は郡部でしたが、現在は「飛騨市」として売り込みやすくなったかもですね。

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ホーム

2面3線のホームは跨線橋によって繋がれています。

下側の写真は駅舎側のホームですが、古い街並みをウリにしている表れか壁の腰の部分が「なまこ壁」模様になっています。また、向こう側は線路をまたぐ自由通路となっており、駅舎へは片側しか出口がない状態です。

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ホーム看板

「飛騨古川」として大々的に看板が出ています。99年当時はこんなのあったか…?記憶の片隅にもありませんが。ちなみに左上の祭の写真で肝心の月の部分が切れていますが、「4月」です。名所案内のいちばん上に書いてある「古川祭起こし太鼓」の写真です。

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海抜

は493mとありました。

岐阜からの距離が約150kmです。

ちなみに減圧症という病気にかかると海抜500m以上の地点に行くなといわれるそうで、そんなのを見たことがあります。気圧低下の影響で血管が閉塞する、との事ですが、そう考えると旅行でこういた部分が制限されたりして、辛いものがありますね、

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駅入口

出入り口付近のカットです。

扉の上に板看板で「飛騨古川駅」と表記されている部分をハッキリ撮りたくてのカットです。

旧式の郵便ポストが傍に置かれています。建屋の腰の部分は駅ホームにもありましたが、やはり「なまこ壁」模様でした。

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駅から目線

駅舎を出てすぐの所、まっすぐに見た様子です。

真ん前にホテルがありました。 「飛騨古川スペランツァホテル」

'99年に来た時、ここの駅前にこんな大きな建物あったかな??と思いましたが、オープンは1995年という事で、既にあった事になりますね。記憶にない…(笑

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飛騨市観光案内所まわり

これは駅舎とは別の建屋で「飛騨観光案内所」として独立しています。

駅はこの写真の右に隠れた位置にあり、いわば横並びの格好です。

この建屋の前にタクシー乗り場があり、駅舎の前には逆にない状態です。

下側の写真はその建屋のひさし下の通路のカットですが、なかなか立派なつくりをしています。これも'99年初訪問時は全く存在していた覚えがありません。いつできたものかよく分からず、当時の有無も分かりませんが…。

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駅舎と観光案内

駅前の通りから振り返って、左に観光案内所、右に駅舎という形でのカットです。

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飛騨古川駅 駅舎

こんな横に長い建屋だったかな?と久々に訪ねて感じましたが、とにかく初回の訪問時はここの事はかなり田舎だと思っていたようです我ながら。

古い街並みは観光スポットとして十分機能していましたし、飛騨市へ行くならまず見ておきたい場所だと思います。地元のおそばにも注目です。

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2014年2月15日 (土)

島根/江津 江津駅、からの海岸

島根県江津市、JR江津駅からの歩き旅です。

(2013年3月当時)

商店街MAP

江津駅前の商店街MAPとして、大きな看板が出ていました。

玉江〇丁目商店街、という名の商店街が大半を占めています。

江津駅を中心として線路に沿って街が開けている格好で、駅の真ん前の通りは、玉江三丁目商店街として最多の店舗数を誇ります。

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駅前の道

左に駅舎が見えていますが、線路と平行に続く道、玉江三丁目商店街の一角でもあります。

向こうへ行くと、玉江四丁目商店街となります。

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マンホール

雑な撮り方ですみません、左には桜とつつじが配され上は星高山という山、その下は江の川と新江川橋、という構成になっています。

星高山には、学校の夏休みに相当する期間の夜、山のてっぺん付近に☆マークの火文字が灯るといいます、約1000個の電球群ですが…。大文字焼きみたいなイメージですね、見た目には。

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五左衛門並木

江津市の名所の一つといえる存在のこの松並木。

かつて、この江津の沖田屋七代目である横田五左衛門美啓は、享保の大飢饉の時に私財を投じて、難民救済のため耕地造成とその耕地を海から吹く風に乗る砂から防ぐために、防風林としてクロマツを植樹し、これを成し遂げました。

その松林が300年の時を経た今も、この江津の浜辺に息づいているのですね。

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日本製紙 正門

製紙業界で国内2位の日本製紙、そのケミカル事業本部の工場としてこの江津事業所があります。

ここでは溶解パルプなどを主に生産しているそうで、中でも精製度が高く、セルロース含有量の多いパルプなのだそうです。

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江津工業高校

就職率100%を謳う江津工業高校の門からのカットです。

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江津工グラウンド

江津工といえば、70年代~80年代前半にかけて主に中日ドラゴンズで活躍した三沢淳投手の出身校です。

三沢投手はここ江津工業から新日鉄広畑を経て、1972年に中日に入団、以後中日の主力投手として80年代半ばまで活躍したアンダースローの投手で、特筆すべきタイトルは獲っていないものの2ケタ勝利を5度も記録し、9回2死でノーヒットノーランを逃した事もあります。中日で挙げた白星としては歴代9位となる105勝を挙げた輝かしい実績を持ち、後に衆議院議員を1期務めています。江津の公立高校からプロの世界に入った稀有の存在でもあります。

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海への道

江津工などの通りから少しそれるだけで、このようなあぜ道に入り、その向こうは海です。

江津市の他の駅の近くの海岸は見た事あったのですが、江津駅から気軽に海へアクセスできると思ってなかったので、なんだか意外でした。

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江津の海

江津では黒松海水浴場等の海岸がありますが、江津駅付近の海はこんな様子です。

特に海水浴場的なものではないですが、海辺の景色はいつどこで見てもいいものですね。

ここまでの江津の姿は江津工と海と松の様子、という感じですが、「江」も「津」も水に関わる言葉で、それをキーワードに旅するのもいいな、とも思いました。

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2014年2月 9日 (日)

台湾/新竹② 新竹駅への道!

台湾/新竹(しんちゅう)市、「台湾/新竹 新苑名流都会館の夜」に続き、今回は屋外につきお送りします。

初の屋外カット

これこそが、私が海外に行って初めて撮った屋外でのカットです。

これより先にホテルの部屋から外の様子を撮ったカットはありますが、実際に外へ出て、ちゃんと街の様子を撮ったのがこれが最初です、厳密にはこの前夜に暗い中、ケータイで撮ったのが最初ですが、それは公園風景であり、海外っぽさが感じられないものでした。

この風景を肌で感じて、中華圏に来たな…という事を改めて実感させられ、「海外に来たんだ!」と高まったものでした。

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電気店も

ホテルを出て最初の角に当たる位置、NikonとかSONYとかの看板が続いています。正面から文字の見えている「手機」というのは携帯電話の事のようです。

とにかくどこへ出ても店が並んでいる通りで、逆に一般家庭が全然見受けられない状態でした。

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東門城

新竹の駅から徒歩5分程度、新苑のホテルから出ても5分程度ですが、周辺の色んな通りを一つに結ぶ円状のロータリーのようになった中心地にある建物です。

1733年、かつての「清」の時代に新竹城を守る城壁を造る際に建てられたそうです。日本でいえば江戸中期ですが、周辺の建造物はすべて取り壊され、この建物だけが残り、修復されて現在に至るそうです。

海外でこういう建物に迂闊に近寄るのもためらわれたんで、あまり近くまでは行ってませんが、地下にも遺構があるそうです。夜はライトアップされていて、きれいでした!

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東門橋

上の写真の東門城はこの隠れた左手前に位置します。

この道路が向こうで左カーブをえがいていますが、ずっとこれが続いていて、円状のトラックになっています。そして、そのトラックから枝分かれするように、色んな通りが走っています。

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またまた通りへ

円状のロータリーから別の通りへ。

またも、これでもかってぐらい字の書かれた看板の店がずーっと軒を連ねていました。

手書きっぽい字体?!のも多くて、実に惹かれます。

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スクーター群

台湾といえば、スクーターです。

とにかく、この動きときたらハンパないです。車も怖いですが、路地を横切るのもスクーターの動きをよく見ておかないと、日本みたいに渡ってるからといって停まってくれないので、ホントに要注意です。

道路を走るスクーターの様子を見て、日本基準で考えると、正直戦闘的なイメージを受けると思います。

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東門郵局

という名のバス停になっていますが、その郵便局はこの右に写っている縁が緑の建物です。「郵局」として、その横に「POST」と表されています。

手前の看板の「請勿停車」は"駐車しないでください"という意味のようです。「人行道」というのは、人が通る道、歩道ということでしょうか。

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郵便ポスト

緑と赤に分かれていました。台湾方式のようですが、赤は特殊郵便用で緑が普通郵便用だそうです。それぞれに2つの口があるのは、新竹地区とそれ以外とをここの時点で分けるというものです。

ポストが日本と似ていても、色や仕分け方が違っていたりで、そこにまた文化の違いが見えて、やっぱり海外を旅するのって見分が深まっていいな、と今更ながら思いました。初海外が年齢的に遅くなってしまいましたが、何事を始めるにも、始めて遅いという事はない、というものですね。

そんな感想をもって、本記事終了とします。

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沖縄/糸満 遥かなる糸満港!

沖縄県糸満市、沖縄本島の最南端に位置し、人口は58,366人(2014.1.1現在)で、糸満漁港をもつ港町にして、「ひめゆりの塔」をもつ平和祈念のまちでもあります。

初めて行ったのは1997年2月、自己初の沖縄訪問時でしたが、2014年1月に約17年ぶりの再訪となり、写真はこの時撮ったものを御紹介していきます。

糸満バスターミナル

今年一月、沖縄本島の市で唯一未訪だった南城市を訪ね、玉泉洞等を観光した後、バス停から乗りこんでいた先がこの糸満でした。行く予定でもあったので、とりあえず良かったです。

てな訳で着いたのが、この「糸満バスターミナル」。市の交通の中心的存在です。南城から来た時は、この建屋の向こう側から降り、那覇へ発つ時は建屋の手前側から乗りました。

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車庫まわり

バスの待機場には数台のバスが並んでいました。

そんな中、那覇行きのバスを待っていました。建屋から見て違う角度の場所でバスを待っていたら、気づかずに乗り過ごしてしまったので、この右の柵が見えてる部分で待っておく、という事を認識しておかねば、です。

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時刻表

消えてしまってて何書いてるか分からない部分がありますが、「糸満線 時刻表」とありました。左側が平日、右が日祝日ですが、そこそこ本数はあります。那覇行きのようですが…。

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降り口

玉泉洞から来た時、この柵側に降り立ちました。

いちばん最初の写真のちょうど反対の角度になります。

無事故達成「●64日」と表示がありましたが、この写真では肝心の百の位の数字が見えてないですね(笑、ちゃんと見るの忘れてました…

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事務所入り口

ここのターミナルは室内で待って良さそうな雰囲気ではなかったので、終始建屋外で待っていましたが、ここの中は特に事務所っぽい(部外者が中に入れない?!)雰囲気でした。

沖縄バス株式会社の糸満「出張所」という扱いなんですね。

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自販機

上の写真でも写っていましたが、沖縄の自販機を見てると、左上にある「霧の紅茶」の500ml缶が占めている事がよくありました。ペットボトルの印象はありますが、このてのもので缶が売ってるのって逆に新しい感じがしました。持ち歩きを考えるとペットボトルの方が機能的で、いいなとは思うんですが。

あと「さんぴん茶」、沖縄に行く度これを飲んでます。沖縄で飲まれているジャスミン茶であり、これの中国語が転じたものといわれていますが、中華ジャスミン茶より香りが控えめだそうです。

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糸満自動車学校

バスターミナルのほぼ向かいにある教習所です。

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糸満港!

17年前、初めて沖縄に行った時にも立ち寄ったこの糸満港、漁港の風景はこことは少し違う場所にあるのですが、当時とおんなじ光景で、なんか妙に落ち着きました。

沖縄なんで、冬の寒さはないんですが、写真だけ見てると妙に荒涼感がありました。

とにもかくにも糸満、デジカメでようやく風景を収める事が出来(これが一番の目的!)、それだけで満足でした。

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2014年2月 8日 (土)

JR松本駅 (長野県松本市)

長野県松本市のJR松本駅です。

松本市は、長野県の中西部に位置し、人口は242,933人(2014.1.1現在)で、国宝として名高い松本城を有する城下町で、県都・長野市に次ぐ長野県第2位の人口を誇る特例市です。

-JR松本駅
【路線】JR篠ノ井線(塩尻-篠ノ井間)
      大糸線(松本-南小谷間)
      アルピコ交通上高地線(松本-新島々間)

【開業】1902年6月15
【訪問】初訪問-2006年9
【1日あたり平均乗車人員】 JR-15,864人/日 (2012年)
              アルピコ-1,762人/日 (2010年)
【近隣の主要駅】 (塩尻方面)塩尻駅→5駅
           (篠ノ井方面)明科駅→2駅
           (南小谷方面)豊科駅→8駅
           (新島々方面)新島々駅→13駅

駅名標と名所案内

ここへは初めて訪ねたのは2006年9月で、次は6年後の2012年8月に訪ねています。初回時は松本城を見たりしてそこそこ旅しましたが、2回目はほとんど宿泊のみという感じでした。
写真は混在で載せますが、この下の2枚は上2012年、下2006年です。以下、あまり変わっていないと思われる部分は撮影年を割愛しますが、2006年時は駅が工事中だったので、その辺りは変わってるかもしれません。
長野県の都市駅らしく、駅名標は全面に写真がついています。(松本城とお堀)

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ホーム
2012年のホームです。
0番線~7番線まで、4面8線もの広大なホームを有し、ここに写っているのは右側が2番線、左が3番線です。
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正面口
2006年当時の正面口の様子です。
標識の右端部分には「松本電鉄 上高地線」と旧社名で表示されています。今から見ると時代が感じられていいですね、とってもさりげない違いではありますが、名称が変わったのが2011年なので、たった6年でもこれだけの変遷がある、という事を思い知りました。

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自由通路2012
2012年の自由通路の様子です。
2007年に松本市が市制100周年を迎え、その前後に色々と改装がなされています。
2012年はすっかりリニューアル後で、2006年は色々中途半端な姿が垣間見えました。

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プロ野球公式戦横断幕
DeNA-中日戦が松本市野球場で行われるという事で、大々的に幕が張られていました。
この幕は色んな意味で歴史や時代を物語る!撮った時からその事を意識してました。
DeNAというチーム名になった事、中日に高木監督が写っている事、その他いろいろ…こういう写真ほど後になって振り返ると懐かしさ満載です。
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駅前広場2006
2006年当時の駅前広場周辺の様子です。
アルプスの城下町、というなんとも和洋折衷なフレーズの広告塔がありました。

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駅前広場2012
こちらは2012年の様子です。
撮ってる位置が違う事もあり、なかなか比較はできませんが、時代により少しずつ変化していくもの、かなと思います。

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松本駅 駅舎2006
2006年当時の駅舎です。
改装工事中の様子がよく分かります。
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松本駅 駅舎2012
そしてこちらが6年後、2012年夏の駅の様子です。
松本駅、と書かれた名標の左側に通路とその建屋がつくられているのが見えます。2006年当時工事中だったものですね。
この町に来たなら、やはり国宝・松本城がいちばんのおススメですが、他は各人の想い想いで観光を!と思います。

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2014年2月 7日 (金)

MRT/龍山寺駅 (台湾/台北市)

台湾/台北市のMRT/龍山寺駅です。

-MRT(台北捷運)/龍山寺駅-
【路線】MRT板橋線(西門-府中間)
 

【開業】
1999年12月24日
【訪問】2013年5月
【近隣の主要駅(西門方面)西門駅→隣駅、台北駅→2駅
           (府中方面)板橋駅→3駅

駅名標

台北のMRT路線図、駅構内にあるものです。

龍山寺と書いて、「ローシャンシー」と読み、ここでは英語訳なのか「TEMPLE」の文字も続いています。信濃川が「SHINANOGAWA RIVER」というように(笑

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路線図等

路線図や周囲の地図や駅構内の様子です。

路線図ですが、当駅の位置は真ん中部分を横切る青いラインが、縦に走る赤いラインと交差する所(台北駅)から、左へ2駅分行ったところになります。

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ホーム

ちょうど電車が走り去るところのカットが撮れました。

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観音菩薩

駅の地下構内にありました。

この駅は地下街的なものが多少あり、その一角に置かれていました。

日本のより顔が人間っぽいというか。仏チックじゃないというか。これもまた異国のものを見る楽しさだと思います。

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マッサージ

これも地下の様子です。

按摩とあり、日本でも近年あちこちに見られるようになったマッサージの類かなと。

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駅前広場

駅地下から上がった先の公園的な広場です。

御年輩の方がギター弾いて、周りの方々が歌ってたり、和む光景が見られました。

写真の先に見えているのが、この駅の名でもある「龍山寺」です。

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駅前の街並み

「吉野屋」があります!そこに一番最初に目が行きました。

年季の入った建屋が多いな、と感じます、台湾の街はどこへ行っても。

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龍山寺駅 駅舎

地下鉄駅ながら「駅舎」と呼べるに近いレベルの建屋があります。

エスカレータ上がった先にある部分の天井を覆う建屋ではありますが、それ自体が「駅舎」に近いものとなっていて、両サイドは柱で支えています。

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2014年2月 2日 (日)

長崎/五島 福江・空と海の港

長崎県五島市、長崎県西部、五島列島の南西部に位置し、人口は38,557人(2014.1.1現在)で、2004年に旧・福江市と南松浦郡5町の計1市5町がで合併してできた新しい市です。

長崎港より100kmあまり西にある離島で、教会が数多くある事でも有名です。

教会群の島

福江空港構内のポスターやパネル展示の類の集まった一角ですが、五島は教会が数多く、この教会群等につき、世界遺産の登録を目指しているのが分かります。

なんか見るものないかな?と思って眺めていたら教会ばかりが目に飛び込んできてました。

ちなみにこの時のここへのアクセスは、博多駅前のホテル泊でそこから…

①博多駅→福岡空港駅
   地下鉄でわずか5分!

 

②福岡空港8:55→五島福江空港9:35(JAL)
   飛行機で約40分

この時、若干飛行機が遅れましたが、なんとか着きました。

福岡空港は、博多駅という日本有数の都市中心駅から地下鉄でわずか5分というアクセス至便さが素晴らしいですね。なかなかそんな空港はないと思うので。

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福江空港 正面

そんな訳で着いた福江空港の建屋です。

この時の天気はいまひとつで、傘が要ったり要らなかったりの繰り返しでした。

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福江空港 側面

こちらは空港前の様子が分かるアングルで。

結構山に囲まれてる感じでした。

この周辺は正直何もなく、ここでは埒が開かないので、移動が必要なのですが、バス便もあまり充実しているとは言えず、空港発のバスは時刻表をチェックしておいた方が良いと思います。少し高くてもいいならタクシー利用でも問題ないですが、市の中心部付近の福江港までは車で10分程度です。

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福江 バス停

福江港が目の前の「福江」バス停に着きました。

空港から約10分。この辺りに来ておけば、市内のメインの場所をある程度歩いて回れるので実質的な五島市の旅の始まりはここから、というところでした。

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バス時刻表

上が島内各所へのバス時刻表で、多い所は1時間1本に近いぐらいまでありますが、全島レベルで考えると充実しているとは感じられませんでした。あくまでここを通るものだけだと思うので、これが全てではないでしょうが。

下側の写真は空港行きバスの時刻表ですが、実質1日7本しかない状態で、空港行きの重要な足だけに、時刻表は要チェックです。すぐ傍にタクシーも停まっているので、タクシーでもOKですが、少々割高になるというところです。

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フェリー

港に停まるフェリーと、フェリーターミナルから続いている通路の様子です。

ここ福江からは近隣の島々への便と、博多港や長崎港行きのフェリーが出ています。

この写ってるのは博多港行きでしょうか、かなり大きな船でした。

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港沿いの道

先ほどのフェリーが右端に写り込んでいますが、港に沿った道路です。

左側の高架は、上の写真でも写っていたフェリーターミナルからの通路です。

青い空にこの高架が映えていて、いい感じに写りました。 と、自画自賛?!

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福江港フェリーターミナル

こここそが港の待合施設にして、色々な売店で土産物も売っているフェリーターミナルで、なかなかの賑わいを見せていました。

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五島市では…

ということで、ここは福江港フェリーターミナル内の一角です。

長崎がんばらんば国体、というのが今年開催され、その中で五島市の競技の紹介がされていたり、五島市のイメージキャラクターが並んで紹介されたりしていました。

バラモンは昔から当地に伝わる伝統工芸で鬼が凧を咥えこんだ形の凧?!で、今では魔除けの縁起物として使われているという事で、こういった異文化に触れるのも旅行ならではの醍醐味ですね。

あと、「つばきねこ」とありますが、五島はつばきの産地として、つばき茶なども製造されていて、つばき茶さんのTwitterアカウントもあります→https://twitter.com/510tsubakicha

この五島へ行った時に色々呟いてたらフォローされました(笑

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港と街

本記事最後は、港に停まる船と街の様子の一端です。

五島でメインとなるエリアの観光となるとこの辺りをブラブラしておけば、というところです。あとはピンポイントで見たい所を決めて、行けばよい訳で。

城跡の立派な建物などもあって観光のし甲斐はあると思います。

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