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2014年11月10日 (月)

茨城/下妻 多賀谷城跡の栄枯

茨城県下妻市、関東鉄道/下妻駅からの歩き旅です。

(2011年8月当時)

●まちなか案内板

下妻駅にあった周辺地図です。

いちばん上の真ん中が当駅になりますが、駅の真ん前に小学校や高校があるとか、なかなかの立地ですね。

真ん中を中心にした赤い道は商店街で、十字に形成されている格好です。

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●マンホール

下妻市のマンホールです。

上にはサクラ、下には砂沼と右端に砂沼橋、真ん中やや上には筑波山が配されているといいます。カラー版を後で見つけました↓が、これよりだいぶ華やかな雰囲気でした。(だいぶ汚れてましたが…)

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●駅前通り

市の中心の駅前の通りで、それなりに整然とはしていますが、見通しはかなりいい感じです。のどかな市街地という感じで。

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●下妻市立総合体育館

体育館風な建屋だと思いましたが、すごくラフでいろんな色が用いられていて、個人的にいえば自分が子供時代につくったようなデザイン。こういう形の建物、絵に描いた事があります。

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●文化・厚生施設案内図

という事で、先述の体育館や中央公民館、文化会館といった施設が集合したエリアがここに形成されていました。左端には市役所もみえます。駅からでは200m圏内にあるといったところです。

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●多賀谷城跡公園

市内の城跡公園で、地元ではこのように多賀谷城と呼ばれていますが、一般には下妻城とされているようです。

旧下妻町時代の町域が収まるほどその規模は広大といわれ、1950年代までは曲輪や濠、土塁などが残っていたようですが、都市開発等を経て現在はこの一角にその面影を感じさせるのみ、となっています。

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●多賀谷城本丸跡

として説明板がありました。

多賀谷氏の初代・氏家が本丸を構え(1461or62年ごろ)、敵の来襲を退けながら以後7代147年にわたり、下妻城主として栄えていた、とあります。七代・重経が関ヶ原の戦いで石田三成にくみしたとして追放され、一族党関係者の多くはその際に命を自ら絶ったとありました。

多賀谷氏の後は、天領を経て徳川家康の息子・頼房が入るも再び天領になり、1610年に廃城と、ここには書いてませんでしたが、その後の調べで書かれてありました。

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●慰霊碑

上の写真にも一部写っていますが、階段を上るとこのような碑がありました。

説明板に書かれていましたが、多賀谷氏遺跡碑です。

追放の憂き目に遭い、関係者が多数命を絶つという哀しい最後を遂げた訳ですが、この碑は明治20年代にその家臣の子孫が旧主を悼んで建立したとありました。その最後の時期から270年は経っていようと思われ、そんな時代の中でも脈々と地元では語り継がれたのだろうか?と思いを馳せました。

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●戦後50周年記念碑

こちらは先ほどの哀しいポツンとしたものとは実に対照的に華々しく建てられている戦後50周年の節目の平和記念碑ともいえるものです。実際に平成7年建之とありました。

まず平和を記念しこれを風化させてはならない、と冒頭にあり、その後それまでの日本での戦争の状況を書き連ねてありました。台湾出兵に始まり、日清、日露戦争、そして2つの世界大戦と…この70年でこれだけの戦争があり、そして来年は第二次大戦終結から70年を迎えようとしています。平和を願う心が近年薄くなってきている感もありますが、これはやはり絶やしてはならないし、平和ボケしてもいけないなと思いました。

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●城跡らしさ

を感じさせる一帯です。

石垣があるとかではなく、こういう盛り土の所に木々があると、かつての城跡というイメージを個人的に持っているので、このように書きましたが、一般に天守閣があって豪華に建っていたお城というのは数が少なく、大半がちょっとした陣屋的なものか、あるいは柵だけのものも決して少なくなかった、という事で、そんな風に広い意味でお城というものを捉えると、楽しみ方も変わると思います。

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●PACHINKO

昭和の豪華めのパチンコ店という感じの店です。稼働してるのか分かりませんでした、というかそこまでよく見てませんでした。

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●夢工場

下妻駅前の商店街の一角です。

これまでは下妻駅の東側を中心にお届けしましたが、西側に転じてのこの通りです。

東側よりも商店街っぽい色合いの濃い通りでした。

白木屋とありますが、カバン屋さんです。

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●眺めやる

下妻駅の線路上の隅から。

壁のはがれた建屋が物悲しげですが、それでも残っているところに逞しさも感じたりします。

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これが下妻でのすべてのカットではありませんが、今回のところはこれにて。

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