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2015年11月の10件の記事

2015年11月27日 (金)

JR郡山駅 (福島県郡山市)

福島県郡山市のJR郡山(こおりやま)です

郡山市は福島県の中央部に位置し、人口は328,855人(2015.5.1現在)で、福島県で最も人口の多い市です。福島県では、福島・郡山・いわきの3市がほぼ同等の人口数という状態で、県都・福島でもなく、最も広大な面積を誇るいわきでもなく、この郡山市こそが最多人口なのであります。

そしてそれは2013年に福島県一の人口になったとの事ですが、1966年以来47年ぶりの事であったといいます。それまでのトップはいわき市であり、福島市って一位になった事ないのかな?と思わされましたが…

-JR郡山駅-
【路線】
JR東北新幹線(東京-新青森間)
      東北本線(東京-盛岡間)
      磐越東線(いわき-郡山間)
      磐越西線(郡山-新津間)
【開業】1887年7月16日
【訪問】2000年1月
【1日あたり平均乗車人員】 18,614人/日 (2014年) 
【近隣の主要駅 (東京方面)那須塩原駅→2駅 ※新幹線
           (新青森方面)福島駅→隣駅
 ※新幹線
           
(東京方面)須賀川駅→2駅
           (盛岡方面)本宮駅→3駅
           (いわき方面)船引駅→4駅
           (新津方面)猪苗代駅→8駅


●駅名標

初めて訪ねたのは実に15年も前の2000年1月の事ですが、ここでは2013年の写真を中心に、時折2006年当時のものを入れながらお送りしたいと思っています。それぞれ撮ってる箇所が違っていたりしますので…、写真ごとに撮影年についても触れていきます。

奈良県の大和郡山市にも同じ「郡山という駅がありますが、あちらの駅名に「大和」と冠される事なく、こちらの駅名にも「会津」とかなんとか冠される事もなく、共に「郡山」駅として並び立っている状態です。

東北地方きってのキー駅のひとつで、新幹線は東北新幹線に属しながら山形新幹線の便も通ります。在来線では、まずは南北に東北本線に属し、東西には磐越西線磐越東線の両方に属する(つまりは接する)唯一の駅で、ちょうど東西南北に分岐する格好となり、更には属してはいないものの、郡山の頭文字の入る「水郡線」の列車も乗り入れており、県都・福島駅共々東北地方の交通の要衝となる非常に重要な駅、としての役割を果たしています。

ちなみにこの駅名標は、隣駅の名前から東北本線と磐越西線のものと思われます。

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●ホーム

東北本線のホームです。

郡山駅自体の初訪問は2000年1月の事になりますが、2006年再訪時の写真を主に載せています。

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●ホーム2

在来線のホームは4面6線にもなり、非常に広大です。東北地方の県庁所在地でない都市としてはかなりの異色といえます。

新幹線ホームの写真は撮っていませんが、新幹線も2面3線のホームとなっています。

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●会津路旅百景

もう9年も前の看板なので、今あるかどうかも分かりませんが、当時はこのような大きな看板がありました。

会津ときてこのような山の絵があると、磐梯山を真っ先に思い浮かべます。ちゃんと行った事がないですが…

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●短冊と提灯

この2006年に訪ねたのがお盆時期であった事もあってか、このような華やかに提灯が沢山吊るしてあり、短冊も多く吊下げられていました。

なので個人的には郡山駅の構内にはすごく賑やかなイメージを持っています。多分これ時期限定のものと思いますが。

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●階段横

これまた個人的ではありますが、郡山駅の構内で真っ先に思い浮かぶ光景といえばこれです。この駅階段です。

サイドに案内とこの「2F」の文字、これらがとても目に焼き付いています。なんかこの階段がとても危うい感じがするのも…。多数の人がここを上り下りしているのを横から見ると荷重耐えられるのかな?と思ったものでした。

ちなみにこの右下に写っているのは花火玉です。

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●駅前広場

駅前には車の入らない広いスペースがあり、ベンチもありで、「憩いの広場」という感じで、くつろげる感じでした。

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●駅前通り

0101が印象的な通りでした。これまた9年前なので今はどうなっているやら…?ですが、この後程無く2008年に閉店されたそうです。

マルイを「オイオイ」と言った人が居たという事で(笑)、あまり縁がない関西人でもマルイは分かるつもりですが面白いですね。

とにかく高層の建屋が続いており、さすが県内一の人口、東北地方で30万超の人口を誇る街は数えるほどにつき、ここでの駅前の充実ぶりは素晴らしいものがありました。

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●バスロータリー周り

ロータリーの周辺をバスがグルッと覆う姿は印象的でした。

JR神戸駅の前などもこうした円状のところにバスのりばがあって、それを思い出しました。

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●郡山駅 駅舎

2006年当時の駅舎です。

大きな駅舎に曲線のひさし、トレードマークともいってよいレベルの実に見事な光景です。

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●郡山駅駅舎2013

こちらは2013年の更に再訪時にて撮ったものですが、この曲線上に続く屋根はいつ見ても美しいラインを描いていて、これと共に駅舎を撮ると実に絵になると感じて止まないのですが、撮り方とか角度などでまた随分と印象が違ってくるな、と改めて感じました。

福島市、郡山市、いわき市と福島県3都市で人口が拮抗している状態ですが、当面はこの郡山が№1の状態が続くのでしょうか…??

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2015年11月23日 (月)

一畑電鉄/雲州平田駅 (島根県出雲市)

島根県出雲市の一畑電車/雲州平田(うんしゅう・ひらた)です

出雲市では、出雲市駅をupしていますが、今回は少し離れた雲州平田駅をお送りいたします。ちなみに一畑電鉄車の読みは「いちた」と濁ります。

-一畑電車/雲州平田駅-
【路線】
一畑電車北松江線(電鉄出雲市-松江しんじ湖温泉間)
【開業】1914年4月29日
【訪問】初訪問-1990年7月
【1日あたり平均乗車人員】 600人/日 (2012年) 
【近隣の主要駅 (電鉄出雲市方面) 出雲市駅→8駅
           
(松江しんじ湖温泉方面)松江しんじ湖温泉駅→13駅

●駅名標

松江市と出雲市をJRとは別ルートでつなぐ「一畑電車」の駅名標です。

島根県随一の観光地であるあの、「出雲大社」へもこの電車の駅である「出雲大社前」駅が最寄りであり、JRでは徒歩でアクセスできる駅はありません。

今回記事に載せる写真は特に断りのない限りは2013年1月再訪時のものですが、この駅の初訪問は1990年7月、今から実に25年、四半世紀前の事となります。

当時は現駅名ではなく、「平田市駅」を名乗っていました。

現在でこそ出雲市内にある駅ですが、平成の大合併以前は「平田市」という市が存在し、その中心駅の座にありました。人口3万人ほどの平田市でしたが、出雲市との合併により消滅したのが2005年3月の事で、同日に現駅名になったという事です。

1914年開業で、この訪問時は開業99年であり、昨年が開業100周年の節目を迎えました。

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●切符にハサミ

一畑電鉄といえば、こんな風に切符にハサミを入れてくれる事で知られたりしていますが、ここでもこの通り。切符自体が硬券ではありませんでしたが、味があっていいですねsign01

この写真はここから発つ時のもので、出雲市駅へ向かうのに買ったものです。

出雲市駅までは約20分で到着し、運賃はこの当時は御覧のように400円でしたが、現在は消費税率も変わり410円になっています。

出雲市駅ではJRに乗換が可能となります。反対に松江しんじ湖温泉駅へ向かっても、松江駅とは距離があり、この場合はバス移動等になります(徒歩でも行けます20~30分位かかります)

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●ホーム

2面3線のホームで、この駅舎側ホームは幅が広めにとられています。

上側の写真の右端に一輪車がひっくり返って置いてありました、除雪用でしょうか。

下側の写真は反対側ホームの様子です。両ホームが地下階段で繋がる構造になっています。

さすがは旧・平田市の中心駅といったところで、ホーム屋根が長く取られています。

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●車庫

ホームから見えるこの車庫にはいくつかの電車が格納されていました。

意外にも?!一畑電車株式会社の本社機能はこの平田にあります。ややこしい話ですが、一畑電気鉄道株式会社の本社は松江市ですが、一畑電車(株)はその傘下にあります。

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●まちからまちへ

「よろこびはこぶ ふるさと電車」の言葉と共に、柔らかなタッチで描かれた一両の電車。なんともぬくもりに溢れたイラストの入ったベンチがありました。

この沿線は大変のどかな光景が続くのですが、それに相応しいイラストだと思います。

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●RAILWAYSロケ地

この駅のホームでは2010年の映画RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」のロケが行われており、主演の中井貴一さんをはじめとするキャストが多数揃い、感動的なシーンが撮影されたとあります。この駅で最もアピールポイントになるものかと思います。

監督である錦織良成氏の島根3部作のひとつとされ、元のタイトルは「BATADEN」(一畑電車の略称)という直接的なものだったようです。それにしても40代後半の再就職って難しいなと思いますし、この時期がまたそれまでバリバリ働いてきた自分というものを見つめ直す時期でもあるのかな、という事も思いますね。

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●平田一式飾り

出雲市無形民俗文化財とされる「平田一式飾り」がホームにありました。

一式飾りとは、仏具、陶器、茶器、などの一式を自在に使い分け、歌舞伎や映画の登場人物、場面など技巧を凝らして飾り競うもので、元々は神様を慰めるという信仰心から興ったものといわれています。

この人形は島根のゆるキャラ「しまねっこ」を表現したもののようですが、色々検索すると、ラッスンゴレライとやってるものや、機関車トーマスや実にバラエティーに富んだ個体がつくられていました。詳しくはコチラ

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●更に一式飾り

こちらは改札を出て、駅待合室内の一式飾りにて作られた「国生み神話」です。

神々の集うこの出雲地方ならではのものですが、新しい国土をつくる事を命じられた神様同士が柱の周りを回って、夫婦として結ばれて、次々と島々ができて今の日本がつくられたというものですが、お皿なんかの陶器で主につくられているのでしょうか?それにしても素晴らしい出来です。

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●出入口

上部に黄色の地で「雲州平田駅」と抜きの形で表示されていました。

そして右側には、「自転車OK」なる案内がありました。車両への自転車持ち込みOKという事です。鉄道と自転車を利用するいわゆる「輪行」愛好者が自転車を折り畳んで電車に乗り込む姿を時々見受けますが、ここではそれは不要で、そのまま乗り込めばよいというもので、滋賀県の近江鉄道などもこれを適用しています。

駅間のみ電車を利用して、周辺は自転車で回りたい、という方々には大変有難い事だと思いますし、レンタサイクルを調達して時間内に電車&自転車利用して旅の幅をグッと広げる事が可能になる、というものですね。

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●生活バス待合所

駅の真ん前にあった「生活バス待合所」。

立派な室内型の待合室がありました。

この平田駅から8つほどの路線が出ており、また1日7,8便ほどある路線も少なくなく、通常捉えているイメージとしてのコミュニティバスのダイヤよりも多い印象を持ちました。ただし土日になると便数が減るようなので、休日の旅行利用にはあまり適さないと思われます。

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●駅前広場

LAWSONが駅の真横にあります。

広場はスペースのみでタクシーが停まっていて、特に大きく歓迎するようなものはなく、という感じでした。

とはいえ、元は市の中心駅であり、沿線の周辺駅と比べればかなり規模は大きく、開けてもいます。

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●雲州平田駅 駅舎

2F建てになっているところに、かつての市の中心駅らしさが窺えます。

駅前はロータリー状でもなく、単にスペースがあるだけで、横断歩道ペイントがとにかく目立つという印象が強かったです。

今では一畑電車で松江の方から来て、出雲市側の玄関的役割を果たしている、といったところでしょうか。ここの駅前だと数年前にTVでやっていましたが、「木綿街道」を巡るのがおススメですね。

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●旧・平田市駅時代(2004年)

現在の「雲州平田駅」へ改称する前年の様子です。

今と特に変わりはないですが、ガラス張りのスペースが広かったようで、2013年版は出入口周辺しかガラス張りになっていないですね。

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●平田市駅・初訪問時(1990年)

今から25年前の旧・平田市駅です。

建物の色はおろか、2F部分の窓の位置も全然違っています。駅名表示も「平」「田」「市」「駅」と一文字ずつ独立したものでした。

しかも2F部分は喫茶コーナーになっていて、市の中心駅らしい雰囲気を色濃く感じられます。

撮り方が下手で全体像がちゃんと撮れていなかった事が悔やまれます。この駅舎の時代の画像を探そうと思ってもなかなか見つからない、貴重なものでもありますので。

よくよく考えてみれば、この駅は自分史上生まれて初めて私鉄駅で撮った駅かもしれません、その位貴重でもあり、もうこの姿の駅が見られない事も含め、中途半端ながら記録として残しておいて良かったな、とも思いました。

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鹿児島/中種子 コスモポートへようこそ!

鹿児島県熊毛郡中種子(なかたね)町、種子島の中央部にある町で、人口は8,199人(2015.5.1現在)です。

種子島空港のある町で、大関・若嶋津はこの町の出身で、大成しないといわれた高卒力士として大関にまで登りつめ、1984年には年間最多勝を獲得し、横綱は間近とまで言われましたが…高田みづえさんとの結婚も当時大きく報じられたものでした。

今年9月、長年訪問を検討していた種子島にようやく行く事が叶い、最初に着いたのがこの種子島空港でした。

●空の玄関

種子島空港で飛行機から降り立ったところです。

こちらからでも「コスモポート種子島」の表示があります。種子島といえばロケットの打ち上げで有名ですが、種子島宇宙センターがある事からこの愛称になったといわれています。

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●搭乗機

このプロペラ機に乗ってやって来ました。

直行便がなく、鹿児島空港で乗継の形にてやってきたのですが、行程はこんな感じでした。

伊丹7:45 ⇒ 鹿児島8:55

鹿児島10:40 ⇒ 種子島11:15

 注)現ダイヤは違っています!

当日7:45伊丹発だったのですが、あろうことか寝坊をしてしまい、取るものも取りあえずの状態で、目安となる30分前の7:15に伊丹に着くか?半ば絶望もしながら三宮駅からバスに乗って、ナントカ間に合う事ができました…

鹿児島空港からは30分そこそこなので寝る暇もない感じでした。

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●空港を出て

向かいの駐車場周りです。

やはりロケットが前面に出ているのか…そんな感じでした。

種子島では最初はとにかく、鉄砲とロケットでしたね目についたのは。

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●空港前

現状は伊丹と鹿児島空港のみの就航で、伊丹もほとんどないような状態です。

年間利用者数は2013年で約73,000人という事で、ほぼ1日あたり200人の勘定になります。そんなに観光客で賑わうという雰囲気は感じませんでした。この時が平日だったからかな?とも思いましたが、その後土・日と過ごしてもさほど変わりがなく、混みあう場面にはほぼ出くわしませんでした、意外と穏やかです。

前にバスが停まっているのが見えますが、空港の便数が少ない事もあり、その発着に合わせて出たり着いたりするダイヤ形態になっており、これを逃すと当分ない、なんて事もあるので要注意です。

島の中心部である「西之表港」へはバスで約30分、730円です。

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2015年11月22日 (日)

快軌3号線/金家街駅 (中国/大連市)

中国/大連市の快軌3号線/金家街駅です。

-快軌3号線/金家街
【路線】大連地下鉄(快軌)3号線本線(大連-金石灘間)
【開業】2003年5月1日
【訪問】2015年8月 
【近隣の主要駅】 (大連方面) 大連駅→2駅 
           (金石灘方面) 開発区駅→5駅

●駅名標周辺

日本語読みでは「きんけがい」 、中国のいわゆるピンインでは「Jinjiajie」 (ジンジアジエ)と読むようです。3つの漢字がすべて「J」で始まるんですね、JJJと勝手に覚えました(笑)

快軌3号線で大連から乗って、次が香炉礁、その次が当駅となります。

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●ホーム

やはり美しい曲線の屋根で豪華感が出ていました。ドームの中、という感じで。

快軌の駅はある程度このような画一的なスタイルかな、と香炉礁を訪ねた後にここを訪ねて感じました。

赤地に白の横断幕がかかっていました。乗車マナーの促進でしょうか。

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●金家街駅 駅舎

香炉礁の方がやや豪華かな、と感じましたが、やはり高架駅なので、結構豪華に見える駅舎となっています。

ここだけ見ると結構な街を想像されるかもしれませんが、駅の真ん前にいくつか店の入ったテナントがあるくらいで、並木道の幹線道が続く、そんな感じでした。

この駅では券売機で切符を買えず、窓口で並ぶことになってしまい、筆談にて切符購入しました。やはり中国語は発音が難しいというイメージが強く、喋るだけではやり取りできないかと思い、筆談に。ノートと筆記具持っておいて良かったと思いました。

ガイドブックにも快軌の路線図が載っていましたが、駅間が小さすぎて指さしで伝えきれるかな?というのもありましたし。とにかく何かとこの辺りで気を遣う事が増えてしまい、当初はできるだけ多くの駅を訪ねようと思っていましたが、かなり萎えた事は確かです。各駅名を発音できるくらいで行かないと難しいかな…と極端ながら感じました。

ちなみに大連のタクシーは大体この下側の写真にあるようなカラーです。白と水色みたいな。

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●駅前道

この写真の右が金家街駅で、この写真の向こうに見えるのが高架の部分です。

駅の前がいきなりこのような幹線道でしたが、とにかくこの道路を渡るのが大変でした。車の走る中をすり抜けて渡らなければならず、日本みたいに人が居るからといって車は停まってくれないので。

こういう点も、大連ではかなり神経遣いました。他のアジアの町よりだいぶこのすり抜けが辛かったですね個人的には…、もうとにかくこの大連では気を遣い過ぎてゆったり旅できなかった思い出の方が強かったです正直言って。こうして写真に載せるとこれもまた想い出となっている訳ですが。

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●並木道

駅を出るとこのような幹線道がずーっと続いていました。

単調な風景が続き、特にコレというものも見えてこなかったので、適当な所で引き返してきましたが、この前日は大連の街なかばかりを歩いてきたので、こういうのどかな所もまた良しかな、とは思いました。

道路はボコボコでも補修されず、ここに写っているような歩道にバス停の屋根が建てられていましたが、土台部分自体が傾いたままだったりして、あまり補修という事に目が向かない、そういう国の気質なのか、地方の気質なのか分かりませんが、これも含め異文化体験できた、というものでした。

下側の写真は、道路横の風景です。ホント何もなく緑が続いていました。

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2015年11月20日 (金)

台鉄/板橋駅 (台湾/新北市)

台湾/新北市のMRT/板橋駅です。

-高鐵・台鉄・MRT(台北捷運)/板橋駅-
【路線】台湾高速鉄道(台北-左営間)
    台鉄縦貫線(基隆-竹南間)
    
MRT板橋線(西門-府中間)
【開業】高鐵-2006年11月16日
     台鉄-1901年8月25日
     MRT-2006年5月31日

【訪問】2013年5月
【乗車人員】高鐵-7,952人/日、台鉄-20,181人/日、MRT-32,579人/日
【近隣の主要駅(台北方面)台北駅→隣駅 ※高鐵
           (左営方面)桃園駅→隣駅 
※高鐵
           (基隆方面)台北駅→2駅
           (竹南方面)鶯歌駅→4駅
           (西門方面)龍山寺駅→3駅
           (府中方面)府中駅→隣駅

●駅名標周辺

台湾の新幹線にあたる「高鐵」、在来線相当の「台鉄」、そして地下鉄である「MRT」と3種の線全てを有するキー駅で、1日約60,000人余りの人々が乗車に利用する拠点駅であります。

台鉄は最近、兵庫県の「山陽電車」と国際姉妹鉄道協定を結んだ事でも知られますが、これは互いに「亀山」駅を有する事からだそうです。そういえばこの駅は「板橋」、東京23区内にも同名の「いたばし」駅がありますね…。ちなみに台鉄のこの駅の読みは「バンチャオ」となるようです。

ごく近年まで台鉄のみの駅であり、2006年5月にMRTが、11月には高鐵が相次いでの形で開業しています。

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●板橋駅周辺図

周辺の地図と乗換案内(写っていませんが…)板です。

ちなみにここの場所は「新北市板橋区」であり、東京と同じ「板橋区」です。

市役所に相当する新北市政府もここ板橋区にあります。

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●台鉄駅名標

最初の写真がどの路線のホームか、正直忘れました。

高鐵でないのは確かですが、この駅へは台鉄とMRT(地下鉄)を利用したので。

この駅名標は隣駅の名前から台鉄のものと分かります。

両隣が浮州(Fuzhou)← →萬華(Wanhua)とありました。

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●板橋駅時刻表

結構な本数の列車が出ています。

終電も0時40分までありました。1時間平均7,8本はあるといったところでしょうか。

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●ホームに列車

日本でいう特急に相当する自彊号という列車のものと思われますが、E1000型とされる120~130km/h程度出る列車のようです。初めて見た時はこれが台湾の新幹線か、と思っていましたが違うかったみたいです…。

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●出口

日本でも台湾でも、出口は「出口」なんですね(笑)

そんな訳で、地下からこの階段を上って出口へと向かいます。

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●丸池

どこかのプールのような、きれいな円形の池が駅前にありました。

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●牛の石像

これも駅前にあったゴツゴツとした石造りの牛。

後ろで人間が引っ張られているのでしょうか。

牛は農業を助けてくれる存在として、今でも台湾人の中で食べない方も居るのだとか。一方で台湾では牛肉麺という定番があったりもしますが…

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●板橋駅 駅舎

横のちょっと傾いたのは階段部分かと思いますが、どこか幾何学を思わせる形で構成された駅舎のように思います。

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●板橋駅 駅舎・2

流石は高鐵も台鉄もある駅の駅舎、と思わされるのがこの巨大な建物です。

駅舎であり、オフィスビルでもありで、地上25階建ての見事なものとなっており、最上階は展望台があるといい、地下も5階まであるという実に30層もの建屋であります。

建物の大半が別用途であるとしても、その建物の一番下のど真ん中に「板橋駅」なる表記があれば、それはもう「素晴らしい駅舎」という事になるのだ、と勝手に解釈してこの駅を楽しんでいました。

そんな「台湾の」板橋駅でした。

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2015年11月18日 (水)

JR羽犬塚駅 (福岡県筑後市)

福岡県筑後市のJR羽犬塚(はいぬづか)です。

筑後市では以前にJR筑後船小屋駅をupした事がありますが、今回の羽犬塚駅の方が市の中心駅となります。

筑後市は少し変わった状態で、

筑後船小屋駅 新幹線停車駅 中心駅でない

  羽犬塚駅  在来線のみ   中心駅

という「ねじれ構造」ともいうべき形となっています。

九州新幹線で見られるパターンとしては、

 〇×駅 在来線のみ 中心駅

新〇×駅 新幹線停車 中心駅でない

のようなのはありますが、全く違う駅名でこの状態というのは稀かと思います。

-JR羽犬塚駅
【路線】JR鹿児島本線(門司港-八代間)
【開業】1891年4月1
【訪問】2011年3
【1日あたり平均乗車人員】 3,065人/日 (2010年)
【近隣の主要駅(門司港方面)久留米駅→3
           (八代方面)筑後船小屋駅→隣駅、瀬高駅→2駅

●駅名標

九州の駅らしくその駅に因んでのイラストがあり、ここには羽の生えた犬が載っており、諸説ありますが豊臣秀吉に因んだ犬です。秀吉の行く手を阻んだ犬、秀吉の愛犬等々全く逆の解釈が説として流れていますが…

新幹線のある筑後船小屋駅は隣駅になります。

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●ホーム

2面3線で両ホームは跨線橋で繋がっているというスタンダードな構造です。

市の中心らしさが長く続くホーム屋根に窺い知れます。

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●恋むすび

駅舎側のホームにありました。

市内ににある「恋木(こいのき)神社」に因んで置かれているようで、個人的にこの駅で最も記憶に残ったものでした。

全国で唯一、といわれる「恋の神様」だそうで、ここから徒歩約20分の所にあるといいますが、現地へ行けない方はここで触ってくるのも良しかな、と(笑)

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●自由通路

駅の外で跨っている自由通路です。

当駅は橋上駅舎ではなく地上駅で、ひとつの出口から入っていく形であり、これは駅ホームの跨線橋のように駅の内側で跨っているものとは別に、出口から線路を跨いだ向こう側へ出るための通路です。

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●駅前広場周辺

2つあるうちの上側の写真は駅側からの広場周辺の様子です。

小さいながらカラフルなお店が軒を並べていました。

下側の写真では新幹線の高架が長く続いている様子が見えますが、この景色がなんとも素晴らしかったです。当時は2011年3月、あの東日本大震災があったのと時期を同じくして、というかその翌日に九州新幹線が開業し、その僅か1週間後がこの写真の時期なのです。

開業から4年半以上が経過し、九州新幹線もすっかり定着しましたが、この時は「ついにこんな所にも新幹線が通る時代になったか」と思ったものでした。

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●羽犬の像

羽犬塚駅前の最も象徴的なものとして、この羽犬の像があります。

この羽犬には複数の説がありますが、先述の通り秀吉にまつわる犬とされており、このようなモニュメントもこの駅前だけでなく、他にも何ヶ所か設置されているようで(下側の写真の右側に例示されています)、実際1ヵ所は街なかで見かけました(羽犬塚小前のもの)。

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●羽犬塚駅 駅舎

2009年にできた新駅舎です。九州新幹線の高架工事に伴って駅舎を移転した末にできたといいます。

規模が大きくなったとかそういった事はないようで、橋上駅舎化された訳でもなく、ただスタイリッシュになったというか、そんな感じを旧駅舎写真と見比べてみると抱きます。

筑後市内で中心駅ではない筑後船小屋駅の方が新幹線が停まるためか、駅舎規模としては遥かに大きいのですが、それでもこの羽犬塚の方が中心駅なのです。

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2015年11月17日 (火)

富山/砺波 チューリップと圧巻の5連水車

(富山県砺波市、JR砺波駅からの歩き旅です。

(2006年10月当時)

●駅前通り

街灯ごとに「あいれふ砺波」とありますが、この駅前商店街の通りの名称です。

商店街のHPがありました →コチラ

砺波駅前に100を越えるお店が軒を連ね、小都市の割に賑やかに感じます。

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●砺波郷土資料館

街なかから外れてここからは「チューリップ公園」でのカットです。

1909(明治42)年に「中越銀行」として建てられた建物が、1982(昭和57)年にこのチューリップ公園に移設され、翌年に現在の郷土資料館となった訳ですが、明治洋風の代表的な建物として砺波市の文化財に指定されているという事です。

ちなみにこの中越銀行は1894(明治27)年にここ砺波市を拠点として発足し、1943(昭和18)年に他の3行と共に合併して、現在の「北陸銀行」となっていますが、当時は戦争遂行の国策として「一県一行」の方針がとられていた為に合併となったそうです。

この資料館は入場無料との事です。朝早くに訪ねたもので開いていませんでしたが…。

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●砺波チューリップ公園

と表記されたゲートにあたる部分です。

個人的には砺波市では、街なかよりもここで過ごした記憶しかないぐらいで、朝早くでも色々見るものがあって飽きませんでした。

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●オブジェ

真ん中にチューリップが空に向かって咲いているような、公園を象徴する建造物です。

富山といえはチューリップの印象を個人的には多少持っていますが、とりわけここ砺波はチューリップの街といってもいいぐらいで、「富山 チューリップ」で検索しても、砺波の地名が沢山出てきます。

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●チューリップ遊具

公園の一角には、このような遊具がありました。

いたるところにチューリップが配されてる感じで、すべり台の屋根の上がチューリップみたい?だったり、向こうの遊具もチューリップの花びらがついていたり。そして何よりもこのカラフルさが目を惹きます。特にこれ見てて思うのは、青い空には本当によく映えます。

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●5連水車!

砺波に来て、最も印象的だったのがこの5連水車でした。(真ん中の写真の1個だけのものは別です)

日本最大そして唯一といわれるこの5連水車はかなりインパクトがあります。高低差がない富山では、かつてはこうしたものが多かったといいます。正直それほど有名ではないかな、と感じますが、まさに「隠れた名所」ではないでしょうか。

これから砺波に来られる方々には是非見てほしいと思います。

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●チューリップ四季彩館

チューリップの歴史や文化が学べるホールという事で、このチューリップ公園の中でも核となる施設です。早朝につき開いておらず、外からこうやって中の様子を撮るにとどまりましたが、いかにも温室的な外装でした、ビニールハウスのような…。

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●道の駅

これもほど近い所にある、というより隣接している「道の駅フラワーランドとなみ」です。

チューリップの球根をはじめ、様々なチューリップな関する商品もあるという事で、やはり砺波においてチューリップの存在の大きさが窺えます。

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●中越弁慶号のひりごと

最後ですが、チューリップ公園に蒸気機関車がガラス張りの保管庫の中で静態保存されていました。

「ひとりごと」として手書きで味のある説明看板もありました。

それによると、この機関車は明治30(1897)年に中越鉄道(現在の城端線(=砺波駅のある路線))を走っていたもので、当時まだ19世紀、石川県にも新潟県にも汽車がなかった頃で、この機関車を見に沢山の人が詰めかけたといいます。

日本に残っている汽車の中で4番目に古い、とあり、70年務めあげてここ砺波に戻ってきたとありました。1960年代にその役目を終えたという事でしょうか。

機関車の静態保存は結構あちこちの街で見かけますが、1800年代のものというのは結構希少で、この車体が日本で4番目に古いとなると、本当に貴重なものがこの砺波の地に残ってるのだな…という事を改めて思い知ります。

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2015年11月11日 (水)

石川/能美 寺井駅前の風景

石川県能美市、JR寺井駅周辺の様子です。

(2008年8月当時)

●マンホール

能美市の、というより、旧・根上(ねあがり)町のマンホールのようで、当時の町の木であったクロマツが前面に出ています。

「義経記」にも「根上の松」なるものが登場し、町の木になった事も頷けるというものですが、この根上町は森嘉朗元首相や松井秀喜選手を生んだ偉大な町でもあり、森氏の父親(森茂喜氏)は1953年から9期36年(しかも連続無投票当選)もの長きにわたってこの根上町の町長を務めました。更には祖父(森喜平氏)も1928年根上村⇒根上町となった1945年まで首長を務め、戦後の昭和期この町はほとんど森氏の治世にあったという事になります。

10年前の2005年に能美市になりましたが、20年前の1995年には町内に隕石が落ちたりしています。

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●太陽のこぼれている町

として歓迎挨拶のついた地図がありました。

下の標識部分は上から貼られた感じで「能美市立病院」などは市制化されたために変更となったと容易に推測できますが、根上の関連部分も上から貼り足されているようで、なんだろう?と思ってしまいます。

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●寺井駅バス停

寺井駅の駅舎真ん前にバス停がありました。

時々、「~~駅」というバス停の名でありながら、駅より少し離れた幹線道部分にあったりする場合もあるので心配になる事もあるのですが、ここの場合はちゃんと駅舎の前にあってよかった、という感じです。

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●駅前通り

寺井駅の駅前通り、その名も「ホームラン通り」です。ボール状の看板にその名がいくつも並べられ、柱ごとについているぐらいのイメージです。

いかにも松井秀喜氏の故郷に因んでのネーミングですね。

旧町の木クロマツと二段構成の灯籠?様の街灯がユニークすぎます。

直進の標識で「東街道 チューリップのみち」とありましたが、検索してもなかなか見当たらず、なんだかよく分かりませんでした。実際この辺りを歩いた時も、駅からさほど歩いておらず、下写真のような駅前通りを歩いただけだったので、本当に能美市に関しては「松井」「ホームラン」のフレーズが浮かんでくる能美(?!)というのが正直な印象ではあります。

駅前の「ホームラン通り」だけでも、この市ならではのものを感じる事は出来ましたが、もう少し踏み込んでまた旅したいものです。これが能美市の風景の一部、という程度で感じて頂ければ幸いです。

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2015年11月 8日 (日)

BTS/サイアム駅 (タイ/バンコク)

タイ/バンコクのBTS/サイアム(สถานีสยาม)駅です。

-BTS/サイアム
【路線】BTSスクムウィット線(モーチット-ベーリング間)
       シーロム線(サナームキラーヘンチャート-バーンワー間)

【開業】1999年12月5
【訪問】2014年8
【近隣の主要駅(モーチット方面)パヤータイ駅→2駅
           (ベーリング方面)チットロム駅→隣駅
           (サナームキラーヘンチャート方面)同駅→隣駅
           (バーンワー方面)サパーンタークシン駅→隣駅6

●路線図

この駅ではホームの様子が撮れなかったので、代わってこんな写真を最初にもってきましたが、BTSの路線図です。

右上と左下という形で、BTSの2路線がありますが、その交点となる非常に重要な拠点駅がここ、サイアム駅なのです。

ちなみに左側に縦に川が流れている部分で、川のすぐ右にあるのがサパーンタークシン駅です。ここから洋上の船に乗ってあの「ワットポー」へ行きました。

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●駅階段

高架駅であるBTSは、このように袖に階段がついているパターンが殆どで、いくつも踊り場のついた長めの階段がここにも見えています。室内型ではないので、雨の時などは少々辛いですね。

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●駅名表示

階段下にある駅名の表示部分です。

ゲートのてっぺんにあたる部分にこんな風に色がついて、そこに表示がある、というのがBTSの駅名表示の一般的な形でしょうか。

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●駅前風景

バンコク随一の繁華街で、右側に見える「サイアム・パラゴン」などの商業施設が数多くあります。

バンコクにはBTS沿線ごとにそれなりの数の大型商業施設が存在しますが、日系のお店がよく入っていたり、日系ではないけど日本にもあるお店が入っていたりして、そういう意味で馴染みを感じて入っていける部分はあります。

バンコク訪問した際にショッピングに重きを置きたい方には、このサイアムはうってつけの場所ではないかと思います。

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2015年11月 6日 (金)

兵庫/篠山 いのししは見た!二階町~上二階町

兵庫県篠山市の町めぐりの様子です。

(2015年4月当時)

いつもは駅からの歩き旅主体でお送りしていますが、篠山の場合はJR篠山口駅から街の中心部へは少し距離があるので、バス移動をしております。

●二階町

という訳で篠山口駅からバスにてやってきたのはこちらです。篠山口駅前自体は閑散としていて、こういった賑わいのカケラもないほど。駅前だけ歩いて篠山ってこういう所だ、と思ってしまうと、それはとんでもない誤解になるというものです。(兵庫県だと西脇市もこれに近いですね)

そんな訳で、篠山口駅からバスで約15分ほど行けば、こういった中心部に出てこれます。

この辺りは土産物屋や各店が立ち並んでいて、あと篠山城跡が300mという、観光の要となる地点といえます。

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●二階町バス停

その観光中心地ともいうべき「二階町」のバス停です。

篠山口駅から「篠山営業所」行のバスに乗って約15分で着きます。

下に時刻表も載せていますが、だいたい1時間に2、3本あります。都市部のようにひっきりなしにバスがくるという訳ではないですが、それなりにコンスタントにバスが来るので、不自由するというレベルではないと思います。

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●二階町バス停付近

ここまで標識関係ばかりの写真で、どのくらいの街の賑わいなのかさっぱり分からなかったと思いますが、まずはバス停前はこんな感じです。

篠山といえば猪肉、ぼたん鍋が大変有名で、ここにもそんなお店が出ていて、猪肉丼の文字も見られます。生まれて初めて猪の肉を食べたのはここだったかもしれません。

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●いのししが見下ろす

上の写真とはほぼ直角に位置する、程近くのここもぼたん鍋屋さん?ということで、建物のてっぺんから立体的にいのししが見下ろしてくる様は迫力満点?!です。

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●昭和百景館ささやまや

二階町バス停のほぼ目の前にある土産物店兼憩いのスペースで篠山市商工会館と併設でもあります。篠山観光の中心拠点といっても過言ではないでしょう。

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●三田村邦彦さんご来訪

上の昭和百景館から街を歩いて程ない所、「江戸親伝」というお店に俳優の三田村邦彦さんがご家族と共にご来訪されたということで店先に写真が貼ってありました。平成23年という事で今から4年前ですね、ちょうど再婚されて間もない頃でしょうか…50代後半の再婚で話題になったように記憶しています。

「必殺仕事人」の秀、「太陽にほえろ!」のジプシーはじめ、多くのドラマ/映画で活躍してきた有名俳優がこの丹波というのどかな地方を訪ねたとなると、やはり反響は大きいだろうなと思います。奥さんの実家が福知山とあり、言ってみれば電車道でたどり着けるくらいの位置ではあります。

ちなみに三田村さんは現在62歳になるそうですが、若い頃と殆ど体型が変わっておらず、かなりストイックに節制されているようです、健康食品のCMだかで見ましたが(笑)

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●通りはつづく

二階町バス停から上二階町へ向かうこの通りは、まだまだ商店が軒を連ねていて、篠山の観光都市的な一面が色濃く出ているエリアである事を実感します。

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●篠山市立歴史美術館

上の写真の通りをひとしきり歩いた上二階町という交差点付近には、この見事な和風建築の門をもった歴史美術館がありました。

元々は1891(明治24)年に篠山地方裁判所として建築されたものだそうで、1981(昭和56)年まで現役の裁判所であったというのが驚きです。木造の裁判所が80年代まで存在したという事が驚きですが、現存する木造の裁判所としては最古のものであるという事で、内装を美術館向けに改装して今も活用されているものです。門をくぐった中に見事に咲いた桜が大変見事でもありました。

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●美術館敷地内

中には入っていないのですが、外からこんな風に見ていました。

入館料は大人300円、月曜日が休館日となっています。

歴史美術館ということで、篠山で古くから伝わる屏風・蒔絵など歴史をもった美術品が主に展示され、また元裁判所である事から、旧法廷の様子も使用されていた当時のまま保存されているという事でした。この事を帰ってから知ったもので、「寄っておけばよかった」と後悔しました。

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