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2015年12月31日 (木)

滋賀/野洲 野洲市役所までの道のり

滋賀県野洲市、JR野洲駅からの歩き旅です。

(2011年7月当時)

●ほほえみ乃湯

野洲駅の真ん前に「あった」日帰り温泉です。 ※すでに閉店しています

野洲には2000年に来て以降ほとんど来ておらず、多分この時が11年ぶりの再訪で「知らん間にこんなのできてる」とこの時は思ったのですが、既にこの時閉店後2週間ほど経っていたようです。

冒頭書きましたが2011年7月の訪問で、正確には7月17日になります。で、ここが閉店したのが7月3日のようで、もう少し早く来ていればに浸かっていたのかもしれません。

JR利用者が1日13,000人を超す野洲駅前にあっても思うような集客が得られなかったのでしょうか、10年ほど営業していたようですが、この時閉店後でした。これ以来、ここを訪ねていませんが、駅前の様子はまた変わったのでしょうか…

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●野洲駅前交差点

南口の駅前交差点です。

駅前広場を抜けてまっすぐ50mほど進んでからの交差点で、駅前の通りの最初の部分ではないです。

この町だと駅前で「野洲らしいもの」を見つけるのが困難かと思い(何度か来ていたのもあって)、とりあえず市役所方面へ歩いてみよう、という感じでこちら側を進んで行きました。

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●市役所前交差点

上の写真の駅前交差点の次の信号になりますが、100m程進行した地点です。

この交差点を左折して市役所に至ります。

四輪の停止線の前に二輪の停止線がある道路でした!

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●野洲市役所

交差点を曲がって程なく見えてきました野洲市役所です。

野洲市になる前は「野洲町役場」でした。現在はここが市役所の本庁舎で、一緒に合併した中主(ちゅうず)町役場が現在は市役所分庁舎という位置づけです。

白を基調とした、割にこじんまりとした建物でした。

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●おのりやす

と名付けられている野洲市コミュニティバスの停留所がありました。

おのり「やす」(=野洲)なのですね。

市内で5路線あって、大体1日に3~4便程度の運行となっていて、ここにあるのは「祇王・中里コース」というものでした。野洲駅と市役所本地庁舎(=このバス停の場所)、市民サービスセンターを結ぶコース、という事です。

2010年4月

から市直営になったという事で、この訪問の前年にあたります。車体は普通のバス状のものもあれば、バンのタイプのものもあるようで、

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●野洲市商工会館

商工会館の建物というのは結構味のあるものが多いなと思って、ここでも見ていましたが、このコンクリート造り丸出し感がなんともいえませんでした。築年を調べてみてもなかなか出てこないですね…。

とりあえずコンクリート丸出しの建屋の前に立つ縦型の赤い看板がかなり浮き上がってる感は覚えましたこれくらい浮き上がっている方が標識としては分かり易いので、これはこれで役目を果たしているのでしょう。

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●ミゃうけんの道標

再び市役所に目を転じ、広場敷地内に建っていた道標にこのような表記がありました。

「妙見」という事ですが、野洲市には三上山という「近江富士」と称される山があり、その中腹に妙見堂というものがあったそうです。星の中の王である"北斗七星"を「妙見さん」として信仰する考えが古くからあり、この地もその考えがあったようです。

ただ、この信仰の殆どは関東に占められるもので、鎌倉幕府成立前の源頼朝の挙兵時に協力した千葉氏ゆかりのものとされているようです。近江三上の地を与えられた遠藤氏も、そのひとつという事ですが、遠藤氏がこの地に来たのは1698年で、ここに近江・三上藩が立藩となりました。

わずか1万石の小藩で、あまり有名ではないかもしれませんが、明治を迎えるまで藩は存続し、最後まで遠藤氏が6代にわたって治めていました。

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●銅鐸マーク

市街で歩いていた時に出くわしたのですが、銅鐸の絵だけあって、下の方が消されてしまっていました。

野洲には銅鐸博物館とよばれる施設がありますが、正式には歴史民俗博物館というそうです。ねつ造疑惑で消されたのか?等々色々考えましたが、そうではないようです。

1881年に出土した銅鐸14個を中心に展示されているようで、現存する銅鐸の中では日本一大きなものもあるそうです。野洲駅から北東3km程という事で、少し時間が要りますが、古代史好きにはうってつけですね。

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●養専寺

浄土真宗本願寺派の霊松山養専寺というお寺です。

野洲駅から約700mの距離にあり、徒歩10分程度でいけます。

1477年、了念の開基とありました。応仁の乱が終わった年ですね。

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●どうたく博物館の案内

野洲駅に戻ってきました。

妙見の道標ぐらいでしょうか、野洲らしいものを見られたのは。

駅にこのように博物館案内があったので、先に見ておけば…という気もしなくもありませんでしたが、「弥生の森体験工房」というのは面白そうですね。

こういった博物館って大抵、石器時代とかから取り上げている所が多い中で、弥生時代に焦点を当てて運営されているのはユニークかと思いました。

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●野洲駅前広場 俯瞰

最後は野洲駅に入って、駅前広場を見下ろした様子です。

ロータリー内部にバスとタクシーのスペースがあり、いい形でそれぞれ収まっていました。

野洲の見どころとして検索すると、お寺が非常に多く出てきました。意外なところでは「平家終焉の地」がありました。

平家最後の武将、平宗盛が最期を迎えたのがここ野洲で、彼やその子たちの死により平家滅亡とされています。現地の場所はここ野洲駅より東隣の篠原駅の方が近いですが…。平家は壇ノ浦で滅んだと思っていたので、この事実は意外で新鮮でした。

それにしてもこの辺のバスはライオンズカラーですね。白地にのライン、ここに停まっているバスにも見えます。この辺りは「湖国バス」という近江鉄道の子会社が運営している事が多いのですが、この近江鉄道が西武グループの会社である事からきています。 

以上、野洲市の様子でした。

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