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2016年8月の14件の記事

2016年8月30日 (火)

岐阜/瑞穂 みずほのほづみは虹のトンネル

岐阜県瑞穂市、JR穂積駅からの歩き旅です。

(2013年7月当時)

●虹のトンネル

穂積駅の高架下のトンネルです。駅記事にもこんな虹のトンネル載せていましたが、絵が違います。記憶が定かではないですが、反対側のものではないかと思います。駅記事は2007年4月当時のもので、今回記事分はその6年後に再訪した際のものです。

駅記事の写真があまりに乏しく、再訪してもう少し時間をかけて歩いたものですが、そのおかけで今回記事になんとか載せられるくらいのネタはできたかな、という感じです。

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●バスのりば

穂積駅のバスのりばです。

前回訪問時に確認できなかったのですが、駅前広場の外周部部分がこんなに濃いブルーのバス専用ゾーンがあったとは!こんな印象的なものは撮らない手はない、と言わんばかりに撮りました。

で、ここののりばの行先は「大野バスセンター」というものでした。どこにあるのか?と思っていたら揖斐郡大野町という郡部の町役場の前なのだとか。「大野穂積線」として走っています。鉄道が配線となってしまった大野町を訪ねたい場合は、ここからアクセスすれば良い訳ですね。

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●バスのりば2

こちらは朝日大学のスクールバスのりばです。

朝日大学って岐阜県にあったのは知っていましたが、詳しくどこにあると意識した事がありませんでした。それで調べてみたら瑞穂市穂積…ってここではありませんか!普通に岐阜市とか勝手に思っていたので…

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●県道188号

穂積停車場線ということで、停車場線というのは、よくある駅前の道路ですね。

建物でぎっしりの駅前通り、という訳ではありませんでした。

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●穂積郵便局

穂積駅から200mほどまっすぐ歩いたところにある本局です。

2F建て部分だけ見ると、こじんまりした感じですが、右側に平屋の部分があり、そこそこの広さになります。

1918年開局という事で、再来年に開業100周年を迎えます。

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●穂積郵便局バス停

その郵便局のバス停です。

穂積駅の隣の停留所になります。

穂積駅の所で載せた写真のバス停は「岐阜バス」というバス会社のもので、ここの分は「みずほバス」とあり、瑞穂市のコミュニティバスと思われます。

路線図を見ると3路線走っており、時刻表を見ると、各々の右回り、左回りという形で運行されており、料金は一律100円となっていました。どの路線もだいたい1日に4~5本程度で、利用するならよく時刻を見て、という事ですね。10、13、14時台は全ての便が全く走っていない状態でした。

「みずほ」の「み」から一筆書き状に飛び出ているのがちょっと面白かったです。

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●街灯の上

駅前通りの街灯の上部をアップにしたものです。

何かよく分かりませんでしたが、太鼓持って叩きながら踊っている感じでした。

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●瑞穂市掲示板

こういった市や地域の掲示板は、その地域ならではの物の宝庫ともいうべき存在なので、特に意識して撮るようにしています。

千日詣り、とかシビれます(笑) それにやはり「盆踊り大会」とか、ローカル丸出し感がいいですね。後にもなかなかな記録に残り難いものであればある程、こうしてカットとしておさめるのは貴重な事ですし。

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●モーニング

そこそこ歩き回って、朝食頂こうかという事で寄った喫茶店「とらいあんぐる」さんです。

食べログはコチラ

最近思うのは、喫茶店減ったな…という事です。外食チェーンやコンビニなどは増えて、非常に便利になったように見えますが、こういった喫茶店の方が居て落ち着きますし、地域に根差した感をすごく感じるんですよね、昔っから喫茶店巡りが趣味みたいなもんだった自分からすると。

メニューが色々あった印象ですね。このお店。3年前で記憶が薄れかけていますが、メニューが多かった事だけは覚えています。位置的には穂積駅の南300m程度でしょうか。

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●時は、止まれり

最後になりますが、この昭和感満載の風景。

いまや「洋品」という言葉が死語になり、というか、我々も子供時代は洋品店って普通にありましたが、それが何を意味するのかよく理解していなかったです。そうこうしてるうちにだんだんこういう店舗はなくなっていきました…。

そして下側は酒屋さん(三乃一酒店)とパン屋さんだったのでしょうか。パン屋さんの方は庇がへしゃげてしまって、すごい形になってしまっていますが…。昭和にヤマザキデイリーストアなどないので、ヤマザキパンの看板のかかったお店は大抵純粋なパン屋さんでした。お店に入るとほぼパンだけ売ってるという。ディスプレイとか明かりとしかそういうの度外視で、とにかく売ってる中で食べたいパンを買うという、そんなスタイルだった気がします。

こういうスポットがある街は大抵なにかしら記憶に残り続けます。

瑞穂市穂積、ミズホのホズミ、ご当地らしい歴史に触れるとかそういう部分はなかったものの、この風景もこの街の歴史であり、なかなか良い街でした。

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2016年8月28日 (日)

ソウルメトロ/ミアサゴリ駅 (韓国/ソウル特別市)

韓国ソウル特別市のソウルメトロ/ミアサゴリ(미아사거리)です。

ソウルメトロ/ミアサゴリ(미아사거리)
【路線】ソウルメトロ4号線(タンゴケ-鳥耳島間)
【開業】
1985年4月20日
【訪問】2016年5
【1日あたり乗車人員】 37,533人/日(2010年)
【近隣の主要駅】 (タンゴケ方面)倉洞駅→4駅
            (鳥耳島方面)東大門駅→5駅


●駅名標

ミアサゴリ、とカタカナ駅名だったので行ってみた、というところです。「弥阿サルゴリ」などと表記されていたりもしますが、「サゴリ」というのは四差路という意味があります。その為か、下の漢字表記の部分には「十字路口」と記されています。韓国の駅名を見てると、カタカナ駅名であっても、どこかしらには漢字表記が必ずあるな、という印象です。

釜山へ行った時に「ポムネゴル」駅へ行ったのも同じ理由ですが、単にカタカナ駅へ行きたかったというものです。日本的な観点からの理由で、現地的には別に関係ないんですが。

この時のソウル旅行では、ソウル駅やホテル利用した東大門周辺など、主要な中心地しか行ってなかったのですが、ここだけやや離れた所として唯一訪問しました。

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●ホーム

ソウルの中心地付近の駅と同様にフルスクリーンタイプのホームドアになっています。郊外へと離れていくにつれ、きっとフルスクリーンではなくなるんだろうな、と勝手に思っていますが、それがどの辺りになるのかsign02自分で確かめてみたい気持ちもあります。

ソウルメトロの4号線のみに属する単一路線の駅で、中心地より少し離れたかな、というのを少しここで実感しました。4号線の駅なので番号が「416」と4で始まっています。最初見た時、この番号の意味が分からず、こんなに駅があるのか!と思っていました。まぁ確かにそれなりに多くの駅がある事は間違いないのですが…。

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●駅周辺図

単一の路線で出口は1~6まであります。

下側にある広いスペースは高校と中学校のようです。その間にはスンイン市場という市場があるようで。この時はこちら側には行かず、これと反対側に行ったので実際の風景は確認できませんでした。とにかくもうこの時はひどい悪天候で。

で、その反対側はロッテ百貨店があります。韓国といえば、どこに行ってもロッテがある印象を持っていますが、調べてみると韓国内には32店舗だそうで、意外に少なかったです。ちなちみにソウル市内には11店舗だそうです。

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●占い?

駅から上がってきた階段の裏手にあたりますが、こんなこじんまりしたものが出ていました。

右側に大きく書かれている4文字に関して、最初の사주は「シジュ」で、四柱推命を意味すると。次の타로は「タロ」、タロットのようです。占い屋さんということか、中身が見えなかったので追求しませんでしたが。この時かなりの強風で、こんな所で構えているのも大変だろうと思いました。

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●駅前道路

地下鉄なのでこういう幹線道路に面した所に出口があるのが常で、ここも御多分にもれずこのような形になっていて、車がビシバシ通っていました。何度も言いますが、かなりの悪天候でもです。見た目そんな風に感じないかもしれませんが、雨より風が強烈でした。

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●門?

1本柱に支えられたこのようなものが駅に来た時の出迎え代わりだったように思えました。

向こうに見えているスケルトン状のものは、ミアサゴリ駅の2番出口です。単に階段から上がってくる用の出口ではなく、上も横もちゃんと建物の体をなしている出口です。

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●点灯前後

ミアサゴリ駅前のショッピングマート「y-SQUARE」の正面の様子ですが、来たのが薄暮だったので、去る頃には完全に夜の景色でした。そんな訳で、というのでもないのですが、たまたま違う時刻に同じような所で撮っていたので、対比の意味で載せます。

電飾つくとやはりきれいですね。

ちなみにロッテ百貨店は、この隣、駅から離れた方向にあります。海外に来たらこういうショッピングセンターによると実に落ち着きます個人的には。街歩きばかりしても疲れてくるので、その息抜きの意味でも。

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●ミアサゴリ駅 駅舎

6つあるうちの1つの出口に過ぎず、また2番出口ほどの豪華さはないですが、3番出口の部分です。

当駅は1,2,3番と並んでいて、道向かいは4,5,6番出口という形で番号が振られています。

この時は悪天候過ぎて、Y-SQUAREからここまで逃げ込むだけでもひと苦労でした。つくづく旅行に天気は重要な要素だと思い知らされました、たとえろくに外歩きをしないとしても。

そんな感じでお茶濁し程度にしか訪ねられませんでしたがミアサゴリ駅でした。

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2016年8月27日 (土)

島根/益田③ 美都・遥かなる美しき都

島根県益田市、①では益田駅周辺、②として旧・匹見町にスポットを当てましたが、今回は、益田市第三弾として、旧・美都町編にてお送りします。

(2015年8月当時)

●美都温泉バス停

今では益田市内に属していますが、平成の大合併以前は「美濃郡美都町」に属していました。かつて自分は島根県東部に在住しておりましたが、西部の奥深い辺りにあるこの辺は自分にとって「秘境」のようなものでした。

そもそもこの「美都」の存在を知ったキッカケは、若かりし頃バイト先で大きな日本地図を見ていた時に、この美濃郡美都町(当時)の文字が目に飛び込んできて、それはもう未知の領域だったので、ただただ「どんなとこなんだろう行ってみたいな…」と思っていましたが、県内でも距離は遠いし、公共交通機関でアクセスなんて想像もつかないし(当時ネットも何もないし)で、行くなんて夢のまた夢でした。それから25年…その間、何度か考えましたが行くに至らず、ようやく訪ねる事ができました。まさに四半世紀越しの夢!が叶った瞬間でした。

という事で、ここがその美都町の中心地でもないですが、温泉に行きたかったので、役場(支所?)とかよりもここに降りる事を決めました。

ちなみにアクセスとしては、

JR益田駅からバスで「都茂・真砂線」という経路で「二川」行に乗って約50分

で到着…結構かかります。運賃は980円でした。日中のほぼ2時間に1本しかこないダイヤにつき、時刻の下調べは欠かせません。この時は益田→匹見→益田…ときて、ここへ。旧美濃郡2町を益田経由でダブルヘッダー訪問した訳です。

ちなみに広島駅からでも2時間20分ほどかければアクセスは可能です、ここを上がった所の道路上に停まりますが、1日2本しかないのでそれこそ要注意です。

また、中心ターミナル的なバス停は特に見当たらず、ここのバス停にこんな小屋があるので、そこそこ豪華といえばいえなくもないかなと。中もこのように意外と広々とした感じで。

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●バス停降りて

の風景です。架かる橋は「二川大橋」といい、こういう橋でもこの辺りでは「大橋」です。

のどかな集落…という感じですが、温泉ももちろん、お食事処の標識が4ヶ所分は出ていて、なかなかの所だな、という感じでした。匹見のようなひっそりした感じかと思いましたが、意外に色々ありました。あくまでも、のどかではありましたが。

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●みとマンホール

水戸ではなく、「美都」ですが、旧町名でマンホールが残っていたのが嬉しかったです。

真ん中には「ゆず」の絵が配されていますが、美都町は中国地方で最大のゆず生産量を誇る町だそうで、意外なところで一位を発見したなというところですが、なかなか侮り難しでした。

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●二川観光案内

という事で近辺の観光案内図です。

ものすごくイラストに凝ってる感が出ていました。

養老の滝、というそのものの名前の滝があったり、墓地が観光案内に入っていたりしますが、自然にはやはり恵まれていると感じます。

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●湯元館

ここでのお目当てでもある「湯元館」にお世話になりました。

営業時間は5:00~21:00(水曜定休)、料金は420円とありました。

朝早くからなのが驚きでした。

大浴場は勿論ですが、露天風呂も休憩室もあります。

道の駅「サンエイト美都」というのがすぐ近くにあり、美都で最も賑わうエリアなのかな、という感じでした。

HPはコチラ 

…この写真が入館前に撮ったもので、次に写真を撮った時刻がこの1時間強後だったので、その位は中でくつろいでいました。

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●道の駅へ

湯元館と道の駅との標識です。

両者の距離は300mそこそこといったところで、これだけのどかな町の300mは隣のようなものです(笑)

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●道の駅 サンエイト美都

という訳で道の駅です。

湯元館から曲がりくねった緩やかな坂を上って行き着きます。

平成26年7月にオープンしたという事で、この当時でも開業してわずか1年少しというところ、大変新しい道の駅です。

湯元館は「美都温泉」バス停(本記事最初の写真)が最寄りですが、この道の駅は「美都温泉入口」というバス停が最寄りとなります。後者のバス停は広島駅と益田駅をつなぐ「広益線」のバスが通っています。

両者は距離は近いながらも別路線であり、両停留所にひとつのバスが停まる形にはなっていないので要注意です。

一番下の写真の道の駅看板の傍にあるのはトイレです。

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●二川大橋を渡る

さて、ここへ来る時のバスは二川大橋の手前で止まったのですが、これを渡ってみた様子です。

いわゆる二川地区と呼ばれるところの集落が広がっていました。道路に埋もれた感じの家屋といい、目を惹く風景がそこかしこに。これは巡り甲斐がありそう、と高まるばかりでした。こういう景色は本当に大好きです。ちなみに二川というのは地名としては現存していない状態で、いわゆる字名のような状態です。

島根県西部、いわゆる石見地方だけあって「石州瓦」とよばれるオレンジっぽい屋根の家屋が目立ちます。

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●二川郵便局

二川という地名は存在しないものの、地区名としての「二川」が郵便局名として今も残っている格好になっています。住所としては益田市美都町宇津川口、という事です。

建物規模的に決して大きくはなく、かといって小さい訳でもなく、こういう中規模程度の郵便局って結構珍しいのでは?と思いました。郵便局って大小ハッキリしているイメージがあるもので。

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●旧・二川郵便局

上の写真が現役の二川郵便局ならば、こちらは旧の二川郵便局です。

この車の向こうの建物ですが、昭和7年築で昭和47年に近くに移転するまで、ここが郵便局であったそうです。

築80年を越える建物、存在しているだけで素晴らしいです。

外壁は年季いっぱいですが、石州屋根は妙にピカピカで美しい、この不自然なギッャブもなんともいえないものがあります。

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●通りにて

この界隈はどこを通っても昭和の匂いが濃すぎるくらい濃い、平成を感じ取るのが難しい、そんな感じでした。

右手前の家屋は理髪店だったのでしょうか?くるくる回るやつはありましたが、動いてはおらず、間口もしまったっきりでした。もう人が住まなくなって相当経つんでしょうか?…などという事をあれこれ考えてしまいます。

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●JA?

のマークが建屋のど真ん中についている洋館風のかなり渋い建物がありました。この辺りで最も印象的な建屋ですが、JAの建物かというとそうではない模様です。

昭和10年築という事で、旧二川郵便局に並ぶ築80年の建築物で、近くに2ヶ所もこのような素晴らしい遺産がある事に驚きです。故に尚更、平成の息吹が入り込む余地のがないのかな、という気もします。

この建物はなんでも「二川村信用購買販売利用組合事務所」という長ったらしい名前のついたものであったそうです。この長い名前は何なのか??と調べてみると、後に農業協同組合となる今のJAだそうです。この建物が現在もJAとして機能しているかどうか(支店としては存在していない模様…)はともかく、元々は今のJAの前身として機能していたものではあったようです。

そんな歴史を語るより、こういう建物を生で見られた事の衝撃の方が遥かに大きいのですが。まさに美都は美しい都!積年の思いを抱いて訪問して正解でした。正直言えば、もっと何もない所かと思っていた事もありで。

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●湯元館周辺

浸かってきた温泉施設「湯元館」の周辺を対岸から眺めた様子です。

温泉があり道の駅があり、対岸には渋すぎる建物があり、個人的にはかなり満足でした。

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●美都温泉入口 バス停

美都との別れは、このバス停から。このバス停のすぐ下が道の駅サンエイト美都というロケーションです。更に坂を下りて300m程いくと湯元館、その前の橋を渡れば二川地区、こんな感じですが、ここへ来て本当に正解、良い旅ができました。

益田駅から乗ってきたのは「美都温泉」バス停ですが、これは益田市内の路線であり、ここでの温泉入口バス停は広島と益田を繋ぐバス路線のものです。

益田から来たのですが、帰りは広島へと向かいました。

時刻表にある通り、1日2本です。広島からのアクセスも鉄道ではかなり困難ですが、バスなら2時間半程度で行けます。運賃は広島バスセンターまでが2,850円、もう少し進んだ広島駅新幹線口までならば2,870円となります。

という訳で、美都の旅、ここまでです。

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2016年8月23日 (火)

福岡/朝倉 卑弥呼ロマン

福岡県朝倉市、甘木鉄道/甘木駅からの歩き旅です。

(2011年11月当時)

●日本発祥の地!

と、なんとも大きく出たな、という感じですが、甘木駅前の一角に建てられていた碑です。

「卑弥呼の里」とされています。邪馬台国の場所については諸説あり、いまだに特定できない「永遠の謎」といってもよいテーマかもしれませんが、この辺りは遺跡の宝庫で、邪馬台国の条件に当たる要素が多数ある、との内容が傍の案内板には記されていました。

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●甘木駅前通り

時計の前に出ている2つの顔がユーモラスですが、駅前通りの様子です。

高層マンションが複数建ってはいますが、これ以外は比較的低層の建物で続いており、広く続く道には市の中心駅前感はありましたが、中心的エリアは少し先かな?という感じでした。

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●足湯

駅前を歩いていて、ホテルの前だったかにあった足湯です。

「どうぞご自由にご利用ください」などとありましたが、お湯は入っていませんでした…

遠くから見ると「足湯だ!」と分かりながら、いざ行ってみるとお湯が入っていない事に気づくと、本当にガックリくるものですcoldsweats02

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●ホテル

甘木駅前に結構あって、こうして見ただけで複数ありました。

ネットの宿泊サイトで、大都市はいくらでも出てくるんですが、人口のあまり多くない町で、なおかつ駅前ってあまり出てこずに宿泊に難儀した事が少なからずあったので、こういう都市を訪ねた際は「ちゃんと駅前にホテルがある」という、忘備の意味も込めて撮っています。これだ参考になった方がもし居れば幸いです。

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●筑後信用金庫 甘木支店

金融機関の建物って意外と個性的で見てて飽きないので、これと思ったものは撮っています。

ここは、内側にあたる部分がガラス張りになっているのが、なかなか面白いですね。門構えのように非ガラスの外壁部分が構成されていて。

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●甘木駅前郵便局

本局ではなく、駅前郵便局なので規模は小さめです。

しかし、白壁のきれいな建屋で、屋根の具合といい城下町を意識している部分があるのでしょうか?どこにでもこういう感じの郵便局があると言ってしまえばそれまでですが。

甘木というより、朝倉市域という方が正確かもしれませんが、「秋月城跡」が有名でもあるので。この辺りは秋月とは少し距離があるので、この時も行けませんでしたが、今度この辺りに行くのであれば、是非に秋月には行きたいところです。

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●ピーポート甘木

朝倉市総合市民センターであるこの建物、こういったネーミングがなされています。

大ホールは1,000人あまり収容でき、コンサートなども行われ、クロマニヨンズが去年公演を行ったりしています。

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●三面時計塔

上の写真で写っていた建物の向かい側の建物は和風のなかなかのものでした。これは「卑弥呼ロマンの湯」という温泉施設の建物で、ここには入ってきました。

そしてその前には、このような三面の時計塔があったのですが、写真を撮ると、この柱?の部分が必ずどこかしら、このようにキラッと光っていました。

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●あまぎあさくら歴史回廊

と銘打たれた案内地図がありました。

真ん中部分は「甘木市」と旧市名で表記されていたのがまたgoodでした。

邪馬台国候補に挙がるだけあって遺跡が多いのですね。

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●卑弥呼ロマンの湯

の素晴らしい建屋をいろんな角度から。

2004年に朝倉市健康福祉館としてオープンし、入浴料は420円、ととても安いです。大浴場だけだったか、あれこれ何湯というのが沢山あった訳ではなかったと記憶していますが、大きな建物に見合った広々とした浴場の雰囲気は感じられました。

プールやトレーニングルームもあるというなかなかの施設でした。

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2016年8月21日 (日)

京都/向日 かつての栄華と今の激辛…

京都府向日市、JR向日町(むこうまち)駅からの歩き旅です。

(2012年10月当時)

●からっキー

向日市には2003年に初めて来て、次に2009年にも訪ねましたが、これらは駅周りの写真のみで、町めぐりしたものは?という事で、2012年10月の再訪時に詳しく回っていたので、この時のものをお送りいたします。

まずはこの「からっキー」から。

JR向日町駅前に立っていましたが、向日市には「激辛商店街」なるものがあります。

激辛商店街の熱い思いを語り、激辛挑戦者を待っているそうです(笑)

この商店街HPにもありますが、町おこしの材料として熟考を重ねた結果、生まれてきたものだそうで。古き良き伝統に基づいたものでは決してないけれど、その伝統をここから生み出すんだ、という発想でしょうか。かくしてこのキャラクターは2009年に誕生したそうです。

そういえばですが、2003年ここに初めてきた時は、この向日町駅前に地獄ラーメンのようなお店があったと記憶しています。当時は激辛のキーワードの「げ」の字も出なかったでしょうが、勝手に向日=辛のイメージを持っていました。

とにかく、この激辛商店街のHPを見てると色んな料理の激辛店舗が満載なので、興味ありの方は見て挑戦頂ければ面白いと思います。

こんなのがありました →http://matome.naver.jp/odai/2137686618034945101

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●伝統の竹

そんな激辛で売る向日市ですが、元々伝統的なものとして竹やタケノコの里としての側面が強かったようです。同じ京都府の八幡市もそうですね。あとは南丹市、園部の付近のお寺で大きなタケノコを貰った事があって、これも勝手ながら「京都=竹」のイメージを強く持っています。

で、向日市はこのタケでかなり売ろうとして、竹馬で270km先の金沢まで歩いたり、それはもう色々と町の方々は努力されたそうです。が、なかなか大きな反響には結びつき難く、その後丁々発止の挙句、「激辛」が浮上したそうです。

ちなみにこの竹は「かぐや姫時計」だそうです。

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●駅前道

向日町の駅から南西へと進んでゆくメインの通りです。

これを400m程進んでいけば、阪急の東向日駅に行き着きます。この辺りではJRと阪急が平行に走っていて、向日町と東向日の間は西国街道で繋がっています。

京都市のベッドタウン的な位置づけもありますが、この辺りを見る限りでは、あまりそんな雰囲気ではなく、結構のんびりしています。

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●西国街道

というわけで、東向日駅までの道のりです。

向日市の西国街道を歩く3時間コースというのがでていました →コチラ

で、ここに流れている「寺戸川」という川は、今から1400年も前に大陸からの渡来氏族が灌漑用水路として造った、とあります。その頃からそのような発想があったのでしょうか??稲作は弥生時代から始まったというので、水路確保という意味であっても不思議ではないと思いますが、どんな形でつくり込まれていったのか?は興味あるところです。

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●向日町温泉

何気に温泉と銘打った施設が目に飛び込んできました。

普通の銭湯のようで、あちこちから気軽に行くスーパー銭湯タイプの所ではないようです。行った方の感想を見ると、ものすごいにごり湯なのだとか。そこのところは少々惹かれるものがありますね…。

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●車が飛び出る!

面白い軒先の店がありました。

ただこの辺り全般的に古めかしい雰囲気に満ちていて、どれほどの店がやっているのか?謎でしたが。

この辺りはもう東向日の駅を越えた辺りで、その駅前商店街の一角にあたります。

東向日駅については外からしか撮っていませんが、また駅記事にて改めて触れたいと思います。

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●和風

左側は店舗として仕立てられたものかと思いますが、右側のは素晴らしい白壁の和風建築でした。この時訪ねるまで意識していませんでしたが、向日市にはこういった側面もかなりあるようです。よく行かないと分からない場合もありますよね。

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●向日町競輪場

向日は競輪場のある街です。1950年開設され、当時ここは向日「町」でしたが、1972年に向日「市」となっても、そのまま名称が変わらず、今はこれに「京都」の冠された「京都向日町競輪場」となっています。(JRの駅名も同じように向日「町」のままです)

ここ数年は存続問題が取り沙汰されて苦しい状況が続いているようで、来年からは民間委託、早ければ2020年には廃止、などとも報じられていました。最盛期は1987年で、この時は400億円余りを売り上げていたのが、今では人気低迷で100億円ほどに落ち込んでしまっているのだとか。昭和に栄華を極めたものがなかなか続かないものですね、どんな業界においても。

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●向日市商工会館

白を基調とした角ばった建屋です。真っ青な空にはとてもよく映えていました。

表の看板の柱が茶色いのは、元々なのか錆びてそうなったのかは分かりませんが…

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●向日消防署

ガラス張りの印象的な建屋です。

「乙訓の街に聞こえる 火の用心」とガラス部分に貼られていました。

ちなみに乙訓は「おとくに」と読みます。京都の山城地方の郡部で、向日市も郡部であった1972年まではこの乙訓郡に属していました。現在は大山崎町のみが属しています、あの「YAMAZAKI」で有名な町です。

消防署というものでよくある事なのかもしれませんが、小学校の社会見学の記事が載っていて、なかなか微笑ましかったです。

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●向日市文化資料館

市制施行40周年記念事業、というのが前面に出ていますが、1972年に市制化されて、この時が2012年、という事で真っ只中でした。昔の地図や絵図などが展示されていたようで。

この建物自体は、かつて長岡京の一角であった当地に、遷都1200年を記念してつくられたそうです。歴史的な古文書・民具などを展示し、各種の講座・講演会なども開催されていて、立派な施設に見合った活動も行われているようです。→コチラ 

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●時の流れ…

最後になりますが、個人的にかなり惹きつけられたカットです。

どこで見てもこういうものには惹かれます。とにかく歴史、というか、この建物が現役であったのは一体いつ頃なのか??その頃この辺りはどんな賑わいだったのか??この軒先はどんな様子だったのか??などと色々思いを馳せてしまうのです。

まず中には居ないと思われますが、確かにここに居が構えられ、活動がされていた事、そして中に人が居なくなっても、撤去されずにこういう建物が残っている事、それらに色んな思いが交錯してしまいます。

手前が呉服販売のスペースで、向こうが住居だったのでしょうか?この建屋が現役であったことが知る方がもしもおられるならば話を聞いてみたいものです。

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静岡/裾野 富士のすそ野の駅前通り

静岡県裾野市、JR裾野駅周辺の様子です。

(2007年9月当時)

●裾野駅前

交差点です。

メインの西口駅前広場を抜けて直進してから最初の信号のある交差点です。

ここの駅前はあまり歩いていなくて、駅記事以外にあまり写真がなく、乏しいネタでこの記事を書かなくては…というところですが、まずはこの交差点の様子から。

もう9年も前の様子で、それだけ行っていないので、ここがどれほど様子が変わっているのかいないのか正直よく分かりません。ただ、右側はこのような中層の建物が続いているのは変わっていないのではないかと、勝手に思っています。

左側手前は食堂ですね、今でも食べログに出てきているのでまだ現役かと思います。

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●魚加代あたり

裾野駅を出て50m程直進したところに、上の写真の「裾野駅前」交差点があり、ここはこれを右折して50m程進んだ地点になります。

昔ながらのお店が続く商店街ではありますが、右側はだいぶ「歯抜け」になっているようです。

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●裾野市ゲート

駅前の一角で、右側は「寿々木」というホテルです。料金的には1人5,000~7,000円台で泊まれるようです。駅より徒歩1分がウリです。

真ん中には「裾野市」のゲートがありました。歓迎の意を込めてというところでしょうか。

裾野という名だけあって、富士山の裾野に位置するので、そういった客層がターゲットになっているのでしょうか?このホテルの展望バルコニーからの富士山の眺めがなかなか良いようです。

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●踏切渡って

西口から踏切を渡って、東側へやってきました。

だいぶ街の風景から打って変わって…という雰囲気に見えますが、これと交差する道路(踏切を渡った先の道路)は各商店がズラーッと並んでいました。この地図でいうと、真ん中から下に通っている部分で、両サイドに多数のお店が記されています。商工振興会の会員のお店ということで、組合加入店ですね。

こういったいわゆる「商連」の組合行事って結構いろいろあって、全国展開のお店であっても、この界隈にいればイベント前に召集されたり、福引券の説明云々といった事に関わったり…というのは個人的な経験ですが、そんな所もあります。

話戻りますが、この地図的には富士山は左下に隠れている部分にあたり、真ん中最下部の裾野駅から左へ進んで御殿場の方へ行く方がより近づく形となります。

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●東側駅前通り

最後になりますが、西側から踏切を渡った先の様子です。

上の写真の地図でずーっと商店が続いている辺りです。

この時は時間もあまりなく、この程度しか見れませんでした。裾野駅前の風景はこんな感じ、に終始してしまいましたが、折角富士山に近い街でもあるので、今度訪ねる事があれば、その辺りも楽しんでみたいと思います。

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2016年8月20日 (土)

茨城/坂東 まさかどのまちかど

茨城県坂東市、茨城県の南西部、千葉県と接する形で位置し 人口は53,777人(2016.6.1現在)で、2005年に旧・岩井市と猿島町とが合併してできた新しい市です。坂の東、ということから、あるいは市内を流れる利根川が坂東太郎と呼ばれていたことから、この市名になったそうです。

鉄道の通っていない市であり、駅のない市はそこそこありますが、鉄道自体が通っていない市は全国でも数えるほどしかないそうです。

upしたと思っていたらしておらず、今気づいてあげる事にしました。

(2013年10月当時)

アプローチ

茨城県は鉄道のない市が何故か多く、ここもそのひとつです。他の市としては、行方(なめがた)市、稲敷市、かすみがうら市、神栖市と関東にありながら異様に多いです。小美玉市も中心駅が無くなった形で、明確な中心地ではない駅が存在するだけの形になっています。

冒頭で千葉県に接している、と書きましたが、同じ県内の神栖市では千葉県は銚子駅からアプローチしましたが、ここ坂東市では千葉県野田市駅 からの鉄道アプローチでした。

野田市駅を出てすぐのところにバス標識が立っているので、この2番線というところにいれぱやってきます。岩井車庫行きのバスに乗ります。今から約3年前の様子であり、今も変わっていなければですが…。

とりあえず、岩井市への公共交通機関でのアクセスはこれがメインです。バスの本数は1時間に1本で、のがしたら1時間待ちになるので、あまりなかったですが近くのお店で食べるか、キッコーマンの工場周りを散策するかです(笑)

この時は、近くの「樹林」さんというお店で味噌ラーメンを食べました。

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●岩井局前バス停

野田市から県境を越えてバスに乗ってきた訳ですが、坂東市でどこに降りようか?というのがありました。つまり、どこで降りればそれなりに中心地街を歩けるのか?という事で、選んだのがこの「岩井局前」。旧・岩井市の名のついた「岩井郵便局」の前です。

下側の写真のようなこんな感じで、色んなバス停標識が立っていました。

個人的にはここが、「関東地方で最後に訪ねた市」でした。ここ坂東市こそが記念すべき関東の市全制覇の地なのです。茨城県は関東の県庁所在地でも最後に訪ねたところ(2007年)であり、また鉄道駅のない市が多く、とりわけ難関であったので、感慨深いものがありました。

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●降り立った場所

の様子です。

完全な市街地、街の中で、とりあえずそこそこの賑わいがあってよかった、そんなところでした。間違って変な所で降りてしまって、なんにもない…なんてことは今でもよくあるので。

とりあえず、1時間に1本しかバスがないので、帰りの時刻は要チェックです。

野田市駅からの所要時間は約20分、料金は600円とありました(すみません、忘れたのでサイト見ました)

downwardleft改めて、アクセスまとめます。

train東武/野田市駅からbus「岩井車庫」行バスにて「岩井局前」下車
             (1時間に1本。約20分600円)

     ※岩井局前の前後のバス停でもそれなりに街の所で降りられます

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●岩井郵便局

バス停の前にあった坂東市の中心局です。

茶系のゴツッとした建物が印象的でした。

上層部が重い感じの建屋で、妙なバランス感?があります。

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●仲町十字路

という交差点ですが、上のまん丸いモニュメント?はかなり目を惹くし、カメラ持っていたら「撮るしかないだろう」という感じでした(^^

このグルッとした中に巧みに標識を取りつけていたりします。

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●マンホール

平将門をイメージしたとものと思われますが、郷土の英雄として語られ、「将門まつり」なるものも毎年11月に行なわれているといいます。将門は「新皇」を名乗り、ここ岩井の地に政庁を置いたという事で、当初は「朝敵」としてのイメージが色濃く、のちに朝廷の横暴さに立ち上がった英雄へと、時代によってかなり評価の変わっている人物のようです。我々教科書で勉強した身としては、やはり朝敵のイメージが強かったですね。

下の部分は「坂東太郎」との別名を持つ利根川ですね。

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●センターモール

降り立った道路はそのように名づけられていました。

それに関しては「へぇ」という感じでしだか、そこの標識にある住所表記が「岩井市岩井」となっており、旧自治体名で残ってるな…と思って撮りました。

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●本町バス停

国道354号線上を北西へと進んで行きます。

先の仲町十字路の辺りがこの市の中心的エリアのようで、これを外れていく形になってきています。それでも本町というだけあり、まだまた中心的な雰囲気の街並みではあります。

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●交番西交点

国道354号が県道20号と交差し、また国道が続いていくという地点です。

3年前の写真ですが、コナカもガストもまだあるようです。入力(街歩き)の多さに比べて出力(ブログup)が追いつかないので、どうしても鮮度の低い記事が多くなってしまい、それもあって一応現存しているか否かはそれなりに確認しているつもりです。最近量販店の淘汰が特に激しいので…

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●とある店先

国道354を北西へ更に進むと、かなり穏やかな雰囲気になってしまっていました。

そんな中で見かけたポスターです。

将門つりは先述のとおりですが、これがまたカッコよくつくられていました。

一方は畳のポスター、ここは畳屋さんですね。このポスターは「全国畳材料卸商組合連合会」というところの作成だそうです。女性が誰なのか?は…分かりませんでした。これは別にご当地のものではないですが。

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●マンホール2

更に歩いているうちにもうひとつのマンホールを見つけました。むしろこっちの方がメイン?かもしれないです。最初の柄のマンホールが検索してもなかなか出てこずで。

で、このマンホールはかなりゴチャゴチャした印象をうれましたが、市の鳥であるウグイスがまず載っていて、市の木ケヤキと市の花チャノハナが載っている形でしょうか。真ん中は坂東市の「ば」が据えられていて、これだけはハッキリ分かりました。

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●ホコテン規制

坂東では、月に一回「坂東ホコテン」というイベントがあり、7月と11月を除く毎月第4土曜日に行われています。2010年5月から始まったそうで歴史はまだ浅いですが、この辺りのエリア活性化の為にスペースを有効活用頂こうという趣旨のようです。

ということでサイトがでていました→コチラ 

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●秀録

「しゅうろく」という、この裏手の表示に引き込まれてやってきましたが、酒蔵!

独特の佇まい、酒蔵というのも街を旅していて、大変得した気になる貴重なところです。その年季の入った風景を目にするだけで「来て良かった!」となるので。

ところが…

このお酒の醸造元の「大塚酒造」なるところが、2011年5月をもって後継者難等あり廃業していた、というのです。この写真はその2年半後で、既に廃業していたとは知らず…眺めていたのでした。

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●とことん将門!

この時は生誕1111年記念事業なるものがあり、通常の将門まつり以外にもこうして盛り上げられてきたようです。英雄として、また反逆者として、様々な捉え方をされる将門ですが、こうして後世に名を残していってる事自体は素晴らしい、とただただ思います。

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坂東は将門の町、です。

2016年8月19日 (金)

MTR金鐘駅 (香港・中西区)

香港のMTR金鐘です。

-MTR金鐘(金鐘站)
【路線】MTR茎湾線(中環-茎湾間)
       港島線(堅尼地城
-柴湾間)
【開業】1980年2月12日
【訪問】2016年1月 
【近隣の主要駅】 (中環方面) 中環駅→隣駅
           
(茎湾方面) 尖沙咀駅→隣駅
           
(堅尼地城方面) 中環駅→隣駅
           
(柴湾方面) 湾仔駅→隣駅 

●駅名標

金の鐘と書いてありますが、アルファベット表記はこの漢字の発音ではなく、 「Admiralty」と英語のものとなっています。かつてここにイギリス海軍の基地があり、その名前が「Admiralty Dock」というそうで、そこからこの名になっているという事で。ちなみに金鐘の広東語読みは「カンツォン」というそうです。

中環方面と、堅尼地城方面とで共に中環駅が隣駅のは、いずれの線も中環駅とここ金鐘駅が被っている為です。

駅によって壁面の色が違っていたり、特になかったりもしますが、ここはブルーカラーでした。

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●ホーム

北の方へ分岐する「茎湾線」と、南側の香港島を横へ伸びる「港島線」の被っている駅で、こちらは港島線の方のホームです。

隣が中環駅で、右側にブルーのラインが引かれていて、その下が結ばれている格好になっていますが、これは香港駅と徒歩連絡で繋がっている事を意味しています。

この辺りは中心地に近い、というより中心地をなしているエリアの中にもあるので、このようなフルフェイス型のホームドアになっています。これが郊外の駅になると、普通に前に何もない形のホームになるので、中心地と郊外の格の違いのようなものを感じずにいられませんでした。

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●ホーム

ホームは絶賛工事中のようでした。

これが今から半年前の様子ですが、今頃はどうなっているやら?

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●ホーム壁面

最初の駅名標の写真は、これの字の部分だけのカットだったのですが、この毛筆体のようなものも壁面にしっかり描かれていました。

この形のものは湾仔駅にも黄色のバックでありましたが、ある駅とない駅があるんですよね。こういう字体のある駅に出くわすとなんか得した気分になりました。

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●当駅の位置

「ココ」と記しているのが当駅の位置です。下側の香港島を横にブルーのラインで繋がっているのが「港島線」で、当駅から上に赤いラインで伸びているのが「茎湾線」です。

茎湾線の方で上に伸びた先の隣駅が「尖沙咀」という香港随一の繁華街であり、対岸の町と結ぶ重要な役目を果たしています。また、隣の中環駅からも同様に上に伸びていますが、こちらは「香港駅」と繋がっており、外部通路で連絡されています。

繁華街なら北側の尖沙咀、旺角、九龍といった駅の辺りが良いのでしょうが、夜の喧騒が結構なものと聞いたので、南の香港島の方に宿をとりました(湾仔地区)。

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●付近案内図

外国人にとってはなかなか難しいものがありますが、英語表記があるのが救いです。あと漢字がある事も、これも簡体字でなく繁体字で。

この辺りも結構高層のホテルが駅周辺に建っていました。宿泊地のスポットとしては、そんなメチャクチャに注目度が高い訳ではないと思いますが、駅として交通アクセスが至便につき、利用価値は高いかと思います。いわゆるロケーションが良い、というやつですね。

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●エスカレータ

上っている途中と上った後の様子です。

駅ホームの壁面同様、ブルーで統一されていました。

天上の黄色いラインがブルーとのコントラストが効いてます。

ちなみに香港の駅ではセキュリティチェックはありませんでした。タイや中国大連の一部ではあったので、その度に身構えていましたが、ここは全く不要でした。でも気を抜くのは禁物、一定の気は張っていないと…、香港旅通してまったくそんな危険性は感じませんでしたが、やはり外国なので。

あとは「オクトパスカード」を手に入れていたのでとても便利でした。どうしても色んな駅へ行って旅したい派なので、各駅でいちいち切符を買うのは結構面倒で、また現金をさほど持ち歩く事もないし、盗難の可能性も下がります。切符買う度にいちいち財布出してると、いつ狙われるかと心配にもなるので。

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●見上げたら

こんな感じでした。駅出た先です。

高層ビルが立ち並んではいますが、人がワンサカ通るというほどではありませんでした。車は結構ワンサカ通っていましたが。

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●駅出てすぐ

見上げたら、上の写真のような景色でしだか、これは駅の地下から上がってすぐの状態です。真ん前がバスターミナルでした。出口にもよりますが…。

しょっちゅうバスが行き来している中で、動物や魚のユーモア溢れるイラストが多数描かれていました。動物園行きのバスが出ていて、そこの入場チケットを売っているのかな?という感じでしたが、 「香港動植物公園」というのがあるそうで、そこへ行くバスもここから出ていますし、隣の中環駅からも出ているようです。この金鐘駅からでは4.3HK$、今のレートでいえば50円くらいでしょうか。行きたかったのですが、とても時間なく(元々1泊でもあり)、スルーしてしまいました。頑張れば歩いてでも行けるようです。

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●駅で買い物

地下のお店の一角で、シュークリーム?を買いました。

ウインドウにあった商品を指さして「Blue Berry」とか言いながら、あとは「One!」というだけで買えました。大抵英語は通じるのかな、という感じでした。

よく「指差しOK」とかあるんですが、数量をちゃんと言っておけば安心ですね。やはり数量は聞いてくるので、そこのところで通じずに買い物を尻込みすると勿体ないですよね。もっとも店員さんの方も「One?」とか聞いてくる訳ですが、最初に数量を言っておけば、カタコト英語で全然OKです。英語が通じれば…ですが。広東語しか通じないとなると難しいてすね。

日本語通じる期待は…正直できない、と感じました。この旅行の時は日本語は一切発しませんでした(笑)

あ、このブルーベリーシューおいしかったてすが、クリームのボリュームがすごくて、食べ方要注意です(笑) ⇒HPがありました:コチラ 

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●金鐘駅 駅舎

地下駅なのでこんな感じですが、それでもここは建屋の中にある出口なので、そこそこ豪華な雰囲気です。

かなり駆け足で来たので、雑なレポでスミマセン、金鐘駅でした。

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2016年8月16日 (火)

南海/和歌山市駅 (和歌山県和歌山市)

和歌山県和歌山市の南海/和歌山市(わかやまし)です。

前回記事で、「和歌山駅」をupしましたが、今回はこの和歌山駅と共に「市駅」として相並び立つ和歌山市駅の記事です。

-JR・南海/和歌山市駅
【路線】JR紀勢本線(亀山-和歌山市間)
    南海本線(難波-和歌山市間)
       和歌山港線(和歌山市-和歌山港間)

【開業】1903年3月21
【訪問】初訪問-2006年7
【1日あたり平均乗車人員】 JR-1,845人/日 (2014年)
                  南海-17,732人/日(同上) ※南海は乗降人員
【近隣の主要駅(亀山方面)和歌山駅→2駅
           (難波方面)みさき公園駅→4駅

           (和歌山港方面)和歌山港
→隣駅 
           (加太方面)加太駅→8駅

●駅名標

ここへの初訪問は2006年7月ですが、写真は2007年4月訪問時のものを中心にお届けします。

JRも紀勢本線として通っているのですが、和歌山駅と結ぶ線の要素が強く、南海の主要駅としての機能が前面に出ている形で利用者数にもかなり差があります。それ故この記事タイトルも「南海」と冠しました。

この駅名標はJRの路線のものですが、駅名標は完全に南海で、JRには路線が通っているだけで、他は全て南海といっても過言ではない雰囲気がありました。

南海では本線の終着駅という重要な役割を果たし、また隣の和歌山港駅と1駅分だけ結ぶ「和歌山港線」としても所属しており、また属してはいないものの加太駅までを結ぶ「加太線」も当駅へ乗り入れてきています。

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●改札

ホーム内の写真をあまり撮っておらず、次はこの改札の風景です。

こういうカットを撮るのは珍しいのですが、奇跡的に人がいない瞬間があったので。人がワンサカいるうちは基本撮りません。

JRも南海も共用の形で、同じ和歌山県の橋本駅などもこのような構造と記憶しています。南海の方は車両数の情報も載っていますが、JRは時刻だけで、ここにも南海優位の感を垣間見ました。

それぞれ全然時間帯が違うところに、路線によっての運行状況(本数)を窺い知る事も出来ますね。

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●階段を下りる

和歌山市駅といえば正面にデンと構える大きな階段が特徴的で、鹿児島中央駅を思い出しました(あんなに階段むき出しではありませんが…)

そんな階段を降りる時のカットです。地下にも商店街があります。

冒頭も書きましたが、この駅は「市駅」の愛称で親しまれており、一方の和歌山駅の方は「和駅」といわれています。それぞれ市内で中心駅として並び立つ存在で、両者の距離は3㌔余りあります。市内の主要施設へはどちらの駅からでもそれなりに距離があり、アクセスが良いのかどうかよくわからない町、というのが個人的印象ではあります。

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●駅前通りへ

駅舎の前はこのような広い道路があって、これを隔てて駅前の通りへ。

元々あったアーチを遮る形で、ホテルの看板が出ているのがなんとも関西…な気がします。

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●駅前広場

バスターミナルが広がっていて、和歌山駅と並びバス交通の重要拠点として存在しているのが窺えました。

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●和歌山市駅 駅舎

和歌山駅と並ぶ、堂々とした佇まいの駅舎です。

昔の和歌山駅もこのような色ではありましたが…。

しかしこの駅もピーク時の昭和40年頃の乗降人員は約5万人、現在はその1/3程度にまで落ちてしまい、また駅舎の老朽化もあり、建て替えになるというニュースがありました。

図書館が入り、スーパーも入るとの事で、イメージ図も見ましたが、このようなカラーではなく、白を基調としたシックな色遣いになるようで、こういう目を惹く感じではなくなってしまうのかな、と思うと少々残念な思いもします。

2015年からの5か年計画で再開発を行うとの事で、現在真っ最中かと思いますが、この駅の姿はこの記録にていつまでも残ってほしいと思い、また新駅の姿にも期待したいと思います。

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2016年8月15日 (月)

JR和歌山駅 (和歌山県和歌山市)

和歌山県和歌山市のJR和歌山(わかやま)です。

和歌山市は和歌山県の北西部に位置し、人口は362,840人(2016.6.1現在)で、和歌山県の県庁所在地であり、紀州徳川家が治めた紀州藩の城下町として栄え、かの徳川吉宗もここから世に出た人物です。

かつて1980年代前半は人口が40万を越えていた時期がありましたが、近年は減少が問題となっており、当時より1割ほど落ちています。

-JR・和歌山電鉄/和歌山駅
【路線】JR紀勢本線(亀山-和歌山間)
      阪和線(天王寺-和歌山間)
      和歌山線(王寺間-和歌山間)
    和歌山電鉄貴志川線(和歌山-貴志間)

【開業】1924年2月28
【訪問】初訪問-1993年9
【1日あたり平均乗車人員】 5,251人/日 (2014年)
【近隣の主要駅(亀山方面)海南駅→4駅
           (天王寺方面)和泉砂川駅→6駅

           (王寺方面)岩出駅
→6駅 
           (貴志方面)貴志駅→13駅

●ホーム

ここへの初訪問は1993年9月、実に23年も前の事となりますが、この記事でお送りする写真は2006年7月の再訪時のものを中心にお届けしていきます。それでも10年前になりますが、このあたりの景色はそんなに変わっていないのではないか、と勝手に思いながら載せます。

さて、この和歌山駅、開業が1924年と他の主要都市駅に比べるといささか遅い形となっていますが、この駅は元々東和歌山駅として開業したものであり、この時既に「和歌山駅」が別に存在していました、今の紀伊駅(現・和歌山駅の隣駅)です。その後、様々な世の流れの変化に従い、当駅の方が中心的機能を持つようになり、1968年になって現在の「和歌山駅」に改称されています。

JRで複数路線に分岐するキー駅ですが、どの路線でも終着駅扱いで、紀勢本線と阪和線の境界となる駅でもあります。また、JRのみらず「和歌山電鉄」の始発駅でもあり、この鉄道では終点まで乗って行くと、あの「たま駅長」の居る"貴志駅"に辿り着きます。初代駅長は亡くなってしまいましたが、現在は2代目のたま駅長が就任しています。

南海に「和歌山市駅」があります(JRと共存)が、こことは少し距離があり、JRで紀伊駅を挟んでの移動、またはバスでの移動になります。松山駅と松山市駅との関係に少し近いですかね、この両者の場合は鉄道での移動は不可能ですが。

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●ホーム2

ホームから階段へ行くにあたっての各ホームの案内はこのようになっています。

これ以外に7番線は和歌山線として岩出方面、8番線は和歌山市駅と結ぶ紀勢本線で、この撮影しているホームはこれらにあたります。その為、この駅名標では隣駅表示が片側しかない格好となっています。

また、9番線として和歌山電鉄のホームがあります。6番は欠番であり、しめて5面8線と広大なホームを有する形となっています。とても中心駅ではなかったとは思えないですね。

ここから「9番線」の写真までは2010年10月の再訪時のものです。状況はあまり変わっていないかと思いますが、車両によっては2006年当時なかったものなども出てきます。

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●駅構内

何といっても印象的なのが、このように自動車を駅構内に展示している事です。

これはダイハツのディーラーにより置かれているもので、新大阪駅にも同様に置いてるのだとか、新大阪には何度も行っているものの全く気付かなかったです。

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●8番線から

という事で、こちらは和歌山市駅と結ぶ紀勢本線のホームで、当駅→紀和駅→和歌山市駅と結ぶ短い路線用です。

ちなみにかつて和歌山駅を名乗っていたのは「紀伊駅」で、この「紀和駅」と紛らわしいものがあります。

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●9番線

こちらは和歌山電鉄のホームですが、独特なカラーの列車が顔を覗かせていたので衝動的に撮ったものです。 「おもちゃ電車」と呼ばれる車両で、2007年に登場したそうですが、このあと2009年には、猫の顔が模された形がフロント部に出てくる「たま電車」が登場する事となります。いずれも有名な水戸岡鋭治氏の手によるデザインだそうです。

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●駅前目線

和歌山駅を出ての様子です。

さすが県都、堂々とした佇まいで、高層の建物が向こうへ続いていっています。

和歌山県は特に、人口規模では和歌山市一極集中の状態で、次に人口が多い自治体は田辺市の7万台です。そんな背景もあって、和歌山県内でこのような高層の建物が続くエリアというのはそうそうないという事です。

あと、ここで印象的なのは近鉄の電車は一切走っていませんが、向こうに「近鉄特急」の看板が見えたり、近鉄百貨店が入っていたりします。

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●近鉄百貨店

という訳で駅の真ん前に堂々と建っています。

和歌山市はおろか、和歌山県自体に近鉄は走っていませんが…。和歌山県で走っている大手私鉄は南海のみです。ちなみに和歌山「市駅」の方の駅ビルは「南海和歌山ビル」となっています。

2014年に高島屋が閉店以降、市内はおろか和歌山県内でさえも、ここが唯一の百貨店として生き残っているそうです。近鉄における売上としては、あべのハルカス店がダントツで、奈良店や大阪上本町店よりやや下という状態で、2013年の調査で売上234億円、全国73位という記録が残っています。地方都市での「百貨店」という業態の今後というものは色々考えさせられる要素がありそうです。

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●和歌山駅 駅舎

2007年4月当時の駅舎です。

この当時からでは駅ビルの名称が変わっており、この当時は「VIVO和歌山」で、現在は「和歌山MIO」としてリニューアルされているという事です。長らく行っていないので、その辺りもまた確認したいものですが…

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●和歌山駅 駅舎2

こちらは初訪問した1993年9月当時の駅舎です。

建物は同じですが、外装が今とだいぶ違っていて、濃い色で迫ってくる感じ?がありました。

この時は、近畿地方で最後に訪ねた県が和歌山県で、しかもここだった、という個人的にはかなり記念すべき訪問でした。

建屋の前にかかっている幕に枠がなく、そのまま垂れ下がっている感じで、後年のものは枠内にはまる形となっています。

この幕のいちばん右の分には「世界リゾート博」という、この翌年1994年夏に和歌山で開催された体験型博覧会のものがあり、時代を感じさせられます。関西国際空港の開業はこの博覧会の終盤となったものの、こういう形での地方での博覧会の「稀有な成功例」として語られています。

駅に歴史ありで、建物が変わっていなくても、色々な部分に目を向けて時代を感じる事ができるものだなと、改めて思わされました。

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2016年8月14日 (日)

埼玉/白岡 市になって行ってみた!

埼玉県白岡市、JR白岡駅からの歩き旅です。

(2016年5月当時)

●再訪

冒頭のリンクでは駅訪問は2008年8月としており、確かにこの時が初訪問でした。

当時はまだ「白岡"町"」で、人口5万程居ながら、「いつ市になるのか??」と言われていた状態でした。

その後2012年10月に白岡「市」となったのですが、それ以来行ってないな…と思って、この5月に8年ぶり、市になってからは初めて訪ねました。

駅記事で触れた内容が手薄だったこともあり、まずは駅からの風景を。駅記事では狭い西口からしかお伝えできませんでしたが、広い東口の様子を、という事で、ロータリー周辺です。

この東口は広々とはしていますが、近年付近の区画整理が行われており、実質的な中心部は出口前の狭い西口の方になります。

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●白岡駅東口

前回、駅記事で撮れなかった広々とした東口の駅舎周りです。

駅前の広さこそ全然違いますが、駅舎自体は西口とほぼ同じです。

やはりライトブルーの屋根縁が印象的でした。

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●白岡マンホール

もともと町であったところが、そのまま市に移行したので、どちらにしても「しらおか」に変わりなく、町時代とか市制化以降とか無関係ですが、なんでも「希望と創造」をデザインしたものだとか。自治体の特色とはあまり関係なくつくられたものでしょうか?

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●みどりの窓口廃止のお知らせ

白岡駅では、今年の3月20日をもって「みどりの窓口」を終了したので、今後は各券売機で購入下さい、という事が書かれていました。

みどりの窓口がある事が、それまで駅規模を計る基準として捉えていた要素のひとつだったので大変驚きましたが、JR東日本各駅で最近このような動きがあるそうで、これまた大変驚きました。こうして無人化が進んでいくのでしょうか…??

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●西口周辺案内図

というより、商店会加盟店の宣伝的な要素が強いと取れなくもない看板でした。

これだけのお店が商店街を支える存在としてあるのは確かです、これがいつ時点のもののかは分かりませんが…

それにしても「うるおいと活力のある…」と銘打たれているにも関わらず、すっかり色褪せてしまって説得力がかなり落ちてしまうというものです。下の自治体欄などは、「町」を「市」に貼り換えただけで、やっつ感すら持ちました。これに関しては振興の気持ちが感じられずで…。

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●白岡駅バス停

駅を降りてすぐ、というより、狭い広場を渡って、線路と平行に走る道路沿いにある感じです。駅舎に乗り入れる感じではなく、駅前の道路に停まるという感じです。

向かいにはお店が軒を並べていますが、\1,000バーバーがありました。最近こういうお店が多いですね。いわゆる「床屋」で\3,000以上かけて、なんてのはどんどん廃れていくのでしょうか?これもまたローコストビジネスの象徴的存在なのかな、と最近思います。

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●昔の名前で

出ていた看板です。

ここの場合は特に、合併を伴う事なくそのまま町から市に移行したので、この辺りのメンテが追いついていない部分が少なからず見られるかと思います。

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●みそ玄さん

上の写真にも写り込んでいましたが、白岡駅西口を右に出てすぐのところにあるこの「みそ玄」さん。その名の通り、味噌ラーメンをウリにしているラーメン屋さんです。お昼はコチラで頂きました。

「特みそ」ラーメンというのを特にウリにしているようですが、他にも「北海みそ」や゜あっさり正油」、そしてつけ麺もあったりしました。個人的にはあまり好きなタイプのものではなかったのですが、白岡駅前で手っ取り早く食べたいという場合には、おススメして良いお店かなと思います。

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この後は、この道をそれて商店街に本格的に入りましたが、市になったからどう、という事は現時点ではないようです。これからその影響がでてくるのかどうか…楽しみではあります。

2016年8月10日 (水)

茨城/常陸太田 坂を上れば鯨ヶ丘!




茨城県常陸太田市、JR常陸太田駅からの歩き旅です。

(2013年10月当時)

●駅からの道

新しい駅舎となっていた駅を一通り見た後は町へ出ました。左に覗いて見えるのは、駅前のバスのりばの庇です。

ここからどこをどう歩いたら、ご当地らしいものに出会えるのか?全くの手探り状態でのスタートでした。

まず最初はこの右側の道路を向こうに進み出しました。

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●マンホール

「やまぶき」という表記が見られます。別にここがかつて「やまぶき」という地名・自治体名であったとかは一切ないようです。「山吹運動公園」や日帰り温泉は「やまぶきの湯」というのはありますが、ここと山吹の関係性が今ひとつよく分かりません。市の花がやまぶきであるという事で、ここでも全面的にあしらわれていますが、まるで自治体名かの如く表記されているのは甚だ納得のし難い部分がありました。

「ひたちおおた」とか「おおた」とか表記されているマンホールはないか?とネットで探すも見受けられませんでした。カラー版は山吹色のようです。

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●古き良き日の…

建屋群に早速出会えました。

駅前の道からまっすぐ行って程なく、そのまま直進する道と右斜めに上っていく道との分岐点辺りのこの光景はありました。

コンクリート製のゴツゴツしたこじんまりとした建物、コンクリートの黒ずんだ感が年季を物語っていて、思わず足を止めたくなる光景でした。

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●福祉会館入口バス停

2つに分岐した駅前の道路の左側の平坦な方を進んでみました。

平坦な道でまっすぐ来た感じだったのですが、道路の連続性でいうと、それまで県道を通ってきていたのを、分岐点の部分でそれた格好になったのがこの道路の方で、上の写真での右に分岐して坂を上っていく道は県道として続いている形になっているのでした。

この時はまだ、こちらの方が本流の道路だと思いながら歩いている真っ最中でした。

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●かわねや前

というバス停に来ました。

上の写真から少しだけ進んだ地点です。

左向こうに「かわねや」というスーパーがあり、その前のバス停という事ですが、かわねやは明治の創業で、ここ常陸太田に本部機能を持ち、5店舗が運営されているといいます。売上高は96億円ということで、この店舗数にしてなかなかの規模かと感じます。

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●鯨ヶ丘トンネル

この訪問の前年にあたる2012年7月17日に開通した新しいトンネルです。

トンネルの上は中心地的な賑わいを見せるエリア(この丘自体が「鯨ヶ丘」 )ですが、この時はそれをつゆほども知らずに、ただただこの辺に何があるか?と思っていわば下道を歩いていた格好です。

トンネルの全長は128mと実に短いものですが、それまで通じていなかった部分を貫いたこのトンネルの重要性は今後増していくのかもしれません。

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●上りゆく…

駅方向へ戻って、駅前の道を右にそれて上っていきます。

結局、先程までの地点でこれといったものが見つけられず、中心市街的なものも分からず、ここを入って行くととどんな通りに出会うかsign02と思って進んでみました。

なかなか古風な建屋が続いていて、これだけで妙に惹かれるな…と思いながら、坂を上っていったのでした。

今どきはスマホの地図なりで調べれば分かるんですが、そこをあえて知りたくないというか、知らずにピュアな感覚で様々な景色に出くわす事を大事にしたい、と思う気持ちも結構強いので、明確にここを訪ねると決めている時は勿論調べますが、あえて知らぬが華で進める旅も大変楽しい、と感じる訳です。

街灯が続いているところに、商店街っぽい雰囲気を感じましたが、これで中心街に出るのか、はたまたこれが廃れきった姿なのか…?まだ分からずでした。

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●下井 水天宮

坂を上っていく途中で出くわしたものです。

初めてといっていいほど、地場の独特のものに出会えた、そんな感じでした。

鯨ヶ丘には七井(ななせい)と呼ばれる井戸があったといい、ここはそのひとつですが、昔の通りに残っているのはここだけです。

幕末の1857年に御神符を受け、水神様を祀っているという事ですが、現在のお宮は昭和9(1934)年に史跡保存会を結成して新築したといいます。しかし老朽化が目立ち、平成16(2004)年に再度、神宮奉賛会を結成して、「原形を極力保ち、50年以上保存できるように」という事で竣工したそうです。

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●更にのぼる…

坂が段々急になる感じで、この先行っても大したものには出くわせないのかな?このまま引返して近場だけ歩いて満足する事にしようか?とかなり思っていたところでしたこの時…。

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●旅は終わらず

坂を上り切って、これといったものが見つからなければ、このまま引き返そうと思っていました。しかし…

上り切るや否や、このような光景が広がっていて、ミニ公園のようなスペースにイベント用のステージもあり、「鯨ヶ丘」の碑も前面にあったり、この辺こそが旅して巡るべきエリアなのが、と痛切に感じられました。

もし、横道それてちょっと歩こうという気にならなかったら、適当に駅の前だけ歩いて帰っていたかもしれません。諦めようと思っていたところでちょっと頑張ってみると、こういう光景に出合える、本当にそんな感じでした。人生のシーンにも言えるような事を体現できました。

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●鯨ヶ丘散策図

このあたり、やはり町の中心地らしく、このような案内図が出ていました。

先述の太田七井に加えて、「七寺」「七坂」などというものも定められているようです。

見どころもこの辺りに集中しています。

それまで、ここに何があるのか?歩いてもなかなか見つけられない感があったので、俄然旅のモチベーションが上がったという訳です。何も知らないところから、こうして見つかるのがなんともいえない幸福感があり、個人的な知らない街の旅の大きな醍醐味でもあります。

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●石窯

これは東日本大震災で被災し処分された大谷石を再利用してつくられたものです。

待ちの元気を取り戻すためのモニュメントの役割を果たしている、と書かれています。震災を風化させない為に。

茨城県も少なからず被害を受けているので、この事を忘れない思いは強いのかと思わされます。「がんばってます常陸太田プロジェクト」なる団体の手によりここに設置されています。

ちなみに大谷石は「おおやいし」と読み、軽石凝灰石の一種という事で、いわゆる軽石ですね。主に栃木県宇都宮で採掘されるもので、外壁や土蔵の建材として使用されるものだそうです。耐火性に優れ、軽くて柔らかいという性質の為に使われているのですね。

前面だけ見ると、灯籠石の下半分のようにも見えますが、裏から見ればこの通り、釜であることが分かり、薪割りされた木材も用意されています。

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●鯨ヶ丘ふれあい広場説明板

最後になりますが、このような説明板がありました。

この辺りでは、今から約900年前の平安時代に藤原道延という人物がお城を築いたといわれています。この人物は藤原秀郷の子孫で、築いたお城は太田城といわれ、当初は太田大夫と称していたそうです。後には佐竹氏が入り、長らく城主の座を務めていたといい、平安末期から江戸初期(この時期に廃城)にまでおよぶ長期間であったといいます。

特段遺構らしきものはないようで、城址の碑があるくらい?それでも関東七名城のひとつというので、これまた驚きです。

この広場が整備されたのは2008年の事で、市民協働によるまちづくりの想いに支えられ、その結晶としてここに存在しているという事ですね。常陸太田きっての歴史あるエリアでありながら、ここが近年新設されたように新ランドマーク的な役割も果たしているのかな?と思ったりで、常陸太田の駅に来たら、ここへは一度寄るべきかな、と感じた次第です。

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2016年8月 3日 (水)

ソウルメトロ/東大門歴史文化公園駅 (韓国/ソウル特別市)

韓国ソウル特別市のソウルメトロ/東大門歴史文化公園(동대문역사문화공)です。

ソウルメトロ・ソウル特別市都市鉄道公社(SMRT)
          
/東大門歴史文化公園(동대문역사문화공)
【路線】ソウルメトロ2号線(市庁駅-市庁間【環状】)
            4号線(タンゴケ-鳥耳島間)
    ソウル特別市都市鉄道公社(SMRT)5号線(傍花-上一洞間)

【開業】
ソウルメトロ-1983年9月16日
    SMRT-1996年12月30日
【訪問】2016年5
【1日あたり乗降車人員】 メトロ-37,902人/日(2012年)
                都市鉄道-2,612人/日(2012年)

【近隣の主要駅】 (市庁方面)市庁駅→4駅  
            (タンゴケ方面)東大門駅→隣駅
            (鳥耳島方面)明洞駅→2駅
            (傍花方面)鐘路3街駅→2駅
            (上一洞方面)往十里駅→4駅

●構内

今年5月に1泊で初ソウル旅した際に泊まった東横イン東大門の最寄駅です。

こうして振り返ってみると、殆ど構内の写真を撮っておらず、こんな途中の通路で雨漏りしていてバケツが置いてある様子を撮ったのみでした。

東大門歴史文化公園と書いて「Dongdaemun(トンデムン)ヨッサムンファゴン」というカタカナ表記になるそうです。

隣が東大門駅なわけですが、とにかく長ったらしい駅名です。

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●駅周辺地図

ソウルメトロとして2号線と4号線が、ソウル特別都市鉄道として5号線が通るという、3路線の交差する重要な駅のひとつです。

東大門歴史文化公園という名の公園が存在する為にこの駅名ですが、元は東大門運動場という競技場があり、当駅も東大門運動場駅というまんまの名前を名乗っていました。これが解体された後、現在の公園が開場され、2009年に現駅名を名乗っています。東大門運動場は1988年のソウル五輪でもサッカーの会場として使用された歴史的な競技場でした。

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●改札の注意イラスト

改札間の扉を乗り越えないように!というところなんでしょうが、こうして絵で見ると面白いですね、自分自身にこういう発想がないのでただただ可笑しくて。

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●4番出口

の様子です。

この出口が東横イン東大門の最寄りであり、2,3分も歩けばホテルに着きます。

この出口を出てそのまままっすぐ坂を上がって行けば着きます。今後ここに泊まる方が居られたら参考にして下さい(笑)

これはホテルにチェックインする時の様子で、まだ天候的にもなんとか持ってましたが、夜出かけて帰ってくる時には、雨が降り、周りのものも飛び散る程のものすごい強風で、ホテルが近くて本当に良かったなと、つくづく思いました。

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●駅からホテル

当駅4番出口から上がってきた目線です。

階段を上がれば、この坂を上っていくのみです。手前にコンビニがあるので、ここで調達してすぐ向こうの東横イン(「←ここ」と指している部分)へ入りました。

この日の晩の嵐の時は、この距離さえもが長かったものでした…

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●夜の風景

これが嵐の時のほぼ同じ場所の様子です。

ホテルは看板がライトアップされて分かり易くなっていました。

嵐のように見えないかもしれませんが、雨風壮絶でした…

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●LOTTE

駅のある出口の付近ですが、左の建物は{LOTTE FITIN店」という2013年5月にできたショッピングモールです。青空によく映えるピビッドな建物ですね。

8F建てで180もの店があるという事で、ファッション関係のみならず、フードコート・レストランなども上層にはあります。この時はまだ朝早くて入る事ができませんでしたが。

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●HOTEL THE DESIGNERS

真ん中の丸の集合体みたいなホテルがこのホテルの名前です。

2015年9月にできたばっかりという事で、この時でもオープンして8ヶ月、今でもまだ開業1年と経っていないフレッシュなホテルです。この駅の周り結構新しい建造物が多くて、近年色々開発されたのかな、という感じです。それもことごとくピビッドな建物が!

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●駅3番出口

4番出口と違って、屋根がついているスケルトン状の出口になっています。

4番出口から東横インまで歩いて、これをそのまままっすぐ越えた先にこの出口があります。東横インが3番出口と4番出口の間に挟まれている格好です。

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●駅10番出口

この駅の出口は14番まであるそうです。

なにせ3路線あって、それぞれに番号が振ってあるので、出口数も増えるというものでしょうか。

この10番出口は3番と4番とは三角形をなす位置にあります。

向こうに見えていますが、ロッテのFITIN店があるところです。

ただこのLOTTEへの最寄り出口は11番出口であり、これは地下で直結の形となっています。

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以上 東大門歴史文化公園駅でした。

2016年8月 2日 (火)

韓国/ソウル① 東横イン東大門のおもてなし

韓国ソウル特別市、これまで駅記事は何本かお送りしてきました(⇒コチラ)が、初めてソウルでの旅記事をお送りします。

韓国で訪ねた都市としては釜山が最初で、その延長上で次に梁山市、その次に金海市と来ましたが、今回のソウル旅行で仁川市(空港のみ)、そしてこのソウルが韓国5市目の訪問となりました。

●ホテルへ

ソウル駅を皮切りに何ヶ所かの駅を訪ね、今回(2016年GWの旅)の宿であった「東横イン東大門」に行き着きました。韓国へは今回で3度目の訪問で、釜山2度、ソウル1度になりますが、すべて東横インにしています。やはり「安定の日系ホテル」これに尽きます。

外観も日本の東横インによく似ていて、分かり易かったです。

東横インは海外では殆どがこの韓国で、ソウルよりも釜山の方が数多く出ています。韓国以外で唯一あるのはカンボジアのプノンペンです。ここも興味あり、日本語が通じるなら行ってみたいものですが…

このホテルは地下鉄では「東大門歴史文化公園駅」から歩いてすぐの所にあり、2009年にオープンしたといいます。

仁川空港からこのホテルの真ん前までバスも出ており、実際チェックアウト時はここから空港行きのバスに乗りました。15,000ウォンで1時間余り。

日本語OKなのはホントに助かりました。以前書いたかもですが、当てられた部屋が行ってみたところ、内装工事みたいなのをやっていて、フロントに言えばすぐ部屋を変えてくれました。これ日本語が通じなかったらひどく面倒な事になっていたかと思います。

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●買ってきたお菓子

大体日本のようなお菓子はあり、またLOTTEのブランドが幅を利かせている所でもありますが、アーモンドチョコレートの味は日本とは少々違っていました。ちょっと甘さ抑えめな感じなのでしょうか。

下側のジュースはアロエジュースですね。飲みものの方は日本にはあまり売ってない感じのものが結構あるので、ついつい買って飲んでしまいます。しかし海外のコンビニは実に狭苦しく、この時リュック持って歩き回っていましたが、韓国のコンビニでは邪魔になって仕方なかったです。そう思えば日本のコンビニは実によく通路幅が確保されているなと感心します。

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●サルのダイビング

ホテルのテレビでやっていたものです。

韓国のものでもないかもしれないし、国籍的なものは分かりませんでしたが、サルが有刺鉄線の張り巡らされた建物から温泉のようなものへ次々とダイビングしていました。その絵が凄すぎて、おもも和図こうして写真に撮り続けた次第です。

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●机周り

日本の東横インと全く同じです。

左端のベッドサイドの灯りもそのままです。

コンセントも日本のものがそのまま使えます。

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●玄関周り

ここも日本の東横インとなんら変わりません。

異国に来て、異国情緒をたっぷり味わうのも勿論良いのですが、逆にこうして日本と何ら変わりない落ち着きを与えてくれるのが何よりも日系ホテルの強みかと思いますし、個人的には後者のが好きです。

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●バス水道周り

部屋周りやユニットバスの配置など基本形は日本のものと同じですが、バスの水道はこんな感じでした。

蛇口をひねるのではなく、てっぺんの直角になった部分を斜めに引き上げる形で水を出す格好です。この時、それがなかなか分からず、横にひねろうとしてなかなか出てこずに、「壊れてるのかな??」と思いつつあれこれ動かしているうちにやっと出た!という感じでした。

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●カードキー

韓国語と英語と日本語で書かれています。

よくカードキーというのに対して、ここではキーカードと書かれています。

東横INNの表記は日本と全く同じでした。

韓国はチップ不要につき、何から何まで日本式にやってました。

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●モーニング

最後になりますが、この時は一泊につきモーニングを頂いたのは、この朝っきりでした。

この辺りはさすがに少々韓国っぽいところが出ていて、キムチとかナムルとかそんな感じのものがあって、でもこのおむすびは日本のと一緒1とか思わされる部分もありました。

そんなに数多くの種類から選べる訳ではないですが、そこそこは食べられるかなというところでした。

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以上、ホテル東横インソウル東大門でした。

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