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2016年10月の11件の記事

2016年10月30日 (日)

MTR中環駅 ~香港駅 (香港/中西区)

香港/中西区のMTR中環駅香港駅の2駅の御紹介です。

この両駅は通路で繋がっていて、ほぼ同じ場所にありますが、香港では繋がっていても路線が違うと、全く違う駅名である事が珍しくなく、こんな2駅をそれぞれお届けします。

まずは中環駅から。

-MTR中環(中環站)
【路線】MTR茎湾線(中環-茎湾間)
       港島線(堅尼地城
-柴湾間)
【開業】1980年2月12日
【訪問】2016年1月 
【近隣の主要駅】 (茎湾方面) 尖沙咀駅→2駅
           
(堅尼地城方面) 上環駅→隣駅
           
(柴湾方面) 金鐘駅→隣駅 

●駅名標

中環と書いて「ツンワン」と発音しますが、英語表記は「Central」となっています。

香港の北と南を結ぶ「茎湾線」の終着であり、南側の香港島を通る「港島線」の駅でもあり、この両路線が重なる2駅のひとつでもあり、はたまた「香港駅」と通路で繋がる、香港屈指の交通の要衝となる駅です。

この駅に初めて来たのは、香港国際空港からAirport Expressで香港駅にやってきて、そこから徒歩移動してここに着き、そこからホテルのある駅へと向かった時でした。

そしてこの駅の印象して最も残っているのは、この真っ赤な壁で、「赤い壁の駅」の記憶がかなり強いです。隣の金鐘駅が青であり、実に対照的です。

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●この駅の位置

先の項に書いた通りですが、この「ココ」の位置にあるという事で、交通の要衝である事が窺えると思います。すぐ上が香港駅です。

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●出口別 付近案内

すぐ近くにある「香港站」の記載があります。

高層ビルの多い所で、なんとかセンターが多くて、またなんとか広場も結構多い所かと思います。

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●架け橋

中環駅と香港駅とを結ぶ歩道橋です。

標識では右が中環駅で、直進が香港駅となっていますが、香港駅へ渡る歩道橋が直進の位置にあるという事であり、香港駅はこの橋を渡った左側に位置しています。

ちなみに標識にある赤丸みたいなマークがのっていますが、これは地下鉄(正確にはMTR)を表わすマークです

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●橋から眺めて

中環駅と香港駅を繋ぐ橋から眺めた街の様子です。

高層ビル群に挟まれた幹線道、そして安全帯ではないですが、広く取られた植込みのエリア。分離帯の広がったような感じでしたが、正面から全体が分かるように撮ると、実に良い画に見えました。

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●中環駅 駅舎(相当部分)

見えている階段は中環駅から出て、香港駅へ渡る歩道橋のものですが、向こうのビルが中環駅の出口にあたる部分です。一応これが駅舎という事になるのでしょうか。

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…続きまして、香港駅です。

-MTR香港(香港站)
【路線】MTR東涌線(東涌-香港間)
       機場快線(香港
-博覧館間)
【開業】1999年9月28日
【訪問】2016年1月 
【近隣の主要駅】 (東涌方面) 東涌駅→7駅
           
(博覧館方面) 九龍駅→隣駅 ※Airport Express

●駅名標

「香港」の国名とはいいませんが、代表的な名をかたるこの駅名ですが、意外にも開業は1999年と新しい駅です。にしても香港駅!という名前、日本でいうと日本駅というぐらいスケールが大きい名前…ですね。

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●中環駅から

上の写真とは時系列が異なりますが、中環駅からの移動で歩道橋を降りて、香港駅へ向かうところです。真ん中よりやや右側に低く隠れ気味に映っているのが香港駅です。

あいにくの雨模様、1泊3日でしたが、天候には恵まれませんでした…

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●滝の上の水牛

上の写真の旗の足下の部分に水の流れが見えていますが、そこの上にはこのような水牛の像がありました。

香港では野生の水牛がいるそうで、元々家畜であったものが野生化したそうです。何も知らずにいきなり出くわしたらビックリするなんてもんじゃないですね。見られるスポットは決まっていて2ヶ所だそうですが、もしそれ以外の場所で見る事があればそれこそビックリでしょうね。

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●駅周辺

高層ビル群がズラリと。

でも香港ってどこへ行っても高層ビル群があったような気がしますね、あまり田舎の方へ行った記憶がないというか…そしてまたこれらが夜になると綺麗に灯るんですよね。

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●霞み…

この高層ビルの上部はこんなことになっていました。

高いビルといっても雲にしてはちょっと低くないか…、PMなんとかなのか…、あまりにもピンポイントでなんだろう…ただただ「???」でした。

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●香港駅 駅舎1

中環駅から来てそのまま向かった位置での香港駅の様子です。

「IFCモール」という大型ショッピングモールになっていて、モールは駅のA出口から直結の形となっています。香港でも最もハイソなモールという事です。ちなみにIFCとは、International Finance Centreの略で、このあたりがオフィス街であり、日本語的には「国際金融中心」とされています。

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●香港駅 駅舎2

上の写真でIFCモールに入って反対側へ出てきた時のカットです。

なのにここでも「IFCモール」の表示が!!

この道路を渡る手前も、その向こうもどつちもIFCモールであり、ちょうどここは挟まれている格好になります。とにかく広大なモールでした。

それがほぼイコール香港駅という事になるのでしょうか、モールの中の様子は空気読んで撮っていませんが、ハイソでありつつ、それなりにくつろいでいましたし、ただブラブラ歩きまわってても退屈しませんでした。雨だったので余計に中を歩いていましたが、ここには載っていないモールの中を過ごしてみるのも良いかと思います。

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以上、中環駅&香港駅でした!

2016年10月26日 (水)

長野/茅野 どこをとっても画になる街

長野県茅野市、JR茅野駅からの歩き旅です。

(2006年9月当時)

●弥生通り

今からちょうど10年前の様子となってしまいます。色んな町の訪問記がなかなかあげられないままズルズル来てしまい、気がつけば鮮度の低い記事ばかりになってしまっていますが、ご容赦下さい。

という訳で最初の写真はこれです。茅野駅からのびる「弥生通り」 。明確に街灯に示されていて分かりやすいです。ただ通りの最初が両サイド駐車場で、建物ではないところがなんともですが…。その向こうにはホテルやら何やら高めの建物が散見されます。

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●茅野駅向かい

右端に連絡橋が見えますが、茅野駅とはこの橋で繋がった商業施設「ベルビア」です。

もう10年も前なので現存するか?気になって調べてみましたが、まだまだ健在のようで安心しました。サイトはコチラ しかし元々あった茅野岡島という百貨店が2001年に閉店し、核となる店舗を失って、市の管轄となっている今はやりくりに色々苦労しているようです。

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●大鳥居

茅野は中心地に居ても高い山々があちこちで見れる、とても景色良い街です。

山の上にかかる雲が常に神々しさすら感じさせてくれます。そんな景色にこんな大鳥居は大変よく似合います。

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●橋の歩道にて

上川という川に架かる橋、名前確認しませんでしたが、上川橋でしょうか?しかし上川橋は四隅に高い石柱があるというので違うかも、10年前だとチト分からないです。

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●上川

橋を渡っている所から眺めた「上川」の様子です、向こうに架かっているのは中央本線の橋でしょうか。

上川は天竜川水系の川で、一級河川だといいます。諏訪湖から諏訪市を通って、茅野市を東西に横切る形で流れていますが、その長さは36kmで茅野市内を流れる川としてはダントツの長さです。

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●雲が湧き立つ

山のてっぺんあたりで雲がモクモクと湧き立っていましたが、山の辺りはどこを撮っても絵になる感じで、その土地自体がある種雰囲気を持っているというか、そんな地の持つパワーのようなものを感じました。

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●茅野町交差点

茅野駅から南東へ約400m、橋を渡る直前にある交差点です。

ここから見える山々も雲のかかり具合が絶妙で、大変良い風景でした。

この辺りどこへ行っても絶景と思えるくらい、いたる所素晴らしかったです。

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●白岩山惣持院

最後はこのお寺ですが、茅野駅の東口から約250m程の所にあります。

いかにも長野県の建築、という感じの寺院だなというのが第一印象でした。

白壁に、縦横のラインがふんだんに入っていて、ベル状の窓とか、個人的に持っている長野県の建築のイメージをことごとく体現しているな、と感じてやまなかったです。

1462年開創、1570年に現在地に移されたといわれる高野山真言宗のお寺です、真言宗なので立っている像は弘法大師さまなのでしょう。よく確認しませんでしたが、大抵開祖が立っているので。

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https://blogcircle.jp/commu/414/topic/3

2016年10月23日 (日)

水間鉄道/水間観音駅 (大阪府貝塚市)

大阪府貝塚市の水間鉄道/水間観音(みずま・かんのん音)です。

貝塚市では貝塚駅 をupしましたが、今回は貝塚市内を走る「水間鉄道」というローカル路線の駅についてお送りします。

尚、記事タイトルは現駅名である「水間観音」駅としていますが、この訪問当時は2007年で、当時は単に「水間駅」という駅名でした

-水間鉄道/水間観音
【路線】水間鉄道水間線(貝塚-水間観音間)
【開業】1926年1月30
【訪問】2007年10
【1日あたり平均乗降車人員】 1,463人/日 (2010年)
【近隣の主要駅(貝塚方面)貝塚駅→9駅

●水間鉄道へ

これは貝塚駅でのカットですが、南海の改札を出て、駅出口へ向かうところにこのような水間鉄道専用の券売機が設置されていました。なのでここで南海の切符は買えません。

水間鉄道は貝塚駅を始点としており、終点・水間観音(当時・水間)駅まで5.5kmの短距離を貝塚市内のみで結んでいます。

運賃表は見えづらいですが、終点「水間」まで280円となっていました。これは当時のもので、現在は「水間観音」駅まで290円となっています。ちなみに運行時間は約15分です。

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●駅名標周辺

当時の駅名「みずま」の形で、現在は「水間観音」と改称後の、漢字表記の駅名標となっているようです。

終着駅につき片側のみ隣駅表示のある形です。

ホームが2番線まであるのが見て取れます。

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●ホーム

一見、1面2線に見えますが、1番線から見て線路の向こうにもうひとつホームがあり、2面2線となっています。

終着駅らしい、頭端式のホームになっていて、ホームからまっすぐ歩くとそのまま出口に至ります。

ちなみにこの水間鉄道、社内で車掌が切符を切るシステムがまだ残っている稀有なところで、今現在もあるのか分かりませんが、この2007年当時、貝塚駅からここへやってくる途中で、車内で車掌さんが乗客1名1名回って切符を切っていて、「まだこんなのやってるんだ」と驚いたものでした。

何故やっているのか調べてみると、ワンマン方式に馴染めないお客が多く、致し方なくやっている部分があるとの事で、わずか5.5kmの路線内でこれをやらざるを得ない状況もあるのですね。

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●駅前広場

宅急便代行の看板のある家屋が印象的でした。最近こういう所でまだこのような業務をやっていたりするのか、なんか気になってしまいます。

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●水間観音駅 駅舎

これも当時の「水間駅」表記のものになります、というところですが、この後2009年に「水間観音駅」となった現在でも、この「水間駅」表記は変わっていないようで、出入口の庇の下の部分に「水間観音駅」なる表記のものがぶら下がっているようです。

この駅舎も変わっていないようで、開業した1926年当時のものが残っており、今年でちょうど90周年になる訳ですね。付近にある「水間寺」(水間観音)をモチーフにした素晴らしい駅舎となっています。水間鉄道沿線すべて含めても、最も沿線を象徴する代表的な観光名所ともいえると思います。ちなみに水間寺へはここから徒歩7分とされています(実際行きましたが…)

駅前広場があまり広くないですが、このようにバスは駅の真ん前まで乗り入れてきて、これを出るとまた普通の幹線道に乗る事となります。

この水間駅は「近畿の駅百選」に入る駅でもあり、奈良や京都ではなく、大阪にこのような寺院風の駅舎がある事にも価値があると思います。

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2016年10月22日 (土)

香川/さぬき 志度駅より始動

香川県さぬき市、JR志度駅からの歩き旅です。

(2016年4月当時)

●駅前通り

JRの志度駅からの通りです。ここから街歩きスタートな訳ですが、「JRの」と書いたのは、琴電の志度駅が程ない地点にあるからです。

その琴電志度駅は、この写真ではほぼど真ん中に小さな標識が見えると思いますが、そのすぐ左に隠れる形で存在しています。

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●昭和な看板

琴電の志度駅周辺、つまりはJR志度駅からもさほど遠くない辺りでも 、このような看板はあちこちで見られました。

上側の写真の結納熨斗という看板もインパクトがあるし、その左の貸衣装というのも。昔は花嫁送迎車みたいなののブリキ看板とか町じゅうにあったんですよね、、通学路なんかで見てました。そんなのがまだ残ってくれているこの奇跡…

下側の写真のお店は検索してもなかなか出てこずで、現役ではないようで。

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●平賀源内の里

四国北東部の沿岸でも窪んだ形となっている「志度湾」の真ん前まで来た辺りで、JR志度駅から北へ200mほど直進した地点です。

右へ進むと「平賀源内記念館」という形で標識が出ています。反対側に源内の旧邸の標識が出ているのがまた面白いですが…。

エレキテル等で有名な発明家・平賀源内(1728-80)は当地の出身です。長崎の平戸とかその辺の方かと勝手に思っていました。

源内は通称で、画号俳号含め数多くの名前を使い分けた人物でもあったそうです。最後は殺人による投獄死、遺体も墓碑もない寂しい葬儀があげられたといい、なんとも悲しい最期だったようですが、そんな彼の出身地であることがこの志度のウリのひとつである事が歩いていて窺えました。

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●志度湾

駅から200mそこそこで海に出られるという良いロケーションとなっておりますので、志度駅に来たらまずは北へ直進すると良いかなと思います。

養殖が盛んな港で、牡蠣焼きは半世紀以上の歴史があるそうです。冬のシーズンには食べ放題のメニューのある店があるとか、この辺はそういうエリアではなかったようですが。知ってたら行きたかった、といっても訪ねたのが4月だったのでシーズンではなかったですね。

まぁあれですよ、志度の街は駅から程無くこんな海が見れるって事です。

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●平賀源内記念館

2009年にオープンしたという郷土の英雄の記念館ですが、志度の新しいランドマークというところでしょうか。

表の舞台のポスターがカラフル源内で実にインパクトがありました。歌舞音曲劇ということで、わらび座という劇団がやっているミュージカルのものですね。⇒コチラ

源内といえば80年代を鮮烈に彩った忍者アクション時代劇「影の軍団Ⅱ」で山村聰さんが演じていたり、89年には西田敏行さんが主演した「翔んでる!平賀源内」 (水戸黄門時間枠)という作品もありました。「翔んでる~」は自分が1人暮らしを始めた頃にTVで晩御飯を食べる時間に見ていてよく覚えています。

肝心の中身については早朝でもあり入れませんでしたが、平賀源内の足跡をたどる資料であったり、現存するエレキテル(さぬき市指定文化財)のうち1台も見る事ができるそうです。

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●源内記念館を東へ抜けて

通りゆく道は、古風な建築の建屋が続いていました。

家が立ち並ぶという感じではなく、ところどころ歯抜けになっていますが、出会う建屋がことごとく目を惹く渋さで、思わず立ち止まってしまいます。

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●志度マンホール

「しど」の表記で、さぬき市発足以前の「志度町」時代のものと思われます。

志度町の祭りである「多和神社例大祭」の御神輿だそうで、これが全面に描かれていました。

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●つし二階旧家

二階部分を低く見せている「つし二階」の旧家がありました。これの2枚上の写真の家もこれに当てはまりますね。

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●カラーテレビのシャッター

昔ながらの電器屋さんでいまだにこうした「カラーテレビ」のシャッターを見る事ができて、これを目にする度に、ハッと目や足を止めてしまうものです。

ここに書いてあるのは、三菱カラーテレビ「高雄」というもので、昭和42年に新発売されたものだそうです。何で台湾の都市が書いてあるのかな??と思いましたが、全く違ってました。ただし京都の高雄がその名の起源だとか。

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●横壁剥がれ

コンクリート色丸出しのこの建屋、商店+個人宅であったのでしょうか、横の外壁がすっかり剥がれてしまっていて、いつまで現役だったのだろう??とつい考えさせられてしまいます。まさか今も現役とは思えませんが…。

志度駅から北へ200m、志度湾のすぐ手前の交差点を東へ歩くと、こんな建屋にあちこちで出会えます。西へ行っても出会えるのか…??行ってないから分かりませんが、多分大きくは違わないと思います、チラ見した程度ですけど。

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2016年10月19日 (水)

広島/三次 巴橋までのんびり行こう

広島県三次市、JR三次駅からの歩き旅です。

(2016年8月当時)

●三次駅案内図

駅前の様子がMAPでありましたが、やや左上の橋を渡ってからの方が通りとしては面白いようです。前回訪問時は駅とバスセンターの短距離の往復に終始し、初めて来た西暦2000年の時も殆どまともにめぐっていなかったので、2016年にしてようやくちゃんとした旅をする事に。

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●三次駅 新駅舎

駅記事は2011年訪問時の様子を載せていて、ここでは今年8月の様子をお届けの形になっていますが、ナント駅舎が変わっていました。去年2015年春にこの新駅舎供用がスタートしたそうで、そんなこと何も知らずに普通にやってきてビックリしました。再訪の理由は、先述の通りここの駅前をまともに歩いていなかったので、街歩きをしようと思って、の事でした。

以前の大型駅舎からだいぶコンパクトになっていました。駅記事と見比べて頂ければ大体分かるかと思います。JR三次駅、と表示のある下にコンビニが入っています。

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●バスロータリー

前の駅周りに比べて、かなりこのバスロータリーのエリアが広大になったと思います。

駅舎はこの左手前に隠れている格好になります。

なんでこんなに広大になったのか?と思っていて、駅前の通りを歩いて程なくその答えが分かりました。

駅からまっすぐ歩いて5分もしないくらいの地点に「三次バスタセンター」があったのですが、今回行ってみるとなくなってしまっていたのです。その機能が全部この三次駅前に集約された訳です。

写真の向こうに見える建物は物産店うりばとバスの待合室を兼ねたスペースで、2Fのお好み焼き屋さんは(最近二度訪ねましたが)しょっちゅう人が並んでいました。そんな事もあってか前に着た頃よりも、この三次駅に人がいる率がたいへん上がったように思います。

近場のバスもあれば、島根県の郡部へのアクセスバスもあり、また広島駅への高速バスも発着します。

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●三次市観光協会

上の写真の向こう側に写っている建物の左半分が、この観光協会です。

玄関の真ん前にはかつての人気長寿番組「お笑いマンガ道場」の名司会者・柏村武昭氏の写真が立っていました。

彼はこの三次市出身であり、広島の中国放送のアナウンサーがキャリアの最初でもあり、広島を中心に活動している広島の顔的存在の1人で、途中参議院議員など政治の世界へ転身しましたが、現在は再び放送業界にカムバックしており、70歳を過ぎた今もご活躍中です。

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●駅前通りへ

三次駅からまっすぐの目線で、向こうが駅前のメイン通りとなりますが、建物がまばらで高いものも少なく、盛り上がりに欠ける雰囲気でした。

そんな中、駅前の左半分から出てきたバスが颯爽と三次駅を離れていくところでした。

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●駅前通りへ 2011

2011年当時の三次駅前の様子で、同じように駅前の通りの様子です。

この時の方が建屋も続いていて、駅前感があったように思います。駅も前の方が大きったしで。

再開発されて、当時あった建物の多くが現在は無くなってしまっているようで、駅舎共々縮小されたような気がしてならずでした。

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●三次バスセンターありし頃

これも2011年当時の様子ですが、三次駅からまっすぐ伸びた道(すぐ上の写真)を進んで程ない地点です。右側に「三次バスセンター」の表示が見えます。今はもうなく、三次駅前広場にその機能を移しています。

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●きんさい通りを往く!

三次駅から伸びた駅前通りを100mあまり歩いた後、交差点を左折して西へ進んで行こうというところです。このNTTの鉄塔の方向へ向かって歩きます。

「きんさい通り」という幟が並んでいます。「来んさい」とは地元の方言で「おいでなさい」を意味し、広島の方はよく遣われますが、ここ三次では「きんさい祭り」というお祭りまであります。

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●中国銀行

の三次支店です。

中国銀行に出くわす度にこのような素晴らしい建物かどうか、を確認してしまいます。全店舗統一の仕様なのか…。

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●進んでいく

幹線道であり、商店街的性格も強く、という事で、こんな感じの店も続いていました。

とりあえず右側のお店は全て現役ではないか、と思われますが、昭和テイストのゴツゴツした建屋が目を惹きます。

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●三次市役所

上の写真のような道路を歩いていたら、左側に目に飛び込んできたのがこの三次市役所です。2014年10月に完成したばかりで、この時でも完成後2年足らずという状況でした。

その後2015年2月に三次駅がリニューアルされ、三次市は市役所、そして中心駅を同じ時期に一新させた訳です。

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●三次市役所前

のバス停です。

市役所は幹線道の歩道からはかなり奥に入って行く格好となりますが、このバス停は道路沿いにあります。

「23」と大きくあるのは、「くるるん」というコミュニティバスの停留所番号で、その下にはダイヤがあります。一番下のダイヤは備北交通という別路線のダイヤで、複数路線がここを通って行きます。

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●なつかしや

幹線道を更に西進します。こんな懐かしモノ満載のお店も通り掛かりに出くわしました。

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●巴橋 バス停

三次市内で、川向うと川手前でガラリと表情が変わりますが、これを分かつ川に架かる橋の名が、この巴橋です。このバス停は三次駅からでは橋を渡る手前に位置しています。

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●本通り商店街

三次駅から西へ進んで巴橋を渡る直前で右折しての通りです。

巴橋東詰以東は「十日市地区」といい、この通りは「本通り商店街」とありますが、対岸の「三次地区」にも「みよし本通り商店街」というものがあります。別個なのか一続きなのか不明ですが…

とにかく渋いことこの上ないです。ゆっくりできるような店がある訳ではありませんが、ゆっくり流して歩いているだけで、非日常の空間に居られて、それだけでいい、と思えます。

下の3枚中、一番上の左側の渋すぎる和風建築の建屋の2階部分は、丸い窓のようなものがついており、これを「虫籠窓(むしこまど)というのですが、この虫かご窓は通常は中の格子が縦に入っているところを、ここでは横に格子が通っていて、変形タイプなのか、、よくありそうですが検索してもなかなか出てきませんでした。

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●東岸

巴橋のすぐ手前(東詰)まで来て、河原を北へ眺めた様子です。

リバーサイドに灯籠が並んでいるのが印象的でした。

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●巴橋

最後は、この巴橋の勇姿を。

馬洗川に架かって、三次地区と十日市地区を結ぶこの赤い橋は、三次のシンボルのひとつです。

全長は170m、幅は19mあり、江戸末期は「岩神橋」とかこんにゃく橋などとも呼ばれていそうで、現在の名称になったのは明治期からで、現在のアーチ橋になったのは1983年からといいます。その後1992年と2010年に塗り直しがされているそうですが、やはり定期的に塗り直ししないと、色褪せ等があるからでしょうか。

江戸時代でも末期以前は、防衛上の理由で架橋されなかったといいます。

これを西へ渡った先は、より三次の街並みを楽しめるエリアになり、ここからが三次の旅の醍醐味が感じられるところではあります。

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2016年10月13日 (木)

韓国鉄道公社/軍浦駅 (韓国/軍浦駅)

韓国/軍浦市の韓国鉄道公社/軍浦(군포)です。

軍浦市はソウル近郊京畿道の市で、人口は約278,000人で、日本では平成となった1989年に市としての産声をあげた事になります。

韓国鉄道公社/軍浦(군포)
【路線】韓国鉄道公社京釜電鉄線(首都圏電鉄1号線)(ソウル駅-天安間)
【開業】
1905年1月1日
【訪問】2016年9
【1日あたり乗降車人員】 7,567人/日(2010年)
【近隣の主要駅】 (ソウル方面)安養駅→3駅 
            (天安方面)義王駅→2駅

●駅名標

果川と書いて英字では「Gunpo(クンポ)」と表記します。日本語からでも読めそうですね、韓国語はこういう感じの言葉が多いですね。ハングルさえ読めれば日本語と音が似ているものが多くて、たどたどしくでも読めると「なるほど」と思う事が少なからずあります。

軍浦というちょっとイカツイ名前ですが、軍施設のある街は別にあり、ここは特に軍の施設前面に…という感じではないようでした。同じ市内の衿井駅が隣駅で、ここで1号線と4号線が交差します。

ここに来た時も衿井までは4号線で来たのですが、衿井で1号線に乗換えてやってきました。

果川駅を訪ねた後にここに到着し、韓国では7市目の訪問となりました。

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●ホーム

それまでソウル発で訪ねた地下鉄駅ではほぼフルスクリーン型のホームで転落しようのない形となっていましたが、ここは柵があるだけで、前にドアも枠もありません。ソウルを離れて郊外にやって来たな、感がありました。

やっと駅らしい駅に出会えたといいますか。

次発列車の案内が電光で出ていますが、時刻は表示されていません。ただこの辺りはソウルから離れるにつれ便数が減っていき、最終的には1時間に2本くらいになります。勿論ソウル近辺の地下鉄であれば、1本くらい逃してもじきにやってきますが、この辺りまで出てくると、少しは待たないと…という事になってしまいます。

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●駅前広場

これまで地下鉄の駅が殆どだったので、こういう広場があって、ロータリーがあって、というタイプのものはなかなかお届けできなかったのですが、ここは地上駅らしい光景がみられました、これでこそ駅を訪ねる楽しみがあるというものです。

で、このモニュメントは朝鮮独立運動がらみの記念碑のようで、1919年の3月31日に軍浦の市民が集まって云々…とありましたが、独立運動が地方にも波及し、この地でもそんな動きがうあって…という事で、これを記念したもの、というところでしょうか。

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●駅前ロータリー

丸く広いロータリースペースがしっかり取られています。

思えば韓国で何十と駅を訪ねているはずですが、こういう感じのスタンダードとでもいうか、こんな日本のどこにでもあるタイプの駅前に出くわしたのはここが初めてかもしれません。

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●軍浦駅 駅舎(正面)

駅前広場から駅を振り返った、いわば正面の写真です。

橋上駅舎のシンプルなタイプですね、

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●駅出入口

階段部分が出入口そのものになり、その前面に駅名の表示があります。

街にある歩道橋にかなり近いタイプの駅舎といえます。

そして、ここから見ると階段を上がって、歩道を渡り切った辺りの部分の屋根に「軍浦駅」なる駅名表示が見られ、この部分が最も駅名表示部分として大きなものとなっています。

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●軍浦駅 駅名表示

下から支える形で立っている表示です。

正面から見たら、一切駅名が見えませんが、このように横に斜めにと構えた時にハッキリ見えるというのは、なんとなくあまのじゃくというか、隠してるけど角度買えたらちゃんと見えるよ的なものを感じます。

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2016年10月12日 (水)

岐阜/美濃加茂 太田・星座散りばめられた街

岐阜県美濃加茂市、JR美濃太田駅からの歩き旅です。

(2013年11月当時)

シティホテル美濃加茂

のロビー?入口部分です。

このホテルは駅記事にもその写真が載っていますが、2009年宿泊時にも利用し、この2013年の再訪時にも利用させて頂きました。美濃太田の駅南口を出て左すぐ前にある実にアクセス至便なホテルなのです。

1F入口部分は旅行会社が入っていて、これを更に中へ入って行ったところです。フロントは右端に覗いている階段を上がった所にあります。

にしてもこのクリスマスの飾りつけは出迎えには素晴らしすぎて、夜泊まりに来る時にものすごくほっこりした覚えがあります。

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●街道マップ

"江戸と昭和に出会うまち"美濃加茂市、と駅の案内板に記されていました。

ここは江戸時代に中山道の「太田宿という宿場町として栄えた地で、中山道最大難所のひとつである「太田の渡し」がある、とあります。岐阜というこの内陸部に水の難所?と思っていたら川なんですね。

確かに江戸時代は舟運で栄えた地が多く、川というのは重要な交通機関のひとつだった訳で、この絵にもその事が現われていると感じます。

ちなみに太田というのは、この地の以前の自治体名でもあり、その時は加茂郡太田町と名乗っていて、やがて自治体名が変わる時に太田の名は駅名や住所として地名としては残りながらも、自治体名としては「加茂」の方が使われ、加茂市は新潟県にもあった為か、「美濃」加茂市と旧国名が冠された形になるという、ちょっとミスマッチな事になってしまっています。「美濃加茂市の美濃太田駅」という…

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●いざ!

さて、ではここから、美濃太田の駅からの歩き旅開始です。

までは駅前通り。そこそこの高さのビルがいくつか見え、幾分市の中心駅前の通りの雰囲気は出ていると感じます。

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●この星座は…?

なんでしょうか??

美濃太田の駅前通りにはこのような、星座の像が並んでいるのです。

ちなみにこれは…

「うお座」です。

美神アフロディーテが息子と散歩をしていたら、怪物と呼ばれるデューポンと出会ってしまい、川に飛び込んで魚になる事で難を逃れたといい、うお座はこの時の姿が空に上がったもの、と言われています。

と、下の説明文に書かれていました(笑)

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●金色

この星座は、分かりますね??

「おひつじ座」です。

羊なのにフカフカでなくて、また角もすごいですが、角がこれよりすごい羊も実在するんですね。

この通りで、色んな星座の具現物が像として表れていますが、これが最もインパクトありましたね。街の中にそびえたつ、金の羊ですsign03

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●美濃加茂マンホール

日本ライン下りの船と、舵を取る船頭さん、だそうです。

この美濃加茂市から愛知県犬山市までの木曽川ラインの峡谷を日本ラインと呼びます。「日本~」とはまた壮大な名前だな、と感じざるを得ないですね、

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●「太田駅前」交差点

十六銀行などの金融機関があり、その他いろいろとビルが続いていく通りで、美濃太田の駅から南へ100m程の地点です。

2枚あるうちの上側は駅からまっすぐ(南下)の方向、下側は右へ曲がった形のものとなります。

十六銀行のどっしりとした雰囲気とてっぺんの看板がより都会感を演出しているように見え、人口5万そこそこの市の中心駅前よりもっと栄えてる雰囲気を感じました。といっても人で賑わっている訳ではありませんでしたが。

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●おうし座といて座

その通りですが、いちいち造りが見事だなと思ってしまいます。

いて座の傾き具合なんていい感じです。

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●「太田町」バス停

駅から南へ300m余り直進した辺りにあるバス停です。

こちらは「東鉄バス」というバス会社のバス停で、東鉄とは「東濃鉄道」の略で名鉄グループのバス会社です。

「鉄道」の名が示す通り、元々は鉄道会社で笠原線(多治見市)や駄知線(土岐市)などという路線の電車が走っていましたが1978年までに廃止されてしまい、現在はバス一本で運営しています。

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●これは何座??

「てんびん座」です。

つい、天使みたいなのが天秤を両肩にかけて…みたいなのを想像しがちですが、ここのものは全然違っていました。ジャンヌダルクかと思いました(笑)右手には剣のようなものを持っていたので…

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●あい愛予約バス

「おでんくん」ではありません。

美濃加茂市のコミュニティバスです。あい愛バスという路線バスが複数路線で1日数便ずつ出ていますが、こちらの「予約バス」の方は一定区域内で走っている予約制のバスという事で、前もって電話して下さい、とありました。

ちなみにこの絵にあるのは「美濃加茂定住自立圏のマスコットキャラクター「かも丸」です。プロフィールはコチラ  江戸時代生まれだそうです(笑)

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●太田本町

美濃太田駅から南へ500m程度進んだ所の「太田本町1」交差点より程ない所で、これを右折して中山道の道を西へと進んで行きます。

さすが街道の通りというか、渋い懐かしげな建物が軒を並べています。「太田宿」を冠したお店も。下側の写真の「魚武」は「うおぶ」と読むようです。仕出し屋さんで、お祝いの席の料理なども賜っているとか。

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●木曽川へ

太田本町1の交差点から更に南へ進めばすぐにこの木曽川へ行き当たります。

太田宿のこの木曽川の辺りが中山道屈指の難所と言われていたそうで、太田宿の版画も川での舟の航行や舟を待つ人が描かれていましたが、この辺りがその絵の現在の姿になるのでしょうか。

下側の写真は橋をupにしたものですが、西側を向いて撮ったもので、「中濃大橋」という橋です。木曽川に架かる国道41号上のバイパス道であり、長さは380m、1969(昭和44)年竣工式が行われています。こんな立派な橋でも、もうできて50年近くになるのですね。

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●太田稲荷

最後はこのカットで。

お稲荷さんらしい、赤鳥居の続く様子はどこで見ても見事なものですが、これは街道沿いのお寺『祐泉寺」に含まれているものです。

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2016年10月10日 (月)

韓国/ソウル② ソラリア西鉄ホテルのおもてなし

韓国/ソウル特別市の記事第二弾、韓国/ソウル① 東横イン東大門のおもてなしに続いてですが、今年5月の旅記事をロクに書かないままに9月の二度目のソウル旅行先の宿泊ホテルの記事を書く事となってしまいました…

●ホテル玄関

ソウルいちばんの繁華街・明洞(ミョンドン)の駅からほど近い位置にありアクセス至便、そして何と言っても安心の日系ホテルという事で、韓国のホテルにあっては少々割高ではありますが、1泊\12,000ほどで2泊する事としました。

それまで韓国には3度行っていずれも東横インでしたが、今回初めて違うホテルにしました。相変わらずの日系ですが、そこはまだ譲れない部分かな、という事で(゚ー゚)

明洞駅の6番または7番出口から出て、両出口の間にある通りをまっすぐ進んでいくと分かりやすい…と地図を見ながら歩いていたのですが、そのまま直進するとこの写真の玄関に出くわさず、「MーPLAZA」と銘打たれた建物に出くわす事となり、その位置からでもエレベータで上がって行けますが、この建屋を右折して回る事によって、この正規の玄関に出くわす事となります。

この玄関は正面ではなく、右端が入口になっていて、そこすらすぐ左に折れる形でエレベーターへ進んで行く事となります。8:00~17:00だかの時間帯にはこの玄関を入ったすぐ先にはINFORMATIONのようなコーナーにスタッフが立っています。

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●見上げたら

こんな感じです。

22階建てで、21階がフロント/ロビーです。ホテルスペースは7階から上の層となり、これより下は飲食料店やら店のスペースとなっています。

という訳で21階まで上がってチェックインを行いました。

旅行会社のネット予約で支払済でしたが、デポジットとしてクレジットカードの番号のみ提示しました。

対応して下さったのは男性のスタッフで、日本人ではなかったようですが、日本語で丁寧に対応頂き、とても安心してチェックインできました。

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●フロント階からの眺め

このホテルの場合は、22階建てでフロントが21階にあることから、フロントから眺める方が見晴らしが良い場合が殆どとなってしまいます。

なのでどこの階に泊まる事になっても「まぁいいか」と思えました(笑)

フロントがあるという事はロビーも21階な訳で、こんな風に見下ろして撮っていました。

レストランもこの21階です。モーニングなしで予約したため利用しませんでしたが、フロントに申し出れば利用できるようですが…

予約なし30,000ウォン

予約あり22,000ウォン

と、最低2,000円以上はかかるので、それならば郊外に出てカフェでも…という気だったのでやめました。

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●カードキー

このようなカードキーを2枚頂きました。

宿泊部屋は8階でした。

下から二番目の階層…、まぁそんなに目を見張るような荘厳な景色とは思えなかったので、どこの階でもいいし、先述の通りフロントからの眺めの方が断然良いので、見たければロビーで見ればいいか、というところでした。

Wi-fiのパスワードもちゃんと記されていて、部屋の中では問題なくWebは通っていました。

日本語の説明もしっかり記されていて安心でした。安定の日系ホテル♪

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●部屋へ

エレベータで8Fまで降りて、部屋への通路です。

エレベータ利用時は階のボタンの下にあるセンサーにカードキーをかざす方式です。日本のホテルであまりお目にかかった事がないですが、海外ホテルでは多いですね。東横インのソウルはなかったと思いますが。東横は逆に日本のホテルの一部がエレベータ利用前にキーを通す?かなにかタッチする方式ですね。

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●部屋

1人だったのですがツインの部屋でした。

奥のソファーは有効活用させてもらいました。とにかくくつろげました。

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●ウェルカムドリンク

ちゃんと日本語でも書いてくれていましたが、無料であると確認して、頂きました。

うっかり手を出すと、実はミニバー形式になっていて、チェックアウト時に支払いが必要になる、なんてケースもあるので。額はしれていても、それが知らない言葉で対応を迫られるとトラブルにもなりかねないので…、無料確認は欠かせません(笑)

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●バス周り

洗面台とお風呂は一つの室内でしたが、トイレは別でした。

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●トイレ

バスとは別の仕切りで、通路を挟んで向かいにありました。

玄関から入ると、部屋への通路がある訳ですが、その一番手前は右が洗面台&バスで、左がこのトイレとなります。

ドアは横へスライドさせるタイプのものですが、これを開けるとトイレの蓋の部分が自動的に上がってくるのが素晴らしくて、ホテルでこういうタイプなのを見たのは初めてでもありました。上げたままでドアを閉めても蓋は閉まっているようで、再びドアを開けると、この蓋がせり上がってきていました。

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●セーフティーBOX

上に開く形で置かれていました。なので背の高いものは立てては置けず、寝かせて置くことになります。

やり方はこれまで泊まったホテルと大体同じでした。

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●ポット・カップ等

このように備えつけられていましたが、カップ類はなんだかはばかられて利用できずでした。

ポットは有効活用させて頂きました。韓国のカップ麺が大好きなので2泊していて2回はお湯を利用させて頂いた訳です。

ちなみにお箸がコンビニでもらえるか心配だったので、わざわざ10本入りセットを買いました。(結局何のことはない、お箸つけてくれていましたが…)

食べたラーメンの写真も一応のっけときます(^^

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●ツインベッド

1つしか利用しませんでしたが…

2つあることの贅沢感を味わえたのが良かったですね。

カーテンを目いっぱいしめてると寝過ごしそうなので、開けて使っていました。

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●部屋からの見晴らし

ロビーは21階で、その名が目から比べると、この8階の眺めはかなり違ったものとなります。下側写真の教会みたいなのはドアップで撮ったものです。

で、この教会はというと… 「明洞聖堂」という1898年築の韓国初のゴシック建築の建物だそうで、驚きました!それならばこうして遠くから撮るより見に行けばよかったかな、とも思いました。でもしかし、こうして遠くから撮るから絵になる、という事もあるので、この辺はまあいいか、という感じで(^^

こんな具合でお送りした来ましたが、とにかくアクセス時は、明洞のメインの通りを通っているとちゃんとした表示の玄関には出くわさないし、明洞の繁華街のど真ん中にあるロケーションの為、遠目からパッと見て分かりづらいので、最悪M-PLAZAのビルを見つけたらグルッと回ってみると絶対行き着きます。

そんな明洞の華やかなど真ん中にある割には、ホテルの室内でその喧騒はほぼ聞こえず、寝る時にうるさいなどとは全く感じられず、過ごし易かったです。そういう意味でもおススメと思えます。

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●アンケート

記入協力お願いしますと日本語であり、書かせて頂きました。

アクセス至便で、喧騒もなく、とても快適でした。

これからソウル訪問時の常宿にしたいとすら思います。もっと韓国の地場感のあるホテルに泊まりたくなればその時は考えますが、当面はここが自分にとっての安定の宿になりそうです。

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2016年10月 9日 (日)

群馬/富岡 世界遺産への道!

群馬県富岡市、上信電鉄/上州富岡駅からの歩き旅です。

(2011年4月当時)

●駅前通り

上州富岡駅からまっすぐの目線で見た、駅から伸びた通りです。

「世界遺産への道」などとたいそうなタイトルにしましたが、何のことはありません、上州富岡駅から富岡製糸場へ辿り着くまでの道のりであり、また富岡製糸場自体が世界遺産へと突き進もうとしている時期である事を掛け合わせているまでです。

商店街色は薄そうですが、かつては商店街色が濃かったのかな?と思わせる名残が電灯に窺えます。

手前のたばこ売場には昭和を感じます。今やコンビニで気軽に買えてしまって、街のたばこ屋さんがどんどんなくなってしまうのは寂しいですね。

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●駅前通り2

こちらは駅を出て右側を向いたところの通りです。

木造の建物やレンガの立派な建物など、ピンポイントで目を惹くエリアです。

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●富岡市役所

駅から程ない所にある市役所ですが、結構こじんまりとした市役所です。てっぺんのフェンスに当たる部分が工事中のような雰囲気を醸し出しているようにも見えますが、きっとそんな事はないのでしょう。

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●まちなか案内MAP

上州富岡駅から富岡製糸場までの道のりが窺えます。

富岡製糸場 徒歩8分

上州富岡駅 徒歩2分

これが現在地からの距離で、駅から製糸場まで徒歩10分となり、問題なく歩いて行けますrun

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●レンガすべり台

市役所付近の公園の一角にありました。

富岡製糸場のイメージなのか、なんとも厳かなすべり台で、気軽に滑るのがはばかられそうです。

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●イラスト

シャッターに塀にと近くで何ヶ所かこんなイラストを見かけました。

2枚あるうちの上側の写真は祭りのものですが、これは「富岡どんと祭り」 のものでしょうか?山車と踊りの競演など市民総参加の祭りとして2年に1度開催されているそうで、今年は10/15(土)・16(日)と開催されるそうです。なんと、次の週末ですね!

紅葉の葉らしきものが添えられているのも秋祭りを連想させる意味合いでしょうか。

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●山車蔵?

らしき大きな蔵がありました。

かなり年季入っています。しかし屋台や山車なら何か銘打ってそうなものですが、ここにはなんにもありません。

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●富岡市マンホール

これは旧富岡市のマンホールだそうで、2014年に新デザインのものが採用されているようです。この訪問時が2011年なもので、まだこの時には存在していませんでした。

で、この分は旧富岡市の花である藤と市の木モミジ、そして鏑川(利根川水系の一級河川)の清流が描かれたもの、だそうです。外周部分はやはり富岡製糸場のイメージでレンガが囲っているという具合です。

新デザインは製糸場が世界遺産登録されたこともあり、その建屋がバッチリ描かれたものとなっていました。

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●富岡交差点を過ぎる

上州富岡駅から南へ約200mの「富岡」交差点をさらに南へ渡ってすぐの辺りです。左手には群馬銀行が見えますが、金融機関も距離を置きつつ点在しています。そして商店が並ぶ街並み、駅の真ん前よりこの辺りが実質的な商店街といえようかと思います。

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●製糸場への道!

上の写真の群馬銀行等の通りを更に200mほど南下して、これを右折し西へと進路を変えたところです。

多少のカーブはありますが、これをまた道なりに200m程進めば、富岡製糸場の入口へと至ります。まさに「製糸場への道」で。

当時まだ世界遺産登録認定前でしたので、 「富岡製糸場を世界遺産に」なんて幟が立っていました。このフレーズのバックの柄がレンガとは…凝ったものだな、と感心しました。

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●見えてきた!

見えてきました富岡製糸場!

やがて世界遺産になる、その数年前の姿です。

世界遺産になってこの辺りがどうなっていっているのか分かりませんが、当時は観光名所的な土産物店が続くという雰囲気は薄い所でした、飲食店は並んでいますが。

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●製糸場

の前まで来ました!

時間の都合で中へは入りませんでしたが、世界遺産登録前でも多くの方が観光で来られていました。

ちなみに入場料は大人500円(団体400円)、大学生・高校生は250円、小中学生は150円とありました。2007年4月から有料化されたそうで、それまでは無料だったねですね。世界遺産暫定リスト入りなどの影響ですね。

2010年度の累計訪問者数は約20万人との表示も出ていましたが、その後、特に世界遺産登録となってからは急激に伸びて、直近では100万人を越えています。→コチラ

明治ひとケタから操業をしていた近代工場のルーツ的なこの存在、富岡は今着実に熱くなっている、のかと思います。

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2016年10月 8日 (土)

韓国鉄道公社/果川駅 (韓国/果川市)

韓国/果川市の韓国鉄道公社/果川(과천)です。

果川市はソウル特別市と接しており人口は約72,000人で、市に昇格して今年でちょうど30年になる街で、日本では南紀白浜アドベンチャーワールドでおなじみの和歌山県白浜町と姉妹提携を結んでいます。日本語での果川市のサイトがありました→コチラ

韓国鉄道公社/果川(과천)
【路線】韓国鉄道公社果川線(首都圏電鉄4号線)(衿井駅-南泰嶺間)
【開業】
1994年4月1日
【訪問】2016年9
【1日あたり乗降車人員】 5,264人/日(2009年)
【近隣の主要駅】 (衿井方面)衿井駅→5駅 
            (南泰嶺方面)南泰嶺駅→4駅

●駅名標

果川と書いて英字では「Gwacheon(クァチョン)」と表記します。つい「かかわ」と読んでしまいますが、現地読みを忘れそうな時は「ガチョーン」駅だと思うようにしています(笑)

ここへは先月、4ヶ月ぶりに韓国旅行を敢行し、ソウルを起点にしてソウル市外で訪ねた初めての駅です。この時点で韓国では、釜山、梁山、金海、仁川(空港のみ)、ソウルと訪ねましたが、6都市目の訪問となりました。当初は1号線を使って議政府市などを訪ねようとしていましたが、イミグレで1時間程度かかり、バスできた為に明洞まで1時間半かかり、宿泊ホテルでチェックインまでして、時刻が遅くなってしまっていたので、予定を変えました。

韓国鉄道公社駅となっていますが、地下鉄として首都圏電鉄の4号線でもある為、駅番号は「4」で始まっています。

宿泊先であった明洞も4号線の駅である為、一直線で行けるかと思ったのですが、突如途中の舎堂という駅で終点の為乗り換え等を経て、明洞から約40分後にここへ到着しました。いわゆる京畿道に属する市では初めて訪ねた地となります。

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●ホーム

全体的にこの緑の壁の色が使われているようで、改札を出て長い地下通路を歩いている時もこんな色の壁がただひたすらに続いていました。

まだここではフルスクリーン型のホームとなっていますが、もっと郊外へ出ると、前壁のないホームの駅が多くなります。

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●地下通路

改札を出たところの地下通路で、右側の階段は出口のひとつです。

この通路は向こうのずーっと先まで続いていて、その奥の出口から出ました。

ホームの壁面とおんなじ色ですね。

今回もT-Moneyカードには大変お世話になりました。こうしてソウル市外の遠方に出たので何度かチャージはしたものの、都度都度お金出して切符買わずに済んだので大変助かります。

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●案内図

綜合案内図とありました、駅周辺の様子です。

地下道を上がるや川沿いだったりするので、この川と周辺の公園を楽しむ事としました。

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●更に通路

改札を抜けてかなり進んだ地点での通路の様子ですが、ホームの壁とおんなじ色遣い、徹底していてなかなか見事です。真ん中の柱が何本も続いていくのもなかなか見事な光景と思えました。

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●階段を上がる

何てことはない地下鉄の地下から階段を上がって出口、というところですが、屋根が半円上でこのようなステンドグラス調になっていて、これもまた目を惹いたものでした。

地下鉄の駅舎って階段を上がってしまったら終わりで、待合スペースなど当然ない、という形になってしまいますが、こうして階段を上がる時に屋根のないものもあれば、屋根があってこうして装飾がなされているものもありで、そんな違いを楽しむ事ができます。

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●駅前

上の写真の階段を上がった所です。

真ん前のバス停のある幹線道です。右に隠れている部分は団地群、左側は公園です。

バスはとにかくたくさん行き来していました。

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●架け橋

果川駅を出てすぐの地点で、左側にはこのような渋い木橋が架かっていて、その向こうは果川中央公園が細長く形成されています。

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●果川駅 駅舎

こんな地下鉄駅舎です。

階段上がるカットで大体この姿は想像つきますが、半円屋根にステンドグラスは少しだけ立派感が出ているかなと。まだまだソウルからの地下鉄沿線の延長上という雰囲気ですが、もう少し進んでいくと、他の市では立派な駅舎を持つ駅も現れてきます。

今回の旅のコンセプトは「ソウル近郊のソウル市外の各市を訪ね歩く」というものでしたが、その点はそれなりに楽しめましたので、追々載せていきたいと思います。

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2016年10月 3日 (月)

JR高崎駅 (群馬県高崎市)

群馬県高崎市のJR・上信電鉄/高崎(たかさき)です

高崎市は、群馬県の南西部に位置し、人口は370,751人(2015.11.1現在)で、県庁所在地の前橋市と並ぶ群馬の二大都市で、人口ではここ高崎が県内最多となっています。新幹線も前橋ではなく、高崎にあるところにこの街の重要性が窺えます。地元の「上毛かるた」では関東と信越を繋ぐ街、と歌われています。

日本一のダルマの産地であり、また高さ40mを越える「高崎白衣大観音」があります。ウルトラマンの身長を体感したければ、これを見に行けばいい訳です(笑)

-JR・上信電鉄/高崎駅-
【路線】
JR高崎線(大宮-高崎間)
      上越線(高崎-宮内間)
      信越本線(高崎-横川間)
      上越新幹線(大宮-新潟間)
    上信電鉄上信線(高崎-下仁田間)

【開業】JR-1884年5月1日
     上信-1897年9月10日

【訪問】初訪問-2005年11
【1日あたり平均乗車人員】 JR-29,478人/日 (2015年)
                  上信-
 2,295人/日 (2015年)
【近隣の主要駅 (大宮方面)本庄駅→4駅  ※高崎線 熊谷駅→2駅 ※新幹線
           (宮内方面)新前橋
→3駅 ※上越線
           (横川方面)安中駅→3駅  
※信越本線
           (新潟方面)長岡駅→4駅  
※新幹線
           (高麗川方面)群馬藤岡駅→3駅 
※八高線
           (大前方面)中之条駅→12駅 
※吾妻線
           (小山方面)前橋駅→4駅 
※両毛線
           (下仁田方面)上州富岡駅→13駅 
※上信電鉄

●駅名標周辺

ここへの初訪問は2005年11月の事になりますが、2008年再訪や2011年の再訪時のものを混在で載せていくので、写真の旅に年代を付します。概ねその当時でも現在でも代わってはいないと思いますが…

ちなみにこれは2008年の駅名標を中心としたホームの様子です。新幹線のですが。

JRと上信電鉄と同居する形の駅ですが、JRでは乗入れ路線を含め大変多くの路線の電車が走っています。JRの所属路線としては、上越新幹線をはじめとして在来線では、高崎線・上越線・信越本線に属していますが、これ以外にも吾妻線・両毛線・八高線の列車が乗り入れしています。という訳で、非常に多くの路線が乗り入れる北関東の大動脈的存在で、在来線では3面7線もの広大なホームを持つ駅となっています。

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●ダルマ

高崎といえばダルマ、生産量は日本一ですが、このような赤い物以外にも黒いダルマが置かれていたり、作り物では色んな色のダルマがあります。ちなみに2005年初訪問当時のものです。

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●列車(2011年)

2枚ありますが、上の方は信越本線のクモハ107系というものです。信越本線は新幹線の開業によって途切れ途切れとなってしまい、当駅から安中市の横川という駅までの約30km程で、その先は篠ノ井-長野、直江津-新潟、という区間で途切れながら構成されています。

下の方は特急「草津」号です。上野駅から草津温泉の方まで乗り入れる特急列車なのですが…1日2,3本ほどしかないのですね。

JRの在来線のホームの様子はこれくらいです。

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●上信電鉄入口(2011年)

上信電鉄の写真は比較的撮っています。これは利用した事に他ならないもので、新幹線と上信電鉄は利用しましたが、在来線でこの駅を利用した事が皆無につき、このあたりで写真の量や内容に差がついています。

JRと同じ駅舎内に0番線としてホームが存在しており、当駅を始点にしています。

改札はこのように別になっていて、広大なホームの片隅にちょこんとある感じです。が、この翌年2012年に駅の西口駅前ターミナルに専用の出入口がつくられた、とありました。

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●頭端式ホーム

ここからしばらく、2011年当時の上信電鉄のホームの様子です。

1面1線のこのようなホームがあり、入口には銀河鉄道999のおなじみ車掌さんの顔抜き看板がありました。

この当時は翌年の2012年まで「銀河鉄道999号」なるラッピング電車が運行されていたそうで、これはその象徴だったのでしょうか。好評だったようですが、版権等の関係で終了になってしまったようですね。

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●上信電鉄ホーム壁面

「富岡製糸場を世界遺産に」というフレーズに時代を感じます。

今や世界遺産に認定されましたが、この3年後に認定される事となります。

狭いながらも色々とユニークにホームです。

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●沿線案内

高崎市に始まって、甘楽町、そして世界遺産のある富岡市、ネギで有名な下仁田町へと続いていきます。

とにかく壁面の有効活用といわんばかりに、いろんなものが所狭しとベタベタ貼られているこの感じが妙に好きです。

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●上信 駅名標

たいへん味のある駅名標です。

平仮名と感じがほぼ同じながら、平仮名の方が太くやややインパクトがある、こういう文字バランスの駅名標というのもなかなかないのではないでしょうか、とにかくインパクトは十分です。

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●上信電鉄 電車

前面にTogendoとあって何?と思いましたが、「桃源堂」という会社の広告車両、という事です。ラッピングではなくペイントされているのだそうです。

桃源堂というのは、沿線の富岡市にある教育用品の総合商社だそうです。

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●駅前通り

西口駅前通りです。

新幹線のある側が東口で、在来線のある側が西口、大体こんな感じです。

どちらかというとメイン側なのもこの西口かな、というところです。

2006年、今から10年前の様子ですが、大きくは変わっていないと思います。

この写真から最後まで、すべて2006年当時のものです。

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●通路周り

左側が高崎駅で、2F部分から通路がこのように伸びています。下は駅前広場でバスやタクシーが行き来しています。

右側は高崎アーバンホテルが駅と通路で繋がっていて、見えていませんが左端は向こう側へやはりこの通路でアパホテルと繋がっています。

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●高崎駅 駅舎

駅ビルとなっている大型駅舎はさすが群馬県の交通を代表する存在、という風格があります。

群馬県ではこれほどの規模の駅はなく、県都である前橋駅は2F建ての高架駅舎で、ここまでの規模ではないしで、駅の大きさもですが、高崎は新幹線駅もあり、また利用者数も前橋を上回っています。高崎へ来てから前橋へ行くと、どっちが県都やら分からなくなってしまいます。

一番下の写真では「34万人の新高崎市…」とありますが、この前月の2006年の10月に当時人口約2万の榛名町を編入したばかりで、この事が反映されていると思われます。同年1月には3町1村を編入していますが…。その後2009年に当時人口2.5万ほどの吉井町を編入して現在の37万都市の規模となっています。

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