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2016年12月の11件の記事

2016年12月29日 (木)

アンジュルム ライブツアー2016秋-絆- ツアー参戦記

アンジュルムのライブツアー「絆」が、この12/23の高崎公演をもって終了しました。

今回参加したのは、鹿児島、周南、大分、松山と西日本が主体で、最後の高崎は元々は行く予定なかったんですが、間際にまだチケット販売がされていた(追加で?)のてい゛急遽参加する事にしました。結果ホントに良かったです。

回ごとに色々エピソードがありましたが、曲ごとに触れていきます。今回はツアー限りのユニット2曲を除く、全員でのパフォーマンスは全曲「アンジュルム改名後にリリースした曲」という縛りが設けられていました。

そんな中でオープニングをかざったのが、

1.愛のため今日まで進化してきた人間 愛のためすべて退化してきた人間

というとても長いタイトルの曲、現時点でのアンジュルムの最新曲のひとつです。

今作はこの7月に加入したばかりの新メンバー・かっさー(笠原桃奈)のデビュー作であり、彼女の13歳の誕生日直前の10/19にリリースされています。つまりこの時点で彼女は12歳な訳です。スマイレージメジャーデビュー後アンジュルムを通じて今まで、12歳時点でソロバートが与えられているのはこのかっさーただひとりです。そしてこの曲の冒頭こそが、そのかっさーのソロバートで始まるのです。

どうでもいいのですが、彼女のパートの後ヲタのコールは「ももな(ももにゃ?)ー」と入るんですが、個人的にはすごく「かっさー」なイメージなんで「かっさー」とコールしたいところです。

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▲12歳で加入した新メンバー笠原桃奈

そのかっさー加入まで最年少であったりかこ(佐々木莉佳子)が、かっさーが後ろにもたれかかってるのを支えるという出だしで、音が鳴らないで莉佳子がずっと支えてる事もありました。

人造人間がモチーフになっていて、ラストは真顔でどこ見てるか分からない人造人間を各自演じているようですが、人造人間ゆえの心の無さのようなものを表現しているのでしょうか?

まず、このツアー自体がかっさーのツアーデビューであり、彼女を含めた新しい9人体制の「絆」がツアー自体の主題だと思いますが、そんな中での最初の曲、かっさーにとってツアーで生まれて初めて披露した曲という事です。

2.次々続々

最初のMCが終わった後に紹介されるのがこの曲。前作シングル曲で、ハロプロ全体でもこの2016年通してのベストシングルに挙げられてもおかしくないほどの名曲といえます。

こちらはかみこ(上國料萌衣)のデビュー曲であり、今年出た2枚のシングルでは、4月のこの次々続々などがかみこのデビュー作、10月の「愛のため今日まで…」などがかっさーのデビュー作となり、最近のアンジュルムは特に、曲のリリースごとに誰かの最終曲やデビュー曲になったりしていてメンバー変動の激しさが窺えます。

かみこは今回が2度目のツアーで、初ツアーの初日が今回のファイナルと同じ高崎という偶然でした。

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▲今回が2度目のツアーの上國料萌衣

かみこのデビュー曲であるということは、今年5月に卒業しためいめい(田村芽実)のラストシングルであり、彼女のパートは今ツアーで現メンバーに受け継がれている訳ですね。ラップの部分に莉佳子が起用されていたり、色々実験なのか冒険なのか、やっていってるな、という感じは窺えました。♪変わり続けられるような勇気~の部分を勝田里奈(りなぷー)が受継ぐとは予想だにしませんでした。

3.七転び八起き

アンジュルムになってから2曲目のシングルで、メンバー9人のうち3人がマイクも持たずダンサーに専念する構成の曲です。今回は歌う6人がめいめいからかっさーに変わった形で、ダンサー陣はりなぷー(勝田里奈)、むろたん(室田瑞希)、りかこと変わらずでした。オリジナルのダンサーは卒業したかにょん(福田花音)、りなぷー、りかこでしたが、かにょん卒業後にむろたんがダンサー入りして現在に至ります。

個人的に♪明日の事よ-りも、の歌唱部分がツボで、これを相川茉穂(あいあい)が担当している箇所もあったり、必ずしも元々歌割の多いメンバーばかりがやっている訳ではなく、各メンバーにスポットが当たるところがアンジュルムの良いところかとも思います。最後のタケちゃん(竹内朱莉)のドスの利いたボーカルは理由なしに大好きです。

4.カクゴして!

春のホールツアーで初めてライブで公開されて大人気だったアルバム曲。今回の全員曲セトリの中で唯一、シングル盤に入っていない曲でもあります。

はっちゃけ感が満載で、アンジュルムの楽屋がそのまま楽曲になったような曲?!ただ、フリが曲に忠実で、いわゆるフリーの部分が意外と少なかったかな、という印象でした。

めいめいが居なくなった分、かみこの存在感がこの曲では大きいなと個人的には感じました。


◆一人喋りコーナー(3分)

それまでは、その場の抽選で喋るメンバーを決めていた「ガチなやつ」だったのを、予め喋るメンバーを決めてのトークに切り替わっていました。抽選だと回数の不公平感が出るからでしょうか。

最後の回でリーダー・あやちょ(和田彩花)が真剣に話してくれて、この先もまだまだ頑張っていくと宣言してくれたのは感動しました。りかこもこれから真剣に考える機会を増やしていきたい、という大人の階段を上っていく姿が垣間見られたし、皆結構3分きっかりにうまく纏められてるな、とも感じました。かみこのトークはまだまだこれからで結構「イェー」で誤魔化してた感がありましたが、なんでもこなす彼女の事なので、気がつけば喋りも達者になってる事かと。


5.恋ならとっくに始まってる

1人喋りのコーナーが終わってメンバーが袖へはけていくと、あやちょ一人だけが出てきて「もぅ…」とセリフを言い始め、曲がかかりだして、そのタイミングで全員が出てくるというちょっとした演出がなされていました。

アンジュルムになって初めてのつんく♂によって手がけられたこの曲は卒業しためいめいで始まりめいめいで終わる、めいめいの卒業曲のようなものでしたが、今ではあやちょと2期の見せ場になっている状態で、3期以降のメンバーは逆に脇に回っているような状態です。

ライブハウスであやちょが自分のパートをすっ飛ばしたりというのはそこそこあると感じますが、この曲でその事態によく出くわす気がします。


6.乙女の逆襲

アンジュルム改名後たで占められている今回のセトリにあって、「大器晩成」と並ぶ最も古い曲という事になります。

ワンハーフで披露される事が多く、フルコーラスはなかなか貴重のように思います。大器晩成ほどではないものの、ソロバートがあまり多い曲ではなくて、個人的には淡々と流れていく曲、というイメージが強いです。かななん(中西香菜)の低音がうまく活かされている曲で、声の高いタケちゃんとのコントラストは見事であり、めいめい×かななん、の組み合わせに負けず劣らずいい味を出しています。

上からになってしまいますが、かななんは本当にうまくなったなと思います。正直最初は色々厳しいと感じ、1年半が経とうとしていた2期イベントの動画を見ていても歌が…と思う部分はありましたが、舞台経験とか、表現力の塊であるめいめい仕込みの甲斐あってか?歌唱や表現に幅が出てきて、昔のヘタレぶりなどどこ吹く風?という感じです。スマイレージの頃は自虐的に劣等生と言っていたのが、今やアンジュルムのサブリーダーですから。

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▲低音で魅せる中西香菜

7.忘れてあげる

こちらは打って変わって最も新しい曲です。

しっとりしたある意味アンジュルムらしくない曲かもしれませんが、楽曲に幅をもたせる意味でアリな曲だと思うし、「こういうのもできるよ」というのを見事に見せつけてくれたな、という感じがします。

あやちょの「♪忘れてあげる」と歌い上げて横顔見せるシーンが芸術的ですらあると感じます。かっさーのソロバートの歌唱はどこかかつてのハロプロ感を彷彿とさせ、Berryz工房の菅谷梨沙子のようになりそうな、そんな片鱗をちらりと見せているようにも思え、将来をついつい期待してしまいます、スペック的にもキャラ的にも色々未知数な部分が多いように見えますが、結構歌唱枠で獲ったのかな、とも思います、1人加入ですし。

8.~9.(ツアー限定ユニット)2曲

あやちょ・かななんの「Do It!Now」が印象的でした。まだモーニング娘。が全国区で轟いてた末期だったかなと思いますが、ちょくちょく行きがかりの店でも耳にしたので、

あとはかみことかっさーという初々しいコンビの「泣き虫少年」。かみこが先輩としてアクトするのが初めてでそこも注目点でしたし、2人並ぶとどうしてもかっさーの方が大人っぽく見えてしまうなんとも言えない不思議な雰囲気を持ったコンビです。かみこの方が4歳も年上なんですが…

あいあい・むろたんの同期コンビの「会いたいロンリークリスマス」でむろたんが、歌詞のてにをはを間違えて、終曲後あいあいがむろたんにグーパンチしてた貴重な回に出くわしました。逆の事があっても…とは思うけど、あいあいがこんな事をやるなんて3期が加入した時には想像打に出来なかったですね。

ユニット限定曲が終わると歌い終わったメンバーはそのまま残って、他のメンバーが出てきて再び全員集合。先ほどの2曲について、それぞれ歌ったメンバーに感想を求める、というちょっとしたMCが入ります。曲の感想を求める趣旨ながら、全然関係ない話になったり、単なる弄りになったり…そこがまだアンジュルムでした。

10.糸島Distance

MC明けに始まるしっとり系の曲。といっても「忘れてあげる」よりはかなり賑やかな感じではありますが。北海道のライブでは「嗚呼すすきの」をやるといいますが、今後ツアーのセトリから外れる事があっても福岡のライブでは特別に差し挟まれそうなご当地ソングになっていくものと思われます。

かみこの「♪天神のあかりが浮かび始める頃~」というパートに彼女らしいまっすぐで素直なボーカルが堪能でき、彼女の持ち味はこういうところなんだな、と感じ取れます。あるイベントでこの部分が上手く発声できずに泣きかかった事があり、それを当時先輩になったばかりの年下りかこが優しくフォローするシーンが見られたのを思い出します。

されにしても「まだ間に合うかな」に始まり、「まだ間に合うよね」とか「まだ間に合うでしょ」とか似たような歌詞が何度も出てきて、よく間違えずに歌えるなと毎度毎度感心するばかりです。

この曲からは最後までひたすら突っ走っていくのみです!

11.臥薪嘗胆

割にしっとりした糸島distanceから打って変わってここからギアはトップにシフトチェンジして、そのままぶっちぎっていく、そんな最初の曲がこれです。

オリジナルで出た当初は冒頭部分は延々と、卒業したかにょんが歌い続けていて、彼女の卒業宣言直後のリリースでもあり、フィーチャー曲でもあったのかな?と思いましたが、今では3期を中心としてそれぞれ節ごとに歌割が分散されています。

間奏の部分でこれまた卒業しためいめいが円になって走った後に中心に立って独特のクイックな踊りをやっていたのですが、これを新人のかっさーが受継いでいて、何かが壊れたような、憑りつかれたような動きをするかっさーを見てるのが面白かったです。何にせよこの子は結構な表現者になるのではないか?と思って見ています。今回のツアーで結構ヲタを惹きつけたようでもありますし。

12.大器晩成

アンジュルムの名刺代わりともいうべき、欠くべからざる曲です。

この曲もまためいめいが独特の大振りなダンスをやっていたのですが、これをかっさーが引き継いでいて、これまた豪快というか、かっさーの動きが全体に激しく、また固さも感じました。しなやかさと対照的な剛な感じですね。

あやちょが端っこで機材に隠れながらモグラたたきのモグラみたいに顔を出したり引っ込めたりして遊んでる回もありました。で、最期落ちサビ始まる時の、りかこジャンプの後、着地してすぐさまクルッと1回転する莉佳子がカッコよすぎました、めまいしないかなと思うんですが…、恐るべき身体能力、と思います。

13.出すぎた杭は打たれない

ハロプロ史上最速曲といわれる、速くてまた重厚なサウンドの曲です。

オイオイというヲタのかけ声が早すぎるのか、途中で絶対ついていけなくなったヲタの声とずれていくのが聴いてて面白くもあります。

今回のセトリは全編アンジュルム曲で構成されていて、スマイレージ時代の曲がゼロという事ですが、アンジュルム期でも既に様々な局面があり、例えばこの曲の時はめいめいはおろかかにょんすらいた訳ですが、現メンバーで考えてみて「この曲の時、かみこメンバーだったっけ?かっさーは??」とか、どの曲もそうですが、ついついそんな事を考えてしまいます。それでも今のメンバー達、特にオリジナルのリリース時に居なかったかみこやかっさーは、その事を感じさせない、リリース時から自分達居たよ、と言わんばかりのパフォーマンスをやってくれます。

14.ドンデンガエシ

本編最後の曲です。曲が始まって歌い出した直後の間奏部分でタケちゃんの気合十分の掛け声がツボです、今は何と言ってるのでしょうか?「〇〇(地名?)いくよー!!」でしょうか?これはもうライブ見るか、動画見て感じてもらうしか!ですよホントに。

ワンハーフだと披露されないむろたんとあいあいの手をタッチして見合いながら前進していくシーンがとても好きなんですが、これもまた彼女たちの対等さというのか打ち解け具合?が感じられて、いいなと思えるのです。ホントに3期加入時はこんな事絶対想像できなかったわけですから。それどころかあいあいすぐ辞めちゃうんじゃないか、という話すら出たりしてて。よくここまで、良い意味で居ついてくれたなと思うし、抜擢した方はこのような化学変化を想像、あるいは期待していたのでしょうか、そこんところも是非知りたいですね。

そんなこんなで、本編は終了します。本当に怒涛に2文字がピッタリなここまででした。

アンコール
15.上手く言えない

アンコールではトリプルA面最新曲のうちの1曲をもってきました。

途中の「ピヨピヨピョ」という部分をヲタが段々大声で言うようになり、それをメンバーが規程笑ってしまう事があるので、それを見ていて面白さもありました。

16.友よ

一人一人感想を述べて笑わせてもらった後は、この曲で一つになりましょう!って事で、ラストの曲にふさわしい、1年前に初披露されてすっかり定番曲になった感すらあります。

岡林信康ではありません、といっても若い人たちには全く分からないですね。学生紛争等日本が今とは全く違う時代であった頃、彼のこの同じタイトルの曲はよく流れいたそうです。

ある程度アドリブを利かしていて、メンバーの素であったり、あるいはタイトル通りの「絆」の深さも感じられます。また間奏部の円になって肩組む(円陣組む、と言った方が早いか?)で♪Yes、Yes!と叫ぶんですが、そのフレーズの合間に「ハイ」とかメンバー達が最近合いの手を入れるようになり、ライブで生ものとして曲を進化させたな、という事を感じずにいられませんでした。

肩を組んだり離れたり…「絆」そのものの曲かと思います。かっさーの馴染み具合をあやちょはずっとはかっていたようですが、今回はホールツアーがなしの結果で良かった、とも言っていました。当初の形ではとても大きな舞台ではできない、と。でもツアー終わった今なら絶対にホールも通用する、と確信できた、というのがとてもよかったです。メンバーたち自身がそう思えないと前へ進んで行けないので。

という事で、今からホールツアー楽しみではありますが、その前に今年中にこのツアーの振返りができて良かったです。

2016年12月28日 (水)

MTR/車公廟駅 (香港/沙田区)

香港/沙田区の車公廟駅です。

-MTR車公廟(車公廟站)
【路線】MTR馬鞍山線(大囲烏溪沙間)
【開業】2004年12月21日
【訪問】2016年1月 
【近隣の主要駅】 (大囲方面) 大囲駅→隣駅
           
(烏渓沙方面) 烏渓沙駅→7駅

●駅名標

車公廟という表記で英字では「Che Kung Temple」と記されています。ここに来る前に寄ったのが黄大仙駅で、そこは華やかすぎる同名の寺院があるのですが、ここもまたすぐ近くにある車公廟に因んでの駅名で、「廟」という漢字から寺社仏閣系のある所だな(Templeでもあるし)、と目をつけてやってきました。日本語読みだと「しゃこうびょう」ですね。

駅名標は素気ないですね。普通に字書いたよって感じで。

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●ホーム

香港の名だたる観光中心地がいくつかある訳ですが、この駅のある馬鞍山線という路線はそれらと一切交わりがなく、いかにも郊外な感じで、ホームもドアがなく「むき出し」です。

MTRは本来地下鉄で中心地は一様に同じような構造をしているのですが、郊外に出ると普通の地上駅のようなホームになります。

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●通路等

エスカレータ周りの様子です。

ホームが2F部分にあって、改札へは降りていく事になります。

イラストは寺院を表わしているのでしょうか?車公廟はこんな形のものは見受けられませんでしたが…。

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●駅前広場

改札を出て、駅舎からも出てきました。

歩道的スペースが広く取られています。

道路には2F建てバスが普通に走っているのがいかにも香港です。

郊外でも見かける事は決して珍しくないので、乗ってみると面白いと思います。とにかく前から乗って、お金を払うか交通カードでピッと通すか(後者のが断然楽です)、どこで降りても料金一律(前払制)で、行きたい方向と下りる場所さえ把握しておけば、というところですね。

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●車公廟駅 駅舎

比較的大きな駅舎です。

先述の通りMTRは中心部は殆ど地下鉄状態で、駅も地下からの出口であったり、何かの建物との複合であったりというケースが多いのですが、ここは単体の駅舎という感じでした。

駅名でもある寺院「車公廟」へは、ここから徒歩で7分程度の所にあります。黄大仙駅と違って、駅のそばという訳ではないので、少し歩く事になりますが、ここもまた黄大仙程ではないにしてもカラフルな寺院であり、決して行って損はないかと思います。

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2016年12月25日 (日)

青森/五所川原 佞武多の街あるき

青森県五所川原市、JR五所川原駅からの歩き旅です。

(2013年8月当時)

●バスのりば

五所川原駅と駅前広場を隔てて向かい合うようにして建っているバスのりばです。

バスがそんなに頻繁に行き来していた印象はありませんでしたが、とにかくスペースはあるな、という感じでした。ただ路線数を調べてみると10数路線はあるみたいで、偶々行き来を見なかったのか、1路線あたりの本数が多くないのか分かりませんが、とにかく各方面へ出ているのは確かなようです。

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●駅前通り

中層ビルが立ち並ぶ商店街という感じの五所川原駅前通りです。

右手前のバス停は降車専用だそうです。

駅の真ん前に大きなバスセンターがあるのに、降車するのはそれより手前だとは…

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●五所川原市 マンホール

虫送りと火祭りのデザイン、という説明がありました。

稲を病害虫から守る事を目的に伝わるご当地の慣習だそうです。

虫送りの虫はここにあるような龍蛇体状のもので、頭部は木で造られ、胴体は藁で造られるそうです。胴体が藁とか、なまはげの龍の顔バージョン?などと想像すると実物はかなり怖いように思います。

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●藤吉郎

かつては有名なレストランだったそうですが、駅前から人がいなくなり廃業に追い込まれたとありました。少なくとも2007年には既に廃業していたようです。

地図で見てもこの建物の部分だけ名前が入っていませんでした。建物の前面に紋があるところにもかつての由緒を思わせるものがあるのですが…

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●佞武多の館!

着いた頃が既に夕刻でもあり、かなり暗くなってきている中でもあったので、建物の中の灯りがかなりはっきり見えてきています。

2004年に開館した、佞武多の街・五所川原を象徴する新ランドマークとして期待される施設です。HPはコチラ

五所川原駅から徒歩で程無く着き、高さ20m余りの立佞武多が見られたり、結構ド迫力です。この時、中に誰もいなかったようですが、中には(途中まで)入る事ができて、一部の様子を垣間見る事ができました。開館時刻は9月までは19:00で、3月までは17:00までと時期により2時間も違うので要注意です。

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●館内

入るなり、色んなものが吊ってあって、大変華やかな雰囲気でした。

そしてやはり圧巻は大きな佞武多と太鼓台座!これは写真では伝わり切らないと思います、とにかく見るしか!というところで。

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●母神

佞武多の館をバックにする格好で立っているこの像は「母神」というタイトルで、この裏には作者について刻まれています。

その作者とは中野桂樹(1893-1965)という人物で、県内の木造町(現・つがる市)の出身という事ですが、ここにあるのは1957年に開催された青森県平和大博覧会の事業として別の場所に設置されていたのが元で、色々な機会を経て、現在は佞武多の館の建設を機に当地に移設されたといいます。

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●マンホール

いかにもご当地な感じのしかもカラーのマンホールに出会えて、こういうのは嬉しいですね。もちろん最初のやつもご当地らしいデザインですが。

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●商店街

佞武多の館を離れていくと、歩道の屋根つきの商店街に差し掛かります。

下2枚のうち、上側は五所川原駅に向かって振り返った格好のカットで、下側は逆に五所川原駅から離れていく格好のカットです。

盆時期の晩でもあったので、殆ど店は開いていませんでしたが、普段の日中であったとして、このうちどれほど開店してるんだろうか??というくらい、シャッター商店街の雰囲気はありました。

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●平凡食堂

なんともこのネーミングが…!どんな思いでこの名前をつけられたんだろう…と思わずにいられませんでした。

残念ながら「貸物件」となっており営業はしておりません。

食べログなどを見ていると、2012年まで営業していた模様ですが、この写真の2013年夏にはこの状態でした。がしかし、現在は「駅前食堂こう」という名前で生まれ変わっているようです。

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●ごしょりん

五所川原市のブランドイメージキャラクターで、青森らしくリンゴの顔になっていて、胴体が佞武多になっています。

鉢巻を巻いているところから、気合入ってそうですが、好奇心旺盛な男の子という設定だそうで、この前年である2012年に誕生したそうです。

ここに書いてある「わい~ めやぐだじゃ~」とは、直訳で「うわー迷惑だよ」、転じて「こんなに気を遣わせて迷惑かけたね→ありがとう」だそうです。ありがとう、とストレートにいえない津軽人の気質がこういういい方になっているのだとか。

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五所川原では、この後「珈琲詩人」という喫茶店で晩御飯食べて電車にて発ちました。駅前に食べられるところがあるか心配しましたが、ちゃんとあってよかったなと。居心地が良かったので一本電車を見送るぐらいで(笑) この辺りで次の電車に乗るというのは、かなりの遅れを覚悟しないと、という事になるので、それでもここの居心地をとりました。

この時は、黒石、平川、つがる、そしてここ五所川原市を訪ねる事をミッションとしていましたが、それも全部達成したので、後は宿泊先に向かうのみ、というところで。ねぶた祭りの時にここ五所川原を訪ねると更に、この土地の素晴らしさを実感できるのでは?と思います。

2016年12月20日 (火)

大連地下鉄/西安路駅 (中国/大連市)

中国/大連市の大連地下鉄/西安路駅です。

-大連地下鉄/西安路
【路線】大連地下鉄1号線(姚家-会展中心間)
            2号線(東海-辛寨子間)

【開業】2015年5月22日?
【訪問】2015年8月 
【近隣の主要駅 (東海方面) 人民広場駅→2駅
           
(辛寨子方面) 機場駅→8駅 
           (姚家方面)興工街駅→隣駅
           (会展中心方面)会展
中心駅→2駅

●駅名標

白い柱に白い駅名標ってセンスがなかなか…

西安は「シーアン」と発音されますが、英字表記にすると「XI'AN」となるんですね

昨年本格的に運行され始めた大連地下鉄にあって、1号線と2号線が交わる数少ない駅のひとつです(他にこのケースは大連北駅のみ)

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●ホームドア

フルスクリーンタイプのもので、大連地下鉄皆一様にこのタイプと思われます。あまり多くの駅を行った訳ではないですが、すべてこのタイプでした。

ここは昨夏の大連旅行の時に最後に寄った駅でしたが、もう少し時間があれば1号線にも乗ってみたかった、という後悔を残して帰国する事となりました。ホテルのチェックアウトが12時で、それまでの時間を有効活用していましたが、さすがに路線乗換えて駅前を歩いて…という時間は計る事ができず、ここで引き返しとなりました。

それでもこの旅行の時に、機場に始まり、青泥窪橋、中山広場、友好広場…などの駅に、開業初年に行く事ができたのは本当に良かったと思っています。

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●ホーム

とにかくまっしろでピカピカ!

出来たてのホヤホヤ感満載でした。

足のマークが各箇所に入っていて「こっから乗るんですよ」という表示でしょうね…

日本でもなかなか経験しないのに海外の新路線に乗れた感動、大連旅行では疲れた事が多かったのですが、この路線に乗れたことは本当に幸せな事でした。

今度は1号線にも乗りたいし、いずれ出来るのかという4号線にも乗ってみたいものです。

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●西安路駅

エスカレータで上がってきてのカットです。

建物も何も無く駅舎と呼べるものではありません。この道隔てて向かいの出口は屋根つきになっていたようですが…

去年の事でだいぶ記憶も薄れかけてきていますが、エスカレータが停まったまま放置されていた、なんて事はここではザラで、動くもんだと思っているところに動かず、またこれが暑い季節となるとひと際疲れが増すというものです。ましてやこのような雨ざらしのもと、エスカレータを動かしてるだなんて…と思わずにはいられませんでした。

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●降りて向かい

向こうにはマイカル?がありましたが、その手前やや左に駅ののりばがあり、ここは屋根つきでした。青っぽい車は全てタクシーです。

にしてもマイカル??MYCALでなくて、「MYKAL」???

まさかパ〇リ?と思ってしまいましたが、元は日本のMYCAL系列の海外店舗であったものが、現地で大連商城集団というところに買収されて、CをKに変える形で改名されたそうです。

この辺りは新規開発区域との事で、かなり賑わっていますが、今後の発展もかなり期待されているようです。

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2016年12月18日 (日)

JR津和野駅 (島根県鹿足郡津和野町)

島根県鹿足郡津和野町のJR津和野(つわの)です

津和野町では以前にJR青原駅をupした事がありましたが、その津和野町の中心たる駅です。本来はこの津和野駅を先にあげたかったのですが、記録として残しておらず、青原駅しかなかったのでこれをupしたのですが、この夏ようやく津和野駅の再訪が叶い、今回御紹介できる事となりました。

-JR津和野駅-
【路線】
JR山口線(新山口-益田間)
【開業】1922年8月5日
【訪問】初訪問-1996年1
【1日あたり平均乗車人員】 197人/日 (2014年)
【近隣の主要駅 (新山口方面)宮野駅→11駅、山口駅→13駅
           
(益田方面)日原駅→2駅、益田駅→7駅

●駅名標

ここの初訪問は1996年1月の事でしたが、当時記録全くなしの状態で訪ねてしまい、いつか再訪を…と思っていた折、今年夏にようやく叶いました。実に20年ぶりの再訪でした!よってここでお届けする写真は全て今年8月当時のものです。

「山陰の小京都」として有名で、地形的な面で萩などと共にツアーの組まれる事の多いこの津和野ですが、JR山口線の途中駅では島根県側の代表的といっても過言ではない存在です。

津和野町で前回upした青原駅は旧・日原町の駅のひとつですが、ここ津和野は平成の大合併(津和野町と日原町の合併)以前も津和野町の中心駅としてあり続けている状態です。この沿線は郡部が続いていて、最も近い市の中心駅は島根県の益田駅で7駅あります。反対方向では山口駅まで13駅を要します。

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●名所案内

2km以内のところで列挙されていて、徒歩訪問も十分可能な圏域です。

ただ、駅を出た通りが小京都の雰囲気溢れるエリアであるので、歩いているだけで十分よい旅になると思います。

文豪・森鴎外(1862-1922)の出身地であり、その旧家が遺されています。

名所とは無関係ですが、歌手・森昌子さんのシングル曲で「津和野ひとり」(1978年6月発売)という作品があります。管理人は津和野という地名はこれで初めて知りました。恋した女性がある時雑誌に出ていた津和野の街を見て、独りでやってきた、というような内容の曲でしたが、1人でフラッとやってきて、色々考えながら歩くのも良いかもしれません。

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●時刻表

こちらは新山口方面の時刻表です。

10時台までは1時間に1本ありますが、以後は間隔が開いていきます。

一応15~17時台は1時間に1本になるものの、終電は実に19:35!!

山口線は島根県側だとかなり本数が減り、ここはまだ特急が停車する分だけ赤字の列車が停車しますが、各駅停車の駅ではこの分がなくなってしまう形です。南側はここから11駅先の山口市にある宮野駅から本数が増え、宮野-新山口間(山口駅・湯田温泉駅含む)はさほど時刻を気にしなくても…という感じですが、宮野以北、とりわけ特急停車しない訳はよく時刻表をチェックしておかないと…という事になります。

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●ホーム

右側が山口方面、左側が益田方面になります。

益田からは山陰本線に合流し、萩方面へアクセスできるわけですが、山口市から萩へアクセスする時は「列車」という選択肢ははまず考られず、バスでのアクセスとなります。

理由は鉄道利用の場合、

1.益田を経由する為、その分の時間がかかる

2.益田からの山陰線の本数が極少

の大きく2つです。

で、新山口駅から東萩駅へのアクセスで比較してみると、

バス…新山口駅6:26  ⇒  東萩駅7:54  (1時間28分)

鉄道…新山口駅5:53  ⇒  山口駅6:16着、6:30発  ⇒  
      東萩駅7:54  ⇒  益田駅8:35着、9;31発  ⇒ 東萩駅10;42
     (4時間49分)

と、こんなにも違います。

で、津和野駅から萩へのアクセスについては、バス移動は確認できず、公共交通機関では益田経由で鉄道利用しかないようです。2時間余りかかるようで…。萩・津和野としてツアーでセットにされる事の多い両者ですが、公共機関での移動がこんなにかかるのは山陰本線の機能ぶりが窺えてしまうというものです。

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●ホーム2

跨線橋が見えるテイのカットで2枚ありますが、ホーム自体は1面2線です。

つまりこの写真を撮っているホームだけで列車の運行が機能しており、この跨線橋は改札側と繋ぐために機能しているものです。

という事で、右側はそのまま改札側への通路となっています。

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●跨線橋内

通路はやや狭めな感じで、ポスターを貼ってるのは意外と少なく数枚でした。

窓も半分程度あるのみで荒涼とした感じでした。

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●跨線橋から

駅舎側と反対側を撮ったものです。

右側のホーム側の屋根は結構広く取られています。やはり特急停車駅だからというのはあるのでしょうか。

左の駅舎側は、見事な石州瓦色の屋根というところでしょうか。この辺りは街を見ていても住宅は軒並みこのようなオレンジぽい石州瓦の屋根がひしめきあっているのも見られます。

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●駅舎側

稼働しているホームから駅舎側を眺めた様子です。

左端の跨線橋を下りて、右へ進んで行き改札へ至ります。

ただそのための通路につき、線路は通っていても、ホームの際は完全に柵がなされています。

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●往時の1コマ

駅の字が旧字体になった柱に昔ながらの雰囲気の木製ベンチに腕木式信号機?ととりあえず昔を思わせるものを羅列してみた、という感じではありますが、昔の雰囲気は漂いはするかな、という事で。

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●主な観光名所

改札を出て、駅を出ようかというところです。名所案内で連ねられていた場所も写真付きで説明文と共に紹介されています。

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●駅舎内

この辺りでは数少ないみどりの窓口があり、間口の広い駅舎です。

ただ、終電が早い為、窓口の取扱時間も18時までとなっています。

また観光の要素も強い為、各種パネルも設けられています。

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●駅前目線

広い駅前広場があって、その真ん中に植込みだけの円のエリアがあってロータリーを形成している格好です。

この駅前広場の形といい、道の分かれ方といい、兵庫県の城崎温泉駅を彷彿とさせる、個人的にはそう思いました。

小京都として有名な地ではありますが、人で賑わっているかというとそうでもない感じでした。20年前の初訪問時は平日でしたが結構賑わっていたイメージを勝手に持っていましたが。

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●津和野駅 駅舎

山口線屈指の規模の駅舎です。

島根県の郡部の駅舎としてもかなり大きい部類に入るかと思います。

それでも近年は1日の利用者数(乗車人員)が200人を切る程になってしまい、県内を走る三江線は廃止の方向へと追いやられてしまい、益々厳しい状況になっています。残ってほしいと思うのですが、利用される以外にその道はないので、なんとか利用促進が進んでくれないものかな、と思うばかりです。

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●津和野駅前広場俯瞰

駅から見た駅前広場をより引いた感じでのカットです。

広々とした駅前広場の様子が窺えるかと思います。

とりあえず正面の通りを、右斜めになる形で進んで行きましたが、さして目的のない場合はこの通りを進んで行けばよいと思います。

山陰屈指の小京都の街並みはここで堪能できます。

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2016年12月17日 (土)

JR尾張一宮駅 (愛知県一宮市)

愛知県一宮市のJR尾張一宮(おわり・いちのみや)です

一宮市は、愛知県の北西部に位置し、人口は380,717人(2016.10.1現在)で、愛知県では4位の人口を誇る都市で、かつての尾西市も現在はここ一宮市に編入されています。愛知県の西側の玄関口にあたる大都市で、かつては織物産業で栄え、カレーチェーン店「CoCo壱」でおなじみの壱番屋の本社はここ一宮にあります。

-JR尾張一宮駅-
【路線】
JR東海道本線(東京-神戸間)
【開業】1886年5月1日
【訪問】初訪問-2006年9
【1日あたり平均乗車人員】 26,303人/日 (2013年)
【近隣の主要駅 (東京方面)稲沢駅→隣駅
           
(神戸方面)岐阜駅→2駅

●駅名標周辺

ここに初めて来たのは今から10年前の2006年9月の事ですが、今回記事写真は特に断りのない限りは、2013年7月の再訪時のものを載せていきます。

JR東海道本線では岐阜県を出て、愛知県に入って2つ目の駅で、市の中心駅としては愛知県最初の駅となり、愛知の西の玄関です。2009年にJR東海初の女性駅長が就任した駅でもあります。

1886年開業の歴史ある駅で、当初の駅名は「一ノ宮」でした。今からちょうど100年前の1916年に「尾張一ノ宮」という現駅名(表記違い)の形となり、1952年に現在の「尾張一宮」表記になっています。千葉県の上総一ノ宮駅(千葉県一宮町)も1916年の時点で「一ノ宮駅」より改称となっています。

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●案内と時刻表

西出口からの主要施設への案内がありますが、とりあえずこういうものがあります、という感じで距離時間等の記載はない状態です。

そして時刻表、名古屋近郊の主要駅という事もあってかそこそこの本数があって、在来線は全ての列車が停車しますが、殆どの時間帯は1時間あたり8~10本あります。名古屋までは各駅停車でも17分程度で着きます。

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●ホーム

2面4線の高架駅です。

共に一宮市の中心駅として並び立つ、名鉄一宮駅とは並行して建っている状態で、1993年に名鉄側が高架化された際に完全に分離したといいます。

愛知県というところは名古屋市が突出して人口が多い訳ですが、これに続くのが豊田市、岡崎市、そして一宮市、豊橋市といったところですが、いずれも40万近い人口がいるにもかかわらず、個人的にはそこまでの都市という印象が希薄、と感じます。

観光要素が希薄だから?か分かりませんが、たとえば駅ホームに着いた時に歓迎看板の派手なやつも見当たらない、からかもしれません。なんとなくそこそこの都市駅に来た、というだけの印象を受けてしまうのです。

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●駅前通り

こうして見ると40万近い都市の中心駅前という印象は受けますが、高層ビルが淡々と続いていくという感じでした。

こういういかにも都会的な面と、少し道をそれると渋い商店街が続くエリアとが同居している感じの街でもあります。

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●尾張一宮駅 駅舎

2012年に7階建ての新駅ビル「i-ビル(アイビル)」として誕生した新駅舎です。

初訪問時の駅舎とは全然変わっていてビックリしました。前の駅舎が人口規模にそぐわない感じでもあったので尚更でした。

縦線?が無数に構成されている不思議な感じで、また真ん中部分が吹き抜けになっていたりと、デザイン的にかなり凝りやこだわりが感じられる駅舎です。

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●尾張一宮駅2006

初訪問した2006年当時の前駅舎です。

今の駅舎と全く違いますね。

これのイメージで、2013年に7年ぶり訪問して見ると、上の写真の新駅舎であったので、それはもう驚きを通り越しました。この駅はもうリニューアルされないのか?ってぐらいの年季の入りようでしたので。もっともこの訪問の翌年の2007年にはこの駅舎の解体工事が始まったそうですが…。

この駅舎は太平洋戦争の空襲で焼失後に民衆駅として再生したそうです。民主駅というのは、駅舎の建設を当時の国鉄と地元が共同で行い、その代わりに商業施設(駅ビル)を設けた駅の事で、日本でその第1号は1950年の豊橋駅で、ここ尾張一宮駅は1952年に第4号の民衆駅として開設され、この時に「尾張一ノ宮」から「尾張一宮」の表記に変更になったといいます。

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2016年12月16日 (金)

大分/宇佐 廃線間近のバスルート!

大分県宇佐市、JR宇佐駅の駅前の様子です。

(2012年12月当時)

●宇佐 国東半島案内地図

宇佐駅ホームにあったのも国東半島の地図ですが、これとはちょっと違った形で表現されているもので、宇佐駅を出てすぐの、駅舎前にあるものです。

宇佐市はまだ半島部分にはないかな、というところですが他の市は半島にかかっています。杵築市、豊後高田市、国東市…などなど。

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●駅前通り

宇佐市の中心駅前の通りですが、そんな雰囲気がほぼなかったです。強いて言うなら飲食店が多少なりあったところでしょうか。「ようこそ〇〇へ!!」的なものは皆無でした。

右側のお店は飲食店で、時間があれば入りたかったのですが、中途半端に時間がなくて断念しました。幟には「だんご汁」と出ていました、大分の名物ですね。

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●タクシー会社

宇佐太陽交通というタクシー会社の北馬城営業所というのがありました。

上の写真の駅前通りの突き当たりすぐ手前の左側にあります。

この先はT字路で、幹線道に入って行きます。

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●宇佐駅前交差点(右)

駅前通りを突き当りまで行くと、この「宇佐駅前」交差点のT字路に行き当たり、右側を向いたのがこのカットです。

特に何がありそうな感じもしなかった、幹線道がただひたすら続く、そんな感じでした。

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●宇佐駅前交差点(左)

上の写真と反対側で宇佐駅前交差点を左を向いた側のカットです。

見えにくいですが、右側には「宇佐駅入口」バス停があります。

右側に比べたらまだ、向こうに何かありそうではありますが、やはりやや閑散とした感じが拭えない、そんな通りでした。

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●宇佐駅入口バス停

先に触れましたが、バス停のアップの様子です。大分交通のバスが通っています。

裏を見ると、 「別府ゆけむり号」13:11となっていました。広島バスセンターを起点に徳山港からはバスごとフェリーに入って航行となり、九州では竹田津港に入り、ここ宇佐駅入口を経て別府→大分市内に至るというルート取りをするバスで、1日1便運行されているのですが…

来年、というか来月、2017年1月9日をもって、運行廃止が決定となってしまいました。これは今からちょうど4年前の姿(2005年運行開始)ですが、もうあと1ヶ月もないうちに走らなくなってしまうのです。そしてこのバスの名も幻となってしまい、こうして記録に残しておいて良かったな、とつくづく思うばかりです。

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●宇佐温泉

宇佐駅前交差点を左へずーっと進んでみたカットです。

「宇佐温泉」の文字が見えてきて、惹かれました。 「宇佐温泉 あずみの湯」との看板が!

建物がすごく穏やか目?で、賑わいなど微塵も感じられませんでしたが、大きな水車が印象的でした。

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●岩崎橋

最後はこの朱塗りの橋です。

宇佐駅から北西へ少し、国道10号線に乗って向野川に架かるこの橋は岩崎橋といいます。

向野川は寄藻(よりも)川という二級河川の支流の川です。

向こうにはレストラン「Joyful」があります。

宇佐市役所はここから遠いし、どの辺りが栄えているのかよく分からない市でもありました。

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2016年12月14日 (水)

熊本/合志 御代志駅から1本の道

熊本県合志市、熊本電鉄/御代志駅からの歩き旅です。

(2012年5月当時)

●西合志郵便局

現行の自治体名は合志市ですが、平成の大合併以前は「西合志町」であったので、この名前がそのまま今に至っています。

御代志駅からはわずか50m程度という近さで合志市の本局で、建物の規模は大きいです。よく駅前だと〇〇駅前郵便局という形で小さめの局があったりしますが、ここの場合は大きな局が駅近くにあります。

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●ビーバー

という名のホームセンターがありました。

西合志郵便局から少し御代志駅を離れた所で、ほぼ向かいに位置しています。

調べた限りではチェーン店ではないっぽく、ここだけのようです。

手づくり風のキャラにこじんまりとした建物が、ローカル感満載でした。

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●貯水タンク

これまた旧自治体であった「西合志町」の名が残っていました。

2006年2月までは西合志町として存在し、当時の人口は約3万人でしたが、当時2.2万人ほどであった合志町と合併して合志市になっています。ひまわりが描かれていますが、当時の町の花がひまわりでした。現・合志市の市の花はカスミソウだそうです。

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●バス停

御代志水源地というバス停名ですが、上の写真の貯水タンクの真ん前にあります。

ここで降りる人って、郵便局行く人とホームセンター行く人と、他に居るのかな??という感じでしたが。

ちなみにレターバスというコミュニティバスのバス停です。バスの車体が封筒になっていました。バス車体にメッセージが書き込まれていて、沿線住民やバス利用者、運転手等に対するメッセージ(手紙)とされ、これをコンセプトにしているが為に「レターバス」と命名されたようです。

右回りと左回りの2コースあり、どちらも停車します。左回りが1日4便、右回りが5便です。利用する場合は時刻確認必須ですね。便数は少ないですが、1便が1時間半以上動いている状態で、停留所数は実に63もあり、何気に結構動いているバスなのですね。

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●合志市役所西合志庁舎

御代志駅から約500mの地点にあります。濃い褐色の建物がインパクトありましたが、角ばった形を主体としながら、真ん中のジョイント部分には曲線を入れたり、凝った形になっていると思います。

右下には「西合志町の碑」とあり、旧・西合志町役場でもあった訳ですね。

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●さらに合志市役所西合志庁舎

上のカットのアップ版と左側の角ばった部分のクローズアップのカットです。

継ぎ目の丸い部分にやはり目が行きます。

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●御代志市民センター

市役所西合志庁舎の辺りは、各種公共施設が集中していて、この市民ホールも近くにあります。視聴覚室や工作室、音楽室や多目的室等様々な用途に対応可能な各部屋があり、また講堂として504席の収容が可能なスペースもあります。

建物のフォルムがなんとも素晴らしいです。柱と柱の間が長い楕円のような形で、屋根の先が鋭角になっていて、カッコいいなと。

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●合志市西合志図書館

これもまた市役所や市民センターのエリアにある施設で、1995年11月にオープンした割と新しい図書館です。

蔵書約20万冊で、熊本県内でもトップクラスの貸出率を誇る図書館だそうですが、何よりユニークなのが「天文台がある図書館」という点です。この時は、その事に全く気が付かずに、ただの前面コンクリート色の渋い建物、ぐらいにしか思っていませんでしたが。

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●市民センター裏

5月の訪問だったのですが、いかにもそれらしく鯉のぼりがあがっていました。

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●マンホール

旧・西合志町時代のものです。

貯水タンクのカットにもありましたが、町の花であるひまわりが載っていました。

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●ポツンと

御代志駅から市役所等のエリアまで離れていきましたが、ここからは引き返しの道中です。何もない中にポツンとコンクリート色丸出しの整形外科にでくわしました。

草むらにコンクリートぶっ立ててみました感がすごい風景だな、と。

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御代志駅から500mそこそこの1本の道の延長上で、これだけ見れるという事です。もうすこし合志の歴史に触れるようなものも見たかったですが、この時用事もあって長時間居れなかったし、これ以上歩いても特にめぼしいものは…という感じでもあったので、駅前歩きならこれくらいで良かったのかもしれません。

2016年12月 7日 (水)

新潟/十日町 赤い街・青い街

新潟県十日町市、JR・北越急行/十日町駅からの歩き旅です。

(2012年8月当時)

●周辺案内図

駅の周辺図ですが、この辺りはJRと北越急行線がほぼ接している区間となっています。

この近くは割に主要施設が中心に描かれていて、あまりこれといった観光名所が見られず、それらの場所に行くには少し遠出が必要かな、というところでした。

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●赤の商店街

歩道アーケードの屋根縁が赤いので、勝手にこのように呼びました。

駅記事でも載せていましたが、東口駅前風景から商店街の入口まで踏み込んだカットです。

小都市の駅前商店街でも、このようにアーケードがついていると、明確に商店街と分かって、いいなと思えます。

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●道案内

東口から東向きに見た形のものでも右側に矢印が出ているという事は南側へある事になります。

距離が書いていないので、あくまで方向だけになりますが、とりあえず智泉寺は程近くにあります。道の駅クロス10というのは逆に北側にあります。車で道路を通るとすると、一度この方向へ向かってから逆方向へ向かうという事でしょうか…。

一番上の「キナーレ」はコンサートホールの事かと思いますが、他にも現代美術館?やら、この名のつく施設が付近に複数あります。

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●更に道案内

「駅通り」と表示がありました。

上の写真では同じ方向になっていたものも、ここに来ると違う方向になっています。

ここまでは共通の道で、ここから分岐していくケースもある訳ですね。

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●智泉禅寺

曹洞宗智泉寺としてHPも存在するお寺です。

当初は市内の水沢という地区にあり、1607年ごろ当地にて開創とされています。現住職は26代目とか。延々と受け継がれていくもんですねぇ。

で、この入口の山門は18世紀中後期頃のものと考えられ、十日町市の指定有形文化財です。市指定の文化財自体は十日町では111あるという事で、ここのような建造物としては5つのみで、殆どがお寺の何らかの門ですね。

「第一番札所」なる表示が見られますが、妻有百三十三番霊場ということで、ここ十日町、津南町、小千谷市にわたる範囲で、江戸時代に札所として定められたものです。その栄えある一番札者がナントここなのでした。

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●水月寺

智泉寺とは道路を隔てて東側にあるこのお寺は「水月寺」といいます。

先程の智泉寺が第一番札所なら、ここは第二番札所です。

外壁の釣鐘模様?が印象的なこじんまりとしたお寺です。

昭和17年に水月庵より水月寺と改称、とありました。

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●青の商店街

最初の方の駅からまっすぐ通る商店街が「赤の商店街」なら、こちらはその道から南へ平行に走る「青い商店街」です。アーケードの屋根縁の色が青だからここで勝手に命名してるだけですが、このように柱なども青なんですね。

赤い商店街と青い商店街が平行に通っているところがここ十日町の面白いところです。

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●日時計

日時計を見てていつも思うのは、どっから見たらマトモに見えるんだろうか?という事で、やはり見る角度や位置によって見え方違うのでは?ですよね…

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●十口町市役所

十日町の「日」の真ん中横棒が取れて、『口』になってしまっています。十口町市役所と…。

無料送迎バス乗降場という表示までありました。

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●十日町市役所

上の写真と微妙にタイトル違います(笑)

工事中だったのか、入口周辺がゴチャゴチャした感じになっていました。

レンガ色っぽいシックな渋さのある建物でした。

十日町をこうして振り返って、色とりどりだなという感想がパッと出てきました。

赤と青の商店街、細かく店は巡りませんでしたが、それぞれにどんなお店があるのか、はたまた営業しているのかどうか、等見てみるのも良いなと思いました。

ここだけ見て、十日町の何たるかは大して語れませんが、もっと名所たる所にも行ってみたかったものです、しょっちゅう行けるような所ではないだけに。

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2016年12月 4日 (日)

島根/飯南③ 24年ぶり赤名へ!

島根県飯石郡飯南町、島根/飯南② 頓原Ⅱ・街の核心に迫るに続く飯南町の旅記事第3弾です。

(2016年8月当時)

最初の2回では旧頓原地区についてのお届けでしたが、今回は頓原を発って赤名地区へ。ここは、平成の大合併で現在の飯南町になる前は、赤来町という自治体名でした。町内の「赤名」地区と「来島」地区の合名町名だった訳ですね。

そして、ここ赤名へは1992年に寄った事があり、写真記録は残していませんが、当時寄り道した所のレシートは持っていました。そんな赤名の写真記録を残してみたい、と今夏24年ぶりに訪ねた格好となりました。

●赤名地区入り

先の頓原へ向かう際に、広島の三次駅からバスでここを通って頓原へ行き着いた訳で、頓原から戻る形でバスでここまで来ました。

三次から頓原へ行った時のバス(備北交通)とは全然違っていて、戻りに利用したこのバスは飯南町の町営バスです。頓原-赤名間は備北交通だけでなく、町営バスも利用できます。

こんな感じですね↓

三次→(赤名経由)→頓原   備北交通のみ

      赤名→頓原       備北交通、飯南町営バス

かくして頓原のバス停から町営バスに乗りましたが、20分ほどの道中、全くの音なしでした。運転手が何もしゃべらなければ、次の停留所をアナウンスする訳ではなく、また運賃は両替機もなく、そのまま運転手に払って、小銭がなければお釣りをもらうような形式でした。とにかく降車ボタンも押しづらくどうしようかと思っていましたが、ここ赤名が終点であったこともあり、終始無言で降車の時を迎える事となりました。

頓原から赤名は、所要時間20分、料金は200円でした。

バスの車体は「いーにゃん」とよばれる飯南町のゆるキャラがそこかしこに散りばめられたカラフルなものでした。

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●赤名バスターミナル

上の写真でバスの向こうに写っているのが、まさにこの赤名バスターミナルの建物で、実にこじんまりとしたものでした。

建物の前にバス停標識がありますが、その下の部分に時刻表が貼ってありました。三次からのバスとして八栗口行き(頓原へ向かう便)が1日に4便、加えて飯南町営バスでは赤名吉田線として、ここ赤名を起点に頓原を経由する便がやはり1日4便あり、赤名からであれば頓原へは計1日8便あります。どちらにしてもダイヤはよく確認しておかないと、他に交通手段はないので要注意です。

入口付近に路線図がありましたが、随分前のものではないかな、という感じでした。一番上は「JR」バスと書かれていたのでしょうか、先頭部分が隠されています。建物も今はてっぺんがフラットになっていますが、前までは「JRバス赤名駅」の看板が出ていました。JRバスとして機能しなくなり撤去されたのでしょうね。

建物の真ん中部分は電機店が入っていて、待合スペースは右端(標識寄り)部分のみです。その左隣は職員の方の詰所ですが、おばあさんが1人でやっておられるようで、ここを発つ時にバスを待っていたら、その方が声をかけて下さり、バスbus待ちの間、その詰所内でテレビを見ながら、バナナにパンに…といろいろ頂きながら話をしていました。かなりご高齢のように見受けましたが、おばさんその節は本当にお世話になり、ありがとうございました。テレビを見ていた時に高校野球がやっていて、鳴門が智弁学園に勝って2人して驚いた事は忘れませんsmile

まぁそんな出来事が赤名での旅をより色濃くしてくれました。

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●赤来 マンホール

旧赤来町時代のマンホールです。

真ん中に町章と、町の花であるボタンが4つ並べられていました。

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●さんのあストアー

赤名バスターミナルの向かい、少しずれた所にこのようなショッピングセンターがありましたが、これはどうみても廃業してるな…と思い、見てみました。

このあたりはこじんまりとしたスーパーが近くにありましたが、こういう目立つ形の大型商店は見当たらず、赤来では街のシンボル的存在ではなかったかと思います。しかし調べてみても、いつ閉店になったのかsign02等情報がサッパリ掴めずでした。中身は閉店後そんなに長期間たってるような感じではなかったですが、建物の褪せ具合は結構なものですね。

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●バスターミナルを出て

すぐの地点で、国道54号頓原方面のカットです。

左向こうに見えているのは「道の駅赤来高原」で、バスターミナルが正直廃れていく感の中で、赤名の、ひいては飯南町の交通の要衝的存在といえます。

その道の駅の手前に左へ分岐する道路があり、これを進んでいくと、飯南町役場に行き着きます。

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●飯南町役場

分岐した道の坂をのぼった先にこの役場があります。

また道の駅からでも階段をのぼると、直接ここに行きつく事ができます。

この役場、ことし5月23日にこの地に移転したばかりで、前の役場もこの近くですが、道の駅を頓原方面へすぐの所にありました。

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●旧飯南町役場

ことし5月まで使用されていた旧の飯南町役場です。

この手前の坂をのぼって行くとすぐに、現役場に行き着きます。

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●道の駅 赤来高原

1996年に道の駅として登録されてから20年になる、赤名の交通要衝であり、情報拠点でもあります。それまではドライブイン赤名54というドライブインが要衝的存在でしたが、2011年頃に閉鎖になった模様です。いつの間にか、ドライブインという言葉すら死語になってきている感があります。

建物の向って左側が主要な施設で、観光案内所があって、地元および各地の案内書類があったり、TVもこちら側にあります。また土産物売り場や軽食コーナーもあり、

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●古今 赤名宿絵巻

道の駅の施設の向かって左端に、赤名に関連する地図や歴史的背景を紹介するコーナーがあります。

あまり知られていないかもしれませんが、赤名は石見・出雲・備後の国境を接する部分で中世は城下町として、近世は宿場町として栄えたといい、その様子が偲ばれるコマがこの絵巻看板の近くに並んでいます。

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●赤穴瀬戸山城 登山道案内図

中世は城下町として栄えたという事ですが、その一面を最も垣間見られるのが、この辺りかと思います。

今のように赤名ではなく「赤穴」と表記されており、赤穴氏が14世紀後半に築いたとされています。1615年頃には既に廃城となっているようですが。

登山道として、現在地からのアクセス方法が地図にて示されています。標高631mの山のてっぺんに主要どころがあるようで、現在地(道の駅赤来高原)から登山口までが徒歩10分、更に登山口から本丸までは徒歩約30分、との事で、行くにはかなり時間が欲しいところですね。

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●石見銀山街道

近世になると赤穴城は既になく、宿場町の要素が強くなる訳ですが、石見銀山街道に含まれ、各国の国境付近にある事から要衝として栄えたといいます。御用銀を運ぶという大事な役目を背負った街道で、兵庫県の姫路から北上する「生野銀山ルート」と同じような「銀の道」な訳ですね。

街道随一の難所といわれる赤名峠が境にあり、進んでいくと一里塚やら道しるべやら宿場を思わせるアイテムが現われてきます。

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●ぼたんの郷

建物のほぼ中央部分は、「ぼたんの郷」という事で単独のコーナーが設けられていました。

また農作物直売所として表示もありました。

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●軽食コーナー内外

道の駅の主要機能は向かって右側に集中していますが、そんな中の様子はあまり撮れておらず、軽食コーナーで一服していた時のカットのみです。食べ物類は無くなり次第終了でもあり、この時はもう夕方であったので基本飲みものだけの状態、マンゴージュースを買って、あとは出発の為バスターミナルへ向かうのみという状態でした。

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道の駅を中心にお届けとなりましたが、他にも色々この赤名では見てきましたので、それらの様子も伝えられればと思います。

2016年12月 2日 (金)

千葉/山武 成東の街あるき

千葉県山武市、JR成東駅からの歩き旅です。

(2011年2月当時)

●山武散策

という看板がでていましたが、「山」の字が山の形で書かれていました(笑)

電車の線路は市内をV字形に横切る格好となっていて、下の部分が分岐しています。現在地である成東駅はこの交差している部分にあります。

しだれ桜のきれいな所や、荘厳な仏像のある所や、いちご園も少なからずあり、自然に恵まれた観光資源が多いと感じました。

また、作家・伊藤左千夫(1864-1913)の生家や記念公園もあります。 『野菊の墓』の作者ですね。松田聖子さんをデビュー時から知る人は、「野菊の墓」の民さんをイメージする方も少なからずいるかと思います。映画デビュー作でもあるので。

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●駅前広場

成東駅前の広場です。

タクシーが数台停まっていて、ちょっとした教育施設が並んでいる、という感じでした。

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●わが街ご案内処

観光案内所でしょうか。

駅を出て、駅前広場右隅にありました。

そしてそこにバス停がありました。

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●駅前通り

駅前感もなく、ただの道路としか思えずでした。

両サイドに高い建物など皆無で、それどころかろくに建物もないような状態でした。

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●関東ふれあいの道

として、ハイキングコース的なものが紹介されていました。

「城跡をたずねるみち」とありました。

関東ふれあいの道とは、関東1都6県をぐるっと一周する長距離自然歩道で、千葉県では29のコースがあり、その29番目がこのコースです。

成東駅から成東城跡公園まで、距離にして5.3kmということで約100分とされています。その途中で長勝寺(波切不動)からの眺望はすばらしいとありました。すぐ近くに成東城跡があり、現在は公園となっていますが、成東城は応永年間(14C末~15C初頭)に築かれ、1620年には廃城になったといいます。途中1530年には千葉勝胤が入って、それまで廃れていたのを再興し、その子が成東氏を名乗ったといわれています。

この時の成東訪問では、駅の前をちょこっと歩いただけなので、とてもこのような所へは行ってはいませんが…。

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●老舗感

溢れるこの景色、という感じですが、手前のコンクリート色そのままな感じが特にいいですね。

今のご時世でミシンというものがどれだけ出回っているのか?と思ったりしますが、ミシンの生産台数を調べてみると1970年前後がピークで年間400万台ほども出ていたものが、2009年には60万台余りとなっていました。

管理人が子供の頃はどこの家庭にもあって、学校でも家庭科で必ずミシンを(男でも)使っていたものですが、今ドキはどうなのでしょうか…。ミシンメーカーのCMも昭和期はTVでよくやっていて、ブラザーなんてドラマの提供で冠がつけられるほどであったのに、最近はミシン業界も不振で他へ業種転換を余儀なくされているようで、厳しいのかなと感じたりします。

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●成東駅入口

といっても成東駅真ん前ではなく、駅から200mほど進んだ所にあるT字交差点です。

駅から直進する道路としては、この左側の建物辺りで突き当りになりますが、ここと交差する道路には神社がちょこちょことあります。

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●月極駐車場

の表示がありましたが、なんで、建物の玄関部分の所に貼ってあるのかな??と思います。塀とか柵に貼ってるなら分かりますが、なんでこんなところに??と。というか、そもそもこの建物は使われているのか??色々よく分かりませんでした。

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●五郎神社

上述のような神社がちょこちょこあるという事でそのひとつがここ五郎神社です。

実に小さな神社ですが、夜泣きの完治、学力の向上に祈願成就されると伝えられている、と傍の説明板にはありました。

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●商店街の雰囲気

が色濃く感じられる通りです。

上の方の「駅前通り」の写真の通りと平行に、成東駅前広場から出ている通りです。

商店が立ち並んで色濃く感じる、というより、独特の街灯が立ち並んでという意味での色濃く感じる、そんな通りです。確かに商店の看板が並んでいますが、やっていないところもありそうで、そして建物の立っていないところもありで。やはり人の気配としては寂しいかなと。この時が日曜日の朝方であいにくの天気であった事もあるでしょうが。

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●伊藤左千夫碑

成東駅に戻ってきてのカットです。

郷土の偉人である伊藤左千夫の句碑と記念碑です。

大変茶道に造詣が深く、師事していた正岡子規からは「茶博士」と呼ばれていたそうです。また「野菊の墓」は夏目漱石に評価されたといいますが、彼のかなり晩年に発表された作品で、また自身初の小説であったそうで、元々歌人であったところからのこの作品を執筆/発表となり、それで後世にもこのように名を残しており、実に素晴らしいと思いました。

あと個人的に成東で連想するのは、元中日ドラゴンズで先発に抑えにフル回転した鈴木孝政氏、この存在を忘れてはいけないとも思っています。100勝以上100セーブ近く(96S)をマークした元祖守護神で、面白い記録として長嶋茂雄、一茂の両方と公式戦で対決した唯一の投手であるそうです、これを実現する条件は「昭和49年まで、かつ63年から現役としてセ・リーグに在籍すること」になるので、なかなかに難しい事です。

名所らしい名所へ行こうと思えば、駅から離れた所へ行く必要がありますが、それが分かっただけでも、ここを旅して良かった、と勝手に思ってます。

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