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2017年2月の7件の記事

2017年2月28日 (火)

JR嘉例川駅 (鹿児島県霧島市)

鹿児島県霧島市のJR嘉例川駅です。

霧島市ではJR隼人駅をupした事がありますが、今回は昔ながらの駅舎で有名なこの嘉例川駅の御紹介です。

-JR嘉例川駅-
【路線】
JR肥薩線(八代-隼人間)
【開業】1903年1月15日
【訪問】2016年10
【1日あたり平均乗車人員】 35人/日 (2013年)
【近隣の主要駅】 (八代方面)人吉駅→9駅
            (隼人方面)隼人駅→4駅


●駅名標周辺

霧島市内の中心でも何でもない1駅で無人駅でもありますが特急が停車するという珍しい駅です。

それもこれも開業した1903年築という鹿児島県内最古の駅舎を有し、登録有形文化財であるという点が注目され、駅舎自体が観光名所化している側面がかなり強い駅です。

忌野清志郎のシングル「Oh!RADIO」のプロモーションビデオに使われた場所であり、このシングル曲は彼の死後に発売された遺作で、最後の吹き込みおよび演奏作品とされています。

駅名標はきれいな字体のものになっていますが、ひらがな表記に昔を感じさせます。ちょっと整いすぎて違和感ありますが、周りの壁面や柱や梁などに往時を存分に感じ取る事ができるかと思います。

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●ホーム

1面1線だけのホームで、対面にはただただ緑が広がるだけで何にもありません。

県内最古の駅舎があるというだけで何もないところなのか…

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●ホーム色々

といってもホームに下りて左端側のものが殆どです。上の写真でいうと手前側になります。

ホーム上はここに見どころが一点集中している感じで、昔ながらの駅名標と名所案内がありました。駅名が有名ではありますが、名所としては「新川渓谷温泉郷」というのがあるようです。いくつかの温泉が合わさった温泉郷という事で、坂本龍馬は日本で初めて新婚旅行をした人物と言われていますが、その旅行先として利用された塩浸温泉や西郷隆盛が度々利用していたという日当山温泉等も含まれるという事です。空港から15分の所にいくらでも温泉があるという、温泉銀座ともいうべき場所でしょうか。

駅の話に戻って、ホームでもこの辺りはちょっとしたコスモス園状態でした。

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●ホームから

改札とは別の入口がありますが、こちらは展示室になっています。

最古の駅らしい汚れ感?でもいうものがよく出ていると思います。

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●展示室内

上の写真の入口を入ると、このようないろんなものが展示されていました。

昔の記事であったり、在りし日の様子であったりと。

1984(昭和59)年1月31日時点では無人駅前であったといい、この部屋が駅務室そのものだったのか、と思いながらこの写真を見ていました。

新人記事には、この嘉例川駅をバックに人力車に乗った昭和天皇のカットなどがありました。

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●路線図

近隣の場所のみですが駅舎内にありました。

上の写真の部屋とは駅舎内でも部屋違いで、下りたホームから右側が上の写真の展示室で、左側は普通に改札があり、これを出た後の駅舎内の一角にこの路線図があります。

鹿児島県の中心となる鹿児島中央駅までは840円、ここ霧島市内の中心的存在の隼人駅までは280円となっています。反対側だと熊本県の人吉駅まで1290円です。

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●ロケ地

見た事あるなこれ、と思ってみていたこれは桃井かおり&竹下景子というバリバリの女優コンビで1990(平成2)年に撮影された「JRナイスミディパス」のCMのものです。

ここ嘉例川駅でロケにて撮影されたという事で飾られているのですが、当時は国鉄から民営化されて数年という状況でしたが、ナイスミディパスは2009年以降発売されていないそうです、というかそんな近年まで発売されていた事に逆に驚きましたが。

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●百年の木造駅舎

という事で、この駅のウリともいうべき部分が紹介されています。

紹介文自体は短いのですが、日本語のみならず、英語・韓国語・中国語でも紹介されています。

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●駅舎内

オール木造という感じでベンチまで完全に「木」です。

駅利用者数は1日2ケタの少なさですが、駅自体に来る人は少なくなく、端にこれぐらいの壁付ベンチがあっても足りなくはないかな、と感じます。

隣の展示室でも結構何人となく人がいて、展示物を見ていました。

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●にゃん太郎

この駅の特徴は何といっても、県内最古の木造駅舎として115年になろうかというその歴史な訳ですが、もうひとつありました。

それがこの「にゃん太郎」catです。

和歌山電鉄のたま駅長の存在はあまりに有名ですが、この猫は2015年頃にこの駅に居つくようになったそうですが、駅長という訳ではなく、ただ「嘉例川観光大使」という肩書きをもっています。

そしてこのにゃん太郎は「たぬき猫」であり「さくら猫」でもあるという事です。たぬき猫は顔がたぬきの模様に似ているからだと思いますが、さくら猫というのは不妊手術済のしるしとして、耳の先端が少しカットされている野良猫のことです。不妊手術される事により今後生まれてくる猫が不幸にならないように(悲しい運命をたどる猫ができないように)、殺処分ゼロを目指してものだという事です。

行った時は寝ていましたが、さわらないで、餌をやらないで、という事で、写真だけ撮らせてもらいました。

タヌキ顔で目が青いのも変な感じですが個性的な猫ですね。まだ5歳くらいらしいので、元気に動いてる時に会いたいものです。にしても、この小屋の中を自分でホームポジションのように捉えているのでしょうか??

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●登録有形文化財

と最初に書きましたが、その証がここにありました。

記念碑として造られていますが、ここの文によると現在は肥薩線ですが、当初は鹿児島本線であったといいます。明治期の遺構として貴重という事で2006年に有形文化財に登録された、あります。

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●記念碑

駅外に立っていた開業百周年の記念碑です。

開業が1903(明治36)年で、この碑は2003年につくられています、という至極当たり前のことを書きましたが、それとてもう14年前の事であり、来年は開業115年、未だその当時の姿を残している、という事が本当に素晴らしいですね。日露戦争が起こっていた時もこの木造の建物はあった訳ですよね。

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●駅前広場

見えていませんが左に隠れている部分にちょっとした公園がひっそりとあって、後はこの左に見えている自転車置場と右にはひっそりとバス停があります。

このバス停は鹿児島空港行きで、実際この時は鹿児島空港から発ったのですが、空港まではここからバスに乗って行きました。わずか10分くらいで空港には行き着きますが、1日5便しかないので要注意です。

というかその前にまず、駅前広場が砂利道であり、これが驚きです。

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●バス停

上の写真にも写り込んでいた駅前広場にある「嘉例川駅」バス停です。

ご丁寧に喫煙所までつくってありますが、こんな草むらの中で一歩間違えば大火事ものだと思いたくなりました。

時刻表は下の写真の通りで、左側が鹿児島空港行きの便です。

「嘉例川」バス停というのが別に存在するので要注意です。このバス停は嘉例川駅から東へ500m程離れた所にあるので、嘉例川バス停に着くバスを、この嘉例川駅バス停で待っていても一向に来ないので。

実際管理人もこの罠にはまりそうになって、嘉例川バス停で検索して定刻過ぎても空港行きの便が来ず焦りました。程なく、この嘉例川駅に着く便があったので良かったものの、空港に遅刻でキャンセル?明日仕事なのに帰れない??とか頭をよぎりました。日曜の16時ともなっていたので。そんな事もここでの想い出です。

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●公園

駅を出て駅前広場のすぐ左側にある公園です。

ちょっとした憩いの広場的なスペースで特に何があるという感じではありませんでしたが。

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●嘉例川駅 駅舎

さんざん引っ張ってきましたが、これが嘉例川駅の駅舎です。

開業から今年で115年目、明治時代から世の中の動きをずっと見守ってひっそりと立ち続けていたその駅舎の姿がここにあります。一般にはそれほど有名でもないかもですが、鉄ヲタにはかなりの有名駅、どんなとこか?と思い、今回鹿児島空港利用があったので来てみましたが、これはすごかったですね。

人で賑わう程でもなかったですが、こんなヒッソリとした駅でも常に10何人かぐらいは居るレベルでした。

歴史を感じる嘉例川駅、上手くすれば猫が起きているかもしれず、行ってみる価値ありだと思います。

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2017年2月24日 (金)

滋賀/湖南 石部宿を往く!

滋賀県湖南市、JR石部駅からの歩き旅です。

(2016年7月当時)

●駅からの道

これが実質的な石部駅の駅前通りで、駅前広場を抜けると、この通りを進んで街へ出る事となります。中心地は少し行った先の為、この辺りは駅前感は希薄です。この辺りだけ見て「石部は何にもない」と思うのは早計で、少し歩いて宿場町を堪能する、これがここの基本的な楽しみ方だと思います。

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●県道118号

「湖南市 石部」の標識が立つ県道118号は「石部停車場線」ということで、石部駅周辺のわずか1.0kmの短路線です。

石部駅前の通りからは左へ折れていくとこの道で、これを向こうに進んで行きますが、まだ単なる幹線道という感じであり、駅前感はやはり希薄であり、宿場の雰囲気も全く感じられない状態でした。

この辺りで石部駅からの距離にして100mあまりです。

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●分かれ道へ

この辺りで駅から400mというところでしょうか。

直進するのと右折するのとで辿り着く主要施設が異なる事となります。

「石部町役場」と旧自治体のままになってるのがいいですね。

ともあれ、主要施設への標識が出てきたという事は、中心地街もそう遠くはないな、、と確信できた瞬間でもありました。ひと口に「駅から400m」といっても、初めて来る知らない街を駅から400m歩くというのは結構なものです。ましてやろくに何もなくて、この先何かあるのかな?と思いながら歩いていると尚更です。

一応、石部宿の街並みは駅からどのくらい距離があるのかくらいは調べますが、「少し離れている」ぐらいの情報に留めています。よく調べれば安心できるのですが、それよりも予備知識なしに出くわす光景に感動したい気持ちも強いので、基本的に必要以上のリサーチはしない事にしています。どうしても行っておきたい場所がある場合は別ですが。

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●石部町住居表示案内図

石部町といってもその中で、石部西一丁目から三丁目までの表示がされています。

この地図では北が右下になりますが、石部駅が真ん中の下の方にあって、これを赤い線に沿って矢印地点までが、ここまで辿ってきた道のりです。この地点で石部駅から500mほどで、逆に市役所西庁舎までバス停ひとつ分です。

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●西御旅バス停

上の写真の住居地図のある辺りの角のバス停です。全くの角っこにあってすごいなと。普通曲がり角の何m以内にはバス停を置かないとかなかったでしたっけ。

これは石部駅行きのバス便な訳ですが、結構本数が多い事に驚きました。この辺りにしては1時間に3本もある時間帯などもあり、これはすごいなと。1日に片手で数えられるほどしかなくてもおかしくない、と思ってましたので。数えてみると27本もありました!ただし休日になると激減し、ほぼ1時間に1本で、本数にして12本、半数以下になってしまいます。この時も結局、バス便の時間があまりあてにならなかったので、全編歩き旅となったのでした。

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●大峯

和風建築っぼい雰囲気満点のお店で、「石部の里 大峯」とありました。

和食単品料理を中心に会席料理やセットものもラインナップされているようでした。→コチラ

アクセスとして石部駅から徒歩5分とありましたが、駅からここまでは10分では済まなかった気がします。勿論写真撮りながら立ち止まりながらというのもありますが。とにかく駅から歩いてきてようやく、この辺りで明確な飲食店を見つけました。駅前コンビニなどあるはずもない状態でしたから。

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●見えてきた!

ハッキリ街らしい景色が見えてきました!

真ん前は年季の入りまくった喫茶店ですが、その向こうには「平和堂」の建物が見えてきて、いよいよ中心地が見えてきました。石部駅から1km近くになるようです。やっと来た、という感じでした。

2008年初訪問時は石部駅の前をちょっと歩いただけで、こんな景色のカケラも目に飛び込んでこなかったので再訪して良かったなと。ある程度その為に再訪した訳ですが。

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●石部文化ホール

上の写真の交差点を右折してすぐ、その角の部分にある石部地区の多目的ホールで1990年にオープンしています。アクセスとしては石部駅から徒歩15分となっています。

席数は502席とあり、歌手のコンサート等は確認できませんが、熊本へ送るチャリティーコンサートとかその類のものは行われているようです。

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●湖南市役所西庁舎

石部文化ホールのほぼ隣といっていい位置にこの分庁舎があります。

湖南市では、西庁舎・東庁舎という方式で並び立っていて、この西庁舎は旧・石部町役場で、東庁舎の方は旧・甲西町役場と、互いに元町役場の形となっています。建物が役場っていうよりマンションみたいでした。

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●地図

石部地区の地図ですが、左上に石部駅があり、その下にピンクのラインが左上から右下にかけてほぼ線路と平行に通っていますが、これが旧東海道です。

楕円囲みで各所の位置が示されていますが、それらは結構バラバラでまさに「点在」という状態で、旧東海道沿いだけ歩いてもなかなかの観光になります。

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●愛宕大神

石部には「あたごさん」とよばれる愛宕神社祭があり、地域内に数多くのこのような愛宕神社があります。宿場通りの脇にも多くの神社があり、神がかった?側面も強い町という事を感じました。

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●石部中央

という交差点の角にはちょっとしたスペースが設けられていて、ミニ公園的な感じになっています。いよいよ石部宿の雰囲気が味わえるエリアへやってきました。ここはその象徴的な場所といえ、色々と絵や写真や説明板が設けられています。東海道五十三次51番目の宿駅として栄えた石部宿です。

で、ここには高札場跡であったり、石部城跡であったり、安眠米倉庫お半長右衛門といったものの案内板があります。

石部城…元々は文明年間(1496-87年)に三雲氏によって築かれたとあり、1530年頃に築城され1573年に廃城となったとの事ですが、石部氏という一族が約40年間治めていたといわれています。三雲というのは石部の隣の駅名であり、これらの氏族から地名が取られていった様子が窺えます。城址は現在、善隆寺というお寺の境内にあります。

安眠米倉庫…1880(明治13)年に当地の服部善七(1825-83)という江戸帰りの商人が創設した制度で、稲の植え付け時に食べものない農民に安眠米(救済用のお米)として1農家に1俵貸し付け、収穫時に5升年貢徴収するというもので、その米を備蓄していた倉庫でしょうか、この時服部善七は玄米165俵を寄贈したそうです。貧農を助けた制度であり、周辺からも高く評価されたといいます。

お半長右衛門…簡単に言えば不倫心中の話ですが、なれ初めは京都の帯屋の主人が丁稚に言い寄られた女性をかくまった、というとても美しい話で、石部宿に伝わる悲恋物語だそうです。

ちなみにこのエリアは徒歩では15分ほどで、徒歩でもじゅうぶん行けますが、バス利用の場合は殆ど便数がないのでよく見ないと利用は厳しいです。先にバス停の写真で便数が多い事を書きましたが、これは石部駅の隣のバス停でいろんな路線が走っている為です。ただし市役所の「西庁舎」前のバス停であれば、同じ多くの便数がある為、ここから徒歩で数分というアクセスでここへ来ることも可能です。この時もそうでしたが、夏の暑い時に何という景色のない中を歩くのもなかなか辛いと思い、これを追記した訳です。

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●石部宿の街並み

旧東海道とされる宿場町の面影をようやくここで辿れました。

東海道51番目の宿駅である石部宿は、京都からちょうど1日の行程に位置し「京立ち石部泊まり」といわれており、本陣2件旅籠32件があったといいます。宿場町の成立は諸説ありますが、1601年とされています。江戸時代末期に時の将軍がここに宿泊しており、14代家茂、15代慶喜と立て続けに上洛時に利用しているとの事です。

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●昔の看板

宿場町の通りに昭和の看板、素晴らしい組み合わせです。

いつも思いますけど、車に顔のついた看板は主にいつ頃頻繁につくられていたのでしょうか?やはり昭和40年代かな??などと。

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●更に宿場町の街並み

細々と営業しているお店、シャッターがおりたままの元商店?等色々な顔が見られます。

かつてはこの通りは人で賑わっていたのだろうか?と妄想してしまいますが、平成の初めごろは?昭和50年代は??この通りのお店がどのくらい営業していて、どのくらいの人が行き来していたのか?なかなか知る事ができないので妄想するしかないかなと(笑)

やはり全国規模のスーパーチェーンやコンビニの進出で、時代は変わったなという事を思い知らされもします。昔は「〇屋さんで〇〇を買って、その次に□屋さんで□□を買う」時代でしたもんね。便利にはなりましたが、地域密着感が薄れてしまって。

時が止まったかのような佇まいを感じる湖南市石部の町、JR石部駅から徒歩約15分で行き着くので、これを見て行こうという気になった方が居られれば幸甚です。

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2017年2月19日 (日)

JR加治木駅 (鹿児島県姶良市)

鹿児島県姶良市のJR加治木(かじき)です

姶良市ではJR姶良駅をupしていますが、姶良駅は合併して姶良市になる前の「姶良町」時代でも中心駅ではなく(実質的な中心駅は隣の帖佐駅)、今回の加治木駅は、同じく「加治木町」時代の中心駅です。

前回、姶良駅に行ってあまりこれというものに出くわせなかったので、昨秋鹿児島へ行く機会を得た際に、姶良市内の別の駅を訪ねてみようとなり、旧自治体時に中心駅であったこの駅に行く事にした、という訳です。

-JR加治木駅-
【路線】
JR日豊本線(小倉-鹿児島間)
【開業】1901年6月10日
【訪問】2016年10
【1日あたり平均乗車人員】 1,801人/日 (2013年)
【近隣の主要駅】 (小倉方面)隼人駅→隣駅
            (鹿児島方面)帖佐駅→2駅


●駅名標

旧加治木町の中心駅としてはその町名を名のる駅でしたが、合併により姶良市となってからは、市の中心ということではなく、一地区である加治木地区の中心的存在へとシフトしています。

隣駅の「きんこう」は錦江と表記し、「にしきえ」と読みそうですが音読みです。反対側隣駅の隼人から霧島市となり、同駅は霧島市の中心駅となります。

加治木は大相撲の逆鉾・寺尾兄弟の出身地として有名で、彼らが土俵に上がる際は「鹿児島県姶良郡加治木町出身…」などとアナウンスが流れていました。この2人は兄弟で関脇まで上りつめたなど、さまざまな兄弟記録を持っています。

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●ホーム1

加治木町中心駅当時の面影か、沢山の広告看板が並び立っていました。

更に向こうには大きな枠の看板の跡が見えますが、上部以外は既に枠になく、上部に「豊かな心木の住い」と「日本の緑 国〇林(国有林?)」とあるのみです。それもすっかり色褪せてしまって…、林業華やかなりし頃に現役だったのでしょうかこの看板。

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●ホーム2

島式ホームからの様子ですが、このホームと跨線橋で渡った先のもうひとつのホームとの2面2線形式で、この撮っているホームも列車が停車するのは片側のみで、もう片側は進入できないよう柵がされています。

特急「きりしま」の停車駅で、すべての便が停車する訳ではありませんが、9割方はこの駅に停車しています。同じ姶良市内の帖佐駅・姶良駅にも停車しますが、これらの駅は停車する便が多くなく、実質的に姶良市内で最も特急停車の多い駅となります。

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●ホーム3

跨線橋へ進む際のカットです。

こちらのホームは3番のりばとして右側にあり、左側は先述の通り柵があります。跨線橋で渡った先は1番のりばとなっていますが、2番のりばがかつてあったものが消滅したのでしょうか。おそらくこのホームの左側が2番ホームであったと思われますが。

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●跨線橋

手すりのついた跨線橋でした。

通路幅はやや狭めで、床面はアスファルト?に点字ブロックがついていました。

掲示物に貼られている場所はまばらで、真ん中と両端にパラパラという感じで、この辺りの活発さはあまり感じられませんでした。ただ内壁面がきれいだったなという印象だけはありました。

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●駅前風景

駅前広場からの駅前通りの様子ですが、やや広めの道路が通っていました。右側に隠れた形で写り込んでいるのは旅館です。旅館「風月」といいますが、予約サイトに載っていたのでまだ現役のようです。

左側のビルの1Fにあるのは「加治木まんじゅう」のお店で、岡田商店といいますが、加治木まんじゅうは江戸中期からつくられていた地元のお菓子という事で、何店舗もこのようなまんじゅう屋さんがあるという事です。なかでもここは駅前に立地していて旅人には分かりやすくて助かります。ここからタクシーである所へ行った際も、このまんじゅう屋さんを勧められました。割とあんまんに近いお菓子ですかね、蒸しまんじゅうです。

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●駅バス停

駅を出てすぐの所に、バス停の標識が2本立っていました。

ここでは1本に見えますが、死角になっていて、もう1本背の低い標識が隠れる形で立っています。

ひとつは「南国交通」というところの路線です。

その時刻表が下3枚中2枚目の写真のものですが、上下に2路線の時刻表が平日と土日祝とに分かれて掲載されています。こうして見ると思ったより多くの便が出ているな、と感じました。ただし休日になるとぐっと減る点は要注意です。

で、この行先は主に、姶良イオン方面と鹿児島空港方面となり、鹿児島空港へは約20分で着く事ができます。空港へのアクセスが良いという意味でGOODな立地だと思います。

もうひとつのバスは「加治木地区循環バス」です。標識は「加治木町循環バス」と旧自治体名のままになっていましたが…。

このバスの路線および時刻表はいちばん下の写真になります。いくつかの路線が出ていますが、だいたいが1日3便程度です。なので目当ての所に行きたい等あれば、時刻表と所要時間の把握は必須ですね。

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●加治木駅 駅舎

郡部の町の中心駅の姿をそのまま引きずってる感の駅舎でした。

庇のフチの赤い部分が印象的でした。

自販機が複数台あって、タクシーも数台停まっていて、そこそこの規模かな?というところでした。郡部の中心駅でない所には絶対この程度の設備はないだろうというところで。タクシーが停まっていてくれたのは後に大変役に立ちました。

姶良駅周辺では、これといったものがなく街歩きの程度でしたが、ここでは良いものを観る事ができました。それはまたいずれ書きたいのですが、他にも書きたい所があり過ぎてなかなか追いつかないのがかねてよりの悩みです。

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滋賀/高島 近江今津 琵琶湖周航のまち

滋賀県高島市、JR近江今津駅からの歩き旅です。

(2016年10月現在)

●駅前庭園

この近江今津駅に初めて来たのは1999年4月の事で、以降駅ホームに寄る事はあったものの、なかなか外へ出る機会がなく、この時17年ぶりに駅外に出る機会を得て、ようやくこのように記事としてあげる事ができるようになりました。

駅前広場は床面の整備された歩道エリアが広く取られていて、こういう花壇であったり、他にも色々広いスペースがあります。

高島市で最も利用者の多い駅であり、それらしい雰囲気は漂っています。人が絶えず流れ歩くという感じではありませんが。

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●風の船

古より今津の地に根づく座禅草と、琵琶湖からの空気に敏感に反応してかすかに震える水を象徴的に石船で表わしたもの、とありました。これも駅前のフロア一帯でのカットです。

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●琵琶湖周航の歌

の誕生の町として、この今津は知られています。♪わーれーはうーみの子…というやつです。

滋賀県のご当地ソング的なもので、歌として成立したのが1917年、つまり今年でちょうど100周年を迎える訳ですね、ちなみにレコーディングされたのは1933年だそうです。作者である小口太郎という人物が琵琶湖の漕艇中に歌詞を思いついた といいますが、戦後には多くの歌手に歌われて、1961年のボニージャックスに始まり、小林旭、ペギー葉山といった歌手までがこの曲をカバーし、1971年の加藤登紀子版は70万枚以上を売り上げたといいます。

この曲の作詞の小口太郎という人物と作曲者の吉田千秋という人物は、互いを知らず、また両者とも20代の若さで亡くなっています。

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●バスのりば

近江今津駅前のJRバスのりば周辺の様子です。

この時ここのバスを利用して、福井県は熊川宿の方へ行っておりました。熊川宿はここから東へ10kmあまり、福井県若狭町という滋賀県と福井県の県境にある宿場町の面影が強く残る街並みのあるとです。

このバスは福井県の小浜行きのバスですが、途中で熊川へも停車し、頻度的には1時間に1本はある状態です。このルートで主要な地といえば、熊川と上中、そして小浜といったところでしょうか?ちなみにここから熊川まではバスで約30分、800円です。

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●ローラン名小路

名小路は「なこじ」と読みます。

1999年に来た頃は、これと平行に通る駅前の普通の通りしか歩かなかったので、駅前広場を抜けたら突如現れるこの通りの存在に気づきませんでした。

この辺りでは唯一のアーケードつき商店街ではないでしょうか。あまり長く続いた通りではなく、また人通りもそれほど…な感じでした。ただ、通りの有線は最新曲が流れていました♪

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●今津マンホール

高島市となる前の「今津町」の頃のマンホールです。

先述の、この辺りに群生する「座禅草」と町の鳥である「ひばり」とが描かれていますが、国内では座禅草の自生地としては南限地という側面もあります。

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●駅前会館

冠婚葬祭セレマ、でお馴染みの「セレマ」の今津駅前会館です。

密葬・家族葬の会場として主に使われ、またイベントが行われたりもしていて、単に斎場的なものだけでなく、もう少し広い目的で使われているようです。

この辺りは昔訪ねた時は、パチンコ屋が複数軒あるのみ、という印象しかないのですが、多分この建物は1990年代にはなかったと思われます。

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●銀玉

とてっぺんに記されているのがすっかり色褪せてしまっていますが、表には「TEA&SNACK」とありました。どうやら60年代の建物だそうですが、今津のこの当時この辺りは栄えていたのでしょうか?

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●突然の怪獣

近江今津の駅前、西側をずっと歩いていたところ、突如として現われたこの怪獣?、台座があったので、見ると「びわ湖タワー」とありました。

びわ湖タワーとは、かつて滋賀県内(大津市堅田)にあった大規模遊園地で、2001年に廃業してしまいましたが、この怪獣はその園内にあった一体だそうです。昭和レジャーの典型的施設だったと思われ、管理人も幼少期にその名を聞いた事がありましたが、やはり時代は進んでいくものなのですね。それまで当たり前にあったものが、徐々に時代とマッチせずにやがてはなくなっていく、その悲哀を感じずにはいられませんでした。

滋賀といえば「びわ湖わんわん王国」ってのもありましたね、行きたいと思ってチケットを先行で買ったものの、遂に行けずじまいでこれも廃業してしまっていました。

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●交差点

近江今津駅から200mほど東へ進んだ所、駅前東側最初の交差点になります。

左側にはギフトのシャディ、右側にはローソンがあります。しかし、西側に関してはこれ以上進んでも何も無さそう…と思い始めた瞬間でもありました。初めてここへ来た1999年当時もパチンコ屋2軒ほどを除いては特にこれといったものを見つけた覚えのなかったこの方向には、きっとこの先も特にないのだろう…と思い、この地点で引き返しました。

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●近江今津駅周辺図

駅側に戻ってきて、付近の地図を。しかしかなり色褪せていて、いつ頃につくられたものなのでしょうか?

左下の理容室の看板など、人の顔が白黒反転してて怖いです…。パーマをウリにしてるとこなんかも時代を感じますね。

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●西から東へ

近江今津駅方向へ戻り、右側の高架下を抜けると、駅東側へと移り、こちらは琵琶湖側となります。後で知る事になりますが、こちらの方がずいぶんと観光向きなんですね、17年まうに知っておけばよかったと思うばかりでした。駅舎の色も当時はレンガ色っぽかったのですが、今はグレーっぽいのですね。

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●手を挙げて…

東側へ転じて、ここは高島警察署前の交差点です。そしてその前に立っているのは手を挙げて立っている観音様風の像です。ちょうどこの真ん前に横断歩道がある訳ですが、完全にそのつもりで造られているのでしょう。(横断歩道では手を挙げて!って意味合いで)

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●琵琶湖周航の歌資料館

なんともダイレクトなタイトルの施設ですが、これも駅東側へ出てすぐの所、高島警察署の向かいにあります。

1998年に当時の今津勤労者センターを改装してつくられたそうです。

この時入りませんでしたが、入館は無料です。それにしても一曲の唄で資料館ができるなんてすごいですね…。今津の観光名所や特産品の紹介も行われているそうですが。

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●駅東通り

ちょうど左に「琵琶湖周航の歌』資料館」の前になりますが、通りの様子です。

駅を出てから琵琶湖までの短い距離の通りですが、歩道と車道の境には花壇やらの置かれた華やかな通りとなっており、西側とは違った雰囲気でした。17年前にはここへ寄らなかったので、この面には全く気付きませんでした。資料館もできたばっかりの状態だったのに…。

で、下側の写真は同じ通りにある「ひつじぐさ」です。未の刻(午後2時頃)に花が咲く事からこのように名づけられたとの説がありますが、「琵琶湖周航の歌」の原題が「ひつじぐさ」であった事から今津町ゆかりの花として育てられているといいます。沢山の鉢に水で埋められている中で、右端の手前から4番目の鉢には花がついています。

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●周航そば

駅西でなかなか見つからなかった飲食店でしたが、東側ではあっさりと見つかりました。

琵琶湖めぐりの乗船場の向かいにある「周航そば」の看板が出ている「ひょうたん亭」というお店です。時間があれば食べたかったのですがバスの時間もあったので写真だけ。琵琶湖周航の様子を蕎麦に表現したもの、という事で鴨肉なども入っています。

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●観光船のりば

近江今津の駅から東へ歩いて5分とかからない場所に、この琵琶湖観光船のりばがあります。

高速船で「竹生島(ちくぶしま)」への船が出ていて、便数は下の写真通りですが、9時台から13時台のうちで約1時間おきに1日計4便出ていて、乗船時間は25分、竹生島での上陸時間は75分という事です。料金は往復で2,590円と少し高いかなという感じです。

竹生島は琵琶湖の北部に浮かぶ島で、「神の棲む島」としてパワースポットの側面から注目され続けている島です。小さな島で、神社のみがあるくらいのようですが、ある神様が首を切り落としてできた島という事で、神聖な場所に足を踏み入れた、という感覚を得られるのかな?という気がします。

この時は人がズラズラ並んでいるという感じはなかったですが、どのくらいの竹生島での盛況ぶりか?をいつか現地で見てみたいですね。

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●乗船口

最後の写真になりますが、のりばのサイドから琵琶湖川を撮ったものです。1本の長い橋が続いていました。

のりばの建屋に入りたかったのですが、職員の方が表に居て、乗らないと入れない感があったので遠慮しときました。

できれば船を撮りたかったところですが、また実際に乗船してみたいと思います。竹生島へはここ今津行以外に長浜市の長浜港からも航路が出ていますので、そこから乗るのもありかな、というところです。

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2017年2月12日 (日)

群馬/安中 何はなくとも安中榛名

群馬県安中市、JR安中榛名駅からの街の様子です。

(2011年4月当時)

●安中榛名 駅前広場

駐車スペースと「人人人」のようなモニュメントでロータリーを形成しているだけ、という感じの駅前広場です。

とにかく人の気配がない、ゴースト感満載の新幹線駅前とは思えない荒涼とした雰囲気に支配されていた、そんな感じでした。繰り返しになりますが、これが新幹線停車駅の駅前なのです。

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●在りし日のデイリーストア

当時、駅前を訪ねた時に唯一あったお店がこのヤマザキデイリーストアでした。

「当時」と書いたのは、今はもうないそうです。この訪問の2年後の2013年3月いっぱいをもって閉店してしまい、現在この安中榛名駅の駅前にはお店が1件もない そうです。そういう意味で実に貴重なカットとなりました。

この駅には夕方から夜暗くなった後まで居ましたが、暗くなると駅から見ると、この店しか灯りが点いていないといっても過言ではない状態でした。

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●これも駅前

駅前広場を出てすぐあたりの所で横を向くとこんな感じでした。

新幹線の駅前で、こんなに何もないの??この後に行く事になる「くりこま高原駅」(宮城県栗原市)の開業直後は「何もない駅」と言われていましたが、タワーがあったりして、少なくとも今は何かしらの施設がありますが、こちらは駅前すぐでもこの風景です。本当に信じ難いですが、これが新幹線駅の駅前の姿なのです。

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●駅前交差点辺り

先程のヤマザキデイリーストアのあった駅前交差点の別アングルです。

店がないと御覧のような状態、ただ道があるだけでなんにもありません。

少なくとも東海道・山陽新幹線の駅前では考えられないような風景が続いていきます。

ここ安中市の中心地はこの駅と平行に走っているJR信越本線の「安中駅」という事で、ここから南へ約5kmの所にあり、そこはそれなりの街の風景が広がっているようですが、安中市ではここしか行った事がないので、また機会を見て安中駅へも行ってみたいものです。

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●みのりが丘パノラマパーク

駅前交差点をまっすぐ過ぎると、ひょこっと現れただだっ広いスペースがありました。

一帯が大きな公園となっていました。 「みのりが丘パノラマパーク」という事で2010年に当駅前のハコモノとして造られたという事です。

一応、安中榛名駅から南へ80mという至近距離にありますが、ここへ行くまでのあまりの何もなさに、その距離がかなり長く感じられました。

壮大に広がる公園スペースは、上段下段の2段構成で面積は合わせて約2haという事で、20,000㎡ですが、400m×500mで2haになります。

しかし…人はひとりもいませんでした。

非常にもったいないですね…、トイレや駐車場などの設備は多く確保し、またバリアフリー構造にもなっているといいますが、人っ気の全くなさたるや…。特に遊具があるとかそういうものではありませんでした。この花壇がかなり目立っている形で。

公園の端には人家が見えました。人が住んでるんだここ!と、駅に来てかなり経ってから認識しました(笑)

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●天空の丘

駅を更に南下するとこのような丘の公園へ。

幅24メートル、高さ7メートルというでっかいモニュメントがお出迎えです。

この辺りでは、最も目立つ物体だと思います。

ここから街を見下ろす事ができます。

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●ひろがる住宅

何もない!と半ば絶望していましたが、少し歩けば住宅街が見えてきました。

道路もこのようにお金をかけて?整備されていました。

しかし…、人っ気がない…、、少なくとも歩いている人を見かけた事は皆無でした。走っている車は見たりすれ違ったりしましだか、この街では人とすれ違った事がありませんでした。なので、管理人の中ではここはやはりゴーストタウンの印象しかないです。まぁタウン(つまり建物はある)というだけ良かったですが、来た当初は人家すら全くないのかと思っていましたから。

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●健康物語

公園のへりに歩道が整備されていて、基本そこを延々歩いていましたが、その途中に出くわしたものです。

踏んで歩いて、ということで、向こう側にチラリと見えますが、突起のついた石の群れが続いていました。靴を脱いで歩きたいところです。

「ぬるいお湯を飲んで歩くと効果的です」と書かれていますが、この場に居てぬるいお湯を持ち合わせている事がほぼ不可能かと。前以て用意するしかですね。

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●歩道

こんな歩道があって、そこをずっと歩いていました。

暗くなりかけの頃でもあり、画的にいまひとつですが…。

でもホントに人とはすれ違わなかったし、商業施設は全く見受けられませんでした。デイリーストアのなき今、ますますもって車無しでの買い物はムリなのかなと。このまま居住者の年齢が上がっていったら…と思わなくもないですね、なんか誘致してほしいけど、勝算なしとしてどこも手が出せないかも…とも考えてしまいます。

ここに何か商業施設が乗りだしてきた時には、もう一度その変わった姿を見てみたいものです。次は安中市の別の駅の前を旅して、いつかこうしてレポしたいものです。

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2017年2月 8日 (水)

香川/坂出 まろと牛神さまへの道

香川県坂出市、JR坂出駅からの歩き旅です。

(2016年12月当時)

●駅前俯瞰

坂出駅の高架ホームから見た駅前の様子です。

駅記事は2009年1月当時の様子ですが、今回記事は2016年12月再訪時の様子です。というのも、当時の駅から出ての写真があまりなく、先々月再訪でじっくり歩いて撮ってきたので、その時の様子を載せています。

こちらは駅北側の様子ですが、ずっと先には坂出港があり、坂出の港町たる面が見られます。

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●地平にて

駅から出て地平からの駅前の様子です。

冒頭の写真にもありますが、高層ビルがひとつ建ってるのが目立っています。

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●駅周辺図

この地図では下側が北になっていて、港方面もこちら側になります。

観光向きというより、市内各主要施設への案内的側面が強いものとなっていて、北側に主要施設が集中しています。

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●津波浸水想定マップ

港町であるが故、切り離せないのが津波の危険性という事で、地域別に何メートルの津波が想定されるか色分けされています。

中心である坂出駅周辺はことごとく色づけされていて、駅の辺りは0.3~1メートルとなっています。しかもそこから上へ矢印が出ていて、どこまで影響を及ぼすのか…と考えると、本当に恐ろしいなと思います。

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●まろ

坂出駅の駅舎外側の柱にあったものです。

坂出市には讃岐国の国府が置かれていて、その国司志望の男の子という設定だそうですが、 「さかいでまろ」とストレートなネーミングの市公認キャラクターです。

くまモンなどの人気キャラクターを目指そう、と2013年に公認キャラクターのデザイン募集が行なわれ、1500点近くの応募から最終6点までに絞られた上での「市民総選挙」の末に2014年初めに「当選」したキャラクターだそうで、誕生して3年ほどでどの程度の浸透具合かはよく分かりませんが、浸透していくといいなと思います。プロフィール等はコチラ 

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●駅前広場

車の進入しない歩道エリアがスペース的に広く取られています。

訪ねたのが年末であったので、イルミネーションが色々と置かれていました。それから別の所には絵馬も!

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●駅とAEONと

右側が坂出駅で、左側が駅前のイオンです。両者このような関係で対峙している格好です。かつては坂出サティとして営業していたのが、2011年にイオン坂出店に変更され現在に至ります。現存するイオン系の店舗では香川県最古なのだそうです。

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●駅前通商店街

駅北の駅前商店街です。

入って少ししてから歩道に屋根のついた商店街となっています。

店舗よりも銀行や駐車場が目立つ印象でした。

四国地方でも中国銀行があるのですね、しかも他支店同様の厳粛そうな雰囲気の建物で。

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●バス停

商店街に入って少しの所で、バス停標識が何本も立っていました。

のりばもあれば降り場もありますが、以下の通りです。

・高松空港リムジンバス降り場(坂出駅バス停)

・坂出市営バス瀬居線のりば(坂出案内所バス停)

・琴電バスのりば(元町バス停)

同じ場所にありながら、3つとも停留所名が違うとは…

ちなみにリムジンバスの便数は下側の写真にある通りです。ここはのりばではないので、到着時刻が示されており、のりばは向かい側である事が記されています。高松空港へは坂出からでは所要約50分、運賃は800円との事です。

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●元町名店街

駅前通り商店街を歩き続け、この『元町名店街』と交差しました。こちらは完全歩道のアーケード商店街です。いささか褪せた感じが渋いですが、この外観からして中身がどんな感じか…というのはちょっと想像してしまいますね。

坂出の商店街で相対的に活気のあるところ、だそうですが、2001年度から市の助成などで安く借りれるようになったものの手を挙げた借り手は1件もないという状態で、商店街の行く末が見えてくるような話ですね、

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●珊瑚樹

坂出市の「市の木」珊瑚樹です。

スイスガラ科の常緑高木で暖かい地方に多く、高さは5mにもなるといいます。

防火樹として庭木や生け垣に使用される事が多いといい、そんな感じの葉の質ではありますね。

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●胸像

坂出市民ホール前にある胸像ですが、「番正辰雄市長」とあります。

番正辰雄(=ばんじょう・ただお:1916-89)とは、坂出市長を務めた人物で、1973年から4期にわたり坂出市長を務め、とりわけ瀬戸大橋の着工から開通まで関わった人物として坂出市の名誉市民としてもその名を連ねています。

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●坂出市民ホール

上の元市長胸像のあるのがこの「坂出市民ホール」です。

坂出駅から北へ約300メートルの地点にある市民ホールで800席収容できるホールを有しています。

何よりこの切れ込みたいになったところに出ている階段、この形がユニークな建物です。

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●商工会館

市民ホールより更に北へ100メートルあまり進んだこの地点には、「商工会館」があります。

足下の部分が斜めになっていたり全体的に荘厳な雰囲気すらある建物です。

建物の前には大きな立体看板が出ていて「北インターの早期フルインター化実現を!」とありました。「フルインター」とは上下線どちらも出入りできるインターチェンジですが、これに対して坂出北インターは、本州方面のみから出入可能な「ハーフインター」という事です。

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●坂出天満宮

坂出駅から北へ徒歩5分程度の所にある天満宮です。

天満宮という事で、菅公さま(菅原道真)が祀られています。

江戸時代の文政年間にこの地域に天災が多発したため、その平穏祈願として1830年に創建されたとあります。

牛が神として崇められているのも天満宮の特徴といいます。

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坂出駅から徒歩5分程度の所までで、多くの写真を出してきましたが、この先は港町へと至る道を延々と歩いていました。思ったより時間かかったなという印象ですが、港付近はゴースト的な印象でした。立ち入っていいのかな??という感じで。その辺りはいずれかの機会にて。

2017年2月 4日 (土)

JR長野原草津口駅 (群馬県吾妻郡長野原町)

smile群馬県吾妻郡長野原町のJR長野原草津口(ながのはら・くさつぐち)です

長野原町は、群馬県の北西部に位置し、人口は5,453人(2016.10.1現在)で、温泉界の東の横綱といわれる「草津温泉」を有する観光の町です。

-JR長野原草津口駅-
【路線】
JR吾妻線(渋川-大前間)
【開業】1945年1月2日
【訪問】2016年12
【1日あたり平均乗車人員】 714人/日 (2014年)
【近隣の主要駅】 (渋川方面)群馬原町駅→5駅
            (大前方面)万座・鹿沢口駅→4駅


●駅名標周辺

1991年に現駅名になったという事で、それまでは単に「長野原駅」という町名が駅名になっていた形でした。やはり草津温泉spaの最寄りである部分を強力にアピールしたかったのでしょうか。

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●ホーム

ホームは1面2線ですが、改札はこの向こうをまっすぐ歩く形となります。大抵は跨線橋や地下通路や構内踏切を渡って改札へ進みますが、まるで終着駅のような構造でした。

ホームを過ぎると長い通路を渡って外へ出る形となります。

この写真は着いた時のもので、それほど人がいませんでしたが、帰りの時はこのホームに溢れんばかりの人がいて、それ以前に改札に入る前に、出てくる人が大渋滞してなかなか改札へ入れず、長蛇の列の中に並んでいました。

郡部の町の駅といえど、そこは日本有数の草津温泉の最寄駅でという事で、侮るなかれでした。草津温泉へは徒歩では無理でバスでのアクセスとなりますが、温泉から当駅へのバスもまた長蛇の列でした。

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●ホーム2

1面2線ではありますが、もう1本側線があります。

特急「草津」trainの停車駅で、上野駅まで2時間半で結んでいます。以前は万座・鹿沢口方面まで通っていましたが、昨年定期便としては廃止され、現在は当駅までとなっているそうです。 

そんな訳でホームの長さはかなりとられています。ここから帰る時に長蛇の列を並んで入ってきたわけですが、皆思い思いに広がって、向かいに停まっていた特急列車の幅に合わせて待っていたところへやって来たのは短い普通列車で、およそ見当違いの場所に並んで待っていた多くの人々が急ぎ足で電車に乗り込んでいました、管理人もこの時その一人だった訳ですがsmile

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●歓迎

ホームを抜けて長い通路へと差し掛かり、その途中にあった看板です。

絵の中には高崎のダルマやぐんまちゃんもいます。ぐんまちゃんもすっかり有名になったものですね。

「草津温泉」とありますが、とにかくこの駅は草津温泉に依存するところ大と感じさせられました。

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●駅スタンプ

かなり小さく写ってしまいましたが、やはりここでも草津温泉が前面に出たものとなっていました。

スタンプをきっちり収集しようという気があまりないのですが、最近は撮れるものはこうしてと撮ろうという形で記録として残しています。

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●駅前広場の真ん中

温泉の湧き出る岩肌とそこに立つ大きな時計塔、当駅を象徴する駅前モニュメントです。

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●駅前の風景

駅前広場を離れた所の風景ですが、曲線の橋が連なっている様子は印象的でしたが、道路だけで街が形成されている感がなく、はっきり言って何もないです。なんでこんな所に駅があるのか??とさえ思う程でした。

実際行った時も草津温泉行のバスに乗ったのと、帰りにバスから降りて電車を待っていたのとに利用しただけで、駅舎をじっくり見る間もないに等しい状態でした。散歩する暇があればそれも良かったのでしょうが、何もないとちょっとしんどかったかな、というところでした。みんな草津温泉行のバスに乗るか、バスから降りて電車待つか、それしかない感じでした。

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●長野原草津口駅 駅舎

2013年8月に供用された新駅舎です。

旧駅舎の写真を見てみると、より役所チックな建物で、この新駅舎はかなりアートな部分が出ているなと感じました。

駅前にはバスが何台も停まっていて、草津温泉バスターミナル行きが複数のりばにわたって占められています。といっても次から次へどんどんくる感じではないですが…。

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●草津温泉行バス

最後にバスチケット購入時の写真です。

長野原草津「口」という事で、草津温泉前とかではなく、やはり距離があります。

という訳でバスに乗って行った訳で、このチケットは草津温泉のターミナルの方で駅へ戻る時に購入したものです。片道約25分で、運賃は御覧の通り700円です。

ダイヤ的には、1時間~1時間半に1本というところでしょうか。電車のダイヤもそれほど便数がある訳ではないので、電車とバスとよく下調べしておいた方が無難です。

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