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2017年7月 8日 (土)

熊本/荒尾 世界遺産登録記念!万田坑を往く

熊本県荒尾市、JR荒尾駅からの旅です。

(2016年11月当時)

●バスのりば

荒尾駅前のバスのりばです。

今回旅記事で、いつもの「歩き旅です」としなかったのは、歩きではなくバスを使ったからです

元々この荒尾を初めて訪ねたのは1997年4月の事で、自分にとっては熊本県最初の訪問地でもありました。当時はこの駅から歩きで少し山の方へ行って桜を見たりしていたのですが、それ以外にこれという旅をしておらず、記録もあまり残っていなかったので、いつかちゃんと再訪しようと思っていました。荒尾駅は駅記事での写真とほぼ同じ、市の中心とは思えないほどの小規模駅舎で、そこは今も変わらずでした。

そうして、いつか再訪したいと漠然とした思いの中、ふと目にしたJRのキャンペーンポスターに「万田坑(荒尾市)」と載っていて、「これは行くしか!」と思いました、しかも世界遺産登録されたのもありまして。そんな事で昨夏辺りから訪問時期を探りつつ、11月になってようやく行けたという次第で、今から半年ほど前の姿です。(おそらく今とほぼ変わりないと思います)

まぁそんなこんなで、バスで万田坑へ向かう事としました。ダイヤ的には1時間または2時間に1本というところです。平日はコンスタントに1時間に1本ですが、土日祝は午後に少しずつ空きがあって2時間に1本となる部分もあります。バスでは8分程度、歩いても行けなくもないですが、少し頑張る必要があります、実際帰りは歩いて帰ってきましたが、ちょっと頑張る事となりました

表:土日祝日ダイヤ(荒尾駅~万田坑)
所要時間約8分

荒尾駅前万田坑前
9時05分 9時13分
10時05分 10時13分
11時05分 11時13分
12時05分 12時13分
14時05分 14時13分 
16時05分 16時13分
17時05分 17時13分

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●万田坑バス停

荒尾駅からバスに乗る事8分で万田坑に着きました。

バスは1時間に1本という事で、逃したら少し退屈してしまうところでした。タクシーも停まっていなくて、バスで行くしか…という感じで待っておりました。

帰りのバスは見ていたのですが、少しタイミング悪く、待ち時間が長くなる事となったので、待ちきれずに歩いて帰ったら結構しんどかったです。

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●顔抜き看板

ようこそ万田坑へ!的な看板です。日付もちゃんとありました。

黒バックというのがいかにも炭鉱ですね。昭和を知る方には有名な「三池炭鉱」、その中心的存在がこの万田坑であった訳です。20世紀初頭がピークで、その後はエネルギー資源転換により、石油に次第にその座を奪われ、1951年に採炭を停止し、1997年には閉山という歴史を辿っています。

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●万田坑ステーション

また駅に来たみたいな感じになっていますが、向こうの建物は「万田坑ステーション」という万田坑の導入部を担う建物で、入場券の販売や万田坑DVDの映写室などを有しています。

ただ、この中に入って万田坑を見学するのではなく、ここで手続きしてDVDを見てからは、一旦この建物を出て、写真右向こうへ歩いて行く形で、万田坑の見学へと繋がる形です。

手前のオレンジの重機がすごく目を惹きました。炭鉱とは対極にある鮮やかすぎる色で。

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●万田坑の案内

上の写真の入口部分、低い柵を越えてすぐの所にある説明板です。

世界遺産ではありますが、これに先んじて1998年には国指定の重要文化財になっていますが、息を飲むような近代文化遺産が一帯にたくさん詰まっています。

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●万田坑自販機

万田坑を構成する建物群の色で統一された、万田坑自販機です。

真ん中は空き缶入れですが、両サイドの自販機含め、万田坑の建屋群の勇姿が刻まれている、そんな感じです。

いちいち「万田坑」って書いてあるところが地味な機体に似合わず、精一杯アピールしている感がありました。

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●入坑券販売所

同じく万田坑ステーション入口にある入坑券販売所です。

上の段の青い部分が大人料金の券で410円です。あとは高校生が300円、小中学生が200円となっています。

「入坑券は跡地にてスタッフが確認いたします」なる記載がありました。ここから入る訳ではなく、この建物を出てから跡地へ入り直す方式になっています。そこで券のチェックをするという訳ですね。

ちなみに跡地へ行くとトイレがないので、トイレはこのステーションの方でお済ませ下さい、の旨の記載がありました。

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●入坑券

世界文化遺産、と冠されています。

荒尾にこんな施設があるとは、初めて訪ねた20年前には全く知りませんでした。

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●跡地への道

ステーションで券を買って、施設の中へ入ってみました。

すると、そこは万田坑の事を伝えるDVDが映されていて、観賞用の椅子が並べられていました。またその鑑賞スペースだけでなく、万田坑の模型や展示パネルなどで部屋内は埋めつくれさていました。

そしてそのDVDを一通り見てから、万田坑ステーションを出て、この道を道なりに曲がっていきつつ、向こうのテント辺りで左に入って、万田坑の跡地に入って行った訳です。

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●万田坑跡地 入口

ステーションを出て3分くらい歩くと、この跡地に辿り着きます。

特に派手なゲートとか歓迎看板とかある訳ではありません。ただ、この入口の所ではステーションで購入した入坑券を見せる事となり、ここで券がなければステーションへ行って購入する事になります。

また、ボランティアさんがかなり待機していて、いつでも声をかけて下さい的な態勢で待っておられました。ガイドをお願いしたい時は助かると思います。大体何人かまとまった団体さんであったり、その場に居合わせた数人組を纏めてガイドしたり色々ですが、かつての遺構が何のために存在し、どんな機能・役割を果たしていたのか?を知る事ができるので本当に助かります。この時、つまみ聞きではないですが、たまたま居合わせて色々お梨を聞かせて頂きました。

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●案内図

跡地構内にある万田坑案内図です。

国重要文化財であり、国指定史跡であり、そして世界遺産なのですね。記事タイトルには「世界遺産・万田坑」などと書きましたが、入坑券にも記されていますが正確には

「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」

という長ったらしい括りの世界遺産の中のひとつに「三池炭鉱・三池港」があり、この万田坑はその三池炭鉱に包括されている炭鉱、という位置づけです。なので「姫路城」のような単体のものとはかなり世界遺産のイメージが違います。、

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●レール跡

万田坑にはいたる所にこういったレールが残っています。

その上に乗って動いていたと思われるトロッコなども。

拙ブログの「兵庫/養父② 遥かなる明延鉱山…」には復元レールが見えますが、同じ鉱山産業(つまりは鉱業)遺産の素晴らしさをつくづく感じるというものです。

復元も良いのですが、原形をとどめるという事もまた素晴らしからずやですね!維持努力という要素もある訳で。

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●山ノ神祭祀施設

万田坑で働く人々の安全祈願のために1916年に分祀されたもの、という事でこの訪問した2016年にその100周年をめでたく迎えた訳ですね!

炭鉱マンは入坑前に自らの安全を願って、この山ノ神の方に向かって拝礼をしていたといいます。

炭鉱の仕事というのは危険と隣り合わせというイメージが個人的に強くて、実際自分の幼少期はバリバリの昭和時代で、炭鉱事故のニュースというのは幼いながらも何度か聞いた事があり、被害も甚大になるので本当に怖いなと思っていたものでした。坑内崩落、ガス充満、海水流入…いろんな危険と常に背中合わせだった訳ですから。

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●倉庫およびポンプ室

20世紀初頭に建てられたもののようです。

元々は構内の換気を行う部屋であったようで、蒸気を動力とする扇風機が備えられていたとありました。その後は予備の消火器などを置く倉庫として使われたり、坑内から汲み上げられた水を送水するポンプ室として利用されたりしていました。国重要文化財だそうです。

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●ミックス建屋

ここまで見てきてレンガの建屋が多い印象の強い万田坑ですが、この建屋はレンガをメインとしながらも?右かコンクリートがついていたり、手前は取って付けたように木の建物があったり、これはどういう状態なのか??という感じでした。

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●レンガの中…

レンガ建屋の内部ですが、経年具合が一層このスペースを渋いエリアに仕立てているなという感じで、今なかなかこんな通路に出会う事はないですね。左手前のプラ板みたいなのに白文字で書かれたものも懐かしさ満点です!

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●安全燈室および浴室

「〇〇および△△」が多いですが…、ここもまた扇風機を動かす機械室であったといわれ、1951年の万田坑閉坑に伴って、このタイトルの部屋になったそうです。

ヘルメットに付けるランプの充電器もあったといいます。

浴室についての記載は特にないですが、閉山後浴室ができたとはこれいかに??というところですが。

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●第二竪坑櫓

「だいにたてこうやぐら」と読みますが、高く建っているこの櫓の事です。荒尾駅前にも模擬のこの建物が建っていて、万田坑の象徴的な建物といえます。

1905(明治38)年に建てられて、既に100年以上経っています。高さは18.9mあり、人員の昇降などを主目的につくられたもので、ちなみに第一の櫓は石炭を送り出すためのものであったといいます。

この櫓の足下にある建物は手前には給湯タンクや重油タンクなどがあります。で、向こう側のトンネル状になっている部分は見学できるようになっていて、そこではガイドさんが色々と教えてくれました。

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●トンネル部分

その見学スペースのカットをお送りします。

トンネル入口部分には、トロッコが空のまま、外で取り残されてる感じでした。

中に入ると地下との昇降設備があり、その昇降用のエレベーターの中身が残っていました。この地下に行く時の緊張感たるやいかなるものだったのでしょうか。それとも慣れてくるとルーチンワークのような気持にもなったりする人も居たのでしょうか。今は埋められていますが、地下264mに達する深さまでエレベーターで降りていたといいます。

信号を送る設備?などもあり、何の合図は何回とか、規定として記されていました。

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●第二竪坑 巻揚機室

先程の昇降機の巻揚機のある所で、室内を見学できます。

入口のところでヘルメットを渡されて、ヘルメット着用でガイドさんの説明を聞いていました。ボロボロになった設備もそのまま残っていて迫力を感じました。

後で知りましたが、ガイドさんの中には実際この万田坑で働いていた人も在籍しているといいます。この時教えて下ったガイドさんもかなりご年配の方ででしたが、あるいはOBだったのかもしれません。

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●その他

最後ですが、坑内は建物やレールで埋まった場所ばかりでなく、下の最初の写真のようなスペースもありました。柵が中途半端な状態になっていますが、これもまた当時の様子からそのままにしている感じで、その下のレンガの残骸と思われる写真同様、変に小奇麗に復元しないところが返って惹きつけられました。

看板は外にあったものですが、ここでは世界遺産の旨が堂々と謳われていました。入坑券と同じ写真が使われ、バックデザインも似ていてチケットがそのまま看板になったような感じでした。

というわけで、世界遺産と知り訪ねた万田坑でした

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