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2018年7月の12件の記事

2018年7月30日 (月)

京都/八幡 男山!石清水八幡宮

京都府八幡市、京阪/八幡市駅からケーブルカーを上ってからの様子です。

(2006年11月当時)

●男山山上駅

京阪本線の八幡市駅を出てから、ケーブルカーの同名駅に入って上がっていた先がこの「男山山上駅」です。このケーブルカーも京阪所属で「京阪鋼索(こうさく)線」といわれています。

駅のプロフィールを。

-京阪/男山山上駅
【路線】京阪鋼索線(八幡市-男山山上間)
【開業】1955年12月8
【訪問】2006年11月
【1日あたり平均乗車人員】 ?
【近隣の都市駅(八幡市方面)八幡市駅→隣駅

今からもう12年前の姿ですが、現在もこの駅舎であるようです。

鋼索線は八幡市駅と結ぶだけのケーブルカーで、八幡市駅から約3分、200円で行けます。

ダイヤ的には15分おきで、毎時00、15、30、45分の運行ですが、00分と30分については不定期の(乗客がいれば運行する)形となっています。

最終は18:45と早いので要注意です。

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●男山ケーブルの歩み

たぶんこれ左端に年が書いてあったと思いますが、切れてしまっているようです(笑)

普通撮る時は絶対こんな所を見切れるような撮り方はしないはずですが…。あるいは最初からなかったのか…もう記憶にありませんが。

1955年に開業した当駅ですが、この事は最上部の内容ではなく、真ん中らへんの「当社により、男山駅-八幡宮駅間を復活開業」の部分にあたります。男山駅は現在の八幡市駅のケーブルカーのりばを指し、当駅は「八幡宮駅」という名前だったのですね、石清水八幡宮がある事そのまんまの名前で。

また、当時のケーブルカーとして乗車定員136人は最多だったのですね。

京阪として復活開業させたのが1955年ですが、ケーブルとして最初の開業は?というと、実に1926年とありました。90年も前にケーブルカーなどという代物があった事にビックリでした。

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●参道

石清水八幡宮への参道です。

これが八幡市にあって、ケーブルカーを上った先にあるなんてこの時訪ねるまで全く知りませんでした。

とにかくズラーッと灯籠が立ち並ぶ中、木々にごっそり塞がれる中を歩いて行きました。山上で最も印象深い風景がこれでした。

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●石清水八幡宮 

男山山上駅から歩いて5分くらいで石清水八幡宮に到着します。

「日本三大八幡宮」のひとつとされ、860年に清和天皇が社殿を造営した事に始まる歴史の長い由緒正しき神社ですが、こんな山の上にあるのか!という感じでした。吉田兼好の「徒然草」の「仁和寺にある法師」にもここの名前が出てくるといいます、高校の時に習ったはずですが…

1869年にこの山に因んでか男山八幡宮と改称されましたが、1918年に石清水八幡宮に戻り今に至ります。名前が戻ってから今年でちょうど100周年になるのですね。

この入口部分の楼門は「国宝」に指定されていて、楼門だけでなく各門など計10棟が国宝指定されています。

訪ねたのが11月でちょうど七五三の時期だったので、ご家族連れが沢山来ておられて、大きな犬のぬいぐるみも「出動」していました。今からちょうど一回り前、この年も戌年だったからでしょうか。それにしてもこのぬいぐるみ、四つん這いになったら「伝次郎」みたいなのでした。伝次郎といっても分かるのはある地方のある一定の年齢以上かと思いますが…。

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●本殿

上の写真でもあるように、本殿は絶賛修復工事中でした。

この時が2006年で2009年竣工予定と記されていたので、3年後には完成したのか?と思って調べてみたら、この年の4月に「修復相成った」との記載がありました。

ただこれは「第一期工事」であって、本殿以外にも色々やっていたようで、その完了は平成24年であったといい、時期を少し被らせつつ第二期工事があり、この竣工予定が今年平成30年であるといいます。

この時は残念ながら、本殿はこんな形でしか見る事ができませんでした。

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●七五三

戌年が終わり亥年へ、という事でこんな感じの絵馬をバックに写る子たちが沢山居ました。

しかしなんかバックが妙に寂しいですね、犬と猪をバックにちょこっと配しているだけで。

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●亥も!

先に犬のぬいぐるみが居ましたが、このように亥も登場しました。

やっぱり干支の今年と来年って事で彼らが出てきたのか、って具合で。

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●展望

山の上なので、八幡市の街並みが一望できます。

向こう側はグルッと山に囲まれている感じで、盆地っぽい地形を思わせます。

この時の雲の湧き方が異様で、そこにもだいぶ目がいってました。

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●下山

ケーブルカーを下りてきて、八幡市駅前へ。

しかしこの昭和満載感はなんだろう、というこの並び。

八幡市では石清水八幡宮しかまともに行ってなくて、他はこんな風にチラッと寄った程度につき、今後は平地でもう少し観光をしてみたいと思います。遠い所でもないので。

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2018年7月28日 (土)

島根/吉賀⑨ 遥かなる六日市!

島根県鹿足郡吉賀(よしか)、これまで拙ブログで8つの記事に分けて2009年にあげてきましたが、これらは旧・柿木村地区を中心としたものでしたが、今回は別の地区にて久々に9つ目の記事をupしたいと思います。

これまでの記事は以下のもの等々です。

島根/吉賀 柿木温泉口 ~ 島根/吉賀 旧柿木郵便局と帰り道

という事で今回記事はこの柿木村と一緒になって吉賀町になったもう一つの地区、旧・六日市町地区の記事となります。

(2016年8月当時)

●六日市バス停

島根県の南西端にあって、鉄道駅もないこの地区へのアクセスは…

JR広島駅から益田(六日市・日原経由)行きのバスに乗ります。

1日6便しかないので、時刻表は要確認です。当時の当停留所停車時刻は下の写真の通りです。

バス停はこんな感じで屋根もなくただ標識が立っているだけですが、道隔てて向かいに立派な建物自体はあります。

【JR広島駅からのアクセス】

(所要時間) JR広島駅 新幹線口からバスで約2時間

(バス会社) 石見交通 広益線 益田行

(料金) 2,310円

(便数) 1日6便

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●バス停前

バス停前の道路周りはこんな感じで、これが旧六日市町の交通の中心付近の様子という事になります。

バス停はここからだと見えにくいですが、中田屋本舗というお店の建物と向かって左隣の建物との間に、実にひっそりと立っています。

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●ホール

この向かいに冒頭の六日市バス停があります。

実質的な六日市バス停の待合所となる「吉賀町ふれあいホール」です。

ホールといっても中は無人です。(休日扱いだから?)

それでもこれがここ六日市の交通の中心のシンボル的存在になると思います。

という訳で中に入っていきます。

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●ホールの中

入った時は無人でした。

施設情報を見ると、土日祝が定休日となっておりました。この時は土曜日でしたが、無人で解放されていた感じでしょうか。

平日は窓口の方なりが居られるのかもしれませんが、小奇麗にまとまっている感じはありました。そしてベンチの多い事。これだけの人数が埋まる事があるのかどうか。

バスの時刻表が載っている事からも、バスの待合所的な役割を果たしていると感じました。石見交通では広島行きもあれば益田行きもあり、また岩国市生活交通として山口県岩国市の錦町駅行きもあり、その他etcですが、山口県にも広島県にもアクセスできる幅広さがあります

1日MAXで双方向36便、デマンド除いて31便、土曜運休覗いても25便がここを通る訳で、島根県西部ののどかなエリアにおいては比較的交通が活発なところといえます。6時台から19時台まででこの本数なので1時間に2回は行き来している格好です。

その下の写真には「むいかいち川あそびMAP」というものがありました。この辺りの川沿いは散歩にはもってこい、という訳で特に紹介されています。さぞやきれいな川だろうな、と想像してしまいます。何しろのどか穏やかな界隈につき。

と思って漫然と見ていたのですが、このMAPの作成は地元の六日市中学の手によるものとしり感嘆致しました。

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●旧・領家旅館

「旧」と冠しましたが、20年ほど前に閉館となった旅館が残った状態でした。この訪問が2016年8月の事ですが、それから程なく、これを改装しシェアハウスにする計画がニュース記事にありました。

今頃はシェアハウスとして活用されているのでしょうか???

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●吉賀町役場

旧・柿木村とここ六日市町で合併してできた吉賀町ですが、その町役場はここ六日市の方にあります。

白を基調としながら、縁の部分が褐色で建物としてのインパクトを発していました。

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●夢の貯金箱

という自販機が町役場の傍にありました。

「その1本で社会貢献」というキャッチフレーズの下で展開されており、売上の一部が社会福祉事業に寄付されるものですが、吉賀特有のものとかそういうのではないようです。

でもこんな事で社会貢献できるなら安いものです。まして今のような殺人的な猛暑の下であれば尚更です。

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●マンホール

旧・六日市町としてのマンホールがありました。

「水源のまち」とあります。県都である松江市も「水郷」とよばれる水の街ですが、ここも水に因んだ町なのですね。

外周部分で飛び回っているのはホタルと分かるのですが、真ん中の魚がよく分かりませんでした。調べてみると「オヤニラミ」というスズキ目の魚だそうです。ここ六日市との関係性としては、この魚は島根県では生息域が数少なく、その1つが当地という訳です。

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●役場周辺

町役場周辺は、体育館、図書館、福祉センター、保健センター、消防署など吉賀町のありとあらゆる施設が立ち並ぶ、中心エリアに相応しい立地となっています。

Y字路に雲が湧き立つ景色に見惚れて撮ったショットです。

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●街の通りへ

出てみたら、EDIONがありました。

それもちっちゃいEDIONでした。こういう形態のお店もある事は知ってはいましたが、実際見てちょっと驚きました。街の電器屋さん延長上という感じで。

これでも毎日9:00~18:30、年中無休で営業しているそうです。

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●森英恵フラワーガーデン

街を歩いていたら出くわしたのが、この森英恵フラワーガーデンです。

HANAE MORIで有名な世界的なファッションデザイナーである森英恵先生は、ナントここ六日市のご出身という事で、ここがナントその生家跡で、これを本人ご厚意によりフラワーガーデンとして整備されたという事です。

森英恵先生がここの出身なんて予備知識全くなかったもんで…行ってみるもんですね。

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●ビジネスホテル

島根県西端のこの街にビジネスホテルがあったのか!という驚きから撮ったものです。失礼な表現申し訳ありません。

「ビジネスホテルのぶくに」 というこのホテル、六日市にあって貴重なホテルですが、シングル10、ツイン3、ダブル2の合計15室あり、1/1~1/5の間は休みだそうです。冒頭の六日市バス停から徒歩約3分の所にあります。

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●ラーメン大将

そういえばこの界隈は町の色んな施設のある割に、飲食店が見受けられないなと思って見ていました。そんな時に出くわしたのがこのお店です。

中に人が居るのか居ないのかもよく分からない状態で、まあいいやと思って結局スルーしましたが。中心街からは少し離れて、目的地に行こうとしている地点にありました。

【ラーメン大将】

0856-77-1848

島根県鹿足郡吉賀町六日市449-3

11時~14時、     1730分~21 

無休との事です。

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●花のある風景

ラーメン大将を通過して、更に中心地から離れる方向へ。

南に錦町へと分岐する辺りにあった花壇が実に美しかったので思わず撮ったものです。

すごく手入れが行き届いている感じで、誰がいつやっているのか?と思わされます。

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●やくろ

道の駅むいかいち温泉 にやって来ました!

その中で産直・物産館としてあるのがこの「やくろ」です。

やくろの由来として、この地に八畔鹿(やくろしか)という悪鹿の伝承があるそうで、そこからとられているようでもこの鹿を神として祀った「奇鹿神社」という神社もあるといいます。

この道の駅のプロフを。

【道の駅むいかいち温泉】

住所・島根県鹿足郡六日市町有坂225-2

駐車場・132台

アクセス・中国道六日市ICより1km

営業時間・物産館やくろ 8:30~17:30

       温泉施設ゆらら 10:00~22:30  朝風呂 6:30~8:30

 ※いずれも第2水曜定休

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●ゆらら

ここが「むいかいち温泉ゆ・ら・ら」です。道の駅の名称自体に「温泉」がついていますが、その温泉部分です。

この温泉に浸かる事がこの時の旅の目的でした。

ただ単に街歩きだけしようとしても、観光する対象が明確でなく、結局ここへ来た収穫もないというのもつまらない(長年の漫然として旅をしてきた経験上)ので、ひとつ大前提として目的地を設定して、その延長上で街あるき、街並み巡りをしようと思っていました。

おかげで自分なりにそこそこ思い出にもなる良い旅ができました。

この温泉の特徴は温水プール併設である事で、温泉プールです。ただ、プール利用は別料金設定となっており、

温泉 620円

プール 570円

温泉+プール 1,130円

の形です。

レストランもあれば、宿泊施設もあるという事で、六日市のエンタテイメントが集まっているのかなというぐらいな感じでした。

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●六日市はここにある

という事で道の駅にあったルートマップです。

ここもまた個人的に昔から行きたいと思っていた所のひとつで、島根県東部で青春時代を過ごした身にとって、この島根県最西端の未知の不思議さがなんとも神秘的だった訳です。

この付近に匹見美都などの地名も見られ、昔はそれぞれ町名で自治体として存在していましたが、平成の大合併でいずれも今や益田市となり、ここ六日市は合併して吉賀町となっているこの現在に、こうして訪ねる事ができて本当に嬉しかったものです。

ちなみにオレンジの部分が吉賀町で、中でもその南側がここ六日市です。まさに島根県南西端、山口県すぐそこという感じの所に位置しています。

そんな訳で、温泉に浸かれて満足し、六日市を愉しみました。

広島から約2時間で行ける島根最西端ののどかな地、こんな所で楽しみや癒しを見つけてみるのも良いかと思います。

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2018年7月20日 (金)

西城秀樹フォーエバー 思い出のシングル列伝!(その1)


今年も馴染みの方が数多く亡くなって、その訃報を聞く度に「えっ!」と声を上げてその記事に見入ってしまいます。

それなりの御年の方ならまだしも、西城秀樹さんのような昭和30年代生まれの方が、鬼籍に入られるとは!と思うと…

そういう意味で今年最もその訃報が衝撃的だったのは、紛れもなく「ヒデキ」でした。

そんなヒデキのシングルで思い出や思い入れなどをつれづれなるままに書き連ねていきたいと思います。

恋する季節 ('72.3.25 最高42位)

Photo

記念すべきデビュー曲!

キャッチフレーズは「ワイルドな17才」という事で、翌月17歳になるという16歳ラストのタイミングでメジャーデビューとなりました。

直毛に長髪のヒデキって妙な感じがします。リアルタイムで知らないので余計そう思うのかもしれませんが。

新御三家でのデビュー順は'71年に(野口)五郎、翌年になって春にヒデキ、秋に(郷)ひろみという順といいます。

♪雨の日の日曜は 我慢できなくて~ の部分に若さを感じます。雨の日の室内でいつかこの曲を聴いた時にこのフレーズが心に刺さった覚えがあります。

恋の約束 ('72.7.25 最高18位)

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2枚目のシングル。

前作より4ヶ月に発売され、最高位も10位台に乗せてきました。

オリコンでベスト10にランクインするのは5枚目の「情熱の嵐」まで待たねばならず、それまでの曲はヒデキファン以外の世間にはあまり知られていないかもしれません。ですが。そんな中では最も個人的に好きな曲です。

まず出だしの爽快感が個人的にすごくツボです。

このバイクと写ったジャケットも印象的です。この時もリアルには知りませんが後から振り返る形で聴いてもカッコイイ曲です。

チャンスは一度 ('72.11.25 最高20位)

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3枚目のシングル。

デビューした'72年に結局シングル3枚をリリースしました。それにしても若い分顔がよけいに濃いのか?!自分の知っているヒデキとは少々違和感があります。

この曲の時に「夜のヒットスタジオ」に初登場したといいます。以後190回の出演を重ね、これは歴代3位の記録といわれています。

この曲は個人的には30年以上の'84年頃から知っていました。知っていた、というより正確にはこの曲のメロディーを知っていた、です。

というのもラジオで当時「歌のない歌謡曲」というのをやっていて、当時BGMにはまっていた中学生の自分は、この曲と知らずに気に入ったそのメロディーをカセットに録音していました。

それから暫くはこの曲が誰の何の曲かも知らずに過ごしていたのですが、12年後の'96年に突如レコードにハマった若き大人となっていた自分は、偶々ヒデキの初期の曲であるこのレコードを買って聴いてみたところ…「あれ??この曲は…」となって、先のBGMの出自が解明できたという訳です。このスッキリ感ったらなかったですね。

この曲はオープニングから騒々しい?賑やかです。で、錆びの♪アーーー、の歌唱がいかにもヒデキです。必聴。

情熱の嵐 ('73.5.25 最高6位)

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5枚目のシングル。

4枚目「青春に賭けよう」までがベストテンにはランクインできず、続いたこの曲で初のオリコンチャートベスト10入りで、6位まで上がりました。累計で25万枚売れたそうです。

多くの人が知っているヒデキの曲で最も古いのがこの曲だと思います。

最初からコールが入る事が前提でつくられている事もあまりに有名ですね。

♪君が望むなら(ヒデキー) ってやつです。

某教団が世を賑わしていた頃に、この曲のフレーズがよく取り沙汰されていました。この曲はそういう系の歌だとかで。

とにかくキャッチーそのものの曲で、ジャケットもパワー全開という感じです。

ちぎれた愛 ('73.9.5 最高1位)

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6枚目のシングルにして初のオリコンチャート1位獲得作品、それも4週連続で。

今では考えられない事ですが、レコード発売日がある程度画一化されていた事と、遠国に対する消費ペースが緩かった事もあって、複数週1位を取る曲もザラにあった時代でした。

その割にはあまり世間的には知れ渡っていないような気がします。

壮大なオープニングで幕開けし、静かに力強く歌い、タメをつくるようにしてAh~と一気にエネルギーを放出するような独特の歌唱です。歌い出しの荒涼感の中に静かに力強く歌うその雰囲気がなんともいえません。

それとこの曲はなんといっても「セリフ」です。

歌い終わって落ちサビに入る前のセリフ、♪僕の愛を信じて…の部分は普通のセリフですが、段々とボルテージが上がってきて「好きだ!好きだよ!!好きなんだよおおおおお!!!」 誰が聴いても腰抜かすぐらいの絶叫です。

後年の曲「ジャガー」でも熱いセリフを喋り続けますが、あれはかなりくどい感じで、この「ちぎれた愛」のセリフの方が何倍もインパクトがあります。音の静かな中の絶叫という事もあり尚更です。当時の熱狂的ファンはこのセリフに悶絶した事でしょう?!

愛の十字架  ('73.12.5 最高1位)

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7枚目のシングルで2作連続1位作品。

しかしヒデキのシングル1位は前作「ちぎれた愛」と今作の73年に発売したこの2曲のみです。しかしこの1位を取ったたった2曲が世間的にはあまり知られていない感があります。

ジャケットから見てもかなり翳りを含んだ感じで、それまでの陽のイメージとは一線を画すというか対照的ですらあります。

激しいクラシックのような荘厳感溢れる出だしのミュージックから、この曲もまた最初は淡々、タメを作ってサビで力の限り激しく歌い上げるスタイルで、ヒデキ1位の2曲に共通する曲の進行/歌い上げとなっています。

薔薇の鎖  ('74.2.25 最高3位)

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8枚目のシングル。

3作連続1位にはならなかったものの、久々に陽の路線に回帰した曲。

遅れてきたグループサウンズとでもいうべき曲調で、同時期にジュリーこと沢田研二のリリースしていた「恋は邪魔もの」も同系統になるかなというところです。後の時代でいうなら軽快なロック調のナンバーです。

この曲はドリフのコントでメンバーが一部フレーズを口ずさんでいたり、そこそこ世間に浸透していた曲かと思います。

激しい恋  ('74.5.25 最高2位)

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9枚目のシングル

♪やめろと言われても~(ヒデキー) があまりにも有名な曲です。昔の「ドラえもん」の単行本でもジャイアンがこの曲のこのフレーズを熱唱して、周りから「やめろやめろ」と言われています(笑)

ジャケット自体が「激しい」ですよね(笑)

この当時のヒデキの曲はオリコンチャートレベルでは殆ど最高3位以内を獲っていて、その面ではピークでもあり、かなり充実した時期であったかと思います。

傷だらけのローラ  ('74.8.25 最高2位)

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記念すべき10枚目のシングル。

この曲も♪ローラーーーー、の絶叫があまりに有名ですね、

こんなに世に浸透する曲を連発する西城秀樹というこの歌手は、やはりただならぬものを「持ってる」なぁ、とつくづく感じさせられます。

1位を獲った「愛の十字架」のような自己陶酔型ソングとでもいうか。ある説明では「絶唱型」とありました、言い得て妙です。

段々と盛り上がってくる激しい曲の割には、ジャケットは意外とあっさりしてるのですね。

紅白に初出場した際に歌われていたのもこの曲です。翌年にフランス語版でも録音され、カナダのチャートでは2位を獲ったとか。凄すぎます。

 

…とまあ、今回は10作目までを書いてきましたが、この時点でまだ19歳、それまでにこれだけの印象に残る曲を世に放ってきたこの歌手の影響力の大きさには感服の一語です。

次の機会にはこの先の曲について書き綴っていきたいと思います。

2018年7月18日 (水)

JR新玉名駅 (熊本県玉名市)

熊本県玉名市のJR新玉名駅(しん・たまな)です。

玉名市ではJR玉名駅をupした事がありますが、前回の新広駅に続いて「新」のつく駅の御紹介です。

-JR新玉名駅
【路線】JR九州新幹線(博多-鹿児島中央間)
【開業】2011年3月12
【訪問】2018年1月
【1日あたり平均乗車人員】 605人/日 (2016年)
【近隣の都市駅(博多方面)久留米駅→3駅
           (鹿児島中央方面)熊本駅→隣駅 
※いずれも新幹線

●駅名標

2012年3月12日、東日本大震災の翌日に開業した九州新幹線の駅のひとつとして開業し、在来線のない「新幹線だけの」駅です。

隣駅の片側である「新大牟田」駅も新幹線のみの駅で、もう一方は県都・熊本駅で、「熊本駅まで1駅」は県内においてはウリだと思います。

しかし、九州新幹線は新幹線のみの駅も結構あり、実際ちょっと不便に感じる部分もあります。ここからでも玉名駅へ行くバスが頻繁にあるかというとそうでもなく、ここから直接行った訳ではありませんが、少々苦労しました。

という訳で、在来線で市の中心にあるJR玉名駅とは4km程も距離があり、接続性はありません。全くの別ものとなります。

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●時刻表

上の写真の駅名標とは別位置にあるもので、ここには時刻表が載っていました。

こちらは博多方面のものですが、朝こそ1時間に3本の時間帯があるものの、以後は1時間に1、2本程度で、1時間に1本の時間帯も長く続いていたりとか、少し時刻表を気にしないといけないかな、というレベルの本数でした。

1日あたりの乗車数が600人程度という事で、少々厳しいかなというところで、この程度の本数も無理からぬことかもしれません。

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●ホーム

2面2線でスタンダードな新幹線ホームという感じでした。

天井にものすごく凝った装飾があるとか、そんなものもこれといって見受けられず、普通に新しい駅のホームというのが感想でした。

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●いだてん

来年のNHK大河ドラマだそうで(知りませんでした)、ホームを降りたところのスペースに大々的に掛けられていました。

「日本マラソン界の父」と称される金栗四三(かなくり・しそう:1891-1983)は、ここ玉名の出身だそうで、彼を主人公とする大河ドラマが来年放送されるといいます。明治期以降のいわゆる現代ものとなると大河では1986年三田佳子さん主演の「いのち」以来33年ぶりですね、現代ものの大河嫌いではなかったので個人的には楽しみです。

この時の旅では、最初は今年の大河ドラマである「西郷どん」ゆかりの湯を訪ねたり、偶々寄ったここでは来年の大河の主役の生誕地にぶち当たったりして、妙に大河づいた旅となりました。

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●おかえりなさい

流石は熊本県の駅、という感じでお決まりのようにくまモンが居りました。

駅構内のスペースです。観光ほっとプラザ「たまララ」とありました。

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●Tampopo

という訳で、上の写真の右側に写っていたこのお店で昼ご飯かねがね頂きました。

南関温麺(なんかん・うーめん)というものを。温かいそうめんにネギとかあげとかの入った汁状の?もので、にゅーめんの延長上的なものですね。

新幹線駅構内にある飲食店では結構異色と思いますが、ここは薬膳料理的なものをコンセプトとしたメニュー構成になっていて、 「薬草ダイニング」と冠されていました。といってもそんな草っぽいものではなく、あくまで親しみやすいメニューだったと感じます。

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●駅前ロータリー周辺

九州新幹線で新規開業した駅の中には、このように駅前にもかかわらず何もない風景が広がっていたりとか、結構あります。

もちろん、街なかに新しい駅をぶっ立てるなど容易な事ではないので、こういう所に建てられるのはよく分かりますが、何もなさすぎて駅から徒歩移動する興味が萎える所が個人的には辛いところです。それに玉名駅とも距離がありますしねここの場合は。

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●新玉名駅 駅舎

2012年にできた新駅なのにこの古めかしい雰囲気は…??と二次元でこのように見ると余計に感じてしまいます。

駅名のある辺りなど「色褪せてるんじゃないか?」というぐらいのものでした。

これには意図があって「森の駅」にしてほしい、という願いが込められており、歴史を大切するとの想いから、あえて近代的な駅舎とする事を避ける道を選んだそうです。

しかし新幹線駅である事からやはり規模は大きいですね。1日600人ほどしか乗客利用がなくても、この規模はすごいですね、採算合っていないというか。

もうす少し玉名駅とのアクセスが良ければな、と実際に行った時に感じました。

単に熊本駅へ行くのに1駅ですぐ着くというのはメリットではありますが。

今のダイヤがこのままなのか、もう少し増えると便利になって利用者が増すのか…、、周りの開発がなされないとなかなかその辺りは厳しい部分があるのでしょうね。

しかし九州新幹線単独の貴重な駅、寄って見られる価値は十分にあると思います。

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2018年7月17日 (火)

JR新広駅 (広島県呉市)

広島県呉市のJR新広(しん・ひろ)です。

呉市ではJR呉駅JR広駅をupした事がありますが、前回記事に続く呉市の駅のご紹介です。

-JR新広駅
【路線】JR呉線(三原-海田市間)
【開業】2002年3月23
【訪問】2016年8月
【1日あたり平均乗車人員】 3,781人/日 (2016年)
【近隣の都市駅(三原方面)竹原駅→9駅
           (海田市方面)呉駅→2駅

●駅名標

広駅に「新」がついての「新」広駅です。

2002年にできた新しい駅ですが、利用者数は広駅とほぼ同数になっています。

呉駅までは2駅で、広駅から見て呉駅寄りの隣に位置しています。

2016年、広駅に寄った際と同じ日に寄ったのですが、ここには目的があって寄りました。

下蒲刈島へのアクセスとして、バス便が出ていたのでここへ寄ったのですが、それまで広駅と安芸阿賀駅間の約2.7kmのほぼ真ん中につくられた駅で、利用者数も広駅とほぼ同数という事で、この駅の出来た事で取り込みができているのでは、と思います。

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●ホーム

1面1線のみのこじんまりとしたホームでした。

すごく狭苦しい感じですね。この訪ねた時に21世紀にできた駅とも知らず、広駅に「新」がついたので、そこそこの規模の駅だろうと思って来てみたら、こんなこじんまりとしたものでした。

開業当初の想定では、1日2,400人程度の乗車人員を見込んでおり、最初の2年間ほどは1,000人そこそこでしたが、2004年度には2,500人となり、更にその後も伸び続けて、現在はこの想定の1.5倍程度の利用者数となっいます。

この為、みどりの窓口を設けたり、駅事務室を広げたり、設備の格上げ的なものがなされたといいます。ここへは2016年夏に訪ねましたが、みどりの窓口設置はその半年後の2017年2月だそうで、ちょっと訪ねないだけでも所々変わってしまう事をまたもや実感させられました。

広駅と同等の利用者数になるとは想定外の嬉しい誤算という訳で、再開発の関連文書にも「想定を越える」利用者数の事が記されていました。この再開発で、上の写真にあった狭いホーム幅も3mに拡幅するとありました。

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●駅前広場

ロータリーのついた駅前広場になっていて、タクシーも停まっていました。

ロータリーは最低限の形という感じで、そこに足を踏み入れて公園状になっているとかはありませんが、時計塔がつけられている分だけはお金かかってるかな、というところです。広駅ほどお金がかかっている感じではありませんでした。

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●新広駅 バス停

冒頭で、目的があった為ここを訪ねたと書きましたが、ここが下蒲刈島へ行くためのバス停、といいたいところですが、実はこのバス停ではありません。

この近くの「中国労災病院」バス停からのアクセスとなり、ここに来た時にその事を知らずにずっとこのバス停で待っていたら「来ないな…」と思い、中国労災病院前バス停である事が分かりました。難しいものです。

この時ちょっとした島巡りもしていたもので、瀬戸内の行ける島に行くという事もしていました、2つ3つ程度でしたが…。

ではこのバス停は…?というと、内陸部の北側や、海に沿っての南側ルートなどへの便で、ここからは島へ行けるものではありませんでした。

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●中国労災病院の位置

実は新広駅から離れた所にある、このバス停が下蒲刈へのアクセスか…、と訪ねてから知り右往左往しました。その病院が地図ではこの位置になります。

新広駅から真南に位置します。この病院の北側にバス停のアイコンがありますが、ここが正確なバス停です。

新広駅からでないと行けないなら、ここへ行くしかないのですが、広駅からでも反対方向の仁方駅前からでも行ける事が後から分かり、少々損した気分でありました。

とりあえず新広駅から下蒲刈島へのアクセスを…

(発)中国労災病院  ⇒  (着)三之瀬

所要時間 約30分

料金 460円

本数 1日約20便  日祝は16便

この時行ったのは三之瀬ではありませんでしたが、スタンダードなところとして三之瀬としました。実際に行ったバス停は「蒲刈支所」で、40分強かかり650円でした。

7時台から21時台に20便(日曜は16便)につき、30~60分に1本というところでしょうか。そこそこの本数があるので気軽には行けます。ただ目的地をどことハッキリ決めて行った方が効率良いですね、どこへ行く時もそうですが…。

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●新広駅 駅舎

駅舎の大きさだけなら広駅よりも大きいぐらいでした。

広駅のようにコンビニは入っていませんでしたが、キャッシュコーナーがありました。

まだ開業して16年という中で発展して設備の格上げもなされた駅に着き、今後の発展にも期待がかかるというものです。

今は、呉線時代が豪雨災害により列車が運行されず、駅として機能していない状態ですが、一刻も早い復旧を願うばかりです。

以上、新・広駅でした。

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2018年7月16日 (月)

JR広駅 (広島県呉市)

広島県呉市のJR広(ひろ)です。

呉市ではJR呉駅をupした事がありますが、これに続く呉市の駅のご紹介です。

-JR広駅
【路線】JR呉線(三原-海田市間)
【開業】1935年3月24
【訪問】2016年8月
【1日あたり平均乗車人員】 3,929人/日 (2016年)
【近隣の都市駅(三原方面)竹原駅→8駅
           (海田市方面)呉駅→3駅

●駅名標

「広」だけです。

名古屋では、名古屋駅の事を「名駅(めいえき)」といいますが、広島の場合は広島駅とは別にこの「広駅」が存在します。隣駅のしんひろは新・広駅で、2002年に開業した新しい駅です。

昔、JR時刻表で「広1710」のような記載を目にした時に、「広島駅に17:10に着くのか…」と思っていたのですが、広島駅の事ではなかった、と知ったのがこれより何年も後の事で、それも広島市内になく、この呉市にあるとは…で二重の驚きでした。

この駅名「広」は、この地が広中町という地名からきており、広島とは無関係のようです。

そして今、この駅のあるJR呉線は先日の豪雨災害で全線不通となっており、電車が走っていない状態です。代替バスすら困難な状況でしたが、明日7/17(火)から代替バスが運行されるとJRから発表がありました。 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180715-00000062-jij-soci

2010年にも豪雨災害で土砂崩れが発生し、運休となった呉線ですが、この時は1週間程度で再開されたものの、今回は少し長引きそうですね。一刻も早い復興を祈るばかりですが、周辺の皆さんの暮らしが早く元に戻ってほしいものです。

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●もひとつ駅名標

これはJRの正規の駅名標以外にあったイラスト付きのものです。

この絵は朝鮮通信使を表したもので、この呉で陸続きになっている「下蒲刈島」がその通信使の寄港地であったといいます。もっともこれは広駅が最寄りではなく、2駅東の仁方(にがた)駅の方が近いですが…。

下の地図で本州の南端に沿っているように走っているのが呉線なのですが、今はこの全線が運休されており、豪雨災害による影響の大きさを改めて感じさせられます。

しかしこうして見ると本当に瀬戸内は島が多いですね。

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●ホーム

端っこしか撮っていませんが、2面3線の構造となっています。

向こう側に黄色い電車が停まっていたりして、多くの留置線を持っています。

呉線でも当駅発着の便が多くあり、呉線の交通上の拠点駅の役割を担っています。

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●駅前ロータリー

市の中心駅ではありませんが、立派なロータリーを構えた駅前になっています。

石積みでちょっとずれながら建っている時計塔が印象的です。

向こうに見えている「洋服の青山」呉市広店は、当時全面改装中で建物全体が覆われていましたが、それでも店名の下にありますが「営業中」でした。その後どうなったか見てみるとこの翌月2016年9月にはリニューアルとして外装の柄も変わっていました。

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●駅前

普通に幹線道路が見えて車が活発に行き来している駅前です。

前述の紳士服店が入口だけ開けて営業していたのが…。

沿線駅でも駅前の表情がかなり違っていて、ここはそういう意味ではかなり都会的な部類に入ると思います。

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●広駅 駅舎

隣にセブンイレブンを併設する形の駅舎となっています。

当時は2016年で既に開業済のセブンイレブンでしたが、2014年には未開業であったといいます。結構最近にできたのですね。昔はハートインだったようですが。

コンビニを含めれば横長のやや大きな駅となるかもしれませんが、コンビニスペースを除いた純粋な駅スペースでいえば、かなりこじんまりした駅になります。

広島のアーバンネットワーク的なエリアの東端にあたるこの駅、今は災害により機能していませんが、一刻も早い復旧を改めて祈念するところです。

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2018年7月13日 (金)

ゆいレール/おもろまち駅 (沖縄県那覇市)

沖縄県那覇市のゆいレール/おもろまち駅です。

那覇市では同じくゆいレールの那覇空港駅をupしていますが、これに続いての駅紹介となります。

-沖縄都市モノレール(ゆいレール)おもろまち駅
【路線】
沖縄都市モノレール線(那覇空港-首里間)
【開業】2003年8月10日
【訪問】初訪問-2013年1月
【1日あたり平均乗車人員】 5,624/日 (2017年) 
【近隣の主要駅 (那覇空港方面) 県庁前駅→4駅
           (首里方面)首里駅→4駅

●のりばへ

計画当時の仮名は「真嘉比(まかび)」という駅名でした。

那覇空港から現時点約12km続いている「ゆいレール」の路線ですが、この駅はその那覇空港から約9kmの所にあります。終点の首里までは4駅というところで、この路線の駅感は大体1kmあるかどうかにつき、何駅分かなら歩いてでも全然行ける感じです。

ダイヤ的には1時間に6本の時間帯が最も多く、10分に1本来るような感じですね。ちょっと待ってたらすぐ来るくらいな感じで、便利です。沖縄といえばこのゆいレールが開通するまではバス頼みの状況でしたが、この路線の登場で、その辺のウエイトも変わってきたのでしょうか。この時、鉄道開通してから初めて来たのですが、そんな事も感じましたね。

「おもろまち」と平仮名表記してあり、地名としても平仮名表記で存在していますが、これが公募で1999年につけられたといいます。確かに昔は全然聞いた事がなかった名前です。

「おもろ」とは沖縄の方言で「思い」だそうです。で、この辺りは「那覇新都心」と呼ばれるエリアの中にあります。

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●電車とホーム

ゆいレールは基本モノレール型で駅も高架となっており、線路というより真ん中のレールを跨ぐ形で電車が進んでいます。

ホームは2面2線あり、これも大体の駅がこの構造です。

屋根が電車の上にはあって、真ん中の部分は雨ざらしで骨組みがいくつも通った形となっています。

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●レールのカーブ

こういうモノレール形式の駅からの眺めで独特なのが、このレールの続いていく感じです。このようにカーブが激しいと更に絵になっていい感じです。その周りに広がる街の景色とも相まって撮りごたえがある、そんな感じです。

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●泡盛の壺

駅の構内に置かれていました。

沖縄といえば泡盛。

100%天然醸造の蒸留酒…なる記載がされていました。飲み口爽やか、酔いざめスッキリとも。しかし度数は強烈に高いものもありますよね、よく飲めるなと思ってしまいますが…。

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●駅ペデストリアンデッキ

2F出口からずっと長い通路が続いています。

大体の沿線駅は高架ホームから降りて出るだけですが、ここの場合は2F通路および広場スペースが取られていて、他の駅とは一線を画すような規模の大きさを感じました。

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●おもろまち駅 駅舎

こうして見た限りでは、他の沿線駅舎とおんなじ構造です。違うのは2F通路から出て長く伸びた通路と広場部分で、さすが那覇副都心だけの事はあるなと。

ショッピングセンターをはじめ、映画館や数々の飲食店など那覇の新しいアミューズメントの顔としての役目を果たすこのエリア、那覇で楽しむのは国際通りだけではない、というところをもっとアピールされていてもいいのかなと感じました。

近年できた那覇市役所の新庁舎は当初この辺りにできる予定であったものが白紙撤回され別の地に建つ事になりましたが、そこは副都心、今後の発展を祈念するところです。

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2018年7月11日 (水)

宮城/大崎 東鳴子は勘七湯!




宮城県大崎市、東鳴子温泉の宿泊記です。

(2017年5月当時)

●勘七湯 入口

東鳴子温泉に立ち寄った際に泊まった宿がこの「勘七湯」です。

宮城県内を旅していて名取→気仙沼ときて、どこへ泊まろうか?となった時に、どこか温泉地となり、鳴子か東鳴子となり、東鳴子からこの宿を選んだという具合で、当日予約で入れました。

JR鳴子御殿湯駅から徒歩約3分、東鳴子温泉街の中にあり、この写真の向こうが鳴子御殿湯駅になります。

この真ん中に見えている建物に「勘七湯」の看板がありますが、泊まったのはこの建屋ではなく、この建物の手前の路地を入った所にあります。

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●正面

この向こうにある建物が宿泊時に当てられた部屋のある方です。

この手前側の建物は今は宿泊には利用されていないようでしたが…

建物自体にかなりの年季が見られますが、創業は天明年間の1784年で、現在の御主人で7代目だそうです。HPはコチラ

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●玄関付近

路地を入った突き当たりに泊まった宿の建屋があるのですが、その玄関口周辺です。

集中下駄箱方式で、ここで靴を脱ぐこととなります。スリッパに履き替えて上がります。

玄関のすぐ先がフロントで、御主人が出迎えてくれました。

朝食だけのプランで予約したのですが、朝食は部屋まで運んでくれるというので、時間を指定して運んでもらう形でした。夕食は付けていなかったので、各自という形になります。

コンビニは近くにはなく、鳴子御殿湯駅を越えて結局1km程歩いた所にありました。食べに行く場合は、徒歩2,3分程度の所に「千両」という食堂?がありますが、夜だとここくらいしか空いてないようです。近くにミニスーパーはありますが、夜閉まるのが早くて少々残念です。

コンビニはやや遠いですが、歩いて買い出してきました。戻ってきた時に宿の御主人とばったり出会ったのですが「言ってくれれば車で送りましたのに」と。宿に入る時にもそんなような事を言っておられた気もしますが、そこまでして頂くのもなんだし、夜でも街並みを感じたかったしで、敢えて歩いて行きました。未知の地の夜の1kmは結構遠いものでした。

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●食堂 千両

ここが東鳴子で唯一と言ってよいレベルで夜も開いている飲食店です。

駅を越えて反対側にもいくつかお店自体はあるようですが、明確に夜でも営業している事を感じられたのはこの店だけでした。

結果的に行きませんでしたが、ラーメンやトンカツ定食などがあるようです。

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●館内

階段を上がって(エレベータもあります)こんな赤いじゅうたんの館内でした。

外観渋めなのに、中身がこんなビビッドだとは!

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●宿泊部屋

「やまぶき」という部屋での泊まりとなりました。

ちなみにこの時の宿泊料は¥6,720でした。旅館のサイトを見ると、2食だと1人利用では9,000円台からとなりますが、この時は1食の利用だったというのもあるかもしれません。リーズナブルな面も本当に助かりました。

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●共同キッチン

泊まった部屋はバスはおろかトイレもなく、キッチンは部屋の外にこのような共同式で大きめのものがありました。お湯を沸かして飲み食いする場合はここで沸かす、という感じですね。

自分の泊まった部屋からだと、廊下を隔ててほぼ真向いにありました。

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●ホテルキー

懐かしい感じの重量感あるアクリルのルームキーです。

部屋の一角に差し込んで電機代わりにするようなイマドキのキーとは全然違います。昭和の末期か平成の初期か初めてひとりで宿泊した時に持ったルームキーの重厚っぷりときたらありませんでした、ちょうどこんな様なキーでした。

東鳴子温泉、とありますが、鳴子温泉に比べるとやや穏やかで賑やか度もやや低いかなという感じです。温泉宿の軒数はそこそこありつつも何故かその割に静かな温泉街で、不思議な雰囲気でした。温泉利用客が行き交うなんてシーンは皆無で、荒涼としてちょっと怖いくらいでした。

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●くるみゆべし

温泉宿必須アイテムともいうべき、ウェルカムお菓子です(笑)

それがこの「くるみゆべし」。これがそれにあたるか分かりませんが、鳴子ゆべしなんてのもあるそうです。ちなみにゆべしを変換すると「柚餅子」となります。

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●部屋内

ちょっとこじんまりとした部屋でした。

和室で布団が敷いてあると嬉しいですね。

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●ふすまの向こう

窓までのこじんまりとしたスペースですが、くつろげました。

椅子がフカフカでちょっと派手っぽくて印象的でした。

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●おふろセット

勘七湯の文字が入った浴衣やバスタオルがありました。

館内にお風呂がありますが、24時間入浴可能です。

大浴場はそれほど大きいものではないですが、室数がそんなには多くなく、和室が33室とありますが、この日はそんなに埋まっていた感じではなかったと思います。そこそこ宿泊客はいましたけど。

そんな訳でお風呂は割とのんひり入らせてもらいました。

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●朝は部屋食

最後の写真はコレです。

チェックイン時に時間指定していましたが、朝8:00頃に部屋に持ってこられました朝食です。

思えば部屋まで食事を持ち込んで頂いたのは、この時初めてかもしれませんでした。

いい感じの和定食でした。朝からありがとうございました。

という訳で、この朝食を頂いて程なく、チェックアウトさせて頂き西へ、鳴子温泉側へとのんびり歩いて行きました。

東鳴子温泉街は、鳴子御殿湯駅の両側でちょっと性格も違う感じなので、その辺りも別記事でお伝えできれば、と思っています。

以上、東鳴子 勘七湯でした

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2018年7月 8日 (日)

鹿児島/霧島② 姫城温泉の湯めぐり


鹿児島県霧島市、鹿児島/霧島 西郷どん湯~湯のリレーの続編です。

●泉帯橋

「せんたいばし」と読みます。

前回の日当山温泉センターでお湯につかってから県道472号線を東へ、この橋を渡って別のお湯を目指します。

単なる大き目の橋かと渡っていくと、西郷どんに関する説明板がいくつか掛けられていました。

明治初年に坊主頭になって、おばあさんに「お寺を持っとるか?」と聞かれて西郷どんが答えたのが「桜島を持っとる」と答えた、と書かれてありました。

どこの郷村にも一定数いるような凶漢が襲ってきても、実に悠然とした態度で、その器量の大きさを語られるものもありました。

西郷どんエピソードに興味のある方には楽しい橋だと思います。

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●天降川

泉帯橋が架かる川がこの天降川です。

天降川は「あもりがわ」と読みます。「あもりがわ」と打ったら「天降川」が出てくるのでビックリです。

二級河川で約42kmの川ですが、アユの稚魚の漁獲高は日本一とありました。

左側が前回記事の日当山温泉にあたる部分で、右側がこれから目指す姫城(ひめぎ)温泉側です。姫城温泉は広義の日当山温泉郷の括りには入りますが、狭義では別物という扱いのようです。

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●姫城温泉バス停

泉帯橋を渡った直後にあるのがこのバス停です。

この向こうへ、国分駅へ行く便が1~2時間に1本程度の間隔で出ています。あまり便数が多くないので、利用する時はチェックが必要です。

このバス停ではありませんでしたが、この辺りのバス停で時刻表をチェックして結果的に国分駅へ行く事となりました。その際に「乗換案内」が大いに役立ちました。最近の乗換案内はバス路線にも対応していて実に有り難いですね。これが分かるようになってからバス利用する事が増えて、うまく利用できるようになったと思います。

しかし、温泉と書かれたバス停の割にパッと見渡してそれらして雰囲気が感じられず、ホントに温泉あるのかな??と半信半疑で歩を進めました。一応Googleマップに従って歩いてはいましたが。

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●日本湯小屋物語

上の写真のバス停から向こうへ(東へ)歩いて程なく、左手にこの建物が見えました。

「日本湯小屋物語」

よく「〇〇温泉 ○○の湯」的なタイトルのものを見かけますが、そういうのとは全然違っていて、また最近できた新興のものとは違って、昭和46(1971)年に創業されたという歴史のある日帰り温泉でもあります。何度か改名している為、今の名前になったのは2011年、創業40周年を記念してとの事でした。

営業時間は10:00~24:00です。

単なる共同のスーパー銭湯というより、時間制の貸切風呂いう感じで「家族温泉施設」と謳われています。その為料金も割高で、この時入るかどうか迷いましたが、まず待ち時間ありの状態でもあったので、自販機コーナーでゆっくりアイスだけ食べてここを後にましした。予約を入れておいた方が良いですね。

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●次の場所へ

日本湯小屋物語を出てすぐの所ですが、もう次に行く場所が左端に見えてきています。

前回の日当山温泉の方からだと、徒歩でいくつも温泉に行けるという意味で廃れたとはいえ温泉郷であり、贅沢なエリアかもしれません。

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●花の湯

先程の日本湯小屋物語のお風呂は断念して、ここ「花の湯」へは浸かりにやって来ました。

すぐ先にあるので、どっちかに入れればいいかなというところですが、この日二度目の入浴となりました。ここは普通にスーパー銭湯のスタイルです。

こちらは9:00~22:00の営業で、料金は500円です。スーパー銭湯スタイルでは安めではないでしょうか。

この日二度目の入浴とはいえ、最初の日当山温泉センターでは髪も身体も洗えなかったし、入浴以外の施設が何もなかったので、ようやくまともな入浴ができたかな、というところです。個人的に単に入浴だけでなく、マッサージ機や食事を楽しむのも温泉に入った時の楽しみにしているので。

とにかくここで少々長居して、ここからバス停に出て、元来た隼人駅ではなく、霧島市のもう一つの中心駅的存在の国分駅へ行く事となりました。(どちらでもよかったのですが、駅へ行く便が国分行きの方が早かった為です)

この辺だけでもそれなりの温泉施設があるこの霧島市、もっと北の霧島温泉郷まで足を延ばせばもっと楽しむ事ができます、今度はこの辺りにも行きたいものです。

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2018年7月 7日 (土)

鹿児島/霧島 西郷どん湯~湯のリレー

鹿児島県霧島市、鹿児島県で第2位の人口を誇るこの街で霧島温泉郷周りを旅したのは今年初めの事でした。

(2018年1月当時)

●隼人駅前

元々の目的は、今年1発目の旅として、霧島温泉郷をまず巡って後は成り行き…という感じでJR隼人駅までアクセスしてきました。

着くや、歓迎看板に「西郷どん ゆかりの地 隼人へ」とありました。

そういえば今年の大河ドラマは「西郷どん」じゃないか!とここへ来て初めて思ったもので、全然意識していませんでした。単に、今年初の旅どこへ行こうか??今年初の温泉浸かりとして霧島温泉郷あたりを巡って、後は成り行き任せ…くらいにしか考えていませんでした。そして結果的に霧島温泉までは行きませんでしたが…。

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●ひなたやおま温泉

「日当山」温泉と表記します。

隼人駅の隣駅もまた日当山駅といいますが、まるまる1駅分歩いてきた格好になります、距離にして約3km。バスで行こうとしていましたが、待ちきれずに何度もバス停を横目に見つつ歩いてきてしまいました。

この間、霧島神宮への道がありましたが、1月2日初詣真っ盛りで、混みまくっていました。そういう意味でもバスを選択しなかったのは良かったですが、歩きは正直疲れました。

ここは霧島温泉郷の中に入るのかと思っていましたが、そうではないようで、霧島温泉郷はもっと北側の奥まった所のようです。

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●県下最古の温泉地へ

霧島温泉郷までは至らずも、この日当山温泉郷を愉しむ事としました。ここは鹿児島最古の温泉地であり、西郷どんが愛した温泉地であるという事で、そういう面での楽しみができるかなという事で。

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●日当山商店街

上の写真での幹線道からそれて、少しひっそりとした感じの商店街と思われる通りへ。

ここを日当山商店街というかは分かりません。一応道路標識に沿って出てきて、街灯に店名看板が並ぶ格好の通りになっていたので、そうではないかと思いますが…。

往時はもっと商店街として栄えていたのでは…??と思わせられる雰囲気も確かにそこかしこに感じたりはしましたが…。

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●西郷どん愛用の宿

という文字と、あの豪快な肖像画と共に建物が見えてきました。上の写真の商店街からまた少しだけ逸れる格好になりますが「日当山西郷どん湯」とありました。この2018年幕開けの時期になんとトレンディーな?!所に行き着いたのか!!西郷隆盛は温泉がかなり好きであったようです。

この旅館は素泊まりナント¥1,800で泊まれるのです。

普通の和室のようでエアコン等もあるしという事です。ただ、近くに食べに行くような所がないので、上の写真の幹線道まで出れば何かあるかな?という感じかと思い、もし泊まるなら予め食べておくか、コンビニで買い物しておくか、だと思います。

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●共同湯

上の写真の「西郷どん湯」の旅館の道を挟んで真向いにある共同浴場で、こちらは日帰りでも利用できます。向かいの旅館の利用者もお風呂は、道向かいにあるここを利用する事となります。

右が女湯、東が男湯で、利用料は250円です。

実はここには中へ入っていませんが、かなりこじんまりした感じで普通に銭湯という感じの写真が載っていました。湯船は2つあるようです。

温泉の紹介として日当山唯一最古の天然温泉である事が記されています。そして征韓論に敗れて下野した西郷隆盛が度々寄った事も。釣り糸を垂れ、狩猟に汗して、と自然児らしい生き方をして、この温泉にも立ち寄っていたようです。

ちなみに「西郷(せご)どん」とルビが振ってあります。今年大河ドラマが放送されるまで普通に「さいごうどん」しか読み方がないと思っていましたが、地元では「せごどん」というんですね。全然知りませんでした。

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●次の場所へ

西郷どん湯を離れて、次に行こうとしたのはこの看板に出ている所です。

「日当山温泉センター」

西郷どん湯からは直線距離では100mもない所にあり、ちょっと回り道しながらで100m余りでしょうか。

一応、温泉宿がこの辺りに2つある事になり、この辺りは温泉街という事になりますかね。

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●日向山温泉センター

上の写真から横道それて程無く着きました。

ここも西郷どん湯ほどではないにしても宿泊料自体は安価です。素泊まりだと¥3,500で食事がつくごとに増える形ですが、ここだと食事は確保できるのが良いですね。

ちなみに日帰り入浴は、西郷どん湯と同じ250円です。朝8時~夜10時とありました。

ここには入りました!

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●脱衣所

入口玄関入った所が旅館フロントであり、日帰り入浴の受付でもありますが、常駐している感じではなさそうでした。宿の案内の方もされているようでしょっちゅう無人になるようです。

受付で支払済ませるとフロントから案内されてここまで来る事となります。

鍵のかかるロッカーがないので、そこのところは要注意です。フロントに貴重品預けるかぐらいと思いますが、常駐していないのもちょっと怖いと感じました。

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●脱衣所2

右側に隠れている部分にトイレがあります。

ぶら下がり健康器!には、たまげました。現物を見たの実に久々でした。

脱衣籠の数もあんまりなく(利用者が多くないのか…)、広々としたスペースになっています。

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●浴槽部

誰も居なかったので撮りました…

下の写真の2枚目の右側の高い岩肌と、いくつもの大きめの石のところの細長い部分、これのみが浴槽スペースです。

左側の部分は身体洗いのスペースとでもいうか、という感じですが、シャンプー・ソープの類は置いていないし、蛇口が左向こうに2つあるのみです。シャワーもありません。

下の写真の一枚目の左奥に石で仕切られた部分がありますが、ここには水もお湯も何も入っていませんでした。

3枚目の写真にちょっとして説明板がありましたが「熊襲風呂」と書いてありました。熊襲とは神話記紀(古事記や日本書紀など)でヤマト王権に抵抗する(九州南西部の)人々とありました。

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●西郷さんの崖

日当山温泉センターの敷地内にある崖です。

これも西郷さんがらみという事で、この崖で草鞋を作っていたとありました。

当時は宿などなく、家人同様の扱いであったとか。

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以上、日当山温泉として西郷どんの湯から、温泉センターまでのところでした。

福岡/行橋 ゆく橋くる橋 正八幡宮

福岡県行橋(ゆくはし)市、JR行橋駅からの歩き旅です。

(2011年3月当時)

●APA HOTEL

訪問時に泊まったホテルです、

行橋市は福岡県でも東部にあり、小倉からは南に位置し、この辺りにホテルなんかあるのか??と思いつつ探してみたらあったので、ここに停まって翌朝散策したものです。

アパホテルは福岡県内には現在10店舗あり、この行橋駅前のAPAはそのうちのひとつです。

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●おいなりさん

駅近くにあるこのお稲荷さんは「正八幡宮」と幟が出ていましたが、これが実際にここの名称です。

境内周りが溝になっていて、お稲荷さんの色である朱塗りの欄干で橋が架かっていました。行橋でいきなり「橋」に出会いました(笑)

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●拝殿

正八幡宮の拝殿です。

平安初期の860年が起源とされている由緒正しき宮です。

戦勝祈願からのちには領内安堵までその役割を時代とともに変えつつ参拝祈願され続けたお宮でもありました。

願いをみちびく戦いの神、として長きにわたり信仰/崇拝され、その範囲は豊前一円にまで広がっているといいます。

今時季でいえば七夕祭が7/7に開催されています。

下側写真の拝殿と直角に位置しているのは「参集殿」です。

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●御神木

本殿の右手前にある大きなクスノキが御神木で、樹齢約350年といわれています。素朴な疑問として、この樹齢350年はいつ400年とかに変わるのか??と思いますね。いつまでも350年と言われていたりするかも?と。正確な誕生年が分からないと、そういう事になるのかな?と。

ちなみにここの境内には大きなクスノキが多数あります。

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●玉

「むすび玉」と呼ばれる玉がありました。

水に浸かった形でこの大きな玉がクルクルと回ります。ボウリングの球のようでした。

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●そしまた、橋

行橋だけに(笑)

それで「行橋(ゆくはし)」の地名由来は??と調べてみると…

行事(ぎょうじ)大橋(おおはし)の合成地名だそうです。その漢字を行と橋を合わせて、読み方まで変えて「ゆくはし」にするとは…

何かの橋に因んでの命名かと思っていましたが…、しかし大橋ということはこちらに橋があったのか…??この大橋という地区は宿場町として賑わっていたようです。

橋のついた由来まではよく分かりませんが、この反った石橋「ねがい橋」は情緒溢れた大変印象的なものでした。

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●十二支(えと)めぐり

この正八幡宮では「干支めぐり」というのがあり、御神木の周りに十二支のお社が祀られていて、参拝者の干支の社にお参りできるシステム??がありました。

という訳でしたがの写真には、戌と亥がありました。

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●荒ぶる狛犬

神社に行くと、それぞれ狛犬の表情や恰好が違うというもので、それなりにまとまった格好をしていればあまり気づく事はないかもしれませんが、これはちょっと目を止めて見てしまうのではないでしょうか?身体の反り具合に口の開け具合にと。

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●境内

正八幡宮の様子に終始したこの記事となりましたが、境内の一角はこんな感じです。

行橋駅からほど近いので気軽に歩いて寄れます。

干支めぐりはちょっとユニークで、自分の干支の祀られている所を、願いを込めてお祈りするのは良いかもしれません。

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2018年7月 6日 (金)

アンジュルム香港公演参戦記(2018.6.30)

2018年6月30日、アンジュルムの「アジアツアー」2日目となる香港公演に参加してきました

このツアーは6/29韓国から、6/30香港を経て7/1台湾と3日連続で3ヶ国を回り歩くというツアーで、この中日に当たる香港公演。会社を休まずに行こうと思ったら、この公演に出るしかなかった、それが最大のポイントでした。

参加を決める前にまずチケットが問題でした。

サイトから予約してもコンビニで引換しないと…などと載っていたのでハードル高いな、と思っていました。おまけにカード払いでJCBは対象外という事で、JCBカードしか持っていない自分にとっては、その時点で門前払い食ったようなものでした。

こうなったら…

代購サイトに頼るしか

という事で「ES JAPAN」 という代購サイトをみつけ、迷った挙句にアクセスしました。

代購サイトは数多あり、騙される事も覚悟で半信半疑、まずはTwitterアカウントがあったので、ここからアクセスしてリプで確認してみました。そしたら少し間があったものの「あります」との返事、よしこれでアンジュルムのチケットを買おう!と決意しました。

チケット代がまず880HKD。日本円だと…??×16として、14,000円??高っ!!

香港ってそもそもコンサートチケット高いの??ライブハウスに\14,000って!!

でもって、この代購サイトは\19,500+手数料\2,000のしめて\21,500なり…

現地で引換しなくてよいチケットが手に入るなら背に腹は代えられない…、金に糸目はつけず購入手続きを取りました。

すぐには反応なく、気長に待つつもりでしたが、ちょっと待っててヤバいかな??と思った矢先にチケット取った連絡が!番号だけ聞いて404。?400番台?ライブハウスで400番台って見えなくない??と不安でした。

そしてまた数日経ってチケットが発送された連絡がありました。じきに届いたのですが、宅配便で届き連日の不在通知により受け取れず。このまま1週間も放置したらせっかくとったチケットが水の泡に…それだけは避けるべく運送会社の事務所に直接タクシーで乗り込む事となりました。またまた背に腹は代えられずで…。

なんやかやありましたが、無事にチケットをゲットするに至りました。ES JAPANさんありがとうございました。

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チケットが届いてからというもの、あっという間に日が経って飛行機もホテルもドタバタで間際に取りました。

あっという間に前日が来て、6/29(金)この日は一旦帰宅してから晩に前泊で大阪府岸和田市へ。関空を午前に発つ時には大抵この岸和田で泊まる事にしていますが、南海/岸和田駅前の「ステーションホテルみやこ」へ。ここがMY常宿です。朝は6時までロックされているので早朝出発時は要注意です。

【飛行機】

CX567便 9:20関空発 ⇒12:20香港着 

本当は前夜の便にしたかったのですが、早朝についてもなんだなと思い、翌朝の極力早い便であるこちらを選びました。CXはキャセイパシフィック航空ですが、この便は日本航空(JAL)とのコードシェア便です。

帰りはこれと対??になるCX568便で帰りました。沖縄に台風が来ていてこれを避けるルードで飛ぶって事で11:40発予定が1時間半も遅れて、香港空港に着いてから帰宅まで半日かかってしまいましたが…

両替は\30,000もしましたが、これはグッズを買う事を想定してでした。しかしグッズは目当てものがまるでなく、両替したお金は殆どが交通費に遣われ、しかも少額に終わってしまいました。

今年初の海外、直前まで実感が湧きませんでしたが、こんな感じであやちょFSKと共に日本を出発しました!

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行きの飛行機の機内食です。

Congee?キノコ粥みたいなのに魚の肉団子??みたいな、いい感じのメニューでした。

しかしここで水分を撮りすぎてしまったせいか後でえらい目にあってしまいました体調崩したとかではないのですが…。

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香港国際空港に着きました!

これは天井の様子。

ホントに大きな空港です。

2年半ぶりの香港、今回は1泊で24時間も滞在しない「弾丸」です!

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香港空港に着いてからの話と時の経過は色々あった訳ですが、ここではアンジュルムのライブ参戦がメインにつき、過程は端折ります。

今回のライブ会場である「九龍湾国際展貿中心」の建物の入口で「E~MAX」とありますが、この建屋内の「Music Zone@ E~Max」が会場です。

香港地下鉄であるMTRの駅からは少し距離があり「九龍湾」駅が最寄りですが、歩いて10分強かかり、利便性が良いとは言い難いです。

また、MTRも「九龍」の名のつく駅は多いので要注意です。「九龍」もあれば「九龍塘」もあり紛らわしいので。

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紆余曲折あり、あまり早くに着けなかった現場では、会場階でグッズを細々と売っていた感じでした。ミュージックCD/DVD関係が数種と後はTシャツやバッグくらいで生写真は全く見られず、けっこう買う事を想定していましたが、1銭も1HKDも出しませんでした。そういえばそこで売っていたCD/DVDが現地版でしたが「泣けないぜ…共感詐欺!」の"共感詐欺"の部分が「同情詐欺」と表記されていて、現地ではそのような表現になるのか!と思いました。

ライブハウスなのにスタッフが扉を開け閉めさせては、思いっきり音漏れしていました。

しかしここまで来ても、結構時間迫っててもヲタクが皆無で、まさかコンサート明日でした…ってなるんじゃないか??と勝手に不安に思いつつ上の階が賑わっていたので行ってみたら居ました居ましたヲタクの群れが!何百人とないレベルで。しかも見る限り、殆どが現地の方々のよう…。正直自分みたいな日本からはるばる来たのが結構幅を利かせてるんじゃないか…と思いましたが、話し声から日本語を拾う方が難しかったです。

香港にこんなにヲタクさんが居たのか!それが新鮮な驚きでした。言葉が分からなくてもこんなにハマれるのか!という感じで。

それでもって、このウチワをもらいました!ヲタ集団を見つけた時にみんなが悉く手にしていて、また配っている気配も既になく、「遅かったか…貰いたかったな」と思っていたら配っている方を発見!現地の方のようでしたが、無言で(笑)もらいました。

いいですね「ANGERME 香港に来てくれてありがとう」

周辺に各メンバーとこれに因んだ形でキャラとして描かれていました。元メンバーのあいあいも本当に「天使」になってしまっていましたが、存在していました。おでんくんがそのまますぎて(笑)

そして裏面は表面のキャラの真裏の形で影のように描かれていたところがまた凝った感じでした。

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チケットの番号はあったものの番号通りに並んでいるのかも怪しく、至極適当に並んでいた感じでした。もぎりの方も番号まで見ていたのかどうか…

入場時に手荷物検査があって、カバンの中をミニライトで照らして見られました。ドリンクはありませんでした。

写真についてはライブ中はNGで、これは開演前ですが、この時とアンコールの時のメンバーが出ていない時は、周りもバシバシ撮っていました。この辺はちょっと日本と違うところかも。

会場はキャパ600との事でしたが「広っ!」が第一印象で、もっと入るだろって感じでした。前から2/3くらいはキュウキュウに埋まって、うしろ1/3くらいはかなりスペースがあって、ゆったり見れていたのでは、という感じでした。会場いっぱいに埋まらなかったのは残念でした、次に繋がるのかどうか…。でも数はそこそこいたとは思います。

「ほーんこん、アンジュルム!」とコールが始まって、少しずつそれが広がって、そんな盛り上がりをしながらライブ本編が19:00に始まりました。

最初の曲は最新曲「泣けないぜ…共感詐欺!」。曲がかかるや「ウォーーー!キャーーー!」とそれはもうすごい歓声が湧きまくっていました。日本のライブにはない盛り上がりで、ヲタクとしての原点を思い出させてくれるようでした(笑)

その後も曲がかかるや「ウォーーー」と大ヒット曲がかかった時のような大歓声がどよめきまくっていました、これが海外公演か!と思い知りました。香港のファンの方は日本にライブを見に行っていれば、生で見た事があるでしょうが、日本へ出る事がなければアンジュルムのライブを生で見る事がなく、動画でしか見た事がない訳ですから、それはもう待ち遠しかったでしょうね。その気持ちの表れがもものすごい大歓声なのかな、と。その盛り上がりに乗じてこちらも自然とあげる声が大きくなっていました。

3曲ほど終わったところでメンバーが広東語?で挨拶、ほぼみんな手に書いたカンペを見ながら喋ってましたが、やはり難しそうでした。通じないのか観客側がキョトンとなったり、ちょっと通じたらワー!と盛り上がっていましたが、逆にこっちは全然分かりませんでした。

「愛さえあればなんにもいらない」が久々にワルツを踊るシーンが見れて良かったです、ここでタケちゃんとかっさーが踊るシーンが楽しそうすぎて毎回見入っていたものですが、今回もそっちへ目に行ってしまいました。

「魔女っ子メグちゃん」は選曲が意外だったのかこれまた大歓声、この曲といえば間奏中に「むろたん」が足を高々と上げるシーンがオリジナルのMVにはありますが、今ライブで見せているのはむろたんと、このMVリリース時にメンバーではなかった「かわむー」がツインで足を高々と上げる体制となっており、これが両サイドから繰り広げされているもので、この部分の迫力も倍増以上のものになったのではないか?と思います。

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MCは質問コーナーで、観客側からアンジュルムのメンバーへの質問、という超絶レアなもの。これも海外公演ならではですね。現地語でも質問できるように通訳の方がついて回る贅沢さ。「七転び八起き」衣装を着た、タケちゃんヲタ(4、5人ほどで青のペンライトを持っていた)の団体さんが質問してたりしました。

看板曲「大器晩成」はめちゃめちゃ盛り上がったのは言わずもがなですが、この時のあやちょのソロバート♪なににも~、の声の張り具合はこれまで聴いた中での最高値だった気がしました。

もうホント、あっという間にラストナンバー!ってタケちゃんのシャウトが来て、早かった事。

アンコール明けの一曲が終わった後、スマイレージ初期のナンバー「シューティングスター」のフレーズを皆で大合唱して 「あやちょ!」「ブラボー」のコール&レスポンス。香港まで来てこれがまた出来るとは!!あやちょが大感激していて「私がいるうちにもう一度来たい」と高らかに宣言していたのも印象深かったですね。

欲をいえば最後は「友よ」で締めてほしかったですが「君だけじゃないさ…Friends」の元バージョンが久々に見れて、それはそれでよかったかなというところでした。

圧倒的な存在感は日本でのパフォーマンスそのままで、これに通常以上の熱気盛り上がりで、本当に来て良かった、それ以外の言葉がなかなか見当たりませんが…

最後はハイタッチ会で「ありがとう」と言いながら出て行きましたが、剥がしは日本と一緒だな、と(笑) めちゃくちゃ感激して出てきた現地のヲタさんの顔も何人も見ました。会場の外では「あやちょ」とか「ももな」とか書かれたボードを持った皆さんが記念撮影したりしてました。

改めてですが、香港にこんなにアンジュルムが来るのを心待ちにしていた現地の方が居た、その事を思い知り、その事に感動していました。

そんな感じで、異国で初めて見たライブはとても素晴らしいものでした。そこまでするか!って感じもしましたが、そこまでする価値が十分にありました。

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