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2018年10月の5件の記事

2018年10月28日 (日)

京都/京田辺 虚空蔵谷マイナスイオン

京都府京田辺市、JR松井山手駅周辺の旅の様子です。

(2018年8月当時)

●虚空蔵谷バス停

「こくぞうだに」と読みます。

普段なら歩いてでも行ける近さにあるのですが、松井山手駅から暑い中でもあったので、バスを使いました。距離にすると1kmもなく、バスでは所要時間4分とされています。

ぐるっとした屋根のついた立派なバス停が設けられていて、またバス停名も平仮名表記までされていて、単なる標識が立っているだけのバス停とは全然違っていました。そんなキーステーション的な所でも何でもないただの通過点だと思いますが。

これまで京田辺市について特に観光した事がある訳でなく、沿線駅はいくつか訪ねたものの、その周辺しか行った事がなく、「ここ!」という所を全く行った事がありませんでした。

ある時にふと機会ができて松井山手駅周辺をGoogle MAPで「名所」にて検索したら、この「虚空蔵谷」が出てきた訳で、駅近の観光地って事でここへ行く事に決めました。しかしまだまだここから歩く必要があります。その名の通り「谷」へ行くので。

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●緑の中へ

バス停からは道をそれて、このような森へ入っていきそうな道へ。

この道を進んで行って、どこかに目指す谷があるはず、と思いながら進んで行きました。

そんな観光地に値するような風景がこの先に待っているのだろうか?という疑念を抱きまくりのままで。

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●そよかぜ幼稚園

森へ吸い込まれるように入っていったと思ったら突如見えてきたこれは幼稚園でした。

その名も「そよかぜ幼稚園」

「赤い風車の回る森の幼稚園」としてHPにアピールされていましたが、子供たちの成長を願い自然に近い環境ですくすくと…という思いが込められているのでしょうか。1977年に設立されて40年以上続いているといいます。

「雑創の森プレイスクール」との表記が見られますが、これは土日の子どもたちの遊び場として併設されているものとありました。周りに何もない自然環境ですが、考えてみるとそんな小さい時に周りを見る余裕もなく、園の中は周りに何があってもその中で生きていく、そんな感じですごしていましたが、そこに自然いっぱいというのはまた心身の育成という面で効果的なものかな、と感じました。

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●谷へ入る

森への道を入って、そよかぜ幼稚園の所でその道を折れて、谷の方へ入り込んで行きます。ちょうど幼稚園を横目に見る形でずーっと谷の方へと進みました。

最初はこんな感じで階段がついていましたが、次第に自然の風景になっていきます。

「生きものたちを持ち帰らないで」という警告標識が出ていました。自然環境の破壊につながるという事で、近年は生物多様性などもいわれており、こういう事は本当に大切な事、と子供たちにも分かれば良いなと思いました。保護者へ向けてのメッセージもありましたが。

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●自然の道

本格的に谷の道に入っていきました。

一応ロープは張ってありましたが、低い位置にとどまっており、落ちたら終わりかなという感じでした。道の整備がされているのかというと、そんなハッキリしたものではなかったです。

自然の姿を遺したい意志の表れかもしれませんが、よくあるハイキングコースのような道の整備はここではされていない感じでした。なので行き交う時など要注意です。

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●虚空蔵堂

「こくぞうどう」と読みますが、谷の道へ入っていった辺りにあり、そよかぜ幼稚園の横から滝への道の中で唯一この辺りのみ建物が立っていました。

元々は法輪山葛井寺といったとされ、その事を示す標柱も建てられていました。

1221年にこの辺りの地区の何もなっている大住氏が建てたもので、かなり大規模な建物であったようです。こんな谷の一角のどこにそんな大きなものが建てられたのかな?と不思議ではありましたが、当日になるとこのお堂に幕が張られピシッとした風貌?になっていました。

毎年4/13の縁日には十三参りの人々で賑わう、とありましたが、これまたこんな谷でも人で賑わうのか?と感じましたが。ただ、ここを巡っていて、この地点で初めて人とすれ違いました。家族連れで自然環境に触れに来たのか?という感じでしたが、ここにも人が来るのか…と思い少々安心しました。

そしてまたこの辺りには大きなゴツゴツとした岩がそこらじゅうにありました。

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●谷川

ひたすら自然風景が続き、道のあるようでないような所を歩き続けました。

といっても虚空蔵堂の所から5分歩いたかどうかですが、滝などある様子もなく、ただただ川沿いの谷道を歩いているだけ、でした。

あとで調べてみると、もう少し行けば滝があるようで、一の滝二の滝などとYouTubeにも上がっていました。ただ、そこまで行くならばそれなりの格好をしてきた方が良さそうです。この時街歩きの延長上で、ペラペラの夏靴しか履いておらず、道も整備されている感じではないので、途中で引き返してきました。

本来ならば滝の写真でも撮って「こんなすばらしいとこあるんだ」と見せたかったところですが、叶わずでした。ただ自然の景色いっぱいで癒される事は確かです。

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●戻る

谷から戻ってきて、元に来た虚空蔵谷バス停(このバス停は行きに来たバス停と反対側のもの)です。

こちらは松井山手駅行きのものですが、時刻表的に1時間に3本くらいあって、時刻を見ながら、この手前にある看板のスープカレーのお店へ入りました。まぁ歩いてでも松井山手駅行けるんですが、盆の熱い時期に1km歩くのも辛くてバスに頼りました。

そして入った「Soup Curry Quarter」。色んな種類のスープカレーがありました。

Soup Curry Quarter

住所/京都府京田辺市花住坂1-29-1

営業時間/11:30~22:00

定休/月・火曜日

アクセス/JR松井山手駅より徒歩15分またはバス4分「虚空蔵谷」停留所下車徒歩すぐ

そんな感じの京田辺市のプチ旅でした。京田辺といえば一休寺が定番かと思いますが、敢えてこういう所へ行ってみました。
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2018年10月21日 (日)

阪神/尼崎駅 (兵庫県尼崎市)

兵庫県尼崎市の阪神/尼崎(あまがさき)です。

尼崎市では前回JR尼崎駅をupしたばかりですが、今回は阪神電車の同名駅の御紹介です。

-阪神/尼崎駅
【路線】阪神本線(梅田-元町間)
       阪神なんば線(尼崎-大阪難波間)

【開業】1905年4月12
【訪問】初訪問-1995年9
【1日あたり平均乗降車人員】52,383人/日 (2016年)  
【近隣の主要駅(梅田方面) 梅田駅→8駅 
          
 (元町方面) 今津駅→7駅
           (大阪難波方面) 大阪難波駅→10駅

●駅名標

JR尼崎と同名の、市名を名乗る駅ですが、JR駅とは約2kmの距離があり、バス移動して10分以上かかります。

阪神では三宮以東ですべての列車が停車する唯一の駅であり、利用者数は阪神では4位という大規模駅です。ちなみに上3位は梅田、神戸三宮、甲子園の各駅で、甲子園は球場へは勿論利用者数大ですが、年平均でもこんなに多いとは思いませんでした。

特急は梅田→当駅→西宮と続きますが、梅田、西宮の両駅はこの尼崎から8駅あり、結構すっ飛ばします。

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●ホーム

4面6線の高架駅です。

JR尼崎ほどの規模ではありませんが、阪神ではかなり大規模を誇る駅であり、電車も頻繁にやって来ます。

阪神の本線だけでなく、大阪なんば線へも分岐しています。

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●ホームから見えるもの

この高架ホームからこのように眺めると、素晴らしいものが2つばかり見えてきます。

尼崎城と赤レンガの建物です。

尼崎は城下町でありながらその側面をあまり知られていない感があったのではないかと思いますが、JR尼崎駅からだと確かにその片鱗も窺えません。

しかし、この阪神尼崎駅付近には以前から尼崎城跡があり、尼崎城跡公園となっていてそれなりに城下町を感じさせる風貌となってはいました。でもここに見えているような天守閣があるものとは程遠く、この天守は現エディオンの創業者が私財を投じて市の為に貢献したいとの想いから建設着手され、来年春には一般公開されるという事です。

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●モンパルナス

阪神尼崎駅舎の代名詞的存在のお店として、この「モンパルナス」が構内にあります。

モンパルナス、とは今は亡き「パルナス」の意志を継承するロシア菓子を主力とするお店で、パルナスといえば現在40代後半以上の関西人なら大抵は知っている独特のCMで大変有名なお店です。日曜の朝から当時の子どもたちをなんとも言い知れぬ不安の底なし沼へ引きずり込んだそのCMは一度YouTubeで「パルナス」と検索して是非とも見てほしいものです。

残念ながらその本家「パルナス」には一度もお世話になる事なく、21世紀初頭に会社が事業清算してしまったので、この意志を継ぐ「モンパルナス」には是非一度行きたかったのですが、この時ようやく念願叶ったのでした。

パルナスといえばピロシキなんですが、個人的に食べれないので、ここではピラフを頂きました。オーダーを取りに来た方々を何人か見かけましたが、いずれもロシア人っぽかったです。そういう方々を採用しているのか連れてきているのか…?さすが本流がロシア菓子店!と思いましたが実際のとこどうなんでしょうか…??

かつてのパルナスの味は今、日本でここだけに継承されています。パルナスファンの方には是非とも足を運んで頂きたいですね。

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●阪神尼崎駅 駅舎

この駅舎写真以外、ここまでは2018年10月(つまり今月)の様子だったのですが、ここから下の写真だけは2006年11月当時のものにてお送りしています。

もう12年も前の姿で、今とは全然違うのでは??となりそうですが、駅舎としては正直あまり変わっていませんでした。ここだけ昔のものを載せている理由は、この時に駅前が「尼崎市民まつり」という事で、いろんなお店や人でいっぱいで駅舎が隠れてしまっていたので載せられず、この当時のものを載せた訳です。

当時のこの「アンスリー」というコンビニは現在は「アズナス」と名を変えて営業をしています。

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2018年10月13日 (土)

JR尼崎駅 (兵庫県尼崎市)

兵庫県尼崎市のJR尼崎(あまがさき)です。

尼崎市は、兵庫都の南東部に位置し、人口は450,721人(2018.4.1現在)です。兵庫県では神戸市、姫路市、西宮市に続いて第4の人口を誇る都市です。

大阪府以外の自治体で大阪市と接している唯一の自治体で、限りなく大阪に近い兵庫という感じで、阪神工業地帯の中核をなす「工都」の側面がつよく、また城下町の側面もあり、寺町としてズラリと寺社が並ぶ歴史的な部分も色濃く残っています。

-JR尼崎駅
【路線】JR東海道本線(東京-神戸間)
      福知山線(尼崎-福知山間)
      東西線(尼崎-京橋間)

【開業】1874年6月1
【訪問】初訪問-1998年6
【1日あたり平均乗車人員】45,110人/日 (2017年)  
【近隣の主要駅(東京方面) 大阪駅→2駅 
           
(神戸方面) 西宮駅→3駅
           (福知山方面) 伊丹駅→3駅
           (京橋方面) 北新地駅→5駅

●駅名標

JR東海道本線に属していますが、福知山線へも始発駅として分岐し、更には20世紀末1997年3月に京橋駅とを大阪環状線を横切る形で、こちらは終着駅として分岐しています。東西線では環状線を横切りつつ、大阪駅と長い通路で繋がる北新地駅も通ります。

大阪駅から西へ2駅、東から入ると東海道本線でここからが兵庫県、というまさに兵庫の東玄関駅にして3路線を持つキー駅で、東海道線では新快速が停車します。

この駅名標では、立花は東海道本線で西の駅、塚口は福知山線で北の駅、というここから見た位置づけです。

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●ホーム

端へ行けば青空のもとへも触れられますが、エスカレータの間は上がコンコースになっていて、このような暗いものが覆っているかのような感じです。このコンコースは単なる通路ではなく、店舗も入っているので、結構なスペースとなっていて、その分この暗い空間が広い訳です。

ホームは4面8線もの広大なものとなっていて、JR神戸線・京都線(ともに東海道本線)、東西線、福知山線(宝塚線)で東西線以外は複数その線路が使用されています。

東海道本線では新快速が停車する駅で、神戸、三宮、芦屋、尼崎、大阪、新大阪…へと続いていきます。芦屋に新快速が停車するようになるまでは、三宮からここ尼崎まで新快速がノンストップにつき、電車で立つ事を余儀なくされる時は辛かったものです。現在の芦屋~三宮間もあまり変わりませんが。

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●線路の上から

殆ど屋根に覆われたホームで、逆に青空にさらされた所が皆無でした。

真横にエディオンがあり、駅南すぐ直結状態です。

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●構内

駅構内は改札内でも店舗が複数あり、本屋さんに飲食店が並んでいたりと、さすが新快速停車駅にして複数路線に分岐しているキー駅というところです。

かつては姫路市より人口が多く、合併した姫路市には抜かれましたが、兵庫県きっての都会駅の雰囲気じゅうぶんです。

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●駅北

駅南はEDIONと直結していますが、北側は尼崎キューズモールなどと直結しています。

かつては駅の真北はKIRINビールの工場がありましたが、2009年にCOCOE(ココエ)という商業施設がオープンし、2013年に現在の尼崎キューズモールとなっています。Q's MALLは大阪にてあべのや森ノ宮にも存在していますが、これらは東急不動産が運営しているブランドであるとの事です。

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●バスのりば周辺

こちら側はマンションが立ち並んでいる駅前広場周辺です。

バスは阪神尼崎駅と繋がっていて、少し時間をかけながら走っていました。

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●ブリッジ

尼崎駅北口から向かいへと伸びている歩道橋の様子です。

この円形の柱?で覆われた通路はまるで未来都市の道路のようです、個人的な感覚ですが。

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●円盤

のようなこの踊り場部分が尼崎駅の特徴的部分のひとつかもしれません。

クラゲの本体から足が出ているようにも見えます。

ここから少し離れた阪神尼崎駅はどっしりとした建物ですが、こちらはいろんな形が存在する幾何学的空間を生み出しまくっているようにも見えました。

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●尼崎駅 駅舎

これが駅舎全体ではもちろんありませんが、この駅は全体像の捉えどころがないというか、どう撮れば全体が写るのかよく分からず、とりあえず駅名表示がはっきりある側を撮りました。

この右側に隠れた部分が、キューズモールなどへ繋がる道を有する辺りになります。

兵庫県内のJRで6位の利用者数を誇る駅だけに、駅デパートこそありませんが、大規模な駅舎となっています。

阪神の尼崎駅とは約2km離れていてバスで繋がるのみであり、また10分程度(料金は210円)かかります。ちなみにバスは前のりでした。

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2018年10月 6日 (土)

JR松井山手駅 (京都府京田辺市)

京都府京田辺市のJR松井山手(まつい・やまて)です。

京田辺市ではJR京田辺駅をupしたことがありますが、今回は市名のカケラもないこの駅の御紹介です。

-JR松井山手駅
【路線】JR片町線(木津-京橋間)
【開業】1989年3月11
【訪問】初訪問-1999年3
【1日あたり平均乗車人員】7,055人/日 (2016年)  
【近隣の主要駅(木津方面) 京田辺駅→2駅 
           
(京橋方面) 四条畷駅→8駅

●駅名標周辺

初訪問が1999年3月と書きましたが、今回この8月に19年ぶりにこの駅にやって来て、今回記事は基本その時のもの、つまり今の姿をお送りします。

松井山手行の電車はちょくちょく見ていましたが、なかなかここまで行く事もなく、久々に行ってみようという訳でこのお盆休みの時に行ったものです。

JR片町線に属していて、平成になってからの開業の新しい駅ですが、当初の駅名は「山手」のつかない「松井」駅であったそうです。

大住-長尾間約4kmの間にできた駅ですが、JRの駅でありながら、京阪電鉄が建設費を負担したそうです。これは近くで京阪東ローズタウンを京阪が運営している事からきているようです。

しかし驚きはナント、この駅の付近に北陸新幹線の駅を設置する事で、中途半端なところにつくるもんだな、という感しかなかったですが…。

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●ホーム

2面2線のホームで各面の内側に電車線がある格好です。

コンクリートのぶっとい柱が重厚感を前面に押し出していて、固い感じのホームでした。

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●時刻表

左側は四条畷・京橋方面でお昼前後の4時間ほどが1時間4本と最少で、大体の時間帯が1時間に7、8本あるような感じです。

右側の木津方面は、やや少なめで1時間に4本+αといったところです。

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●ホームから

出口へと向かうにはこの向こうに見える階段を上がっていきます。

大きな広告看板には枚方自動車教習所が載っていました。

尚、ここで駅ナンバリングがされていますが、今年から適用となったようで、この駅は「H25」と打たれていました。

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●駅前広場

駅を出るとロータリーのついた広場があり、真ん中には時計塔が設置されています。

見えている建物は「コ・ス・パ」というフィットネスクラブです。

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●おすすめハイキングコース

隣の大住駅へ遠回りで行くコースが示されていました。

他に一休寺を回るコースもありました。

松井「山手」の表記に、ひたすら住宅街を感じますが、意外と歴史あるものに触れられるようで、じっくり歩くのも良い旅ができそうです。ここへ来る前は、なんか見るものがあるのかな??と疑念いっぱいでしだか、行ってみるものですね。

このコースは歩いていませんが、時間があれば少しだけでも歩きたかったです。この時は時間の問題だけでなく、訪ねたのが8月だったので、暑い中をとても歩けたものではない、という事情もありましたが…。

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●バスのりば

駅の西側のみバスのりばがあり、東側は単に行き来できるロータリーがあるだけの状態でした。

京阪バスおよび京都京阪バスのバスが行き来していて、近鉄田辺駅行きが多数あり、また京都駅行きもあり、大阪の樟葉駅行きもあります。

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●一休さん

京田辺市という事で名所のひとつ「一休寺」に因み、駅前広場の外周にこの一休さん像がありました。

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●直Q京都

バスのりばから乗れますが、京都駅への直通便として約30分500円で行ける、として大きな看板が出ていました。

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●フレストへの道

駅西口を出て、やや右前に駅前広場がありますが、駅から出て直進するとこの通りになります。

フレスト松井山手店という商業施設で、駅前唯一といっていい大型商業施設です。

駅の開業後にできた施設で、またその後増床を繰り返してリニューアルしてきたりして、平成と共に発展してきたところといえると思います。

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●松井山手駅 駅舎

電車の行先にある程の駅で、どんな感じだろうかと思って意外とこじんまりとしている駅って結構あると思いますが、ここもそうでした。

この出入口が筒抜けになっていて、どちら側へもぬける事ができる構造になっています。

建物としては白を基調としたゴツゴツとした感じ、これに屋根縁の曲線が緩和している感じでした。

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●松井山手駅 駅舎'99

初訪問1999年3月当時の駅舎です。

今とおんなじです。

ただ、駅名表示が今のように出入口の上ではなく、横の部分になされていました。

あとは、その出入口横が植込みでむき出しであったのに対して今はその部分に柵がされているいました。また、自転車進入禁止のような表示もなく完全ノースルーで向こうが丸見え感も出ていました。

20年近くも経つとどこかしらが何か変わるものなのですね。

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2018年10月 1日 (月)

愛知/清須 JRから見える城

愛知県清須市、JR清洲駅からの歩き旅です。

(2018年7月当時)

●清州城への道

今回記事は今年7月のものですが、前回の清洲駅記事にて、駅を出て狭い路地を通ってアクセスする事を書きましたが、その通りの延長上がこの風景で、寂れたスナックが一軒、いつ廃業になったかも分かる事なく、そのままのこっていました。

とても観光地へ行くコースの景色とは思い難いですが、のどかそのものの所を通っていきます。

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●そして完次郎

上の写真の寂れたスナックのすぐ向こうの建物にこんなお店がありました。

建物の雰囲気からするとやはり廃業しているのでは?と思いましたが、軒先の雰囲気からすると現役のお店のようで、食べログなんかで調べても出てきていました。営業時間前であった為「準備中」となっていましたが、やっていたら行ってみたいお店でした。

こんなお店も眺めつつ、清州城跡へ向かいます。

しかしこの建物、いつからの姿を留めているのか?気になりました。

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●線路沿いを往く

完次郎の建屋を抜けると、このように線路に沿って歩いて行きます。

東へ(名古屋方面へ)と線路沿いの道が続きます。

清州城跡にはこれといった交通機関がない為、このまま歩いて行くしかないか、というところでした。

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●パロマ清州工場

線路沿いの道路を少しだけ逸れたばかりの所に、このパロマ清州工場の正門に行き当たります。線路沿いの道路の部分もこの工場に沿って歩いていた訳ですが、門まで行きつくには少々歩く必要があります。

このような線路沿いにある工場でも駅前に入口がある訳ではなく、少し離れた先に入口があったりして不便だな、と思いますが、駅前の混雑を緩和する為でしょうか?

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●清洲古城公園

清洲駅から歩いて清州城跡手前に当たる位置にある公園です。

線路を跨いで両サイドに存在している格好になりますが、ここでは北側に位置している方の様子です。南側には信長像などがあり、より城跡公園っぽい雰囲気です。

この北側は庭園っぽい要素が強く、マイナスイオンに満ち溢れている、そんな感じでした。

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●清洲ふるさとのやかた

清州古城内の東端にあって、清州城の真向いにある、清州城関連施設です。

おみやげや清州城関連グッズが販売され、清須の街のPRビデオが流されていたり、また休憩所的な役割も果たす施設となっています。この時は暑い時期だったので、避暑にはもってこいで助かりました。

【清州ふるさとのやかた】

住所/愛知県清須市古城479-1

電話番号/052-409-3288

営業時間/9:00~17:00

休業/毎週月曜日、12月29~31日

アクセス/清洲駅から東へ徒歩15分

この施設と橋を隔てて清州城があるので、清州城へ寄ったあとの休憩利用に非常に良いと思います。

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●大手橋

先程の「清州ふるさとのやかた」と清州城模擬天守が結ばれているこの朱塗りの橋が大手橋で、五条川の上に架かっています。

平成元年竣工との事で、今年で架橋30周年にあたります。

新幹線で西から名古屋へ向かう際に、この橋がはっきり見えて、その先にこの天守も見えて「いつか行きたい」と思って、行った事があるのですが、車窓から分かり易く見えるので、行きたい、となったのです。

清洲といえば、この風景を真っ先に思い浮かべる方も少なからずではないか、と思います。

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●清州城内

大手橋を渡って、いざ清州城へ。

武将に扮した職員?の方々が城門に立っていて、またこの城内でもちょくちょく歩いていました。

「清州城と歴代城主」として案内板がありました。元々は守護所として下津城という城があり、その別郭として築かれたのがルーツとされています。

清州城といえば、織田信長の名前が出てきますが、信長の天下取りのルーツ的な城と位置づけられることが多いかと思います。信長入城が1555年、そして桶狭間の戦いで脚光を浴びた?のが1560年なので、そのサクセスストーリーの拠点、という訳ですね。

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●清須城模擬天守

立派な天守のお城が建てられていて、またこれが清須市の象徴的な建造物であると思います。

この天守は1989年に当時の旧・清洲町の町制100周年を記念して造られたという事で、今年で30年目となります。当時の絵図が残っていなかったため、正確な外観や規模が不明で、想像してつくられた「模擬天守」という訳です。

なので歴史的には少々「模擬か…」と思う部分もあるかと思いますが、単に旅して見かけた限りでは、清須にこんな素晴らしいものが建ってるのか!という観点で個人的には見ていました。

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●信長塀

この塀の部分が信長塀とされるものですが、信長が桶狭間の戦いへ出陣の途中に戦勝を祈念して熱田神宮へ参り、大勝したのでそのお礼に塀が奉納され、これをモデルとして造られたもの、と説明書きにありました。

塀の上に幾重もの重なる屋根瓦の織りなす姿も素晴らしかったです。

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●清州城 入口

清州城は城門の部分はフリーですが、この天守に入る時は有料です。

料金はおとな1人300円(こども150円)で、天守への入場は16:15までです。

そしてその料金表の横に「清州城紙芝居」のタイムスケジュールも出ていました。この時はまだ午前中だったので11時~の分が見れるな、という訳で中へ入ってみました。

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●半券

入場時の半券です。

天守の上層部の朱色の柵が、このお城の特徴的な部分かと恵思いました。

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●甲冑

お城の天守の中に入りました。

お決まりではありますが、甲冑の展示がありました。カラフルでなかなか良いですね。当時からこんなにカラフルなものがあったのだろうか?と思わされました。確かに織田信長などは赤を基調としたもので若い頃から暴れ回っていたといいますが。

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●街のジオラマ

階を上がって、こんなのがありましたが、これは単なる絵ではありません。

手前のものは貼ってあるものですが、この画面のものは動きます。

建物は動きませんが、人物は何枚かのセルがあるのかコマ送り的に動きます。

街の雑音みたいなのがスピーカーから流れてきて、人の声も雑音程度に流れてきて、それにあった絵がコマ送り的な動くみたいなそんなイメージです。城下町の様子をバーチャル体感できる感じです。

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●清須ジオラマと紹介動画

清州城周辺の城下町の様子がこの前にあり、その前にはスクリーンという構造になっています。

写真にありませんが、手前は観覧席で、ジオラマを隔てて動画を見る格好になります。

スクリーンに「清須城物語」とあるように、清須城にまつわる歴史が語られている動画が流れていました。この時見ていた限りでは観客?は10人くらい座って見ていました。この時はちょうど夏休みが始まったばかりでもあったので、家族連れの方々も結構居られました。

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●火縄銃体験

火縄銃を手に取って撃つ体験ができるようになっていました。

子供だったらバーンバーンとやってみたいですよね。smilesagittarius

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●清須会議コーナー

清須会議とはも1582年織田信長が本能寺で斃れた後に、重臣たちで信長の後継を決める会議ですが、これをもとにして紙芝居パフォーマンスがありました。

入口にも案内がありましたが、11時に集合してこの紙芝居を聞きました。家族連れ含めて10数人のギャラリーが女性の巧みな紙芝居に聴き入っていました。子供にも分かり易い解説で良かったと思います。歴史年号のちょっと変わった面白い覚え方の伝授もしていました。

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●最上階へ

こんな階段をのぼりながら最上層へ行き着きます。

金のしゃちほこ、金の信長公、そして太鼓がありました。太鼓は叩けます(笑)

金のしゃちほこは触る事ができます。

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●清須を一望

天守の最上層は外も開放されていて、このように清州の街を一望する事ができます。

城門と「ふるさとのやかた」を上から見る事も出来ますし、大手橋とJRの在来線新幹線の線路とが平行になっている様も見る事ができます。

愛知県といえば名古屋城に岡崎城、そして犬山城に小牧城と沢山お城がありますが、西側の代表的存在はこの清州城かと思います。清須へ来たならまず一番にここに来てほしいと思います、という思いを込めて清須市の記事を終了します。

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