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2019年7月の5件の記事

2019年7月28日 (日)

島根/松江⑦ 今年ももうすぐ水郷祭

島根県松江市、これまで旧松江市外の地域を中心に6記事お届けしてきましたが、今回遂に平成の大合併以前から松江市であった(純然たる松江市)エリアの記事です。

本来は旧・玉湯町の玉造温泉エリアをお届けしたかったところですが、次の週末には松江の一大イベントである「水郷祭」を控える時期につき、昨年の様子の一端をお届けしようと思います。

基本的に水郷祭に特化しての写真記事となります。

(2018年8月当時)

 

▼去年の水郷祭での花火大会の様子です。

花火のカットを沢山撮ったのですが、1枚1枚あげてるとかなり縦長の写真だけの記事になるかと思い、主なものを1枚にまとめて、他の特に綺麗なものは別途あげる形としました。

水郷祭は松江市の夏の風物詩として代表的なもので、毎年8月の第1土日に開催され、中でも目玉はこの花火です。

今年の花火大会は8月3日(土)4日(日)の2日間行われ、3日は10,000発、4日は3,000発花火が上がるといい、観光客は30万人以上にのぼるといいます。松江市の人口が20万そこそこに対して、これをも上回る人でごった返します。

ここでの写真は、昨年の土曜日の花火になりますが、20:00に打上げ開始で1時間余り、色んな花火が打ち上げられて、見応え十分です。

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▼花火の上がる何時間も前から場所取りで人人人の賑わいでした。

宍道湖の北岸、松江市役所の付近で見ておりましたが、まずは日帰り温泉でひとっ風呂頂きました。

「松江しんじ湖温泉」駅付近にある「ちどり湯」という、2017年にオープンしたばかりの旧松江市内で唯一の日帰り専用温泉施設です。

 

脱衣所はこんな感じですが、設備的には銭湯に近い感じです。お湯は松江しんじ湖温泉のものを使っており、近辺の温泉宿と共通という訳です。

お風呂の種類がそんなに多くなく、露天風呂も確かなくて、石鹸やシャンプー類もありません。

また風呂以外に食堂やマッサージ機などもなく、銭湯と呼んで差し支えないと思います。

 

ちなみに周辺に足湯は点在しています。

↓とりあえずタオルは買いました。

【ちどり湯】

住所:島根県松江市千鳥町83 COCO MATSUEビル1F

電話番号:0852-61-5526

営業時間:10:00~22:00 (最終受付:21;20)

入館料:大人350円 子ども(小学生) 130円 未就学児童 70円

定休日:水曜日

HP:https://r.goope.jp/chidoriyu

アクセス:一畑電車 松江しんじ湖温泉駅より徒歩約5分

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▼ちどり湯の扉を出てすぐのところ、ビルの下の所で、机が出されて水郷祭用の臨時出店なのか?少し飲食物が販売されていました。

そのうちのこのナポリタンを買わせて頂きました。

これを花火が上がるまでの待ち時間に、宍道湖畔で頂いておりました。おいしかったです(笑) こういうお祭り時に食べるナポリタンは例外なく美味い。

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▼水郷祭の花火が上がるのを待機していた宍道湖畔(北岸)の様子をざっくりと。

対岸が向こうに見えていますが、この宍道湖北岸か、港に架かる数本の橋の最西端である「宍道湖大橋」の西側の欄干がポジションとしては良いようです。

JR松江駅北口の線路と平行に走る道路の西側でも、それなりには見えます。

一畑電車の松江しんじ湖温泉駅周辺が人気で賑わっており、この場所は松江駅からバスが出ていますが、十分歩いて行ける距離(約2km)でもあります。

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▼JR松江駅と一畑電車?松江しんじ湖温泉駅との関係性を地図にて。

松江駅が真ん中右の「目的」の部分で、松江しんじ湖温泉駅は北西の「出発」の部分にあたります。

左側に「フ」の字のように赤で描いた部分が、花火客で特にごった返す(と感じた)部分です。

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▼夜店も色々出ています。

そこで色々飲み食いしながら花火はどんどん上がっていきます。

至福の時でした。

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▼この赤っぽいのは宍道湖の夕映えを表しているのでしょうか?

ぐるっと松江レイクラインという周遊バスがありますが、その車体色もこんな赤い色で、聞くと宍道湖の夕日を表しているのだとか。

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▼その他花火です。

いろんな所から色んな花火を見る事ができました。

今度の土曜日8/3の晩に、直にこれを楽しんで頂きたく思います。

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▼当初見ていた場所から離れて、終盤はホテルへ向かいなが花火を見ていました。

というのも、終わってから動いても人の波がものすごいと思い、先に湖畔の賑わいどころから離れてきていました。

宍道湖に架かる橋まで出てきても橋から見ている方々も多かったので、まだまだ賑わっていましたが、下側の写真のように松江駅近くまでくると少なくなっていました。これが終了と同時に移動していると、この辺りもきっとごった返すと思い、先に引いたので人並みのそれほど飲まれずに済みました。(ホテルのがこの駅前だったのですが…)

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こんな感じですが、8/3(土)は10,000発の花火が上がります。

見に行かれる方は、楽しんで来て下さい!!

 

2019年7月25日 (木)

秩父鉄道/行田市駅 (埼玉県行田市)

埼玉県行田市の秩父鉄道/行田市(ぎょうだ・し)です。

行田市ではJR行田駅をupした事がありますが、今回は「市」のついた秩父鉄道の駅をお届けします。

-秩父鉄道/行田市
【路線】秩父鉄道秩父本線 (羽生-三峰口間)
【開業】1921年4月1日
【訪問】2012年9月
【1日あたり平均乗車人員】 865人/日 (2017年)
【近隣の都市駅】(羽生方面)羽生駅→5駅 
          (三峰口方面)熊谷駅→3駅

▼ 行田市駅の駅名標として、床付けタイプと吊下げタイプの両方がありました。

JRの行田駅の方は1966年に開業したのに対して、こちらの行田市駅は1921年と45年も前に開業しており、元々この行田市駅の方が「行田」駅を名乗っていました。

されがJR行田駅が開業した事に伴って、後ろに「市」がつき、現在の行田駅となっています。

駅名標が古き昭和の国鉄チックでちょっと惹きつけられました。

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▼ホームに停まっていた秩父鉄道のこの独特の黄色い電車、味がありすぎですね。

前面が食パンそのものという感じで大変ユーモラスな雰囲気でした。

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▼ホームは1面2線で、両側の出口へ出られる橋上駅舎の構造になっています。

細い柱でゴツイ建物を支えてるな、という感じです(笑)

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▼ホームの屋根下はこんな感じですが、結構広い屋根が取られている感じでした。

そして時刻表が吊り下がっていました。

左の黒い分が平日で、右の赤い分は休日のものです。概ね1時間に2、3本で、朝夕で最大4本ある時間帯もある、というところです。

待合室は室内型になっていて、前には自販機があり、室内には木製の長椅子が入っていました。なかなか渋い感じでした。

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▼JR行田駅の記事でも触れましたが、ここは「埼玉県名発祥の地」で、その事が書かれたポスターが貼られていました。

そしてお城の写真も。

ここ行田は「忍(おし)城」が有名な城下町です。

前回、JR行田駅に行った際は忍城まで3.5km以上離れており、歩いて行くには時間的に厳しく、バス路線等もあるようですが、そこまでの時間が取れず訪ねるのを断念した事もあり、忍城跡まで歩いて行けるこの駅までやってきたという訳です。

なので改めて書いておくと、忍城跡の最寄り駅はJR行田駅ではなく、秩父鉄道の行田「市」駅の方です!

この駅からだと歩いて行けますので。

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▼更にまたまたポスターですが「日本最大 田んぼアートが出現」とありました。

「古代蓮の里」というところの展望タワーから見られるという事で10月中旬まで見ごろ、とここには書いてありました。

毎年様々なデザインがなされているようですが、今年のを見ると「令和」と書かれたアートになっているようです。

行田に来たら、このような田んぼアートを見るのも良いですね。

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▼駅内の自由通路周辺です。

特に構内にお店が入っているとかはなく単純に通路でした。

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▼行田市駅の駅前広場です。

真ん中に建っているものは「埼玉県名発祥の地 行田」と刻まれています。

行田市役所などの公共機関もJR行田駅よりもこちらの駅の方が近いようで、行田駅よりこちらの方が行田の中心的な側面がやや強いかな、と感じました。

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▼行田市駅の駅舎です。

駅名の表示が遠くからだと見えにくい所にあります。横に近い角度からだと見えますが、正面からだと木の陰に隠れたり見づらいです。

建物の正面ではなくて、横へ降りる階段のサイドに表示されていますが、その位置が駅前広場から見ると端の方なので少々見づらいですね。

ただの四角い箱の建屋ではなく、その周りを縦に横にうねっているようで、何やらせわしげな印象を持たせる、そんな建屋でした。

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2019年7月21日 (日)

島根/松江⑥ 八雲 ラスト・ビレッジ!

島根県松江市、旧松江市街シリーズも第6弾となりましたが、今回は旧・八雲村です。

 

平成の大合併で松江市となった旧・八束郡のうち、唯一「村」であったところで、それが合併によって村から市へ一挙にジャンプアップしました。

(2004年8月当時)

 

▼この八雲村域に初めて来たのは1990年の事で、以後度々訪ねていましたが意外にも撮った写真が少なくて、今回記事にてお届けできるのもわずか3枚のみです。

八雲「村」といっても、合併直前の人口は7,000人余りいた訳で、この辺りの7,000人というと当時では完全に「町」のレベルでした。

当時から松江市のベッドタウン的な存在で、八雲村から松江へ通勤・通学する人も居たので、一般的な「村」のイメージとはかけ離れた状態であったかと思います。


訪ねていた事の殆どはこの鳥居の向こうの「熊野大社」へ行っていたというものです。

そしてその写真は松江市となってからのものではなく、合併で松江市になる直前の旧・八雲村最末期の頃のものとなります。村から市になり、住所表記上も「松江市八雲町…」と完全に村表記は消えていますが、当時から15年も経った今でもこの辺りはあまり変わっていないのでは?と思います。

この鳥居の向こうに熊野大社がある訳ですが、ここでよくおみくじを引いたものでした。


熊野大社は、720年「日本書紀」にはその名が既に現れているとされ、古くは出雲国において出雲大社以上の崇敬を集めていたといわれる由緒ある神社で、旧・八雲村エリアでは代表的な見どころのひとつです。

夏休み時期はラジオ体操が行なわれていて(1990年代当時)、体操しているところを加わった事があります(笑)

アクセスは下記内容ですが、バスでは松江駅から直通がなく「八雲車庫」にて一旦降りて、隣接する「八雲バスターミナル」でコミュニティバスに乗り換えてアクセスする方式となっています。この時すぐの接続ではないようで、多少のバッファがある為、どの便でもトータルすると松江駅からは50分程度かかります。

松江駅からは1時間に1本(30分に1本の時間帯もあり)程度で、松江駅に戻る時は1時間半に1本程度となっているので、バス利用の場合は要チェックですね。

【熊野大社】

住所:島根県松江市八雲町熊野2451

電話番号:0852-54-0087

アクセス:JR松江駅から南へ車で約40分
      車以外⇒JR松江駅から一畑バス22分「八雲車庫」行き終点下車、
              更に
「八雲バスターミナル」より八雲コミュニティバス「須谷」行き12分「熊野大社」バス停下車すぐ(計約50分、630円)
              ↓
             時刻表
 

HP:http://www.kumanotaisha.or.jp/

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▼道路から入って、熊野大社へ向かって左手前にあったのがこのお店「らーめんはうす・くまの」ですが、現在は旬野菜のレストラン「知足亭」となっているそうです。

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▼熊野大社の前にある温泉&宿泊施設「ゆうあい熊野館」です。

八雲エリアでは貴重な宿泊施設ですが、日帰り温泉での利用も可能で、この時も浸かってきました。

温泉もこの辺りでは貴重で、神社へお参り⇒温泉というルートも良いのかもしれません。

アクセスについては「熊野大社」と同様で、施設について最後に記します。


【ゆうあい熊野館】

住所:島根県松江市八雲町熊野773-1

電話番号:0852-54-0140

営業時間:10:00~21:30(最終受付21:00)

入浴料:大人410円、子ども200円

休業日:第3火曜日

HP:http://www.kumanokan.jp/

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このエリアは個人的にも、この辺りしか行った事がなく、改めてどこか違うエリアの開拓にも行きたいと、こうしてupして、より思うようになりました。

2019年7月20日 (土)

島根/松江⑤ 鹿島 愛して愛した恵曇・古浦の海

このブログで載せられる写真のメモリもかなり逼迫してきました…

あと何記事更新できるか…というところです。

 

島根県松江市、松江市では5つ目の記事となりますが、これまで宍道町美保関町島根町八束町と旧・八束郡の各町であった地域の様子をお届けしてきましたが、今回は「旧・鹿島町」の記事をお届けしたいと思います。

 

(2018年8月当時)

▼旧・鹿島町へはバスでアクセスしました。

松江駅から北西へ向かって、ここ「恵曇(えとも)連絡所」へ辿り着きました。

旧・鹿島町では、交通の重要拠点のひとつといえ、単なるバス停ではなく、ちょっとした待合所の建物が造られています(真ん中の屋根の平たいこじんまりした建物です)。 そしてその周辺(建物手前のスペース)はバスの待機所および方向回転場です。

松江駅から約35分、630円で行き着きます。

ダイヤ的にはほぼ30分に1本出ている格好で、ここから松江駅に向かう便だと、通学と思われる朝7時台は10分に1本の過密度合いになっている部分もあります。

この手前は歩いて2、3分くらいで海です。

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▼恵曇連絡所の待合室中身です。

この時は朝早くで出札は居ませんでした。普段いるのかもわかりませんが…

去年のお盆時期の暑い盛りでしたが、このベンチでくたばりながら松江駅へ帰り着くバスを待っていたものでした。

お盆の朝という時節柄的な部分もあったのかもしれませんが、自分の他にここで待っていたのは1人だけでした。

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▼バス連絡所がこの右に隠れている形ですが、ほぼ真横に位置している地点です。

十字屋という建物とカフェテラスJUJIYAというのが隣り合っています。

記憶が定かではない部分がありますが、右側の建屋の2F部分は昔「ふぁいぶ」という名前の喫茶店だったように思います。たしか内側の階段を上って2F部分がお店で、そこでかき氷を食べたりした記憶があります。左側が「十字屋パーラー」といってたような気が…、いずれももう20年以上前の記憶ですが…この辺寄ったのもこの時14年ぶりくらいでしたし… 

今はもうやっているのがどうかもわからないレベルですが、食べログ系の検索をすると名前だけは今も出てきます。レビューがないので、あるいはもう現役ではないのかもしませんが…いずれにせよ実はこの辺りは大変思い入れのある界隈です。

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▼恵曇連絡所から西へ、港に向かって歩いて行きます。

向こうにはもう海が見えています。

そんな海の近くの独特の家並みが目の前に現れていました。それぞれに歴史のありそうな、そんな家並みでした。

この家並みを歩いていると、左向こうのお家から出てきたおばあさんが「なんと暑い中を…」 (よく歩いてますな)というような感じで声をかけられました。この辺の御年輩の方たちは人情豊かな方々が多いなというのが勝手な印象です。大阪のおばちゃんとはまた違う、下から来るような温かさでして。

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▼港へ向かう家並みを通り過ぎ、ドン突きの港の所を左へ向いた光景です。

昔はこんな道路がなかったはずですが…しかしどんな姿だったかと聞かれると思い出せません、、

ここは恵曇漁港というころで、この左側の道路を緩やかに上っていけば古浦(こうら)という海水浴場に至り、この辺で海水浴場として今時期そこそこ賑わっているのでは、というところで、この時も夏の盛りだったので、外国人海水浴客なんかもいました。古浦については後ほどですが、まずはここ恵曇です。

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▼港へ向かった突き当たりの風景がこれです。(若干右を向いていますが…)

「恵曇漁港」の看板があります。

恵曇連絡所という所へバスで降り立ちましたが、ここは港町なのです。

当初はここを「エトモ」と読めずに漢字の塊で覚えてましたが「けいうん?」とか勝手に思ってましたね(笑)

今はここは松江市ですが、2005年3月までは八束郡鹿島町でした。更に遡れば、1956年までは「恵曇町」として自治体で存在していました。

出雲国風土記では「恵杼毛」と表記されていたようです。

右に見える建物は「JFしまね 恵曇支所」という恵曇港の漁協ですが、古いコンクリート色そのままの建物が歴史を伝えてくれるような雰囲気で、少なくとも平成初期からは殆ど変わっていないと思います。というか、この建物でどんな営みがあるのか?何回か行っている割には全然意識した事がありませんでした。

ちなみに「JF」とはJapan Fisheries cooperatives(日本漁業協同組合)、つまり漁協ですね。

ちなみに日本の漁港はナント2,860もあるといわれており、第1から第4種まであるそうで、この看板にある「第3種」というのは「利用が全国的なもの」という事で大規模漁港のひとつであるという意味合いです。 これの上に「特定第3種」というものが最大規模で13港しかないのですが、いずれも名だたる港ばかりでした。ここ恵曇港の「第3種」もこれに準ずる存在として101港のうちのひとつで、ピラミッド的に見ればかなり上の方に属する部類かと思います。

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▼そのコンクリート色そのままのJF(漁協)の建屋傍まで来ました。

たしかATMがあったな、なんて思って見てましたが入口左にありました。

でも、ここの前ホントに人通ってるのほとんど見た事なかったんです。この時も皆無でした。

この角度から見るとまだ幾分きれいというか、上の写真のように裏から見るとすごく黒ずんだように見えましたが。

ちなみにこの漁協の建物は、港でも入り組んだ部分に存在しています。

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▼漁協の建物から海沿いに200~300m程北西へと進んで、港の北西の出っ張った先へ出てきました。

恵曇漁協の卸売市場です。

この辺りはそこそこ人の気配もあった所で、恵曇といえばここへ必ず寄っていました。

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▼恵曇の漁港の様子です。

漁協の辺りよりも、こちらの卸売市場のある「港の先端」の方が、いかにも『漁港』の雰囲気に溢れています。

下の写真のいちばん上のものにあるようなスペースを、バイクで風を浴びながらゆっくり走るのが、とても心地よかったのです。1990年代から25年以上経ってもこの景色は殆ど変わっていせんでした。

いちばん下の写真のレンガ色っぽいのは卸売市場の建屋で水産会社などが入っています。

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▼同じ恵曇漁協卸売市場のスペースで、これは2004年夏当時のものです。

この訪問の14年前の姿ですが、殆ど変わっていません。

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▼恵曇漁港の先端から少し陸へ戻って「恵曇神社」へ来ました。漁港から東へ100mあまりの地点です。

廃屋と化した家々もチラホラ見受けられました。

恵曇神社ですが、創建年代は不明ながら、出雲国風土記に「恵杼毛社」の記載があったなど、かなり歴史あるところといわれています。建物の堂々とした佇まいに、その歴史を感じさせる雰囲気を感じました。

鎮座位置から 「江角大明神」ともいわれていたそうです。「江角」といえば個人的に島根県を連想しますが、江角姓といえば島根県でした個人的に。

実際、かつて女優で大躍進した江角マキコさんや、昭和期に主に悪役でならした故・江角英明さんなど、いずれも島根県出身で、やはり江角=島根だなと。

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▼降り立った恵曇連絡所バス停から港へ向かった時の地点へ戻ってきて、古浦海岸への道です。

この橋を渡れば古浦へ行き着きます。恵曇と古浦を結ぶ架け橋ですね。

恵曇の漁協からだと700~800mほどで古浦海水浴場に辿り着き、漁港と海水浴場それぞれ地名が違いますが、実に近い距離であり普通に歩いて行き来できます。

そしてこの橋を渡る時に、橋から横(陸側へ)を見てみると素晴らしい町並が目に飛び込んできました。昔この辺り何度も行っていた割にいつもバイクで駆け抜けていたので全然気づきませんでした。

こうして見て初めてこの町並に感動しました。こんなにできあがった港町なのかと。

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▼橋を渡ってこんな路地を通りながら、向こうへしばらく歩いて行けば古浦の海水浴場が見えてきます。

酒店や材木店等が見られました。

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▼古浦の地に来た事が分かる看板がありました。

「はまひるがおの咲く砂浜」と記されていて、恵曇と隣り合わせながら全く違った雰囲気の印象を受けます。

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▼古浦の海岸です。

恵曇は漁港ですが、古浦は海水浴場がメインとなっています。

という訳で砂浜、海が広がっています。

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▼海の家も出ていました。

そんなに派手な存在ではありませんが、ちゃんと海の家くらいはあるよ、という感じでした。

以下は古浦の海岸の様子を。

かつては海岸の手前部分が段々畑のような緩やかな階段状のものが取り付けられていましたが、今は無くなっています。

階段状になっていた時はここへよく来たものでしたが、その面影が亡くなってしまい、普通の海岸になってしまった感じで、少々寂しかったです。

古浦海岸の海での営業は7月8月との事で、これれから最盛期というところかと。

松江市では人気の海岸につき、一度行ってみられては…とお思います。

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▼最後に、古浦海岸の先述の海岸手前が階段状になっていた当時のカット(2004年)を載せます。

上野海岸の写真では、これはすっかり撤去されていて、古浦といえばここの上で海を眺めていた身としては寂しいものがありました。

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2019年7月10日 (水)

宮城/登米 新田駅裏は動物宝庫

宮城県登米市、 JR新田駅からの歩き旅です。

(2015年1月当時)

▼駅記事に書いていましたが、当初は佐沼地区を行こうとしていたのをバス便の関係で断念し、とりあえず駅前を歩いて何か見つかれば…??ぐらいな感じで漠然と歩く事と方針転換しました。

それで新田駅の駅前広場から左へ向かって歩き始めたのがこの地点です。

1月初めの事だったので、雪がこのように残っていましたが降ってはおらず、これだけは助かりました。

ちなみに右手前の建物は旅館ですが、今もやっているのかどうかよく分かりませんでした。

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▼これは上と同じ地点で後ろを振り返ったもので、新田駅周辺の様子です。

登米市の中心駅的な位置づけにありますが、市の中心駅の周りがこんな感じとは…と思いつつ、歩を進めました。

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▼新田駅を出て左へ進んでいくと、商店街の様相が少し強くなったきたかな、というところでした。

駅からまっすぐ伸びた道がなく、線路と平行なこの通りが実質的な駅前通りという事になると思います。

この時点では、こういう普通の街並みが続いていくだけかな?と思いつつ歩いていました。

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▼登米市というより旧・迫(はざま)町のマンホールです。

ハクチョウが越冬する伊豆沼、というのがコンセプトのようです(横向きでスミマセン、ココログの仕様が変更になってから縦長写真をちゃんと載せる術が分からなくなってしまいました…)

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伊豆沼農産、という看板の付いた建物が見えた所で左折しました。

新田駅から左へ歩いてほんの50m程の地点です。

ここまでは平凡な街並みが続いた感じで、特にこれというものが見つけられず…といってもまだ50mですけど…、初めて来た地の50m、100mというのは結構長く感じるもので、それにこの先なんにもなさそう…と思うと、歩いていてどうしようかな?という気になるというものでした。

しかしこの道路、雪でできたタイヤ痕でカーブの具合が分かるのが、なんともイイですね。

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▼新田駅から左へ出て50mで再度左へ曲がるので、ちょうどまた線路のに戻ってくる訳ですが、この踏切の手前に…

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▼突如として現われた、ヤギ・ヒツジたち

なんだこれは??といきなり驚かされました。

単なる街並み探訪に終始するかと思った矢先に、このような動物たたちに出合う事になるとは!

ヤギが必死に草を食べてる様子もバッチリおさめることができました(笑)

先述の伊豆沼農産のヤギやヒツジのようです。

ヒツジは顔が黒く、サフォークとよばれる羊肉用を主とする種類のようです。番号のタグが取り付けられていました。

言い方良くないですが、大して期待せずに乗り込んできたこの街、大ヒットでした!嬉しい誤算すぎました!!登米市=ヤギ・ヒツジの図式がまずここでできあがりました。

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▼ヤギ・ヒツジ達と離れてほん近くに胸像があり、相澤幸四郎先生の像とありました。

19世紀末にこの新田の地に生まれ、伊豆沼での野鳥の保護に尽力された人物であったようです。

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▼更には高々と建っていたのが「柳生心眼流伝承の郷」の塔です。

柳生〇〇流、といえば真っ先に「柳生新陰流」が浮かびますが、心眼流??となりました。

心眼という言葉は以前から聞いた事がありましたが、この心眼流は戦国時代末期に竹中隼人という人物によって創始されたといいます。柔術の中でもかなり勇壮活発な流儀だそうで、そんな流派がこの地で生まれたそうで「宮城県無形文化財」という伝統あるものなのですね。

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▼さてさて、伊豆沼にやって来ました。

新田駅の真裏にこんな大きな素晴らしい水辺があるなんて、ここまで歩いてくるまで気付かなかったという鈍感さに我ながら参ってしまいましたが、これも結果的に嬉しい大誤算だった訳です。

ただの湖だと思って最初は見ていました、雪に覆われて風情あるなぁ…みたいな感じで。

それだけで立派な観光だし、素晴らしい風景が撮れた、と半ば満足もしていました。

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▼雪に覆われた伊豆沼から少し目線をずらして水辺の方へ。

水のある部分も、周りは雪だらけで風情あるな、っ感じでした。

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▼更に沼の周りをちょっと歩いて違う角度から撮った様子。

ここで「?!」となりました。

左端の方に何やら見えるのです…

その方向へ向かって進みます。

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▼さあ、だいぶはっきり見えてきましたね!

鳥です!

それも結構います!!

もっと近づきます。

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▼近づける限りの所まで近づいてみました。

さて、ここからはハクチョウとカモたちの群れを、とくとご覧ください!

ヤギとヒツジで十分、ここに来た価値はあったのに、ここでまたこんな鳥たちに出会えるとは、何たる動物たちの宝庫!

新田おそるべし、登米市おそるべし!と思ったものでした。

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▼最後に、伊豆沼の水辺は離れましたが本近くにはこのような

「登米市 伊豆沼・内沼 サンクチュアリセンター 淡水魚館」というのがありました。

内沼というのは、伊豆沼の隣にある沼地です。

年始早々につき開館していませんでしたが、ここでは淡水魚が見られるという事で、魚だけでなく、カニ類なども結構いるそうで、ヤギ・ヒツジなどの陸地の哺乳類から、水辺のハクチョウ等鳥類、そしてここでは魚類など、新田駅の裏手に回ると、動物園水族園でもないのに、あらゆる生きものたちとふれあう事ができる、実に嬉しい誤算にも程がある!と思わせる場所でした。

雪の沢山残ったこの街で、こんなに生きものとふれあえるなんて素晴らしすぎました。

季節は色々ですが、その時なりのここでの楽しみ方ができれば、いいんじゃないかと思いました。

というところで登米市の旅、一旦これにて。

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