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2022年6月 5日 (日)

俺たちのヒーロー列伝・その26 水谷豊(1952~)

俺たちのヒーロー列伝・その25 森田健作(1949~)

 

つづいてのヒーローは…

 

水谷豊(みずたに・ゆたか)さんです。

 

言わずと知れた国民的俳優と言っていい存在と思いますが、助演から主演へ躍り出て、来月で70歳を迎えます。

今年「相棒」などで主演となれば、「20代から70代まで連続して、連続ドラマ主演俳優」となり、ずっと第一線で、しかも主演を維持して活動している「常にトップを走っている」俳優という事になります。

当初はどちらかというと悪役、不良役というところから、刑事ドラマのエース的存在となり、やがては現在のような「飄々とした雰囲気」の俳優へと時と共に華麗にシフトしていきす。

そんな水谷さんの役柄にヒーロー性を感じたものを挙げていきす。

 

「傷だらけの天使」/乾 亨(アキラ)

1974(昭和49)年10月~1975(昭和47)年2月まで放送された探偵ドラマで、主演:萩原健一氏と兄弟分としてコンビを組んでいます。

それまでもドラマ出演はあり、なんといっても1972(昭和47)年「太陽にほえろ!」の初回の犯人役として、萩原氏と渡り合う役どころでしたが、2年後のジーパン編の末期まで4度にわたって、主に犯人役としてゲスト出演し、鮮烈な印象を残しました。

子役時代から活動歴があり、色々とドラマに出ていますが、出世作となると、まずこの作品が挙がると思います。当初は火野正平氏の構想であったそうですがスケジュール調整ができず水谷氏に転がり込んだともいわれています。

とにかく、金のない若者たちの話で、大人に翻弄されながらという回を繰返していきますが、最終的にそれらの事が元で肺炎にかかり、あっけなく死んでしまい、兄貴分の修が引くリヤカーによって夢の島へ捨てられる形で弔われます。簡単に言うと死体遺棄ですが…。

萩原氏もそうですが、水谷氏もまた若い頃は、挫折感のある若者を演じさせると画になった役者だなという事を感じます。

 

「夜明けの刑事」/山本刑事

1974(昭和49)年10月~1977(昭和52)年3月まで、2年半にわたり放送された坂上二郎氏主演の人情刑事ドラマです。

水谷氏は途中参加かつ途中退場で、1975(昭和50)年10月(第43話)~1976(昭和51)年4月(第67話)の約半年間の活躍でした。

それまで石橋正次氏が務めていた若手刑事ポジションを引き継ぎ、前任のような不良っぽい感じではないものの、正義感に溢れた若者らしい役柄でした。彼が出ていた回はほとんど見た事がなく、断片的にしか分かりませんが、「傷だらけの天使」から一変しピシッとした服装に刑事という役柄で、役者としての幅がついた作品かと思い、また彼がこの後多数の刑事ドラマに出演する事となる、連続刑事ドラマの初レギュラー作品でもありました。最後は殉職ではなく、休職届を出して署を去ったとありました。

 

「影同心Ⅱ」/留吉

1975(昭和50)年10月~1976(昭和51)年3月に放送された作品で、前作「影同心」のヒットを受けて、全く異なるキャストで制作された続編です。この放映期間は、「夜明けの刑事」の出演期間と見事に被っていて、掛け持ちしていたものと思われます。当時はよくありましたが。

「必殺シリーズ」のパクリと揶揄されながらも放送された2作目は、前作が全員同心であったのに対して、今作は黒沢年雄(当時:年男)さん演じる堀田源八郎ただ一人で、主演は浜木綿子さん(香川照之さんのお母さん)です。

水谷氏演じる留吉は寺男にして殺し屋の役柄で、口に仕込んだ楊枝を吹き矢のように口から飛ばして相手を仕留めるというものでした。このすぐ後に「必殺からくり人血風編」でピーター氏が同じような役柄かつ殺し技(針)の殺し屋を演じていました。

最後は捕らわれたところを、仲間の平七(演:山城新伍さん)に庇われて逃走、平七は壮絶な死を遂げて、最後の最後にその平七の褌を使って敵討ちを果たし消えていきました。

 

「赤い激流」/田代敏夫

1977(昭和52)年6月から11月に放送された「赤いシリーズ」の第5弾で、1974年10月~「赤い迷路」に始まり、「赤い疑惑」「赤い運命」「赤い衝撃」とすべて山口百恵さんが出ていたのに対し、今作は初めて百恵さんが出演しなかった「赤いシリーズ」(冒頭少しだけ出てましたが)となりました。

それまで「男たちの旅路」映画「青春の殺人者」など当たり役を得ての出演となりました。

主演は宇津井健さんですが、その宇津井さん演じる大沢武がピアニスト魂を叩き込む青年役こそが、彼の演じた「田代敏夫」でした。天才ピアニストの父(演:緒形拳さん)を持ちながら、その父は武とはライバル関係にあり、「武に身を滅ぼされた」と逆恨みされつつ、母(演:松尾嘉代さん)と武が結婚する事となり、敏夫にとって武は師であると共に親ともなりますが、実の父親との関係性に悩みながら、武との衝突を繰り返しながら、また殺人犯の汚名を着せられ警察のマークに遭いながら、ピアノコンクールを目指して猛練習を重ね、やがてはコンクールを勝ち抜いていくというものでした。

実質的に水谷氏が主演といっても過言ではないほど、ストーリー回しの中心にいました。野良犬と自他ともにいう彼と、竹下景子さん演じる音楽学校のお嬢様との恋愛模様や、音楽学校内のドロドロとした人間ドラマのストーリー展開も相まって、話題を呼び視聴率も良かったといいます。またピアニスト役としてかなりの猛練習をしたそうです。

一見ふざけてるようで、何を考えてるか分からない言動をくり返し、トラブルメーカー的な役どころでしたが、基本は自分の信念に忠実に行動する純粋な若者を巧みに演じていました。

 

「熱中時代」/北野広大

1978(昭和53)年10月から1979(昭和54)年3月まで放送された、小学校を舞台にした学園ドラマで、それまで高校を舞台にした学園ドラマはありましたが、小学校はこのドラマが本格的には初めてだったと思います。(中学校は翌1979年の「3年B組金八先生」にて)

ここからは主演作の紹介となりますが、俳優・水谷豊のイメージを決定づけ、国民的俳優ともいうべき位置にまで押し上げたのは、この作品の出演によるものと思います。劇中の「先生はなぁ」という北海道訛りの入ったセリフは、ドラマを見ていなくても知っている人多数でした。

という自分もこの作品はあまりよく見んにてないんですが、昔同級生で好きだった子が作文で「熱中時代の水谷豊さんのような先生になりたい」と読んでいたのをよく覚えています。

その後、この教師編は1980(昭和55)年7月から1981(昭和56)年3月に続編が製作され、またその間1979(昭和54)年4月から10月に「熱中時代・刑事編」も作成され、完全に「フィーバー」していました。この頃、歌手としても「カリフォルニア・コネクション」などのヒット曲を飛ばしています。

 

「事件記者チャボ!」/中山一太

1983(昭和58)年11月から1984(昭和59)年5月まで放送された「記者もの」です。

前髪の真ん中部分だけチョロっと尖らせた独特の髪型がニワトリのようで「チャボ」と呼ばれていました。

警視庁の記者クラブに所属し、難事件を何故か解決する熱い事件記者を演じていましたが、この作品いくつか見ているはずですが、髪型の印象ばかりが何故か強くあまりストーリーを覚えていないです。ただなんか、いつもこの手の上司役って藤岡琢也さんだなという印象はありました。個人的にこの方が出てくるたび、関西弁なのか標準語で喋るのかがいちいち気になってしまいます(笑)すごい標準語喋りにくそうで、同郷でもあるので余計に気になります。

前作にあたる「あんちゃん」で伊藤蘭氏と共演し、ここでも継続で共演、その後結婚する事となります。

 

「気分は名探偵」/夢野圭介

1984(昭和59)年10月から1985(昭和60)年5月まで放送されたタイトル通りの「探偵もの」で、「事件記者チャボ!」終了後半年を経て同じ時間帯に戻ってきており、ちょっとした続編的なイメージの作品です。

朝丘雪路さん演じる女性上司の下で活動していますが、「傷だらけの天使」以来約10年ぶりの探偵もので、相手役には岡江久美子さん、弟分に船越英一郎さんが出ていました。

 

「ハロー・グッバイ」/伊達晋作

1989(平成元)年4月から9月まで放送された刑事ドラマで、連ドラでの刑事役は79年「熱中時代・刑事編」以来10年ぶりです。

ここから刑事ドラマ出演が続き、当時舘ひろしさんと並ぶ「刑事ドラマのエース」的存在となっていきます。

80年代後半は、あまり活動して良かったようで、連続ドラマ出演は殆どなく、2時間ドラマでシリーズものをいくつかやっていたような状態でした。

しかしこの作品、それなりにアクションはあるもののビデオ映像作品で、どうしてもそのへんはチープな感じがして、上司である課長役に三田村邦彦さん、同僚の女性刑事に賀来千香子さんと、この3人が同期という設定に少々無理がありましたが、最終的に3人は事件での失態を受け、それぞれ海外へ散らばっていきます。布施博さんや川﨑麻世さんなどの部下を連れて、学校の先生の引率みたいなセリフ回しだったのを覚えています。「ハイ、行くヨー」みたいな感じの。

 

「ザ・刑事」/矢島刑事

1990(平成2)年4月から9月まで放送されたまたまた刑事ドラマで、「ハロー・グッバイ」から半年のインターバルを経ての刑事役です。

ここでは片岡鶴太郎さんとコンビを組みますが、これまたビデオ映像作品で、発砲シーンもほとんどないドラマでした。彼の演じる矢島刑事もあまり発砲をしたくないという設定でした。

ただし殉職はあり、途中の第10話で江口洋介さん演じる坂上刑事が殉職しています。その後任として小西博之さんが登場しますが、アロハシャツに黒く日焼けしてヒゲ面という、恐ろしく強面な刑事として出てきたのを覚えています。

音楽が「太陽にほえろ!」の大野克夫さんであったのが印象的でした。

 

「刑事貴族2・3」/本城慎太郎

「刑事貴族2」は1991(平成3)年4月から1992(平成4)年3月まで、「3」は1992年4月から12月まで放送されたまたまた刑事ドラマで、これまた「ザ・刑事」から半年のインターバルを経ての刑事役です。

久々のフィルム映像作品で「夜明けの刑事」以来15年ぶりとなります。

「刑事貴族」のシリーズとして初作は、舘ひろしさん、郷ひろみさんときて、「2」からシリーズの最後まで一貫して水谷氏主演です。

↓30年経って、この中で存命は3人のみとなり、今も芸能活動しているのは水谷氏と宍戸開さんのみです。

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いかにも「破れかぶれ」な刑事としてアクション全開で登場してきました。スタート当時38歳になっていましたが、第一線の先頭を走り続ける、そんな感じの熱い男を演じ、また若手3人が田中実さん、宍戸開さん、団優太さんと田中さん以外は二世として、またいずれも長身の「ハンサムタワー」として話題にもなりました。しかし、今やこの3名のうち存命者が宍戸さんだけとは寂しい事になりました。

本城の放つ名台詞も色々とありました「お恥ずかしったらありゃしない」「あラッキィラッキィ」とか。

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出演者の交代もあり、団さんと高樹沙耶さんに代わり、寺脇康文さんと鳥越マリさんが登場し、「3」になると庶務係の中山忍さんと、彦摩呂(超スリム)さんが登場します。彦摩呂さんは後とは似ても似つかぬ細さで、スケボーを乗り回して犯人を追ったり結構身体張ってました。

宍戸さんと鳥越さんの降板後、最後の1クールだけ高樹さんが復帰し、前田耕陽さんが登場しています。前田さんは最後の8回ぐらいしか出られませんでしたが。結局番組が翌年3月を待たずに12月いっぱいで終了してしまいました。

「2」の初回と「3」の最終回、つまり水谷氏の最初と最後の回は、同じ犯人が登場し、不死身ともいうべき恐ろしく強い体の大きな女性と対決、特に最終回は本城への強い恨みをもって巧みにおびき寄せながら直接対決してきます。その頃には40歳を迎えていましたが、特にこの最終回はホントによく走りまくってました。

Cap0023

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その後は「相棒」が当初は2時間ドラマから、レギュラー番組に昇格して20年近くずっと下半期に定期的に放送を重ね、相変わらずの健在ぶりで、70代になってもまだまだ第一線で、活躍を続けてほしいものです。

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