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2022年7月の6件の記事

2022年7月29日 (金)

生活と思い出と世の中と(2008年)

遡って振り返る「生活と思い出と世の中と」。第14回は2008(平成20)年です。

北京五輪が開催され、秋葉原通り魔殺人の発生した年でもあり、個人的に38歳になる年でした。

 

●仕事

所属部門に年下が入りました。

当時37歳でGrでは最年少だったという、どんな部署かいな??って感じでしたが、前の部門でも年下ほとんどいなかったし、だからずっと勘違い若手感がありました。
直接仕事で関わる後輩ではありませんでしたが、同じ部門に年下がいるというだけで気分が変わったのは確かでした。

また、前の建屋で年を越した最後で、翌年から今の建屋に移る事となり、以前のステージだったことが今振り返っても感じられます。

 

●ニュース

北京五輪が開幕しました。当時の中国というと、冷凍餃子中毒事件で話題になっていた頃で、中国での食生活が疑問視されていました。

オリンピックは前々から決まっていた事とはいえ、えらい時期に開幕になってしまったなという感が満載でした。

自民党政権で年を越した一旦最後になる年でした。翌年は政権交代が始まる訳で、そんな中で福田首相が辞任し麻生内閣が誕生しました。

そして、ついこないだ死刑執行がなされましたが、秋葉原通り魔殺人事件が発生しました。これはもう…何とも言いようがありませんが、とにかくひどい事件でした。車で突っ込んだに飽き足らず、降りてからナイフで凶行という。

全国的な事件ではなかったかもですが、印象的だったのは岡山駅突き飛ばし事件でした。大阪から来た19歳の少年が38歳の岡山県職員の男性をホームから突き飛ばして、そこへ来た電車に跳ねられて亡くなったという事件がありました。当時自分も38歳になる年で、3月だったので厳密には1つ上の方でしたが、同年代の方がそんな風に亡くなるのはやり切れませんでした。しかも相手は「殺人すれば刑務所に行ける、誰でも良かった」と更にやり切れませんでした。そこへ精神障害という事で減刑されたんだか忘れましたが、色々納得し難い事件でした。

 

●訃報

加藤博一さん …プロ野球大洋のスーパーカートリオとして活躍、ひょうきんなキャラでの解説も人気

市川崑さん …日本映画界の巨匠としてならした監督。「金田一耕助シリーズ」「木枯し紋次郎」など。

江藤慎一さん …史上初のセ・パ両リーグ首位打者。太平洋では選手兼任監督で山賊野球を展開。

広川太一郎さん …渋い声優として「名探偵ホームズ」のホームズ役は逸品

川内康範さん …「おふくろさん」の作詞などで有名な御大

川越美和さん …アイドルとして人気を博し「涙くんさよなら」のリメイクでも知られる。

川田亜子さん …元TBSアナウンサー。フリーで活躍中に練炭自殺。

ウガンダさん …元ビジーフォーのドラマーで巨体タレントのはしり。

水野晴郎さん …髭に上品な喋り口の名映画評論家。「映画ってホントにすばらしいですね」の名台詞

石田文樹さん …84年夏の甲子園・取手二高の優勝投手。プロでは大洋へ入団。

赤塚不二夫さん …「おそ松くん」「天才バカボン」など70年代ギャグ漫画界を牽引した漫画家。

荒勢永英さん …元大相撲の関脇・荒勢として活躍。俳優界へ転身し主に悪役で活躍。

緒形拳さん …「必殺仕掛人」の藤枝梅安など、クセの強いヒーローが魅力的な俳優

三浦和義さん …ロス疑惑で一躍有名になった人物。

峰岸徹さん …二枚目エリートっぽさを持ちながらクセのあるキャラクターで残忍な男から良い人まで幅広く

筑紫哲也さん …ニュース23で一躍人気になった行動派ジャーナリスト

デイヴ平尾さん …ゴールデンカップスのリーダー。GSとロックをより結び付けた存在

竹林進さん …「太陽にほえろ!」で多数メガホンをとった映画監督

 

●プロ野球

西武が巨人を下して日本一になりました。

とありましたが正直あんまり覚えていないです。やはり、地上波でプロ野球中継をしなくなってからというもの、本当に分からなくなってしまいました。

引退選手は中日・上田佳範選手、日本ハムで投手として入団しましたが野手として成功し、中日に来てからはすこし中途半端な形になってしまいました。ヤクルトでは後に監督を務める真中満選手が引退しました。

横浜は入来祐作投手、兄の入来智投手譲りの負けん気の強さで巨人ドラ1で活躍しました。また小関竜也選手は西武で新人王の活躍をしましたが、セ・リーグへのトレードで巨人、横浜と来てからはレギュラークラスの活躍は困難でした。「太陽にほえろ!」のジーパン刑事のテーマにのって登場するのが個人的に超ツボでした。引退は翌年表明しますが、NPB在籍はこの年が最後でした。

楽天は小倉恒投手、21世紀に入って壊滅的な弱さを誇ったオリックスや、新規参入でこれも厳しい戦いだった楽天でとにかくよく投げていました。また吉岡雄二選手は巨人時代はあまり振るわず、近鉄へ移籍してから花開きましたが、最後は楽天でした。同じく沖原佳典選手は阪神の内野で活躍し、「F1セブン」のひとりでした。同じく阪神から楽天に来ていた高波文一選手もこの年限り、とにかく足の速さがウリでした。

巨人は野口茂樹投手、中日時代はエースとして君臨しましたが、巨人では往時には程遠く、この年でNPB最後となりました。

ソフトバンクは的山哲也捕手が引退、最後SBだったんですね。星野順治投手もこの年限りでした。

 

●大相撲

白鵬が横綱になって2年目で、最も優勝したのも白鵬であり、彼の時代が本格的に到来した、という感じでした。

引退は初場所に多く、千代天山、栃栄、栃乃花、光法…全員この場所で引退しました。

9月には関脇を務めた玉春日が引退しました。

時津風部屋力士暴行死事件で、前・時津風親方が逮捕されたのは衝撃でした。いわゆる「かわいがり」はあったのでしょうが。

大関・琴欧州が初めて幕内優勝し、ヨーロッパ人としては初の快挙でした。この人はもっと飛躍すると思ったんですが…

 

●旅行

この当時は「駅めぐり」をよくしていました。例えば山陰本線の豊岡~鳥取あたりを、1日かけて一駅ずつ巡っていく形で、順に行くとめちゃくちゃ待つので、一旦飛ばしてまた戻った方が早かったりとかあって、駅の訪問を苦しみながら楽しんでいました。

苦しみながらというのは、段々苦痛になって行くし、電車乗ってる時間は1回あたりあまり長くないので落ち着かないしで、しんどったのを覚えています。
秋でも冬でも朝一の寒い時から、暗くなるまでやっていたり…

そんなおかけでこの駅前には何があってこんな風景で…というのが記録にも記憶にも残ってくれることとなりました…。

巡った内の1ヶ所・井倉洞(岡山県新見市)

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2022年7月23日 (土)

生活と思い出と世の中と(2009年)

遡って振り返る「生活と思い出と世の中と」、13回目は2009(平成21)年です。

遡って遂に2000年代に突入しました、個人的には39歳になる年でした。

 

●仕事

この年はリーマンショックで、何ヶ月か週に1日「休業日」の設定が個人ごとにありました。

土日の休み以外に、平日で月曜か金曜を選んで休んで良い、というものでした。つまり週休三日だった時期がありました。

給与は普通に出たし、会社も国からの補助金適用されたようで、休む事自体は問題なかったのですが、仕事がこなせなかった部分もあり、自分が休んでいる時によく電話がかかって来てました。

この当時はまだ他人の予定が分からなかったので、休みかどうか電話かけてみないと分からないしで。

あと、この当時パソコンの無線接続がAir-EdgeのPCカードでした。ダイヤルアップ接続だったような。この頃ぐらいからでしょうか、有線のLAN以外でPCのネット接続ができるようになって、便利になったのは良いですが、いよいよ職場から逃げられなくなった感もありました。

 

そしてリーマンショックは「派遣切り」をもたらしました。この時に派遣で雇われていた方々が首を切られる事となりました。自分も数年前に正社員に引き上げられなかったら完全に「我が身」だっただけに他人事ではないし、かつての仲間との「別れ」をこの時沢山しました。

他には、今の建屋に越してきたのもこの年で、以来ずっと同じ建屋で12年働き続けています。

 

●プライベート

秋に父の癌が発覚しました。肺がんでした。障碍者で歩く事もままならない身で、酒はあまり飲まなかったものの、たばこはロングピースを1日2箱吸うヘビースモーカーで、歩けない身故手術しても体力が耐えられず、もうその選択肢はなく、いつか来るその時を待つしかない状態でした。

そんな事もあって仕事や旅行などで泊まりを伴うもの避けていました。そして翌年5月までこの状況が続く事となりました。

 

●ニュース

政権交代、の掛け声のもと行われた第45回衆院選挙にて、民主党が圧勝し、政権を交代、暫くここから民主党内閣による国政運営が行われます。この時は期待感があったものでしたが…

イチロー選手が日米通算で3,086安打を記録し、日本人の打ったヒット数として最多の張本勲氏の3,085安打を更新しました。アメリカは試合数が多いのもあり、更新しやすい状況ですが、日本で純粋に3,085本打った張本氏もスゴイですよね、日本で、と限定すればおそらく超える事はでないあろう記録と思います。

森田健作さんが千葉県知事になりました。つい最近まで務めてらっしゃたので、随分長くされていたんだなと今振り返って思います。東日本大震災でも千葉県も被害に遭っていて、この対応もされていたんだなと。

「裁判員制度」が始まった年でもあります。知り合いに経験者は未だおりませんが…

 

●訃報

牟田悌三さん …ケンちゃんシリーズのお父さん役など俳優としても、またラジオ番組でも人気

青山孝史さん …元フォーリーブスの人気アイドル。再結成後もツアーで精力的に活動。

山内一弘さん …ロッテや中日で監督を務め、打撃コーチとしても数多くの選手を指導。

渥美国泰さん …インテリ悪役を得意とし、数多くのテレビドラマにゲスト出演

大木実さん …「清水次郎長」の大政など、参謀的な役どころを得意とした俳優

金田龍之介さん …ギョロっとした目つきが印象的な、存在感のある悪役を中心に活躍。

清水由貴子さん …アイドルから「週間欽曜日」でバラエティーへ。介護疲れか自らの手で早世

七田眞さん …七田式といわれる、右脳を使った記憶トレーニング法で人気を博した学者

忌野清志郎さん …RCサクセションを率いたロック歌手。他のグループやソロでも過激なパフォーマンス

三沢光晴さん …「ノア」の社長を務めたプロレスラー

長谷部安春さん …アクション系作品で多くメガホンをとった映画監督

川村カオリさん …「翼をください」などで知られる独特の存在感を放った歌手

田川誠一さん …「新自由クラブ」の代表を務めた政治家

山城新伍さん …俳優にバラエティーの司会に才を発揮した夜の帝王。 

細川隆一郎さん …ギョロ目とハッキリした物言いで存在感のあった政治評論家

臼井儀人さん …「クレヨンしんちゃん」で有名な漫画家。遭難死。

中川昭一さん …首相を目指した父を継ぎ政治家に。父同様志半ばの死。

加藤和彦さん …フォーククルセダーズやサディスティック・ミカ・バンドなどで日本の音楽シーンを牽引

南田洋子さん …女優にして長門裕之さんとのおしどり夫婦ぶりが有名

五代目三遊亭圓楽さん …落語界のプリンスにして笑点の司会として長く活躍

三村敏之さん …元広島の二塁手として現役を務めたプロ野球選手、監督やフロントでも活躍

森繫久彌さん …日本俳優界の大重鎮。96歳の大往生。

田英夫さん …ニュースキャスターから国会議員へ、社民連初代代表

亀山房代さん …タレントからぼんちまさとさんと漫才コンビ結成などするも早世

 

●プロ野球

パ・リーグで日本ハムが2年ぶりの優勝を遂げたのが印象的でした。北海道へ移転後、数々の話題を振りまいたものの、チーム力も上がっているという事を再度認識させられたように思いました。

引退選手としては、阪神・秀太選手が引退、スーパーサブとして存在感を発揮していました。そして阪神では、赤星憲広選手も33歳の若さで引退、首の痛みなどでこれ以上続けると生命に関わるレベルと宣告され、まだまだ走れる選手でしたが苦渋の決断でした。

中日では立浪和義選手が40歳で引退、早くに2,000本安打を達成し、最後は代打として起用されていました。今年からその中日の監督を務めています。また井上一樹選手は38歳で引退、立浪選手とは対照的に早くから出た訳ではないですが、長く選手生活を積み重ねてきました。

広島は緒方孝市選手が引退、一軍に上がるまで時間がかかりましたが、上がってからの活躍は目覚ましく、ケガが多いながらも足もあり長打もある選手として40歳を過ぎても活躍してきました。その後は監督も務めましたね。

同じ広島で主力として活躍し巨人⇒西武と移った江藤智選手は39歳で引退、後半は思うような活躍はできませんでしたが、大砲の存在感は発揮していました。同じ西武で、やはり巨人から移籍していた清水隆行選手も引退、仁志・清水の1・2番コンビは巨人の定番でした。

ロッテ・小宮山悟投手が44歳で引退、最後は1球セーブを挙げる離れ業で、締め括りました。大豊作だった1990年ルーキー組(野茂、与田、佐々岡、潮崎、酒井等)の最後の生き残りでした。更にロッテでは高木晃次投手が引退、「阪急」に在籍した「投手」としては最後の生き残りでした。(野手では中嶋聡捕手)

 

●大相撲

殆どがモンゴル勢の優勝で、まだ朝青龍が現役でフルに過ごしていました。新大関になった日馬富士、白鵬とほぼこの3人で優勝を争っていた時期でした。

また大麻問題で引退(解雇)力士が出るなど、その後の八百長や野球賭博につながるような、土俵外の悪しき事案が発覚した年でもありました。

主な引退力士は、まず元大関の出島です。大関に上がるまではたいへん順調な出世をしていた感がありましたが、蜂窩織炎などに苦しみ2年で大関を明け渡し、以後は平幕、時々三役になるような状態でした。

その他平幕以下の力士のみですが、皇司が引退しました。38歳まで現役を務め、元関脇・栃司の入間川親方の育てた力士として「~司」の先駆けにして代表的存在でした。あと潮丸も引退、その後親方になりましたが、早世してしまいました。

 

●SNS

このブログを始めたのが、この2009年でした。

旅行ブログとして写真を載せまくっていましたが、ココログフリーという無料ブログにつき、10年ほどで容量限度が間近になり、やむなく別ブログを立ち上げて、そこで旅行記事をあげて、このブログではこのような旅行以外に触れる事に舵を取りました。そんな事で往時の写真華やかなブログになる事はもうありませんが、それでもまだ12年続ける事自体はできています。

 

●旅行

先述通り、父の具合があり秋以降は行っていませんが、夏までは3年ぶりに東北地方へ行ったりしていました。青森県の弘前城跡など。

▼弘前城跡

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京都の西舞鶴駅から舞鶴城跡まで歩いて行って、そこに猫がめちゃくちゃいたのを覚えています。

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2022年7月16日 (土)

生活と思い出と世の中と(2010年)

遡って振り返る「生活と思い出と世の中と」、第12回は2010(平成22)年です。

今からもう一回りも前になります。個人的には40歳になる年、近年ないほど色々な事がありました。

 

●仕事

部下のような後輩がいながら、基本一人で仕事していたような感じでした。思えばこの頃からも一人で仕事する癖が染みついてしまってて、役職者になってもそれが抜けきれずに現在に至る、という感じがします。それが性に合ってるのも多分にありますが…

そんな訳で自分の所属するGrの長(上司)は形式的なものでしたが、よく声をかけてもらって仕事しながら雑談もしまくってて、仕事をしてて楽しいと思えた年の最後が、今から見るとこの2010年でした。それ以降はなんらか苦しい事の目立つ時期がずっと続いています。

●プライベート

この年に父が亡くなりました。まだ65歳。前年秋に母親から、がんである事を聞かされていて、長年の歩けない生活でもう手術に耐える体力もなく、正直どこまで持つか、いつその時がくるか…しかない状態で、亡くなる3日前に病院から急に電話がかかってきて、駆け付けたら危篤に近い状態、それでも週末はもって、月曜も乗り越えて、これは峠は越すかもしれない…と安心しかかっていた火曜日に母から電話で亡くなったと聞き、定時が来てそのまま帰って…バタバタでした。

各方面へ連絡、葬儀屋手配、早速葬儀屋が晩には来て、段取りの説明、喪主を務めてとにかく大変、仕事よりも大変で、悲しんでる間もなく、遺体の傍でロウソクの灯を絶やさずに寝たり起きたり…生前孝行できなかった分、せめてものできる事をしたというところでした。

そしてお通夜、まだ今みたいな家族葬の時代でもなく、近所の方、会社の方々沢山詰めかけて香典も頂いて…という事で、後の香典返しもまた「作業」でした。通夜振舞い後は、葬儀屋のホールに泊まり、翌日告別式、出棺の時に初めて感情が湧きました。そしてお骨を拾って…人の呆気なさですが、自分の親の時に初めてその呆気なさを身をもって体験した気がしました。

その後7日7日で法要、49日まで。毎週実家へ帰っていました。そして100か日と…。それまでにお墓を建てて、もありました。

ちなみに会社を1週間も休んだのは、現時点でこの時が最初で最後です。

●SNS

この年に「Twitter」を始めました。

初めは「これ、何が楽しいんだろう」と思いつつ、誰とも相互にやり取りせず、殆ど独り言レベルでした。独り言の日記みたいな(笑)

当時放送されていたドラマ「素直になれなくて」のスナナレ会が印象的でしたが、これが当時初めてTwitterが描かれたドラマ、と聞いて、Twitterしながら見ていました(笑) 

それから12年経っても毎日のようにTwitter見て、また呟き続けているとは思いませんでしたね。

 

●ニュース

鳩山由紀夫氏から菅直人氏が首相になりました。それまでの野党が政権を取るとなると、絶対首相になる人だと思っていましたが、あまり長く続かなかったのが残念でした。民主党政権真っ只中の時期でした。

冬季オリンピックがカナダのバンクーバーで開催されました。この9年後にバンクーバー行きましたが、ホントに素晴らしい所でした!

東北新幹線が八戸-新青森間が開業したり、宮崎県で「口蹄疫」が流行したのもこの年でした。

 

●訃報

成川哲夫さん …スペクトルマンで有名な俳優。「トミーとマツ」のシリーズでも刑事役レギュラー。その後空手の師範代に。

田の中勇さん …「ゲゲゲの鬼太郎」目玉おやじで有名な声優。「天才バカボン」の警官役も

夏夕介さん …「愛と誠」「宇宙鉄人キョーダイン」などに出演した俳優、「特捜最前線」叶刑事として7年間活躍。

玉置宏さん …「ロッテ歌のアルバム」など名調子の司会ぶりが印象的

南方英二さん …チャンバラトリオの最年長。低音でドッシリとしたキャラクター

木村拓也さん …広島、巨人などで渋い存在感で活躍。コーチとして練習中に倒れ早世

島野修さん …元巨人選手にして、阪急ブレーブスのマスコット「プレービー」の中の人として活躍

池田駿介さん …「キカイダー01」イチローとして30代でヒーローに

つかこうへいさん …「蒲田行進曲」などの演出家として有名

高津住男さん …「ケンちゃんシリーズ」後期のお父さん役で有名。妻・真屋順子さんの献身的な介護も話題。

梨元勝さん …「恐縮です」のフレーズが有名な元祖突撃芸能リポーター

花田勝治さん …「土俵の鬼」とよばれた初代・若乃花。二子山親方として相撲協会理事長としても活躍

谷啓さん …「ガチョーン」があまりに有名な、クレージーキャッツのメンバー。俳優としても活躍。

池内淳子さん …ホームドラマの主人公のイメージが強い女優。ニッポンの美人お母さん的存在。

大沢啓二さん …ぺらんめぇ口調で個性的なキャラの大沢親分。日本ハムなどで監督を務め、コメンテーターでも存在感。

竜鉄也さん …「奥飛騨慕情」のヒットで有名な演歌歌手

 

●プロ野球

先述「訃報」の欄にてふれた巨人・木村拓哉コーチの突然死が衝撃的でした。シーズンの始まる時、前年現役引退してコーチになったばかり、という本当に「これから」の時期だっただけに余計に…。

そしてその後、同じ巨人の同級生で、片や現役を続けていた谷選手のホームランがまた印象的でした。同級生である木村氏に向けて放った「タクに捧げる一発」として感動的でもありましたね。

オリックス・小瀬選手の転落死がありました。いまだ真相は分かりませんが、これからという選手で本当に残念でした。

ロッテが日本一となり、西村監督は就任1年目での偉業達成となりました。2000年代後半からこの時期くらいまでのロッテは強かった印象があります。

工藤公康投手が現役最後の年でした。最後は古巣の西武に戻っていて、渡辺監督よりも年上でしたが、47歳まで現役として一軍のマウンドで登板していた姿を覚えています。

 

●大相撲

野球賭博に揺れ動いた1年でした。

そんな中で白鵬の63連勝が衝撃でした。

そして横綱・朝青龍の引退、、記録上は偉大な横綱でしたが、その立ち振る舞いが色々問題視されたのが残念で、その引退の仕方も残念なものがありました。

初場所はその朝青龍が優勝したものの、その後突然の引退劇となり、結果的にこれが最後の優勝となりましたが、これ以外の5場所はすべて白鵬が優勝しました。

魁皇が幕内在位100場所を達成しました。

引退力士としては、先の朝青龍以外には、まず大関・千代大海です。突っ張りを武器に前へ出るファイターで、大関在位65場所は現在も魁皇と並ぶ歴代1位の大記録で、関脇に陥落して臨んだ場所でしたが1勝もできず無念の引退となりました。

また北桜もこの年に引退、独特の闘志あふれるスタイルで、そして豪快な大量の塩まきも見どころでした。この頃まではこんな個性的な力士多かったですよね。記録を見ると最高位が前頭9枚目で幕内在位わずか12場所とありましたが、もっと上にいてもっと活躍していた印象があり、記録より記憶に残る、存在感のある力士でした。弟・豊桜と同時入幕という快挙も達成しています。

また小結まで務めた海鵬も引退、青森出身で元・北勝海の八角部屋に入門、地味ながら安定して幕内で49場所活躍しました。

同じ元・小結の岩木山も引退、ゴツッとした風貌が印象的で、引退間際まで幕内にいましたが、病気などで休場が続き引退となりました。

 

●ハロプロ

この年の暮れにBerryz工房にハマってからというもの、以来ずっとハロヲタです。

つまりハロヲタ元年になったのがこの年でした。You Tubeのもたらしたもので、ホントに暇さえあれば動画見てました。

この頃は「イナズマイレブン」の主題歌に立て続けに起用されていた時期でした。「雄叫びボーイWAO」とか「本気(マジ)ボンバー」とかアイドルファンでなくても、見たらハマるでしょ?とか思ってました(笑)

 

●旅行

この年は前半は父親の状態もあって、旅行らしい旅行はほとんどしませんでした。

後半は近場を中心に山道を歩いたりとか、そんな事をしていました。夏の灼熱でフラフラしながら、山城の道を歩いて、今から思えば苦行でしたが何を目指してたのか…と思います。これはしかし、進みだしたら引き返せないという「性」がなせるもので、どうしようもないものですね。

40歳の誕生日は福島県の「いわき」市に泊まって迎えました。福島県の太平洋側ってあまり行かないので、レア感がありましたし、その後もこの「いわき」へは一度も行ってません。(写真は「いわき駅」にて)

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2022年7月 9日 (土)

生活と思い出と世の中と(2011年)

遡って振り返る「生活と思い出と世の中と」、第11回は2011(平成23)年です。

今から10年以上前、ひと昔前ですが、なんといっても東日本大震災が衝撃的すぎた年でした。
個人的には41歳になる年でした。

 

●仕事

ペーペー(平社員)としてフルに過ごした最後の1年間でした。
しかし、部下も同然の後輩がついたり、翌年役職者になるフラグがついていた事が多数あったように思います。
外部の人とやり取りしている時は、こちらがペーペーと認識されてなかったようで、主任格と思われていたようで、その事と実務的な権限のなさの狭間でジレンマを抱えていたように思います。

またその主任格の会議体に本格的に常時参加となった年でもあり、正式発表はなかったものの、もうペーペーは終わりかな、と思ってました。
TV会議で、東日本拠点とやる時は「計画停電」に合わせたスケジュールを組んだりしていました。

 

●もちもの

パソコンを7年ぶりに買い換えました。それまでWindowsXPでしたが、Windows7へ。

携帯電話を初めてスマホへ買い換えたのもこの年でした。ガラケーと違って、歩きながら見てると視界がかなり遮られる感がありましたね。歩きガラケーとはいいませんでしたが、「歩きスマホ」はいわれるようになったなと。

スマホを買って程なく、後にも先にも1回きりの「水没」をやらかして、代用機で過ごしたりなども。ガラケーを使用していた最後の年、という事にもなります。

 

●ニュース

3月の東日本大震災が最大の衝撃でした。21世紀の日本で最も大きな災害と思いますが、津波の恐ろしさを初めてまともに認識した災害でもありました。

震災があると、ACの広告が鬼リピする訳で(阪神大震災の時もそうでしたが)、この年のは♪ぽぽぽぽーん、ってのが流行りました。

政権は菅首相が退陣し、野田首相が就任していますが、この時は年々首相が変わっていました。まだ民主党政権真っ只中の時期でした。

 

●訃報

横澤彪さん …フジテレビプロデューサーで「オレたちひょうきん族」の仕掛け人。懺悔コーナーの神父でも有名。

細川俊之さん …ニヒルっぽい渋い存在感で、主演級も助演も幅広くこなす。「あしたのジョー」の力石徹役で声優でも人気。

喜味こいしさん …兄弟漫才「いとし・こいし」の弟側として独特のダミ声でのツッコミが絶品

尾藤公さん …箕島高校の監督として数々の選手を甲子園優勝に導きプロへ輩出、1979年延長18回死闘の伝説

坂上二郎さん …コント55号として萩本欽一氏とともに一世を風靡したコメディアン。「夜明けの刑事」など俳優でも活躍

田中好子さん …キャンディーズのスーちゃんとしてアイドル界を席捲。その後女優として活躍。

田中実さん …連続テレビ小説「凛々と」で注目。「刑事貴族」など生真面目な役柄で人気。

児玉清さん …渋い存在感を放つ俳優にして「アタック25」の司会を生涯務めた数々の名セリフでも人気

長門裕之さん …人情味ある善人から憎らしい悪役まで幅広くこなした盟友。「赤い疑惑」など大映シリーズの悪役で人気

宮尾すすむさん …日本の社長を訪ね歩いたタレント。独特の「ハイっ」のポーズも有名

原田芳雄さん …陰のある独特の存在感と不良性をもったキャラが当たり役の俳優。影響を受けた後輩俳優多数。

伊良部秀輝さん …稀代の剛速球投手としてメジャーにも渡り阪神でも活躍も若くして自殺

高城淳一さん …悪役・イビリ役などでTVドラマで存在感。「大都会」「西部警察」両シリーズでイビリ役として君臨

竹脇無我さん …青春スターから時代劇ヒーローへ、淡々とした独特の物腰で存在感

滝口順平さん …「ヤッターマン」のドクロベエなどの独特のセリフ回しが有名な声優

杉浦直樹さん …とぼけた役どころがはまり役の俳優。独特の頭髪の分け位置で、養毛剤のCMなどで有名。

山内賢さん …映画の青春スターから、TVでは「あばれはっちゃく」シリーズ全編で担任の先生役

柳ジョージさん …渋い外見にサングラスと高くパワフルなブルースロックシンガーとしてシーンを牽引

隆の里関 …不屈の闘志で糖尿病を克服し30歳を過ぎて横綱になった「おしん横綱」。鳴戸親方としても相撲協会に尽力。

西本幸雄さん …阪急・近鉄の監督として強い球団に育て上げ、数々のリーグ優勝をもたらしながら日本一は無縁の「悲運の名将」

上田馬之助さん …プロレス界の悪役の存在感を上げ、タイガー・ジェット・シンとの凶悪コンビは有名

杉原輝雄さん …ガンに侵されながらも現役を全うした不屈のプロゴルファー

入川保則さん …ドラマのゲストを主に活躍。関西ローカル「部長刑事」で主演。余命宣告後の毅然とした姿が話題に

 

●プロ野球

巨人に澤村拓一投手が入団し新人王を獲得しました。

引退はヤクルト・石井弘寿投手、長年タフな中継ぎとして活躍しました。阪神の主力としても活躍した濱中治選手が引退、阪神⇒オリックス⇒ヤクルトへと渡りましたが、ケガや不調で大器になりきらなかった感がありました。

豊田清投手がそこそこの成績を残しながら広島で引退、西武のイメージが強いですが、巨人にも在籍していました。

オリックス・田口壮、中日・佐伯貴弘等の40歳越えの選手が現役最終年となり、翌年に正式に引退するなどしていました。

ソフトバンク・柴原洋選手もこの年に引退しています。

 

●大相撲

野球賭博問題で何十人も書類送検され、更には八百長問題の発覚で、異例の春場所が中止されるなど、揺れに揺れた大相撲界でした。

3月場所は戦後初の中止となり、次の5月は「技量審査場所」として無料公開し、2場所も連続して興行ができない(観客よりお金が取れない)状態となりました。

優勝は全5場所中、白鵬が4回でほぼ独占、あとは日馬富士が1回しており、相変わらずモンゴル勢の壁が厚い状態でした。

引退力士は、八百長等の関係で解雇も含め多数発生しましたが、これ以外の正式な引退者としてまずは大関・魁皇です。千代の富士が挙げた通算1,045勝を上回る歴代1位の1,047勝をあげて39歳を目前に引退しました。幕内在位107場所、大関在位65場所も共に1位の大記録を残しています。

その魁皇と同級生の関脇・土佐ノ海も引退しました。恵まれた体格に関脇・小結で連続して勝ち越しをあげるなど、大関候補の呼び声もありました。同じく関脇・北勝力も引退、2004(平成16)年には13勝を挙げて優勝争いにも参加し、大勝ちをした場所の多い力士でもありました。更には関脇・玉乃島も引退、キャリア前半は大勝ちを重ねて彼もまた大関候補と目された時期がありました。

その他は小結・普天王が引退、元十両ながら44歳まで現役を務めた栃天晃もこの年に引退しています。

 

●ハロプロ

スマイレージが前年メジャーデビューで大躍進していたと思ったら、8月に初期メンバーが初の脱退、その前に2期メンバーとして5名が当初「サブメンバー」の形で加入し、揺れに揺れていました。「なぜ最強の4人にメンバー追加するんだ?」という感じで、新メンバーに対する受け入れが必ずしも肯定的なものばかりではない状態でした。2期メンバーは8月に加入、9月に1人が病気離脱しますが、残る4人は10月に晴れて「正メンバー」へ昇格しました。しかしそれも束の間、またも初期メンバーが一人年末に卒業が決まり、快進撃を続けてきた(と見えた)スマイレージにかなり陰りが見えた向きもありました。(実はこの時、解散の話もあったそうで…)

Berryz工房の「ヒロインになろうか!」が発売、東日本大震災と時期的に被ってしまいましたが、個人的にこの曲が初めてリアルで発表されたシングル曲でした。それまで「イナイレ」路線でアニメ主題歌起用されていた曲が続いてきましたが、この曲からその路線を外れる事となりました。

 

●旅行

関東の未訪問市を巡る旅をよくやっていました。埼玉県や千葉県、茨城県など。

福島県の会津地方へ初めて行きましたが、会津若松でホテルが取れずに旅行も断念し、再訪は10年後となりました。また喜多方へも初めて行きました。夏の盆時期に行きましたが、福島でもめちゃくちゃ暑くて、歩いている時はただただ苦行でした。

2022年7月 3日 (日)

生活と思い出と世の中と(2012年)

遡って振り返る「生活と思い出と世の中と」、第10回は2012(平成24)年です。

今からちょうど10年前になります。個人的には42歳になる年で、身体的な曲がり角を感じました。

 

●仕事

4月に初めて役職者になりました。41歳までずっとヒラで、もう役職者なんてないだろうと思っていましたが…。
それまで後輩だった2人がそのまま部下に、という感じで。
春先は新業務システムの立ち上げでバタバタで役職者になった途端、ハードでした。

 

●ニュース

ロンドン五輪が行われた年でした。そして東京スカイツリーが開業しました。翌年見に行ったのを覚えてます。

前田敦子さんがAKBを卒業した年で、こんな前だったのかと今更驚きました。指原莉乃さんがHKTへ移籍したのもこの年でした。

 

●政権

野田首相から安倍首相に交代しました。これまで3年余り「政権交代」を合言葉に民主党が政権をとっていましたが、遂に終止符が打たれ、再び自民党政権となり、第二次安倍内閣の誕生でこの内閣が久々の長期政権となりました。この年に自民党政権に戻り、現在に至るのですね。

それまでは、2006年に誕生した安倍内閣の第一次政権が1年で終了して以来、毎年首相が交代していて実に目まぐるしいものでした。

 

●訃報

二谷英明さん …映画界を引っ張ったダンプ・ガイ。戦えマイティジャックに、「特捜最前線」の神代課長役で10年活躍

太平シローさん …太平サブロー・シローで漫才師として活躍し人気を得る。

左右田一平さん …飄々とした脇役として長くテレビで活躍した名優。

三﨑千枝子さん …寅さん映画や「パパと呼ばないで」などで笑いと涙を併せ持つ「おばちゃん」の代表的存在

久島海関 …学生相撲で鳴り物入りデビューも幕内止まり。親方として活躍するも若すぎる急死

泉大助さん …「ズバリ当てましょう」の名司会で有名

安岡力也さん …コワモテの代名詞的存在である「ホタテマン」。元グループサウンズのメンバー。

荒木しげるさん …バンドのドラマーから仮面ライダーストロンガーへ。「超神ビビューン」「特捜最前線」などでも活躍

尾崎紀世彦さん …「また逢う日まで」のヒットが有名。彼もまたグループサウンズのメンバー。

地井武男さん …個性的な悪役を経て「太陽にほえろ!」トシさん役で人気。「チイチイ」としてバラエティーでも人気に。

小野ヤスシさん …ザ・ドリフターズの初期メンバーにしてタレント。時代劇の岡っ引きなどでも活躍

山田五十鈴さん …演劇界の重鎮にして「必殺からくり人」や「必殺仕事人」シリーズでも活躍

浜田幸一さん …政界の暴れ馬「ハマコー」として活躍

大滝秀治さん …悪役から「特捜最前線」のおやじさんで当たり役。つぶやくように話すのが持ち味の性格俳優

馬渕晴子さん …「赤い激流」「私の姑ばなれ」などアクの強いイビリ役が印象的

山田吾一さん …ぬぼーっとした存在感の個性的俳優

桑名正博さん …キャロルと並び称された「ファニー・カンパニー」として日本ロックの革命を牽引

藤本義一さん …真っ白な頭髪が印象的な聡明な印象の作家

森光子さん …昭和の日本のお茶の間に欠かせない名女優。舞台でも記録的な活躍。

小沢昭一さん …ラジオ「小沢昭一的こころ」で有名

平田翼さん …「ズームイン!朝」のジャイアンツ情報でお馴染みのスポーツライター

 ※この年だけで「特捜最前線」のレギュラー出演者が3人も亡くなり、時代の変遷を感じました

 

●プロ野球

2,000本安打達成者が3人も誕生しました。日本ハム・稲葉選手、ヤクルト・宮本選手、ソフトバンク・小久保選手と。全員が40歳以上になる年での3人達成はなかなかないと思います。小久保選手はこの年引退しています。

ヤクルトでは足を武器に活躍した福地選手の引退、また西武で抑えとして活躍した小野寺投手も引退しており、ビッグネームでは阪神・金本選手が44歳にして遂に引退、また意外と早かったのが同じく阪神・城島選手も引退しました。

 

●大相撲

初場所で大関・把瑠都が初優勝しました。他に日馬富士の優勝もありましたが、最大の驚きは37歳8ヶ月にして平幕優勝を遂げた旭天鵬でした。高齢初優勝という事で大いに話題になりました。

ちなみに白鵬はこの年優勝はわずか2回にとどまっています。

引退力士としては1月に関脇まで務めた栃乃洋が引退、出島と同期でライバル的によく比較されていました。その他三役経験者では、小結を務めた垣添が引退、また同じく小結を務めた黒海が引退しています。黒海という四股名に反して色白の肌が印象的な力士でした。

 

●ハロプロ

まだヲタ活はしていませんでしたが、5月に初めてスマイレージのイベントを見に行きました。阪急西宮ガーデンズで。ホンモノだ!と思ったし、見たまんまだ!と変に感心してしまいました(笑)

スマイレージはこの年から6人体制となり、いわゆる「6スマ」体制3年間の初年でした。

Berryz工房がタイのスーパースター・トンチャイ・メーキンタイの楽曲カバーである「cha cha SING」をリリース。この年からメンバーのブログがスタートしました。

モーニング娘。では11期として小田さくらさんが研修生から1人加入となりましたが、5月に新垣里沙さん、光井愛佳さん、11月に田中れいなさんと多くのメンバーが卒業し、時代の変わり目を感じました。

●旅行

まだ国内旅行しか行った事のない身で、初海外はこの翌年でした。

念願の大阪府立大学に入学しました!といっても、学内に入ったというだけです。高校時代ここに入りたくて担任へ第一志望として挙げていたところで、でも成績的に試験を受けるに及ばず断念した事もあり、ここでキャンパスライフを送ってたらどうなったかな?とか思いを馳せていました。

山口県岩国市の「錦帯橋」を初めて見ました。こんな素晴らしい所があるとは!って感じでした、あのエリアは色々なものがあって。

この時期はケータイアプリの「ロケタッチ」を使って、あちこちで「タッチ」しながら旅していました。すぐにアプリが廃止になりましたが…

長崎県の平戸城、静岡県の下田港や修善寺温泉、それから熱海の街めぐりもしました。熱海は昔リゾート地で栄えて、それからあちこち閉館になった歴史も読み取れる雰囲気でした。

鹿児島の知覧へ行って特攻隊の資料館へ行きましたが衝撃でした。ここは武家屋敷群があったり、知覧茶を買ったり、思い出深い面が数多くありました。同じ鹿児島県で垂水へ渡って、鹿屋へも行ったりしました。枕崎の宿で泊まった時は、海が真ん前で波の音が聞こえて最高のロケーションでした。

 

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2022年7月 2日 (土)

生活と思い出と世の中と(2013年)

過去へと遡っていく「生活と思い出と世の中と」。第9回は2013(平成25)年です。

 

「あまちゃん」ブームに沸いた9年前、個人的には43歳になる年でした。

 

●仕事

4月に新上司が赴任してきました。和気あいあいとやれたここからの1年間で、仕事の口出しはほとんどされなかったので、とてもやり易かったです。

そして「別れ」の多い年でもありました。3月までずっと上司だった方が12月に定年でお別れ。ずっと温かく見守って頂いて、ただただ感謝でした。1月には仲の良かった同級の同僚とお別れ。かけがえのない相手でした。大人になってから仲良くなった人ホントに少なくて、最初から思えばよくこんなに仲良くなったなと。実質30歳過ぎてから知り合って、というのは自分の中では奇跡でした。

ナント42歳にして初海外へ行きました。これが仕事で! 海外旅行なんて無縁の人生で、国内旅行ばかり楽しんできましたが、これが一つの転機となり、以後独りで海外旅行を楽しむようにもなりました。最初は壁が高かったのですが、仕事が良いキッカケをくれました。仕事で初海外行って、そこから1週間と空けないうちにGWがやってきて、プライベートでも初海外旅行!しかし、この日程の空いてなさが…帰国時に空港の別室へ通され、色々身辺チェックさせられる事となりました…

●ニュース

東京都の猪瀬知事がわずか1年での退任となった年でした。

「トーキョー!」の声が懐かしい、2020年東京五輪が決まって盛り上がっていました。まさか1年延びてあんな五輪になるとは当時誰も思わなかった事でしょう。

●訃報

原哲男さん …吉本新喜劇のベテラン。「誰がカバやねん」のギャグがあまりに有名

大島渚さん …「愛のコリーダ」など問題作を投げかけた映画監督。

鳳凰関 …元関脇で重い腰を持ち味に幕内34場所。

大鵬関 …昭和の大横綱として優勝32回。「巨人・大鵬・卵焼き」と言われた時代の代表的スター

井上昭文さん …昭和の悪役俳優として小悪党を中心に活躍。「西部警察PARTⅡ」では「おやっさん」として刑事役

本郷功次郎さん …ガメラ映画などで有名。「特捜最前線」の橘警部も当たり役。

克美しげるさん …エイトマンの主題歌に、波乱すぎる人生

納谷悟朗さん …「ルパン三世」の銭形警部に、仮面ライダーシリーズの悪の首領の声など独特の存在感

坂口良子さん …愛らしいルックスの美人女優としてならすも後半生は波乱

西沢利明さん …紳士風の柔らかい物腰を漂わせながらの非道な悪役が持ち味

三国連太郎さん …アクの強い存在感に満ちた役から「釣りバカ日誌」が当たり役に

夏八木勲さん …ハードからソフトまで、主役も脇役も似合う俳優で、千葉真一氏の盟友

長門勇さん …「三匹の侍」などで有名。岡山弁を用いたコミカルな演技でも人気

内海賢二さん …迫力のある声で鳴らした名声優。「Dr.スランプ アラレちゃん」の則巻センベエが有名。

高崎一郎さん …「レディス4」の司会で長年活躍、独特の名調子

藤圭子さん …宇多田ヒカルさんの母として、またかつては孤高の歌手として一時代を築く

桜塚やっくん さん …女子高生のコスチュームでのコントでおなじみ、高速道路上で事故死

川上哲治さん …巨人V9の監督として歴史をつくった球界の「ドン」

島倉千代子さん …「人生いろいろ」などのヒット曲をもつ演歌歌手

大瀧詠一さん …「さらばシベリア鉄道」「幸せな結末」など有名。はっぴぃえんどからナイアガラトライアングルなどシーンを牽引

 

●プロ野球

福留孝介選手が阪神へ移籍の形で国内復帰しました。ラミレス選手が外国人で初となるNPBでの2000安打を達成、しかしこの年がNPB在籍ラストイヤーとなってしまいました。

現在もメジャーで大活躍する大谷翔平投手が日本ハムへ入団した年で、パリーグで二刀流はビックリでした。

広島の「侍」こと前田智徳選手が42歳にして遂に引退し、ベテラン左腕・菊地原投手も引退しました。

DeNa篠原、ロッテ薮田というセットアッパーで活躍したベテランも引退していきました。

シーズン中の記録で度肝を抜いたのは、楽天・田中将大投手の24勝無敗の大記録でした。このローテーション管理の時代に20勝できるのもスゴイですね、ほぼ全勝しないと無理だし、それだけ登板機会もないと…という中での大記録でした。

 

●大相撲

優勝は白鵬か日馬富士のみのモンゴル勢で独占でした。

人気力士だった高見盛が十両下位で大負けして遂に引退、その他把瑠都や雅山など大関経験者が引退、関脇・阿覧も引退しました。

遠藤がデビューした年でもあり幕下付け出しからわずか3場所で入幕しています。

 

●ハロプロ

この年から本格的にコンサートやイベントへ行くようになり、いわゆる「ヲタ活」を始めた年でもありました。

最初は大阪だけ、とか思ってるうちに知らぬ間に東京のイベントにも行くようになり、最初はBerryz工房だけでしたが、そのうちスマイレージのヲタ活もするようになっていました。もっともスマイレージはコンサートやライブがなかったので、イベントばかりでしたが、「ヤッタルチャン大作戦」と称してキャンペーンをやったりもしてました。

Berryz工房が台湾でコンサートを行い、ライブは直接は参加しませんでしたが、会場は見てきました(笑)

そしてBerryz公募はナント!初武道館が5月に発表され、11/29に日本武道館へ見に行ってきました。これが「ベリ」武道館最初で最後の参戦だったので特に思い出深かったですね。

そのBerryz工房とスマイレージが舞台でタッグを組むと聞き、高まりました。「我らジャンヌ 少女聖戦歌劇東京の公演めちゃくちゃ見ました。大阪でも公演されてここでも。キャストが一定せず、配役パターンを反対にしたりシャッフルしたり、いろんなバリエーションでぶつけてきたのも魅力でしたが、演者側はめちゃくちゃ大変だったろうなと思いました。

 

●旅行

先述の通り、初海外として台湾へ、旅行にも行きました。主に西側の北端・基隆から台中くらいまで、ちょっとだけ高鐵(新幹線)も乗りました。

夏には韓国・釜山へも行きました。福岡から船で、高速艇BEETLEというやつで3時間、船で行く海外ってまた良いものでした。

そういえば帰りに、釜山の港に着いてずっと待っていましたが、全然来ないし人の気配もなく、おかしいなぁ~と思っていたところ、国際港へ行くところを間違って、隣の国内港でずっと待っていて、直前で気づいてダッシュで国際港へ行き着きましたが、危うく帰国できなくなるところでした。この後十何度と海外旅行していますが、いちばんのハプニングは今でもこれだと思います。

埼玉県坂戸市の「聖天宮」は台湾寺院形式の素晴らしい所で、これを見に行った事や横浜コスモワールドへ行ったり、広島県福山市の「鞆の浦」へようやく行けたり、大阪府箕面市では滝を見ながら、猿が観客の弁当をかっさらうところを目撃したりしました。

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