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2022年8月の6件の記事

2022年8月28日 (日)

生活と思い出と世の中と(2002年)

遡って振り返る「生活と思い出と世の中と」。20回目は2002(平成14)年です。

 

今からもう20年も前になる事に驚きですが、日韓共同開催のワールドカップでサッカーに沸きました。

ノーベル賞の受賞が複数あり、これも明るい話題として挙がりました。個人的に32歳になる年、楽しい事も沢山ありました。

 

●仕事

派遣社員身分で働いていた真っ最中で、局面的には2000年から2004年くらいまでほぼ一緒でした。

会社の飲み会が盛んだった覚えがあり、またそれを良しとした時代でもありました。

昼休みに若い子らとバドミントンしたりで元気に過ごしてて、仕事的に楽しい時期でもありました。

 

●ニュース

やはり日韓共催のワールドカップですね。基本サッカーに興味なく、選手もあまり知らなかったのですが、この時は結構TVで見る事により覚えて、一時的にサッカーに親しみのモテた時期でもありました。

それまでというと、時差もあってリアルタイムで見る事も稀で、日本は大体予選敗退してたのでまず見る事もありませんでした。そこへもってきて、この年はベスト16までいった訳で、全体的なサッカー熱の底上げになったと思います。

ブラジルがやはり強くて、ロナウド、リバウド、ロナウジーニョ、イギリスはベッカム、ドイツのGKカーンなど色んな選手がTVに出てきたものでした。

日朝首脳会談が開催され、拉致被害者が帰ってきたのも印象的でした。

ノーベル賞で小柴昌俊氏と田中耕一氏の受賞も印象的でしたが、田中氏がホントに庶民という感じでした。

アゴヒゲアザラシで多摩川の「タマちゃん」の話題もこの年でした。

東北新幹線で、盛岡から八戸へと延伸され、青森県に初めて新幹線が通るようになりました。

 

●訃報

北の洋昇さん …元関脇・北の洋、緒方昇氏として大相撲解説をされていた

峰恵研さん …「サザエさん」の隣人「浜さん」の声優。仮面ライダーの怪人役でも声優として

はせさん治さん …「魔女っ子メグちゃん」のチョウさん、「一休さん」の秀念さんなど、独特の声の脇役キャラ

5代目柳家小さんさん …丸顔の親しみやすい落語家で、CMでも多く活躍

伊藤俊人さん …「古畑任三郎」などの脇役で活躍も40歳の早世

村田英雄さん …演歌界の大御所。足を切断したりしながらも壮絶な人生。

室田日出男さん …東映ピラニア軍団から世に出て役柄を広げた一人。「野獣死すべし」の刑事、「RUN」でもクセものの刑事役

山本直純さん …作曲家。大河ドラマ「武田信玄」の音楽、「戸締り用心火の用心」のCMにも登場

伊藤一雄さん …パンチョ伊藤氏として、長年プロ野球ドラフト会議で独特の選手名読み上げを

戸川京子さん …戸川純さんの妹、子役から活躍を続けてきた

武上四郎さん …ヤクルトの選手にして監督も務めた「ケンカ四郎」

笹沢佐保さん …「木枯し紋次郎」などで有名な作家

范文雀さん …ハーフ系の役柄を得意とした女優。「Gメン'75」末期の賀川陽子刑事役など。

 

●プロ野球

巨人は長嶋監督の勇退に伴って、原監督が初めて就任したのがこの年でした。阪神は野村監督から星野監督へという事で、監督人事で話題になった年でもありました。

阪神・星野伸之投手が引退、オリックスから請われて阪神へ来ましたが、阪神では思うような活躍ができず、通算200勝ならずに引退となりました。横浜・野村弘樹投手も引退、まだまだ早かったですが故障で後半は厳しいものがありました。石井浩郎選手も最後は横浜でユニフォームを脱ぎました。

ロッテで首位打者を獲った平井光親選手や、近鉄の渋い控え捕手で活躍した古久保健二捕手も引退しました。

ヤクルトではブンブン丸のニックネームで主力として務めた池山貴寛選手が引退、最後は腰の痛みが相当酷かったようでした。

中日へ出戻った大豊泰昭選手も引退、その後51歳の逝去は早すぎました。

巨人・松井秀喜選手が日本で活躍したのはこの年までで、この年その集大成の如く50本塁打を放ち、メジャー行きに本塁打・打点の二冠王を獲り華を添えました。

新人王はセ・リーグがヤクルト・石川政規投手で20年経った今も現役を続ています。パ・リーグは日本ハム・正田樹投手で、その後は意外にも振るわなかった印象でした。

巨人・桑田真澄投手が最優秀防御率を獲り、国内で最後のタイトル獲得となりました。パ・リーグの投手部門は近鉄・パウエル投手が大活躍していました。

日本シリーズは巨人✖西武で、意外にも?巨人の4連勝であっさり日本一が決まりました。

 

●大相撲

武蔵丸が3回優勝、栃東と千代大海が1回ずつで、朝青龍が初めて優勝した年でした。貴乃花はまだ現役でしたが翌年1月に引退する事となり、その前年であるこの年は1場所出ただけで、あとはすべて休場していました。

武蔵丸は3回も優勝したものの故障明けでのなんとかの優勝で、その直後は成績が振るわず長期休場も伴いながら、勝ち越しすらなく翌年引退する事となります。

引退は元幕内では朝乃翔、大至、湊富士、肥後ノ海といったところでした。関脇では寺尾が遂に引退、突っ張りを武器に軽量ながら息の長い土俵生活でした。今なかなかこういうタイプの力士いないですよね。ケンカ相撲ともいえる闘志あふれる関脇・貴闘力もこの年に引退しました。

 

●旅行

この翌年に知り合いからデジカメを譲り受けましたが、この年までは「写ルンです」を都度買って写真を撮っていたので、撮る枚数が限られていて、今から考えると窮屈なものでした。使い終わった分も現像に出すまでは持っておかないといけなかったので、その分荷物になったりと。

そんな形でしたが、旅行はほとんど行っておらず、財政的な問題もあり?夏のお盆の頃に行ったぐらいしか記憶にないですが、この時は「能登」へ初めて行きました。輪島や、今は亡き珠洲駅がまだ現役稼働していました。輪島では夜に公民館だかで「御陣所太鼓」を観ました。Photo_20220828215601今は亡き珠洲駅

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2022年8月21日 (日)

生活と思い出と世の中と(2003年)

遡って掘り返る「生活と思い出と世の中と」。19回目は2003(平成15)年です。

自衛隊のイラク派遣などで物議を醸しましたが、結局派遣決定しました。肺炎の「SARS」が流行りました。日本でというより海外ででしたが。コロナの時もこれのようなすぐ終わるものと思っていましたが…。

阪神が18年ぶりの優勝を遂げ、また松井秀喜選手がメジャーで活躍を始めたのもこの年で、野球関連の明るい話題は多かったものの、他は暗いニュースが多かった気がします。

●仕事

派遣社員として年を越した最後の年となりました。月々の給料以外で、正規社員はボーナスをもらう訳ですが、我々は寸志程度で、夏冬2回で10万を越す事がないほどでした。

そんな生活を続けて5年、そんな時期でした。

 

●ニュース

先に記していますが、自衛隊のイラク派遣の決定でした。これまで侵略対応として文字通りの「自衛」が役割でしたが、この時に「衛」が主でありつつも海外へ出て行かなければならない、という事になった訳で。

地元ネタですが兵庫県の宝塚ファミリーランドが閉園しました。この時期このような家族で行く遊園地の閉園が多かったようで、個人的に翌年初に奈良ドリームランドへ行こうとしたら閉園後でした…。

品川駅に新幹線が開業したのはこの年でした。それまで新幹線では新横浜の次は東京だったのに、なんで近距離の品川挟むんだろう?と当時まだそんなに東京行ってませんでしたが、感じた事ではありました。

 

●訃報

深作欣二さん …数々の大作映画のメガホンを取った名・映画監督。

田中明夫さん …昭和のテレビドラマの数々で狡猾な悪役として存在感を放った俳優。

井上搖さん …「機動戦士ガンダム」のセイラ・マス軍曹役などで人気を博した声優。

天本英世さん …「仮面ライダー」の死神博士など狂信的な悪役を得意とした東大卒の俳優。

古尾谷雅人さん …俳優界一の長身と言われ数々のドラマに出演した俳優も45歳で自殺。

冝保愛子さん …90年代を中心に話題となった霊能者。

名古屋章さん …日テレ系青春ドラマや大映ドラマの重鎮として活躍。

八代駿さん …「トムとジェリー」のトム役で誰もが知る声優。「くまのプーさん」でもおなじみ。

坂口祐三郎さん …「仮面の忍者・赤影」の赤影役で人気を博した俳優。

沢たまきさん …「プレイガール」シリーズのオネエ役で人気。後に国会議員として活躍。

河原崎長一郎さん …俳優三兄弟の長兄。「意地悪ばあさん」の父親役などでも人気。

夢路いとしさん …ボヤキ漫才の長老格で、ボケ役の兄。

団令子さん …映画隆盛時代のヒロイン女優のひとり。息子団優太さんデビュー時に一時復帰。

小林千登勢さん …「わが子よ」シリーズの良きお母さん役が印象的な女優。クイズ番組にも長年出演。

 

●プロ野球

冒頭にも書きましたが、星野仙一監督率いる阪神が18年ぶりにリーグ優勝して湧き上がりました。星野監督に、盟友田淵コーチ、そして2002年から獲得していた戦力と共にリーグを制し、巨人・原監督との終盤の抱擁も話題になりました。

オリックスの失点記録がワースト記録を更新し、石毛監督は解雇され、厳しい時代でした。2000(平成12)年にイチロー選手が去り、2002(平成14)年頃から顕著に暗黒時代に入った事を感じました。

いわゆる「松坂世代」の大卒選手が入団し新人から活躍した選手が多く出てきました。新人王もセ・リーグが巨人木佐貫洋投手、パ・リーグはダイエー和田毅投手とやはり松坂世代でした。今はもう40歳を過ぎ殆どいなくなりましたが、和田毅投手だけは頑張っています。

引退では、西武の伊東捕手が遂に引退しました。常勝チームに不可欠な「正捕手」らしい捕手でした。そして即監督に就任します。

 

●大相撲

貴乃花、武蔵丸と横綱が相次いで引退し、これが個人的には気がつけば引退していたようなアッサリとした印象でした。

そんな時代の変わり目で、これ以降朝青龍をはじめとするモンゴル勢が本格的に出てきますが、まだこの年は日本人力士が優勝していました。またその朝青龍が横綱に昇進したのもこの年でした。ここから、貴乃花や武蔵丸の時代に取って代わる事となります。

引退力士としては他に関脇を務めた安芸乃島で通算金星16個は史上最多で大関候補と言われながらもしぶとく闘志に溢れた取り口で人気力士となりました。また小結を務めた大善が39歳で引退、幕内在位がそんなには長くなかったですが、晩年に力が出て力士寿命が延びた力士といえます。

●バイク

この年の初め、90ccのバイクを中古で買いました。バイクに乗るのは1994(平成6)年以来8年余ぶりで、それまで持ってても自転車止まりだったので、生活が変わった事を実感しました。と同時に、公共交通機関でなかなか行けない所の街の様子を初めて知った、という事も多々ありました。

 

●旅行

この当時、姫路と岡山をつなぐ「播備ライナー」という長距離バスがあり、電車や新幹線ではなく、敢えてこれで岡山と往復したりしていました。この便はこの年3月に始まり、12月には廃止され、不入りの為1年持ちませんでした。。

あと、GW初めに京都府北部の福知山市へ行ったら、福知山城址の傍でまだ桜が咲いていました。4月末に桜が見れて得した気分でした。それとバイクを手にした事で、周辺の日帰り温泉へと色々走ったりしていました。この年からですね、ハッキリと温泉が好きになったのは。

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4月末の桜(京都府福知山市)

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2022年8月15日 (月)

生活と思い出と世の中と(2004年)

遡って掘り返る「生活と思い出と世の中と」。18回目は2004(平成16)年です。

21世紀初の夏のオリンピックである「アテネ五輪」が開催された年で、野球界では近鉄バファローズが消滅した年でもあり、個人的には34歳になる年でした。

 

●仕事

今勤めている会社に入った年でした。

数年前にこの世界で拾ってもらって、その後自分は親会社側へ属し、かかわりを持ちながらも彼らと別会社に属す事になりましたが、諸事情あり子会社側から拾われる形で入る事となりました。

しかしそこに至るまでが大変でした。何故ならそこへ行くのが嫌だったからです。
それまで自分は親会社の派遣社員でやっていましたが、ある時から連日、子会社(今の会社)の方から呼び出されて入社の勧誘をされ、しかもここではない別の街で働けと言われ、無理!という事で断っていました。何せそこは土日も昼夜もない所で残業も凄まじいと聞き、盆正月もどうやら…という感じで、土日休みなかった為に最初の会社を辞めた経緯もあり、そこだは守りたいとこだわっていました。
せっかく月~金で自分のペースでそこそこ働かせてもらえる会社をわざわざ抜ける事は無いし、今の仕事でまだまだ覚えたいことが沢山ありました。

それで全面的に断っていましたが、何せ当時の自分が派遣社員身分であった為か、その後も勧誘が続きました。
「収入の安定」という殺し文句も持ってこられて、これは当時時給で働き、ボーナスも皆無であった状況には確かに「刺さる」言葉ではありました。
やがて提示条件が緩和され、現在の勤務地で違う部門での配属とすると突き付けられ、そこから少し折れて検討する事になりました。
そこで言われました「チャンス掴め!」と。この言葉も正直刺さりました。

最終的には派遣社員から正社員になれる、という大条件に負けて?周囲と色々相談の結果、入社を決意します。

色んな人との関わりの中で、自分は生かされていて、自分の道もそういう中で決まっていくんだな、という事も大いに感じた時期でした。

 

●運転から離れ

この前年の初めに、90ccのスクーターを買って乗り回していましたが、9月の初めに出かけの途中の道で急にエンジンの破裂音と共に止まってしまい、エンジンがかからずに、結局何kmも押し歩いて家の近くまで戻りました…。

後日近くのバイク屋でなおしてもらおうと思って、近くの公共駐輪場へ停めていたら、カギ穴が壊されていて、持ち込む気が失せてしまい、結局は家まで押し歩いて帰りましたが、治すことなくナンバープレートを返納し廃車手続を取りました。

それまでの間は、90ccのバイクで片道250kmある街まで走ったり…、2県境をバイクで跨ぐのは12年ぶりだったのでだいぶ緊張しましたが、しんどさと面白さと両方ありました。前回は125ccでしたが、90ccで走るのは厳しかったですね…。

バイクで電車の線路に沿う形で各駅を訪ねたりなんかも楽しかったです。

 

●PC

この年PCを買い換えました。

TV連動?のやつを初めて買って、大容量のHDDでということで、すごくスペックアップしました。このPCは特に気に入ってた事もあって2011(平成23)年まで7年間使っていました。

 

●ニュース

九州新幹線の新八代~鹿児島中央間が開業しました。

新潟県中越地震が発生し、大きな災害が発生しました。地震の度に被害状況が映されますが、阪神大震災を近くで経験してるので、いつ見ても痛ましさばかり感じます。

新札が久々に発行されました。五千円札は新渡戸稲造氏から女性の樋口一葉氏になり、千円札は夏目漱石氏から野口英世氏へ代わりました。千円札は変わった気がしませんでしたが自分だけでしょうか??

 

●訃報

玉川伊佐男さん …忠臣から悪役まで幅広くこなした性格俳優。「大都会 -闘いの日々」の課長代理など

手塚しげおさん …元スリーファンキーズで人気。「ウルトラマンレオ」隊員役や「太陽にほえろ!」ジーパン刑事射殺犯役など。

いかりや長介さん …ザ・ドリフターズのリーダーとして「8時だヨ!全員集合」で国民的人気を得て、後には渋い俳優へ。

又野誠治さん …「太陽にほえろ!」ブルース刑事として番組後期をアクションで支えた俳優も若くに自死

三ツ矢歌子さん …昼メロの女王の異名を取った女優。

下川辰平さん …「太陽にほえろ!」で地道な捜査を信条とした長さん役で人気。「長七郎江戸日記」の三宅宅兵衛役も。

中谷一郎さん …「水戸黄門」の「風車の弥七」役で長年人気を博した。

芦谷雁之助さん …喜劇人から俳優へ。「裸の大将」での山下清役は大当たり役。

横山光輝さん …「魔法使いサリー」「バビル二世」などの漫画家。火災事故死。

三橋達也さん …十津川警部役で人気の俳優にして「連想ゲーム」でも人気。クレー射撃は芸能界屈指の腕前。

鈴木貴久さん …元近鉄バファローズ選手でパワー溢れるチームの象徴的存在。コーチ時代練習後に帰らぬ人に。

金田一春彦さん …国語学者として有名。辞書の監修なども。

高畠導宏さん …元ロッテ打撃コーチなど歴任したプロ野球選手から、高校野球の指導者目指して教職の道へ進むも叶わず病死

鈴木義司さん …「お笑いマンガ道場」で冨永一朗氏とやりあって人気を得た漫画家。

星セントさん …「セント・ルイス」として漫才で人気を博した、コンビの長身の方。後年ルイス氏も後を追うように逝去。

中島らもさん …エッセイストにしてコピーライター。「明るい悩み相談室」が有名。階段から転落し早世。

下条正巳さん …寅さん映画の「おいちゃん」役で有名な飄々とした雰囲気の俳優。息子に下条アトム氏。

渡辺文雄さん …「非情のライセンス」橘役など有名な俳優。「連想ゲーム」解答者や「ソルマック」CMなども有名

徳永善也さん …「チェッカーズ」のクロベエとして人気を博したドラマー。舌癌で40歳の早世。

江角英明さん …悪役から刑事役まで、刑事ドラマ系のゲストには欠かせない名優。

松原みきさん …「真夜中のドア」などの楽曲が有名な歌手。がんにより44歳で早世。

原健三郎さん …元衆院議長。「ハラケン」のニックネームと共に衆院議員54年務め、93歳まで在職。

荻島眞一さん …二枚目俳優で、コメディーも悪役も様になった名優も58歳の早世。

島田正吾さん …新国劇の看板俳優で晩年はフィクサー的役どころも。98歳の大往生。

 

●プロ野球

冒頭触れたように「近鉄バファローズ」の消滅がありました。オリックス「ブルーウェーブ」もこの年限りとなり、「オリックスバファローズ」に統合され、残った選手は当時新規参入した「楽天」が引き取る事となる、「球界再編」の波が高まった年で、新規球団となると、これ以降は今現在までありません。

また、これは統合ではありませんが、福岡「ダイエー」ホークス最後の年にもなりました。ダイエーの経営が行き詰ったからですが、翌年以降は現在の「ソフトバンク」になります。

新人王はセ・リーグはヤクルトの川島亮投手、パ・リーグはダイエーの三瀬幸司投手でした。三瀬投手は28歳での(29歳の学年での)デビューとなりましたが、4勝3敗28Sと堂々のストッパーぶりでした。

この2人に共通しているのはこの新人の年がキャリアハイになってしまった事でした。

日本ハムが北海道へ移転した初年度でもありました。新庄剛志選手がアメリカから戻って来て、その去就も注目されましたが、北海道へ移転して新生ファイターズを謳う日本ハムで、日本球界へ復帰する事となり、そして様々なエンタテイメントを観客や視聴者へ提供していく事となります。

巨人の長嶋茂雄終身名誉監督が病に倒れたのもこの年でした。翌年東京ドームにその姿を現した事で話題になりましたが、当初の報道よりずっと症状は重かったように思いました。

阪神の鳥谷敬選手が入団した年でした。思えば初期は色々言われながらもやはり結果を残してきて2000本安打に繋がってると思います。

ダイエーの松中信彦選手が三冠王をマークしました。この当時がまさにピークで、その後急速に下がっていくとは全く想像もつかなかったですが…。

セ・リーグの首位打者は広島の嶋重宣選手で、元々背番号34(川口投手の後を継いで)をつけた投手として入団しましたが芽が出ず、打者へ転向しプロ10年目でようやく花開き、「苦節」という言葉も時々添えられていました。

引退選手としては、阪神で代々の神様として活躍してきた八木裕選手が39歳で引退しました。中日では川崎憲次郎投手が引退、中日へFA移籍し4年間の複数年契約でほとんど活躍できず、複数年契約の難しさを感じさせられました。西武ではシンカーで鳴らした潮崎哲也投手が引退、90年入団組として1年目から大活躍するも野茂投手はじめ多数のライバルと新人王を争いました。

 

●大相撲

年6場所中5回も朝青龍が優勝していた、やはり「朝青龍時代」でした。残りの1回は魁皇の優勝でした。

この年は大関まで上った力士が2名も引退しており、貴ノ浪が引退、キャリア前半は快進撃でしたが、ケガなどで顕著に凋落し始め、衰えも重なりあっさり大関を譲り渡して相撲を取る事になるとは思いもしませんでした。引退後は命に関わるレベルの大病も経験し43歳の若さで亡くなる事となります。
もう一人は武双山、彼はキャリア前半は飛ぶ鳥を落とす勢いでしたが、大関になるやケガも含め僅か2場所であっさり陥落し、その後関脇で10勝して大関へカムバックし、引退まで大関を守り抜き、貴ノ浪とは対照的な引き際となりました。

関脇はいませんが、小結ではまず小城錦が引退、小城ノ花の弟として兄弟同時幕内在位して活躍しました。もう一人元小結は浜ノ嶋です。肥後ノ海とライバル関係でしのぎを削ってきましたが、個人的に同学年でもあり好きな力士でした。

幕内では若ノ城、大碇が引退、後に宮城野親方として白鵬の師匠になる金親は元十両力士でしたが、この年に引退しています。

 

●旅行

先に触れましたが、バイクで近場を乗り回して、線路に沿って駅を訪ねたりもしていした。

天橋立もこの年に初めて行きました。「日本三景」で唯一、行った事のなかった場所でしたが、ロープウェー上って、てっぺんで股覗き、やりましたねえ。当時ガラケーで写真も撮りましたが、画素数粗すぎて見れたものではありませんでした。

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2022年8月 7日 (日)

生活と思い出と世の中と(2005年)

遡って掘り返る「生活と思い出と世の中と」。17回目は2005(平成17)年です。

JR福知山線の脱線事故という痛ましい列車事故があり、また愛知県では「愛・地球博」という万博が開催されました。個人的には35歳になる年で、今の人生の2/3くらいの時期でした。

 

●仕事

この前年に今の会社に入って、その初任の部署に配属されていましたが、当初はそんなに馴染んでいた感がなく、この年の終わりくらいからやっと馴染めたかな、というところで、朝出勤したらまず商談スペースでうだうだ話すようになり、始業後の業務とのメリハリがついて実に良かったです。

職場の中でもオン・オフ切り替えがありましたが、最近のオフィスでは全然そんなのが無いように思えます。良い時代だったなと。まだタバコは屋内で吸えたのもあり(自分は既に辞めていましたが)、今とは環境が違ってた事を感じます。

 

●ニュース

やはり4月の「福知山線脱線事故」で100名以上の方が亡くなった、という衝撃的な事件にビックリしました。この時偶々休日で、違う時間帯でしたが、逆方向を走る電車に乗ってたので、尚更でした。

あと「愛・地球博」は、出張で行った先の本近くでやっていましたが、この時は避けて、その片鱗だけ雰囲気を感じる事としました。キッコロとモリゾー懐かしいですね。

耐震強度問題の事件があちこちで発生し、手抜き工事が指摘された箇所が多数あり、これ以降「耐震構造」の工事がなされたり、耐震強度が確認されたりして、うちの職場付近でも耐震強度が絶えられないものがあったりしていました。

地元ネタですが、JR山陽本線の「ひめじ別所」駅が新規開業しました。

 

●資格

去年2021(令和3)年にアマチュア無線3級の資格を取りましたが、この年アマチュア無線4級(4アマ)を取りました。といっても、講習を受けて最後確認テストみたいなのでOKなら取得となる訳ですが。

まぁそんな事で無線機を初めて買って、色々聴いてました。この当時は救急無線なんかも聴けたのですが、後年デジタル化されて聴けなくなりました。

 

●訃報

小森和子さん …映画評論家ながらモノマネされた方が有名になってしまった「小森のおばちゃま」

出羽錦忠雄さん …大相撲の元関脇。TVでの解説でも活躍。

皆川睦雄さん …アンダースローで通算221勝。最後のシーズン30勝投手。コーチでも手腕。

星ルイスさん …「セント・ルイス」で大活躍した漫才コンビの背の低い方

頭師孝雄さん …俳優兄弟の兄。重厚な役柄で数多く助演。

ドン・ブレイザー氏 …南海、広島、阪神などで指導者として活躍しプロ野球発展に寄与

福士敬章さん …広島黄金時代先発投手の一角として活躍し、韓国プロ野球草創期にも大活躍。

ポール牧さん …指パッチンのギャグで知られたコメディアン

福井敏雄さん …関西ではお馴染みだった「お天気おじさん」

貴ノ花 …若貴のお父さんとしても有名となった元大関。二子山親方としても大活躍も55歳の早世

松村達雄さん …重厚な存在感が持ち味の俳優、「少女に何が起こったか」の学長、「アリよさらば」の校長なども

橋本真也さん …プロレス界の「破壊王」も40歳の早世

岡八朗さん …70年代からの吉本新喜劇を支えた「奥目の八っちゃん」。学生時代にピンポンやってた、のギャグが有名

中内功さん …ダイエーの創業者にして、福岡ダイエーホークスのオーナー

後藤田正晴さん …自民党の要職を歴任し副総理まで上り詰めた政治家

根上淳さん …紳士然とした悪役を得意とする俳優、「帰ってきたウルトラマン」の隊長役でも有名

本田美奈子.さん …アイドルからミュージカルへ高い歌唱力で活躍も白血病で38歳の早世

仰木彬さん …元西鉄選手にして、近鉄監督、オリックス監督を歴任。仰木マジックで有名に。亡くなる年にオリックス監督を務めた。

 

●プロ野球

まずは新規参入「楽天」球団がパ・リーグに入り、ペナントを戦いました。

前年、近鉄が消滅し、オリックスと旧・近鉄から20人ずつ、上の20人がオリックスへ、その下が楽天、またその下がオリックス、楽天…と、楽天には下層の選手が配される事となり、戦力的に最初から勝てないと言われていました。
初戦はナント白星を飾りましたが唯一戦力となる岩隈投手での勝利で、次の2戦目が26-0での記録的大敗で、この惨敗が楽天初年度の戦いの象徴的なゲームとなり、以後他チームとの明確な差を感じながらの試合が続きました。当時の田尾監督は負けるのは仕方ないので、とにかく少しでもゲームになるようにしたいとの思いで臨んでいたといいます。

またセ・パ交流戦もこの年から始まりました。これは通常別リーグで対戦する事のない球団や選手と対決する事がなかったので、良いとは思いますが、「全球団から勝ち星」とかの記録の貴重性がなくなったのは個人的に寂しいなと思いました。

楽天へ、選手の半分を分配した「オリックス」は、オリックス「バファローズ」となり、ブルーウェーブは消滅しました。当時のオリックスが正直戦力的に厳しかったので、上から取っても楽天の戦力としては厳しかったと思いました。

長嶋茂雄終身名誉監督が、東京ドームを観戦に訪れ、倒れて以降初の公の場で元気な姿を見せ、感動を呼びました。

 

●大相撲

年6場所すべてを朝青龍が優勝し、年間勝利数も84勝と圧倒的な強さを見せつけた「朝青龍時代」でした。

九州場所後に琴欧州が大関に昇進する事となり、翌2006年に新大関場所を迎えます。

引退力士としては、まず幕内・朝乃若が引退し、現在は彼の息子が同じ四股名で関取として取っていますが、この初代・朝乃若は特徴的な仕切りで、両手をつきながら体が地面にベッタリつきそうになり「カエル」と呼ばれたりして個性的でした。

また、同じように息子が同名の四股名を名乗っている共通点で、関脇・琴ノ若も引退しました。大柄の身体に実力者として活躍しました。十両に落ちることなく、幕内のままで引退しましたが、これは師匠・佐渡ヶ嶽親方が65歳で定年を迎え、部屋の継ぎ手の問題もあり、余力を残しながらのやむを得ない形での引退となりました。

その他、五城楼、火華司、和歌乃山などの力士も引退しました。

 

●旅行

この年、8年ぶり2度目の北海道へ行きました。初めて航路で北海道入りして、新千歳ではなく東の「女満別」空港に降り立ちました。前回、街なかしか通らなかったので、この時はすこしカントリーな風景を訪ねるようにして、北海道を感じるようにしていました。

愛知県瀬戸市へ行って、登り窯を見たりしましたが、ここは当時の「愛・地球博」の雰囲気を感じたりもしていました。

 

北海道のカントリー風景

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2022年8月 4日 (木)

生活と思い出と世の中と(2006年)

遡って振り返る「生活と思い出と世の中と」。16回目は2006(平成18)年です。

 

戌年で年男、個人的に36歳になる年でした。

●仕事

今の会社に入ってから、最初の建屋にこの年まで居ました。

この年末に異動を告げられ、別の遠い建屋に移る事となり、駅近だったこの建屋にいた最後の年で、以来16年駅から徒歩20分の生活が続いたまんまです。

2005年末くらいから1年少し続いた楽しい日々とこれにてお別れ、こんな楽しい時代を経てきているからこそ、その後のつまらない時代が信じられないし、環境次第でいくらでも楽しくなる事を知ってしまい、今の時代の職場には歯がゆい限りです。

 

●ニュース

ライブドアのホリエモン、村上ファンドなどの逮捕劇があり、時代の寵児的に扱われた人物の突然の暗転がクローズアップされました。

第一次安倍内閣が誕生、最初は1年しか持ちませんでしたが、その後国葬まで検討される首相になるとは…という感じでした。当時は小泉長期政権を禅譲の形で引き継いだ内閣でもありました。

秋田県で起こった小児の連続殺人がワイドショーを賑わせていました。ペラペラ喋ってた人が犯人か、ってのがありました。

トリノ五輪で荒川静香選手が金メダルを取り、号外が出るほど賑わっていました。この時繰り出した「イナバウアー」は以後、一般大衆に知られる言葉となりました。

秋篠宮妃紀子さまが遂に男児を出産、悠仁さまの誕生は「待望の男性」と話題になりました。

●訃報

近藤貞雄さん …中日、大洋、日本ハムで監督を務め、ユニークな戦術で話題を呼ぶ

加藤芳郎さん …連想ゲームのキャプテンでお馴染み、チョビ髭の漫画家

藤田元司さん …巨人監督として優勝に大きく貢献、その戦術は「藤田マジック」として賞賛

アイ高野さん …ザ・カーナビーツでスティックを持って♪おまえのーすべーてー、のフレーズで一躍人気、クリエーションでも活躍

松本竜助さん …島田紳助さんとの漫才コンビ「紳助・竜助」で漫才ブームを牽引

絵門ゆう子さん …池田裕子さんとしてアナウンサーに女優にと活躍してきたタレントアナ

田村高廣さん …俳優一家「田村三兄弟」の長兄。「助け人走る」の文さんのカッコよさは秀逸、晩年は気のいいおじいちゃん役も

岡田真澄さん …60代でパパになったことで話題を呼んだ俳優。インテリ系悪役からコミカルな役まで幅広く。

今村昌平さん …「復讐するは我にあり」「楢山節考」などのヒットで有名な映画監督。

北天祐 …大関を務めて横綱への期待も上がりながら早い引退、年寄・二十山襲名も46歳の早世。

川合伸旺さん …悪代官などを得意とする悪役俳優、「翔んでる!平賀源内」ではユニークな役柄も

橋本龍太郎さん …橋龍のニックネームにポマード頭で自民党のプリンスから首相に。

甲斐智恵美さん …アイドルから女優へ転身するも43歳で自殺

宮田征典さん …巨人で、まだセーブのなかった頃に中継ぎ・抑えで登場した「8時半の男」

長谷川良平さん …草創期の広島で197勝を挙げたエース、広島監督も務める

梶本隆夫さん …阪急で250勝以上挙げた大投手。米田哲也氏と共にヨネカジ時代を形成

丹波哲郎さん …ハードボイルド系の主人公として土曜の21時に活躍、霊界の伝道師的な活躍も。

多々良純さん …しゃくれ顔が特徴的な俳優、飄々とした役から小憎らしい悪党まで自在に演じた

藤岡琢也さん …人情味のあるオジサンの役が印象的で「渡る世間は鬼ばかり」のお父さん役が有名。

はらたいらさん …クイズダービーで天才的な大活躍をした漫画家

仲谷昇さん …渋みのある佇まいでエリート系の役柄を得意とした俳優。「カノッサの屈辱」では違う一面も。

岸田今日子さん …怪しげな雰囲気を持つ女優から、ナレーションでも活躍、「ムーミン」では声優も

 

●SNS

この年にブログを書き始めました。

ここのブログは2009(平成21)年に書き始めましたが、この2006年からは今は亡き「Yahoo!ブログ」を書いていました。2019年頃消滅してしまったんですよね、当時の記事は今はAmeblo(続トラベルとかナントカ (ameblo.jp) )へ移動させています。

 

●マイブーム

七田式の右脳の本を買ってきて、不意に円周率を200桁まで覚えたりしていました。

確かにイメージで覚えられますが、忘れたら早いものです(笑)

 

●プロ野球

日本ハムが北海道へ移転して初めてリーグ優勝、そして日本一になりました。

今やBIG BOSSになった新庄選手(当時:SHINJO)が日本ハムでの3年間の活動に終止符を打ち、野球選手そのものも引退しました。まだまだ全然続けられる、老いも衰えも感じさせないままでのあまりにもあっさりとした引退に啞然として実感も湧きませんでしたが、スパッと引退していました。

新人王はセ・リーグは広島の梵英心選手で、長らく広島で主力として活躍しました。パ・リーグは日本ハムの八木智哉投手、最初は活躍しましたがジリ貧になっていき、計4球団を渡り歩く事となりました。

 

●大相撲

朝青龍時代という感じながら、白鵬が大関に昇進したり、その牙城を崩す者が現れてきた感がありました。

初場所に栃東が優勝しましたが、その後実に永い間、日本人力士の優勝がなくモンゴルをはじめとする外国勢に取って代わられる事となりました。

主な引退力士は、まず関脇を務めた追手海です。デビューは鮮烈ながら、その後ケガで大成できず、関脇を1場所務めましたが、小結経験がなく、これは史上3人だけで、また三役皆勤なしは彼だけです。引退後は政界に身を投じて町議会と県議会議員として青森県の政治に携わり、今回7/10の参院選にも出馬したものの落選しています。

小結・闘牙も引退、長いもみあげと強面の風貌は昔の力士然として実に個性的でした。また闘牙にそっくりといわれた隆の鶴も同年引退しています。また幕内・金開山も引退しました。モンゴル出身の先駆け的存在である小結・旭鷲山もこの年引退しました。

●旅行

東北 …山形新幹線で新庄駅まで行きました。在来線と同じ地平に立つ新幹線って見た事がなかったので、自分の中で画期的でした。

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愛媛 …8月に12年ぶり2回目に愛媛県へ行きました。この当時はそんなにしょっちゅう旅行をしていなかったので、遠出は結構珍しいものでした。久々に松山へ行って、前回行けなかった松山城や道後温泉など、いかにもという感じの松山旅をしました。松山だけでなく、今治や川之江なども少しずつ訪ねて、どんな街か見てきた程度でしたが、愛媛の旅をそれなりに満喫しました。

高知 …高知には10月に7年ぶりで、やはり2回目の訪問をしました。高知市のはりまや橋をはじめとして街をめぐりましたが、高知は前回かなり色々回っていたので、高知市内はそこそこに四万十市(旧・中村市)で四万十川を眺めてきたり、逆に東側の室戸岬で色々な自然に触れてきたりもしました。

伊勢 …伊勢神宮の内宮・外宮を初めてまともに訪ねました。伊勢は24年ぶりで大人になってから初めてでしたが、自分の意志で訪ねた旅は子供時代の連れてこられたものとは全然違うものでした。

 

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2022年8月 2日 (火)

生活と思い出と世の中と(2007年)

遡って振り返る「生活と思い出と世の中と」、15回目は2007(平成19)年です。

平成も10年代まで遡ってきました。個人的には37歳になる年でした。

 

●仕事

今の会社に入ってから初めての異動で、といっても部門と建屋変わっただけで転勤はしてないんですが、仕事を持って来る形での異動となりました。これが今の職場の前の建屋へ移った時の事でした。

そして4月からは新システムがいよいよスタートという事で、これの実務者への対応を任されました。初日からエラー出まくりで、半日間止まったり、波乱のスタートでした。それからは当然のように、毎日毎日何やかや質問と不具合連絡とでだいぶバタバタしていたのを覚えていますが、15年も前の事なのか…と振り返れば思います。

自分だけ部門の毛色に合わない変わった事をやっていたので、周囲からの違和感と、自分から周囲への違和感にさいなまれ続けた時期でもありました。

前所属がすごい楽しかった中での異動だったので、「どんなとこに放り込まれるんだろ」と行く前は思っていて、行ってからは日々悶々そんな感じで、仕事ってつくづく環境次第だなと思わざるを得ませんでした。

 

●プライベート

大人になってから、殆どちゃんと親戚と会ってなかったくらい疎遠でしたが、この年久々にちゃんとした形で多くの親戚と会いました。伯母の不幸がキッカケでしたが…。15年とか20年くらい会ってなかったり、会ったけど前回は一目だけだったりとかしてて、特に従兄弟と会うのはホント久々でした。

 

●ニュース

第一次安倍内閣が辞任し、福田内閣が誕生という、二世同士の首相交代劇がありました。先日亡くなられた安倍さん、この時はかなり期待をかけられていましたが、病気による辞任という事で、この後は厳しいのかな?と思っていましたが、まさか後に長期政権をとる事になるとは、この時全く思っていませんでした。

その安倍首相が後に遭うのと同様に、銃撃により長崎市の市長が亡くなる事件がありました。宮崎県では、東国原英夫氏が県知事に当選「どげんかせんといかん」の言葉が流行りました。

 

●訃報

大杉君枝さん …鈴木姓で活躍した元日本テレビアナウンサー。

高松英雄さん …ギョロっとした目つきにぶっきらぼうな役柄が印象的、「華の嵐」の朝倉男爵役など。

小林恭治さん …「太陽にほえろ!」次回予告に欠かせない名ナレーター

鈴木ヒロミツさん …グループサウンズ「モップス」で歌手として活躍後、性格俳優へ転向「夜明けの刑事」シリーズ小林刑事役など

船越英二さん …「熱中時代」「暴れん坊将軍Ⅲ」など重鎮として欠かせない船越英一郎氏の父

佐藤秀明さん …阪神、近鉄で中継ぎとして活躍した投手

菅野光夫さん …日本ハムで背番号1をつけて、昭和50年代に活躍

植木等さん …クレージーキャッツの人気メンバーで多くの映画に主演し、解散後も「ザ・ハングマン」シリーズなど俳優として活躍

横山ノックさん …「ノックは無用」の"フォンテーヌ"が有名なお笑いタレント。タレント議員のはしりで大阪府知事も務めた

北村和夫さん …刑事ドラマの上長役、頑固のお父さん役など日本の父親像を体現した俳優

塩沢ときさん …巨大な独特のヘアスタイルの女優、幾度とないガンとの闘病

坂井泉水さん …ZARDで大人気を得るも後半生は病気に悩まされ早世

石立鉄男さん …「石立ドラマ」の異名を取る70年代疑似ホームドラマで数々の主人公を演じた二枚目三枚目のできる俳優

谷幹一さん …ギョロ目とコメディタッチの役柄が印象的で、大岡越前など月曜8時のナショナル劇場等で活躍

中江真司さん …仮面ライダーシリーズ、特捜最前線等の名ナレーター

宮澤喜一さん …1991年宮沢内閣にて首相を務めた政治家 

琴櫻 …佐渡ヶ嶽親方として多くの力士を輩出。現役時は琴櫻として鳥取出身で30歳を過ぎて横綱に上り詰めた

稲尾和久さん …鉄腕で鳴らした西鉄投手。空前絶後のシーズン42勝はNPB記録。ロッテ監督も務めた。

花井悠さん …「おはよう朝日です」の解説で有名な元プロ野球選手

ダン池田さん …パンチパーマに口ひげで打楽器を叩いて「オールスター家族対抗歌合戦」などで活躍

 

●プロ野球

前年甲子園の大舞台を沸かせたマー君こと田中将大投手が高卒でデビューし、見事新人王を獲得しました。甲子園のライバルだったハンカチ王子の佑ちゃんこと斎藤佑樹投手はこの時プロ入りせずに早稲田大学へ進学していました。

中日が53年ぶり2度目の日本一になった年でした。結構優勝してるイメージがあったのですが、不思議と日本シリーズでは勝てていなくて、以前までの近鉄(日本一のないまま消滅)に限りなく近い状態だったのですね。

日本シリーズで今年からずっと見て記憶が殆どないのですが、いちばん直近で覚えているのがこの15年前の事かもしれません。中日先発の山井投手が8回までノーヒットで四球もなく、「日本シリーズで完全試合か?」と注目されながら、9回には岩瀬投手が出てきて、「継投での日本シリーズ完全試合」となりましたが、この9回にリリーフ投手を投入するか?で物議を醸しました。今年、ロッテの佐々木朗希投手が2試合連続完全試合か?と言われたタイミングで完投させなかった件がありましたが、その時にこの日本シリーズでの継投の事を思い出しました。

 

●大相撲

大関・栃東が引退しました。まだ早いのでは?と思いましたが、ケガに加えて、高血圧や脳梗塞など知りませんでした。このまま取り続けると生命に関わるといわれていたとか。彼が優勝して以来、日本人が優勝していない、という状態がここから長く続いていく事となります。

琴光喜が大関に昇進しました。実に31歳3ヶ月という遅咲きで、2年間ずっと関脇で足踏みしてきた事もあり、或いは関脇止まりかとの声もありましたが、見事に昇進し、またその後も活躍を続け、2010(平成22)年まで3年現役を続けていました。野球賭博の疑いで解雇になったもので、体力的な問題ではありませんでした。大関にまでなりながら解雇で協会に残れなかったのが極めて残念でした。

そして、白鵬が横綱になったのもこの年でした。祖まで朝青龍の天下のような状況でしたが、そこにモンゴルの後輩・白鵬が割って入り、彼の時代がやってくることになりますが、逆にモンゴル勢の隆盛にもなっていきました。

またこの年には、時津風部屋で暴行により力士が死亡する事件がありました。当時の時津風親方は有罪に問われ、また後継として当時現役であった時津海が引退して、時津風部屋を継承する事となりました。この辺りから相撲界は数年色々、事件や不祥事が特に目立っていく事となります。

 

●旅行

2008年同様、一駅ずつ訪問する「駅めぐり」を主としていました。近場の阪神、阪急、近鉄などの駅めぐりや、JR東海道線の乗りつぶしなど、しんどくて楽しい旅でした。それこそ大阪から東へ、一駅一駅という感じで。

Himg0628 2007年当時のJR沼津駅

 

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これだけではないような気がしますが、思い出したらまた追記していきす!

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