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2023年7月 9日 (日)

セミリタイアへの葛藤

最近、親元の近くへ引っ越しました。

その為、今の会社の通勤が遠くなり、1時間以上はかかるようになりました。歩きと電車で30分ずつ。

引っ越しは親の加齢により行動範囲が狭くなったことが原因で、いつでも行ける距離に居ようと決めたもので、それまでは約30年、少し遠い所に住んでいて割に気ままに暮らしていましたが、さすがにそうはいかなくなってきました。

この事と、この4月に事実上の降格となった事で、今の会社を辞める事が自分の中では確定的になっています。その降格も自分の部門が人数が少ないからという理由で、課が係になったようなものでした。その件で怒りどころか呆れと諦めで、「もういい」となりました。ここ1年で親の状態が気になっていましたが、それに加えてこの事態で、糸が切れてしまった訳です。

それからというもの、会社に来るだけでヘトヘトになって、他の事に気持ちが向かず、上司からも無視され気味で、会社でのモチベはもうありません、上司には何かあると反抗的な態度をとるようになり、いつまでもそんなことをしてたくないのも本音です。

なので早く会社を辞めてしまいたいのですが、無職になることへの恐れ、会社での体面的なもので、退職を切り出せずに、そのストレスが風船のような溜まってきつい状態です。自分が壊れてしまう前にさっさと退職を切り出した方がよいのか…

 

横道それましたが、現在セミリタイアを考えています。

現貯金は約4,000万、もうすぐ53歳の会社員で、大学出てから30年働いてきて「もういいかな」の思いも正直あります。何より大きいのが、今年から入るようになった、毎月25万の投信の「不労所得」です。若い頃の給料並みの金額が毎月入ってくるので、この時から特に会社にいる感覚が変わり、降格前はそれでもそんな変わりませんでしたが、降格後は「何言われてもされてもいい」と開き直るようになり、「いつてもやめてやる」という感じでした。でもまだその時は現実的な退職を考えれていませんでした。

今退職して次の仕事が見つからなくても、ほぼ年間300万円は入ってくるので、独身でもあり派手な生活をしなければ十分、貯金を取り崩さずにやっていけると思っています。大きいのはやはり国保と国民年金を自分で納めなければならない点ですね。前回26歳から無職だった時期に、当時は不労所得は一銭もなかったので、これがかなり負担で、国民年金は免除申請をしていたほどでした。あと気になるのは親のことでどれだけお金がかかるか?ですね、まだ元気ではありますが、衰えが明らかにつき、いつかは…というのはあります。

年間300万で生活できれば、働かなくても貯金を取り崩さずに(貯金1,000万取崩しても投信取崩しは不要であり、配当利益はまず生んでくれます)暮らしていけます。もちろんこの投信の配当が未来永劫この額入ると約束されてはいませんが、過去実績ではほぼ切れ目なく同額の配当を実現しています。

20代、30代でセミリタイア…なんてとても考えられず、20代で無職になった時は、半年は丸々遊んでいましたが、いつまでもこうはいかないと思い、貯金は分かりやすく減っていくので、とにかく次を探すことに焦っていました。アルバイトに就けても収入より保険料等の支払いが重く、収入<支出の月もあり貯金がたまらず、バイト終了後はまた無職になると、次の職場に就くまで残り10万を切った時期もありました。運良く面接で選ばれて就業でき、その月の給料をもらう前の貯金は1万そこそこで、本当に危機でした。この時のことを思えば今は全然平気です。

40代になると定年の事をおぼろげに意識するようになり、それでもまだまだ先の事、という感じで、セミリタイヤなど意識もしませんでした。若い時はそれぞれピンポイントでも仕事の「楽しい時期」が必ずあったので、意識するべくもなかったのですが、50代になると急速にベテラン感もあれば、それでもメインのラインを外してもらえない感もあり、中間管理職でもあり、キツイ要素が増えてきました。給料の額と責任のあまりの不釣り合いに…。

50歳を過ぎて早々の頃はまだ意識しませんでしたが、51歳前くらいから会社の周囲と折り合いが悪くなり、今の会社にいるべきではない気持ちと、同時に親のことが気になり出して、更に不労所得を得て、「環境を変えたい」思いが強まりました。定年まで数年…と思えば、貯金を取り崩さずに生活できるなら、してもいいかな?と思うようになりました。若い頃のセミリタイアと違って、ある程度先が「数年」という形で見えてきてのセミリタイアならいいかな?と。55歳でやめる人(昔は定年が55歳でした)も時々見られ、2年しか変わらないし、ここまで頑張ってきたし…というのもあります。

さっきから何度も「セミリタイア」と書いていますが、仕事をしたくない、働きたくない訳ではありません。ただ金を稼ぐためだけのいやな仕事はしなくていいだろう、という事です。むしろ働けるうちは働いて、より誰かに何かに貢献できるようにしたいと思いますし、正直給料なんてどうでもいいです。月10万でも不労所得25万とで35万になるので万々歳です。できるだけしたい仕事を選んで、ストレスをかけずに「役に立った」と思える労働を、実家の近くで「通勤時間をかけずに」したいと思います。正直50代の転職なんてろくなものではないと思うので、期待はしていませんが、働けるなら条件の合うものがあれば有難い、なければないで60歳、65歳まで過ごそうかな、という感じです、こんなブログでも書きながら…。ただ、働いている時と同じ、規則正しい生活だけはしておかないと、体調が狂うのは前回無職時に思い知りましたので。

通勤時間は、今の会社で一番のネックであり、しかもリモートワークが普及し周りがやっている中、自分は立場上、出勤しておかなければならないとされ、事務所のリモート率拡大時期もずっと出勤、また建屋の工事となると休日になるので、皆土日休んでいるところも一人、立合いで出てこなければならず、そういうのにもヘトヘトになったのもあります。

若い頃には普通にやっていた頃でも、今はしんどいし「なんで」という思いもあり、金のこともあり退職に対するハードルも下がり、自分の頭の中は「100%退職」ですが、上司に言い出せないために「いつまでもいる」と思われて、周りからも普通に使われている状態です。すぐに辞めたいのではなく「終わりを設定したい」のです。「いついつまでしか、こいつはいない」と思わせて、この会社での活動に区切りをつけたい、そんな思いです。

こう書くと不満を並べ立てて正当化してるだけに見えますが、今の苦しみからは逃れないと、どうにもならないな、と思うのはひとつ正直なところです。

退職は決意したが、なかなか言い出せない方がいたら、共に頑張りましょう。未来の幸せのために。

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