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2023年9月の3件の記事

2023年9月24日 (日)

生活と世の中と思い出と(1986年④)

遡って振り返る、「生活と思い出と世の中と」。59回目は1986(昭和61)年の第4回です。

前回は当時見たドラマの本放送編でしたが、当時見た再放送のドラマや当時聴いていたラジオについて綴っていきます。

高校に入学した事もあり、それまでの禁を解くように色々とむしろ再放送を中心に見ていました。

 

●ドラマ(再放送)

「必殺仕掛人」

 …当時、新聞で「必殺シリーズが遂に再放送される!」との記事がありました。そのぐらい長い間、再放送がされてなかったという事だったと思います。(ローカル局では再放送されていましたが…)

 当時ハマりかけていた必殺シリーズの初作という事で、再放送を見たくてしかたなかったのですが、当時高校受験の身で、最後の追い込み時期もあり、なかなか見る事はできませんでした。
 やっと見れたのが最後の7,8回くらいでした。緒形拳さんは知っていましたが、おじさんのイメージがあって、こんな若々しい役は初めて見たのと、林与一さんの顔と名前がこの時に初めて一致しました(笑)
 

「必殺仕置人」

 …「必殺仕掛人」の再放送後に放送されました。

 ローカルの「サンテレビ」では前年から放送されていて、個人的に必殺シリーズで初めて見た作品で、これを見てシリーズのフォーマットが理解できました。

 山崎努さんの顔と名前が一致したのがこの作品でしたが、坊主頭だったのでそれまで何となく持っていたイメージとは少し違いました。
 藤田まことさんはCMなどでよく見ていましたが、演技をしている藤田さんを見たのもこの時が初めてでした。ちなみに必殺シリーズに初出演したのも本作からで、しかも藤田さん演じる中村主水は最初は主役ではなかったのは驚きでした。
 そして当時亡くなって日が浅い沖雅也さんが20歳とは思えない貫禄がありつつ、アクションもバリバリでカッコよかったです。
 また初期に主に密偵役で活躍した秋野太作さんは、この当時本名の「津坂匡章」名義でした。

「必殺仕事人」

 …それまで見ていた「仕掛人」「仕置人」は昭和40年代のシリーズ初期作でしたが、こちらは昭和54年の作品で、シリーズとしてかなり定着した時期のものでした。

 シリーズ最長の1年半以上のロングラン放送となりましたが、本放送時は前番組が超低視聴率にあえぎ、シリーズ打切り最終作としてつくったものが、思いがけない大人気作となりました。

 当時「水戸黄門」の格さんだった伊吹吾郎さんが仕事人をしていたなんて知りませんでした。三田村邦彦さんと中条きよしさんのコンビ、のイメージが強くて。そして伊吹さんは劇中で、侍役から坊主頭のおでん屋へと転職します。
 三田村邦彦さんの実質的なデビュー作で、彼の演じる「秀」の成長物語的な要素が特に初期には強く、彼が後に出演する「太陽にほえろ!」の新人刑事のように描かれていました。彼が危なっかしかった初期は波乱に富んで面白かったのですが、後期は人気路線にのった感じて少し個人的には面白みが薄れました。
 当時、「笑点」の座布団運びとして日が浅かった山田隆夫さんが密偵役で出ていたのが意外でした。
 「何でも屋の加代」として仕事人の顔となる鮎川いずみさんが、山田隆夫さん演じる半吉の殉職後に後任的に登場し、当初は口数の少ない美人の元締めと仕事人との橋渡しをする役柄でした。

 高校に入り部活するようになって再放送されましたが、帰りが遅くなり17時からの再放送がなかなか見れず、半分くらい見れたかなという感じでした。
 

「新・必殺仕事人」

 …「必殺仕事人」の大成功を受けて制作された続編で、ここから三田村さんと中条きよしさんの一時代を築いた黄金コンビが始まりました。

 それまでのシリーズは半年前後か1クールが定番で、人気を博した「新・必殺仕置人」だけ41回のロングランでしたが、仕事人が1年半も放送され、その後は藤田まことさんの中村主水が登場する「仕事人」シリーズと、この間をつなぐ1クール作品の繰り返しとなり、本作もシリーズ二番目に長い1年強の間放送されました。

 この作品から、殺しのBGMに前奏?として必殺仕掛人で使用していたものをアレンジするのが定番となり、仕事人では前奏+各主題歌のBGM版というフォーマットに定着しました。これが後にマンネリを生むのですが…

 また本作から「主水○○する」というサブタイトルも仕事人シリーズとしては定着していきます。

 

「必殺仕置屋稼業」

 …ローカルのサンテレビで放送された作品で、「必殺仕置人」の後に再放送され、それまで必殺って「必殺○○人」というタイトルしかないと思ていたのが、他にもいろいろある事を知った端緒になった作品でもありました。

 沖雅也さん演じる孤高の殺し屋「市松」がとにかくカッコいいと評価の高い作品ですが、この役柄がそのまま「太陽にほえろ!」で演じたスコッチ刑事に繋がるなという事を感じます。市松役を終えてから、スコッチ刑事になるまで8ヶ月ぐらいだったと思います。とにかくいつ解体してもおかしくない危なっかしい組織の中で、毎回殺しが行われていたその雰囲気が独特でした。

 昔よく関口宏さんと混同してしまった新克利(あたらし・かつとし)さんはホームドラマで気のいい兄ちゃん的な役柄のイメージがありましたが、ここではすごく豪快な破戒僧・印玄という役柄で、それまで見た役との大きなギャップを感じたものでした。
 最終回はこの印玄の壮絶な死と共に、それまで孤高の市松が「見事な最期だった」と仲間意識を感じさせる発言をし、ラストは捉えられた市松を中村主水が逃がして、逃げ延びた市松が主水から託されたおにぎりを噛むと、カキンと音がして、そこには小判が入っていたという粋なものでした。

 日曜日の昼に再放送していて、これが最も見やすかったのですが、平日夕方の再放送と金曜夜に本放送と、必殺シリーズは当時同時に3作TVで見れる状況でした。ビデオやDVDなどソフト化されていないこの時代に、とてもありがたいものでした。

「助け人走る」

 …上の「必殺仕置屋稼業」の後番組としてサンテレビで再放送されました。

 必殺っぽいなと思いつつ、タイトルが「必殺○○」ではないし、必殺シリーズなのか?しばらく分からないまま見ていました。

 とりあえずフォーマットが必殺シリーズのものだったので、一連のシリーズと思いましたが、「必殺」を真似た殺人事件が実際に起こり、番組タイトルに「必殺」を冠する事をしばらくやめていた、と知ったのはこれから何年も経ってからの事でした。

 この作品は殺し屋役に田村高廣さん、中谷一郎さんと40代以上のコンビが出ていて、アクション要素に寂しさを感じていましたが、途中から宮内洋さん演じる「島帰りの龍」が登場し、イキのいいアクションを見せてくれたので、その寂しさは解消されました。

「噂の刑事トミーとマツ」

 …本放送も見ていましたが、松崎しげるさんの「トミコー」の絶叫でトミーが豹変する以外ちゃんと見ていなかったのもあって、再放送でちゃんと見た格好でした。

 課長役は石立鉄男さんと思っていましたが、初期は林隆三さんだった事をこの時初めて知りました。志穂美悦子さんがトミーこと国広富之さんの姉役で出ていたのも、この再放送で初めて知りました。

 中三の受験追い込みで、親から見ないように言われていましたが、抵抗して見てました(笑) 翌日学校帰りに友達と昨日見た「トミマツ」について話すのも楽しみでした。

「俺たちの勲章」

 …1984(昭和59)年に朝日放送で再放送を初めて見ましたが、この時はサンテレビでの再放送でした。

 その後は毎日放送で再放送されたり、系列のよみうりテレビでは再放送を見たことがなく、不思議なくらいこれ以外の局でばかり再放送されていました。

 この時、すごく見たかったのですが、高校からの帰りに間に合わず1回しか見れず、1984年について触れる際に改めて書きます。

「トリプル捜査線」

 …あまり詳しい情報がいまだに載っていませんが、大和田伸也さんが主演で、一郎と二郎という双子の刑事を二役で演じていました。

 これ以外は川津祐介さんや長門勇さんがキャスト紹介に出ていたぐらいの記憶にあるぐらいで、もう一回見てみたいですが…

「特捜記者」

 …近藤正臣さんが主演した事件記者モノで、松山英太郎さん、谷啓さん、小野進也さんが出ていたかな、と…これも記憶の薄いドラマです。

「江戸の牙」

 …天知茂さん主演の隠密モノで、「江戸の牙参上!」と天知さんが啖呵を切るシーンが印象的で、音楽も時代劇にしては斬新な印象がありました。メンバーに坂上二郎さんや藤村俊二さんなどコメディリリーフ系が多かったのも印象的でした。

「俺たちの朝」

 …前年サンテレビで「俺たちの旅」が再放送され、約1年後に放送されました。

 勝野洋さんが「太陽にほえろ!」のテキサス刑事役で壮絶な殉職を遂げて卒業し、一本立ちした初主演作でした。

 なのでテキサス感丸出しの勝野さんによる青春ドラマでした。「俺たちの旅」から秋野太作さん、森川正太さんがスピンオフし、秋野さんはそれまで本名を平仮名にした「津坂まさあき」名義でしたが、本作の役名がそのまま芸名になりました。
 相棒に小倉一郎さん、「俺たちの旅」でいう田中健さんのオメダのポジションでしたが、ちょっと線が細くて、ヒロインに長谷直美さんが配されました。

 末期に、デビュー間もない柴田恭兵さんが複数回ゲスト出演していました。

「西部警察」

 …本放送から見ていましたが途中からだったので、初期はほとんど見れていませんでした。

 1983(昭和58)年に一度再放送していましたが、これが全然見れずに3年ぶりに再放送してくれて、ある程度は見れました。
 この年に買ってもらったラジカセで「録音」した回もありました(笑)

 初期と、後に人気定着した頃との作風が全然違っていて、初期は結構ラフでした。

「非情のライセンス」

 …天知茂さん主演の刑事ドラマで、彼の代表作となりましたが、サンテレビで再放送されたのはおそらく第二シリーズの前半のみだったと思います。天知さんはこの前年に急死されて、この再放送を見た時に顔と名前が初めて一致しました。

「気まぐれ天使」

 …石立鉄男さん主演のホームドラマでいわゆる「石立ドラマ」の後期作品です。
 この番組の途中ぐらいまでカーリーヘアの長髪だったように記憶しています。

 ヒロインが初期は大原麗子さんでしたが、いつの間にか酒井和歌子さんになっていて、後輩の「エノ」こと榎本は森田健作さんが演じていましたが、後輩に「エノ!」と叫ぶシーンは、「教師びんびん物語」で違うコンビにて再び目にする事となりました。
 酒井和歌子さんがバイクを颯爽と乗り回す若い美人部長を演じていたのが印象的でした。

「気まぐれ本格派」

 …「気まぐれ天使」の後番組で、一連の「石立ドラマ」の最終作になります。
 この時の石立さんは長髪ではなく、チリチリのカーリーヘアは残ったものの、大映ドラマで活躍する頃の髪型になりました。
 弟役に秋野太作さんが扮し、いずれも二枚目半のキャラがぶつかりハチャメチャなケンカをするシーンが多くありました。

▼1986年11月14日のTV欄(関西版)

19861114mp

●ラジオ

「奈保子のときめきトワイライト」

 …「三菱ドライビングポップス」と冠される形の一連のラジオ番組で、何年間に一度パーソナリティーが代替わりしていくものですが、この年から河合奈保子さんが担当し、約4年間放送されました。
 それまで一貫して「○○(パーソナリティー)と歌おう」という番組タイトルでしたが、この番組からその定型が崩れました。

 前番組からの流れで、平日は10分のミニ番組で日曜日は「SUNDAY PARTY」として30分の拡大版が放送されていました。日曜は時々、公開録音もあってライブが放送されていたこともありました。

「理恵と歌おう」

 …「奈保子のときめきトワイライト」の前番組で、中原理恵さんが1982(昭和57)年から担当していて、1983(昭和58)年から聴き始めました。
 構成はやはり平日10分、日曜30分でした。バラエティで名をはせた中原理恵さんの軽妙なトークは毎回面白く、日々の楽しみで中学時代は特に聴いていました。高校に上がってから聴かなくなってしまいましたが、いつの間にか奈保子さんに代わっていました。

「世良公則ちょっとイカした005」

 …「世良公則ちょっとイカした10 o'clock」という日曜朝10時からのラジオが1985(昭和60)年に深夜枠へ移行し、深夜0時05分からの放送でこのタイトルになりました。朝から深夜へ移行し、カラーもだいぶ変わってしまって、また世良さんの曲調がロック解禁といわんばかりに、それまでのシティポップス的な路線から急速にロック化したのもあったと思います。
 1年間放送され、この年に終了しました。

「中村雅俊のまあまあホリデー」

 …「中村雅俊のサンデースケッチ」という中村雅俊さんパーサナリティーラジオの後番組で、この4月から1年間放送され、その後「中村雅俊のまかせてホリデー」へと再びタイトル変更となり、同じ時間枠で度々タイトルが変わっていました。この3つの中で最も印象の薄いタイトルでした、あまり聴いていなかったのかもしれません…

 

2023年9月11日 (月)

生活と世の中と思い出と(1986年③)

遡って振り返る、「生活と思い出と世の中と」。58回目は1986(昭和61)年の第3回です。

当時見たドラマに関する想い出などを綴っていきます。

 

●ドラマ(本放送)

「太陽にほえろ!」

 …これについては前記事以前から色々書いていますが、この年の11月14日、718回の放送をもって終了しました。

  刑事ドラマの金字塔といえば「特別機動捜査隊」という刑事ドラマが801回という放送回数を記録し、また関西ローカルの30分ものですが「部長刑事」という刑事ドラマは1600回くらい放送されましたが、これらは主役をはじめキャストが総入替えになって回を重ねたものであり、「石原裕次郎」という1人の俳優が一貫して主役を演じて回を重ねられてきた刑事ドラマとしては日本一の回数を誇りました。

終了が決まったのは夏以降だったと思いますが、86年当初は裕次郎さんも出演していました。

しかし4月に長年、裕次郎さんの片腕、後年は補佐役としてボス代行すら務めていた「山さん」(露口茂さん)が殉職しました。当初は殉職なのか栄転なのか色々あったようで、結局は殉職の形で去ると決まり、2時間スペシャルで放送されました。

事件は解決し、特に危ない場面も見られなかったのですが…、、最後の最後で叩き潰された組織の残党が「報復」の形で山さんに襲い掛かり、相討ちの形となりました。相討ちの時、犯人は即死で山さんはスタスタと階段を駆け上がっていったので大丈夫だ、と思っていましたが、ボスに報告の電話を入れる時に血が流れ意識を失い…、そして最後の力で本当の父親に引き渡すことになった育ての子へ電話…「お父さんだ」と…。山さんも刑事の前にお父さんなんだな…と。電話を切った後、息子のもとへ帰ろうと2、3歩進んだところで倒れ…
後はボスが暗い一係室内で「山さんが…死んだ…」というだけで終わり、他の刑事の反応も後日談も何もない、番組史上最後の殉職劇となりました。新刑事として、誰かベテランの重鎮が来るのかと思ったら、それもなしでただただ虚無感でした。

その2ヶ月後、700回の節目を迎えながら、この回から裕次郎さんが休演となり、前回ボス不在時(1981年)に代行主演した露口さんも不在だったので、新聞のテレビ欄は「神田正輝 地井武男…」となっていて、キャストの序列上は神田正輝さんが主演の扱いになっていた期間が2ヶ月ほどありました。

8月からは、ナント渡哲也さんがボス代行の「警部」として主演の座に就きました。またこの回には新人刑事「DJ」として西山浩司さんが加入し、それまでの「太陽ー」になかった、小柄でアクションのできるキャラクターとして活躍しましたが、渡さんとの同時登場で見せ場が半減し、更に活躍機会が少ないままに終わってしまいました。

この2人の加入でまさに「太陽-」新時代の到来で、テーマ曲も今時のアレンジに打込みの画像処理に、これから第2章が始まるんだ、そんな気分でした。

が、裕次郎さんの病状が思わしくなく復帰が難しい、との判断から、最終回を制作し、「ケジメ」としてこの回のみに出演し、有終の美を飾る、という事になりました。最初で最後の「太陽にほえろ!」における裕次郎さんと渡さんの共演でした。そして裕次郎さんがノーカットで「命の重さを語る」7分間のシーン、かつての部下の殉職シーンを織り交ぜながら、胸いっぱいにならずにはいられませんでしたね。

「太陽にほえろ!PART2」

 …「太陽にほえろ!」が遂に終了し、1クール12回だけ制作された続編で、裕次郎さんの藤堂係長は新たな任を受け「栄転」した設定となり、代わって女性ボスとして奈良岡朋子さんが登場、そして番組スタートから唯一の生き残りでベテランの「長さん」(下川辰平さん)が4年ぶりに現場に復帰し、更には寺尾聰さんが中堅刑事として加入しました。他の刑事は全員前作より継続出演でした。

翌1987年2月まで放送され、ここで完全に「太陽ー」の歴史は終了しました。

「特捜最前線」

 …1月から12月まで「通し」で放送された最後の年でした。

あまり見てませんでしたが、当時のTVガイドの「今日のCLOSE UP」的な欄に「藤岡弘」(「藤岡弘、」ではない)さんの写真と紹介が載っていたのを覚えています。「ちょっと危険な香りの漂う櫻井刑事役」みたいな感じで。

「あぶない刑事」

 …前番組「誇りの報酬」が好評にて半年から1年に延長され、10月にスタートしました。基本は「誇りの報酬」をプロットにした「バディ刑事もの」ですが、翌87年に入ってから彼らの衣装のオシャレ具合が急激に注目され、その後30年経っても映画化されるほどの超人気作になるなんて、この時誰が予想したでしょうか??当初は横浜を舞台にした「プロハンター」とか、同じ制作会社による「探偵物語」のような、ちょっとアウトロー系の雰囲気の漂う刑事ドラマに過ぎなかったのに…、、トレンドとか時代の流れに乗る、とかいうのはあるもんですね。

「私鉄沿線97分署」

 …1984(昭和59)年から放送されてきた人気刑事ドラマですが、この9月に2年間の放送を終えました。

年の初めにベテランの倉さんこと倉田刑事(高橋長英さん)が転出し、橘刑事(山口果林さん)が登場しました。
そして第2章の主人公的キャラから少し存在感が…となってきた九十九刑事(新沼謙治さん)が刑事を退職し、第3章のキーマン的刑事に古尾谷雅人さん演じる本庄刑事が登場しました。

古尾谷さんに代わっても人情路線は変わらず、終盤になって彼と斉藤慶子さん演じる仁科刑事の恋模様が描かれ、最終回は彼らのゴールインと、それまでの仮庁舎から「本庁舎」への移転という形で幕引きとなりました。

「京都かるがも病院」  

 …高橋英樹さん主演で4年間人気を博した「遠山の金さん」の

 

「花いちばん」

 …大阪「よみうりテレビ」制作の朝の連続帯ドラマの第一弾として放送されました。

主演は池まり子さんということで「誰?」となりましたが、実は当時から知ってる方でした。この3年前に、渡辺徹さんが初主演した映画「夜明けのランナー」で徹さんの恋人役をしていた実質ヒロインの美池真理子さんの事でした。

「必殺仕事人Ⅴ・激闘編」

 …前年1985年からスタートしていましたが、その時はほとんど見れず、7月に放送された最終回で生まれて初めて「リアルで必殺シリーズの最終回を見た」のでした。高校生になったばかりで、夜10時からのテレビを見るなんていうのは親が…という事もあったのですが、この頃あたりから少しですが、22時台のテレビを見るようになりました。

 当時、春先に局の番組対抗のボウリング大会があって、「必殺仕事人Ⅴ激闘編」チームとして何人か出ていて、「柴俊夫さんが髪伸ばしてる」となりました。それまで柴さんといえば「西部警察」時代までずっと角刈りの印象だったので。また、柴さんといえば当時の出演に絡んでか阪神戦のナイターにゲスト出演していたことがあり、この「必殺仕事人」の見どころなども語っていました。

 そしてこの作品のキャストは3作目の必殺映画「必殺!Ⅲ 裏か表か」 にも出演しました。一応ドラマでは、映画より後に彼らは別れていて、パラレルワールドのようになっていましたが、映画では柴さん演じる「壱」は死闘の末に、笑福亭鶴瓶さんの「参」は必殺史上悲惨ななぶり殺しの末、首まで取られ、そして京本政樹さんの「組紐屋の竜」までもが壮絶な殉職を遂げ、必殺史上最もハードな映画となりました。まさか、京本さんがドラマ2作で降板となったのが意外でした。

村上弘明さんは前作「花屋の政」でしたが、前作最終回で身元がばれたので今作から「鍛冶屋の政」となり以後定着します。

「必殺まっしぐら!」

 …必殺仕事人のシリーズで三田村邦彦さんが演じていた「飾り職人の秀」が、一本立ちして主役を張った番組です。

 1クールの放送で、初めて三田村さんが必殺シリーズで主演した作品であり、「必殺仕事人Ⅳ」の最終回である1984年8月を最後に「卒業」していましたが、先述の映画「必殺!Ⅲ 裏か表か」で2年ぶりに秀役として帰ってきて、また本作の主演に繋がりました。

25歳で「必殺仕事人」のレギュラーとなり、以後5年以上活躍を続け、2年のブランクを経て復帰した三田村さんはこの時32歳になっていましたが、大人になった「秀」がそこにはいて、大人の風格とアクションができる身体の動き具合と丁度いい感じだったように思いました。その後1991年に「必殺仕事人・激突!」に出演しますが、当時38歳でアクションはちょっと厳しいなと感じました。走りが遅くなってて。。

本作は秋野暢子さんや笑福亭鶴瓶さんが殺し屋役として参加し、鶴瓶さんは前作「必殺仕事人Ⅴ・激闘編」にも出ていましたが、本編にあまり出ないまま映画で殉職しながら、ここでまた別の役で継続出演となりました。

更には槍の使い手・香車東吉として西郷輝彦さんが重厚にして飄々とした演技で締めていました。元締役は睦五朗さんでしたが、これが最後には悪役に変身して鎌を死ぬほど投げつけるのにはビックリしました。当時流行のマリオブラザーズを下敷きにしたストーリー展開が面白かったです。元締と秀のつなぎを取る若者役として翌年光GENJIとしてデビューする大沢樹生さんが出ていました。

「必殺仕事人Ⅴ・旋風編」

 …「ー激闘編」から3ヶ月後「ーまっしぐら」を挟んでの中村主水(藤田まことさん)再登場となりました。

「激闘編」のメンバーが多く映画で殉死したこともあり、殺し屋メンバーと藤田さんの主水と村上弘明さんの「鍛冶屋の政」だけで、出門英さんが「夜鶴の銀平」として登場しましたが、なんで若手じゃなくてベテランの出門さんなんだろう?と思ったものでした。結局出門さんも多忙で降板せざるを得なくなり、劇中で殉死する事となります。

それまで調査役で長年活躍した何でも屋の加代(鮎川いずみさん)も降板となり、かとうかずこさんが「便利屋お玉」として登場しました。また「必殺仕事人Ⅴ」の最終回を最後に卒業していた?ひかる一平さんの「西順之助」が2作ぶりに復帰、立派な殺し屋役として活躍しましたが、彼もまた出門さんと共に降板します。

この作品ではサブタイトルに当時の流行りもののカタカナフレーズを入れるのが通例となっていました。
「りつ、ハウスマヌカンになる」「主水、バースになる」とか(笑) 「主水、ワープロを打つ」のラストではホントに主水さんがワープロを打っているシーンが出てきて、取って付けた感丸出しでしたが、無理やりにでもカタカナ物に結びつけようという感じでした。

「ザ・ハングマンⅤ」

 …ハングマン5作目にして、「主婦がパートでハングマンをやる」という超異色作で、山本陽子さんが主演しました。
次の「ザ・ハングマン6」までで、名高達男さんが出演していない唯一の作品でもありました。

前作「ザ・ハングマンⅣ」より佐藤浩市さんが違う役ながら継続出演しており、名高さんから佐藤さんがハングマン俳優として築いていくのかな?的なことを当時感じていました。

火野正平さんがハングマン役というのがまた意外でしたが、「エジソン」のコードネームでいろんなものを作る役柄でした。

「男女7人夏物語」

 …明石家さんまさんが主演し、大竹しのぶさんと結婚することになった作品で、トレンディードラマのはしりともいえる作品で、他にも片岡鶴太郎さん、賀来千香子さん、池上季実子さん、奥田瑛二さんなど豪華すぎるキャストも話題になり、主題歌石井明美さんの「CHA-CHA-CHA」も大ヒットし、様々な方面へ影響を及ぼした作品でした。

「春風一番」

 …当時かなり太っていることをウリにもしていた渡辺徹さんが、元力士役で主演したドラマです。
当時、徹さんの主演ドラマには必ず明石家さんまさんが助演していましたが、この作品で3作連続の共演となりました。
先の「男女7人…」で主演に躍り出る前のさんまさん、もっと自由な演技をしていたような印象でした。

「金曜日には花を買って」

 …前年「金曜日の妻たちへⅢ」が放送され、「金妻」もひと段落したところで放送された「金花」でした。
やはりちょっと大人の恋模様が描かれ、主演の篠ひろ子さんに世良公則さんが求愛するシーンはチラッと覚えています。

「どうぶつ通り夢ランド」

 …2年間放送された「私鉄沿線97分署」の後番組で、「西部警察」から続いた刑事ドラマ枠は一旦ここで途切れました。

動物センターを舞台に、動物と人々との交流を描くドラマで、主演の古谷一行さんは「セン長」(センター長の意)と呼ばれる動物好きの温かい男を演じていました。同年代の蟹江敬三さんは「事務長」で施設の経営を任され立場上、渋ちんぶりを見せこの親友役のこの2人が対象的でした。古谷さんのフォロワー的な動物研究家に三田村邦彦さんが扮していました。また小西博之さんは前番組「-97分署」スタート当初からの継続出演で、このドラマ枠に2年半出演していました。

当時三田村さんは、かつて自身が出演した「太陽にほえろ!」終了に際してコメントを残していますが、下の写真の左下で、この「どうぶつ通り夢ランド」の衣装と思われる服装で写真にうつっていました。

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他にもチラッと見た程度の作品はありますが、誰が出ていたぐらいしか覚えていないので、ここで終わりとさせていただきます。

この年には再放送で初見だった番組も少なからずあるので、次はそこを触れてみたいと思います。

 

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2023年9月 6日 (水)

生活と思い出と世の中と(1986年②)

遡って振り返る、「生活と思い出と世の中と」。57回目は1986(昭和61)年の第2回です。

当時のニュースと自分の生活との絡みで綴っていきます。

 

●ニュース

バブル景気が始まったのがこの年からとされています。

・泉 重千代さん死去

 120歳のという長寿で、我々が子供時代から日本はおろか、世界で「最も長寿の人」として認知していました。

 昔、中原理恵さんがラジオで「いずみしげ ちよ」さんと言っていて、後で振り返って大爆笑していた事がありましたが、とにかく長寿といえばこの人!という方でした。この当時で120歳というと「江戸時代生まれ」な訳です。

 すごいなと思っていましたが、後年、当時の徳之島の戸籍がいい加減で、誕生時期がかなり曖昧という話が出たり、どうなんだろう?と思うようになり、ギネス記録も取り消されたとかなんとか聞きました。

 

・男女雇用機会均等法の施行

 女性の社会進出、という事が顕著になってきて、この翌年には女性の「業界モノ」ドラマが多数制作されましたが、この年でもドラマ「誇りの報酬」中村雅俊さん、根津甚八さんの2人の刑事が先陣切って突っ込むところを、伊藤蘭さん演じる女性刑事が続いて入っていき「男女雇用機会均等法、知らないな?」的なことを呟いていたのを覚えています。そんな時代になったんだなと。

・岡田有希子さん自殺

 これは前の記事にも書きましたが、忘れもしない高校の入学式を終えて家に帰ってきたら、この衝撃的すぎるニュースが入ってきました。

 18歳の人気絶頂アイドルの自殺は、後追い自殺が続く社会現象にもなるほど、影響力の大きな出来事でした。

・フジテレビの目玉マークの使用

 バレーボールのバボちゃんなんかが象徴的でしたが、当時のフジといえばこの「目玉」でしたね。

・「世界・ふしぎ発見」放送開始

 いまだに続いているこの番組、司会者も変わっていないところもまたすごいですね。草野仁さん、このちょっと前まではNHKのアナウンサーで、ロス五輪の結果を伝えたりしていたのを見てましたが…。

・ジャイアントパンダ、トントン誕生

 ホアンホアンとフェイフェイの間に生まれたジャイアントパンダで、この前年に生まれた「待望の」パンダが、ホアンホアンの下敷きになり、わずか数日で死んでしまい、失意の中にありましたが、次の年に見事成功となりました。

・甲斐バンド解散

 これ当時リアルでは知らなくて、数年前に解散の噂が出て解散していたのかなと思っていましたが、この年でした。

 1974(昭和49)年から12年間、フォークからロックに変わりゆく時代に、ロックの旗手的存在としてシーンを引っ張ってきていました。

 ここで初回の解散をしますが、その後再結成・解散を繰り返す事となります。

・衆参ダブル選挙

 衆議院と参議院の同日選挙として盛り上がりました。西川きよし氏の「小さな事からコツコツと…」とか、選挙後に社会党の女性党首となった土井たか子氏の「やるっきゃない」とかこの時の政界のフレーズは色々出てきました。選挙は自民党の「地滑り的圧勝」と言われ、翌日の選挙速報を高校から帰ってずって見ていました。

・新自由クラブ解散

 少数政党として渋い存在だった「新自由クラブ」というものが、かつてありました。新自クと社民連はいつも党員が数名でしたが、何とか議席をキープすると、「よくやった」感があったものでした。多くの議員が自民党へ戻ったというのが個人的には少々ガッカリでした。

・聖・輝の子ども誕生

 前年結婚した松田聖子さん、神田正輝さんの待望の子どもが誕生し、ワイドショーの話題を席巻しました。後の神田沙也加さんですが、まさか今もう御存命でないなんて…悲しい事です。

・ミュージックステーション、放送開始

 これまた今も続く長寿番組ですが、当初の司会はタモリさんではなく関口宏さんでした。すぐに代わったのでタモリさんのイメージが強いと思いますが。

・シートベルト着用義務化

 今でこそ全く当たり前で、自分が教習所に通っていた時も当然のようにされていましたが、昔の刑事ドラマなんか見てると、シートベルトをして車を運転するシーンが殆どなく、車を止めたらすぐ刑事たちは降りてくるし、事故に遭えば社外に投げ出されたり、シートベルトをしてる描写が殆どなかったな…と改めて感じます。

・「太陽にほえろ!」終了

 個人的に毎週金曜夜8時に楽しみにしていたこの番組が、遂に14年4ヶ月の放送に幕を下ろしました。
 前の記事にも書きましたので割愛しますが、その次に「PART2」が3ヶ月だけながら放送を続てくれたのだけは良かったなと思いました。

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・三原山噴火

 その「太陽にほえろ!PART2」の第1話は、「太陽にほえろ!」最終回の翌週に放送されるはずでしたが、この噴火の為に緊急特番となり、1週間放送が遅れました。そしてこの噴火では、伊豆大島の島民が全員島外へ避難する事態となりました。

・フライデー襲撃事件

 ビートたけしさんがたけし軍団を引き連れて、当時脅威の対象であった写真週刊誌「フライデー」の編集部へ押しかけ、暴行を働いたという事で世間を騒がせました。当時は「フォーカス」と共に二大写真週刊誌「F・F」と言われ、芸能人たちは写真を撮られる事を恐れていました。今ならSNSでしょうが、そういうものがなかったこの時代は芸能リポーターや写真週刊誌というのが、驚異の対象でした。

・余部鉄橋転落事故

 兵庫県北部の「餘部鉄橋」から回送列車が転落し、計6人が死亡した惨事でした。回送列車だったので、乗客はいませんでしたが、余部鉄橋は、高さが40m以上ある高所を走っており、車掌さんが亡くなられ、また真下は工場であり、ここへ直撃して、従業員5人が亡くなられています。折しも国鉄がJRになる3ヶ月前の出来事でした。遠くですが、個人的に県内なのでそれはもう驚きではありました。

・チャレンジャー爆発事故

 スペースシャトル「チャレンジャー」が、打ちあがったと思ったら、わずか1分余りで分解し、乗組員7名全員が死亡した惨事が起こりました。リアルでTVで見てましたが、まさかというぐらいあっという間の分解でした

・チェルノブイリ原発事故

 当時はソ連といっていましたが、今のロシアとウクライナで起こった原発事故で、放射能漏れがかなりの大規模という事で震撼した事故でした。当時は対岸の火事みたいな感じで見ていましたが、その約25年後福島で同様の事が起こってしまうとは…。

・ハレー彗星の大接近

 76年に一度やってくるという、ハレー彗星の大接近という事で話題になりました。
 今度来てももう生きてないな、と16歳の当時思っていましたが、今この時点でようやく半分の38年目を迎えているところです。

・紅白の「仮面ライダー」

 この年の最後に衝撃だったのはこの事件でした。

 NHK紅白歌合戦で、この年ブレイクした少年隊が「仮面舞踏会」を歌いにいくところ、司会の加山雄三氏が「少年隊!仮面ーライダーーーー!」と高らかに叫んでいて、「????」しかありませんでした。一瞬すごい冗談入れてきたのかな?「じゃなくて、仮面舞踏会ーー!」と言うのかなと思えど、全く気配がなく、それが「マジ」であった事に甚だビックリしました。

 

おかげさまで無事に楽しく?過ごせた1986年でした。

 

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