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2023年10月14日 (土)

生活と思い出と世の中と(1985年③)

遡って振り返る、「生活と思い出と世の中と」。62回目は1985年の第3回です。

当時見たドラマにまつわる事を綴りたいと思います。

 

●ドラマ(本放送)

・「大岡越前」(第9部)

 …「水戸黄門」と交互に放送されていた頃のもので、第6部から4部連続で水戸黄門と交互に放送されていました。

 この部では、若手同心として佐藤佑介さん演じる「立花喬之助」が登場し、前作から出演していた森田健作さん演じる「蕪木兵助」に後輩ができた格好となり、喬之助はその後10年にわたり活躍を続けることとなります。

 高橋元太郎さん演じる岡っ引き「すっとびの辰三」が長らく独身でしたが「おはな」と結婚し所帯を持ちます。

 ベテラン同心でスタート時から越前を「若」と慕いサポートし続けてきた「源さん」こと村上源次郎(大坂志郎さん)の最終作となり、演じる大坂さんも次の部の終了後1989年に死去されますが、後任の「おやじさん」を佐野浅夫さんが演じる事は決まっていたようで、これは予定通りの交代であったと言われています。

 和田浩治さん演じる風間駿介もこの部で最終となりました。これは演じる和田さんが放送終了直後に死去された為で、風間駿介は「疾風同心」「八丁堀暴れ軍団」などのスピンオフ番組が制作されるほどの人気を得たキャラクターで、この部でも和田さんの体調がかなり悪化していて出番が少なかったといいます。1986年の衆参同日選挙頃にひっそりと新聞紙面にその訃報が載せられていて、42歳の若すぎる死が悔やまれます。

・「影の軍団Ⅳ」/「同・幕末編」

 …実際見てはいませんが、久々に「影の軍団」が放送されるという事で話題になりました。2年後に再放送で見ることになりますが、本放送は22時からの放送で、なかなか見れませんでした。
 半年で終わるかと思ったら10月からは「幕末編」がスタートし、前年までプロ野球選手だった江夏豊さんが西郷隆盛役で登場したのがビックリで、これは話題になっていました。

・「金曜日の妻たちへⅢ恋に落ちて」

 …「金妻」の第3弾です。あまり見ていませんでしたが、奥田瑛二さんの出世作の印象があります。
 それとやはり主題歌、小林明子さんの「恋に落ちて」が大ヒットして、あちこちで聞いた覚えがあります。

・「少女に何が起こったか」

 …大映ドラマシリーズにキョンキョン(小泉今日子さん)がヒロインとして起用された話題作でした。

 天才ピアニストの娘とされる少女が上京して高名な音楽大学に住み込みで入り、大学経営者家族(長門裕之さん、辺見マリさん等)からは「偽物」と罵られ、学校ではライバル(賀来千香子さん)や仲間に囲まれながら、コーチ(辰巳琢郎さん)にも励まされながら、音楽コンクールで優勝するまでの苦難の軌跡を描いたもので、大映作品だと水谷豊さんがピアニストを演じた「赤い激流」に似たものでもあり、学校に入って訓練を受けながら共に頑張るフォーマットは「スチュワーデス物語」のようでもありました。

 毎晩12時のベルが鳴るとキョンキョンのいる部屋に悪徳刑事が押しかけてきて、石立鉄男さんの口調で「オイ!薄汚ねえシンデレラ!」と定型句で挨拶しながら、締め上げたり脅したり、今では「あかんやつ」とされる暴行まがいの脅しで震え上がらせるシーンが、かわいそうでかつ笑えました。

 それまでこの大映ドラマで多数善良な役をこなしてきた石立鉄男さんが、黒い肌に派手なスーツでヒゲを生やし、音楽大学の学長代理と手を組む悪徳刑事として、ヒロインに凄む姿がそれまでとギッャプがありすぎて。
 そしてもう一人、大映ドラマの顔ともいえた存在、宇津井健さんが、この悪徳刑事に締め上げられ縮み上がったヒロインを陰からそっと見守る「謎の男」を不気味に演じていました。

 最終回はヒロインがコンクールに優勝しますが、それだけでなくいろんな事が一気に解明され、学長代理(長門裕之さん)が横領で逮捕され、宇津井健さんの謎の男は実は東京地検の検事で、この学長代理の不正を内定調査していて、悪徳刑事の石立鉄男さんは実は宇津井さんの検事と連携して学長代理の化けの皮を剝がすべく巧みに潜入捜査をしていた、というのはビックリでした。
 あれだけ毎回締め上げておいてキョンキョンに最後だけ「すまなかった。でも君は強い子だ」だけで済ますのか?と(笑) 別れ際にいつもの罵り定型句を変形させ「とってもかわいいシンデレラ!」と言い出ていくのにギッャプを感じて感動すらしてしまいました(笑)

・「スーパーポリス」

 …すごく見たかった刑事ドラマですが、実際あまり見れませんでした。昭和も60年代に入ってGメン'75の枠でこれを踏襲したテイストでやるのは無理があったのでしょうか…?

 丹波(哲郎)ボスが再び降臨、という感じで、三浦友和さんや「太陽にほえろ!」殿下の小野寺昭さんを出してきたまでは良かったのですが、他のキャストがちょっと奇抜で、半年間の放映予定が視聴率で苦戦し、結局3ヶ月強で打ち切られてしまいました。

・「スケバン刑事」

 30分ドラマがまだ普通にあった時代でした。春に「卒業」がヒットした斉藤由貴さんがスケバン高校生としてヨーヨーを武器に悪を成敗するという奇抜な感じが良かったですね。予告のラストで「てめえら、許さねぇ」と啖呵を切って斉藤由貴さんがヨーヨーを投げるシーンもカッコ良かったです。

 最終回は高橋ひとみさん演じるキャラと相討ちで死ぬような描写で印象的でしたが、その前に中康治さん演じる「神恭一郎」の立ったままの死が印象的すぎました。

・「スケバン刑事Ⅱ少女鉄仮面伝説」

 …前作のヒットを受けて、南野陽子さん主演で制作された第2弾。2代目麻宮サキが土佐弁なのはビックリでした。
 予告の最後は、斉藤由貴さんのを踏襲してヨーヨーを投げますが「おまんら、許さんぜよ」という土佐弁でした。

 このシリーズからスケバン刑事が3人になり、相楽晴子さんの「ビー玉お京」はそしかしこで有名だった気がします。

・「ただいま絶好調!」

 …石原プロが「西部警察」シリーズ以来、半年ぶりにドラマ制作に乗り出した作品でした。
 当時掛け持ちしていた「私鉄沿線97分署」と同じく主演は渡哲也さんですが、実質的主役は舘ひろしさんでした。

 舘さんがロック歌手だった事を生かしての設定か?ロックバンドとしてマジソン・スクエア・ガーデンを目指す姿を描いていましたが、彼らは金がないのでアルバイトなんかもしていてそこで色々な事に巻き込まれたりします。
 キャスト的には、峰竜太さんと御木裕さんは西部警察からのスピンオフのようなものですが、バンドのマネージャー役に勝野洋さん、バンドメンバーは舘さんと峰さんの他に、太川陽介さん西山浩司さんと松本伊代さんとなかなかの布陣でした。

 渡さんは鳶職の親方という役どころでしたが、元刑事の設定もあり、西部警察の大門さながらのグラサンに銃を持っての回想シーンがありました。渡さんと勝野さんに共通して感じたのは「刑事ドラマ時代は角刈りだったが、刑事ドラマを終わると、髪を伸ばす」でした(笑)

・「乳姉妹」

 …「ちきょうだい」と読みます。「乳姉妹」だと思っていました。

  当時はあまり見れませんでしたが、かつての同じ大映ドラマ「赤い運命」を思わせる「出生の秘密」がらみの壮絶なドラマでした。
  当初半年以上放映するという事を聞き、えらい気合の入りようだなと感じたものでしたが、実際に26回を越え28回放送されました。

・「スタア誕生」

 …堀ちえみさんが大映ドラマに帰ってきた、という感じでした。あまり見れませんでしたが、最後はヒロインが死んでしまうというもので、「スタ誕生」の表記にしなかったのは、別に番組が存在する為なのですね。

・「毎度おさわがせします」

 …性描写の多い、中高生の興味関心を大いに引くタイプのドラマで、ホームドラマの体をしながら、サブタイトルからして性器を表すもので、思春期の青少年に多大なる影響を及ぼしました。中山美穂さんの小悪魔的人気がここで一気に爆発していました。
主演は小野寺昭さんで、彼のそれまでのイメージを覆す、コミカルさを持った平凡な家庭のパパぶりもまた良かったです。

・「夏・体験物語」

 …「毎度おさわがせします」の流れを汲んだ作品で、同じく中山美穂さんが主演し、女友達やその周辺のロストバージン的なものを描いた作品で、当時中三だったので、親の目を盗んでこういうのを見たかった思いがすごくありました(笑)、実際ちょっと見てましたが…。

 そういう作風でありながら、吉幾三さんが主演なのがビックリモノです。「俺ら東京さ行くだ」のヒットも影響したのでしょうか。

・「ハーフポテトな俺たち」

 …リアルではほとんど見たことがなく、当時買っていた雑誌のコーナーで存在を知った作品でした。後年チラッとだけ見ましたが、何せ今からは考えられない、中山秀征さん主演のドラマでした。彼が演じる青年がアルバイトを通しての様々な体験が描かれるという形で、当時「ABブラザーズ」というお笑いコンビを組んでいた10代の頃でした。
 半年間の放映予定だったと後で聞いてビックリしましたが、12回で打ち切りになりました。

・「ポニーテールは振り向かない」

 …春まで放送されていた「スクール・ウォーズ」の時間枠で、途中「スーパーポリス」を挟みながら、再び大映ドラマが戻りました。
 そして伊藤かずえさんが「乳姉妹」に続いて実質主演(「乳姉妹」主演は鶴見辰吾さんで、伊藤さんはヒロイン役)を務め、松村雄基さんらと共に大映黄金時代の真っただ中にいた、という感じで、あまり見ていませんでしたが、バンドものというのは分かりました。主題歌を歌っていた小比類巻かほるさんの存在もこの時、有名になりました。

・「わが子よⅤ」

 …花王愛の劇場で、毎年夏休みには必ず放送されていたドラマで、夏休み中に母子で見る事を期待して制作されたものと思われ、我が家でも後半は親子で見ていました。全6シリーズ中の5作目で、6作すべて小林千登勢さん母親役で、その後の「母さんと呼びたい」含め、7作連続で夏休みの愛の劇場に主演し続けていました。
 ヒロインはシリーズごとに様々なハンデを負いながらも、強く生きていく姿を描くのですが、この時は足の病気で、足を切断してしまうものでした。荻野目洋子さんの歌う主題歌「心のままに」はドラマの内容に実にリンクしていて、当時からいい歌だなと思っていました。「ダンシングヒーロー」などでブレイクする直前の事でした。

・「水戸黄門」(第15部)

 …それまでの作品と大きくは違いませんが、伴の女性が姫である場合、たいていは駆け出しの女優が演じるところを、この部では片平なぎささんが演じていて一行と道中を共にしていました。中学生なりにも「ここで片平なぎさ使うの?」とか思ったものでした。

 

以下はこれ以外で、前年以前から放送されているものです。

・「特捜最前線」

 …この年は実に革命的と言える年で、それまで約5年間ほぼ刑事役の人事変動がありませんでしたが、夏に大滝秀治さん演じる「おやじさん」こと船村刑事が遂に退職します。6年前に一度退職し、また復職していますが、今回は完全な退職になりました。
 そして誠直也さん演じる吉野刑事がスタートから8年間の活躍に、殉職の形で終止符を打ちます。リアルで殉職は見れませんでしたが、新聞記事でこの吉野刑事の殉職は知っていました。この番組で殉職したのは荒木しげるさんの津上刑事と今回と、10年間の放送で2人だけでした。

 最も大きかったのは、放送時間枠の移動でした。それまでの水曜22時から木曜21時へと変更となり、これは当時10月改編で「ニュースステーション」のスタートによるものが大きかったです。

・「太陽にほえろ!」

 …通年放送された最後の年でした。次の1986年はし11月14日に最終回を迎えています。

 この年は2月に「ラガー倒れる」にて、渡辺徹さん演じるラガー刑事が、犯人との格闘で古傷である膝を痛めつけられ、病院で骨肉腫であることが判明し、しばらく入院する設定となり、4月に戦線復帰しますが、この骨肉腫は完治しておらず、殉職への伏線となっていきます。

 8月2日「ラガーよ 俺たちはなぜ おまえが死んだか 知っている」という番組史上最長のサブタイトルにて、ラガー刑事はバス狙撃犯と相討ちの形で、右胸をライフル段が貫通し、背中から大量の血しぶきを上げながら、バスの無事を見届けて殉職しました。この時、渡辺徹さんはズボンが真っ二つに裂けた話をよく笑い話にしていて、また最後に視力を振り絞ってエレベーターへ這いつくばって、たどり着いた階下でエレベーターの動く扉に挟まれながら死を遂げますが、動く扉に肉を挟まれ、タプンタプンとなってる姿が確認でき、正直彼が太り過ぎてしまったために、殉職の悲しみが少し減っていったように思われました。

 ラガー殉職後、次の話では後任は登場せず、後任がないのか?と思っていたらその次の回に金田賢一さんが演じる「デューク刑事」が登場します。それまでの沖雅也さんのスコッチ刑事や三田村邦彦さんのジプシー刑事の流れをくむクール系キャラの刑事ですが、仲間をあだ名で呼ばないところが新鮮でした。クールだがヒネている訳ではない刑事で、とにかく賢いキャラでした。
 ちなみに、その後も新刑事は当時要しますが、「○○刑事登場!」のサブタイトルで登場するのは、このデュークが最後でした。
 この時期になると知名度のある役者が新人刑事として登場するようになり、逆に彼を大々的に売り込むような流れにはならず、金田さんの舞台出演の関係もあったのか、翌年秋番組終了直前に研修で海外へ旅立つ形で降板し、1年強の在籍でそれほど強いインパクトを残せなかったという感じでした。番組自体のパワーも少し落ちている感じがなんとなくしていましたが…。

 

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