2018年9月
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旅行・地域

2018年9月21日 (金)

愛知/豊明 沓掛城の罠…

愛知県豊明市、名鉄/前後駅からの旅です。

(2018年5月当時)

●甲冑

前後駅にあったものです。駅記事の方は2007年4月訪問時のものでしたが、当時は駅周りをほんの少し見ただけだったので、今回記事は今年5月に再訪した時のものです。なので記事の鮮度は「それなりに」あります(笑)

豊明市の市章自体が兜の頭みたいなカッコいいもので、桶狭間古戦場まつりというものがあり、そこでは甲冑を着た人が「出陣」をするといいます。

というわけで、豊明市は桶狭間という歴史的に大きなウリがある街で、このように街と物がすんなりイメージできるような形は分かり易くて良いと思います。

甲冑同好会なんてあるのですね。そんなところにもこの街らしさを感じました。

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●豊明市観光マップ

これも前後駅にあるものです。

豊明市は市名を名乗る豊明駅よりも前後駅の方がメインという感じで、この時も豊明駅に寄るよりも前後駅に寄って旅をする事にしたのです。

沓掛城址などの名のある所もあり、また歴史的な観光資源にも割に恵まれています。

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●パルネスCOOP

前後駅前にある複合商業施設である「パルネス」に入っているCOOPです。

これ以外にも色々なお店がこのパルネスには入っています。

その前に木の枝にパンだと妖精みたいなのがありますが、この妖精が何だか「ミルモでポン!」のミルモがモデルじゃないかというぐらい似てました。かれこれ15年くらい前のアニメですが…

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●文化会館バス停

どこを観光しようかと色々迷っていましたが、とりあえず前後駅からバスに乗って辿り着いたのが、ここ豊明市文化会館のバス停です。こういう施設の周辺なら何もないという事はないだろう、と安直な思いで降り立ちました。

前後駅からここまでは12分190円ですが、乗るバスは「藤田保健衛生大学行き」という便になります。

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●豊明市文化会館

ここに着いたのは良いのですが、この周辺だとこれといった観光名所が見当たらず、結局のところここから延々と歩いて行く事となります。観光名所への的確なアクセスができるバスが見つけられず、正直バス停に近い名所はあまりないようでした。

歩いて行く事となったのはまだよいものの、ここへ体調不良が襲ってきて大変でした。この会館でトイレに行っておけば良かったものをそうしなかった事でえらい事になってしまいました。結局は延々歩いた揚句にここに戻ってようやくまともにトイレに行けて、しばらくは動けないままバス停のベンチでじっとしていたのでした。

旅と関係ありませんが、トイレには行ける時に行っておいた方が良いです、その事をかなり強く感じさせられました。

ちなみにこの会館の大ホールのキャパは818人との事です。800人入れば大ホールはほぼ埋まる形です。

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●鹿嶋社

階段のすぐ上に鳥居が立っていて、そこから拝殿へと進んでいく形となっている神社でした。

一説には元は川嶋神社ともいっていたそうで、その事が延喜式に記載ありなどとなっていることから、かなり歴史ある神社になるかと思います。

いちばん下の写真のはなんでしょうか?火を使う時の道具なのか??ですが、ナント下敷き代わりにあの由美かおるアース蚊取り線香の看板が!昭和の日本を代表する文化遺産といっても過言ではない、この看板がこんな形で使われているとは!!

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●ラーメン ボクサーの店

なんかよく分かんないお店でした、看板部分が。

たこ焼、とあって、ラーメンとボクサーが併記されていて、別の面には「ボクサーの店」」とありました。とうに廃屋ではないかと思いますが、ボクサーがやっていたラーメン屋たこ焼その他の飲食店、だったのでしょうか。

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●乗馬練習

沓掛城跡目指して歩いていたところ出くわしました。

広場の中を乗馬の練習をしていた方々…、どこかの乗馬スクールなんかの練習場かと思っていましたが、それにしては指導員らしき方の怒声ともいえる声が飛んでいて何事かと思わされました!

後で調べたところでは名古屋学院大の馬術部のようでした。部活だったのでしょうか、なんとも厳しくてビックリしましたが…。

練習場の道を隔てて向かいに厩舎の様なのがありました。

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●沓掛(くつかけ)城址公園 入口

亥の看板がお出迎えしてくれて、ようやく沓掛城址へと辿り着きました。

しかし…

この下の2枚目の写真の左側に写っているトイレにやられました…

実は豊明文化会館からここまで結構な距離を歩いてきましたが、その途中で便意からまずい事になり、慌ててここにあるトイレへと駆け込みました、それで解決…のはずでした…

が、

このトイレには…

紙がなかったsign01

のでした。

その事に気づいたのはすっかり事が終わってからで、、

どうにもならなくなってしまっていました…

まさか紙がないなどとは夢にも思わず調子も悪かったのでさらに輪をかけましたweep

ちょっとここでは罠にかかりました…

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●沓掛城址を往く

城址公園という形になっていて、特に目立った建物がある訳ではありません。

14世紀からその存在の記録が見受けられ、1400年前後に築城されたようです。

本丸、二の丸、諏訪曲輪などで形成され、その保存状態は良好、当時としては大規模の部類に入るお城といわれています。

桶狭間の合戦前夜に今川義元が宿泊したお城、といえばすごくイメージしやすいかもしれません。相応の建物があったのでしょうね。復元の計画など今のところはないようですが…。

関ヶ原の合戦で当時の城主・川口宗勝(1548-1612)が捕えられ、この没年から見ても分かるように殺される事はありませんでしたが、この戦いの1600年にこのお城は廃城になっています。

春先はこの緑いっぱいの所に桜が咲き、それは風流な景色になるようです。

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とまぁ沓掛城の景色も上の空になるほど、調子が良くなかった訳ですが、振り返ってこういう景色を見ると、なかなか良い所に居た事を感じました。この後辛い状況でとよわ明石文化会館まで歩いて帰ったのでした。もちろんそこのトイレで…復活しました。

その時の体調というのも旅の思い出として重要な要素、というか忘れられない旅になったといっても過言ではありませんでした。

2018年9月15日 (土)

大阪/泉南 樽井の街の粋な風景

大阪府泉南市、南海/樽井駅からの歩き旅です。

(2018年4月当時)

●駅前

といっても駅すぐという所でなく、駅前をまっすぐ100m程進んでから右折した辺りの様子です。

商店街の雰囲気があるようなないようなですが、風情ある部分も随所に感じられ、木造建屋も結構目立っていました。

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●またも木造家屋

歩いているうちに出くわしました。

屋根の下の部分には「七」とありました。ここに「水」とあると火除けの意味合いがあるといいますが、七ってなんだろう??な感じでした。

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●坂道を上る

ある意味この一連の道が、個人的に泉南市で最も印象深い風景かもしれません。

この樽井には通算3度来たはずで、最初が07年、次が17年、そして今年…と。

最初の07年はホントに樽井駅前だけしか行ってないので足を下ろしただけで、二度目の17年は、樽井駅からJRの和泉砂川駅まで歩いて行ったのですが、そんなこれという景色に出会えぬまま、という感じでここまできてしまいました。

そして今年…ちょっと進路を変えてみて樽井界隈を歩いて見る旅にしたところ、この坂道に出会えました。プチ・ベタ踏み坂とでもいうか…。進めば進むほど急になっていく坂でした。

この坂は「仁右衛門坂」とか「受法寺坂」などといわれています。江戸時代に酒造業や廻船業など様々な商売に手を広げていた豪商の深見仁右衛門という人物が蔵から荷を運ぶのに便利なように道をつくったそうで、この坂を下っていけば(写真でいえば手前の部分にあたります)樽井の港へと至ります。

樽井の街は地形上このような坂が多くなる構造なのだそうで、3度目の訪問でこれに気づくとは…という感じでした。

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●受法寺

仁右衛門坂を上がった所にある受法寺というお寺です。

この坂が受法寺坂とも言われる所以はこのお寺があるからです。

かつてこの坂を使って港へ向かって荷を下ろしていた事が窺えると思います。

この受法寺は浄土真宗本願寺派のお寺ですが、表の山門はかなりきれいで近年改築したのでしょうか。歴史はよく分かりませんが、この坂が商売で利用されていた頃にあったお寺でしょうか。

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●火の用心!

坂の所を離れて街を歩いていたところに出くわした泉南市消防団の樽井分団です。

シャッターに描かれていた絵がかわいらしくてアップで撮ったのですが、「樽井」の名の入った纏を持つ人のものでした。まぁこんなに嬉しそうに纏を持つのか?ってのもありますが…。

その右側のカットは消防士がオープンカーに乗って消火栓から水を出しているカットで、2つとも何かを感じさせられるようなカットでした。

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●樽井温泉

消防分団のすぐ近くにある温泉施設で、表には「SPA TARUI」とありました。

大阪府下最南端の銭湯といわれていますが、電気風呂やリラックス風呂などお風呂の種類がなかなか豊富なようで、露天風呂もあるようです。

この時に立ち寄ったのが午前中で、営業が15時~であったので残念ながら入れませんでした。広間もあるということで、単なる銭湯ではない雰囲気で、そこがまた惹かれどころでしたが…。全体的に古めかしい感じの銭湯+αという感じの施設でした。

興味おありの方は是非に行って頂いて訪問記を書いてほしいところです(笑)

【樽井温泉】

住所/大阪府泉南市樽井4-25-32

電話番号/

営業時間/15:00~23:00

定休/毎週火曜日

入浴料/一般大人350円

アクセス/南海・樽井駅より徒歩10分

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●茅渟神社

「ちぬ」神社と読みます。平安中期創建とされる歴史ある神社です。

樽井温泉のところから、高いゲートの残ったところの横路地へ入って進んでいくと程無く見えます。昔はこのゲートももっと派手だったのでしょうか。なんとなく往時の雰囲気の面影だけを遺すような雰囲気を感じました。

そしていざ境内へ。

今年が戌年なので、このようなお戌様の大きな絵馬が。

茅渟の語源についても説明が記されていましたが、古代神話の戦いで血の沼になったというものでした。魚のチヌ(黒鯛)にも絡められ釣り人の参拝も多いといいます。

酒樽が沢山置かれていましたが「長龍」が懐かしかったです。今もあるんだなと。TVCMでやらなくなったら自分の頭からすっかりなくなってしまっていたもので。♪なーるほどよいさーけー ちょう~りょお~ って歌でしたっけ。

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●山の井遺蹟

茅渟神社を離れて今度はこのような遺蹟へ。

神武天皇の東征でその兄が矢傷で深手を負い、手当ての場を求めてここの清水で洗い流したというような事が書いてありましたが、色々と歴史的な出来事に遭遇するものですね。という訳でここは記念碑と玉垣などで構成された遺跡公園となっています。

さて、これまで二度の訪問であまり歴史的な部分に触れられず、泉南ならではのものをあまり感じられなかったものが、三度目の訪問は実のあるものとなりました。まさに三度目の正直で、それまで浅く広くしか訪ねられなかったところを、これから少しずつ深く訪ねたい、というのが近年の旅の個人的な理想です。

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2018年9月 7日 (金)

南海/樽井駅 (大阪府泉南市)

大阪府泉南市の南海/樽井(たるい)です。

泉南市では、JR和泉砂川駅をupしていますが、今回は南海での泉南市の中心的役割を果たすこの樽井駅をupします。

-南海/樽井駅
【路線】南海本線(難波-和歌山市間)
【開業】1897年11月9
【訪問】初訪問-2007年4
【1日あたり平均乗降車人員】 7,830人/日 (2016年)
【近隣の都市駅(難波方面) 泉佐野駅 →4駅
          
(和歌山市方面) 尾崎駅 →隣駅

●駅名標

ここへ初めて寄ったのは2007年の事ですが、この記事では2017年再訪時のものをお送りします。

南海での泉南市の中心駅的存在で、隣は阪南市の尾崎駅ですが、泉南市と阪南市で位置関係が紛らわしく、どっちがどっちかよく分からなくなります。南海の路線上で、より和歌山寄りなのが阪南市です。

岐阜県の関ヶ原辺りの東海道線に「垂井駅」というのがありますが、読みが同じで字が違う駅です。

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●ホーム

2面3線のホームで両ホームは向こうの跨線橋で繋がれています。

泉南市の中心的な役どころですが、特急は通過します。

利用者数的には南海100駅あるとして40位くらいという事で、平均よりやや上というところです。

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●跨線橋から

2線の線路がここから見えますが、もう1線は屋根の右側に隠れています。

左側が駅舎側です。

屋根の色がつぎはぎな感じで、所々まだらでした。

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●跨線橋内

割にきれい目な跨線橋に片側だけ掲示物がズラリと並んでいました。

屋根は三角形で突き当りが五角形に見える形のもので、窓は真ん中に並んだタイプのものでした。特に目を見張るものもなく、普通の窓付きの跨線橋でした。

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●駅前通り

向こうへ続くビル右の道が駅から伸びる駅前通りです。

手前の建物は目立ちますがその向こうは、あまり高い建物は見られませんでした。

駅前通りも商店街というより、市街地の一角という感じでした。

JR側の泉南市の中心駅的存在の和泉砂川も唐突に駅が現われる感じで、純然たる市の中心駅としてデンと構えている感じの駅がこの市内にはないな、というのを感じました。

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●樽井駅 駅舎

緑の屋根縁が印象的な駅舎です。

平屋の小さな駅舎ですが、横に長い駅舎となっていて、多少はそこそこの規模感を感じさせるものでした。しかしやはりあまり市の中心的な雰囲気は感じられませんでした。

泉南市にはキーとなる大きな駅がほしいなというところですが、相応の中心的なエリア不在というところでしょうか。

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2018年9月 4日 (火)

熊本/玉名 玉名温泉街を往く!

熊本県玉名市、JR新玉名駅から玉名駅への様子です。

(2018年1月当時)

●玉名温泉 つかさの湯

新幹線のみの新玉名駅に着いてから、在来線の玉名駅へ向おうとしましたが、バスで17分くらいかかるという、容易に徒歩でアクセスできず、この道のりの途中で温泉があるというので、新玉名駅からタクシーに乗って、ここ「つかさの湯」へやって来ました。タクシーで5分くらいで着きます。

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●つかさの湯 入口

まず、この大きな看板に圧倒されました。

いきなり「西日本最大級の」とあって、少々構えました。

車もハンパない台数停まっていて、これはものすごい混雑の中で温泉に入るのか…と想像し、「のんびりゆったり」という温泉の楽しみ方ができないんじゃないかと。ものすごい人数を入れ込む、アミューズメントタイプの温泉、ってあんまり好きではないのですが活気はあります。

【玉名温泉 つかさの湯】

住所/熊本県玉名市立願寺町656-1

電話番号/0968-72-7777

営業時間/10:00~23:00

休館/なし

入浴料/一般大人700円

入口からしてエスカレータで上っていく方式で、金かかってるな…と感じさせられました。

玄関部分も県知事表彰の「衛生優良施設」という事で、この事がドデカくアピールされていました。何から何まで威圧感が凄かった、これが感想でした。

2005年10月にグランドオープンし、以来13年勢いは衰えることなく突っ走っている、そんな感じでしょうか。

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●つかさの湯 内部

内部も実に華やかで派手な感じでした。

のんびりゆったりというより、エンタテイメント重視という感じでした。

この時は1月3日であったので「賀正」の文字が躍っていましたが、飾付けもしっかりとあり、また色んなライブやショーなど外部から色んな人々を呼んでのエンタメも積極的に実施されている感じでした。単に浸かる事以外の色んな楽しみが準備されている、そんな感じでしたね。

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●司ロイヤルホテル

つかさの湯のほぼ向かいにあるホテルです。

ここも「司」の名前が入っており、玉名の名手として名高い「司グループ」の系列で、このグループは昭和39年の創業以来、玉名のエンタテイメントを一手に担うくらい、様々な施設を経営するしており、このエリアにはそれらがギッシリ詰まっている印象を強く受けました。

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●つかさボウル

これまた「つかさ」です。

ホテルのほぼ隣にありました。この一帯だけで温泉、ホテル、ボウリング、実に手広く手掛けていて、「つかさ」で玉名のエンタテイメントがもってる感じでした。一族の掌中、そんな感じでした。

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●立願寺公園

一連のつかさグループエンタテイメントエリアから出て、玉名駅へのバス停を探そうと幹線道に出てきたところ、この立願寺(りゅうがんじ)公園を見つけました。

詳しく中へ入って見ていませんが、ここには元旅館であったところを利用しての足湯があるといいます。 「玉名温泉」とされる一帯にあり、その中で気軽に寄れる公園施設といった役割を果たしていると思われます。

金栗四三とありますが、これは来年2019年大河ドラマ「いだてん」の主人公の名前で、この玉名出身であり、来年はこの玉名の年ともいえます。

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●玉名温泉 バス停

立願寺公園前に当たる位置にあるこの「玉名温泉」バス停。

新幹線の新玉名駅へは1日3便のみで、在来の玉名駅へは「玉名循環」という路線で1時間に1本程度ありますが、あまりバスが頻繁に来る感じではなく、新玉名から来てここを経て、玉名駅へと向かう道中で、バスの利用はよく考えないとし辛く、タクシーを利用した方が良いように思いました。

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●玉名市観光案内

しょうぶまつりやいちご狩りや色々ありますが、筆頭に挙げられているのは、この地にある「玉名温泉」でした。

玉名温泉は1300年の歴史を持ち、旅館ホテルが約20軒存在し、湯めぐりチケットが発行されているとの事で、そう聞くと立派な温泉街があるのかと思いますが、町を歩いた限りでは、そんなに温泉街然とした感じはしなかったですね。

かつて炭鉱で栄えた周辺地域で「三井の奥座敷」と称されましたが、炭鉱の衰退と共に旅館も減少し、かつての半数以下になっているといいます。それでも20軒も残ってるのか、というのが街を歩いていての感想でした。

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島根/松江③ You are しまね of しまねs

島根県松江市、島根/松江② 美保関 青石畳と港の眺め に続いて松江市の3つ目の記事です。

松江市でも、旧松江市外から取り上げており、1回目が旧・宍道町、2回目が旧・美保関町、そして今回は「旧・島根町」です。

島根県は県庁所在地が松江市という事で、では島根という地があるのか??というと、この島根町でした。平成の大合併まで「八束郡島根町」という自治体として存在し、現在は松江市となっていますが、こここそが「島根の中の島根」な訳です。記事タイトルもその意味からこのようにしました。

(2018年8月当時)

●マリンゲート バス停

旧・島根町の中心的バス停の役割を果たす場所で、このような室内型の待合室を有しています。

松江駅から「マリンゲート」行のバスに乗って約40分、670円です。便数としてはほぼ1時間に1本です。

松江からのバスでは終着点にあたり、旧・島根町の大きな観光資源のひとつである「マリンゲートしまね」が道を隔ててすぐ傍にあります。このバス路線だけでなく、旧・島根町内の「島根町路線バス」の停留所でもあり、ここにいた1時間の間に1本だけ、そのバスも発着してきていました。

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●バス停周り

マリンゲートバス停周辺の様子です。

何にもない、穏やかそのもの、海岸に面したバス停広場です。

海辺の景色を存分に楽しめる、それがこのバス停前の広場でできるというこの贅沢感!

左端にバスが停まっていますが、来た時にこのバスでやって来て、それがここで休憩していて、1時間後結局何もできずに帰る時にまた、このバスに乗って松江駅へ帰る事となりました…

下側の写真の右端にあるオレンジ瓦の建物がバス待合室です。

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●海岸

島根町大芦(おあし)の海岸です。

海が綺麗で、下の地面のものが見えていました。

海水浴場には事欠かないのがこの島根町ですが、ここは海水浴場ではないようです。

対岸に見える半島の景色と海岸線のカーブの具合がとっても画になる、素晴らしい海岸です。

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●マリンゲートしまね

旧・島根町を象徴する施設といっていいこの「マリンゲートしまね」

その存在は昔から知ってはいましたが、ついぞ見る事なく、1991年のオープンからほぼ縁がなかったのでした。それを今回敢えて見に行こう、という事で松江駅からバスでやって来ました。

しかし…

営業してなかった…

この時、お盆期間とはいえ火曜日…、普通に定休日だと知らず、わざわざバスで乗り込んできました。ここに寄るだけが目的で、ここ以外に寄る所もないので、帰りまで1時間ほど、バス停付近でボーっとしておくしかありませんでした。

【マリンゲートしまね】

住所/島根県松江市島根町大芦

電話番号/0852-85-3566

営業時間/9:00~21:00

休館/火曜、年末年始

…火曜定休です。くれぐれもお気をつけ下さい!

水槽に泳ぐ魚たちを見ながら、海の幸を頂くという、どこか残酷な気もしますが、楽しみたかったです。周りに食べる所などないので、ここがダメなら徒歩圏域ではちょっと食べる所探しは苦しいです。

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●マリンショップしまね

マリンゲートと直角に位置しているこの「マリンショップしまね」

農産物・鮮魚系が売っている物産店的な側面と、食事処とがあります。

こちら側は水曜定休という事ですが、火曜だったはずがやっていませんでした。

まさかのマリンゲート、マリンショップ同時休業で、ここへ来てなんにも恩恵に預かる事なく去っていくのが、マサカマサカでした。マリンショップの方は人手不足によって通常以上に休業している旨の貼り紙があり、本当に「まさかの」でした。

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まさかの無収穫に終わった島根町でしたが、これらが開いている時に訪ねれば、この辺りの楽しみ方も全然違ったものになったと思います。

事前に休館調べて行くの、本当に大事ですね!

2018年9月 2日 (日)

名鉄/碧南駅 (愛知県碧南市)

愛知県碧南市の名鉄/碧南(へきなん)です。

碧南市では隣駅の中心駅である碧南中央駅をupしましたが、今回は市名そのままでありながら中心駅ではない当駅の紹介です。

-名鉄/碧南駅
【路線】名鉄三河線(猿投-碧南間)
【開業】1914年2月5
【訪問】2011年2
【1日あたり平均乗降車人員】 3,823人/日 (2016年)
【近隣の都市駅(猿投方面)碧南中央駅 →隣駅

●駅名標

名鉄三河線の終着駅で、隣が碧南市の中央駅である碧南中央駅です。

市名そのものの駅ですが、市の中央駅ではないという珍しいケースです。

1914年の開業時は「大浜港」という名の駅でしたが、開業後40年経った1954年に現在の碧南駅になっています。ちなみに市制施行されたのは1948年で、この6年後に市名の駅になったという事です。

その碧南の由来として、当時の自治体であった「碧海郡」の南、からきているといわれていますが、その碧海は紺碧の海からとられたのでしょうか。

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●ホーム

ベンチの背もたれ部分に広告がデカデカと並んでいました。

1面2線のホームですが、このでかい看板が壁となって、背中合わせになってベンチが存在する状態です。なので、ベンチで背中合わせに座っても、ぶつかる事はありません(笑)

2004年まではここから吉良吉田駅まで線路が伸びていましたが、この路線が廃止になって以来10年余り、終着駅となったままの状態です。

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●電車

碧南行という事で当駅止まりの電車です。終着駅なので当然ですが。

名鉄らしい真っ赤な電車がここでも通っていました。

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●通路

改札から見たホームの様子ですが、手前の構内踏切で1面のみのホームと繋がっていました。坂を上ってホームへ行き着きます。

赤い電車があちこちに停まっていて、留置線が複数ありました。

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●駅前広場

駅前は商店街の通りとなっていますが、あまり高い建物がなく、駅前もあまり賑わっておらず、閑散とまではいかないまでも穏やかな雰囲気でした。

利用者数的には隣の碧南中央駅と大差はなく、中央駅の方が1割程度多いくらいな感じですが、駅周辺の賑わいはえらく違うなと、この両駅間を歩いて行ってみた感想です。

タクシーが停まっている所にテントが立っていたのが光景として珍しかったです。

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●碧南駅 駅舎

碧南中央駅と比べると少し小さい感がありました。

中央駅は床面もビッシリ整備されていますが、こちらは結構シンプルでした。

ただ案内マップがデカデカと出ていたり、駅は数段の階段の上にあったり、出入口の部分には庇の下の柱が両サイドあったりして、ちょっとした規模の駅舎、という部分も垣間見えました。

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2018年8月29日 (水)

大阪モノレール/大日駅 (大阪府守口市)

大阪府守口市の大阪モノレール/大日(だいにち)です。

-大阪モノレール・大阪メトロ/大日駅
【路線】大阪モノレール線(大阪空港-門真市間)
    大阪メトロ谷町線(大日-八尾南間)

【開業】大阪モノレール-1997年8月22
     大阪メトロ-1983年2月8日

【訪問】2007年3
【1日あたり平均乗車人員】 大阪モノレール-14,196人/日 (2016年)
           大阪メトロ-16,124人/日 (2017年)
                            
※大阪モノレールは乗車人員
【近隣の都市駅(八尾南方面)守口市→隣駅
           (門真市方面)門真市→隣駅
           (大阪空港方面)摂津駅→2駅

●駅名標

関東の西武や東武のような大きな駅名標が、この大阪モノレールの特徴のひとつです。

大阪モノレールでは終着・門真市の一歩手前の駅です。

ここではモノレールで訪ねたので、基本モノレール駅舎の関連が記事になりますが、同じ場所で高架の上がこのモノレール駅で、これを出てすぐの所で地下へ下りれば、大阪メトロの駅になります。

当駅はモノレールと地下鉄とが同じ場所にありますが、隣の門真市駅はこのモノレールと京阪電車が同じ場所にあります。

大阪メトロとは元の大阪市営地下鉄ですが、これが今民営化され、俗には「大阪メトロ」と呼ばれ、正式名称としては「大阪市高速電気軌道」といいます。今年4月1日に大阪市交通局は、その114年にわたる長い歴史に終止符を打った訳です。

大阪の地下鉄が大阪市外にも延伸しており、ここ守口市にもですが、八尾市へも伸びています。地下鉄駅としてのこの駅の開業は1983年ですが、それ以前の谷町線は隣の守口駅までの状態で、ここから1.8km延伸されてこの大日まで伸びて、以後35年変わらず今に至っています。

本数的にはほぼ10分に1本程度運行されており、何よりここの利便性は伊丹空港へ直通で行ける事です。

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●線路

モノレールの軌道は大抵適度なカーブを描いていて、これがあたかも空へ吸い込まれるように伸びている、そんな風に見えるので、どこで見ても美しいと思ってしまいます。

周りの景色の関わり方も相まって、適度に描くカーブがとっても画になっています。

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●駅前AEON

この大日駅前の象徴的なものといえば「AEON」です。イオン大日店です。

2006年9月にオープンしたという事で、この写真は2007年3月当時のものなので、まだ開業して半年のホヤホヤ状態でした。

地下鉄都は地下道で、モノレールとは2F歩道で、このAEONとつながっており、駅前におけるこのAEONの役割/位置づけたるやただならぬものを感じました。

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●駅前広場

ロータリー上になった広場にタクシーが何台も停まっていました。

子の真ん中にあるシェルターみたいなものはオブジェでしょうか?まさかトイレがど真ん中にあるとも思えませんが…。

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●地下鉄駅

当時の大阪市交通局の大日駅です。

しっかりと天井のついた立派な地下駅舎でした。

なんというか雑な部分が微塵も感じられない、しっかりとした感じの駅でした。

モノレールの高架から降りてきて、その駅舎を出て歩いてすぐにこの入口があり、地下へ行けば地下鉄と連絡状態です。接続がある、という意味ではありません。両者ともかなりの本数停まるので、ある意味自然な接続状態かもしれませんが。

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●大日駅 駅舎

モノレールの駅舎です。

モノレール駅なので高架ですが、大阪モノレールの駅舎はどれも大規模な建物です。

駅前も雑な事なく、床面もしっかり整備され、AEONへの通路があったり、地下鉄も通っていたり、かなり手厚く施されているエリアである事を感じました。

ちなみに守口市では、京阪の守口市駅が中心的存在で規模も大きく、この駅の地下鉄での隣駅はそれこそ「守口」と市名そのものなのですが、いかにもという感じの普通に地下鉄の駅で規模も小さいです。

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2018年8月26日 (日)

岐阜/羽島 佐吉と藤とオールカラー

岐阜県羽島市、名鉄/羽島市役所前駅からの歩き旅です。

(2011年11月当時)

●佐吉大仏へ

羽島市役所前駅から徒歩で200mほど歩くとあります。

出口を出てから踏切を越えて反対側へ回る事となりますが。

この時、羽島の町を少し歩こうという事で、それまでは岐阜羽島の新幹線駅前を5分くらい歩いたぐらいで、周りにさしたるものもないと感じて以来の訪問でしたが、そんな中で、どこを訪ねようか?と考えつつ出てきたのが、この「佐吉大仏」の存在でした。大仏が見れるならいいか!って事で行ってみた訳です。

詩人・野口雨情の詩が看板にデカデカと出ていましたが、ここ羽島の竹鼻には縁の深い方のようで、しばしばこの地を訪ね、羽島の高等女学校では複数講演を行ったととの記録もありました。

大仏の拝観無料という事で、敷居も高くなく訪ねる事ができました。

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●佐吉大仏

白い鉄筋のゴツッとした建物が境内に現われ、建物の中を入っていきます。

そんなに人通りはなく、落ち着いてゆっくり見る事ができました。

中へ入ってみると、確かに存在していました!

大仏様!

1759年に永田佐吉翁により建立され、その名前がそのまま取られて佐吉大仏となっています。佐吉翁は匿名で゛奉仕活動を度々行い、親孝行を重ね「美濃聖人」とよばれた人物で、母の病気を仏様に祈ったところ全快し、これが大仏建立のきっかけになったといいます。

ちなみに高さは186cmで、日本の観光名所にあるようなものすごい大仏ではありません、ただ人間でもやや大きめのサイズの方相当の大きさはあり、大きめの仏様であるる事は変わりはありません。

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●竹鼻の商店街

この市役所駅前界隈も隣の竹鼻駅同様に竹鼻地区であり、その竹鼻の商店街として広がっていました。

こういう昭和からと思われる店がいまだ数多く並んでいました。

サイドにはなまずの幟がヒラヒラと並んでいました。

「なまずシール委員会」との名前が記されていましたが、この「なまず」をシンボルに町おこしがされたそうです。

で、このなまずシールというのは、昔懐かしのスタンプ式に集めるもので、商店街の該当するお店で100円買上げにつき1枚もらえて、600枚貯めると500円分の商品券として使える、とありました。

しかしこのスタンプシールの発行は、ナントこの平成30年8月限りだそうで、利用できるのも今年いっぱいだそうです。もうこのシールが発行されるのも今週の平日いっぱいなのですね。このなまずの幟も無くなってしまうのでしょうか?これが7年前の姿なので、今もあるのかどうかも把握していませんが。

商店街のイラストでの案内マップが商店街HPにありました。手づくり感が満載でいいですね、こういうの。

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●羽島市役所

市役所前の駅からの歩きなので、当然この市役所も徒歩圏域な訳です。

割にこじんまりとしていますが、てっぺんの曲線が妙に印象的でした。羽島市の市章でも表しているのか、とも思いましたが市章のマークとは全然違ったものでした。

1959年竣工と結構な年数の経った建物で、コンクリート色そのものの部分が結構多い年季を感じさせるものでした。

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●街並み

歩いている中、随所にこのような落ち着いた街並みにお目にかかれます。

木造の家屋、商店など本当に多数目にしました。

2階部部分の高さの低い「つし二階」っぽい、江戸時代の雰囲気すら感じられる家屋が並んでいたり、どれほどの歴史ある家屋群なのか?と思わされるものがありました。特に伝統的建造物保存地区に指定されていたりという事はないようで、天然の歴史ある建造物群という感じでした。

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●竹鼻別院 拝殿

竹鼻の観光スポットとして知られる「竹鼻別院」は、この拝殿が重厚感に溢れとても立派なものでした。

創建は1235年といわれ、1470年に蓮如が中興させたとされています。

その後何度も移転を繰り返したり、天災等による倒壊などを経て、現在の本堂は1915~22年頃に再建したものだそうです。

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●竹鼻別院 藤棚

竹鼻別院といえば…

というぐらい、この藤棚は象徴的な存在です。

「美濃竹鼻藤まつり」というのがあるほど、ここの藤の存在感は絶大です。

毎年4月下旬から5月上旬までの藤が綺麗に咲き誇っている時期に開催されていますが、この写真の時期は11月初めの様子で、ちょうどそのピーク時の半年後、真裏の状態の時で藤棚はただの葉っぱの群れでした…。

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●竹ヶ鼻城跡

竹鼻の町にある城跡ですが、場所の特定まではされていないようで、建物もおそらくこんな感じではないでしょうが、地域の象徴的存在のひとつとして存在感を放っている事は確かです。

応仁年間に築城がされたという事で、応仁の乱が1467年に始まったとされているので、その頃にできたようです。

しかし苦難困難続きで小牧・長久手の戦いで水攻めに遭い、関ヶ原の戦いでも多数の戦死者を出し、遂には落城したといいます。

現在は歴史民俗資料館になっていますが、ここで開催されているものが興味のあったもので想定以上に入り浸ってしまいました。しかも「本日 入館無料」とありましたので迷いなく入りました。何と、無料のとこばっかりでした(笑)

ちなみに通常は大人300円で中学生以下は無料です。また、歴史民俗資料館だけでなく、映画資料館でもあり、ここに惹かれて入っていった訳です実は。

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●クールス!

映画資料館に入ってみるなりこんなでした。

個人的に超絶ツボのジャンルで、これは長く居る事になりそうだ、と直感した瞬間でした。こんな昔の映画のポスターや、当時ならではの関連資料がここには沢山あったのです。

かつてここには竹島朝日館という映画館があったのですが、1971年に閉館になって以降、建物だけが残ってしまい、1992年にここから当時の資料が大量に見つかった事を契機に保存活動を呼びかけたものの、市の財政難を理由に断念、朝日館は取り壊しとなり、1996年に当館は開館されたといいます。

所蔵の映画資料はナント50,000点余り、岐阜羽島にこんなすごい資料館があったとは!オドロキ以外の何物でもありませんでした。

それでこのクールス、「バイクと原宿をこよなく愛するチーム」として血判状でもって結成された筋金入りで、リーダーはあの舘ひろしさん(左から4人目)、相棒は岩城滉一さん など後のビッグネームを複数輩出するチームで、岩城さんは別で俳優デビューが決まっており、この中はいませんが、このチームの館さん以下の面々はロックバンドとして活動しながら、時々このように映画に出ていました。

この「暴力教室」という映画は、松田優作さん主演で1976年に公開されましたが、このクールスらが幅をきかせてのさばる荒廃した学園に赴任した不良バスター的な教師役が優作さんだった訳です。

クライマックスでの優作さんと館さんの「タイマン」での決闘シーンは、もっと語られるべき、と勝手に思っています。ストーリーはともかく、この2人の存在感そのものがものすごくて、演技力関係なしに見てるだけで迫力満点でした。

写真の下のメンバー紹介のところで、「ボス=館ヒロシ」と名前がカタカナ表記であったところが、当時の正確な表記であったのかどうか分かりませんが…。まぁこの時代は本当にTVや映画界に「ボス」が多かったものです(笑)

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●映画ポスターの数々

これはほんのごく一部だと思いますが、このポスターの数々、「゛オールカラー」とか「総天然色」とか言っていた時代でしょうか。

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●映写機

映画そのもののポスターた゜゛けでなく、このような映写機などのハード資料も沢山残っていました。映画といえばこのフォルムっていうぐらいお馴染みの形ですね。

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●歴史民俗資料

映画館の方ばかりに目を奪われていましたが、民俗資料の方もしっかり展示してありましたので。

この神輿は昭和35年ごろ寄贈されたようで、近年もこのような神輿を担がれていたようですが、その後担ぎ手が居なくなったようでお蔵入りしている、と記されていました。

渡船場の標柱などもありました。

舟便りの時代が近年まで確実にあった訳で、なんでも便利になったのは良いことかもしれませんが、どんどん風情やのんびりした時の流れが失われていくみたいで、どうなのかな??と思ったりする部分もありますね。

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といったところで羽島の旅終わりです。

本当はお寺も沢山あって、いちいち巡っていましたが、そのへんは実際にこの地で見られればと思います。オールド邦画ファンの方は、この資料館はうってつけだと思います。

新幹線で飛ばしてしまいがちな岐阜羽島ですが、少し足を伸ばせばよい旅ができるというものです。

それでは。

2018年8月23日 (木)

長野電鉄/湯田中駅 (長野県下高井郡山ノ内町)

長野県下高井郡山ノ内町の長野電鉄/湯田中(ゆだなか)です。

山ノ内町は長野県の北東部に位置し、人口は11,852人(2018.4.1現在)で、志賀高原や湯田中渋温泉郷、地獄谷野猿公苑など観光資源に大変恵まれた町です。

-長野電鉄/湯田中
【路線】長野電鉄長野線(長野-湯田中間)
【開業】1927年4月28
【訪問】2017年8月
【1日あたり平均乗車人員】 646人/日 (2015年)
【近隣の都市駅(長野方面)信州中野駅→5駅

●駅名標周辺

実際に看板形式になった駅名標があったはずですが確認できず、この駅名標を代用で載せます。一応隣駅表示があって、片側のみ記されていますが、長野電鉄の長野線の終着駅であり、ここは郡部ですがもっちも近い市の中心駅はここから5駅行った信州中野駅です。

猿の看板が印象的ですが、これは「地獄谷野猿公苑」の看板です。冬場には猿が温泉につかる国際的に有名な観光地で、ここがまずこの駅のウリです。この駅からあまり便数は多くありませんがバスが出ています。時間があれば是非寄りたい所です(寄れませんでしたが…)

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●片道切符

長野駅からの切符、乗車券と特急券です。

JR長野駅の構内を一旦出てすぐの地下階段を下りて長野電鉄ののりばへ出ます。

そしてここから買った切符です。1年前のちょうど今ごろです。

湯田中は特急停車駅につき、乗車券1,160円に特急料金100円が加算され、特急利用時は総計1,260円となります。

特急利用で長野駅から45分前後で到着します(普通列車の場合は70分余りかかります)

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●おさるスナップ

駅のホームには地獄谷野猿公苑のお猿の写真は複数あり、ちょっとしたスナップ集といった感じでした。よほどここがウリなんだろうな、と感じました。それにしても子ザルはかわいいですね。

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●電車内

これは帰りの時のカットですが、長野へ向かう電車が折返しで来ていて、出発待ちの時に誰も乗っていなかったので撮れたものです。

行きは特急で来たので上等な感じの座席でしたが、この帰りは普通列車で帰ったので、こんな感じの座席でした。これはこれでほのぼのしていてよかったです。

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●ホーム

特急列車の入ったホームのカットがいちばん上の写真ですが、特急だけあってなかなか長めでした。

2枚目の写真は古風な感じが見て取れるホームのカットです。コインロッカーも設置されています。

観光資源に恵まれて特急停車駅でもありますが、1日平均の乗車人員は600人余りとさほど多くなく、土日など休日頼みなのかもしれません。

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●楓の館

これは駅を出て裏側に当たる位置にある湯田中駅の旧駅舎で現在「楓の館」として利用されている施設です。

日本の歴史的景観に寄与しているものとして文化財登録原簿に登録された、とありました。文化財登録原簿に登録された文化財が「登録有形文化財」という訳です。

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●楓の湯

旧湯田中駅舎に隣接する形で位置しているのがこの「楓の湯」です。

この湯田中駅前の日帰り入浴施設です。

折角駅前にある訳で入りたかったのですが、行きは少し離れた渋温泉まで行く必要があり、帰りは早めに出る必要がありで、利用する事ができず残念でした。

ただ、この前に足湯があり、そこだけは浸かってきました。その足湯の写真も載せています。

【楓の湯】

 

住所:長野県下高井郡山ノ内町大字平穏3277-1
      (長野電鉄/湯田中駅より徒歩1分)

 

電話:0269-33-2133

営業時間:10:00~21:00(受付20:30まで)

料金:大人300円。小人150円

休館日:毎月第1火曜日(祝日の場合は翌日)

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●駅前広場

駅降りると湯田中温泉街という事もあり、郡部にしては賑わった駅前になっていて、広場を隔てていくつものお店があり、また多くのバスが停まっていました。長距離バスもここから出ています。

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●湯田中駅 駅舎

観光資源の豊富な場所でもあり、大きめの駅舎になっています。

階段のついた立派な建物で、駅の看板も真ん中にデンと出ていました。

白を基調とした建物で、青空によく映えています。曇天だと同化するのでしょうか。

田舎の駅だから小さいではなく、こういう駅もある訳であって、以前この沿線に行った時は長野駅から途中の信州中野駅までしか行きませんでしたが、少し足伸ばししてこんな駅があるとは!という感じでした。行ってみるもんですね。

この界隈には色んな温泉があります。それらをくまなく巡ってみるのも良いかなと思います。

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2018年8月22日 (水)

北海道/名寄 1997年のシンデレラ・リバティ

北海道名寄市、JR名寄駅前の様子です。

(1997年4月当時)

●駅前の一角

名寄駅よりほど近い地点の写真です。

といってもここ名寄を訪ねたのは1997年、実に今から21年も前の昔々の様子です。

平成になってまだ10年経っていない、昭和の色も濃く感じられる時期でした。この97年に1度行ったきりの名寄であるので、また行ってみたとしたらここからどの程度変わっているのか?ですね。

左側の建物は「パチンコ名寄センター」とありました。この当時ですら営業していたのかどうか?ですが2001年頃まで営業していたようで、2004年のニュースでは「跡地」となっていたので、建物ごと無くなっていた可能性があります。

今は場外馬券売り場「ハロンズ名寄」としてこの地に存在しているようです。

ちなみに今回記事で載せている写真は各々下に「フォトスキャン by Googleフォト」とありますが、拾い画ではなく昔「写ルンです」で撮った写真をスマホでスキャンしたものです。

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●商店街

車道の両サイドに歩道がついた商店街が続いていました。

両サイドのアーケードの外側まで跨いだゲートがかかっていましたが、骨組みだけになっていました。1997年当時でこの様子でしたが、いつだかまではきっとここにお店の名前が書かれた看板やらで埋まっていたのではないか?と想像します。元々骨組みだった訳ではないと思うのですが…。

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●宿泊ホテル

生まれて初めて北海道へ行った時は、軽い北海道一周的な旅をしていましたが、その2日目に泊まったのがここ名寄であり、その宿泊先がこの「ビジネスホテル リバティ」でした。

名寄駅から歩いて7分くらいの所にありました。

色々調べていましたが、このホテルは今はもうないようで、同じ位置に「二条旅館」として存在しているようです。

全くの飛び込みで予約なしで入ってみましたが空室ありでした。旅館の玄関形式で共通の靴置場にそのまま靴を置いて、宿泊手続きそして部屋へ、という流れでした。

確かお風呂は、普通の家のお風呂みたいなこじんまりとした感じで、1人入ったら鍵をかけて…という形で順番取りで1人ずつ入る共同浴場形式だったと記憶しています。

このホテルの周辺にはなかなか食べに行くところが見つけられず、駅の周りをウロウロと歩いていたら飲み屋街的なエリアを嗅ぎつけて見つけた、そんな感じでした。帰って来たらすっかり夜で12時までとはいきませんでしたが、結構な時間でこのリバティに着いたのでした。

インターネットで検索して、このホテルの名前自体はいくつかは見つかりましたが、こういう形でこの看板のついたホテルの写真はなかなか見つけられずでした。そんな意味でこの写真を載せるのはとても貴重な事ではないかな??と勝手に思いました。

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もう20年以上行っていない名寄ですが、稚内へ上る「宗谷本線」の途中駅で本数も極少で時間もかかるので、次行く機会があるのかどうか正直分かりません。

20年以上も前の姿を今ここで公開するのも悪くないかな、と思って載せてみました。

こうして見ると20世紀ってだけで懐かしく思える、そんな時代になったのだな、、と痛感します。

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