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旅行・地域

2019年7月10日 (水)

宮城/登米 新田駅裏は動物宝庫

宮城県登米市、 JR新田駅からの歩き旅です。

(2015年1月当時)

▼駅記事に書いていましたが、当初は佐沼地区を行こうとしていたのをバス便の関係で断念し、とりあえず駅前を歩いて何か見つかれば…??ぐらいな感じで漠然と歩く事と方針転換しました。

それで新田駅の駅前広場から左へ向かって歩き始めたのがこの地点です。

1月初めの事だったので、雪がこのように残っていましたが降ってはおらず、これだけは助かりました。

ちなみに右手前の建物は旅館ですが、今もやっているのかどうかよく分かりませんでした。

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▼これは上と同じ地点で後ろを振り返ったもので、新田駅周辺の様子です。

登米市の中心駅的な位置づけにありますが、市の中心駅の周りがこんな感じとは…と思いつつ、歩を進めました。

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▼新田駅を出て左へ進んでいくと、商店街の様相が少し強くなったきたかな、というところでした。

駅からまっすぐ伸びた道がなく、線路と平行なこの通りが実質的な駅前通りという事になると思います。

この時点では、こういう普通の街並みが続いていくだけかな?と思いつつ歩いていました。

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▼登米市というより旧・迫(はざま)町のマンホールです。

ハクチョウが越冬する伊豆沼、というのがコンセプトのようです(横向きでスミマセン、ココログの仕様が変更になってから縦長写真をちゃんと載せる術が分からなくなってしまいました…)

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伊豆沼農産、という看板の付いた建物が見えた所で左折しました。

新田駅から左へ歩いてほんの50m程の地点です。

ここまでは平凡な街並みが続いた感じで、特にこれというものが見つけられず…といってもまだ50mですけど…、初めて来た地の50m、100mというのは結構長く感じるもので、それにこの先なんにもなさそう…と思うと、歩いていてどうしようかな?という気になるというものでした。

しかしこの道路、雪でできたタイヤ痕でカーブの具合が分かるのが、なんともイイですね。

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▼新田駅から左へ出て50mで再度左へ曲がるので、ちょうどまた線路のに戻ってくる訳ですが、この踏切の手前に…

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▼突如として現われた、ヤギ・ヒツジたち

なんだこれは??といきなり驚かされました。

単なる街並み探訪に終始するかと思った矢先に、このような動物たたちに出合う事になるとは!

ヤギが必死に草を食べてる様子もバッチリおさめることができました(笑)

先述の伊豆沼農産のヤギやヒツジのようです。

ヒツジは顔が黒く、サフォークとよばれる羊肉用を主とする種類のようです。番号のタグが取り付けられていました。

言い方良くないですが、大して期待せずに乗り込んできたこの街、大ヒットでした!嬉しい誤算すぎました!!登米市=ヤギ・ヒツジの図式がまずここでできあがりました。

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▼ヤギ・ヒツジ達と離れてほん近くに胸像があり、相澤幸四郎先生の像とありました。

19世紀末にこの新田の地に生まれ、伊豆沼での野鳥の保護に尽力された人物であったようです。

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▼更には高々と建っていたのが「柳生心眼流伝承の郷」の塔です。

柳生〇〇流、といえば真っ先に「柳生新陰流」が浮かびますが、心眼流??となりました。

心眼という言葉は以前から聞いた事がありましたが、この心眼流は戦国時代末期に竹中隼人という人物によって創始されたといいます。柔術の中でもかなり勇壮活発な流儀だそうで、そんな流派がこの地で生まれたそうで「宮城県無形文化財」という伝統あるものなのですね。

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▼さてさて、伊豆沼にやって来ました。

新田駅の真裏にこんな大きな素晴らしい水辺があるなんて、ここまで歩いてくるまで気付かなかったという鈍感さに我ながら参ってしまいましたが、これも結果的に嬉しい大誤算だった訳です。

ただの湖だと思って最初は見ていました、雪に覆われて風情あるなぁ…みたいな感じで。

それだけで立派な観光だし、素晴らしい風景が撮れた、と半ば満足もしていました。

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▼雪に覆われた伊豆沼から少し目線をずらして水辺の方へ。

水のある部分も、周りは雪だらけで風情あるな、っ感じでした。

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▼更に沼の周りをちょっと歩いて違う角度から撮った様子。

ここで「?!」となりました。

左端の方に何やら見えるのです…

その方向へ向かって進みます。

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▼さあ、だいぶはっきり見えてきましたね!

鳥です!

それも結構います!!

もっと近づきます。

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▼近づける限りの所まで近づいてみました。

さて、ここからはハクチョウとカモたちの群れを、とくとご覧ください!

ヤギとヒツジで十分、ここに来た価値はあったのに、ここでまたこんな鳥たちに出会えるとは、何たる動物たちの宝庫!

新田おそるべし、登米市おそるべし!と思ったものでした。

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▼最後に、伊豆沼の水辺は離れましたが本近くにはこのような

「登米市 伊豆沼・内沼 サンクチュアリセンター 淡水魚館」というのがありました。

内沼というのは、伊豆沼の隣にある沼地です。

年始早々につき開館していませんでしたが、ここでは淡水魚が見られるという事で、魚だけでなく、カニ類なども結構いるそうで、ヤギ・ヒツジなどの陸地の哺乳類から、水辺のハクチョウ等鳥類、そしてここでは魚類など、新田駅の裏手に回ると、動物園水族園でもないのに、あらゆる生きものたちとふれあう事ができる、実に嬉しい誤算にも程がある!と思わせる場所でした。

雪の沢山残ったこの街で、こんなに生きものとふれあえるなんて素晴らしすぎました。

季節は色々ですが、その時なりのここでの楽しみ方ができれば、いいんじゃないかと思いました。

というところで登米市の旅、一旦これにて。

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2019年6月25日 (火)

島根 松江④ 八束町、それは大根島

島根県松江市島根/松江③ You are しまね of しまねs に続く松江市4つ目の記事です。

宍道、美保関、島根という旧松江市外の各町シリーズの第4弾、今回は旧八束町、すなわち大根島編です。

(2018年8月当時)

▼八束町(やつかちょう)は平成の大合併により現在は松江市になっていますが、それまでは八束郡八束町として、大根島(だいこんじま)がこの町内を占めていました。

大根島はその名の通り島ですが、松江市の中心市街から陸続きとなっており、このようにバスでアクセスできるもので「八束町」バス停として、このようなでっかいターミナルを有しています。

松江市からは陸続きですし、反対側では鳥取県境港市からも陸路でアクセスできます。これらを繋いでいる島、という言い方をしても良いのかもしれません。ちなみに松江市街と大根島が陸続きになったのは1978(昭和53)年の事だそうで、それまでは航路頼りであったと思いますが、この陸続き化は大きな変革をもたらしたのかどうか…。

大根島は面積約6.7k㎡ほどの火山としてできた小さな島で、出雲国風土記では「たこ島」と表記されていたようですが、そこから訛ったものなのか??大根島となったようで、大根とはあまり関係がないようです。

牡丹園が有名で、普段はのんびりとして穏やかな島ですが、GW期にはこの牡丹園の観光客でかなり賑わいます。ぼたんの苗木の栽培が非常に盛んで、国内総生産の8割以上がこの大根島での生産によるものです。

その大根島へのアクセスは…

【JR松江駅から】

松江市営バス「大根島・由志園入口」行 終点 約50分(700円)

シャトルバス 「JR境港駅」行 「由志園」バス停下車  約30分

…と松江駅からでも、また鳥取県の境港駅からでもアクセスできます。

松江市営バスではほぼ1時間に1本、シャトルバスでは昼間のみで1日4便程度しかなく、公共交通機関で大根島を訪ねる場合は、予め時刻チェックをしておいた方がベターです。1時間に1本あれば個人的には耐えられる範囲内ですが(笑)

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▼八束町のターミナルの内外です。

大根島内でおそらく、ここだけがこのような室内待ち合わせの出来る施設を有しているものと思われます。

この時は夏の暑い盛りで、直射日光を浴びないで済み、暑いなりにそれはそれで助かりました。

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▼ぼたん園のある「由志園」へは先ほどのバス停から歩いて行けるのですが、ここではあえてまず反対方向を散策しました。

この辺りには色んな施設が島内に集まっている感じですが、まず行ったのがこの「八束学園」でした。

私立の学園施設かな?と思っていたのですが、よくよく調べると小中一貫の「義務教育学校」という事です。

島内にあった八束小学校と八束中学校が閉校/統合され、9年制の義務教育学校になった、という訳です。この義務教育が交というのは2016年の学校教育法の改正で新たにできた制度だそうです。

ちなみにここには桜の木があり、それは1932(昭和7)年にこの地に小学校の中央校舎が建設され、その記念に植樹されたものだそうです。そして桜の寿命が約60年といわれるところを80年以上経った今でも咲き続けているそうです。

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▼松江大根島牡丹などと看板が並んでいました。

平成の大合併以前の旧・八束町の頃であれば、「松江」の冠はなかったのかもしれないですね。

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▼やってきたバス道に沿って、松江市街に戻る形で歩を進めると、あったのはこの建物でした。

これは松江市役所八束支所、旧の八束町役場でした。

八束町時代の1995年築で、ガラス張りのモダン建築っぽい建物でお役所という感じを受けない建物でした。

初めてこの島を訪ねたのは1990年夏の事でしたが、その時にはこんな建物はありませんでした。旧役場を検索で探してみますが、なかなか見当たらないですね。ともあれ、今は松江市役所の支所として立派に残っています。

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▼町民体育館のバス停名表示通り、町民体育館です。

旧・八束町の町民体育館で、合併後に松江市となった今では、松江市八束町として町民体育館という位置づけになるかな、というところです。

体育館に医務室などもあるようです。

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▼更に今度は松江市八束公民館です。

まさに町内の主要施設の集まったエリア、という言葉がピッタリです。

市役所支所は新しい建物ですが、体育館と公民館は昔ながらという感じでコンクリート色ものものの建物でした。1977(昭和52)年に当時の八束町民会館として設置されたのがこの建物のスタートのようです(公民館としては1962(昭和37)年に八束小学校校庭に設置がスタートだそうで)

朝ヨガなど新しい試みもやっているようです。

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▼島らしい風景も見られます。

海側へ行くと特に顕著です。

ざっくりいうと3×2km位の島なので、海沿いへ行くにもそんなに時間はかかりません。

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▼八束のバスターミナルへ戻って、そこから別方向へ歩いてしばらく、このように「由志園(ゆうしえん)」の看板がデカデカとありました。

大根島を最も象徴するといってよい観光名所です。

まちの駅とぼたん等の庭園スペースと併設の形となっています。

大型観光バスもここの駐車場に停まっていて、島内でも他にこのような大型車の停まっているような観光スペースはないと思います。

由志園そのものは入園料が要りますが、この植物園エリアは観覧フリーです。売り物としても置いてあるので、そこでお花などを買う事も出来ます。

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▼植物園エリアは「花の駅」として開放されています。外置きの所とビニールハウス内のような所とがあります。

由志園の中はこれの何倍も素晴らしい景色な訳ですが、まずここで無料で花の美しさを堪能する事ができます。

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▼由志園の実質的な入口はこのような和風建築物です。

先程の植物園と道を挟んだ向かいにあります。

入口周辺はこのような和風建築の建物が続いていて、牡丹園とは全然違う顔となっています。

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▼これは上の写真の由志園入口の向かいにある「由志園」バス停です。

由志園を観光したら、このバス停に乗って松江や境港などの方面へと戻っていくのが一般的な公共交通機関利用ルートです。

このバス停は基本待合スペースは外であり、内は植物園スペースですが、それでも立派な庇がついていて、大根島内では2番目に立派なバス停といえるかと思います。他のバス停は、知る限りでは普通に停留所の標識があるだけのバス停、という感じかと思います。

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▼由志園の入場半券です。

ウリである「ぼたん」満載です。

見ごろはGW頃で、その頃ここは大渋滞に見舞われるとか。

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▼由志園を入ったばかりのところは純然たる日本庭園です。

そもそもその名の通り「園」がつく、れっきとした日本庭園なのです。

1975(昭和50)年に開園され、面積は40,000㎡を誇る広さで、池を巡りまわる形式、の庭園という事です。以後、大根島を代表する観光スポットとして君臨し続け、現在に至ります。

そしてこの庭園スペースを進んでいくと「涼風ミスト」というのがありました。折しもお盆真っ盛りの様な時期で、つまりは暑い盛りの時期であったので、本当にこのミストの存在は有り難かったです。これで2~3℃は違うそうです。

そしてこれ以外にもミストの効果が表れてきます、この先を行けば…

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▼ミストが出ている事で涼しくなるだけでなく、このような幻想的な風景を醸し出していました。

ちょっとした天空感も出ていました。(湯気ではありません…)

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▼通路に従って歩を進めていきます。

庭園風景が続いていきます。

ミストのあるところやないところ色々ですが、それぞれの景色が見られる訳です。。

ぼたん園、のイメージでやってきたのでこんなに庭園風景が続いているとは思いませんでした。

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▼ 由志園いや、ひいては大根島のメインといっても過言ではない、象徴的なものがこれです。

この記事で最も見せたいものかもしれません。

それが、この…

牡丹の館 です!

「満開の牡丹を ご覧ください」とありました。

「屋内庭園」と冠されたこの牡丹園それはもう見事なくらい、牡丹がボリューム満点にボンボンと咲き誇っていました。

見ごろはGW頃、と何度も書きましたが、お盆時期でもこんな風に素晴らしいものが見られます。

まだまだ何枚も撮っていますがキリがないので、あとは実際に現地に足を運んで是非に見てきてほしいです。

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▼牡丹の館で沢山の牡丹を楽しんだ後は、再び日本庭園風景へ。

これはまた別の朱塗りの橋へと出てきましたが、また少し趣が違う感じのゾーンでしたが、その庭園の美しさにまた見入るものがありました。

蓮っ葉が並んでいる風景も素晴らしいものがありました。

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▼最後は、普通の日本庭園の景色が圧倒的に多いのですが、最後らへんにはちょっと独特の庭園がありました。

それがこの「八雲の庭園」です。

ミラーボーラー インスタレーションアート とありました。

「宇宙と和式美」をテーマにした"アート庭園"を謳った場所で、キラキラと光る牡丹がとても美しかったです。

奉行所の「お白洲?」のような白い砂の上に、キラキラ光る牡丹がデカデカと置かれていたのが、とても印象的でした。

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という訳で、大根島の由志園を中心にお届けしました。

思い切り咲き誇る牡丹の花と、素晴らしい日本庭園は鑑賞の価値十二分にあり、と思います。

2019年6月16日 (日)

阪急/千里山駅 (大阪府吹田市)

大阪府吹田市、阪急/千里山(せんりやま)です。

吹田市ではJR吹田駅をupした事がありますが、今回はこの阪急駅をupしたいと思います。

今朝、この駅前で警察官が男に襲われ、拳銃まで奪われて、犯人が逃走しているとの衝撃的なニュースが流れてきました。

大変危険な状況で心配ですが、無事に解決するようただただ祈るばかりです。

-阪急/千里山
【路線】阪急千里線 (天神橋筋六丁目-北千里間)
【開業】1921年10月26日
【訪問】2007年4月
【1日あたり平均乗車人員】 7,622人/日 (2017年)
【近隣の都市駅】(天神橋筋六丁目方面)阪急吹田駅→4駅 
          (北千里方面)南千里駅→隣駅

▼この辺りは「千里」の付く名の駅が多く、阪急でも千里線という天神橋筋六丁目(天六)から北千里駅まで分岐した路線で、隣は南千里駅です。またJRでは摂津市に「千里丘」という駅があります。

古くからあった地名ではないようで、宅地造成などで使われたのか?江戸明治期の文献には表れないといいます。

どうしても千里ニュータウンのイメージが強いのかなと。

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▼ホームの写真は上の1枚しかありませんが、これは駅前の写真です。

割と穏やかな雰囲気の方向ですね。ほっかほっか弁当の弁当屋さんがありました。

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▼西口の駅前です。

狭い路地の中を色んな建物がひしめき合っていました。

右向こうには近畿大阪銀行という銀行が写っていますが、現在もこの位置にあるようです。

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▼千里山駅舎ですが、これは小さい方で、ほぼ出入口のみに使われている感じです。

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▼千里山駅の駅舎、メイン側のアップでの様子です。

ここではまだ全景を撮りきれていないのですが、何せ人の多い所なので、好きな位置から撮るというのもままならず、極力人が写らないように撮るのになかなか苦労します。(写っても消しますが…)

このような駅ビル式(阪急千里山ビル)としてできたのは、昭和最後の1988年だといいます。以来この30年で平成、令和と3時代に跨って存在し続けている訳ですね。

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▼千里山駅の全景です。

なんとかこの位置から撮れたかな、という感じでした。

これは2007年、今からもう12年前の様子ですが、偶々手前にこの交番が写っていました。

本日事件のあった交番が阪急・千里山駅のすぐ前の交番だというので、ここの事だと思いますが、襲われた警察官の方にはなんとか助かってほしいところです。

そして今、この周辺は非常事態のような状態で、公共施設は臨時休業に入り、不要不急の外出は避けるように!という状況であるとの事で、一刻も早く事件が解決し、元の平穏な状態に戻る事を願ってやみません。

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2019年6月15日 (土)

埼玉/鶴ヶ島 三度目の正直で旅をした

埼玉県鶴ヶ島市、鶴ヶ島市内の旅の様子です。

(2019年5月当時)

▼まず最初にこれは坂戸市の坂戸駅前です。

鶴ヶ島の旅なのに坂戸駅?なのですが、これには訳があります。

今回記事の写真は、鶴ヶ島を訪ねて3度目でやっと記事にあげるに値する内容になったかな、というところで今こうしてupをしています。

というのも、1度目は2011年に鶴ヶ島駅を訪ねたものの、駅前ほんのちょっと訪ねただけでとても旅とよべるものではなく、鶴ヶ島ならではというものも当然発見できずに終わりました。それで昨年2018年に7年ぶりに訪問し、今度事もう少し深く旅をして記事にできる形にするくらいの時間を取って巡ろう、と思い実際に再度鶴ヶ島駅に降り立ちました。そして何十分かかけて歩き回りました。

これで鶴ヶ島の旅の様子をupできるだろうと思いました。しかし…

鶴ヶ島駅から歩いて行ったそのコースは、ほとんどが川越市内のものでした。せっかく池を見つけて、これは絵になるなぁなどと思っていたのが川越市内であったことが判明、結局鶴ヶ島の風景は皆無で、またも鶴ヶ島の旅ならず、の結果に終わってしまいました。

これは鶴ヶ島市の境界区域の関係で、鶴ヶ島駅がまず鶴ヶ島市と川越市の境界にあり、そして南側の駅前道は完全に川越市内になっており、これと右側に平行に鶴ヶ島市との境界線が通っている格好になっている等地形によるものです。

そんな訳で「鶴ヶ島駅発での」鶴ヶ島市の旅はもうやめよう、という事でどこに降り立つかを考えました。市内の名所とも勘案した結果、この坂戸市の坂戸駅に降り立つ事とした訳です。ここから少し歩かないと坂戸市を抜けられませんが、がんばります!

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▼坂戸駅南口から南へ歩く事約5分、坂戸市を出て鶴ヶ島市へ突入したばかりの地点に、この「脚折北部自治会館前」バス停がありました。

ちなみに脚折は「あしおり」ではなくすねおり」と読みます。

バスは鶴ヶ島市コミュニティバス「つるワゴン」という名称で、鶴ヶ島市の「つるごん」が真ん中に描かれていました。

このバス停でいえば1日5便のみで、本来はバス移動しようかと思っていましたが、結局は全行程歩いて行く事となり、しんどかったです。

ともあれ、ここからがやっと実現なった「鶴ヶ島市の旅」の始まりです。

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▼更に坂戸駅から南へ。飯森川という川の上に架かる一天狗橋というユニークな名前の橋が架かっていました。

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▼一天狗橋から6~7分くらい南へ歩いてすっかり鶴ヶ島市内ですが、長久保小学校入口というバス停に差し掛かりました。

長久保小学校は1980(昭和55)年開校の比較的新しい小学校ですが、当時は鶴ヶ島市ではなく、入間郡鶴ヶ島町という郡部でした。

幹線道の木々がいずれも天に向かって伸びていて、葉の付き方がちょこんとしていて独特の雰囲気を放っていました。

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▼さらに南へ、日蓮正宗(にちれんしょうしゅう)の啓信寺というお寺がありました。

歴史由緒あるお寺、という雰囲気は希薄でしたが、「日蓮正宗」の文字が引っ掛かりました。

日蓮宗の分派として派生した多様なもののうちのひとつのようですが、日蓮上人を崇拝の対象としているのが日蓮正宗で、これが日蓮宗との大きな違いだそうです。なんだか不思議ですね。ちなみに日蓮正宗の門徒は約70万人いるそうです。

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▼コンビニのMINI STOPがありました。

駐車場には「令和」の幟が立っていましたが、この時は令和になってわずか4日目だったのでした。令和記念で色んなところで色んなことをやっていたものでした。

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▼バス停にあったルート変更のお知らせです。

こういう案内はこの時期にしか張っていないものなので、とても貴重なカットといえると思います。

しかも「令和元年」とか書いてあるものは本当に貴重と思います。記録としてここに残せてよかったなと。

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▼だいぶ歩いてきましたが、このラーメン屋さんでつけ麺頂きました。その名も「優勝軒」 !

個人的にはあまり好みのタイプではなかったけど、好きな方には好きなタイプ?だと思います。

東北地方に多く店舗が存在し、埼玉にも数店舗見受けられました。関西にはないようで、道理で聞いた事がないと思いましたが。

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▼やっと鶴ヶ島で見つけられた名所らしい名所、といえる「雷電池公園」です。

この「雷電池」も先述の脚折(すねおり)同様に難読で、「らいでんいけ」ではなく「かんだちがいけ」なのです。どっからどう読んでこうなるんだ、という感じですが…。

真ん丸の池と、これを含む緑の公園スペースで構成されています。

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▼池は葉っぱが落ちまくっていて、あまりきれいなものではありませんでしたが、鯉が泳いでいました。

そして亀も。

この亀に近寄っていったら、ものすごい勢いで水面へ逃げていきました。この時、亀の俊敏さを初めて目にしました。しかも結構距離のある(詰まっていない)ところで逃げていきましたが、外敵を認識するのが意外と敏感なんだなと感じたものでした。のろまな亀はどこへやら、という感じで。

ちなみに「餌をあげないで」と表示がありました。

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▼雷電池公園を抜けて、歩いて行ったところですが、鶴ヶ島の街なかではこのような茶畑が散見されました。

鶴ヶ島には10軒の茶農家があり、それぞれがこのように茶畑を持ち、狭山茶を栽培しています。

狭山茶は茶の木にとって寒い気候により、葉肉が厚くなり濃い味わいを引き出すといわれています。

このような茶畑が見られるというのは、実際に街なかを歩いてみないと分からないものだな、とつくづく思わされました。

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▼高倉通りという通りに行き着きました。

これを進んで行きます。

これは鶴ヶ島市内の日帰り温泉を目指すための道のりです。

「〇〇通り」というと、結構都会っぽい所をイメージしましたが、ここはかなりのカントリーな所でした。鶴ヶ島はこんな農業側面が強かったのか、と茶畑に続き思わされました。元々は農業主体の街に宅地造成が進んで現在の形になったといいます。

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▼その高倉通りを歩いていたら、この「日枝神社」がありました。

この神社は滋賀県大津市の日吉大社を総本山とするもので、近江国の高倉朝臣が日吉の神を信仰していたが、当村に勧請したとありました。

創建年代は不明ですが、毎年11/2,3には高倉の獅子舞として、江戸中期から始まるとされる獅子舞が奉納されます。

この高倉の獅子舞は1974(昭和49)年に現在の鶴ヶ島市(当時・鶴ヶ島町)で最初に市指定無形文化財となり、かつては市内に数か所あった獅子舞が今はこの高倉の獅子舞1ヶ所になってしまい、大変貴重な伝承芸能である、との記載も見られました。

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▼高倉通りから少しそれた所に、このようないちご畑がありました。

いちご畑なんて久しぶりに見ましたが、この葉っぱを見て分かるのは、幼少時に見る機会があったからで、これがなければ初めて見る事になる訳で、幼少時の経験も、見ただけとはいえ有り難いものだと感じました。

お茶があり、いちごがあり、やはり農業側面の強い街だな、という感じでした。これまで2度訪ねた鶴ヶ島で見られなかった側面でした。

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▼これも歩いていたら遠くから見えたものですが、なんだろうと思って道路を逸れて見に行きました。

単に草むらの上にでっかい鯉のぼりが連なっていました。

時期がGW真っ最中であったので限定ものとは思いますが、大きな鯉のぼりが掛かっていたらついつい見入ってしまうというものです。

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▼鯉のぼりを見て、別なルートから高倉通りへ戻ろうとすると、独特の匂いが鼻に入って来て、もしやと思ったら…

牛舎があり、また別の離れのような所で牛たちが寝そべっていました

またまた鶴ヶ島のカントリーな面を見る事ができました。

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▼最後は、鶴ヶ島の旅で最終的に訪問目標としていた「蔵の湯」というこの日帰り温泉です。

同じ蔵の湯が東松山市にもありますが、これと同一のHPに載っているので、鶴ヶ島独自のものではありませんが、この街を代表する施設のひとつではあるかなと思います。野天岩風呂という丸い露天風呂や、炭酸泉、白湯、内と外の両方にサウナがあったかと思います。

【蔵の湯】

住所:埼玉県鶴ヶ島市新町3-5-4

電話番号:049-271-2614

利用時間:8:00~25:00 (最終受付は24:30)

入館料:大人平日600円(休日700円)、小人360円

HP:http://www.kuranoyu.net/tsurugashima/

アクセス:東武越生線/一本松駅より徒歩約10分

     または鶴ヶ島市市民バス「蔵の湯」バス停徒歩すぐ

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やっとのやっとで鶴ヶ島らしさを存分に感じられた、良い旅でありました。

2019年6月 8日 (土)

千葉/白井② こんなところさ 白井市は

千葉県白井市、千葉/白井① しろい七福神とそろばんと続く白井市の様子です。

▼前回より更に白井駅に向かって歩いて行ったところに、このようなパチンコ屋がありましたが、ド派手というかつぎはぎ感がものすごかったです。

綺麗な建物なのかもしれませんが、ボロボロに見えるところがなんとも、でした。

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▼白井市役所へ近づいてきたところで、このようなお店を見つけたので入ってみました。歩きすぎて空腹にもなって来ていたので。

「カントリーキッチン」という名前のお店ですが、画廊喫茶みたいな感じでした。

後で調べて知りましたが2016年の10月にオープンしたという新しいお店で、メニューが50種ほどもあるといいます。確かにメニューに色々あった気がしますが、そんなに多かったとは、、たしかパスタを頂いたと記憶しています。

その下の写真は「おやじサロン」という一見「???」な感じでしたが、交流の場を提供しているものでした。その場所のひとつとしてこのお店も利用されているようです。

【カントリーキッチン】

住所/白井市根102-6

TEL/047-404-5115

営業時間/11:00〜21:00(L.O 20:30)

定休日/月曜日

駐車場/5台

Facebook⇒  https://goo.gl/WdP5ey

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白井市役所です。

名前の通り?白い市役所でした。まぁ市役所の色は白が多いですが…でも真っ白ではありませんでした。

実はこの庁舎は大変新しいもので、2018年に5月に全面開庁したばかりのものです。

それまであった8階建ての庁舎の5階から上を潰して4階建てにして、一方新しい4階建ての庁舎をつくるという「増減」方式でできたものでもあります。

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▼白い白井市役所を更にアップで。

これくらい迫れば、その新しさ具合も分かり易いというものです。

建屋前の屋根つき通路もズラッと長く続いていました。

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▼白井市役所の裏手にあたる部分にある「白井総合公園」の一角です。

その中で、ここは松の広場になっていました。

一定の間隔を置きつつ、ポンポンと立っている松の木が穏やかな雰囲気を醸し出していました。

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▼そしてここも総合公園エリア内の「白井市文化センター」です。

図書館や郷土資料館、プラネタリウム等を内包した複合施設です。

この市役所付近は公共施設がとにかく密集している、そんな感じでした。

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▼郷土資料館に入ってみました。

それこそ「白井ってどんなところ?」を知る絶好の場と思い、見てきました。この旅の目的がまさにそれだったので。

学校で習う「ごんぎつね」に出てくる道具として大八車とかわら縄とか相当品が並べ立てられていました。特にごんぎつねと縁がある訳ではなく、学校の授業に役立つようにという意図のもとで企画されているようです。

そして「逆刃刀」なるものが特にクローズアップされる形で展示されていました。

刀の「刃」と「峰」が逆で、普通に切ろうとしたら「峰打ち」になるというわけですね。マンガの世界だといって話題になったのだそうですが、残念ながら刀剣扱いにはなっていないようです。

撮影禁止につき関連資料(逆刃刀)のみあげています。

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▼文化センターを出て周辺の敷地です。

「芝桜」の看板があり、この時は冬だったので花のない木が延々と続いていましたが、桜の季節になると、すっかり桜並木となるそうで、白井の桜名所の代表的な一ヶ所ではないかと思います。

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▼白井市役所の裏手に位置するこの場所に、この白井消防署があり、1979(昭和54)年竣工とありました。

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▼白井総合公園を出て、再度白井駅へ向かうところにこんな倒れそうな看板がありました。

足下を見てみたら…

相当危ない感じでした。よくこれで支えられてるな、と。

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▼白井市文化センターで取ってきた資料の一部です。

千葉県で自治体等の場所を表現する時に「チーバくんのこのへん」などと指し示すのが千葉あるあると聞いた事がありますが、ここ白井市はチーバくんの鼻の付け根あたり、という事になるでしょうか。余談ですが、先日某所でチーバくんの実物をたまたま見る機会があり、本当に見事なほどに真っ赤でした(笑)

市章が意外と色々な意味がうまく込められたものになっているなと感じます。「白」の漢字をイメージしたもので、外周に「し」の字、内側に「井」の字をイメージしたものが織り込まれていたりします。

そしてやはり「梨」が名産の街らしく「なし坊」という実にシンプルなネーミングのキャラがいました。一般公募で選ばれたもので、1995年に誕生しています。そしてこのなし坊には家族?がいるようで、おじいさん おばあさん おとうさん おかあさんと女の子のキャラもいました。

市制施行は2001年とあり、それまで印旛郡白井町という郡部の町でしたが、2000年に人口が50,000人を突破し、そのまま市へと移行しています。

この1枚で白井市が色々知れて良かったです。

もう1枚は白井の歴史の歩みをまとめたものがあり、これももらってきました。

縦長画像を縦に貼れず横向きになってしまい見苦しいことをお詫びいたします。

また画像も小さく内容が見えづらいですが、文章の先頭が〇になっている部分が白井に関連する内容との事で、旧石器時代から関連する遺跡があるようです。

江戸時代の享保年間には将軍吉宗が複数回「鷹狩り」を行っていたようです。江戸時代は「鷹匠」などいたりして、人と鷹はそれなりに密接な関係があったのてすね。今からあまり想像はつかないのですが。

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▼最後は前回記事でふれた「しろい七福神」のマップです。

これは便利ですね、効率よく七福神を制覇できるというものです。

しかし結構広範囲に及んでおり、駅の近くにあるものがあまりないようで、そういう意味でしんどいかもしれません。

そして残念ながら白井市にはレンタサイクルがないようです。レンタカーでめぐるしかないのかも…

それでもこのようにして巡るべき支場所がある、というのはそれだけ旅の価値があるというもので、この白井の街に色々と観光する場がある事を知れて本当に良かったし、やはり実際に訪ねてみないとなかなか分からない部分があるものだなとつくづく思いました。逆に行けば行くほど色々と見つかり、また他の見たい場所が増えていってしまう「旅あるある」にも陥りました。

とにかく「白井って何があるんだろう?」が疑問でしたが、もしも同じ事を思った事が居られるならば、参考にして頂ければ非常に幸いです。

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2019年6月 5日 (水)

千葉/白井① しろい七福神とそろばんと 

千葉県白井(しろい)市、 北総鉄道/白井駅からの旅です。

(2019年1月当時)

▼白井駅の駅記事は2011年8月訪問時のものですが、この辺りは駅前のほんのわずかな所しか歩いておらず、街の記事をupし辛い状況にあり、今年の1月に7年半ぶりに再訪しました。今回記事の写真はその2019年1月当時のものとなります。

駅記事と時期が同じではありませんが、再訪時は初回とさほど雰囲気が変わっておらず、違和感は特にありませんでした。

まず最初に白井駅の両サイド出口への案内となるマップです。

両出口の周辺に何があるかを大体これで確認した訳ですが、公共施設系が中心で、観光要素が感じられなかったので、Google Mapで観光名所を検索しました。徒歩圏域は街の風景がただ続くだけで、これといったものは見つけられそうになく、バスを利用する事としました。

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▼駅前南口へ出てきました。

駅記事にありますが、駅を出て左へ曲がると南口になりますが、まずは長い線路を横切る橋を渡って、そしてこの広場スペースに行き着きます。

噴水みたいなのがありましたが水は出ていませんでした。

そして円形の噴水?の向こうには「梨の泉」と名づけられた水溜めのようなスペースがありました。手前の噴水含め「梨の泉」のようですが、その噴水部分には直径1mもの御影石の球体があり、水が流れている時は「梨が洗われているよう」だそうです。

白井市はづくりが盛んで、その生産量は日本屈指であるといいます。日本の都道府県で梨生産量の最も多いのはやはり千葉県で、平成28年時点で全体の10%を越えて(13%)います。2006年度の資料ですが、自治体ごとの生産ランキングでは白井市は全国4位でした。

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▼白井市のマンホールです。

色違いバージョンも見つかりました。

やはり梨の生産がアピール材料であり、真ん中にドカンと据えられていました。外周は市の花である「さつき」と思われます。ちなみに市の木は「シイ」であり、梨ではありません(笑)

カラーバージョンが複数種あるケースは結構珍しいと思いますが、観れてラッキーでした。

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▼噴水の部分の写真で向こうにチラッと見えていたのが、このスーパーチェーン「マルエツ」で、東京を中心に関東に多数の店舗を有し、東京143店舗に対して、千葉県内では50店舗を有しているといいます。

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▼白井駅南口の実質的な駅前通りです。

高い枯れ木に挟まれた、やや幅の狭い道路に沿って色んな建物が並んでいました。

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▼バスのりばに戻って、周辺の様子です。

のりばとしては「ちばレインボーバス」1番(JR西船橋駅行き)2番(鎌ヶ谷市市役所行き)のりばがあり、これ以外に「白井市循環バス」というコミュニティバスがあります。空に架かる虹を思わせるどこかメルヘンチックな車体は癒しの雰囲気でした。

そしてここから乗ったバスは2番のりばから、鎌ヶ谷市役所行きの便に乗りました。

1時間に1~2本程度でしたが、この辺にでも行ってみれば何かあるかな??と思い、乗ってみたものです。

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▼白井駅からバスに乗る事約7分、行き着いたのはここでした。

バス停名にして「本白井郵便局」です。

色々あった末に降り立った所です。なんでこんな所に降りたんだよ?という感じですが…

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▼実はこの本白井郵便局バス停に着いたのは偶々で、ここへ下りた必然性は全くありません。

元々日帰り温泉の付近へ行きたかったのですが、乗った路線のバスが間違っていたようで、急に思っていたのと違う方面へ進み出したので、オーバーしすぎない程度に降り立ったのがここだったという訳です。本当にこの白井市という所は、観光名所とかご当地ならではの何かを探しづらい街でした。

結果少々オーバーしてしまったので、とりあえず白い駅方面に最悪徒歩で戻る事も想定しつつ、少しずつ戻っていきました。

まず降りたバス停付近ではこんな感じの昭和な掲示物が遺っていました。いちばん下の分など、顔がもはや錆色になってしまっていますが、元の色を知るべくもない状態でした。

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▼昭和な看板のすぐそばに、昭和に建てられたであろう崩れんばかりのこの建物がかなり印象的でした。

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▼歩いて程なく日蓮宗の「秋本寺」というお寺に出くわしました。

秋本太郎左衛門尉勝光という武将によって1303年に開山されたという歴史あるお寺で、開山者の名字を取って寺の名になるって結構珍しいのでは?と思いましたが、白井市では唯一の日蓮宗寺院です。

そしてここに幟が立っていました。 「しろい七福神」と。

ここでやっと観光的な要素をこの白井市に見出す事ができました。

「七福神めぐり」ができるではないか!と。

たしかにできます。市内各寺院に七福神が点在しており、ここ秋本寺には毘沙門天がいます。

その他詳細はコチラ

白井に旅の要素が見出せてなんとも安心しました、色々行って見るものだなと。

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▼更には、このような年季の入った建物に出くわしました。

右読みの看板です。 「銅鐵板金」とあり下に「建築請負」とありました。

検索しても全く出てません。いつ稼働を閉じたのか全く知る術もありませんでした。

両サイドの銅板イラストのようなものも何気にインパクトありますが、こんな建物が残り続けている事が貴重の一言でした。

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▼更に駅方面へ向かって歩いて行く途中にこの「そろばん博物館」がありました。

こういうのこそ、ご当地ならではという感じのものに出会えたというものでした。

幹線道沿いの一角にポツンとある実にこじんまりとした建物でした。

2011年の5月に開館してまだ8年という意外と歴史に浅い建物でした。

中にもチラッと入りましたが、帳場みたいなのとそろばんが色んな種類のがありました。2Fの展示コーナーだとじっくり見れたと思いますが、他のお客さんが偶々結構来ていて、狭苦しい感じもあって、ちょっと覗いただけで金も払わずに出ていきました。

【白井そろばん博物館】

住所:千葉県白井市復1459-12

電話番号:047-492-8890

利用時間:10:00~16:00

休館日:月・火曜日(祝日の場合は開館)

入館料:大人300円、学生200円 幼児無料

HP:https://www.soroban-muse.com/

アクセス:JR白井駅より徒歩約25分

     白井駅より千葉レインボーバス「白井」バス停徒歩1分

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▼そのそろばん博物館からわずか50mの位置にある「白井」バス停です。

そこには、そろばん博物館のベンチがありました。

とりあえず白井市にて観光できるものが見つけられたのが、第一の収穫でした。

一旦ここで白井市の旅記事を〆ます。

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2019年6月 1日 (土)

大阪/泉大津 北助松から松ノ浜まで

大阪府泉大津市、南海/北助松駅から松ノ浜駅までの歩き旅です。

(2019年4月当時)

▼北助松駅を下りてすぐの道には、このような大きな神社があります。

幟が沢山並ぶこの神社は「助松神社」といいます。

奈良時代8世紀中ごろの創建とされ「南海線の神社100選」に選ばれている神社であるといいます。

しかしこの100選の内訳は何なのか??いくら調べても、ようとして分かり得ませんでした。なんで検索して出てこないのでしょうか??ですが、本当に分かりませんでした。

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▼助松神社の拝殿です。

バリアフリー対応がなされており、スロープが取り付けられています。

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▼ 「八幡神社」「金毘羅宮社」「戎神社」など境内には末社が多数ありました。

金毘羅宮社の鳥居の右手前には「境内にイヌを連れ込まないでください」とありました。「連れ込む」って…

今風のネット語でいうところの「イッヌ」を連れ込むなと…。

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▼夜店の表示がありました。

手書きも交えているところが温かいですね。

毎月6・16・26日という事で、え?10日に1回のペースで夜店やっているのですか??

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▼助松神社を離れて、南海で隣の松ノ浜駅まで歩く事としました。

その道の途中に…

こんな古い棚類が軒先に並んでいて思わず見入ってしまいました。おそらくもうやっていないであろうこの店に…

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▼助松神社は想定していませんでしたが、行く事を考えていたのはこの近辺の「田中家住宅」でした。しかし…

ナント門前に消防車がガッツリ停まっていて、さすがに撮りにいけませんでした…

折角泉大津の古き良き邸宅として写真におさめようと思いましたが…

ちなみにこの住宅は「田中遠江守陣屋跡」とも記されています。田中遠江守重景という人物が元亀年間(1570-73年)に居を構えた事がその始まりとされています。織田信長の石山攻めに参戦したのち、大阪に戻り大庄屋となり、紀州藩の参勤交代時には宿場になったといいます。

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▼田中家住宅が撮れず、この道路(紀州街道)の延長上を進むのをやめて、左折して平行する幹線道へ出ました。

上の写真でもそうでしたが、至る所こんな風に枝の上部を切り取られていた木がやたら多かったです。

なんか異様だったのでついつい撮りたくなります。

道路を逸れたのは「牛滝塚」なるものがこの辺にあるとGoogle mapに記載があったのですが、住宅に埋もれていたのかよく分からないままでした。その代りこの写真を撮ったようなものでした。

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▼幹線道を逸れて再度紀州街道へ戻り松ノ浜駅へ歩を進めました。

松ノ浜駅寄りになると、明確な名所に出くわしました。

それがこの木…ではなく、

「助松村石造物群」 です。

観光名所らしく「紀州街道」の標柱や、周辺マップなども配されていましたが、2015年に「泉大津ふるさと文化遺産」に認定され、2017年には大阪ミュージアム登録物として登録されたといい、近年その価値がかなり評価されているようです。

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▼その助松村石造物群にあるマップと説明板です。

この辺りは田中家住宅に紀州藩の参勤交代の宿として利用されるなどして紀州街道とよばれ、大阪城下と和歌山城下の約50kmを結んでいました。と、そんな事を想像しながらこの道を歩くと、もっと思い入れが深まるかと思います。

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▼その石造物群は、ここに見えるものです。

ここが自治体として助松「村」であったのは、1889(明治22)年までの頃です。

以後は上条村の大字となり、現在は泉大津市の大字として「助松」の名が残っており、南海電車の駅名も「北助松」駅があります。この近くにある隣駅は元々助松駅であったものが現在は「松ノ浜」駅と改称されています。

ここにあるうち3基は西国三十三度供養塔で、うち2基には1808年と1848年の建立銘があるといいます。江戸時代から遺る素晴らしい文化遺産ですね。西国三十三ヶ所の巡礼は観音菩薩が33の姿に変化して衆生を救済する、という思想に基づいて中世に始まったといわれています。

ちなみに右から二番目のものは徳本上人名号碑という江戸中期の高僧の碑であるそうです。

この辺りは場所的に助松村のはずれであったといい、村境などは当時追剥(おいはぎ)が出る場所とされ、そのある種魔除け的な意味合いで設置されたとの説もあります。

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▼石造物群のすぐ横にある地蔵尊です。

地蔵盆の頃にはきれいに飾付けをしてもらっている姿を写真で見かけました。

石造物群への感謝状も額にしっかり飾られていました。

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▼助松村石造物群を後にして、紀州街道をそのままほぼ松ノ浜駅付近まで来た地点に、この「松ノ浜温泉」がありました。

純然たる銭湯で、入口下足箱のところから男女分かれている構造でした。

先月の事ながら、中の記憶がうっすらとなってしまっていますが、サウナがかなり狭小な感じで、1人入っているだけでも入りづらかった事と、露天風呂が限りなく内湯っぽい雰囲気で、一応外気には触れていたものの、内湯とドアで仕切りしているだけの、別部屋の内湯ではないか?と思ったくらい、露天感が希薄であった印象があります。銭湯大好きな方には必ず行ってほしいところです。

下記にありますが料金体系が細かくて、小学生以下の料金設定がありました。

【松ノ浜温泉】

住所:大阪府泉大津市松之浜町2-7-1

電話番号:0725-32-2421

利用時間:15:00~24:00

定休日:毎週金曜日

入館料:大人(中学生以上) 440円、中人(小学生) 150円、小人(0歳から幼稚園児) 60円

アクセス:南海/松ノ浜駅より徒歩約5分

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という訳で、泉大津市の北助松駅から松ノ浜駅までの歩き風景の形にて御紹介でした。

 

2019年5月28日 (火)

南海/北助松駅・松ノ浜駅 (大阪府泉大津市)

大阪府泉大津市の南海・北助松(きたすけまつ)松ノ浜(まつのはま)の、今回は2駅の御紹介です。

泉大津市では南海/泉大津駅をupした事がありますが、今回は市内の他の南海駅の御紹介となります。

まずは北助松駅から。

-南海/北助松駅-
【路線】
南海本線 (難波-和歌山市間)
【開業】1957年12月28日
【訪問】初訪問-2007年3
【1日あたり平均乗降車人員】 12,595人/日 (2017年)  
【近隣の都市駅】(難波方面) 高石駅→隣駅 
          (和歌山市方面) 泉大津駅→2

▼この駅に初めて来たのは2007年3月の事で、つい最近2019年4月に12年ぶりに再訪しました。

という事で駅名標の写真を2枚載せましたが、上側が2019年版で、下側が2007年版です。(方向(ホーム)が違うので完全に同じ位置の比較ではありませんが…)

昔の方が正方形に近い小さな、しかも単色の駅名標で、12年経って駅名標は色遣いが綺麗になり、隣駅表示は漢字となり、駅ナンバーがつけられ、駅名はハングルも追加されています。

そしてその下の壁面ベンチはきれいに塗装されています。

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▼2019年版のホームです。

2面2線のホームである事は2007年と何も変わっていません。2007年版のホーム写真が他にないので、ホーム写真は2019年版のみです。

向かいホームには自販機が4つ並んでいました。

両ホームが繋がってる感がないのですが、それもそのはずで、各ホームそれぞれが出口にそのまま繋がっており、互いのホームへ行き交えない構造となっています。間違って逆方向の切符を買って改札を通ると、反対ホームへ移動しようとしても行く事ができず、一旦改札を出て、踏切を渡らなければならなくなります。

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▼2019年の和歌山市方面の駅舎です。

2007年版は、反対方向のなんば方面の駅舎しか撮っていなかったので、比較ができませんでした。

こちら側は本当に「出口」という感じで、通路の上に屋根が造られているだけに過ぎないというのが個人的印象でしたが、駅舎というより「出口」な感じでした(笑)

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▼その2007年当時のなんば方面の駅舎です。

先述の通り、改札入ると互いのホームを行き交う事ができない構造の為、入口の前に「なんば方面のりば」と明記されています。

こちらは反対に、2019年に撮っていなかったので、これまた比較ができませんでした。が、当時もこの駅舎であり、この12年間は特に変わっていないようです。

こちらは駅舎の体をなしていて、屋根の部分も厚みのあるものとなっていました。ここもやはり改札出るとすぐ出口で、その上に屋根と柱のついたエリアがあるに過ぎない状態ですが、そこに造られている建物が駅舎然とした感じではありました。

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続いて、松ノ浜駅です。

-南海/松ノ浜駅-
【路線】
南海本線 (難波-和歌山市間)
【開業】1914年12月10日
【訪問】初訪問-2007年3
【1日あたり平均乗降車人員】 3,965人/日 (2017年)  
【近隣の都市駅】(難波方面) 高石駅→2駅 
          (和歌山市方面) 泉大津駅→隣

▼これもまた駅名標周辺の比較です。

上が2019年版、下が2007年版です。

比較対象位置が全然違うので何とも言えませんが…

北助松駅は隣が高石駅でしたが、この松ノ浜駅は隣りが市内中心地の泉大津駅となります。

そして北助松駅は当駅より40年以上遅れて1957年に開業していますが、当駅は開業当初「助松駅を名乗っていました。

その後北助松駅開業して3年後の1960年に、助松駅から現在の「松ノ浜」駅に改称となっています。

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▼2019年版のホームです。

2面2線の高架ホームで、両ホームの屋根にあたる部分が柱的なもので繋がって続いています。

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▼こちらは2007年版のホームです。

現在のような高架ではなく、まだ地上ホームの頃で、当時は高架工事中の状況でした。

上りと下りを時期をずらして実施し、上りはこの翌年の2008年に、下りは2012年に高架化されたという事で、この時はまだどちらも高架化されていない工事中の状況でした。レアな時期に来たもんだと、今から思えばそう感じます。

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▼2019年のものですが、高架ホームを下りた改札内の様子で、主にトイレ周りとなりますが、広めのゆったりとしたエリアになっています。

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▼暗くて分かりにくいですが、こちらは2007年版の構内の様子で、地上ホームから階段を下りて地下へ一旦入り、その地下から再度階段を上って地上の改札へ出る構造でした。

下りて、通って、また上がって、出るという形でした。

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▼改札横あたりにあったダイヤです。

1時間4本が基軸で、朝晩の通勤時間帯などは多めに設定されている感じで、優等列車の停車はなく、隣の泉大津駅には急行などの優等列車が停車します。

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▼2019年版ですが、改札外から見た改札周辺の様子です。

階段上がって改札を出るのではなく、平坦の道のまま改札を出る形になっています。

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▼これも2019年版ですが、両出口の吹き抜け具合が分かる角度で。

この通路で駅を通り抜け、左側にはきっぷうりば、その向こうには改札がある、という構造になっています。

2007年訪問から、久々に2019年に寄ってみると、だいぶ駅の雰囲気が変わっていた訳ですが、駅舎も大きくなっていました。

駅は大きくなりましたが、特に何かのお店が入ったという事はなく、駅設備のみという部分は昔と変わっていない感じでした。

隣の北助松駅は、両方向にそれぞれ改札がある、駅規模としては決して大きくない駅ですが、駅舎が大きくなったこの駅の3倍以上もの利用者数があり、この大きくなった松ノ浜駅は北助松の1/3の利用者数という訳です。利用者数のはるかに少ないところが駅規模がぐんと大きくなるってなんだろう??と思いますが、都市計画に伴う高架化とか色々背景があるのでしょうね。

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▼ここから先も2019年版が続きますが、これは駅西口です。

とっても狭い道路の前に駅があります。高架化に際して駅も大きくなりましたが、周辺の土地があまり確保できなかったんでしょうか?

真ん前にはチケットの自販機があり、この写真の右手前には自転車置場(預かり所)があります。

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▼東口の松ノ浜駅の駅舎です。

建物の感じや駅前広場周辺から見て、こちらの方がメインという感じですね。駅前のスペースの広さが反対側と全然違います。

床地の部分はとてもきれいに整備されていました。

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▼東口の駅前広場の様子です。

どちらかというとメイン側な感じです。

駅の前もスペースが確保されております。

ともあれ、泉大津市内で市名を名乗る泉大津駅以外にこんなに大きな駅ができたのは素晴らしい事です。

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▼最後に2007年当時の松ノ浜駅の駅舎です。

高架化される前の小さな駅舎でした。

これが上の写真のような大きな駅舎になるのだから立派な「出世」ですね。

欲を言うならばその大きくなった駅舎に店のひとつでも入ると良いなと思ったのですが、今後そのような可能性はないのか??と期待もしてしまいます。

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2019年5月22日 (水)

滋賀/守山 ほたるの湯への道

滋賀県守山市、JR守山駅からの歩き旅です。

(2016年7月当時)

▼守山を初めて訪ねたのは2006年の事でしたが、駅前をチラッと見ただけのレベルで、とても旅するなどありませんでした。

それでこの2016年にちょっとだけではありますが、町の様子でも撮って温泉浸かってこよう、と行ってきたのがこの時でした。

そしてこれは守山駅前の商業施設「チカ守山」です。

守山駅西口と直結の格好で、シダックスなどがあり、地下へ降りていったその辺りに色々な店やエリアがあります。

市の中心駅前ではありますが、結構のんびりとした穏やかな雰囲気の場所でした。

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▼そのチカ守山の隣にある駅前の自転車置場周辺です。

いかにも昔ながらな建物、という感じで酒屋だったのが字が褪せたり消えたりしてる感じでした。

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▼これも駅前の一角です。

たばこ屋の看板が見えていますが、coca-colaの看板もかなり色褪せながら見えていたり、そして赤い郵便ポストがあり、何かと昭和を感じさせるスポットでした。住居の一角のタバコ屋さんというのが分かり易い建物でした。

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▼美戸津川(水戸津川)とゲンジボタル、という案内板がありました。

守山は「ホタルの里」として有名で、この川は守山ゲンジボタル発生の地として賑わったとされていると書かれています。

一旦水質悪化するも川の環境が再度整備され、これを維持する取組みがなされているようです。こうやって見るとカラッカラの川に見えてしまいますが…

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▼日帰り温泉を目指して歩く道中にあった「油池」という名のバス停で、守山駅から北西方向へ徒歩約5分程度の場所です。

守山駅西口の次のバス停で、この先は近江鉄道バスでは市民病院や警察署、立命館守山の中高などへと至ります。

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▼歩いて行くうちに出くわしたこの看板、目指すはこの「ほたるの湯」です。

やはり守山がホタルの里である事が、この名前からも窺えるかと思います。

守山へ寄った時に、どこへ行こうか?となり、駅から歩いて行ける「これ」という所を探した時、安直にも温泉を選んだ訳です。

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▼途中でこんなアパートに出くわしました。

かなり年季が入っているようで、倒壊の危険があるのか?軒下には柵がされていました。いずれ撤去するのでしょうか?

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▼目的地であった「ほたるの湯」には到達しましたが、そこから先に橋が見えていたので、行ってみたのがこれです。

野洲川橋という、そのまんま野洲川に架かる橋でした。

野洲川大橋というのが別に存在しますが、これとは全く違う橋です。

何連ものアーチを描いた構造で見栄えも実にかっこよかったです、壮観でした!

右側が普通の通行用の橋で、左側の壮観のやつは水管橋で「野洲川2号水管橋」という事で1977年にできたものです。

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▼さて、橋まで行ったところを少し引き返して、駅からの方向で左折の形にて入ってきました、この「ほたるの湯」の駐車場です。

温泉はこの左に隠れた部分にあります。

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ほたるの湯に着きました。

内湯には「超炭酸泉」があり、10分くらい使っているとかなりの保温効果があるという事です。

サウナは内にアロマオイルを使用した「ロウリュサウナ」と外には蒸気塩サウナがあります。ちょっとオーソドックスなサウナとは違うタイプのものでした。

外に露天風呂があり、寝ころび湯もありました。露天風呂は浴槽部分は真上が屋根で覆われ、露天感が今一歩という感じもしましたが、お風呂以外に休憩所周りが割に充実していたなという感じでした。

守山駅から少し歩けば着きますし、夜も遅くまでやっているので、そこはおススメどころかなと思いました。

守山の旅という程ではありませんが、温泉への道という事で、以上今回記事でした。

【守山天然温泉 ほたるの湯】

住所:滋賀県守山市吉身4-5-20

電話番号:077-514-0591

利用時間:10:00~25:00 (最終受付24:00)

入館料:大人(中学生以上)平日850円、土日祝450円

     小人(3歳以上)  平日450円、土日祝500円

HP:http://hotarunoyu.jp/

アクセス:JR守山駅西口より徒歩約15分

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2019年5月 9日 (木)

一畑電車/出雲大社前駅 (島根県出雲市)

島根県出雲市の一畑電車/出雲大社前(いずもたいしゃまえ)です。

出雲市ではJR・一畑電車/出雲市駅をupしていますが、これに続いての駅紹介です。

-一畑電鉄/出雲大社前駅
【路線】一畑電車大社線(川跡-出雲大社前間)
【開業】1930年2月2
【訪問】初訪問-1990年8
【1日あたり平均乗車人員】 280人/日 (2012年)
【近隣の都市駅(川跡方面)川跡駅→4駅 
                   出雲市駅→8駅 (川跡経由出雲市方面)
                   雲州平田駅→8駅 (川跡経由松江しんじ湖温泉方面)

▼電車でここまで来なかった為、ホームの様子の写真はありません。

代わりにといってはなんですが、改札出た後の駅舎内を天井中心に撮ったものです。

ステンドグラス調になっていたり、シャンデリアっぽくなっていたり、規模は中途半端ですが、オシャレ要素のある駅舎内となっていました。

この駅は、一畑電鉄の中でもメインの本線ではなく、本線途中の川跡駅という駅から「大社線」へ分岐しての終着駅となっています。

今は出雲市に属していますが、平成の大合併以前は「簸川郡大社町」という形で郡部に属していました。

この付近にJR大社駅がありましたが、1990(平成2)年4月1日をもって大社線廃止に伴い、その役目を終えております。今ではこの旧大社町にはJR駅は存在せず、一畑電車の駅のみが存在する形となっています。

ただ、この大社駅の駅舎はそのまま保存されていて、少し歩けばその勇壮な姿を見る事ができます。

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▼駅を出ると、出雲大社への参道が横に通っていて、駅を出て右向いてそのまんま突き当りまで歩いて行くと、そこは出雲大社です。

そしてその参道沿いには実に沢山のお店があり、さすが島根きっての観光名所・出雲大社だけの事はあるな、と思いますし時々「ここって島根県なのか?」という驚きにも似た感情を抱きます、それくらい賑やかです。島根県に住んでいた事があるのでついこのような表現をしてしまいますが、本来ののどかな島根県は大好きです。故郷に帰ったような気分になって。

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▼出雲大社前駅の駅舎です。

角と丸をふんだんに使った独特の形の駅舎となっています。

そして屋根の丸さと多数の縦線横線??が建物にものすごくアクセントを与えています。上半分は主に丸が使われ、下半分は角が多く使われている感じです。

出雲大社の前にありますが、そんなに大きな駅ではありません。

といっても一畑電車の沿線駅では駅舎があるだけでも少々格上感があり、ましてやこんな立派な駅舎があるという事で、一畑電鉄の中でも屈指の規模の駅という事になります。

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▼駅舎の真ん中部分のみのアップです。

窓の枠の組み具合というのか?独特のものがあります。

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▼この出雲大社前駅はたいそうな建物で、

登録有形文化財 (1996年)

近代化産業遺産(2009年)

と複数の指定を受けている素晴らしい駅舎です。

登録有形文化財は全国に約12,000件あるそうで、島根県には約200件あり、これもその1つに入ります。意外と多いのですね。

出雲大社へ歩いて行けるこの駅、素晴らしい建物遺産であるこの駅、

一度は訪ねてみられては??と推したいと思います。近くには平成の初めに廃駅後もそのまま残っている「旧国鉄の大社駅もあります。

そして島根県きっての観光地の最寄駅であります。

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