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旅行・地域

2018年2月17日 (土)

大分/日田 旅に外せぬ豆田町

大分県日田市、JR日田駅からの歩き旅です。

(2012年12月当時)

●駅前交差点

いまから約5年前の姿です。左側に隠れている部分が駅および駅前広場で、これと向かい合う形で日田バスセンターがあります。

福岡行きのバスなどが出ていて、博多駅前の博多バスセンターまで約1時間半、片道1,800円で、1日48往復もの多数の便が出ています。電車で行くと遠回りな感じもして、このバスはかなり貴重かと思いました。

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●Sun Live

サンリブという広島以西に店舗を持つスーパーチェーンが駅前斜めにあります。県内には多くの「マルショク」という名の系列チェーンがあり、このサンリブ名義の店舗はかなり少ないようです、少なくとも大分県では。

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●観光案内所

駅の横(この右に隠れている部分が日田駅)にある観光案内所です。

日田は「豊後の小京都」といわれる美しい街ですが、この和風建築を前面に押し出した重厚な感じの建屋がインパクト大でした。

大きな窓に縦の連子、そして縦横に通った「なまこ壁」、和風建築の要素を多数満たした素晴らしい建屋です。

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●観光マップ

「天領日田観光案内マップ」という名前で出ている観光案内図です。「日田天領水」はすっかり有名になりましたが、日田は幕府直轄の「天領」として江戸時代栄えていた街です。

日田駅はこのど真ん中にあたる部分ですが、その上に赤丸の部分がいわゆる小京都の街並みが広がるエリアで、駅を出てから一旦駅裏に回る形で、これらのエリアに入る格好となります。

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●日田市マンホール

鵜飼いが前面に描かれたマンホールです。1966(昭和41)年に大分県の無形民俗文化財に指定されたといいます。

200年の伝統を誇る屋形船は風情満点で鵜飼いも見物できるといい、鵜飼いといえば真っ先には岐阜県長良川を連想しますが、ここにもそういうものがあるのですね。マンホールの絵柄から学ぶ事ができました。

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●高架をくぐって

小京都の街並みを探訪しない手はない、と駅から少し歩いて、この高架をくぐって駅出口と反対側へ、ちょうど電車が通り掛かったところを撮れました。

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●日田駅北公園のデゴイチ

高架をくぐり北側へ転じて程無く、このような公園に出くわし、そこにはD51蒸気機関車が静態保存してありました。

昭和14年に製造され、鹿児島本線、日豊本線で活躍し48年に引退とありました。大体の蒸気機関車はこのくらいの昭和40年代末期に引退してるんですかね?いろんな場所でこのように保存されている機体を見ますが、大抵そのような経歴を辿っています。

この地には2005年に移設されてきて現在に至っています。

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●デゴイチ更に

色んな角度からのデゴイチです。

綺麗に保存されているものですね、引退してこの時で40近く経っていますが、よく手入れされているのでしょうか。

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●小学校にて

何故これを撮ったのか??とこの写真をupする時にふと考えていましたが、この和風っぷりに惹かれたのだと思います。

塀が純和風なのです。そして校舎も実に和風でした。小京都ぶりをこんな所でも具現化しているのかなと。

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●妙栄寺

という日蓮宗のお寺で、日田駅から約400m程の所にあります。

歴史についてはよく分かりませんが、明治からの歴史はあるようです。

で、この山門がカッコ良いです。屋根のへりがせり上がっていて、下から撮ると尚カッコよかったです。

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●この辺りから

小京都の街並みっぽくなってきます。

日田駅から十分歩いて行ける距離であり、日田駅に来たならこの辺りは歩いておきたいものです。

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●豆田町

「まめだまち」と読みます。

江戸時代以降に建てられた建築群が現存し、国の重要伝統的建造物保存地区に選定されている、日田市で小京都の雰囲気を味わえるエリアで、日田市観光の代名詞的存在ともいえます。

和風建築が両サイドに広がって風情溢れる雰囲気となっています。

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●さらに豆田町

白壁の和風建築が続きます。

下の2枚目、3枚目の写真は大分銀行です。超和風建築の銀行って素晴らしいですね。

そしてその3枚目の写真は銀行のシャッターですが、「ひたの三大祭」として絵が描かれていました。「日田天領まつり」がいちばん左ですが、この豆田町を中心に行なわれるそうです。

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●天領まちの駅

道の駅さながらの雰囲気でしたが、正式な道の駅ではないようで、道の駅とスーパーを合わせたような施設でした。売店は無休で、食事どころは火~木休みなる記載を見かけました。

小京都の街並みが広がっていて、基本歩き回るようなエリアですが、そんな中でここは駐車場として重宝する場所でもあるかなと。ただ週末は有料等色々条件があるようです。ここで買い物をすれば30分以内は無料だとか色々と。

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●日田の湧水

天領まちの駅の一角ですが、日田の水を汲めるようで「どうぞお汲み帰り下さい」との表示がありました。

日田天領水というちょっと高い水のペットボトルがあまりに有名ですが、この日田天領水は企業名でもあり、「株式会社 日田天領水」として存在しています。

元々はウナギの養殖用に掘られた深井戸が発端で、この水で育てたウナギが大きく成長した事もあり、遂には商品になったとか。

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●お菓子

まちの駅すぐ隣の「お菓子の花月」というお店でこのお菓子を買いました。

「そば饅頭」「天領黒べえ」です。

天領黒べえは昨年末のYahoo口コミにあったので、まだまだ売っていると思います。

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●酒蔵資料館

クンチョウ(薫長)酒造というところの酒蔵資料館で、これまた素晴らしい和風の建物の中に沢山のお酒が置かれています。

資料館というと見物するところ、という印象を受けますが、試飲もできるし販売もされているのでお酒を買って帰ることもできます。

江戸時代からの酒蔵が今も生きているという事で、そんな伝統を感じながら訪ねると尚味わい深いものになると思います。最も古い蔵で1702(元禄15)年築のものがあるという事で、300年以上にわたる歴史の重みを感じます。

間口は狭いのですが敷地は2,000坪もあるそうです、これはビックリですね。

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●構内1

単なる資料館ではなく様々なコーナーがあり、間口だけでは計り知れない奥深さがあり、単に観光としても、かなり活用されているようです。

これが2012年末時点の姿ですが、この後2016年2月にも偶々ですがここに再訪する事となり個人的にビックリでした。

そして色んなものが飾られている一角があるのですが、そこには真屋順子さん のサインが!

真屋さんといえば本業は女優ですが、欽ちゃんこと萩本欽一さんの全盛期に「欽どこ」でお母さん役にて一躍国民的タレントとなった方です。つまり「わらぺ」や見栄晴のお母さんです。

個人的に女優としては「コメットさん」 (大場久美子版)でのコメットさんの居候先のお母さん役や「人形佐七捕物帳」の主人公・松方弘樹さんの奥さん役などが大変印象的でした。

晩年は病に倒れ夫の故・高津住男さんの献身的な介護が話題になりましたが、その高津さんに先立たれ、真野さんご自身も昨年末に惜しまれつつ75歳で亡くなられました。そんな真屋さんはここ日田の出身で郷土が生んだTVスターな訳です。サインはS63.3.9とあり今から30年前ですね。このポスターの頃はもっと前の時期だと思いますが、今も大切に飾られているのか気になりました。

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●構内2

「お酒の学習室」など、広い敷地を生かした様々なスペースが見られました。

そしてどこの蔵がいつ築なのか?そんな情報も貼り出されていました。こういう分かり易いものがあると歴史の重みが感じられていいなと思います。

この時は試飲できませんでしたが、一昨年の再訪時はガッツリ試飲できて満足しました。

日田へ来たなら小京都の雰囲気前回の「豆田町」へ、そして特にこの歴史ある「酒蔵資料館」は個人的におススメです。

日田の豆田町でもまだまだ魅力あるエリアは沢山ありますが、今回記事はここまでとします。ありがとうございました。

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2018年2月12日 (月)

愛知/長久手 モリコロパークを覗き見る!

愛知県長久手市、愛知高速交通/愛・地球博記念公園駅からの様子です。

(2017年12月当時)

●トンネル状

駅から降り立ち、公園の方へ歩く途中で、このガリバートンネル(ドラえもんの道具)のようないでたちのトンネル状の建物に行き着きました。

この中の階段を下りて、「地球市民交流センター」へとたどり着きます。

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●地球市民交流センター

という訳で、上の写真の所から降りていて行き着いた施設がこれです。

地球の半分のような半球体の独特の建物が実に目を惹きます。

2010年にできた施設で、万博期間中からあったものではありませんが、多目的室・多目的スタジオなどを有していて、市民の交流を促進する場として利用されています。

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●リニモが走る

パークから駅の方を振り返って見ると、高架と駅が見える訳ですが、そこにリニモが入っている風景が撮れました。ここにリニモがあるだけで随分と絵になるなと。

リニモですが、リニアモーターカーのイメージと違って随分とゆったり走っています。

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●モリコロパーク案内

公園全体案内図です。

夏季 4~10月 8時~19時

冬季 11~3月 8時~18時30分

で、公園の利用料自体はなく、ここもフリーで歩いています。

周辺の各施設の利用料が発生する形の料金システムです。

総面積は190Haもあり、よく例えに用いられる東京ドームでいうと約40個分に相当します。

年間来園者数は2014年度で約160万人という事で、1日あたりに換算すると4,000人あまりになり、万博終了後10年を経ても、このくらいの来園者があるという訳です。

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●標識

周辺施設への案内標識です。

大きな観覧車もあります。

記念館もあり、スポーツ関連施設もあり、こどものひろばもありと実に多種多彩です。

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●エレベーター

駅からぐるっと回りながら半周ぐらいした所にこの通路があり、エレベーターで下って、スケート施設や、人気の「サツキとメイの家」へ行けます。

「サツキとメイの家」は、万博期間中に最もに人気のあった施設のひとつで、となりのトトロで出てきた草壁家の再現をしたものです。期間中ははがきによる応募制で競争率もかなり高かったそうです。

有料で大人510円、子ども250円となっており、外からと内からの観覧が各々15分という制限があるようです。この先を下りていないので、実物は撮っていませんが、この先を下りればあるという事なので、興味のある方々は行ってみられれば良いかなと思います。

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●園内バス停

何せ東京ドーム40個分もある広大な敷地を有するが故、このような園内バスも出ている訳ですね。

園内を30~40分かけて1周し、頻度的には30分に1本程度出ています。なので時間帯をよく見て上手く活用する事が必要です。

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●地上の地下

1F部分にあたりますが、駅の2F部分から伸びている通路の真下にあたり、多目的室や軽食店などが並ぶ中を広場としても広がっています。そして電飾もついていたり、暗いゾーンをうまく活用しています。

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まだまだ全然魅力の一部も伝えられていませんが、時間があれば愛・地球博記念公園駅、または隣の「公園西」駅に来て、このゾーンの魅力を存分に楽しんでほしいものだと思います。

2018年2月10日 (土)

愛知高速交通/愛・地球博記念公園駅 (愛知県長久手市)

愛知県長久手市の愛知高速交通/愛・地球博記念公園(あい・ちきゅうはく きねんこうえん)です。

長久手市は愛知県の北西部に位置し、人口は59,532人(2017.10.1現在)です。2012年1月4日に長久手「町」から、長久手市へ単独で市に昇格している街です。また有名な『小牧・長久手の戦い」で知られ、名古屋から延伸している「リニモ」も走っており、今回はまさにそのリニモの駅の紹介となります。

-愛知高速交通/愛・地球博記念公園駅-
【路線】
愛知高速交通東部丘陵線(藤が丘-八草間)
【開業】2005年3月6
【訪問】2017年12月
【1日あたり平均乗車人員】 2,337人/日 (2016年) 
【近隣の主要駅 (藤が丘方面)長久手古戦場駅→3駅
           (八草方面)八草駅→2駅

●駅名標周辺

「愛知県立大学前」という副駅名がつけられています。「愛知高速交通」とありますが、リニモの通っている路線です。

愛知県大って個人的に行きたいと思っていた大学のひとつであったので、こんな所になったのか!と驚くことしきりでした。

駅名からも察しがつくと思いますが、愛・地球博の万博会場であった所で、2005年開業時には「万博前駅」というそのものズバリの駅名でした。万博が終了して、現駅名になり今に至ります。

リニモが通ってはいますが、何分距離が短く、その性能をいかんなく発揮!という訳にはいかない状態で、短い駅間をゆっくり走っています。

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●ホーム

リニモ駅のホームは高架駅が多く、ここも御多分に漏れずです。

開業して10年を過ぎましたが、まだまだ白くてピカピカした感じでした。

沿線はどの駅も大抵2面2線で、このようなシールド状のホームになっていて、風にさらされないのでその分冬は楽といえます。

電光板掲示にて先発次発の列車時刻が表示されていますが、8分毎となっていました。土曜の朝8時台に訪ねましたが、乗る方も降りる方も数人ずつといった感じでした。

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●時刻表

早朝深夜を除いてほぼきれいに8分おきにやって来ます。

名古屋市営地下鉄に比べるとやや間隔が長いかなというところですが、それでもこれだけの本数があれば十分と思いますし、それほどのものすごい賑わいの無い時間帯が明らかにある(この時がそうでした)ので、まぁのどかなもんかな、と思いましたね。

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●外を眺める

室内型ホームから外を眺めた様子です。

始点の藤が丘駅は名古屋市ですが、段々そこから離れていくと、山の中に道があったりして、割とのどかな風景へと変わっていきます。

ここの場合は、万博記念公園が目の前にあって、ほぼそれだけという感じを受けました。普通の街なか感は個人的にはなかったですね。

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●エスカレータ

ホームへ上っていくエスカレータであり、手前両サイドに「×」マークが入っています。

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●改札出て

各出口への標識がありました。

3番は愛知県立大学、4番はバスターミナル、そして5番は愛・地球博万博公園 といった具合ですが、出口としては5番まであります。

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●南出口

万博記念公園側の出口です。

駅名が万博公園を示すものである以上、ここへは絶対行っとかないと!という訳で出て来ました。

2F出口の形で、橋を渡るように通路が長く続いています。

そして公園で出会う四季折々の草花という事で紹介されています。

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●駅前南口

通常なら駅前ロータリーという感じなのでしょうが、ここの場合はそれよりも公園前広場、という色の方が濃いです。あとは…丸いものが多いです、とにかく。

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●愛・地球博万博公園駅 駅舎

南口(万博公園側)の駅舎です。

リニモ沿線の駅舎って画一的とも思いませんが、個性的という感じでもなく、どこもおんなじような違うような…そんな感じを持っています。

ここの場合は、2F部分から出口~通路が伸びていて、その部分は独特かなと思いました。

愛・地球博の万博記念公園は、このようにリニモの沿線上にあります。

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2018年2月 4日 (日)

奈良/大和高田 栄華誇った商店街

奈良県大和高田市、JR高田駅からの歩き旅です。

(2006年11月当時)

●東口駅前道

高田駅東口から見下ろした様子で、駅前から道路が伸びていて、両サイドをビルが挟んでいました。

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●高田川

西口から西へ500m程の地点で南北に流れている川で、晩秋期もあって並木の葉の色が独特の濃さになっていました。川面にはきれいにそれらの様子が映っていて、水がきれいなのかなとも感じました。分かりませんが…。

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●天神社

てんじんじゃ、ではなく「てんじんしゃ」と読みます。高田天神社ともいいます。

高田駅東側から徒歩4分とも2分ともありましたが、駅からほど近い位置にある神社です。高田といえば個人的にいちばん記憶にあるのはここです。

創建は不明ですが1222年以前とされています。本殿の棟札が現存し、それが1222年のものだそうで。その当時って源氏の血統が途絶えて北条氏が完全に政権掌握したとされる頃ですね。

天神社のサイトでは2022年に造営800年としており、不明ながら基準を、判然としている最古の1222年としているのですね。

結婚式場もあったりしますが、秋祭りの頃には3台のだんじりが曳かれるという、関西らしさのある神社でもあります。(今年は10/11予定)

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●天神社境内

今日はもう終わりますが「節分」で、「落花生を袋に入れてお参りの方にお分けしています」とサイトにありました。

鳥居の扁額が立派でした。そして境内は多くの建物がありました。

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●天神橋西商店街

高田の町で先程の天神社の次に印象深かったのが、渋すぎる商店街群でした。

10年以上前にこんな姿だと今頃取り壊されていないか心配でしたが、現在も割にそのまま残っているようでどこか安心しました。

幅の狭い道路にいくつかシャッターに閉ざされていて、昭和の息吹を色濃く感じます。でもここはまだ屋根もしっかりついているし、まだ活気のある方かもしれません。

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●更に商店街

これはだいぶシャッターに閉ざされた所の多い辺りですね。

店の看板?はちゃんときれいに残ってましたが、その互いに向き合っている距離が、上の写真のものに比べて近いように思われ、道幅もより狭いのでは?と感じました。

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●天神橋筋商店街

天神橋「西」商店街とはまた違った商店街で、ここは通路幅も広く、開いている店も多く、いかにも活気がありました。「西」商店街と名前が違うのは、旧・高田川(今回記事の写真にあるものではなく)を隔てて分けられているからだそうです。

「ようこそ さざんかストリートへ」と派手に横断幕を広げて「天神橋筋元気市」と、わかりやすく元気さを謳っています。

大和高田は、昭和時代には全国でも屈指の商店街を誇っていたと言われ、周辺に色んな施設があって隆盛を極めていたというだけに、その後の空洞化による衰退を御多分に漏れず迎えてしまいました。その後の商店街に呼び戻す活動をここもやっている訳ですね。

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●そしてここは…

今度は屋根の真ん中が無くなってしまった商店街でした。高田駅の南西約200mの辺にあります。

そして表の入口にあたる部分にも何やら書いてあったと思われますが、錆びや色褪せなどで判読不能になっていました。〇〇通、のような商店街の名称があったのでしょうか?

でもしかし、ここの商店街はGoogleマップで見ても店名の記されている所が多く、決してゴーストな商店街ではないようです。

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●これも商店街?

これはまた屋根が歯抜けのようになっていますが、商店として機能している所はないようで、機能していても住居かなという感じでした。

それにしてもいつ建てられたものか、かなり年代経っていそうですね。ここもかつては立派な商店街を形成して、人の通りも賑やかなものだったのでしょうか。30年前、40年前、はたまた50年前はどんな様子だったのでしょうか。などと気になるばかりでした。

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2018年2月 3日 (土)

JR高田駅 (奈良県大和高田市)

奈良県大和高田市のJR高田(たかだ)です

大和高田市では以前に近鉄/大和高田駅をupした事がありますが、市内のJR駅では初めてupします。

 -JR高田駅-
【路線】
JR和歌山線(王寺-和歌山間)
      桜井線(奈良-高田間)

【開業】1898年3月1日
【訪問】2006年11月
【1日あたり平均乗車人員】 2,313人/日 (2015年) 
【近隣の主要駅 (王寺方面)香芝駅→2駅
           (和歌山方面)御所駅→2駅
           (奈良方面)桜井駅→4駅

●駅名標周辺

2006年11月に訪問したので、今からもう11年少し前の様子です。

「JR高田駅」というと、新潟県上越市のこの駅も同名「でした」!と、過去形にしているのは、今はJRではなく「えちごトキメキ鉄道」に移管されているので、全くの同名ではなくなり「じぇいあーるたかだえき」と読む駅は他になくなりました。

ただ他にも、長崎県長与町にも高田と書いて「こうだ」と読む駅が存在し「JR高田駅」と表記上同一となる駅は残っています。

大和高田市内の駅は、このJR高田駅に、近鉄では「高田市駅」「大和高田駅」があり、名前的に大変ややこしいです。

隣駅表示ですが、右側はJR五位堂駅で「じぇいあーるごいどう」と表記されています。近鉄に五位堂駅があって、後発でできた格好になりますが、この辺りは駅名自体に「JR」をつけたものが多く「JR JR五位堂駅」みたいなのが多いです。

隣駅の左側は2つ書かれていて、大和新庄と金橋となっています。これは前者が和歌山線の駅、後者が桜井線の駅という形で分岐しているので併記されています。少し前の事なので、今でもそうなのかは分かりませんが、同じホームに複数路線停まる事があるようなので、このままでもおかしくはないです。

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●ホーム

駅前は市名を名乗る駅とは思い難いのどかな雰囲気というか、建物は建っているもののそんなに街らしい感じではなかった印象があり、近鉄の大和高田駅の方がかなり街らしい印象が個人的にはあります。

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●ホーム2

こちらは出口側へ至る方向のカットです。ホームは2面3線あります。

見ての通りの橋上駅舎ですが、ホームに屋根のある区間があまり長くなく、市名を名乗りかつ2路線に属する駅の規模なのかな?という感じはしました。

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●改札周辺

ホームからの階段を上った先にある改札周辺の様子です。

人通りが多くなかったんでこうして撮れたというのはあります。

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●東口

2F橋上部からそのまま出口へとつながり、その出入口のすぐ横に駅名が表記されているのがこの東口で、こちらは住宅街が広がる側という感じです。ライフがこちら側にあります。

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●高田駅 駅舎(東口)

先程、出入口周辺をアップで載せた東口駅舎の全体像です。

左右に階段が分岐していますが、それには屋根がなく、よく見る橋上駅舎だとその部分も建屋内にあって駅舎として構成される事も多いのですが、こうして階段部分がむき出しだとちっょと、ゴツゴツした感じを受けます。

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●高田駅 駅舎(西口)

こちらがどちらかというとメインと感じる西口です。

東口に比べると随分とスタイリッシュに見えます。

市の主要施設が多くあり、メイン側の雰囲気があります。橋上駅舎の場合、両方とも駅舎自体は同じか似たような外観のところも少なくないと思いますが、ここはかなり違います。

何せ10年以上も前の姿につき、そろそろ改築でもされてるんじゃないか?と思って検索してみますが、どうもまだ今もこの駅舎のようです。和歌山線においては規模の大きい駅になるので、沿線めぐりされる時には寄っておきたい駅、かなと思います。

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2018年2月 1日 (木)

JRオレンジタウン駅 (香川県さぬき市)

香川県さぬき市のJRオレンジタウン(オレンジタウン)です

さぬき市では以前にJR志度駅をupした事がありますが、同じ志度地区にあるJR駅の御紹介です。

 -JRオレンジタウン駅-
【路線】
JR高徳線(高松-徳島間)
【開業】1998年3月14日
【訪問】2017年3月
【1日あたり平均乗車人員】 122人/日 (2014年) 
【近隣の主要駅 (高松方面)志度駅→隣駅
           (徳島方面)三本松駅→6駅 


●駅名標

なんといってもこの「カタカナ」オンリーの駅名標が印象的すぎます。

このカタカナだけの駅はどんなとこだろう??という疑問がここを訪ねた動機です。

他にJRでカタカナの駅名はどんな所か??探してみると…

ユニバーサルシティ駅

ハウステンボス駅

スペースワールド駅

というアミューズメント系の所が多く、これ以外では

マキノ駅 (滋賀県高島市)

などがありますが、ここの場合は旧・自治体名です。

北海道にはありがちですが、

トマム駅

ニセコ駅

など。

そんな中、このオレンジタウンはこの辺りの田園都市をこのように呼んでいるようです。周りは住宅地です。ただ正直あんまり賑わいは感じられませんでした。1日あたりの乗車人員は120人あまり、この降り立った時も2,3人降りたぐらいだったと思います。

隣駅が市の中心部である志度で、そこから2.5km程の所にありますが、だいぶ雰囲気が違います。志度自体もそんなに賑わいまくってる感じではありませんが…。

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●オレンジタウンについて

「四季の自然と一緒に暮らせる街」と駅のベンチにありました。

住宅地の分譲については、四鉄不動産というJR四国のグループ企業が行なっているようです。平成10年10月10日に販売が開始されたという事で、住宅開発に連動する形でこの駅も同じ年の3月に先行で開業した訳で、間もなく開業20周年を迎える若い駅です。

県外からこの分譲地に越してきている方も結構多いようです。

オレンジタウンの名前由来を色々と調べていましたが、オレンジという色の暖かみと、JR沿線上にある(JRといえばオレンジカード)事などからつけられているといいます。ただしオレンジカード自体はもう既に販売終了となっています。

この辺りでは年末になると、オレンジの光がそこかしこで綺麗に輝いたイルミネーションが展開されているといい、それとはまったく縁遠い真っ昼間に来てしまった事をちょっと後悔しました。

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●ホーム1

出口とは反対側の様子です。

ホームは1面2線です。

文字通り「オレンジ」のホーム屋根が設けられていて、まさにこの駅の象徴とも言える存在です。

この寂しげなホームの駅ではありますが、1日に3、4本ほど特急「うずしお」が停車するというりっぱな「特急停車駅」です。

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●ホーム2

反対にこちらは出口方向です。

向こうの階段を上がって左右どちらにも出口はあり、右に見えているのは右側に分岐している出口の階段です。

出口の階段の屋根までオレンジです。

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●ホーム3

ホーム2と同じ出入口側のカットですが、階段を上がって左サイドの様子です。

橋が伸びて、駅の内壁に接合する形になっていて、こちら側が駅のメイン口になります。

屋根という屋根はオレンジです。逆にそこだけがオレンジなのですが…。

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●階段部分

屋根はあるものの横壁のない形の駅階段でした。

この階段上と交差する橋の部分とでT字形にオレンジ屋根が続いています。

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●きっぷうりば

無人駅で改札もなく、改札の形をしたものもありません。

駅らしい設備としては、階段を上がった先にあるこの切符売り場周辺です。

券売機がこの時刻表の真裏に位置する形で設置されています。

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●時刻表

高徳線の時刻表です。

ちょっと斜めからで見にくいですが、正面からだと姿が写りこんでしまうので、反射するものは正面から撮らない事にしています。

左側が三本松方面という事で、つまりは徳島方面ですね。夕方に本数が多いですね。昼間は1時間に1本しかない状態が4時間ほど続きます。逆に高松方面は、朝方の方が多いですね。昼間はやはり1時間に1本程度で、晩になると1時間に2本ほどになります。

切符の券売機は正面からだと見えませんが、この角度からだと見る事ができ、本当にこの中に隠れるような形で設置されていました。

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●自由通路

というか、ホームからの階段を上がった後の両方向へ伸びている通路です。

こちらは階段上がって左側、メインの駅舎のある方で、逆に右側へ折れるとただの歩道橋と化します。

この見えている通路を右へ折れると程なく駅舎ですが、それらしくない建物です。

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●ホーム俯瞰

通路からホームを見下ろした様子ですが、長く続くホームに対してオレンジの屋根の続く区間は実に短いのが、これを見るとよく分かります。

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●駅舎内

通路を通って来て行き着いた通路です。

右端は駅舎内というよりホーム上の景色のように、椅子と掲示物が並んでいました。

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●駅を出て

目の前の風景です。

ただアスファルトと山々が広がって車がちょっこっとあったりしますが秘境站では決してなく、この道の向こうを進むとすぐ、住宅地帯が突如見え出し、基本的に住宅街前の駅という感じです。

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●オレンジタウン駅 駅舎

一見して駅舎?と疑問符が出てくるようないでたちの駅舎でした。

「JRオレンジタウン駅」とドーンと書かれた駅看板が見受けられず、なんの建物だよ??と外から見たら思うだろうなという感じでした。どっかの研修施設の入口のような雰囲気を感じました。

左サイドにある幾何学模様のものは単に添え物のオブジェでしょうか。

車が停まっている割には人影まばらで、ひっそりした雰囲気が全体に漂うエリアで、周辺は殆ど住宅で、商店街も無ければコンビニやお店なども見受けられず、ゴーストタウンのような感もありました。

カタカナだけのユニークな名の駅は住宅街を前にした、ひっそりとした駅でした。

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2018年1月27日 (土)

兵庫/丹波 青垣・加古川源流を追いかけて

兵庫県丹波市、旧・青垣町の様子です。

(2004年7月当時)

●R427青垣交差点

唐突に青垣という地名を出してきましたが、その前に丹波市については、当ブログではJR柏原(かいばら)をupした事があります。「丹波」というぐらいで、兵庫県でも少なくとも北にはある事が窺えると思います。

今回はその柏原とは全然違う丹波市の風景の御紹介です。ここへは鉄道でなくバイクでアクセスしたため、関連がない形となっています。

この青垣という地区ですが、兵庫県にあり京都府福知山市と接している県境の町で、また「加古川」という山陽側まで流れている川の源流とされる町でもあります。その加古川の源流をたどるべく、ここに寄ったのでした。実に13年半も前の2004年夏の風景です。

アクセスとして、

自動車では「舞鶴若狭自動車道」の春日IC⇒「北近畿豊岡自動車道」の青垣ICを降りると、程なく「道の駅青垣」があり、市街地へはそこから北西へ少しといったところです。

交通機関を使用する場合は、最寄駅はJR柏原駅ですが、ここから約50分で着くものの、平日に1本、休日には無いようです。(神姫バス 柏原⇒佐治行き)

高速バスでは青垣ICにバス停があり、和田山駅まで30分、豊岡駅までは1時間30分、阪急三宮までは1時間50分程度の時間がかかりますが1日に6本程度あります。

ここは青垣地区内の主要道である国道427号線のあたり、山に挟まれた実にのどかな風景がありました。

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●加古川源流の里

先に書きましたが、ここ青垣は「加古川の源流」とされる地域で、地図で見ていても加古川の川のラインがこの地域内で途絶えています。ここにもその事をアピールする標柱が建っていましたが、この当時は丹波市ではなく、氷上郡青垣町という、この青垣自体が自治体名であった為に、このように売出し文句が表現されていたのだと思います。

また、そんな源流である事をウリに「丹波源流米」というお米も出ているそうです。

たまご直売の看板がありましたが「放し飼い」という表現が(笑)

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●道の駅駐車場

青垣IC降りてすぐの「道の駅あおがき」にやってきました。

ここは、道の駅としては1997年に開業し、この写真は2004年当時であったので、まだ開業10年に満たない頃でしたが、今Webで検索しても、あまり変わりはないようです。

ここは駐車場周辺の様子ですが広々とスペースが取られていて、地域柄というか広大な土地のある地域性が感じられました。

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●道の駅あおがき

こちらは本体です。営業時間は8:30~17:00です。

今も建物としてはこのまんまのようです。

そもそも道の駅というものは、鉄道駅のようにグレードアップ的なものはあるのかな??と思った事がありますが、きっと老朽化に伴っての改築というのは出てくるものと思っています。まだ発足して長い歴史を持つところがないので、先行きはよく分かりませんが。

軒先には手書き看板がズラズラと並んでいて、大変味のある雰囲気でした。

黄色い幟の出ている「まるちゃん」はこんにゃくです。「おいでな定食」というざるそば定食が人気のようです。

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●加古川の源流?

これを辿ってバイクで、川とされる部分を横目に走って行ったのですが…

これが源流なのか??

というような消化不良な感じに終わりました。

ここが始点、みたいなものがある訳ではないようで(いちいちどこの川にもそんなものはないかもしれませんが…)、「加古川源流のまち」と謳ったいるからには、そういうはっきりした地点の標識とかあるのかな?と期待してしまいました。

川の水が途切れる、まさにその部分を見つけられれば良かったのですが…、なかなかそんな風景を他のサイトでも見つけられないですね。どなたか加古川の源流で、ここで川の水が途切れる!という地点を、これを見て見に行く方があれば幸甚の極みです。

以上、丹波市からは青垣地区でした。

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2018年1月26日 (金)

群馬/藤岡 藤の咲く丘=藤岡

 群馬県藤岡市、JR群馬藤岡駅からの歩き旅です。

(2011年4月当時)

●駅前風景

群馬藤岡駅前の広場から、駅から伸びる通りを見た様子です。

市の中心駅前の道路というより普通の市街地という感じでした。少し向こうになると商店街らしい?街灯が続くのですが、手前側は駅前感は薄いように感じました。

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●ふじおか観光案内図

駅前にあった地図です。

下が北ですが、その北部は平地で街が広がり、南は殆ど山地という感じです。

線路は北部を高崎線と八高線が枝分かれになる形で通っていますが、北部だけであり、街のエリアは限定的です。

観光地としては

・土と火の里公園(伝統工芸に触れる施設)

・ふじの咲く丘(全長250m、シャンデリアのような藤棚)

・桜山公園(7,000本の冬桜)

などなどがあります

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●藤岡 マンホール

藤岡瓦とよばれる鬼瓦と、市の花である藤がバックにあります。

瓦の町であるところと、見事な藤棚を擁しているところが、藤岡らしさとしてよく表わされていると思います。

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●商店街

昔ながらの店が軒を連ねて並んでいました。

建物や看板や店名の字体や…さまざまな点に昭和感が色濃く残っていました。

ここから7年近くの月日が流れていますが、まだ残っているのでしょうか??

「サヘキ」って、ローマ字表記でもSAHEKIで。

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●藤岡中央通り商店街

のフラッグが街灯にぶら下がっている姿です。

ここを訪ねたのが2011年だったのですが、当時はうさぎ年で、だからウサギの絵が入っているのかな?と思っていましたが、今でもこのデザインのようで?干支とは無関係のようです(笑)

この商店街には藤岡の駅前に約30の様々なジャンルのお店があり、HPもあるので、それなりに機能している商店街だと思います。

下側の写真は県道標識が斜めになっていたので撮りました(笑)

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●ランプ街灯

の商店街です。

ここにはフラッグはありませんでした。

渋すぎる建屋群はどこでも見られるこの藤岡の街の素晴らしさよ、といったところです。

上側の写真の右手前の木造建物は特に渋いです。

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●成道寺

「じょうどうじ」という濃い赤の門があまりに印象的な浄土宗のお寺です。

天正14(1586)年開山と伝わる由緒あるお寺で、藤岡の駅から徒歩約5分のところにあります。

菊川英山という江戸後期の浮世絵師のお墓があるといいます。錦絵で人気を博したといいますが、後には美人画へも。しかし新しい美人画の流れについて行けず晩年は不遇をかこったといわれ、昔にも流行り廃りや世の流れはあったんだな、というか、そのスピードの速さにもちょっと驚きました。

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そんなこんな藤岡市、

次行きたい所は…

「ふじの咲く丘」です。もちろん藤棚のきれいな時期に!

2018年1月24日 (水)

千葉/旭 ミヤスズの在りし頃

千葉県旭市、JR旭駅からの歩き旅です。

(2011年2月当時)

●旭の風景

を材料とした写真コンテストのポスターがありました。

朝日の風景ではなく、「旭」の風景です。

この時が2011年で第2回を迎えていましたが、ネットで調べる限りでは「第3回」までし確認できず、第4回からはやってないのかどうなのか…??

ちばてつや先生のマンガが印象的なポスターでした。ちば先生と旭市の関わりですが、お父さんの出身地がここ旭で、また先生が中国から引き揚げの時に1年間過ごしたのもこの地だそうです。

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●ミヤスズ旭店

という旭駅前のショッピングセンターがありましたが、インパクトが大きかったです。上からせり出す感じの迫力が!

この時は現役で稼働している店舗であったようですが、2013年9月に破産手続きに入ったとの事で、この当時は前に車は停まっていたし、室内には蛍光灯の明かりが見えていたしで、稼働している様が窺えました。

よくこんな佇まいの店舗が残っていたなぁ…と思いましたが、この2年半後には破産を迎えていたとは、、この記事を書く今この時期になった初めて知りました。銚子やここ旭など千葉県内13店舗があったといいます。今の姿はどんなやら…破産のニュースを知るとまた行ってみたくなります。

何せ、千葉県の旭って何を見たんだっけ?あんまり覚えてないや…と思っていましたが、こうやって見返して、この店が強烈に記憶に残っていました、「この店のあった街か!」と。旭で最も印象的な風景がコレでした。

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●商店街

「しんちょう通り」と記されているフラッグが街灯ごとに立ち並ぶ商店街です。

冷たくシャッターに閉ざされた店が多かった事…、これが7年ほど前の姿ですが、今ではもっとそれが加速しているかも。

この写真の最も手前のお店からしてシャッターに閉ざされて「管理」の文字が…。

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●マンホール

旭市のマンホールです。

まさにそのものですが「あさひ」ですね、サンライズ。あとは市の木、市の花であるクロマツとアジサイが描かれています。

つばきも市の花のようですが、ここには書かれていないようです。つばきがあれば、つばきと日の出の太陽で、”つばきファクトリー「初恋サンライズ」”になるのですが(ならない…)、昨年末日本レコード大賞の最優秀賞を獲ったグループです。

真ん中左端水平線の上にちょこっと何気に灯台が描き込まれていて、あまりの何気なさが渋すぎて、カラー版でこのマンホールの絵を見るまで全く気づきませんでした。

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ここはまだ割と開店している店が多かったかもしれません。

ここのフラッグは「GINZA」とありました。旭銀座とよばれる辺りで、「銀座」といっても東京・銀座以外にもそう呼ばれるエリアは日本にいくつとなくあります。ここもその一つなわけですね。

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●告白!

銀座通りのフラッグをアップで見たら「好きです」とありました。「好きです この街」と人魚の姿で(笑)なんだかパチンコのマリンのやつみたいでした。

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●竹下稲荷神社

旭駅から南西約200mの地点にありますが、由緒由来は不明だそうです。

稲荷神社はこんな感じで朱の鳥居が続いていて見栄えがいいですね。写真映えします。

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●旭市民会館

駅からまっすぐ至近にある施設です。

市民会館って駅と程よく距離があったりするもんですが、ここはかなり近くにあります。

コンクリート色まんまの建屋が渋すぎて語彙力…という感じですが、時の流れが停まっている感満載でした。

この当時駅の真ん前からして工事がお盛んな様子でしたが、どれほど変わったものでしょうか?そういう意味でもまた再訪したいものです。

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旭市で次行きたい所…「屏風ヶ浦」です!

2018年1月19日 (金)

香川/三豊 詫間 亀に乗った男

香川県三豊市、JR詫間駅からの歩き旅です。

(2010年7月当時)

●詫間駅前交差点

JR詫間駅前からロータリーを越えて西へ100m程の所にある、駅から最初の交差点付近の様子です。

これも8年近く前の様子につき、どれほど変わっているかもしれませんが、この向こうへずっと駅前の通りが続いていきます。

三豊市の現在の中心がこの詫間地区という事ですが、2006年平成の大合併以前は、この辺りは駅名と同じ「詫間町」でした。詫間町は合併前当時の人口で15,000人ほどいて、町としては規模の大きい方であり、今の三豊市を構成する旧町では高瀬町に次いで2番目に人口の多い町でした。

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●街灯

お城の形をした街灯が並んでいました。

お城はお城でもよくある「城下町の象徴」という感じではないこの街灯、これは竜宮城の表現と思われます。この地区は昔は「浦島」と呼ばれており、浦島太郎関係のものがそこかしこで散見されます。ただ浦島伝説は日本各地で見られ、どこが発祥やらようとして知れないですね。

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●マンホール

とてもダイレクトに浦島太郎が描かれていて、もちろん亀も竜宮城もあり「3点セット」が揃っているマンホールです。これは三豊市ではなく、旧詫間町として。

こういう楽しいマンホールっていいですね。少なくとも旅して訪ねる身としては得した感満載です!イルカに乗った少年、ではなく亀に乗った男です。

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●更にカメに乗った男!

高瀬川に架かる「詫間大橋」の欄干には、浦島太郎がこのようにデーンと乗っかっていました。これだけダイレクトに鎮座していると爽快ですね!実に分かり易くて、旅した感も満載でした。

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●詫間大橋から

詫間駅から詫間大橋を経て更に向こうを眺めた様子です。

なかなか言葉では言い表しにくいですが、カーブを描く道路はなんとなく山々に吸い込まれていきそうな気がしました。それと街灯ばかりが立ち並んでいて、建物はあんまりあるように見えないのですが、あんまり田舎感がなかったです個人的には。街灯が多かったせいかもしれませんが。

詫間駅から400mほど西へ行ったこの地ですが、歩き旅はここまでで、あとは詫間駅へ戻っていくだけとなりました。なのでこの橋の向こうは実際に歩き回ってはおらず、ちょっと残念というか心残りがあります。これもこの土地に足を下ろす事を目的としていた時期の訪問であった為で、やはり今度来る時はじっくり訪ねてみたい所のひとつです。行けば行くほど行きたい所が増えてくる、それがまた「旅」というものかと思います。

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●ホテル

これは詫間駅前に戻って来てのカットですが「ステーションイン タクマ」というホテルがありました。ホントに駅の真ん前にあります。

ちなみに俳優の宅麻伸さんはこの香川と同じ文化圏の岡山県の出身ですが、タクマは本名であり「詫摩」と表記するそうで、詫の字だけは合っています。ちなみに宅麻さんが「必殺」シリーズでチョンマゲを結わない現代風髪型の殺し屋役でレギュラー出演していた事を知っている人はかなり少ないでしょうね。

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●バス路線図

旧詫間町時代の名残りと思われる「詫間町営」バス路線図がありました。今では三豊市コミュニティバスの詫間線という位置づけになるかと思います。

町内どこまで行っても100円とあり、結構な箇所停まる中でなかなか気前がいいなという感じで、逆に収入源としては見込んでいないのかな?という感もありありです。赤字垂れ流しっぽい感がプンプンしました。

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●路地裏の猫

通りかがりに見つけました。

何せもう今から7年も前の事なので、さすがにこの猫もうこの世にはいないだろうな、とかついつい考えてしまいます。飼い猫ならともかく。

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●多度津藩 郷蔵/番所跡

ここは今では郡部である多度津藩の領内であったようです。

多度津藩は丸亀藩の支藩であり、1万石を領し多度津に陣屋を構えられていたといいます。1694年に藩として成立したといいますが、当初は陣屋を構えず、丸亀城内に居を置いた状況が続き、結局陣屋が置かれたのはかなり後の1827年だそうです。

そんな多度津藩の郷蔵(ごうぐら)という事で、郷村の共同倉庫として年貢米などが置かれていたのでしょうか。

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●とこやさん

メンズとして描かれた絵が昭和テイスト濃しでした。

今のご時世、散髪屋ですら全国展開が幅を利かしていて、街の床屋さんもどんどんなくなっていってる感じです。件数も凄い減ったな、と思います。気軽に髪切りに行きにくくなったなと感じるばかりです。逆に高級な床屋さんも見られないというか…、パーマかけている人も減りましたよね…。この街とそんな事とは関係ないんですが、この絵を見るにつけ古き日々の事ばかりが思い出されます(自発)

この詫間地区は、とにかく浦島太郎関連をいかに見つけるかが旅を楽しむ一つの材料になると勝手に思っています。

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