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旅行・地域

2018年6月17日 (日)

長野/伊那 いーなの商店街群

長野県伊那市、JR伊那市駅からの歩き旅です。

(2012年7月当時)

●駅バス停

伊那市駅バス停として標識が2本並んでいました。

伊那バスとして市内循環線として2路線で1時間に1本程度あり、あとJRバスの運行がされているようでした。

この駅から徒歩3分程度の所に伊那バスターミナルというのがあります。

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●商店街へ

この街での印象で最も強かったのは商店街の通りでしょうか。ほぼ商店街の記憶だった気がします。もちろん駅周辺ですが。

珈琲たいむという珈琲がありますが、ここはcoffeeタイム。タイムという名の喫茶店ですね。軒先は「珈琲タイム」表記となっていました。

このような歩道のみ屋根のついた商店街が続いていました。

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●スクランブル交差点

人口7万ほどの街ながら、駅前交差点がこのような斜めから渡れるスクランブル状になっていました。

歩道に屋根のつく商店街がずーっと続いていて、高さもそこそこの建物もずーっと続いていて、人口にたがわず?割に都会的な街の雰囲気でした。

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●伊那市マンホール

伊那市のマンホールのカラー版がありました。

米を馬に括り付けて運び峠を越える姿が描かれていますが、「伊那節」との表記もあります。これは地元の民謡・伊那節にこの絵のような歌詞があるという事です。

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●伊那まつり

のポスターが貼ってありました。

毎年8月の第一土日に行なわれ、昨年で60回を数え、還暦の歴史を持ちます。

市民おどりやおどりコンテストも行われ、市内での賑やかな年に一度のイベントという訳ですね。

オープニングにはパレードが行われ、また2日目には花火大会があり、4,000発の花火が打ち上げられるといいます。長野県といえば、夏周辺時期の土日に毎週のように行われている諏訪湖花火大会のイメージが個人的に強いのですが、ここも結構な数の打ち上げがあるのですね。

もう1枚貼られていたのはプレミアム商品券のものですが「いーな伊那」というものでした。分かり易いネーミングです。

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●長野県伊那合同庁舎

長野県で「上伊那」と呼ばれる地方の県現地機関事務所が入った庁舎で、上伊那地域振興局が複数階にわたってあります。

あまり高くは見えないですが5階建てです。

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●路地裏

細い路地に入ると、かなり年季の入った建物群に出くわして、路面の濡れと相まってか荒涼とした雰囲気を醸し出していました。

コンクリート色丸出しの建物に人通りの少ない通り、こんな情緒溢れたものがあるか、というぐらい。

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●通り町

という地名が見られた辺りで、屋根つき商店街がやはりずーっと続いています。

「電子マネーい~なちゃんカードの街」との表記がありました。

商店街の屋根サイドには、提灯が並んでいました。

先の「伊那まつり」を1週間前に控える状況にあった為、祭りの準備モードだったのでしょうね。

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●バラ咲く街角

ちょっとしたスペースがありましたが、プチバラ庭園という感じでした。

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●伊那橋と山頭火碑

伊那橋は1894(明治27)年にかけられたのが最初といわれる歴史のある橋で、 「信濃の橋百選」として本の中に納められているといいます。

昭和39年当時では歩道部分がなく、昭和41年は歩道部分がついたものとなっていました。

橋の親柱に種田山頭火の句碑があるのは、山頭火がここを訪ねた事があるからで、1940年に亡くなっていますが、その前年にここを訪ねたとありました。

この橋の架かっている川は小沢川といいます。

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●商店街へ

商店街に始まり、商店街に終わる今回の記事ですが、この赤い縁のアーケードが長々と続いていました。古い町なんだなという印象をかなり受けましたが、昨今の郊外型主流の波の中で、これら商店街がどれほど稼働しているのか…と思わされました。

他の街のようなシャッター商店街が目立つという感じではなかったのも印象としてあり、古い商習慣?の街がいまだに続いている部分もあるのかな、と思ったり。

以上伊那市でした。

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2018年6月16日 (土)

埼玉/吉川 よしかわ天然温泉ゆあみの癒し

埼玉県吉川市、JR吉川駅前の様子です。

(2012年5月当時)

●ゆあみ

冒頭リンクの駅記事である程度駅前の様子は載せましたが、本当に駅からすぐの所に日帰り温泉があります。

それがここ「吉川温泉ゆあみ」 です。

吉川駅から徒歩1分と記されているくらい近いです。市の中心駅のこんな近くに日帰り温泉が大々的にあるという事はなかなか珍しいのではないかと思います。

これは6年前の姿ですが、今もしっかり存在しています。

駅の真ん前にあるのにバスが出ているようで、真傍に置いてありました。

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●料金表(当時)

平日850円、土日祝が950円となっていますが、現在は各々50円アップしており、

平日900円、土日祝1,000円となっています。(子供料金は今もこの当時のままのようです)

10:00~24:00の営業で、岩盤浴もあり、マッサージや癒し系の方にもかなり力が入っているようでした。

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●幟と幕

「都心に近い湯治場」

これがここのウリです。

東京駅から50分そこそこ、1時間とかからない何気に都心で、駅前すぐにある日帰り温泉という事で、東京から1時間以内で日帰り温泉に行こうと思ったら、都内よりもここの方が近い(所要時間が短い)という事もあるかもしれません。

50年の伝統ある漢方生薬のお風呂として、日本一の「智光薬湯」がここの名物と位置付けられていると思われ、こんな風に横断幕にデデンっと現われています。起源についてはよく分かりませんが、その位の歴史はあるようです。ここのオープン自体は1992年とあり、この当時でちょうど20年というところでした。

30種類の生薬を煮出したものとか書いてありましたが、人のレポを見ているとかなりひりひりするとかなんとか書いてありました。実際ここの温泉には浸かったのですが、このお湯の印象が皆無で、この薬湯に浸かったかも記憶に薄い状態です。

でもまぁここに来たなら一度は浸かってみてほしいものです。

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●温泉入口

都市の駅の真ん前にもかかわらず、ちょっとした庭園風のなかなか雰囲気のある入口になっていて、異空間的な雰囲気を放っていました。

駅前にこんな所があるのは個人的にすごく良いなと思います。都会の喧騒の中を少し逃れて癒しの空間へトリップ、そんな言葉がこれ見た時に浮かびました。

繰り返しになりますが、東京駅から1時間かからない日帰り温泉、それがこの吉川天然温泉ゆあみです。

吉川市といえば自分の中ではこの温泉だけだったので、温泉限定のような記事になりましたが、以上吉川市でした!

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2018年6月14日 (木)

山梨/笛吹 ホテル石庭のおもてなし

山梨県笛吹市、JR石和温泉駅からの歩き旅です。

(2017年8月当時)

●ホテル石庭

昨年夏、お盆の旅で立ち寄りました。

冒頭の石和温泉駅のリンクは2008年当時のものですが、本記事写真は2017年再訪時のものです。2008年は石和温泉は周辺のみ寄っただけで、再訪した17年は温泉宿に泊まろうという事でたしか当日チェックインの形で予約しました、それがこのホテル「石庭(せきてい) 」です!

JR石和温泉駅から歩いて行ける距離に温泉街が立ち並んでおり、このホテルであれば駅から徒歩run約15分、距離にして1.2km程度の所にあります。という訳でこの時も夜の暗い中、駅から少々迷いつつ歩いてやって来ました。

ちなみに近くにコメダ珈琲店があり、寄ってみましたが、サンドイッチ2つくらいで満腹になりあえなくかなり残して店を立ち去りましたcoldsweats01

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●文字通りの石庭

ホテルの名の通り、立派な石造りの庭園を持ち合わせていました。

それはそれで見事だったのですが、それよりついつい寄ってくるコイに見入ってしまっていました。

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●コイの争奪戦

という訳で、水辺へ寄ると瞬く間にコイがどんどんと寄ってきました。

この時特に餌も何も持っていませんでしたが、人の気配で何かくれる、と思って寄ってきたのでしょうか、それはもうすごい勢いでした。これを見てもその辺りの様子が垣間見られると思います。コイつらの競争心というか執着心というか、凄まじいものがあります。

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●ロビー

立派そうな雰囲気のロビーがありました。

昔はこういうの気にも留めませんでしたが、よくよくこういうのが目に留まるようになると聞くぶりとか配慮とか、こういうところになされているんだな、という事を感じるようになりました。

まぁなかなかの温泉宿だな、という事です。

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●小冊子

チェックイン時にもらった説明用の小冊子です。

大浴場は24時間OKなのが嬉しいところでした。

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●ホテルキーとお菓子

温泉宿ならではの昔ながらの重厚なルームキーです。ビジネスホテルも昔はこのタイプが主流でしたね、もっと大きなやつで。

そしてお菓子は「巨峰きらら」というぶどうの柔らかいグミ状?のもので、おいしかったです。

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●ゲタと玄関

「石庭」のネームの入った下駄が印象的でした。

そして玄関はこんな感じでした。和室万歳!

手前側に見えている畳の部屋は、玄関と部屋とをつなぐ間で、サイドにバスやトイレなどがあります。

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●バス・トイレ

24時間入浴可能な大浴場はありますが、部屋にもお風呂場は存在します。もちろんトイレも。

お風呂場が黒を基調としたものすごく洋風な感じのものでした。

そしてトイレと洗面台は仕切られていました。

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●寝室

和室で布団敷いてあるってに幸せを感じます。

洋室なら絶対敷いてある訳ですが、和室はなんかいかにも人手で敷きましたよ感に満ち溢れているのでいいですね。

床の間があり掛軸があり、骨董の壺があり、色んな所で雰囲気出ています。

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●ふすまの向こう

この向かい合った椅子がいかにも温泉宿というか、雰囲気出てますねぇ。

用がなくても敢えてここに座ると、なんか落ち着いたりします。この奥のスペース、ひと部屋余分にある感が好きです。

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●ポットとか

ネスレのバリスタ?のやつ、カプセル式のコーヒーが飲めるマシンが置いてありました、結構珍しくないですか??

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●タオル

石庭の名前が入った、ホテルのタオルです。

石和温泉郷というのは歴史がありそうで意外と浅くて、1961年になって湧出が確認されたという昭和からの歴史しかない温泉です。しかしそんな中で有名刑事ドラマのロケ地として複数使われたりもしていました。

今でも50程の温泉旅館が営業しているという事で、かなりの温泉街として君臨し、山梨県では屈指の温泉どころです。そんな所に泊まってみない手はない、という事で宿を当日取りで決めましたが、ホントに来て良かったと思えました。

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●石庭おすすめ

「山女の塩焼」

「甲州とりもつ煮」

とありました。いずれも600円です。

ラストオーダー19:30という事でチェックイン時にはもう終わっていました…

早くチェックインしたら食べてみてもイイですね。

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●朝食

バイキング形式の朝食でした。

海苔にホテル名が刷り込まれていたのが印象的でした。

ちなみにここを利用した時の宿泊料は¥8,200でした。夕食なしの朝食付で。コンビニも近くにあるし、周りに何もないような所とは違うので、晩御飯ぐらいはここで食べなくても…という感じでした。そもそも晩入るのがあまり早くなかったので晩御飯など食べられるような時刻ではなかった訳ですが…。

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温泉宿にしてはリーズナブルでそこそこのグレードを保っているいい旅館だったと思います。

ほぼ宿そのものの記事になってしまいましたが、笛吹市第一編はこれにて終了します。

2018年6月12日 (火)

JR玉造温泉駅・来待駅 (島根県松江市)

島根県松江市のJR玉造温泉(たまつくり・おんせん)と、おなじくJR来待(きまち)の今回は2駅の御紹介です。

松江市では既にJR松江駅をはじめ、乃木駅・東松江駅と宍道駅などをupしていますが、今回はこれらとおなじ山陰本線のJR駅の御紹介となります。

-JR玉造温泉駅-
【路線】
JR山陰本線(京都-幡生間)
【開業】1909年11月7日
【訪問】初訪問-1990年11月
【1日あたlり平均乗車人員】 357人/日 (2015年)
【近隣の主要駅 (京都方面)松江駅→2駅  
           (幡生方面)出雲市駅→5駅

●駅名標

ここに初めて訪ねたのは1990年11月の事ですが、この記事では昨年2017年11月訪問時の様子をお伝えします。

初めて訪ねた当時はまだ松江市ではなく、八束郡玉湯町という町で唯一の駅でしたが、平成の大合併により松江市の駅となっています。温泉駅と名乗るだけあって立派な温泉街を形成しており、島根県を代表する温泉の街といえます。

松江駅からはわずか2駅で、隣の隣にある駅になります。なので松江観光でこの玉造の温泉宿に泊まられる方も少なからず居られるという訳です。特急は一部停車の形ですが停車します。

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●時刻表

左半分が出雲市行きという事で西へ、右半分が米子など東へ行くもので、鳥取や岡山行きも含まれます。各々平日と土日祝に分かれて表示されています。

平均すると1時間2本というところですが、赤字の特急がだいぶ停まるためのものであり、黒字の普通列車のみであればかなり減少します。鳥取・岡山方面というのは米子を境にそのまま山陰本線で鳥取方面へと東へ進むものもあれば、南へ分岐する伯備線(特急やくもなど)もあります。なので1方向あたりの本数はもっと少ない事になります。

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●ホーム

ホームは1面2線、つまりこのホームの両サイドに電車が停まる構造となっています。

ホーム屋根が広く取られていて駅の規模の大きさのようなものが垣間見られました。やはり人気温泉地という観光資源を持つところは強い、という事も併せて感じられました。

ここもベンチが線路と垂直に並んでいました。他ってそのままホームへ転落、というのを避けるために取られた措置とどこかで見ましたが、この辺でもやっていたとは。

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●待合室周辺

白壁和風建築様の立派な外装で、完全室内型の待合室がありました。

特に城下町とかではなかったと思いますが、建物の腰の部分はなまこ壁様になっていました。温泉としては古い歴史を持つので、その歴史の古さを表しているのでしょうか。

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●地下道

ホームとしては1面だけですが、改札とはこの地下道で結ばれており、これを渡って改札前の通路を歩く事となります。

地下通路内は寂しく蛍光灯がつくだけの硬質で真白な内装となっており、掲示物は一部に集中的に貼られているのみでした。

ホームから階段を下りるところの「歓迎 玉造温泉」の看板は時を越えてもそのフレーズは同じでデザインが一定時期に変わっている感じで、1990年に訪ねた際もこの文言だけは同様に使用されていました。今の松江市で観光地を持つところといえば、松江駅とこの駅ぐらいしかない訳ですね。

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●駅構内

改札を出て、待合室周辺の様子です。

待合エリアがベンチと共にあり、更に仕切りの向こうには室内型の待合室があります。こういう所にも観光地を有する駅としてのやや規模感の大きさのようなものが感じられました。といってもこの周辺の駅も綺麗に改装されたりなどしていますが。

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●MAP

駅前の簡単な地図には「姫神の湯 玉造温泉へ」とありました。姫神の湯とか姫神広場とかが温泉街にあります。

温泉街までの道案内と温泉街のマップとに分かれています。駅から温泉街まで車で5分とあります。距離にして2kmあまりでしょうか?

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●シャトルバス時刻表

長楽園グループとしてシャトルバス時刻表がありました。

玉造国際ホテル経由長楽園行きとあり、ほぼ温泉街の中にあるところです。

送り便として朝から1時間ごとに出ており、迎え便としても15時から1時間ごとに玉造温泉駅行きが出ています。

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●駅前道

駅を出て駅前広場を左側へ向いた形のカットです。

この道が街へ出る通り道になっていて、これを向こうへ進む事となります。

下側の写真は駅から出てほぼ正面の様子で、読売新聞の新聞配達所?でしょうか?かつての「YOMIURI YC玉造温泉」という看板が完全に色褪せ切ってしまっています。

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●玉造温泉駅 駅舎

2012年に完成したという新駅舎で、木造ながら一部鉄骨の入った平屋駅舎です。

屋根は神社などで使われる青緑の鋼板葺きで威厳を感じさせる駅舎となっています。JR西日本が4,000万円を投じたといいます。

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●玉造温泉駅 駅舎 in 1990

1990年に初めて訪問した際の写真が残っていたのでupします。

白壁に濃いブルーの屋根で、この両色のコントラストがすごく際立つ配色の駅舎でした。今よりもかなりライトな感じで、今は厳かでその辺りのコントラストも際立っていると言えます。

駅名の上に勾玉があるのは今も同じです。

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以上、ここまで玉造温泉駅でした。

続きまして「来待駅」です。

-JR来待駅-
【路線】
JR山陰本線(京都-幡生間)
【開業】1929年12月25日
【訪問】初訪問-1990年11月
【1日あたlり平均乗車人員】 141人/日 (2015年)
【近隣の主要駅 (京都方面)松江駅→3駅  
           (幡生方面)出雲市駅→4駅

●駅名標周辺

ここに初めて訪ねたのも1990年11月で玉造温泉駅と同じです。

写真は2004年夏再訪時のものですが、ホームのカットはこれしか撮っていませんでした。

ホームは2面2線となっています。

今の松江市になるまでは、旧八束郡宍道町の1駅で、宍道町では宍道駅が中心駅であったので、町制の時代から中心駅の座になかったところです。

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●駅舎内

2003年末に改築され、当時が2004年夏という事で、まだ出来たてのホヤホヤ状態でした。

そんな中に木造み溢れ素晴らしい建屋になっていて、1990年の初訪問時の記録は手元にありませんが、その頃の駅から比べると随分とグレードアップしたものです。

利用者数が決して多くない中で、こんな大きくてきれいな駅舎はとても素晴らしいと感じましたし、よく改築したなと思いました。この駅のトイレにもお世話になりました。こんな写真を撮っていた事からも窺えると思いますが、この時はこの駅を独り占め状態(誰も居なかった)でした。

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●駅前広場

わずかなスペースを隔てて左側は国道9号線で車やバイク、トラックがピュンピュン高速で走っているような道路です。

旧駅舎の時は駅舎の先と9号線の距離がもっと短かったような気がしますが、気のせいかもしれません。

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●来待駅 駅舎

ちょっと建物の高い駅舎で、そとからみても木造の味が色濃く表れています。

三角屋根が特徴的で、出入口の庇の部分も三角屋根で、これが建物の良いアクセントになっています。

旧駅舎を記録に残していませんでしたが、JAスーパーと併設という珍しいスタイルの駅舎でした。1990年に寄った時はカメラを持参していなかった為、記録をおさめる事ができませんでした、今考えると大変勿体ないですが。

建物の高さだけでいえば近隣の沿線駅ではかなり高い部類に入ります。まして中心駅でも何でもない駅の中であれば、ダントツかもしれません。

以上、来待駅でした。これでこのブログでupしていない松江市のJR駅は南宍道駅(JR木次線)だけとなりました。この駅には訪ねた事すらないのですが…。

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2018年6月 9日 (土)

福島交通/飯坂温泉駅 (福島県福島市)

福島県福島市、福島交通/飯坂温泉(いいざか・おんせん)です。

福島市では中心駅のJR福島駅をupした事がありますが、今回はその福島駅から出ている「福島交通」の駅の御紹介です。

-福島交通/飯坂温泉駅-
【路線】
福島交通飯坂線(福島-飯坂温泉間)
【開業】1927年3月23日
【訪問】2017年5月
【1日あたlり平均乗車人員】 433人/日 (2016年)
【近隣の主要駅 (福島方面)福島駅→11駅  

●駅名標

ものすごくシンプルな駅舎でした。

IZAKAではなくIIZAKAと「I」が2つ続くローマ字表記でした。

福島駅から約9km、11駅でここに到着して終点を迎える福島交通飯坂線です。終着駅につき隣駅表示は片側のみです。福島交通はバス事業を主体とする会社で、鉄道路線としてはこの飯坂線の9km余のみです。「〇〇交通」という名で鉄道路線を有しているのも珍しいケースかと思います。

その名の通り温泉がありますが、駅の前から温泉街が広がっていて、宮城県の鳴子温泉・秋保温泉に並ぶ「奥州三名湯」のひとつといわれる東北きっての温泉街を誇ります。という事をここに訪ねるまで知りませんでした。実際に行ってみるものですね、やはり…

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●車止め

終着駅らしく車止めがありますが、その突起の根元の部分は鮮やかな黄色いものがついていました。

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●ホーム

2面1線という珍しい構造のホームです。面数>線数というのが珍しいですが、こういう終着駅構造のホームならそれもあるかな、というところですね。

冬は右側のみが乗降車共に使われ、それ以外は乗車と降車にそれぞれのホームが使われている形で、2面とも生きています。

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●時刻表

中に蛍光灯の入ったタイプと思われる、白いボード状の時刻表がありました。いかにも昭和っぽかったです。

平日は1時間に3本の時間帯が最も多く、休日は1時間に2.5本程度でしょうか。そこそこの本数はあり、事前にダイヤをチェックしておかないと行く事もままならない、いう事はないレベルでした。なので、福島駅から気軽に行く事ができます。

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●ももりんレンタサイクル

福島といえば「ももりん」 、個人的に2000年に初めて福島に来た時からあったキャラクターでその時は「ももりんバス」という事でナント無料で運行されていました。

さて、これは駅構内にあるレンタサイクルで、午前9時から利用可能です。しかも無料です。温泉街探訪には便利ですね。(利用すれば良かった…!)

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●駅前広場

駅前の広場は歩行者用の床面が広がっています。単なる市内の1駅という感じではなく、温泉街の駅らしい華やかさがありました。角度的に見えていませんがバスやタクシーの行き来するスペースもあります。

「仁丹」の文字がデカデカと残るところには昭和からの時の止まらなさを感じました。

また、数多くある「芭蕉〇〇の地」のひとつでもあり、松尾芭蕉像も建てられていました。この地に立ち寄って温泉に浸かったといいます。少なくともその頃からはあった由緒正しい温泉地な訳ですね。と思って調べてみたら、ナント2世紀からの歴史を有する、と記されておりビックリしました。

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●飯坂温泉駅 駅舎

平屋ながら和風建築状の素晴らしい駅舎で、2010年にこの駅舎になったといいます。2002年に東北の駅百選に選ばれていたというので、旧駅舎も素晴らしかったのでしょう。

この時はここで泊まる事も視野に入れて行動していましたが、その時の検索で沢山の温泉宿が出てきて、結構な温泉街である事は想像できたのですが、その温泉街にふさわしい駅舎と言えるかと思います。

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2018年6月 8日 (金)

宮城/富谷 日本全市訪問再び!

宮城県富谷(とみや)市、宮城県の中央部に位置し、人口は51,945人(2018.4.1現在)です。仙台市の北端に接している、仙台のベッドタウンのひとつで、2016年10月に当時の黒川郡富谷町から単独市制施行となった、現在の日本で最も新しい市です。

個人的には2016年1月9日に沖縄県宮古島市を訪問した事で、日本全市訪問は一度達成できたのですが、この富谷市の誕生により、これが崩れてしまい、ブログのタイトルに【日本全市訪問】と謳っておりながら正直この5月まで詐欺状態となっておりました。

ようやく今年の5月1日、つい先月ですが、この富谷市を訪問する事で、再度「日本全市訪問」する事が無事にできました。といっても、このままでは今年中にはこの形が崩れる事となります。というのも、福岡県に那珂川市というのがこの10月に誕生するそうで、訪ねなければまた未訪市ありの状態になってしまうのです。

●成田北1丁目バス停

鉄道駅のないこの富谷市、唯一の未訪市となっていた時に「どこへどう訪ねよう…??」これがずっと課題でした。時間がかかり過ぎて仙台から寄れないのでは…?と思わされて。

それでこの「新富谷ガーデンシティ」なるものへ行けるかと思い来てみました。成田一丁目北バス停。ハイこれにて再度、日本全市訪問達成です!!

仙台駅からでは、地下鉄に乗って約15分で終着駅「泉中央駅」まで出てきて、ここからバスに乗ります。泉中央駅からはこの成田一丁目北バス停まで約20分で330円です。仙台駅からここまでだとバス待ち含め40分~かかる感じです。富谷市の中では比較的仙台からのアクセスが近い所になると思います。

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●元気くん市場

成田一丁目北から歩いて程ない所にあるJAが運営している農産物のお店です。

食材として品質が高いとか安いとか口コミで見ました。このぐらいの所から横目でチラ見する感じで通り抜けて行きました。

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●成田温泉前バス停

これも最初の成田一丁目北バス停から5分と歩かない所にあるバス停ですが、それとはまた違う系統の「富谷市民バス」とありました。

このバスには乗っていませんが、西部循環として左回り右回りで1日に4本と5本あり、南部循環として1日5本、大亀成田線というのが1日2本、12時台が終バスというすさまじい路線です。といっても1日16本のバスが来るという面で、コミュニティバス系としては多い部類と思います。

ちなみにこの名前ですが、成田温泉という温泉がある訳ではありません。富谷市成田というところに温泉がある事からこの名になったと思われます。

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●マンホール

富谷のマンホールです。

旧富谷町のマンホールで、町の木マツを前面に出したよくあるタイプのものでした。

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●とみや湯ったり苑

今回富谷市を訪問するにあたりターゲットとしていた場所はここでした。

漠然と、富谷市の風景をおさめる、という事で訪ねても良かったのですが、こうして記事にあげる訳だしどうせなら明確に場所を決めて行ってこようという事で。それも温泉浸かれるなら万々歳というのもありましてやって来ました、この「とみや湯ったり苑(えん) 」

上の写真で成田温泉前という表記のバス停がありましたが、その温泉とはここの事です。

この湯ったり苑はチェーン店?のようでいくつかあるようですね。新潟県に3ヶ所あるほか、埼玉県羽生市、長野県長野市に1ヶ所ずつあります。

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●玄関口

とみや湯ったり苑の入口を入ったばかりの所です。

「太古の湯」とありました。

富谷の地名由来である「十のお宮」についての説明板が用意されていました。十の破片にバラバラになった大蛇にひとつひとつお宮が建てられたとは…伝説らしい話です。

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●館内

湯ったり苑、入ります。

5月のイベントとして貼り出されていました。この時丁度月初めの5/1でした。

定食の日、ほぐしの日、丼ものの日と曜日によってきまっているようで、「ワインの湯」というのがまたすごいですね。ワインも一時は「赤ワインがポリフェノールが豊富で体に良い」とか色々ともてはやされていましたが、今はちょっとその辺の様子が違ってきていますね。

そして「入館制」ということで、お風呂の利用のない方も入苑料として平日\670(土日\770)払ってください、という方式なのですね。そして夜8時以降は\570に安くなるのですね。

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●帰りのバス停

来た時の同じ「成田一丁目北」バス停です。来た時のバス停の道挟んでほぼ向かいの位置になります。

泉中央駅行きになりますが、ダイヤ的には平日が1時間に1~2本、休日は1時間に1本でしかも終バスが17時台という早さです。

バス停の前は小学校と住宅街です。

そんなこんなでほぼ温泉に入ってきただけの間はありましたが、富谷市訪問により再び日本全市訪問を実現し、少なくとも那珂川市ができるまでの9月までの間はこの記録が消えずに残ってくれます。

日帰り温泉入るだけのなんてことない町ですが、こうして自分にとってはメモリアルな出来事であり、思い出深い町となりました。

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2018年6月 4日 (月)

万葉線/越ノ潟駅 (富山県射水市)

富山県射水市の万葉線/越ノ潟(こしのかた)です

射水市では、JR小杉駅をupした事がありますが、今回は前回の中新湊駅に続く、万葉線の駅の御紹介です。

-万葉線/越ノ潟駅-
【路線】
万葉線新湊港線(越ノ潟-六渡寺間)
【開業】1930年10月12日
【訪問】2017年8月
【1日あたり平均乗車人員】 748人/日 (2015年)
【近隣の主要駅 (六渡寺方面)中新湊駅→3駅、六渡寺駅→7駅、高岡駅→24駅

●駅名標

昨年8月当持の様子です。「こしのた」と発音し、「た」と濁らない形です。

前回の中新湊駅は実質射水市ながら、駅が高岡市との境界にあり駅の住所としては高岡市にあたりますが、今回の越ノ潟駅は純粋に射水市であり、また新湊港線の起点にして、先のない「終着駅」でもあります。

なので、ここから出ているのは高岡駅方面オンリーです。隣駅を示すものも上側にある「海王丸」という文字に矢印が入るのみです。

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●越中万葉歌

ホームにあった万葉歌です。

「あゆをいたみ 奈呉の浦みに 寄する波 いや千重しきに 恋ひわたるかも」

という歌でした。最後の部分で恋の歌と一目で分かります。ラブソングです(笑)

冒頭の「あゆ」は東風(こち)と同じで東の風を意味します。

奈呉ノ浦というのが近辺の沿海の古称としてあり、かの大伴家持が越中国の在任中に詠んだものです。前回記事の中新湊駅にもこのような歌はあり(載せられませんでしたが…)、ここでも「奈呉の海に…」の詠み出しで歌われたものが掲載されています。

ホームには重厚な気のベンチがありました。それと意外と見逃せないのが自販機のあるところです。この沿線で自販機のある駅は珍しいかと思います。

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●ホーム壁面

壁面には色んなものが貼ってありました。

時刻表もあり、乗り方や定期券についての注意など、中新湊駅の待合室内と同じようなものが貼ってありました。

時刻表は中新湊と本数などほぼ同じですが、違うのはこちらは終着駅なので、片方のみしかないという事です。

駅名標の左側は壁がくり抜かれているのか、板で埋められていますが、かつてはここがドアになって出入りできるようになっていたのでしょうか?見る限り出入りできる感じではなかったですが…。トタン板で無理矢理埋めたけど隙間見えてるよ、というところでしょうか。

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●車止め

最後の駅らしく、1線だけのホームに車止めがありました。

ホームの床面はこのような何の変哲もないコンクリート状のものです。

そして全くのフラットにつき、階段も何も無くそのまま出る事ができます。

向こうには「富山県営渡船 越の潟発着所」というのが見えます。「越ノ潟フェリー」と通称される渡船場で、向かいの堀岡発着場との間770mを5分で結ぶ渡船が無料で運航されています。

ただし原付以外の自動2輪は乗船できず、30人以上の団体は事前予約が必要等の条件があります。

富山新港の造成により、港口が切断されて鉄道が廃止されたことにより代替交通手段としてできたもので1日69便も運航されているといいます。なのでこの先の対岸にも電車が入っていましたが、そこは鉄道としては廃止されてしまっています。

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●駅前バス停

富山県営渡船代行車両とか、複数ののりば標識が立っていました。船で対岸まで行っているものをバスで代行している路線もあるという事でしょうか。

調べてみたら対岸まで陸路を使って運行するものでしたが、定時運行のほかに深夜でも「申込み運行」という形で電話予約があれば運行するそうです。

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●駅前道

線路に沿ったこの道がそのまま駅前道となります。

駅を降りて歩く道が、先ほどの船の発着場かこの道しかないのです!

踏切越えると街に入りますが、ここでは道のみです。

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●踏切

上の道路を線路に沿って歩くと程なく踏切が見え、ここを過ぎると街に入っていきます。

しかし目の前に広がる大きな橋に目を奪われるばかりでした。

この橋は「新湊大橋」で、去年夏の訪問当時、旧新湊市にやって来たかったというのもありますが、この橋を見に来たというのもあります。ここからでもこのような眺めですが、近づくとその壮観ぶりに感動します。

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●越ノ潟駅 駅舎

駅舎というか電車に隠れたホームの写真、というのが正確なところだと思います。

赤いカラーの路面電車がなんとも目を惹きます。

県庁所在地でない街(高岡市)を基点にした路面電車というのは日本ではなかなかお目にかかれないと思うので、それだけでもたいへん貴重だと思います。

そして終着駅(運行上は起点駅扱いですが…)においても駅舎もない、ただの停留所の延長というのもこういう地方らしいところと思います。路面電車の終点はこういうケースはよくありますが。

遠くから見て「越ノ潟駅」という表記が見られず、淡々と路線が途切れてしまう感じです。

ここに停まって電車は引続き折返しで高岡駅へと向かいます。

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2018年6月 3日 (日)

万葉線/中新湊駅 (富山県高岡市)

富山県高岡市の万葉線/中新湊(なか・しんみなと)です

高岡市では、JR高岡駅をupした事がありますが、今回は一部路面電車となっている「万葉線」の駅紹介です。

-万葉線/中新湊駅-
【路線】
万葉線新湊港線(越ノ潟-六渡寺間)
【開業】1932年11月9日
【訪問】2017年8月
【1日あたり平均乗車人員】 255人/日 (2015年)
【近隣の主要駅 (越ノ潟方面)越ノ潟駅→3駅  
            (六渡寺方面)六渡寺駅→4駅、高岡駅→21駅


●駅名標

昨年8月当持の様子です。

住所的には富山県高岡市となっていますが、現・射水市との境界にあり、実質的な射水市の代表駅的な存在です。また射水市になる前は「新湊市」という人口35,000程度の市であり、かつて高校野球で「新湊旋風」というのが吹き荒れた事がありました。そんな新湊市当時の中心駅がここでした。

「万葉線」と冠しているのは?? ○○電車とか○○鉄道との万葉線という事じゃないの??となりましたが、第三セクターである「万葉線株式会社」というところが運営しているので、いきなり「万葉線」であり、この前に冠するものは何もないのです。2002年までは「加越能鉄道」万葉線として運行されていました。

また、万葉線の中でも新湊港線として属していますが、この路線としては越ノ潟(こしのかた)駅から六渡寺(ろくどうじ)駅までの8駅のみですが、六渡寺方面は六渡寺駅を越えてもそのまま高岡駅まで直通します。それでいくと高岡駅までは21駅を要する事となります。

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●時刻表

割に本数があり、コンスタントに運行されています。

1時間に4本程度ありますが、かなりの利用者数があるようなものすごい駅が特にない中で非常に便利なダイヤとなっています。

越ノ潟まではわずか3駅で、ここは本当に終着駅で、その先はなく港に行き当たるような所です。反対側は高岡駅行きとなっていますが先述の通り、新湊港線としては途中の六渡寺駅までで、そこから路線は変わるものの、そのまま跨ぐ格好で高岡駅まで直通運行されています。

高岡駅までは46分、350円です。JRのない旧新湊市のこのエリアでは、JRからのアクセスはこの高岡駅頼みとなり、また結構な時間がかかるのが現状です。本数がある程度確保されているのは幸いではありますが。

ちなみに終電は22時台と早いです。

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●待合室内

意外に広いホーム上の待合室は、サイドが吹き抜け形になっていて、完全にドアが閉まる室内型ではありませんでした。

しかし細長くて結構広めのスペースで、小奇麗な感じでした。駅入口に改札も何もない状態なので、これが駅の全設備となります。

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●駅入口

線路にぴったりと沿った形の小道が駅への入口通路となっていて、線路を渡る道が駅前道路という構造になっています。

駅への入口は自転車置場が両サイドにある本当に細い小道です。そのまま踏切を渡ると見過ごしてしまいそうなくらいのこじんまりとした駅です。

一応中心駅的な役割の駅という事の表れなのか、入口看板横に周辺地図があります。

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●中新湊駅 駅舎と駅前

駅への道のりの写真で既に待合室が見えていますが、この細い小道を進んでそのまま左折して構内踏切を渡って緩い坂をのぼるとホームに至ります。

待合室イコールそのまま駅舎の状態で、待合室の屋根の妻の部分に駅名も表示されています。

新湊市時代から今の射水市まで、この辺りの中心駅的な座にありますが、これ以上駅が大きくなりそうな気はしないですね。この駅の利用者が爆発的に増えてこの箱では収まらない、となれば再開発が促進され大きくなるかもしれませんが。

実はこの駅へは越ノ潟駅から歩いて探したんですが、ホントに踏切から横をしっかり確認しないと見過ごしそうでした。この先少し目立つ存在になればいいなと思います。

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JR藤沢駅 (神奈川県藤沢市)

神奈川県藤沢市のJR藤沢(ふじさわ)です

藤沢市は、千葉県の中南部に位置し、人口は429,317人(2018.4.1現在)です。いわゆる湘南地域で最大の都市で、神奈川県では横浜、川崎、相模原の各市に次いで県内4位の人口を誇り、「江の島」の存在があまりに有名な市です。

-JR・小田急・江ノ島電鉄/藤沢駅-
【路線】
JR東海道本線(東京-神戸間)
    小田急江ノ島線(相模大野-片瀬江ノ島間)
    江ノ島電鉄線(藤沢-鎌倉間)

【開業】JR-1887年7月11日
    小田急-1929年4月1日
    江ノ電-1902年9月1日

【訪問】初訪問-2004年9月
【1日あたり平均乗車人員】 JR-108,205人/日 (2016年)
                  小田急-164,255人/日 (2016年) 

                  江ノ電-22,769人/日 (2016年)  
                           小田急、江ノ電は乗人員
【近隣の主要駅 (東京方面)横浜駅→3駅  
            (神戸方面)茅ヶ崎駅→2駅
            (相模大野方面)大和駅→8駅
            (片瀬江ノ島方面)片瀬江ノ島駅→3駅
            (鎌倉方面)江ノ島駅→5駅


●駅名標周辺

ここへ初めて訪ねたのが2004年の事でありますが、当時写真が見るに堪えない状態であった為、今年3月に再訪して今回記事用に撮りました。なので今回記事の写真は今年3月のものです。

JRでは東海道本線に属していて、横浜駅からわずか3駅というアクセスの良さで、小田急や江ノ島電車なども通っている神奈川県の拠点駅のひとつです。

新幹線駅からのアクセスでは、新横浜駅から約35分といったところで、やはり新横浜から横浜駅までのアクセス時間が多少かかるので、その分上積みされる格好となります。

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●ホーム

JR、小田急、江ノ島電車とそれぞれで別ホームになっています。

ここではJRホームのカットを載せていますが、JRでは2面4線となっており、他の路線と面線数を合算すると6面8線にもなり、それはやはり大きな駅だな、となります。

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●湘南カラーKiosk

駅ホームのど真ん中にデンと置かれた電車の建物がありました。

これがKioskになっています。オレンジと緑の湘南カラーはインパクトがありますが、JRの電車として真っ先にイメージする柄のひとつではないかと思うくらいですね。それがこのように堂々と立っているのがなんとも印象的でした。

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●ペデストリアンデッキ

関東の都市部の駅前によくある構造ですが、このような2F部分に長い通路が通り、いくつもの階段が下りていて、バスのりばへ下りたり、向かいの大きな商業施設などに繋がったりしているタイプの構造です。

向かいの右側にあるのは小田急百貨店です。小田急百貨店と聞くと、神奈川県中心に手広く展開しているのかなと思っていましたが、調べてみると百貨店では新宿と町田とここ藤沢のみで、神奈川県ではここしかないという事実に驚きました。

ちなみにこの小田急百貨店は今月から全面改装が行なわれ、来年春に開業予定だそうですが業態転換になるほどのレベルの改装だそうです。

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●取り囲む通路

2F通路はかなりの長さで駅前広場1周分をぐるっと囲むように続いています。

高層ビルが立ち並び商店が数多く、タクシーもですがバスも多数行き来しており、さすが都会というその一言でした。

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●駅前通り

東京の都市部の駅前の通り同様に、駅前の通りが高層ビルに挟まれて各商業施設が両サイドに並び続け、という風景が広がっています。

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●藤沢駅 駅舎

2F出口からの通路がかなり広くて、駅の全貌を撮るのが難しかったのですが、駅舎から距離を置いて撮れば全体像が大体分かるかな?という感じで撮れました。

江ノ島電車では鎌倉へ行けますが、この路線は40年ほど前に廃止間近で風前のともしび状態でした。そんな折、往年の人気TVドラマ「俺たちの朝」で沿線駅が舞台として使われた事で、人気を吹き返し現在も存続しています。このドラマがなかったら今頃、この記事でもこの路線について触れていなかった事と思います。

また、小田急ではここから3駅の「片瀬江ノ島」駅から江の島まで歩いて行けます。

江の島=藤沢市というのがなかなか結びつかないかもしれませんが、江の島へのアクセスはまずここ藤沢という事で。

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2018年6月 2日 (土)

和歌山/紀の川 粉河寺35,000坪に酔え!

和歌山県紀の川市、JR粉河駅からの歩き旅です。

(2018年1月当時)

●粉河駅前通り

それなりの高さの商店や施設に囲まれる中で多少のカーブをつけながら続いていくこの道は、そのまま粉河寺へつながっていきます。

「とんまか通り」という典型的な門前町が形成された通りで、この県道124号線は名前もそのものズバリ「粉河寺線」で、まさに粉河寺への道です。

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●Ksマートちからや

粉河駅から粉河寺への約1kmの道のりの途中にあるお店です。

この昭和感満載の店に括目せよ!という感じでした。

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●朱塗りの橋

粉河寺の手前の橋ですが、思い切り工事中でした。

ここからはほんの少しで粉河寺の門が待っています。

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●西国第三番 粉河寺

という事で粉河寺の山門です。

この赤を基調とした大きな山門がかなり印象的でした。

「大門」といわれ、重要文化財に指定されています。

この大きな門は和歌山県では、高野山・根来寺に次ぐ規模といわれ、粉河寺ってこの粉河に来るまでは正直知りませんでしたし、その存在を知った後も規模など全く関心もなかったのですが「行けば分かる」としか言えないですね。

1706年に建てられた総欅造りの建物で、のっけから威圧感抜群でした。

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●粉河寺大門 説明板

大門の前に建っていた説明板です。

桁行が12.5m、梁の間が7.5mという大きさを誇ります。

当時あまり例のないスタイルで建てられていたという事ですが、当時の形態がよく保たれてもいるようです。

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●いざ、境内へ

大門を通ってすぐの地点ですが、えらい広いお寺だな!とここで初めて気づきました。

それでもこの向こうに見えている所に拝殿があって、それぐらいの所だと思っていました、しかしそれが違う事に気づくのはもっと先へ進んでからでした。粉河駅にえらくこの粉河寺がアピールされていたな、と思っていましたが、そこらのお寺の広さではなかったのですね。

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●茶屋

上の写真にも見えていますが、粉河寺入ってすぐの右側にある茶屋です。

いかにもそれっぽいメニューの看板が出ていて分かり易いです。

単に茶屋だけでなく土産物屋さんもあります。

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●すばらしい石垣

茶屋と道を隔ててある石垣の坂道です。この先通っていないので何があるのかは見ていませんが、坂道だけでなく、サイドの壁?にあたる部分まで石垣となっていて石垣づくしのゾーンでした。

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●長屋橋と川

茶屋を通過した直後にこの長屋橋があり、その下を流れている長屋川は綺麗なカーブを描いていました。これまた石垣の素晴らしい所でした。

この川に粉河の地名由来があるようで、この川に対して「粉をすって入れたような白い流れ」といわれた事からきているとか。

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●旧南丘家住宅

大門から茶屋を通ってすぐの所で一旦右へそれ、お寺の施設を少々外れる形で案内標識が出ていたので行ってみました。

旧家があるだけですが、えらく案内標識が出ていました。

という事でやって来ました、旧南丘家住宅

元禄年間というので1700年ごろには鷹狩の調達役の役人の長屋があり、周辺には御鷹部屋や鷹匠屋敷も存在していたと記されています。今でも「鷹匠町」として地名に残るところもありますが、この辺りはそういう町だったのでしょうね。

紀州藩では和歌山城下以外でこのような鷹狩りに関する職制があったのはここ粉河だけで、藩主の鷹狩の拠点であったとの記載もありました。

紀州藩といえば「暴れん坊将軍」の徳川吉宗の将軍になる前の拠点で、その頃からかなり盛んであったのでしょうか?江戸でもそれまで「生類憐みの令」で禁止されていた鷹狩が、吉宗の将軍治世に復活したともいわれています。

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●不動堂

旧南丘家住宅を見てから、また茶屋の所へ戻ってきて、境内を直進します。

最初に行き当たった建物はこの「不動堂」でした。

弘法大師爪彫の不動尊を安置す、とありました。爪彫って爪で彫ったという事なのか…弘法大師爪彫の…というのは他にも出てくるようですが、弘法大師はどこでとんだけ色んな事やってたんだ?と思いますよね。

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●粉河寺案内図

がありました。

普通の寺社なら拝殿までたどり着いている距離でも、このお寺ではまだまだ全然序の口の地点です。本堂なんてまっだまだ先です!

現在地が左端の真ん中とすると、これを横にずーーっと行っても左折してまだ進むという感じで、一通り見るのにどれくらいかかるか、ここで全貌を知りましたが、本当に大きなお寺です。紀の川市随一の観光地といっても過言ではないと思います。

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●長い参道

上の写真の案内板の所を右折して、ずーーっと直進していきます。

左には寺院の建物が続き、右には川の流れが続いていきます。

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●童男堂

粉河駅の記事で、駅前に童男大士像というのがありましたが、これを祀っているお堂で、1679年の建立と考えられています。

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●本坊

粉河寺本坊とあった門の立派な建物で、御池坊ともいわれています。

建物の名称を金色で書かれていてこれがまた素晴らしい、格調高い感を与えてくれます。

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●仏足石

お釈迦様の足跡が刻まれており、その大きさはすなわち人徳の大きさを表しているといいます。

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●出現池

この門の中が池を含んだ庭園になっています。

このお寺を象徴するといってよい童男大士が柳の枝を手に白馬に乗って現れたとされています。千手観音の化身といわれますが、現世利益の佛としてたいへん霊験あらたかであるともいわれています。

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●念仏堂

これも一連の境内を直進する中にあったものですが、光明殿ともいわれています。

阿弥陀如来の安置された江戸時代後期建立で総欅造りのお堂です。入る時の大門も総欅でしたが、ケヤキはお寺の建材に欠かせない、丈夫で耐朽性の高い木なのですね。

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あまりに多くて一度に紹介しきれないので、一旦ここで切ります。

粉河寺の広大さは訪ねてみて大いに実感するので、この広さと建物の多さに是非とも酔いしれてほしいと思います。

より以前の記事一覧