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2018年12月19日 (水)

福岡/大宰府 太宰府天満宮 道真フォーエバー!

福岡県太宰府市、西鉄/太宰府駅からの歩き旅です。

(2011年11月当時)

●太宰府駅前広場

先の駅記事で駅舎周辺の様子を載せていましたが、駅前広場の全体的な様子が分かりにくいと思い、もう少し引いたカットを載せます。駅出て目線のカットで、右端に見える建物は駅舎っぽいですが別の建物です。

今から7年前の姿ですが、今も殆ど様子は変わってないだろう、と思って調べてみたら…

ナント!大幅な駅舎リニューアルが発表されていました、このような大規模改修は1991年以来27年ぶりとか。この写真は「旧駅舎」として語り継がれる事となり、貴重なカットを撮っておいて良かった、なというところでした。

新駅舎は朱塗りの宮殿様で、まさにこの12月完成予定で、2019年1月1日に記念式典が執り行われるそうです。記事としては偶々セレクトしたのですが、今結構旬な駅、といいう事になります。駅舎自体は既にこの姿ではなく、Twitterで見た限り、新しいものになっていました。

太宰府天満宮へは、この右端の建物とその左に写っている緑色の角ばった建物との間の路地を入る事となります。

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●駅前道

少々特殊な構造で、この右側に写っているのが駅前の道路です。といっても「幹線道としての駅前道」という事になります。大宰府天満宮などの観光用の通路は先述通り駅前広場から右へ狭い路地へ入って進む形となり、これは基本歩行者用の通路の要素が強く(車も通りますが)、車の場合はこの右側の道路でアクセスする格好となります。

尚、この駅は終着駅であり、この駅舎部分まで線路が伸びていて、右側の道路は線路と平行に走っているものとなります。

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●観光通路

太宰府天満宮への道、の最初部分です。

駅前広場の右向こうへそれる形で、このような通路が続いていて、太宰府天満宮へは徒歩5分程度で着きます。

尚、大宰府政庁など遺跡関連は隣の「西鉄五条」駅の方が最寄りとなり、この太宰府天満宮側はどちらかという派手な感じの界隈となります。

この参道に当たる道を進んで行きますが、両サイドに色んなお店や建物が覆い尽くす形で並んでいます。

この時は見つけられませんでしたが、この通りには2000本の杉材を使っての「木組みのスターバックス」があります。画一的な印象の強いイメージですが、建築家・隈研吾氏の手による特殊な構造で、木組みのかなり凝った素晴らしい外観のお店です。この時の訪問が2011年11月で、この店舗がオープンしたのが翌月の2011年12月だったそうですcoldsweats02

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●町屋

この界隈には色んな建物が立っていますが、ここはまた目を惹くところであり、前に看板が立っていたので見てみたら、江戸時代後期に旅籠として建てられたもの、とありました。

これがナント、レトロな喫茶店になっているとの事で、こんなところが喫茶店??という感じでしたが「風見鶏」という名の喫茶店です。

朝早かったので、中へは入っていませんが、レトロ調の華やかな雰囲気で、これは一回寄るべきだったかな、と後悔しました。この界隈はこのお店もあれば、華やかすぎるスタバもありで、華やかなカフェがひしめき合っている様相です。

                                                 
【風見鶏】
営業時間: 9:00~17:00
料金: メニューによる
定休日: 不定休
住所: 福岡県太宰府市宰府3-1-23
電話番号: 092-928-8685
アクセス:

西鉄太宰府駅より徒歩1分

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●さいふの猫屋敷

というなんともインパクトのある店名に惹かれて撮ったものです。

これも天満宮への参道にあります。

調べた限りですが、雑貨屋さんで表に大きな招き猫が居るとの事でした。

これまた早朝につき寄れなかったのですが…

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●参道

鳥居がいくつも続く商店街、そんな感じの参道を歩き続けます。

シャッター商店街みたいになっていますが、早朝だからですcoldsweats01

あまり人で賑わっていると返って写真撮りづらいので、人のいないうちに撮っているというのもありますが。

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●太宰府天満宮へ

天満宮の入口に到着しました。

太宰府駅から近いのでとても便利です。

あまりに有名な「菅公さん(菅原道真)」を祀った天満宮です。そもそも天満宮というものが、菅原道真を祀ったものでありますが、京都の北野天満宮と並んで、日本の天満宮の総本社であり、とりわけここは道真の霊廟として信仰の篤いところでもあります。

もうすぐやってくる初詣の時期には全国から200万人以上、年間にすると約850万人もの参拝客で賑わうという事で、初詣では十指に入る程の規模で、福岡県では最多になると思われ、調べる度毎にそのすごさを感じます。

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●紅葉

訪ねた時期が11月26日という事もあって、紅葉真っ盛りでした。

赤はもちろん、緑や黄色の木々と様々な色模様をなしていて、そういう意味での観光としては申し分のない時期でした。紅葉時期の訪問はおススメです。

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●浮殿

秋に行われる「神幸式大祭」の御旅所になる建物です。

9/20~25に行なわれ、道真の霊を慰めると共に、皇室の安寧や国家平安、そして五穀豊穣を祈る大切な祭りといいます。

周りがぐるっと囲まれている感じでポツンと置かれているのがなんとも印象的な建物でした。

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●相撲幟

折しも11月、大相撲九州場所の時期でもあったせいか、力士や部屋の幟が立ち並んでいました。

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●菅原道真公 歌碑

東風吹かば…という有名な詩の歌碑がありました。

京都から大宰府への赴任時に歌ったものとされ、いわゆる左遷された時のものとして有名な詩です。道真は901年にこの人事に従って赴任し、亡くなったのが903年という事で、失意の晩年といわれますが、昔からそのような権力志向というか序列争いというか、そういうものがあったのですね。

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●九州最古の鳥居

とされているのが、こちらです。

この石鳥居は今から約700年前の南北朝時代に造られたと推定されています。

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●朱塗り橋

太宰府天満宮といえば朱色が目立つところですが、ここへ来てようやく朱色に出会えました。

この朱色の欄干は途切れつつも長く続いていました。

というのも三つの橋が架かっていて、それぞれが「過去」「現在」「未来」を表すのだとか。

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●心字池

朱塗りの橋が架かっているのは、この池がある為です。

「しんじいけ」と読み、「心」の字をかたどったものとされ、ここ以外にも日本に何ヶ所か同様のものが見られます。

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●志賀社

「しがしゃ」です

重要文化財に指定されている建物です。大宰府天満宮で重要文化財に指定されている建物は本殿とここだけだそうです。

1458年再建とあり、その際には黒漆と金製金具をふんだんに使っていたといいます。道真の頃より海外貿易が盛んであったこの地、当時は当然のように輸送手段は船しかなかったので、海上安全の神として海の神を祀っていたといいます。

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●宝物殿

「ほうもつでん」です

実に5万点もの宝物を所有している「宝の山」です。

入口はこの広く見える正面ではなく、サイドに見える狭い側の方となります。

大人料金¥400と有料です。

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●池に浮かぶは…

池に沢山の丸いカップケーキのようなものが浮かんでいて、なんだこれは??となりましたが、この正体は

「花ショウブ」

だそうです。

この時は全然それらしい姿が見られなくて、灯籠流しのように何か浮かべてるのか?と勝手に思っていました。(笑)

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●だざいふ遊園地

なんと、遊園地がありました!

大宰府天満宮の境内東側30,000㎡の敷地を無償貸与を受けて造られたといい、その開園は1957年と古く、西日本で初めてジェットコースターが導入された所だそうです。

天満宮の男鹿楚歌な雰囲気が続く中で突然にこのようなパステルな入口に出会うそのギャップは激しいものがあります。神社からの遊園地ですから。

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●ゆうえんち

中には入りませんでしたが、ちょっと一コマを。

いかにも大人が行きそうな天満宮という場所と、いかにも子供が行くこのような遊園地が半ば同居しているエリアって対照的でなかなか良いですね。

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●九州国立博物館への道

大宰府天満宮は遊園地もあれば博物館もあるという実にバリエーションに富んだエリア構成がなされています。

東京・京都などの国立博物館が美術系なのに対して、こちらの九州のものは歴史学系の博物館とされています。

この曲線状にせり上がる屋根がデザインとしてなんともインパクトがあります。

2005年開館、という実に新しい博物館で、国立博物館としては1897年の京都国立博物館以来の新しい国立博物館だそうです。20世紀に新規でできた国立博物館がひとつもない、という事実もまた驚きでしたが。

大宰府天満宮の真傍にあるというロケーションから元日から開いているそうです。博物館が元日開いてるとはこれまた驚きです。

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●本殿

最後の写真にしてようやく出てきたこの赤色の本殿です。

いかにも太宰府天満宮、という感じの象徴的な建物で、これを見ないと太宰府天満宮行った気がしない、というか普通に見るでしょ、という感じですが。

九州を代表するといっても過言ではない、この荘厳な神社、一度は目にしたいと思ってやって来て本当に良かったと思います。今度は木組みのスタバへ行かねば(笑)

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2018年12月12日 (水)

JR竜野駅 (兵庫県たつの市)

兵庫県たつの市のJR竜野(たつの)です。

たつの市では、JR本竜野駅JR播磨新宮駅をupした事がありますが、今回はその「たつの」の市名そのままの「竜野」駅の記事となります。

-JR竜野
【路線】JR山陽本線(神戸-門司港間)
【開業】1889年11月11日
【訪問】初訪問-1992年6月
【1日あたり平均乗車人員】 2,172人/日(2017年)
【近隣の都市駅】(神戸方面)姫路駅→4駅 
           (門司港方面)相生駅→隣駅

●駅名標とホーム

たつの市にして「竜野」駅なので、てっきり市の中心駅かと思いきや、たつの市の中心駅は本竜野駅の方であり、この竜野駅は平成の大合併までは旧・龍野市にもなく、旧・揖保郡揖保川町という郡部の町内唯一の駅でした。

龍野市になかったのに、竜野駅だった訳です。たつの市の中心部からは5km程離れており、昔は延伸計画もあったようですが、立ち消えたようです。ちなみに本竜野駅はJR姫新線の駅で、ここ竜野駅はJR山陽本線と路線自体も違います。龍野の中心部へ行こうと思って、本竜野駅ではなくここへ来てしまった、というのはよく聞く話です。

山陽本線で、姫路駅から西へ進んで行って、隣の網干駅までが姫路市で、ここからはたつの市となります。そしてこの隣が相生駅(相生市)となります。新幹線駅の隣駅であるという観点では、好アクセスの駅といえます。

乗車人員は最新では1日あたり2,172人/日で、2000年代後半には2,000人を割り込んだ時期もありましたが、やや回復してきています。

ちなみに今回記事の写真は2007年訪問当時のものです。ここを初めて訪ねたのは1992年の事で当時の写真があれば良いのですが、なかったので15年後再訪時のもの、という形で載せています。

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●ホーム

2面2線のホームで、両ホームは跨線橋で繋がっています。

橋は上部が吹き抜けになっているタイプのもので、渡る橋の部分は筋交いが施されていました。

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●跨線橋内

床面が板張りで、学校の教室の床面を思い出しました。

掲示物は突き当たりのみで、サイドの壁はいかにも塗った感じのツートンカラーになっていますが、なにかガラーンとした印象を受けました。上部は先述の通り吹き抜けになっていました。

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●駅前広場

名古屋駅の小型版みたいなモニュメントがありました(いや全然違う)

駅前通りが駅から続く形ではなく線路と平行に道が走っている形でした。

駅の真ん前は民家やこじんまりした商店が軒を連ねる形で、全体的にのどかな印象でした。

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●駅前広場2

角度を変えてのカットで、広場から駅舎の一部が見える形のものです。

駅外で線路を跨ぐ跨線橋の風景が画になるのでこれを絡めて撮りました。

タクシーはそこそこ停まっていました。

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●駅を跨ぐ

駅構内の跨線橋は先に挙げていますが、これは駅の外を跨ぐ橋で、出口が片方しかないので、もう片方(北側)へ行く時の橋が線路を跨いでいる様子です。

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●竜野駅 駅舎

平屋の駅舎です。

両隣の網干と相生の駅に挟まれる格好で地味な所ですが、平屋なりに立派な駅舎を有しています。山陽本線沿線だけにあまりにインパクトのあるような形ではなく、沿線の駅と同じようなタイプの建屋でした。例えば英賀保駅とか上郡駅のような。

今度ここに来たら、日帰り温泉へ行ってみたいものです。 「あかねの湯」という日帰り入浴施設があります。距離にして2.3km、歩いてでも行ける距離ですが、車で5分程度、タクシーで行ける金があればタクシーで行っても良いと思います。

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2018年12月 9日 (日)

埼玉/桶川 桶川駅西口公園

埼玉県桶川市、JR桶川駅前の様子です。

(2011年4月当時)

前回記事が北本市でしたが今回はその隣の桶川市の街の様子の記事になります。

●マンホール

桶川のマンホールです。それもカラー版を見つけられました。

「べに花の郷」と記されていました。

桶川には「べに花まつり」というのが6月にあります。江戸末期から有名になり、山形県の「最上紅花」に次いで全国2位の生産量を誇ったといわれています。桶川は宿場町でもあり、そこに農作物として紅花が盛んに取引されたといいます。

明治期に入ってから化学肥料にとってかわられる形で廃れていった紅花栽培ですが、平成8年に「べに花まつり」が開催され、復活を遂げて現在に至る形となっています。

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●駅西口公園

文字通り、桶川駅西口からすぐ近くにある公園です。

この時桶川市で行ったところといえばここぐらいで、他に挙げるものがありませんが、ちょっとした公園であったので寄ってみました。

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●公園内

さて公園に入ってみました。

鏡状になった手のオブジェがインパクトありました。

あとは何かくり抜かれたような入口も印象的で、そこをくぐり抜けると、水辺の中に間の開いた石が。飛び越えなくても跨いで行ける距離ですが、子どもにはちょっと危ない感じの箇所でした。ここを渡らずとも普通に入って行ける入口もありますが。

ここには写っていませんが遊具が多くてアスレチック要素に富み、そして木々が多く、水辺もありという事で「埼玉県のクールスポット100選」なるものに選ばれているそうです。

面積は約15,000㎡で正方形で表現するなら120m程度の四方になります。

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●公園モニュメント

上の写真で見えていたモニュメントです。

光を捉える塔で、水を写すスクリーンで、時の刻みを写す鏡で、と色々その役割が説明書きされていました。

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●鴨川源流域

関東で鴨川って千葉県を思い起こしますが、埼玉県にも一級河川として「鴨川」という川が存在しています。

荒川水系の川で、桶川市や上尾市や朝霞市、そしてさいたま市にも流れており、延長は19.2kmです。

桶川市の鴨川1丁目というところに源流を発しているということで、これが地名にもなっているようです。地名が先か河川名が先かですが…。

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●まろにえ通り

とありました。

駅西口公園のすぐそばです。

そもそもですが、マロニエってよく聞く言葉の割にその意味を全然知らなかったし、調べた事もなかったなと思い、この機会に調べてみました。

フランス語でいうところのマロニエとは「トチノキ」の近縁種「セイヨウトチノキ」の事でした。「栃」ですね。ここの並んでいる木々がセイヨウトチノキという事でしょうか??

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●パトリア桶川

桶川駅西口の整備開発事業として1988年に桶川駅直結で開業して以来27年間は東武ストアの「桶川マイン」を核店舗に運営されてきましたが、2015年にリニューアルしたというので、この写真当時が2011年につき、また変わった姿に今はなっていると思います。

浅くしか訪ねていない埼玉の都市のひとつですが、今度機会があればもう少し掘り下げて訪ねてみたいものです。

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2018年12月 4日 (火)

埼玉/北本 余命2ヶ月の温泉

埼玉県北本市、JR北本駅からの歩き旅です。

(2018年11月当時)

●駅前通り

先ずは北本駅から駅前の通りを歩いて行きます。

北本に初めて来たのは2011年の事でしたが、この時は駅の真ん前しか行ってなくて、街のネタが殆どないと思って、先日再訪してきました。

通っているうちにこのパステル調のクリーニング屋さんに目がいって撮りました。手前には何気に「無人市」がありました。

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●更に進む

北本駅東口からから北東へ更に進みます。

商店街的な名残か、独特の丸い2連街灯が立っていました。といっても他の箇所では見受けられず、どうなっているのかな?というところでしたが、この通りは結構住宅地の性格も強く、そこに店が点在している感じでした。

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●国道17号

北本駅東口から北東へ500m程度進むと、この歩道橋の架かる広い国道17号線と交差します。国道17号は東京の中央区から新潟市までを結ぶという総延長にして450kmを越える長い国道です。1952年に国道に指定されました。

この交差する道路を右折して目的地へと向かいます。

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●太鼓にキリン!

国道17号に差し掛かる交差点を右折して暫し歩いていたら、左手にこのようなキリンの居る風景に出くわしました。大きな太鼓とキリンで、とてもインパクトがあります。

こういうインパクトのある造形物って墓石店とか、こういう工芸展のものと察するのですが、これは見事な工芸品!でした。三越にあるようなライオン像もありました(笑)

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●謎のM

上の写真の工芸店・アートジャパンの建屋の部分ですが、赤い看板の下に謎の「M」の影が!この赤地の看板にピッタリのMでした。それも曲線の「m」です。

そしてここにも太鼓と一緒のキリンとは別に、キリンがいました(笑)

そのmの正体は…

下の写真にあります、マクドナルドと隣接していた訳ですね。

例の、高い位置にあるあの「m」の影が隣のビルに写り込んでいたのでした。

ちなみにここのマックでハンバーガーを頂きました、思い切り余談ですが。

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●美肌の湯

「北本天然温泉 美肌の湯」としてでっかい看板の出た日帰り温泉がありました。

今回の歩き旅の目的地はズバリここでした!

ここへ来ただけでも北本を訪ねた価値があるというものでした。

さあ入ろう!と意気揚々と乗り込んだのですが…

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●閉店のお知らせ…

入るや否や、いきなりこれでした…

2019年1月31をもちまして…、と「日」の表記が抜けてるのがお茶目でしたが…設備の老朽化もあり閉店の運びとなったとの事です。

もう残り2ヶ月を切りました。

ここはすっかりリニューアルされて2020年にHANAホテル北本、というホテルになるそうです。

現名称である「美肌の湯」というのも今年改称になったそうで、約20年前に「楽市楽湯」という名称で開業し、その後「湯花楽」への改称を経て、今年2月に現名称になった矢先の事でした…。

入口を過ぎて、一般入浴料820円とレンタルタオルセット210円の、しめて1,030円を払って入りました。

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●黒酢

100円で黒酢が飲めるコーナーがありました。

閉店前の割にはそれなりに設備投資されている様子でした。

マッサージ機も旧来のものではなく、割に新しい無重力のができるタイプでしたし。お風呂は2階層にわたって、どちらの階にも浴槽もサウナもありました。ただ、ジェットバス系の部分が「これ以上の圧力で出ません」的な記載があったり、その面については設備投資が厳しい事の表れなのかな、と感じさせられました。

食堂もありましたが、フードコートのようにバイブの番号札を持たせる方式のやつでした。

そこそこのスーパー銭湯で、終末期の閑散とした雰囲気もなく、最後まで平常運転で営業しようという気概のようなものを感じました。

来年1月末、つまり来月末までというカウントダウン態勢にはいった当温泉ですが、営業しているうちに多くの皆さんに来てほしい、と、訪ねた人間からのささやかなエールをここに贈りたいと思います。最後まで頑張って下さい!!

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2018年11月29日 (木)

JR牛久駅 (茨城県牛久市)

茨城県牛久市のJR牛久(うしく)です

牛久市は、茨城県の南部に位置し、人口は84,785人(2018.10.1現在)です。牛久といえば横綱・稀勢の里の出身地として有名で、またブロンズ立像としては世界最大の120mを誇る「牛久大仏」もあまりに有名な街です。

-JR牛久駅-
【路線】
JR常磐線(日暮里-いわき間)
【開業】1896年12月25日
【訪問】初訪問-2000年1月
【1日あたり平均乗車人員】 12,895人/日 (2017年)
【近隣の主要駅 (日暮里方面)取手駅→3駅  
            (いわき方面)土浦駅→3駅


●駅名標

ここへ初めて訪ねたのが2000年のお正月の事でしたが、今回記事でお届けするのは2016年に15年ぶり再訪した時のものです。なぜ再訪分をupしたかというと、2001年当時は殆ど写真を撮っていなかったからですcoldsweats01

隣の駅は「ひたち野うしく」で、これまた「うしく」の文字が入っています。利用者数レベルでいえば、ひたち野うしく駅はこの牛久駅の約半分で、メインはこの牛久駅になります。更に利用者数でいえば、茨城県内の常磐線の駅で6位を記録しています。

牛久の語源は、怠け者の小僧が牛になってしまい、沼に身投げをしたといい「牛食う沼」から「うしく」になったといわれています。

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●ホーム1

跨線橋のない側です。

長く屋根がつけられているのが分かります。

常磐線にのみ属していてどこにも分岐はしておらず、特急「ときわ」の一部列車が停車します。

2面2線のホームで内側に線路がある格好になっています。市の中心駅ではありますが、分岐していないので途中駅のひとつ感がもろに出ていて、特段「ようこそ牛久へ」みたいな感じもあまりなかったです。

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●ホーム2

跨線橋のある側です。

跨線橋というより、改札にもなっている橋上駅舎です。

やはり屋根が長くつづいているのが分かります。

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●自販機の並び

自販機が5つも並んでいたのが印象的でした。

なかなかこんな沢山の自販機が並んでいる駅のホームはないのではないでしょうか?

少なくとも自分の記憶の中にはなく、思わず撮ってしまいました。個人的に牛久駅といえばこれです!

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●橋の上から

線路を見下ろした様子です。

ガラスにピントが合っていて、向こうの風景がボケてしまっています。

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●ようこそ

駅ホームでなかなか「ようこそ牛久へ」的なものが見れなかったのですが、ホームから上がってようやく見れました。

やはり牛久大仏が前面に出ていました。顔抜き看板式でお出迎えとは!右側のカッパは牛久沼に棲むといわれるカッパです。しかしカッパって実在しないものなのに、皆のイメージが容易につくものであり、その浸透力たるや凄まじいものがあると感じさせられます。なんで居もしない動物?生命体??を皆いとも簡単に想像できるんだよ??と思ってしまいます。

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●駅出て目線

駅西口の建屋2Fから出てペデストリアンデッキ周辺の様子ですが、真ん前にESCADO(エスカード)牛久という複合商業施設がでっかく建っていました。

イズミヤが入っていたのですが、この後2017年2月1日に閉店となっています。これでもちょっと前の写真ですが、刻々状況は変わるのですね。

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●駅前広場

同じく西口ペデストリアンデッキから駅前を見下ろした様子です。

ロータリーが整備されたいかにも関東の都市の駅前という感じです。

デッキの1階段から降りてバス停に至るというルート取りも関東の都市の駅前に多い構造のように思います。

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●牛久駅 駅舎(西口)

メインの西口駅舎です。

2Fから撮ると全体像が掴めないため、下に降りてペデストリアンデッキ含めた状態でも撮りました。

デッキの上はただの通路で、県都の水戸駅のような、そこに色んなものがあるという感じではありませんでした。2000年に初めて来た時と基本変わっていないと思います。

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●牛久駅東口

反対側へ回って、どちらかというとサブ側になる東口です。

出口もやや簡素で、半円くり抜いたみたいなコンパクトな建物に階段が入った形のものでした。

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2018年11月25日 (日)

JRりんくうタウン駅 (大阪府泉佐野市)

大阪府泉佐野市のJRりんくうタウン駅です。

泉佐野市では南海/泉佐野駅をupした事がありますが、今回は関西空港の隣にあるこの駅の御紹介です。

-JR・南海/りんくうタウン
【路線】JR関西空港線(日根野-関西空港間)
     南海空港線(泉佐野-関西空港間)

【開業】1994年6月15日
【訪問】初訪問-1997年3月
【1日あたり平均乗車人員】 JR-3,112人/日(2016年)
                  南海-5,316人/日(2016年)  

【近隣の都市駅】(関西空港方面)関西空港駅→隣駅 
           (泉佐野方面)泉佐野駅 →隣駅
           (日根野方面)日根野駅→隣駅

●駅名標周辺

駅の開業は1994年、関西空港の開港に合わせてできた駅です。

大阪の陸地と関西空港を結ぶ真ん中にある駅で、JRも南海でも空港線として中間駅の役割を果たしています。

今年の秋には台風の影響で駅機能が停止した事でも話題に上がりましたね。

こちらはJRのホームですが、南海も同居する形になっていて、隣の関西空港駅までこの関係性は続きます。ただし大阪の陸地(本州)側は隣駅がJRでは日根野、南海は泉佐野とそれぞれ別の所へ繋がる格好となっています。

駅名標の真下は時刻表だけでなく、路線図まで載っていました。ダイヤ的には1時間に3本程度で、普通以外に関空快速などは停車しますが、特急「はるか」は停車しません。また南海では特急にあたる「ラピート」は停車します。

ここに初めて来たのは1997年の事ですが、この記事の写真は2009年5月当時のものです。

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●ホーム

2面4線のホームで、外側が南海のホームで、内側がJRのホームとなっています。

高架ホームとなっていて、ここから階段を下りて改札へ向かう事となります。

真ん中の屋根が両サイド柱で繋がっていて、その上に半円状のものが覆った模様となっています。

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●駅を出て

だいぶ夕暮れ時であったので、全体的に暗めの画像になっていますが、駅を出て、いかにも人工的な街づくりを感じさせられました。やはり関空開港に合わせて造られているので、ビルや床やなんやかや人工物に覆い尽くされている感じでした。

向かいここの遊園地で遊んだことがありますが、その時は逆バンジーとかあって楽しみました。1人でここへ来てみると、何しよか?って感じになってしまいました。

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●観覧車

りんくうタウンの象徴的なものとして有名なこの観覧車「りんくうの星」。

高さは85mにもなり、泉州平野など一望できるこの観覧車は1人あたり700円で乗れます。夜はライトアップされていてとても綺麗で、関空から帰ってくる時に目に飛び込んでくるこの観覧車が素晴らしい訳です。

中途半端に暗いとライトアップされた見え方も中途半端です(笑)

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●りんくうタウン駅 駅舎

南海とJRのマークが駅名についていました。

ANAゲートタワーホテル大阪と表記のついたホテルが写っていますが、このホテルはこの写真の2年後の2011年6月に閉館となっています。その後7月にスターゲイトホテル関西エアポートとして開業しています。

りんくうプレミアムアウトレットなどがあるので、そういうところへ行くのも良いかな、というところです。しかし台風が直撃してくると立地の関係上、えらい事になるというのがこの秋の事でよく分かったので、泊まる場所として利用するかどうか、とか考えさせられたものでした。

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2018年11月23日 (金)

兵庫/たつの 新宮 素晴らしき紅葉の世界!

兵庫県たつの市、JR播磨新宮駅からの歩き旅です。

特に今どきの時期にピッタリな紅葉名所、東山公園を中心にお送りします。

(2011年11月当時)

●新宮新町あたり

播磨新宮駅から南東へ200~300m程の地点ですが、商店街になっていて、昔ながらの街並みを愉しむ事ができました。このあたり何十年も変わっていなさそうに感じます。昭和63年だってこのような状態だったのかもしれませんし。

今回は紅葉名所中心になりますが、このような街並みをバックに歩くのも風情あっていいなと思います。

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●東山公園へのアクセス

今回の目的地である紅葉名所・東山公園へのアクセスです。

播磨新宮駅から南東へ歩いて15分強、距離にして1.2km程になります。揖保川に架かる橋を渡ってすぐです。

その道の途中に上の写真の商店街の街並みが見える訳です。

東山公園に対して「西山公園」もあります(笑)

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●東山公園橋

ここを渡れば東山公園!というところですが、これがナント吊り橋!

ものすごく風情があります

吊り橋の向こうに紅葉名所がある訳ですから、もう風情の塊です!

恐怖症の人には拷問のようなものかもしれませんが、歩く時に橋がタワンタワンなるこの感覚がなんともいえません。

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●もみじまつり

という幟と、両サイドにぼんぼり?のある道を上って紅葉の咲き誇る公園内へといざなわれていきます。

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●志んぐ荘

新宮だから「しんぐ」荘?昔々行くはずだった所?ですがお流れになって1981年に行くはずだったここに30年の時を経て来る事ができました。

東山公園に入るところにある国民宿舎です。

たつの市でも新宮地区を代表する宿泊施設といっても過言ではないでしょう。鉄筋11F建て、333名収容、和室58・洋室5の合わせて63室あり、大浴場つきで、大浴場は日帰りでも300円で利用できるとありました。料金的には大人9,440円からという事でビジネスホテルなどに比べると少々高めではあります。

ランチのワンコインレストランも惹きつけられました。

国民宿舎 志んぐ荘

住所:〒679-4313 兵庫県たつの市新宮町新宮1093

電話:0791-75-0401

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●しんぐうガイドマップ

旧新宮町での単位のガイドマップです。

町内は東の方に都会的な部分が集中している感じで、西側と密集度合いが全く違う事が見て取れます。ただ電車の線路は真ん中を横切るように走っています。

境界外は宍粟市山崎町とか佐用町三日月とか、旧の自治体管轄を遺しつつ、現在の町名等で表現されています。

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●混在紅葉

緑も黄色も赤もあるモミジです。

真っ赤っかの紅葉よりこっちの方が風情があっていいというものです。

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●鮎つかみ

の看板が出ている川がありました。

夏には鮎のつかみどりができるそうです。

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●公園案内図

公園エリア中ほどにあった案内図です。

揖保川から分岐した小川を挟みつつ公園エリアが形成されています。

左下には「新宮町」と旧町時代の表記がなされていました。

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●鴨

が川で沢山泳いでいました。

足の部分がよく見えたのが印象的で、水が綺麗なのでしょうか。

普段あまり見ませんが、水面下で足を一生懸命動かしているのがよく見えました。悠然と泳いでいるように見えるのが実はそうではないというのが見て取れたという訳です。

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●真っ赤に色づく

紅葉を片っ端からあげますが、真っ赤なものも良いし、他の色とのコントラストがまた素晴らしいなと感じさせられます。まさに今この時期、3連休スタートしたこの時期がベストではないでしょうか。

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●紅葉の織りなす幻想風景

という事で、木々と紅葉の織りなすこの時期ならではの風景を片っ端からあげてみます。

とくとご覧下さい!

赤い部分もそうですが、その周りにがある事によって、更には上からの木漏れ日がある事によって、更に景色が幻想的になっていく事を、この公園に行って強く感じました。赤いきつねと緑のたぬきって、まさかこのような紅葉風景に因んで名づけられたとか(ウソです)

渋すぎる紅葉名所ですが、一度行ってみてほしい、そう思わせる場所でした。

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●そんなこんな東山公園

ここは全く赤のない、純然たる緑の部分ですが、それまで目が赤で慣れていたので、緑ばかりの所に来ると不自然な気さえしました、という訳です。

以上、東山公園を中心とした、たつの市新宮町の旅でした!

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2018年11月21日 (水)

JR播磨新宮駅 (兵庫県たつの市)

兵庫県たつの市のJR播磨新宮(はりま・しんぐう)です。

たつの市ではJR本竜野駅をupした事がありますが、今回は少し離れたこの駅の御紹介です。

-JR播磨新宮
【路線】JR姫新線 (姫路-新見間)
【開業】1932年7月11日
【訪問】初訪問-1991年8月
【1日あたり平均乗車人員】 1,225人/日 (2016年)
【近隣の都市駅】(姫路方面)本竜野駅→2駅 
           (新見方面)佐用駅→5駅

●駅名標周辺

この駅を初めて訪問したのは1991年夏の事ですが、それから20年経った2011年訪問時の写真を主にお届けしたいと思います。

本竜野駅は純然たる旧龍野市からの市の中心駅ですが、この播磨新宮駅は平成の大合併までは「揖保郡新宮町」という郡部の町の中心駅でした。現在ではたつの市の新宮地区の中心駅という位置づけです。

姫路から津山を経て新見まで結ぶ「姫新線」の駅で、姫路駅から22km離れたこの駅までが現在のICOCAの使用範囲といいます。

姫新線の中でも東側の姫路-津山間は当初「姫津線」と称していましたが、その姫津線が開業したのが1930年の事で、当時は姫路-余部間の2駅分(約6km)のみだったのですが、その2年後にはこの播磨新宮まで延伸され1932年に当駅は開業しました。

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●ホーム

ホームは2面3線あります。

姫新線内においては、本竜野と佐用をつなぐ役割を担う、沿線の主要駅のひとつです。

近年橋上駅舎化されましたが、この沿線内でこれほどの設備投資される駅は少なく、それだけこの駅に対する期待感があるという事かと思います。

ホーム上に自販機があるのも、この沿線上では珍しいと思います。

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●ブンセン本社

駅のすぐ前にはブンセンの工場があります。

佃煮でお馴染みの「アラ!」はこのブンセンの商品で、そのブンセンの本社はナント、ここ新宮にあるのです。

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●向いホーム

この辺りも近年新設された部分で、この当時が2011年の姿であり、2009年頃にできているので、まだまだピカピカしていました。

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●自由通路

2010年に橋上駅舎化されて、ガラッと雰囲気が変わりました。

沿線では市内の中心地・本竜野駅とここだけが目立って設備的に進歩しました。投資された訳ですね。たつの市のこの両駅だけが恩恵を受けた格好で、この投資に見合う発展も期待されているかと思いますが、これからどうなっていくのやら…という部分もありますね。

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●自由通路2

南口への通路の様子です。

右側の看板には「JR線」とありますが、JR以外の電車が乗り入れているのか!と思われそうですが、そんな事は全くありません。純然たるJRのみの駅です。

この辺りでJR以外にも路線が入っているところといえば、姫路から離れていく津山方面で「佐用」駅があり、この駅では智頭急行も走っています。

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●長い階段

播磨新宮駅に10年以上行っていない、という方々にとっては想像もつかない画だと思いますが、駅の中にこんなにも長い階段がありました。

とても姫新線の駅とは思えない?!設備が目の前にあってビックリしたものでした。この駅が旧・新宮町にあった頃からでは想像だにつかない光景がそこにありました。

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●時刻表

姫路方面は1時間に2本、反対側の津山方面は1時間に1本程度のダイヤとなっています。姫路から離れていくほどに列車の本数が少なくなっていきます。そしてその減り方が結構顕著です。

右側は佐用・津山方面となっていますが、津山まで行くのはかなり少ないです。大体は途中で終点になってしまうので。

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●播磨新宮駅 駅舎(北口)

ブンセンの工場がある側で、ブンセンへ電車で通勤している方がいたら非常に便利な出口となります。駅前広場としてはどちらかというとサブ側になると思います。

2011年春にロータリーができたといいますが、このように橋上駅舎化される前は、こちら側に出口はなく一方のみであったので、駅の設備が格上げされ、このように新しい出口も設けられ、と本当にこの駅は発展しました。そういのがはっきり分かるのっていいですよね。

この時はまだできたばっかりで全体的に綺麗でした。

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●南口に転じて

北口は出口がつくられた事自体が画期的?で、ロータリーと時計塔だけ作りましたよ的な感じでしたが、元々出口があってメイン側のこちら南口は色々とあります。

まずはこの駅バス停があり、石のゴツゴツした柱が印象的でしたが、のりばが複数あって、ただの駅前のバス停というよりは、拠点駅感がありました。

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●駅前(南口)

駅前広場とその向こうに続く駅前通りの様子です。

「駅前食堂」なんてあるのが、旧の郡部の町の駅前感があります。

駅前通りは川に阻まれ、突き当たりまでの距離が短い状態で終わってしまいます。

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●播磨新宮駅 駅舎(南口)

メインの南口駅舎です。

かつて新宮町であった頃からは想像のつかないほどの大きな駅舎となっています。

向かって右に隣接している喫茶店「マルマス」は昔からあります。

この規模でと小都市の中心駅より大きいぐらいですね・

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●播磨新宮駅 駅舎'07

2007年当時の駅舎の様子です。

まだ橋上のカケラもない、単なる地上駅舎でした。色は時々変わったりしていましたが。

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●播磨新宮駅 駅舎'91

そしてこれは初めて訪問した1991年夏当時の駅舎の様子です。

同じ建物ですが、随分と印象が違います。

電話ボックスがあったり、床が未整備で、広場の境目に柵がなかったりして、カナリア坊とな感じがそこかしこに漂っていました。

こういう写真を撮っておくと、こんなにも変遷が見て取れるんですね、実に素晴らしい、と勝手に思いつつ、播磨新宮駅の駅記事を終わりたいと思います。

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2018年11月18日 (日)

山電/荒井駅・伊保駅 (兵庫県高砂市)

兵庫県高砂市の山電/荒井(あらい)駅・伊保(いほ)駅を合わせて御紹介です。

高砂市では、同じ山電の高砂駅や、JRでは宝殿駅・曽根駅をupした事がありますが、これらに続いての駅紹介の形となります。

まずは荒井駅からです。

-山電/荒井
【路線】山陽電鉄本線 (西代-山陽姫路間)
【開業】1923年8月19日
【訪問】初訪問-1991年8月
【1日あたり平均乗車人員】 6,279人/日 (2016年)
【近隣の都市駅】(西代方面)高砂駅→隣駅 
           (山陽姫路方面)飾磨駅→8駅

●駅名標と時刻表

隣が市内中心の高砂駅ではありますが、あまり街の中心という感じでもないかな、という中途半端な印象です。高砂駅は特急停車駅でもありますが。

ダイヤ的には昼間が少なく、15分に1本程度ですが、朝晩は多めです。

ここに初めて来たのが1991年夏に通りかかった時ですが、その後しばらく行っておらず、これは一昨年2016年3月、今から2年半ほど前の姿になります。

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●ホーム1

出口への通路へと至るホーム周りですが、木製ベンチが距離を置きながら設置されています。

向こうの階段を下りて出口に向かいますが、出口の階段はイコールホーム幅で、ここへ出るしかという感じです。

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●ホーム2

向かいのホームと共に見えるカットですが、2面2線のホームというのが分かります。

隣の高砂駅が特急停車駅である事に対して、1.2km離れているだけの当駅は特急は停車しませんが、駅乗車人員としては高砂駅の倍程度あり、高砂市内の山電4駅(高砂、荒井、伊保、曽根)ではダントツで最多です。工場勤務者によるところも多いかと思いますが。

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●跨線橋周辺

エレベータが取りつけられていて、2011年にバリアフリー対応になっているとの事です。

それまで地下道で繋がっていて、今もその状態は保っていますが、そちらのバリアフリーはなく、このエレベータで対応している状態です。

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●地下道

ホームからの階段を下りて行ったところの地下道の様子です。

その降りていった通路の向こうに改札がある、という構造になっています。

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●地上改札

上の写真の改札は南側の工場通勤者向けが主になりますが、通常の街へ出る改札はこちら側の北の改札になります。

南側は工場の立ち並ぶエリアで、キッコーマンや三菱重工、神戸製鋼などの工場があり、またタクマという一部上場企業もあります。

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●駅前目線

駅を出るとこんな感じで、駅前広場にあたるスペースは殆どありません。

ちょっと通路があるだけで、すぐの所にコンビニがあります。

交差する道路が駅前通りという事になりますが、単なる市街地であまり駅前道的な性格のものではない感じです。

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●マップ

「あらい浜風公園周辺マッフ」という形で、駅のすぐ前に出ていました。

南側である海側が工場の立ち並ぶ地帯で、北側が街の方である事がはっきり分かる形で示されています。

そこにはあらい浜風公園という公園がある事がアビーされている感じですが、夕陽のきれいなスポットなのか、そこから見た夕陽の写真も載っていました。

また高砂市民プールも近くにあり、北口の街側では荒井神社や高砂市民病院等があります。

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●荒井駅 駅舎

街側である北口の様子ですが、小さな駅舎であるものの、モニタが設置されています。

駅前の通路がこんな感じで、ホントにスペースが皆無なのが分かると思います。左側はコンビニの建物で、右側は柵で覆われ、幅がこれだけしかなく、車の乗り入れなどできない状態です。

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さて、次はとなりの「伊保駅」です。

-山電/伊保
【路線】山陽電鉄本線 (西代-山陽姫路間)
【開業】1923年8月19日
【訪問】2003年
【1日あたり平均乗車人員】 1,437人/日 (2016年)
【近隣の都市駅】(西代方面)高砂駅→2駅 
           (山陽姫路方面)飾磨駅→7駅

●駅名標周辺

壁掛けタイプと地上から立っているタイプと両方撮れたので載せています。

ここへ初めて来たのは2003年の事と記憶していますが、この記事での写真は基本今から1年前の2017年11月当時の様子です。

曽根と前述の荒井が両隣駅で、これらはいずれも高砂市内の駅です。曽根はJRにも同名駅がありますが、JR曽根駅とは距離があり、連絡性はありません。

駅の開業日は高砂駅、荒井駅と同じで、1923年の神戸姫路電気鉄道の開業時に設置されています。1954年までは伊保村という自治体として存在し、この時に高砂市になって現在に至ります。ちなみに先の荒井駅も同様に、1954年までは荒井村という自治体として存在していました。

伊保は港町として栄え、高砂市内の山陽電車駅の中でも、最も港町の性格の強い駅というところです。

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●ホーム

下3枚のうち、上の2枚は改札方向(姫路方面)で、下の1枚は反対方向(高砂・明石・神戸方面)のものです。

やはり2面2線のホームで、特急停車でない沿線駅は大体このスタイルになっています。

木製ベンチが並んでいますが、荒井駅より密度が高く、数も多く置かれているようでした。

といっても駅の利用者数は、荒井の1/4程度で高砂市内の山電駅では最少です。

≪高砂市内の山電駅利用者数≫

  1. 荒井駅     …6,279人
  2. 高砂駅     …3,328人
  3. (山陽)曽根駅 …1,768人
  4. 伊保駅     …1,437人

   ※1日あたりの乗車人員数

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●構内踏切

荒井駅とは違い、構内踏切で両ホームが繋がっていて、遮断機が下りている時は行き来できない状態です。

面倒なのが、ここで踏切を渡って駅を出て、北へ向かって街なかに出る時に再度踏切を渡らなければならない点です。ここに限らず構内踏切がある駅はどこもそうかもしれませんが、とにかく陸橋などの交差設備が全くないのです。

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●駅前風景

駅前は非常に狭く、とても車など乗り入れられる状況ではありません。

そして狭い道を隔てて、この喫茶店があります。

ここ営業しているようですが、本当にやっているのかどうかわからず、結局入った事がありません(笑)人が出入りしているところを見た事がなく、人通りのある所でもないので入るのに勇気が要るなと…。

建物の雰囲気が独特すぎますが、いつできたのかすごく気になります。建物ができ時期もそうだし、喫茶店として開業した時期も。往時は栄えていたのかな?とか、そういう近現代的な歴史に何かと興味がいきます。建物の雰囲気からして、元々は何かの施設だったのかも…などと思いを馳せてしまいます。喫茶店の入り口とは思えない建物ですよね。

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●伊保駅 駅舎

初めてここに来た2003年も、この記事の2017年当時もこのアングルの姿は殆ど変わっていません。

駅を出ると、この狭い路地を通って、左側に商店が1軒あって、ここで右折するところの踏切を渡って街へ出ます。

駅舎は荒井駅のように横長ではなく、完全に小屋状というか小さな建物としてポツンと存在しています。スペースのせいか建物としてはこれが限界というところでしょうか。踏切渡ってすぐがこの撮影地点なので、車など乗り入れるスペースがありません。

荒井の駅前は店がコロコロ変わったりマイナーチェンジを繰り返していますが、この伊保駅前は変わらず、ある意味落ち着いた街並みが迎えてくれます。

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こんな感じで、荒井駅・伊保駅でした。

2018年11月13日 (火)

徳島/阿南 ANANでもアンアンではない

徳島県阿南市、JR阿南駅からの歩き旅です。

(2009年8月当時)

●阿南駅前(西口)

どちらかというと、こちら側がメインな感じでしたが、駅前広場に時計塔があり、各主要施設への方向案内肥様式が出ていました。

向かいにはタクシー会社も見えます。

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●駅前通り

そこそこ高い建物が続いていました。

人口7万台ですが、徳島第2の人口を誇り、四国の南東部では重要な都市という位置づけになるかと思われ、それなりの姿でした。人通りが多かというと、そうでもなかったですが…。

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●ANAN一番街

阿南のローマ字表記はANANで、アンアンと一緒です(笑)

駅前からこんな風に分岐している中から、商店街のゲートがはっきりとあった「一番街」へ進んで行きました。

シャッターの降りた店が少なからずでしたね。ゲートや街灯周りは立派なものでしたが、過去に掛けられたお金という感じがしました。

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●阿南市役所

阿南駅から北西へ約500mの位置にあります。

桑野川の川沿いにあり、橋詰にもあるというロケーションの市役所です。

といってもこの建物は、今となってはもう「旧庁舎」です。

2015年に新庁舎が竣工ということで、この姿は2009年当時の在りし日の旧庁舎となります。現庁舎は7階建てという事で、これよりも高層になっています。何年も前の写真をこうして載せると、既に過去の姿であったりする、というのはもはやあるあるです。

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●牛岐城址公園!

阿南駅の駅記事で挙げていましたが、俳優の原田大二郎さんが朗読会をしていた題材であるこの「牛岐城(うしきじょう)の城跡公園です。

お城らしさを感じさせる部分があまりなく、向こうのこじんまりした林?の部分のみ、という感じで、あとは広場として整備されていた感じでした。まぁそれでも阿南市の公園の代表的なもののひとつではあると思います。

夜にはこのてっぺんの建物(牛岐城址館)からLEDによるイルミネーションが大変幻想的といいます。春にはサクラが綺麗だとか。夜にも春にも行っていないので残念です!

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●牛岐城址公園 完成予想図

この2009年当時で「完成予想図」とありました。既に公園としてあったじゃないか、と思いますが、キッチリと公園として竣工したのは2016年3月の事で、この姿以降色々なものがつくられていったものと思われます。

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●説明板

牛岐城についての説明板がありました。

ここの地名である富岡城ともよばれており、1575年には後に四国を平定する長宗我部元親が侵攻してきて、最後まで抵抗した城であったものの、遂には多勢に無勢で落城したとありました。

その後は秀吉の全国平定がある訳ですが、最終的には1638年に一国一城令でこのお城を取り壊される事となりました。

殆ど遺構は残っていないそうですが、先の草むらの部分のみ残っていて、これが城址公園を形成している格好です。

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●映画「奇跡の海」 ロケ地

この牛岐城址公園は「奇跡の海」という映画のロケ地として使用されました。

どんな役者が出ているのか、と思って見たら、篠田拓馬というNHK「私の青空」で有名になった子役がいて、当時13歳であったそうですが、他は渡辺裕之、田中好子、伊武雅刀、伊吹吾郎、そしてこの牛岐城についての朗読を行っていた俳優・原田大二郎という錚々たるキャスティングでした。

原田さんは後年にも阿南の夏祭り に参加したり、何かと阿南との縁は浅からぬものとなったようです。

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●光のまち阿南

阿南はなんの街かというと「光のまち」だそうで、その事を前面に売り出されている感がありました。

昼間しか訪ねていなかったので、勿体ない事をしたと思いましたが、城址公園のイルミネーションが綺麗だったり、あちらこちらが綺麗であろう事は想像できます。

ここは敢えて夜に訪ねて宿を確保して夜の街をあちこち巡ってみるのも、この街ならではの楽しみ方なのかもしれません。

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より以前の記事一覧