2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

旅行・地域

2017年5月30日 (火)

京阪/枚方市駅 (大阪府枚方市)

大阪府枚方市の京阪/枚方市(ひらかた・し)です

枚方市は、大阪府の北東部に位置し、人口は401,688人(2017.4.1現在)で、京都府・
奈良県にも接しています。当ブログで初の40万都市の駅紹介です。

-JR宮崎駅-
【路線】
京阪本線(淀屋橋-三条間)
       交野線(枚方市-私市間)

【開業】1910年4月15日
【訪問】2007年3月
【1日あたり平均乗車人員】 46,438人/日 (2015年) 
【近隣の主要駅 (淀屋橋方面)寝屋川市駅→4駅 
           (三条方面)八幡市駅→5駅
           (私市方面)交野市駅→4駅


●ホーム

今から10年前の2007年当時の姿です。

京阪の本線として東西にずっと通っている路線と共に、途中で分岐する「交野線」
起点駅としての役割を果たしており、京阪において非常に重要なキー駅です。

枚方市では、京阪以外にもJR片町線に3駅ありますが、いずれも市の中心的な
駅ではなく、市名を名乗る当駅が中心駅であり、またくずはモールのあるくずは駅、
ひらパーのある枚方公園駅など、主要な駅はだいたい京阪にあるイメージです。

Himg0175

●駅舎内

ふっとい柱が印象的でした。

そこにカラフルないろんな模様がついていました。

大きな駅である事はここから分かるかと思います。

京阪の大きな駅はだいたい「〇〇市駅」ですね寝屋川、守口、門真と…。

ちなみに駅名は開業時の1910年では「枚方東口」駅であったそうで、1949年に
現在の駅名になっています。「枚方駅」という名になった事はないようで、別に
枚方駅という駅が存在している訳でもないようです。

Himg0191

●駅前広場

ビルに囲まれて押し狭められたような駅前広場に、とにかくバスがひしめきまくって
いました。

あまり行った事がないので、この時が偶々バスのかち合う状況であったのかどうか
分かりませんが、それにしても結構な数でした。

バスのりばは北口南口共に5番のりばまであり、路線は何十とあるようです。

ちなみにこちらは北口の様子です。

Himg0176

●南口

こちらは転じて駅前南口の様子です。

真ん前に「ひらかたサンプラザ1号館」というのがあり、またりそな銀行があり、
この辺りは現在もそのままのようです。

1~3号館まであって、1970年代半ばにできたようですが、1号館はビジネス関係、
2号館は旧近鉄百貨店枚方店で、この写真の当時は営業していましたが、
2012年に閉店してしまい、現在は「T-SITE」という新たな商業施設に建て替わり、
2016年より営業開始しています。

3号館は主にグルメ系のようです。

高槻市のJR高槻駅前も似たような形で、こういう形の1号館から3号館のような
構成になっています。

Himg0188

●枚方市駅 駅舎

京阪屈指の大きな駅舎です。

10年前の姿ですが、今も変わりないようです。

枚方はひらパーの辺りなど行った事があり、また今後も行く予定がありながら、
このような中心部をあまり行った事がないので、今度機会がある時にこの辺りも
もうすこし散策してみたいと思います。

とりあえず枚方は40万都市でこのような大きな駅がある、という事です。

Himg0178

2017年5月25日 (木)

韓国鉄道公社/温陽温泉駅 (韓国/牙山市)

韓国/牙山市の韓国鉄道公社/温陽温泉(온양온천)です。

牙山市は忠清南道の市で、この時の旅で訪れた地としては、最もソウルから離れた
所(約85km)でした。ちなみに牙山は「アサン」と読みます。元々はこの駅名の「温陽」市と
牙山郡が別々にあり、1995年にこれらが合併して牙山市となりました。通常ならば
市名の方が優先されて、温陽市になるのか、と思いきや、群である牙山の方に
市名がついて驚きですね。

韓国鉄道公社/温陽温泉(온양온천)
【路線】韓国鉄道公社京釜電鉄線(首都圏電鉄1号線)(ソウル駅-新昌間)
【開業】
1922年6月1日
【訪問】2016年9
【1日あたり乗車人員】 5,624人/日(2009年)
【近隣の主要駅】 (ソウル方面)牙山駅→3駅 
            (新昌方面)新昌駅→隣駅

●駅名標

温陽温泉と書いて英字では「Onyangoncheon(オニャンオンチョン)」と表記します。

温はそのまま「オン」なのですね、日本語的に読むと「おんようおんせん」となり、
かなり音的に日本語に近い、流石は韓国語というところです。

駅名の前に「P176」と駅番号が打ってありますが、首都圏電鉄1号線の駅番号で、
隣の新昌駅がP177となっていますが゜、ソウル駅を含む長大なこの地下鉄延長部分
は、この新昌駅までの177駅にて終点となります。

とにかく地下鉄延長上の交通カードの使える目いっぱいまで乗って、色々な市を
訪ねたかったというのがこの時の目的で、一応その極限までやって来た形です。

Dscn0132

●ホーム

広い幅をもった高架駅舎です。

屋根が重厚な感じで覆っていて、豪華感があります。

ソウル近郊の駅と違ってフルフェイスの安全柵ではなく、乗り口以外に柵が
立っているという形の旧来方式の柵です。

Dscn0133
Dscn0131

●時刻表

左がソウル等の方面、右は隣駅ですが新昌方面です。

1時間に1,2本が殆どです。ソウル近郊であれば首都の地下鉄という事で、
次から次へと電車がやってきますが、その路線もここまで伸びてくると、
かなり本数が減ってきます。

途中の駅までしか行かない、という便が結構あるので、ソウルから離れるごとに
減っていく傾向にはあります。そのなれの果てがこの便数の少なさです。

Dsc_2068

●周辺図

韓国に数少ない(というかここ以外にあるのか?)「温泉」の名がついた駅で、
この図にも駅前にハッキリと温泉のイラストがあり、大変分かり易い形の
温泉駅です。そういえば釜山にも「温泉場」なんていうそのものズバリの名前の
駅があったのをこれを書いてて思い出しました。

韓国の各市の主要駅でこのようなMAPょいくつも見ましたが、周りにこれがある、
という明確なものが殆ど感じられなかったので、ここは明確でよろしい、と感じ
ました。

Dscn0137

●出口への階段

ここを降りて出口は駅前、駅前広場へと。

近くに足湯があったりして日本そのままではありませんが、温泉駅らしい雰囲気の
駅前ではありました。

Dscn0138

●駅出たところ

駅のエスカレータを下りたところはこんな感じです。

広大な歩行者用スペースが駅前広場にあり、そこを歩いている方たちのとても多い、
本当に賑やかな駅前でした。

Dscn0139

●観光案内所

駅を出てすぐ左前の地点にあった実にカラフルな案内所でした。

Dscn0140

●駅前ステージ

これ駅から出て、右側にあったステージで、絶賛イベント開催中の状態でした。

日本と何ら変わりありませんね。

Dscn0144

●駅前幹線道

広大な駅前広場を過ぎて、駅から伸びている道路とその周辺の様子です。

街並みがここから始まっているというのが分かると思いますが、その手前の道路が
かなり幅が広いという事も窺えると思います。

Dscn0145

●足湯

そういえば釜山でも見た足湯でしたが、ソウルでは殆ど目にせず、かなり離れた
こんな所で足湯を見る事ができました。

でもあんまりお湯入ってなかったです。殆どなかったというぐらいでした。

Dscn0152

Dscn0153

●温陽温泉駅 駅舎

ソウルから離れていくつかの市の中心駅を巡るような旅をしていたのですが、
ソウル近郊ソウル市外でここまで規模の大きい駅はなかったように思います。

この旅でこれまで訪ねたソウル市外の駅とは…果川、軍浦、烏山、平澤、天安
ときてこの駅に来ました。それらよりは明らかに大きかったですね。

本当の意味での高架駅で、高架の下は全くそのまま両側を行き来できる
形でした。

しかしソウルでは日本語の表示があったり、日本語が通じたりしていたところが
結構ありましたが、離れるごとにそれらは無くなってくるし、どこに何があるのかも
よく分からなくなってきます。

特にこの辺りは目立った観光地もないので、ガイドブックもなく、ネットに書いてある
ことが頼り(フォートラベルなど)な状況で、どんなところか興味津々で行くのはいい
ものの、結局これというものを観れずに終わるなんて事もしばしばでした。
それはそれでも良かったのですが。

とにもかくにもソウルからの旅で最も離れた所に行ったのがここでした。KTX乗りたい
気持ちもありますが、乗り方がなかなかよく分からず、いつか挑戦機会を得たいもの
と思ってはおりますが…。

Dscn0142
Dscn0141
Dscn0160
Dscn0183

2017年5月21日 (日)

岡山/美作② GO!GO!湯郷




岡山県美作市、林野の街をゆく!に続いての美作市の記事です。

前回美作市のこの記事の結びで、「今度は湯郷温泉をキチンと行っておきたい」などと
するかしないか不明な事を書いていたのですが、今年の初めにようやく実現してきました!

なので、今回は美作三湯とよばれる所のひとつである湯郷(ゆのごう)温泉街めぐり
としてお送りします。

●林野駅から

湯郷温泉街への最寄駅としては、美作市中心駅的な存在の林野駅となります。

かなり錆びれた感はありますが一応、この駅前には湯郷温泉街への歓迎看板
が今も出ています。

しかしこの駅は常時タクシーが停まっている感じではなさそうなので、来ない時は
電話した方がよさそうです。この時は最初来ていなくて、電話しようかと思っていたら
来たという感じでした。

「湯郷温泉まで」といえば走ってくれます。できれば行く建物の具体的な名前を
示してあげられればそれがベストですが。

Dscn5427

●温泉街へ

林野駅からタクシーに乗って10分弱で着きました。

林野駅からではバスで湯郷温泉下というバス停まで6分となっていますが、便が
1日6本ほどしかなく、また林野駅への電車移動も属している「姫新線」のダイヤが
極少につき、電車+バスの移動はあまりあてにならず、林野駅まで来たならば、
タクシーを呼んだ方が良い
と思います。

またバスでのアクセスでは岡山駅から100分程度で着く便もありますが、この便は
林野-湯郷と同じもので、岡山駅-湯郷-林野の順に着きます。便数としては同じ
ですが、岡山駅から乗った場合に途中で乗換える手間がある便が殆ど、という
公共交通機関の利用はあまり優しくないと思えるのが正直なところです。

その他京阪神方面からのバスのアクセスもありますが、これも美作ICまでの運行で、
そこからタクシー10分といったアクセスで、あまり優しくないな、というところです。

確かに、この辺りにはタクシーが停まっているような所も無かったし、バスの乗り入れ
も見かけなかったし、タクシー通っているのも見なかったので、帰りも電話で呼んで
捕まえたぐらいで、公共交通機関についてはあまり期待しない方が良いと思います。
昭和時代はどうだったのかな?とか想像してしまいます。

Dscn5432
Dscn5431

●MAP

観光案内MAPのアップです。

川が流れるその内側に温泉街が形成されている感じです。

徒歩圏域で十分ひと通り行けるので、色んな所を行ってみるのも良いかと思います。

Dscn5434

●観光案内所

湯郷温泉街の中心的な場所で、上の写真のものは大体この前にあります。

タクシーで行く時に「湯郷温泉に行ってください」と言って、その後詳細を聞かれた時に、
特に何も行先が決まっていない場合は、この「観光案内所に行ってください!」と
言えばよいでしょう。

Dscn5437

●オルゴール夢館

観光案内所のすぐ横にある施設です。

「現代玩具博物館・オルゴール夢館」といいます。

1995年に当時の東粟倉村(同じ現・美作市内)にて開館されましたが、2010年に
美作市制5周年を記念してこの地に移転されてといいます。なのでまだできて6、7年
という施設です。

Dscn5435

●アミューズメント

一昔前のアミューズメント施設という感じのものがありました。

先程の観光案内所から道隔てて向かいといった距離感ですが、あんまり人で賑わう
といった感じではありませんでした。訪問時期が1月2日というのもあるかもしれま
せんが。

この辺りはいかにもという感じの温泉街で、こういう施設はここ以外には
見受けられなかった気がします。少なくともボウリングに関しては。

Dscn5439

●てつどう模型館

これは興味を引く施設だなと(笑)

アミューズメント施設の袖にあるような感じで建っていました。

HPがありました→http://www.spa-yunogo.or.jp/mokeikan/index.html

かなり近隣の方の寄贈が多いようですね。

プラレール大好きなお子さんの居られるご家庭などは面白いと思います。

Dscn5441

●ぽんぽこりんとちんちくりん

この2つのお店はそれぞれ関係があるのかどうか分かりませんが、それにしても
えらい並び方だな…と思いまして。

観光案内所の真向いではありませんが、ほぼ向かいの様子です。こじんまりとした
何かしらの商店が細々と並んでいる、そんな感じです。

Dscn5440

●季譜の里

湯郷を代表する温泉旅館といっても過言ではない、という印象を受けました。

この黄土色の建物がなんとも独特です。

元々は「湯郷プラザホテル」という名称で昭和47年にオープンしたといいますが、
30年後の2002年に現名称に変更されたといいます。

日本に数少ない、全館畳敷きのホテルという事で、そんな動画も見られましたが、
予約サイトを見ると\22,500となっていました。他にも部屋があるのかもしれませんが、
さすが相応の雰囲気だな、と感じましたね。

Dscn5444

●湯遊タイガー

PACHINKOと冠しているので純然たるパチンコ店と思われます、

車が沢山停まっていたので昭和時代の雰囲気を残した現役のパチンコ屋と思って
いましたが、シャッターは閉まってるし、表は草がぼうぼうで立派な廃墟でした。

お風呂に浸かってるイラストもあったので、まさか温泉兼用パチンコ店か?とか
思いましたが、そうではないようです。

Dscn5446
Dscn5448

●からくり時計塔

林野駅からタクシーで来て、温泉街の玄関口といいますが、入口にあたる部分に
このような時計塔があります。

高さが約8mあり、8:00~21:00の間で毎時00分を迎えるごとに、上の部分(てっぺん
の屋根の真下部分が開いて巨大な「さんぶ太郎」が登場する、とありました。
那岐山でこの「さんぶ太郎」というのが箸でつまんで石を投げたら、この湯郷まで
飛んできた、との言い伝えがあるそうで。ちなみに「さんぶ」の部分は漢字だと
「三穂」と表記するようです。

ちなみにこの時計塔ができたのは2010年だそうで、「オルゴール夢館」がこの地に
移転したのと同様に美作市制5周年を記念して、出来たそうです。5周年は結構
色んなことしてたんですね、10周年は2015年のはずですが、何をしていたのか…?
よく分かりませんが。

Dscn5451

●温泉街の道路

先程の時計塔が入口とすると、ここはそれを過ぎたばかりの地点で、左には
廃墟の湯遊タイガー、そしてその向こうには季譜の里が見えています。

更に向こうは湯郷温泉の観光案内所があります。

Dscn5455

●分かれ道

観光案内所の前まで戻ってきました。

そこに面した道路はこのような分かれ道になっていて、左側はまっすぐ歩いて行くと
湯郷グランドホテルなどを経て市街地へと抜け、右側は温泉街の入り組んだ道に
行き当たります。

Dscn5461

●常夜灯

これは先の写真にあったからくり時計塔ではありません。

観光案内所から見ると、その時計塔とは反対側に位置するもので、
真上の写真の分かれ道での左側を進んだところのものです。

この正体は昭和63年に開催された「瀬戸大橋博'88」で使用された
ものだそうで、湯郷温泉を位置づける道しるべとして、この地に設置された
とありました。

からくり時計塔が入口の目印ならば、この灯は中心地の目印というところ
でしょうか。

Dscn5463

●湯郷グランドホテル

上の写真の真向いに位置していますが、湯郷を代表するホテルのひとつ、
といっていいと思います。

現・季譜の里である湯郷プラザホテルに遅れる事5年ほどの1978年2月の
創業という事で、間もなく40周年を迎えようとしています。

Dscn5466

●湯郷鷺温泉館

こちらは湯郷を代表する日帰り温泉施設、といっていいと思います。

この時は、ここだけ入ってきました。

入浴料金は600円、正月2日でもしっかり営業していました。

Dscn5521
Dscn5469

●手軽に

湯郷は勿論温泉街ではありますが、宿だけでなく、日帰り温泉も先のようにありますし、
無量足湯もこのようにあるので、気軽に寄って全然OKと思います。

コンビニがそこらにあるような所ではないので、その点はご留意を、というところです。

Dscn5547

2017年5月13日 (土)

JR宮崎駅 (宮崎県宮崎市)

宮崎県宮崎市のJR宮崎(みやざき)です

宮崎市は、宮崎県の南東部に位置し、人口は398,917人(2017.4.1現在)で、宮崎県の県庁所在地で、プロ野球のキャンプ地として取り上げられることが多く、また東国原英夫知事が執務していた地としても大きく取り上げられました。

-JR宮崎駅-
【路線】
JR日豊本線(小倉-鹿児島間)
【開業】1913年12月15日
【訪問】初訪問-1997年4月
【1日あたり平均乗車人員】 4,781人/日 (2014年) 
【近隣の主要駅 (小倉方面)日向市駅→13駅 
           (鹿児島方面)南宮崎駅→隣駅 都城駅→9駅
                   ※
南宮崎経由宮崎空港駅→3駅

●駅名標

九州らしいこの駅名標写真からスタートです。

初訪問は今から20年前の1997年の事で、宮崎県で初めて足を降ろしたのも
この駅でした。ここでは途中まで、2014年当時の写真にてお送りします。

両隣駅も「みやざき」がつく名前で、更には近隣駅から分岐する空港線の1駅も
「宮崎空港」駅で、まさに「みやざき」尽くしです。

宮崎市の場合は、この宮崎駅と隣の宮崎駅がツインで交通の要衝となっている
感があり、規模も利用者数もこの宮崎駅の方が大きく多いですが、南宮崎も
市内の
各施設を訪ねる場合に、どちらの駅が近いか?考えてしまうくらい、両者並び立つ
部分はあります。

ちなみに空港線は、宮崎駅から直接乗り入れしており、この点は仙台空港へ
仙台駅からアクセスするのと同様、違う路線でも県の中心駅から直接乗り入れを
実現しています。

ちなみに宮崎駅は九州の県都中心駅の中で最も利用者数が少ないとのデータが
あります。宮崎というロケーションも少なからずあるのかなと思いますが、
新幹線から最も縁遠い位置にあるのがなんとも厳しく感じます。

Dsc01523

●ホーム

2面4線の高架駅となっています。

この時は、両ホームに電車が停まっている状態でした。右側の塀?にあたる部分が
様々な骨組みのなされたスケルトン状で、デザイン的に目を惹きました。

ホーム上の青の骨組みが目立つ部分もインパクトあるなと感じました。

Dsc01524

●志布志方面

の時刻表がありました。

鹿児島県の志布志駅までの路線ですが、隣の南宮崎駅からが「日南線」として
分岐しており、メインの日豊本線は北側を西へ進んで鹿児島中央などの中心地へ
向かうのに対して、日南線は南へと下って行って、鹿児島南端の東側の志布志まで
向かって行く格好です。

ちなみに志布志線という路線がありましたが1987年に廃線となっており、これは
宮崎県の西都城駅と結ばれていました。今の日南線は、南宮崎からがその所属
対象ですが、属していない宮崎駅にも乗り入れる便が殆どです。

こうして見ると、思ったほど少なくないな…と思うのですが、行先を見てみると、
志布志行きなのは6本だけで、他は途中で連絡があるのが2本だけ、という
状態です。

しかもこの辺りは1駅1駅辿り着くのにとても時間のかかる所で、
よほどの時間的余裕を事前に見積っておく必要があるかと思います。

Dsc01522

●ホーム2

高架階段の見えている形でのホームの様子です。

このホームと、右側のホームの両サイドに面があり、2面4線の形です。

Dsc01519

●当時の知事

さて、ここからは上の写真以前に訪ねた2010年当時の写真にてお送りします。

当時の東国原英夫知事が文字通り「看板」となって宮崎をPRしていました。今はもう
ないものと思われますが…。

タレントが政治に取り組むという事以外にも、当時の宮崎には色々問題が発生して
大変だったなとも思います。

Himg0468

●宮崎へようこそ

という事で、駅前広場の一角に歓迎看板がありました。

先の東国原知事の看板にあった「神話と伝説の国」という側面がかなり強調された
ものとなっていて、各国語でも歓迎の意で書き添えられていました。

個人的に宮崎と神話があまり結びつかなかったのですが、日本最古の歴史書で
ある『古事記』は上中下巻で構成されているうちの上巻の実に2/3程度が宮崎周辺
を舞台にしたもの、というから驚きでした。

Himg0470

●駅前通り

駅から伸びている広い道路です。

椰子の木?がこの見えているだけでなく、かなりの本数あるのですが、本当に暖かい
場所です。冬場や春先など、九州へ行く時に福岡や熊本では、本州の山陽側と
そうそう体感温度的に変わらないなと感じるのですが、宮崎に来ると全然違うな
と感じ、「暖かい!」と思います。大分は普通ですが、宮崎まで来ると暖かいと感じる
んですよね、何故か。

Himg0471

●宮崎駅へ

上の写真とは逆に駅前の道路から宮崎駅の方へと眺めたカットです。

初めて行った時に、泊まったホテルから駅へ向かう時に少し距離があって、
また宮崎駅が分かりにくくて、どの辺かなと思っていた時に、この標識が
あってやっと分かった、という思い出があります。

Himg0475

●消毒マット

これは今の話ではなく、宮崎にこのようなものがあるというのはちょっと違いますが、
当時はこの辺りで口蹄疫の感染が懸念されていて、この拡散を最大限防ぐために
という事で、靴からの防疫という事でマットが置かれていました。

今はもうないかと思いますが、時代を反映したカットだと今にしてみれば思います。

Himg0487

●宮崎駅 駅舎

初めて見た1997年当時から思っていましたが、とにかく南国ムードが前面に出た駅
だなというのが第一印象でした。

椰子の木群がその象徴的な存在でありながら、また駅舎のデザインや色遣いも
非常にユニークで、また縦書きでの「MIYAZAKI」表記も日本の駅としてはかなり
斬新ではないかと思います。ちなみに1993年に現在のこの駅舎が造られています。

建物の縁の黄色くウェーブ状になっているところや骨組みが前面に出た感じなども
ユニークですが、決して建設中で骨組みが組まれている訳ではないので(笑)

とにかくどこから撮っても結構「画」になる駅です。

九州の県庁所在地の中では鉄道でのアクセスがなかなか難しいこの宮崎ですが、
九州新幹線が環状的にぐるっとならないのかな?と来る度に思います。

Himg0491
Himg0493
Himg0495
Himg0485
Himg0496

2017年5月11日 (木)

JR上牧駅 (群馬県利根郡みなかみ町)

群馬県利根郡みなかみ町のJR上牧(かみもく)です

みなかみ町は、群馬県の最北端に位置し、新潟県に接していて、人口は18,795人
(2017.3.1現在)で、群馬県では最も広い町となっています。
その名前の通りですが、水上と書いて「みなかみ」と読む、水上温泉郷で有名な街です。

-JR上牧駅-
【路線】
JR上越線(高崎-宮内間)
【開業】1928年10月30日
【訪問】2016年12月
【1日あたり平均乗車人員】 127人/日 (2011年)
【近隣の主要駅 (高崎方面)沼田駅→2駅 
           (宮内方面)水上駅→隣駅
 

●ホーム

上牧と書いて「かみもく」と読みます。

大阪府の阪急の駅に同じ字で「かんまき」と読む駅がありますが、読みが違うせいか、
どちらも何も冠される事なく、「上牧」駅として共存しています。

隣の駅が同じみなかみ町の町名を名乗る「水上」駅で、かつて栄華を誇ったと
思われる壮大な温泉街があります。この上牧駅にも温泉とホテルはわずかに
ありますが、昭和のまま時が止まったと思われる風景が少なからず見られます。

Dscn5089
Dscn5084

●待合室

高架というか築堤上の駅という方が正しいのかもしれませんが、入口から階段を
上ってこのホームに行き着く形式です。

入口には駅舎があり待合スペースはある訳ですが、電車が来たかどうかが
分かりにくいので、電車の動向が分かる場所での待合室はこの小屋の中となります。
窓のついた完全室内型で、外壁は木造でかなり年季の入った様子が窺えます。

この向こうは街の中心である水上(みなかみ)の方であったり、新潟県の長岡方向で
あり、群馬県から離れていきます。

Dscn5078
Dscn5077

●ホーム

下2枚のうち上側が、向かい側ホームとなり、2面2線ホームとなっています。

しかし両者を繋ぐものがなく、跨線橋はおろか構内踏切もなく、この間を合法的に
行けるものではありません。

実は途中の階段が二股に分かれていて、その時点でどちら方面に行くかによって、
上る階段が分かれてくるという事です。

向いホーム階段を上ってくると、この入口に至り、これとは別に左に隠れている部分に
待合室があります。

しかし屋根のあるスペースが広かったり、設備的に充実をしているのは、手前側の
ホーム(下側の写真の右半分)にあたります。

Dscn5076
Dscn5088

●二又階段

先に書きました、乗る電車の方面によってのぼる階段が変わってくるというもの
です。新潟県の長岡方面なら、この階段をまっすぐ上り続ける事となります。

反対に高崎方面へ行く場合は、この右に分かれている側の階段を上って、
そのまま上がっていった先とは向かいになるホームの方へと進んでいく
事となります。なかなか面白い構造であり、特徴的であり、駅訪問として
非常に印象深い駅となります。

Dscn5073

●窓から

これは駅階段の窓の様子です。

上の写真でも所々にこのような小さな小窓を見る事ができますが、こんなX'mas仕様の
飾付けがなされていました。ちょうどこの訪問時がその時期であったというのもありまが、
ここ無人駅なので尚更称賛ものです。

Dscn4986
Dscn4985

●駅舎内

階段を下りて改札を抜ける形で、この駅舎内に到達します。

ここもやはりクリスマスの飾りつけが見事でした。

これで無人駅とは思えないですね。

また駅舎内の外周はグルッと椅子が囲っていますが、1日に130人ほどしか乗車
しない駅に約1/10もの椅子があるという事がおどろきでした。

Dscn5090

●駅舎内2

上の写真とは反対側になりますが、ホームから出ていく場合はこの写真の右側のドア
を開けて、右側がこの券売機の向きで、左側が上の写真のベンチ群の向きとなります。

券売機の横にはクリスマスツリーがありました!

改札の跡もなく、根っからの無人駅という雰囲気で、それでもこんな飾付けがなされ
ていて、なかなかに謎でした。

券売機があるものの無人駅である為、券を買わずとも電車に乗れてしまい、
また乗った電車はワンマンではなかったようで、整理券もなかったので、
隣の水上駅まで乗った時に、降りる際の改札で、切符も何もありませんと
言ったら、水上駅の駅員さんに「困りますね!」と何度も言われた苦い思い出
もあります。

Dscn5091

●時刻表

上牧駅の時刻表です。

ほぼ1時間に1本で、朝は少し多いかなというところです。

上りである高崎方面が下りである水上方面より2時間ほど始発も終電も遅い
格好となっており、上りの終電は21時台につき要注意です。

Dscn5130

●駅前俯瞰

階段上のホームから駅前を見下ろした様子です。

広場の前は幹線道路で、これに沿って昔ながらの建物が時折更地を交えながら立ち並んでいて、その向こうは山あいの集落が続く感じでした。

Dscn5087

●見上げれば…

上の写真がホームから見下ろした様子ならば、こちらはホーム側へ見上げた様子です。

築堤に沿うように階段が屋根つきで伸びていて、また結構な段数あります。

途中で向かい側ホームへの通路に分岐するという面白い構造です。

Dscn5094

●駅前広場

駅を出て、駅前広場の右半分です。

左半分の様子は駅前俯瞰の写真にある感じです。

町の中心ではありませんが一応、右前にあるような地区のMAPはあります。

真ん前の建物はなかなか昭和感が見事です。結構ゴーストタウンっぽい雰囲気がなんともいえませんでした。

Dscn5072

●上牧駅 駅舎

無人ながら駅舎がちゃんとあり、階段は屋根つきで設備費的には結構かかってるのではないかと思います。

そしてよくメンテされている事!こんな飾付けがあちこちなされている無人駅もなかなかないのではと思わされます。

温泉が徒歩圏内にあります。→風和の湯 

Dscn5093Dscn5092

●夜の上牧駅

ここに初めて来た時は夜でした。

近くのホテルに泊まったのですが、そこの露天風呂で独り占めできた時の幸せ感といえばなかったです。昼間の景色は、なんとなく通り過ぎてしまうかもしれませんが、夜はこれは足を止めずにいられないくらい、インパクトがありました。

クリスマス仕様はあったとしても、今はどうなっているんでしょうか…??

Dscn4994
Dscn4983

2017年5月 5日 (金)

宮崎/日南 日本100名城『飫肥城』へ行こう!




宮崎県日南市、JR飫肥(おび)からの歩き旅です。

(2010年8月当時)

●観光案内

まずは飫肥駅での観光案内です。

飫肥といえば、何といっても飫肥城に代表されるような城下町です。お城に多少興味のある方でないと馴染みが薄いかもしれませんが「九州の小京都」といわれています。

ちなみに日南市では市名を名乗る「日南駅」がありますが、観光を考えた時にどちらに行くか?となって飫肥を選んでここに来た次第です。分かり易い観光名所の方を優先しました。

電車の本数が1,2時間に1本程度につき、両方を選ぶという選択肢はありませんでした。こういう所へ来ると、そのような選択を迫られる事もある訳ですね、

で、現在地となる飫肥駅はこの地図の右端にあたりますが、飫肥城は川を隔てた向こうの地図左上に位置しています。川が「ひ」の字形になっているのが面白いですね。

ちなみに、飫肥の「飫」は「あきる」それも「食べ飽きてぐったりする」という意味があるそうで、「肥」は肥え太るなので、食べて肥え太る的な言葉が続いている格好ですね、土地が肥沃であった事が由来のひとつとされているようですが。

Himg0513

●駅前道

宮崎県道445号として「飫肥停車場線」というのが通っています。

駅から短距離のものと思われますが、調べても驚くほど情報がないですね。

紛れもなくこれが飫肥駅前の風景の一角です。コインランドリーなどは見受けられましたが、これが約7年前の姿につき今でもあるかどうか…当時の風景と思って見て頂ければと思います。こんな様な穏やかな風景である事は今でも変わりないかと思います。

Himg0512

●S字カーブ

飫肥駅から出ている道路はそれほど長くなく、駅と平行に、時には交差しながら通っている国道222号を西へと進んでゆきます。

駅からは左を向いて進む格好になりますが100mも歩けば、こんな見事なS字カーブに出くわします。ここも建物はかなりまばらです。飫肥は観光地ではあるものの市の中心駅ではなく、駅前のこの風景もこんなもんかな、というところでしたが。

ちなみに飫肥駅から飫肥城へのバスはありますが、9時前が始発で16時台には最終便となります。また間隔的には1時間に1本のようですが途中で大きな空きがあり2時間ない時間帯もあります。所要時間は8分程度ですが、歩いて行けない距離でもないので、この時はこうして歩いて行きました。

Himg0517

●是より

飫肥城下街という事で石碑がありますが、橋を渡っていきます。

といっても飫肥駅からは200m程の所であり、むしろここからまだ歩いて進む必要があります。

Himg0521
Himg0522

●橋を渡って

幹線道(飫肥駅前のS字路から国道222号の続きな訳ですが)と両サイドに商店が立ち並んでいて、ここからようやく飫肥の街らしい風景というか活気あるところを見られたように思いました。

そしてここには「新町」というバス停がある訳ですが、ナント立札形式。城下町ならではですね。「バス 新町 宮崎交通」ってなんか…ネットの検索入力のような並びで(笑)

Himg0526
Himg0527

●水煙る川のほとり

と題された碑文のある大きな石がありました。

柳田國男「海南小記」よりのフレーズが引用されているとの事です。柳田國男は明治末期と大正9年の2度この飫肥を訪ねており、大正期に12年ぶりにやって来た事がこのフレーズの冒頭に記されています。またこの地のそこかしこに懐かしさを感じ、この近くの酒谷川は水煙りが大いに立っていた、とも記しています。

単なる城下町というより「水郷城下町」という側面がこの飫肥には見られるという事で、島根県の松江などもそのような側面の強いところで、ちょっとイメージを重ね合わせてしまいました。

Himg0529

●城下町へと

進んで行きますが、かなり雰囲気が出てきました。引続き国道222号線上です。

和風建築の建物もあちこち見られます。

これを少し歩いて右へ曲がれば飫肥城跡へかなり近づいていきます。

Himg0533

●飫肥郵便役所跡

現・飫肥郵便局は先ほどの写真の道路上にあり、通過した事になりますが、ここには旧の郵便局跡として石碑が建っていました。

説明文が木の版に直接書かれたもので消えかかってよく分からない部分もありますが、郵便局としては1873年に開業したそうで、その当時はこの地にあったのでしょうか。

Himg0535

●飫肥城入口

本町商人通り、と冠された形での石碑がありました。お城の御用商人なんかが多く住んでいたエリアだったのでしょうか。

ここから城下町とかなんとかさんざん引っ張りますが、段々と雰囲気が出てはきています、近づいていくごとに。

普通の旅ブログだと、肝心なところをかいつまんで出していくんですが、このブログはそこへ至るところの途中の風景なんかも出してくるので、かなり引っ張ります、すみません。

Himg0539

●小村寿太郎生誕之地

としてまたまた碑の登場ですが、明治末期の条約改正に尽力した小村寿太郎氏は当地の出身です。

歴史の教科書でも有名ですが「関税自主権の回復」に尽力した人物であり、不平等条約といわれていた当時のアメリカとの条約での厳しい面を一歩前進させた功労者として後世に名を残している訳ですね。髭の長い顔写真のイメージしかありませんてしたが、このような写真は逆に新鮮でした。

関税自主権の回復とは、それまでは外国からの安い製品に関税をつける事ができなかったものが、出来るようになったということで、日本の地位向上にも一役も二役も買っという事ですね。

しかしその偉業を成し遂げた年と亡くなった年が同じという事にかねてから気づいていたのですが、この条約調印のわずか3か月後に結核のために亡くなったといいます。

最近ではタレントのJOYさんが結核だったと聞き驚きましたが、昔は本当に結核といえば死の病であったというので、100年後の今では信じられないですね。

Himg0541
Himg0542

●伝統的建造物群保存地区

古い街並みを偲ぶことができ、かつそれを維持する、平たく言えばそんな街に指定されている地区、という事になるかと思いますが、この飫肥はナント1977年に九州では初めて、この保存地区の指定を受けています。

石垣のある建物も見えてきてだいぶ城下町の雰囲気が色濃くなってきています。標識にも見どころいっぱい感が出てきています。

またこの飫肥はNHK連続テレビ小説「わかば」の舞台地、との表示もしっかりありました。

「わかば」は2004年9月~2005年3月に放送され、主演は原田夏希さん、阪神大震災で父親をなくした震災遺児が宮崎県の母の実家に身を寄せて育つ事から始まるお話で、宮崎県では日南市が舞台になっています。終了後の2005年8月には舞台でも再演されてもいます。

これ以後の原田さんはあまり派手な役どころのイメージは個人的には薄いですが、金融機関のキャラクターのイメージの方があったかも。去年結婚されて久々にWEBのニュースでその名をお見かけしたように思います。

Himg0545
Himg0546
Himg0549

●料金所

飫肥城入館案内として料金所が設けられています。

入館は9時半から16時半までで、大人料金は600円とありましたが、これを「通行手形」と称しています。城下町保存会という財団法人の運営のようで、その維持に役立てているのかと思います。ちなみに今は610円でそうで消費税増税の影響でしょうか、10円UPしています。

門が閉まっているのは朝早くの訪問だからだと思います。商家資料館等いくつかの施設をすべて見られるためのチケットという事ですが、ここに入れなくてもお城の建物は見る事ができるので、早朝の訪問でもこの点は大丈夫です。

共通チケットで見る事の出来る施設は以下の通りです。

豫章館、松尾の丸、飫肥城歴史資料館、小村記念館、旧山本猪平家、商家資料館、旧高橋源次郎家

Himg0556

●大手門

立派な門が入口として迎えてくれますが、実は飫肥城は創建年代がはっきりしていないそうですが1458年以前であろうといわれています。

その後の1484年から1587年にわたる実に100年余りの間、我が国最長の攻防戦が行なわれていたとありました。所領していた島津氏と攻め込んできた伊東氏による長年の攻防戦が展開され、最終的には豊臣秀吉から領地を与えられたのは伊東氏の方でしたが、伊東氏が手にしたと思えば再度島津氏が奪還したり、百年戦争や応仁の乱に並ぶレベルの異例のこの攻防戦はもっと日本史としてクローズアップされてもよさそう、この件について知るごとにそんな事を感じました。

この大手門は1978(昭和53)年に復元されたもので、1873(明治6)年に廃城となりその時にすべての建物が取り壊されたのが残念です。

Himg0558

●大手門を入る

これらも復元されたものでしょうか。立派な佇まいですが…。鉄砲穴もつくられています。

Himg0562
Himg0564

●杉のある広場

飫肥城といえば杉というぐらい存在感の高い木で、この後出てきますが、飫肥城は杉でもつ、という気すらしました。

Himg0565
Himg0566

●歴史資料館

この立派な建物はなんだろうと思い近づくと、歴史資料館との事でした。

島津氏との日本史上類を見ない長い攻防を経て領地を手にして、廃藩まで飫肥五万一千石を治めた伊東氏やその家臣にまつわる飫肥藩ゆかりの歴史資料が展示されているといいます。(入りませんでしたが…)

Himg0569
Himg0571
Himg0576

●ヒヒヒヒヒ

と笑っているように見えますが?!塀の控柱です。

今まで意識してなかったのかどうか分かりませんが、塀ってそれ自体独立して建っていた感しかなく、このような柱が施されているのを見たのは初めてで、これ以降もほとんど見た事がないような気がします。それだけにインパクトがありました。

Himg0575

●旧本丸跡

飫肥城は元々天守が造られておらず、また一度全壊している為、建物としてもあまりこれというものはない状態ですが、メインの本丸での杉林が圧巻でした。「わかば」のヒロインが落ち込んだ時にはここに来て元気を取り戻した場所、という説明板もありました。

旧本丸とありますが、現在の本丸は飫肥小学校のグラウンドとの事で、ここが1693年にできる新本丸以前の城下の御殿であったといいます。

飫肥杉はブランド的なものがあり、森林組合でも住宅に活用すべく様々なところと提携して展開を進めているといいます。

Himg0581
Himg0586
Himg0590
Himg0596
Himg0594

●出口

一連の飫肥城めぐりも終わり。

場内ではもっと色々写真撮ってましたが、かいつまんだらこんな感じかなというところで、雰囲気は掴んで頂ければというところです。

飫肥駅から少しかかりますが歩いても行けます(約1.5km)し、バスで8分という事なのでタクシーでも5分くらいで行けるかと思います。

立派な天守閣はありませんが、お城の雰囲気はたっぷり味わえて、自然の息吹にも触れる事ができると思います。疲れている現代人にこそおススメ、って別に回し者ではありませんが、もっと一般層に?!この飫肥の名が知れたらなと思います。

Himg0601

2017年5月 4日 (木)

仙台空港鉄道/仙台空港駅 (宮城県名取市)

宮城県名取市の仙台空港鉄道/仙台空港(せんだい・くうこう)です

名取市では、JR名取駅 をupした事がありますが、これ以来の名取市の駅記事です。

-仙台空港鉄道/仙台空港駅-
【路線】
仙台空港鉄道 仙台空港線(名取-仙台空港間)
【開業】2007年3月18日
【訪問】初訪問-2014年11月
【1日あたり平均乗降車人員】 4,535人/日 (2015年)
【近隣の主要駅 (名取経由仙台方面)名取駅 →3駅、仙台駅→7駅
           (名取経由福島方面)岩沼駅→5駅



●駅名標周辺

とかくアクセスが問題になりがちな空港ですが、鉄道駅としてあると非常に便利であり、そんな空港駅のひとつです。他に空港駅で思いつく所といえば、成田、羽田は実は行った事ありませんが、存在するでしょうし、関西空港、新千歳空港、神戸空港、セントレア、米子空港、宮崎空港、那覇空港…etcでしょうか。機能している空港の数からするとまだまだ少ないです。

「仙台空港アクセス線」の愛称をもつこの路線の駅は2007年開業と比較的新しく、仙台空港駅と名乗っていますが、所在地は宮城県名取市であり、当駅と名取駅までの7km程度が仙台空港鉄道線に属しています。ここから名取駅を経てJRに入り仙台駅まではトータル7駅となります。といっても仙台駅までは直通乗入れするので乗換は不要です。また、名取駅と仙台駅しか停車しない「快速」もあります。

その仙台駅までは各駅で30分程度、快速だと17分ほどで着きますが、快速は1日全80本程度のうちわずか4本しかなく、先日偶々快速に乗る事ができましたが、やはり速い感じはしましたね。普通に考えたら仙台までの所要時間は30分と認識しておいた方が良いと思います。また、ダイヤ的にもそんなに頻度がなく、1時間に2、3本ほどです、待っているそばから次々に来るという感じではありませんsmile

開業してまだ10年という事ですが、その間に東日本大震災があり、本路線も被害を受け、全線復帰するのに約半年を要したといいます。かかった費用は30億円とも。当時まだ開業4年ほどだったと思いますが、最初から厳しい局面を迎えた訳ですね。

写真は初訪問時の2014年11月当時のものです。実は数日前にも行ってきたばかりですが、この辺りの風景は殆ど変わってなかったです。ただ開業10年の歩みの展示をしていましたので、今行かれたらそのパネルは見られると思います。

Dsc05781

●ホーム

1面2線のみの半円状の屋根が印象的なホームです。

骨組みがずーっと続いていって、真ん中の柱がまたいい味出しています。

手前が改札側ですが、階段も何も無く、そのまま右に曲がる形で改札へ至り、更に右に曲がって、つまりこのホームと平行に通路があり、これが空港へと繋がっていきます。

Dsc05780

●改札内

改札を入ってすぐの地点です。

左側がホームで、1番線2番線とそれぞれ矢印表示されていますが、そのまま進めば右側に1番線があり、左側に2番線があるのみで、階段もエスカレータも何もなく行く事ができます。また終着駅につき、仙台への電車がただ出ているのみで、本数的に発車が何十分間隔につき乗り間違う事もありません。

右側はトイレがあり、またこの写真右端に覗いて見えるのは待合室です。

先日訪問時は手すり?の辺りに沢山看板がありました。

Dsc05774

●改札外

こちらは改札を出た直後の周辺の様子です。

大きな窓とステンドグラス調?ジャンル的によく分かりませんがアートが印象的でした。

左下の電車のセットは今もまだありますが、ここより少し10mほど?出口寄りに移転されていました。日付が入っているので来場記念写真用と思われます。

電車の右側の女性は「鉄道むすめ」として、「社みなせ」というキャラクターだそうです。この名前にはこの仙台空港鉄道線の駅名が詰め込まれていて、社せきのした、美田園、名取、仙台空港のそれぞれ頭文字をいくつか取って、という感じですね。

色んな所にこのようなキャラクターがあるようですがトミーテックが中心となって展開しているのだとか。東日本に行くと、そこかしこで見かける印象がありますが、関西ではあまり見ないですね。鉄道ヲタの中ではたとえば、「〇〇ちゃんに会った」とかコンプリートしたとかそんな感じで楽しむもんなのでしょうか。

Dsc05772

●エスカレータ

駅は2F部分にあり、地平からはエスカレータが出ています。駅と空港も通路で繋がっていますが、地平に下りる時はこれを利用します。

ちょっと分かりにくいのですが、「東日本大震災」として左側に貼ってあります。当時この地にやって来た津波の浸水した高さです。これでもエスカレータの途中ですが、真ん中とまで行かずとも結構な高さのところにありました。勿論当初はこのようなものがなかった訳ですが、これをつけざるを得ない状況になってしまったのが悲しいですし、やはりこれがただの伝えで終わらずに、風化させることなく教訓として存在を放っていてほしいところです。

Dsc05768

●空港とジョイント

右側が当駅で、空港と繋がっているのが窺えます。2007年にできたばかりの駅なので、いかにも後付け感が見て取れますが、駅ホームから空港までほとんど段差なくアクセスできるのは素晴らしいところです。

国内線がこの位置にあり、向こうに国際線があります。東北地方を代表する国際空港として、国際線では上海やソウル、台北などアジアを中心に、他にグアムへの便も出ています。ただ各路線で毎日便が出ている訳ではなく、上海は週2日、台北は週4日といった具合で、その辺りは発着日を考えなければならないのが現状です。

Dsc05760

●仙台空港駅 駅舎

外観はちょっとごつい感じですが、ここから左側へシュッと細くなって通路部分が続いていき、空港へのジョイント部分と、地平へ降りていく部分と分かれていきます。多少の待合スペースと後は通路のみの駅という感じですが、大半は仙台空港へ行ってしまう訳で、ここ自体でそれほどスペースを取る事はないかな、というところでしょうか。

このような立方体に近い形の駅って逆にあまりなくて新鮮な印象も受けました。震災を乗り越えて東北地方のメインの玄関としてさらなる発展を遂げていってほしいものです。

Dsc05762

google-site-verification: google22aeabd635af50a1.html

2017年4月29日 (土)

JR東広島駅 (広島県東広島市)

広島県東広島市のJR東広島(ひがしひろしま)です

東広島市では、JR西条駅 JR寺家駅をupした事がありますが、前回寺家駅に続いての東広島市の駅記事です。

-JR東広島駅-
【路線】
JR山陽新幹線(新大阪-博多間)
【開業】1988年3月13日
【訪問】初訪問-2012年11月
【1日あたり平均乗車人員】 1,226人/日 (2015年)
【近隣の主要駅 (新大阪方面)三原駅→隣駅 
           (博多方面)広島駅→隣駅
 

●駅名標周辺

初訪問は2012年11月でしたが、先月2017年3月に再訪した時のものをupします。

新幹線のみ停車する駅で在来線はありません、広島県だと新尾道駅も同様に新幹線のみの駅です。

東広島市は西条駅が中心駅となりますが、ずっとその名を変えずに、市名である東広島の名が、昭和最後の年である1988年に新幹線のみで開業したこの駅につけられました。新尾道駅同様に、費用は全額地元負担にて賄われたといいます。

隣駅は政令指定都市の広島駅です。広島駅の隣が東広島駅というまるで在来線のような名前の並びですが、これは紛れもなく新幹線の駅名標です。ちなみに西広島駅というのが在来線で、広島駅の西2駅の所にあります。駅数でいうと、在来線の西広島駅の方が遠い事になるというなんとも不思議な感じです。

不思議といえば、この窓越しの風景ですね。普通に住宅地で、新幹線駅の窓越しとは到底思えませんでした。

Dscn8633

●駅裏

駅出口が片側しかないこの駅では、大阪方面のホーム窓から見えるこちら側は駅裏という事になります。この辺りは新幹線のみの駅が多く、新尾道やここ東広島、山口県の新岩国など、正直なんでつくったのかと、??がつくような所が多いと思ってしまいます。

Dscn8632

●醸華町

「じょうかまち」と読ませているのかと思いますが、西条という都市名の前にこのように冠していて、地酒が沢山展示されていました。

西条駅とは5km程度距離がありますが、この東広島駅周辺に特に何もないせいか?中心地である西条の地酒が展示されているというところでしょうか。西条の酒蔵はこの市にとって大きなウリのひとつでもあるので。

Dscn8627

Dscn8628

●駅周辺図

この地図の左上部分が現地である東広島駅になりますが、ほとんど何もありません。

駅近くにゴルフ場があるくらいで(笑)

ずっと下端の方まで行くと西条駅になりますが、さすがにこの辺りは色々とあります。新幹線のルートが元々決まっている後から駅ができたので、駅設置の要求があっても山陽本線からそれたどこかに置かざるを得なかったのでしょうが、このエリア自体が開業後それほどの発展を遂げていないのもあるかなと思います。

新幹線単独駅というのはどこも同じような、周辺の発展が伸び悩んでいる感じが実際訪ねてみて見受けられます。

Dscn8626

●駅前広場

市内の中心部西条駅方面は勿論、市外では竹原駅行きのバスも出ています。

線路としては西条駅などの山陽本線が北にあり、竹原駅などの呉線が南にありますが、この東広島駅の通っている新幹線の線路はこれらの間に位置しています。

Dscn8623

●駅前広場2

上の写真よりやや右側に目線を移したカットです。

東横インがでっかく建っていますが、それだけという感じで、駅前に他に目ぼしいものは見受けられませんでした。

西条駅からバスに乗ってここまでやってきましたが、途中駅前で寄れそうなところがあれば降りて寄ろうと思ったものの、そう思える場所がなくて結局駅まで来てしまいました。

ちなみに西条駅から東広島駅までバスで行くと所要時間約20分、340円で行けます。頻度的には1時間に1~2本というところでしょうか。

Dscn8624

●東広島駅 駅舎

おどろいた事に?!平屋駅舎です。

新幹線停車駅でありながら、普通の在来線の駅舎のようなこの佇まいがなんともいえませんでした。

駅舎内は土産物店等ありますが、設備的には最小限といった感じで飲食店はなかったと思います。とてもこじんまりした雰囲気でした。

新幹線では広島の隣ですが、全然雰囲気が違っていて、興味のある方は広島まで寄ったついでに行ってみても良いのでは?というところです、興味本位で?!とにかくおよそ新幹線駅とは思えない駅でした。行った事はありませんが新尾道駅もこんな感じなのだろうか?とつい思わされてしまいます。

Dscn8622
Dscn8625

2017年4月26日 (水)

JR寺家駅 (広島県東広島市)

広島県東広島市のJR寺家(じけ)です

東広島市では、JR西条駅 をupした事がありますが、これに続いての駅記事です。

-JR寺家駅-
【路線】
JR山陽本線(神戸-門司間)
【開業】2017年3月4日
【訪問】2017年3月
【1日あたり平均乗車人員】 記録なし (新駅のため)
【近隣の主要駅 (神戸方面)西条駅→隣駅 
           (門司方面)広島駅→8駅
 

●ホーム

先月、この3月4日に開業したばかりの新駅です。

訪ねたのは開業日でこそないものの、開業して2週間後の事でした。在来線で関西から広島へ移動していた際に、見た事のないこの駅名のホームを見かけ、「こんな駅あったっけ??」と思い調べていたら、この前出来たばかりの新駅だというので、広島からの帰りに寄ってみたものです。

東広島市の中心地区である西条から2、3km離れていて、国鉄が分割民営化してJRになった30年前から、この地区への駅設置が要望されてきたといいます。2009年になって事業案が公開され、2010年に周辺の工事着手となったようです。

新駅につき駅利用者数の記録はありませんが、計画では1,400人/日の利用が見込まれているといいます。ちなみにこの数字は1日約10,000人の乗車利用のある西条駅の約15%にあたります。西条とは全く違う地区として少な目に設定されているという事でしょうか。

ダイヤ的にはこのように(これは三原等東方面ですが)1時間あたり4、5本というところです。

Dscn8471

●ホーム1

今やすっかりおなじみとなりましたが、線路と平行に並んでいるベンチがここにも設置されていました。待っているそばから次々と電車がやってくる訳ではないので、やはりこのような座れるスペースというのは貴重なものです。

線路に向かう形のベンチだとそのまま立ち上がって、泥酔者の場合はホームへ転落する可能性が高くなるので、このような向きになったといいますが、その効果は表れてきているのでしょうか?

Dscn8470

●ホーム2

2面2線の橋上駅舎です。

この階段を上がると、改札口になっていて両サイドの出口へとつながっていきます。

Dscn8472

●ホームを見下ろし

上の写真で橋の部分が見えていますが、そこから見下ろした様子です。

向こうの方を見ると新駅らしく更地が広がっていました。

Dscn8473

●自由通路内

ガードレールのようなもので区切られた通路内となっていました。エレベータが設置されていました。

出来たてホヤホヤの新駅、全てが新しいですね。

Dscn8474

●寺家駅周辺案内図

ちょっとわかりにくいですが、駅はこの地図のど真ん中にあって、周りにはこれといったものが特にない状況です。今後再開発とかあるのでしょうか??

左側の広告?を見ていると病院の案内がやたらと多いのですが…

Dscn8475

●自由通路2

通路が仕切られているのがとても印象的な自由通路なのですが、その仕切り面には看板も少なからず立っていて、今はそこに駅ができるまでの様子をスナップショット的に展示されています。時期が経ってくると一般的な広告になっていくのでしょうか?

Dscn8476
Dscn8477

●南口駅前

まずは南口へと出てきました。

なかなか新駅らしい風景で、そこそこのハコモノは駅前にあるけれど、それらだけという感じで、まだまだこれから感がそこかしこに感じられました。

そのハコモノのひとつである「広島県信用組合 東広島支店」が見えていますが、これは先日4月17日オープンという事で、つい先週オープンしたばかりです。この訪問時は3月であったので、まだ開業していない状態でした。ちなみにYahooの地図で検索してみましたが、まだ出てきませんでした。

南口のバス停には隣の西条駅行きのバスが出ていました。JRバスで平日は1時間に1本程度ありますが、休日になると半減します。単に西条駅に向かうのであれば、JRの方が全然便数が多い形です。もうひとつ芸陽バスというところからも出ていますがこちらは1日3便のみです。

Dscn8480
Dscn8481

●寺家駅駅舎(南口)

典型的な橋上駅舎の形です。

前の面で両サイドに階段が下りているというTHE橋上駅舎、という感じです。

新駅というと、形的に幾何学模様的なものが多いと感じるのが個人的なところですが、そういう意味では「らしからぬ」感じもします。結構オーソドックスな形といいますか。

1日1500人程度の乗車を見込んで、この駅舎というのはなんかすごいと思います。その程度でこんな大きな駅にしたのか、という感じで。総事業費は20億円といわれ、東広島市が全額負担とありました。かくして東広島市で10番目のこの駅は、このような立派な形でできあがった訳ですね。

ロータリーも整備され、タクシーが一定エリア内に複数台停まっていました。

Dscn8483

●再度、駅周辺案内図

駅の自由通路にあったものとは違ったタイプでの周辺案内図がありました。

こっちの方が周りの様子がより分かり易いでしょうか。でもやはりこれといったものは特にない感じでした。

この地図は左上が北ですが、国道486号が線路とほぼ平行に通っており、また周辺には池が多いなと感じさせられます。

Dscn8495

●寺家駅 完成記念碑

駅前にあった碑です。日分は開業日の日付にて刻まれています。

文面には、この寺家地区だけでなく東広島市の発展の核として期待されている旨が記載されています。そこまで期待されてるの??と正直思いましたが、そうであってほしいとは思います。折角このような立派な駅が造られた訳ですから。

Dscn8496

●南口駅前2

駅すぐ傍から、駅前広場を含めた駅前の目線はこんな具合です。下にテナントのついた高層マンションがありますが、これも散発的に大きなハコモノがあるだけで、この先コレラマンションが増えていくのかどうか…というところでしょうか。しかしここに駅ができなかったら、これらのハコモノもできなかったのかも…とも思いますね。

Dscn8498

●北口駅前

北口に転じてのカットです。

どちらかというと南口の方がメインかなといった印象です。

こちら側はとにかく更地が多かったです。一方でコンビニがあったりしましたが。

でも駅ができる前はどんなだったのでしょうか?

Dscn8502
Dscn8501

●寺家駅駅舎(北口)

橋上駅舎では両側同じデザインである事も少なくないのですが、この駅はちょっと違う形でした。色づかいや基本デザインは大体同じですが、この北口の方がやや簡素で、横に伸びている階段部分も建物の芯の部分とは色が違っていて、階段横の壁に大きな屋根が覆いかぶさっているだけの形となっています。これを見るだけでも南口の方がメインかなと感じさせられます。

この北口の方が余計に更地が多く感じたので、発展という伸びしろもあるのかなという気がします。碑文にあったように、この地区だけでなく、東広島市の発展に大きく寄与するような、そんな駅になってほしいなと、ここに行ってみて思いました。

Dscn8505
Dscn8506
Dscn8508

2017年4月17日 (月)

北大阪急行/千里中央駅 (大阪府豊中市)




大阪府豊中市の北大阪急行・大阪モノレール/千里中央(せんり・ちゅうおう)です

豊中市では、阪急/豊中駅をupした事がありますが、今回は地下鉄の延長上にあるこの駅をお送りいたします。

-北大阪急行・大阪モノレール/千里中央駅-
【路線】
北大阪急行南北線(江坂-千里中央間)
    大阪モノレール本線(大阪空港-門真市間)
【開業】1970年9月14日
【訪問】初訪問-2000年8月
【1日あたり平均乗車人員】 47,074人/日 (2015年) 
【近隣の主要駅】 (大阪空港方面)大阪空港駅→4駅 
           (門真市方面)万博記念公園駅→2駅
           (なかもず方面)江坂駅→3駅、新大阪駅→5駅


●駅名標

真っ黒ですが、これは地下駅の壁面を撮っている為で、ホーム上にこういう形の駅名標が見当たらず、壁面のものを撮りました。

ちなみにここに初めて来たのは2000年8月の事でしたが、当時はなんら記録を残さず、2007年に初記録(写真)がありますが、駅構内の記録などがなかったので、2017年4月、つまり今回、きちっと記録を残すために訪ねました。よって、今回記事の写真はほとんど、最新の形のものでお送りいたします。(北大阪急行の方のみですが)

大阪市営地下鉄の御堂筋線(新大阪や梅田、難波などを通る路線)の延長上にある北大阪急行の終着駅で、この駅名標でも隣駅は片側のみになっています。しかし、完全な盲腸線ではなく、大阪モノレールの駅があり、大阪空港駅(伊丹空港)へも直通でアクセスできます。

千里中央って名前はよく聞いていましたが、どこにあるんだろうと思っている方は少なからず居るかと思いますが、豊中市なんですね。ちなみに大阪空港駅というと兵庫県伊丹市にありそうに思うでしょうが、所在地の住所としては実は豊中市になります。

Dscn8691

●時刻表

大阪市内行発車時刻表という形で載っていますが、終着駅につきこの片側の時刻表のみとなります。

見てると8分間隔で出ている感じですね。ここから大阪方面へ戻る時に暫く電車が止まった状態で、

江坂駅の記事でも触れましたが、北大阪急行に属しているものの、ほぼ大阪市営地下鉄へとそのまま直通しているので、新大阪とか梅田とかそのまま乗換なしで行けます。「ほぼ」と書いたのは、極稀に江坂駅のものがあって、なかもず行に連絡という形になっているからです。

Dscn8687

●ホーム

北大阪急行のものですが、1面2線のみの地下駅で、階段やエスカレータで上がっていく形です。

大きな駅の割に1面2線のみというのが意外でした。

いろんな看板類が置いてありますが、桜の季節には桜のセットが置かれていたり、また売店もホーム上にあります。

ホーム上に隣駅表示のあるような駅名標がみられず、柱に駅名だけ書かれたものだけは見つけられた、という感じです。

Dscn8689
Dscn8690

●ホームを見下ろし

ホームの階段上から全景が見下ろせる形です。地下駅では珍しい構造ですね。階段サイドの部分が上までなくて、手すり部分までになっている事もそうですが、堀切状になった地下駅という部分も特異ではあるかと思います。

Dscn8712

●改札出て

ホームから上がったらすぐに改札で、これを出たすぐ傍の地点です。

ホームのすぐ上の階ですが、そのホームを囲う形で飲食店はじめとした店の数々が軒を並べています。大阪モノレールへは別の階まで行ってアクセスする事となります。

Dscn8711

●駅前に降り立つ

地上階まで下りてきてのカットです。タクシーが多数待機していました。

色んな出口があるので、色んな駅前の姿/表情があるのですが、こちらは千里阪急という阪急百貨店の店舗ですが、この駅と同じ1970年に開業しています。何といってもこの大量の三角枠がインパクト大のビルです。

Dscn8710
Dscn8709

●せんちゅうPAL

せんちゅうとは千里中央の略ですが、北大阪急行の駅から出て2Fの通路から抜けると、多層になったこの専門店街のビル内部を輪切りにした形で見る事ができます。この建物のてっぺんに「せんちゅうPAL」と表記されています。

阪急百貨店があり、この専門店街があって、更には千里セルシーという複合商業施設があり、千里ニュータウンの中心地域として開発が進められたという当地域ですが、とにかく商業店舗はめちゃくちゃ沢山あります。

Dscn8701

●駅周辺

これを駅舎というかどうか?な部分はありますが、駅と隣接した商業施設のビルという状態で、駅ビルといえなくもないのかな?と。しかし、建屋を外から見て『千里中央駅』と表記された部分が見当たらず、駅舎の表現がちょっと合わない気がします。

Dscn8706

●駅案内一角

ここからは2007年訪問時のカットとなります。大阪モノレール側は10年前でも多少記録にあるので、ここからはモノレール側について触れます。10年前の姿ではありますが大きくは変わっていないと思います。

これはバスのりばからの駅への案内です。バスのりばが多数あり、路線はかなり多いです。

Himg0342

●あちこちモノレール

大阪モノレールの駅へ来ました。パネルとしてデカデカとありました。大阪モノレールの歴史を綴っているのかと思いきや全然違っていて、各地のモノレールの開通年と現況の説明をしたものでした。管理人は4つの街にここまでの生涯で暮らした事がありますが、うち2つはモノレールの有った都市で、いずれも現存していない状態です。

10年経った今もこれがあるのかどうか…

Himg0340

●モノレール駅

こちらは割と分かりやすい形で、駅名の表示があります。

北大阪急行の駅から千里セルシーを経て、ここへ至ります。

阪急線であれば同じ豊中市内の蛍池駅で乗換えて伊丹空港へ向かいますが、この駅であれば北大阪急行で大阪市内からやって来て、少し歩いてここへ乗り換えれば、そのまま伊丹空港へ行く事ができます。

この駅周辺は千里セルシーのセルシー広場で色々とお世話になりました。セルシー広場がもう使われないと聞いて寂しい限りです。「THE日本の休日」という感じの雰囲気がそこかしこに感じられ、その1つがセルシー広場で行われていて、休日?レジャーの象徴的存在と思っているので、本当に寂しいです。

Himg0341

より以前の記事一覧