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30和歌山県

2016年8月16日 (火)

南海/和歌山市駅 (和歌山県和歌山市)

和歌山県和歌山市の南海/和歌山市(わかやまし)です。

前回記事で、「和歌山駅」をupしましたが、今回はこの和歌山駅と共に「市駅」として相並び立つ和歌山市駅の記事です。

-JR・南海/和歌山市駅
【路線】JR紀勢本線(亀山-和歌山市間)
    南海本線(難波-和歌山市間)
       和歌山港線(和歌山市-和歌山港間)

【開業】1903年3月21
【訪問】初訪問-2006年7
【1日あたり平均乗車人員】 JR-1,845人/日 (2014年)
                  南海-17,732人/日(同上) ※南海は乗降人員
【近隣の主要駅(亀山方面)和歌山駅→2駅
           (難波方面)みさき公園駅→4駅

           (和歌山港方面)和歌山港
→隣駅 
           (加太方面)加太駅→8駅

●駅名標

ここへの初訪問は2006年7月ですが、写真は2007年4月訪問時のものを中心にお届けします。

JRも紀勢本線として通っているのですが、和歌山駅と結ぶ線の要素が強く、南海の主要駅としての機能が前面に出ている形で利用者数にもかなり差があります。それ故この記事タイトルも「南海」と冠しました。

この駅名標はJRの路線のものですが、駅名標は完全に南海で、JRには路線が通っているだけで、他は全て南海といっても過言ではない雰囲気がありました。

南海では本線の終着駅という重要な役割を果たし、また隣の和歌山港駅と1駅分だけ結ぶ「和歌山港線」としても所属しており、また属してはいないものの加太駅までを結ぶ「加太線」も当駅へ乗り入れてきています。

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●改札

ホーム内の写真をあまり撮っておらず、次はこの改札の風景です。

こういうカットを撮るのは珍しいのですが、奇跡的に人がいない瞬間があったので。人がワンサカいるうちは基本撮りません。

JRも南海も共用の形で、同じ和歌山県の橋本駅などもこのような構造と記憶しています。南海の方は車両数の情報も載っていますが、JRは時刻だけで、ここにも南海優位の感を垣間見ました。

それぞれ全然時間帯が違うところに、路線によっての運行状況(本数)を窺い知る事も出来ますね。

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●階段を下りる

和歌山市駅といえば正面にデンと構える大きな階段が特徴的で、鹿児島中央駅を思い出しました(あんなに階段むき出しではありませんが…)

そんな階段を降りる時のカットです。地下にも商店街があります。

冒頭も書きましたが、この駅は「市駅」の愛称で親しまれており、一方の和歌山駅の方は「和駅」といわれています。それぞれ市内で中心駅として並び立つ存在で、両者の距離は3㌔余りあります。市内の主要施設へはどちらの駅からでもそれなりに距離があり、アクセスが良いのかどうかよくわからない町、というのが個人的印象ではあります。

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●駅前通りへ

駅舎の前はこのような広い道路があって、これを隔てて駅前の通りへ。

元々あったアーチを遮る形で、ホテルの看板が出ているのがなんとも関西…な気がします。

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●駅前広場

バスターミナルが広がっていて、和歌山駅と並びバス交通の重要拠点として存在しているのが窺えました。

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●和歌山市駅 駅舎

和歌山駅と並ぶ、堂々とした佇まいの駅舎です。

昔の和歌山駅もこのような色ではありましたが…。

しかしこの駅もピーク時の昭和40年頃の乗降人員は約5万人、現在はその1/3程度にまで落ちてしまい、また駅舎の老朽化もあり、建て替えになるというニュースがありました。

図書館が入り、スーパーも入るとの事で、イメージ図も見ましたが、このようなカラーではなく、白を基調としたシックな色遣いになるようで、こういう目を惹く感じではなくなってしまうのかな、と思うと少々残念な思いもします。

2015年からの5か年計画で再開発を行うとの事で、現在真っ最中かと思いますが、この駅の姿はこの記録にていつまでも残ってほしいと思い、また新駅の姿にも期待したいと思います。

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2016年8月15日 (月)

JR和歌山駅 (和歌山県和歌山市)

和歌山県和歌山市のJR和歌山(わかやま)です。

和歌山市は和歌山県の北西部に位置し、人口は362,840人(2016.6.1現在)で、和歌山県の県庁所在地であり、紀州徳川家が治めた紀州藩の城下町として栄え、かの徳川吉宗もここから世に出た人物です。

かつて1980年代前半は人口が40万を越えていた時期がありましたが、近年は減少が問題となっており、当時より1割ほど落ちています。

-JR・和歌山電鉄/和歌山駅
【路線】JR紀勢本線(亀山-和歌山間)
      阪和線(天王寺-和歌山間)
      和歌山線(王寺間-和歌山間)
    和歌山電鉄貴志川線(和歌山-貴志間)

【開業】1924年2月28
【訪問】初訪問-1993年9
【1日あたり平均乗車人員】 5,251人/日 (2014年)
【近隣の主要駅(亀山方面)海南駅→4駅
           (天王寺方面)和泉砂川駅→6駅

           (王寺方面)岩出駅
→6駅 
           (貴志方面)貴志駅→13駅

●ホーム

ここへの初訪問は1993年9月、実に23年も前の事となりますが、この記事でお送りする写真は2006年7月の再訪時のものを中心にお届けしていきます。それでも10年前になりますが、このあたりの景色はそんなに変わっていないのではないか、と勝手に思いながら載せます。

さて、この和歌山駅、開業が1924年と他の主要都市駅に比べるといささか遅い形となっていますが、この駅は元々東和歌山駅として開業したものであり、この時既に「和歌山駅」が別に存在していました、今の紀伊駅(現・和歌山駅の隣駅)です。その後、様々な世の流れの変化に従い、当駅の方が中心的機能を持つようになり、1968年になって現在の「和歌山駅」に改称されています。

JRで複数路線に分岐するキー駅ですが、どの路線でも終着駅扱いで、紀勢本線と阪和線の境界となる駅でもあります。また、JRのみらず「和歌山電鉄」の始発駅でもあり、この鉄道では終点まで乗って行くと、あの「たま駅長」の居る"貴志駅"に辿り着きます。初代駅長は亡くなってしまいましたが、現在は2代目のたま駅長が就任しています。

南海に「和歌山市駅」があります(JRと共存)が、こことは少し距離があり、JRで紀伊駅を挟んでの移動、またはバスでの移動になります。松山駅と松山市駅との関係に少し近いですかね、この両者の場合は鉄道での移動は不可能ですが。

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●ホーム2

ホームから階段へ行くにあたっての各ホームの案内はこのようになっています。

これ以外に7番線は和歌山線として岩出方面、8番線は和歌山市駅と結ぶ紀勢本線で、この撮影しているホームはこれらにあたります。その為、この駅名標では隣駅表示が片側しかない格好となっています。

また、9番線として和歌山電鉄のホームがあります。6番は欠番であり、しめて5面8線と広大なホームを有する形となっています。とても中心駅ではなかったとは思えないですね。

ここから「9番線」の写真までは2010年10月の再訪時のものです。状況はあまり変わっていないかと思いますが、車両によっては2006年当時なかったものなども出てきます。

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●駅構内

何といっても印象的なのが、このように自動車を駅構内に展示している事です。

これはダイハツのディーラーにより置かれているもので、新大阪駅にも同様に置いてるのだとか、新大阪には何度も行っているものの全く気付かなかったです。

Photo

●8番線から

という事で、こちらは和歌山市駅と結ぶ紀勢本線のホームで、当駅→紀和駅→和歌山市駅と結ぶ短い路線用です。

ちなみにかつて和歌山駅を名乗っていたのは「紀伊駅」で、この「紀和駅」と紛らわしいものがあります。

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●9番線

こちらは和歌山電鉄のホームですが、独特なカラーの列車が顔を覗かせていたので衝動的に撮ったものです。 「おもちゃ電車」と呼ばれる車両で、2007年に登場したそうですが、このあと2009年には、猫の顔が模された形がフロント部に出てくる「たま電車」が登場する事となります。いずれも有名な水戸岡鋭治氏の手によるデザインだそうです。

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●駅前目線

和歌山駅を出ての様子です。

さすが県都、堂々とした佇まいで、高層の建物が向こうへ続いていっています。

和歌山県は特に、人口規模では和歌山市一極集中の状態で、次に人口が多い自治体は田辺市の7万台です。そんな背景もあって、和歌山県内でこのような高層の建物が続くエリアというのはそうそうないという事です。

あと、ここで印象的なのは近鉄の電車は一切走っていませんが、向こうに「近鉄特急」の看板が見えたり、近鉄百貨店が入っていたりします。

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●近鉄百貨店

という訳で駅の真ん前に堂々と建っています。

和歌山市はおろか、和歌山県自体に近鉄は走っていませんが…。和歌山県で走っている大手私鉄は南海のみです。ちなみに和歌山「市駅」の方の駅ビルは「南海和歌山ビル」となっています。

2014年に高島屋が閉店以降、市内はおろか和歌山県内でさえも、ここが唯一の百貨店として生き残っているそうです。近鉄における売上としては、あべのハルカス店がダントツで、奈良店や大阪上本町店よりやや下という状態で、2013年の調査で売上234億円、全国73位という記録が残っています。地方都市での「百貨店」という業態の今後というものは色々考えさせられる要素がありそうです。

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●和歌山駅 駅舎

2007年4月当時の駅舎です。

この当時からでは駅ビルの名称が変わっており、この当時は「VIVO和歌山」で、現在は「和歌山MIO」としてリニューアルされているという事です。長らく行っていないので、その辺りもまた確認したいものですが…

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●和歌山駅 駅舎2

こちらは初訪問した1993年9月当時の駅舎です。

建物は同じですが、外装が今とだいぶ違っていて、濃い色で迫ってくる感じ?がありました。

この時は、近畿地方で最後に訪ねた県が和歌山県で、しかもここだった、という個人的にはかなり記念すべき訪問でした。

建屋の前にかかっている幕に枠がなく、そのまま垂れ下がっている感じで、後年のものは枠内にはまる形となっています。

この幕のいちばん右の分には「世界リゾート博」という、この翌年1994年夏に和歌山で開催された体験型博覧会のものがあり、時代を感じさせられます。関西国際空港の開業はこの博覧会の終盤となったものの、こういう形での地方での博覧会の「稀有な成功例」として語られています。

駅に歴史ありで、建物が変わっていなくても、色々な部分に目を向けて時代を感じる事ができるものだなと、改めて思わされました。

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2016年7月 9日 (土)

和歌山/岩出 岩出駅前・哀愁のYロード

和歌山県岩出市、JR岩出駅前の様子です。

(2010年10月当時)

●ガイドマップ

小さい駅ながらも市名を名乗る中心駅として、駅前にはこのような案内図がありました。

現在地である岩出駅は、この図でいうと真ん中よりやや右下の大きめの丸の部分です。

すぐ下を流れているのは紀ノ川です。

地図上部にある豪華そうなお寺は新義真言宗・根来寺というお寺です。「新義真言宗」というのは真言宗の宗派のひとつで、真言宗は大日如来が自ら説法するというもので、新義真言宗では大日如来が説法の為に加持身となる、という違いがあるそうです。岩出に来たなら行ってみたいひとつかもしれません(行きませんでしたが…)、バスで10分+徒歩10分、あるいはタクシーで10分等のアクセスになるといい、徒歩ではちょっと辛いようです。

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●駅前通り

高い建物はなく、それでもそれなりには駅前らしい通りの雰囲気は出ていました。商店らしき建物が並ぶ感じで。

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●タケベ薬局

この岩出の街で見た最も鮮烈な印象をもった場所かもしれません。

こんな薬局まだあったんだ!という目で見てました。

近頃量販のドラッグストアがあちこちで見られる訳ですが、そんな中にこういった昭和の薬局の王道といえる存在がこうして見られるのは、本当に嬉しい事でした。

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●いわでマンホール

真ん中上部は市の木ウバメガシ、その両サイドに市の鳥であるウグイス、外周には市の花である桜が散りばめられているという、発想的には至ってシンプルなネタのマンホールとなっています。

ウバメガシとは「姥目樫」と表記し、いわゆるカシの木な訳ですが、その中でも硬い葉をもつカシだそうで、都道府県によっては絶滅危惧種にも指定されているようです。

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●岩出郵便局

岩出市の本局ですが、大きな郵便局って大抵、割に四角いゴツゴツとした存在感のある建物である場合が多いと感じますが、こんな風に庇が長くついた局は珍しいのでは?と思いました。

開設は1872年、岩出郵便局という現在の名称になったのは1883年という歴史の長い局でもあります。

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●中華料理

の看板が寂しい通りです。

庇が骨組みだけになっていますが、営業しなくなってから何年ぐらい経つんだろう、とこういう店を見る度想像してしまいます。往時の思いを馳せる、そんな感じも抱きます。

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●岩出市役所

学校のようにも見える建物でした。結構道路沿いにあるというか、道路と建物の間に広場的スペースが殆どない構造になっていました。町役場から市役所にそのまま移行となったせいなのかは分かりませんが。

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●小豆島?

街を歩いていたら、「小豆島」なる文字が道路標識に!

「しょうどしま」ではなく、「あずしま」と読みます。

川の中州ということで「島」という地名になっているのでしょうか。

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●Y字路

最後に、典型的なY字路です。

岩出公民館付近の地点ですが、挟まれる格好になるこのブルーの建屋の形がなんともいえないものを感じます。道路の形に合わせるように段々幅が広がっていく感じに惹きつけられます。

もう少し、岩出の歴史に触れるものに出会いたかったのですが、駅前をそこそこ歩くだけでは少し足りなかったかもしれません。岩出の街の風景記録としてこの記事をあげたという事で。

以上 岩出の様子でした。

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2016年7月 7日 (木)

和歌山/海南 20年ぶりの街歩き

和歌山県海南市、JR海南駅からの歩き旅です。

(2013年8月当時)

●駅前道

駅から伸びる道路ではなく、駅前広場を挟んで線路と平行に走る道路です。

この能開センターは20数年前の初訪問時もここにあった気がします。駅は大変変わりましたが、対岸は当時に近い、印象が強かったです。

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●ヴァンサンカン

海南駅と平行に走る道路上にある喫茶店です。

これも1993年訪問時にあった気がします。すごくおいしそうで、あれもこれも食べたい!と思った記憶があるのですが、あちこちでそんな事を思っていた為、本当にここだったか定かではありません。それにしてもおいしそうですね、このメニュー群。

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●一番街商店街

駅前の商店街として代表的な通りです。

商店街の振興組合は昭和52年にできて、間もなく40年を迎えようとしています。身近な女性をターゲットにイベントを企画立案、実行するという独自の取組みも行っているといいます。

この垂れ下がっている3連の街灯も独特の華やかさを感じますね。

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●海南医療センター

の前のバス停です。

元々は1939年に海南診療所として開院したもので、46年には市民病院となり、この年の3月に当地に移転したばかりの状態でした。それまで市民病院の名で親しまれて約70年、ここへの移転が大きなターニングポイントとなったようです。

バス停のダイヤを見ると、4路線のバスが止まるものの、毎日運行便はなく、月水金の運行です、等の但し書きのある状態で、各路線1日2便程度で、土日運行はありません。

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●ジャスコ跡

サビの目立った建物のてっぺんに薄く{JUSCO」の文字が…!

今は亡きJUSCOの跡地ですが、昭和42年に海南市に進出した「海南店」とは別に昭和53年に開業した「海南ココ店」の跡地のようです。この辺りは開店当時は「海南一の繁華街」といわれ、大変栄えたそうです。「ココ」という商業施設に核店舗として入ったJUSCOも2007年に29年で撤退となりました。ちなみに海南店の方は1967年開店、2001年に閉店しており、その跡地はナント、上の写真の海南医療センターなのだとか。

海南ココ店は当初、「絶対に撤退しない」との約束を反故にして撤退し、その後裁判沙汰など泥沼の様相を呈したとか。

地域にとってこういった大型SCの進出というのは、当時の周辺地域にとって脅威であったり、異物であったり、歓迎される向きではない部分も多分にある事と思いますが、それらの難題をようやくクリアして開店にこぎつけたと思ったら、20~30年程度で撤退されると、その痛手もまた大きいというものですね。

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●じどうとしょかん

という、インパクトのある文字と、インパクトのあるレンガ色の建物、大変印象的でした。

海南市の図書館としては下津図書館という旧海南市外の旧・下津町のエリアにあるものの、旧海南市内のこの辺りのエリアでは、この児童図書館しかないようで、それがなんだか意外でした。

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●海南市民会館

このコンクリートの渋さに満ち溢れた建物がなんとも印象的な市民

会館です。色んな印象的な建物が立て続けに見られた、という訳ですここまで。

派手な色にするわけでもなく、きれいな色にするわけでもなく、この色で通してきた?のも逆にすごいと感心してしまいました。いつの建築かなかなか分かりませんが、この年季は本当に素晴らしいです。

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●海南市役所

をいろんな角度から。

これまたコンクリートの年季に満ち溢れた魅力的な建物でした。

昭和40年築のもう50年にもなる建物だそうですが、色による年季感もさる事ながら、この建物の複合感というか、いろんな形を寄せ集めた感もまた妙な雰囲気を醸し出していて、見る者の心を掴んでしまう、そんな気がします。

まるでジェンガのように下の層に無理矢理乗っけられた感満載の上の層、そしてその上の層を串刺しにするような突起物(エレベータ?)、すべてのゴツゴツしたものがつくり上げた芸術感溢れる集合体、ハーモニー?書いてて訳が分からなくなりましたが、この建物を堪能せよ!という気持ちでいっぱいです。

海南へ来たなら、こんな色々な建物群に心を打たれるべし、そう勧めてもよいかなというぐらい、魅力たっぷりです。

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2016年7月 5日 (火)

JR海南駅【新】 (和歌山県海南市)

和歌山県海南市、JR海南駅(旧)としてupしていましたが、20年ぶりの再訪で新駅舎の御紹介です。

といっても、旧駅記事の訪問年が1993年で、今回記事分は2013年当時のものです。

●駅名標

旧駅舎の記事の時は、駅舎しか撮っていなかったので、このような内部写真は一切ありませんでした。

ちなみに隣駅名のある「しみずうら」とは「冷水浦」と表記します。清い水ではなくて、冷たい水なんですね。

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●ホーム

和歌山駅から4駅という好立地で、2面4線の高架駅です。

高架化されたのは1998年の事で、旧駅記事の訪問より5年後、本記事の訪問時には既に高架化後15年の月日が流れていました。20年ぶり再訪というのはやはり、時の流れを感じずにはいられませんでした。

上側の写真の電車は117系の「和歌山色」といわれるものだそうです。「普通」とありますが、表示がなければ特急かな?と勘違いしてもおかしくないぐらいのものでした。

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●観光案内図

海南・海草 観光案内とありました。

海草とは、隣の海草郡を指していると思われます。

高校野球などで昔語りによく「旧海草中学」というのが出てきますが、これは現在の和歌山県立向陽高校という和歌山市内の高校です。尚、この学校は和歌山県内で初の中高一貫型の県立の学校として存在しています。

地図の左側に海がありますが、線路はこの海沿いに通っており、当駅もそんな海の割に近くにあります。さすがは「海」南というところで。

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●駅前広場

整備された床面がかなりのスペースにわたり広がっています。

下側はほぼ駅向かいの位置になりますが、これらの建物は20年前と大きくは変わっていない印象がありました。当時はこんなきれいな床面は殆どなかったと思いますが…。

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●駅前石碑

駅舎が見えてしまっていますが、これをバックにする形で建っている石碑です。

「紫の 名高の浦の 靡(なび)き藻の 情(こころ)は妹(いも)に 因りにしものを」とあります。

萬葉集からの撰で、作者は不詳ですが、「名高の浦になびく藻のように 私の心はあなたになびき寄ったものを」という意味だそうです。ここ海南駅の住所が海南市名高というもので、この辺りが海岸線であったとも。

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●海南駅 駅舎

1998年に新駅舎となってから、2013年になって初めて新駅舎を見た格好になります。

旧駅舎に比べて随分大きな駅舎になりました。またブルーレインボーといった感じの出入口上の模様も大変インパクトがあります。

向かいの海南駅しか知らない、という方にはこの姿は是非とも見てほしいものです。

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2014年1月13日 (月)

和歌山/御坊 JR御坊駅からひと駅歩き

和歌山県御坊市、JR御坊駅からの歩き旅です。

(2010年10月当時)

御坊駅から

JR御坊駅から通りを眺めた様子です。

この時は紀州鉄道の駅をひと通り行こうって趣向で訪ねました。紀州鉄道の同名駅も同じ場所にあるんですが、ここからではなくまずはタイトル通りひと駅分歩く事としました。その行程こそがこの記事そのものであります。

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幹線道へ

駅前から程なく右へそれて、この幹線道へ。

ここを暫く歩いてから左へそれて、紀州鉄道のレールに沿うように歩きました。

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小道も

通ります。

幹線道路をそれた後の道はこんなような小道が続きます。

色んな街を訪ねて思うのは、主要な通りじゃなくて、こんな小道にこそ、その町の性格というか独特のものが感じられる、という事でしょうか。

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田んぼ道

田んぼが両サイドにある道も通ります。

紀州鉄道は数駅しかない短い路線ですが、御坊駅から次の駅までがいちばん距離が長く、暫くこんな風に歩いていたのでした。

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田んぼの向こうに

見えるは、紀州鉄道の線路です。

これに沿って行くがために、田んぼの間の道を通って行ってる訳です。

のどかでいいですね、こんな所を走ってる短距離の路線、それが紀州鉄道です。もっとも御坊駅から離れるにつれ、駅間は短くなり、それなりに街も走りますが。

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小さな鉄橋

ローカル線に相応しい、と言えるくらいの小さな鉄橋がありました。

ちょっとした川だけど、こことて橋がなければ渡れないので、それは重要なものです。

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単なる踏切

遮断機も何もない、レールの周囲が板で埋められているだけの踏切です。

そんな猛スピードで走る電車ではないので、よほどでない限り必要ないのかもしれませんが、なんとも簡素なつくりだな、と。

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そして続くレール

踏切を越えて、次の駅まで続くレール。すぐ先にはまた踏切が!

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そしてまた、鉄橋

またもや小さな鉄橋です。

これだけを繋ぐための鉄橋ですが、やはり欠かせない存在です。

そして、程なく次の駅に到達するのでした。

ひと駅間歩いてみるだけでも、色んな風景に出会えるのでこうして歩く事は大事だし、新たな発見にもつながるかと思うのでした。。

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2013年7月24日 (水)

和歌山/有田 箕島駅前あたり

和歌山県有田市、JR箕島駅からの歩き旅です。

(2009年8月当時)

駅前広場

箕島駅の記事を見返すと、思いの外、載せてる写真が少なくて、こんな写真は駅記事で載せてるもんだと思ってましたが、あがってなかったんで、ここであげときます。

駅から駅前通りに向かっての方向です。

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駅前通り

独特の街灯が並んだ商店街、そんな感じの駅前通りです。

雰囲気は全体的に昭和かな、という感じ、そこがまたいいところです。

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有田川とあではし

駅から少し(200mほど)歩いて、有田川に架かるこのあではし(安諦橋)のところまで来ました。

欄干にミカンの絵があったり、有田らしさが出ています。

ちなみに有田(ありだ)と濁ります。ここへ来るまでは「ありた」だと本気で思ってました。というか、有田駅というのもないので(有田市の中心は箕島駅)、この有田の何すら気づかないかもしれません。普通に見てたら気づくでしょうが、「ありた」だと信じて疑わない、その可能性は十分にあるでしょうね。

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係留

有田川でみられた船の係留の様子。

こんな川に何をこんなに船と、これを止める設備があったんだろう?と思いました。

有田川では鵜飼の伝統文化があり、700年の歴史を誇るそうで、また全国的にも珍しい「徒歩漁法」という方法で鵜が鮎を獲るといいます。

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箕嶋神社

赤い鳥居からするとお稲荷さんでしょうか。

でも狐さんがいるわけではないな、と。

えぺっさんの時期には店が沢山出て、かなり賑わうようです。

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拝殿

木目調の硬質な印象の建屋です。

これでもあちこちの建屋でいろんな形での老朽化が進んでいるようで、寄進を求める旨の看板も立っていました。

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ネコたちの食事場

駅前の某地点に餌を皿にもらった猫たちが!

逃げる訳でもなく、こちらをただただ見てくるだけでした。

有田市で一番の思い出って、このネコたちかもしれません

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▼※食事中に見ないでください

やがて、うち一匹が突然、席を外しだしました。

ゆっくりフラフラとどこかへ…

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道隔てて向かいの駐車場の一角、ホントに角の所で止まりだしました…

何か探ってる感じ…

これはもしや…

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やっぱり…生理現象でした、、

ここんとこ特に食事中の方は見ないで下さい

しかも、するとこだけきれいに砂がよけてあります。

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事後は、その部分をちゃんと砂を払って埋め直してました。

本能なのか、エチケットできてます?!

その後バツが悪そうにこちらを睨みながら?!元居た所定の場所へ戻って行きました

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ネコ見てたら時間が経って、行かなければ!となってしまいました。

有田川とそこにある係留施設の様子と、箕嶋神社くらいでしょうか、他はこのネコに気を取られて終わった有田市の旅、ミカンのひとつも買っておけばよかったかな、というとこですが、記事はこれにて終了です。

2013年6月24日 (月)

紀州鉄道/西御坊駅 (和歌山県御坊市)

和歌山県御坊市の紀州鉄道/西御坊(にしごぼう)です。

御坊市では既にJR御坊駅をupしていますが、今回は御坊市内のみで運行されている「紀州鉄道」の駅を取りあげたいと思います

-紀州鉄道/西御坊駅
【路線】
紀州鉄道線(御坊-西御坊間)
【開業】1932年4月10日
【訪問】2010年10月
【1日あたり平均乗降車人員】 113人/日 (2011年)
【近隣の主要駅(御坊方面)御坊駅→4駅

駅名標周辺

御坊市に初めて足を踏み入れたのが2009年8月で、紀勢線をぐるっと回った旅の一環で訪ねたもので、その時はJRの御坊駅だけ行ってすぐ引き返したんですが、翌年10月に再び御坊駅に来て、紀州鉄道の駅を見てみようと思って、ずーっと歩いていきました。

紀州鉄道は、御坊-西御坊間(間に3駅ある)2.7kmを結ぶ短い路線です。以前はこの隣にもう一駅、日高川駅というのがありましたが1989年に廃止され、現在は当駅がこの盲腸線の終着となっています。

木製の細い柱で支えていたり、あちこちいたる所に昔の面影を遺した駅まわりとなっています。

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時刻表

これは実は御坊駅での写真です。

朝夕晩は1時間に2本、それ以外は1本ずつといったところで、1日計21本になります。

全くのローカル線の割に本数あるかな、と感じました。

全てが御坊-西御坊間の折返し運転です。

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紀州鉄道の列車

1両のみのワンマンカーです。

たった4駅分、2.7kmのゆったり旅でした。こんな短い路線それまで乗った事なかったと思いますし、その後も乗った覚えがありません。そこらのバス路線より短いですもんね。

これも実は御坊駅にて。この写真と上の時刻表のみ御坊駅のもので、他は全て西御坊でのものです。

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車止め

今となっては終着駅につき、車止めが取り付けられています。

向こうは柵がされながら、更に線路が続いていて、この先に駅があった事の名残がハッキリと見てとれます。

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ホーム

ホームは僅か1面1線のみ。

典型的なローカル線で、それも市内2.7kmを結ぶのみとあっては、究極的なローカルといえます。折返し運転のみで、それも行き交う事もないという訳ですね。

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駅舎内

ベニヤ張りのような木製の壁面が続く、そこそこ広い室内となっています。

所々壁面が外れかかっているところにどこか哀愁を感じます。

それでもポスターは賑やかにあちこち貼られてありました。

こうして自転車が駅舎内に適当に置かれているとこもローカル鉄道ならではですね。

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西御坊駅 駅舎

数段の階段の上にある、いかにも昔ながらのローカル線の駅舎、という感じの建屋です。

駅を出るといきなり踏切で、駅前広場相当のものはありません。

ただ、駅舎内に自販機が置いてあったりはしています。

ホーム上の細長い建物はトイレでしょうか。昔うちにあった仮設トイレを思い出しました。

そこらじゅうが時の止まった雰囲気の西御坊の駅でした。

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2013年2月11日 (月)

和歌山/新宮 カラフル徐福公園

和歌山県新宮市、JR新宮駅からの歩き旅です。

といっても、駅前ちょこっと見ただけですが…

新宮市観光ガイド

さて、和歌山県の市で駅以外の記事書くの初めてだと思います。そんな県が今まだいっぱいあって、ちょこちょここんな旅記事をupしていってます。

という訳で和歌山県の市で1発目はここ新宮市。

駅前の観光ガイドの写真から。

線路は市域の東部を斜めに横切るように通っていて、、真ん中よりやや右上が当駅です。

東には日本海があり、北は熊野川が東西に流れています。

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鳩ぽっぽ歌碑と東くめ

といっても「ポッポッポ 鳩ぽっぽ~」の方ではありません、この曲は正確には「鳩」というタイトルであり、「鳩ぽっぽ」は下記の碑の歌詞のものです。

作詞者は郷土出身の東(ひがし)くめ(1877-1969)/作曲はあの滝廉太郎というコンビです。

東くめは日本で初めて「口語で」童謡の作詞をした人物として知られ、他にも「お正月」(「もう~い-くつ寝ると~」のやつです)の作詞者でもあり、1962年にはここ新宮市の名誉市民となっています。

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「鳩ぽっぽ」の歌詞碑の周辺に、まさにその鳩たちが群がっていました。

白い鳩って見るとなんか幸せな気分になります。

ちなみに「鳩ぽっぽ」の作詞者・東くめは新宮の人ですが、長野市の善光寺の鳩を見てこの曲が出来るに至ったとされています。

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駅前の中国?!

駅前広場の左向こうすぐにあるこの中国風の楼門は「徐福公園」の入口です。

駅を出ると目に見える範囲内にあるので、ここに来たけれどあまり時間がない(←まさにこの時の自分の状況がそうでしたが…)という場合は、まずここを見ておくと良いと思います。

徐福とは、古代中国の方士で、秦の始皇帝に「不老不死の霊薬がある」と具申し、東方に船出し、王となり戻らなかったと伝わる人物です。

その徐福にまつわる伝説のある地はここ以外にも数多いといい、彼にまつわる伝説もその土地により様々といわれますが、徐福の墓が当地にある事に因み、この公園がつくられているようです。

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狛犬

狛犬も和風ではなく、唐風の雰囲気でした。唐獅子なのでしょうか。

日本の神社の狛犬は、「阿吽(あうん)」の呼吸で、一方が口を開け、もう一方は口を閉じていますが、ここのは両方共大きく口を開けていました。

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徐福像と不老の池

1997年に建てられたこの徐福像は御影石製で、高さは1.9㍍重さは1.5㌧あるそうです。ちなみにこの公園自体ができたのは、その3年前の1994年です。

像の脇には池があり、七人の重臣になぞらえて、彼らの有していた7つの徳に因み、それぞれ1文字ずつ漢字の刻まれた7本の柱が建てられ、7匹のコイが泳いでいるといいます。

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徐福顕彰碑

幕末期1834年に仁井田好古の撰・書により建てられる予定だったものが、運搬の途中で台風により船が沈み陽の目を見る事がないままでしたが、約100年後の1940年に皇紀2600年を記念して残った文書に基づいて建立したといいます。

徐福の墓も付近にありますが見落としていました。

この顕彰碑の真横に「徐福の墓」との説明板がついていたので、これが墓と思ってしまって…。
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楼門 いろいろ

色んな角度や大きさで撮ったものです。

色々違った顔が見えてきて面白いというものです。

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この後、バスに乗って串本の方へと向かいました。

新宮駅前の滞在時間は約20分、あまり詳しく街を回っておらず、徐福公園だけで満足してしまった部分もありますが、バスの車中、新宮城跡に出くわした事もあり、今度はこの辺りを巡ってみたい、というところです。

2011年9月 8日 (木)

JR紀伊田辺駅 (和歌山県田辺市)

和歌山県田辺市のJR紀伊田辺(きい・たなべ)です。

田辺市は和歌山県の中部に位置する本州最南の市で、人口は78,456人(2011.8.1現在)で、近畿地方で最大面積を誇る市でもあり、実に1,026k㎡もあります。

武蔵坊弁慶生誕の地と伝えられ、また熊野古道の中辺路ルート、大辺路ルートの分岐点で「口熊野」と呼ばれます。

-JR紀伊田辺
【市内】市内3駅(すべてJR)の中心駅
【路線】JR紀勢本線(亀山-和歌山市間)
       

【開業】1932年11月8日 (訪問は2009年8月)
【1日あたり平均乗車人員】 1,868人/日(2008年)  
【近隣の都市駅】(亀山方面)白浜駅→3駅 
          (和歌山市方面)御坊駅→9駅 


▼田辺市は和歌山県において、人口では県都・和歌山市に次ぐ第二の都市です。山梨県や高知県、徳島県などと共に県都以外はすべて10万以下の都市、というのにこの県も当てはまります。

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▼ホームは2面3線で、周りに都会的な駅がほとんどないため、沿線上の要衝となる重要なキー駅で特急列車が停まります。

長く続く屋根にも都市駅感に溢れている気がします。

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▼弁慶生誕の地とされるだけあって、駅前にはこんな勇壮な像が観光客を出迎えてくれます。

この一角は題して「弁慶広場」と銘打たれています。

弁慶は熊野の別当の子としてここに誕生したとありました。

この像は昭和46年9月に建てられたというので、今まさに40周年を迎えたところですね。

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▼こんなところにも弁慶モチーフのものが…

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▼紀伊田辺駅の駅舎です。

拠点のキー駅らしく中規模の駅舎となっています。駅ビルをもつような大きな駅ではないですが、この辺りでは立派な大型駅です。

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