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32島根県

2019年7月28日 (日)

島根/松江⑦ 今年ももうすぐ水郷祭

島根県松江市、これまで旧松江市外の地域を中心に6記事お届けしてきましたが、今回遂に平成の大合併以前から松江市であった(純然たる松江市)エリアの記事です。

本来は旧・玉湯町の玉造温泉エリアをお届けしたかったところですが、次の週末には松江の一大イベントである「水郷祭」を控える時期につき、昨年の様子の一端をお届けしようと思います。

基本的に水郷祭に特化しての写真記事となります。

(2018年8月当時)

 

▼去年の水郷祭での花火大会の様子です。

花火のカットを沢山撮ったのですが、1枚1枚あげてるとかなり縦長の写真だけの記事になるかと思い、主なものを1枚にまとめて、他の特に綺麗なものは別途あげる形としました。

水郷祭は松江市の夏の風物詩として代表的なもので、毎年8月の第1土日に開催され、中でも目玉はこの花火です。

今年の花火大会は8月3日(土)4日(日)の2日間行われ、3日は10,000発、4日は3,000発花火が上がるといい、観光客は30万人以上にのぼるといいます。松江市の人口が20万そこそこに対して、これをも上回る人でごった返します。

ここでの写真は、昨年の土曜日の花火になりますが、20:00に打上げ開始で1時間余り、色んな花火が打ち上げられて、見応え十分です。

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▼花火の上がる何時間も前から場所取りで人人人の賑わいでした。

宍道湖の北岸、松江市役所の付近で見ておりましたが、まずは日帰り温泉でひとっ風呂頂きました。

「松江しんじ湖温泉」駅付近にある「ちどり湯」という、2017年にオープンしたばかりの旧松江市内で唯一の日帰り専用温泉施設です。

 

脱衣所はこんな感じですが、設備的には銭湯に近い感じです。お湯は松江しんじ湖温泉のものを使っており、近辺の温泉宿と共通という訳です。

お風呂の種類がそんなに多くなく、露天風呂も確かなくて、石鹸やシャンプー類もありません。

また風呂以外に食堂やマッサージ機などもなく、銭湯と呼んで差し支えないと思います。

 

ちなみに周辺に足湯は点在しています。

↓とりあえずタオルは買いました。

【ちどり湯】

住所:島根県松江市千鳥町83 COCO MATSUEビル1F

電話番号:0852-61-5526

営業時間:10:00~22:00 (最終受付:21;20)

入館料:大人350円 子ども(小学生) 130円 未就学児童 70円

定休日:水曜日

HP:https://r.goope.jp/chidoriyu

アクセス:一畑電車 松江しんじ湖温泉駅より徒歩約5分

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▼ちどり湯の扉を出てすぐのところ、ビルの下の所で、机が出されて水郷祭用の臨時出店なのか?少し飲食物が販売されていました。

そのうちのこのナポリタンを買わせて頂きました。

これを花火が上がるまでの待ち時間に、宍道湖畔で頂いておりました。おいしかったです(笑) こういうお祭り時に食べるナポリタンは例外なく美味い。

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▼水郷祭の花火が上がるのを待機していた宍道湖畔(北岸)の様子をざっくりと。

対岸が向こうに見えていますが、この宍道湖北岸か、港に架かる数本の橋の最西端である「宍道湖大橋」の西側の欄干がポジションとしては良いようです。

JR松江駅北口の線路と平行に走る道路の西側でも、それなりには見えます。

一畑電車の松江しんじ湖温泉駅周辺が人気で賑わっており、この場所は松江駅からバスが出ていますが、十分歩いて行ける距離(約2km)でもあります。

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▼JR松江駅と一畑電車?松江しんじ湖温泉駅との関係性を地図にて。

松江駅が真ん中右の「目的」の部分で、松江しんじ湖温泉駅は北西の「出発」の部分にあたります。

左側に「フ」の字のように赤で描いた部分が、花火客で特にごった返す(と感じた)部分です。

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▼夜店も色々出ています。

そこで色々飲み食いしながら花火はどんどん上がっていきます。

至福の時でした。

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▼この赤っぽいのは宍道湖の夕映えを表しているのでしょうか?

ぐるっと松江レイクラインという周遊バスがありますが、その車体色もこんな赤い色で、聞くと宍道湖の夕日を表しているのだとか。

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▼その他花火です。

いろんな所から色んな花火を見る事ができました。

今度の土曜日8/3の晩に、直にこれを楽しんで頂きたく思います。

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▼当初見ていた場所から離れて、終盤はホテルへ向かいなが花火を見ていました。

というのも、終わってから動いても人の波がものすごいと思い、先に湖畔の賑わいどころから離れてきていました。

宍道湖に架かる橋まで出てきても橋から見ている方々も多かったので、まだまだ賑わっていましたが、下側の写真のように松江駅近くまでくると少なくなっていました。これが終了と同時に移動していると、この辺りもきっとごった返すと思い、先に引いたので人並みのそれほど飲まれずに済みました。(ホテルのがこの駅前だったのですが…)

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こんな感じですが、8/3(土)は10,000発の花火が上がります。

見に行かれる方は、楽しんで来て下さい!!

 

2019年7月21日 (日)

島根/松江⑥ 八雲 ラスト・ビレッジ!

島根県松江市、旧松江市街シリーズも第6弾となりましたが、今回は旧・八雲村です。

 

平成の大合併で松江市となった旧・八束郡のうち、唯一「村」であったところで、それが合併によって村から市へ一挙にジャンプアップしました。

(2004年8月当時)

 

▼この八雲村域に初めて来たのは1990年の事で、以後度々訪ねていましたが意外にも撮った写真が少なくて、今回記事にてお届けできるのもわずか3枚のみです。

八雲「村」といっても、合併直前の人口は7,000人余りいた訳で、この辺りの7,000人というと当時では完全に「町」のレベルでした。

当時から松江市のベッドタウン的な存在で、八雲村から松江へ通勤・通学する人も居たので、一般的な「村」のイメージとはかけ離れた状態であったかと思います。


訪ねていた事の殆どはこの鳥居の向こうの「熊野大社」へ行っていたというものです。

そしてその写真は松江市となってからのものではなく、合併で松江市になる直前の旧・八雲村最末期の頃のものとなります。村から市になり、住所表記上も「松江市八雲町…」と完全に村表記は消えていますが、当時から15年も経った今でもこの辺りはあまり変わっていないのでは?と思います。

この鳥居の向こうに熊野大社がある訳ですが、ここでよくおみくじを引いたものでした。


熊野大社は、720年「日本書紀」にはその名が既に現れているとされ、古くは出雲国において出雲大社以上の崇敬を集めていたといわれる由緒ある神社で、旧・八雲村エリアでは代表的な見どころのひとつです。

夏休み時期はラジオ体操が行なわれていて(1990年代当時)、体操しているところを加わった事があります(笑)

アクセスは下記内容ですが、バスでは松江駅から直通がなく「八雲車庫」にて一旦降りて、隣接する「八雲バスターミナル」でコミュニティバスに乗り換えてアクセスする方式となっています。この時すぐの接続ではないようで、多少のバッファがある為、どの便でもトータルすると松江駅からは50分程度かかります。

松江駅からは1時間に1本(30分に1本の時間帯もあり)程度で、松江駅に戻る時は1時間半に1本程度となっているので、バス利用の場合は要チェックですね。

【熊野大社】

住所:島根県松江市八雲町熊野2451

電話番号:0852-54-0087

アクセス:JR松江駅から南へ車で約40分
      車以外⇒JR松江駅から一畑バス22分「八雲車庫」行き終点下車、
              更に
「八雲バスターミナル」より八雲コミュニティバス「須谷」行き12分「熊野大社」バス停下車すぐ(計約50分、630円)
              ↓
             時刻表
 

HP:http://www.kumanotaisha.or.jp/

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▼道路から入って、熊野大社へ向かって左手前にあったのがこのお店「らーめんはうす・くまの」ですが、現在は旬野菜のレストラン「知足亭」となっているそうです。

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▼熊野大社の前にある温泉&宿泊施設「ゆうあい熊野館」です。

八雲エリアでは貴重な宿泊施設ですが、日帰り温泉での利用も可能で、この時も浸かってきました。

温泉もこの辺りでは貴重で、神社へお参り⇒温泉というルートも良いのかもしれません。

アクセスについては「熊野大社」と同様で、施設について最後に記します。


【ゆうあい熊野館】

住所:島根県松江市八雲町熊野773-1

電話番号:0852-54-0140

営業時間:10:00~21:30(最終受付21:00)

入浴料:大人410円、子ども200円

休業日:第3火曜日

HP:http://www.kumanokan.jp/

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このエリアは個人的にも、この辺りしか行った事がなく、改めてどこか違うエリアの開拓にも行きたいと、こうしてupして、より思うようになりました。

2019年7月20日 (土)

島根/松江⑤ 鹿島 愛して愛した恵曇・古浦の海

このブログで載せられる写真のメモリもかなり逼迫してきました…

あと何記事更新できるか…というところです。

 

島根県松江市、松江市では5つ目の記事となりますが、これまで宍道町美保関町島根町八束町と旧・八束郡の各町であった地域の様子をお届けしてきましたが、今回は「旧・鹿島町」の記事をお届けしたいと思います。

 

(2018年8月当時)

▼旧・鹿島町へはバスでアクセスしました。

松江駅から北西へ向かって、ここ「恵曇(えとも)連絡所」へ辿り着きました。

旧・鹿島町では、交通の重要拠点のひとつといえ、単なるバス停ではなく、ちょっとした待合所の建物が造られています(真ん中の屋根の平たいこじんまりした建物です)。 そしてその周辺(建物手前のスペース)はバスの待機所および方向回転場です。

松江駅から約35分、630円で行き着きます。

ダイヤ的にはほぼ30分に1本出ている格好で、ここから松江駅に向かう便だと、通学と思われる朝7時台は10分に1本の過密度合いになっている部分もあります。

この手前は歩いて2、3分くらいで海です。

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▼恵曇連絡所の待合室中身です。

この時は朝早くで出札は居ませんでした。普段いるのかもわかりませんが…

去年のお盆時期の暑い盛りでしたが、このベンチでくたばりながら松江駅へ帰り着くバスを待っていたものでした。

お盆の朝という時節柄的な部分もあったのかもしれませんが、自分の他にここで待っていたのは1人だけでした。

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▼バス連絡所がこの右に隠れている形ですが、ほぼ真横に位置している地点です。

十字屋という建物とカフェテラスJUJIYAというのが隣り合っています。

記憶が定かではない部分がありますが、右側の建屋の2F部分は昔「ふぁいぶ」という名前の喫茶店だったように思います。たしか内側の階段を上って2F部分がお店で、そこでかき氷を食べたりした記憶があります。左側が「十字屋パーラー」といってたような気が…、いずれももう20年以上前の記憶ですが…この辺寄ったのもこの時14年ぶりくらいでしたし… 

今はもうやっているのがどうかもわからないレベルですが、食べログ系の検索をすると名前だけは今も出てきます。レビューがないので、あるいはもう現役ではないのかもしませんが…いずれにせよ実はこの辺りは大変思い入れのある界隈です。

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▼恵曇連絡所から西へ、港に向かって歩いて行きます。

向こうにはもう海が見えています。

そんな海の近くの独特の家並みが目の前に現れていました。それぞれに歴史のありそうな、そんな家並みでした。

この家並みを歩いていると、左向こうのお家から出てきたおばあさんが「なんと暑い中を…」 (よく歩いてますな)というような感じで声をかけられました。この辺の御年輩の方たちは人情豊かな方々が多いなというのが勝手な印象です。大阪のおばちゃんとはまた違う、下から来るような温かさでして。

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▼港へ向かう家並みを通り過ぎ、ドン突きの港の所を左へ向いた光景です。

昔はこんな道路がなかったはずですが…しかしどんな姿だったかと聞かれると思い出せません、、

ここは恵曇漁港というころで、この左側の道路を緩やかに上っていけば古浦(こうら)という海水浴場に至り、この辺で海水浴場として今時期そこそこ賑わっているのでは、というところで、この時も夏の盛りだったので、外国人海水浴客なんかもいました。古浦については後ほどですが、まずはここ恵曇です。

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▼港へ向かった突き当たりの風景がこれです。(若干右を向いていますが…)

「恵曇漁港」の看板があります。

恵曇連絡所という所へバスで降り立ちましたが、ここは港町なのです。

当初はここを「エトモ」と読めずに漢字の塊で覚えてましたが「けいうん?」とか勝手に思ってましたね(笑)

今はここは松江市ですが、2005年3月までは八束郡鹿島町でした。更に遡れば、1956年までは「恵曇町」として自治体で存在していました。

出雲国風土記では「恵杼毛」と表記されていたようです。

右に見える建物は「JFしまね 恵曇支所」という恵曇港の漁協ですが、古いコンクリート色そのままの建物が歴史を伝えてくれるような雰囲気で、少なくとも平成初期からは殆ど変わっていないと思います。というか、この建物でどんな営みがあるのか?何回か行っている割には全然意識した事がありませんでした。

ちなみに「JF」とはJapan Fisheries cooperatives(日本漁業協同組合)、つまり漁協ですね。

ちなみに日本の漁港はナント2,860もあるといわれており、第1から第4種まであるそうで、この看板にある「第3種」というのは「利用が全国的なもの」という事で大規模漁港のひとつであるという意味合いです。 これの上に「特定第3種」というものが最大規模で13港しかないのですが、いずれも名だたる港ばかりでした。ここ恵曇港の「第3種」もこれに準ずる存在として101港のうちのひとつで、ピラミッド的に見ればかなり上の方に属する部類かと思います。

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▼そのコンクリート色そのままのJF(漁協)の建屋傍まで来ました。

たしかATMがあったな、なんて思って見てましたが入口左にありました。

でも、ここの前ホントに人通ってるのほとんど見た事なかったんです。この時も皆無でした。

この角度から見るとまだ幾分きれいというか、上の写真のように裏から見るとすごく黒ずんだように見えましたが。

ちなみにこの漁協の建物は、港でも入り組んだ部分に存在しています。

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▼漁協の建物から海沿いに200~300m程北西へと進んで、港の北西の出っ張った先へ出てきました。

恵曇漁協の卸売市場です。

この辺りはそこそこ人の気配もあった所で、恵曇といえばここへ必ず寄っていました。

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▼恵曇の漁港の様子です。

漁協の辺りよりも、こちらの卸売市場のある「港の先端」の方が、いかにも『漁港』の雰囲気に溢れています。

下の写真のいちばん上のものにあるようなスペースを、バイクで風を浴びながらゆっくり走るのが、とても心地よかったのです。1990年代から25年以上経ってもこの景色は殆ど変わっていせんでした。

いちばん下の写真のレンガ色っぽいのは卸売市場の建屋で水産会社などが入っています。

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▼同じ恵曇漁協卸売市場のスペースで、これは2004年夏当時のものです。

この訪問の14年前の姿ですが、殆ど変わっていません。

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▼恵曇漁港の先端から少し陸へ戻って「恵曇神社」へ来ました。漁港から東へ100mあまりの地点です。

廃屋と化した家々もチラホラ見受けられました。

恵曇神社ですが、創建年代は不明ながら、出雲国風土記に「恵杼毛社」の記載があったなど、かなり歴史あるところといわれています。建物の堂々とした佇まいに、その歴史を感じさせる雰囲気を感じました。

鎮座位置から 「江角大明神」ともいわれていたそうです。「江角」といえば個人的に島根県を連想しますが、江角姓といえば島根県でした個人的に。

実際、かつて女優で大躍進した江角マキコさんや、昭和期に主に悪役でならした故・江角英明さんなど、いずれも島根県出身で、やはり江角=島根だなと。

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▼降り立った恵曇連絡所バス停から港へ向かった時の地点へ戻ってきて、古浦海岸への道です。

この橋を渡れば古浦へ行き着きます。恵曇と古浦を結ぶ架け橋ですね。

恵曇の漁協からだと700~800mほどで古浦海水浴場に辿り着き、漁港と海水浴場それぞれ地名が違いますが、実に近い距離であり普通に歩いて行き来できます。

そしてこの橋を渡る時に、橋から横(陸側へ)を見てみると素晴らしい町並が目に飛び込んできました。昔この辺り何度も行っていた割にいつもバイクで駆け抜けていたので全然気づきませんでした。

こうして見て初めてこの町並に感動しました。こんなにできあがった港町なのかと。

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▼橋を渡ってこんな路地を通りながら、向こうへしばらく歩いて行けば古浦の海水浴場が見えてきます。

酒店や材木店等が見られました。

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▼古浦の地に来た事が分かる看板がありました。

「はまひるがおの咲く砂浜」と記されていて、恵曇と隣り合わせながら全く違った雰囲気の印象を受けます。

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▼古浦の海岸です。

恵曇は漁港ですが、古浦は海水浴場がメインとなっています。

という訳で砂浜、海が広がっています。

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▼海の家も出ていました。

そんなに派手な存在ではありませんが、ちゃんと海の家くらいはあるよ、という感じでした。

以下は古浦の海岸の様子を。

かつては海岸の手前部分が段々畑のような緩やかな階段状のものが取り付けられていましたが、今は無くなっています。

階段状になっていた時はここへよく来たものでしたが、その面影が亡くなってしまい、普通の海岸になってしまった感じで、少々寂しかったです。

古浦海岸の海での営業は7月8月との事で、これれから最盛期というところかと。

松江市では人気の海岸につき、一度行ってみられては…とお思います。

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▼最後に、古浦海岸の先述の海岸手前が階段状になっていた当時のカット(2004年)を載せます。

上野海岸の写真では、これはすっかり撤去されていて、古浦といえばここの上で海を眺めていた身としては寂しいものがありました。

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2019年6月25日 (火)

島根 松江④ 八束町、それは大根島

島根県松江市島根/松江③ You are しまね of しまねs に続く松江市4つ目の記事です。

宍道、美保関、島根という旧松江市外の各町シリーズの第4弾、今回は旧八束町、すなわち大根島編です。

(2018年8月当時)

▼八束町(やつかちょう)は平成の大合併により現在は松江市になっていますが、それまでは八束郡八束町として、大根島(だいこんじま)がこの町内を占めていました。

大根島はその名の通り島ですが、松江市の中心市街から陸続きとなっており、このようにバスでアクセスできるもので「八束町」バス停として、このようなでっかいターミナルを有しています。

松江市からは陸続きですし、反対側では鳥取県境港市からも陸路でアクセスできます。これらを繋いでいる島、という言い方をしても良いのかもしれません。ちなみに松江市街と大根島が陸続きになったのは1978(昭和53)年の事だそうで、それまでは航路頼りであったと思いますが、この陸続き化は大きな変革をもたらしたのかどうか…。

大根島は面積約6.7k㎡ほどの火山としてできた小さな島で、出雲国風土記では「たこ島」と表記されていたようですが、そこから訛ったものなのか??大根島となったようで、大根とはあまり関係がないようです。

牡丹園が有名で、普段はのんびりとして穏やかな島ですが、GW期にはこの牡丹園の観光客でかなり賑わいます。ぼたんの苗木の栽培が非常に盛んで、国内総生産の8割以上がこの大根島での生産によるものです。

その大根島へのアクセスは…

【JR松江駅から】

松江市営バス「大根島・由志園入口」行 終点 約50分(700円)

シャトルバス 「JR境港駅」行 「由志園」バス停下車  約30分

…と松江駅からでも、また鳥取県の境港駅からでもアクセスできます。

松江市営バスではほぼ1時間に1本、シャトルバスでは昼間のみで1日4便程度しかなく、公共交通機関で大根島を訪ねる場合は、予め時刻チェックをしておいた方がベターです。1時間に1本あれば個人的には耐えられる範囲内ですが(笑)

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▼八束町のターミナルの内外です。

大根島内でおそらく、ここだけがこのような室内待ち合わせの出来る施設を有しているものと思われます。

この時は夏の暑い盛りで、直射日光を浴びないで済み、暑いなりにそれはそれで助かりました。

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▼ぼたん園のある「由志園」へは先ほどのバス停から歩いて行けるのですが、ここではあえてまず反対方向を散策しました。

この辺りには色んな施設が島内に集まっている感じですが、まず行ったのがこの「八束学園」でした。

私立の学園施設かな?と思っていたのですが、よくよく調べると小中一貫の「義務教育学校」という事です。

島内にあった八束小学校と八束中学校が閉校/統合され、9年制の義務教育学校になった、という訳です。この義務教育が交というのは2016年の学校教育法の改正で新たにできた制度だそうです。

ちなみにここには桜の木があり、それは1932(昭和7)年にこの地に小学校の中央校舎が建設され、その記念に植樹されたものだそうです。そして桜の寿命が約60年といわれるところを80年以上経った今でも咲き続けているそうです。

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▼松江大根島牡丹などと看板が並んでいました。

平成の大合併以前の旧・八束町の頃であれば、「松江」の冠はなかったのかもしれないですね。

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▼やってきたバス道に沿って、松江市街に戻る形で歩を進めると、あったのはこの建物でした。

これは松江市役所八束支所、旧の八束町役場でした。

八束町時代の1995年築で、ガラス張りのモダン建築っぽい建物でお役所という感じを受けない建物でした。

初めてこの島を訪ねたのは1990年夏の事でしたが、その時にはこんな建物はありませんでした。旧役場を検索で探してみますが、なかなか見当たらないですね。ともあれ、今は松江市役所の支所として立派に残っています。

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▼町民体育館のバス停名表示通り、町民体育館です。

旧・八束町の町民体育館で、合併後に松江市となった今では、松江市八束町として町民体育館という位置づけになるかな、というところです。

体育館に医務室などもあるようです。

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▼更に今度は松江市八束公民館です。

まさに町内の主要施設の集まったエリア、という言葉がピッタリです。

市役所支所は新しい建物ですが、体育館と公民館は昔ながらという感じでコンクリート色ものものの建物でした。1977(昭和52)年に当時の八束町民会館として設置されたのがこの建物のスタートのようです(公民館としては1962(昭和37)年に八束小学校校庭に設置がスタートだそうで)

朝ヨガなど新しい試みもやっているようです。

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▼島らしい風景も見られます。

海側へ行くと特に顕著です。

ざっくりいうと3×2km位の島なので、海沿いへ行くにもそんなに時間はかかりません。

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▼八束のバスターミナルへ戻って、そこから別方向へ歩いてしばらく、このように「由志園(ゆうしえん)」の看板がデカデカとありました。

大根島を最も象徴するといってよい観光名所です。

まちの駅とぼたん等の庭園スペースと併設の形となっています。

大型観光バスもここの駐車場に停まっていて、島内でも他にこのような大型車の停まっているような観光スペースはないと思います。

由志園そのものは入園料が要りますが、この植物園エリアは観覧フリーです。売り物としても置いてあるので、そこでお花などを買う事も出来ます。

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▼植物園エリアは「花の駅」として開放されています。外置きの所とビニールハウス内のような所とがあります。

由志園の中はこれの何倍も素晴らしい景色な訳ですが、まずここで無料で花の美しさを堪能する事ができます。

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▼由志園の実質的な入口はこのような和風建築物です。

先程の植物園と道を挟んだ向かいにあります。

入口周辺はこのような和風建築の建物が続いていて、牡丹園とは全然違う顔となっています。

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▼これは上の写真の由志園入口の向かいにある「由志園」バス停です。

由志園を観光したら、このバス停に乗って松江や境港などの方面へと戻っていくのが一般的な公共交通機関利用ルートです。

このバス停は基本待合スペースは外であり、内は植物園スペースですが、それでも立派な庇がついていて、大根島内では2番目に立派なバス停といえるかと思います。他のバス停は、知る限りでは普通に停留所の標識があるだけのバス停、という感じかと思います。

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▼由志園の入場半券です。

ウリである「ぼたん」満載です。

見ごろはGW頃で、その頃ここは大渋滞に見舞われるとか。

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▼由志園を入ったばかりのところは純然たる日本庭園です。

そもそもその名の通り「園」がつく、れっきとした日本庭園なのです。

1975(昭和50)年に開園され、面積は40,000㎡を誇る広さで、池を巡りまわる形式、の庭園という事です。以後、大根島を代表する観光スポットとして君臨し続け、現在に至ります。

そしてこの庭園スペースを進んでいくと「涼風ミスト」というのがありました。折しもお盆真っ盛りの様な時期で、つまりは暑い盛りの時期であったので、本当にこのミストの存在は有り難かったです。これで2~3℃は違うそうです。

そしてこれ以外にもミストの効果が表れてきます、この先を行けば…

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▼ミストが出ている事で涼しくなるだけでなく、このような幻想的な風景を醸し出していました。

ちょっとした天空感も出ていました。(湯気ではありません…)

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▼通路に従って歩を進めていきます。

庭園風景が続いていきます。

ミストのあるところやないところ色々ですが、それぞれの景色が見られる訳です。。

ぼたん園、のイメージでやってきたのでこんなに庭園風景が続いているとは思いませんでした。

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▼ 由志園いや、ひいては大根島のメインといっても過言ではない、象徴的なものがこれです。

この記事で最も見せたいものかもしれません。

それが、この…

牡丹の館 です!

「満開の牡丹を ご覧ください」とありました。

「屋内庭園」と冠されたこの牡丹園それはもう見事なくらい、牡丹がボリューム満点にボンボンと咲き誇っていました。

見ごろはGW頃、と何度も書きましたが、お盆時期でもこんな風に素晴らしいものが見られます。

まだまだ何枚も撮っていますがキリがないので、あとは実際に現地に足を運んで是非に見てきてほしいです。

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▼牡丹の館で沢山の牡丹を楽しんだ後は、再び日本庭園風景へ。

これはまた別の朱塗りの橋へと出てきましたが、また少し趣が違う感じのゾーンでしたが、その庭園の美しさにまた見入るものがありました。

蓮っ葉が並んでいる風景も素晴らしいものがありました。

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▼最後は、普通の日本庭園の景色が圧倒的に多いのですが、最後らへんにはちょっと独特の庭園がありました。

それがこの「八雲の庭園」です。

ミラーボーラー インスタレーションアート とありました。

「宇宙と和式美」をテーマにした"アート庭園"を謳った場所で、キラキラと光る牡丹がとても美しかったです。

奉行所の「お白洲?」のような白い砂の上に、キラキラ光る牡丹がデカデカと置かれていたのが、とても印象的でした。

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という訳で、大根島の由志園を中心にお届けしました。

思い切り咲き誇る牡丹の花と、素晴らしい日本庭園は鑑賞の価値十二分にあり、と思います。

2019年5月 9日 (木)

一畑電車/出雲大社前駅 (島根県出雲市)

島根県出雲市の一畑電車/出雲大社前(いずもたいしゃまえ)です。

出雲市ではJR・一畑電車/出雲市駅をupしていますが、これに続いての駅紹介です。

-一畑電鉄/出雲大社前駅
【路線】一畑電車大社線(川跡-出雲大社前間)
【開業】1930年2月2
【訪問】初訪問-1990年8
【1日あたり平均乗車人員】 280人/日 (2012年)
【近隣の都市駅(川跡方面)川跡駅→4駅 
                   出雲市駅→8駅 (川跡経由出雲市方面)
                   雲州平田駅→8駅 (川跡経由松江しんじ湖温泉方面)

▼電車でここまで来なかった為、ホームの様子の写真はありません。

代わりにといってはなんですが、改札出た後の駅舎内を天井中心に撮ったものです。

ステンドグラス調になっていたり、シャンデリアっぽくなっていたり、規模は中途半端ですが、オシャレ要素のある駅舎内となっていました。

この駅は、一畑電鉄の中でもメインの本線ではなく、本線途中の川跡駅という駅から「大社線」へ分岐しての終着駅となっています。

今は出雲市に属していますが、平成の大合併以前は「簸川郡大社町」という形で郡部に属していました。

この付近にJR大社駅がありましたが、1990(平成2)年4月1日をもって大社線廃止に伴い、その役目を終えております。今ではこの旧大社町にはJR駅は存在せず、一畑電車の駅のみが存在する形となっています。

ただ、この大社駅の駅舎はそのまま保存されていて、少し歩けばその勇壮な姿を見る事ができます。

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▼駅を出ると、出雲大社への参道が横に通っていて、駅を出て右向いてそのまんま突き当りまで歩いて行くと、そこは出雲大社です。

そしてその参道沿いには実に沢山のお店があり、さすが島根きっての観光名所・出雲大社だけの事はあるな、と思いますし時々「ここって島根県なのか?」という驚きにも似た感情を抱きます、それくらい賑やかです。島根県に住んでいた事があるのでついこのような表現をしてしまいますが、本来ののどかな島根県は大好きです。故郷に帰ったような気分になって。

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▼出雲大社前駅の駅舎です。

角と丸をふんだんに使った独特の形の駅舎となっています。

そして屋根の丸さと多数の縦線横線??が建物にものすごくアクセントを与えています。上半分は主に丸が使われ、下半分は角が多く使われている感じです。

出雲大社の前にありますが、そんなに大きな駅ではありません。

といっても一畑電車の沿線駅では駅舎があるだけでも少々格上感があり、ましてやこんな立派な駅舎があるという事で、一畑電鉄の中でも屈指の規模の駅という事になります。

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▼駅舎の真ん中部分のみのアップです。

窓の枠の組み具合というのか?独特のものがあります。

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▼この出雲大社前駅はたいそうな建物で、

登録有形文化財 (1996年)

近代化産業遺産(2009年)

と複数の指定を受けている素晴らしい駅舎です。

登録有形文化財は全国に約12,000件あるそうで、島根県には約200件あり、これもその1つに入ります。意外と多いのですね。

出雲大社へ歩いて行けるこの駅、素晴らしい建物遺産であるこの駅、

一度は訪ねてみられては??と推したいと思います。近くには平成の初めに廃駅後もそのまま残っている「旧国鉄の大社駅もあります。

そして島根県きっての観光地の最寄駅であります。

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2018年9月 4日 (火)

島根/松江③ You are しまね of しまねs

島根県松江市、島根/松江② 美保関 青石畳と港の眺め に続いて松江市の3つ目の記事です。

松江市でも、旧松江市外から取り上げており、1回目が旧・宍道町、2回目が旧・美保関町、そして今回は「旧・島根町」です。

島根県は県庁所在地が松江市という事で、では島根という地があるのか??というと、この島根町でした。平成の大合併まで「八束郡島根町」という自治体として存在し、現在は松江市となっていますが、こここそが「島根の中の島根」な訳です。記事タイトルもその意味からこのようにしました。

(2018年8月当時)

●マリンゲート バス停

旧・島根町の中心的バス停の役割を果たす場所で、このような室内型の待合室を有しています。

松江駅から「マリンゲート」行のバスに乗って約40分、670円です。便数としてはほぼ1時間に1本です。

松江からのバスでは終着点にあたり、旧・島根町の大きな観光資源のひとつである「マリンゲートしまね」が道を隔ててすぐ傍にあります。このバス路線だけでなく、旧・島根町内の「島根町路線バス」の停留所でもあり、ここにいた1時間の間に1本だけ、そのバスも発着してきていました。

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●バス停周り

マリンゲートバス停周辺の様子です。

何にもない、穏やかそのもの、海岸に面したバス停広場です。

海辺の景色を存分に楽しめる、それがこのバス停前の広場でできるというこの贅沢感!

左端にバスが停まっていますが、来た時にこのバスでやって来て、それがここで休憩していて、1時間後結局何もできずに帰る時にまた、このバスに乗って松江駅へ帰る事となりました…

下側の写真の右端にあるオレンジ瓦の建物がバス待合室です。

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●海岸

島根町大芦(おあし)の海岸です。

海が綺麗で、下の地面のものが見えていました。

海水浴場には事欠かないのがこの島根町ですが、ここは海水浴場ではないようです。

対岸に見える半島の景色と海岸線のカーブの具合がとっても画になる、素晴らしい海岸です。

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●マリンゲートしまね

旧・島根町を象徴する施設といっていいこの「マリンゲートしまね」

その存在は昔から知ってはいましたが、ついぞ見る事なく、1991年のオープンからほぼ縁がなかったのでした。それを今回敢えて見に行こう、という事で松江駅からバスでやって来ました。

しかし…

営業してなかった…

この時、お盆期間とはいえ火曜日…、普通に定休日だと知らず、わざわざバスで乗り込んできました。ここに寄るだけが目的で、ここ以外に寄る所もないので、帰りまで1時間ほど、バス停付近でボーっとしておくしかありませんでした。

【マリンゲートしまね】

住所/島根県松江市島根町大芦

電話番号/0852-85-3566

営業時間/9:00~21:00

休館/火曜、年末年始

…火曜定休です。くれぐれもお気をつけ下さい!

水槽に泳ぐ魚たちを見ながら、海の幸を頂くという、どこか残酷な気もしますが、楽しみたかったです。周りに食べる所などないので、ここがダメなら徒歩圏域ではちょっと食べる所探しは苦しいです。

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●マリンショップしまね

マリンゲートと直角に位置しているこの「マリンショップしまね」

農産物・鮮魚系が売っている物産店的な側面と、食事処とがあります。

こちら側は水曜定休という事ですが、火曜だったはずがやっていませんでした。

まさかのマリンゲート、マリンショップ同時休業で、ここへ来てなんにも恩恵に預かる事なく去っていくのが、マサカマサカでした。マリンショップの方は人手不足によって通常以上に休業している旨の貼り紙があり、本当に「まさかの」でした。

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まさかの無収穫に終わった島根町でしたが、これらが開いている時に訪ねれば、この辺りの楽しみ方も全然違ったものになったと思います。

事前に休館調べて行くの、本当に大事ですね!

2018年8月19日 (日)

島根/松江② 美保関 青石畳と港の眺め

島根県松江市、島根/松江① 宍道地区 八雲本陣に続く松江市の旅の様子です。

(2018年8月当時)

松江市の観光記事として前回は旧・宍道町にスポットを当てましたが、今回は旧・美保関町です。

またまた、平成の大合併前の旧・松江市外のものをお伝えしますが、旧・松江市内だとかなり王道なものとなってしまうかな、というところで、まずは敢えて旧市外にスポットを当てました。

という訳で今回は美保関(みほのせき)編です。

●万原バスターミナル

この美保関には1989年に初訪問以来何度か訪ねていますが、旅として行く事をあまりしていなかった事もあり、今回はそういう視点から今月初めに訪ねたものをお送りします。

まずはここ「万原ターミナル」です。

鉄道駅舎のような風貌に見えますが、これはバスターミナルで、現在は松江市美保関町ですが、旧・八束郡美保関町の交通の中心的な存在です。JR松江駅から「美保関行」として出ているバスも一旦ここまでの運行となり、ここを基点に旧・美保関町内の各所への便が出ている格好です。

美保関の観光の中心的なエリアである港の方や、それより先の灯台などへ行きたい場合は、ここではまだまだ届かないので、一旦乗換える事となります。実際この時も接続が悪くて、このターミナルで1時間待つ事となりました。

この周辺も小学校や体育館などの施設はそれなりにあるエリアですが、観光に関してはあまりありません。

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●町民バス標識

2005年に松江市になった美保関ですが、旧町の名残りなのか「町民バス」のまま運行されていて、時刻表が見えていました。名称として正確には「美保関コミュニティバス」です。

JR松江駅から美保関の観光地へ行くには…

JR松江駅 

  ↓ 一畑バス 「美保関ターミナル」行 約40分 750円

(乗換)万原ターミナル 

  ↓ 美保関コミュニティバス 「美保関」行 約25分 200円

美保神社前 

が公共交通機関では一般的なルートです。

という訳で、うまく接続しても1時間以上はかかります。便数的には概ね1時間に1本です。しかし時間帯によっては接続のない場合があり、今回見事にこれにハマってしまいました。

ちなみに「美保神社前」停留所は、美保関行バスの終点手前の停留所ですが、美保神社の最寄りで観光客の多くがここで降りる為、この停留所を載せています。終点の「美保関」停留所もすぐ近くにある(こちらは港の近く)ので、ここで降りても全然差支えはありません。

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●「美保関」停留所

という訳で、万原ターミナルで1時間待ってから来たバスで約20分でこの終点に到着しました。先述の通り、バスに一緒に乗っていた他の数名の乗客は全員、この手前の「美保神社前」ターミナルで降りて行き、「美保神社はここで降りたらいいのですか?」と訊かれる方もいました。

また、このコミュニティバスの乗車中に、鳥取県の境港方面から来られる方々も乗り継ぎで合流していました。境港とは「境水道大橋」という高い大きな橋で繋がっているので、ここからだと松江市へ行く場合と、乗換を経て境港市へ行く場合とが選択できます。

ちなみにこの「境水道大橋」は2002年までは有料でした。今では無料なのでこうしてバス路線で行き来もできます(松江駅から境港へのバスもあります)が、有料時代には有り得ないバスルートでした。

で、このバス停は屋根もベンチもない、ただの標識のみがあるバス停でした。手前の美保神社前も同様だったと思います。

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●港町の風景

美保関を象徴するひとつである港湾風景が見事に広がっています。

初訪問から30年近く経ちますが、殆ど変わっていない気がします。

万原ターミナルでは水辺の景色は見れても、このような街の景色が見て取れないので、訪問時はここまで来て良かったと思いました。時間の関係で万原で断念するかどうか?という部分がありましたが、敢えてここまで来るべきと改めて感じました。

ちなみに旧・美保関町は合併前は人口7,000人ほどの町でしたが、現在は松江市20万の人口の一部をなしています。

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●美保神社

美保関の観光において、代表的なものとして挙げられるのがこの神社です。

1990年以来実に28年ぶりに来たと思います(笑)

表は殆ど変わっていないと思いますが「大造営中」なる大きな看板が出ていました。

このような大規模な神社では、その設備維持の為に莫大な改修費用が要る訳で、ここでは3期に分けてその工事を実施するようですが、必要な経費が約12億円!で、国庫補助等がが5億円あるという事で、目標とする浄財が7億円と記されていました。7億円の寄付が必要な訳ですね。

7億円が必要…これはハードルが高いですね。

この美保神社は事代主神という神様を祀っているのですが、この系統のえびす神社では全国約3,000ある中の総本社であるという事です。出雲国風土記にその名が登場し、単なる町の神社ではなく由緒伝統ある神社のようで、バスに同乗していた人たちも軒並みここへ訪ねて行っていました。

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●青石畳通りを往く

美保神社から出てすぐ左に広がっているのが、この青石畳通り です。

雨が降ったら石畳の部分が青く光ることから、この名前がつけられたといいます。この辺りは1年間のうちの快晴日数が少なく、雨が降る事が本当に多いので、しょっちゅう青く光るのではないか?と勝手に思ってしまいます。

石畳も風情あるのですが、両サイドの建物にもそれぞれ味がありすぎるくらいあるのです。これをずーっと通っていくのがまた楽しいものです。

この案内札がかかっている所も江戸からの歴史を持ち、いろんな事業を展開し、一帯の商取引を統括したりなどしていたようで、その旨が記されていました。

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●さらに石畳

更に進んで行きました。

右奥の福田酒店というところも創業100年以上の歴史を持つお店といいます。

立呑みカウンターもあったりして、夕方になると地元の漁師さんで賑わうのだとか。

看板に記されているのは「神話乃酒」の文字です。ここのオリジナル商品で他店では入手不能だとか。

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●美保館

美保関の代表的な宿のひとつにこの「美保館」があります。

この石畳の通りでも建物が見えていますが、この裏に回ると海側であり、ここに来たバスの下りたところからすぐ近くです。表と裏では全然見え方が違っていますが、ここから見る建物はとても風情あるものとなっていて、とても素晴らしかったです。

そしてこの建物は登録有形文化財でもあり、2004年に登録されています。

明治41(1908)年に着工され、ここもまた100年以上の歴史を有しています。建具や電灯なども当時のものが今も使用され、黒電話もあるのだとか。

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●青砥旅館辺り

青石畳通りの中で、美保神社に最も近い地点で、神社を出て左すぐの地点です。

この辺りでは「青砥」というのは数多く見られる名前です。

左側にある旅館の建物がそれですが、現在は営業していないようです。看板だけは現役さながらでしたが…。

1850年には既に存在した問屋で、大問屋からの分家として青砥屋を名乗り現在に至る、とありましたが、現役でなくなってどのくらい経つのでしょうか。2000年の時点では旅館として登録があった模様です。この通りを歩くだけでも、現役の宿とそうでない宿が感じて取れました。何年経っても変わらない街並み…と思っていても、旅館は減るなどして時は流れている事だけは実感させられました。

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●青石畳と海辺を繋ぐ道

バスで着いた海辺から青石畳通りの距離感が分かるカットかと思いますが、時折このような狭い路地が差し挟んであって、互いの通りをこのような行き来する事ができます。

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●日帰り入浴

この辺に温泉があるとは聞いた事がなく、温泉に入れるという想定はしていませんでしたが、なんと日帰り入浴できるところが!

しかし先程、青石畳通りで裏側を見かけた「美保館」でした。これは海側にある正面玄関の入口ですが、ここに堂々と日帰り入浴の表示があり、時間と相談しつつ入る事を決意しました。

宿泊では大体¥12,000~のようですが、日帰り入浴は¥800との事でした。

早速フロントに入ってみましたが、ロビーにお客さんが数人いただけで誰も居らず…

ベルで?!鳴らす式で呼ぶようで、程なく出てこられました。御家族経営の様でした。

日帰り入浴希望の旨申し出て金を払うと「エレベーターで7Fへ行って下さい」と。また「電気ついてなかったら適当に点けてください」とも。ともかく隣にある小さなエレベーターで7Fへ。ほとんど利用者はないのでしょうか…??

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●大浴場

美保館の大浴場です。

案の定、自分以外誰も居ませんでした。

電気はとりあえずついていたようですが、脱衣所は基本カゴ置きで、貴重品は隣のBOXに入れる形式でした。マッサージ機の類は全くありませんでした。自販機類も見られませんでした。

浴場に入ると洗い場があり、シャンプー類もありました。この辺はやはり宿泊客向けにひと通りあるといった感じでしたが、眺めが最高!でした。

港周辺をパノラマ眺望!という感じで、お風呂はこれだけでサウナもなく、大して設備のない中で入浴料800円は高い??とも思いましたが、この眺めは十分その価値あったと感じました。昼見るとこんな感じでしたが、夜見るとどの程度光っているのか…??一度宿泊して確認してみたい気にもなりました。

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●なかうら

美保神社を出てすぐ右にある物産店「なかうら」です。

土産物屋さんとしてある程度まとまった代表的な店舗といってよいかと思います。

2016年12月にリニューアルされています。

土産物屋さんは勿論ですが、軽食コーナーもあり、御覧のようなそば(あごだしそば・¥600)を頂きました。バスの時間まで迫っていた事もあり、あまり味わえませんでしたが、そんなに食べられるお店が多いと感じられなかった付近一帯において貴重なところと思いました。

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●かえり

美保神社バス停から乗って松江方面へ帰りました。

行きの時のバス停とやや場所が違っていて、帰りはこの美保関郵便局の真ん前がバス停で、場所的に分かり易かったです。

ここから万原バスターミナルで一旦降りましたが、すぐ松江駅行きのバスが接続されていて、待つことなく松江まで帰ることができました。

そんな訳で、美保関の観光をギュッと詰め込みましたが、懐かしい港町に来てみたいと思ったら、時間がかかってもここへ来る事をおススメします。

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2018年7月28日 (土)

島根/吉賀⑨ 遥かなる六日市!

島根県鹿足郡吉賀(よしか)、これまで拙ブログで8つの記事に分けて2009年にあげてきましたが、これらは旧・柿木村地区を中心としたものでしたが、今回は別の地区にて久々に9つ目の記事をupしたいと思います。

これまでの記事は以下のもの等々です。

島根/吉賀 柿木温泉口 ~ 島根/吉賀 旧柿木郵便局と帰り道

という事で今回記事はこの柿木村と一緒になって吉賀町になったもう一つの地区、旧・六日市町地区の記事となります。

(2016年8月当時)

●六日市バス停

島根県の南西端にあって、鉄道駅もないこの地区へのアクセスは…

JR広島駅から益田(六日市・日原経由)行きのバスに乗ります。

1日6便しかないので、時刻表は要確認です。当時の当停留所停車時刻は下の写真の通りです。

バス停はこんな感じで屋根もなくただ標識が立っているだけですが、道隔てて向かいに立派な建物自体はあります。

【JR広島駅からのアクセス】

(所要時間) JR広島駅 新幹線口からバスで約2時間

(バス会社) 石見交通 広益線 益田行

(料金) 2,310円

(便数) 1日6便

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●バス停前

バス停前の道路周りはこんな感じで、これが旧六日市町の交通の中心付近の様子という事になります。

バス停はここからだと見えにくいですが、中田屋本舗というお店の建物と向かって左隣の建物との間に、実にひっそりと立っています。

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●ホール

この向かいに冒頭の六日市バス停があります。

実質的な六日市バス停の待合所となる「吉賀町ふれあいホール」です。

ホールといっても中は無人です。(休日扱いだから?)

それでもこれがここ六日市の交通の中心のシンボル的存在になると思います。

という訳で中に入っていきます。

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●ホールの中

入った時は無人でした。

施設情報を見ると、土日祝が定休日となっておりました。この時は土曜日でしたが、無人で解放されていた感じでしょうか。

平日は窓口の方なりが居られるのかもしれませんが、小奇麗にまとまっている感じはありました。そしてベンチの多い事。これだけの人数が埋まる事があるのかどうか。

バスの時刻表が載っている事からも、バスの待合所的な役割を果たしていると感じました。石見交通では広島行きもあれば益田行きもあり、また岩国市生活交通として山口県岩国市の錦町駅行きもあり、その他etcですが、山口県にも広島県にもアクセスできる幅広さがあります

1日MAXで双方向36便、デマンド除いて31便、土曜運休覗いても25便がここを通る訳で、島根県西部ののどかなエリアにおいては比較的交通が活発なところといえます。6時台から19時台まででこの本数なので1時間に2回は行き来している格好です。

その下の写真には「むいかいち川あそびMAP」というものがありました。この辺りの川沿いは散歩にはもってこい、という訳で特に紹介されています。さぞやきれいな川だろうな、と想像してしまいます。何しろのどか穏やかな界隈につき。

と思って漫然と見ていたのですが、このMAPの作成は地元の六日市中学の手によるものとしり感嘆致しました。

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●旧・領家旅館

「旧」と冠しましたが、20年ほど前に閉館となった旅館が残った状態でした。この訪問が2016年8月の事ですが、それから程なく、これを改装しシェアハウスにする計画がニュース記事にありました。

今頃はシェアハウスとして活用されているのでしょうか???

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●吉賀町役場

旧・柿木村とここ六日市町で合併してできた吉賀町ですが、その町役場はここ六日市の方にあります。

白を基調としながら、縁の部分が褐色で建物としてのインパクトを発していました。

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●夢の貯金箱

という自販機が町役場の傍にありました。

「その1本で社会貢献」というキャッチフレーズの下で展開されており、売上の一部が社会福祉事業に寄付されるものですが、吉賀特有のものとかそういうのではないようです。

でもこんな事で社会貢献できるなら安いものです。まして今のような殺人的な猛暑の下であれば尚更です。

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●マンホール

旧・六日市町としてのマンホールがありました。

「水源のまち」とあります。県都である松江市も「水郷」とよばれる水の街ですが、ここも水に因んだ町なのですね。

外周部分で飛び回っているのはホタルと分かるのですが、真ん中の魚がよく分かりませんでした。調べてみると「オヤニラミ」というスズキ目の魚だそうです。ここ六日市との関係性としては、この魚は島根県では生息域が数少なく、その1つが当地という訳です。

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●役場周辺

町役場周辺は、体育館、図書館、福祉センター、保健センター、消防署など吉賀町のありとあらゆる施設が立ち並ぶ、中心エリアに相応しい立地となっています。

Y字路に雲が湧き立つ景色に見惚れて撮ったショットです。

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●街の通りへ

出てみたら、EDIONがありました。

それもちっちゃいEDIONでした。こういう形態のお店もある事は知ってはいましたが、実際見てちょっと驚きました。街の電器屋さん延長上という感じで。

これでも毎日9:00~18:30、年中無休で営業しているそうです。

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●森英恵フラワーガーデン

街を歩いていたら出くわしたのが、この森英恵フラワーガーデンです。

HANAE MORIで有名な世界的なファッションデザイナーである森英恵先生は、ナントここ六日市のご出身という事で、ここがナントその生家跡で、これを本人ご厚意によりフラワーガーデンとして整備されたという事です。

森英恵先生がここの出身なんて予備知識全くなかったもんで…行ってみるもんですね。

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●ビジネスホテル

島根県西端のこの街にビジネスホテルがあったのか!という驚きから撮ったものです。失礼な表現申し訳ありません。

「ビジネスホテルのぶくに」 というこのホテル、六日市にあって貴重なホテルですが、シングル10、ツイン3、ダブル2の合計15室あり、1/1~1/5の間は休みだそうです。冒頭の六日市バス停から徒歩約3分の所にあります。

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●ラーメン大将

そういえばこの界隈は町の色んな施設のある割に、飲食店が見受けられないなと思って見ていました。そんな時に出くわしたのがこのお店です。

中に人が居るのか居ないのかもよく分からない状態で、まあいいやと思って結局スルーしましたが。中心街からは少し離れて、目的地に行こうとしている地点にありました。

【ラーメン大将】

0856-77-1848

島根県鹿足郡吉賀町六日市449-3

11時~14時、     1730分~21 

無休との事です。

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●花のある風景

ラーメン大将を通過して、更に中心地から離れる方向へ。

南に錦町へと分岐する辺りにあった花壇が実に美しかったので思わず撮ったものです。

すごく手入れが行き届いている感じで、誰がいつやっているのか?と思わされます。

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●やくろ

道の駅むいかいち温泉 にやって来ました!

その中で産直・物産館としてあるのがこの「やくろ」です。

やくろの由来として、この地に八畔鹿(やくろしか)という悪鹿の伝承があるそうで、そこからとられているようでもこの鹿を神として祀った「奇鹿神社」という神社もあるといいます。

この道の駅のプロフを。

【道の駅むいかいち温泉】

住所・島根県鹿足郡六日市町有坂225-2

駐車場・132台

アクセス・中国道六日市ICより1km

営業時間・物産館やくろ 8:30~17:30

       温泉施設ゆらら 10:00~22:30  朝風呂 6:30~8:30

 ※いずれも第2水曜定休

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●ゆらら

ここが「むいかいち温泉ゆ・ら・ら」です。道の駅の名称自体に「温泉」がついていますが、その温泉部分です。

この温泉に浸かる事がこの時の旅の目的でした。

ただ単に街歩きだけしようとしても、観光する対象が明確でなく、結局ここへ来た収穫もないというのもつまらない(長年の漫然として旅をしてきた経験上)ので、ひとつ大前提として目的地を設定して、その延長上で街あるき、街並み巡りをしようと思っていました。

おかげで自分なりにそこそこ思い出にもなる良い旅ができました。

この温泉の特徴は温水プール併設である事で、温泉プールです。ただ、プール利用は別料金設定となっており、

温泉 620円

プール 570円

温泉+プール 1,130円

の形です。

レストランもあれば、宿泊施設もあるという事で、六日市のエンタテイメントが集まっているのかなというぐらいな感じでした。

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●六日市はここにある

という事で道の駅にあったルートマップです。

ここもまた個人的に昔から行きたいと思っていた所のひとつで、島根県東部で青春時代を過ごした身にとって、この島根県最西端の未知の不思議さがなんとも神秘的だった訳です。

この付近に匹見美都などの地名も見られ、昔はそれぞれ町名で自治体として存在していましたが、平成の大合併でいずれも今や益田市となり、ここ六日市は合併して吉賀町となっているこの現在に、こうして訪ねる事ができて本当に嬉しかったものです。

ちなみにオレンジの部分が吉賀町で、中でもその南側がここ六日市です。まさに島根県南西端、山口県すぐそこという感じの所に位置しています。

そんな訳で、温泉に浸かれて満足し、六日市を愉しみました。

広島から約2時間で行ける島根最西端ののどかな地、こんな所で楽しみや癒しを見つけてみるのも良いかと思います。

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2018年6月12日 (火)

JR玉造温泉駅・来待駅 (島根県松江市)

島根県松江市のJR玉造温泉(たまつくり・おんせん)と、おなじくJR来待(きまち)の今回は2駅の御紹介です。

松江市では既にJR松江駅をはじめ、乃木駅・東松江駅と宍道駅などをupしていますが、今回はこれらとおなじ山陰本線のJR駅の御紹介となります。

-JR玉造温泉駅-
【路線】
JR山陰本線(京都-幡生間)
【開業】1909年11月7日
【訪問】初訪問-1990年11月
【1日あたlり平均乗車人員】 357人/日 (2015年)
【近隣の主要駅 (京都方面)松江駅→2駅  
           (幡生方面)出雲市駅→5駅

●駅名標

ここに初めて訪ねたのは1990年11月の事ですが、この記事では昨年2017年11月訪問時の様子をお伝えします。

初めて訪ねた当時はまだ松江市ではなく、八束郡玉湯町という町で唯一の駅でしたが、平成の大合併により松江市の駅となっています。温泉駅と名乗るだけあって立派な温泉街を形成しており、島根県を代表する温泉の街といえます。

松江駅からはわずか2駅で、隣の隣にある駅になります。なので松江観光でこの玉造の温泉宿に泊まられる方も少なからず居られるという訳です。特急は一部停車の形ですが停車します。

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●時刻表

左半分が出雲市行きという事で西へ、右半分が米子など東へ行くもので、鳥取や岡山行きも含まれます。各々平日と土日祝に分かれて表示されています。

平均すると1時間2本というところですが、赤字の特急がだいぶ停まるためのものであり、黒字の普通列車のみであればかなり減少します。鳥取・岡山方面というのは米子を境にそのまま山陰本線で鳥取方面へと東へ進むものもあれば、南へ分岐する伯備線(特急やくもなど)もあります。なので1方向あたりの本数はもっと少ない事になります。

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●ホーム

ホームは1面2線、つまりこのホームの両サイドに電車が停まる構造となっています。

ホーム屋根が広く取られていて駅の規模の大きさのようなものが垣間見られました。やはり人気温泉地という観光資源を持つところは強い、という事も併せて感じられました。

ここもベンチが線路と垂直に並んでいました。他ってそのままホームへ転落、というのを避けるために取られた措置とどこかで見ましたが、この辺でもやっていたとは。

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●待合室周辺

白壁和風建築様の立派な外装で、完全室内型の待合室がありました。

特に城下町とかではなかったと思いますが、建物の腰の部分はなまこ壁様になっていました。温泉としては古い歴史を持つので、その歴史の古さを表しているのでしょうか。

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●地下道

ホームとしては1面だけですが、改札とはこの地下道で結ばれており、これを渡って改札前の通路を歩く事となります。

地下通路内は寂しく蛍光灯がつくだけの硬質で真白な内装となっており、掲示物は一部に集中的に貼られているのみでした。

ホームから階段を下りるところの「歓迎 玉造温泉」の看板は時を越えてもそのフレーズは同じでデザインが一定時期に変わっている感じで、1990年に訪ねた際もこの文言だけは同様に使用されていました。今の松江市で観光地を持つところといえば、松江駅とこの駅ぐらいしかない訳ですね。

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●駅構内

改札を出て、待合室周辺の様子です。

待合エリアがベンチと共にあり、更に仕切りの向こうには室内型の待合室があります。こういう所にも観光地を有する駅としてのやや規模感の大きさのようなものが感じられました。といってもこの周辺の駅も綺麗に改装されたりなどしていますが。

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●MAP

駅前の簡単な地図には「姫神の湯 玉造温泉へ」とありました。姫神の湯とか姫神広場とかが温泉街にあります。

温泉街までの道案内と温泉街のマップとに分かれています。駅から温泉街まで車で5分とあります。距離にして2kmあまりでしょうか?

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●シャトルバス時刻表

長楽園グループとしてシャトルバス時刻表がありました。

玉造国際ホテル経由長楽園行きとあり、ほぼ温泉街の中にあるところです。

送り便として朝から1時間ごとに出ており、迎え便としても15時から1時間ごとに玉造温泉駅行きが出ています。

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●駅前道

駅を出て駅前広場を左側へ向いた形のカットです。

この道が街へ出る通り道になっていて、これを向こうへ進む事となります。

下側の写真は駅から出てほぼ正面の様子で、読売新聞の新聞配達所?でしょうか?かつての「YOMIURI YC玉造温泉」という看板が完全に色褪せ切ってしまっています。

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●玉造温泉駅 駅舎

2012年に完成したという新駅舎で、木造ながら一部鉄骨の入った平屋駅舎です。

屋根は神社などで使われる青緑の鋼板葺きで威厳を感じさせる駅舎となっています。JR西日本が4,000万円を投じたといいます。

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●玉造温泉駅 駅舎 in 1990

1990年に初めて訪問した際の写真が残っていたのでupします。

白壁に濃いブルーの屋根で、この両色のコントラストがすごく際立つ配色の駅舎でした。今よりもかなりライトな感じで、今は厳かでその辺りのコントラストも際立っていると言えます。

駅名の上に勾玉があるのは今も同じです。

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以上、ここまで玉造温泉駅でした。

続きまして「来待駅」です。

-JR来待駅-
【路線】
JR山陰本線(京都-幡生間)
【開業】1929年12月25日
【訪問】初訪問-1990年11月
【1日あたlり平均乗車人員】 141人/日 (2015年)
【近隣の主要駅 (京都方面)松江駅→3駅  
           (幡生方面)出雲市駅→4駅

●駅名標周辺

ここに初めて訪ねたのも1990年11月で玉造温泉駅と同じです。

写真は2004年夏再訪時のものですが、ホームのカットはこれしか撮っていませんでした。

ホームは2面2線となっています。

今の松江市になるまでは、旧八束郡宍道町の1駅で、宍道町では宍道駅が中心駅であったので、町制の時代から中心駅の座になかったところです。

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●駅舎内

2003年末に改築され、当時が2004年夏という事で、まだ出来たてのホヤホヤ状態でした。

そんな中に木造み溢れ素晴らしい建屋になっていて、1990年の初訪問時の記録は手元にありませんが、その頃の駅から比べると随分とグレードアップしたものです。

利用者数が決して多くない中で、こんな大きくてきれいな駅舎はとても素晴らしいと感じましたし、よく改築したなと思いました。この駅のトイレにもお世話になりました。こんな写真を撮っていた事からも窺えると思いますが、この時はこの駅を独り占め状態(誰も居なかった)でした。

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●駅前広場

わずかなスペースを隔てて左側は国道9号線で車やバイク、トラックがピュンピュン高速で走っているような道路です。

旧駅舎の時は駅舎の先と9号線の距離がもっと短かったような気がしますが、気のせいかもしれません。

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●来待駅 駅舎

ちょっと建物の高い駅舎で、そとからみても木造の味が色濃く表れています。

三角屋根が特徴的で、出入口の庇の部分も三角屋根で、これが建物の良いアクセントになっています。

旧駅舎を記録に残していませんでしたが、JAスーパーと併設という珍しいスタイルの駅舎でした。1990年に寄った時はカメラを持参していなかった為、記録をおさめる事ができませんでした、今考えると大変勿体ないですが。

建物の高さだけでいえば近隣の沿線駅ではかなり高い部類に入ります。まして中心駅でも何でもない駅の中であれば、ダントツかもしれません。

以上、来待駅でした。これでこのブログでupしていない松江市のJR駅は南宍道駅(JR木次線)だけとなりました。この駅には訪ねた事すらないのですが…。

Jr

2017年12月 5日 (火)

JR江南駅・小田駅 (島根県出雲市)




島根県出雲市のJR江南(こうなん)駅、小田(おだ)です

出雲市ではJR出雲市駅、西出雲駅・出雲神西駅をupした事がありますが、これにつづく駅を2駅御紹介です。

まずは江南駅から。

-JR江南駅-
【路線】
JR山陰本線(京都-幡生間)
【開業】1913年11月21日
【訪問】2008年10月
【1日あたり平均乗車人員】 93人/日 (2015年) 
【近隣の主要駅 (京都方面)出雲市駅→3駅
           (幡生方面)大田市駅→5駅   


●駅名標周辺

愛知県に江南市という市があって、その市名を名乗る同名の「江南」駅が名鉄にありますが、ここは現在でこそ出雲市ですが、平成の大合併以前は簸川郡湖陵町という町で唯一の駅でした。

前記事の出雲神西駅の時にも「湖陵温泉」

のフレーズが出てきましたが、その湖陵です。駅ができた時の自治体名は駅名と同じ江南村でした。そこから湖陵村⇒湖陵町となり現在に至りますが駅名はそのままです。

ここもまたカントリーな雰囲気に溢れていますが、利用者数的には出雲神西駅の倍程度あります。西出雲駅と比べると1/3程度ですが。

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●待合室

室内型の待合室があります。

前記事の西出雲駅や出雲神西駅よりはちょっと地味で平板な感じのものでした。

しかし電車の本数が多くなくて必然的に待ち時間も長くなる中、また寒い山陰地方にはこういうしっかりした待合室が必要、と感じます。

しかしこの待合室のポッツリ置かれてる感は惹かれます。

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●出札

一応?有人駅で、平日の6:30~14:30のみ営業の形で、土日や平日の14:30以降は居ないので、この時も土日だったので居ませんでした。一見無人駅のように見えて、委託の方がおられるという駅もあったりしますね。

上には近隣の主要駅への運賃表がありました。

市内中心部の出雲市駅へは190円、県都松江駅までは740円、鳥取駅までは2,940円です。9年前当時なので値上がりしているかもしれませんが。ここに書いてあるのは全て山陰の駅ですね…。

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●構内

プラスチックのペンチもあれば、超絶がつくほど渋すぎる木製ベンチもありました。

平日朝昼だけとはいえ、駅員の居る駅でもあり掲示物もそれなりに更新されていました。

真ん中やや左の2人写っているポスターは「マナカナ」です。時代ですねぇ「だんだん」の頃です。

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●通路

ホームいちばん奥からから降りて構内踏切を渡る形で、この右側の通路を手前に来る形で駅舎へ出るちょっと大回りな通路構成になっています。

電車の長さの関係上この位置になるのは仕方ないとして、駅舎までこの手前の位置にあるとは…、それで移動距離が長くなるのですね。

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●駅前

駅を出てすぐの景色です。

旅館が目の前にありました。

タクシーは受付窓口へ、との表示がありましたが3~4台は停まっていて、駅舎内事務所とあるのでタクシー会社も駅に入っている感じなのかなと。

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●江南駅 駅舎

ブルーの屋根瓦がとても印象的ですが、基本的に木造駅舎として開業当初から続いている駅舎で、1913年開業という事でその歴史は既に100年を越えています。江戸幕府最後の将軍である徳川慶喜が亡くなったのがこの年なので、それ以来あるというのは驚きです。

タクシー会社事務所があるせいか駅規模に見合わず?ここで見えるだけでも4台のタクシーが見えました。

駅舎規模が縮小されてしまわないように、いつまでも続いていてほしい駅舎だと思います。

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続いて、小田駅です。

-JR小田駅-
【路線】
JR山陰本線(京都-幡生間)
【開業】1913年11月21日
【訪問】2008年10月
【1日あたり平均乗車人員】 77人/日 (2015年) 
【近隣の主要駅 (京都方面)出雲市駅→4駅
           (幡生方面)大田市駅→4駅   


●駅名標周辺

この辺りの駅は開業日が大体同じなのか、隣の江南駅や西出雲駅などとも同日開業となっています。

位置的に出雲市駅と大田市駅の中間にあり、どちらへ行くにも4駅要します。しかし小田の4駅先が大田市とは…ですね。

江南駅は旧・湖陵町の駅でしたが、当駅は旧・多伎町の駅になります。小田駅というと井原鉄道でも同名の小田駅が存在します。今回は江南駅も小田駅も共に別の同名駅が存在する格好になります。

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●ホーム

沿線の付近駅同様1面1線で、真ん中に室内型の待合室があります。1面2線に見えますが駅舎側の線路は撤去されています。

待合室の部分以外はほとんど雨ざらしな感じです。

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●スロープ

ここもまた構内踏切でホームから改札へ移るタイプで、ホームに緩やかな長いスロープがあり、バリアフリー対応していました。

構内踏切があるという事は跨線橋がない訳ですね。

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●ホームから

駅舎へのカットです。

綺麗な駅舎が見えます。2005年に新駅舎竣工となったようで、この時が2008年なので改築後わずか3年の状態でした。

現在の乗車人員は77人/日で2005年に100人/日の大台を割り込んでから減少傾向にあります。

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●多伎町案内図

今は出雲市多伎町という形ですが、この少し前までは簸川郡多伎町でした。自治体名としては消滅しましたが、それでも多伎町という地名は残っている訳で、それだけでもよかったかなと思いました。

隣の田儀駅も同じく旧多伎町に属していましたが、実はこの小田駅の方が中心駅的な役どころで、ここも当初は多伎駅にしたかったようですが、隣の田儀駅と紛らわしい為になくなったようです。そこで隣接する小田地区の名を取って駅名となったといいます。

道の駅キララ多伎というのがあり、この駅から徒歩10分の位置にあります。キララビーチやキララコテージなどキララと名のつくものが沢山あるのが多伎の町でもあります。

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●駅舎内

とにかく全体的に木目調の、しかも綺麗な駅でした。

ベンチも木製で綺麗なものでした。隣の江南駅の渋すぎるベンチとは、同じ木製でも全然違うものでした。

最初から出札のない無人駅だそうですが、無人駅とは思えないほどきれいな駅舎内でした。

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●駅前広場

広いスペースが取られていますが、特にロータリーなどもない広場でした。

駅前広場を出るとすぐに山陰道路の大動脈である国道9号線が通っています。そのすぐ向こうは日本海です。この駅から西へしばらく海沿いの駅が続いていき、ここはまだ少し海との距離がありますが、西へ行くにつれて駅出たらすぐ海、というシチュエーションになっていきます。

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●駅横

駅前広場を横から見た様子です。左が駅です。タクシーが停まっているのも見えます。

右向こうは自転車置場です。

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●小田駅 駅舎

2005年改築の立派な駅舎があります。屋根の妻の部分に時計まであります。

隣の田儀駅も同時期に駅舎がリニューアルされており、他の駅はあまり変わらない中で、この2駅だけ?というのは、当時の多伎町にお金があったのか…??山陰の駅といえど変わることだってある、というところが分かる事例ですし、今後他に変わった駅が出てきたら、またそこに行ってみたい気になるというものです。

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