2018年12月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ

32島根県

2018年9月 4日 (火)

島根/松江③ You are しまね of しまねs

島根県松江市、島根/松江② 美保関 青石畳と港の眺め に続いて松江市の3つ目の記事です。

松江市でも、旧松江市外から取り上げており、1回目が旧・宍道町、2回目が旧・美保関町、そして今回は「旧・島根町」です。

島根県は県庁所在地が松江市という事で、では島根という地があるのか??というと、この島根町でした。平成の大合併まで「八束郡島根町」という自治体として存在し、現在は松江市となっていますが、こここそが「島根の中の島根」な訳です。記事タイトルもその意味からこのようにしました。

(2018年8月当時)

●マリンゲート バス停

旧・島根町の中心的バス停の役割を果たす場所で、このような室内型の待合室を有しています。

松江駅から「マリンゲート」行のバスに乗って約40分、670円です。便数としてはほぼ1時間に1本です。

松江からのバスでは終着点にあたり、旧・島根町の大きな観光資源のひとつである「マリンゲートしまね」が道を隔ててすぐ傍にあります。このバス路線だけでなく、旧・島根町内の「島根町路線バス」の停留所でもあり、ここにいた1時間の間に1本だけ、そのバスも発着してきていました。

Img_1105_2

●バス停周り

マリンゲートバス停周辺の様子です。

何にもない、穏やかそのもの、海岸に面したバス停広場です。

海辺の景色を存分に楽しめる、それがこのバス停前の広場でできるというこの贅沢感!

左端にバスが停まっていますが、来た時にこのバスでやって来て、それがここで休憩していて、1時間後結局何もできずに帰る時にまた、このバスに乗って松江駅へ帰る事となりました…

下側の写真の右端にあるオレンジ瓦の建物がバス待合室です。

Img_1107
Img_1108

●海岸

島根町大芦(おあし)の海岸です。

海が綺麗で、下の地面のものが見えていました。

海水浴場には事欠かないのがこの島根町ですが、ここは海水浴場ではないようです。

対岸に見える半島の景色と海岸線のカーブの具合がとっても画になる、素晴らしい海岸です。

Img_1110
Img_1143
Img_1146
Img_1145

●マリンゲートしまね

旧・島根町を象徴する施設といっていいこの「マリンゲートしまね」

その存在は昔から知ってはいましたが、ついぞ見る事なく、1991年のオープンからほぼ縁がなかったのでした。それを今回敢えて見に行こう、という事で松江駅からバスでやって来ました。

しかし…

営業してなかった…

この時、お盆期間とはいえ火曜日…、普通に定休日だと知らず、わざわざバスで乗り込んできました。ここに寄るだけが目的で、ここ以外に寄る所もないので、帰りまで1時間ほど、バス停付近でボーっとしておくしかありませんでした。

【マリンゲートしまね】

住所/島根県松江市島根町大芦

電話番号/0852-85-3566

営業時間/9:00~21:00

休館/火曜、年末年始

…火曜定休です。くれぐれもお気をつけ下さい!

水槽に泳ぐ魚たちを見ながら、海の幸を頂くという、どこか残酷な気もしますが、楽しみたかったです。周りに食べる所などないので、ここがダメなら徒歩圏域ではちょっと食べる所探しは苦しいです。

Img_1106
Img_1112
Img_1116

●マリンショップしまね

マリンゲートと直角に位置しているこの「マリンショップしまね」

農産物・鮮魚系が売っている物産店的な側面と、食事処とがあります。

こちら側は水曜定休という事ですが、火曜だったはずがやっていませんでした。

まさかのマリンゲート、マリンショップ同時休業で、ここへ来てなんにも恩恵に預かる事なく去っていくのが、マサカマサカでした。マリンショップの方は人手不足によって通常以上に休業している旨の貼り紙があり、本当に「まさかの」でした。

Img_1118
Img_1117

まさかの無収穫に終わった島根町でしたが、これらが開いている時に訪ねれば、この辺りの楽しみ方も全然違ったものになったと思います。

事前に休館調べて行くの、本当に大事ですね!

2018年8月19日 (日)

島根/松江② 美保関 青石畳と港の眺め

島根県松江市、島根/松江① 宍道地区 八雲本陣に続く松江市の旅の様子です。

(2018年8月当時)

松江市の観光記事として前回は旧・宍道町にスポットを当てましたが、今回は旧・美保関町です。

またまた、平成の大合併前の旧・松江市外のものをお伝えしますが、旧・松江市内だとかなり王道なものとなってしまうかな、というところで、まずは敢えて旧市外にスポットを当てました。

という訳で今回は美保関(みほのせき)編です。

●万原バスターミナル

この美保関には1989年に初訪問以来何度か訪ねていますが、旅として行く事をあまりしていなかった事もあり、今回はそういう視点から今月初めに訪ねたものをお送りします。

まずはここ「万原ターミナル」です。

鉄道駅舎のような風貌に見えますが、これはバスターミナルで、現在は松江市美保関町ですが、旧・八束郡美保関町の交通の中心的な存在です。JR松江駅から「美保関行」として出ているバスも一旦ここまでの運行となり、ここを基点に旧・美保関町内の各所への便が出ている格好です。

美保関の観光の中心的なエリアである港の方や、それより先の灯台などへ行きたい場合は、ここではまだまだ届かないので、一旦乗換える事となります。実際この時も接続が悪くて、このターミナルで1時間待つ事となりました。

この周辺も小学校や体育館などの施設はそれなりにあるエリアですが、観光に関してはあまりありません。

Img_0621

●町民バス標識

2005年に松江市になった美保関ですが、旧町の名残りなのか「町民バス」のまま運行されていて、時刻表が見えていました。名称として正確には「美保関コミュニティバス」です。

JR松江駅から美保関の観光地へ行くには…

JR松江駅 

  ↓ 一畑バス 「美保関ターミナル」行 約40分 750円

(乗換)万原ターミナル 

  ↓ 美保関コミュニティバス 「美保関」行 約25分 200円

美保神社前 

が公共交通機関では一般的なルートです。

という訳で、うまく接続しても1時間以上はかかります。便数的には概ね1時間に1本です。しかし時間帯によっては接続のない場合があり、今回見事にこれにハマってしまいました。

ちなみに「美保神社前」停留所は、美保関行バスの終点手前の停留所ですが、美保神社の最寄りで観光客の多くがここで降りる為、この停留所を載せています。終点の「美保関」停留所もすぐ近くにある(こちらは港の近く)ので、ここで降りても全然差支えはありません。

Img_0618

●「美保関」停留所

という訳で、万原ターミナルで1時間待ってから来たバスで約20分でこの終点に到着しました。先述の通り、バスに一緒に乗っていた他の数名の乗客は全員、この手前の「美保神社前」ターミナルで降りて行き、「美保神社はここで降りたらいいのですか?」と訊かれる方もいました。

また、このコミュニティバスの乗車中に、鳥取県の境港方面から来られる方々も乗り継ぎで合流していました。境港とは「境水道大橋」という高い大きな橋で繋がっているので、ここからだと松江市へ行く場合と、乗換を経て境港市へ行く場合とが選択できます。

ちなみにこの「境水道大橋」は2002年までは有料でした。今では無料なのでこうしてバス路線で行き来もできます(松江駅から境港へのバスもあります)が、有料時代には有り得ないバスルートでした。

で、このバス停は屋根もベンチもない、ただの標識のみがあるバス停でした。手前の美保神社前も同様だったと思います。

Img_0634

●港町の風景

美保関を象徴するひとつである港湾風景が見事に広がっています。

初訪問から30年近く経ちますが、殆ど変わっていない気がします。

万原ターミナルでは水辺の景色は見れても、このような街の景色が見て取れないので、訪問時はここまで来て良かったと思いました。時間の関係で万原で断念するかどうか?という部分がありましたが、敢えてここまで来るべきと改めて感じました。

ちなみに旧・美保関町は合併前は人口7,000人ほどの町でしたが、現在は松江市20万の人口の一部をなしています。

Img_0631
Img_0628

●美保神社

美保関の観光において、代表的なものとして挙げられるのがこの神社です。

1990年以来実に28年ぶりに来たと思います(笑)

表は殆ど変わっていないと思いますが「大造営中」なる大きな看板が出ていました。

このような大規模な神社では、その設備維持の為に莫大な改修費用が要る訳で、ここでは3期に分けてその工事を実施するようですが、必要な経費が約12億円!で、国庫補助等がが5億円あるという事で、目標とする浄財が7億円と記されていました。7億円の寄付が必要な訳ですね。

7億円が必要…これはハードルが高いですね。

この美保神社は事代主神という神様を祀っているのですが、この系統のえびす神社では全国約3,000ある中の総本社であるという事です。出雲国風土記にその名が登場し、単なる町の神社ではなく由緒伝統ある神社のようで、バスに同乗していた人たちも軒並みここへ訪ねて行っていました。

Img_0667
Img_0671
Img_0672
Img_0675

●青石畳通りを往く

美保神社から出てすぐ左に広がっているのが、この青石畳通り です。

雨が降ったら石畳の部分が青く光ることから、この名前がつけられたといいます。この辺りは1年間のうちの快晴日数が少なく、雨が降る事が本当に多いので、しょっちゅう青く光るのではないか?と勝手に思ってしまいます。

石畳も風情あるのですが、両サイドの建物にもそれぞれ味がありすぎるくらいあるのです。これをずーっと通っていくのがまた楽しいものです。

この案内札がかかっている所も江戸からの歴史を持ち、いろんな事業を展開し、一帯の商取引を統括したりなどしていたようで、その旨が記されていました。

Img_0642

●さらに石畳

更に進んで行きました。

右奥の福田酒店というところも創業100年以上の歴史を持つお店といいます。

立呑みカウンターもあったりして、夕方になると地元の漁師さんで賑わうのだとか。

看板に記されているのは「神話乃酒」の文字です。ここのオリジナル商品で他店では入手不能だとか。

Img_0646

●美保館

美保関の代表的な宿のひとつにこの「美保館」があります。

この石畳の通りでも建物が見えていますが、この裏に回ると海側であり、ここに来たバスの下りたところからすぐ近くです。表と裏では全然見え方が違っていますが、ここから見る建物はとても風情あるものとなっていて、とても素晴らしかったです。

そしてこの建物は登録有形文化財でもあり、2004年に登録されています。

明治41(1908)年に着工され、ここもまた100年以上の歴史を有しています。建具や電灯なども当時のものが今も使用され、黒電話もあるのだとか。

Img_0652
Img_0656
Img_0657

●青砥旅館辺り

青石畳通りの中で、美保神社に最も近い地点で、神社を出て左すぐの地点です。

この辺りでは「青砥」というのは数多く見られる名前です。

左側にある旅館の建物がそれですが、現在は営業していないようです。看板だけは現役さながらでしたが…。

1850年には既に存在した問屋で、大問屋からの分家として青砥屋を名乗り現在に至る、とありましたが、現役でなくなってどのくらい経つのでしょうか。2000年の時点では旅館として登録があった模様です。この通りを歩くだけでも、現役の宿とそうでない宿が感じて取れました。何年経っても変わらない街並み…と思っていても、旅館は減るなどして時は流れている事だけは実感させられました。

Img_0666
Img_0664

●青石畳と海辺を繋ぐ道

バスで着いた海辺から青石畳通りの距離感が分かるカットかと思いますが、時折このような狭い路地が差し挟んであって、互いの通りをこのような行き来する事ができます。

Img_0689

●日帰り入浴

この辺に温泉があるとは聞いた事がなく、温泉に入れるという想定はしていませんでしたが、なんと日帰り入浴できるところが!

しかし先程、青石畳通りで裏側を見かけた「美保館」でした。これは海側にある正面玄関の入口ですが、ここに堂々と日帰り入浴の表示があり、時間と相談しつつ入る事を決意しました。

宿泊では大体¥12,000~のようですが、日帰り入浴は¥800との事でした。

早速フロントに入ってみましたが、ロビーにお客さんが数人いただけで誰も居らず…

ベルで?!鳴らす式で呼ぶようで、程なく出てこられました。御家族経営の様でした。

日帰り入浴希望の旨申し出て金を払うと「エレベーターで7Fへ行って下さい」と。また「電気ついてなかったら適当に点けてください」とも。ともかく隣にある小さなエレベーターで7Fへ。ほとんど利用者はないのでしょうか…??

Img_0691
Img_0705

●大浴場

美保館の大浴場です。

案の定、自分以外誰も居ませんでした。

電気はとりあえずついていたようですが、脱衣所は基本カゴ置きで、貴重品は隣のBOXに入れる形式でした。マッサージ機の類は全くありませんでした。自販機類も見られませんでした。

浴場に入ると洗い場があり、シャンプー類もありました。この辺はやはり宿泊客向けにひと通りあるといった感じでしたが、眺めが最高!でした。

港周辺をパノラマ眺望!という感じで、お風呂はこれだけでサウナもなく、大して設備のない中で入浴料800円は高い??とも思いましたが、この眺めは十分その価値あったと感じました。昼見るとこんな感じでしたが、夜見るとどの程度光っているのか…??一度宿泊して確認してみたい気にもなりました。

Img_0694
Img_0695
Img_0699
Img_0701

●なかうら

美保神社を出てすぐ右にある物産店「なかうら」です。

土産物屋さんとしてある程度まとまった代表的な店舗といってよいかと思います。

2016年12月にリニューアルされています。

土産物屋さんは勿論ですが、軽食コーナーもあり、御覧のようなそば(あごだしそば・¥600)を頂きました。バスの時間まで迫っていた事もあり、あまり味わえませんでしたが、そんなに食べられるお店が多いと感じられなかった付近一帯において貴重なところと思いました。

Img_0706
Img_0707

●かえり

美保神社バス停から乗って松江方面へ帰りました。

行きの時のバス停とやや場所が違っていて、帰りはこの美保関郵便局の真ん前がバス停で、場所的に分かり易かったです。

ここから万原バスターミナルで一旦降りましたが、すぐ松江駅行きのバスが接続されていて、待つことなく松江まで帰ることができました。

そんな訳で、美保関の観光をギュッと詰め込みましたが、懐かしい港町に来てみたいと思ったら、時間がかかってもここへ来る事をおススメします。

Img_0714

2018年7月28日 (土)

島根/吉賀⑨ 遥かなる六日市!

島根県鹿足郡吉賀(よしか)、これまで拙ブログで8つの記事に分けて2009年にあげてきましたが、これらは旧・柿木村地区を中心としたものでしたが、今回は別の地区にて久々に9つ目の記事をupしたいと思います。

これまでの記事は以下のもの等々です。

島根/吉賀 柿木温泉口 ~ 島根/吉賀 旧柿木郵便局と帰り道

という事で今回記事はこの柿木村と一緒になって吉賀町になったもう一つの地区、旧・六日市町地区の記事となります。

(2016年8月当時)

●六日市バス停

島根県の南西端にあって、鉄道駅もないこの地区へのアクセスは…

JR広島駅から益田(六日市・日原経由)行きのバスに乗ります。

1日6便しかないので、時刻表は要確認です。当時の当停留所停車時刻は下の写真の通りです。

バス停はこんな感じで屋根もなくただ標識が立っているだけですが、道隔てて向かいに立派な建物自体はあります。

【JR広島駅からのアクセス】

(所要時間) JR広島駅 新幹線口からバスで約2時間

(バス会社) 石見交通 広益線 益田行

(料金) 2,310円

(便数) 1日6便

Dscn9096
Dscn9097

●バス停前

バス停前の道路周りはこんな感じで、これが旧六日市町の交通の中心付近の様子という事になります。

バス停はここからだと見えにくいですが、中田屋本舗というお店の建物と向かって左隣の建物との間に、実にひっそりと立っています。

Dscn9107

●ホール

この向かいに冒頭の六日市バス停があります。

実質的な六日市バス停の待合所となる「吉賀町ふれあいホール」です。

ホールといっても中は無人です。(休日扱いだから?)

それでもこれがここ六日市の交通の中心のシンボル的存在になると思います。

という訳で中に入っていきます。

Dscn9101

●ホールの中

入った時は無人でした。

施設情報を見ると、土日祝が定休日となっておりました。この時は土曜日でしたが、無人で解放されていた感じでしょうか。

平日は窓口の方なりが居られるのかもしれませんが、小奇麗にまとまっている感じはありました。そしてベンチの多い事。これだけの人数が埋まる事があるのかどうか。

バスの時刻表が載っている事からも、バスの待合所的な役割を果たしていると感じました。石見交通では広島行きもあれば益田行きもあり、また岩国市生活交通として山口県岩国市の錦町駅行きもあり、その他etcですが、山口県にも広島県にもアクセスできる幅広さがあります

1日MAXで双方向36便、デマンド除いて31便、土曜運休覗いても25便がここを通る訳で、島根県西部ののどかなエリアにおいては比較的交通が活発なところといえます。6時台から19時台まででこの本数なので1時間に2回は行き来している格好です。

その下の写真には「むいかいち川あそびMAP」というものがありました。この辺りの川沿いは散歩にはもってこい、という訳で特に紹介されています。さぞやきれいな川だろうな、と想像してしまいます。何しろのどか穏やかな界隈につき。

と思って漫然と見ていたのですが、このMAPの作成は地元の六日市中学の手によるものとしり感嘆致しました。

Dscn9106
Dscn9105
Dscn9103

●旧・領家旅館

「旧」と冠しましたが、20年ほど前に閉館となった旅館が残った状態でした。この訪問が2016年8月の事ですが、それから程なく、これを改装しシェアハウスにする計画がニュース記事にありました。

今頃はシェアハウスとして活用されているのでしょうか???

Dscn9109

●吉賀町役場

旧・柿木村とここ六日市町で合併してできた吉賀町ですが、その町役場はここ六日市の方にあります。

白を基調としながら、縁の部分が褐色で建物としてのインパクトを発していました。

Dscn9117

●夢の貯金箱

という自販機が町役場の傍にありました。

「その1本で社会貢献」というキャッチフレーズの下で展開されており、売上の一部が社会福祉事業に寄付されるものですが、吉賀特有のものとかそういうのではないようです。

でもこんな事で社会貢献できるなら安いものです。まして今のような殺人的な猛暑の下であれば尚更です。

Dscn9118

●マンホール

旧・六日市町としてのマンホールがありました。

「水源のまち」とあります。県都である松江市も「水郷」とよばれる水の街ですが、ここも水に因んだ町なのですね。

外周部分で飛び回っているのはホタルと分かるのですが、真ん中の魚がよく分かりませんでした。調べてみると「オヤニラミ」というスズキ目の魚だそうです。ここ六日市との関係性としては、この魚は島根県では生息域が数少なく、その1つが当地という訳です。

Dscn9120

●役場周辺

町役場周辺は、体育館、図書館、福祉センター、保健センター、消防署など吉賀町のありとあらゆる施設が立ち並ぶ、中心エリアに相応しい立地となっています。

Y字路に雲が湧き立つ景色に見惚れて撮ったショットです。

Dscn9119

●街の通りへ

出てみたら、EDIONがありました。

それもちっちゃいEDIONでした。こういう形態のお店もある事は知ってはいましたが、実際見てちょっと驚きました。街の電器屋さん延長上という感じで。

これでも毎日9:00~18:30、年中無休で営業しているそうです。

Dscn9123

●森英恵フラワーガーデン

街を歩いていたら出くわしたのが、この森英恵フラワーガーデンです。

HANAE MORIで有名な世界的なファッションデザイナーである森英恵先生は、ナントここ六日市のご出身という事で、ここがナントその生家跡で、これを本人ご厚意によりフラワーガーデンとして整備されたという事です。

森英恵先生がここの出身なんて予備知識全くなかったもんで…行ってみるもんですね。

Dscn9140
Dscn9141
Dscn9145

●ビジネスホテル

島根県西端のこの街にビジネスホテルがあったのか!という驚きから撮ったものです。失礼な表現申し訳ありません。

「ビジネスホテルのぶくに」 というこのホテル、六日市にあって貴重なホテルですが、シングル10、ツイン3、ダブル2の合計15室あり、1/1~1/5の間は休みだそうです。冒頭の六日市バス停から徒歩約3分の所にあります。

Dscn9151

●ラーメン大将

そういえばこの界隈は町の色んな施設のある割に、飲食店が見受けられないなと思って見ていました。そんな時に出くわしたのがこのお店です。

中に人が居るのか居ないのかもよく分からない状態で、まあいいやと思って結局スルーしましたが。中心街からは少し離れて、目的地に行こうとしている地点にありました。

【ラーメン大将】

0856-77-1848

島根県鹿足郡吉賀町六日市449-3

11時~14時、     1730分~21 

無休との事です。

Dscn9164

●花のある風景

ラーメン大将を通過して、更に中心地から離れる方向へ。

南に錦町へと分岐する辺りにあった花壇が実に美しかったので思わず撮ったものです。

すごく手入れが行き届いている感じで、誰がいつやっているのか?と思わされます。

Dscn9167
Dscn9169

●やくろ

道の駅むいかいち温泉 にやって来ました!

その中で産直・物産館としてあるのがこの「やくろ」です。

やくろの由来として、この地に八畔鹿(やくろしか)という悪鹿の伝承があるそうで、そこからとられているようでもこの鹿を神として祀った「奇鹿神社」という神社もあるといいます。

この道の駅のプロフを。

【道の駅むいかいち温泉】

住所・島根県鹿足郡六日市町有坂225-2

駐車場・132台

アクセス・中国道六日市ICより1km

営業時間・物産館やくろ 8:30~17:30

       温泉施設ゆらら 10:00~22:30  朝風呂 6:30~8:30

 ※いずれも第2水曜定休

Dscn9181
Dscn9185
Dscn9182

●ゆらら

ここが「むいかいち温泉ゆ・ら・ら」です。道の駅の名称自体に「温泉」がついていますが、その温泉部分です。

この温泉に浸かる事がこの時の旅の目的でした。

ただ単に街歩きだけしようとしても、観光する対象が明確でなく、結局ここへ来た収穫もないというのもつまらない(長年の漫然として旅をしてきた経験上)ので、ひとつ大前提として目的地を設定して、その延長上で街あるき、街並み巡りをしようと思っていました。

おかげで自分なりにそこそこ思い出にもなる良い旅ができました。

この温泉の特徴は温水プール併設である事で、温泉プールです。ただ、プール利用は別料金設定となっており、

温泉 620円

プール 570円

温泉+プール 1,130円

の形です。

レストランもあれば、宿泊施設もあるという事で、六日市のエンタテイメントが集まっているのかなというぐらいな感じでした。

Dscn9192
Dscn9196
Dscn9200

●六日市はここにある

という事で道の駅にあったルートマップです。

ここもまた個人的に昔から行きたいと思っていた所のひとつで、島根県東部で青春時代を過ごした身にとって、この島根県最西端の未知の不思議さがなんとも神秘的だった訳です。

この付近に匹見美都などの地名も見られ、昔はそれぞれ町名で自治体として存在していましたが、平成の大合併でいずれも今や益田市となり、ここ六日市は合併して吉賀町となっているこの現在に、こうして訪ねる事ができて本当に嬉しかったものです。

ちなみにオレンジの部分が吉賀町で、中でもその南側がここ六日市です。まさに島根県南西端、山口県すぐそこという感じの所に位置しています。

そんな訳で、温泉に浸かれて満足し、六日市を愉しみました。

広島から約2時間で行ける島根最西端ののどかな地、こんな所で楽しみや癒しを見つけてみるのも良いかと思います。

Dscn9191

2018年6月12日 (火)

JR玉造温泉駅・来待駅 (島根県松江市)

島根県松江市のJR玉造温泉(たまつくり・おんせん)と、おなじくJR来待(きまち)の今回は2駅の御紹介です。

松江市では既にJR松江駅をはじめ、乃木駅・東松江駅と宍道駅などをupしていますが、今回はこれらとおなじ山陰本線のJR駅の御紹介となります。

-JR玉造温泉駅-
【路線】
JR山陰本線(京都-幡生間)
【開業】1909年11月7日
【訪問】初訪問-1990年11月
【1日あたlり平均乗車人員】 357人/日 (2015年)
【近隣の主要駅 (京都方面)松江駅→2駅  
           (幡生方面)出雲市駅→5駅

●駅名標

ここに初めて訪ねたのは1990年11月の事ですが、この記事では昨年2017年11月訪問時の様子をお伝えします。

初めて訪ねた当時はまだ松江市ではなく、八束郡玉湯町という町で唯一の駅でしたが、平成の大合併により松江市の駅となっています。温泉駅と名乗るだけあって立派な温泉街を形成しており、島根県を代表する温泉の街といえます。

松江駅からはわずか2駅で、隣の隣にある駅になります。なので松江観光でこの玉造の温泉宿に泊まられる方も少なからず居られるという訳です。特急は一部停車の形ですが停車します。

Img_3603

●時刻表

左半分が出雲市行きという事で西へ、右半分が米子など東へ行くもので、鳥取や岡山行きも含まれます。各々平日と土日祝に分かれて表示されています。

平均すると1時間2本というところですが、赤字の特急がだいぶ停まるためのものであり、黒字の普通列車のみであればかなり減少します。鳥取・岡山方面というのは米子を境にそのまま山陰本線で鳥取方面へと東へ進むものもあれば、南へ分岐する伯備線(特急やくもなど)もあります。なので1方向あたりの本数はもっと少ない事になります。

Img_3599

●ホーム

ホームは1面2線、つまりこのホームの両サイドに電車が停まる構造となっています。

ホーム屋根が広く取られていて駅の規模の大きさのようなものが垣間見られました。やはり人気温泉地という観光資源を持つところは強い、という事も併せて感じられました。

ここもベンチが線路と垂直に並んでいました。他ってそのままホームへ転落、というのを避けるために取られた措置とどこかで見ましたが、この辺でもやっていたとは。

Img_3606

●待合室周辺

白壁和風建築様の立派な外装で、完全室内型の待合室がありました。

特に城下町とかではなかったと思いますが、建物の腰の部分はなまこ壁様になっていました。温泉としては古い歴史を持つので、その歴史の古さを表しているのでしょうか。

Img_3605
Img_3602

●地下道

ホームとしては1面だけですが、改札とはこの地下道で結ばれており、これを渡って改札前の通路を歩く事となります。

地下通路内は寂しく蛍光灯がつくだけの硬質で真白な内装となっており、掲示物は一部に集中的に貼られているのみでした。

ホームから階段を下りるところの「歓迎 玉造温泉」の看板は時を越えてもそのフレーズは同じでデザインが一定時期に変わっている感じで、1990年に訪ねた際もこの文言だけは同様に使用されていました。今の松江市で観光地を持つところといえば、松江駅とこの駅ぐらいしかない訳ですね。

Img_3607
Img_3608

●駅構内

改札を出て、待合室周辺の様子です。

待合エリアがベンチと共にあり、更に仕切りの向こうには室内型の待合室があります。こういう所にも観光地を有する駅としてのやや規模感の大きさのようなものが感じられました。といってもこの周辺の駅も綺麗に改装されたりなどしていますが。

Img_3612

●MAP

駅前の簡単な地図には「姫神の湯 玉造温泉へ」とありました。姫神の湯とか姫神広場とかが温泉街にあります。

温泉街までの道案内と温泉街のマップとに分かれています。駅から温泉街まで車で5分とあります。距離にして2kmあまりでしょうか?

Img_3611

●シャトルバス時刻表

長楽園グループとしてシャトルバス時刻表がありました。

玉造国際ホテル経由長楽園行きとあり、ほぼ温泉街の中にあるところです。

送り便として朝から1時間ごとに出ており、迎え便としても15時から1時間ごとに玉造温泉駅行きが出ています。

Img_3614

●駅前道

駅を出て駅前広場を左側へ向いた形のカットです。

この道が街へ出る通り道になっていて、これを向こうへ進む事となります。

下側の写真は駅から出てほぼ正面の様子で、読売新聞の新聞配達所?でしょうか?かつての「YOMIURI YC玉造温泉」という看板が完全に色褪せ切ってしまっています。

Img_3618
Img_3616

●玉造温泉駅 駅舎

2012年に完成したという新駅舎で、木造ながら一部鉄骨の入った平屋駅舎です。

屋根は神社などで使われる青緑の鋼板葺きで威厳を感じさせる駅舎となっています。JR西日本が4,000万円を投じたといいます。

Img_3733
Img_3619

●玉造温泉駅 駅舎 in 1990

1990年に初めて訪問した際の写真が残っていたのでupします。

白壁に濃いブルーの屋根で、この両色のコントラストがすごく際立つ配色の駅舎でした。今よりもかなりライトな感じで、今は厳かでその辺りのコントラストも際立っていると言えます。

駅名の上に勾玉があるのは今も同じです。

0010

以上、ここまで玉造温泉駅でした。

続きまして「来待駅」です。

-JR来待駅-
【路線】
JR山陰本線(京都-幡生間)
【開業】1929年12月25日
【訪問】初訪問-1990年11月
【1日あたlり平均乗車人員】 141人/日 (2015年)
【近隣の主要駅 (京都方面)松江駅→3駅  
           (幡生方面)出雲市駅→4駅

●駅名標周辺

ここに初めて訪ねたのも1990年11月で玉造温泉駅と同じです。

写真は2004年夏再訪時のものですが、ホームのカットはこれしか撮っていませんでした。

ホームは2面2線となっています。

今の松江市になるまでは、旧八束郡宍道町の1駅で、宍道町では宍道駅が中心駅であったので、町制の時代から中心駅の座になかったところです。

Himg0342

●駅舎内

2003年末に改築され、当時が2004年夏という事で、まだ出来たてのホヤホヤ状態でした。

そんな中に木造み溢れ素晴らしい建屋になっていて、1990年の初訪問時の記録は手元にありませんが、その頃の駅から比べると随分とグレードアップしたものです。

利用者数が決して多くない中で、こんな大きくてきれいな駅舎はとても素晴らしいと感じましたし、よく改築したなと思いました。この駅のトイレにもお世話になりました。こんな写真を撮っていた事からも窺えると思いますが、この時はこの駅を独り占め状態(誰も居なかった)でした。

040811_112102
040811_112101

●駅前広場

わずかなスペースを隔てて左側は国道9号線で車やバイク、トラックがピュンピュン高速で走っているような道路です。

旧駅舎の時は駅舎の先と9号線の距離がもっと短かったような気がしますが、気のせいかもしれません。

Photo

●来待駅 駅舎

ちょっと建物の高い駅舎で、そとからみても木造の味が色濃く表れています。

三角屋根が特徴的で、出入口の庇の部分も三角屋根で、これが建物の良いアクセントになっています。

旧駅舎を記録に残していませんでしたが、JAスーパーと併設という珍しいスタイルの駅舎でした。1990年に寄った時はカメラを持参していなかった為、記録をおさめる事ができませんでした、今考えると大変勿体ないですが。

建物の高さだけでいえば近隣の沿線駅ではかなり高い部類に入ります。まして中心駅でも何でもない駅の中であれば、ダントツかもしれません。

以上、来待駅でした。これでこのブログでupしていない松江市のJR駅は南宍道駅(JR木次線)だけとなりました。この駅には訪ねた事すらないのですが…。

Jr

2017年12月 5日 (火)

JR江南駅・小田駅 (島根県出雲市)




島根県出雲市のJR江南(こうなん)駅、小田(おだ)です

出雲市ではJR出雲市駅、西出雲駅・出雲神西駅をupした事がありますが、これにつづく駅を2駅御紹介です。

まずは江南駅から。

-JR江南駅-
【路線】
JR山陰本線(京都-幡生間)
【開業】1913年11月21日
【訪問】2008年10月
【1日あたり平均乗車人員】 93人/日 (2015年) 
【近隣の主要駅 (京都方面)出雲市駅→3駅
           (幡生方面)大田市駅→5駅   


●駅名標周辺

愛知県に江南市という市があって、その市名を名乗る同名の「江南」駅が名鉄にありますが、ここは現在でこそ出雲市ですが、平成の大合併以前は簸川郡湖陵町という町で唯一の駅でした。

前記事の出雲神西駅の時にも「湖陵温泉」

のフレーズが出てきましたが、その湖陵です。駅ができた時の自治体名は駅名と同じ江南村でした。そこから湖陵村⇒湖陵町となり現在に至りますが駅名はそのままです。

ここもまたカントリーな雰囲気に溢れていますが、利用者数的には出雲神西駅の倍程度あります。西出雲駅と比べると1/3程度ですが。

Himg0383

●待合室

室内型の待合室があります。

前記事の西出雲駅や出雲神西駅よりはちょっと地味で平板な感じのものでした。

しかし電車の本数が多くなくて必然的に待ち時間も長くなる中、また寒い山陰地方にはこういうしっかりした待合室が必要、と感じます。

しかしこの待合室のポッツリ置かれてる感は惹かれます。

Himg0382
Himg0379

●出札

一応?有人駅で、平日の6:30~14:30のみ営業の形で、土日や平日の14:30以降は居ないので、この時も土日だったので居ませんでした。一見無人駅のように見えて、委託の方がおられるという駅もあったりしますね。

上には近隣の主要駅への運賃表がありました。

市内中心部の出雲市駅へは190円、県都松江駅までは740円、鳥取駅までは2,940円です。9年前当時なので値上がりしているかもしれませんが。ここに書いてあるのは全て山陰の駅ですね…。

Himg0378

●構内

プラスチックのペンチもあれば、超絶がつくほど渋すぎる木製ベンチもありました。

平日朝昼だけとはいえ、駅員の居る駅でもあり掲示物もそれなりに更新されていました。

真ん中やや左の2人写っているポスターは「マナカナ」です。時代ですねぇ「だんだん」の頃です。

Himg0377

●通路

ホームいちばん奥からから降りて構内踏切を渡る形で、この右側の通路を手前に来る形で駅舎へ出るちょっと大回りな通路構成になっています。

電車の長さの関係上この位置になるのは仕方ないとして、駅舎までこの手前の位置にあるとは…、それで移動距離が長くなるのですね。

Himg0380

●駅前

駅を出てすぐの景色です。

旅館が目の前にありました。

タクシーは受付窓口へ、との表示がありましたが3~4台は停まっていて、駅舎内事務所とあるのでタクシー会社も駅に入っている感じなのかなと。

Himg0376

●江南駅 駅舎

ブルーの屋根瓦がとても印象的ですが、基本的に木造駅舎として開業当初から続いている駅舎で、1913年開業という事でその歴史は既に100年を越えています。江戸幕府最後の将軍である徳川慶喜が亡くなったのがこの年なので、それ以来あるというのは驚きです。

タクシー会社事務所があるせいか駅規模に見合わず?ここで見えるだけでも4台のタクシーが見えました。

駅舎規模が縮小されてしまわないように、いつまでも続いていてほしい駅舎だと思います。

Himg0370
Himg0374

続いて、小田駅です。

-JR小田駅-
【路線】
JR山陰本線(京都-幡生間)
【開業】1913年11月21日
【訪問】2008年10月
【1日あたり平均乗車人員】 77人/日 (2015年) 
【近隣の主要駅 (京都方面)出雲市駅→4駅
           (幡生方面)大田市駅→4駅   


●駅名標周辺

この辺りの駅は開業日が大体同じなのか、隣の江南駅や西出雲駅などとも同日開業となっています。

位置的に出雲市駅と大田市駅の中間にあり、どちらへ行くにも4駅要します。しかし小田の4駅先が大田市とは…ですね。

江南駅は旧・湖陵町の駅でしたが、当駅は旧・多伎町の駅になります。小田駅というと井原鉄道でも同名の小田駅が存在します。今回は江南駅も小田駅も共に別の同名駅が存在する格好になります。

Himg0349

●ホーム

沿線の付近駅同様1面1線で、真ん中に室内型の待合室があります。1面2線に見えますが駅舎側の線路は撤去されています。

待合室の部分以外はほとんど雨ざらしな感じです。

Himg0350

●スロープ

ここもまた構内踏切でホームから改札へ移るタイプで、ホームに緩やかな長いスロープがあり、バリアフリー対応していました。

構内踏切があるという事は跨線橋がない訳ですね。

Himg0348

●ホームから

駅舎へのカットです。

綺麗な駅舎が見えます。2005年に新駅舎竣工となったようで、この時が2008年なので改築後わずか3年の状態でした。

現在の乗車人員は77人/日で2005年に100人/日の大台を割り込んでから減少傾向にあります。

Himg0351

●多伎町案内図

今は出雲市多伎町という形ですが、この少し前までは簸川郡多伎町でした。自治体名としては消滅しましたが、それでも多伎町という地名は残っている訳で、それだけでもよかったかなと思いました。

隣の田儀駅も同じく旧多伎町に属していましたが、実はこの小田駅の方が中心駅的な役どころで、ここも当初は多伎駅にしたかったようですが、隣の田儀駅と紛らわしい為になくなったようです。そこで隣接する小田地区の名を取って駅名となったといいます。

道の駅キララ多伎というのがあり、この駅から徒歩10分の位置にあります。キララビーチやキララコテージなどキララと名のつくものが沢山あるのが多伎の町でもあります。

Himg0352

●駅舎内

とにかく全体的に木目調の、しかも綺麗な駅でした。

ベンチも木製で綺麗なものでした。隣の江南駅の渋すぎるベンチとは、同じ木製でも全然違うものでした。

最初から出札のない無人駅だそうですが、無人駅とは思えないほどきれいな駅舎内でした。

Himg0366
Himg0368

●駅前広場

広いスペースが取られていますが、特にロータリーなどもない広場でした。

駅前広場を出るとすぐに山陰道路の大動脈である国道9号線が通っています。そのすぐ向こうは日本海です。この駅から西へしばらく海沿いの駅が続いていき、ここはまだ少し海との距離がありますが、西へ行くにつれて駅出たらすぐ海、というシチュエーションになっていきます。

Himg0354

●駅横

駅前広場を横から見た様子です。左が駅です。タクシーが停まっているのも見えます。

右向こうは自転車置場です。

Himg0353

●小田駅 駅舎

2005年改築の立派な駅舎があります。屋根の妻の部分に時計まであります。

隣の田儀駅も同時期に駅舎がリニューアルされており、他の駅はあまり変わらない中で、この2駅だけ?というのは、当時の多伎町にお金があったのか…??山陰の駅といえど変わることだってある、というところが分かる事例ですし、今後他に変わった駅が出てきたら、またそこに行ってみたい気になるというものです。

Himg0355
Himg0364

2017年11月30日 (木)

JR西出雲駅・出雲神西駅 (島根県出雲市)

島根県出雲市のJR西出雲(にし・いずも)駅、出雲神西(いずも・じんざい)です

出雲市ではJR出雲市駅をupした事がありますが、これにつづく駅を2駅御紹介です。

まずは西出雲駅から。

-JR西出雲駅-
【路線】
JR山陰本線(京都-幡生間)
【開業】1913年11月21日
【訪問】2008年10月
【1日あたり平均乗車人員】 301人/日 (2015年) 
【近隣の主要駅 (京都方面)出雲市駅→隣駅
           (幡生方面)大田市駅→7駅   


●駅名標周辺

今でこそ、出雲市の中心駅である出雲市駅の西隣にある「西出雲駅」ですが、1993年まではこの辺りの地名である「知井宮(ちいみや) 」という駅名を名のっており、特急やくも号の終点駅であった時代もありました。御年輩の方々の中には、いまだに「知井宮」駅の方が通りが良いのかもしれません。

今ではやくもは隣の出雲市駅までしか運行しておらず、この駅から西は運行対象外となってしまいました。また米子駅以西で山陰本線の電化区間はここまでだそうです。

Himg0453

●ホーム

1面2線のホームで、屋根があるのは待合室の部分だけです。あとは野ざらしといいますか。

待合室はなかなか立派な建物で、室内部分と室外ながら屋根のある部分と半々の構造で、屋根が厚みのあるしっかりしたものになっています。

跨線橋は踊り場の部分が設けられていて途中で折れた形になっています。

規模は小さいながらも、かつて特急が停まっていた駅の雰囲気がどこか感じられました。

Himg0461
Himg0462
Himg0452

●跨線橋内

掲示物は見られませんでしたが、とにかくきれいでした。

この沿線ではあまりないくらい?きれいな跨線橋内だと思いました。これが9年前の姿ではありますが、今もそんなに大きくは変わっていないのではないかと思います。

Himg0455

●券売機と路線図

駅内のスペースで、券売機と時刻表と路線図がコンパクトにまとまっていました。

1990年には無人駅になったという事で、当時まだ知井宮駅の名前の頃で、特急やくもも停まっていた中の無人化移行だったのですね。

券売機は壁付けではなく床置きのタイプでした。山陰本線にはこういうタイプのが多いですね。

そして路線図、当駅は山陰本線のみに属していて、上と右のラインがそれに当たりますが、当駅から少し右にある部分で下へ分岐しているのは「木次(きすき)線」です。右上の部分では、上に伸びているのが「境線」で境港へと至り、下に伸びているのが「伯備(はくび線」になります。

それで、当駅の右隣が出雲市駅で、出雲市の中心地かつ一畑電車も同名の駅がすぐ傍にあります。更に右へ少し行けば松江駅があります。松江駅までは650円でしたが、これは9年前のもので、そこから幾分上がったのかどうか?そのくらいの運賃だという事です。米子駅へは1,000円を超える事となります。

Himg0457
Himg0458

●跨線橋外

橋の部分から3本下りていて、真ん中がホームへ下りていくもので、両サイドが出入口のものです。階段がまっすぐ斜めになっているのではなくて、ところどころ折れてアクセントになっているところが平板でない印象を与えます。雑に造ってないというか、気持ちが入ってる気がします。

Himg0450

●駅前風景

駅前広場を含めた駅前の風景です。

高い建物がまばらにありますが、それ以外建物が殆どない感じでした。でも田舎という感じでもなく、出雲市駅より少し離れただけの都会とまではいかずとも、そこそこの街かなという印象でした。

Himg0467

●西出雲駅 駅舎

駅舎というより駅前バスターミナルの建物ではないか?と思うようなものでした。旧・知井宮駅時代は渋いしっかりした駅舎がありました。

というのもホームから階段を上がって跨線橋を渡ると駅を降りる階段のみであり、この建物はそれとはわずかに離れて建っています。写真の右端に覗いて見えるのが、跨線橋の出入口で、これと駅舎とに僅かながらの距離があります。ただこの建物の中はしっかり駅の機能を有しています。智頭鉄道開通時に新たに開業した駅の数々が同様の構造になっています。

Himg0468
Himg0460


続いて、出雲神西駅です。

-JR出雲神西駅-
【路線】
JR山陰本線(京都-幡生間)
【開業】1982年7月1日
【訪問】2008年10月
【1日あたり平均乗車人員】 51人/日 (2015年) 
【近隣の主要駅 (京都方面)出雲市駅→2駅
           (幡生方面)大田市駅→6駅   


●駅名標周辺

出雲市の中心駅である出雲市駅から2駅から離れた当駅は、かなりカントリーな雰囲気でした。

1982年開業で、島根県の駅では最も新しいという記録を持つ駅です。開業当時の駅名は単に「神西」で、1993年には「出雲大社口」という駅名になりましたが、「どうしたのかな?」と当時正直言って思いました。なぜか?って、出雲大社の近くにある訳でなくて、最寄駅は一畑電車の「出雲大社前」駅なのに、それよりよっぽど遠いこの駅に「出雲大社」の名をつけたからです。

JRとして、出雲大社へいざなう駅が欲しかったのだと思いますが、しょせんは「〇〇(ぐち)」という駅名であり、「口」がつくのは、「〇〇」とは違って、その入り口に過ぎない、という事で距離があり過ぎました。この駅名はわずか6年しかもたず、結局は総務庁からの改善要求という形で1999年に元の神西に旧国名を冠する事で、現在の「出雲神西」駅となっています。これ以降JR西日本は駅名改称に非常に慎重になったとの事で、そういった影響を後世に及ぼした駅でもあります。

1990年まで大社線があって、この線に「゛大社駅」があったのですが廃止になり、JRで大社を名乗る駅が無くなってしまったのが、この改称のもとにもなったのだと思いますが、当時の観光客はかなり混乱したようですね。出雲大社へは9kmもあって、バスもタクシーもろくにないという状況では、如何ともし難かったですね。

Himg0409

●ホーム

わずか1面1線のホームです。

道路が立体交差していますが、それ以外はひたすらカントリーな風景が広がっていた、そんな印象でした。

ホーム上の待合室は、隣の西出雲駅と同じような構造で、室内部分と室外で屋根つきの部分と半々ありました。屋根は少しこちらの方が薄い感じでしたが。

下側の写真の手前の柵の横には階段が下りていて、少し高い所にこのホームがあります。

Himg0410
Himg0407

●ホームから

ホームから降りていく階段込みのカットです。

これを下りて駅舎へ繋がります。

運賃箱は駅舎ではなく、このホーム上にあります。そしてその上には各駅への運賃表が載っています。運賃については先の西出雲駅の隣につき、これと大きくは変わりません。

Himg0413

●付近地図

かつて出雲大社口駅を名乗っていたせいか、出雲大社へのアクセスができるような図になっていました。ものすごくデフォルメ化されているように思いますが。湖陵温泉という温泉もあり、国引荘という宿もあります。

色んなものがあるように見えますが、縮尺が分かりにくいので、歩いて行ける所が分かりづらいのがなんとも難点です。

Himg0414

●駅地下道

もろに駅の線路の真下という事が分かる簡易な地下道があります。

こういうのも構造力学のもとに造られているんですよね、とてつもなく重い電車が通っても崩れる事のない強度が必要な訳で。

Himg0418

●駅前広場

自転車置場がある以外は広いスペースがあるだけに近い駅前です。

駅から伸びている道路も距離にして僅かで、すぐにT字路と交差し、向こうには田園風景が広がるばかりです。駐車場スペースとしてはそれなりに有効活用されていると感じる駅前でした。

Himg0417
Himg0419

●出雲神西駅 駅舎

白壁の和風駅舎で、出雲大社の神殿造りに見立てたのか屋根のてっぺんの先端が出っ張っています。

1日の乗車数平均が50人ほどの駅ではありますが、なかなかの駅舎です。

開業してからわずか17年で2度の改名がなされた激動の歴史を持つ駅ですが、それから18年は安定した歴史を歩み続けています。いつかは出雲大社へのアクセスが整備されるようになればいいなと思うのですが…。そんな期待を少ししながら、この駅の記事を終わりたいと思います。

Himg0421
Himg0415
Himg0416

2017年11月26日 (日)

島根/松江① 宍道地区 八雲本陣

んし島根県松江市、JR宍道駅からの歩き旅です。

(2013年1月当時)

●宍道駅前の通り

我が第二の故郷ともいうべきこの地をようやく記事にするにあたって、やはり松江市の観光中心地にしようか??等々色々迷いましたが、今回はあえて旧宍道町の(旧松江市ではない)このエリアを松江市最初の記事とする事にしました。

といっても、現松江市では旅記事はこれが最初ではありません。実は島根/東出雲 「ひがいも」の中心街へ がこれにあたり、当時は松江市ではなく、八束郡東出雲町に属していたので、今回記事が「松江①」となっていますが、実は2本目です。東出雲町が現松江市の東端ならば、今回の宍道町は松江市の西端に位置します。

そんな訳で、宍道駅から少し歩いて、それなりに雰囲気のある駅前通りへ。ちょっとした街並みになっていて、床面も綺麗に整備されています。

Dsc07364

●白壁

が剥がれた家屋がありました。

建物の腰の部分の板張りが印象的な純和風の家屋ですが、門の扉の部分が板張りで赤い鉄製の枠がさらに印象的でした。

Dsc07361

●八雲本陣

宍道駅前の名所といえばここ、と勝手に思っていますが、1990年にここに初めて来て、この時23年ぶりに再訪しました。

八雲本陣=国指定重要文化財の木幡(こわた)家住宅 です。

江戸時代は享保年間の1733年に建てられた住宅で、出雲地方の代表的民家として1969(昭和44)年に国指定重要文化財となったものです。当時は松江藩の歴代藩主の巡視の際のお宿であったそうで、その後も長く旅館として活躍した建物であるといいます。

2006年まで旅館であったというので、ここに初めて訪ねた1990年はまだ旅館だったのか?と思うと、なんかすごいですけど、そんな感じはしませんでした。完全なかつての姿を遺して一般にも公開した建物とばかり思っていました。旅館もそうといえばそうですが。

今はこの屋内が一般開放されていますが、入場料は500円とやや割高感があります。

建物の向かいには専用の見学者用駐車場もあります。

Dsc07365
Dsc07368
Dsc07369
Dsc07370

●なつかし看板

上の2つの小さな看板は「せきに のめば」と「ずつう はいたに 新鋭ノーハチン」という共にワット本舗なる商号が下に記されています。この会社の事を調べてもよく分かりません。

下には昔よくあった花嫁貸衣装の看板、イラストと支店名?以外は消えてしまって何が何だか分かりません。当たり前の事ですが、こんなに色褪せて消え去ってしまったような看板でも、現役バリバリで鮮明に見えていた時期もあった訳ですよね。

Dsc07374

●宍道マンホール

現松江市ではなく、旧宍道町のマンホールです。

上と下の左右の3つに大きく分かれるようで、上は地元の来待(きまち)石の石切り場を表し、右下はふるさと森林公園という公園を、左下は宍道湖を表しているそうです。

島根といえば、松江といえば宍道湖ですが、そしてここも今でこそ松江市ですが、かつて松江市外であったこの町の名前こそが「宍道」な訳で、宍道湖のお膝元そのものです。

Dsc07375

●わいん酒館

向こうに大蔵屋の文字が見えますが、手前の建物が腰の部分のなまこ壁に白い蔵のとにかく渋すぎるものでした。なんとここではミニライブなども行われているようで、イベントスペースとして貸し出し可能、という文字を見かけたりもしました。

Dsc07380

●街並み

宍道駅から伸びた地点から、国道9号線へ向かう途中で東へそれる(9号線と平行に通る)通りです。商店と住宅が混在するエリアで家屋がビッシリ続いています。

Dsc07381

●亀島児童公園

旧宍道町という自治体名か、現在の松江市宍道町という地区名か、今となってはどちらを表わすのか「宍道町」との表記があります。

中にはブランコ、シーソーなどの遊具があります。

Dsc07382

●廃墟の街並み

2枚上の写真から更に国道9号(宍道湖沿い)へ向かう地点ですが、廃墟が続いていました。窓の部分が枠だけとなったところもあり、部分的にゴーストタウンの様相を呈していました。駅から離れるにつけ、やはりこういう所も出てきます。

Dsc07384

●日本一大名陣

国道9号線まで出てきました。この辺りの9号線は完全に宍道湖沿いで、道より北(宍道湖)側にはほとんど何もないのですが、この店だけは例外的にあります。出雲そば屋さんです。

ただのそば屋ではなく、玩具博物館も併設されています。それにしても周りの建屋が正直言って地味な中を、この派手な面構えは実に目立っています。「テレビ・雑誌でおなじみ」とも銘打たれ、アピール度満点です。

Dsc07389

●宍道湖

この宍道地区の名前そのものである宍道湖、旧来からの松江市を象徴するもののひとつですが、なんといってもその名のもとがここなのです。

ただここの場合は、陽が沈む西側にあるので夕日の見え具合はどんな感じなのか??を考えた事がありませんでしたが、宍道湖の夕日は場所によって全然違うものでしょうか。

Dsc07390
Dsc07391
Dsc07392
Dsc07394

●どんぞこ

というお店がありました。今はもう売家になっていますが…

旧来はそこそこ商店も栄えたであろう通りではないかと思いますが、今はその役割も変わってきているようです。

いかにも松江、という場所ではありませんでしたが、松江市の第一弾としてまずは宍道地区をお送りしました。

Dsc07407

2017年10月 7日 (土)

島根/浜田 島根の西の城下町

島根県浜田市、JR浜田駅からの歩き旅です。

(2013年3月当時)

●どんちっちタウン

浜田駅の記事でも登場した「どんちっち」。街の中でもこのような壮大なゲートがつくられ、街の象徴的な存在ともなっています。この辺りでは夏祭りイベントとして、神楽フェスタなども開催されています。石見といえばやはり神楽は切っても切れない存在ですね。

Dsc09527

●グリーンリッチホテル

県都・松江市にもあるちょっとリッチ感のあるホテルがここ浜田にもありました。

島根県内では、松江、出雲、浜田とあるようで3大都市のひとつ、の位置づけともいえます?!ちなみに松江市の同じホテル、当時はグリーンホテルと称していましたが、ここは管理人が島根県で初めて泊まったホテルであります。

Dsc09528

●石央文化ホール

石西文化会館、というのが西隣の益田市にありますが、こちらにあるのは石「央」文化ホールです。石州の中央という意味合いでしょう。

パステル調で曲線の入った、ちょっとふんわり目の建物です。大ホールは1,150席のキャパシティがあり、映画上映会や落語の一門会、学校の定期演奏会など様々な催しが行われている浜田の代表的なホールといえます。

Dsc09533

●琵琶町

浜田駅前の隣のバス停です。

浜田駅南口から駅前すぐを右折して、県道208号に入って200m程行くかどうか位の位置にあります。結構駅近ですが、建物の密集度はパラパラとした感じでした。

Dsc09536

●ジェンナー像

ジェンナー(1749-1823)、子どもの頃伝記で習った名前、種痘の研究で有名な人、というイメージです。とにかく野口英世のように病気の研究をして功をなした人という感覚で覚えていた名前ですが、その彼の銅像がこの浜田にありました。

種痘ってそういう病気なのかと思っていたら、昔は死の病といわれた天然痘の予防法として種痘法を発明した、とありました。天然痘を撲滅した訳ですね。子供のころ勘違いしたまま大人になってしまった、よくある事ですね(笑)

この近くの少し離れた場所には頌徳(しょうとく)碑もあり、意外にも?ジェンナーの功績を讃える公的な碑というのは世界中でも、この浜田にしかないようです。で、なんで浜田に??という事で関係性を探ってみたものの、浜田の豊原観一郎(1864-1922)という医師が発起人になって建立にこぎつけた、とありました。別にジェンナーがこの地に縁があるというのではないようですね。とにかく「人類の大恩人 ジェンナー博士」とあります。そしてこの像を建てたのは「ジェンナー顕彰会」です、なんと素晴らしい。

Dsc09544

●浜田市役所

濃い茶色を基調とした空に映える色の建物です。

この建物自体の情報があまりないのですが、建物の左端に時計があるとちょっと不思議な感じがしました。ドアノブみたいな位置にあります。

Dsc09564_2

●俵国一博士像

浜田市役所の前に建てられている像です。

俵国一(1872-1958)氏は浜田市生まれの工学博士で、日本の製鉄製鋼技術の発展に尽力した人物です。鉄鋼業の発展を促進させ、日本鉄鋼協会を設立したり、研究委員会などを立ち上げて自ら委員長を務めたり、並々ならぬ心血を注いだ、という事です。

浜田が生んだ偉大なる科学者の栄光を讃え、後世に伝える為に建てられたとあります。

と、ここまでは、郷土の偉大な方の像なんだな…という話なのですが、この人物の姪孫(てっそん)が、あの、昭和50年代の夜を中心にフジテレビキャスターとして存在感絶大であった「俵孝太郎」氏なのです!これには驚きました、ビートたけしのモノマネで覚えた人物ですが、今年で87歳になる今も御存命のようです。

更に脱線しますが、俳優の小泉孝太郎さんの名前は、父親の小泉純一郎元首相が俵氏の名前からとって命名したのだとか!調べれば調べるほどにビックリ続きです。浜田の英雄からここまで話が膨らむとは…。

Dsc09566 

●浜田市役所前バス停

さすがに市役所前のバス停、という感じで、しっかり停留所にベンチと屋根もついています。こういうプチ豪華?なバス停見るのが大好きです。直射日光や雨露を避けて、座れる、バス停でこれっていいな、とかすごく思うんですよね。

Dsc09569

●ココ

という喫茶店を挟む形でのY字路、ならぬЧ字路という感じの道路です。

しかしこの喫茶店の何時代も前の、時が止まったようなポツンと佇んでいる感がなんともいえず近づいてみたら…

平成18(2006)年12月に閉店済でした…、今から10年以上前に閉店していて、この写真の当時(2013年3月)から見ても6年少し前という事になります。それでも21世紀までこの佇まいの喫茶店が残って営業していた、というのが素晴らしいと思います。

この急角度で傾いた庇が古さを感じさせるのでしょうか??

Dsc09579
Dsc09580

●城山公園へのいざない

幹線道をそれて、山沿いのような坂道を上がっていきます、様々な店名の灯籠?が立ち並んでいる中を。この華やかな並びの先は城山公園という事で、正直ここへ来るまで浜田に城下町のイメージがなく、島根の石見地方にあまりそういうものがないと思っていたのですが、浜田の城跡は建物こそないものの、石垣レベルではなかなかのものでした。

ここは観光に良いと思います。この街に観光に来る人はあまり多くないようですが、逆にその分ゆったり見れるというものだと思います。

「桜まつり」とありますが、訪ねたのが3月末で桜の咲こうとしている実によい時期であり、この灯籠群?もこれにあわせて並べれたのか?分かりませんが、とにかく華やかなる事この上なしでした。

Dsc09584
Dsc09590

●城山公園

坂をのぼっていくうちにこの城山公園の看板が出てきました。

浜田城は亀山城ともいわれ、標高68mの丘陵に築かれたお城です。

1619年に古田重治(1578-1625)という人物が大坂の陣の功により、この浜田藩5万4千石を与えられて初代藩主として入封したとあります。築城されたのはこの翌年1620年だそうです(完成は1623年)。

ちょっと年代的に遅いのかな、という感じですが、姫路城も1610年代だしそんなもんかという気もしますね。

その後古田氏は二代目でお家騒動を起こして改易となってしまい、その後は松平、本多、再び松平氏ときて、明治を迎える事となりました。

Dsc09594

●秋葉神社

城山公園内にある神社で「火の神」とされています。

元は別地にあったものが1872(明治5)年にこの城山に造営されたといいます。独特の曲線を描きつつ、上半分が妙に存在感のある白色に、そしててっぺんの赤に、不思議な雰囲気の塊という感じがします。

この社殿は昭和42年に建てられたという事で今年ちょうど50年になります。

Dsc09601
Dsc09599

●抱月碑

島村抱月(1871-1918)の碑がありました。なんと浜田の出身なんですね。正確には那珂郡金城(かなぎ)町生まれで、平成の初めまで浜田市外でしたが、現在は浜田市内になっています。島根県の人だとは知りませんでした。松井須磨子と共に芸術座を結成して、須磨子の唄う「カチューシャの唄」が有名になるなど名を馳せた人物でした。

Dsc09610
Dsc09609

●勤労青少年ホームと色々な碑

色んな偉人の碑やら慰霊碑やら色々ある城山公園スペースですが、このバックにあるのは「勤労青少年ホーム」だそうです。働く若者の憩いの場でありオアシスである、という事ですが、どれほど利用されているのか。

Dsc09620

●浜田城跡説明板

浜田城に関する説明があちこちにありますが、柿本人麻呂の終焉の地ともいわれていて、石見では他にいくつもの地の説がありますが、ここもその一つという事です。

浜田城の復元CGがありました。建物はここにはありませんが、当時を偲べばこんな感じか、というのを表現してくれています。

Dsc09623
Dsc09622
Dsc09646

●城門あたり

門は屋根の下を純木造の建物が支えていて、この色のくすみ具合がまたなんともいえない渋みがありました。入口門のドア部分に比べて上の屋根が実に重そうです。

元々津和野藩庁の門であったそうですが、明治3年に浜田県誕生時に県庁の門として移築され、更に昭和42年にここに移築されて今に至るという事です。つまりは元々、浜田城とは何の関係もない存在であったという事です。

Dsc09649
Dsc09651

●石垣の群れ

浜田城は天守はおろか櫓もなく、城の建物がないのですが、その分この石垣の存在感がかなり大きいです。

階段と石垣の組み合わせがカッコよかったり、石垣が段々状になって見える部分もまたカッコいいなと思いました。

これに関しては実際に行ってみてほしい、の一言に尽きます。この写真では伝えきれない壮観がここにはあります。

Dsc09654
Dsc09656
Dsc09658
Dsc09660

●本丸から

てっぺんの本丸です。

そんな高い所からではないんですが、眺めがなかなかよろしいです。

眼下には外の浦という深く入り組んだ入り江があります。ここは江戸時代に海運でかなり栄えたところらしく、浜田藩最大の物流拠点であり、廻船がかなりの数ひしめいていたといいます。

浜田城は平山城であり、海城であるともいわれるのは、この眺めによるところも大ですね。

この時が浜田に来たのが4,5回目くらいで、街歩きしたのも2回目ぐらいでしたが、やっとまともに旅したなという感じがしましたし、こんなに城下町だったのか、というのも改めて感じました。何度か行ってる割に漁港のイメージが強くて、お城という感じではなく、島根県西部にそもそもお城のイメージがなかったので、この旅では良い発見ができたなもというのをつくづく思います。

Dsc09670
Dsc09672
Dsc09677

2017年9月30日 (土)

JR浜田駅【新】 (島根県浜田市)

島根県浜田市のJR浜田駅です。

といって、浜田駅は以前にもお送りしましたが、改装途中の仮駅舎であったため、新駅舎(現駅舎)の様子を今回お届けしたいと思います。

(2013年3月当時)

●駅名標

これに関しては新旧ある訳ではないので(たまに色が変わったりはしますが…)、特に何という事はありませんが、島根県西部の石見とよばれる地方で、市の中心駅に「西〇〇」と方角のつく駅のある市は、この浜田のみで、隣は西浜田駅となっています。

Dsc09839

●ホーム

ホーム自体が前とそんなに変わった訳ではなく、ただ島根の西のキー駅の割には屋根のあるエリアが狭く、都市感がやや希薄な気もします。左に隠れている側のホームは屋根は長いのですが、細いせいかやはり都市感薄いかなと。

これは石見の他の都市である益田や江津が、山口線や三江線など分岐しているのに対して、この浜田は鉄道としては山陰線のみという事もあるのかもしれません。広島と道路網で結ぶという点では、やはりこの浜田がキーになるとは思いますが。

Dsc09842
Dsc09845

●石見神楽ラッピング列車

が停まっていました。

米子-益田間で運行とありました、快速アクアライナーを中心に運行されているようです。

「IWAMI KAGURA TRAIN」などと表記されていて、純日本語的なものが英語表記されているパターンですね。写真がとにかく荘厳でカッコいいです。

Dsc09846

●ホーム2

電光の時刻表がありました。この山陰線界隈、特に石見地方においてはとりわけ希少ともいえると思います。

先述の通りホーム屋根は長く続いてはいるものの、なんとなく貧相な印象を個人的には受けました。簡易な感じとでもいうのか。

Dsc09836
Dsc09844

●時刻表

山陰「本線」といいつつも、左側の下り(益田方面)はなんとか1時間に1本はあるというところで、1~2本程度です。益田より西は更に本数が減り、1駅ごとに訪ねるのは困難を極め、前に山口県の東萩駅と隣の萩駅を訪ねるのに実に苦労したものでした。

右側は上り(出雲市・松江方面)です。こちらの方がやはり人口的には全然上で、山陰でも都市部につきやはり本数は多めになっています。しかし、特急や快速を除いた黒字だけのダイヤとなとかなり減ってしまい、ここのようになんでも停まる駅は一定の本数がありますが、普通しか停まらない駅では便数が激減します。

この辺が山陰の怖いところで、1駅ずつ行った時は苦労しました、電車が来ないからバスで移動したりとか。

Dsc00002

●階段から通路

ホームから上がって来ての構内ですが、とにかくここへ来るとこの文字が飛び込んでくるという「どんちっち」。

神楽の囃子を表現するこの幼児言葉が、石見神楽全体を意味するようになったという事です。この辺りで獲れる魚に冠して「どんちっちアジ」とか「どんちっちカレイ」などとしてブランド的に売っているようです。ノドグロと足して「どんちっち三魚」というそうで。

それにしてもホーム的には以前までとさほど変わらなかったのが、ここへ来るとさすがにガラッと変わりましたね、特に前回来た時は仮駅舎だったので尚更ですが、ここに初めて来たのが1992年、次に96年という感じで来ていましたが、その時期に比べてもだいぶ違いました。

Dsc09999

●自由通路

2009年に橋上駅化されたという事で、この当時で4年ほどという事になりますが、きれいでリニューアル感満載に感じました。4年も経ってないのでは?と思うくらいでした。

石見地方の駅でここまで豪華っぽく見えるのは、そうそうないですね、幟なんか並んでたりして。

Dsc00003

●駅前広場

広場真ん中の神楽のからくり時計が駅前の象徴的な存在です。

Dsc00005

●動輪

駅前にありました。前の仮設の時はあったのか記憶していませんが…、いわゆるデゴイチの動輪だそうです。結構きれいですね。

傍には天皇行幸啓記念としてタイプカプセルのプレートが設置されていました。

Dsc09519

●浜田駅 現駅舎

2009年にできた駅舎です。

前回が短期間の仮駅舎であった時の訪問だったので実に貴重なカットをおさめる事ができました。

上部の突出した部分に新しさを感じましたが、ここだけ浮いてるような気もしなくもないなという感じでした。大きいようなコンパクトなような駅舎で、今後の発展の可能性を感じさせるような感じがあまりしませんでしたが、とりあえずリニューアルされて、島根の西部を代表する駅でいてほしいものです。

Dsc09521
Dsc09523
Dsc09525
Dsc09828

2017年4月 8日 (土)

一畑電車/松江しんじ湖温泉駅 (島根県松江市)

島根県松江市の一畑電車/松江しんじ湖温泉(まつえ・しんじこおんせん)です

松江市では、JR松江駅、宍道駅、東松江駅・乃木駅をupしましたが、今回はJR以外の駅として一畑(いちばた)電車の駅を初upします。

-一畑電車/松江しんじ湖温泉駅-
【路線】
一畑電車北松江線(出雲市-松江しんじ湖温泉間)
【開業】1928年4月5日
【訪問】初訪問-1992年11月
【1日あたり平均乗車人員】 944人/日 (2012年) 
【近隣の主要駅 (出雲市方面)神戸駅→9駅 

●ホーム

中には入らず外からのカットです。利用した事はあるのですが、ホーム内の写真は撮った事がなかったので。昔改札入る時に硬券の切符で、切符を切ってくれた記憶がありますが、今もそうなのでしょうか?

初めてここに来たのは実に25年前、1992年11月と記憶していますが、当時は「松江温泉駅」と名乗っていました。この記事での写真は2017年1月再訪時のものを使用しています。

松江市ではJR以外ではこの一畑電車が通っています。中国地方の県都である市では私鉄が走っている事が少なく、広島こそ広島電鉄やアストラムラインなどが通っていますが、岡山は路面電車のみ、鳥取や山口は県都以外を走る路線はあるものの、県都にはなしという状態です。

そんな中、純粋に私鉄の鉄道として通っているのが貴重な一畑電車ですが、この駅はその東端にあり、松江市ではターミナル的な存在となっています。JR松江駅とは少し距離が離れていて連絡がないのが難点ですが、バス路線で両駅を繋いでいる状態です。ライトレール構想などあったようですが、東日本大震災の影響なのか現在は凍結状態だそうです。

一畑電車の北松江線に属しており、これはいわゆる本線ですが、当駅も開業当初は「北松江駅」と名乗っており、これが路線名の起源となっているようです。もう潰れて無くなっていますが、駅前にあったホテルも「北松江」という名称でした。駅の名はその後1970年に松江温泉駅となり、2002年に現駅名になっています。

JR松江駅と距離があり、賑わいの点でも松江駅周辺のような賑わいはなく、このホームにもそんな様子の一端が窺える気がします。

Dscn5729

●電車

駅に停留していた電車の様子です。

これは7000系という車両で、2016年から使われているという今現在で最新の車両であり、他社からの譲渡等ではなく、一畑電車では実に86年ぶりという新造車両だそうです。

一畑は「いちばた」と濁りますが、個人的にはその読みを知らなかった頃は「いちはた」だと思っていました。この辺りでは「バタ電」の名で親しまれています。

Dscn5727
Dscn5726

●車両2

こちらは当駅を出ていくところのカットですが、別の車両です。

これも新規の車両で、2014年導入された1000系の車両で、こちらは東急からの譲渡だそうです。7000系のような新造車両ではないものの、一畑電車にとっては当時16年ぶりの新車リウであり、ここ数年でラインナップが変わった事を痛感します。

この車両はその1000系のなかでも「しまねっこ号」というもので、いわゆる「ゆるキャラ」の「しまねっこ」がラッピングされています。

元々このタイプの車両は1台だけだったそうですが、団体さんなどの要望で「この車両を利用したい」という指定などがあり、もう1台「しまねっこ号Ⅱ」をラッピング造成したそうです。

Dscn5723

●足湯

駅前に足湯があります!さすがは温泉駅

このように人の気配が無くなったのを見計らって浸かってきましたsign01

ここから少し歩いて温泉街の通りにもう一つ足湯があります。

島根県といえば、玉造温泉、あとは湯の川温泉、温泉津温泉などが挙げられますが、松江しんじ湖温泉というのはいわゆる観光名所にあがってくるイメージは個人的には薄くて、その知名度を上げるのに「しんじ湖」の名称をつけたり色々やってるな、という事は感じますが…。外湯めぐりを楽しめるのが温泉街のイメージだとしたらちょっと違う感じですね。

Dscn5695
Dscn5696

●駅前広場

主にバスターミナルとして機能している駅前広場ですが、真ん中にモニュメントやらが建っている訳でもなく、ただただ広いスペースになっています。

バス路線としては松江駅行きが主ながら乃木駅へ行くものや、延長上で雲南市の出雲大東駅へ行くものもあります。

下側の写真にマンションが建っていますが、その角を曲がった辺りか、あるいはこのマンションが建つ前に?「ビジネスホテル北松江」というホテルがあり何度か利用した事があります。大浴場もあったホテルで、いつの間にか無くなってしまっていたのが残念でした。

Dscn5692
Dscn5693

●軽食

駅舎の袖側にあたる部分にモーニングやランチなどとありました。

一畑電車の駅で食べられるコーナーがあるのはJRと同居している出雲市駅とここぐらいではないでしょうか?昔は平田市駅(当時。現「雲州平田駅」)にも喫茶軽食コーナーがありましたがなくなっているようですし。

Dscn5705

●松江しんじ湖温泉駅 駅舎

最後に駅舎です。

一番上のカットが正面にあたります。

中井貴一さんが主演して話題になった映画「RAILWAYS」のことが前面に打ち出されています。49歳で電車の運転士になった…って大きな人生の決断ですよね。この映画の元タイトルは「BATADEN」つまり、一畑電車そのものの事だったのですが、その後変更になったそうです。

この映画で沿線の各駅がロケに使われ、主人公が一畑電車の運転士になるというストーリーが描かれており、この映画と一畑電車は切っても切れない関係です。しょっちゅうロケのあるような町ならともかく、山陰のあるところに…というのはなかなかないので、まだまだこれからもこの駅でRAILWAYSの看板はかかり続けるのではないかと思います。

それにしても現駅舎になってからガラス張りのスタイリッシュなものになったな、と実感しました。前の松江温泉駅の時は、ホントにゴツゴツとしたコンクリート駅舎でしたので。それはそれで少々寂しいものもありますが。

早くJR松江駅とライトレールで繋がらないか、と心待ちにしております。松江新時代を感じるような交通変革あがあればなと。そのひとつは高速ができた事ですが、公共交通機関でも発展があればと願うばかりです。

Dscn5691
Dscn5701
Dscn5702
Dscn5710

より以前の記事一覧