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29奈良県

2019年1月26日 (土)

奈良/香芝 ふたかみ文化センターの昼どき

奈良県香芝市、JR香芝駅からの歩き旅です。

(2016年7月当時)

▼これが香芝駅前広場の風景です。

ロータリー状になっていないただの広場だし、アスファルトだけじゃなく砂地も無造作な境界で混在し、しかもバス停はその砂地の方にあるという、全く市名を名乗る駅と思えない様相でした。

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▼駅近くにあった石の標柱に「武烈天皇陵」「顕宗天皇陵」の文字がありました。

流石は奈良県!という感じですが、武烈(ぶれつ)天皇陵は市内の志都美(しずみ)駅から300m程の所にあり、顕宗(けんぞう)天皇陵はこの香芝駅から徒歩13分とされています。

どちらも香芝市内にありますが、顕宗天皇は第23代天皇(西暦485~487年)で、武烈天皇はその2代後の第25代天皇(西暦499~506年)です。

まだこの辺りの年代の天皇は実在するかどうかは議論のあるところですが、それでも共に墓陵が存在しているのは事実です。

現在の皇室と明確な血縁関係のある最古の天皇は、第26代継体天皇といわれ、武烈天皇はその前で、「惜しい」」という感じでした。

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▼駅前広場をそれた所にある自転車置場の外にあった看板です。

元JR下田駅であるこの香芝駅と近鉄/下田駅との場所の関係性の分かる地図がついていました。両駅間は徒歩5分程度です。

JRと近鉄の両路線がV字を描いているのが面白いですね。

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▼下田地区公民館です。

やはり香芝駅のすぐ近くにあります。

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▼鹿嶋神社・エノキの巨樹、として説明板がありました。

幹周は3.35mもあり、樹高は25mもあるエノキの木で、香芝市指定の天然記念物です。

鹿嶋の名の通り、常陸の国の鹿島本宮の分霊を勧請したのが始まりといわれています。

鹿嶋神社とありつつも、神社内にはないので要注意です。

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▼香芝 朝市とありました。

「開催中」と出ていながら、隣の建物のシャッターは下りていました。

火木土日の午前中に開いているそうですが、新鮮な野菜・果物など売っているようで、そこらじゅうでやっている感じではなく、この店内でやっている感じです。

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▼国道165号線上です。

大阪まで30km、柏原まで10kmとあり、なかなかキリの良い地点だなと感じさせられます。

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▼上の写真にも見えていました香芝郵便局です。香芝市の本局です。

周りの空の関係か、いい感じに写っていました。

門の部分?がなかなかアーティスティックな感じのものでした。

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▼香芝市役所です。

こうして見ると草むらの所に突如立った大きな建物、という感じに見えます。

2014年から9.5億をかけて耐震補強等の改修工事をしたそうで、この写真の2016年7月当時はその完了後となります。

ちなみにこの地に移転したのは、香芝町(香芝町役場)時代の1976(昭和51)年の事で、それまではJR香芝駅(当時の国鉄下田駅)付近にあったそうです。

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▼香芝の文化センターである「香芝市ふたかみ文化センター」です。

「今でしょ」の林修先生の講演会があったり、メジャーどころのイベントもあるようですが、そんなに大きなホールではなく、「市民ホール」というホールの席数は310席です。ライブハウスでもこのくらいのキャパはあるかな、というところです。

「ふたかみ寄席」という寄席や「ほっこり法話」という法話も定期的に行なわれているようで、Twitterのアカウントもありました。⇒ @Futakami_mirai    

【香芝市ふたかみ文化センター】

住所:奈良県香芝市藤山1-17-17

電話番号:0745-77-1000 

利用時間:9:0022:00

アクセス:JR香芝駅より徒歩約12

     近鉄下田駅から徒歩約8

HPhttp://kashiba-mirai.com/about_futakami

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▼そんな訳でせっかくなのでふたかみ文化ホールへ入ってみました。

2007年に初めて香芝に来た時は、駅前をチョロっと寄っただけだったので、2016年再訪でどこか香芝らしい所?を訪ねてみようと思いましたが、ここまで来れて良かったです。

レストランまであって、小ホールの割にそのあたりは充実していました。

観光資源に恵まれている感じはしませんでしたが、こういうところでゆっくりするのも良いかな、と思いました。

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2019年1月22日 (火)

JR香芝駅 (奈良県香芝市)

奈良県香芝市のJR香芝(かしば)です。

香芝市では近鉄の五位堂駅をupした事がありますが、今回は香芝の市名を名乗るJR駅です。

-JR香芝
【路線】JR和歌山線 (王寺-和歌山間)
【開業】1891年3月1日
【訪問】初訪問-2007年6月
【1日あたり平均乗車人員】 1,572人/日 (2016年)
【近隣の都市駅】(王寺方面)王寺駅→3駅 
          (和歌山方面)高田駅→2駅

▼この駅の初訪問は2007年6月の事でしたが、ここでは2016年7月の再訪時の写真を中心にお届けします。特に断りのない場合は、2016年版です。

という訳で2007年当時は駅名標の腰の部分が青帯ですが、現在はこのようにピンク帯になっています。

香芝市にあり「香芝」の市名を名乗っている格好になりますが、この香芝駅の名前になったのは実に2004年の事で、それまでは「下田」駅を名乗っていました。静岡県伊豆市にある駅名が「伊豆急下田」となっているのは、下田駅の存在があったからと思われます。

香芝市は1991年に香芝町から市制施行されたものですが、香芝町時代も香芝駅がなく、香芝市になってから13年の時を経て市名を名乗る香芝駅が誕生した訳です。

とはいっても、香芝市の中心ではなく、あくまで近鉄五位堂駅が中心的存在で、この隣駅に同じ五位堂(JR五位堂駅)がありますが、少し距離があります。隣駅名表示が「じぇいあーるごいどう」とJRが冠されています。

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▼2面3線のホームですが殆ど屋根がありません。

この様子から見ても、市の中心駅でない事が窺えるかと思います。

看板が出ている所は逆にちょっとした規模の駅なのかな?と逆に思わせる部分もありました。

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▼ホームで屋根がある部分はこれだけです。

真正面なので見えにくいですが…

向かいの(右側の)ホームは向こうの方に屋根があり、両ホームを繋ぐ跨線橋も階段の出ている向きが互い違いになっていて、このホームは手前に下りていて、右側の向かいホームは向こうに下りています。

右側ホームが1番線で、上り電車が来て王寺駅や天王寺駅などへ向かいます。

撮っている地点のホームの右が2番線、左が3番線です。2番線は待避ホームとなっており、3番線は下りで高田や橋本、和歌山などへ向かいます。

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▼跨線橋の見える所からのカットです。

跨線橋はかなり年季が入っているうえに、屋根なしで単なる歩道橋の状態でした。

跨線橋に屋根があるかどうかは駅の格?のようなもののバロメーターと個人的に思っているのですが、跨線橋に屋根のない市名を名乗る駅、というのはちょっと駅の格としては高くないのかな?というところですね。

逸れにこのような屋根なし跨線橋は、雨の日は雨ざらしで足下が心配でもありますね。

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▼時刻表です。

左半分が平日で、右半分が土休日で、それぞれ高田・桜井(下り)と王寺・JR難波(上り)とに分かれています。

1時間に2~3本が主で、4本の時間帯もありますが、昼間は30分に1本です。

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▼跨線橋の上ですが、やはりかなり年季が入っていました。

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▼駅を出て広場にあった「香芝あんないマップ」です。

こういう案内図が出ているところに、市名を名乗る駅らしさが見えました。

現在地である香芝駅はこの地図のほぼ真ん中にあり、ここから徒歩5分程度の所に近鉄下田駅があります。

JRの下田駅は香芝駅へと改名されましたが、近鉄の下田駅は名称変更なく、そのまま現在に至ります。

自然と寺社仏閣系の見どころが多いようです。

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▼駅前広場にある香芝駅のバス停です。

香芝市公共バスというのが通ってますが、市役所経由で総合福祉センターへのルート取りとなっています。

この停留所の凄いのは、駅前広場のバス停なのに標識が木の陰に隠れてしまっているところです。1時間に1本程度あるにもかかわらず、こんなに隠れてあるのかないのか分からないような状態になっているのはなんなんでしょうか?

屋根もなく、しかしベンチは設けられています。またこのバス停は駅前広場の手前側でなく、向こう側にあります。

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▼香芝駅の駅舎です。

駅前恵広場はロータリー状にもなっておらず、単なる広場スペースとなっていて、雑然とした感じでした。

周辺も都市感が薄く、近鉄五位堂駅などと比べるとだいぶのどかな雰囲気でした。

駅舎自体は横にそこそこ広くて、人口が常に増え続けている香芝市にあって、せっかく市名を名乗る駅なので、ここらで周辺駅より大きな駅舎にならないかな、と密かに期待しているのですが、どうでしょうか。

そんな期待をしつつ、香芝駅の記事を終わります。

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2018年2月20日 (火)

奈良/天理 さようなら想い出の北大路!

奈良県天理市、JR天理駅前です。

天理市といえば個人的には旅して巡ったというよりも、泊まった宿の方が印象的であり、逆に今のところそれぐらいしかなないな…と思っていましたが、その宿が閉館したと聞き、記事としてあげたくなりました。

(2006年11月当時)

●天理駅前

天理駅の前である駅前東側から東へまっすぐ続く通りです。あまり長く続いておらず、この向こうは天理教本部へと続いています。

真ん中に分離帯で分断された道路に十字のように立っているポール?のようなものが印象的でした。

今から10年以上前の姿ですが今もそんなに大きくは変わっていないのでは、と思います。

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HOTEL北大路

これが今回のメインですが、天理といえば個人的にこのホテルでした。ここには3度くらい泊まったと記憶しています。天理に用があったというよりは、周辺の地域に用があって、アプローチとしてここに泊まっていた感じです。で、泊まるたびにボールペンを貰ってたような気が…

そんな奈良界隈へののアプローチに「御用達」同然で泊まっていたこのホテルが、2016年11月に閉館してしまった事をこの記事を書く前に知りました。その事を知ったので今こうしてここに記事にしているといった具合です。

駅から至近でリーズナブルで、空いている事が多くて、非常に重宝した宿だったのですが…閉館はとても寂しいです。この面が全面的に覆われているのを見た事があり、解体工事がされたとも見かけ、今はもうこの姿はないのかもしれません、行ってみないと分かりませんが。

常宿とまではいきませんが、親しんで泊まった場所が無くなったのは寂しい事ですよね。

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●ホテルからの眺め

当時泊まった部屋の窓からの眺めです。

重厚な屋根の家が集まっていて、昭和の頃もこんな眺めだったのかなと。

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●部屋

ホテル北大路で泊まった時の部屋の様子です。

珍しく和室泊だったからか写真を撮っていました。当時あまり泊まった部屋を撮る事はしていなかったのですが、何故かこれは撮っていました。大浴場はなくて、部屋のお風呂に入っていたと記憶しています。ご飯も食べず素泊まりで、ホントに泊まりに来ただけみたいな。

この時この部屋で何をしていたか見ていたかも思い出せます。右端に小さなテレビがあります(まだ地デジ移行前…)が、この時は2006年「セーラー服と機関銃」の長澤まさみさんver.を見ていた事はハッキリ記憶にあります。そんな想い出と共に…この宿も思い出になってしまいました。

今度天理に泊まる事があったらどこに泊まるのやら…です。

と、かつてあった宿を載せるという何の役にも立たない記事ですみません、今度天理に行く時はちゃんと旅で思い出をつくりたいものです。

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2018年2月 4日 (日)

奈良/大和高田 栄華誇った商店街

奈良県大和高田市、JR高田駅からの歩き旅です。

(2006年11月当時)

●東口駅前道

高田駅東口から見下ろした様子で、駅前から道路が伸びていて、両サイドをビルが挟んでいました。

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●高田川

西口から西へ500m程の地点で南北に流れている川で、晩秋期もあって並木の葉の色が独特の濃さになっていました。川面にはきれいにそれらの様子が映っていて、水がきれいなのかなとも感じました。分かりませんが…。

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●天神社

てんじんじゃ、ではなく「てんじんしゃ」と読みます。高田天神社ともいいます。

高田駅東側から徒歩4分とも2分ともありましたが、駅からほど近い位置にある神社です。高田といえば個人的にいちばん記憶にあるのはここです。

創建は不明ですが1222年以前とされています。本殿の棟札が現存し、それが1222年のものだそうで。その当時って源氏の血統が途絶えて北条氏が完全に政権掌握したとされる頃ですね。

天神社のサイトでは2022年に造営800年としており、不明ながら基準を、判然としている最古の1222年としているのですね。

結婚式場もあったりしますが、秋祭りの頃には3台のだんじりが曳かれるという、関西らしさのある神社でもあります。(今年は10/11予定)

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●天神社境内

今日はもう終わりますが「節分」で、「落花生を袋に入れてお参りの方にお分けしています」とサイトにありました。

鳥居の扁額が立派でした。そして境内は多くの建物がありました。

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●天神橋西商店街

高田の町で先程の天神社の次に印象深かったのが、渋すぎる商店街群でした。

10年以上前にこんな姿だと今頃取り壊されていないか心配でしたが、現在も割にそのまま残っているようでどこか安心しました。

幅の狭い道路にいくつかシャッターに閉ざされていて、昭和の息吹を色濃く感じます。でもここはまだ屋根もしっかりついているし、まだ活気のある方かもしれません。

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●更に商店街

これはだいぶシャッターに閉ざされた所の多い辺りですね。

店の看板?はちゃんときれいに残ってましたが、その互いに向き合っている距離が、上の写真のものに比べて近いように思われ、道幅もより狭いのでは?と感じました。

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●天神橋筋商店街

天神橋「西」商店街とはまた違った商店街で、ここは通路幅も広く、開いている店も多く、いかにも活気がありました。「西」商店街と名前が違うのは、旧・高田川(今回記事の写真にあるものではなく)を隔てて分けられているからだそうです。

「ようこそ さざんかストリートへ」と派手に横断幕を広げて「天神橋筋元気市」と、わかりやすく元気さを謳っています。

大和高田は、昭和時代には全国でも屈指の商店街を誇っていたと言われ、周辺に色んな施設があって隆盛を極めていたというだけに、その後の空洞化による衰退を御多分に漏れず迎えてしまいました。その後の商店街に呼び戻す活動をここもやっている訳ですね。

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●そしてここは…

今度は屋根の真ん中が無くなってしまった商店街でした。高田駅の南西約200mの辺にあります。

そして表の入口にあたる部分にも何やら書いてあったと思われますが、錆びや色褪せなどで判読不能になっていました。〇〇通、のような商店街の名称があったのでしょうか?

でもしかし、ここの商店街はGoogleマップで見ても店名の記されている所が多く、決してゴーストな商店街ではないようです。

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●これも商店街?

これはまた屋根が歯抜けのようになっていますが、商店として機能している所はないようで、機能していても住居かなという感じでした。

それにしてもいつ建てられたものか、かなり年代経っていそうですね。ここもかつては立派な商店街を形成して、人の通りも賑やかなものだったのでしょうか。30年前、40年前、はたまた50年前はどんな様子だったのでしょうか。などと気になるばかりでした。

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2018年2月 3日 (土)

JR高田駅 (奈良県大和高田市)

奈良県大和高田市のJR高田(たかだ)です

大和高田市では以前に近鉄/大和高田駅をupした事がありますが、市内のJR駅では初めてupします。

 -JR高田駅-
【路線】
JR和歌山線(王寺-和歌山間)
      桜井線(奈良-高田間)

【開業】1898年3月1日
【訪問】2006年11月
【1日あたり平均乗車人員】 2,313人/日 (2015年) 
【近隣の主要駅 (王寺方面)香芝駅→2駅
           (和歌山方面)御所駅→2駅
           (奈良方面)桜井駅→4駅

●駅名標周辺

2006年11月に訪問したので、今からもう11年少し前の様子です。

「JR高田駅」というと、新潟県上越市のこの駅も同名「でした」!と、過去形にしているのは、今はJRではなく「えちごトキメキ鉄道」に移管されているので、全くの同名ではなくなり「じぇいあーるたかだえき」と読む駅は他になくなりました。

ただ他にも、長崎県長与町にも高田と書いて「こうだ」と読む駅が存在し「JR高田駅」と表記上同一となる駅は残っています。

大和高田市内の駅は、このJR高田駅に、近鉄では「高田市駅」「大和高田駅」があり、名前的に大変ややこしいです。

隣駅表示ですが、右側はJR五位堂駅で「じぇいあーるごいどう」と表記されています。近鉄に五位堂駅があって、後発でできた格好になりますが、この辺りは駅名自体に「JR」をつけたものが多く「JR JR五位堂駅」みたいなのが多いです。

隣駅の左側は2つ書かれていて、大和新庄と金橋となっています。これは前者が和歌山線の駅、後者が桜井線の駅という形で分岐しているので併記されています。少し前の事なので、今でもそうなのかは分かりませんが、同じホームに複数路線停まる事があるようなので、このままでもおかしくはないです。

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●ホーム

駅前は市名を名乗る駅とは思い難いのどかな雰囲気というか、建物は建っているもののそんなに街らしい感じではなかった印象があり、近鉄の大和高田駅の方がかなり街らしい印象が個人的にはあります。

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●ホーム2

こちらは出口側へ至る方向のカットです。ホームは2面3線あります。

見ての通りの橋上駅舎ですが、ホームに屋根のある区間があまり長くなく、市名を名乗りかつ2路線に属する駅の規模なのかな?という感じはしました。

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●改札周辺

ホームからの階段を上った先にある改札周辺の様子です。

人通りが多くなかったんでこうして撮れたというのはあります。

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●東口

2F橋上部からそのまま出口へとつながり、その出入口のすぐ横に駅名が表記されているのがこの東口で、こちらは住宅街が広がる側という感じです。ライフがこちら側にあります。

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●高田駅 駅舎(東口)

先程、出入口周辺をアップで載せた東口駅舎の全体像です。

左右に階段が分岐していますが、それには屋根がなく、よく見る橋上駅舎だとその部分も建屋内にあって駅舎として構成される事も多いのですが、こうして階段部分がむき出しだとちっょと、ゴツゴツした感じを受けます。

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●高田駅 駅舎(西口)

こちらがどちらかというとメインと感じる西口です。

東口に比べると随分とスタイリッシュに見えます。

市の主要施設が多くあり、メイン側の雰囲気があります。橋上駅舎の場合、両方とも駅舎自体は同じか似たような外観のところも少なくないと思いますが、ここはかなり違います。

何せ10年以上も前の姿につき、そろそろ改築でもされてるんじゃないか?と思って検索してみますが、どうもまだ今もこの駅舎のようです。和歌山線においては規模の大きい駅になるので、沿線めぐりされる時には寄っておきたい駅、かなと思います。

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2017年4月 4日 (火)

奈良/桜井 日本の首相も三人寄れば…

奈良県桜井市、JR(近鉄)桜井駅からの歩き旅です。

(2007年1月当時)

今からちょうど10年前の様子になりますが、当時あったものが今はなし、というものも出てくるかもしれません、その辺りは平に御容赦願いたいと思います。

●山の辺の道へ

桜井駅の前の通りにひっそりと立っていたこの石標。

「山の辺の道」は古代奈良時代にあった日本最古の道として知られているもので、ここ桜井駅を起点として6km余りの道をハイキングコース的に設定されていたりもします。

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●西本町商店街

昔の名残かそこそこ立派なゲートでお出迎えですが、その向こうはおよそ商店街らしからぬ雰囲気に見えますが、入ってみると右側は個人商店がそこそこ並んでいました。

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●本町通商店街

西本町と違って、こちらはアーケードのある商店街となっています。この時、中を歩かなかったので分かりませんでしたが、かなりのシャッター商店街で、古い看板が結構残っているとあり、寄らなかった事を後悔しました。

ちなみにこのアーケードは、2013~14年にかけて撤去されたようで、殆どの店が営業していない状態で、活性化を狙って撤去という結論となったそうです。昭和46年につくられたアーケードも、約40年でその役割を終え、約4,000万かけて日の撤去作業は行われたといいます。

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●稲荷神社

桜井駅から南へ進んでいますが、その途中で出くわしたお稲荷さんです。

稲荷神社でよくあるのは千本鳥居のような朱色の鳥居がずっと続いていくものですが、ここはキツネが沢山居ました。キツネの群れはちょっと怖いですね。

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●若櫻神社

鳥取県東部に若桜(わかさ)という町がありますが、この神社は「わかさくら」神社と読みます。桜井駅から南へ徒歩10分というところでしょうか。

石段がある訳ですが、上になると更に急になるのがなんとも厳しかったです。

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●若櫻神社 櫻の井

若櫻神社にある井戸で、これがここ「桜井」の名前の由来と言われています。

第十七代の履中天皇が井戸の傍に桜を植えて、井戸の清水を愛でていた為、この井戸が「櫻の井」→この地が「桜井」になったのだとか。井戸の水は鏡の如く澄んでおり、当時からの1,500年ほどの時の流れを今の世に伝えるもの、とありました。さすがは奈良県、いろんなものの歴史が深いですね。

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●安倍文殊院へ

若櫻神社を下りて15分くらい歩いて辿り着きました。有名な「安倍文殊院」です。

ここの最寄駅は桜井だったのですね。

三人よれば文殊の知恵、といいますが、その文殊さんです。今回の記事タイトルは、現首相の名前と文殊に因んだ事とをミックスしたものです。

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●金閣浮御堂

ここから安倍文殊院敷地内のカットです。

安倍文殊院は華厳宗の寺院ですが、大化の改新で要職に就いた安倍倉梯(くらはし)麻呂の開基とされ、切戸文殊(京都府宮津市)、亀岡文殊(山形県高畠町)とともに日本三文殊に数えられます。

そしてこの建物は「金閣浮御堂」で、朱塗りの橋を通じてつながる水上の建物で、水辺に浮かぶ金閣といったところでしょうが、昭和60年に造られたという新しいものでした。阿倍仲麻呂や安倍晴明像などが祀られているといいます。

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●不動堂

こちらは昭和62年、不動明王の祈りの行場として信徒からの要望でできたといいます。こう書くと新しい建物ばかりじゃないか、となりますが、それはたまたまです。

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●白山堂

幟が沢山立っているように、縁結びに御利益があるお堂です。

ここに祀られているのは、白山菊理姫というイザナギ・イザナミ夫婦を黄泉の国で仲直りさせた神様という事で、縁結びにはうってつけという訳ですね。

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●石仏群

江戸時代に四国八十八ヶ所霊場めぐりなど容易にできなかった時代に、この辺りの誰もが気軽にそのような巡礼(もどきのような?もの)をできるようにと、各地の霊場の御本尊とされるものを石仏としてこの地に一堂に集めたものといいます。

四国八十八ヶ所以外にも西国三十三ヶ所めぐりにも同様に御本尊が祀られています。

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●合格門

安倍文殊院とは、その文殊の名の通り、文殊の知恵⇒学業成就が最も御利益のあるものとされていますが、そんな中にあったこの「合格門」。

縁結びもあれば学業成就もあり、プチ八十八ヶ所もあり、なんでもござれですね。

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●如意寶珠

なんでもござれの御利益はまだまだ続きます。

この寶珠の玉の部分を撫でると、魔除け方位除けの大きな御加護が受けられるとあります、御利益のオールマイティーや~とでも言いたくなります(笑)

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●十一面観音像

本当に色んなものがあるこの文殊院ですが、古来より当山本堂に伝わる十一面観音像を歓請して、昭和57年に奥の院に建てられたといいます。

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●ジャンボ花絵

安倍文殊院の名物といえば、この大きな花の絵です。

合格門なんてありましたが、学業の御利益に触れ、また訪問時期が1月だった事もあってか、これから受験シーズンという事かで、「合格」の文字がありました。そして当時は2007年、亥年で大きな猪の絵がお花で造られていました。

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●土舞台

ここは、聖徳太子が推古天皇の摂政であった頃に設けられた国立の演劇研究所と劇場だといいます。大和時代にそんなものが存在したのか?と驚きですが…、とにかくそんな事で、「芸能発祥の地」とされています。

桜井市という名自体がそんなに有名な市ではないかもしれません(あくまで個人の感想です)が、色んな大切なもの文化財が眠り、安倍文殊院のようなオールマイティーな御利益をもたらす寺院もありで、桜井侮り難しですね。

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2016年7月30日 (土)

近鉄/奈良駅 (奈良県奈良市)

奈良県奈良市の近鉄/奈良(なら)です。

奈良市では先日、JR奈良駅の記事を載せたばかりですが、今回は近鉄の同名駅の記事となります

-近鉄/奈良駅
【路線】近鉄奈良線(布施-近鉄奈良間)
【開業】1914年4月30
【訪問】2008年1
【1日あたり平均乗降車人員】 54,727人/日 (2015年)
【近隣の主要駅(布施方面)大和西大寺→2駅、生駒駅→7駅

●ホーム

JR奈良駅とは約1kmもの距離がある全くの「別もの」です。JR奈良駅に遅れること24年の1914年に開業し、一昨年に開業100周年を迎えています。

東大阪市の布施駅から奈良線として、当駅まで路線が構成されており、所属路線としてはこの奈良線のみとなります。ですが、京都への特急列車も乗り入れてきており、路線には属していないものの、京都へ直通しています。また奈良線では、路線上は布施までですが、これを越えて難波や、更には近鉄の枠組みを越えて神戸まで通っている便もあります。

また奈良県では唯一の地下駅だそうです。いわれてみれば奈良県は地下駅なんてないかなと…。こういう県を代表する駅が地下駅という点も珍しいかなというところです。

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●ホーム2

4面4線という珍しい構造ですが、終着駅であるが故です。

付近の近鉄駅では2駅隣の大和西大寺駅で交差をしていますが、ここから2駅分(新大宮駅と当駅)飛び出している格好の終着駅となっています。

ホームを見て印象的なのは、何といってもこの緑の太い、丸い柱ですね。

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●ようこそ奈良大和路

駅を出るところで、天井から吊り下がった大きな歓迎看板がありました。これは今からもう8年前の2008年1月の様子ですが、まだこの看板があるのかどうか…。JRの旧奈良駅舎がこんな感じの建屋ですが、今も残されているんですよね。

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●近鉄奈良駅 駅舎

地下駅ではあるものの、高層建築の駅舎です。

一番下の写真の手前に立っているのは行基さんの像です。山梨県甲府市の甲府駅のような、待ち合わせ場所として有名な地のひとつといいます。

JR奈良駅の記事でも触れましたが、JRの奈良駅より利用者数の多い、奈良駅随一の街の駅で、まさに奈良の中心です。

JR奈良駅とは徒歩で15分、バスであれば3,4分で着くそうです。しかし両者に連絡がないのはちょっと寂しいですね。たまに行く時はJR奈良で降りて、この近鉄奈良まで商店街を通って歩いて行ったりしていましたが。

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2016年7月24日 (日)

JR奈良駅 (奈良県奈良市)

奈良県奈良市のJR奈良(なら)です。

奈良市は奈良県の北部に位置し、人口は359,415人(2016.6.1現在)で、奈良県の県庁所在地であり、かつては平城京が置かれた日本の都でもあった地のため、歴史遺産には事欠かない、京都と並ぶ歴史の宝庫ともいえる街です。東大寺の大仏などあまりに有名ですね。

-JR奈良駅
【路線】JR関西本線(名古屋-難波間)
     桜井線(奈良-高田間)

【開業】1890年12月27
【訪問】初訪問-1996年11
【1日あたり平均乗車人員】 17,486人/日 (2014年)
【近隣の主要駅(名古屋方面)木津駅→2駅
           (難波方面)郡山駅→隣駅

           (高田方面)天理駅→4駅 
           (京都方面)城陽駅→8駅

●ホーム

ホーム上ではほぼこのカットしか撮っていません(都市駅になればなるほど人が多く撮りづらくなるので)が、この記事では2007年6月当時の姿にてお送りいたします。もう9年も前の姿であり、そこかしこ今とは違う姿になっているかもしれませんが。

JRでは関西本線と桜井線に属しますが、京都とを結ぶ「奈良線」の列車も乗り入れてきます。奈良県のJR駅ではこういうカラーの電車をよく見るな、という印象が個人的には強いです。

近鉄にも「近鉄奈良駅」が存在していますが、両者の距離は1km近くもあり、全くの「別物」です。また、利用者数的に近鉄の奈良駅の方がこちらの倍はあり、近鉄駅の方が実質的な市の中心駅の位置づけをされています。

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●支え続けたもの…

1934年にできた2代目駅舎にて約70年間、奈良駅を支え続けたという松杭が保存されていました。現在は3代目駅舎ですが、2代目駅舎もその隣にしっかりと残されています。

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●並びに並ぶタクシー

観光都市としては屈指の街なので、タクシーは欠かせない足として重宝されているが故か、このタクシーの量でした。

奈良市は地下鉄もなく、JR以外の私鉄(近鉄)の同名駅とも離れており、また市電もなく、という事で、観光資源に富みながらも交通機関が発達しているとは思い難く(新幹線も停まらずで)、他の都市にも増してタクシーが貴重なのかと感じさせられました。

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●駅前風景

このスーパーホテルが個人的に最も印象に残る建物です。何度かここに泊まろうと思いましだか、当日泊では大抵予約などできない状況でした。京都奈良では当日泊は本当に難しいものです。

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●JR奈良駅 駅舎

下に2枚張りますが、上側の白い建物が現在の駅舎で、下の豪華建築物が先代の2代目駅舎です。駅高架化により取り壊される予定であったそうですが、歴史的価値が高く、撤去反対の声も強かったようで、そのまま残される事となりました。

先代が素晴らしすぎて、随分と地味な駅舎になってしまった感しかないですが、先代の駅舎もしっかりと保存されています。初めてここを訪ねた時は先代駅舎だったので、正直えらく拍子抜けした覚えがあります。

この写真の新駅舎はまだ仮駅舎的なもので、その後2010年に3階建ての高架駅舎が完成し正式に供用されています。したがってこの写真は、その過渡期の非常にレアは写真という事になるでしょうか?!そうなるとまた今の完成形の姿を見に行きたくなるというものです。

旧駅舎の素晴らしい建物は今も残って、往時を伝えています。こうして共存しているのもいいものですね。

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2014年6月15日 (日)

奈良/宇陀 榛原駅前の風景

奈良県宇陀市、近鉄/榛原駅前の風景を。

(2008年3月当時)

Himg0362●はいばら看板

旧・榛原(はいばら)町時代からあったのか、この当時まだ新市制になってから2年という状況だったので、その可能性は高いと思いますが、「はいばら」として「はなとみどりのまち」を標榜した広告塔が駅前に立っていました。

左端にチラッと隠れていますが、タクシーの車体が見えております。ここはタクシーのりばです。

また、向こうの塔には「高原文化のまち」が標榜されており、これも旧・榛原町時代からのものといわれていますが、塔の足元部分には「宇陀市」と貼りかえられてる跡が見えました。新しい市となっても、ここは変わらないという事でしょうね。

Himg0355●駅左

榛原駅前広場から。

出口でて、左を向いた所で、この交差点が榛原駅前交差点です。

なかなか昭和テイストの感じられる駅前でした。

ここから6年経った今はどう変わっているのかいないのか、というところですが。

Himg0356●駅前通り

上の写真の交差点を右折したところ(つまり上の写真の通りの90°右)で、駅から伸びているいわゆる駅前通りにあたる部分です。といってもまっすぐ伸びておらず、すぐ途切れる事となります。

とりあえず駅前にコンビニ(ローソン)はありました。

Himg0358●今から始まる

「駅前商店街」と銘打たれた独特の街灯のある通りの一角、「宇陀市…今から始まる街」と書かれた建屋に出くわしました。

特段町の情報発信基地とかではなさそうで、看板として広告的に使用されてるだけの感じでした。宇陀市になってから2年少しという時期、まさに「今から始まる街」だった訳ですが、それから6年経った今は…という想いも。

Himg0181●はいばらマンホール

宇陀市のマンホールは見つからず、旧・榛原町のマンホールです。

榛原町の「町の花」はヤマツツジで、これが全面に描き込まれた柄になっていました。

Himg0360●駅前商店街

「お買物は駅前で」という看板が街灯ごとにつけられている商店街です。

昔ながらのお店が立ち並ぶという感じですが、こうして旅行者として通る時になかなか個人商店的な所で買い物する事が殆どないな、と今書いていてふと気づきました。

こういう通りに賑わいが薄れた感もあり寂しいところですが、時代の変遷でしょうか。こういう通りが活気に満ち溢れた頃、というのを大人として感じたかったな、とよく思います。たとえば昭和40年代のこの通りはどんな雰囲気で、どのくらい人通りがあったのだろうか?とか。そんな事に思いを馳せながら、通りを歩くと旅はホントに楽しくなるというものですね。

ただ榛原は街並みもかなり美しいという事で、今度訪ねる機会があれば是非にその辺り探訪したいものです。

2013年10月14日 (月)

奈良/葛城 柿木神社と電子ソロバン

奈良県葛城市、近鉄新庄駅からの歩き旅、

といっても付近ほんの少し行っただけですか…

(2008年6月当時)

駅前

近鉄新庄の駅前広場です。

ロータリーが整備され、時計塔もあります。

JTB時刻表によると、葛城市内ではこの駅が中心駅とされていますが、明確に中心とは分かりづらい雰囲気です。

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葛城市新城地区案内図

市内の中心駅らしいといえばらしい、こういう市内案内図が駅前にありました。旧・新庄町がメインのMAPです。

当駅は地図中真ん中のやや右下にありますが、そのまま下へおりていくと、JRの大和新庄駅に行き当たり、接続していないものの徒歩十分くらいで移動可能ではあります。

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コクヨの古看板

この駅前で最も印象的だった風景、それはこの古看板です。

街歩きの途中で遭遇しました。

「電子ソロバン」ってのがすごいですね。電卓の事ですが、70年代初頭ではまだこういう呼ばれ方だったようです。この分がどんなタイプのものかよく分かりませんが、私も一応70年代の「電子計算機」はリアルに使ってた(親が持ってたものを)事があるので、それの前身くらいの機種なのかな…と想像してみるのですが、コクヨ電子ソロバンなる商品で、これかどうか分かりませんが1971年に発売されたものがあります。

70年代後半の電卓は電池式で、その分本体が分厚くて、スイッチのON-OFFがあって、緑の電光式で…あとなんといってもやはり高価な品物でした。今では小学生のお小遣いで十分、ヘタしたらそこらのお菓子より安い事もあるので、随分と時代は変わったものです。

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柿本神社

今回記事のタイトルにもしているこの「柿本神社」。

その名が示す通り、柿本人麻呂を祭神としており、人麻呂はここ葛城を偲ぶ歌も残しているといい、また人麻呂の領地である、生誕地であるとの説もあります。

葛城市といえば「当麻寺」(たいまでら)のが有名だな、と今頃これ書いてて気づきました。せっかく行ったので、いつか機会を見て載せなければ…、という形で今回記事は〆とさせて頂きます。

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