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29奈良県

2018年2月20日 (火)

奈良/天理 さようなら想い出の北大路!

奈良県天理市、JR天理駅前です。

天理市といえば個人的には旅して巡ったというよりも、泊まった宿の方が印象的であり、逆に今のところそれぐらいしかなないな…と思っていましたが、その宿が閉館したと聞き、記事としてあげたくなりました。

(2006年11月当時)

●天理駅前

天理駅の前である駅前東側から東へまっすぐ続く通りです。あまり長く続いておらず、この向こうは天理教本部へと続いています。

真ん中に分離帯で分断された道路に十字のように立っているポール?のようなものが印象的でした。

今から10年以上前の姿ですが今もそんなに大きくは変わっていないのでは、と思います。

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HOTEL北大路

これが今回のメインですが、天理といえば個人的にこのホテルでした。ここには3度くらい泊まったと記憶しています。天理に用があったというよりは、周辺の地域に用があって、アプローチとしてここに泊まっていた感じです。で、泊まるたびにボールペンを貰ってたような気が…

そんな奈良界隈へののアプローチに「御用達」同然で泊まっていたこのホテルが、2016年11月に閉館してしまった事をこの記事を書く前に知りました。その事を知ったので今こうしてここに記事にしているといった具合です。

駅から至近でリーズナブルで、空いている事が多くて、非常に重宝した宿だったのですが…閉館はとても寂しいです。この面が全面的に覆われているのを見た事があり、解体工事がされたとも見かけ、今はもうこの姿はないのかもしれません、行ってみないと分かりませんが。

常宿とまではいきませんが、親しんで泊まった場所が無くなったのは寂しい事ですよね。

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●ホテルからの眺め

当時泊まった部屋の窓からの眺めです。

重厚な屋根の家が集まっていて、昭和の頃もこんな眺めだったのかなと。

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●部屋

ホテル北大路で泊まった時の部屋の様子です。

珍しく和室泊だったからか写真を撮っていました。当時あまり泊まった部屋を撮る事はしていなかったのですが、何故かこれは撮っていました。大浴場はなくて、部屋のお風呂に入っていたと記憶しています。ご飯も食べず素泊まりで、ホントに泊まりに来ただけみたいな。

この時この部屋で何をしていたか見ていたかも思い出せます。右端に小さなテレビがあります(まだ地デジ移行前…)が、この時は2006年「セーラー服と機関銃」の長澤まさみさんver.を見ていた事はハッキリ記憶にあります。そんな想い出と共に…この宿も思い出になってしまいました。

今度天理に泊まる事があったらどこに泊まるのやら…です。

と、かつてあった宿を載せるという何の役にも立たない記事ですみません、今度天理に行く時はちゃんと旅で思い出をつくりたいものです。

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2018年2月 4日 (日)

奈良/大和高田 栄華誇った商店街

奈良県大和高田市、JR高田駅からの歩き旅です。

(2006年11月当時)

●東口駅前道

高田駅東口から見下ろした様子で、駅前から道路が伸びていて、両サイドをビルが挟んでいました。

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●高田川

西口から西へ500m程の地点で南北に流れている川で、晩秋期もあって並木の葉の色が独特の濃さになっていました。川面にはきれいにそれらの様子が映っていて、水がきれいなのかなとも感じました。分かりませんが…。

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●天神社

てんじんじゃ、ではなく「てんじんしゃ」と読みます。高田天神社ともいいます。

高田駅東側から徒歩4分とも2分ともありましたが、駅からほど近い位置にある神社です。高田といえば個人的にいちばん記憶にあるのはここです。

創建は不明ですが1222年以前とされています。本殿の棟札が現存し、それが1222年のものだそうで。その当時って源氏の血統が途絶えて北条氏が完全に政権掌握したとされる頃ですね。

天神社のサイトでは2022年に造営800年としており、不明ながら基準を、判然としている最古の1222年としているのですね。

結婚式場もあったりしますが、秋祭りの頃には3台のだんじりが曳かれるという、関西らしさのある神社でもあります。(今年は10/11予定)

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●天神社境内

今日はもう終わりますが「節分」で、「落花生を袋に入れてお参りの方にお分けしています」とサイトにありました。

鳥居の扁額が立派でした。そして境内は多くの建物がありました。

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●天神橋西商店街

高田の町で先程の天神社の次に印象深かったのが、渋すぎる商店街群でした。

10年以上前にこんな姿だと今頃取り壊されていないか心配でしたが、現在も割にそのまま残っているようでどこか安心しました。

幅の狭い道路にいくつかシャッターに閉ざされていて、昭和の息吹を色濃く感じます。でもここはまだ屋根もしっかりついているし、まだ活気のある方かもしれません。

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●更に商店街

これはだいぶシャッターに閉ざされた所の多い辺りですね。

店の看板?はちゃんときれいに残ってましたが、その互いに向き合っている距離が、上の写真のものに比べて近いように思われ、道幅もより狭いのでは?と感じました。

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●天神橋筋商店街

天神橋「西」商店街とはまた違った商店街で、ここは通路幅も広く、開いている店も多く、いかにも活気がありました。「西」商店街と名前が違うのは、旧・高田川(今回記事の写真にあるものではなく)を隔てて分けられているからだそうです。

「ようこそ さざんかストリートへ」と派手に横断幕を広げて「天神橋筋元気市」と、わかりやすく元気さを謳っています。

大和高田は、昭和時代には全国でも屈指の商店街を誇っていたと言われ、周辺に色んな施設があって隆盛を極めていたというだけに、その後の空洞化による衰退を御多分に漏れず迎えてしまいました。その後の商店街に呼び戻す活動をここもやっている訳ですね。

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●そしてここは…

今度は屋根の真ん中が無くなってしまった商店街でした。高田駅の南西約200mの辺にあります。

そして表の入口にあたる部分にも何やら書いてあったと思われますが、錆びや色褪せなどで判読不能になっていました。〇〇通、のような商店街の名称があったのでしょうか?

でもしかし、ここの商店街はGoogleマップで見ても店名の記されている所が多く、決してゴーストな商店街ではないようです。

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●これも商店街?

これはまた屋根が歯抜けのようになっていますが、商店として機能している所はないようで、機能していても住居かなという感じでした。

それにしてもいつ建てられたものか、かなり年代経っていそうですね。ここもかつては立派な商店街を形成して、人の通りも賑やかなものだったのでしょうか。30年前、40年前、はたまた50年前はどんな様子だったのでしょうか。などと気になるばかりでした。

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2018年2月 3日 (土)

JR高田駅 (奈良県大和高田市)

奈良県大和高田市のJR高田(たかだ)です

大和高田市では以前に近鉄/大和高田駅をupした事がありますが、市内のJR駅では初めてupします。

 -JR高田駅-
【路線】
JR和歌山線(王寺-和歌山間)
      桜井線(奈良-高田間)

【開業】1898年3月1日
【訪問】2006年11月
【1日あたり平均乗車人員】 2,313人/日 (2015年) 
【近隣の主要駅 (王寺方面)香芝駅→2駅
           (和歌山方面)御所駅→2駅
           (奈良方面)桜井駅→4駅

●駅名標周辺

2006年11月に訪問したので、今からもう11年少し前の様子です。

「JR高田駅」というと、新潟県上越市のこの駅も同名「でした」!と、過去形にしているのは、今はJRではなく「えちごトキメキ鉄道」に移管されているので、全くの同名ではなくなり「じぇいあーるたかだえき」と読む駅は他になくなりました。

ただ他にも、長崎県長与町にも高田と書いて「こうだ」と読む駅が存在し「JR高田駅」と表記上同一となる駅は残っています。

大和高田市内の駅は、このJR高田駅に、近鉄では「高田市駅」「大和高田駅」があり、名前的に大変ややこしいです。

隣駅表示ですが、右側はJR五位堂駅で「じぇいあーるごいどう」と表記されています。近鉄に五位堂駅があって、後発でできた格好になりますが、この辺りは駅名自体に「JR」をつけたものが多く「JR JR五位堂駅」みたいなのが多いです。

隣駅の左側は2つ書かれていて、大和新庄と金橋となっています。これは前者が和歌山線の駅、後者が桜井線の駅という形で分岐しているので併記されています。少し前の事なので、今でもそうなのかは分かりませんが、同じホームに複数路線停まる事があるようなので、このままでもおかしくはないです。

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●ホーム

駅前は市名を名乗る駅とは思い難いのどかな雰囲気というか、建物は建っているもののそんなに街らしい感じではなかった印象があり、近鉄の大和高田駅の方がかなり街らしい印象が個人的にはあります。

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●ホーム2

こちらは出口側へ至る方向のカットです。ホームは2面3線あります。

見ての通りの橋上駅舎ですが、ホームに屋根のある区間があまり長くなく、市名を名乗りかつ2路線に属する駅の規模なのかな?という感じはしました。

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●改札周辺

ホームからの階段を上った先にある改札周辺の様子です。

人通りが多くなかったんでこうして撮れたというのはあります。

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●東口

2F橋上部からそのまま出口へとつながり、その出入口のすぐ横に駅名が表記されているのがこの東口で、こちらは住宅街が広がる側という感じです。ライフがこちら側にあります。

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●高田駅 駅舎(東口)

先程、出入口周辺をアップで載せた東口駅舎の全体像です。

左右に階段が分岐していますが、それには屋根がなく、よく見る橋上駅舎だとその部分も建屋内にあって駅舎として構成される事も多いのですが、こうして階段部分がむき出しだとちっょと、ゴツゴツした感じを受けます。

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●高田駅 駅舎(西口)

こちらがどちらかというとメインと感じる西口です。

東口に比べると随分とスタイリッシュに見えます。

市の主要施設が多くあり、メイン側の雰囲気があります。橋上駅舎の場合、両方とも駅舎自体は同じか似たような外観のところも少なくないと思いますが、ここはかなり違います。

何せ10年以上も前の姿につき、そろそろ改築でもされてるんじゃないか?と思って検索してみますが、どうもまだ今もこの駅舎のようです。和歌山線においては規模の大きい駅になるので、沿線めぐりされる時には寄っておきたい駅、かなと思います。

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2017年4月 4日 (火)

奈良/桜井 日本の首相も三人寄れば…

奈良県桜井市、JR(近鉄)桜井駅からの歩き旅です。

(2007年1月当時)

今からちょうど10年前の様子になりますが、当時あったものが今はなし、というものも出てくるかもしれません、その辺りは平に御容赦願いたいと思います。

●山の辺の道へ

桜井駅の前の通りにひっそりと立っていたこの石標。

「山の辺の道」は古代奈良時代にあった日本最古の道として知られているもので、ここ桜井駅を起点として6km余りの道をハイキングコース的に設定されていたりもします。

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●西本町商店街

昔の名残かそこそこ立派なゲートでお出迎えですが、その向こうはおよそ商店街らしからぬ雰囲気に見えますが、入ってみると右側は個人商店がそこそこ並んでいました。

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●本町通商店街

西本町と違って、こちらはアーケードのある商店街となっています。この時、中を歩かなかったので分かりませんでしたが、かなりのシャッター商店街で、古い看板が結構残っているとあり、寄らなかった事を後悔しました。

ちなみにこのアーケードは、2013~14年にかけて撤去されたようで、殆どの店が営業していない状態で、活性化を狙って撤去という結論となったそうです。昭和46年につくられたアーケードも、約40年でその役割を終え、約4,000万かけて日の撤去作業は行われたといいます。

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●稲荷神社

桜井駅から南へ進んでいますが、その途中で出くわしたお稲荷さんです。

稲荷神社でよくあるのは千本鳥居のような朱色の鳥居がずっと続いていくものですが、ここはキツネが沢山居ました。キツネの群れはちょっと怖いですね。

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●若櫻神社

鳥取県東部に若桜(わかさ)という町がありますが、この神社は「わかさくら」神社と読みます。桜井駅から南へ徒歩10分というところでしょうか。

石段がある訳ですが、上になると更に急になるのがなんとも厳しかったです。

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●若櫻神社 櫻の井

若櫻神社にある井戸で、これがここ「桜井」の名前の由来と言われています。

第十七代の履中天皇が井戸の傍に桜を植えて、井戸の清水を愛でていた為、この井戸が「櫻の井」→この地が「桜井」になったのだとか。井戸の水は鏡の如く澄んでおり、当時からの1,500年ほどの時の流れを今の世に伝えるもの、とありました。さすがは奈良県、いろんなものの歴史が深いですね。

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●安倍文殊院へ

若櫻神社を下りて15分くらい歩いて辿り着きました。有名な「安倍文殊院」です。

ここの最寄駅は桜井だったのですね。

三人よれば文殊の知恵、といいますが、その文殊さんです。今回の記事タイトルは、現首相の名前と文殊に因んだ事とをミックスしたものです。

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●金閣浮御堂

ここから安倍文殊院敷地内のカットです。

安倍文殊院は華厳宗の寺院ですが、大化の改新で要職に就いた安倍倉梯(くらはし)麻呂の開基とされ、切戸文殊(京都府宮津市)、亀岡文殊(山形県高畠町)とともに日本三文殊に数えられます。

そしてこの建物は「金閣浮御堂」で、朱塗りの橋を通じてつながる水上の建物で、水辺に浮かぶ金閣といったところでしょうが、昭和60年に造られたという新しいものでした。阿倍仲麻呂や安倍晴明像などが祀られているといいます。

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●不動堂

こちらは昭和62年、不動明王の祈りの行場として信徒からの要望でできたといいます。こう書くと新しい建物ばかりじゃないか、となりますが、それはたまたまです。

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●白山堂

幟が沢山立っているように、縁結びに御利益があるお堂です。

ここに祀られているのは、白山菊理姫というイザナギ・イザナミ夫婦を黄泉の国で仲直りさせた神様という事で、縁結びにはうってつけという訳ですね。

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●石仏群

江戸時代に四国八十八ヶ所霊場めぐりなど容易にできなかった時代に、この辺りの誰もが気軽にそのような巡礼(もどきのような?もの)をできるようにと、各地の霊場の御本尊とされるものを石仏としてこの地に一堂に集めたものといいます。

四国八十八ヶ所以外にも西国三十三ヶ所めぐりにも同様に御本尊が祀られています。

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●合格門

安倍文殊院とは、その文殊の名の通り、文殊の知恵⇒学業成就が最も御利益のあるものとされていますが、そんな中にあったこの「合格門」。

縁結びもあれば学業成就もあり、プチ八十八ヶ所もあり、なんでもござれですね。

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●如意寶珠

なんでもござれの御利益はまだまだ続きます。

この寶珠の玉の部分を撫でると、魔除け方位除けの大きな御加護が受けられるとあります、御利益のオールマイティーや~とでも言いたくなります(笑)

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●十一面観音像

本当に色んなものがあるこの文殊院ですが、古来より当山本堂に伝わる十一面観音像を歓請して、昭和57年に奥の院に建てられたといいます。

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●ジャンボ花絵

安倍文殊院の名物といえば、この大きな花の絵です。

合格門なんてありましたが、学業の御利益に触れ、また訪問時期が1月だった事もあってか、これから受験シーズンという事かで、「合格」の文字がありました。そして当時は2007年、亥年で大きな猪の絵がお花で造られていました。

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●土舞台

ここは、聖徳太子が推古天皇の摂政であった頃に設けられた国立の演劇研究所と劇場だといいます。大和時代にそんなものが存在したのか?と驚きですが…、とにかくそんな事で、「芸能発祥の地」とされています。

桜井市という名自体がそんなに有名な市ではないかもしれません(あくまで個人の感想です)が、色んな大切なもの文化財が眠り、安倍文殊院のようなオールマイティーな御利益をもたらす寺院もありで、桜井侮り難しですね。

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2016年7月30日 (土)

近鉄/奈良駅 (奈良県奈良市)

奈良県奈良市の近鉄/奈良(なら)です。

奈良市では先日、JR奈良駅の記事を載せたばかりですが、今回は近鉄の同名駅の記事となります

-近鉄/奈良駅
【路線】近鉄奈良線(布施-近鉄奈良間)
【開業】1914年4月30
【訪問】2008年1
【1日あたり平均乗降車人員】 54,727人/日 (2015年)
【近隣の主要駅(布施方面)大和西大寺→2駅、生駒駅→7駅

●ホーム

JR奈良駅とは約1kmもの距離がある全くの「別もの」です。JR奈良駅に遅れること24年の1914年に開業し、一昨年に開業100周年を迎えています。

東大阪市の布施駅から奈良線として、当駅まで路線が構成されており、所属路線としてはこの奈良線のみとなります。ですが、京都への特急列車も乗り入れてきており、路線には属していないものの、京都へ直通しています。また奈良線では、路線上は布施までですが、これを越えて難波や、更には近鉄の枠組みを越えて神戸まで通っている便もあります。

また奈良県では唯一の地下駅だそうです。いわれてみれば奈良県は地下駅なんてないかなと…。こういう県を代表する駅が地下駅という点も珍しいかなというところです。

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●ホーム2

4面4線という珍しい構造ですが、終着駅であるが故です。

付近の近鉄駅では2駅隣の大和西大寺駅で交差をしていますが、ここから2駅分(新大宮駅と当駅)飛び出している格好の終着駅となっています。

ホームを見て印象的なのは、何といってもこの緑の太い、丸い柱ですね。

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●ようこそ奈良大和路

駅を出るところで、天井から吊り下がった大きな歓迎看板がありました。これは今からもう8年前の2008年1月の様子ですが、まだこの看板があるのかどうか…。JRの旧奈良駅舎がこんな感じの建屋ですが、今も残されているんですよね。

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●近鉄奈良駅 駅舎

地下駅ではあるものの、高層建築の駅舎です。

一番下の写真の手前に立っているのは行基さんの像です。山梨県甲府市の甲府駅のような、待ち合わせ場所として有名な地のひとつといいます。

JR奈良駅の記事でも触れましたが、JRの奈良駅より利用者数の多い、奈良駅随一の街の駅で、まさに奈良の中心です。

JR奈良駅とは徒歩で15分、バスであれば3,4分で着くそうです。しかし両者に連絡がないのはちょっと寂しいですね。たまに行く時はJR奈良で降りて、この近鉄奈良まで商店街を通って歩いて行ったりしていましたが。

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2016年7月24日 (日)

JR奈良駅 (奈良県奈良市)

奈良県奈良市のJR奈良(なら)です。

奈良市は奈良県の北部に位置し、人口は359,415人(2016.6.1現在)で、奈良県の県庁所在地であり、かつては平城京が置かれた日本の都でもあった地のため、歴史遺産には事欠かない、京都と並ぶ歴史の宝庫ともいえる街です。東大寺の大仏などあまりに有名ですね。

-JR奈良駅
【路線】JR関西本線(名古屋-難波間)
     桜井線(奈良-高田間)

【開業】1890年12月27
【訪問】初訪問-1996年11
【1日あたり平均乗車人員】 17,486人/日 (2014年)
【近隣の主要駅(名古屋方面)木津駅→2駅
           (難波方面)郡山駅→隣駅

           (高田方面)天理駅→4駅 
           (京都方面)城陽駅→8駅

●ホーム

ホーム上ではほぼこのカットしか撮っていません(都市駅になればなるほど人が多く撮りづらくなるので)が、この記事では2007年6月当時の姿にてお送りいたします。もう9年も前の姿であり、そこかしこ今とは違う姿になっているかもしれませんが。

JRでは関西本線と桜井線に属しますが、京都とを結ぶ「奈良線」の列車も乗り入れてきます。奈良県のJR駅ではこういうカラーの電車をよく見るな、という印象が個人的には強いです。

近鉄にも「近鉄奈良駅」が存在していますが、両者の距離は1km近くもあり、全くの「別物」です。また、利用者数的に近鉄の奈良駅の方がこちらの倍はあり、近鉄駅の方が実質的な市の中心駅の位置づけをされています。

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●支え続けたもの…

1934年にできた2代目駅舎にて約70年間、奈良駅を支え続けたという松杭が保存されていました。現在は3代目駅舎ですが、2代目駅舎もその隣にしっかりと残されています。

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●並びに並ぶタクシー

観光都市としては屈指の街なので、タクシーは欠かせない足として重宝されているが故か、このタクシーの量でした。

奈良市は地下鉄もなく、JR以外の私鉄(近鉄)の同名駅とも離れており、また市電もなく、という事で、観光資源に富みながらも交通機関が発達しているとは思い難く(新幹線も停まらずで)、他の都市にも増してタクシーが貴重なのかと感じさせられました。

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●駅前風景

このスーパーホテルが個人的に最も印象に残る建物です。何度かここに泊まろうと思いましだか、当日泊では大抵予約などできない状況でした。京都奈良では当日泊は本当に難しいものです。

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●JR奈良駅 駅舎

下に2枚張りますが、上側の白い建物が現在の駅舎で、下の豪華建築物が先代の2代目駅舎です。駅高架化により取り壊される予定であったそうですが、歴史的価値が高く、撤去反対の声も強かったようで、そのまま残される事となりました。

先代が素晴らしすぎて、随分と地味な駅舎になってしまった感しかないですが、先代の駅舎もしっかりと保存されています。初めてここを訪ねた時は先代駅舎だったので、正直えらく拍子抜けした覚えがあります。

この写真の新駅舎はまだ仮駅舎的なもので、その後2010年に3階建ての高架駅舎が完成し正式に供用されています。したがってこの写真は、その過渡期の非常にレアは写真という事になるでしょうか?!そうなるとまた今の完成形の姿を見に行きたくなるというものです。

旧駅舎の素晴らしい建物は今も残って、往時を伝えています。こうして共存しているのもいいものですね。

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2014年6月15日 (日)

奈良/宇陀 榛原駅前の風景

奈良県宇陀市、近鉄/榛原駅前の風景を。

(2008年3月当時)

Himg0362●はいばら看板

旧・榛原(はいばら)町時代からあったのか、この当時まだ新市制になってから2年という状況だったので、その可能性は高いと思いますが、「はいばら」として「はなとみどりのまち」を標榜した広告塔が駅前に立っていました。

左端にチラッと隠れていますが、タクシーの車体が見えております。ここはタクシーのりばです。

また、向こうの塔には「高原文化のまち」が標榜されており、これも旧・榛原町時代からのものといわれていますが、塔の足元部分には「宇陀市」と貼りかえられてる跡が見えました。新しい市となっても、ここは変わらないという事でしょうね。

Himg0355●駅左

榛原駅前広場から。

出口でて、左を向いた所で、この交差点が榛原駅前交差点です。

なかなか昭和テイストの感じられる駅前でした。

ここから6年経った今はどう変わっているのかいないのか、というところですが。

Himg0356●駅前通り

上の写真の交差点を右折したところ(つまり上の写真の通りの90°右)で、駅から伸びているいわゆる駅前通りにあたる部分です。といってもまっすぐ伸びておらず、すぐ途切れる事となります。

とりあえず駅前にコンビニ(ローソン)はありました。

Himg0358●今から始まる

「駅前商店街」と銘打たれた独特の街灯のある通りの一角、「宇陀市…今から始まる街」と書かれた建屋に出くわしました。

特段町の情報発信基地とかではなさそうで、看板として広告的に使用されてるだけの感じでした。宇陀市になってから2年少しという時期、まさに「今から始まる街」だった訳ですが、それから6年経った今は…という想いも。

Himg0181●はいばらマンホール

宇陀市のマンホールは見つからず、旧・榛原町のマンホールです。

榛原町の「町の花」はヤマツツジで、これが全面に描き込まれた柄になっていました。

Himg0360●駅前商店街

「お買物は駅前で」という看板が街灯ごとにつけられている商店街です。

昔ながらのお店が立ち並ぶという感じですが、こうして旅行者として通る時になかなか個人商店的な所で買い物する事が殆どないな、と今書いていてふと気づきました。

こういう通りに賑わいが薄れた感もあり寂しいところですが、時代の変遷でしょうか。こういう通りが活気に満ち溢れた頃、というのを大人として感じたかったな、とよく思います。たとえば昭和40年代のこの通りはどんな雰囲気で、どのくらい人通りがあったのだろうか?とか。そんな事に思いを馳せながら、通りを歩くと旅はホントに楽しくなるというものですね。

ただ榛原は街並みもかなり美しいという事で、今度訪ねる機会があれば是非にその辺り探訪したいものです。

2013年10月14日 (月)

奈良/葛城 柿木神社と電子ソロバン

奈良県葛城市、近鉄新庄駅からの歩き旅、

といっても付近ほんの少し行っただけですか…

(2008年6月当時)

駅前

近鉄新庄の駅前広場です。

ロータリーが整備され、時計塔もあります。

JTB時刻表によると、葛城市内ではこの駅が中心駅とされていますが、明確に中心とは分かりづらい雰囲気です。

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葛城市新城地区案内図

市内の中心駅らしいといえばらしい、こういう市内案内図が駅前にありました。旧・新庄町がメインのMAPです。

当駅は地図中真ん中のやや右下にありますが、そのまま下へおりていくと、JRの大和新庄駅に行き当たり、接続していないものの徒歩十分くらいで移動可能ではあります。

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コクヨの古看板

この駅前で最も印象的だった風景、それはこの古看板です。

街歩きの途中で遭遇しました。

「電子ソロバン」ってのがすごいですね。電卓の事ですが、70年代初頭ではまだこういう呼ばれ方だったようです。この分がどんなタイプのものかよく分かりませんが、私も一応70年代の「電子計算機」はリアルに使ってた(親が持ってたものを)事があるので、それの前身くらいの機種なのかな…と想像してみるのですが、コクヨ電子ソロバンなる商品で、これかどうか分かりませんが1971年に発売されたものがあります。

70年代後半の電卓は電池式で、その分本体が分厚くて、スイッチのON-OFFがあって、緑の電光式で…あとなんといってもやはり高価な品物でした。今では小学生のお小遣いで十分、ヘタしたらそこらのお菓子より安い事もあるので、随分と時代は変わったものです。

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柿本神社

今回記事のタイトルにもしているこの「柿本神社」。

その名が示す通り、柿本人麻呂を祭神としており、人麻呂はここ葛城を偲ぶ歌も残しているといい、また人麻呂の領地である、生誕地であるとの説もあります。

葛城市といえば「当麻寺」(たいまでら)のが有名だな、と今頃これ書いてて気づきました。せっかく行ったので、いつか機会を見て載せなければ…、という形で今回記事は〆とさせて頂きます。

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2012年7月22日 (日)

近鉄/大和八木駅 (奈良県橿原市)

奈良県橿原市の近鉄・大和八木(やまと・やぎ)です。

橿原市は奈良県の北西部に位置し、人口は125,581人
(2012.2.1現在)で、県都・奈良市に次いで県下第2位の人口を
誇る都市です。

日本史上初の都城といわれる藤原京の存在した地であり、
また日本最初の天皇とされる神武天皇を祀る橿原神宮の
存在も大変有名です。

-近鉄/大和八木
【路線】
近鉄大阪線 (大阪上本町-伊勢中川間)
       橿原線(大和西大寺-橿原神宮前間)

【開業】1923年3月21日
【訪問】2007年1
【1日あたり平均乗降車人員】 37,335人/日 (2010年)  
【近隣の都市駅】(上本町方面) 大和高田駅→3駅 
          (伊勢中川方面) 桜井駅→3駅
          (大和西大寺方面) 田原本駅→3駅
          (橿原神宮前方面) 橿原神宮前駅→3駅

駅名標周辺

橿原市にはJRも近鉄の駅もありますが、実質的な中心駅はこの
近鉄の駅になります。あと、橿原神宮前駅も近鉄線の要衝として
重要かつ大規模な駅として、同じ市内に存在しますが、
JRの駅はどれもそれほど目立つ存在ではない状態です。

この駅は大阪線の駅であると共に橿原線にも属しています。

駅名標の下にはカップの自販機が設置してありました。
単なる缶ジュースやペットボトルの販売じゃないところに、
ちょっとした豪華な感じを受けたものでした。

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ホーム・夜

夜の風景です。

4面6線も有しており、いかにも交通の要衝という雰囲気です。
ここが重要な駅、という事はこの雰囲気を見ると分かりますが、
橿原市の駅という事を当初は知らず、橿原という駅がないし、
どこが中心駅なんだろう?と思いつつ、この辺の駅を一つ一つ
巡っていたものでした。

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ホーム・昼

別の時期に訪ねた昼間のホーム風景です。

別の時期といっても、初訪問は2007年1月で、次の訪問は
2008年の7月なので風景としてそれ程の変貌があるとは
思えないので、それぞれの時期からランダムに写真upして
います。

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改札周辺

この広々とした改札前のフロアは、いかに
当駅が重要拠点であるかが分かると思います。

駅自体は高架と地上の二層構造となっていますが、
改札は1Fフロア相当部にあります。

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出口から

駅舎から外を眺めやるとこんな感じです。

この駅らしさを感じさせるのが、この上の部分のぶら下がって
る形で並ぶ数々の店の名前です。

ホントこれ見るとこの駅に来たんだな、という事をしみじみ
感じさせられます。ここでは宿泊も2度ほどさせて頂いた
事があるので…。

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駅前を見下ろして

高架ホームから駅前広場を見下ろした様子です。

ぐるっとはりめぐらされたひさし屋根と、周りには高層の建物
が幾つも。個人的に橿原という地に持っていたイメージからは
いい意味での誤算があり、結構都会的なんだ、というのが
これ見ての感想でした。

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駅前

下りてきての駅前風景です。

上の写真とは反対側です。

どちら側もそれなりに高層の建物が立ち並ぶなかなかの
都会っぽさでした。

こちら側は広場に、金の鷹?!みたいなモニュメントが
建っています。

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大和八木駅 駅舎

高架駅というのがよく分かりますが、やはり豪華感のある
駅舎です。

八木駅はそれぞれ1文字ずつ離れて表記されていますが、
「大和」だけ2文字がひとつのパネルに収まっています。

結構「八木駅」(JRでは京都の山陰線にありますが…)と
呼ばれることが多く、それで通っている感じで、バスでも
たまに「八木駅」という表記であったように思います。

駅前にビジネスホテルが見当たらないのが少々残念ですが、
少し歩くと旅館っぽい安いホテルや純然とした旅館があります。

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2012年7月 1日 (日)

近鉄/東生駒駅 (奈良県生駒市)

奈良県生駒市の近鉄・東生駒(ひがし・いこま)です。

生駒市は奈良県の北西端に位置し、大阪府にも京都府にも接していて人口は119,258人(2012.4.1現在)で、茶筅(=ちゃせん。お茶を点てる時の竹製の道具)の生産が日本一という側面を持ち、また大阪のベッドタウンとして人口は何十年もの間今まで増加中の状態にあります。生駒山上遊園地の存在も有名です。

-近鉄/東生駒
【路線】
近鉄奈良線 (布施-奈良間)
【開業】1968年4月30日
【訪問】2008年1
【1日あたり平均乗降車人員】 19,357人/日 (2008年)  
【近隣の都市駅】(布施方面) 生駒駅→隣駅 
          (奈良方面) 大和西大寺駅→4

駅名標

生駒市には生駒駅というれっきとした中心駅があり、自分自身も1998年5月というかなり以前にここを初訪問し、同年10月には2度目の訪問までしているのですが、ナント写真に撮った事が一度もありませんでした。まぁ知り合いに会いに行くという事もあったのですが…

という訳で、生駒市ではこの駅をチョイスしてUPさせて頂きました。ここもなかなか活況を呈している駅です。1960年代に開業した駅というのは珍しいかも、と思いました。

ちなみに2008年1月の2日に訪問している事が今回発覚し、自分でびっくりしています。正月のそんな時期から行ってたとは…。

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ホーム

ホームは1面2線のみです。

築堤上にあり、エレベータ付の駅です。

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停まっていた電車

ホームからだいぶ離れたところの線路上にこんなラッピング電車が停まっていました。

「ゆめはんな」を前面に出した電車です。ゆめはんな、は大阪市営地下鉄中央線と近鉄京阪奈線との統一愛称となっており、これら路線は相互乗り入れをしています。

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駅前ロータリー周辺

中心駅ではないものの、ちゃんとした駅前広場がありロータリーが形成されています。

中心の島の形がなんともいえない決まりきっていない形になっていて面白いものがあります。

向こうが日の光でスミマセン。

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東生駒駅 駅舎

中央部分が台形状に飛び出て、分厚い緑の屋根のついた駅舎です。

駅前ロータリーのモニュメント兼時計塔が下の半球状のものとあいまって見事な雰囲気を放っています。

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