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33岡山県

2017年11月12日 (日)

岡山/真庭② 湯原 20年の時を経て…

岡山県真庭市、城下町勝山の家屋群 に続く真庭市の旅です。

前回は主に市内中心部の中国勝山駅周辺の散策の様子でしたが、今回は旧湯原町であった湯原温泉周辺の様子をお届けします。

(2017年1月当時)

●湯原へのアプローチ

日本の温泉で「西の横綱」と称される湯原温泉、個人的には1997年に初めて行きましたが、これ以来約20年ぶりに今回(今年1月)訪問しました。

で、湯原へは最寄駅が真庭市中心部のJR中国勝山駅となり、ここからはバスでのアプローチです。20年前と全く同じでした。

他の公共交通機関としては、岡山駅(東口)からここまでバスで約2時間で来れますが、1日4往復しかないので、岡山から来る時は要注意です。ここから、つまり勝山~湯原も変え添えるほどの本数ですが。

駅の向かいにこのバス待合室があり、室内でも待合できるようになっています。

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●時刻表

バスセンターの時刻表は室内で待合の方々も居られた為、写真に撮れなかったので、冊子のものを写した形です。写真の上が中国勝山駅⇒湯原温泉、下が反対方向になります。

湯原は終点ではなく、蒜山高原行などのバスに乗る事になりますが、1日6往復で所要時間は35~40分かかります。1日7本のように見えますが、最後の2便は夏ダイヤと冬ダイヤに分かれるので、時期によりこのどちらかの運行となります。概ね2時間に1本というところです。

料金は200円です。40分ほどの長い間バスに乗ってわずか200円とずいぶん格安と感じます。タクシー遣うのに比べれば桁違いですね。

中国勝山駅から乗る時は大抵は何人か同じバスに乗る方も居られて、雰囲気で大体分かりますが、アナウンスがあるとも限らないので、時間が近づいたら様子をきっちり把握してて乗り遅れないようしたいものです。

中国勝山駅⇒湯原温泉

  7:12  ⇒7:46

  10:18 ⇒10:53

  12:25 ⇒12:59

  14:23 ⇒14:58

  16:23 ⇒16:58

(夏)19:20 ⇒19:53
(冬)19:05 ⇒19:38 

のりば・JR中国勝山駅向いバスセンターより

バス・真庭市コミュニティバス「まにわくん」にて「蒜山高原」行

所要時間・約35分

料金・200円 

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●湯原温泉 バス待合ステーション

中国勝山駅から約40分かけてバスが辿り着く場所はここです。

真庭市になる前の旧・湯原町としての交通の中心的存在でもあります。

20年前に来た時にこのような建物があった記憶がありませんが、この建物自体は2006年に地域対策交付金事業施設なるもので新築されたとあります。

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●湯原待合 室内

湯原温泉待合ステーションは、スタッフ用の建物かと思っていましたが、一般待合客も使用できる施設になっていました。

という訳で、ここは入ったばかりの所ですが、左側が待合スペースで通路を挟んで右側にはトイレがあります。バス待ちでトイレに行けるとはいいですね。歩き回っていて建物は沢山ありますが、気軽にトイレに入れるところはそんなに多くないと思うので。

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●湯原待合 室内2

入ってすぐの扉を開けて待合室内です。

ソファーまでついた贅沢な雰囲気の待合室でした。外の様子も窓越しに見えるので、冬の寒い時でも、この室内で待つ事ができます。ただしスタッフはおらずアナウンスなどはないので、自分たちで判断してバスに乗る等は必要です。

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●待合ステーション広場

待合ステーションは広いスペースが取られていて、この向こうに出ると温泉街へと至りますが、どちらかというとここを右へ曲がった方が温泉街として栄えている方になります。

下側の写真はバスと共に写っているのは、ものすごく渋いコンクリートの建物。これは完全に昭和からの建物だろうと。バスのすぐ向こうには、サビサビの枠が…。おそらく往年は、ここに沢山の広告看板があったのでは?そのパネルの枠ではないかと思われます。

今や無用になってしまったのか、枠だけが変わり果てた色で手入れもされずに残っています。これが地区の交通中心地の真ん前にあるというのは少々さびしいものがあるかも、というところでした。

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●時が停まって…

こちらは待合ステーションのすぐ隣にある住宅群ですが、土台の石垣部分が傾いています。住宅も建物の腰の部分に穴が開いていたり、時が停まったまま感に溢れていました。

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●湯原自販機

待合ステーションの広場を出る寸前の部分に置いてある自動販売機です。

真庭市の市づくり支援の自販機という事です。こういう自販機で飲みものを買うと地域事業に貢献したような気になって、ついつい買ってしまったりします。

左側には旅館案内が載っています。しかし温泉の宿となると大抵予約すると思うのですが、飛び込みで行く人はどれくらいいるものでしょうか??

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●温泉街ご案内

これもバス待合ステーションにある温泉街の地図です。

最初は位置関係が分からなかったので、この地図にお世話になりました。携帯のマップ見ても分かるのですが、やはりこのようなイラストを交えてのものの方がすんなり理解できるというか、スッと頭に入っていくような気がします。

真ん中のいちばん上は、この辺りで見られるという天然記念物のはんざき(=大山椒魚)です。昔、仮面ライダーの怪人でハンザキランというのが出てきて、それでこのはんざきの存在を知りました。そういうものから学ぶ事もあるものですね。その「はんざき」に関する施設について真ん中下に紹介してあります。

現在地として真ん中よりやや右上にありますが、左下へ向うに従って温泉街が賑わうエリアになってきます。ほぼこの中央のエリアで温泉街をある程度掌握、という感じです。

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●右折して温泉街へ

バス待合を出てすぐ右折したところです。

この辺りの建物は、待合ステーションから右側に写っていた渋すぎるコンクリートの建物の辺りですが、現役で稼働している旅館でありお店です。

温泉街のメインは川沿いの通りで、片方が建物、片方が川というロケーションが多いですが、川側に建物がある所もあります。

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●鼓橋

「つづみばし」と読みます。真っ赤な欄干が印象的で、いくつもあるこの界隈の橋の中で最もポピュラーな存在と思われます。

温泉街を進んで行くところです。湯原温泉は河原にある無料露天風呂がある事で有名ですが、その方向へ進んで行っています。

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●温泉街

かなり温泉街として充実してきた辺りです。

古い温泉街の象徴的存在ともいうべき「射的場」もあります。お客さんがやっていたのも見かけました。温泉宿泊施設が殆ど、といっても過言ではないぐらいの街並みです。

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●福寿司

温泉街の食事処のひとつで、実際この時の晩御飯はこちらで頂きました。

店名は寿司ですが、メニューとしてはそば・うどんも少なくなく、カレーなどもあります。

湯原温泉街は、というか温泉街そのものがというべきかもしれませんが、食べに行くところがあまり多くありません。湯原はコンビニもありません、酒屋の延長上で夜遅くまでお菓子やカップラーメンの類が売っているお店はありますが、これも呼び出したら店の方が出てくる感じで、コンビニ食的なものは事前にコンビニで調達した方が良いと思います。

で、食事処に関してはこの周辺に数軒ある程度で、それも頻繁にお客さんが出入りする様子がなく、入って行きづらいのが正直なところでした。それでもポツリポツリとは入っていかられた方々も居られました。

界隈に宿泊客はかなり居ると思われますが、みんなどこで食べてるのか…??と思いながら、晩飯時はこの辺をウロウロしていました。この時宿泊先の夕食なしにしていたのですが、夕食を取っていたとしても、もう少し繰り出したりとかないのかな?と思っていましたが、意外と出歩く客で賑わうなんてことはあまり見られませんでした。皆さんある程度宿で夜は過ごされるのかな、と。平たく言えば、遊ぶところはあまりありません。純粋に温泉を優雅に感じるのが良さそうです。

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●温泉薬師堂

温泉街らしいお堂がありました。400年もの歴史があるといわれ、無病息災、目の病に効果をもたらすとされています。

そしてお湯は「薬湯」です。温泉に浸かる前にこのお湯で手を清めました。冬の寒い時期に実に暖かく沁みました。

人の居ない間を撮っていますが、昼間は結構観光客で賑わっていました。

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●湯元温泉館

湯原温泉の日帰り入浴施設として代表的なところです。

湯原温泉は、無料露天の「砂湯」があり、また日帰りではこの施設がありますが、他は温泉旅館の日帰り客向けの時間限定入浴が殆どで、ここと自分の宿泊地以外に入浴したい場合は、各宿泊施設の日帰り入浴者向けの時間帯をよく見ておく必要があります(各入口に大体、時間帯の表示があります)。夕方時を過ぎると入れなくなる事が多いかと思います。

で、ここは土産物屋さんなどもあって、あまり土産物屋が界隈にある感じではなく、お土産買うにもうってつけの施設と思います。

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●砂湯

いちばん上の、隠そうナントカという看板は砂湯にあるものではなく、バスセンターから進むと少し手前にあるものです。(向こうに写っている橋の向こうが砂湯です)

そして、砂湯。

湯原温泉ならではの、河原にある無料露天風呂です。男女とも入れますが、入っているのは殆ど男性です。この写っているひとつのお湯だけでなく他にもあり、そこには何人も入っていましたが、写真的にきわどいのでそれは載せておりません。ご想像にお任せします(笑)。

普通に河原にあるので、全くの街なかで裸になっている自体が、何となくいけない事をしているような気になります?!

温泉の西の横綱、湯原温泉。昔の古き良き温泉街の雰囲気を保っている部分がかなりあると思いますが、やはりピークを少し過ぎた感もあり、今後どのようになっていくのか?と気にかかる部分もあります。いかにも温泉宿、というところで日常を離れて一晩過ごすにはとても良い所だと思います!

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2017年11月 5日 (日)

岡山/玉野 宇野港に見る昭和~平成

岡山県玉野市、JR宇野駅からの歩き旅です。

(2009年6月当時)

●宇野駅から港へ

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●駅前の街道

宇野駅前広場を出て、港に面した道路です。

とにかく渋い建物が多かった…これがもう8年も前の姿ですが、今頃はどうなっているのやら。

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●宇野港ターミナルへ

宇野駅から本当に近く、駅前広場を挟んですぐ斜め、といった位置にある宇野港。

意外と?こじゃれた建物で、周辺の道路路沿いの建物の渋さに比べたら実に近代的といいますか…、宇野といえばかつて宇高連絡船で栄えたけれど今は…と思う方もいるかもしれませんが、小豆島との行き来で船便は健在な訳で、他の島への便も出ています。

宇高連絡船は廃止されても高松への便は残っていますし、アートな島でお馴染みの直島への便もあります。しかし50年間続いていた宇野-高松間の24時間運航が近年取りやめになってどんどん減便されたり、やはり航路というものは時が流れるにつれてどうしても縮小の道を辿って行くのかな??と思わされてしまいます。

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●四国フェリー

宇野から高松までの便をこの四国フェリーが受け持っていますがこじんまりした建物でした。今年の4月に発着場が移転したそうです。といってもこの敷地内で、大したものではないようですが。

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●四国汽船 小豆島フェリー

こちらは四国汽船や小豆島フェリーの切符売り場です。

小豆島直島豊島(てしま)など各島への航路を管轄しています。

この時、ここから行ったのは豊島で、一行上の豊島の文字に貼ってあるリンクがそれです。

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●突堤と港

宇野港から伸びている突堤とその周辺の港の様子です。

島の多い瀬戸内海らしい風景というか、色んな島の景色が見て取れます。

玉野市といえば昔知り合いに連れて行かれた玉野けいりんとこの宇野港しか覚えがないくらいですが、やっぱり海辺はどことっても画になるし、目に飛び込む景色が非日常感でいっぱいなので、余計に記憶に残り易いなと感じます。

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●フェリー

この時、宇野港に停まっていたフェリーたちです。

まずは「フェリーてしま」

就航が2006年という事で、この時だとわずか3年の新型という事になります。豊島まで40分で結ぶフェリーで旅客定員は350名、8tトラックが8台積めるそうです。

船の総トン数は365tとの事ですが、これは小豆島を行き来するものと比べると小型なんだそうです。

次に「せとしお」 (右から読みます!)

1996年に就航した船ですが、残念ながら現在は稼働しておらず2013年に引退しています。

トン数は393tで、旅客定員は400名でした。

でもまぁ小船ではなくて、そこそこのクラスの船舶が稼働しているのですね。人口1,000人余りの豊島という事で。ちょっとした豪華感はありました。

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●直島行(ゲート)

芸術の島・直島の宮浦港まではフェリーで20分でつなぎ、1日に10本以上の便が出ています。旅客船だと便はかなり減りますが15分で着きます。

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●メモリアル空間

宇野港に公園的に設置されているスペースです。

これまでの宇野港のあゆみと、現在の宇野港の役割についての説明板も設置されています。

やはり四国や周辺の島と航路を結んでおり、その重要性が窺えます。そして色んなエリアに緑地スペースとして整備されています。

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●石碑

「ごくろうさま 宇高連絡船」として石碑がありました。

1910(明治43)年から、瀬戸大橋が開通する1988(昭和63)年まで、78年の長きにわたり運行されてきた国鉄・JR路線の一部で、今でもこれらを結ぶ航路自体はありますが、瀬戸大橋に加えて明石海峡大橋ができたり、通行料の引き下げなどでじわじわと廃止の道を辿りつつあるように見えます。

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●第二バース跡

バースとは「船が停まる場所」を意味し、宇高連絡船の稼働当時のバースが遺構として残されています。崩れかかっている部分も敢えて遺しているということでしょうか。

かつてここから船に乗って四国へ渡っていたのですね。ほんの30年前には橋がなかったので、本当に貴重な交通手段だった訳ですね。自分が初めて四国へ行ったのが、瀬戸大橋の出来た翌年だったので、宇高連絡船しか手段のなかった頃に一度四国へ渡ってみたかったものです。

昭和の重要交通網の一翼を担った宇野も、今後はその役割転換を本格的に迫られそうな状況です。まだまだ小豆島や直島との航路は健在ですが、高松とのつながりはどのようになり、宇野港の役割は?そんな事も気にかかりますが、また時々寄ってみてどんな風に変わっていくのか、その行く末を見守りたいと思います。

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2017年5月21日 (日)

岡山/美作② GO!GO!湯郷




岡山県美作市、林野の街をゆく!に続いての美作市の記事です。

前回美作市のこの記事の結びで、「今度は湯郷温泉をキチンと行っておきたい」などと
するかしないか不明な事を書いていたのですが、今年の初めにようやく実現してきました!

なので、今回は美作三湯とよばれる所のひとつである湯郷(ゆのごう)温泉街めぐり
としてお送りします。

●林野駅から

湯郷温泉街への最寄駅としては、美作市中心駅的な存在の林野駅となります。

かなり錆びれた感はありますが一応、この駅前には湯郷温泉街への歓迎看板
が今も出ています。

しかしこの駅は常時タクシーが停まっている感じではなさそうなので、来ない時は
電話した方がよさそうです。この時は最初来ていなくて、電話しようかと思っていたら
来たという感じでした。

「湯郷温泉まで」といえば走ってくれます。できれば行く建物の具体的な名前を
示してあげられればそれがベストですが。

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●温泉街へ

林野駅からタクシーに乗って10分弱で着きました。

林野駅からではバスで湯郷温泉下というバス停まで6分となっていますが、便が
1日6本ほどしかなく、また林野駅への電車移動も属している「姫新線」のダイヤが
極少につき、電車+バスの移動はあまりあてにならず、林野駅まで来たならば、
タクシーを呼んだ方が良い
と思います。

またバスでのアクセスでは岡山駅から100分程度で着く便もありますが、この便は
林野-湯郷と同じもので、岡山駅-湯郷-林野の順に着きます。便数としては同じ
ですが、岡山駅から乗った場合に途中で乗換える手間がある便が殆ど、という
公共交通機関の利用はあまり優しくないと思えるのが正直なところです。

その他京阪神方面からのバスのアクセスもありますが、これも美作ICまでの運行で、
そこからタクシー10分といったアクセスで、あまり優しくないな、というところです。

確かに、この辺りにはタクシーが停まっているような所も無かったし、バスの乗り入れ
も見かけなかったし、タクシー通っているのも見なかったので、帰りも電話で呼んで
捕まえたぐらいで、公共交通機関についてはあまり期待しない方が良いと思います。
昭和時代はどうだったのかな?とか想像してしまいます。

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●MAP

観光案内MAPのアップです。

川が流れるその内側に温泉街が形成されている感じです。

徒歩圏域で十分ひと通り行けるので、色んな所を行ってみるのも良いかと思います。

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●観光案内所

湯郷温泉街の中心的な場所で、上の写真のものは大体この前にあります。

タクシーで行く時に「湯郷温泉に行ってください」と言って、その後詳細を聞かれた時に、
特に何も行先が決まっていない場合は、この「観光案内所に行ってください!」と
言えばよいでしょう。

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●オルゴール夢館

観光案内所のすぐ横にある施設です。

「現代玩具博物館・オルゴール夢館」といいます。

1995年に当時の東粟倉村(同じ現・美作市内)にて開館されましたが、2010年に
美作市制5周年を記念してこの地に移転されてといいます。なのでまだできて6、7年
という施設です。

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●アミューズメント

一昔前のアミューズメント施設という感じのものがありました。

先程の観光案内所から道隔てて向かいといった距離感ですが、あんまり人で賑わう
といった感じではありませんでした。訪問時期が1月2日というのもあるかもしれま
せんが。

この辺りはいかにもという感じの温泉街で、こういう施設はここ以外には
見受けられなかった気がします。少なくともボウリングに関しては。

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●てつどう模型館

これは興味を引く施設だなと(笑)

アミューズメント施設の袖にあるような感じで建っていました。

HPがありました→http://www.spa-yunogo.or.jp/mokeikan/index.html

かなり近隣の方の寄贈が多いようですね。

プラレール大好きなお子さんの居られるご家庭などは面白いと思います。

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●ぽんぽこりんとちんちくりん

この2つのお店はそれぞれ関係があるのかどうか分かりませんが、それにしても
えらい並び方だな…と思いまして。

観光案内所の真向いではありませんが、ほぼ向かいの様子です。こじんまりとした
何かしらの商店が細々と並んでいる、そんな感じです。

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●季譜の里

湯郷を代表する温泉旅館といっても過言ではない、という印象を受けました。

この黄土色の建物がなんとも独特です。

元々は「湯郷プラザホテル」という名称で昭和47年にオープンしたといいますが、
30年後の2002年に現名称に変更されたといいます。

日本に数少ない、全館畳敷きのホテルという事で、そんな動画も見られましたが、
予約サイトを見ると\22,500となっていました。他にも部屋があるのかもしれませんが、
さすが相応の雰囲気だな、と感じましたね。

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●湯遊タイガー

PACHINKOと冠しているので純然たるパチンコ店と思われます、

車が沢山停まっていたので昭和時代の雰囲気を残した現役のパチンコ屋と思って
いましたが、シャッターは閉まってるし、表は草がぼうぼうで立派な廃墟でした。

お風呂に浸かってるイラストもあったので、まさか温泉兼用パチンコ店か?とか
思いましたが、そうではないようです。

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●からくり時計塔

林野駅からタクシーで来て、温泉街の玄関口といいますが、入口にあたる部分に
このような時計塔があります。

高さが約8mあり、8:00~21:00の間で毎時00分を迎えるごとに、上の部分(てっぺん
の屋根の真下部分が開いて巨大な「さんぶ太郎」が登場する、とありました。
那岐山でこの「さんぶ太郎」というのが箸でつまんで石を投げたら、この湯郷まで
飛んできた、との言い伝えがあるそうで。ちなみに「さんぶ」の部分は漢字だと
「三穂」と表記するようです。

ちなみにこの時計塔ができたのは2010年だそうで、「オルゴール夢館」がこの地に
移転したのと同様に美作市制5周年を記念して、出来たそうです。5周年は結構
色んなことしてたんですね、10周年は2015年のはずですが、何をしていたのか…?
よく分かりませんが。

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●温泉街の道路

先程の時計塔が入口とすると、ここはそれを過ぎたばかりの地点で、左には
廃墟の湯遊タイガー、そしてその向こうには季譜の里が見えています。

更に向こうは湯郷温泉の観光案内所があります。

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●分かれ道

観光案内所の前まで戻ってきました。

そこに面した道路はこのような分かれ道になっていて、左側はまっすぐ歩いて行くと
湯郷グランドホテルなどを経て市街地へと抜け、右側は温泉街の入り組んだ道に
行き当たります。

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●常夜灯

これは先の写真にあったからくり時計塔ではありません。

観光案内所から見ると、その時計塔とは反対側に位置するもので、
真上の写真の分かれ道での左側を進んだところのものです。

この正体は昭和63年に開催された「瀬戸大橋博'88」で使用された
ものだそうで、湯郷温泉を位置づける道しるべとして、この地に設置された
とありました。

からくり時計塔が入口の目印ならば、この灯は中心地の目印というところ
でしょうか。

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●湯郷グランドホテル

上の写真の真向いに位置していますが、湯郷を代表するホテルのひとつ、
といっていいと思います。

現・季譜の里である湯郷プラザホテルに遅れる事5年ほどの1978年2月の
創業という事で、間もなく40周年を迎えようとしています。

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●湯郷鷺温泉館

こちらは湯郷を代表する日帰り温泉施設、といっていいと思います。

この時は、ここだけ入ってきました。

入浴料金は600円、正月2日でもしっかり営業していました。

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●手軽に

湯郷は勿論温泉街ではありますが、宿だけでなく、日帰り温泉も先のようにありますし、
無量足湯もこのようにあるので、気軽に寄って全然OKと思います。

コンビニがそこらにあるような所ではないので、その点はご留意を、というところです。

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2016年6月15日 (水)

岡山/笠岡 カブトガニと狭き路地

岡山県笠岡市、JR笠岡駅からの歩き旅です。

(2007年10月当時)

●笠岡駅前通り

今からもう9年前の姿となりますが、笠岡駅北側からの通りです。

市の中心の駅前らしい並木道になっていて、高い建物はあまり見当たりませんが、駅前らしい整然とした雰囲気は見受けられます。

向こうが山になっていて、この通りは300m程度で突き当りとなり、垂直交差する道路に繋がる事となります。

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●かぶに通り

笠岡駅前の各商店街には、通りの名前の表示と共に七福神の各神が添えられていました。ここは財弁天がいました。

左手前には肉屋さんがありました。最近は何でも量販のスーパーで、肉屋さん魚屋さんと別々に買いに行くという事もなくなってしまったな、という事を、こういう写真を見るにつけ思います。

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●ほていさま・本通り

この本通りという所では、布袋様がいました。駅前通りを歩いて2つ目の信号、駅前広場を抜けて正味50m程の地点を左折した所にあります。

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●笠岡市マンホール

笠岡といえば、笠岡諸島があるように瀬戸内の多くの島々がある街でもあり、そんな沖の島々と、カモメが描かれていて、手前はこれまた笠岡を象徴する存在といえる「カブトガニ」が描かれていました。

ちなみに別にカラー版のマンホールがあり(見つけられませんでしたが…)、某サイトでそれを見ると、青々としたとても鮮やかな色遣いの傑作でした。

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●浄心寺

心を浄化する寺、なんという良い名前のお寺でしょうか。

親鸞聖人を宗祖とする浄土真宗の本願寺派のお寺です。浄土真宗の略なら浄寺かもですが、浄寺なのですね(^^

笠岡駅から北東方面へ約5分の距離にあります。

1591年開基といわれ、これは豊臣秀吉が天下統一した翌年にあたります。善了という僧が本願寺の宗主・顕如の命を受け建立とありました。

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●路地

個人的には笠岡の街を歩き回ってて印象深かったのは、こういった狭い路地かもしれません。

これよりもっと狭い路地の方がより印象的でしたが、ホントに狭い路地によく出くわした記憶が鮮烈にあります。

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●線路沿いへ

街なかから線路沿いへと戻ってきた格好です。

「SEA SIDE MALL」とありますが、線路の向こうは南側、海寄りとなります。そしてここは「笠岡シーサイドモール」というショッピングセンターです。

1979年にオープンし、敷地面積は約9,000坪、駐車場1,000台収容の笠岡一の大型商業施設です。開業当初はニチイを核としていましたが、やがてサティになり、2002年にはマイカル破たんによりサティが撤退しています。今はスーパーのマルナカやここにも見えているダイソー、衣料店のウエスギなどが核となり存続しているようです。

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●白壁

同じく線路沿いを歩いていたところですが、このような素晴らしい白壁の建物に出くわしました。この建物もまた、個人的には笠岡とイコールで結びつくぐらい、印象的なもののひとつでした。

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●路地2

白壁建屋のところを横道に入ってのカットです。

この狭い路地感!これを見て、笠岡=路地のイメージが一層強まった訳です。

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●アーケード商店街

それまでアーケードのない商店街の写真がいくつか出てきていましたが、こちらはアーケードがついたものです。手前の食堂がいかにも昔ながらの雰囲気で、こういう街にはピッタリという感じです。

この食堂には「岡山ばらずし」の幟が出ていましたが、魚のつけ酢と具をご飯に混ぜ込み、更にひとつひとつ味付けした具材を盛り込むという、味わい深い、豪華なものとされています。某サイトで見ると、通常のばらずしより相当色鮮やかな印象が強かったです。

狭い道幅にごつい天井のアーケードはかなり昭和チックです。

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●和風建築

の見事な建物ですが、江戸時代から続く漁具等のお店で、現在の御当主が11代目だとか。2F部分の幅が狭い「つし二階」構造で、これは大名行列で通りかかる際に極力目立たないように、との配慮で建てられているものですが、ここは屋根がめちゃくちゃ急角度で建物が高くなってしまっています。下から見る分にはそれでも良かった、という事でしょうか。

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●カブトガニ方位

東西南北の方位が示されたこの床面には、カブトガニの絵がでっかく描かれていました。

笠岡はカブトガニの繁殖地であり、また世界で唯一、カブトガニをテーマとした博物館がある街でもあります。いわばカブトガニの街といっても過言ではないですね。

カブトガニは成体になるまでの10年近くの年月に10回以上も脱皮をするそうで、またその脱皮は非常に複雑で、その為に脱皮中に死んでしまう事もあるそうです。いずれにしても成長速度が遅く、ずっと飼っていないと分からない為、その生態が解明されず、謎に包まれている部分も少なからずだそうです。

さて、この時は笠岡駅前を中心に歩いたのですが、今度機会があれば、笠岡諸島の島を巡ってみたいと思いました。石の景色の美しい北木島や、「瀬戸内少年野球団」のロケ地となった「猫の島」こと眞鍋島など、魅力的な島があるようです。

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2015年7月 4日 (土)

岡山/真庭 城下町勝山の家屋群

岡山県真庭市、JR中国勝山駅からの歩き旅です。

(2011年8月当時)

●檜舞台入口in2004

2011年8月当時、としていますが、この1枚だけはそこから更に遡る事7年前の2004年8月当時の様子です。初訪問は更にその7年前の1997年7月ですが、この時の記録が一切無い為、最古の記録となる2004年版をあげています。(1997,2004,2011年ときれいに7年ごとに訪ねてるのは全くの偶然です)

駅の記事で、駅から見た目線のカットがありますが、その駅前の最初の交差点を左斜め前に入っていくのがこの通りです。

商店街となっていますが、側がヒノキ材で続いています。

真庭でもこの勝山地区は木材の街であり、これを象徴した通りとなっています。

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●檜舞台in2011

上の写真の7年後の姿です。

基本的に変わっていないですね。横断歩道のペイントはやはりはげてってるな、とは感じましたがsmile

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●檜舞台を往く!

という訳でこの商店街を進んで行きます。

初めて訪ねた1997年8月、この商店街の一角の店でドリンク剤買ったな、というようなどうでもいい事が街での思い出として深く刻まれていたり、何が思い出になるか分からないものですね旅というものは。

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●案内板

「檜舞台」の入口横にある「城下町勝山」の案内板です。

中国勝山の駅がこの地図の真ん中上にあって、その右下を横に伸びているのがこの檜舞台のある「ウッド・ストリート」です。これを右端まで行って、下へ降りて行くと「街並み保存地区」として素晴らしい街並みに出会えます。

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●中央ゲート

ウッド・ストリートの両端にはシンプルなゲートがありますが、この中央部分にはこのような厚みのあるヒノキ材組みのゲートがありました。

こういうのが途中にあるだけで通りの様子がだいぶ違ってくるものですね。目を惹く要素が強くて。

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●檜舞台 終点

中国勝山の駅から離れていく方向で進んで終点にあたる部分、津山信用金庫などがある地点です。これを通り終えると今度は右折して街並み保存地区へ入っていきます。

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●旧出雲街道

と案内の出ている街並み保存地区です。

勝山は江戸時代には勝山藩の城下町として栄え、出雲街道は山陽と山陰を結ぶ街道であったのですが、まさにその結び目といった地点にある交通の要衝でした。

今でもJR姫新線で津山と新見という沿線にただ2つの昭和からの2市を結ぶ地点にあるのが中国勝山駅である事にも、その名残があるといえると思います。

ともあれ、こんな感じの風景から通りに入っていきます。

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●武家屋敷館あたり

街並み保存地区を歩いていたら横目に見えてくるこの風景、石垣と坂がたいへんインパクトがあります。

武家屋敷館自体はこの上にあるのですが、渡辺邸という江戸時代の上級武士の邸宅で、当時の姿を残した形で公開されているという事です。

定食やコーヒーやという幟が立っていて、休息できるスペースが途中にありました。

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●街を進む

街並み保存地区を進みます。

商店街的な要素も強く、昔ながらの商店の建屋も見えます。中には営業していないかもしれない商店だったところもあるかも…とか考えながら通りを見つめ歩いていました。

手前のお店のグリーンサービス加盟店って調べてみてもよく分かりませんでした。

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●本格的に…

街並み保存地区らしい雰囲気になってきている地点ですが、白壁になまこ壁の建屋などが続いています。

岡山県で小京都といえば「津山」であり、また倉敷にも「美観地区」という風情ある街並みがありますが、この真庭市勝山にもこのような風情のある街並みが続くエリアがあるという事です。

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●カーブを描く

町並もまた風情があります。

上層は白壁、下層は板張りの家屋が両サイドに通っていて、家屋群に「貫禄」のようなものを感じました。

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●小高い所から

見てみた昔ながらの家屋群です。

白壁になまこ壁の土蔵のような建屋が年季が入っている事も相まって、かなり視線を惹きつけられました。綺麗すぎる建屋が並ぶのもいいのですが、これくらい年季が入っている方が現実味があってホンモノほ見せられた想いがします。

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●勝山郷土資料館

関所を思わせる門構えに人力車が停めてありました。

3月~11月の土日祝に稼働しているようです。この時は8月だったので乗ろうと思えば乗れたかも。

市内の「人力車まつもと」さんのHPではこのような内容でした。

所在地岡山県真庭市勝山440
TEL0867-44-2246
営業時間3月~11月の土曜日・日曜日・祝日
平日は事前予約が必要
料金●運行距離0.5km
・中学生以上 1,000円/4歳~小学生 700円
●運行距離1km
・中学生以上 1,500円/4歳~小学生 1,000円

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現・真庭市といえば温泉の西の横綱とも称される「湯原温泉」が大変有名ですが、これとは全然違う地点にもこのような風情ある街並みを堪能できるエリアがある、という事です。駅から近いので、駅からの歩き旅にはこちらの方が向いていると思います。

2014年10月13日 (月)

岡山/赤磐 熊山駅前なぞり歩き

岡山県赤磐市、JR熊山駅周辺の様子です。

(2014年7月当時)

●赤磐市熊山地域

熊山駅前にある観光案内図です。

赤磐市でも熊山地域(旧・赤磐郡熊山町)の地図になります。赤磐市の中心地ではないのですが(中心地は旧・山陽町)、唯一鉄道駅のある地域であり、真ん中よりやや上の部分に流れている川に沿うような形で、線路が通っています。

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●熊山駅前道

駅から見た駅前道の様子です。

通りといえば通りですが、距離は実に短く、川の土手にあたる部分で途切れている格好で、この突き当たりを曲がった所もさほど通りっぽい感じではない様子でした。

どちらかというと、この土手が見えますが、その川の向こうの方が栄えているようです、と言って、結局行かずじまいでしたが…。

この街に初めて来たのは2000年1月の事になりますが、その時も川を渡ってすぐの所で引き返し、実に14年半ぶりの再訪となった今回も同じ結果となってしまいました。記事タイトルに「なぞり歩き」となっているのは、結果的に同じような道のりになったという事です。

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●バスのりば

上の写真の通りの右側手前に立っていたバス停標識の辺りです。

という事で、駅の真ん前というより少し(何十歩か)歩いての距離にある駅のバス停です。「赤磐市民バス」となっており、月~土曜日で4路線あり、うち3路線は1日6便、1路線は診療所行きという事で18便あります。コミュニティバスの類だとすると、まだ本数が多い方なのかもしれません。

このスペースがバス待合室なのか、微妙な雰囲気でした。人が居ないのでどのように利用されているスペースかが分かりませんでした。

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●簡易郵便局

駅前道の右側一番手前にあるのは、この「備前豊田簡易郵便局」です。

簡易郵便局の割には華やかな雰囲気でした。

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●駅前道左側

です。

自転車預かり所が一番手前にあって、商店、家屋混在といった感じの佇まいです。何十年も変わってなさそうな感じがいいですね。

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●坂を上る

駅前道を突き当りまで来て、右へ向いたところです。

橋へ向かっての道で、この先が川となっていて、実質街が開けている部分はその向こうのようです。橋の手前であるこの辺りはひっそりとした雰囲気です。

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●駅前道を振り返る

駅前道を歩き切って、河原の土手まで来たところから熊山駅方面を振り返った様子です。

駅前ののんびり感が窺えると思いますが、これが赤磐市唯一の鉄道駅前なのです。

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●見渡すは…

土手の上から。

長い河原に架かる赤い橋は「熊山橋」です。

駅から歩いてすぐのところで、このように川で分断される事となります。

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●熊山橋

全長340m余りという長い橋です。昭和63年11月竣工とありました。

熊山地域の中心的機能はこの橋の向こうということで、そこまで行きたかったんですが、体調の若干悪化と次の目的地までの時間がなくなったため、橋を渡った先までが限界でした。

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●吉井川

旭川、高梁川とならぶ「岡山の三大河川」として名高い一級河川です。

同じ赤磐市内の旧吉井町からその名が取られています。

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●橋を渡った後

の様子です。

この先もしばらく何もない雰囲気の街並みが続き、その先に色々あるようですが、夏の暑い盛り、疲れ気味等々あり、ここで断念した訳です。2000年冬の訪問時と同じ。

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●橋詰の広場

熊山橋を渡り終えた所の広場、ここに14年ぶりにたどり着きました。

前回も正直ここを訪ねた印象しかなかったのですが…。以前より地味になってる気がしました。

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●永瀬清子 句碑とともに

ここ熊山でいちばん覚えてるのはこの「永瀬清子」の名でした。

2000年訪問時はその名がもっと前面に出てた気がしたのですが、今回行ってみると、石碑にその名が刻まれていたのみでパッと見、全然分かりませんでした。前回もそうだったっけ?とか思い返しながら、この景色をしばし見ていました。2度目の訪問も結局はここの景色が最も頭に残る事になるとは…、でした。

永瀬清子(1906-95)はここ熊山が生んだ偉大な詩人で、この碑には以下のように刻まれています。

あたらしい熊山橋は/茫と白く宙にうかんでいる/空は星にあふれているが/西 の天末にはまだ猫眼石いろの光が/フットライトのように/かなたの半球のあかるみを 投げあげている/永瀬清子/「熊山橋を渡る ―1948年1月14日より

まさに熊山橋を渡った所に、この碑はあります。

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●戻ってきて

橋の向こうから熊山駅側に戻ってきて、土手の向こうの通りです。ここの途中を右折すれば熊山駅前道というロケーションです。

この真ん中の建屋はかつては何かしら飲食店等で栄えたのでしょうか?かつて商業を営んでいたであろうものがそこかしこに見えていました。

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●ここもまた

かつてはタバコ屋さんだったのでしょう。

コンビニでタバコを売るようになったり、禁煙化の声が大きくなったりで、本当に「タバコ屋さん」がなくなってしまいましたね…、その存在自体が風情あっていいものだったんですが。

うちの近所のタバコ屋跡が建屋ごと撤去されてしまったので、その事を特に最近強く感じます。

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そんなこんなで、熊山地域での赤磐市はここで終了です。

他地域にもこの後行ったので、それが載せられればいいのですが、載せたい所沢山ありすぎていつになるやら…な感じです。

2014年9月 7日 (日)

岡山/井原 鏡獅子の奮迅

岡山県井原市、井原鉄道/井原駅付近の様子です。

(2010年3月当時)

●ようこそ井原市へ

のタイトルのついた井原市マップが駅前にありました。Y字形に近い地形ですね。

鉄道が通っているのは南部を横切るような形で、北部は全く無縁な状態です。

右下にQRコードが出ていますが、その横のケータイがガラケーで、やはり数年前のものだなと実感させられます。

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●ハイキング・コース

これも駅前のマップですが、10.8kmのハイキングコースが出ていました。

歴史的なものに色々出会えるルートになっているようで、実際ここでは駅前をまっすぐちょこっと歩いただけなので、10kmは長いにしても、名所的なものに少しは出会える旅をここでまたしたいと思わされました。

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●井原あいあいバス

駅前のバスのりばです。

「井原あいあいバス」は市内の循環バスで、運賃は100円均一(小学生以下は無料)で井原地区で7路線ほど出ています。うち3路線が平日の2日のみなので、休日はグッと便数が減ってしまいますが…。

井原市街循環線という分が通常のコミュニティバスより多く、1日9便ありました。

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●他バス時刻表と路線図

あいあいバスのみならず、北振バスや備北バスといった会社のバス路線もここには入っています。

特にここ井原市に本社を置く「北振バス」の路線は多く出ています。備北バスは右端のほんの少しだけです…。路線図が昭和っぽいものでいい雰囲気出してます。駅が新しいのと対照的で。

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●駅前道

駅からまっすぐ伸びた通りです。堂々とまっすぐ続いています。

駅記事でも扇の向こうに写っていた通りであります。

ここに駅ができる前は、この通りはどんなだったんだろうか?と思わされました。駅前でなかった訳だから、駅前の開発時にこのようになったのか…、それとも以前からその面影らしきものがあったのか…とか気になりました。

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●井原郵便局

駅前の通りを歩くと程なく行き当たる、井原市の中心郵便局です。

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●井原市のマンホール

「子守唄の里」と書かれています。

ここ井原は「中国地方の子守唄」の発祥の地とされ、この付近に伝わる子守唄を山田耕筰氏が編作したものがよく知られているといい、ご当地のTVのクロージング音楽にも使用されていた時期があったとか。 

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●ポニー

井原の核となる商業施設、「だった」このポニーですが、平成16年の核テナントに入っていた業者の撤退後は空きになった模様で、この時もその状態であったと思われます。そして今では…今年6月の某記事を見ると解体工事が始まったとあり、この状態ではもはやない、という事を知りました。

駅の全く真ん前、という訳ではありませんが、駅に近い、立地としては最高なのに、この状態…ここも郊外型へシフトされていってるのでしょうか。

昭和50年にオープンしたという事ですが、最近昭和50年代にできた商業施設が一定の役割を終えてなくなっていく、という話をよく聞き、もうそんな時代になったのか…と思わされます。当時はいつまでも続くもんだと勝手に思っていたものですが。

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●国道486号上

駅前の通りを駅から直進して3つ目の信号「井原中央」交差点を左折して進んだ所です。

ビジネスホテルは井原郵便局と袖の道を挟んで向かいにあるようです。駅前の通りを見た限りでは見受けられませんでしたが、ちょっと隠れた所にある格好です。

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●井原市役所

国道486号を右折すると、市役所を含めた主要機関が多く点在している、中心地的なエリアとなっています。

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●人口表示

市役所前のマップの下に小さく載っていた人口統計表です。

いつの時点か分かりませんが、46,489人とありました。直近の推計人口では41,737人と約1割少なくなっています。この表示されている人口は2000年の国勢調査時のもののようです。

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●井原市民会館

これもまた市役所付近のエリアにある市民会館です。

高い塔が印象的ですが、全体的にコンクリート色丸出し感が返ってインパクトを感じました。

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●鏡獅子

これも付近の広場エリアにあったものですが、六代目尾上菊五郎氏をモデルにしたというブロンズ像で、下の額?!には「獅子奮迅」と記された七代目の尾上菊五郎氏の書が添えられています。

作者は平櫛田中(ひらぐし・でんちゅう=1872-1979)という井原出身の彫刻家で、菊五郎を見に歌舞伎座へ通い詰め、1958年に戦中のブランクを経て20年がかりでこの作品をしあげたといいます。(その時、当の六代目菊五郎は1949年に亡くなっています)

また、107歳まで存命し、広辞苑に載っている最も長寿の人物であるともされています。

ちなみに七代目菊五郎とは現在の菊五郎であり、富司純子さんの夫で寺島しのぶさんのお父さんであります。先代から見ると孫にあたります。祖父の六代目と父の尾上梅幸とそして七代目菊五郎と三代続いての「人間国宝」という名門中の名門家系なんですね。

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●井原市内の郵便局

のマップがありました。

こういうのもまた有難いものですね。

ここは駅前郵便局というものがありませんが、近年まで駅がなかったからでしょうね。そんな関係でか?駅と本局の距離が比較的近くて便利になっています.。

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●以上

駆け足で井原市内…という感じでお届けでしたが、向こうに見える井原駅に向かって帰りへと。駅構内は食べる店があったり結構施設的に充実していたので、そこに居ても時間潰れるかな、というところです。

次行く時はちゃんと名所を行こうと思います。

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2014年4月13日 (日)

岡山/美作 林野の街をゆく!

岡山県美作市、JR林野からの歩き旅です。

(2008年12月当時)

Himg0003●みまさかマンホール

まずはマンホールから入りますが、当地は旧自治体名も現自治体名も美作町→美作市、といずれも「みまさか」となるので分かりにくいのですが、周りに町の花である白菊やクロガネモチが配されているという事で、旧・美作「町」のマンホールのようです。

三角形が幾つも配されているのも隠れた見どころかと思います。

Himg0004●橋の手前

林野駅から駅前通りを進んだ所です。

林野駅から100mとない地点で、左のお店はおみやげ店という表示はされていますが、この時は土曜日のお昼、シャッターが下りたままでしたが、既に営業していないのかどうか分かりませんでした。

ここの営業状況はともかくとして、こういった軒先のお店が少なくなっていくのは寂しいなと感じます。

Himg0007●バスのりば

とあるのは、上の写真の右端にチラッとみえているものですが、宇野バスののりば(林野車庫)です。

奥にはバスが数台停まっていましたが、コンクリートの建屋には屋根と柱だけで、まるで漁港の施設のようで、真ん中に「行先」と表示のある中、ポツリとベンチが寂しげに置かれているだけでした。

かつては町のターミナルとして機能していたであろう雰囲気も感じられ、それが時の流れの中で建屋がいくらか撤去されながら残った、そんな残骸感を持たずにいられませんでした。当時の面影が残っている事は貴重でもあり、また寂しくもあるな、と両面の思いがしますね。

Himg0010 ●三海田橋と梶並

これまた二枚目の写真で向こうの方に見えていた橋ですが、林野駅からまっすぐ100mほどの地点にある三海田(みかいた)橋という橋です。

流れる川は色々調べましたが、吉井川水系の梶並川という川のようです。

Himg0006三海田橋は1933年2月開通という事で約80年の歴史をもっています。

梶並川については詳細データが得られませんでしたが、梶並という地名は、梶並村として1955年、昭和の大合併まで自治体名として存在しており、この時合併され勝田町となっています。

川の向こうはずっと山地が広がっています。

Himg0015●栄町公民館

三海田橋を渡って約200mの地点、街並みを流しながら行き着いたこの素晴らしい建屋は、栄町公民館とありました。

木造で、板目の分かりやすい建屋で、擦れなどで年季を感じさせます。具体的な建築時期は不明のようですが、昭和初期といわれています。意外にもこういうものの歴史沿革ってなかなか見つからないものだな、、と感じました。

とにかくこの林野の地で最も印象深かったのはこの建屋でした、個人的には。

Himg0017●栄町バス停

なんと神姫バスでした。

神姫バスといえば兵庫、姫路-神戸という印象が強かったのですが、岡山にも一部あるとは聞いていました。

勝間田あたりでも神姫のバス停も見たことがありましたが、ここ林野でも見る事ができました。JR姫新線沿線だとある程度通ってるという事なのかな、と。

便数としては平日は1日7本、土日は4本というところで、利用状況としてはどうなのかな…?と疑問符がつく、そんな印象でした。

Himg0026●美作市役所

今は(この写真の当時も)美作市役所でありますが、旧・美作町役場でもあり、バス停名は「役場前」となっていました。

ちなみにここを通っているのは神姫バスではなく、標識には「美作町営バス」となっていました。今は美作市のコミュニティバスだと思います。方向としては多方面に行先が載っていましたが、殆どが日に1本、たまに2本の方面があるという程度で、旅行者として利用するのはかなり厳しいと思います。また、神姫バスとしては先の栄町のバス停が本近くになります。

Himg0029●パン屋さん

ベーカリーいのうえ、というこのお店でパンを買いました。

この林野の地でお金を落としていったのは確かここだけだったと記憶しています。

軒先見るとパン屋さんと分かるのですが、遠目に見ると一般家庭にも見えますね、しっかりした屋根瓦で。

という感じの林野駅前でしたが、今度は湯郷温泉をキチンと行っておきたいものです、通り掛かった事はありましたが、じっくり行った事が無かったので。

 

 

2014年3月11日 (火)

JR林野駅 (岡山県美作市)

岡山県美作市のJR林野(はやしの)です。

美作市では智頭急行・大原をあげた事がありましたが、智頭急行の中心としては大原駅で、JRの中心としては今回あげる林野駅になろうかと思います。

-JR林野駅
【路線】JR姫新線(姫路-新見間)
【開業】1934年11月28
【訪問】2008年12
【1日あたり平均乗車人員】 126人/日 (2011年)
【近隣の主要駅(姫路方面)佐用駅→5駅
          (新見方面)津山駅→5駅

Img_1212926_47161713_0●駅名標

JR姫新線で姫路から行くと、岡山県に入って3つ目が当駅です。旧・英田郡美作町の中心駅的存在で、合併により智頭急行の大原駅などと同じ自治体に属する事となりました。

ちなみにこの地域の旧称は「倉敷」といわれていたそうで、倉敷市と混同しそうですね。元々「倉敷地」という言葉からきており、集められた年貢などを遠方の領主に送るために貯めて保管する場所を指し、蔵屋敷がなまったものと言われています。

Img_1212926_47161713_1●ホーム

なんと1面1線のみのホームです。

姫路からだと、佐用より向こうであり、新見より手前であり、という中途半端なロケーションが災いしているのかな、と感じさせられます。1日あたりの乗車人員も120人余りと列車利用の非常に少ない地域でもあります。

ちなみに当地が「林野」と改称されたのは、大正7(1918)年、歴史でいう米騒動の時期ですが、ここから間もなく100周年を迎えようとしているのですね。

Img_1212926_47161713_4●駅舎内

改札のボックスが残っていました。

点字ブロックがホームからまっすぐ続いており、切符売り場にも分岐していました。

で、ベンチも何脚か設置されていました。

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●バス停

林野駅との表示のあるバス停標識が2本立っていました。

英田町営バスと美作町営バスと、共に旧自治体名の町営バスの名前となっていました。今はどちらも美作市となっていますが、ここ林野は美作町でした。この当時2008年で、合併したのが2005年の事なので、既に旧自治体の状態です。

現在はいずれも「美作市営バス」として一本化されている模様です。

Img_1212926_47161713_7●駅前通り

林野の駅前通りです。

それなりに通りとして道が続いていますが、こじんまりとした建屋が並び、あまり高い建物は見受けられず、お店というより、バス会社タクシー会社のような交通関係の方が多く存在しています。

ここの通りは長い間、布陣が変わっていないだろな…とか勝手に想像しましたが、ホントそんな雰囲気でした。今から5年少し前の写真なのですが、今行っても殆ど変わってないのではないかと…分かりませんが。

Img_1212926_47161713_5●林野駅 駅舎

利用者数が少なく、閑散な雰囲気とはいえ、市の中心駅と位置づけられる駅で、平屋ながらなかなかの規模の駅舎ではあります。

そして「湯郷温泉」の最寄駅である地の利を生かして?!温泉のアピールはされているようで、当駅前も「湯郷温泉」の看板は大きく前へ出ていました。

同じ岡山県内でも湯原温泉とはやや知名度的に異なる部分がありますが、湯原も駅の近くにはない所で、湯郷をアピールして当駅も活性化すればな、と思うのですが、難しいものなのでしょうか?そんな事をずっと考えてしまいますが、以上、林野駅でした。

 

 

 

2013年11月16日 (土)

岡山/備前 片上商店街ノスタルジー

岡山県備前市、片上商店街あたりの様子です。

町へ出る道

備前市の中でも、旧・備前市時代から割に栄えているJR西片上駅周辺。

ここは西片上駅から出て西へ、線路と平行な歩道ですが、これを下って線路の下をくぐる格好で、町へ出ていきます。写真は2010年当時ですが、初訪問した1993年も殆どこんな風景だったような気がします。

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線路下の通り

歩道から線路をくぐって見える街並みです。

この川は、この写真で向こうの方向へと、片上湾へ流れ出していきます。

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前海屋跡

前海屋とは、ここ片上の富豪で、ここに架かるこの宝永橋が落ちても前海屋は倒れると言われたそうです。そしてこの宝永橋は、1704年当時は木橋で、1750年当時は石橋であったと伝えられています。宝永年間に架けられて宝永橋というのでしょうか、分かりませんが。

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万代常閑翁跡

万代常閑(まんだい・じょうかん)と読む越中売薬の祖とされる人物で、万代家ではいずれも常閑を名乗っており、ここにある常閑は11代目(1675-1712)を指しています。

富山の薬売りの祖にして、備中の売薬の祖であるともされ、食傷、腹痛、めまいとなんにでも効くとされる「返魂丹」なる薬の製法を伝え、それは20種にもわたる生薬や鉱物等の配合によるものであるとか。

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片上商店街 入口

西側の入口ですが、いきなり昭和から時がとまったような看板?!で、量販店が流れ込んでくる前の、これは何屋さん、あれは別の何屋さんで買う、といった具合の個人商店の立ち並ぶ通りだった頃の雰囲気のままに、今の今まで生き続けている、そんなエリアです。

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片上商店街

アーケードが続きながら、寂しげにシャッターの閉まる店が続く様子は、帰らない時の流れを感じさせ、時折店がなくなって、更地になっている所も見受けられ、いかにも商店街という通りは、地方にはこういう状態の所が多いなと感じさせられました。

「片上商店街」とレトロチックな響きの字体の看板が儚げにぶら下がっていたのも、どこか郷愁すら感じました。昭和ノスタルジーを肌で感じられる、そんな通りでした。

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