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28大阪府

2018年11月25日 (日)

JRりんくうタウン駅 (大阪府泉佐野市)

大阪府泉佐野市のJRりんくうタウン駅です。

泉佐野市では南海/泉佐野駅をupした事がありますが、今回は関西空港の隣にあるこの駅の御紹介です。

-JR・南海/りんくうタウン
【路線】JR関西空港線(日根野-関西空港間)
     南海空港線(泉佐野-関西空港間)

【開業】1994年6月15日
【訪問】初訪問-1997年3月
【1日あたり平均乗車人員】 JR-3,112人/日(2016年)
                  南海-5,316人/日(2016年)  

【近隣の都市駅】(関西空港方面)関西空港駅→隣駅 
           (泉佐野方面)泉佐野駅 →隣駅
           (日根野方面)日根野駅→隣駅

●駅名標周辺

駅の開業は1994年、関西空港の開港に合わせてできた駅です。

大阪の陸地と関西空港を結ぶ真ん中にある駅で、JRも南海でも空港線として中間駅の役割を果たしています。

今年の秋には台風の影響で駅機能が停止した事でも話題に上がりましたね。

こちらはJRのホームですが、南海も同居する形になっていて、隣の関西空港駅までこの関係性は続きます。ただし大阪の陸地(本州)側は隣駅がJRでは日根野、南海は泉佐野とそれぞれ別の所へ繋がる格好となっています。

駅名標の真下は時刻表だけでなく、路線図まで載っていました。ダイヤ的には1時間に3本程度で、普通以外に関空快速などは停車しますが、特急「はるか」は停車しません。また南海では特急にあたる「ラピート」は停車します。

ここに初めて来たのは1997年の事ですが、この記事の写真は2009年5月当時のものです。

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●ホーム

2面4線のホームで、外側が南海のホームで、内側がJRのホームとなっています。

高架ホームとなっていて、ここから階段を下りて改札へ向かう事となります。

真ん中の屋根が両サイド柱で繋がっていて、その上に半円状のものが覆った模様となっています。

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●駅を出て

だいぶ夕暮れ時であったので、全体的に暗めの画像になっていますが、駅を出て、いかにも人工的な街づくりを感じさせられました。やはり関空開港に合わせて造られているので、ビルや床やなんやかや人工物に覆い尽くされている感じでした。

向かいここの遊園地で遊んだことがありますが、その時は逆バンジーとかあって楽しみました。1人でここへ来てみると、何しよか?って感じになってしまいました。

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●観覧車

りんくうタウンの象徴的なものとして有名なこの観覧車「りんくうの星」。

高さは85mにもなり、泉州平野など一望できるこの観覧車は1人あたり700円で乗れます。夜はライトアップされていてとても綺麗で、関空から帰ってくる時に目に飛び込んでくるこの観覧車が素晴らしい訳です。

中途半端に暗いとライトアップされた見え方も中途半端です(笑)

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●りんくうタウン駅 駅舎

南海とJRのマークが駅名についていました。

ANAゲートタワーホテル大阪と表記のついたホテルが写っていますが、このホテルはこの写真の2年後の2011年6月に閉館となっています。その後7月にスターゲイトホテル関西エアポートとして開業しています。

りんくうプレミアムアウトレットなどがあるので、そういうところへ行くのも良いかな、というところです。しかし台風が直撃してくると立地の関係上、えらい事になるというのがこの秋の事でよく分かったので、泊まる場所として利用するかどうか、とか考えさせられたものでした。

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2018年9月15日 (土)

大阪/泉南 樽井の街の粋な風景

大阪府泉南市、南海/樽井駅からの歩き旅です。

(2018年4月当時)

●駅前

といっても駅すぐという所でなく、駅前をまっすぐ100m程進んでから右折した辺りの様子です。

商店街の雰囲気があるようなないようなですが、風情ある部分も随所に感じられ、木造建屋も結構目立っていました。

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●またも木造家屋

歩いているうちに出くわしました。

屋根の下の部分には「七」とありました。ここに「水」とあると火除けの意味合いがあるといいますが、七ってなんだろう??な感じでした。

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●坂道を上る

ある意味この一連の道が、個人的に泉南市で最も印象深い風景かもしれません。

この樽井には通算3度来たはずで、最初が07年、次が17年、そして今年…と。

最初の07年はホントに樽井駅前だけしか行ってないので足を下ろしただけで、二度目の17年は、樽井駅からJRの和泉砂川駅まで歩いて行ったのですが、そんなこれという景色に出会えぬまま、という感じでここまできてしまいました。

そして今年…ちょっと進路を変えてみて樽井界隈を歩いて見る旅にしたところ、この坂道に出会えました。プチ・ベタ踏み坂とでもいうか…。進めば進むほど急になっていく坂でした。

この坂は「仁右衛門坂」とか「受法寺坂」などといわれています。江戸時代に酒造業や廻船業など様々な商売に手を広げていた豪商の深見仁右衛門という人物が蔵から荷を運ぶのに便利なように道をつくったそうで、この坂を下っていけば(写真でいえば手前の部分にあたります)樽井の港へと至ります。

樽井の街は地形上このような坂が多くなる構造なのだそうで、3度目の訪問でこれに気づくとは…という感じでした。

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●受法寺

仁右衛門坂を上がった所にある受法寺というお寺です。

この坂が受法寺坂とも言われる所以はこのお寺があるからです。

かつてこの坂を使って港へ向かって荷を下ろしていた事が窺えると思います。

この受法寺は浄土真宗本願寺派のお寺ですが、表の山門はかなりきれいで近年改築したのでしょうか。歴史はよく分かりませんが、この坂が商売で利用されていた頃にあったお寺でしょうか。

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●火の用心!

坂の所を離れて街を歩いていたところに出くわした泉南市消防団の樽井分団です。

シャッターに描かれていた絵がかわいらしくてアップで撮ったのですが、「樽井」の名の入った纏を持つ人のものでした。まぁこんなに嬉しそうに纏を持つのか?ってのもありますが…。

その右側のカットは消防士がオープンカーに乗って消火栓から水を出しているカットで、2つとも何かを感じさせられるようなカットでした。

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●樽井温泉

消防分団のすぐ近くにある温泉施設で、表には「SPA TARUI」とありました。

大阪府下最南端の銭湯といわれていますが、電気風呂やリラックス風呂などお風呂の種類がなかなか豊富なようで、露天風呂もあるようです。

この時に立ち寄ったのが午前中で、営業が15時~であったので残念ながら入れませんでした。広間もあるということで、単なる銭湯ではない雰囲気で、そこがまた惹かれどころでしたが…。全体的に古めかしい感じの銭湯+αという感じの施設でした。

興味おありの方は是非に行って頂いて訪問記を書いてほしいところです(笑)

【樽井温泉】

住所/大阪府泉南市樽井4-25-32

電話番号/

営業時間/15:00~23:00

定休/毎週火曜日

入浴料/一般大人350円

アクセス/南海・樽井駅より徒歩10分

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●茅渟神社

「ちぬ」神社と読みます。平安中期創建とされる歴史ある神社です。

樽井温泉のところから、高いゲートの残ったところの横路地へ入って進んでいくと程無く見えます。昔はこのゲートももっと派手だったのでしょうか。なんとなく往時の雰囲気の面影だけを遺すような雰囲気を感じました。

そしていざ境内へ。

今年が戌年なので、このようなお戌様の大きな絵馬が。

茅渟の語源についても説明が記されていましたが、古代神話の戦いで血の沼になったというものでした。魚のチヌ(黒鯛)にも絡められ釣り人の参拝も多いといいます。

酒樽が沢山置かれていましたが「長龍」が懐かしかったです。今もあるんだなと。TVCMでやらなくなったら自分の頭からすっかりなくなってしまっていたもので。♪なーるほどよいさーけー ちょう~りょお~ って歌でしたっけ。

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●山の井遺蹟

茅渟神社を離れて今度はこのような遺蹟へ。

神武天皇の東征でその兄が矢傷で深手を負い、手当ての場を求めてここの清水で洗い流したというような事が書いてありましたが、色々と歴史的な出来事に遭遇するものですね。という訳でここは記念碑と玉垣などで構成された遺跡公園となっています。

さて、これまで二度の訪問であまり歴史的な部分に触れられず、泉南ならではのものをあまり感じられなかったものが、三度目の訪問は実のあるものとなりました。まさに三度目の正直で、それまで浅く広くしか訪ねられなかったところを、これから少しずつ深く訪ねたい、というのが近年の旅の個人的な理想です。

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2018年9月 7日 (金)

南海/樽井駅 (大阪府泉南市)

大阪府泉南市の南海/樽井(たるい)です。

泉南市では、JR和泉砂川駅をupしていますが、今回は南海での泉南市の中心的役割を果たすこの樽井駅をupします。

-南海/樽井駅
【路線】南海本線(難波-和歌山市間)
【開業】1897年11月9
【訪問】初訪問-2007年4
【1日あたり平均乗降車人員】 7,830人/日 (2016年)
【近隣の都市駅(難波方面) 泉佐野駅 →4駅
          
(和歌山市方面) 尾崎駅 →隣駅

●駅名標

ここへ初めて寄ったのは2007年の事ですが、この記事では2017年再訪時のものをお送りします。

南海での泉南市の中心駅的存在で、隣は阪南市の尾崎駅ですが、泉南市と阪南市で位置関係が紛らわしく、どっちがどっちかよく分からなくなります。南海の路線上で、より和歌山寄りなのが阪南市です。

岐阜県の関ヶ原辺りの東海道線に「垂井駅」というのがありますが、読みが同じで字が違う駅です。

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●ホーム

2面3線のホームで両ホームは向こうの跨線橋で繋がれています。

泉南市の中心的な役どころですが、特急は通過します。

利用者数的には南海100駅あるとして40位くらいという事で、平均よりやや上というところです。

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●跨線橋から

2線の線路がここから見えますが、もう1線は屋根の右側に隠れています。

左側が駅舎側です。

屋根の色がつぎはぎな感じで、所々まだらでした。

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●跨線橋内

割にきれい目な跨線橋に片側だけ掲示物がズラリと並んでいました。

屋根は三角形で突き当りが五角形に見える形のもので、窓は真ん中に並んだタイプのものでした。特に目を見張るものもなく、普通の窓付きの跨線橋でした。

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●駅前通り

向こうへ続くビル右の道が駅から伸びる駅前通りです。

手前の建物は目立ちますがその向こうは、あまり高い建物は見られませんでした。

駅前通りも商店街というより、市街地の一角という感じでした。

JR側の泉南市の中心駅的存在の和泉砂川も唐突に駅が現われる感じで、純然たる市の中心駅としてデンと構えている感じの駅がこの市内にはないな、というのを感じました。

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●樽井駅 駅舎

緑の屋根縁が印象的な駅舎です。

平屋の小さな駅舎ですが、横に長い駅舎となっていて、多少はそこそこの規模感を感じさせるものでした。しかしやはりあまり市の中心的な雰囲気は感じられませんでした。

泉南市にはキーとなる大きな駅がほしいなというところですが、相応の中心的なエリア不在というところでしょうか。

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2018年8月29日 (水)

大阪モノレール/大日駅 (大阪府守口市)

大阪府守口市の大阪モノレール/大日(だいにち)です。

-大阪モノレール・大阪メトロ/大日駅
【路線】大阪モノレール線(大阪空港-門真市間)
    大阪メトロ谷町線(大日-八尾南間)

【開業】大阪モノレール-1997年8月22
     大阪メトロ-1983年2月8日

【訪問】2007年3
【1日あたり平均乗車人員】 大阪モノレール-14,196人/日 (2016年)
           大阪メトロ-16,124人/日 (2017年)
                            
※大阪モノレールは乗車人員
【近隣の都市駅(八尾南方面)守口市→隣駅
           (門真市方面)門真市→隣駅
           (大阪空港方面)摂津駅→2駅

●駅名標

関東の西武や東武のような大きな駅名標が、この大阪モノレールの特徴のひとつです。

大阪モノレールでは終着・門真市の一歩手前の駅です。

ここではモノレールで訪ねたので、基本モノレール駅舎の関連が記事になりますが、同じ場所で高架の上がこのモノレール駅で、これを出てすぐの所で地下へ下りれば、大阪メトロの駅になります。

当駅はモノレールと地下鉄とが同じ場所にありますが、隣の門真市駅はこのモノレールと京阪電車が同じ場所にあります。

大阪メトロとは元の大阪市営地下鉄ですが、これが今民営化され、俗には「大阪メトロ」と呼ばれ、正式名称としては「大阪市高速電気軌道」といいます。今年4月1日に大阪市交通局は、その114年にわたる長い歴史に終止符を打った訳です。

大阪の地下鉄が大阪市外にも延伸しており、ここ守口市にもですが、八尾市へも伸びています。地下鉄駅としてのこの駅の開業は1983年ですが、それ以前の谷町線は隣の守口駅までの状態で、ここから1.8km延伸されてこの大日まで伸びて、以後35年変わらず今に至っています。

本数的にはほぼ10分に1本程度運行されており、何よりここの利便性は伊丹空港へ直通で行ける事です。

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●線路

モノレールの軌道は大抵適度なカーブを描いていて、これがあたかも空へ吸い込まれるように伸びている、そんな風に見えるので、どこで見ても美しいと思ってしまいます。

周りの景色の関わり方も相まって、適度に描くカーブがとっても画になっています。

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●駅前AEON

この大日駅前の象徴的なものといえば「AEON」です。イオン大日店です。

2006年9月にオープンしたという事で、この写真は2007年3月当時のものなので、まだ開業して半年のホヤホヤ状態でした。

地下鉄都は地下道で、モノレールとは2F歩道で、このAEONとつながっており、駅前におけるこのAEONの役割/位置づけたるやただならぬものを感じました。

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●駅前広場

ロータリー上になった広場にタクシーが何台も停まっていました。

子の真ん中にあるシェルターみたいなものはオブジェでしょうか?まさかトイレがど真ん中にあるとも思えませんが…。

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●地下鉄駅

当時の大阪市交通局の大日駅です。

しっかりと天井のついた立派な地下駅舎でした。

なんというか雑な部分が微塵も感じられない、しっかりとした感じの駅でした。

モノレールの高架から降りてきて、その駅舎を出て歩いてすぐにこの入口があり、地下へ行けば地下鉄と連絡状態です。接続がある、という意味ではありません。両者ともかなりの本数停まるので、ある意味自然な接続状態かもしれませんが。

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●大日駅 駅舎

モノレールの駅舎です。

モノレール駅なので高架ですが、大阪モノレールの駅舎はどれも大規模な建物です。

駅前も雑な事なく、床面もしっかり整備され、AEONへの通路があったり、地下鉄も通っていたり、かなり手厚く施されているエリアである事を感じました。

ちなみに守口市では、京阪の守口市駅が中心的存在で規模も大きく、この駅の地下鉄での隣駅はそれこそ「守口」と市名そのものなのですが、いかにもという感じの普通に地下鉄の駅で規模も小さいです。

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2018年8月19日 (日)

JR総持寺駅 (大阪府茨木市)

大阪府茨木市のJR総持寺(じぇいあーる・そうじじ)です。

茨木市では阪急/茨木市駅をupした事がありますが、今回は今年開業したJRの新駅をupします。

-JR総持寺駅
【路線】JR東海道本線(東京-神戸間)
【開業】2018年3月17
【訪問】2018年8月
【1日あたり平均乗車人員】 実績なし(本年開業)
【近隣の都市駅(東京方面)高槻駅→2駅
           (神戸方面)茨木駅→隣駅 

●駅名標

2018年3月17日、JRの摂津富田-茨木間3.7kmの間の駅として、エレベーターでお馴染みの「フジテック」の旧本社跡地につくられ、現在開業後5ヶ月を迎えています。

阪急に「総持寺」駅が既に存在する為、単に総持寺駅ではなく、「JR総持寺」と"JR"が冠された駅名となっています。その為、駅名標にも「JR」とデカデカと書かれています。

この関西圏域の新駅には、私鉄の同名駅が既にある場合が多いので、このようにJRが冠されているケースが非常に多くなっています。確かに場所的に他の名前を付けると混乱の元にもなると思うので、変な名前をつけられず、この形に落ち着いているのでしょうか。

この駅の沿線はほぼ阪急と平行に走っていますが、同じ名前の阪急総持寺駅は徒歩約10分の所にあります。駅名にもなっている総持寺へは徒歩5分程度で行けます。

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●待合室周辺

ホームの様子ですが、1面2線の構造で、隣の茨木駅は快速が停車しますが、当駅は普通のみの停車となっています。真ん中にシンプルな形の待合室があります。この暑い時期はここに入れるかどうかで全然違ってきます。

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●ホーム仕切り

新駅らしく?ホームの柵が設けられており、乗降口がスライドドアの形式となっていて、費用がかけられている事を感じます。

近隣の高槻駅では昇降式のホーム柵が設けられており、沿線も順次そのようにしていくのかは分かりませんが、この柵だけで見れば新幹線駅のような金のかかり具合?!でした。調べてみれば、この二重引戸の柵の採用は「JR西日本初」なのだそうで、驚きました。

改札へはここから降りていく形ですが、盛り土上に設けられたホームであり、高架駅の形ではありません。

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●改札外

階段を下りて改札を抜けて出てきたところです。

南口が公共交通機関の案内が、そして北口は施設関係の案内がありますが、正直なところこれといった何かがあるような感じではありませんでした、高層マンションなどはありますが。ちなみに阪急の総持寺駅へは南へ下る事となります。

バスは阪急茨木市駅行きなど2路線がロータリーに乗り入れてきますが、まだ初期設定というところでしょうか。今後増えていくのかどうなのか、そういう変遷を今後見て行くのも新駅の面白さかもしれないですね。

案内板の隣にある怪獣などの絵は、駅のブロジェクトで展示されているアートのひとつです。

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●北口

北口はロータリーも広場もない、ただ通路だけが線路に沿って伸びている状態でした。

駅を出て右側はいきなり封鎖されている状態で、左側から出るよりなく、これをひたすら歩いて行きました。

通路の右側は工事をしていたので何かしら開けてくるのかもしれません。もっとも向こうの柵のある部分は中学校なので、開けてくるかどうかは分かりませんが。

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●周辺案内図

バスやタクシーのロータリーのある南口にある案内板です。

阪急駅への方向でもあり、駅前の様子から見ても明らかにこっちの方がメインという印象でした。

この地図では下が北向きで、真ん中やや上が現在地であるJR総持寺駅で、左下から右上へ対角線上に走っているのがJRの路線になります。

左上をかすめるように走っているのが阪急線です。左上へ斜めに進むと阪急総持寺駅へと至り、この間が色々地図上に載っており、それなりに色々なものがあるようです。すみません実際には歩きませんでしたが(暑すぎて…)

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●南口周辺

案内板を含む南口ロータリーの様子です。

FUJITECに高層マンションに…とそんな建物は目立ちますが、デパート系や飲食系が前面にある訳ではなく、いかにもつくられた感じの雰囲気でした。

駅前も人で賑わう感じではなく、まばらな感じで、行き交う車もあまりありませんでした。

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●JR総持寺駅 駅舎

南口から見た駅舎です。

北口は先の写真のとおり、通路だけにつき南口からのみ、このように駅舎然とした建物として見る事ができます。

この時はタクシーが停まっておらず、バスの行き来も確認できませんでした。車の行き来は時々あった程度でしたが、これからどうなっていくのやら…というところですね。

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●おまけ

として、これは駅前というより、駅横にあたる部分で、真ん中が高架下でくぐる形ですが、駅入口までは距離がありながらも単なる標識ではなく、れっきとしたJRでの駅名表示がついていました。

北口通路の写真にもありました菅、やはり築堤サイドの石造り部分はやはり印象的な駅でした。

今後、阪急総持寺との連携や周辺駅の乗客取込みや色々と将来が考えられますが、そんな可能性にも期待しつつ、この記事の結びとしたいと思います。

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2018年8月 6日 (月)

大阪/柏原 柏原を愉しんだ3つの方法

大阪府柏原(かしわら)市、JR柏原駅からの歩き旅です。

(2017年8月当時)

●サンプラザ

中野駅ではありません、大阪の柏原駅前にも駅前に「サンプラザ」がありました。ここはホールとかではなく、スーパーマーケットです。

ちなみにここの柏原は「かしわら

兵庫県丹波市の旧・柏原町は「かいばら

滋賀県米原市の柏原はそのまんま「かしわばら」

奈良県橿原市は「かしら」

と、柏原駅の記事にも書きましたが、それぞれ読みが異なります。

駅記事は2006年11月当時とずいぶん前のものですが、今回の街記事はちょうど1年前の2017年8月当時のもので、ほぼ現在の姿といっても良いレベルです。

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●不意に見えた煙突!

柏原市に来て、何か見つかるかな?と適当に歩みを進めていたところ、全く想定していなかったものが見えてきました!

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ということは、温泉??

と思って近づいてみたら…

新柏原温泉 とありました!

ただただ街歩きするだけのつもりでしたが、これを見て「ちょっと入ってみるか??」と急遽方向転換しました。あまり銭湯然とした所へはあまり入った事なかったのですが、表を見て入ってみようという気になりました。

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●新柏原温泉

という訳で、上の写真の所をまっすぐ向こうへ進んで回り込んだ形が、この下の写真の表口になります。

単なる銭湯然とした感じ、というよりちょっとこじゃれた感じもするかな、という雰囲気でした。この年の3月にリニューアルされたそうで、その分こじゃれていたのかもしれません。

そんなこんなで入ってみました、この新柏原温泉。JR柏原駅から約350mで、徒歩で4~5分もあれば着きます。

中に入ればお湯も結構バリエーションに富んでいて、ただの銭湯より充実していました。待合スペースはそれほど広くなく、ロビーに飲み物が売っていたぐらいの感じで、このへんはスーパー銭湯ほどの広さや設備が充実しているわけではない感じでした。

この柏原市を愉しんだいちばん最初は、この温泉でした。

<新柏原温泉>

□住 所 大阪府柏原市大正1-3-21

□電話番号 072-972-3458

□定休日 第1.3.5月曜日

□入浴料 440円

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●黒田神社

新柏原温泉を出て、再び街歩きへと出ましたが、神社が目に入りました。

ここは「黒田神社」

元々は塩殿神社と称していたといいますが、戦禍にあったりなどして藤井寺市の黒田神社祭神などを祀る「黒田神社」と改称された経緯を持ちます。農民の耕している田畑が黒々としていてほしい、という願いからつけられた名前ともいわれています。

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●柏原神社

黒田神社の北に鎮座する形で柏原駅の北西約300mの地点に鎮座しており、表の碑には「正一位 白髭大明神」とありましたが、神社としては「柏原神社」とシンプルなネーミングの神社でした。

柏原市を愉しんだ2つ目はこれらの「神社」群です。

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●三田家住宅

柏原市を愉しんだ3つ目は、このような旧家の眺めです。

ここは「三田(さんだ)家住宅」という旧家で、重要文化財に指定されています。

三田家は「干鰯」や「油粕」などを商い、柏原舟の営業をし、地主としても栄えた家で売るという事で、江戸時代は相当な有力者だったのでしょう。

この住宅は江戸時代の明和年間(1760年代)に大普請が行なわれていますが、これ以降は大きな改修がなく今の世に至るまで、当時の雰囲気を遺した素晴らしい建物である、という事です。

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●寺田家住宅

柏原市で3つ目に楽しんだ「旧家の街並み」としてもうひとつは、この寺田家住宅です。

寺田家は庄屋をしながら、三田家同様に油粕問屋や舟の運営をしていたようです。

建物も三田家同様ですが、2F部分の高さが低く見える「つし二階」構造で、大名などが行列で通る時に、建物で偉そうにしないように?!わざと低く見せているものですね。

建物はやはり明和年間のもので、門や蔵などが登録有形文化財に指定されています。

三田家と寺田家、非常に建物として共通点が多いですが、これらがほぼ真傍に建っているのも面白いですね。競合したのかしなかったのか…。

柏原にこんな旧家が並び立っているなど思ってもいなかったので、最初の温泉の発見といい、嬉しい誤算続きであった、この柏原市の歩き旅でした。

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2017年8月28日 (月)

大阪/阪南 尾崎の街並み 心のふるさと

大阪府阪南市、南海/尾崎駅からの歩き旅です。

(2017年2月当時)

●尾崎駅前の一角

駅記事で尾崎駅に来たのは2007年4月の事で、奇跡的なツバメの飛翔写真が撮れたりしているのですが、それ以外ほぼない状態でもあったので、今回この2月に再訪の形でもう少し周辺を歩いてみようという事で、この記事のネタのためにやって来たのでした。

色の褪せまくった「Coca-Cola」の看板に昭和が遠くなったことを感じます。その時の流れを感じつつ、格安きっぷといういかにも平成らしい自販機があるのもまた不思議な一角と感じます。

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●はんなんマンホール

大きく3つに分かれて、上は生活を豊かにする「水」を表し、左は市の花「さつき」、右は市の木「マツ」が描かれています。

初めて来た10年前は全く意識していませんでしたが、ここは意外と?海辺の美しい街で、今回はその辺りまで足伸ばしができたので実にみのりがありました。

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●駅前道

尾崎駅西側の駅からまっすぐ伸びている道路ですが道幅が狭くて、本通りという感じでありませんでした。それでもここは府道250号(鳥取吉見泉佐野線=約10km)で、駅から伸びている道路では最も幅の広い通りではあります。

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●尾崎神社

尾崎駅から海辺へ向かって歩く道中にある神社です。

1700年頃に当地にて祀られ始めたといわれ、よく奈良時代や平安時代の創建と伝えられたりする神社において、割と歴史が浅いと思ってしまいます。当時疫病が流行し、この平癒祈願として造られたとされています。

当初は八坂神社と称し、1909(明治42)年ごろに今の名になったといわれています。

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●家並み

だいぶ海辺まで来ました。

尾崎の街の魅力はこんな所にあったのか?と再認識させられました。

この通りを見るだけでも雰囲気と情緒に溢れていると感じました。どんな街でも海辺へ行くと情緒出てきますよね、こんなのどかなとこなら尚の事で。

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●本願寺 尾崎別院(外)

街並みを流していたら、白壁が長く続くところがあり、このお寺の塀だったという訳です。

ここは逆に海側でなく、駅方向へと引き返した格好で、尾崎駅からわずか100m程の地点にあり、尾崎駅に来て、壮観に触れ合いたいのであれば、ここへ来ればいい、とすら思えました。

門横の幾重もの屋根が印象的で、いちばん上の屋根のかわいらしさも素敵でした。

大阪に3つある西本願寺の別院のひとつ(他に大阪市の津村別院、堺市の境別院がある)であり、元は善徳寺といっていたそうですが焼失したようで、1598年に時の領主が壮大なお堂を建て、本願寺第十二代宗主の准如上人という人物に寄進し、尾崎御坊と呼ばれるようになったといいます。

その後1700年に火災に遭い(同時期に尾崎神社が祀られ始めていますが…)、再び焼失の憂き目にあったわずか4年後に近くの浜でたまたま巨木を積んだ船が嵐のあと漂着した事から、その木を利用して翌1705年には再建されたといいます。不思議な縁のおかげで、今この姿を見る事ができているのかもしれないですね。

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●本願寺 尾崎別院(内)

境内に入った様子です。いちいち建物が素晴らしいなと。

ただ、このように門が閉じていたりなどしていました。入った門は山門ではない、お勝手のような入口という事でしょうか。人が訪ね歩き、行き交うような雰囲気はありませんでしたが。

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●街並みを往く

白壁の手入れの行き届いた家屋もあれば、往時そのままに?姿を留めた家屋もありで、尾崎の街を象徴するような通りとなっています。こういう姿を見るだけで、非日常の空間に入った気分になって、いかにも「旅してるな」という気分になります。そこに暮らす方々はこれこそが日常なのでしょうが。

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●海辺の風景

最後はこのカットで。

懐かしい街並みから横へそれて、海辺までやってくると、高い防波堤がある道路が続き、この向こうが海なのが分かる風景でした。

この防波堤にのぼって眺めたら、テトラポットが多数積んでありました。ちなみにこの対岸は、淡路島の東部です。

尾崎駅から直線距離にして300m程度でこの海辺へと行き着き、阪南市、尾崎へ来たならこの海まで手軽に足伸ばしできるという訳です。ただちょっとこの防波堤が高いので、向こうの海が見づらいかなという部分はあります。一応、はしご状の階段のついている部分はありますが、気をつけてのぼらないとケガの元ですから。

特別ものすごく目を惹く景色、という訳ではないですが、どこか心和む風景も少なからずで、そういう部分がこのブログを通して少しでも伝われば、と思います。

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2017年7月22日 (土)

大阪/高石 お城からお寺へ、華麗なる転身

大阪府高石市、南海/高石駅からの歩き旅です。

(2012年9月当時)

●史跡顕彰板マップ

高石駅前にあったMAPです。

小学生の郷土関連の本にあるような説明が書いてありました。高石市となったのは、1966(昭和41)年の事で、意外と新しいというかようやく50周年を迎えたところです。市域は東西4㌔南北6㌔とあり、古事記日本書紀の頃からその名が出ていたといわれています。

また海岸の美しさから多くの和歌に詠まれたともありました。この地図を見ても西側はきれいに海に沿っていますが、この高石で実はあまり海を見ておらず、今こうして記事を書きながら、この地図を見るまで、その事に全く気付きませんでした。確かに沿線の駅でも「浜」の名を有するものが多いですが、「松ノ浜」「高師浜(たかしのはま)」など…。

日露戦争時代には大規模な捕虜収容所があったとも記されています。

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●紅白と提灯と

ズラリと並んだこの提灯群はインパクトがありました!!

「綾井」とありますが、住所表記上の地名に綾井というものはなく、字名かと思われます。

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●綾井地区提灯連

提灯は上の写真のように固められているものと、このように通りに面して連なっているものとがありました。だんじり祭りのものですね。 「わが街の情熱!だんじり祭り」と銘打たれていました。高石は岸和田同様にだんじり祭りが盛んで、台数も多くあるといいます。

そして立派なだんじり小屋を有しています。かつては地区の東西に2台もだんじりを擁していたものの、昭和には一時廃れていてだんじりのない時期がありましたが、1983(昭和58)年にだんじりを購入し、この写真の翌年となる2013(平成25)年には30周年記念式典が行われたそうです。

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●寄付金

だんじり祭りの開催には欠かせないものと思いますが、寄付金の額と名が記されていました。しかしこのかっぱえびせんに出てくる海老みたいなので字が隠れてしまっているものも少なからずでした。

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●ポスター

「高石だんじり祭」のポスターが貼られていました。

この時は2012年で10/6・7と開催され、訪ねたのが約10日前であったので、本番を控えて気運が高まっていた頃、というのがこれを見て改めて分かりました。だから提灯が連なっていた訳ですね。そう思うと良い時期に訪ねたなと思います、大体の場合が偶然なので。

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●城蹟山専稱寺

高石駅から南東へ約5分歩いた所にあるお寺ですが、ここはかつて綾井城とされていた地です。門の前の石橋の下に濠らしきものがめぐらされていて、お城であった事を思わせます。城跡であった事からこの山号を用い、また寺名は簡単な表記では「専寺」となります。

応仁年間に沼間清成という人物により築かれたとあり、やがて1544(天文13)年にこの城跡に本寺が建立されたとあり、既にその頃には廃城になっていたようです。敵に攻められて火がつけられたなどという説明も一部では見られました。このようにお寺の真ん前に濠が配されているのは珍しい事といわれています。元がお城であったというその経歴ならではですね。

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●専稱寺境内

最後はこの写真です。

立派な本堂がありました。

「法然上人八百年…」と標柱があり、浄土宗のお寺である事が分かります。それは門の所にも書いてあるので分かりますが…。

高石駅に着いて、歴史的な側面に手っ取り早く触れたいと思ったら、このお寺を訪ねたらよいと思います。やはり寺の真ん前にお堀があったり特異な地形は見ものではないかと思います。

また訪問時期については、だんじり祭りの直前である10月初旬より少し前だと町じゅうに提灯がめぐらされ活気づいているかと思います、全くの偶然の産物ですが…。ダイレクトにだんじり祭りを見たければ、今年は10月8日(土) 9日(日) に開催されるそうです。詳しくはコチラ 

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2017年6月 8日 (木)

近鉄/高安駅 (大阪府八尾市)

大阪府八尾市の近鉄/高安(たかやす)です

八尾市では、同じ近鉄の八尾駅をupしていますが、今回の高安駅はこのほど
新大関になった高安関にちなんでニュースでもその地名が取り上げられていました。

-近鉄/高安駅-
【路線】
近鉄大阪線(大阪上本町-伊勢中川間)
【開業】1925年9月30日
【訪問】2008年3月
【1日あたり平均乗降車人員】 11,538人/日 (2015年) 
【近隣の主要駅 (大阪上本町方面)近鉄八尾駅→2駅 
           (伊勢中川方面)大和高田駅→12駅

●駅名標周辺

大関になった高安とおなじ漢字、おなじ読みの「高安」です。

高安という力士が世に出てきた時に真っ先にこの駅の事が頭に浮かびました。

市の中心でも何でもないふつうの1駅なので、見た目は特に何という事はないの
ですが、かつては高安という自治体の駅でした。

昭和30年に現在の八尾市に編入されるまで、中河内郡の南高安町と高安村と
いうのが自治体として存在しており、それまではその自治体を代表する駅だった
ということですね。

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●ホーム

市の中心でない1駅といいつつも、2面4線のホームをもった駅で、
1日に乗降する利用者は10,000人を越えています。

この駅にある「高安車庫」では「きんてつ鉄道まつり」というものが開かれ、
奈良県香芝市の五位堂などで会場とされてきましたが、ここ高安も2012年
からサブ会場として使われるようになったとといいます。

運転士体験とか電車と綱引きとか、鉄道ならではのイベントとなっているようで、
近年は年1回、秋に実施されているようです。

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●ホーム2

エスカレータつきの階段で改札へ進みます。

この上へ行ったら改札で、これを出ると両側に出口があるといういわゆる「橋上
駅舎」ですが、1961年に供用開始されたといい、私鉄でこの時期に橋上駅舎と
いうのは、かなり早い時期の導入であったとあります。

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●踏切

両サイドに出口がある橋上駅舎である事は、先に触れましたが、それぞれの
階段を下りた先がそのまま出口であり、踏切の両サイドという構造です。

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●鉄柱まみれ

駅舎の橋上部分で、これを渡る形で両サイドの出口へ繋がっています。

しかしこれに被る形で、この鉄柱の数々、すごい複雑な模様と化していて、なにか
アートを見ている気にさえなりました。

「近鉄 高安駅」という表示も、この視点では隠れてしまっています。

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●高安駅 駅舎

階段を下りたところのカットです。

ホームから階段に上がって改札を出て、そのまま通路で二手に分かれて、
このような階段を下りていくだけで、他にさして設備的な物がない駅です。

これから高安関が大関になって活躍していくと、この駅も街もそれに
あやかる形で?注目を浴びるようになる、かもしれません。

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2017年5月30日 (火)

京阪/枚方市駅 (大阪府枚方市)

大阪府枚方市の京阪/枚方市(ひらかた・し)です

枚方市は、大阪府の北東部に位置し、人口は401,688人(2017.4.1現在)で、京都府・
奈良県にも接しています。当ブログで初の40万都市の駅紹介です。

-京阪/枚方市駅-
【路線】
京阪本線(淀屋橋-三条間)
       交野線(枚方市-私市間)

【開業】1910年4月15日
【訪問】2007年3月
【1日あたり平均乗車人員】 46,438人/日 (2015年) 
【近隣の主要駅 (淀屋橋方面)寝屋川市駅→4駅 
           (三条方面)八幡市駅→5駅
           (私市方面)交野市駅→4駅


●ホーム

今から10年前の2007年当時の姿です。

京阪の本線として東西にずっと通っている路線と共に、途中で分岐する「交野線」
起点駅としての役割を果たしており、京阪において非常に重要なキー駅です。

枚方市では、京阪以外にもJR片町線に3駅ありますが、いずれも市の中心的な
駅ではなく、市名を名乗る当駅が中心駅であり、またくずはモールのあるくずは駅、
ひらパーのある枚方公園駅など、主要な駅はだいたい京阪にあるイメージです。

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●駅舎内

ふっとい柱が印象的でした。

そこにカラフルないろんな模様がついていました。

大きな駅である事はここから分かるかと思います。

京阪の大きな駅はだいたい「〇〇市駅」ですね寝屋川、守口、門真と…。

ちなみに駅名は開業時の1910年では「枚方東口」駅であったそうで、1949年に
現在の駅名になっています。「枚方駅」という名になった事はないようで、別に
枚方駅という駅が存在している訳でもないようです。

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●駅前広場

ビルに囲まれて押し狭められたような駅前広場に、とにかくバスがひしめきまくって
いました。

あまり行った事がないので、この時が偶々バスのかち合う状況であったのかどうか
分かりませんが、それにしても結構な数でした。

バスのりばは北口南口共に5番のりばまであり、路線は何十とあるようです。

ちなみにこちらは北口の様子です。

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●南口

こちらは転じて駅前南口の様子です。

真ん前に「ひらかたサンプラザ1号館」というのがあり、またりそな銀行があり、
この辺りは現在もそのままのようです。

1~3号館まであって、1970年代半ばにできたようですが、1号館はビジネス関係、
2号館は旧近鉄百貨店枚方店で、この写真の当時は営業していましたが、
2012年に閉店してしまい、現在は「T-SITE」という新たな商業施設に建て替わり、
2016年より営業開始しています。

3号館は主にグルメ系のようです。

高槻市のJR高槻駅前も似たような形で、こういう形の1号館から3号館のような
構成になっています。

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●枚方市駅 駅舎

京阪屈指の大きな駅舎です。

10年前の姿ですが、今も変わりないようです。

枚方はひらパーの辺りなど行った事があり、また今後も行く予定がありながら、
このような中心部をあまり行った事がないので、今度機会がある時にこの辺りも
もうすこし散策してみたいと思います。

とりあえず枚方は40万都市でこのような大きな駅がある、という事です。

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より以前の記事一覧