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28大阪府

2017年4月17日 (月)

北大阪急行/千里中央駅 (大阪府豊中市)




大阪府豊中市の北大阪急行・大阪モノレール/千里中央(せんり・ちゅうおう)です

豊中市では、阪急/豊中駅をupした事がありますが、今回は地下鉄の延長上にあるこの駅をお送りいたします。

-北大阪急行・大阪モノレール/千里中央駅-
【路線】
北大阪急行南北線(江坂-千里中央間)
    大阪モノレール本線(大阪空港-門真市間)
【開業】1970年9月14日
【訪問】初訪問-2000年8月
【1日あたり平均乗車人員】 47,074人/日 (2015年) 
【近隣の主要駅】 (大阪空港方面)大阪空港駅→4駅 
           (門真市方面)万博記念公園駅→2駅
           (なかもず方面)江坂駅→3駅、新大阪駅→5駅


●駅名標

真っ黒ですが、これは地下駅の壁面を撮っている為で、ホーム上にこういう形の駅名標が見当たらず、壁面のものを撮りました。

ちなみにここに初めて来たのは2000年8月の事でしたが、当時はなんら記録を残さず、2007年に初記録(写真)がありますが、駅構内の記録などがなかったので、2017年4月、つまり今回、きちっと記録を残すために訪ねました。よって、今回記事の写真はほとんど、最新の形のものでお送りいたします。(北大阪急行の方のみですが)

大阪市営地下鉄の御堂筋線(新大阪や梅田、難波などを通る路線)の延長上にある北大阪急行の終着駅で、この駅名標でも隣駅は片側のみになっています。しかし、完全な盲腸線ではなく、大阪モノレールの駅があり、大阪空港駅(伊丹空港)へも直通でアクセスできます。

千里中央って名前はよく聞いていましたが、どこにあるんだろうと思っている方は少なからず居るかと思いますが、豊中市なんですね。ちなみに大阪空港駅というと兵庫県伊丹市にありそうに思うでしょうが、所在地の住所としては実は豊中市になります。

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●時刻表

大阪市内行発車時刻表という形で載っていますが、終着駅につきこの片側の時刻表のみとなります。

見てると8分間隔で出ている感じですね。ここから大阪方面へ戻る時に暫く電車が止まった状態で、

江坂駅の記事でも触れましたが、北大阪急行に属しているものの、ほぼ大阪市営地下鉄へとそのまま直通しているので、新大阪とか梅田とかそのまま乗換なしで行けます。「ほぼ」と書いたのは、極稀に江坂駅のものがあって、なかもず行に連絡という形になっているからです。

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●ホーム

北大阪急行のものですが、1面2線のみの地下駅で、階段やエスカレータで上がっていく形です。

大きな駅の割に1面2線のみというのが意外でした。

いろんな看板類が置いてありますが、桜の季節には桜のセットが置かれていたり、また売店もホーム上にあります。

ホーム上に隣駅表示のあるような駅名標がみられず、柱に駅名だけ書かれたものだけは見つけられた、という感じです。

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●ホームを見下ろし

ホームの階段上から全景が見下ろせる形です。地下駅では珍しい構造ですね。階段サイドの部分が上までなくて、手すり部分までになっている事もそうですが、堀切状になった地下駅という部分も特異ではあるかと思います。

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●改札出て

ホームから上がったらすぐに改札で、これを出たすぐ傍の地点です。

ホームのすぐ上の階ですが、そのホームを囲う形で飲食店はじめとした店の数々が軒を並べています。大阪モノレールへは別の階まで行ってアクセスする事となります。

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●駅前に降り立つ

地上階まで下りてきてのカットです。タクシーが多数待機していました。

色んな出口があるので、色んな駅前の姿/表情があるのですが、こちらは千里阪急という阪急百貨店の店舗ですが、この駅と同じ1970年に開業しています。何といってもこの大量の三角枠がインパクト大のビルです。

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●せんちゅうPAL

せんちゅうとは千里中央の略ですが、北大阪急行の駅から出て2Fの通路から抜けると、多層になったこの専門店街のビル内部を輪切りにした形で見る事ができます。この建物のてっぺんに「せんちゅうPAL」と表記されています。

阪急百貨店があり、この専門店街があって、更には千里セルシーという複合商業施設があり、千里ニュータウンの中心地域として開発が進められたという当地域ですが、とにかく商業店舗はめちゃくちゃ沢山あります。

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●駅周辺

これを駅舎というかどうか?な部分はありますが、駅と隣接した商業施設のビルという状態で、駅ビルといえなくもないのかな?と。しかし、建屋を外から見て『千里中央駅』と表記された部分が見当たらず、駅舎の表現がちょっと合わない気がします。

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●駅案内一角

ここからは2007年訪問時のカットとなります。大阪モノレール側は10年前でも多少記録にあるので、ここからはモノレール側について触れます。10年前の姿ではありますが大きくは変わっていないと思います。

これはバスのりばからの駅への案内です。バスのりばが多数あり、路線はかなり多いです。

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●あちこちモノレール

大阪モノレールの駅へ来ました。パネルとしてデカデカとありました。大阪モノレールの歴史を綴っているのかと思いきや全然違っていて、各地のモノレールの開通年と現況の説明をしたものでした。管理人は4つの街にここまでの生涯で暮らした事がありますが、うち2つはモノレールの有った都市で、いずれも現存していない状態です。

10年経った今もこれがあるのかどうか…

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●モノレール駅

こちらは割と分かりやすい形で、駅名の表示があります。

北大阪急行の駅から千里セルシーを経て、ここへ至ります。

阪急線であれば同じ豊中市内の蛍池駅で乗換えて伊丹空港へ向かいますが、この駅であれば北大阪急行で大阪市内からやって来て、少し歩いてここへ乗り換えれば、そのまま伊丹空港へ行く事ができます。

この駅周辺は千里セルシーのセルシー広場で色々とお世話になりました。セルシー広場がもう使われないと聞いて寂しい限りです。「THE日本の休日」という感じの雰囲気がそこかしこに感じられ、その1つがセルシー広場で行われていて、休日?レジャーの象徴的存在と思っているので、本当に寂しいです。

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2017年4月12日 (水)

北大阪急行/江坂駅 (大阪府吹田市)

大阪府吹田市の北大阪急行・大阪市営地下鉄/江坂(えさか)です

吹田市では、JR吹田駅をupした事がありますが、JR以外の駅として今回はこの駅をupします。

-大阪市営地下鉄・北大阪急行/江坂駅-
【路線】
大阪市営地下鉄御堂筋線(江坂-なかもず間)  
    
北大阪急行南北線(江坂-千里中央間)
【開業】1970年2月24日
【訪問】初訪問-2007年11月
【1日あたり平均乗車人員】 41,665人/日 (2016年) 
【近隣の主要駅】 (千里中央方面)千里中央駅→3駅 
           (なかもず方面)新大阪駅→2駅 


●ホーム

駅名標周りの様子です。

2007年初訪問当時の様子ですが、去年も行った限りでは現在も大きな差はないと思います。

大阪市営地下鉄と北大阪急行の境目の駅で、どちらにも属する格好となっていて、大阪市外の吹田市にありながらも大阪市営地下鉄の駅となっています。大阪の玄関駅的存在である新大阪駅までわずか2駅という至近にあり、実に交通至便な場所に位置していると言えます。

個人的には江坂MUSEというライブハウスに行った事があります。大阪MUSEというライブハウスもありますが、そことは姉妹店のようです。現地では、ローマ字表記とされているのでOSAKA-MUSEとESAKA-MUSEでより一層姉妹店、という感じがします。

あとは江坂公園のイベントなんかも行った事があります。

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●ホーム2

線路に沿ってのカットです。

右側に見えているホームは2番線、桃山台・千里中央方面という事で、ここから北大阪急行の路線になりますが、運行上では明確な区別はなく、大抵は直通であり、地下鉄目線からそのまま北大阪急行路線まで一気通貫していきます。

ただし運転士・車掌さんはここで交代するそうです。千里中央までの3駅だけを北大阪急行の運転士・車掌さんが対応するという事でしょうか。千里中央駅からは大阪モノレールが通っています。

という事は、反対側は大阪市営地下鉄路線となり、新大阪や梅田、堺市のなかもず方面へと至ります。

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●江坂駅

駅舎というより、ホームとこの歩道橋が江坂駅という感じで、建物として駅舎が存在するとか意識した事がないですね。地上を通る地下鉄というか。「江坂駅」という表記もこの歩道橋の橋の部分と、階段の入口の部分との印象のみです。

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●江坂公園入口

江坂駅前のカットを1コマだけ。駅から程無くのところにある江坂公園の入口にあたる部分の三角の池。「カスケード」とよばれる階段型水景施設という事で、7段構造になっていますが、夜はライトアップされています。

江坂公園は時々ステージが組まれてイベントが催されていて、去年たまたま通りかかったらダンスパフフォーマンスとか色々やっていました。ビールでも飲みながらそんなイベントを見るのもいいかなと思ったりしました。

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2017年4月10日 (月)

阪急/豊中駅 (大阪府豊中市)

大阪府豊中市の阪急/豊中(とよなか)です

豊中市は、大阪府の北西部に位置し、人口は396,014人(2016.10.1現在)で、大阪府では5番目の人口を有する市で、大阪市以北の北摂地域で最大の人口であり、大阪空港駅も所在地としては豊中市内であり、大阪市営地下鉄の延長上にある北大阪急行の駅があるなど、大阪北部の交通の要衝といえる地であります。最近では連日話題になっている森友学園の件で、売却された国有地がここ豊中にあるということです。

-阪急/豊中駅-
【路線】
阪急宝塚線(梅田-宝塚間)
【開業】1913年9月29日
【訪問】初訪問-2006年11月
【1日あたり平均乗降車人員】 54,027人/日 (2015年) 
【近隣の主要駅 (梅田方面)十三駅→6駅 
           (宝塚方面)池田駅→3駅 


●ホーム

ホーム内のカットがこれだけにつき、こんな写真からのスタートです。

市名を名のる駅でありながら意外にも1面2線のみのホームで、ただ高架駅ではあります。利用者数が阪急全駅中10位とかなり上位にあり、また特急こそ停車しませんが、他の全ての列車は停車するのに、この規模は全くの意外です。

ちなみにここへの初訪問が2006年でこの次に訪ねたのが2007年につき写真もすべてそれらのものです。大きくは変わらないのでごちゃ混ぜに載せています。

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●屋根

駅は2F出口があり、2Fは通路に広場にスペースが取られていて、その2F通路の屋根部分はこのような複雑な模様のもので、相撲の土俵の上に吊り下がっている屋根部分のようでした。

この2Fスペースの事もあり、駅舎全体像をなかなか掴みにくい状態でもあります。

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●ニッショー豊中駅前店

現在は阪急に吸収されて「阪急オアシス」となっているようですが、大阪の主要都市の駅前に何店かあったな、と思って見ていました。このトマトみたいなマークが目印ですね。JRだと千里丘の駅前'(摂津市)にあったのを覚えています。

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●豊中駅 駅舎

40万都市の中心駅らしい大きな駅舎ではありますが、駅前がせせこましい感じで、ゆったりしたロータリースペースもなく、駅前通りのような明確な大通りもあるように感じられず、夜に駅前でとこで食べようか?あまりなくて困りながらたこ焼き買った覚えがあります。

ホテル宿泊こそしたものの、駅前をあまりゆったりと歩いた事もなく、豊中ではここよりは千里中央駅の方へよく行くので今度はそちらの方をお届けしても良いかと思っています。しかしこの豊中駅前も神社なりには行ったので、その辺りは記事にできるかなと思います。

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2017年3月24日 (金)

大阪/四条畷 小楠公さんと畷の里

大阪府四条畷市の旅の様子です。

(2016年12月当時)

●幻の年…

通常はどこかの駅からの歩き旅、という形でお届けするのですが、今回はJR四条畷駅からの様子で、また四条畷市では忍ヶ丘駅しかupした事が無い為、いきなり街の景色から入ります。ちなみに四条畷駅は存在しますが、四条畷市ではなく、大東市(大東市と四条畷市との境)にあります。

それで四条畷駅から適当に歩き出してみましたが、ここは大東市になります。一見何てことのないように見えて、「えっ??」と思うような文字が目に飛び込んできました。ここに写っているお店、 「創業昭和六十四年」ですって。年が明けて7日しかなかった幻ともいうべき昭和64年創業のお店に出くわしました。こうして活字で見るのは実際初めてでした。当時は世間的に自粛ムードも色濃くで、なかなか物事を始めようという雰囲気も薄かった頃ですから本当に貴重だと思います。 焼肉屋さんです ⇒コチラ


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●大東-四条畷の境目で

四条畷駅から歩いてきただけあって、駅が大東市にあるといっても、四条畷市と接していて、しょっちゅう大東市に行ったり四条畷市に行ったりを繰り返していたような気がしますが、このダイエーグルメシティのあたりにも大東市と四条畷市の境があったとは…!!そんなこんなで四条畷市の旅記事ながら、大東市の様子も度々出てくることとなります。

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●楠木正行公墓地

ここから本格的に四条畷市内の様子となります。これは昨年末の様子ですが、管理人自身が四条畷市を訪ねたのは忍ヶ丘駅に行った際の2007年5月が実質的な最初となります。

楠木正行(=くすのき・まさゆき 1326?-48)は南北朝時代の武将として建武の新政で名を馳せた楠木正成の息子で、正成を「楠公」様と呼ぶならば、正行は「小楠公」とよばれています。正行は四条畷の戦いで、足利側の高師直らの軍に敗れて自害して果て、この墓所に葬られたといいます。「小楠公御墓所」といわれています。

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●12月の銀杏

上と同じ小楠公公墓所はこのような公園状になっていて、これは去年12月の様子ですが、銀杏の葉が多数散っていました。まだ葉は残っていて、陽の光と相まってちょっといい光景にもなっていました。四条畷駅に来たなら、寄っても良い癒される空間のひとつかと思います。四条畷駅から北西へ約600メートルの位置にあります。

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●商店街

小楠公御墓所を東へ抜けてすぐの通りです、向こうが四条畷駅方面になります。

ちょっと賑やかな感じの商店街が続きます。

商店街ってこのブログでもその通りの様子を少なからずあげてきましたが、寂しいものが多く、でも大阪の商店街はどこも賑やかだという事を感じさせられます。これは人が通っていないのを狙って撮っていますが、人が少なくても店それぞれに活気を感じます。

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●更に商店街

四条畷駅へ向かって進んでいくところです。

一部閉まっていて、人通り無さ気ですが、開いている店は活発な印象でした。

そして線路の手前まで進んだ所で右へ曲がると程なく、四条畷市から大東市へと入る事となり、その傍には四条畷駅があります。こうして記事を書いていても、撮った写真をみていても、どの写真が大東市で四条畷市で…といった事が分からなくなってくる事多々でした。

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●バス停(大東市)

四条畷駅に戻って、再び大東市の様子を!

ここからバスに乗って、四条畷市某所へ行く事としました。

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●イオンモール四条畷バス停

四条畷駅からバスでやって来たのはここです、「イオンモール四条畷」!終点です。

四条畷駅からバスで15分程度、\230でした。イオン行きのバスってのは色んな街でみかけますが、イオンとバス会社がつながってんのかな??という気もします。

といっても、ここが目的地でやって来たのではありません。

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●イオンからのバス

の時刻表です。

四条畷駅までのバスもあれば、京阪寝屋川市駅までの便もあります。歩きだとちょっと厳しいので、ちょっとぐらい待ってでも足がない場合は、バスを使った方が良いと思います。

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●AEON

と青空のカットです。

バスがここまでだったので終点まで乗ってきました。

AEONの写真をこんな風に撮っていますが、かなり店舗から離れた所で撮っています。

というのも、このブログを見た方はお分かりかと思いますが、とにかく色んな所でいろんな写真を撮っています。それなりに気をつけて写真を撮っているつもりでもあります。そんな中で唯一といっていいほど、撮っていて制止されたのがAEONでした。「撮影許可得てるの??」などと。全くの店外なのに、人が全く写らない形でもダメなんだとか、どんだけ秘匿性あるんだよ??と思いましたが、警備員に猛烈に止められました、それからというもの特にAEONではまともに撮らないよう気をつけています。

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●畷の里温泉

イオンと道を隔てて向かいに立つ日帰り温泉です。

ここに来るためにイオンまでバスに乗って来たのです。

帰りは最寄となる忍ヶ丘駅まで温泉から出ている送迎車で送ってもらいましたが、その時は年配の運転手から「にぃちゃんどこ行くんや?」てな感じで訪ねられました。なんでそんな上からやねん?とか思ってビックリしました。

とにかく温泉でホッコリしてきました、大阪の各都市でなかなか見るモノがない、という時にこんな風に温泉に浸かってくるとこれがまたいい思い出になるなと思いました。口の荒いおっちゃんに訪ねられたのも四条畷の思い出となりました。

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2017年3月 8日 (水)

南海/高石駅 (大阪府高石市)




大阪府高石市の南海/高石(たかいし)です。

高石市ではJR東羽衣駅という、1駅だけの盲腸線の駅をupした事がありますが、今回は市名を名乗る中心駅の御紹介です。

-南海/高石駅-
【路線】
南海本線(難波-和歌山市間)
【開業】1901年4月13日
【訪問】初訪問-2007年3
【1日あたり平均乗降車人員】 9,463人/日 (2014年)
【近隣の主要駅】 (難波方面)浜寺公園駅→2駅
            (和歌山市方面)泉大津駅→3


●駅名標

南海の駅につき、駅名標はちょっと小さ目でライトな感じです。

隣に羽衣駅がありますが、JRでは東羽衣駅があります。

高石市では、市名を名乗る駅はJRにはなく、この南海の方にあります。岸和田なんかもそうですね。泉大津、泉佐野など大阪の南部は割とそういう所が多いのかなという感じがします。昨年2016年で現駅名になってちょうど50年になり、それまでは「高石町」という駅名でした。

そういえば昭和期の吉本新喜劇に高石太という芸人さんがいました。床へ放り投げられて腹から滑りこんで、服をまくってふっとい腹出して「あつーあつー」というギャグをやっていました、高石と聞くとなんとも懐かしいこんな話を思い出してしまいます。

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●ホーム

2面4線のホームで、ここは3番線という事で、なんば方面になっています。3・4番線はなんば方面で、右側の1・2番線は和歌山市方面となっています。

基本的に優等列車の類は通過し、各駅停車のみ停まる状態です。2005年を最後に準急の停車が無くなったといいます。

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●ホーム2

ホームを繋ぐ橋が見える側の様子です。

ホーム屋根は緑の柱に骨組みで韓国の鉄道駅でこういう色遣いをよく見ましたが、これに近い感じでした。

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●反対側

1・2番ホーム(和歌山市側)の様子です。

特別、市の中心駅的な雰囲気は感じられませんでした。優等列車も停車しないし、沿線の中の1駅にすぎないかな、という位置づけだと思います。

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●工事

ホーム横では工事が行われていたこの2012年当時。

この時何をやっていたのか全くといっていいほど意識していませんでしたが、今振り返って調べてみると高架化工事であったと。なので現在は下り線は高架に切替られており(2016年5月より)、この記事でお送りしているホームの姿は失われていっています。そういう意味では今回記事の様子は、在りし日の貴重な姿という事になるのでしょう。

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●駅前広場

駅を出ると歩道スペースが広がっていながら、せせこましく店が軒を並べている感が強くて、圧迫感すらありました。この辺りも高架化によって変わったのでしょうか、今から4年半ほど前の姿なのですが…。

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●噴水

高石駅前の名物的存在ともいえるこのゴツゴツした噴水ですが、撤去という話をネットで見つけたのですが真偽はよく分かりません、今度また見に行ってみるかですが…

ここは噴水広場としてライブが行なわれていたようで、そのような書き込みはよく見受けられました。

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●高石駅 駅舎

どうみてもこれは市名を名乗る中心駅の駅舎ではないだろう、と思わされるほど、規模の小さい駅舎でした。現在は高架化によって駅規模も大きくなっているようです。これまでが小さすぎたのかな、というところです。単に橋上駅舎で両出口がついてるだけの駅舎でしたので。

ともあれ、今回この駅記事を載せるにあたり、高架化されている事を知り、また最新の姿を見に行ってみたくなりました。こういうのもあるので旅の欲は尽きないものだ、と益々思い知らされます。

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2017年1月26日 (木)

大阪/大阪狭山 日本最古のため池「さやまいけ」

大阪府大阪狭山市、南海/大阪狭山市駅からの歩き旅です。

(2013年4月当時)

●さやまいけ!

いつも駅からの道のりをたどりながら、こういう名所に行き着く構成にしているのですが、この時は最初から狭山池目的で行った為に、いきなりこのカットにしています。

大阪狭山市駅自体に初めて来たのは2007年9月の事ですが、この時は単に駅をたずねるのが目的でもあり、駅の真ん前を歩いただけで立ち去りました。それから5年半後の2013年春にこのように「そうだ狭山池に行こう!」と思い立ってやって来たという訳です。ちなみに大阪狭山市駅からは徒歩約10分の所にあります。大阪狭山市駅って『〇〇市+駅』という駅名では日本一長い駅名という事になりますね(笑)

そうして来てみたら、この池は1400年の歴史を今に伝えるだとか、日本最古のため池とか、これは期待以上のワードが次々続々と飛び出してくるではないか!という感じでした。

そうしてこの階段を駆け上がったのでした。

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●概要の看板

階段を駆け上がって、池が見える所へ。

まずは概要を書かれたこの看板を。

狭山池「公園」という事で、単に池だけでなく、周囲含め公園として整備された地であります。

総貯水量は280万㎥とあります。一般的な?学校の25mプールで大体360㎥との事で、これが約8,000個ある格好になります。周遊路2.85kmとなるのは、池の外周が約2.8kmあるという事で、1周歩くだけでもちょっとした運動になります。

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●注意事項

貴重な野鳥の生息地という事で、色々な注意事項が看板に書き連ねてありました。

当初は目立つように赤字で書かれていたのでしょう、しかし今や色褪せてしまったのか、逆に見えなくなってしまっていました。まるでチェックペンで色をつけてからチェックシートを被せた時のように(分かる人には分かる)

とにかくすっかり穴埋め問題みたくなってて、目立つどころか逆に当てはまるものを考えさせられてしまいました(笑)

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●いざ、池の景色!

さて、ようやく池のカット登場です。

階段を上がって右側にあたります。

こうして見ると、何てことのない風景のように思えるかもしれませんが、実際この池の景色を視界いっぱいに目にすると、なかなか壮大というか、素晴らしいなと思えるのです。

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●木橋!

池のど真ん中を渡るような橋はありませんが、橋の部分で、直角に折れながら続く、すごく渋い木橋がこの池にはあります。

つい最近の狭山池観光のブログを見ると、この木橋が工事中で通行できなかった、とありました。定期的にメンテナンスしているんでしょうか。

でもホントにこの木橋の存在があるからこそ、単なる池に終始せず、公園としての側面もしっかり持つ事ができているのかな、と感じました。

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●木橋の屋根下から

池の上にある木橋の端っこが、ちょっとしたスペースになっていて、休憩ではないですが、くつろげるというか、少しだけ広くなっています。

下に柱1本で支えられていて、端から見るとなんともいえない危うさすら感じますが、いざ立って見るとひんな事は感じなくて、むしろ柱1本で支えられてると意識しながらここにいると、ちょっとスリリングな気分になるかもしれません。

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●色んな角度から

池を見てみました。

丘の上からこのように池が見える事もあってか、なかなか全体の形が分かるような撮り方ができませんでした。なので、左端とか右端とか真ん中とか、そういう断片的なカットばかりになってしまいました。もっと池を見ての感動を伝えたい訳ですが、なかなか伝わりづらいですね。

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●狭山池博物館

ここの特徴は単に池の公園だけでなく、池の博物館があるという事も、その大きな特色のひとつです。

奈良時代に「敷葉工法」という方法で築かれた堤を起源にして、以後何度も改修を繰り返されてきたという1400年余りの歴史をもつ最古のため池であり、その事を後世に伝える役割を担う施設というところですね。その歴史は東樋(ひがしひ)の年輪年代測定結果からも証明されており、写真に転がっているものも相当な歴史をもつものと思われます。

川の歴史、橋の歴史など色々なものに歴史がある訳ですが、普段見るようなため池にも歴史ありで、改めてそんな所に目を向けると面白い発見があるかと思います。

おかけで、大阪狭山といわれてそれまでぴんと来なかったものが、狭山池という自分の中で明確に代名詞として浮かぶものができて、本当に良かったと思います。大阪狭山に来たなら、狭山池をまず観られては??と思います。

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2016年11月27日 (日)

JR吹田駅 (大阪府吹田市)

大阪府吹田市のJR吹田(すいた)です

吹田市は、大阪府の北部に位置し、人口は377,783人(2016.10.1現在)で、千里ニュータウンとして大阪市のベッドタウン的ポジションとして有名で、また1970年に開催された万博の会場としても有名で、太陽の塔はその象徴的存在として今もインパクトを放ち続けています。

-JR吹田駅-
【路線】
JR東海道本線(東京-神戸間)
【開業】1876年8月9日
【訪問】初訪問-1999年6
【1日あたり平均乗車人員】 22,430人/日 (2015年)
【近隣の主要駅 (東京方面)茨木駅→3駅
           
(神戸方面)新大阪駅→2駅

●駅名標周辺

ブレブレになってしまいました…

ここに初めて来たのは、1999年6月の事でした。新大阪のメルパルクホールで太田裕美さんのコンサートがあって、その時に足伸ばしに寄りました。吹田市そのものでいうと初めて訪ねたのは更に遡り、1989年2月の事となり、大学受験で行きました。〇大前駅って所でしたが(笑)

割と近くながら寄る事が意外に少なく、新大阪駅の2つ隣駅ながら、新大阪とは行く頻度が格段に違います。ここは各駅停車しか停まらないので、近隣の茨木や高槻よりも行く(寄る)機会が少なくなってしまいます。

2005年に6年ぶりに再訪して写真にて記録は残していますが、性能の悪い携帯で撮ったものにつき、かなり見栄えが劣り、それ以来寄ってないのでは??と思い、つい今月のはじめに寄って撮ってきたものが、今回記事の写真となります。なので当駅記事の写真の殆どは今月のもので鮮度は十分です。(これ以外のものは撮影時期を明記します)

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●ホーム

2面4線のホームとなっていますが、実際使われているのはこの右側の3番線と右側ホームの左の線である2番線のみで、両面の内側にある路線のみという事になります。両面の外側は通過列車用の線で、利用される事が無い為、各々柵が設けられています。

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●ホーム2

上の写真と同じホームで、4番線が左、3番線が右の形で、4番線部分の柵がより分かりやすく見えると思います。東海道線の駅なのでやはり屋根のあるゾーンは広く取られています。

吹田市でJRの駅としては当駅と岸辺駅の2駅のみで、市名を名乗る中心駅ではありますが、阪急吹田駅というのも別の地にあります。JR以外では阪急千里線に数多くの駅があり、大阪モノレールや大阪市営地下鉄、北大阪急行などにも吹田市の駅があります。

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●時刻表(京都方面)

京都方面につき、東へ向かう「上り」方面の時刻表です。

普通列車しか停まりませんが、本数はこのような形で大体の時間帯は1時間あたり8本あります。

市の中心駅にしてこの辺りで新快速が停車しないのは、京都の方で向日町・長岡京などにもありますが、人口30万以上で新快速・快速すらも停車しないのはここだけです(西宮は快速が停車)。ここよりも人口の少ない、高槻には新快速が、茨木には快速が停車しますが、ここには停車しないのは単に新大阪に近いから等の距離的な部分かと思っているのですがどうなのでしょうか。

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●駅前広場俯瞰

駅を出て2F部分通路から左側へ逸れて、駅前を見下ろした様子です。

タクシーのたまり場としてキッチリ整備されていますが、ハテ前回行った時こんなだったっけ??の疑問が湧き出しました。確かこの辺はバスターミナルで2F通路からいくつも階段が下りていなかったか??と…、そればかり頭にありました。

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●吹田駅前2005

これは2005年訪問当時の駅前の様子のひとつです。

先日訪問して、駅は変わってないと思いましたが、駅前広場は変わってるんじゃないか?と思わされたので、帰ってから下の手持ち写真で確認したのですが、2F通路が真ん中に通っている自体は変わっていないのですが、サイドの部分がえらく変わったな、と…。

通路から下りている↓これらの階段が殆どなくなっていましたsign03

昔ここに行った時に、2F部分から各バスターミナルへ降りていく階段の分岐の多さに「ムカデ通路」と勝手に呼んでいたのですが、いつの間にか無くなっていたのです。どうやら各バスターミナルへと階段で降りていくのはバリアフリー上の不満がある、等色々要望があったようですね。駅前がかなりゴチャゴチャしていた印象が強かったのですが、実にスッキリした構造になっていました。

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●AEON吹田店

駅前広場の左端を眺めた様子です。

やっぱりそうか、変わったか!というのがここを見た時の第一印象でした。

というのも吹田駅前といえば、ダイエー吹田店の印象が強く、結構長く残っていた印象も持っていたのですが、この度訪ねるとさすがに無くなっていたな、と。そしてAEONに変わっていました。しかしそれでも、今年の3月まではダイエーであったというから驚きでした。

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●ガンバ!

上の写真のAEON吹田店の建物の中にもチラッと見えていますが、ここ吹田はガンバ大阪のホームグラウンドである市立吹田サッカースタジアムがあります。

そんな関係か12人目の選手扱いのものがこうやって出てきているのですが、このゴリラ?大変インパクトありました。

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●駅前右端

転じてこちらは右端へと視点を移してのカットです。

駅前広場の中心がタクシーシェルターで外周がバスのりばという感じですね、以前は真ん中に各方面のバスのりばがあって、ホントにだいぶ様変わりしました。駅舎の変化がほとんど感じられなかったので、気づくのに時間がかかってしまいました。

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●吹田駅 駅舎

茶色を基調とした、他の周辺各モールと同化したかのような色遣いの駅舎となっています。

これだけ大きな駅で普通列車しか停車しないとは…位置的なものでしょうかやはり。他の地方なら新幹線停車駅レベルの規模かと思ってしまいますが。

この向こうにはAsahiビールの工場があり、これもまた吹田を象徴する存在かと思います。

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●おまけ

2005年当時の吹田駅の一部です。画素数の粗い携帯で撮ったものなのでかなりアレですが、、10年ちょっと前も駅舎は同じである事が分かります。

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2016年10月23日 (日)

水間鉄道/水間観音駅 (大阪府貝塚市)

大阪府貝塚市の水間鉄道/水間観音(みずま・かんのん音)です。

貝塚市では貝塚駅 をupしましたが、今回は貝塚市内を走る「水間鉄道」というローカル路線の駅についてお送りします。

尚、記事タイトルは現駅名である「水間観音」駅としていますが、この訪問当時は2007年で、当時は単に「水間駅」という駅名でした

-水間鉄道/水間観音
【路線】水間鉄道水間線(貝塚-水間観音間)
【開業】1926年1月30
【訪問】2007年10
【1日あたり平均乗降車人員】 1,463人/日 (2010年)
【近隣の主要駅(貝塚方面)貝塚駅→9駅

●水間鉄道へ

これは貝塚駅でのカットですが、南海の改札を出て、駅出口へ向かうところにこのような水間鉄道専用の券売機が設置されていました。なのでここで南海の切符は買えません。

水間鉄道は貝塚駅を始点としており、終点・水間観音(当時・水間)駅まで5.5kmの短距離を貝塚市内のみで結んでいます。

運賃表は見えづらいですが、終点「水間」まで280円となっていました。これは当時のもので、現在は「水間観音」駅まで290円となっています。ちなみに運行時間は約15分です。

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●駅名標周辺

当時の駅名「みずま」の形で、現在は「水間観音」と改称後の、漢字表記の駅名標となっているようです。

終着駅につき片側のみ隣駅表示のある形です。

ホームが2番線まであるのが見て取れます。

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●ホーム

一見、1面2線に見えますが、1番線から見て線路の向こうにもうひとつホームがあり、2面2線となっています。

終着駅らしい、頭端式のホームになっていて、ホームからまっすぐ歩くとそのまま出口に至ります。

ちなみにこの水間鉄道、社内で車掌が切符を切るシステムがまだ残っている稀有なところで、今現在もあるのか分かりませんが、この2007年当時、貝塚駅からここへやってくる途中で、車内で車掌さんが乗客1名1名回って切符を切っていて、「まだこんなのやってるんだ」と驚いたものでした。

何故やっているのか調べてみると、ワンマン方式に馴染めないお客が多く、致し方なくやっている部分があるとの事で、わずか5.5kmの路線内でこれをやらざるを得ない状況もあるのですね。

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●駅前広場

宅急便代行の看板のある家屋が印象的でした。最近こういう所でまだこのような業務をやっていたりするのか、なんか気になってしまいます。

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●水間観音駅 駅舎

これも当時の「水間駅」表記のものになります、というところですが、この後2009年に「水間観音駅」となった現在でも、この「水間駅」表記は変わっていないようで、出入口の庇の下の部分に「水間観音駅」なる表記のものがぶら下がっているようです。

この駅舎も変わっていないようで、開業した1926年当時のものが残っており、今年でちょうど90周年になる訳ですね。付近にある「水間寺」(水間観音)をモチーフにした素晴らしい駅舎となっています。水間鉄道沿線すべて含めても、最も沿線を象徴する代表的な観光名所ともいえると思います。ちなみに水間寺へはここから徒歩7分とされています(実際行きましたが…)

駅前広場があまり広くないですが、このようにバスは駅の真ん前まで乗り入れてきて、これを出るとまた普通の幹線道に乗る事となります。

この水間駅は「近畿の駅百選」に入る駅でもあり、奈良や京都ではなく、大阪にこのような寺院風の駅舎がある事にも価値があると思います。

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2016年9月11日 (日)

阪急/摂津市駅 (大阪府摂津市)

大阪府摂津市の阪急/摂津市(せっつし)です。

摂津市では、JR千里丘駅をupしましたが、今回は阪急で摂津市にある駅をお届けします。

-阪急/摂津市駅
【路線】阪急京都線(十三-河原町間)
【開業】2010年3月14
【訪問】2012年2
【1日あたり平均乗降車人員】 11,769人/日 (2014年)
【近隣の主要駅(十三方面)十三駅→7駅
           (河原町方面)茨木市駅→2駅


●駅名標

2010年に阪急86番目の駅として開業した新駅です。ちなみに長岡京市の西山天王山駅はこの3年後に開業しています。この時は開業後約2年の状態で訪問し、当時では阪急の最新駅でした。

摂津市では、JRで千里丘駅、大阪モノレールでは摂津駅、南摂津駅、阪急では正雀(しょうじゃく)駅とあり、JR・阪急・モノレールの順に西からほぼ平行に走っていますが、これに加えて開業され、JR千里丘とモノレールの摂津駅との間に位置する格好となっています。

摂津市の玄関口として、の役割で開業されたというのが駅名からも感じ取れます。駅名のローマ字表記は「Settsu-shi」と間に「-」(ハイフン)が入っています。

ダイヤ的には普通しか停まらない為、他駅と比べると少な目、というところです。

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●ホーム

2面2線のシンプルな構造で、普通のみの停車で、設備的にもシンプルではありますが、実は日本初の「カーボン・ニュートラル・ステーション」であり、「エコで始まる新しい駅」として様々な環境配慮がなされています。

太陽光発電、LED照明などによりCO2排出量を約半減、排出量枠の購入で計算上、CO2排出ゼロにする予定、という内容も開業前に謳われていました。

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●駅前風景

摂津市駅を出て、駅前広場周辺の様子です。

JR千里丘駅より南東約500mの地点に位置しており、また大阪モノレールの摂津駅とは約1kmの距離があり、摂津市の玄関口を標榜して開業されたものの、摂津市に関してはいろんな鉄道会社の路線が乱立して、それぞれ平行に走っているという印象で、どれが中心なのか?やはり確固たるものを感じなかった、のがこの時の気持ちでした。新駅がてきたもの良いのですが。

阪急でいえば、高槻市駅、茨木市駅もJRの市名を名乗る駅から一定の距離があり、ここも同様、という感じでした。

バスとしては千里丘駅行きが多数出ているようです。

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●駅前風景2

上の写真の駅前風景から、やや左に目を転じた様子です。

この階段を上がって行くと、川沿いの公園状のエリアになります。街なか歩きとは違った形での、ちょっとした散歩に適したエリアです。

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●レンタサイクル

駅前にありましたが、設置箇所がコチラにありました。

朝6:30~という事で、朝早くに来ても利用できるのがいいですね。1日利用で電動車が420円という事で、電動車は駅によって置いていないところもありますが、この駅にはあるようです。時間制ではなく1日利用でこの値段(普通車では310円)というのがまた嬉しいところです。

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●駅前通り

駅前広場を抜けての通りです。

とにかく高層マンションが存在感を示している、そんな感じでした。

東口の出口から見て、左側が先ほどの階段→公園エリアならば、右側はこんな風にすっかり街なかという、非常に対照的な街の表情になっています。

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●摂津市駅 駅舎

後に出来る西山天王山駅もそうですが、新駅ってどこかの間に需要があってできる事が多いせいか、規模の小さい駅が多く、ここもそんな感じでした。ただ「摂津市」と市名を名乗る駅であったので、大きめなのかな、と期待して向かってみましたが、違ってました。

隠れた日本初の駅だったりするのですが、今後駅という設備がECO化を推し進める拠点となる、そんな端緒にここがなれば、という思いもあります。

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2016年7月12日 (火)

大阪モノレール/彩都西駅 (大阪府茨木市)

大阪府茨木市の大阪モノレール/彩都西(さいとにし)です

茨木市では阪急/茨木市駅をupしていますが、この駅はその隣駅となります。膳所と書いて「ぜぜ」と読む難読駅のひとつでもあります。

-大阪モノレール/彩都西駅-
【路線】
大阪モノレール彩都線(万博記念公園-彩都西間)
【開業】2007年3月19日
【訪問】2007年10
【1日あたり平均乗車人員】  7,471人/日 (2014年) 
【近隣の主要駅 (万博記念公園方面)万博記念公園駅→4駅

●駅名標周辺

大阪モノレールの支線であり、正式名称を「国際文化公園都市線」といいますがと通称として「彩都線」の名で通っている路線の終着駅で、盲腸線である為、この先は行き止まりの状態です。

開業が2007年3月とまだ10年経っていない駅ですが、この訪問時も同じ2007年の10月ということで、開業後約半年の状態で訪ねました。もう9年も前の姿ですが。

この彩都と称されるエリアが国際文化公園都市という名のニュータウンとして開発され、そこに万博記念公園からモノレールを通らせた格好で、起点から4駅あるものの距離にしてわずか2.4kmという短いものとなっています。

ダイヤ的には昼間は20分に1本程度で、それ以外は10分に1本が多くなっています。

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●レール

モノレールにつきこのような形となっていますが、モノレール駅はどこも見晴らしが良くて本当に絵になります。

彩都西という駅名が示すように、同じ彩都エリアに中部、東へと延伸計画はあるそうですが、現在のところはここ彩都西で止まっている状態です。

2004年に最初の街開きをしたという事で、この当時が2007年、まだまだ開発はこれからという感じだったのでしょうか?これ以来もう10年近くも行っていないので、今どうなっているのか分かりませんが。

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●ホーム

モノレール駅でありながら、ホームからは上る形で改札へと向かう構造で、橋上駅舎となっています。

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●駅屋根

V字切れ込みの入る形の明かり取り窓がてっぺんにあって、凝った模様で何気に見る者を惹きつけて?きます。

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●改札へ

ホーム階段を上って改札へ向かうところです。

当時まだ開業半年だけあって、実にきれいでピカピカでした。

今約10年経って少しは年季が入ってきたのでしょうか。

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●駅を出てみて…

角度によってその風景が全然違うところが驚きでした。

山や緑が一面に続く何にもない所もあれば、高層建築物が続く所もありで、ある意味ニュータウンの側面を如実に見た思いもありました。

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●駅前ロータリー

ダイソーがあるのが見えました。

2007年当時はまだこれだけの光景でしたが、その後歳月を重ねて、この辺りももう少し充実してきたのでしょうか、久しぶりにまた寄りたくなるばかりです。

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●彩都西駅 駅舎

大きな橋上駅舎とこれに沿うきれいな道路が美しい風景を織りなしている、その一言でした。

駅舎自体は窓がいくつもついていて、ニュータウンに見合うようなオシャレなセンスが感じられました。

この先の延伸がいつなされるかは分かりませんが、とにかく少しでも早く再訪して見たいものです。ついこないだ行ったばかり、と思っていましたが、もう9年も経っていたのか…という感じで。これまで一度行った所は行かない、という考えを持っていましたが、やはり変わりゆく景色はその度目にしたい、と思うようになりました。これもまた旅の醍醐味ですね。

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https://blogcircle.jp/commu/17/topic/6

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