2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

21岐阜県

2017年7月18日 (火)

岐阜/土岐 トキの流れと共に…

岐阜県土岐市、JR土岐市駅からの様子です。

(2005年8月当時)

●駅から目線

土岐市駅を出て眺めた様子です。

何せもう12年も前の姿なので、今はどうなっているか…というところですが。駅記事の紹介からも6年経ってしまい、今やこの当時の画像を残しておいて良かったレベルかもです。

これ以来確か土岐には行っていないと思うので、もっとちゃんと巡りたいと思います。この時もホント駅前をちょこっと歩いただけでした。まず訪問を優先していた事もありまして。

時計の向こうは「よろづやビル 土岐パセオビル」として今も存在しているようです。マンションの下の階にこのビルテナントが入っている格好でしょうか。一見、昭和からの小規模パチンコ屋かと思いましたが…「TOKI PASEO」という表記と色遣いなどが。

Dscf0105_2

●商店街

昔ながらの歩道のみアーケードつき商店街が駅前にありました。土岐市駅前(南側)を直進した所です。

ここから12年経ってこの形を保っているのか?と思って調べてみたら、2015年にアーケードの撤去工事が行われたといいます。老朽化が著しいという事で、2F部分は商店主の住居スペースなのでしょうか?昭和40年代を中心に建てられたものでしょうか??写真撮ったら各建物の建設年代が特定できるアプリでもあればいいのに、と思ったりしますが(笑)

そんな事で、この辺りの様子も変わったのでしょうね、こういうのを聞くとまた行かねば、という気にさせられます。この姿は今は亡き姿になった訳で、貴重なカットとしてここにあげる事ができて良かった、と思います。この土岐駅前はかつてアーケードがあったのだ、という事を伝える事ができるので。

Dscf0109

●中央小橋

土岐市駅から南へ200m程直進した所に小さな川があり、そこにかかっている橋がここにある「中央小橋」です。

昭和7年に竣工し、平成7年には修景されているというこの橋、普通の小橋よりちょっと金かかってる感があり、欄干の部分にちょっとした柄が入っています。

下側の写真には「ビジネスホテル土岐」への案内看板が出ていました。土岐市駅から南へ直進し、この中央小橋を渡って左折し、100mも行かないうちにあります。この辺りは、JR沿線で恵那、土岐市、瑞浪、中津川…などと小さめの街が続いていきますが、このようなリーズナブルなホテルが少しずつあったりします。

Dscf0110
Dscf0111

●商店街2

更に駅から進んで行った様子です。

右側の手前にバス停がありますが、ここは今はEDIONが入っています。当時は分かりませんが、建物からして到底元々EDIONであったとは思い難いですね。

左側ですが、今Google Mapで見ると、殆ど更地になっているようで、これら店店は現存しないようです。

Dscf0112

●商店街終点

上の写真で向こうにゲートが小さく見えていますが、これでした。

ハートキアと銘打った土岐市商店会のゲートです。しかし今ハートキアで検索してもほとんど出てきません。これもGoogle mapで見ましたが、現在このゲートは存在しないようです。

Dscf0113

●中央橋

土岐市駅から、商店街→中央小橋→商店街→中央橋と、南へ直進したのが今回記事のルート取りです。中央小橋の方は小さな川に架かる橋ですが、こちらは土岐川という幅の広い川の上を流れる橋です。

土岐川は庄内川の岐阜県内を流れている部分で呼ばれているものです。

この河川敷では、毎年7月に花火大会が行われ、今年もその「土岐市織部まつり」というものが、7月23日に行なわれるそうです。

Dscf0114

●土岐市駅へ戻る

最後は土岐市駅に戻った様子です。

コンクリート色丸出しの懐かしげなビルがそこかしこにあって、さすがに12年も経てばこの辺も変わってしまっているかな、と思ってこれまたGoogle Mapで確認すると、今もほぼこのまんまで返ってビックリしました。

いつも鮮度のない記事ばっかり書いていますが、実質的に鮮度は保っている、そんな街もある訳ですね。ここの場合は、駅前はそのまんまで、商店街が構造の変革を迫られているという感じで更地になったり、アーケードが撤去されたりしているのですね。

いずれにしても駅から直進しただけで終わってしまったので、次の訪問機会をつくって、もう少し深い旅らしいことを今度はしたいものだと思っています。

Dscf0116

2017年7月 2日 (日)

JR岐阜駅 (岐阜県岐阜市)

岐阜県岐阜市のJR岐阜(ぎふ)です

岐阜市は、岐阜県の南西部に位置し、人口は404,749人(2017.5.1現在)で、
岐阜県の県庁所在地で、かつては大規模な繊維問屋街として栄え、長良川の鵜飼
も有名です。

新幹線の駅がある県でありながら、この県庁所在地である当市に新幹線駅がない
という状態であり、これは
佐賀県(新鳥栖駅のみ)や群馬県(高崎駅と安中榛名駅)、
滋賀県(米原駅のみ)
等と同じ形です。

ここ岐阜の場合は名古屋が割に近くあるという事や新幹線のルートによる部分も
あると思われ、当県では岐阜羽島駅のみが新幹線駅として存在している状態です。

-JR岐阜駅-
【路線】
JR東海道本線(東京-神戸間)
      高山本線(岐阜-猪谷間)

【開業】1887年1月21日
【訪問】初訪問-1993年7月
【1日あたり平均乗車人員】 31,656人/日 (2015年) 
【近隣の主要駅 (東京方面)尾張一宮駅→2駅 
           (神戸方面)穂積駅→2駅
           (猪谷方面)鵜沼駅→5駅


●駅ホーム

ここへ初めて訪ねたのが1993年の事でありますが、その後2005年、2010年など
に何度か訪問していますが、本記事では
2011年訪問当時の写真をお送りします。
(ここ5年くらい行ってないかな…というころでもあり)

JR東海道本線に属しながら、高山本線の始発駅でもあり、この美濃から飛騨地方へも
つながる交通の要衝的存在です。

名鉄にも同名の「岐阜駅」がありますが、少し距離があり、ここから出て北へ
200~300m程歩いた所にあります。降りて真ん前にあるという感じではないので、
「別の場所」という印象が強いです。

Img_0976
Img_0975

●ホーム2

向かいのホームから線路越しのカットです。

ちなみにホームは3面6線あり、東海道本線では上りが1・2番線、下りが5・6番線、
高山本線が3・4番線という構造になっています。

このホームに名鉄岐阜駅があればもっと便利だと思うのですが、距離的には
200mくらいでも、出てすぐに視界に入らないので、全く別の距離がある所、
にしか思えないですね個人的には。

Img_0974

●駅前噴水

駅前広場に噴水がありました。

ビル群をバックにすると画になるな、と思って撮ってみたものです。

個人的には右向こうに写っている中日新聞のマークを見ると、岐阜駅前に来たな
という事を実感します。

この噴水、夜見るともっと綺麗ですよ。

Img_1587

●駅前広場から

の景色です。

末広がりの階段が、本当に漢数字の「八」のようで、なかなか縁起良さ気な
雰囲気でした。どこかスタジアムのような雰囲気を感じました。

階段を下りてからの広場スペースも広く取られていて、ゆったり感は満点です。

Img_1588
Img_1589

●黄金の信長

駅前の象徴的存在となっている「黄金の織田信長像」です。

右手に持っているのは鉄砲でしょうか。

織田信長といえば、尾張というイメージが個人的に強くて「岐阜??」と思ったの
ですが、1567年に信長は岐阜に入城して天下統一の足掛かりとしていき、同時に
この地を「岐阜」と命名したのも信長だといわれており、非常につながりの強い
存在だったのですね。

確かに信長にとって美濃という地は、マムシとよばれた斎藤道三がじっくり腰を据え、
なかなか攻略できない所で、斎藤家の代が変わったところが狙い目だったのかなと。

2017年、信長の岐阜入城・「岐阜」命名の450年を記念してプロジェクトが立ち上げ
られています。 ⇒ コチラ

Img_1592

●夜の噴水

夜は駅前が広範囲にわたってライトアップされており、どこもかしこもとにかく
綺麗です!

噴水はこの時はあまり出ていませんでしたが、このようなブルーラインを描いて
いるかのようでした。

Img_1580

●駅前ネオン

昼間の風景で撮っていませんでしたが、駅の2F部分から街の様子を眺めると、
なかなか素晴らしいもので、夜にこれを撮るとこんな感じになります。

通路脇の何の変哲もない?柵が、夜になると一転してブルーに染まり、
ピカピカネオンの一帯をけん引しているかのような存在になっています。

ブルーラインが曲線を描きながら、向こうへ伸びていっている姿はまさに
「近未来都市」さながらの雰囲気でした。噴水を中心としてアレンジのスポットライト
が当たっている感じも素晴らしかったです。

最近、各町で駅前の夜のこういったライトアップの類があって、とても綺麗ですが、
岐阜駅の夜景もなかなかのものです。

Img_1573
Img_1574
Img_1575
Img_1577

●岐阜駅 駅舎

駅舎前に通路が出ていたり、だだっ広い駅舎であったりして、なかなか全体感が
分かるようなカットが駅前では撮りづらく、これは泊まっていたホテルから見下ろして
撮ったものです。その分詳細が分かりづらいかもですが…

通路があちこちに伸びて立体交差している様が分かります。高架駅になってから
このような形になったのでしょう。1997年に高架駅が完成し、2004年には高架化事業
が完全終了されたとあり、1993年に初訪問して2005年に再訪するまで、一連の
事業が行われていたところだったのですね。

県内の大垣駅に比べると高さでは低いですが、横の長さは断然長く、さすが県下を
代表する駅、というところです。

Img_1581
Img_1584
Img_1585
Img_1583

●1993年の岐阜駅

最後に、初訪問時の駅の様子です。

1997年に高架駅になる前の岐阜駅の姿ですが、この時期に訪ねて写真に残して
おいてよかったとつくづく思います。

駅舎の形や構成物、前に停まっているタクシー、すべてがゴツゴツ感に満ち溢れて
いるような、そんな印象を今となっては受けます。てっぺんの看板類も当時を象徴
していて、こういうスタイルの駅舎って今やかなり少なくなり、寂しくもあります。

0028

2016年10月12日 (水)

岐阜/美濃加茂 太田・星座散りばめられた街

岐阜県美濃加茂市、JR美濃太田駅からの歩き旅です。

(2013年11月当時)

シティホテル美濃加茂

のロビー?入口部分です。

このホテルは駅記事にもその写真が載っていますが、2009年宿泊時にも利用し、この2013年の再訪時にも利用させて頂きました。美濃太田の駅南口を出て左すぐ前にある実にアクセス至便なホテルなのです。

1F入口部分は旅行会社が入っていて、これを更に中へ入って行ったところです。フロントは右端に覗いている階段を上がった所にあります。

にしてもこのクリスマスの飾りつけは出迎えには素晴らしすぎて、夜泊まりに来る時にものすごくほっこりした覚えがあります。

Dsc09432

●街道マップ

"江戸と昭和に出会うまち"美濃加茂市、と駅の案内板に記されていました。

ここは江戸時代に中山道の「太田宿という宿場町として栄えた地で、中山道最大難所のひとつである「太田の渡し」がある、とあります。岐阜というこの内陸部に水の難所?と思っていたら川なんですね。

確かに江戸時代は舟運で栄えた地が多く、川というのは重要な交通機関のひとつだった訳で、この絵にもその事が現われていると感じます。

ちなみに太田というのは、この地の以前の自治体名でもあり、その時は加茂郡太田町と名乗っていて、やがて自治体名が変わる時に太田の名は駅名や住所として地名としては残りながらも、自治体名としては「加茂」の方が使われ、加茂市は新潟県にもあった為か、「美濃」加茂市と旧国名が冠された形になるという、ちょっとミスマッチな事になってしまっています。「美濃加茂市の美濃太田駅」という…

Dsc09439
Dsc09441

●いざ!

さて、ではここから、美濃太田の駅からの歩き旅開始です。

までは駅前通り。そこそこの高さのビルがいくつか見え、幾分市の中心駅前の通りの雰囲気は出ていると感じます。

Dsc09445

●この星座は…?

なんでしょうか??

美濃太田の駅前通りにはこのような、星座の像が並んでいるのです。

ちなみにこれは…

「うお座」です。

美神アフロディーテが息子と散歩をしていたら、怪物と呼ばれるデューポンと出会ってしまい、川に飛び込んで魚になる事で難を逃れたといい、うお座はこの時の姿が空に上がったもの、と言われています。

と、下の説明文に書かれていました(笑)

Dsc09446

●金色

この星座は、分かりますね??

「おひつじ座」です。

羊なのにフカフカでなくて、また角もすごいですが、角がこれよりすごい羊も実在するんですね。

この通りで、色んな星座の具現物が像として表れていますが、これが最もインパクトありましたね。街の中にそびえたつ、金の羊ですsign03

Dsc09448

●美濃加茂マンホール

日本ライン下りの船と、舵を取る船頭さん、だそうです。

この美濃加茂市から愛知県犬山市までの木曽川ラインの峡谷を日本ラインと呼びます。「日本~」とはまた壮大な名前だな、と感じざるを得ないですね、

Dsc09450

●「太田駅前」交差点

十六銀行などの金融機関があり、その他いろいろとビルが続いていく通りで、美濃太田の駅から南へ100m程の地点です。

2枚あるうちの上側は駅からまっすぐ(南下)の方向、下側は右へ曲がった形のものとなります。

十六銀行のどっしりとした雰囲気とてっぺんの看板がより都会感を演出しているように見え、人口5万そこそこの市の中心駅前よりもっと栄えてる雰囲気を感じました。といっても人で賑わっている訳ではありませんでしたが。

Dsc09451
Dsc09452

●おうし座といて座

その通りですが、いちいち造りが見事だなと思ってしまいます。

いて座の傾き具合なんていい感じです。

Dsc09453
Dsc09454

●「太田町」バス停

駅から南へ300m余り直進した辺りにあるバス停です。

こちらは「東鉄バス」というバス会社のバス停で、東鉄とは「東濃鉄道」の略で名鉄グループのバス会社です。

「鉄道」の名が示す通り、元々は鉄道会社で笠原線(多治見市)や駄知線(土岐市)などという路線の電車が走っていましたが1978年までに廃止されてしまい、現在はバス一本で運営しています。

Dsc09459

●これは何座??

「てんびん座」です。

つい、天使みたいなのが天秤を両肩にかけて…みたいなのを想像しがちですが、ここのものは全然違っていました。ジャンヌダルクかと思いました(笑)右手には剣のようなものを持っていたので…

Dsc09463

●あい愛予約バス

「おでんくん」ではありません。

美濃加茂市のコミュニティバスです。あい愛バスという路線バスが複数路線で1日数便ずつ出ていますが、こちらの「予約バス」の方は一定区域内で走っている予約制のバスという事で、前もって電話して下さい、とありました。

ちなみにこの絵にあるのは「美濃加茂定住自立圏のマスコットキャラクター「かも丸」です。プロフィールはコチラ  江戸時代生まれだそうです(笑)

Dsc09464

●太田本町

美濃太田駅から南へ500m程度進んだ所の「太田本町1」交差点より程ない所で、これを右折して中山道の道を西へと進んで行きます。

さすが街道の通りというか、渋い懐かしげな建物が軒を並べています。「太田宿」を冠したお店も。下側の写真の「魚武」は「うおぶ」と読むようです。仕出し屋さんで、お祝いの席の料理なども賜っているとか。

Dsc09466
Dsc09468

●木曽川へ

太田本町1の交差点から更に南へ進めばすぐにこの木曽川へ行き当たります。

太田宿のこの木曽川の辺りが中山道屈指の難所と言われていたそうで、太田宿の版画も川での舟の航行や舟を待つ人が描かれていましたが、この辺りがその絵の現在の姿になるのでしょうか。

下側の写真は橋をupにしたものですが、西側を向いて撮ったもので、「中濃大橋」という橋です。木曽川に架かる国道41号上のバイパス道であり、長さは380m、1969(昭和44)年竣工式が行われています。こんな立派な橋でも、もうできて50年近くになるのですね。

Dsc09474
Dsc09476

●太田稲荷

最後はこのカットで。

お稲荷さんらしい、赤鳥居の続く様子はどこで見ても見事なものですが、これは街道沿いのお寺『祐泉寺」に含まれているものです。

Dsc09483

2016年8月30日 (火)

岐阜/瑞穂 みずほのほづみは虹のトンネル

岐阜県瑞穂市、JR穂積駅からの歩き旅です。

(2013年7月当時)

●虹のトンネル

穂積駅の高架下のトンネルです。駅記事にもこんな虹のトンネル載せていましたが、絵が違います。記憶が定かではないですが、反対側のものではないかと思います。駅記事は2007年4月当時のもので、今回記事分はその6年後に再訪した際のものです。

駅記事の写真があまりに乏しく、再訪してもう少し時間をかけて歩いたものですが、そのおかけで今回記事になんとか載せられるくらいのネタはできたかな、という感じです。

Dsc03996

●バスのりば

穂積駅のバスのりばです。

前回訪問時に確認できなかったのですが、駅前広場の外周部部分がこんなに濃いブルーのバス専用ゾーンがあったとは!こんな印象的なものは撮らない手はない、と言わんばかりに撮りました。

で、ここののりばの行先は「大野バスセンター」というものでした。どこにあるのか?と思っていたら揖斐郡大野町という郡部の町役場の前なのだとか。「大野穂積線」として走っています。鉄道が配線となってしまった大野町を訪ねたい場合は、ここからアクセスすれば良い訳ですね。

Dsc03999
Dsc04000

●バスのりば2

こちらは朝日大学のスクールバスのりばです。

朝日大学って岐阜県にあったのは知っていましたが、詳しくどこにあると意識した事がありませんでした。それで調べてみたら瑞穂市穂積…ってここではありませんか!普通に岐阜市とか勝手に思っていたので…

Dsc04002

●県道188号

穂積停車場線ということで、停車場線というのは、よくある駅前の道路ですね。

建物でぎっしりの駅前通り、という訳ではありませんでした。

Dsc04004

●穂積郵便局

穂積駅から200mほどまっすぐ歩いたところにある本局です。

2F建て部分だけ見ると、こじんまりした感じですが、右側に平屋の部分があり、そこそこの広さになります。

1918年開局という事で、再来年に開業100周年を迎えます。

Dsc04005

●穂積郵便局バス停

その郵便局のバス停です。

穂積駅の隣の停留所になります。

穂積駅の所で載せた写真のバス停は「岐阜バス」というバス会社のもので、ここの分は「みずほバス」とあり、瑞穂市のコミュニティバスと思われます。

路線図を見ると3路線走っており、時刻表を見ると、各々の右回り、左回りという形で運行されており、料金は一律100円となっていました。どの路線もだいたい1日に4~5本程度で、利用するならよく時刻を見て、という事ですね。10、13、14時台は全ての便が全く走っていない状態でした。

「みずほ」の「み」から一筆書き状に飛び出ているのがちょっと面白かったです。

Dsc04006
Dsc04007
Dsc04008

●街灯の上

駅前通りの街灯の上部をアップにしたものです。

何かよく分かりませんでしたが、太鼓持って叩きながら踊っている感じでした。

Dsc04011

●瑞穂市掲示板

こういった市や地域の掲示板は、その地域ならではの物の宝庫ともいうべき存在なので、特に意識して撮るようにしています。

千日詣り、とかシビれます(笑) それにやはり「盆踊り大会」とか、ローカル丸出し感がいいですね。後にもなかなかな記録に残り難いものであればある程、こうしてカットとしておさめるのは貴重な事ですし。

Dsc04016

●モーニング

そこそこ歩き回って、朝食頂こうかという事で寄った喫茶店「とらいあんぐる」さんです。

食べログはコチラ

最近思うのは、喫茶店減ったな…という事です。外食チェーンやコンビニなどは増えて、非常に便利になったように見えますが、こういった喫茶店の方が居て落ち着きますし、地域に根差した感をすごく感じるんですよね、昔っから喫茶店巡りが趣味みたいなもんだった自分からすると。

メニューが色々あった印象ですね。このお店。3年前で記憶が薄れかけていますが、メニューが多かった事だけは覚えています。位置的には穂積駅の南300m程度でしょうか。

Dsc04019

●時は、止まれり

最後になりますが、この昭和感満載の風景。

いまや「洋品」という言葉が死語になり、というか、我々も子供時代は洋品店って普通にありましたが、それが何を意味するのかよく理解していなかったです。そうこうしてるうちにだんだんこういう店舗はなくなっていきました…。

そして下側は酒屋さん(三乃一酒店)とパン屋さんだったのでしょうか。パン屋さんの方は庇がへしゃげてしまって、すごい形になってしまっていますが…。昭和にヤマザキデイリーストアなどないので、ヤマザキパンの看板のかかったお店は大抵純粋なパン屋さんでした。お店に入るとほぼパンだけ売ってるという。ディスプレイとか明かりとしかそういうの度外視で、とにかく売ってる中で食べたいパンを買うという、そんなスタイルだった気がします。

こういうスポットがある街は大抵なにかしら記憶に残り続けます。

瑞穂市穂積、ミズホのホズミ、ご当地らしい歴史に触れるとかそういう部分はなかったものの、この風景もこの街の歴史であり、なかなか良い街でした。

Dsc04022
Dsc04023

2016年6月 8日 (水)

岐阜/恵那 大井なる宿場町!

岐阜県恵那市、JR恵那駅付近の様子です。

(2005年8月当時)

●駅前通り

今からもう10年以上前の鮮度のない記事になってしまいますが、逆にここから今どう変わったのか、変わっていないのか、また実際に確かめに行きたいところではあります。(2009年再訪時はほとんど変化なしでした)

3F建てぐらいの中層の建物が続く感じでした。ちょっと横道それると一転して古めかしい店が軒を並べてたり、雰囲気が変わるので、そういうところも見どころかと思います。

Dscf0025

●更に進む

駅前通りに入っての様子です。

やはり中層の建物が続いていて、小都市なりの駅前通りの体を保っている感じでした。歩道もそれなりに整備されていました。

この辺り両サイドにコーヒーショップがあったように記憶していますが、今もあるのやら…?

Dscf0026

●横道入れば…

恵那駅前広場向こうすぐの信号から駅前通りを歩いた次の信号、駅から50m程の地点になりますが、ここを左折した所です。いかにも地方らしい商店街のいでたちがそこにはありました。

「中山道」の看板と共に街道らしい街灯が並んでいましたが、実際の街道はここよりもう一つ駅から離れた平行に続く道路になります。

Dscf0029

●中山道の案内

上の写真より更に駅から離れて平行な通りへ、これこそが旧中山道の街道となります。

この地は旧中山道の大井宿として栄え、この辺りには数々の見どころがあります。街道に沿って歩き旅すれば、恵那の旅としてはそこそこ収穫が多いものになるかとは思います。

Dscf0030

●中山道大井宿

という名の居酒屋がありました。あまりにもダイレクトな名前すぎて忘れられません。検索してもなかなか出てこず、現存しないのかもしれませんが。

Dscf0031

●大井橋

大井宿の雰囲気を漂わせるエリアから橋を渡ろうとすると、その欄干に江戸時代の宿場町の絵がズラリと並んでいました。歌川広重の中山道大井宿の絵は、すっかり積もった雪の上を歩く人々のカットでした。

この橋の下を流れる川は阿木(あぎ)という木曽川水系の川です。「大井宿」というと大井川を連想しがちですが、大井川は静岡県の川ですねdelicious

Dscf0034
Dscf0033

●大井村庄屋古屋家

全体像のない雑な写真ですみません、当時はかなりこういう撮り方的なものを意識しておらず、建物があったら、その建物が写ってさえいればいい、という気持ちでしか撮っていませんでした。

天保元年から約20年間庄屋を務めたとあり、江戸末期に要職を務めた家柄という事ですね。村長(むらおさ)というか、そんなところでしょう。

間口が27m、奥行きが65mあり、茶室にまた特別茶室があるというなんとも贅沢な部屋割りのようです。2Fは高さが低く見える「つし2階」という構造です。高く見せると大名行列でお殿様が通る時に「なんだこの家は!」という事になるので、控え目につくっていたのだとか。

ここにはこの庄屋古屋家の方に庄屋古山家もあったりしてややこしいです(笑)

Dscf0038

●明治天皇大井行在所

行在所は「あんざいしょ」と読みます。

岩井邸という邸宅ですが、宿場町の時代は大井宿の旅籠であったところです。

というかこれもまた雑な撮り方ですみません、どんな建物か分からず、間口しか撮っていないという雑さ、記事にするに値しない気もしますが、こういうものがあるという事だけ見せておきたいと思います。

岩井邸とありますが、岩井氏が所有したのは明治に入ってからで、江戸末期は伊東弥兵衛という当主が庄屋を務めていたそうです。1880(明治13)年に伊藤氏が当主の頃、明治天皇がお泊りになるという事で、その際に造られた風呂や部屋などは、当時のものが今も残っているという事です。

Dscf0040
●下問屋場跡

大井宿の下問屋場跡という事でこの案内板だけが建っている格好です。

問屋場が上と下2ヶ所あっちという事で、コチラは下問屋場であったといいます。

ここにあるように人や荷物の継立事務を行っていたという事で、宿役人と下役人で月の半分ずつ上と下で交互に勤務していたとあります。

Dscf0041

●中山道ひし屋資料館

先に庄屋古屋家に古山家というのもあって紛らわしいというような事を書きましたが、この建物こそが「古山家」の方です。ひし屋は「菱屋」という屋号であった事からきています。

中山道大井宿の有力な商家であったところで、当時の様子へと改修復元しているといいます。当時の当主がたしなんだ俳諧など古文書もあり、大井宿や近隣の村に触れる資料もあるといいます。尚、入館料は大人200円と有料です。

Dscf0042

●大井宿いろいろ

大井宿を示す標識あれこれという事で載せました。

もう少し建物をきっちり取っていればマシな記事になったところが、当時まだブログもやってなかったし、とにかく姿かたちだけ何かしら撮って、自己満足の達成感を得ていただけだった、というのが今にして思えばよく分かります。見せる要素がなかったなと。

今同じ個所を巡って撮ると、だいぶ違った様子になるかも。そういうのを感じに再訪するのも面白いかもしれませんね。とにかく恵那市は大井宿。そういう事で(^^

Dscf0045
Dscf0047

2014年9月10日 (水)

岐阜/郡上 長良川in北濃

岐阜県郡上市、長良川鉄道/北濃駅の駅前風景です。

(2010年5月当時)

●北濃駅の解説

まずはこれから。

北濃駅にあった解説板です。

この時、郡上市を初めて訪ねるにあたり、郡上八幡の駅とこことどちらにするか迷いました(時間的に両方はムリという事もありました)が、長良川鉄道で最果てまで行く事にして、ここに行き着きました。

美濃太田から実に72.1km。郡上郡白鳥町と旧自治体名で表記されていますが、現在は「郡上市」です。海抜は446㍍。さすが内陸部、です。

ご案内として色々出ていますが、ちょっと歩きで行くには遠いですね、、レンタカーかタクシーが要るレベルです。周りのアバウトな地図もありましたが、殆どスキー場という感じでした。

Himg0073

●駅前道路

駅前に通りがあるという感じのロケーションではありません。

こういう幹線道沿いにポツンと駅があるという感じで、右側は川です。

Himg0077

●橋

上の写真の右端にチラリとのぞいて見える橋を渡るところです。

五月に入っていながらまだ桜?!が咲いているような所でした。

Himg0083

●川

この川は長良川です。

鉄道も「長良川鉄道」というくらいなので、付近を流れる川も当然それな訳です。「長良川艶歌」のあの長良川ですね。「日本の水浴場88選」の中で唯一、河川として選ばれているという素晴らしい川でもあります。

この辺りでは南北に流れていますが、少し北へ行くと、西へ90°ぐにゃっと折れ曲がます。

Himg0082

●川 反対側

橋から、今度は反対向いての景色です。

左が街側であり、駅もこちらにあり、右が山側となります。

川の眺めの素晴らしさ、自然に恵まれ、休日の気分転換にはうってつけの場所と思います。

Himg0084

●この花は…

サクラか桃か…サクラにしては濃いかなと思いましたが、時にGW真っ只中で、この辺りでは桜でもおかしくはないのかな…とも思いました。いずれにしても5月初めにこんなピンクの綺麗な花を見れたことが、ここ郡上市北濃のいちばんの個人的ハイライトかもしれません。

そんなこんなで、短い距離の旅?!でしたが郡上市でした。今度は郡上八幡のお城を見たいところです。

Himg0087

2014年7月21日 (月)

岐阜/下呂 温泉宿の街並み

岐阜県下呂市、JR下呂駅からの歩き旅です。

(2013年11月現在)

●下呂駅前

下呂駅と向かい合う形で土産物屋等の店が並びます。

あまり都市ではない所の観光地に時々ある風景ですね。箱根湯本とか木曽福島とかこんな構造でした。飲み食いできる場所が駅近くにあるのは助かります。

Dsc09549_2

●駅前広場中心

駅前広場の中心は単なる植込みエリアではなく、龍の口から水は出てるし、「白鷺が見つけた 下呂の温泉」なる説明碑があるわ、両サイドには街灯が立っているわで、さすが観光地。なかなか手間と金がかかっています。

Dsc09550_2
Dsc09551_2

●歓迎 下呂温泉

と、あるオブジェ(屋根の発達型?!)を挟んで、右側に下呂駅、左側は駅前の物産展街です。駅前の充実具合が窺い知れると思います。

Dsc09559

●下呂マンホール

下呂温泉が「白鷺が教えた温泉」という事で、その白鷺が前面に出ています。

それでもって「いい湯 いいまち 下呂のまち」のフレーズが横に入っています。白鷺の足下は温泉なのでしょうね。

Dsc09555

●赤と黒

2010年に日韓共同制作として作られたドラマ「赤と黒」のロケ地として、この下呂駅が使用されたそうで、下呂での撮影は2010年2月に行なわれたといいます。主要キャストは韓国勢で、殆ど韓国ドラマというところですが、日本人勢では豊原功補さんなどが出演しています。

Dsc09561_2

●顔抜き看板

観光地によくある「顔抜き看板」ですが、やはり下呂温泉がモチーフとなったもので、温泉に浸かっている親子、といったところでしょうか。

バックには合掌造りの家屋が描かれており、これもまた当地の名物のひとつでもあります。

Dsc09563

●温泉街への道

「温泉街」とゲート入口のようになっていますが、要は駅の自由通路の入口で、ここから線路の下をくぐる形で駅舎の反対側へ出て、温泉街へと進んで行く事となります。

中心市街が駅市のある側と反対側って大分県の日田市もそうだったな、、と思いながらここを歩いてました。

Dsc09568

●地下道

下呂駅の真下にある地下自由通路です。この向こうが温泉街への道となります。

Dsc09574

●地下道抜けて

駅の地下道を抜けて、駅舎と反対側へ出るとこのような景色が目に飛び込んできました。

温泉関係のホテルやお店の数々が既に見えてきており、ここを流し歩くだけでもそこそこ旅気分が味わえます。

Dsc09578

●湯元

と書いてある大きな給水塔のような建屋、駅反対側へ出てすぐの地点です。

調べても何かさっぱり分からず、湯元館という温泉旅館はここより離れた所にあり、「湯元」で検索しても意に沿う答えは得られずでした。源泉のタンクか何か、かな?と勝手に想像していました。建物が妙に素晴らしくて。

Dsc09580

●アメリカン招き猫

上の写真の向こう側にある招き猫幕の建屋は土産物屋ですが、その表にあったこの大きな招き猫。

この猫は、勝海舟と共にアメリカへ行った猫を先祖に持つもので、アメリカ猫になり切っているという事で、目が青かったり、英語が書かれていたり(招福の代わりに「LUCKY」)、ドルを持ってたりとかしている、という事です。最後には「英語で話しかけて下さい」とも。

「気やすくさわるとかみつきますので ネコに手をふれないで下さい」ともありました(笑

Dsc09586

●下呂大橋から

橋に差し掛かった所のカットです。

向こうには沢山の温泉宿があり、賑やかな様子が窺えます。

熱海もそうですが、人口3,4万位の街でもこんなに賑やかなのは、ひとえに温泉を武器に観光地を形成できているから、と感じさせられました。

勿論温泉があるだけでなく、それを利して様々な手を打つ必要がある訳ですが、下呂の場合は草津、有馬と並ぶ日本三名泉ともいわれ、そのブランド力は大きいと思います。

Dsc09590

●川向う

橋をずーっと渡って来ているところですが、向こうの温泉宿の並びと、紅葉(訪ねたのが11月だったので)と青葉とのコントラストや、向こうにそびえる山の稜線と…いろんなものが重なり合って、美しい風景を作り上げている、そんな感じでした。

風景好きな身としては、これ見るだけで下呂に来て良かったと思ったぐらいでした。

Dsc09597

●リバーサイド

この記事最後の写真ですが、下呂大橋の下を流れるのは飛騨川で、木曽川水系の一級河川です。

飛騨川は148kmの長さを誇りますが、流域は岐阜県内に収まります。それだけ岐阜県が広いという事でしょうね。

両サイドどちらにも温泉宿が建ち、特に右側はずーっと並んでいます。日本を代表する温泉の街なので、なかなかの壮観です。温泉宿で豪勢に…というのとは無縁の旅だったので、このての宿の相場すら知りませんが、どこかで余裕ができるような事がもしあれば、その時はこういう宿でお泊りを考えてもいいかな、という所で下呂市でした。

Dsc09602

2014年6月24日 (火)

岐阜/瑞浪 瑞浪駅前の風景2005

岐阜県瑞浪市、JR瑞浪駅前の様子です。

(2005年8月当時)

Dscf0093●駅前広場

瑞浪駅前広場の一角です。

タクシーが連なっている部分で、駅を出て広場の右側から撮った様子です。なので向こう側が駅前広場の左側という事になります。

ゴツゴツしたコンクリのビルが沢山ありました。今からもう9年も前の風景になりますが、ここがどれほど変わったのか変わっていないのか?、長いこと訪ねていない街をここ最近記事としてあげていますが、ここもそのひとつです。

Dscf0096●駅から左

駅前広場を過ぎて、左を眺めた様子、幹線道であり商店街が形成されていました。

「市営浪花駐車場」なんてのがありました。「なにわ」と読み、大阪かいな?と思わされそうですが…。瑞浪のうしろの「浪」から取られたのでしょうか。

しかし通りの右側に続くコンクリート建屋の渋さ具合がなんともたまりません。

Dscf0097●駅前道

こちらは駅出てまっすぐ伸びている道路です。

上の写真のような線路と平行な通りの方が栄えていて、こちらの通りは道路だけ立派という印象がありました。この通りを詳しく行かなかったので実際分かりませんが、見る限りコレというものはなさそうで足を踏み入れませんでした。

Dscf0099●商店街

瑞浪駅前広場から左にそれた通りですが、そこそこの高さのコンクリートゴツゴツの建屋の下に色々な商店が軒を出している、という姿が続いた商店街を形成していました。

今も営業しているお店がどの程度あるのかな、と時が流れるとすぐ考えてしまいます。

結局コンクリートのゴツゴツした建屋が駅前に続いていた、の一言になってしまう瑞浪駅前の感想/印象でしたが、これ以上の旅としての「収穫」を得るべく、次にまた訪ねたいな、と…、、そんな街が多くて困ってしまうのですが…(笑

2014年3月 9日 (日)

岐阜/飛騨 古川 白壁通りと本光寺と

岐阜県飛騨市、JR飛騨古川駅からの歩き旅です。

(2013年11月当時)

Dsc09858●各標識

飛騨古川の駅前に出ていた、各所への標識です。

古い街並み、白壁土蔵街がやはり惹かれますが、美術・民芸などに触れたい方々にはその方面の館もあります。

Dsc09864●駅前通り

飛騨古川の駅から伸びている通りです。

この14年前の1999年にも来ていますが、こんな感じだったのか?ピンポイントには覚えている部分はありますが、全体的にこんな高い建物が並んでいたのか?記憶なく、もっとこじんまりした印象を持っていました。

とにかくこんな味わいのある雰囲気の通りを進んで、古い街並みを目指します。

Dsc09865●ガイドマップ

上の写真の左端に写り込んでいましたが、各名所へといざなう地図です。駅からどう行けばよいか、分かりやすい形になっています。

これで古い街並みや白壁土蔵の街がどの辺にあって、どう行くかがよく分かりました。飛騨といえば飛騨牛もあるし、そばもあります。

Dsc09868●さらに

駅前通りを進んだ所ですが、この通りはそれほど長くなく、ほどなく突き当りに差し掛かり、曲がって進む事となります。

この街並みの中にも1999年の初訪時からあったものもあれば、なかったものもあるのかな、と想像はしますが、どれがなかったのか等はサッパリ分かりません。

Dsc09869●古川マンホール

旧古川町のマンホールと思われますが、町の花であるハナショウブが内側の四方に配されていて、外周は「古川」の文字がエンドレスに続いていました。

全体に硬質な感じのマンホールでした。

Dsc09877●瀬戸川と白壁土蔵

の看板が現われました。

古川の駅から駅前通りを突き当りまで行って左折し、歩いて程なく右折した所に出くわします。

この切り絵のような看板が、実際に目にする事となる街並みをイメージさせてくれます。

Dsc09878●土蔵街並み

初訪問時には全く行けなかったこの通り、14年ぶりの再訪でようやく来れて、当時知らなかった古川の街並みを味わう事ができました。

こんなに魅力的な通りがあって、また観光地としての賑わいも見せているとは…当時は全く知りもしませんでした。再訪してよかったと思いました。勿論再訪する気満々でしたが

Dsc09882●続く街並み

落ち着いた街並みに店や小さな会社が並ぶ通りです。

日本の国旗がよく出ていたのも印象的でした。この時は11月23日の勤労感謝の日だったのですが、祝日に国旗を出す習慣ってまだあったんだな、と改めて感じた次第です。

Dsc09888●本光寺

古川には「三寺まいり」というのが毎年1月15日に行われているのですが、そのうちのひとつがこの本光寺で、浄土真宗のお寺です。

1532年開基とされていますが、1904年に当地で大火が起こり、その後再建されているといいます。

Dsc09890この本堂は飛騨市最大の木造建築物といわれており、いいものに出くわしたなと思いました。

 

 

Dsc09894山門は1995年に建立されたという事で、つい最近のものです。歴史は感じないものの、きれいで豪華ではあります。

Dsc09898浄土真宗のお寺らしく、親鸞上人像が立っていました。

Dsc09900同じく本光寺の境内、「野麦峠」の碑がありました。

女工哀史として知られる「あゝ野麦峠」という有名な小説がありますが、明治~大正期に製糸工場に働きに行った女工員やその工場主等の寄付により玉垣が作られたという事で、その関係でこの碑があると思われます。

Dsc09897●一等水準点

これも本光寺の境内にあるものですが、旧・古川町の名前でつくられている一等水準点の案内板です。土地や建築物の高さを表すために基準となる地点です。

あまり意識していないと出くわさないものですが、探すと結構あるみたいですね。

飛騨古川の旅、前半戦は白壁の町を少し散策と本光寺でした。この後はもう少し賑わいのあるエリアに行き当たります。

 

2014年2月16日 (日)

JR飛騨古川駅 【再】 (岐阜県飛騨市)

岐阜県飛騨市のJR飛騨古川駅です。

以前、JR飛騨古川駅として記事upした事がありますが、1999年初訪問時の駅舎だけのものだったので、2013年11月、14年ぶりに再訪した時のもので改めて詳しく御紹介したいと思います。

駅名標周辺

「飛騨古川」という事で、現在は飛騨市ですが、かつては古川町ということで、旧国名を冠している形ですが、結果的に旧自治体と新自治体の合名のようになっている珍しい駅です。

Dsc09998

名所案内

この町のおススメはやはり、古川の街並みです。

前回1999年の訪問時はこの存在に気づかずに駅前を少し歩いただけで帰ってきてしまったんですが、数年前にこの街並みの存在を知ってから、再訪したいしたいと思ってきました。それで14年ぶり再訪となった訳です。当時は郡部でしたが、現在は「飛騨市」として売り込みやすくなったかもですね。

Dsc09845

ホーム

2面3線のホームは跨線橋によって繋がれています。

下側の写真は駅舎側のホームですが、古い街並みをウリにしている表れか壁の腰の部分が「なまこ壁」模様になっています。また、向こう側は線路をまたぐ自由通路となっており、駅舎へは片側しか出口がない状態です。

Dsc09996
Dsc09999

ホーム看板

「飛騨古川」として大々的に看板が出ています。99年当時はこんなのあったか…?記憶の片隅にもありませんが。ちなみに左上の祭の写真で肝心の月の部分が切れていますが、「4月」です。名所案内のいちばん上に書いてある「古川祭起こし太鼓」の写真です。

Dsc09844

海抜

は493mとありました。

岐阜からの距離が約150kmです。

ちなみに減圧症という病気にかかると海抜500m以上の地点に行くなといわれるそうで、そんなのを見たことがあります。気圧低下の影響で血管が閉塞する、との事ですが、そう考えると旅行でこういた部分が制限されたりして、辛いものがありますね、

Dsc09995

駅入口

出入り口付近のカットです。

扉の上に板看板で「飛騨古川駅」と表記されている部分をハッキリ撮りたくてのカットです。

旧式の郵便ポストが傍に置かれています。建屋の腰の部分は駅ホームにもありましたが、やはり「なまこ壁」模様でした。

Dsc09847

駅から目線

駅舎を出てすぐの所、まっすぐに見た様子です。

真ん前にホテルがありました。 「飛騨古川スペランツァホテル」

'99年に来た時、ここの駅前にこんな大きな建物あったかな??と思いましたが、オープンは1995年という事で、既にあった事になりますね。記憶にない…(笑

Dsc09852

飛騨市観光案内所まわり

これは駅舎とは別の建屋で「飛騨観光案内所」として独立しています。

駅はこの写真の右に隠れた位置にあり、いわば横並びの格好です。

この建屋の前にタクシー乗り場があり、駅舎の前には逆にない状態です。

下側の写真はその建屋のひさし下の通路のカットですが、なかなか立派なつくりをしています。これも'99年初訪問時は全く存在していた覚えがありません。いつできたものかよく分からず、当時の有無も分かりませんが…。

Dsc09861
Dsc09992

駅舎と観光案内

駅前の通りから振り返って、左に観光案内所、右に駅舎という形でのカットです。

Dsc09863

飛騨古川駅 駅舎

こんな横に長い建屋だったかな?と久々に訪ねて感じましたが、とにかく初回の訪問時はここの事はかなり田舎だと思っていたようです我ながら。

古い街並みは観光スポットとして十分機能していましたし、飛騨市へ行くならまず見ておきたい場所だと思います。地元のおそばにも注目です。

Dsc09851
Dsc09994

より以前の記事一覧