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17石川県

2017年1月 9日 (月)

JR能美根上駅 (石川県能美市)

石川県能美市のJR能美根上(のみ・ねあがり)です

能美市では、JR寺井駅を既にupしており、この時に『市内唯一の駅』と記したのですが…、、市内に新駅ができたsign03 …のではなく、駅名が改称されたのです。

寺井駅から「能美根上駅」に改称された事をつい先日知り、先ごろ北陸の数市を改めて訪問した事もあって、今回新駅名になった形での再訪として記事をupします。

●駅名標

かつて「寺井」であったものが、このように「能美根上」に変わっていました。ちなみにこの再訪問は2016年11月当時のものです。

ここが能美市になったのは2005年の事ですが、以後もずっと寺井駅で通してきたのが、2015年3月に「能美根上」へ駅名変更となりました。元の駅名である寺井という地区はここから1km程離れた所にあり、ここは旧能美郡根上町の近くにあるという事が起源のようで、能美市がJRに要望していたようです。根上の名がある方が親しまれやすい(森・元首相や松井秀喜氏の出身地のイメージも強く)という想いもあったのでしょうか。

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●ホーム1

1面2線のホームです。

駅名に能美の名を冠するようになり、それまでも自治体名と一致しなかった「寺井」という駅名であった状態から一転、市の中心駅として内外にアピールされた訳ですが、ホームを見る限りではその雰囲気はほぼ感じられませんでした。

沿線の、市の中心以外の駅のひとつとさして変わらない様子でした。屋根が広い事と時計がある事ぐらいでしょうか、その辺の駅と違うところといえば。

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●ホーム2

こちら側の眺めでは、両出口の様子が窺えます。

これまでは改札と地下通路で繋がる形となっており、ホームから階段を下りていましたが、今は階段を上がって改札へ向かう形となっています。

それまでは単一の出口であったものが、両サイドに分かれており、橋上駅舎化されたことが分かり、この面では確かに駅として進化した事を感じ取れます。

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●自由通路

改札を出たところですが、これまでなかった自由通路がこの駅改装時にできました。

駅名改称に先立っての橋上駅舎完成となっていますが、通路の真ん中にいくつものパネルが立てられていて、街の案内等々観光に一役買っています。

それまでは片側出口の駅舎内に待合スペースがありましたが、両サイドへの出口は階段のみとなってしまう為、このスペースが改札外での待合スペースとなります。

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●能美市観光マップ

寺井駅時代は市街地マップ程度のものはありましたが、ここまでのものはあった覚えがなく、松井秀喜ベースボールミュージアム等各名所への案内が明示されています。

前にも行きましたが、駅の周りにはほぼなんにもない状態で、松井秀喜ベースボールミュージアム(HPはコチラ)へも当駅からバス(1日4便のみ)で20分程度かかります。

他にも駅から離れた所へは点在していますが、駅の近くだけで何かを見ようと思っても少々厳しい感じです。

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●階段

これもまた今日橋上駅舎化の産物で、両方向への階段ができた訳です。

踊り場が2つあるくらい、階段は結構あります。

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●バスのりば

以前はただ広場スペースがあるだけの駅前であったのが、ロータリーが形成され、バスの位置等区画も整備されています。

この1月10日(つまり明日sign03)から「社会実験」として臨時バスが運行される旨の貼り紙がありました。

「高校生の通学支援の為」とありましたが、この臨時便の利用状況を見て今後の便の検討を進めるのでしょうね、沢山利用されて一定の便数が確保されれば良いなと思います。

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●能美根上駅 駅舎

以前の寺井駅の頃とは全く変わっていました。

駅前ロータリーが整備されているのは勿論、駅舎も平屋の平屋根であったものが、てっぺん部分の高さでいえば石川県の駅屈指ではないかというレベル?になりました。

階段とエレベータはありますが、エスカレータがなく、また出口を出る際は階段のみであり駅に何か施設が入っている訳ではなく、その辺りが少々寂しいかなという点ではありましたが、まずはハードはそれなりのものがつくられたかな、というところでした。

あとは駅前の通りは寺井駅当時とさほど変わりなく、この辺りが今後どうなっていくのかも気になるところです。

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2015年11月11日 (水)

石川/能美 寺井駅前の風景

石川県能美市、JR寺井駅周辺の様子です。

(2008年8月当時)

●マンホール

能美市の、というより、旧・根上(ねあがり)町のマンホールのようで、当時の町の木であったクロマツが前面に出ています。

「義経記」にも「根上の松」なるものが登場し、町の木になった事も頷けるというものですが、この根上町は森嘉朗元首相や松井秀喜選手を生んだ偉大な町でもあり、森氏の父親(森茂喜氏)は1953年から9期36年(しかも連続無投票当選)もの長きにわたってこの根上町の町長を務めました。更には祖父(森喜平氏)も1928年根上村⇒根上町となった1945年まで首長を務め、戦後の昭和期この町はほとんど森氏の治世にあったという事になります。

10年前の2005年に能美市になりましたが、20年前の1995年には町内に隕石が落ちたりしています。

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●太陽のこぼれている町

として歓迎挨拶のついた地図がありました。

下の標識部分は上から貼られた感じで「能美市立病院」などは市制化されたために変更となったと容易に推測できますが、根上の関連部分も上から貼り足されているようで、なんだろう?と思ってしまいます。

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●寺井駅バス停

寺井駅の駅舎真ん前にバス停がありました。

時々、「~~駅」というバス停の名でありながら、駅より少し離れた幹線道部分にあったりする場合もあるので心配になる事もあるのですが、ここの場合はちゃんと駅舎の前にあってよかった、という感じです。

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●駅前通り

寺井駅の駅前通り、その名も「ホームラン通り」です。ボール状の看板にその名がいくつも並べられ、柱ごとについているぐらいのイメージです。

いかにも松井秀喜氏の故郷に因んでのネーミングですね。

旧町の木クロマツと二段構成の灯籠?様の街灯がユニークすぎます。

直進の標識で「東街道 チューリップのみち」とありましたが、検索してもなかなか見当たらず、なんだかよく分かりませんでした。実際この辺りを歩いた時も、駅からさほど歩いておらず、下写真のような駅前通りを歩いただけだったので、本当に能美市に関しては「松井」「ホームラン」のフレーズが浮かんでくる能美(?!)というのが正直な印象ではあります。

駅前の「ホームラン通り」だけでも、この市ならではのものを感じる事は出来ましたが、もう少し踏み込んでまた旅したいものです。これが能美市の風景の一部、という程度で感じて頂ければ幸いです。

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2013年9月17日 (火)

石川/かほく 西田哲学の町

石川県かほく市、JR宇野気駅からの歩き旅です。

(2010年7月当時)

西田幾多郎像

郷土が生んだ世界的哲学者、と銘打たれて宇野気駅前に立っている、西田幾多郎(1870-1945)先生の像です。西田哲学、と言われる彼の思想体系ですが、日本の近代哲学者でその名前が冠される人物は他には居ないといってもいいレベルで、かほく市はこんな偉人を生み出した訳ですね。

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駅前の道

宇野気駅の駅前広場を出て右向いたところ、線路と平行に走る形の道路です。厳密には左へカーブを描いてるので離れていくんですが…

商店がまばらにある通りで、商店街というほどではない雰囲気でした。

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福祉巡回バスダイヤ

かほく市の福祉巡回バスのダイヤです。

宇野気駅東という停留所名で標識が立っていました。

平成20年から実験運行を始め、翌21年10月13日から運行開始となったそうで、この方面はその更に翌年7月、運行開始より9か月ほど経った頃、という事になります。

4路線で1日5本前後のダイヤですが、平日だけのようで、また各ルート週2日の運行という便数的にかなり少ないものです。土日などの休日によそから旅に来て利用しようとしても無理という事でしょうか。

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宇ノ気町宇野気区

という表記が看板にありました。「宇ノ気町」の部分は上から貼ってありました。

しかしなんで旧自治体名である「宇ノ気町」と貼ってあるのか不思議でした。現在の「かほく市」と貼ってあるなら分かるんですが…


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▼西田幾多郎 生い立ちの地

として記念碑が建っていました。

宇野気駅前から歩き始めてまだ程ない地点です。

生家は別の地にあったのですが、火災に遭い、この地に移転してきたそうです。3歳から13歳まで当地で育った西田幾多郎氏、何不自由なく「美しき子」として育った、と説明板には書かれていました。

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かほく四季まつり

の幟が出ていました。

駅前の道路は市の中心駅の駅前か、というほどひっそりとしたものでしたが、ここは幹線道へ出てきて、幾分活気が見られます。

四季まつりとあったものの、検索したら「サマーフェスタ」とか「花火大会」とか出てくるばかりでした。ちょうどこの時は花火大会を控えていた時期だったので、まぎれもなくその幟だったと思われますが…

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宇野気郵便局

旧宇ノ気町の中心的郵便局でしょうか、規模が中途半端でよく分かりませんが、〇〇駅前郵便局、のような小規模局ではない雰囲気でした。

前に台形部分のものが突き出ていたりして、建物のカタチ的にユニークなものでした。

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かほく市役所

旧・宇ノ気町役場です。

駅から来ると、坂道を上っていく格好となり、夏の暑い時期にしんどかった覚えがあります。2010年も今年のような猛暑で、しかも9月までだいぶ暑さを引っ張ってたような気がします。

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駅前に戻る

かほく市役所まで歩いてきて引き返した、かほく市の旅。

旅というか、、当市ならではのものといえば西田幾多郎記念碑くらいでしょうか。

それだけでも得られれば良かったかな、と。

駅に戻る頃にはすっかり夜の景色になりつつある状態で、この道を左に曲れば宇野気駅です。

そんなこんなのかほく市でした。

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2013年6月10日 (月)

石川/輪島 ふらっと訪夢

石川県輪島市、石川県の北端、能登半島に位置する小都市で人口は人口は28,227人(2013.5.1現在)で、輪島塗の漆器や朝市、そして御陣乗太鼓などが有名な町です。

元・輪島駅

輪島市には2002年8月に訪ねました。

で、市内でこの一枚しか写真を撮っていません。当時カメラ所持せず、「写るンです」を都度買って撮ってたんですが、この時に切れてしまい、新しいのも買わなかったから。当時は今みたいにあちこちバシバシ取らなかったので、足跡残した程度ぐらいですね、写真撮ったのって。特に写るンです、が切れかけの時は残り枚数気にしてたんで、必然的に内容も絞られる訳で…

タイトルにあるように「ふらっと訪夢」と表示されているこの建屋。

現在は「道の駅 輪島」ですが、今調べて驚いた事に2002年8月13日に登録されたといい、それはこの訪問の前日だったと記憶しています。全然知りませんでしたが…。

とにかく道の駅であり、バスターミナルのある所でもあり、輪島市の交通拠点です。

この1年半前までは鉄道駅として活躍しており、のと鉄道の輪島駅でした。が、2001年3月をもって廃止されてしまい、鉄道が通っている間に訪ねたかった、と当時思いました。同じ時期に訪ねた珠洲市はまだかろうじて鉄道駅として現役で、こちらは訪ねた後に廃駅となった格好で、来れてよかったなというところで、ある意味明暗分かれました。

金沢からバスでやって来て、この近くの輪島ステーションホテルという所に泊まったのも覚えてますし、当時買った輪島塗のコーヒーカップを今も時々使ってます。

さて…輪島市の風景写真をもっと増やしたいな、という気持ちも少なからずあります。この1枚だけじゃ寂しいので。でもいつになるやら…10年以上訪ねてませんが、何せ場所的にアクセスが辛く…、、でもいいところだし思い出もそれなりあるので、やっぱりまた行きたいです。
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2012年12月17日 (月)

JR粟津駅 (石川県小松市)

石川県小松市のJR粟津(あわづ)です。

小松市は石川県の南西部に位置し、人口は107,609人(2012.9.1現在)で、フォークリフトなどの重機・建設機械で有名なコマツの企業城下町で、製造品出荷額は県内1位を誇る工業都市です。

-JR粟津駅
【路線】JR北陸本線(米原-直江津間)
【開業】1907年11月16
【訪問】2008年8
【1日あたり平均乗車人員】 1,212人/日 (2010年)
【近隣の都市駅(米原方面)加賀温泉駅→2駅 
          (直江津方面)小松駅→隣駅
  

駅名標周辺

小松市自体は1999年3月に小松駅を訪ねてはいますが、写真がなく、中心駅ではない当駅を記事upする事としました。

2008年8月、盆の旅として福井駅から東へ1駅ずつ北陸本線の駅を訪ねるという事をやっていて、そのうちの一か所として寄りました。小松駅へは一度行った事があるとしてこの時すっ飛ばしているので、記録としては残っていないままです。

市の中心駅でないせいか、このように屋根のないゾーンが長く続いていたりします。

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ホーム

ホームは2面4線を持っています。

加賀温泉郷のひとつ、粟津温泉の粟津ですが、福井県にはあわら温泉というのがあり、発音的にややこしいものがあります。

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地下道へ

両ホームおよび改札はこの階段を下りての地下道でつながっています。

待合スペースはベンチの背の部分は壁があるものの、途中で開いていたりするなど中途半端な形となっています。天井すぐ下辺りに看板がいくつか並んでいて、市の中心ではないものの有人駅らしいそこそこの格を感じます。

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地下道

ホームから降りてつながっている地下道です。

コンクリ色が前面に出ていて荒涼とした雰囲気でした。

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案内図

駅でてすぐの所にある案内図です。

市の中心駅ではないもの、市内3駅中2番目格の駅で、市内の案内図が駅前に出ていました。結構大まかなマップで、なんとなくこんな感じ的なアバウト感に溢れた雰囲気?!でした。

市内唯一の、高校より上の学府である小松短期大学の最寄駅であり、矢印が右側に出ています。小松短大はマルチメディアに対応できる人材育成を目指し、1988年に開学された男女共学の短大で、今年で開学25年目の節目を迎えています。

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貨物屋根跡

この訪問の2年前になる2006年に貨物の駅が廃止になり、取り扱いを終了していますが、このように屋根と細い柱が残っていました。

ちなみに貨物廃止の翌年、つまりこの訪問の前年になる2007年に当駅は開業100周年の記念の年を迎え、その時には記念式典が行われたそうです。一足違いというか、開業101年の年に訪ねる事となりました。

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駅前通り

市内案内図の写真に北陸銀行の看板が見えていましたが、これが駅前の通りにあたります。

すぐ近くにローソンも見えます。

銘菓の店があったり金融機関も立ち並びコンビニもあったりと、そこそこ駅前らしい雰囲気をもっています。地方都市の場合、市の中心駅以外は寂れている事も少なくないのですが、ここの場合はそうでもないかな、という印象でした。

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粟津駅 駅舎

1907年の開業からの駅舎だそうで、様々な改修を経て現在に至っています。

なので、建屋そのものの木造と出入口や窓周りのアルミサッシと妙な雰囲気を醸し出しています。木造といっても白っぽい塗装なのでそれほど違和感はありませんが、これが板張り丸出しだったらやっぱり違和感あるでしょうね。

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開湯1300年

粟津温泉はそれほど有名な温泉ではないかもしれませんが、開湯1300年の歴史をもち、北陸でいちばん古い温泉とされており、その旨が刻まれた石碑がちょこんとおいてありました。あまりのかわいらしいサイズに逆に惹かれました。

奈良時代より前の養老年間に泰澄(たいちょう:682-787)大師が白山権現のお告げによって発見されたと伝わり、この付近にある「法師」という旅館は718年開業で、一時は「世界一古い宿泊施設」としてギネス認定もされていたそうです。

また、粟津温泉は恋人の聖地にも認定された地で、プロポーズする場所に相応しいとして日本津々浦々で選ばれた地点のひとつです。

それにしてもこの小松市は小松駅にはそれほど訪ねてないわ、他の駅周辺もそれほど深く歩いていないわで、また一度深く訪ねてみたいものだと、この記事をupしながら思うのでした…

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2012年6月 7日 (木)

JR松任駅 (旧) (石川県白山市)

石川県白山市のJR松任(まっとう)です。

白山市は石川県の南部に位置し、人口は109,894人(2012.4.1現在)で、2005年に旧・松任市と2町5村が合併してできた新しい市です。日本三名山の白山を有するところからこの名になったといいます。

-JR松任
【路線】JR北陸本線(米原-直江津間)
【開業】1898年4月1日
【訪問】初訪問-2006年10
【1日あたり平均乗車人員】 2,995人/日 (2010年)
【近隣の都市駅(米原方面)寺井駅→4駅
           (直江津方面)野々市駅→隣駅

駅名標周辺

旧・松任市の市名を名乗るこの駅は、松任市時代も今の白山市においても市の中心駅の座にあります。

足下には花壇が広がる美しいホーム端でした。

この当時から5年半を経過していますが、今も変わらず綺麗であればいいなと思いますが、どうなっている事でしょうか。

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改札周辺

車内からガラス越しに撮ったものです。

「ま"っ"とう」、と小さい「っ」の読みになります。

ちなみにうちの方言では、待っているという状態を「待っとう」といいます。

中川一政記念美術館とありますが、中川一政(1893-1991)氏の母の故郷がここ松任である事からつくられたそうです。97歳の長寿を全うし、晩年まで創作活動に励んだといい、なかでもバラを好んで描いたそうです。

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改札出て

出てすぐの駅舎内です。

右が待合室で、左がみどりの窓口、それぞれが仕切られた別室スペースになっていて、仕切りのない駅舎内より豪華な印象をうけます。

改札上の時計や看板にも市の中心駅っぽさを感じます。

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待合室

このように部屋で仕切られた待合室があります。

ひと部屋内に通路も待合室もすべて込みの駅より、立派な感じがします、やはり。

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駅前D51

駅出て左には、北陸本線で使われていたというD51の蒸気機関車が静態保存されていました。駅をそんなに数こなして訪問しなかった頃は珍しげに見ていましたが、色んな駅を訪ねるようになると、結構色んな所にあるので、何だか変に慣れてしまって若干感動も薄れたり、、しなくもあません…。

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松任駅 (旧)駅舎

この写真の訪問から5年を経た2011年8月に新しい橋上駅舎としての供用が開始され、この駅舎は今ではもう旧駅舎となってしまいましたが、北陸の市の中心駅に多いタイプの平屋建てのフラットな屋根の横に長い駅舎でした。

上に出ている看板には昭和の匂いを感じます。

今でこそ合併で10万都市となりましたが、合併前の旧・松任市は人口6万余の都市で、その当時の都市規模を駅舎に具現したという感じでしょうか。今の立派な新駅舎、写真では見ましたが、実際に見てみたいものです。この後2008年にも訪ねましたが、そんな前触れは感じられずで…

ちなみにこの旧駅舎はもう解体されてしまったそうです…。現在は新幹線工事も行われているそうで。

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旧駅舎 遠景

駅舎よりも前に停まっているタクシーの色の方がこの駅ではインパクトが強かったように思います。この色ばかりが脳裏に焼き付いてしまって…。

駅看板にのっている金城大学は白山市内の大学で、福祉や医療系に特化した大学のようで、最寄駅はこの隣の加賀笠間駅になります。

駅前はタクシーの手前のこの辺りはだだっ広くスペースが広がるのみという感じでした。

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2011年6月15日 (水)

JR大聖寺駅 (石川県加賀市)

石川県加賀市のJR大聖寺(だいしょうじ)です。

加賀市は石川県の南東部に位置し、人口は71,622人(2011.2.1現在)で、2005年に旧・江沼郡山中町(人口約10,000)と新設合併して現在に至ります。

また山代温泉や山中温泉、片山津温泉など有名な温泉どころに恵まれた市でもあります。

-JR大聖寺
【市内】市内3駅(いずれもJR)の1駅
【路線】
JR北陸本線(米原-直江津間)
【開業】1897年9月20日(訪問は2006年10月)
【1日あたり平均乗車人員】
 1,058人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】(米原方面)芦原温泉駅→3駅 
          (直江津方面)加賀温泉駅→隣駅

▼市の中心部に近く、そういう意味では中心駅という事になりますが、現在特急は隣の加賀温泉駅に停まる事が多く、利用者も倍くらい多いのでそちらが実質的な中心駅という事になろうかと思います。

芦原温泉駅と加賀温泉駅という、○○温泉駅と銘打たれた2つの市の中心駅に挟まれる形で位置しています。

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▼ホームから、駅舎と反対側の様子です。

大同工業というところの本社工場で、いかにも工場といった形の建屋が並んでいます。

チェーンやコンベヤ関連に強みを持つ機械関係の会社のようで、日本国内初の階段昇降機というのを開発したのだそうです。

現在の大同大学大同高校(:名古屋市)もかつては大同工業高校を名乗っていました。
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▼大聖寺駅の駅舎です。

平たい(若干傾斜があるか…)屋根に一文字ずつ漢字の入った駅名表示が屋根上に出ています。駅舎そのものにも「大聖寺駅」と表示されている部分もあります。

ロータリーがあってタクシーも複数台停まっていますが、駅前に百貨店やバスターミナルがあるなどした隣の加賀温泉には賑わい度合いではかなり静かかな、という印象を受けます。
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2011年3月 6日 (日)

JR七尾駅 (石川県七尾市)

石川県七尾市のJR七尾(ななお)です。

七尾市は石川県の北部に位置し、人口は58,028人(2010.9.1現在)で、2004年に周辺3町と共に合併するまでは人口46,000人程度の市でしたが、古くより能登地方の中心的な町としての役割を果たしています。

和倉温泉などの温泉地を数多く持ち、また港湾も発達した町でもあり、また日本一といわれる曳山をもった山車も名物とひとつとなった町です。七尾の地の由来は七尾上の建っていた山にあった七つの尾根からきているといわれています。

-JR七尾
【市内】
市内6駅(JR2・のと鉄道4)中の中心駅
【路線】
JR七尾線(津幡-和倉温泉間)
    のと鉄道・七尾線(七尾ー穴水間)
【開業】
1898年4月24日(訪問は2002年8月)
【1日あたり平均乗車人員】
1,790人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】
(津幡方面)羽咋駅→7駅         
          (和倉温泉方面)和倉温泉駅→隣駅  

▼JRで北陸本線の津幡駅から北へ分岐する七尾線の果て近くにあり、ラストの2駅(当駅とJR終着の和倉温泉駅)はJRと第3セクターの「のと鉄道」が共存する形となり、この先はのと鉄道が数駅、終着の穴水駅まで通っています。

個人的に七尾市の存在を知ったのは大相撲の当時の幕内力士だった舛田山関の出身地として取組前にアナウンスされていた事からでした。

写真は2002年夏当時で、まだデジカメも持っていなかった頃、写ルンですでの撮影、記事up写真もこれ一枚きりです。遠目の駅写真になってしまっていますが、バス待合スペースも含めた駅前広場込みで写ったものとなっています。

この時はここを基点にして、まだ鉄道が走っていた珠洲や、前年に鉄道が廃止されてバスで向かった輪島など能登の旅を満喫したのでした。

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2011年2月27日 (日)

JR野々市駅 (石川県石川郡野々市町)

石川県石川郡野々市町のJR野々市(ののいち)です。

野々市町は石川県の南部に位置し、金沢市のベッドタウンとして人口が増え続け、人口は51,892人(2010.10.1現在)で全国の郡部では3位の人口、岩手県滝沢村を除く「町」では全国2位(1位は愛知県長久手町)の人口となっています。この為、市制施行の要件を満たすとされ遂に2011年11月11日という11.11.11のめでたい日に市制施行が予定されています。(名称は「野々市市」の予定)

-JR野々市
【町内】
町内4駅(JR1、北陸鉄道3)中の中心駅
【路線】
JR北陸本線(米原-直江津間)
【開業】
1968年3月25日(訪問は2008年8月)
【1日あたり平均乗車人員】
 1,224人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】
(米原方面)松任駅→隣駅         
          (直江津方面)金沢駅→2駅  

▼野々市町内で唯一のJR駅で、北陸鉄道にも同名の野々市駅がありますが、2km程の距離があり全く別個のものです。北陸本線の石川県の駅では津幡町の津幡、倶利伽羅駅と共にわずか3駅しかない郡部駅のひとつです。反対隣の松任駅はかつては松任市でしたが、現在は合併で白山市に属しています。

開業は意外と新しく、昭和も40年代に入った1968年で、まだ40年強の歴史しかありません。東隣は西金沢駅でここから金沢市に入っていきますが、その西金沢駅がほぼ大正期にあたる1912~25年の間に野々市駅を名乗っていました。

開業2年後の1970年の国勢調査では町の人口はわずか13,000人余りで、開業当初はそれよりもまだ少なかった(開業直前1964年にようやく1万人突破)と思われます。

ちなみに電報略号は頭文字そのまま「ノノ」です。顔文字みたいな…
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▼ホームは2面2線で向こうにある跨線橋でつながっています。

四角い窓が整然と並び目立った配色もない割にシンプルな跨線橋でした。町内の人口の割に利用者が多くない(中心地から少々距離がある)せいか、ホーム上のひさしのある部分が短い気がしました。
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▼ホームを降りて、この「野々市町へようこそ」のゲートの辺りが改札口になり、鉄枠ときっぷ回収のポストがひっそりとありました。この北口プラザは1997年に竣工したとありますが、辺りに何がある風でもなく、後でネットで調べても何の施設なのかなかなか分かる情報に行きあたらず今もって不明です。巨大な建物内に人気(ひとけ)もなくひっそり、という時を過ごした印象しかないのです。

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▼そしてその北口プラザを出て撮った野々市駅の駅舎です。

後で知りましたが、こちらが正規ではなく反対の南口に駅名の表示が入った正規の駅舎があったとの事でした

この時は、2008年盆休み時の北陸駅めぐりとして福井を皮切りに東へ数日旅していたもので、初日松任で泊まった翌日の駅めぐりのかなり初めの方の訪問地と記憶していますが、次から次へと急ぎ足の訪問を重ね、その南口へは全く行かず(存在にも気づかず)で、しかも今はそちら側は仮駅舎(北陸新幹線開業の関係で)となってしまっているとの事です。

建屋からいえばこちらの方が断然大きく、本駅舎っぽいのですが、人影まばらでした。

コンクリ色のゴツゴツした印象をうけましたが、出入口上の三角すいの窓状のもの(&その下のひさし)はなかなかいいアクセントになっており、また両サイドに下りている階段も末広がりのような独特のいい形をしています。真ん前に広がるきれいな緑のロータリーもいい感じです。
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▼駅舎を横から。

階段が建屋からせり出してくるような感じがで面白い形となっています。この階段を上がると建物に吸い込まれてしまいそうな、そんな印象を持ちました。

それでいて右側にはつづら折れのような階段が続いているのもなんとも対照的です。
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2011年1月11日 (火)

JR寺井駅 (石川県能美市)

石川県能美(のみ)市のJR寺井(てらい)です。

能美市は石川県の南西部に位置し、人口は48,650人(2010.9.1現在)です。2005年に旧・能美郡の3町が合併して新たにできた市です。この駅のある旧・根上(ねあがり)町(「寺井」駅と名乗りつつも、九谷焼で有名な旧・寺井町内になかった)は、合併前の人口は16,000ほどでしたが、世界に羽ばたくメジャーリーガー・松井秀喜選手や森喜朗元首相といった国民的知名度を誇る人物を複数輩出している町であります。

-JR寺井
【市内】
市内唯一の駅    
【路線】JR北陸本線(米原-直江津間)
【開業】1912年12月20日(訪問は2008年8月)
【1日あたり平均乗車人員】889人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】
(米原方面)小松駅→2駅
          (直江津方面)松任駅→4駅 
 

▼北陸本線の駅も10駅以上UPしていると思いますが、石川県の北陸本線駅は意外にも初登場で、来年開業100周年の節目を迎える駅です。

隣駅のめいほう(明峰)は小松市、こまいこ(小舞子)は白山市の駅です。
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▼ホームは1面2線となっており、1面だけのホーム幅がやや広めなのと、線路のゾーンも広めに取られているので、駅そのものをまたぐ自由通路の橋の部分が長めになっています。

ただホーム上の屋根のあるゾーンはそれほど広くありません。
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▼ホームの屋根下の様子です。

改札口へは地下通路でつながっています。

このすぐ下の写真ともうひとつ下の写真はそれぞれ反対向きに撮ったもので、階段の反対側から撮ったものと階段の正面から撮ったものとを載せています。ホーム周辺は結構カーブを描いているのが分かると思います。
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▼地下階段を降りて改札へ向かうところです。

通路は吹きっさらしではなく、今のような寒い時期はホーム上で待つよりは改札内ではこういうところで待ってた方がまだ寒さがしのげるのかも。
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▼順序がおかしくなりましたが、これをUPしない訳にはいきませんでした。

ホームから見た看板の様子。

旧・辰口町という町も市域にあり、その温泉の看板と共に旧・根上町出身の松井選手の激励看板baseball
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▼駅舎内はベンチが多めにあり、ざっと20脚ぐらいはあるでしょうか。

またミニ図書館状態になっていて、本棚にまばらではありますが本が置かれていました。
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▼寺井駅の駅舎です。

北陸地方の小都市の中心駅にありがちな平屋根・横長・コンクリートの平屋駅です。JRつきの青文字の駅名表示もありがちな気がします。

駅前広場はロータリー整備されている感じではなく、広場スペースが広がっているだけで、タクシーの停車台数もまばらで、やや寂しげな雰囲気の中心駅です。

バス停は駅出てすぐの位置に標識が2本(前のタクシーのすぐ左と駅舎の右端の部分)立っていました。
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