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27兵庫県

2018年11月18日 (日)

山電/荒井駅・伊保駅 (兵庫県高砂市)

兵庫県高砂市の山電/荒井(あらい)駅・伊保(いほ)駅を合わせて御紹介です。

高砂市では、同じ山電の高砂駅や、JRでは宝殿駅・曽根駅をupした事がありますが、これらに続いての駅紹介の形となります。

まずは荒井駅からです。

-山電/荒井
【路線】山陽電鉄本線 (西代-山陽姫路間)
【開業】1923年8月19日
【訪問】初訪問-1991年8月
【1日あたり平均乗車人員】 6,279人/日 (2016年)
【近隣の都市駅】(西代方面)高砂駅→隣駅 
           (山陽姫路方面)飾磨駅→8駅

●駅名標と時刻表

隣が市内中心の高砂駅ではありますが、あまり街の中心という感じでもないかな、という中途半端な印象です。高砂駅は特急停車駅でもありますが。

ダイヤ的には昼間が少なく、15分に1本程度ですが、朝晩は多めです。

ここに初めて来たのが1991年夏に通りかかった時ですが、その後しばらく行っておらず、これは一昨年2016年3月、今から2年半ほど前の姿になります。

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●ホーム1

出口への通路へと至るホーム周りですが、木製ベンチが距離を置きながら設置されています。

向こうの階段を下りて出口に向かいますが、出口の階段はイコールホーム幅で、ここへ出るしかという感じです。

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●ホーム2

向かいのホームと共に見えるカットですが、2面2線のホームというのが分かります。

隣の高砂駅が特急停車駅である事に対して、1.2km離れているだけの当駅は特急は停車しませんが、駅乗車人員としては高砂駅の倍程度あり、高砂市内の山電4駅(高砂、荒井、伊保、曽根)ではダントツで最多です。工場勤務者によるところも多いかと思いますが。

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●跨線橋周辺

エレベータが取りつけられていて、2011年にバリアフリー対応になっているとの事です。

それまで地下道で繋がっていて、今もその状態は保っていますが、そちらのバリアフリーはなく、このエレベータで対応している状態です。

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●地下道

ホームからの階段を下りて行ったところの地下道の様子です。

その降りていった通路の向こうに改札がある、という構造になっています。

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●地上改札

上の写真の改札は南側の工場通勤者向けが主になりますが、通常の街へ出る改札はこちら側の北の改札になります。

南側は工場の立ち並ぶエリアで、キッコーマンや三菱重工、神戸製鋼などの工場があり、またタクマという一部上場企業もあります。

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●駅前目線

駅を出るとこんな感じで、駅前広場にあたるスペースは殆どありません。

ちょっと通路があるだけで、すぐの所にコンビニがあります。

交差する道路が駅前通りという事になりますが、単なる市街地であまり駅前道的な性格のものではない感じです。

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●マップ

「あらい浜風公園周辺マッフ」という形で、駅のすぐ前に出ていました。

南側である海側が工場の立ち並ぶ地帯で、北側が街の方である事がはっきり分かる形で示されています。

そこにはあらい浜風公園という公園がある事がアビーされている感じですが、夕陽のきれいなスポットなのか、そこから見た夕陽の写真も載っていました。

また高砂市民プールも近くにあり、北口の街側では荒井神社や高砂市民病院等があります。

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●荒井駅 駅舎

街側である北口の様子ですが、小さな駅舎であるものの、モニタが設置されています。

駅前の通路がこんな感じで、ホントにスペースが皆無なのが分かると思います。左側はコンビニの建物で、右側は柵で覆われ、幅がこれだけしかなく、車の乗り入れなどできない状態です。

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さて、次はとなりの「伊保駅」です。

-山電/伊保
【路線】山陽電鉄本線 (西代-山陽姫路間)
【開業】1923年8月19日
【訪問】2003年
【1日あたり平均乗車人員】 1,437人/日 (2016年)
【近隣の都市駅】(西代方面)高砂駅→2駅 
           (山陽姫路方面)飾磨駅→7駅

●駅名標周辺

壁掛けタイプと地上から立っているタイプと両方撮れたので載せています。

ここへ初めて来たのは2003年の事と記憶していますが、この記事での写真は基本今から1年前の2017年11月当時の様子です。

曽根と前述の荒井が両隣駅で、これらはいずれも高砂市内の駅です。曽根はJRにも同名駅がありますが、JR曽根駅とは距離があり、連絡性はありません。

駅の開業日は高砂駅、荒井駅と同じで、1923年の神戸姫路電気鉄道の開業時に設置されています。1954年までは伊保村という自治体として存在し、この時に高砂市になって現在に至ります。ちなみに先の荒井駅も同様に、1954年までは荒井村という自治体として存在していました。

伊保は港町として栄え、高砂市内の山陽電車駅の中でも、最も港町の性格の強い駅というところです。

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●ホーム

下3枚のうち、上の2枚は改札方向(姫路方面)で、下の1枚は反対方向(高砂・明石・神戸方面)のものです。

やはり2面2線のホームで、特急停車でない沿線駅は大体このスタイルになっています。

木製ベンチが並んでいますが、荒井駅より密度が高く、数も多く置かれているようでした。

といっても駅の利用者数は、荒井の1/4程度で高砂市内の山電駅では最少です。

≪高砂市内の山電駅利用者数≫

  1. 荒井駅     …6,279人
  2. 高砂駅     …3,328人
  3. (山陽)曽根駅 …1,768人
  4. 伊保駅     …1,437人

   ※1日あたりの乗車人員数

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●構内踏切

荒井駅とは違い、構内踏切で両ホームが繋がっていて、遮断機が下りている時は行き来できない状態です。

面倒なのが、ここで踏切を渡って駅を出て、北へ向かって街なかに出る時に再度踏切を渡らなければならない点です。ここに限らず構内踏切がある駅はどこもそうかもしれませんが、とにかく陸橋などの交差設備が全くないのです。

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●駅前風景

駅前は非常に狭く、とても車など乗り入れられる状況ではありません。

そして狭い道を隔てて、この喫茶店があります。

ここ営業しているようですが、本当にやっているのかどうかわからず、結局入った事がありません(笑)人が出入りしているところを見た事がなく、人通りのある所でもないので入るのに勇気が要るなと…。

建物の雰囲気が独特すぎますが、いつできたのかすごく気になります。建物ができ時期もそうだし、喫茶店として開業した時期も。往時は栄えていたのかな?とか、そういう近現代的な歴史に何かと興味がいきます。建物の雰囲気からして、元々は何かの施設だったのかも…などと思いを馳せてしまいます。喫茶店の入り口とは思えない建物ですよね。

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●伊保駅 駅舎

初めてここに来た2003年も、この記事の2017年当時もこのアングルの姿は殆ど変わっていません。

駅を出ると、この狭い路地を通って、左側に商店が1軒あって、ここで右折するところの踏切を渡って街へ出ます。

駅舎は荒井駅のように横長ではなく、完全に小屋状というか小さな建物としてポツンと存在しています。スペースのせいか建物としてはこれが限界というところでしょうか。踏切渡ってすぐがこの撮影地点なので、車など乗り入れるスペースがありません。

荒井の駅前は店がコロコロ変わったりマイナーチェンジを繰り返していますが、この伊保駅前は変わらず、ある意味落ち着いた街並みが迎えてくれます。

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こんな感じで、荒井駅・伊保駅でした。

2018年10月21日 (日)

阪神/尼崎駅 (兵庫県尼崎市)

兵庫県尼崎市の阪神/尼崎(あまがさき)です。

尼崎市では前回JR尼崎駅をupしたばかりですが、今回は阪神電車の同名駅の御紹介です。

-阪神/尼崎駅
【路線】阪神本線(梅田-元町間)
       阪神なんば線(尼崎-大阪難波間)

【開業】1905年4月12
【訪問】初訪問-1995年9
【1日あたり平均乗降車人員】52,383人/日 (2016年)  
【近隣の主要駅(梅田方面) 梅田駅→8駅 
          
 (元町方面) 今津駅→7駅
           (大阪難波方面) 大阪難波駅→10駅

●駅名標

JR尼崎と同名の、市名を名乗る駅ですが、JR駅とは約2kmの距離があり、バス移動して10分以上かかります。

阪神では三宮以東ですべての列車が停車する唯一の駅であり、利用者数は阪神では4位という大規模駅です。ちなみに上3位は梅田、神戸三宮、甲子園の各駅で、甲子園は球場へは勿論利用者数大ですが、年平均でもこんなに多いとは思いませんでした。

特急は梅田→当駅→西宮と続きますが、梅田、西宮の両駅はこの尼崎から8駅あり、結構すっ飛ばします。

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●ホーム

4面6線の高架駅です。

JR尼崎ほどの規模ではありませんが、阪神ではかなり大規模を誇る駅であり、電車も頻繁にやって来ます。

阪神の本線だけでなく、大阪なんば線へも分岐しています。

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●ホームから見えるもの

この高架ホームからこのように眺めると、素晴らしいものが2つばかり見えてきます。

尼崎城と赤レンガの建物です。

尼崎は城下町でありながらその側面をあまり知られていない感があったのではないかと思いますが、JR尼崎駅からだと確かにその片鱗も窺えません。

しかし、この阪神尼崎駅付近には以前から尼崎城跡があり、尼崎城跡公園となっていてそれなりに城下町を感じさせる風貌となってはいました。でもここに見えているような天守閣があるものとは程遠く、この天守は現エディオンの創業者が私財を投じて市の為に貢献したいとの想いから建設着手され、来年春には一般公開されるという事です。

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●モンパルナス

阪神尼崎駅舎の代名詞的存在のお店として、この「モンパルナス」が構内にあります。

モンパルナス、とは今は亡き「パルナス」の意志を継承するロシア菓子を主力とするお店で、パルナスといえば現在40代後半以上の関西人なら大抵は知っている独特のCMで大変有名なお店です。日曜の朝から当時の子どもたちをなんとも言い知れぬ不安の底なし沼へ引きずり込んだそのCMは一度YouTubeで「パルナス」と検索して是非とも見てほしいものです。

残念ながらその本家「パルナス」には一度もお世話になる事なく、21世紀初頭に会社が事業清算してしまったので、この意志を継ぐ「モンパルナス」には是非一度行きたかったのですが、この時ようやく念願叶ったのでした。

パルナスといえばピロシキなんですが、個人的に食べれないので、ここではピラフを頂きました。オーダーを取りに来た方々を何人か見かけましたが、いずれもロシア人っぽかったです。そういう方々を採用しているのか連れてきているのか…?さすが本流がロシア菓子店!と思いましたが実際のとこどうなんでしょうか…??

かつてのパルナスの味は今、日本でここだけに継承されています。パルナスファンの方には是非とも足を運んで頂きたいですね。

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●阪神尼崎駅 駅舎

この駅舎写真以外、ここまでは2018年10月(つまり今月)の様子だったのですが、ここから下の写真だけは2006年11月当時のものにてお送りしています。

もう12年も前の姿で、今とは全然違うのでは??となりそうですが、駅舎としては正直あまり変わっていませんでした。ここだけ昔のものを載せている理由は、この時に駅前が「尼崎市民まつり」という事で、いろんなお店や人でいっぱいで駅舎が隠れてしまっていたので載せられず、この当時のものを載せた訳です。

当時のこの「アンスリー」というコンビニは現在は「アズナス」と名を変えて営業をしています。

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2018年10月13日 (土)

JR尼崎駅 (兵庫県尼崎市)

兵庫県尼崎市のJR尼崎(あまがさき)です。

尼崎市は、兵庫都の南東部に位置し、人口は450,721人(2018.4.1現在)です。兵庫県では神戸市、姫路市、西宮市に続いて第4の人口を誇る都市です。

大阪府以外の自治体で大阪市と接している唯一の自治体で、限りなく大阪に近い兵庫という感じで、阪神工業地帯の中核をなす「工都」の側面がつよく、また城下町の側面もあり、寺町としてズラリと寺社が並ぶ歴史的な部分も色濃く残っています。

-JR尼崎駅
【路線】JR東海道本線(東京-神戸間)
      福知山線(尼崎-福知山間)
      東西線(尼崎-京橋間)

【開業】1874年6月1
【訪問】初訪問-1998年6
【1日あたり平均乗車人員】45,110人/日 (2017年)  
【近隣の主要駅(東京方面) 大阪駅→2駅 
           
(神戸方面) 西宮駅→3駅
           (福知山方面) 伊丹駅→3駅
           (京橋方面) 北新地駅→5駅

●駅名標

JR東海道本線に属していますが、福知山線へも始発駅として分岐し、更には20世紀末1997年3月に京橋駅とを大阪環状線を横切る形で、こちらは終着駅として分岐しています。東西線では環状線を横切りつつ、大阪駅と長い通路で繋がる北新地駅も通ります。

大阪駅から西へ2駅、東から入ると東海道本線でここからが兵庫県、というまさに兵庫の東玄関駅にして3路線を持つキー駅で、東海道線では新快速が停車します。

この駅名標では、立花は東海道本線で西の駅、塚口は福知山線で北の駅、というここから見た位置づけです。

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●ホーム

端へ行けば青空のもとへも触れられますが、エスカレータの間は上がコンコースになっていて、このような暗いものが覆っているかのような感じです。このコンコースは単なる通路ではなく、店舗も入っているので、結構なスペースとなっていて、その分この暗い空間が広い訳です。

ホームは4面8線もの広大なものとなっていて、JR神戸線・京都線(ともに東海道本線)、東西線、福知山線(宝塚線)で東西線以外は複数その線路が使用されています。

東海道本線では新快速が停車する駅で、神戸、三宮、芦屋、尼崎、大阪、新大阪…へと続いていきます。芦屋に新快速が停車するようになるまでは、三宮からここ尼崎まで新快速がノンストップにつき、電車で立つ事を余儀なくされる時は辛かったものです。現在の芦屋~三宮間もあまり変わりませんが。

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●線路の上から

殆ど屋根に覆われたホームで、逆に青空にさらされた所が皆無でした。

真横にエディオンがあり、駅南すぐ直結状態です。

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●構内

駅構内は改札内でも店舗が複数あり、本屋さんに飲食店が並んでいたりと、さすが新快速停車駅にして複数路線に分岐しているキー駅というところです。

かつては姫路市より人口が多く、合併した姫路市には抜かれましたが、兵庫県きっての都会駅の雰囲気じゅうぶんです。

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●駅北

駅南はEDIONと直結していますが、北側は尼崎キューズモールなどと直結しています。

かつては駅の真北はKIRINビールの工場がありましたが、2009年にCOCOE(ココエ)という商業施設がオープンし、2013年に現在の尼崎キューズモールとなっています。Q's MALLは大阪にてあべのや森ノ宮にも存在していますが、これらは東急不動産が運営しているブランドであるとの事です。

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●バスのりば周辺

こちら側はマンションが立ち並んでいる駅前広場周辺です。

バスは阪神尼崎駅と繋がっていて、少し時間をかけながら走っていました。

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●ブリッジ

尼崎駅北口から向かいへと伸びている歩道橋の様子です。

この円形の柱?で覆われた通路はまるで未来都市の道路のようです、個人的な感覚ですが。

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●円盤

のようなこの踊り場部分が尼崎駅の特徴的部分のひとつかもしれません。

クラゲの本体から足が出ているようにも見えます。

ここから少し離れた阪神尼崎駅はどっしりとした建物ですが、こちらはいろんな形が存在する幾何学的空間を生み出しまくっているようにも見えました。

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●尼崎駅 駅舎

これが駅舎全体ではもちろんありませんが、この駅は全体像の捉えどころがないというか、どう撮れば全体が写るのかよく分からず、とりあえず駅名表示がはっきりある側を撮りました。

この右側に隠れた部分が、キューズモールなどへ繋がる道を有する辺りになります。

兵庫県内のJRで6位の利用者数を誇る駅だけに、駅デパートこそありませんが、大規模な駅舎となっています。

阪神の尼崎駅とは約2km離れていてバスで繋がるのみであり、また10分程度(料金は210円)かかります。ちなみにバスは前のりでした。

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2018年1月27日 (土)

兵庫/丹波 青垣・加古川源流を追いかけて

兵庫県丹波市、旧・青垣町の様子です。

(2004年7月当時)

●R427青垣交差点

唐突に青垣という地名を出してきましたが、その前に丹波市については、当ブログではJR柏原(かいばら)をupした事があります。「丹波」というぐらいで、兵庫県でも少なくとも北にはある事が窺えると思います。

今回はその柏原とは全然違う丹波市の風景の御紹介です。ここへは鉄道でなくバイクでアクセスしたため、関連がない形となっています。

この青垣という地区ですが、兵庫県にあり京都府福知山市と接している県境の町で、また「加古川」という山陽側まで流れている川の源流とされる町でもあります。その加古川の源流をたどるべく、ここに寄ったのでした。実に13年半も前の2004年夏の風景です。

アクセスとして、

自動車では「舞鶴若狭自動車道」の春日IC⇒「北近畿豊岡自動車道」の青垣ICを降りると、程なく「道の駅青垣」があり、市街地へはそこから北西へ少しといったところです。

交通機関を使用する場合は、最寄駅はJR柏原駅ですが、ここから約50分で着くものの、平日に1本、休日には無いようです。(神姫バス 柏原⇒佐治行き)

高速バスでは青垣ICにバス停があり、和田山駅まで30分、豊岡駅までは1時間30分、阪急三宮までは1時間50分程度の時間がかかりますが1日に6本程度あります。

ここは青垣地区内の主要道である国道427号線のあたり、山に挟まれた実にのどかな風景がありました。

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●加古川源流の里

先に書きましたが、ここ青垣は「加古川の源流」とされる地域で、地図で見ていても加古川の川のラインがこの地域内で途絶えています。ここにもその事をアピールする標柱が建っていましたが、この当時は丹波市ではなく、氷上郡青垣町という、この青垣自体が自治体名であった為に、このように売出し文句が表現されていたのだと思います。

また、そんな源流である事をウリに「丹波源流米」というお米も出ているそうです。

たまご直売の看板がありましたが「放し飼い」という表現が(笑)

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●道の駅駐車場

青垣IC降りてすぐの「道の駅あおがき」にやってきました。

ここは、道の駅としては1997年に開業し、この写真は2004年当時であったので、まだ開業10年に満たない頃でしたが、今Webで検索しても、あまり変わりはないようです。

ここは駐車場周辺の様子ですが広々とスペースが取られていて、地域柄というか広大な土地のある地域性が感じられました。

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●道の駅あおがき

こちらは本体です。営業時間は8:30~17:00です。

今も建物としてはこのまんまのようです。

そもそも道の駅というものは、鉄道駅のようにグレードアップ的なものはあるのかな??と思った事がありますが、きっと老朽化に伴っての改築というのは出てくるものと思っています。まだ発足して長い歴史を持つところがないので、先行きはよく分かりませんが。

軒先には手書き看板がズラズラと並んでいて、大変味のある雰囲気でした。

黄色い幟の出ている「まるちゃん」はこんにゃくです。「おいでな定食」というざるそば定食が人気のようです。

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●加古川の源流?

これを辿ってバイクで、川とされる部分を横目に走って行ったのですが…

これが源流なのか??

というような消化不良な感じに終わりました。

ここが始点、みたいなものがある訳ではないようで(いちいちどこの川にもそんなものはないかもしれませんが…)、「加古川源流のまち」と謳ったいるからには、そういうはっきりした地点の標識とかあるのかな?と期待してしまいました。

川の水が途切れる、まさにその部分を見つけられれば良かったのですが…、なかなかそんな風景を他のサイトでも見つけられないですね。どなたか加古川の源流で、ここで川の水が途切れる!という地点を、これを見て見に行く方があれば幸甚の極みです。

以上、丹波市からは青垣地区でした。

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2017年12月 6日 (水)

兵庫/加古川① 【悲報】宝湯 れんばい相次ぎ閉店

兵庫県加古川市、JR加古川駅近辺の一角で今、歴史の転換点を迎えつつあります。

それは

宝湯 閉店 2017/11/9

そして

れんばい 閉店 2017/12/20(予定)

の2つが同時期に、その長い歴史に幕を閉じます

まずは、宝湯!

●宝湯

加古川に唯一残る純然たる銭湯でしたが、おしまれつつこの11月9日に閉店となりました。

全然前触れを知らずに、いつかここへ入りに行きたいと思っていた矢先で、閉店に気づいたのは11月20日頃の事でした。

いかにも昔懐かしい雰囲気の銭湯で、ここにも掛かっている暖簾がそれをまた引き出していました。

JR加古川駅から南西へ歩いて10分程度の所にありますが、閉店となった今も建物はそのまま残っています。まだ先月の事ですけどね。

昭和初期からの建物という事だけで、詳細な歴史は不明ですが、80年からの歴史はあったと思います。

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●お好み焼き屋と旧銭湯

宝湯から西へ歩いて5分程度の所です。

元お好み焼き屋と右隣に銭湯だった所が建屋のみ残っています。4枚あるうちの2枚目の写真には今も残る煙突が見えています。

いちばん下の写真には間口に「xx湯」と湯の字は見えますが、それ以外が分からず、と思っていたら、標識がありました。 「友栄湯」です。1990年代はまだ営業していたのでは?という感じで、2000年代初頭も?という気もしますがいつ廃業か定かではありません。この辺りは旧・友栄町といっていたのでそこから取られたようです。

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●長屋群

友栄湯からまた東へ宝湯方面へ戻り、更に少し南へ進むと、ゴツゴツとした瓦屋根と独特の同じ塀が並ぶ、長屋のような家並みが続くエリアがあります。

建物が画一的で、集団住宅?ではありませんが、どこかの社宅的な使われ方をしていたのかな?とも思わされるような家並みでした。昼でも少々ゴーストっぽい雰囲気でしたが、夜はもっと怖そうな気がします。

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●れんばい

かこがわ廉売食材市場とあります。

「れんばい」は廉売、つまり廉価販売、安い価格で売るという事ですね。

1927年に加古川市の公認市場第一号として開業し、これまで90年にわたりこの地域の食を支えてきたこのスーパー、近代化の波に抗うような佇まいが大好きでしたが、ついにこの12月20日に閉店が決まり、現時点でもうあと半月しかなく、 あと半月で"れんばい"が閉店してしまう、この事だけはこのタイミングで是非ともお伝えしたいと思います。営業している廉売を見れるのは、あとこの半月限りです。

このスーパーの独特なところは、中に占いコーナーがあります。やっていない事も多いですが、何月うまれは何々…といった事を書いてあったり。

ただ、組合員が減り、高齢化し「これ以上は経営が成り立たない」旨新聞にありました。何ともさびしい…こういった如実に街を表わすものこそ残ってほしいのですが、どんどん消え去ってしまいます。

その歴史を終える前にれんばいの記録をこうしてupするのもまたいいものかとも思いました!

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2017年9月26日 (火)

山陽電車/東二見駅・西二見駅 (兵庫県明石市)




兵庫県明石市の山陽電車/東二見(ひがしふたみ)駅です。

明石市では、JR明石駅などをupしていますが、山陽電車の駅も多数あり、今回は初めて山陽電車の駅をupします。

今回は2駅紹介しますが、まずは東二見駅から。

-山陽電車/東二見駅-
【路線】
山陽電車本線(西代-山陽姫路間)
【開業】1923年8月19日
【訪問】初訪問-2003年2
【1日あたり平均乗車人員】 4,232人/日 (2015年)
【近隣の主要駅 (西代方面)明石駅→8駅
           
(山陽姫路方面) 高砂駅→6駅

●改札周辺

これは2003年か2004年ごろのものと思われます。日付が定かではなくすみません。

中にあるものは今と違っている部分もあるかもしれませんが、基本この形ではあると思われます。

と思って調べてみたら、コンコースや出口辺りが改修されていて、割ときれいになっていました。改修後のこの駅には寄った事がないので、この記事では改修前の姿をお送りします。これは改修後の姿を見に行かねば…というところです。

山陽電車で特急の停車する駅であり、やや格上感はあります。この橋上駅舎スタイルにもその事が見て取れます。沿線の駅は大抵改札出たらすぐ出口という感じなので。

同じ明石市内の山陽電車駅には中心駅である明石駅がありますが、この明石駅と当駅のみが市内での特急停車駅であり、山陽電車の明石市内では№2の駅という言い方もできるかと思います。

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●駅南出口

これも旧駅の構造で、改築はされたようですがあまり大きくは変わっていないようです。外観は結構変わっていますけど。

南口を出て、まず階段を下りるのですが、右へ曲がるとそのまま出口へと出て、直進すると駅前の幹線道を横切る歩道橋へと繋がります。面白いのはこの踊り場に一旦降りて、また階段を上がって歩道橋に至り、となっていて、この踊り場が山であり谷であるというところです。

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●南口道路

駅から繋がる歩道橋から見下ろした様子です。

駅前広場スペースが皆無で、駅を出るとすぐにこのような幹線道です。

駅前スペースに相当する部分は、当時は殆どが自転車置場でしたが、今はどうなのでしょうか…??10年ちょっと前の様子ですが、この古めかしい店たちはどれほど残っているのか??これは近いうちに再訪して確認しなければ!というところです。

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●東二見駅 駅舎

南口の駅舎です(当時)

今は構造はあまり変わっていないようですが、かなりきれいになっているようです。

このコンクリート丸出し色のような色が渋くて良かったんですが、時の流れはなかなか何もかもそのままにはしてくれないんですよね…在りし日の記録という事で。

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●駅北口

当時の駅北口の様子です。

南口は幹線道沿いにありますが、北口は少し裏道感があります。

賑わい度合いも違いますが、といって南口が人がワンサカ歩いて賑やかそのものという訳ではありません。

とにかく最新情報を記録と記憶に残してこなければ、と強く思った東二見駅でした。

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-続いて、隣の西二見駅です-

-山陽電車/西二見駅-
【路線】
山陽電車本線(西代-山陽姫路間)
【開業】2004年8月21日
【訪問】初訪問-2004年8月?
【1日あたり平均乗車人員】 2,672人/日 (2015年)
【近隣の主要駅 (西代方面)東二見駅→隣駅
           
(山陽姫路方面) 高砂駅→5駅

●駅名標周辺

何を隠そう「山陽電車で最も新しい駅」で、2004年8月に開業しています。これは山陽電車にとって実に46年ぶりの新駅開業だったそうです。

それまで播磨町-東二見間で2.6km程度あった駅間の真ん中にこの駅ができたのですが、真ん前に「イトーヨーカドー明石店」が開業翌月の2004年9月にでっかくオープンし、これに伴ってこの駅ができた感が強いです。

山陽電車の明石市の駅で最西端がそれまで東二見駅でしたが、当駅の開業に伴い、この座もとって代わる事となりました。

ちなみにこの駅に初めて来たのは開業前後の2004年ですが、ここでの写真は2016年再訪時のものです。

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●ホーム

2面2線ホームです。きわめてスタンダードな山陽電車仕様のホーム規模といった感じです。新駅だからと特別な事も無く。一応3,500人/日ほどの乗降人員を見込んでいたようですが実際は現在5,000人強/日の乗降人員を記録しています。

それにしてもこの駅で一つ目につくのが、所々に彩られているこの「オレンジ」色です。駅の外も結構なもんですが、まずはこの駅内を見てほしいものです。まだまだ若い駅で綺麗さも十分感じられます。

JRでは姫路市を中心に新駅がよく誕生していますが、山陽電車ではここだけで、当時の盛り上がりもいまひとつだった気がします。

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●階段

ここは地区通路で繋がっている形で、開業後10年少し経っていますが、壁面のきれいな事。ピカピカ感がそこかしこにあって、他の駅のもつ渋さはここにはありません。

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●地下道と近郊案内

ホームから降りた地下改札の辺りには、近郊案内の地図と南北両出口の付近の主要施設を載せてありました。北出口があるのをこうして撮った写真を見て初めて認識しました。南側しか出口ないのかと思っていたので、北口がどんな姿なのか想像がつきませんいまだに(笑)

学校を中心に書かれていますが、南口はなんといってもイトーヨーカドーがあります。

で、タクシーのりばは南口にという事で矢印が入っています。バスも通っていて、JR土山駅への便があって、これでJR駅とを結んでいます。

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●駅前道

南口にしか出てきていないので、ここからは全て南口に関する写真になりますが、これは駅から出て南へまっすぐに伸びる道路の様子です。イトーヨーカドーはこの左に隠れた部分にあたります。

この道の向こうは県道に出くわすだけで途中で途絶えてしまいますが、海沿いの公園の手前まで行く格好になります。このまっすぐ伸びている道よりひとつ東の道は、南へ直進すると二見人工島と呼ばれる工業地帯に出くわします。

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●駅前広場

イトーヨーカ堂も覗いて見える駅前広場です。ヨーカ堂との距離感はこんな感じ、ちょっと遠く見えるかも入れませんが、本当に歩いてすぐです。

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●西二見駅 駅舎

内装もそうでしたが、それ以上にこの外観がオレンジ色の目立つ駅舎です。

沿線の他の駅が改札出るとすぐ外なのに対して、ここは改札外は地下道なので、改札を出ても外へ出ずに滞留する事も出来ます。何かお店とかある訳ではないので、滞留しても仕方ありませんが。

そんなこんなでこの新しい駅に括目せよ!とうところです。

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2017年9月16日 (土)

山陽電車/別府駅 (兵庫県加古川市)

兵庫県加古川市の山陽電車/別府(べふ)駅です。

加古川市では、JR加古川駅はじめupしており、山陽電車でも最近、尾上の松・浜の宮という駅を御紹介しましたが、これらと共に加古川市内の山陽電車3駅を構成している残りが当駅です。

-山陽電車/別府駅-
【路線】
山陽電車本線(西代-山陽姫路間)
【開業】1923年8月19日
【訪問】初訪問-2003年2
【1日あたり平均乗車人員】 4,759人/日 (2015年)
【近隣の主要駅 (西代方面)東二見駅→3駅
           
(山陽姫路方面) 高砂駅→3駅

●駅名標周辺

大分県の温泉で有名な「べっぷ」と同じ漢字を書きますが、ここでは「べふ」と読みます。

神戸市西区にも「北別府」という地名があり、こちらも「きたべふ」と読みます。

隣駅は片側は浜の宮であり、加古川市内の山陽電車3駅では最東端となり、もう片側の隣駅「はりまちょう」は現在の播磨町というそっくりそのまま自治体名となっています。かつては「本荘」という駅名でしたが。

加古川市内の山陽電車3駅中では、唯一の高架駅舎となっていて、また利用者数も尾上の松、浜の宮に比べて倍程度あります。明確な中心駅ではありませんが、3駅中では最も栄えている駅といえるでしょう。

ちなみにこの記事での写真は2016年訪問時のものが中心ですが、たまに初訪問時の2003年当時のものを断りを入れて載せていきます。

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●ホーム

高架で2面2線のホームです。

加古川市内の3駅はすべて特急停車がなく、そういう意味では同列の扱いとなりますが、駅前にヨーカドーのようなショッピングセンターをもつ駅は当駅のみです。

加古川市内の乗客はもちろん、隣の播磨町からの乗客もあります。また、1984年までは別府鉄道という鉄道が交差していました。

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●新幹線と並走

右側が山陽新幹線で、このように並走している状態です。

加古川市には残念ながら新幹線の駅がありませんが、新幹線は通っているという状態ではあります。

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●北口俯瞰

ホーム北側から見下ろした様子、新幹線との間の通路が北出口として1本道が短く通っています。

街は反対の南口に広がっています。

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●ホーム階段

高架ホームから下りる階段です。

尾上の松も浜の宮もホーム階段を下りる形となっていますが、これらは地下道を通って改札に出る構造になっていて、当駅はそのまま階段を下りて地上改札に至る構造です。

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●駅構内

高架ホームから降りてきて、1F部分の改札を出ると、駅スペースは高架下のこの1本道のみです。

3段の階段が元々あったものにスロープを追加してバリアフリー対応にしたのかな、という感じが見て取れます。

駅構内にコンビニがあるとかそういったものは特にありませんが、他の駅が改札出るとすぐ出口である事が多いのに対して、ここはこの通路があり、たまにこの通路で滞留している人も居たりします。

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●北出口(駅舎北口)

ホームから眺めた様子は先ほどの写真にありましたが、ここでは降り立っての様子です。

北口は基本的に通路だけで、この通路を過ぎて新幹線沿いの道に出てから街へと繋がります。

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●北出口2003

初めて訪ねた2003年当時の同地点です。

基本変わりませんが、上の2016年の写真には駅舎にエレベーターが取りつけられているのが最大の違いであり、この2003年版はそれがなく、駅名の表示もありません。

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●南口 駅前広場

北口は通路だけでしたが、南口はこのように駅前広場のスペースが取られています。

下2枚中、上側の写真は全くの出たところで、下側は出た後に駅前広場を横から(左から)撮った形のものです。

真ん前にはパチンコ屋やコンビニがあり、広場はタクシーが停まっています。尾上の松や浜の宮ではタクシーのりばはありますが、停まっていない事もあり、ここでは大抵タクシーが停まっている印象があります。

また駅前広場を出て右にそれると、幹線道沿いにカフェやミスタードーナツなどがあります。その向こうにはイトーヨーカドーがでっかく建っていて、駅前を象徴する、また核となる大規模ショッピングセンターです。

バスは加古川駅方面へ、小型車体の「かこバス」が出ています。

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●別府駅 駅舎

南口の駅舎です。

高架駅だけあって規模の大きさを感じます。ですが、駅内に特別な設備がなく、ただひたすら駅の設備のみで構成されています。

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●別府駅 駅舎2003

2003年当時の駅舎です。

現在に比べて駅名表示がかなり大きくて、違う建物のようにも思えます。基本的にエレベーター設置による違いが大きいのですが、駅の面の部分もここではだいぶ変わったようです。味のある駅名表示が消えたのは少々残念ではありますね。

この時は自販機群もこのようにありましたが、現在は撤去されています。

そんなこんなで別府駅をお伝えしてきましたが、当ブログで加古川市の駅はこれにて全駅up完了と相成りました。街の様子もいつかはupしなければですね、ネタはあるので…

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2017年8月 5日 (土)

山陽電車/尾上の松駅・浜の宮駅 (兵庫県加古川市)

兵庫県加古川市のJR尾上の松(おのえのまつ)駅と浜の宮(はまのみや)駅の2駅につきお送りします。

加古川市では、JR加古川駅東加古川日岡駅・神野駅 などをupしていますが、今回は山陽電車の駅の御紹介です。

-山陽電車/尾上の松駅-
【路線】
山陽電車本線(西代-山陽姫路間)
【開業】1923年8月19日
【訪問】初訪問-1997年6
【1日あたり平均乗車人員】 2,027人/日 (2015年)
【近隣の主要駅 (西代方面)東二見駅→5駅
           
(山陽姫路方面) 高砂駅→隣駅

●駅名標周辺

初訪問は今から20年も前ですが当時の写真はなく、最新の2016年訪問時のものをあげていきます。

山陽電車では、加古川市の駅として別府(べっぷではなく「べふ」 )、浜の宮、そしてここ尾上の松とありますが、そのもっとも西端の駅で、隣は高砂市の高砂駅となります。

また、この加古川市の3駅はいずれも特急停車がなく、この駅の隣の高砂駅は停車しますが、これより東で次に特急停車するのは、加古川市を越えて明石市の東二見駅となります。

近くの尾上神社の松は「高砂」にも詠まれている伝統あるもので、ここから「尾上の松」の名がきています。

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●イラスト駅名標

がありました。

聖徳太子ゆかりの寺院にして加古川市の目立った観光地である「鶴林寺(かくりんじ)のイラストが前面に出されています。

ここから鶴林寺へは約1.5kmあり、隣の浜の宮との中間地点というかこの3つが三角形を描くような位置関係にあります。また、JR線路とこの山陽電車線路はほぼ平行に走っており、ここから真北にJRの加古川駅があり、距離にして3km余りといったところです。加古川駅へはバスがおよそ30分に1本の割合で出ています。

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●ホーム

2面2線のホームです。

この沿線の特急停車しない駅は大体がこの形で、高砂駅などは特急待ちで停車している普通電車があったりするので、2面4線あります。

跨線橋はなく、両ホームを繋ぐ地下道で出口へ向かう事となります。

屋根のあるエリアはほんのわずかです。

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●ホームから地下階段

出口への地下階段のすぐ上にベンチがありましたが、階段を下りていくと何やらカラフルな点のようなものが。

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●地下通路

階段を下りて地下の通路には全面的にイラストが描かれていました。

沿線の駅のいくつかはこんな形でイラストがあり、このブログで他の駅についても紹介できれば、と思います。

このイラストは地元の加古川西高美術部の手によるものだそうです。

ブタに風船を括り付けて飛ばそうという発想が、なんだか夢があって?いいなと思いました。なんとか浮き上がっている感もなかなか(笑)

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●駅出てすぐ

地下通路を上がってくるとすぐに改札に行き着きます、基本的に無人駅です。

そしてその改札を出てすぐの目線がこのような形です。

駅前広場はこれを左に進んですぐの所にあります。

昔ながらの雰囲気のお店が真ん前にありますが、駅前売店のような位置づけでしょうか、おそらく昔はもっと栄えていたと思いますが、かなり中身は縮小されてきている感じがします。

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●駅前広場

改札出てすぐ左の道路を通っていくと駅前広場が見えてきます。

更に左へ曲がれば下側の写真のような景色になりますが、ここにはバス停があり、加古川駅行きのバスが出ています。そのバス停のバックに建物が写っていますが、かつての駅前スナック街の雰囲気溢れるものでした。見えているのはお好み焼き屋のみで、この建屋の中に入った事がないですが、スナック街のような雰囲気でした。

ここではタクシーが停まっていませんが、停まっている時は真ん中のロータリーの時計塔付近に停まっています。

広場向かいには「尾上の松駅前綜合市場」がありますが、営業しているお店はわずかで、昭和の佇まいが色濃く残っています。

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●尾上の松駅 駅舎

入ってすぐの所に改札機が並ぶ無人駅舎です。

沿線の他の駅も同様のスタイルであり、画一的で個性はあまり感じられないです。改札入るや地下通路通ってホームへ行くだけで、滞留スペースも皆無です。

横に自販機が多数ありますが、こういうのも真ん前の店が縮小する要因のひとつかなと思ったりもしました。

直角に道路が曲がるその部分にこのように駅舎がある形となっています。

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以上、尾上の松駅でした。

 

続きまして、浜の宮駅です。

-山陽電車/浜の宮駅-
【路線】山陽電車本線(西代-山陽姫路間)
【開業】1923年8月19日
【訪問】初訪問-2003年
【1日あたり平均乗車人員】 2,464人/日 (2015年)
【近隣の主要駅 (西代方面)東二見駅→4駅
           
(山陽姫路方面) 高砂駅→2駅

●駅名標と時刻表

山陽電車加古川市3駅の真ん中に位置し、両隣はいずれも加古川市の駅です。

ダイヤ的にはほぼ15分に1本、通勤時間帯はやや増えて、終電は24時台という形ですが、このあたりは先の尾上の松駅も同様です。

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●ホーム

この駅の初訪問は2003年で、かなり以前より時々利用機会があったのですが、去年行ったら黒い建物が取って付けられたようにありました。

この駅記事の写真も2016年Verですが、バリアフリー化がなされていて、渡線橋とエレベーターが設置されていたのでした。2015年には完了したとあり、この時は割とその後の日の浅い時期と思われます。(去年の話ですが…)

山陽電車の加古川3駅では特急は停車しないし、高架なのは別府駅だけで、という状態でしたが、この駅はバリアフリーで進歩し、尾上の松駅だけが今のところ設備的なウリのない状態?というところでしょうか。

しかしあまりにも取って付けた感満載のカラーリング、が第一印象でした。

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●階段付近

エレベータ用渡線橋がありつつ、従来の地下階段もある形で、基本はこの地下通路で繋がっている構造です。

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●地下通路

この駅の地下通路も尾上の松駅同様、壁画となっています。

尾上の松駅の壁画は加古川西高校の、この駅の壁画は加古川南高校の美術部の手によるものであるとの事です。下半分が街や建物を中心とした絵で、上半分はプレゼントのような箱を持った子が相手に手渡そうとている感じのものでした。

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●駅前広場

右側に隠れている部分が浜の宮駅になりますが、向かいに「ビジネスイン松葉」というビジネスホテルがあるという、駅前にホテルがある点ではなかなかポイント高いなと感じます。

これと別に「ビジネスホテル松葉」というホテルがありますが、これは隣の尾上の松駅の近く(駅前ではありませんが…)にあるホテルで、この系列がここにあるビジネスイン松葉だという事です。

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●バス停

駅を出て、駅前広場の左側にこのようなバス停標識が2本立っています。いずれも「かこバス」という加古川市のコミュニティバスのものです。

真ん前には自転車置場があります。最近はこういう形の地上集中型の置場が少なくなってきたな、と感じますが。

バスはJR加古川駅行きと、別府・海洋文化センター前行きの2系統があります。JR加古川駅へは約20分かかります。

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●浜の宮駅 駅舎

尾上の松と同じような、入るなりすぐ券売機があって、すぐに改札機があるような、滞留性の低い?構造の駅舎です。やはり電車を待つだけの施設という感じです。

それにしてもバリアフリー対応の渡線橋が異常に目立ちます。ここで見てもいかにも、取って付けた感満載でした。小さな駅舎に大きな渡線橋というアンバランスさが新たなウリになるのかも? 画としてとても面白いと感じました。

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●駅前2003

ここからは初めて訪ねた2003年当時の様子です。

まずは駅前広場ですが、今と違うのはビジネスホテルの下の階にトーホーというスーパーが入っていた事で、今はFamily Martとエディックという学習塾が入っています。

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●駅舎2003

駅舎の2003年当時の様子です。

基本的に同じ建物ですが、綺麗に改装されています。

屋根がゴツゴツしていたものがきれいになっていたり、この当時は窓があったものが無くなっていたり、建物が全体的に明るい色に変わっていました。駅名看板が変わっていたのはすぐに分かったのですが、建物がこんなに変わっている事は、ここでこうして見比べるまで気がつきませんでした。

今のように渡線橋などないので、何の変哲もない普通の駅という感じでした。でもこういうのを記録として残しておいて見比べるというのは面白いものですね。今の駅も10年経ったらどこかしかは変わってるだろうな、と感じます。

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2017年4月 7日 (金)

JR朝霧駅 (兵庫県明石市)

兵庫県明石市のJR朝霧(あさぎり)です

明石市では、JR明石駅JR西明石駅JR魚住駅、JR大久保駅、そして山陽電車/西新町駅をupした事がありますが、これらに続いての駅記事です。

-JR朝霧駅-
【路線】
JR山陽本線(神戸-門司間)
【開業】1968年6月20日
【訪問】初訪問-2003年2月
【1日あたり平均乗車人員】 17,098人/日 (2015年) 
【近隣の主要駅 (神戸方面)神戸駅→9駅 
           (門司方面)明石駅→隣駅
 

●ホーム

JRではこれまで明石、西明石、魚住、大久保といった駅の記事をupしてきましたが、唯一の未upであった明石市のJR駅がここでした。今回をもって、明石市のJR駅を全部記事にした事になります。

明石市のJR駅では最東端にあり、市名を名のる明石駅が西隣、これより東が神戸市になる舞子駅が東隣になります。2001年の花火大会での歩道橋事故のイメージがどうしても付きまとうところで、この事件の影響で結果的に花火大会はなくなっています。

隣の明石駅、その隣の西明石駅は新快速が停車し、東隣の舞子駅は快速が停車しますが、これらに挟まれる当駅は普通列車のみの停車となっています。

この駅の初訪問は2003年2月頃ですが、その後何度か訪ねてはいるものの、画像のきれいなものがなかった為、2017年1月に訪問した分を今回記事用に載せています。

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●ホーム

海辺はすぐそこにある駅で、その海側を眺めてのカットになりますが、ここに走っている電車はJRのものではなく、平行に走っている「山陽電車」の車両です。

JRの線路、その南に山陽電車の線路、さらに南は国道2号線、さらにさらに南は大蔵海岸ときて、海というロケーションです。

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●歩道橋

朝霧駅を出て海側へ続く歩道橋です。

これがその事故のあった歩道橋で、海側へ行く人と反対側へ戻る人とがぶつかり合う格好で滞留状態になったといいます。この向こうの海岸にはバーベキューサイトがあります。

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●ホーム2

西側に向かっての視線です、向こうが明石駅という形です。

ホームは1面2線です。普通列車しか停車せず、この辺りでは比較的本数が少なくなります。

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●ホーム3

ここに見える歩道橋は、ホームから上がって改札へ至るまでの通路で、右側の建物が駅舎になりますが、その中に改札があります。

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●階段&エスカレータ

ホームからこれを上がって、その先から線路を跨ぐ通路を渡って改札、の流れとなります。

1面2線で普通列車とか停車しないというスペックの低さでもエスカレータがついているのは、さすがはこの沿線だな、というところでした。

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●明石海峡大橋

が駅のホームから見えます。

ちょっとうっすらな感じですが。

東隣の舞子駅は大橋を渡るバスが出ていて、ほぼ橋と直結状態ですが、この駅はそこから1駅分離れた格好です。それでもこのくらいにはよく橋が見える訳です。

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●駅出て目線

短い橋を通って駅舎を出るとこんな感じです。

向こうは山側(海とは反対側)で、坂道が続いていく事となります。昔この先の病院へ同僚の見舞いに行った事があるなとか思い出しました。

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●朝霧駅 駅舎

結構広めの駅前広場スペースで、あまり車が停まっていないのどかな感じでした。

駅舎は独特の建物の骨組みが目立つ形の建屋となっています。ものすごく密度の低い建物といいますか。

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●朝霧駅2003

これは初訪問時期あたりの2003年頃の駅舎です。今と一緒です。

今回の駅舎カットでアップのものがなかったのですが、この分はアップで撮れたもので、やはり建物の骨組みが目立った感じがよく分かると思います。

この駅の開業は1968年という、珍しい昭和40年代開業の駅で、この当時で35年ほどで、来年でようやく開業50周年を迎えるという新し目の駅でした。

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2017年1月 2日 (月)

JR大久保駅 (兵庫県明石市)

兵庫県明石市のJR大久保(おおくぼ)です

明石市では、JR明石駅JR西明石駅、更には山陽電車では西新町駅などをupしていますが、これらにつづく明石市の駅の御紹介です。

-JR大久保駅-
【路線】
JR山陽本線(神戸-門司間)
【開業】1888年12月23
【訪問】初訪問-1998年11月
【1日あたり平均乗降車人員】 18,739人/日 (2014年) 
【近隣の主要駅 (神戸方面) 西明石駅→隣駅、明石駅→2駅
           
(門司方面) 加古川駅→4駅 

●駅名標

大久保駅、といえば、東京でも有名な場所にもありますし、京都府城陽市にも近鉄の駅として同名の駅があります。

JR山陽本線として、西は魚住駅から東は朝霧駅まであり、今回本駅の紹介によってすべてこのブログでは明石市のJR駅は朝霧駅を除く4駅がupされたことになります。

西明石駅が隣にあり、新幹線駅まで1駅と便利な立地ではあります。ただし、新快速は停車せず、東(大阪や神戸)からやってくると各駅停車では西明石駅までの便が多く、残念ながらすぐ手前で止まる事となります。快速電車で東から来る場合は、西明石までを数駅飛ばしながら来て、この駅から西へは各駅停車となります。

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●時刻表

新快速、快速、普通とあるとすれば、快速しか停車せず、その快速が本駅以西が各駅停車で運行している状態で、その分がここに停車するという格好です。という事で、ほぼ15分に1本、1時間に4本停車するというのが基本線となっています。

こちらに出ているのは東行きの時刻表で、神戸大阪方面のものですが、逆に西行きの方が終電は遅い形となっています。

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大正二年 横河橋梁製作所と銘打たれています。ホームの柱ではなく、ホーム内の時刻表にある柱として活用されています。かつてはホームの跨線橋に使われていた橋梁だそうで、構内ではここで使われていますが、駅前でも使われています。

ちなみにここにある社名は現在は横河ブリッジとなっていますが、東証一部上場企業として存続しています。

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●ホーム

2面4線ホームで、下の2枚のうち、上が東側(神戸大阪方面)、下が西側(加古川姫路岡山方面)です。

新快速のの停車する加古川-西明石の間にある、各駅停車する4駅(東加古川、土山、魚住、大久保)で、最も早く橋上駅舎化された駅で、1996年に橋上化されて両側に出口のある形になっています。以後、土山(2003年)、東加古川(2006年)、魚住(2008年)の順に橋上駅舎化となり、今ではこの間の全駅が橋上駅舎となっています。

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●南側

ホームから見た駅南側の様子です。

「VIVRE」の看板が見えていますが、駅南口がイオン明石ショッピングセンターと直結されています。

1997年10月に「マイカル明石」として開業し、ここに写っているVIVREやSATYなどの複合のショッピングセンターとして建物ごとに、1番街から3番街まで、現在では5番街も追加され、イオンのもとで運営されていますが、かつての隆盛時は店の外壁部分に巨大な広告スペースがありました。これが無くなった頃から経営がどうなのか??と心配してしまいましたが…。

なににせよこの大久保駅が新快速非停車でありながら、いち早く橋上駅舎となったのは、この巨大ショッピングセンターの誕生を控えてにほかならず、その効果によるものかと。

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●ホーム階段まわり

手前に時刻表がありますが、15分に1本間隔は少々長いと感じる時があります。新快速停車駅であっても、新快速しか乗らないという選択肢になる場合は同じく15分に1本という事も少なくないのですが、今のような冬の寒い時は結構こたえるものですね。

ここの電光板に出ている「PASS」は新快速等の追加です。特急や貨物列車の通過等の場合もあります。

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●記念スタンプ

明石原人発祥の地、との事です。

明石市大久保町八木という所で、古代人の腰骨が発見され、しかし当初は真剣に取り合ってもらえず、またいまだに年代が特定し切れない、等色々な難点があるのですが、昔の人の骨が発見された地が近くにある、とされています。

駅でいえば当駅の真南の山陽電車・中八木駅のかなり近くとなり、ここJR大久保駅はその発見された地の「JRでは」最寄駅という事になり、2km近くの距離があります。

ただ、この大久保の地でこれ以外になかなかウリがないせいか、スタンプには原人が使われている格好です。この人骨が原人の頃の物かすら不明な状態でありますが…。

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●南口駅前広場

南口にはマイカル明石と高層マンションが複数建っています。

マイカルへは店舗直通の通路が2F部分で繋がっていて、下の部分はこんな感じですが、ロータリーのスペースがあるのみという感じで、駅出口としては北口の方がメインになります。花壇がきれいですね。

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●南口出口

駅舎というより階段が下りているだけの「通路」という表現の方が合うと思います。

右側が駅ホームや改札などの駅スペースで、通路が続いていますが、左折するとこのように出口へと降りる階段があり、直進すると(この写真でいうと、左へ進むと)マイカルへの直通通路として更に繋がっています。

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●さらに南口

下2枚中の上側は南口の出口からかなり引いたカットで、ロータリーの外周が見える形のものです。と共に、橋上駅舎の構造も垣間見えると思います。下側の写真は駅舎のようですが、南口の階段を降りてすぐの地点からホーム側を撮った様子です。「大久保駅」と表示されているのは、南口駅舎ではなく、ホームからの階段上の(改札周辺の)建物の外壁部分にあたるもので、そこに駅名表示される事で駅名が分かる形となっています。

南口出口階段の横に表示しようとしても、その上に通路があったりして、なかなか目立つ事がないと思われてか、通路より内側の建物の横っ面に駅名表示させている訳ですね。

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●3面時計

北口へ回ってきました。

こちらがメイン側になりますが、駅前広場も広く取られていて、その一角にはこのような時計塔もありました。

さて、この柱、どっかで見たと思ったら…

駅ホーム内の時刻表に使われていた柱とおんなじものです。

やはり大正2(1913)年製ということで、もう100年を越える歴史をもつものですが、今もこうして受け継がれているのはとても素晴らしい事ですね。この時計塔は、その重い歴史によって支えられているのですね。

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●北口駅前通り

大久保駅前のメインとなる駅前の通りで、ちょうど駅前広場を抜けてすぐの辺りです。

明石市は港町そのものというか、南の海側は色々と見どころがあるのですが、北側へ向かっても正直これというものが浮かばず、神戸市北区や加古郡播磨町の主要道へつながるのみ、あるいは第二神明の大久保ICへつながるくらいで、本当に明石市北部って何があるのか?と思わされます。とりあえずこの辺りのような駅前すぐだとこうしていろんな店やマンションがある訳ですが。

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●大久保駅(北口)駅舎

南口が階段だけであるのに対して、この北口は出口階段横に駅名表示があり、正面から見ても外側の建屋に駅名表示があったりして、駅舎然としていてやはりメイン側だなと感じさせます。

初めて訪ねたのが1998年11月の事と記憶していますが、今のこの姿とほぼ同じでした。もう少し早く訪ねて写真に収めていれば、全く違う平屋駅の姿を記録に残す事ができたのに…と思うと少し残念ではあります。

この駅舎の特徴としては何といっても、真ん中部分のルービックキューブのようなクリスタルな部分ですね。こういう形のものを見る度にこの駅を思い出します。

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より以前の記事一覧