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40福岡県

2017年8月12日 (土)

福岡/古賀 フードコートで寄り道

福岡県古賀市、JR古賀駅前の様子です。

(2017年7月当時)

●古賀市観光ポスター

JR古賀駅構内にそれぞれの古賀市のポスターが貼ってありました。

ちなみに冒頭リンクの駅記事は2008年訪問のもので、今回記事の写真はすべて先月2017年7月のものですので直接的なつながりはありません。

「薬王寺の湯」など惹かれるのですが、この古賀駅から距離があり、行きたい場合は少しまとまった時間が必要ですね。歴史街道あり山里あり、といったところですが、今回再訪時もなかなかそういう場所は行けませんでしたが、1ヶ所遺跡に行けたのは収穫でした。

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●Daiei

今やすっかり懐かしのものとなってしまった、このダイエーの鷹のイラストが駅前自転車置場の管理場?らしきところにありました。

10年ひと昔といいますが、まさにそれを感じさせられます。いつの間にかあっさりソフトバンクになってしまったな、という印象でしたが…。

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●未来に残したい巨木

として登録されている古賀駅前(東)のニビシ醤油という会社の前にあるクスノキです。

樹齢100年、高さは15mとあります。意外と若いな、という印象でしたが…樹齢ほどよく分からないものはないと一方にはあり、神秘を感じる部分もあります。

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●古賀駅前

西口の駅前です。

東口よりも街らしい景色、というか市の中心駅前の佇まいです。

下2枚中、上側の写真の写真が線路沿いの道路で、右側に隠れる形で古賀駅が存在しており、下側の写真はそこから左側の大きなビルの前で左折した、線路と垂直な駅前通りです。ただしこの通りの長さはすぐに無くなり、T字路に突き当たる事となります。

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●古賀市マンホール

2パターンあり、いずれもカラーで遭遇できました!

上側はなんただろうsign02と想像していたのですが、なんだと思いますか??

「下水処理場」のデザイン

だそうです。確かにマンホールといえばズバリそのものなのですが、大体その自治体に因むものが描き込まれている訳で、この発想は逆に斬新に思えました。

下側は市の花であるコスモスがピンクカラーで描かれたものです。

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●フリーエリア?

古賀駅西口の駅前通りを歩いていると、このような屋根つきのものが見えてきました。

こういうのを見ると、SLでも展示してあるのかな?と反射的に思ってしまうのですが、特に何というものはありませんでした。

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●「古賀」バス停

古賀駅から駅前通りを少し歩いた所にある「古賀」バス停です。

隣のJR古賀駅行きは1時間平均2本程度ありますが、他の方面には1日1、2便程度で、ほとんど利用できないかな、という感じでした。

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●古賀保線管理室

駅西口の駅前道路を引き返してきて、線路沿いを右に歩いていたところ、渋すぎる建物を見て思わず撮ってしまいました。後から見たら、保線管理室であったと。人がいた感は全然なかったですが…

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●SunLive

サンリブというスーパーマーケットチェーンが駅前にあります。駅前すぐというより西口から右へ少しずれた位置にあります。小倉を本拠とするチェーン店ですが、ここ古賀には1992年に開店したといいます。

この店舗の総面積は20,000㎡あまりで、正方形だと140m程度の四方ですね。ただのスーパーであれば寄ったかどうか考えましたが、フードコートもあるという事で寄ってみました。一時代前の雰囲気ながら、駐車場には沢山の車が停まっていました。この辺で買い物できそうなのは、ここしかないかなという感じでした。歩いていての個人の感想ですが。

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●ざるそば定食

サンリブ内には1Fにフードコートがあり、ミスタードーナツなども入っており、その中でこういう食事の出来るお店「ハッピーメイト」さんにてこのような「ざるそば定食」を注文しました。暑い時にひんやりしたざるそば、おいしかったです。他にもお好み焼き、焼きそば、ちゃんぽんやドリンク、アイスクリームと幅広くありました。

このお店はこのサンリブができる1992年以前から古賀市の方々にはご愛顧頂いている、とありました。また博多華丸・大吉の大吉さんは定期的にこのお店に寄っているのだとか。大吉さんは古賀市の出身で、ふるさと大使も務めているとありました。なるほど、そういう事なんですね。

その街ならではのものを食べられるともっと良いのですが、その街の名物店的なところでお食事を頂くのもまた良い想い出になるというものですね。暑くて脇目を振る余裕もなくここまで歩いて来ましたが、来てみて良かったと思います。

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2017年8月 3日 (木)

JRししぶ駅 (福岡県古賀市)

福岡県古賀市のJRししぶです。

古賀市ではJR古賀駅をupした事がありますが、これに続いて古賀市の駅の御紹介です。

-JRししぶ駅
【路線】JR鹿児島本線(門司港-鹿児島間)
【開業】2009年3月14
【訪問】2017年7
【1日あたり平均乗車人員】 1,411人/日 (2015年)
【近隣の都市駅(門司港方面)古賀駅→隣駅
          (鹿児島方面)新宮中央駅→隣駅、香椎駅→4駅


駅名標


このブログにしては鮮度の高い、先月訪ねたばかりの駅です。以前古賀駅に行った訳ですが、特に記事にできるほどの訪問はしておらず、およそ旅とよべるものではありませんでした。

今回、少し時間を割ける機会があり、こんな所にも寄ってみよう、というところで

「ひらがな駅名である事」と、

「かなり新しい駅である事」

惹かれてやって来ました。

元々「鹿部」という表記であり、駅ができる時の仮称もこの漢字表記であったそうですが、周辺に分かり易くするためにあえて現在の平仮名表記にしたそうです。

2009年開業という事で、まだ開業して8年という新しい駅です。この辺りは、どんどん新駅ができていった印象があり、周辺の駅の開業年はこのような感じです。

千鳥 1991年

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古賀 1890年
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ししぶ 2009年
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新宮中央 2010年

古賀駅の隣に2009年に当駅が開業し、更に翌年にはその隣にも新宮中央駅ができた、という時間軸で、よほど古賀駅周りの新駅要望が高かったのでしょうか。

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●ホーム

両サイドにホームがあり、各々内側に線路が通っている2面2線のホームです。

両ホームにはそこそこの長さの屋根がついていますが、市の中心駅ではない事もあり、それに見合うようなスペックは用意されていないと思われます。

向こうへ行くごとに階段が近づき、そこには橋が通っていて、橋上駅舎である事が分かります。

階段の下はドアがついていて収納スペースか何かに使われていると思われます。この階段の下も柱だけの物から、このようなスペース用のドアがつけられているものまで、千差万別というものです。駅を訪ねてそういう違いを見るのも楽しみ方のひとつです。

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●階段と通路

下2枚の写真中、上側の写真はホームからの階段です。

この階段を上がって改札に行き着きます。

まだ新しい駅で経年劣化の無さを感じました(笑)

下側の写真は、改札を出た後の通路で両出口へ繋がる歩道の部分です。

一見、ホームとホームを結ぶだけの跨線橋かと思う程の通路幅の狭さでした。

手前に写っている階段の上部は「美明口(東口)」という出口への案内が出ています。美明口というのは、この周辺の古賀市美明という地名に因むものです。ちなみに西口は「日吉口」とあります。

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●駅前広場

東口駅前広場のモニュメントです。

この近くにある鹿部田渕遺跡を表したものと思われますが、古墳時代を中心とした建物群の遺跡があり、歴史公園として存在しています。この周辺の柱もそこには沢山立てられていて、当時の暮らしの片鱗を垣間見る事ができます。

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●歴史と未来の窓

と左側の説明部分には記されていました。

モニュメントの所の真ん中のメインの建物の事かと思います。

説明板の内容を写真に撮ったのに、ビックリするほどボヤけてて載せるに値しないものとなってしまいました。

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●駅前バス停周り

駅東口出てすぐ、駅前広場の手前側の辺りですが、バス停に合わせてか、屋根が縁を通っていて、バスは雨をよけて待てるようになっています。傍にはベンチもついています。駅前バス停でも屋根もベンチもないような所もあるので、そういう点では設備が整っていると言えます。

屋根庇は外周をぐるっと囲む形でつながっています。

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●バスダイヤ

駅前の雰囲気と共にバスの時刻表を。

新駅らしいというのか、駅前感が希薄というか…、新駅は駅前広場はよく整備されていたりするのですが、駅前の街並みが駅前感が薄いところが多いなというのを個人的には感じます。

でバスについては、ここは3つの行先があります。

1.古賀駅東口

2.グリーンパーク

3.舞の里

このうち2.が最も多く1日9便程度、1.は5~7本、最少が3.で4~5本です。いずれも土日も運行しています。1日に約20本の便がここにやってくる事になります。ならすと1時間に2本弱の頻度で何がしかのバスが来る格好ですね。

古賀駅は隣駅ですが方角的には北、舞の里はその延長上の方向で、グリーンパークは西(内陸)の方になります。ちなみに古賀グリーンパークとは、自然と健康をテーマとした公園施設という事で、サイトを見るとカラフルな遊具も結構ありました。この時期御家族向けには良い所そうな感じでした。

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●JR時刻表

駅外にある時刻表です。

駅を出てこのように時刻表があるというのは結構珍しい気がします。

1時間に3,4本程度が平均的なところです。博多からは25分前後というアクセス至便性はこの辺りに多数の新駅をもたらしたという事でしょうか、ベッドタウン的に。

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●古賀市案内マップ

このししぶというよりは古賀市としての地図がありました。市の中心駅でないにも関わらずこのような地図があるというのは、それなりの位置づけという事かもしれないな、と思ったものでした。

この古賀市では割に海沿いに線路が通っているのですが、観光として面白いのは線路から遠い内陸部のようで、この辺りは寄りたくてもなかなか寄れませんでした。交通の便の関係もあったりで。

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●ししぶ駅 駅舎

東口しか撮っていませんが、駅舎です。

いかにも橋上駅舎のいでたちですが、四角の上に台形が載っているような形の駅舎です。

同時期にできた隣の新宮中央駅も似たような形の駅舎です。

何か店なり入っているといいのですが、そこまでのスペックがそもそも要求されていないのかもしれません、中心的機能は古賀駅に譲る面も多々ありかなというところで。

再来年でようやく開業10周年ですが、今後この駅前周辺がどのように駅前らしくなっていくのかいかないのか?その辺りが目下の興味の沸くところですね。

以上、ししぶ駅でした。

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2017年6月25日 (日)

福岡/小郡 何気ない日本三大合戦舞台

福岡県小郡市、西鉄/小郡駅からの歩き旅です。

(2011年3月当時)

●駅前通り

駅前ロータリーから西へと通っている通りです。

中層の商店が立ち並ぶ中で、高層マンションがちょいちょい見えていて、という
駅前風景になっています。そのおかげか、閑散という感じではなく、それなりの
街感?はあります。

甘木鉄道の小郡駅はこれを右にそれた形に位置しており、200mも歩けば
行き着きます。

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●街灯

小郡には織姫彦星の伝説があり、「織姫オーディション」なるものがあったり、
ゆるキャラも「彦星くん、織姫ちゃん」なるものが存在しています。

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●小郡市役所(本館)

西鉄小郡駅から出た冒頭写真は駅西側ですが、市役所は駅東側にあります。

という訳で反対側に回り込んでのここ小郡市役所です。

この建物は4F建ての「本館」で、他に5つほどの別館が周辺を固める感じで
建っています。本館は昭和37年築でそこから増築や耐震対応などを経て、
今に至るというところです。人口5万人台の市役所の割に規模大きいな、というのが
感想でした。

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●小郡市役所 南別館

本館とは唯一道を隔てた形で存在する「南別館」です。

本館のようなピシッとした建物とは対照的な感じで、コンクリート色丸出しな建物
となっています。昭和50年築との事で40年以上が経過しています。

正面に市役所別館という表示があるので分かったのですが、そうでなければ
金融機関の建物かと思ってしまいます。実際「福岡県南部信用組合」がこの市役所の
建物に入っていますが、この信組は久留米に本拠地があり16店舗を数えるといいます。

金融機関だけの建物ではなく、市役所の機能も有していて、信組は1Fの半分を
占める形で、残り半分は市役所の生活環境課などがあり、2F3Fも市役所の部署で、
農業振興課等々がここに入っています。金融機関の方と、市役所の方が知り合う
事もあるかな、という感じの共有の建物となっています。

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●市役所前の道

市役所本館と南別館を隔てている道路で、市役所前の道という格好になりますが、
こんな感じの街並みです。

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●市役所横の公園

市役所本館のすぐ東にある「東町公園」です。

とにかく碑が沢山建っているのですが、1359年に起こった大原合戦とよばれる
壮烈な戦いの舞台になったという事で、下に載せている写真のいちばん上の写真の
左端には「鎮魂」碑がありますが、これはその戦いの650年記念として2009年に
造られたものです。

この戦いはあまり知られていないかもしれませんが「筑後川の戦い」とも呼ばれ、
日本三大合戦のひとつとされている事があります。戦死傷者は2万5千を数える
といわれ、それだけに鎮魂費や関連遺跡が多数あるとか。結構地味にすごい場所
であったりしました。

ここはそれらのものが集結している感じで、特に夜になると「気」のようなものが
強く感じられるのかもしれません。

あまり歴史の教科書的には知られていない事かもしれませんが、この合戦により
南北朝時代の10数年間は九州では菊池氏が政治実権を握っていた形となります。
九州といえばどうしても島津氏や大友氏などを想像しがちですが、少なくとも
今の熊本県菊池市は今も自治体名としてその名が残っている格好になっています。

教科書では教えてくれない歴史を現地で学べるのも旅の醍醐味のひとつですね!

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●無料回収

市役所や東町公園に面した道路を東へ(駅から離れて)進んだところに、
このような不用品引取りのスペースがありました。手書き感が凄かったです。

期間延長の「延」の字がよく分からない事になっていました。

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●小郡郵便局

先程の引取り場のすぐ傍にある小郡市内の中心局です。

駅からだと400mくらい歩く事になるでしょうか。

山口県のJR新山口駅を最寄とする郵便局も「小郡郵便局」としてその名が残って
おり、駅名は小郡⇒新山口に変わっても郵便局名は変わりなかったようです。

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●西側へ

最後に西側へ戻ってきましたが、そのワンカットを。

何という事はないのですが、この標識の角を右に曲がると小郡駅前の広場に
行き着く事となります。

左側に写っている西日本シティ銀行は、2004年に西日本銀行と福岡シティ銀行と
が合併してできたもので、全188店舗中160店舗が福岡県内にあるといいます。

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2017年6月17日 (土)

甘木鉄道/小郡駅 (福岡県小郡市)




福岡県小郡市の甘木鉄道/l小郡(おごおり)です。

小郡市では、西鉄/小郡駅をupした事がありますが、同じ場所にある同じ駅の
御紹介です。

-甘木鉄道/小郡駅-
【路線】
甘木鉄道甘木線(基山-甘木間)
【開業】1939年4月28日
【訪問】2011年3月
【1日あたり平均乗車人員】 1,011人/日 (2008年) 
【近隣の主要駅 (基山方面)基山駅→2駅
           (甘木方面)甘木駅→8駅 


●駅名標周辺

今から6年前、2011年3月当時の姿です。

「おごおり」というと、今の新山口駅がかつて名乗っていた駅名ですが、その当時
からここ福岡県には小郡市があり、この小郡駅という名称は1986年から使用され
ていて、開業以来それまでは「筑後小郡駅」として旧国名が冠されていました。

山口県の方は旧・小郡町(現在は山口市)で、2003年までこの駅名で、以後は
現在の新山口駅となっており、1986~2003年の17年間は両方に「小郡駅」
として存在していた
格好になります。

駅ホームはこんな形で階段を上がった先にあり、その正面にこのように駅名標が
見える形になっています。

西鉄小郡駅との位置関係は互いにほぼ十字交差しており、南北には西鉄が、
東西にはこの甘木鉄道のそれぞれ小郡駅が存在しています。両駅間は約200
mで、西鉄の小郡駅の出口がここ甘木鉄道の駅からは少し離れている為に、
駅間自体は距離が短くても、移動距離としては長くなるという形です。

それにしてもこの駅名標、駅名自体は漢字表記がないのですね。

ちなみに向こう側に見えているのは大分自動車道です。

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●ホーム1

御覧のように1面1線のみのホームです。

西鉄の方がメインで、同じ小郡駅の利用者数比で西鉄:甘木では約5:1と
なります。

よってこちらの駅は市名を名乗る中心駅でも規模は小さく、単なる沿線中の1駅
の要素が強いです。

こちらは基山方面として西側へのカットですが、こちら側の隣駅である立野駅は
佐賀県であり、甘木鉄道では当駅が福岡県最西端という事になります。

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●ホーム2

反対側の甘木方面(東側)への眺めです。

自販機の横のこういうカットも少し前のものになると懐かしくて、よい記録になるな
とつくづく感じます。

向こうに薄緑の橋が見えますが、この地点で西鉄の線路と十字交差しています。

この甘木鉄道甘木線において、途中駅で他の路線との乗換があるのは当駅のみ
です。そういう意味では重要な拠点駅という事になるのかなと。

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●ガイドマップ

西鉄小郡駅との位置関係が分かり易いマップです。

この駅周辺は主要施設こそありますが、観光に適したものは別の駅の近くという
漢字です。

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●甘木鉄道売店

駅入口から階段を上がったところです。ここから上がればホームですが、
ちょうど真ん中のフロアにあたります。

酒房「道」という店が入っていたり、「取次所」として、定期の窓口になっていたり
していたようですが、この酒房「道」は検索してもなかなか出てこず、この時は
こののれんの向こうで営業していたのでしょうか?実際に行っても中が怪しげ
過ぎて確認もしませんでしたが。

沿線内で単なる1駅でない部分というと、こうした施設があるというところです。

定期窓口と居酒屋?と隣合わせた不思議な空間でした。

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●時刻表運賃表

ダイヤ的には時間帯によってかなり便数が違っていて、1時間に4本が最多で、
最少は1本となっています。通勤通学の行き帰り時間帯が多く、他の時間帯が少ない、
実に分かり易いダイヤとなっていました。

料金的には甘木駅まで310円(現在は320円)ととなっていて、隣駅でも大板井駅は
なんと110円です。JR含め大人の鉄道運賃で120円より安いものをここで初めて
見たように記憶しています。今でも後にも先にもここ以外は知らないです。安い!

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●甘木鉄道小郡駅 駅舎

こじんまりとした建物ですが、3F建てとなっています。

入口階段横の銀河鉄道を思わせるデザイン描画が何気に印象深いです。

駅舎自体がボコボコした雑然とした雰囲気ですが、このイラスト部分だけ
がキリッとした感じになっています。

特別これといって駅前広場的なスペースがなく、バス・タクシーなども西鉄駅の
方に集まる形となっていて、そこから200m歩くとこんな感じで、道の一角に
唐突に駅が建っている、そんな感じです。この駅舎は6年経った今も変わっていない
ようです。

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2017年3月17日 (金)

福岡/直方 陣屋と遺跡と昭和と

福岡県直方市、JR直方駅からの歩き旅です。

(2010年4月当時)

●駅前通り

今から約7年も前の姿になりますが、直方駅の駅前広場から駅前の道路へと進んで行く様子です。

左側に見えている「Sun Live(サンリブ)直方」という、中国地方西部から九州に多数店舗を持つスーパーマーケットチェーンが写っていますが、昨年2016年8月に閉店してしまい、1.5kmほど北の郊外に移転してしまったそうです。ドーナツ化現象なのか、小都市の駅前って寂れていくなぁ、という事を先日別の町で体感しましたが、ここもそうなったか…という感じでした。

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●直方陣屋城下町

という看板が駅前にありました。

江戸初期の1623年に黒田長政の遺言により、福岡藩の支藩として開かれたのがこの直方藩であったといわれ、当初は東蓮寺藩という名称であったそうです。

この絵にあるのは1700年ごろの城下町の様子です。

藩ができた頃は数百人の下級武士がいたとされ、市街地が形成されていったそうですが、当時は一国一城令のもとで、藩主は城ではなく、陣屋に住んでいたといい、陣屋城下町といわれるゆえんでもあります。藩が開かれて50年ほど経った1675年東蓮寺の地名を直方に改められ、「直方藩」という名称になったそうです。その後1720年に藩主の黒田長清が没し後継がなかった為、直方藩も廃藩を迎え、この藩は約100年でその役目を終える事となり、本藩の福岡藩へ還付されたといいます。

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●圓徳寺

直方駅よりほど近い位置にあるこのお寺、先述の直方藩の創設に伴って、この地に移設されたといわれています。城下町を守る要塞としての役割を果たしていたといいます。

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●直方マンホール

市の木「たいさんぽく」と明確に銘打って表示されています。この潔さがなんとも素晴らしいですね。あんまり「市の木」と律儀に書いてるマンホールは見た事がないので。

たいさんぼくは、「泰山木」あるいは「大山木」と表記し、モクレン科の常緑高木という事ですが、花径が50~60㌢にもなるといわれ、日本の樹木としては最大の花径を誇るといいます。

また直方市では、このたいさんぼくの他にもヤマボウシというミズキ科の植物も市の木として指定され、市の木が複数存在しています。

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●懐かしげな一角

これまた直方駅前よりほど近い地点のカットですが、この昭和感はたまりませんでした。建物の出来合い感というか、看板も何十年となく変わってなさそうな印象も受けるし、この前に立ってしげしげと見続けていたいとさえ感じました。

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●林芙美子 碑

直方駅前にある公園の一角です。先ほどの昭和感満載の一角の道隔てて向かいにあります。

「私は古里を持たない 旅が古里であった」と刻まれていました。

舞台上演回数が実に2,000回を越えた「放浪記」の作者として名高い林芙美子(1903-51)は幼少時にここ直方の木賃宿に滞在し、両親と行商生活を送っていたといいます。母親がバナナの叩き売りをして、近くで芙美子自身もアンパンを売っていたと。親が旅から旅の行商生活というところから出てきたフレーズでしょうか。代表作が「放浪記」というのも実に「らしい」と思います。

彼女の命日辺りにはこの石碑が少し飾られて、献花もされてということで「芙美子忌」としてちょっとした盛り上がりを見せるようです。

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●須崎町公園遺跡

その林芙美子碑が端にあるのは、この須崎町公園で、ここはまた遺跡としても存在し、江戸時代の直方陣屋城下町下で、江戸期の陶磁器などが出土した事が発掘調査で分かったといいます。

他にも江戸後期の墓地や多量の瓦を廃棄した後なども見つかったといい、江戸期の生活を色濃く伝える遺跡として貴重な存在といえます。

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●公園とステージ

最後はこの写真、公園の全体像とそこにはステージが設置され、時にここでライブや市のイベントなどもあったりするそうです。

床面が曲線で盛り上がってるのがなんとも、ですが、こういう加工って結構難しいのでは?と思ってしまいます。隙間なく、タイルの四角形の形も崩さずして、実に見事でした。

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2017年1月13日 (金)

福岡/福津 またまた又ぜー

福岡県福津市、JR福間駅からの歩き旅です。

(2011年3月当時)

●赤いバス

福間駅から眺めた駅前の様子です。

「OMNIBUS」と書かれた赤いバスがありましたが、JR九州の路線バスとありました。

JR九州といえば鉄道車両もこのような色の列車も見られますが、このバスの車体には「RED LINER」とあり、どこか鉄道車両を思わせる雰囲気に満ちていました。

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●駅前を見下ろす

これも福間駅からの様子です。

あいにくの天気で余りで歩きづらそうであった事もあり、まず駅から見下ろしたカットをいくつか撮っていたものです。

駅前の通り様子が俯瞰できて分かりやすいと思いますが、商店街的な通りが続いている事が窺えます。

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●駅前通り

上の写真で見下ろしていた向こうへ続いていく道を実際に下りてきて通ったものです。

「平和タクシー」という看板など、どこか昭和あるいは20世紀を思わせる雰囲気ですが、2011年当時の様子です。

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●又ぜーが里

これも上の写真で右向こうに少し見えている靴屋さんの店先のカットです。

福間駅の記事でもありましたが、ここ福間は「又ぜー」の里という事で、福間駅の駅名標にもこの絵が描いてありますし、何せ「又ぜー」です(笑)

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●小烏神社

「こがらすじんじゃ」というそうで、1854年築の神明造の社殿があったそうですが、約140年にもわたる星霜を経て老朽荒廃化し…とありました。1995年に再建記念碑が立てられています。

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●福間マンホール

旧・福間町時代のマンホールです。

当時の町の花スイセンと「九州の湘南」とよばれる福間海岸とが描かれているそうです。

「九州の湘南」たるゆえんは、ウインドサーフィン等のマリンスポーツが盛んで、その手のものでは屈指のスポットだという事です。更には青い松林や、夕陽も綺麗だとか。

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●福間郵便局

福津市は福間町と津屋崎町との合名による「福津」で、その福間の中心たる所がこの辺りで、同時に福津の中心にもなりますが、やはり平成の大合併で新たにできた市名に合わせるというのは合併から10年ほど経とうとしている今でもなかなか少ないものですね。

やはり改名による計り知れない費用計上を考えると、なかなか変えられない…という事になるのでしょうか?昔から慣れ親しんだ地名をなくさないでほしい!などもあるのでしょうね。

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●又ぜー広告

これは福間駅のほぼ向かいのバスのりばのベンチが並んでいる所で、「お買物は 又ぜー通り商店街へ」とありました。

その下の写真では商店街の駐車場の地図もありました。ある店では、ここで買い物をすると、これら駐車場が20分フリーで利用できます、等あるようですが、「20分」とは…という感じもします。商店街といえど、構成する店の数はさほど多くないようです。

ベンチの真上に並ぶ広告群がレトロ感溢れていました。

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2016年8月23日 (火)

福岡/朝倉 卑弥呼ロマン

福岡県朝倉市、甘木鉄道/甘木駅からの歩き旅です。

(2011年11月当時)

●日本発祥の地!

と、なんとも大きく出たな、という感じですが、甘木駅前の一角に建てられていた碑です。

「卑弥呼の里」とされています。邪馬台国の場所については諸説あり、いまだに特定できない「永遠の謎」といってもよいテーマかもしれませんが、この辺りは遺跡の宝庫で、邪馬台国の条件に当たる要素が多数ある、との内容が傍の案内板には記されていました。

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●甘木駅前通り

時計の前に出ている2つの顔がユーモラスですが、駅前通りの様子です。

高層マンションが複数建ってはいますが、これ以外は比較的低層の建物で続いており、広く続く道には市の中心駅前感はありましたが、中心的エリアは少し先かな?という感じでした。

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●足湯

駅前を歩いていて、ホテルの前だったかにあった足湯です。

「どうぞご自由にご利用ください」などとありましたが、お湯は入っていませんでした…

遠くから見ると「足湯だ!」と分かりながら、いざ行ってみるとお湯が入っていない事に気づくと、本当にガックリくるものですcoldsweats02

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●ホテル

甘木駅前に結構あって、こうして見ただけで複数ありました。

ネットの宿泊サイトで、大都市はいくらでも出てくるんですが、人口のあまり多くない町で、なおかつ駅前ってあまり出てこずに宿泊に難儀した事が少なからずあったので、こういう都市を訪ねた際は「ちゃんと駅前にホテルがある」という、忘備の意味も込めて撮っています。これだ参考になった方がもし居れば幸いです。

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●筑後信用金庫 甘木支店

金融機関の建物って意外と個性的で見てて飽きないので、これと思ったものは撮っています。

ここは、内側にあたる部分がガラス張りになっているのが、なかなか面白いですね。門構えのように非ガラスの外壁部分が構成されていて。

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●甘木駅前郵便局

本局ではなく、駅前郵便局なので規模は小さめです。

しかし、白壁のきれいな建屋で、屋根の具合といい城下町を意識している部分があるのでしょうか?どこにでもこういう感じの郵便局があると言ってしまえばそれまでですが。

甘木というより、朝倉市域という方が正確かもしれませんが、「秋月城跡」が有名でもあるので。この辺りは秋月とは少し距離があるので、この時も行けませんでしたが、今度この辺りに行くのであれば、是非に秋月には行きたいところです。

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●ピーポート甘木

朝倉市総合市民センターであるこの建物、こういったネーミングがなされています。

大ホールは1,000人あまり収容でき、コンサートなども行われ、クロマニヨンズが去年公演を行ったりしています。

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●三面時計塔

上の写真で写っていた建物の向かい側の建物は和風のなかなかのものでした。これは「卑弥呼ロマンの湯」という温泉施設の建物で、ここには入ってきました。

そしてその前には、このような三面の時計塔があったのですが、写真を撮ると、この柱?の部分が必ずどこかしら、このようにキラッと光っていました。

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●あまぎあさくら歴史回廊

と銘打たれた案内地図がありました。

真ん中部分は「甘木市」と旧市名で表記されていたのがまたgoodでした。

邪馬台国候補に挙がるだけあって遺跡が多いのですね。

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●卑弥呼ロマンの湯

の素晴らしい建屋をいろんな角度から。

2004年に朝倉市健康福祉館としてオープンし、入浴料は420円、ととても安いです。大浴場だけだったか、あれこれ何湯というのが沢山あった訳ではなかったと記憶していますが、大きな建物に見合った広々とした浴場の雰囲気は感じられました。

プールやトレーニングルームもあるというなかなかの施設でした。

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2016年1月 4日 (月)

福岡/筑後 羽犬塚のルーツ

福岡県筑後市、JR羽犬塚駅からの歩き旅です。

(2011年3月当時)

●ホテル・エルモント

羽犬塚駅のほぼ真ん前にある好立地のホテルで、ここを訪ねた時に泊まらせて頂きました。料金も5,000円程度でリーズナブルでした。

この出で立ちから一瞬、マンションのように見えましたが、何より駅からすぐなので、ほぼ迷いようのないところです。

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●筑後市マンホール

「chikugoshi」のローマ字を渋い字体で書かれています。時計などで時々見かけますが、「フラクトゥール」という古いドイツ文字ですね。

市の花であるサザンカを中央部に散りばめ、周りに市の木であるクスノキの葉を並べている、という事です。

市の木クスノキなのは、市内に古くて大きなクスノキが沢山あるという事で、緑豊かで鳥の多く集まるクスノキに、筑後市が今後益々の繁栄の想いが込められていという事で、市の花サザンカは、他の花に比べて咲いている時間が長く、長く繁栄するよう願いを込めて選ばれたようです。

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●ある通り

駅からさほど離れていない地点の通りの一角ですが、時が止まった感満載でした。

まだまだこういう雰囲気のところは少なくない訳で、歩いているだけで非日常の気分になれて、気分転換にもなるな、と個人的には思いました。

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●スナック街

スナック街というか、1つのビルに集中して存在している格好でした。

通りかかったのが早朝だったので想像がつきませんでしたが、夜になるとこの辺りが本当に盛り上がるんだろうか?という疑問?は湧かずにいられませんでした。

こんな静かな所でも、どこからともなく人が集まってきて、盛り上がって、お金が落とされて行って、街の人々の生活が回っている…そのサイクルがなされているのか、不思議な感じでした。

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●国道209号

更に駅から離れて、線路とほぼ平行に走る国道に出てきました。

国道209号線は福岡県の大牟田市から久留米市を通る約35kmの道路で、途中にみやま市やここ筑後市などを通っており、この辺りだけでなく、全線通じて線路(JR鹿児島本線)と平行に走っているといいます。

また、大牟田市からみやま市の途中までは同じ国道208号と重複する事もあり、実質的な長さは28km程度になります。

この地点は羽犬塚駅から歩くと300~400m程度でしょうか、すっかり市街地で店や施設が並ぶ通りとなっていて、駅前感は希薄でした。ただ、ここをもう少し進むと筑後市役所があります。

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●筑後市役所

標識と建屋の写真です。

標識は左側に見えていますが、駅から進むと市役所は右に見えてくるので、これは駅方面へ振り返った形でのカットとなります。国道209号を駅から歩いて少し右に入り組んだ形で広場が設けられています。傍の花壇が大変きれいで癒されます。

市役所の建屋てっぺんには、新幹線開業が「決定」として看板に掲げられていました。

この時は2011年3月20日、九州新幹線の延伸開業がなされてわずか8日という状態でしたが、何せ東日本大震災の報道に連日衝撃を受け続けていた時期でもあり、新幹線開業のお祝いムードもなかなか響かなかった感もありました。

市役所自体は2階建てという低層で、その分横に広い建屋でした。

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●御茶屋跡

国道209号を更に駅から離れて、北方向へ進んでいった「羽犬塚小学校」の前にあたり、駅からの徒歩距離(駅前通り直進→国道209号の交差点で左折した場合)でいうと1km程度になります。ここは「薩摩街道」とされ、(坊津街道)と表記されています。

坊津街道は、筑後市内を南北に貫通し、ここ羽犬塚は松崎、府中と共に「筑後三宿」に称され、整備された宿泊施設としての「御茶屋」がこの地にあったといわれています。

ここでの御茶屋は、街行く人が休憩を取る「茶屋」というものではなく、大名が休泊する「本陣」的な意味合いで、ここは久留米藩直営の施設であったといわれています。

建物は17間×28間で、その他付属地を合わせ約1,200坪、4,000㎡にもなる広大な施設であったようですが、その面影は植えられていたツバキやソテツなどに残るのみで、施設は小学校になり変わってしまっているようで。もしそれらの建物が残っていたら、完全にこの辺りは観光コースから外せないエリアになっていたのでは…と思わされました。ここでもこうして跡地として残す形にはなっていますが。

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●羽犬

この「羽犬塚」のルーツであり象徴的な存在である「羽犬」が、同じく羽犬塚小学校前に像として設置されていました。羽犬塚の駅にもあったものです。

後ろ足を上げて羽を広げているのがなんとも不思議な印象でしたが…

駅記事にも書きましたが、この犬の伝説は諸説あるものの、豊臣秀吉の九州討伐に関係して生まれたものとされており、犬を弔う塚はこの北の宗岳寺というところにある、と説明書きにありました。

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●宗岳寺

そして、この塚のあるという宗岳寺(そうがくじ)へ。小学校とは目と鼻の先で、国道209号とクロスする国道442号との交差点の角にあります。

犬の塚と共に、六地蔵も祀られていますが、これは秀吉がこの寺に来た時に寄進したものと言われています。

このような福岡県の小都市において、天下統一を成し遂げた人物にまつわる場所であるものの、有名な観光地でもなく、人が絶え間なく出入りするような賑わいもなく、あくまでひっそりとしていましたが、そういう所だからこそ余計に訪ねたくもなり、このように取り上げてみたくもなりました。

羽犬塚という地のもとになるこの場所を訪ねた事で、筑後市の旅が潤いあるものとなり、ここへ行った、という明確な証しもつくれて良かったと思いました。

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2015年12月21日 (月)

福岡/田川 後藤寺の商店街いろいろ

福岡県田川市、JR田川後藤寺駅からの歩き旅です。

(2011年3月当時)

●たがわマップ

駅前の周辺図です。

右上から左下まで、対角線ではないものの斜めに線路が通っていて、当駅は地図の真ん中よりやや左下の、線路が三つ又になっている部分です。

対して、ほぼ真ん中あたりにあるのは、田川市内のもう一つの中心駅である「田川伊田駅です。地図右側に各施設が番号つきで紹介されていますが、殆どのものは田川伊田駅を囲むように点在しています。

伊田駅の方はこの時行かなかったのですが、行っておけば…と少々後悔もしました。ただ、この後藤寺-伊田間にも結構点在しているので、伊田方面へ向かってのアプローチもありかな、というところですね。

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●駅前の路

駅を出て右側を向いたところは、このような道路になっていました。

手前から右折して、更に左折するのですが、この部分が駅の線路を跨ぐ形となっていて、出口の反対側へ向かう時もこの道路を通る事となります。

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●駅前の路・2

こっちがメインの駅前道になるかと思いますが、上の写真の道路と繋がっています。

こちらは駅を出て左前に位置する感じです。

福岡の名物として名高い「ひよ子」でお馴染みの「ひよ子本舗 吉野堂」の店舗がありました。

「ひよ子」は1912年に、同じ筑豊の都市である飯塚で誕生して以来、既に100年を過ぎた伝統ある銘菓ですが、この当時は2011年で、99年というまさに節目を迎えんとする状態でした。

ただ、このお菓子が博多に進出したのは昭和30年代になってからで、その後福岡を代表するお菓子になっていったという訳です。

当日は雨ふりで、こんな風に景色を撮るのもなかなか大変でした。

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●田川ごとうじ銀天街

上の写真の駅前商店街を進んで程なく、横を見るとこのようなアーケード商店街がありました。

これはもう入るしかない!ですね。

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●銀天街を往く!

アーケードに入って、この「後藤寺」という大きな赤い提灯はインパクトがありました。

内装はかなりきれいで、華やかに装飾されていて、活気ある雰囲気なのですが…、肝心の店が軒並みシャッターが下りてしまっていて、ゴーストタウンを歩いているようでした。

この田川は、かつては炭鉱で栄えたいかにも筑豊地方らしい街で、ここも炭鉱操業時は大いに栄えたようですが、1969(昭和44)年をもってすべての鉱山が閉山となり、人口も昭和33年当時は10万人いたものが、今では半減してしまっているという現状です。

当時の栄華はこの商店街の華やかさな内装に表われ、その後廃れていった街の様子はこのシャッターのおりた店の並びに表われている、そんな気がしてならないです。

これらの店たちは一体いつまで「現役」だったのか、と思いを馳せずにはいられませんでした。ここの限らず、北海道でも同様にかつて炭鉱で栄えた街を見ると、いつもその事を感じさせられます。

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●後藤寺の歴史を限りないものに!

という大きな絵も商店街にありました。

おじいさんから若者へ、後藤寺の歴史を後世に継いでいこう、という表われでしょうか。

また伝統とふれあいの街 田川ごとうじ銀天街 藤薫る、出会いのみちとして、写真が数枚大きく載せられていました。

廃れゆく街への危機感がありありと見えた気がしました。

こんなに天井部分が華やかに飾りつけてあるのに、開いていない店舗が多いのは大変勿体ないですね。

どこの町でもこういう商店街の活性化は難題として突きつけられているとは思いますが…。

ちなみに田川市の中でも、伊田よりもこの後藤寺の方が衰退が顕著といわれ、2004年の福岡県の計画では田川では伊田が拠点、後藤寺が復拠点、という位置づけだそうです。

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●サンシャイン通り

ここは文字通りアーケードのない、「太陽の昇る」通りという事でしょうか。

これまたシャッター、シャッター…という感じの商店街ですが…。

それでもこの通りは冬に市が開催されたり、夏にも納涼夜市が行なわれたり、スポット的には賑わうようです。

昭和30年代には、この通りは「朝映通り」とよばれ、実際その名前でゲートがつくられていましたが、今の名もほぼこれを受け継いでいる形ではありますね。

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●上本町商店街

「プロムナード 上本町商店街」と銘打たれた入口から来ましたが、ここもまた内装は結構豪華。

シャンデリア様の電灯とか、両サイドの飾りつけとか、天井なども寂れた感はなく、暗い通りでもない…でもシャッターの下りている店が実に多かったです。

八女茶のお店があるところに筑豊らしさが感じられます。

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●再度駅まで戻って

上本町から駅の方へ戻り、銀天街の入口方向へ再度。

右手前の家具店は現役じゃないだろう、と勝手に思って探していたら、この店が開いた格好の写真がありました。しかも「モバイルたがわ」なる地元関係のページに。ただしそれがいつのものかは分かりませんが、そんなに遠い過去の事ではないと思います。

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以上、いろんな商店街を見てきましたが、その外にも目を転じれば、更にかつては炭鉱で栄えたのに…感が強くなるのではないかと思います。

次は伊田の方にも行ってみたいものです。

2015年11月18日 (水)

JR羽犬塚駅 (福岡県筑後市)

福岡県筑後市のJR羽犬塚(はいぬづか)です。

筑後市では以前にJR筑後船小屋駅をupした事がありますが、今回の羽犬塚駅の方が市の中心駅となります。

筑後市は少し変わった状態で、

筑後船小屋駅 新幹線停車駅 中心駅でない

  羽犬塚駅  在来線のみ   中心駅

という「ねじれ構造」ともいうべき形となっています。

九州新幹線で見られるパターンとしては、

 〇×駅 在来線のみ 中心駅

新〇×駅 新幹線停車 中心駅でない

のようなのはありますが、全く違う駅名でこの状態というのは稀かと思います。

-JR羽犬塚駅
【路線】JR鹿児島本線(門司港-八代間)
【開業】1891年4月1
【訪問】2011年3
【1日あたり平均乗車人員】 3,065人/日 (2010年)
【近隣の主要駅(門司港方面)久留米駅→3
           (八代方面)筑後船小屋駅→隣駅、瀬高駅→2駅

●駅名標

九州の駅らしくその駅に因んでのイラストがあり、ここには羽の生えた犬が載っており、諸説ありますが豊臣秀吉に因んだ犬です。秀吉の行く手を阻んだ犬、秀吉の愛犬等々全く逆の解釈が説として流れていますが…

新幹線のある筑後船小屋駅は隣駅になります。

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●ホーム

2面3線で両ホームは跨線橋で繋がっているというスタンダードな構造です。

市の中心らしさが長く続くホーム屋根に窺い知れます。

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●恋むすび

駅舎側のホームにありました。

市内ににある「恋木(こいのき)神社」に因んで置かれているようで、個人的にこの駅で最も記憶に残ったものでした。

全国で唯一、といわれる「恋の神様」だそうで、ここから徒歩約20分の所にあるといいますが、現地へ行けない方はここで触ってくるのも良しかな、と(笑)

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●自由通路

駅の外で跨っている自由通路です。

当駅は橋上駅舎ではなく地上駅で、ひとつの出口から入っていく形であり、これは駅ホームの跨線橋のように駅の内側で跨っているものとは別に、出口から線路を跨いだ向こう側へ出るための通路です。

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●駅前広場周辺

2つあるうちの上側の写真は駅側からの広場周辺の様子です。

小さいながらカラフルなお店が軒を並べていました。

下側の写真では新幹線の高架が長く続いている様子が見えますが、この景色がなんとも素晴らしかったです。当時は2011年3月、あの東日本大震災があったのと時期を同じくして、というかその翌日に九州新幹線が開業し、その僅か1週間後がこの写真の時期なのです。

開業から4年半以上が経過し、九州新幹線もすっかり定着しましたが、この時は「ついにこんな所にも新幹線が通る時代になったか」と思ったものでした。

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●羽犬の像

羽犬塚駅前の最も象徴的なものとして、この羽犬の像があります。

この羽犬には複数の説がありますが、先述の通り秀吉にまつわる犬とされており、このようなモニュメントもこの駅前だけでなく、他にも何ヶ所か設置されているようで(下側の写真の右側に例示されています)、実際1ヵ所は街なかで見かけました(羽犬塚小前のもの)。

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●羽犬塚駅 駅舎

2009年にできた新駅舎です。九州新幹線の高架工事に伴って駅舎を移転した末にできたといいます。

規模が大きくなったとかそういった事はないようで、橋上駅舎化された訳でもなく、ただスタイリッシュになったというか、そんな感じを旧駅舎写真と見比べてみると抱きます。

筑後市内で中心駅ではない筑後船小屋駅の方が新幹線が停まるためか、駅舎規模としては遥かに大きいのですが、それでもこの羽犬塚の方が中心駅なのです。

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