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34広島県

2017年4月29日 (土)

JR東広島駅 (広島県東広島市)

広島県東広島市のJR東広島(ひがしひろしま)です

東広島市では、JR西条駅 JR寺家駅をupした事がありますが、前回寺家駅に続いての東広島市の駅記事です。

-JR東広島駅-
【路線】
JR山陽新幹線(新大阪-博多間)
【開業】1988年3月13日
【訪問】初訪問-2012年11月
【1日あたり平均乗車人員】 1,226人/日 (2015年)
【近隣の主要駅 (新大阪方面)三原駅→隣駅 
           (博多方面)広島駅→隣駅
 

●駅名標周辺

初訪問は2012年11月でしたが、先月2017年3月に再訪した時のものをupします。

新幹線のみ停車する駅で在来線はありません、広島県だと新尾道駅も同様に新幹線のみの駅です。

東広島市は西条駅が中心駅となりますが、ずっとその名を変えずに、市名である東広島の名が、昭和最後の年である1988年に新幹線のみで開業したこの駅につけられました。新尾道駅同様に、費用は全額地元負担にて賄われたといいます。

隣駅は政令指定都市の広島駅です。広島駅の隣が東広島駅というまるで在来線のような名前の並びですが、これは紛れもなく新幹線の駅名標です。ちなみに西広島駅というのが在来線で、広島駅の西2駅の所にあります。駅数でいうと、在来線の西広島駅の方が遠い事になるというなんとも不思議な感じです。

不思議といえば、この窓越しの風景ですね。普通に住宅地で、新幹線駅の窓越しとは到底思えませんでした。

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●駅裏

駅出口が片側しかないこの駅では、大阪方面のホーム窓から見えるこちら側は駅裏という事になります。この辺りは新幹線のみの駅が多く、新尾道やここ東広島、山口県の新岩国など、正直なんでつくったのかと、??がつくような所が多いと思ってしまいます。

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●醸華町

「じょうかまち」と読ませているのかと思いますが、西条という都市名の前にこのように冠していて、地酒が沢山展示されていました。

西条駅とは5km程度距離がありますが、この東広島駅周辺に特に何もないせいか?中心地である西条の地酒が展示されているというところでしょうか。西条の酒蔵はこの市にとって大きなウリのひとつでもあるので。

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●駅周辺図

この地図の左上部分が現地である東広島駅になりますが、ほとんど何もありません。

駅近くにゴルフ場があるくらいで(笑)

ずっと下端の方まで行くと西条駅になりますが、さすがにこの辺りは色々とあります。新幹線のルートが元々決まっている後から駅ができたので、駅設置の要求があっても山陽本線からそれたどこかに置かざるを得なかったのでしょうが、このエリア自体が開業後それほどの発展を遂げていないのもあるかなと思います。

新幹線単独駅というのはどこも同じような、周辺の発展が伸び悩んでいる感じが実際訪ねてみて見受けられます。

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●駅前広場

市内の中心部西条駅方面は勿論、市外では竹原駅行きのバスも出ています。

線路としては西条駅などの山陽本線が北にあり、竹原駅などの呉線が南にありますが、この東広島駅の通っている新幹線の線路はこれらの間に位置しています。

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●駅前広場2

上の写真よりやや右側に目線を移したカットです。

東横インがでっかく建っていますが、それだけという感じで、駅前に他に目ぼしいものは見受けられませんでした。

西条駅からバスに乗ってここまでやってきましたが、途中駅前で寄れそうなところがあれば降りて寄ろうと思ったものの、そう思える場所がなくて結局駅まで来てしまいました。

ちなみに西条駅から東広島駅までバスで行くと所要時間約20分、340円で行けます。頻度的には1時間に1~2本というところでしょうか。

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●東広島駅 駅舎

おどろいた事に?!平屋駅舎です。

新幹線停車駅でありながら、普通の在来線の駅舎のようなこの佇まいがなんともいえませんでした。

駅舎内は土産物店等ありますが、設備的には最小限といった感じで飲食店はなかったと思います。とてもこじんまりした雰囲気でした。

新幹線では広島の隣ですが、全然雰囲気が違っていて、興味のある方は広島まで寄ったついでに行ってみても良いのでは?というところです、興味本位で?!とにかくおよそ新幹線駅とは思えない駅でした。行った事はありませんが新尾道駅もこんな感じなのだろうか?とつい思わされてしまいます。

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2017年4月26日 (水)

JR寺家駅 (広島県東広島市)

広島県東広島市のJR寺家(じけ)です

東広島市では、JR西条駅 をupした事がありますが、これに続いての駅記事です。

-JR寺家駅-
【路線】
JR山陽本線(神戸-門司間)
【開業】2017年3月4日
【訪問】2017年3月
【1日あたり平均乗車人員】 記録なし (新駅のため)
【近隣の主要駅 (神戸方面)西条駅→隣駅 
           (門司方面)広島駅→8駅
 

●ホーム

先月、この3月4日に開業したばかりの新駅です。

訪ねたのは開業日でこそないものの、開業して2週間後の事でした。在来線で関西から広島へ移動していた際に、見た事のないこの駅名のホームを見かけ、「こんな駅あったっけ??」と思い調べていたら、この前出来たばかりの新駅だというので、広島からの帰りに寄ってみたものです。

東広島市の中心地区である西条から2、3km離れていて、国鉄が分割民営化してJRになった30年前から、この地区への駅設置が要望されてきたといいます。2009年になって事業案が公開され、2010年に周辺の工事着手となったようです。

新駅につき駅利用者数の記録はありませんが、計画では1,400人/日の利用が見込まれているといいます。ちなみにこの数字は1日約10,000人の乗車利用のある西条駅の約15%にあたります。西条とは全く違う地区として少な目に設定されているという事でしょうか。

ダイヤ的にはこのように(これは三原等東方面ですが)1時間あたり4、5本というところです。

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●ホーム1

今やすっかりおなじみとなりましたが、線路と平行に並んでいるベンチがここにも設置されていました。待っているそばから次々と電車がやってくる訳ではないので、やはりこのような座れるスペースというのは貴重なものです。

線路に向かう形のベンチだとそのまま立ち上がって、泥酔者の場合はホームへ転落する可能性が高くなるので、このような向きになったといいますが、その効果は表れてきているのでしょうか?

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●ホーム2

2面2線の橋上駅舎です。

この階段を上がると、改札口になっていて両サイドの出口へとつながっていきます。

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●ホームを見下ろし

上の写真で橋の部分が見えていますが、そこから見下ろした様子です。

向こうの方を見ると新駅らしく更地が広がっていました。

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●自由通路内

ガードレールのようなもので区切られた通路内となっていました。エレベータが設置されていました。

出来たてホヤホヤの新駅、全てが新しいですね。

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●寺家駅周辺案内図

ちょっとわかりにくいですが、駅はこの地図のど真ん中にあって、周りにはこれといったものが特にない状況です。今後再開発とかあるのでしょうか??

左側の広告?を見ていると病院の案内がやたらと多いのですが…

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●自由通路2

通路が仕切られているのがとても印象的な自由通路なのですが、その仕切り面には看板も少なからず立っていて、今はそこに駅ができるまでの様子をスナップショット的に展示されています。時期が経ってくると一般的な広告になっていくのでしょうか?

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●南口駅前

まずは南口へと出てきました。

なかなか新駅らしい風景で、そこそこのハコモノは駅前にあるけれど、それらだけという感じで、まだまだこれから感がそこかしこに感じられました。

そのハコモノのひとつである「広島県信用組合 東広島支店」が見えていますが、これは先日4月17日オープンという事で、つい先週オープンしたばかりです。この訪問時は3月であったので、まだ開業していない状態でした。ちなみにYahooの地図で検索してみましたが、まだ出てきませんでした。

南口のバス停には隣の西条駅行きのバスが出ていました。JRバスで平日は1時間に1本程度ありますが、休日になると半減します。単に西条駅に向かうのであれば、JRの方が全然便数が多い形です。もうひとつ芸陽バスというところからも出ていますがこちらは1日3便のみです。

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●寺家駅駅舎(南口)

典型的な橋上駅舎の形です。

前の面で両サイドに階段が下りているというTHE橋上駅舎、という感じです。

新駅というと、形的に幾何学模様的なものが多いと感じるのが個人的なところですが、そういう意味では「らしからぬ」感じもします。結構オーソドックスな形といいますか。

1日1500人程度の乗車を見込んで、この駅舎というのはなんかすごいと思います。その程度でこんな大きな駅にしたのか、という感じで。総事業費は20億円といわれ、東広島市が全額負担とありました。かくして東広島市で10番目のこの駅は、このような立派な形でできあがった訳ですね。

ロータリーも整備され、タクシーが一定エリア内に複数台停まっていました。

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●再度、駅周辺案内図

駅の自由通路にあったものとは違ったタイプでの周辺案内図がありました。

こっちの方が周りの様子がより分かり易いでしょうか。でもやはりこれといったものは特にない感じでした。

この地図は左上が北ですが、国道486号が線路とほぼ平行に通っており、また周辺には池が多いなと感じさせられます。

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●寺家駅 完成記念碑

駅前にあった碑です。日分は開業日の日付にて刻まれています。

文面には、この寺家地区だけでなく東広島市の発展の核として期待されている旨が記載されています。そこまで期待されてるの??と正直思いましたが、そうであってほしいとは思います。折角このような立派な駅が造られた訳ですから。

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●南口駅前2

駅すぐ傍から、駅前広場を含めた駅前の目線はこんな具合です。下にテナントのついた高層マンションがありますが、これも散発的に大きなハコモノがあるだけで、この先コレラマンションが増えていくのかどうか…というところでしょうか。しかしここに駅ができなかったら、これらのハコモノもできなかったのかも…とも思いますね。

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●北口駅前

北口に転じてのカットです。

どちらかというと南口の方がメインかなといった印象です。

こちら側はとにかく更地が多かったです。一方でコンビニがあったりしましたが。

でも駅ができる前はどんなだったのでしょうか?

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●寺家駅駅舎(北口)

橋上駅舎では両側同じデザインである事も少なくないのですが、この駅はちょっと違う形でした。色づかいや基本デザインは大体同じですが、この北口の方がやや簡素で、横に伸びている階段部分も建物の芯の部分とは色が違っていて、階段横の壁に大きな屋根が覆いかぶさっているだけの形となっています。これを見るだけでも南口の方がメインかなと感じさせられます。

この北口の方が余計に更地が多く感じたので、発展という伸びしろもあるのかなという気がします。碑文にあったように、この地区だけでなく、東広島市の発展に大きく寄与するような、そんな駅になってほしいなと、ここに行ってみて思いました。

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2016年10月19日 (水)

広島/三次 巴橋までのんびり行こう

広島県三次市、JR三次駅からの歩き旅です。

(2016年8月当時)

●三次駅案内図

駅前の様子がMAPでありましたが、やや左上の橋を渡ってからの方が通りとしては面白いようです。前回訪問時は駅とバスセンターの短距離の往復に終始し、初めて来た西暦2000年の時も殆どまともにめぐっていなかったので、2016年にしてようやくちゃんとした旅をする事に。

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●三次駅 新駅舎

駅記事は2011年訪問時の様子を載せていて、ここでは今年8月の様子をお届けの形になっていますが、ナント駅舎が変わっていました。去年2015年春にこの新駅舎供用がスタートしたそうで、そんなこと何も知らずに普通にやってきてビックリしました。再訪の理由は、先述の通りここの駅前をまともに歩いていなかったので、街歩きをしようと思って、の事でした。

以前の大型駅舎からだいぶコンパクトになっていました。駅記事と見比べて頂ければ大体分かるかと思います。JR三次駅、と表示のある下にコンビニが入っています。

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●バスロータリー

前の駅周りに比べて、かなりこのバスロータリーのエリアが広大になったと思います。

駅舎はこの左手前に隠れている格好になります。

なんでこんなに広大になったのか?と思っていて、駅前の通りを歩いて程なくその答えが分かりました。

駅からまっすぐ歩いて5分もしないくらいの地点に「三次バスタセンター」があったのですが、今回行ってみるとなくなってしまっていたのです。その機能が全部この三次駅前に集約された訳です。

写真の向こうに見える建物は物産店うりばとバスの待合室を兼ねたスペースで、2Fのお好み焼き屋さんは(最近二度訪ねましたが)しょっちゅう人が並んでいました。そんな事もあってか前に着た頃よりも、この三次駅に人がいる率がたいへん上がったように思います。

近場のバスもあれば、島根県の郡部へのアクセスバスもあり、また広島駅への高速バスも発着します。

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●三次市観光協会

上の写真の向こう側に写っている建物の左半分が、この観光協会です。

玄関の真ん前にはかつての人気長寿番組「お笑いマンガ道場」の名司会者・柏村武昭氏の写真が立っていました。

彼はこの三次市出身であり、広島の中国放送のアナウンサーがキャリアの最初でもあり、広島を中心に活動している広島の顔的存在の1人で、途中参議院議員など政治の世界へ転身しましたが、現在は再び放送業界にカムバックしており、70歳を過ぎた今もご活躍中です。

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●駅前通りへ

三次駅からまっすぐの目線で、向こうが駅前のメイン通りとなりますが、建物がまばらで高いものも少なく、盛り上がりに欠ける雰囲気でした。

そんな中、駅前の左半分から出てきたバスが颯爽と三次駅を離れていくところでした。

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●駅前通りへ 2011

2011年当時の三次駅前の様子で、同じように駅前の通りの様子です。

この時の方が建屋も続いていて、駅前感があったように思います。駅も前の方が大きったしで。

再開発されて、当時あった建物の多くが現在は無くなってしまっているようで、駅舎共々縮小されたような気がしてならずでした。

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●三次バスセンターありし頃

これも2011年当時の様子ですが、三次駅からまっすぐ伸びた道(すぐ上の写真)を進んで程ない地点です。右側に「三次バスセンター」の表示が見えます。今はもうなく、三次駅前広場にその機能を移しています。

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●きんさい通りを往く!

三次駅から伸びた駅前通りを100mあまり歩いた後、交差点を左折して西へ進んで行こうというところです。このNTTの鉄塔の方向へ向かって歩きます。

「きんさい通り」という幟が並んでいます。「来んさい」とは地元の方言で「おいでなさい」を意味し、広島の方はよく遣われますが、ここ三次では「きんさい祭り」というお祭りまであります。

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●中国銀行

の三次支店です。

中国銀行に出くわす度にこのような素晴らしい建物かどうか、を確認してしまいます。全店舗統一の仕様なのか…。

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●進んでいく

幹線道であり、商店街的性格も強く、という事で、こんな感じの店も続いていました。

とりあえず右側のお店は全て現役ではないか、と思われますが、昭和テイストのゴツゴツした建屋が目を惹きます。

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●三次市役所

上の写真のような道路を歩いていたら、左側に目に飛び込んできたのがこの三次市役所です。2014年10月に完成したばかりで、この時でも完成後2年足らずという状況でした。

その後2015年2月に三次駅がリニューアルされ、三次市は市役所、そして中心駅を同じ時期に一新させた訳です。

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●三次市役所前

のバス停です。

市役所は幹線道の歩道からはかなり奥に入って行く格好となりますが、このバス停は道路沿いにあります。

「23」と大きくあるのは、「くるるん」というコミュニティバスの停留所番号で、その下にはダイヤがあります。一番下のダイヤは備北交通という別路線のダイヤで、複数路線がここを通って行きます。

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●なつかしや

幹線道を更に西進します。こんな懐かしモノ満載のお店も通り掛かりに出くわしました。

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●巴橋 バス停

三次市内で、川向うと川手前でガラリと表情が変わりますが、これを分かつ川に架かる橋の名が、この巴橋です。このバス停は三次駅からでは橋を渡る手前に位置しています。

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●本通り商店街

三次駅から西へ進んで巴橋を渡る直前で右折しての通りです。

巴橋東詰以東は「十日市地区」といい、この通りは「本通り商店街」とありますが、対岸の「三次地区」にも「みよし本通り商店街」というものがあります。別個なのか一続きなのか不明ですが…

とにかく渋いことこの上ないです。ゆっくりできるような店がある訳ではありませんが、ゆっくり流して歩いているだけで、非日常の空間に居られて、それだけでいい、と思えます。

下の3枚中、一番上の左側の渋すぎる和風建築の建屋の2階部分は、丸い窓のようなものがついており、これを「虫籠窓(むしこまど)というのですが、この虫かご窓は通常は中の格子が縦に入っているところを、ここでは横に格子が通っていて、変形タイプなのか、、よくありそうですが検索してもなかなか出てきませんでした。

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●東岸

巴橋のすぐ手前(東詰)まで来て、河原を北へ眺めた様子です。

リバーサイドに灯籠が並んでいるのが印象的でした。

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●巴橋

最後は、この巴橋の勇姿を。

馬洗川に架かって、三次地区と十日市地区を結ぶこの赤い橋は、三次のシンボルのひとつです。

全長は170m、幅は19mあり、江戸末期は「岩神橋」とかこんにゃく橋などとも呼ばれていそうで、現在の名称になったのは明治期からで、現在のアーチ橋になったのは1983年からといいます。その後1992年と2010年に塗り直しがされているそうですが、やはり定期的に塗り直ししないと、色褪せ等があるからでしょうか。

江戸時代でも末期以前は、防衛上の理由で架橋されなかったといいます。

これを西へ渡った先は、より三次の街並みを楽しめるエリアになり、ここからが三次の旅の醍醐味が感じられるところではあります。

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2016年7月31日 (日)

広島/熊野 とにもかくにも筆の街

広島県安芸郡熊野町、広島県の南西部に位置し人口は25,620人(2016.6.1現在)で、広島市に接していて、そのベッドタウン的な役割を果たし、広島県の町では府中町、海田町に次ぐ3位の人口です。いずれも広島市のベッドタウンです。府中町はここ30年くらい人口50,000の水準にありますが、市制化の話を聞かず、やはり県内に府中市が既に存在するからなのか、と思わされてしまいます。

熊野町は『筆』の生産量が全国一であり、熊野筆として化粧筆などで有名な町でもあります。タレントとしてピンで有名になった有吉弘行さんも実家がこの町の筆屋だといいます。猿岩石両名ともこの町の出身という事で、猿岩石を生んだ町ともいえます。

●広電バス熊野営業所

※この町の訪問は今から5年前の2011年4月で、写真もすべてその当時の様子です

熊野町には鉄道駅がなく、バスにてアクセスしました。熊野町の交通の中心地ともいえるところで、左は待合スペースで右にはバスがズラリと並んでいるのが見て取れます。

広島市のJR矢野駅から20分くらいでしょうか。団地街などを抜けてきてやってきました。

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●道向かい

熊野営業所と大きな道路(県道34号)を挟んで向かいの様子です。

先にも書きましたがこれが5年前の様子、という事で、ここに「Fデポ」というお店が写っていますが、ナントこの年の8月には閉店してしまったようで、今はドラッグストアの「ウォンツ」という店になっているそうです。ちょっと行かないとすぐこんな風に目まぐるしく変わってしまうのですね。

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●街歩き始め

バスの営業所から東へと、この主要道を進んで行きましたが、いきなり筆の標識が!

左の丘の上に見えているのは筆の工房なのですが、こういったものがこの通りだけでも多数あります。

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●熊野町マンホール

徹底して「筆」でした。

全面的にいくつもの筆が外へ向かって張り出しているような、とにかく筆筆筆でした。

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●広銀と標識

歩いて行ってしばらくすると、広島銀行に差し掛かりました。

その横には「筆の里工房」や「筆の街交流館」など、ここでもやはり筆でした。いずれも1kmほど進めば行き着きます。

右向こうにマツヤデンキが写っていますが、この当時でも既に閉店になってから何年も経っていたそうです。でありながら看板が残っているとは…。

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●選挙ポスター

これは平成23年当時のものですが、訪ねた時がたまたまこの選挙戦をやっていた時で、演説カーも結構な頻度で行き来していました。

こんな記録を写真で残しておくのも、後から振り返ってみれば結構貴重なものだと思えます。

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●出来庭

熊野町出来庭という地名です。

ここに出来庭二丁目とありますが、2007年ごろに住居表示が変わってこのようになったようで、以前は単に「出来庭」という字名の後にそのまま番地がついていたようです。

この地名表示の下にもちゃっかり筆の絵がついている徹底ぶりです(笑)

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●一休園

筆関係の建物の多い中で象徴的ともいえるエリアで、左側の筆の立っているのが「一休園筆センター」というもので、ここでは筆工房の見学も実施されています。基本的に土日祝の9:00~17:00という事で、詳細はコチラ

右側に見えているのは、「全日本書作家練成道場」という厳かな?名前の施設ですが、芸術としての「書」に励む方々を対象にした道場で、やはり筆の町ならではの施設課と思いました。

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●JA

安芸郡農業協同組合…とありますが、右横にJAの看板が掛かっています。

全くJAらしからぬ建物で、またここまでもが「筆」が掛かっており、どこまでも筆の徹底ぶりをまたまた感じたのでした。

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●城本勝司氏 頌徳碑

最期になりますが。昭和54年につくられたという、熊野町発展に尽力した故・城本勝司氏の頌徳碑です。

昭和22年に26歳で熊野町議会議員に選出されてから熊野町長、広島県議会議員も務め、また全国書道用品生産連盟の会長も務めて書の普及にも尽力されたとして、政治・文化共に貢献した人物という事です。

ちなみにこの碑の書の主は、当時の内閣総理大臣・大平正芳氏の手によるものだそうです。

筆の町らしく、やはり筆に関しての功労者の碑がある訳ですね。

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2014年8月 9日 (土)

広島/府中 さまざまな通り

広島県府中市、JR府中駅周辺の様子です。

(2009年3月当時)

●府中駅から

府中駅を出ての様子です。

「ようこそ府中市へ」の広告塔が立派に立っていました。

その左には「ふちゅうのイベント」としてパネル形式で紹介され、両サイドには府中市の花・アジサイと府中市の木・サクラのイラストが並んでいました。

ロータリーは真ん中の植え込みが整備され、手前には花壇が置かれたりとなかなか行き届いたものとなっていました。

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●駅前広場の向こう

上の写真の「ようこそ府中市へ」の広告塔の向こうの駅前通りの様子です。

人口4万そこそこの町ですが、駅前に金融機関あり、高い建物が並びとなかなかの雰囲気を感じさせ、昔からの市はちょっと違うなと思いました。

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●駅前通り

府中駅の駅前はまっすぐ伸びている道路などがなく、V字に分かれているような感じで、上の写真がV字の右側の通りで、このすぐ下の写真が左側の通りになります。

個人的に妙に「松岡タンス店」に惹かれました(笑

この街並み見てると、個人的には愛媛県八幡浜市のJR八幡浜駅前の通りに似てると感じました。昭和の香りを残した中層の建屋が続いている感じが。

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●電器店の店頭

結構懐かしい感じの店頭でした。昭和の電器店的な。マスタックスとかホント懐かしいですね、日立のビデオデッキだったかな。

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●その向かい

上の写真の真向いですが、殆どが廃業したままのシャッター商店街と化していました。

こういうのを見ると、この店はいつごろまでやっていたんだろうか?といった事をよく考えてしまいます。1980年代までは営業してたのかな?それ以前に廃業?いや80年代以後も残ってた??のような、そんな妄想です。

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●晃永寺

という日蓮宗のお寺がありました。

階段あがって、建屋2Fへつながるタイプのものでした。

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●銀座通り

と名のついた商店街に出くわしました。

3連の丸街灯がいくつも続き、なかなか前面に出てる感じでした(笑

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●多い更地

この商店街の辺りは、すごく更地が多かったです。

再開発の一環だったのか分かりませんが、そこらじゅう更地で、それがまた増えていってる状況でもありました。5年経った今はどうなっているやら。

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●一番街

いかにも昔のアーケード商店街、という雰囲気の通りに出くわしました。

この狭い通路、若干暗そうな内部、たいへん惹きつけられました。

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●一番街をゆく

上の写真から中を通ってみましたが、期待通り?!昭和色の濃い中身でした。

店がなくなり駐車場となっている部分もあったり、結局このうちのどの程度が現在も店舗として機能しているのか?を考えさせられる状態でした。

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●ほんどーり

一番街を抜けると、「マイTOWN ほんどーり」という小さな幕?!の立ち並ぶ通りでした。

ここは結構長く通りが続いているようで、営業している店の割合もアーケードのある部分よりも高いのかもしれません。といっても建屋が無くなり歯抜けになっている部分もちょこちょこありました。

それでもこの通りの傍で今年はB-1グランプリが開かれたといい、賑わっている様子もみられました。

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●より庶民的な

雰囲気の商店街、といいましょうか。上の写真から路地を外れた所です。

毎日の食料をこういう食料品店で買う生活って憧れます。人は本来、こういう所で買い物して喋りながら日々を過ごしていくものかな…と思ったりするのですが、最近は皆全国展開のスーパーとか画一感丸出しで、便利だけど味気ないなと思います。ここにはそんな雰囲気がまだ残っていて、消えないでほしいなと思うばかりです。

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●なまこ壁

最後はこの写真で。

なまこ壁が立派で撮らずにいられませんでした。

色んな通りにいろんな顔があり、表情があるなと感じさせられました。この訪問以来数年ぶりに府中での写真を通しで見ましたが、駅前ちょこっとしか回ってない印象でしたが、意外と色々回ってたんだなとも気づかされました。そういうのも面白いものですね。

以上、府中市(広島県の)でした。

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2014年5月 9日 (金)

広島/安芸高田 吉田口駅前風景

広島県安芸高田市、JR吉田口駅前の様子です。

(2010年8月当時)

Himg0119 ●地図

吉田口駅前にありました。

この街では、この駅前をチラッと歩いただけで旅と呼べるものではとてもありませんでしたが、安芸高田市にはこんな風景があるんだ、という事をお伝えできれば、というところです。

で、この地図ですが、甲田町文化財と史蹟名所案内、ということで、旧・甲田町が中心になっているようです。

で、結構ここに載っているものはばらけているのですが、ここ吉田口の駅前には殆どなく、見るところも特に探せないまま帰って来た感じでした。ひとつ北の甲立(こうたち)駅の前には少々あったようです。その事を知らずに来てしまったので残念でした…

Himg0121 ●駅前広場

向こうが駅ホームですが、ここの広場の真ん中は花壇になっていて、「吉田口ふれあい通り」なる標識が立っていました。

Himg0122 ●駅からの道

駅前広場を越えて駅から直進に近い形の通りです。

出入口の真ん前、という訳ではなく少しずれていますが…。

それでもその駅前の道路がこのようなのどかなものでした。どちらかというと、この左にあたる道路の方が商店街っぽいかな、という気がしました。

Himg0123 ●商店街?!

駅出て真ん前左側の通りです。

駅からまっすぐの通りは上の写真のような何もない風景(その向こうが幹線道ではありますが…)ですが、この道の向こうは、商店が何軒か立ち並ぶ通りにはなっています。

商店ばかりではないようだったので商店街というのが適していないかもしれませんが、往時は商店街としてそれなりのエリアを形成していたのでは…と勝手に想像していました。

Himg0125 ●ハイキング・コース

吉田口の駅前に貼ってあったハイキングのマップです。

その名は大土山憩の森。駅から高地峠という所まで4kmにつき、往復8kmになります。山頂までだと9kmで往復18km、山地を含んでのこの距離はちょっとハードですね…

大土山は標高800mの山で、キャンプなども楽しめます。山頂付近には千畳敷という巨岩があり、天照が隠れた天の岩戸ともいわれます。

Himg0126 ●マンホール

外周に「果実の香」「花の色」「緑の風」などと書かれています。

これは安芸高田市ではなく、旧・甲田町のマンホールで、新制の市というよりも全般的に旧の町の色が濃く残っている印象が強かったです。

当時の甲田町の町の花がナシで町の木が楓ということでそれぞれ配されているようです。

Himg0129 ●住宅地

3つ上の写真の通りを進むうち、商店街を過ぎてこのような景色になっておりました。

これは進んできて振り返ったカットなので、向こう側が駅になります。

Himg0131 ●小原大橋

と書かれたこの橋。

検索してもなかなかヒットせず、意外でした…

そんな小橋じゃないので、どっかに載っていそうだと思ったんですが…

そんなこんな、ホントに安芸高田市内の風景をお伝えしただけのものとなりましたが、今回はこれにて。

2014年1月 7日 (火)

広島/庄原 東城の町並みを行く!

広島県庄原市、東城地区(旧・東城町)での歩き旅です。

(2011年12月当時)

東城エリアガイドマップ

という事で、旧・東城町の中心地である事から、「東城」としてのマップが駅前に出ています。

上が北ですが、南北に長い地形で、中国地方の内陸部にあるせいもあって、周囲は山に囲まれている状態です。現在地である駅前は旧・東城町ではやや南東に位置しています。

当地では何といっても「帝釈峡」です。この地図では最南端に位置しています。昔、2000年にこの駅から歩いて目指しましたが、距離は長いわどこを歩いてるか分からなくなるわで断念しました。今度はバスで華麗に訪ねてみたいものです。

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駅すぐの橋

駅を出ると数十㍍のレベルでこの橋に出くわします。

どこかのサイトで見た限りでは「駅前橋」とあり、昭和5(1930)年に東城駅開設に伴って架けられ、当時は木造だったそうですが、昭和12(1937)年に鉄筋コンクリートに変更され、現在のような歩道つきになったのは2004年になってからだそうで、2000年に自分が初訪問した際は歩道はなかった事になります(記憶してませんが…)

流れている川は成羽(なりわ)川、高梁川水系最大の支流で、岡山西部から広島北東部を流れる一級河川で、長さは77.7kmといわれています。

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リバーサイド

成羽川とその川沿いの様子です。

下2枚中の上は東城駅から橋へきて右側、下は左側を眺めたものです。

右側は崖すぐの所に家々が立ち並ぶ「崖屋造り」に近いものがあります。

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木造家屋

橋の付近で見かけた家屋です。

木の板が反りかえってしまってるのか曲線を描いていました。屋根の色は積雪によるものです。この時、年の瀬も押し迫った頃でしたが、ホントに寒かったです…

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東城町マンホール

旧・東城町としてのマンホールです。

山河ともみじが配されているとか。もみじは東城町の町の花でした。

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続く駅前の道

橋を渡り切って程ない所です。手前左カーブ終わる手前に「東城上市」というバス停がありました。向こうに見える山がうっすら雪化粧でした。

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昔の名前で…

旧・東城町の名前で出ていた看板です。こういう旧自治体名を見つけるの好きです。

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突き当たり

駅前の通りをずーっとまっすぐ進んだ突き当りです。

国道314号とのT字路になっています。

2000年にこの314号の某地点を無謀に歩きでウロウロしてた時に親切なおじさんに拾ってもらって東城駅まで送ってもらった事がありました。ヒッチハイクというか、ホント山道もどきの道を歩いてた時ですが…、親切な人ているもんですね。つくづく感じました、そんな優しさに触れた想い出もある街です。

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国道314号

駅前通りとT字交差する国道314号の様子です。

山はやはりうっすら雪化粧でした。ほぼ今と同時期ですね、2年前ではありますが。

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上之町通り

国道314を進んでも寂しげな風景が続く感じだったため、駅前通りを半分ほど引き返して横にそれたのがこの「上之町通り」でした。昭和っぽい商店街で、東城で栄えている部分の一角と思しき雰囲気でした。

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上之町 角

通りの中で横にT字交差する辺りに立派な建屋が見られました。

前には「東城町の由来」が書かれており、ここが城下町であり、西城に対し東城があるという事など書かれていました。(実際、旧・西城町も市内にあります)また、たたら製鉄が栄えていた一帯にも属していました。

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東城の街も懐かしげな建屋や通りに恵まれ、そのネタには事欠かないものがありますが、容量の関係もあり、一度この辺りで切りたいと思います。今度は是非に帝釈峡へ行かねば!

2014年1月 2日 (木)

JR呉駅 (広島県呉市)

広島県呉市のJR呉(くれ)です。

呉市は広島県の南西部に位置し、人口は231,744人(2013.11.1現在)で、広島では県都・広島市、福山市に次いで第三の人口を誇る町です。かつての海軍の拠点で、今は海上自衛隊があり、また「戦艦大和」の大きな模型が展示されている「大和ミュージアム」の存在でも有名です。

-JR呉駅
【路線】JR呉線(三原-海田市間)
【開業】1903年12月27
【訪問】初訪問-2006年9月、再訪2013年7
【1日あたり平均乗車人員】 12,324人/日 (2010年)
【近隣の都市駅(三原方面)広駅→3駅
           (海田市方面)海田市駅→10駅
            (海田市経由山陽線)広島駅→13駅

          

駅名標

JRでは山陽本線から分岐した「呉線」に属しています。

広島駅や福山駅など、広島の大抵の都市駅が山陽線に属しているのに対し、呉市のみが人口10万超でありながら、山陽線に属していない状態です。他に呉線に属している市で、中心駅があるのは、始発の三原市を除いては竹原市のみです。

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呉線沿線図

戦艦大和の絵と共に呉駅と大きく書かれた看板と、その横には呉線の沿線MAPがありました。瀬戸内なので島がとにかく沢山あり、それらがまた魅力的なので、陸路だけでなく海路にも惹かれそうになります。

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ホーム

呉線のみに属していますが、2面3線あります。

殆どの利用は2線のみのようですが。こちらは島式ホーム側で、左が駅舎側ホームです。

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呉線時刻表

山陽本線から外れていてローカル線かと思いきや意外に本数があります。やはり20万以上の都市である呉が含まれているだけの事はある、と思います。

ただ、広・三原方面は3駅行った「広(ひろ)」駅(同じ呉市内の駅)までの便が多く、そこで接続するものも多いです。広島へは反対の海田市(かいたいち)方面に乗る事となります。注意すべくはこの時刻表のような「広」となっているのを広島行と勘違いしない事です。

って自分が勘違いしたんですが、「広」は同じ呉市内の三原方面の駅、広島駅は反対側で、「広」とちゃんと表記しています。大事な事なんで二度書きました(笑

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跨線橋からの眺め

上から見てみたホームの様子ですが、屋根のあるエリアが広く、屋根でかなり隠れてしまっています。そんな中、列車のあるカットが撮れました。

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駅出口

改札抜けて駅舎を出ようとする所です。

「歴史と文化と観光の町」呉と表されています。

戦艦大和がお出迎えの大和ミュージアムは行っておきたいとこですね。軍都の側面が強いので、何を見ていいか分からない、という方はそういう側面からアプローチしていけばよいかと思います。

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てくてく浪漫コース

という訳で、駅前にモデルコースの地図が出ていました。よく分からない時はこれを見れば、という感じで実際活用させて頂きました。

この駅の出口側は街の風景が続き、観光に適しているのはどちらかというと、反対側になるかと思います。反対側の方が海側でもあるし、観光のし甲斐がありそうに見え、実際陸側!?はホントに街続きでした。

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駅前にあるもの

として、「海色の歴史回廊くれ」と題された金色の大きな羽や、花々の咲き誇る大きな三角すいのもの等印象的なものがありました。

周囲には呉への歓迎の幟が立ち並んでいました。

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呉駅 駅舎

CRESTという駅ビルになっています。

現在の4F建ての駅舎は1981年にできたという事ですが、駅ビルとしてこの名がついたのは1997年だということです。呉線の途中駅では屈指の大規模で、路線内の最重要駅である事は容易にうかがえます。

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2006年の呉駅

これより上の写真はすべて2013年、7年ぶりの再訪時のものですが、ここから下は2006年に初めて来た時のものをupします。

基本的に今と変わっていませんが、てっぺんに「のぞみ早特往復きっぷ」の看板がついていました。

ここを2013年に再訪したのはロクに旅していなかったのもあり、また駅舎がこういう写りのしかなかった、ってのもありますsmile

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駅前交差点

駅前は広い通りで、高層の建物も並んでいますが、散発的な並び方で、純然たる都会の駅前とはちょっと違う雰囲気を感じました。

広島市のベッドタウン的な性格も強く、やや距離がありながらここから広島市へ通勤している方も少なくないようです。広島市には何度も行くのですが、山陽線から外れているせいもあってか、ここには1回しか行った事がなく、今回(去年7月)改めて観光兼ねて行ってみた次第です。その様子はまた後の機会に。

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2013年12月14日 (土)

JR東城駅 (広島県庄原市)




広島県庄原市のJR東城(とうじょう)です。

庄原市では、備後西城駅をUPした事がありますが、西城に対しての「東城」であり、平成の大合併前は西城町、東城町共に存在しており、今回の東城駅はその名の通り、旧・東城町の中心駅の座にありました。

-JR東城
【路線】JR芸備線(備中神代-広島間)
【開業】1930年11月25日
【訪問】初訪問-2000年5月(再訪2011年12月)
【1日あたり平均乗車人員】 11名/日 (2010年)
【近隣の主要駅】(備中神代方面)新見駅→7駅 ※備中神代から2駅
          (広島方面)備後落合駅→5駅 

駅名標

庄原市では何駅か訪ねていますが、うち初めて訪ねた駅で、2000年のGWに帝釈峡を目指すため利用しました。(結局果たせませんでしたが…)

その後、4年後の2004年8月に通りかかり、駅を横目に通過していった後、この写真は2011年12月暮れも押し迫った25日に再訪した時のものです。

初訪問時は「比婆郡東城町」に属していましたが、現在は庄原市に属しています。

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名所案内

先に触れた「帝釈峡」がなんといっても、この駅を最寄とする名所です。

10㌔もあるので歩きではちょっとしんどいですが、初訪問時よく分からないまま歩きで行き、よく分からないままどこまで行ったのか分からずに引き返す事となりました。この時もそこまで行かずで、いつかピンポイントで計画してバスでも乗って訪ねたいものです。

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ホーム

ホームは実は1面1線です。

向かいにホームがあり線路も写っており、実際2面2線ホームでしたが、跨線橋老朽化による使用不可等で、1面1線のみの利用となっています。

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ホーム・2

上の写真とは反対向きで改札の見える側です。

名所案内の下にはこんなベンチがあったのでした。

改札上の壁の部分は白壁で梁のラインのハッキリしたどこか和風建築様の雰囲気が窺えます。

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閉ざされた跨線橋…

先述の通りですが、当駅の跨線橋は老朽化の為、使用禁止になっており、それが故に2面2線ありながら1面1線で使用しているようです。

という訳で、階段の入口にはバリケードがされており、通行止めになっています。この老朽化を対策するお金もあたらない、という事でしょうか。老朽化の具合がよく分かりませんが、橋の部分が崩落しないか?とか気になったりします。

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構内・出札付近

無人駅、というか簡易委託駅だそうですが、この時は無人でした。

初訪問した2000年の翌年にあたる2001年に駅員配置を廃止した、という事で、もう覚えてませんが当時は有人駅だったんでしょうね。

出札がハッキリと存在し、出入口すぐ横に長ベンチがポツンと置いてあります。

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構内・待合室

上の写真が改札出て右側とすると、こちらは出てすぐ左側にあたります。

完全に別の部屋になった待合室です。

中には空になったショーケースがありましたが、何かみやげ物を売る時にでも使っていたのでしょうか?1990年代のJR時刻表の広告欄に、「東城駅構内」として何かみやげ物が載っていた記憶があります。昔は駅員も配置され、急行列車?!等も停まっていたといわれ、結構栄えていたんでしょうね。

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運賃表

市内の中心駅である、備後庄原駅まで実に950円もかかります。これはいかに庄原の市域が広いか、という事を物語っていますね。

三次駅までは1280円、岡山県の新見駅までが480円で、そこそこの都市部で最も近いのは新見駅になります。

芸備線以外では、倉敷駅1620円、岡山駅1890円などとなっており、芸備線でも広島駅は何千円もするため、この近距離運賃表には載っていませんでした。

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時刻表

ちょっと写りが悪くてすみません。

いかにもローカル線という感じの寂しいものですが、新見方面は1日6本、朝夕晩にあるだけという感じ。そして驚くべきは!反対の備後落合方面、市内中心の備後庄原(備後落合よりまだ先)へ行く方ですが、ナント「1日3本」のみ!

5時、13時、18時に1本ずつあるのみです。三江線でも結構過酷なダイヤを見ましたが、ここも相当スゴイですね。

新見駅からの運行便の半分がここ東城止まりとなってしまっており、東城より手前の駅のダイヤは、(東城までなら)もう少し便がありますが、「東城-備後落合」の5駅間に限れば御覧のような超過疎ダイヤになっています。

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地域生活バス等時刻表

左半分と右下にあるのが主にローカルな東城町内の地域生活バスの時刻表で、平日それも2日だけで1~2本運行されているのみです。それでも地域の足として役に立っているものなのでしょうか?よく分かりませんが。

右半分の小さいのは、中国バスの運行表で、福山行など少し広域のものです。福山までの便では、平日土曜は1日4便ありますが、日曜はわずか2便に減ってしまいます。ちなみに福山まで約2時間です。

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広島バスセンター行

これもまたバス時刻表ですが、広島方面ということで、1日8便ほど出ています。広島へ出るには鉄道よりも便利という事になってしまうでしょうか。

ただ、広島駅行ならば駅まで行きますが、広島バスセンター行の場合は駅まで行かないようなので、その場合は乗換えて広島駅までバスで行く必要があります。便によって終着が違うので広島駅へ行くか行かないかは要注意です。

ちなみに経由地が載っていますが、すべてその先頭には「帝釈」とあります。これを活用して帝釈峡観光するのもいいですね、この時したいと思っていましたが他に行きたい所があった為回避しました。なかなか難しいものですね…。

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みよしワインライナー

ということで、三次-新大阪をつなぐ高速バスのポスターがありました。

東城もこの途中にあります。広島にしろ大阪にしろJRのこの過疎ぶりでは高速バスの方が断然有利な状況で、JR駅としてかつて賑わっていたであろう当地も現在ではバスターミナル的性格が強くなっているようです。

HPを見たところ、東城からでは新大阪まで片道3,770円、所要時間は3時間半~4時間というところでしょうか。1日5便出ています。

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駅前風景

駅舎内から覗いた駅前広場周辺の様子です。

コンクリート色丸出しのビルとかかつての栄華をほんの少し感じさせるような眺めでした。ロータリーの真ん中に何もなくただの広場という状態でした。

向こうに駅前の通りが広がっていますが、穏やかな雰囲気で、向こうの山はほんのり雪化粧といった状態もあって、荒涼とした雰囲気に拍車をかけていたように思いました。

広島県でも北部で雪の多い地域なので、12月ならこんな景色も全く不思議ではないといったところですが、実際訪ねてやはりかなり寒かったですね。

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東城駅 駅舎

平屋建てながら、旧・東城町の中心であったかつての栄華の一端を感じるしっかりとした建屋で、立派な屋根と手前に庇を有しており、二重屋根のようになっています。

出入口もひさしがしっかり作られていて、そこに「東城駅」の表記が堂々となされています。

実は初訪問であった2000年の頃も写真撮っていたのですが現像忘れで紛失もあり、この駅の記録がなかった事もあって、11年ぶりにようやくその姿を撮れた、というものでした。

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2013年4月20日 (土)

JR西条駅 (広島県東広島市)


広島県東広島市のJR西条(さいじょう)です。

東広島市は広島県の中央部の南側に位置し、人口は190,523人(2012.12.1現在)で、広島県では県都・広島市と福山市に次ぐ第三の人口を有する都市です。

広島市のすぐ東にあり、この西条は酒蔵の続く街並みで有名で、広島大学の本拠地があるのも本市です。いよいよアクセス数が20万に近づいてきたこのブログですが、人口19万を超す都市が初登場しました。

-JR西条駅
【路線】
JR山陽本線(神戸-門司間)
【開業】1894年6月10日
【訪問】初訪問-2005年?月
【1日あたり平均乗車人員】 9,420人/日 (2010年)
【近隣の主要駅(神戸方面)三原駅→6駅  
          (門司方面)広島駅→8駅

駅名標

東広島市にはそのまま「東広島」と市名を名乗る駅が存在しますが、これは新幹線のみの駅で、在来線から大きく離れています。東広島市の市役所に最寄で、最も中心的な役目を果たすのは、というとこの西条駅となります。ちなみに新幹線の東広島駅は、新幹線レベルでは隣駅が広島駅となります。

この駅には2005年頃に初訪問していますが、写真の劣化著しくまた訪問日時もはっきりしない有様で、2012年9月に再訪して写真もすべてその時のものをupしています。東広島市自体はここ以外の他の在来線駅は2008年頃に殆ど訪ねていましたが、ここ付近中心部をよく訪ねてなかったので、前日広島泊を受けてじっくり訪ねてみた訳です。

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名所案内

酒蔵通りは「駅周辺」と表示され、いつでも手軽に見る事のできる通りであり、ここに来たらまずは押さえたいところです。

安芸国分寺というのもあるんですね。私が行った国分寺は播磨国分寺と備中国分寺と、あとどこだったか最近行きました(笑 下の2つは距離があるので、タクシーなどの方がよいのかなというところですね。

案内板が青地に白抜きの形で出ていて、珍しいパターンだと思いました。大抵、白地に黒であるイメージが強いので。

ちなみに新幹線の東広島駅までは5kmはあると思われ、しかも接続が想像以上に悪く、訪問が叶いませんでした…

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乗って来た電車

見事な山陽本線の真っ黄っ黄の電車でした。

ホーム屋根が長く続き、その下に沢山の広告看板がぶら下がっていました。

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ホーム

ホームは2面3線で、こちらの駅舎ではない側に両面(左3番線、右4番線)あり、左側の駅舎側が片面の1番線となっています。2番線相当は両ホーム間の真ん中を通っているこのど真ん中のホームでしょうか。

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跨線橋内

天井が骨組み剥き出しタイプで、三角屋根状です。

サイドには掲示物がビッシリ貼られていて、さすが19万都市の中心駅です。というところですが、そんな都市規模の割には分岐路線もなく、跨線橋に次発列車案内がある訳でなく、ここに新幹線が入っていれば、もっと違う雰囲気になっていたのかな?とつい妄想をしてしまうのでした…。

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駅前ロータリー周辺

駅から出てのロータリー周辺の様子です。

こじんまりとした街の風景が続くという感じで、20万近い都市の中心駅前という雰囲気ではなかったかな、と感じました。

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駅前の横顔

駅を出て、右側から横向きに撮った格好の駅前の様子です。

右に隠れていますが、東横インも駅のすぐ前にあります。

駅出て左側がタクシーや一般車、ここのように右側がバスが行き来するロータリーという感じで分かれています。

ちなみにここのバス標識は広大(広島大学)行きのものです。広大へも5km位はあるでしょうか。東広島駅とは少し違う方向ですが。

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酒蔵電話BOX

酒蔵の町・西条を表した和風建築様の電話ボックスで、下には「なまこ壁」と、上はしっかり三角屋根になっています。

携帯電話の普及で、今はあまり使われないかもしれませんが、あるだけで目を惹きますね。何かステキな街並みが見えるぞ、と思わせるような…

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駅前通り

駅から伸びている大通りで、実質的な駅前通りとなっている幹線道です。

「酒蔵通り」の標識が駅すぐの所に出ており、左へ折れれば独特の街並みを堪能する事ができ、これだけでも東広島を旅した、という事を実感させられます。時間がなければ何はなくともここへは行っといた方が…と別に売り込みはしないんですが…

酒蔵通りの様子は機会を見て、後ほどお送りできれば…と言いつつupできていない市のストックがいくつあるやら…という感じですが。

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西条駅 駅舎

西条駅の駅舎です。

これが驚くほど小さくてビックリしました。

現在のこの駅舎は橋上駅舎化への仮駅舎だといいます。確かに初めて来た時はもっと大きかったかなと。

東広島を名乗る新幹線だけの駅は1988年開業の新しい駅であり、周辺がちょっと栄えてるだけです。しかも新幹線駅というのに小さな平屋だそうで、写真を見てビックリしました。

1日あたり10,000人近い利用のある駅でもあり、早く橋上駅化なるといいなと思いますが、予定では2014年12月という事で、来年末行ってみようかな、と思うのでした。

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