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22静岡県

2018年4月11日 (水)

静岡/伊東 温泉レスで街を眺む

静岡県伊東市、JR伊東駅からの歩き旅です。

(2012年1月当時)

●駅前通り

駅前のど真ん中を通るメインの通りです。

車道にアーケードつきの商店街が続く格好でした。

ここは割とありふれた感じの雰囲気で、むしろここから逸れた通りの方が賑わっていて、楽しげな感じでした。

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●マンホール

伊東市のマンホールです。

荒波にのまれている人たちのようで、なんだこれ??と思って調べたら「松川タライ乗り競争」を表したものだそうです。

直径1mのタライに乗って、しゃもじのような櫂で漕いで400mくらいの距離を競争するものだそうで、4つのタライを繋げての「団体レース」もあるといいます。

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●湯の花通り

駅前通りとは南へ平行に走る通りですが、賑やかな通りで、車の行き来も多く、お店もそれぞれ派手な感じでした。天狗の鼻が伸びてるやつとか印象的でした。

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●駅前仲丸通り

駅前通りのすぐ南側にある平行な通りです。

狭い路地にお店が密集して、人の通りも賑やかで、メインの駅前通りだけ通って変えるのと、少しそれてこの通りを通って帰るのとでは、この伊東駅前に対する印象が全然違ったものになるでしょう。

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●犬の皆さんへ

ユニークな注意書きがあったので撮りました。

犬の散歩させてる人間へというより、人間を散歩させてる犬の皆さんへという目線で書かれていて。ちゃんと人間にスコップと袋を持たせてください、と。

たばこのポイ捨てやこういう糞尿の始末の関連ってここ20年くらいで急速に美化というか意識が向上したなと思います。昔なんてホントにそんなマナーあったかな、ってくらいたばこのポイ捨ても普通に見かけましたし、そもそもTVでもフツーにやってたのを見て育ったので逆にそれ基準になってしまっていますが…。

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●猪戸温泉通りの由来

猪のブロンズ像の下には「猪戸温泉通りの由来」として記されていました。

「中伊豆方面に至る伊東温泉の玄関口として古くから拓けました」と。猪戸=伊東と思いましたがそうでもないのでしょうか?この猪戸は「いど」ではなく「ししど」と読みます。ジョーですよ(違います)

猪が温泉の湧出を発見し、猪戸の元湯として親しまれて来たとも記されています。昔の温泉は動物が湯治していた系の話が多いですね、ここも御多分に漏れずという感じで。

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●本町

横道それた筋に本町商店街というものがありますが、この幹線道には本町というバス停があります。

狭い商店街に店や人が密集していて、こういう広めの通りには人影まばら、というのが個人的なこの街に対しての印象でした。そのギャップがすごくありましたね。

で、本町バス停ですが本数はかなり多いです。東京の都心でもこんなにバス来るか?ってぐらいの本数がありました。

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●東海館

伊東の地を歩いてて印象的だったのは狭い中の密集具合という事を書きましたが、見たものについていえば、この「東海館」が実にインパクトがありました。下に3枚あるうちのいちばん下のカットは裏手からの眺めになります。

昭和初期の建築様式をそのまま残す佇まいで、このカットでは人は写っていないように見えますが、人のいない隙を狙って撮ったもので、結構絶えず人通りがあって写真を撮る人も少なからずでした。

この時は知りませんでしたが、土日祝は時間限定で日帰り入浴できるのだとか。

昭和3(1928)年創業とありました、以来約70年旅館として活躍してきた建物ですが、旅館としては1997年にその役目を終え、伊東市に寄贈される事となり、伊東市文化財として、その姿を今の世にも留める事になったといいます。旅館ではもう現役ではないのが少々寂しいですが、往時の姿を今も見せてくれる、建物を維持してくれるというのは嬉しい事ですね。

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●浄ノ池通り

とにかく「〇〇通り」に数多く出くわしたこの伊東の街、次はこの浄ノ池通り です。

浄円寺の池ということですが、江戸時代の元禄大地震の頃に浄円寺と池があり、大名らの宿舎として利用れていた辺りで、お寺だけ別の地に移って池だけが残ったか格好となり、それがいつしかこの呼び名になったとありました。

この池から微温湯が湧出するとして南国産魚類の棲息を可能として観光客で賑わったとの記載もありました。しかし1958(昭和33)年に狩野川台風で、棲息魚類を失い指定解除になったともあり、かなり災害に振り回された歴史を持つエリアという事になりましょうか。

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●和田の大湯

として看板のついている立派なこの建物は「和田湯会館」です。

健康長寿の風呂 和田寿老神の湯とも表されています。

開館が14:30~でこの時まだほんの昼過ぎで入る事ができませんでした、ここに行きたい場合は事前に開館時間のチェック要ですね。

江戸時代に将軍に献上されたという伊東最古の源泉を引いているとして、長寿の湯などといわれ建物は新しい感じですが伝統と由緒ある温泉地という事でしょうか。1936年には種田山頭火が入浴した歴史を持ち、かなり由緒正しさを感じさせます実は。

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●アーケード商店街

冒頭では歩道のみにアーケードのついた幹線道沿いの商店街がありましたが、こたらは完全に歩行者用の、ホコテン形式のアーケード商店街です。駅前に色んな商店街があるのも、この地の特徴の大きなひとつでそれもひとつひとつにかなり表情が違うのも魅力であり特徴かと思いました。道幅の広さ、屋根の有無、人の賑わい具合、どれもが十人十色というか、様々でバラバラで個性的でした。

伊東温泉のバス停も駅からそんなに遠くない所にあったり、温泉を愉しむのが第一義かもしれませんが、時間もあまりなかったし時刻の関係で入れなかったのもあったので、温泉には浸かれませんでした。

今度伊東に行く時は絶対どっか温泉には浸かってこようと、このブログを書いていて固く心に誓ったのでした、ってそんな暇がいつ訪れるやら…ですが。

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2018年4月 8日 (日)

JR伊東駅 (静岡県伊東市)

静岡県伊東市のJR伊東(いとう)です

伊東市では伊豆急行/伊豆高原駅をupしていますが、今回は市名を名乗る駅の御紹介です。

-JR伊東駅-
【路線】
JR伊東線(熱海-伊東間)
    伊豆急行線(伊東-伊豆急下田)

【開業】1938年12月15日
【訪問】2012年1月
【1日あたり平均乗車人員】 JR-7,576人/日 (2016年)
                  伊豆急-5,296人/日(2016年)

【近隣の主要駅 (熱海方面)熱海駅→5駅  
            (伊豆急下田方面)伊豆高原駅→5駅


●駅名標

JRでは東海道線の熱海駅から分岐した「伊東線」の終着で、ここから伊豆急で伊豆急下田へ続く「伊豆急行線」の始発でもあり、会社の違う両路線を繋ぐ役目を担っています。1938年に開業していますが、当時は国鉄のみで終着駅の状態でしたが、61年に伊豆急が開業したため、伊豆急下田まで約45km南へ延伸されて、両社路線をつなぐ駅としての役目を担う事となりました。

昔の国鉄のようなひらがなが前面に出た駅名標に「?」となりました。

両隣駅はJR(うさみ)と伊豆急行(みなみいとう)のそれぞれ別会社の隣駅が表示されています。これはここ伊東で一旦運行が途切れるものもあれば、伊豆急からここ伊東を経てJRに乗入れて熱海まで直通する便もあるので、実質途中駅という状態からきているものと思います。

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●ホーム

右側が2番線、左側が3番線です。左側隠れている部分に1番線があり、2面3線のホームになっています。屋根のあるゾーンが広くて市の中心駅的な雰囲気がありました。

ここにもありますが東海道線への乗入れもあり、電光掲示板の次発電車には東京行きの表示があり、東海道線から逸れているものの、東京駅へも電車1本で行く事ができます。

エスカレータでここから下りて行く形で、高架駅ではありませんが、地下でつながる形です。エスカレータの手前では、直進すると1番線と出口への案内となっています。

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●ホーム2

駅事務室周辺の様子です。待合室かと思ったら違いました。

伊東駅ご利用ありがとうございました、を書いてあるのですが、文字の切れ目が(笑)

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●シャボテン

伊豆シャボテン公園という約1500種類のサボテンを有する公園があり、そこには動物も120種ほどいるという事で、カピバラの露天風呂も見られます。

カピバラの入浴はすっかり有名になり、カピバラ温泉は全国で20ヶ所もあるといわれていますが、その元祖はここであるとの事です。その「カピバラの露天風呂」の企画は本園では本日4/8(日)までだそうです。

サボテンは推定150歳のものもある、とこのように駅構内でPRされていました。横にはカピバラも(笑)

このシャボテン公園へは伊東駅からバスで約35分、タクシーだと約25分とありました。

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●歓迎看板

人口7万弱の小都市の部類になるかと思いますが、そこはさすが「伊東温泉」という観光資源に恵まれた地で、バックにある大きなビル群など、人口規模に見合わない都市感に溢れていた駅前でした。

歓迎看板では、伊東温泉の画をメインとしながら「日本初!様式帆船建造の地」との文言が記されていました。

伊東温泉がどの程度有名なのかあまりわかっていませんが、1分あたりの湧出量が日本一であったり温泉地としては由緒ある地です。

周囲に熱海や箱根、伊豆など温泉リゾート地が集中しているので多少陰に隠れている感もあるかもですが、こうしてあげてみて改めて巡りたくなってきました。

この時は駅前の街巡りしかしていないので、温泉浸かれば良かったと後悔ものです。

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●駅前広場

広い駅前スペースにズラリと並んだタクシー群、人口7万程の駅の中心地前と思えない都市感で、やはり由緒ある温泉地は違うなというところで。

このビル群も都心みたいにこれがずっと延々と続いて行く訳ではないのですが。

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●伊東駅 駅舎

白壁にオレンジ屋根というどこかの駅で見たような感じですが、駅舎自体はものすごい大規模感はなく、人口相応という感じでした。

東海道線からは外れていますが、三島駅とか掛川駅とか県内の新幹線をも有する駅と同規模という個人的な印象としてはそんな感じです。

開業当時の建築という事でも今年で開業80周年を迎えますが、当時の雰囲気を今に伝える駅でもあるのですね。

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2017年12月31日 (日)

JR富士駅 (静岡県富士市)

静岡県富士市のJR富士(ふじ)です

富士市では以前に新富士駅をupした事がありますが、これは新幹線のみの駅で、今回は在来線の市内代表駅をお送りします。

-JR富士駅-
【路線】
JR東海道本線(東京-神戸間)
      身延線(富士-甲府間)

【開業】1909年4月21日
【訪問】2007年9月
【1日あたり平均乗車人員】 8,269人/日 (2015年) 
【近隣の主要駅 (東京方面)沼津駅→5駅
           (神戸方面)静岡駅→9駅 
           (甲府方面)富士宮駅→6駅  


●駅名標とホーム

新幹線が停まるのは「新富士駅」ですが、新富士は新幹線のみの停車で、東海道線から外れてしまっており、実質的に富士市の代表駅はここ富士駅になります。

自治体自体が富士市となったのは1954年の事ですが、その前に町として「富士」が自治体名になったのが1929年の事であり、それまでは加島村を名乗っていました、

東海道本線だけでなく、山梨県甲府市とを結ぶ「身延(みのぶ)線」の始発駅でもあります。

また市内にはJR以外にも市内の隣駅・吉原駅から出ている「岳南鉄道」というものもあり、富士市内を通っています。

3面6線もあり、2面を身延線に、あと4面を東海道本線に使用しています。

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●ホーム

上の写真と反対側で、跨線橋が見えています。

地上ホームで、橋上駅舎スタイルになっています。

そして屋根のあるゾーンが広く取られています。

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●駅前を眺めやる

ビルが点在する駅前は市の中心感を漂わせます。

新幹線の新富士駅までは1.5kmほどあり、歩いては行けますが少し距離があります。バスは1時間に2,3本ほど出ていて7分ほどで結ぶとの事です。一度タクシーで両駅間行った事あります。

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●自由通路

駅線路をまたぐ自由通路の辺りです。

通路自体はアスファルト其そのものという感じで、外へ出ると急に床面が変わります。

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●駅前広場

タクシーが停まるロータリー部分を上から。

2F部分の通路が存在感の大きい駅で、近隣では富士宮駅なども同様の構造です。

製糸工場が多数存在し、煙突から煙が上がっているのが多く見られます。これは富士市内の吉原駅でも同様に見られる光景です。

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●1F出口

2F通路の目立つ駅ですが、階段を下りて1Fにもこのように出口があります。

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●富士駅 駅舎

2Fからの様子と1Fからの様子です。

2F出口からのスペースが広々と取られているのが分かります。

10年前の姿で、今ではだいぶ再開発の話もあるようで、どの程度変わったのか?また見に行かなくては…という気もしています。とりあえずこの駅舎は変わっていないようです。

しかし1964年築の駅舎という事なので、遠からぬうちに駅舎改築の話だって出てくるのかな、とも思います。

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2017年8月20日 (日)

静岡/湖西 浜名湖だって見られます!

静岡県湖西市、JR鷲津駅周辺の様子です。

(2017年7月当時)

●技術立国発祥の地

湖西市およびこの駅に初めて来たのが2007年8月で、ついこないだと思っていましたが、既に10年が経過し、またこの初訪問当時があまりあげられる写真が見当たらなかったので、先月10年ぶり再訪の形でこの鷲津に寄ってみました。

この看板は鷲津駅の外壁に掲示されているもので、「豊田佐吉・喜一郎が生まれた街」として「技術立国」なる言葉でアピールされています。豊田佐吉は現在のトヨタグループの創始者として偉大な存在であり、現在のこの湖西市域で生まれたといい、喜一郎はその息子です。佐吉は豊田自動織機の、喜一郎はトヨタ自動車の各々発展の基礎を築き、今もトヨタグループは絶大なる存在であり続けています。

ここでは「豊田佐吉記念館」が紹介されていますが、豊田佐吉の生誕120周年を記念し、1988年に開館されましたが、この鷲津駅から南西方面へ約2km程の所にあります。徒歩では少し時間が必要ですね(この時もここへは行ってませんが…)

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●横の建物は…?

という事ですが、折角先月10年ぶりに訪ねたというのに、この鷲津駅の姿すらが今や旧駅舎となってしまいました…つい8月6日に新駅舎へと移転となったばかりなのでした…それが完成し切る前の貴重な姿をここに納める事ができたのは良かったですが…。

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●コーちゃんバス

鷲津駅前のバスのりばに、このバス停標識が立っていました。駅を出てすぐの側ではなく、駅前広場を隔てた向こう側の方にこのバス停があります。

湖西市のコミュニティバスですが、時刻表では5系統出ていて、便数はバラバラですが、1時間に1本近くのものもあれば、1日に4便程度のものもあります。

「コーちゃん」とは、湖西市のマスコットキャラクターで1992年に市制化20周年を記念してできたもので、このバスの車体の横っちょにこのコーちゃんの絵がデカデカと描かれていました。「バボちゃん」にちょっと似た感じのキャラクターです。

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●くれたけイン浜名湖

この時は湖西市を少しでも歩こうと思って、市内に宿泊する事を考えて取ったホテルです。鷲津駅から徒歩すぐの場所にあり、駅前広場を越えて、道路を渡ればすぐの所にあります。鷲津に来たなら最も迷わずに泊まれるホテルだと思います。

「浜名湖」とあるので浜松市のホテルかなと思いきや、浜名湖はここ湖西市にも接しているので、浜名湖と名のつくホテルでも湖西市にある可能性もありな訳です。

このあたりは主要な駅前によくこのくれたけインがあります。浜松を本拠として県内に多数あり、また愛知県にも複数あり、その他北海道や東京、石川、岡山など中部地方外にも少しあります。

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●周辺図

といっても結構ボケてしまっていますが、雰囲気ということでupします。

鷲津駅が上の〇囲みで、このホテルが下の〇囲みとなります。飲食店が点在しているという事ですが、浜松近郊とはいえあまり人で賑わっているような街とは思えず、歩いていたらそれなりの店にぶつかる、という感じではなかったです。ある程度候補を絞って行った方が良いかも。

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●よるごはんの店

ホテルを出て晩御飯の場所を探し歩き、結局ここで頂きました。

チェスティーノ 湖西店 TEL:053-575-0339 HPはコチラ 

居酒屋メニューを1人で飲食してあまりおいしいと思った事がないので、普通に食べれる店を探す事が多いのですが、ここは21時過ぎでも普通に入れて、22時まではオーダーできる感じでした。と思って調べたところ11:00~24:00の営業との事です。

イタリアンでここまで営業している店というのは嬉しいですね、愛知県の新城市にももうひとつ店舗があり、ここは9:00~24:00との事ですが…。バイトの子?が「今日は朝から10:30まで入ってます」という声が聞こえたので、その位までの営業時間かと思っていました。

肝心のご飯は撮れる状況になく取っていませんが、イタリアンのお店としてパスタの種類がとにかく豊富で選ぶのに困る程でした。ホテルから西へ5分程度、ホテル前の国道301号を500mほど歩くと行き着きます。夜だと行程内に明るい所ばかりではないので、ちょっと距離が長く感じると思われ、少し遠く感じると思います。

ちなみにこの写真は翌朝再度通って撮ったものです。

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●ホテルからの俯瞰

くれたけインの宿泊部屋からの鷲津駅周辺の様子が一望できましたが、普通に住宅街という感じでした。浜松市のベッドタウンそのもの、の印象でした。

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●鷲津駅バス停

宿泊した「くれたけイン」を出て、前の晩に歩いた道をそのまままずなぞってみました。夜の写真だと伝わらないので、夜通って撮りたいと思った所は翌朝通るなどして昼間の風景を撮るようにしています。

駅前広場にあるバス停を先にあげましたが、そことは国道301号を挟んで立っているバス停です。ここは国道上にあるバス停で、屋根もベンチもあり、横壁もついているという設備的にはハイスペック?なバス停です。

バス停のバックはこのような広場になっていて、ステージもある感じなので、イベントスペースとしてよく使われているようです。

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●ビル

鷲津駅から国道301号を西へと進んで行きましたが、その途中で見かけたビルです。時計メガネ店でこれだけのビルってすごいな…と思いつつ見ていました。

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●浜名湖れんが館

鷲津って何か見るモノあるのか??とここへ来る前に調べて見つかったものがこれでした。鷲津駅から徒歩5分以内で行ける観光名所ともいうべき場所です。

湖西の観光はここと浜名湖の一端だけ見られればいい、そういう想いでここへやってきました。

説明書きにもありますが1904(明治37)年に建てられた倉庫もので、繭の安定供給のため倉庫として使われていたという事です。我々の年代でも製糸工場の中での「養蚕」を体感する事は難しく、当時の学研の教材についていた「カイコの繭」でその一端を知れました。今どきの子供たちにはもっと分かりにくい内容なのか?と思ったり、この説明文で感じました。

歴史的建造物として保存されるとともに、ホールとして催し物に利用されてもいます。

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●本興寺前バス停

レンガ館を更に西へ進みこのバス停へ。

そこそこの規模のお寺で観光にはここもよいかなと思い、寄ってみました。鷲津駅からはじゅうぶん徒歩圏域です。コーちゃんバスの路線としては鷲津駅では複数あった訳ですが、ここでは単路線(鷲津循環線)のみです。もうひとつは遠鉄の自主運行バスとして出ています。

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●本興寺

バス停は国道301号沿いにありますが、このお寺へは南に少しそれて入る事となります。

その入り口にはこのような境内地図がありました。ある程度観光の側面もあるという事でしょうか。国指定、県指定、市指定の各文化財が多く存在し、この地図ど真ん中の赤い部分には受付があり、庭園と書院の見学は有料という事です

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●山門

常霊山の山号があり、法華宗の寺院です

1383年創建とされ、開基者の日乗(1345-1425)は1414年の退位まで32年もの間この住職を務めたといいます。

この山門は元は三河国吉田城(愛知県豊橋市)の城門であったものを1674年に移築したという歴史がありますが、その後改修が重ねられて今のこの姿となっています。

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●本興寺境内

全長300mにもおよぶ長い参道が真ん中を通っていて、大規模のお寺である事を感じさせられます。平成の大改修でこのような完全舗装になったといいます。

途中には石垣階段のついた庭園スペースもあります。

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●本興寺を出て

今度は浜名湖の一端を見ようと北側へとかじを取りました。

そんな中で見かけた一角、家の一軒分?が「湖西市」のついたバリケードが張り巡らさせていました。一瞬「これだけの土地買おうと思ったらどれくらいするのかな?」とか考えてしまいました(笑)

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●合資会社佐原織布

現在は佐原工業(株)という地元湖西を中心に活動している自動車部品製造の会社という事で、元はここの門にある佐原織布工場という合資会社でした。1967年にはこの織物部門を引継ぎ現名の佐原工業としています。この工場門から見て今はもう使われなくなったものか、、??

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●浜名湖!

とにかく浜名湖の一端でもいいので見に行こう、というつもりできました。

案の定というか、観光に向けての案内等一切無い状態で、ただ湖が見えたのと堤防がなされているのみの状態でしたが、湖が見れたので満足しました。

湖西市、というだけあって浜名湖の西という事に今頃気づきましたが、観光として楽しむなら浜松市の方から見た方が良いかなと思いますが、ここでは湖西市からでも見れる、という事だけでお送りしました。観光然としてない分、人がおらず風景が楽しめるという部分はあります。

東隣の新居町駅では、浜名湖西岸の継ぎ目あたりで、もっと景観が望めるかと思います。以前新居町駅には寄りましたが、関所を見ただけに近かったので、浜名湖にも注目していれば、と思います。

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2016年8月21日 (日)

静岡/裾野 富士のすそ野の駅前通り

静岡県裾野市、JR裾野駅周辺の様子です。

(2007年9月当時)

●裾野駅前

交差点です。

メインの西口駅前広場を抜けて直進してから最初の信号のある交差点です。

ここの駅前はあまり歩いていなくて、駅記事以外にあまり写真がなく、乏しいネタでこの記事を書かなくては…というところですが、まずはこの交差点の様子から。

もう9年も前の様子で、それだけ行っていないので、ここがどれほど様子が変わっているのかいないのか正直よく分かりません。ただ、右側はこのような中層の建物が続いているのは変わっていないのではないかと、勝手に思っています。

左側手前は食堂ですね、今でも食べログに出てきているのでまだ現役かと思います。

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●魚加代あたり

裾野駅を出て50m程直進したところに、上の写真の「裾野駅前」交差点があり、ここはこれを右折して50m程進んだ地点になります。

昔ながらのお店が続く商店街ではありますが、右側はだいぶ「歯抜け」になっているようです。

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●裾野市ゲート

駅前の一角で、右側は「寿々木」というホテルです。料金的には1人5,000~7,000円台で泊まれるようです。駅より徒歩1分がウリです。

真ん中には「裾野市」のゲートがありました。歓迎の意を込めてというところでしょうか。

裾野という名だけあって、富士山の裾野に位置するので、そういった客層がターゲットになっているのでしょうか?このホテルの展望バルコニーからの富士山の眺めがなかなか良いようです。

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●踏切渡って

西口から踏切を渡って、東側へやってきました。

だいぶ街の風景から打って変わって…という雰囲気に見えますが、これと交差する道路(踏切を渡った先の道路)は各商店がズラーッと並んでいました。この地図でいうと、真ん中から下に通っている部分で、両サイドに多数のお店が記されています。商工振興会の会員のお店ということで、組合加入店ですね。

こういったいわゆる「商連」の組合行事って結構いろいろあって、全国展開のお店であっても、この界隈にいればイベント前に召集されたり、福引券の説明云々といった事に関わったり…というのは個人的な経験ですが、そんな所もあります。

話戻りますが、この地図的には富士山は左下に隠れている部分にあたり、真ん中最下部の裾野駅から左へ進んで御殿場の方へ行く方がより近づく形となります。

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●東側駅前通り

最後になりますが、西側から踏切を渡った先の様子です。

上の写真の地図でずーっと商店が続いている辺りです。

この時は時間もあまりなく、この程度しか見れませんでした。裾野駅前の風景はこんな感じ、に終始してしまいましたが、折角富士山に近い街でもあるので、今度訪ねる事があれば、その辺りも楽しんでみたいと思います。

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2015年10月11日 (日)

静岡/伊豆の国 韮山・おもちゃ屋ケンちゃん!

静岡県伊豆の国市、伊豆箱根鉄道/韮山駅からの歩き旅です。

(2007年9月当時)

●にらやま うぉーきんぐ

韮山駅前にあったMAPです。

左側に縦に太いオレンジのラインが入っているのは国道136号線ですが、このすぐ右に平行に走っているのが鉄道線路で、そのほぼ真ん中にあるのが韮山駅です。

見たところ駅周辺はお寺や仏像が数多い印象でした。伊豆といえば源頼家の配流先などで古くからその名が出ていた事もあってか、歴史的側面が強い事を改めて感じました。

地図の右側は殆どが山地ですが、その上端には温泉地が点在しているようで、伊豆といえば温泉の側面も強く、この点も見逃せないところですね。といって、この時そのような所は全く寄りませんでしたが…

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●伊豆の国市マンホール

富士山と左下は特産のイチゴ、そして右側は世界遺産に登録されている「韮山反射炉」です。この反射炉自体が世界遺産というより、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」として事に正式登録されたものです。

日本で唯一現存する実用反射炉(実際に稼働した)ということで、遺構として存在するのも他に萩反射炉(山口県)のみてす。江戸時代末期にアヘン戦争の影響で鉄砲を鋳造する必要があって造られたもので、元々伊豆には下田の地に設置されていたものが、ペリーの来航によりここ韮山に移設されたという経緯があります。

鎌倉期や江戸幕末期など歴史の様々な場面にここ伊豆は登場し、日本史のキーとなる地である事を改めて感じさせられます。

などと当地を訪ねている時は考えもせず、ただこの地の景色だけ感じる事ができれば満足していたのですが、後からこうして調べてみると色々あるものですね。

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●駅前通り

カラフルな軒が並んでいた駅前の通りでした。

こういうビニール系の庇というか軒先に昭和を感じました。こういうの昔の個人商店によくあったなと思って。「小川」とひらがなだったりするのに目を惹かれたりもしました。

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●ケンちゃん

なんといってもこの看板は衝撃的でした!

「おもちゃ屋ケンちゃん」 (笑)

昭和を知る人なら大抵が反応しそうなこのネーミング、堂々と出ているのが素晴らしいですが、「おもちゃ屋」は実際に番組タイトルとして存在します。

よく「〇〇屋ケンちゃん」と実番組に存在しない名称でパロディーっぽく見かける事はありますが、これの場合は実際ケンちゃんシリーズの第5作として1973-74年にかけて放送されたものとタイトルが完全一致するのです。

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●隣光院

という曹洞宗のお寺です。

真っ青な空にくっきり屋根が映えて良い景色でした!

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●並ぶ六地蔵

京都にも六地蔵という駅がありますが、地蔵さんってそういえば六体で並んでるな、と思い、何故か??と調べてみたら「地蔵は六道の上にあり…」ということで、

地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天上を化す六体で構成されている形となっています。

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●八坂神社

これが最後になってしまいますが、市内にある八坂神社です。社記によると1428年が起源とされていて、洪水の時に天王の御神体がこの地に漂着したのを拾い上げて奉祀したのだとか。

鎮座地として旧自治体である「田方郡韮山町」がそのまま残っています。

もっと色々神社仏閣系があっただろうし、何より韮山反射炉(韮山駅ではなく隣の「伊豆長岡駅」が最寄り)を見てないし、温泉にも浸かってないしで、この地の観光をだいぶ損してる気がするので、やはり伊豆をもっと満喫せねば!という事で次回機会があれば伊豆はもっと深く訪ねたい、と思いました。

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2015年2月14日 (土)

静岡/菊川 ひっそりのホコテン

静岡県菊川市、JR菊川駅周辺の様子です。

(2011年9月当時)

●菊川駅前

この地を初めて訪ねたのは2007年8月の事で、駅記事のup分もその当時のものですが、今回記事でお送りするのは2011年9月再訪時のものをお送りします。写真の出来がこちらの方が良いからです(笑)

駅からの目線になりますが、向こうが駅前通りという事になります。

天気の関係で黒雲が手前に見えたりして、異様な雰囲気に写っています。風景写真というものは雲の様子に多分に影響されるものなんだな、という事を感じた1枚です。

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●通りの始まり

駅前通りといえばそうですが、車止めが設けられていて、車の入れない歩行者天国的な通りです。

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●続くホコテン

ホコテンというには人通りが少ないですが、歩道車用の道路に、独特の街灯がついていて、商店がそんなにあるように感じませんが、商店街の雰囲気をもった折ではあります。

街灯の下にある「ようこそ菊川へ」の旗?!には茶摘みの女性?!が描かれ、静岡県らしさを感じます。

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●菊川市役所

濃い褐色のシックな佇まいの市役所です。

ロータリー部分の植え込みの真ん中のオブジェ?!が妙にコミカルでした。

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●ウォーキングコースのご案内

市役所建屋に貼ってあったものですが、ここ菊川市役所を起点として、約4.5km、所要1時間の「菊川全景欲張り」コースが紹介されています。ついでにウォーキングの姿勢についてもアドバイスしてくれてます。

2時間ぐらい旅する時間があれば、これに沿って歩いてもいいなと思うのですが、何せこの街はこれまで2度寄っても、ものの10分歩いたかどうかぐらいのレベルでしかないので、また機会が欲しいものです。と、またまた色んな所でこれを言うと身体がいくつあっても足りない訳ですが。

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●バス停

最後はこのバス停の写真です。

菊川市コミュニティバスのものです。

この時は鉄道駅のない御前崎市へバスでアクセスするためにここに寄ったのでした。

先程も書きましたが、この街は複数回寄っても大して旅してないので、もう少し楽しみたい、と個人的には思います。といったところで以上、菊川市でした。

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2014年4月12日 (土)

静岡/熱海 夜の駅前商店街

静岡県熱海市、JR熱海からの歩き旅です。

(2012年1月当時)

Img_5377●平和通り

この熱海を初めて訪ねたのは2004年9月の事でしたが、2012年1月に7年ぶりに訪ねて、だいぶ歩きました。

今回記事はその前夜に着いて歩いた時の模様です。

で、ここはJR熱海駅の駅前広場の右から入る駅前のアーケード商店街で、「平和通り」という名の表示にバックにも電飾が施され、華やかなアーケード内になっていました。人口は4万に満たない街ですが、新幹線が停車し、温泉初め観光資源に恵まれている要素が強いので、こういった場所でも賑やかです。タイトルに「夜の」と書きましたが、単純に暗い時間帯の、というだけで他意はありません(笑

この写真の方向は熱海駅から入った側ではなく、向こうが熱海駅というロケーションになります。

Img_5379●顔抜き看板

通りには、貫一お宮「金色夜叉」のこんな看板がありました。

貫一がお宮を問い詰め、蹴り飛ばすという有名なシーンはこの熱海が舞台になっているという事で、この看板があるんですね。

昔昼ドラでやってました「新金色夜叉・百年の恋」というのを思い出しました、あの横山めぐみさんがお宮をやっていて。

ところでこの「金色夜叉」って、未完のまま作者(尾崎紅葉)が亡くなってしまったんですね、ということでラストはいろんな解釈でつくられているのかな、と今頃思いましたが…。

Img_5380●福福の湯

これも平和通りにあるもので、手湯です。

ちなみに熱海の駅前には「家康の湯」という足湯があります。

成分や効能が書いてありましたが手湯なんでどうなんだろう?という気もしました(笑 でも冬の寒い時はてっとり早く温まる事ができて、いいですね。

Img_5382●きらめき

平和通り内、電飾で溢れるゾーン、実に華やかです。

それも派手なチカチカ灯りではなく、蛍が飛び回っているようなほのかな感じの明かりに満ち溢れているところがまたほっこりするというか。

熱海は温泉リゾート地としての側面が強く、その眺めを楽しむことができるのは勿論ですが、こういった駅前商店街でも夜でもこんな風景に出会えるところがまた素晴らしいなと思いました。

2014年3月27日 (木)

JR新富士駅 (静岡県富士市)

静岡県富士市のJR新富士(しん・ふじ)です。

富士市は静岡県の東部に位置し、人口は251,283人(2014.2.1現在)で、静岡県では静岡市、浜松市の県下二大都市に次ぐ3位の人口の多さを誇る街です。

-JR新富士駅
【路線】JR東海道新幹線(東京-新大阪間)
【開業】1988年3月13
【訪問】2007年9
【1日あたり平均乗車人員】 4,548人/日 (2011年)
【近隣の主要駅(東京方面)三島駅→隣駅
          (新大阪方面)静岡駅→隣駅

Himg0552●駅名標周辺

ここへは富士駅からタクシーでやってきました。

新幹線のみの駅で在来線はありません。

で、寄りたいなと思った時に在来線の富士駅からタクシーで来た訳です、10分余りくらいだったでしょうか。この写真は帰りに新幹線を利用した時のものです。

Himg0553●新富士のおべんとう

新幹線のホームの駅弁屋さんです。ここで駅弁買ったのはよく覚えてます。

この駅は新幹線のみで、ホームはこれと、この向かいのみの2面2線です。東海道新幹線の駅で唯一Kioskがない駅だといいます。

駅の歴史は26年で、1988年に地元の要望によりできたいわゆる「請願駅」です。

Himg0554●おべんとう

ホームの駅弁屋さんでかったのはコレです。

「富士宮やきそば弁当」

富士宮のB級グルメとして超のつくほど有名な、富士宮焼きそば。ご当地で食べた事もありますが、初めて食べたのはこの時、2007年秋でした。

よくできてて、容器についてる紐を引っ張ると水蒸気が出てきて?!あっためてくれて、アツアツの焼きそばを食べる事ができたのでした。

Himg0551●ホーム

この時は東京方面での先発が10:10のこだまで、次が10:41の同じくこだまでした。「こだま」しか停車しない駅です。

隣は静岡なので、東京から来た時などは静岡で降りて、1駅分逆方向行った方が早く着く事があるのかも?!しれません。 名古屋の東隣の三河安城がこういう例としてよく挙がります。

Himg0548●本の石像

駅前にあった本の見開きのオブジェ。

中を見ると、「富士市民憲章」でした。

えらく壮大につくられてるんで、ここは本の街か何かだったりするのかな、と思ったけれど、あまり関係なかったようです。

Himg0549●新富士駅 駅舎

新幹線だけの駅なので、新幹線口とか在来線側とかそういうのはないのですが、こちらは南口駅舎です

ブルーの帯にオレンジのJRマークがとてもよく映えていました。

全体に直線的な雰囲気の駅舎、このイメージが強い南口です。

Himg0541対して下の写真のこちら側は北口駅舎です。

こちらはガラス張りの曲線的な部分があったり、いろんな形が融合してできた建屋、という印象です。

静岡県の都市は、新静岡、新浜松といずれも「新」のつく駅があり、第三の都市であるこの富士市にもある訳ですか゛、この3つのうち、JRで「新」とつく駅はこの新富士駅だけです。

2013年8月14日 (水)

静岡/伊豆 修善寺橋の哀しや頼家

静岡県伊豆市、伊豆箱根鉄道/修善寺駅からの旅です。

歩き旅、としなかったのは、途中でバスが入っているからです( ^ω^ )

(2012年1月当時)

修善寺駅前

冬の青空に建物群が映えていた駅前の街並みでした。

下二枚の写真は同じ通りで角度が違うだけです。

伊豆市は人口が決して多いとはいえず3万人余りの市ですが、修善寺という立派な観光資源を有しているせいか、駅前もみやげ屋さんなどで華やかです。修善寺は若干距離がありますが。

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ふれ愛プロムナード

とゲートに書かれた商店街の交差点周辺です。

ラーメン屋から漢方薬店まで多種多様な店舗が並んでいました。

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修善寺郵便局

さて、上の写真までは駅前をウロチョロしていましたが、ここからは本格的に修善寺へ向かって歩き出しました。そんな中目に入った修善寺郵便局。伊豆市だからとはいえ、伊豆郵便局とするとすごく大規模に感じるからですかね、「修善寺」郵便局としているのは。

緩やかな上り坂になっていて、パテながら歩いていたのを思い出します。1年半くらい前ですが…

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川と橋と

川は狩野川というそうで、ここに架かる赤い橋は「修善寺橋」で、駅周辺と修善寺近辺とを結ぶまさに架け橋的な存在です。

この時、川の水はそれ程潤沢ではなく、岩肌の露出具合が逆に絵になってたので、思わずそこに目がいって撮りました。

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地蔵群と網打場

修善寺駅から修善寺橋を渡り切った地点、河原の上にカラフルなニットやらを被せられた地蔵群に出会いました。

すぐ下の写真の地蔵さんは鎌倉幕府二代将軍の源頼家を偲ぶものだそうで、頼家はこの伊豆で幽閉されて悲しい最期を迎える事になるんですね。それがまた祖父にあたる北条時政の謀略とは悲しすぎます。で、頼家の子の公暁が、頼家の弟であり三代将軍である実朝を殺してしまうんですね。すべてが血縁者で引き起こされる源氏の滅亡劇は本当に哀しいものがあります。

また、河原には「網打場」の表示があり、投網の漁場でもあるんですね。

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踊り子歩道

川端康成の不朽の名作「伊豆の踊子」に出てきた湯川橋との事で、説明板が建てられていました。「私」と踊り子たちが出会った最初の地、という事ですかね。

伊豆なんで、全くのご当地ですよね、この時初めて認識しましたが…^^;

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水交園

と書かれた建屋が、湯川橋の近くにありました。

やっているのかいないのか分からない感じですが、とにかくひっそりしていました。ネットで検索していても殆どヒットしないところから現役ではないのかもしれません。

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伊豆市役所

これまた水交園のそばにある伊豆市役所です。

真ん中を縦に割るような形の建屋で、結構こじんまりとしていました。

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修善寺橋を横眺め

渡ってきた修善寺橋を眺めたところ、市役所も大体このくらいの位置という事になります。

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修善寺駅口バス停

駅口の「口」が曲者で、駅からは結構歩いた所にあります。

やはり修善寺方面へ行くには、歩きでは辛いのでバスで行く事としました。

1時間に2本くらいはバスが出ている感じだったので、待ってから乗りました。

なので伊豆市に来て修善寺へ行きたい!という時はバスに乗って行くぐらいの時間は見ておいた方が良いです。逆に徒歩圏域で見るものは先ほどの横瀬の地蔵群なんかになるでしょうか。修善寺での様子は写真容量等の関係もあり、次の機会に譲りますが、とにかくいいとこです。行く価値は絶対あるとだけ書いておきましょう。

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