2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

22静岡県

2017年8月20日 (日)

静岡/湖西 浜名湖だって見られます!

静岡県湖西市、JR鷲津駅周辺の様子です。

(2017年7月当時)

●技術立国発祥の地

湖西市およびこの駅に初めて来たのが2007年8月で、ついこないだと思っていましたが、既に10年が経過し、またこの初訪問当時があまりあげられる写真が見当たらなかったので、先月10年ぶり再訪の形でこの鷲津に寄ってみました。

この看板は鷲津駅の外壁に掲示されているもので、「豊田佐吉・喜一郎が生まれた街」として「技術立国」なる言葉でアピールされています。豊田佐吉は現在のトヨタグループの創始者として偉大な存在であり、現在のこの湖西市域で生まれたといい、喜一郎はその息子です。佐吉は豊田自動織機の、喜一郎はトヨタ自動車の各々発展の基礎を築き、今もトヨタグループは絶大なる存在であり続けています。

ここでは「豊田佐吉記念館」が紹介されていますが、豊田佐吉の生誕120周年を記念し、1988年に開館されましたが、この鷲津駅から南西方面へ約2km程の所にあります。徒歩では少し時間が必要ですね(この時もここへは行ってませんが…)

Dscn0116

●横の建物は…?

という事ですが、折角先月10年ぶりに訪ねたというのに、この鷲津駅の姿すらが今や旧駅舎となってしまいました…つい8月6日に新駅舎へと移転となったばかりなのでした…それが完成し切る前の貴重な姿をここに納める事ができたのは良かったですが…。

Dscn0115

●コーちゃんバス

鷲津駅前のバスのりばに、このバス停標識が立っていました。駅を出てすぐの側ではなく、駅前広場を隔てた向こう側の方にこのバス停があります。

湖西市のコミュニティバスですが、時刻表では5系統出ていて、便数はバラバラですが、1時間に1本近くのものもあれば、1日に4便程度のものもあります。

「コーちゃん」とは、湖西市のマスコットキャラクターで1992年に市制化20周年を記念してできたもので、このバスの車体の横っちょにこのコーちゃんの絵がデカデカと描かれていました。「バボちゃん」にちょっと似た感じのキャラクターです。

Dscn0109

●くれたけイン浜名湖

この時は湖西市を少しでも歩こうと思って、市内に宿泊する事を考えて取ったホテルです。鷲津駅から徒歩すぐの場所にあり、駅前広場を越えて、道路を渡ればすぐの所にあります。鷲津に来たなら最も迷わずに泊まれるホテルだと思います。

「浜名湖」とあるので浜松市のホテルかなと思いきや、浜名湖はここ湖西市にも接しているので、浜名湖と名のつくホテルでも湖西市にある可能性もありな訳です。

このあたりは主要な駅前によくこのくれたけインがあります。浜松を本拠として県内に多数あり、また愛知県にも複数あり、その他北海道や東京、石川、岡山など中部地方外にも少しあります。

Dscn0034

●周辺図

といっても結構ボケてしまっていますが、雰囲気ということでupします。

鷲津駅が上の〇囲みで、このホテルが下の〇囲みとなります。飲食店が点在しているという事ですが、浜松近郊とはいえあまり人で賑わっているような街とは思えず、歩いていたらそれなりの店にぶつかる、という感じではなかったです。ある程度候補を絞って行った方が良いかも。

Dscn0027

●よるごはんの店

ホテルを出て晩御飯の場所を探し歩き、結局ここで頂きました。

チェスティーノ 湖西店 TEL:053-575-0339 HPはコチラ 

居酒屋メニューを1人で飲食してあまりおいしいと思った事がないので、普通に食べれる店を探す事が多いのですが、ここは21時過ぎでも普通に入れて、22時まではオーダーできる感じでした。と思って調べたところ11:00~24:00の営業との事です。

イタリアンでここまで営業している店というのは嬉しいですね、愛知県の新城市にももうひとつ店舗があり、ここは9:00~24:00との事ですが…。バイトの子?が「今日は朝から10:30まで入ってます」という声が聞こえたので、その位までの営業時間かと思っていました。

肝心のご飯は撮れる状況になく取っていませんが、イタリアンのお店としてパスタの種類がとにかく豊富で選ぶのに困る程でした。ホテルから西へ5分程度、ホテル前の国道301号を500mほど歩くと行き着きます。夜だと行程内に明るい所ばかりではないので、ちょっと距離が長く感じると思われ、少し遠く感じると思います。

ちなみにこの写真は翌朝再度通って撮ったものです。

Dscn0054

●ホテルからの俯瞰

くれたけインの宿泊部屋からの鷲津駅周辺の様子が一望できましたが、普通に住宅街という感じでした。浜松市のベッドタウンそのもの、の印象でした。

Dscn0030

●鷲津駅バス停

宿泊した「くれたけイン」を出て、前の晩に歩いた道をそのまままずなぞってみました。夜の写真だと伝わらないので、夜通って撮りたいと思った所は翌朝通るなどして昼間の風景を撮るようにしています。

駅前広場にあるバス停を先にあげましたが、そことは国道301号を挟んで立っているバス停です。ここは国道上にあるバス停で、屋根もベンチもあり、横壁もついているという設備的にはハイスペック?なバス停です。

バス停のバックはこのような広場になっていて、ステージもある感じなので、イベントスペースとしてよく使われているようです。

Dscn0035
Dscn0036

●ビル

鷲津駅から国道301号を西へと進んで行きましたが、その途中で見かけたビルです。時計メガネ店でこれだけのビルってすごいな…と思いつつ見ていました。

Dscn0041

●浜名湖れんが館

鷲津って何か見るモノあるのか??とここへ来る前に調べて見つかったものがこれでした。鷲津駅から徒歩5分以内で行ける観光名所ともいうべき場所です。

湖西の観光はここと浜名湖の一端だけ見られればいい、そういう想いでここへやってきました。

説明書きにもありますが1904(明治37)年に建てられた倉庫もので、繭の安定供給のため倉庫として使われていたという事です。我々の年代でも製糸工場の中での「養蚕」を体感する事は難しく、当時の学研の教材についていた「カイコの繭」でその一端を知れました。今どきの子供たちにはもっと分かりにくい内容なのか?と思ったり、この説明文で感じました。

歴史的建造物として保存されるとともに、ホールとして催し物に利用されてもいます。

Dscn0047
Dscn0050
Dscn0048
Dscn0049

●本興寺前バス停

レンガ館を更に西へ進みこのバス停へ。

そこそこの規模のお寺で観光にはここもよいかなと思い、寄ってみました。鷲津駅からはじゅうぶん徒歩圏域です。コーちゃんバスの路線としては鷲津駅では複数あった訳ですが、ここでは単路線(鷲津循環線)のみです。もうひとつは遠鉄の自主運行バスとして出ています。

Dscn0056

●本興寺

バス停は国道301号沿いにありますが、このお寺へは南に少しそれて入る事となります。

その入り口にはこのような境内地図がありました。ある程度観光の側面もあるという事でしょうか。国指定、県指定、市指定の各文化財が多く存在し、この地図ど真ん中の赤い部分には受付があり、庭園と書院の見学は有料という事です

Dscn0061

●山門

常霊山の山号があり、法華宗の寺院です

1383年創建とされ、開基者の日乗(1345-1425)は1414年の退位まで32年もの間この住職を務めたといいます。

この山門は元は三河国吉田城(愛知県豊橋市)の城門であったものを1674年に移築したという歴史がありますが、その後改修が重ねられて今のこの姿となっています。

Dscn0062
Dscn0065

●本興寺境内

全長300mにもおよぶ長い参道が真ん中を通っていて、大規模のお寺である事を感じさせられます。平成の大改修でこのような完全舗装になったといいます。

途中には石垣階段のついた庭園スペースもあります。

Dscn0068
Dscn0070
Dscn0074
Dscn0076

●本興寺を出て

今度は浜名湖の一端を見ようと北側へとかじを取りました。

そんな中で見かけた一角、家の一軒分?が「湖西市」のついたバリケードが張り巡らさせていました。一瞬「これだけの土地買おうと思ったらどれくらいするのかな?」とか考えてしまいました(笑)

Dscn0078

●合資会社佐原織布

現在は佐原工業(株)という地元湖西を中心に活動している自動車部品製造の会社という事で、元はここの門にある佐原織布工場という合資会社でした。1967年にはこの織物部門を引継ぎ現名の佐原工業としています。この工場門から見て今はもう使われなくなったものか、、??

Dscn0082
Dscn0083

●浜名湖!

とにかく浜名湖の一端でもいいので見に行こう、というつもりできました。

案の定というか、観光に向けての案内等一切無い状態で、ただ湖が見えたのと堤防がなされているのみの状態でしたが、湖が見れたので満足しました。

湖西市、というだけあって浜名湖の西という事に今頃気づきましたが、観光として楽しむなら浜松市の方から見た方が良いかなと思いますが、ここでは湖西市からでも見れる、という事だけでお送りしました。観光然としてない分、人がおらず風景が楽しめるという部分はあります。

東隣の新居町駅では、浜名湖西岸の継ぎ目あたりで、もっと景観が望めるかと思います。以前新居町駅には寄りましたが、関所を見ただけに近かったので、浜名湖にも注目していれば、と思います。

Dscn0091
Dscn0092
Dscn0099
Dscn0100
Dscn0103

2016年8月21日 (日)

静岡/裾野 富士のすそ野の駅前通り

静岡県裾野市、JR裾野駅周辺の様子です。

(2007年9月当時)

●裾野駅前

交差点です。

メインの西口駅前広場を抜けて直進してから最初の信号のある交差点です。

ここの駅前はあまり歩いていなくて、駅記事以外にあまり写真がなく、乏しいネタでこの記事を書かなくては…というところですが、まずはこの交差点の様子から。

もう9年も前の様子で、それだけ行っていないので、ここがどれほど様子が変わっているのかいないのか正直よく分かりません。ただ、右側はこのような中層の建物が続いているのは変わっていないのではないかと、勝手に思っています。

左側手前は食堂ですね、今でも食べログに出てきているのでまだ現役かと思います。

Himg0593

●魚加代あたり

裾野駅を出て50m程直進したところに、上の写真の「裾野駅前」交差点があり、ここはこれを右折して50m程進んだ地点になります。

昔ながらのお店が続く商店街ではありますが、右側はだいぶ「歯抜け」になっているようです。

Himg0595

●裾野市ゲート

駅前の一角で、右側は「寿々木」というホテルです。料金的には1人5,000~7,000円台で泊まれるようです。駅より徒歩1分がウリです。

真ん中には「裾野市」のゲートがありました。歓迎の意を込めてというところでしょうか。

裾野という名だけあって、富士山の裾野に位置するので、そういった客層がターゲットになっているのでしょうか?このホテルの展望バルコニーからの富士山の眺めがなかなか良いようです。

Himg0589

●踏切渡って

西口から踏切を渡って、東側へやってきました。

だいぶ街の風景から打って変わって…という雰囲気に見えますが、これと交差する道路(踏切を渡った先の道路)は各商店がズラーッと並んでいました。この地図でいうと、真ん中から下に通っている部分で、両サイドに多数のお店が記されています。商工振興会の会員のお店ということで、組合加入店ですね。

こういったいわゆる「商連」の組合行事って結構いろいろあって、全国展開のお店であっても、この界隈にいればイベント前に召集されたり、福引券の説明云々といった事に関わったり…というのは個人的な経験ですが、そんな所もあります。

話戻りますが、この地図的には富士山は左下に隠れている部分にあたり、真ん中最下部の裾野駅から左へ進んで御殿場の方へ行く方がより近づく形となります。

Himg0597
Himg0599

●東側駅前通り

最後になりますが、西側から踏切を渡った先の様子です。

上の写真の地図でずーっと商店が続いている辺りです。

この時は時間もあまりなく、この程度しか見れませんでした。裾野駅前の風景はこんな感じ、に終始してしまいましたが、折角富士山に近い街でもあるので、今度訪ねる事があれば、その辺りも楽しんでみたいと思います。

Himg0600

2015年10月11日 (日)

静岡/伊豆の国 韮山・おもちゃ屋ケンちゃん!

静岡県伊豆の国市、伊豆箱根鉄道/韮山駅からの歩き旅です。

(2007年9月当時)

●にらやま うぉーきんぐ

韮山駅前にあったMAPです。

左側に縦に太いオレンジのラインが入っているのは国道136号線ですが、このすぐ右に平行に走っているのが鉄道線路で、そのほぼ真ん中にあるのが韮山駅です。

見たところ駅周辺はお寺や仏像が数多い印象でした。伊豆といえば源頼家の配流先などで古くからその名が出ていた事もあってか、歴史的側面が強い事を改めて感じました。

地図の右側は殆どが山地ですが、その上端には温泉地が点在しているようで、伊豆といえば温泉の側面も強く、この点も見逃せないところですね。といって、この時そのような所は全く寄りませんでしたが…

Himg0150

●伊豆の国市マンホール

富士山と左下は特産のイチゴ、そして右側は世界遺産に登録されている「韮山反射炉」です。この反射炉自体が世界遺産というより、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」として事に正式登録されたものです。

日本で唯一現存する実用反射炉(実際に稼働した)ということで、遺構として存在するのも他に萩反射炉(山口県)のみてす。江戸時代末期にアヘン戦争の影響で鉄砲を鋳造する必要があって造られたもので、元々伊豆には下田の地に設置されていたものが、ペリーの来航によりここ韮山に移設されたという経緯があります。

鎌倉期や江戸幕末期など歴史の様々な場面にここ伊豆は登場し、日本史のキーとなる地である事を改めて感じさせられます。

などと当地を訪ねている時は考えもせず、ただこの地の景色だけ感じる事ができれば満足していたのですが、後からこうして調べてみると色々あるものですね。

Himg0152

●駅前通り

カラフルな軒が並んでいた駅前の通りでした。

こういうビニール系の庇というか軒先に昭和を感じました。こういうの昔の個人商店によくあったなと思って。「小川」とひらがなだったりするのに目を惹かれたりもしました。

Himg0151

●ケンちゃん

なんといってもこの看板は衝撃的でした!

「おもちゃ屋ケンちゃん」 (笑)

昭和を知る人なら大抵が反応しそうなこのネーミング、堂々と出ているのが素晴らしいですが、「おもちゃ屋」は実際に番組タイトルとして存在します。

よく「〇〇屋ケンちゃん」と実番組に存在しない名称でパロディーっぽく見かける事はありますが、これの場合は実際ケンちゃんシリーズの第5作として1973-74年にかけて放送されたものとタイトルが完全一致するのです。

Himg0157

●隣光院

という曹洞宗のお寺です。

真っ青な空にくっきり屋根が映えて良い景色でした!

Himg0159

●並ぶ六地蔵

京都にも六地蔵という駅がありますが、地蔵さんってそういえば六体で並んでるな、と思い、何故か??と調べてみたら「地蔵は六道の上にあり…」ということで、

地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天上を化す六体で構成されている形となっています。

Himg0160

●八坂神社

これが最後になってしまいますが、市内にある八坂神社です。社記によると1428年が起源とされていて、洪水の時に天王の御神体がこの地に漂着したのを拾い上げて奉祀したのだとか。

鎮座地として旧自治体である「田方郡韮山町」がそのまま残っています。

もっと色々神社仏閣系があっただろうし、何より韮山反射炉(韮山駅ではなく隣の「伊豆長岡駅」が最寄り)を見てないし、温泉にも浸かってないしで、この地の観光をだいぶ損してる気がするので、やはり伊豆をもっと満喫せねば!という事で次回機会があれば伊豆はもっと深く訪ねたい、と思いました。

Himg0164
Himg0163

Himg0166

2015年2月14日 (土)

静岡/菊川 ひっそりのホコテン

静岡県菊川市、JR菊川駅周辺の様子です。

(2011年9月当時)

●菊川駅前

この地を初めて訪ねたのは2007年8月の事で、駅記事のup分もその当時のものですが、今回記事でお送りするのは2011年9月再訪時のものをお送りします。写真の出来がこちらの方が良いからです(笑)

駅からの目線になりますが、向こうが駅前通りという事になります。

天気の関係で黒雲が手前に見えたりして、異様な雰囲気に写っています。風景写真というものは雲の様子に多分に影響されるものなんだな、という事を感じた1枚です。

Himg0002

●通りの始まり

駅前通りといえばそうですが、車止めが設けられていて、車の入れない歩行者天国的な通りです。

Himg0003

●続くホコテン

ホコテンというには人通りが少ないですが、歩道車用の道路に、独特の街灯がついていて、商店がそんなにあるように感じませんが、商店街の雰囲気をもった折ではあります。

街灯の下にある「ようこそ菊川へ」の旗?!には茶摘みの女性?!が描かれ、静岡県らしさを感じます。

Himg0004

●菊川市役所

濃い褐色のシックな佇まいの市役所です。

ロータリー部分の植え込みの真ん中のオブジェ?!が妙にコミカルでした。

Himg0006

Himg0005

●ウォーキングコースのご案内

市役所建屋に貼ってあったものですが、ここ菊川市役所を起点として、約4.5km、所要1時間の「菊川全景欲張り」コースが紹介されています。ついでにウォーキングの姿勢についてもアドバイスしてくれてます。

2時間ぐらい旅する時間があれば、これに沿って歩いてもいいなと思うのですが、何せこの街はこれまで2度寄っても、ものの10分歩いたかどうかぐらいのレベルでしかないので、また機会が欲しいものです。と、またまた色んな所でこれを言うと身体がいくつあっても足りない訳ですが。

Himg0007

●バス停

最後はこのバス停の写真です。

菊川市コミュニティバスのものです。

この時は鉄道駅のない御前崎市へバスでアクセスするためにここに寄ったのでした。

先程も書きましたが、この街は複数回寄っても大して旅してないので、もう少し楽しみたい、と個人的には思います。といったところで以上、菊川市でした。

Himg0011

2014年4月12日 (土)

静岡/熱海 夜の駅前商店街

静岡県熱海市、JR熱海からの歩き旅です。

(2012年1月当時)

Img_5377●平和通り

この熱海を初めて訪ねたのは2004年9月の事でしたが、2012年1月に7年ぶりに訪ねて、だいぶ歩きました。

今回記事はその前夜に着いて歩いた時の模様です。

で、ここはJR熱海駅の駅前広場の右から入る駅前のアーケード商店街で、「平和通り」という名の表示にバックにも電飾が施され、華やかなアーケード内になっていました。人口は4万に満たない街ですが、新幹線が停車し、温泉初め観光資源に恵まれている要素が強いので、こういった場所でも賑やかです。タイトルに「夜の」と書きましたが、単純に暗い時間帯の、というだけで他意はありません(笑

この写真の方向は熱海駅から入った側ではなく、向こうが熱海駅というロケーションになります。

Img_5379●顔抜き看板

通りには、貫一お宮「金色夜叉」のこんな看板がありました。

貫一がお宮を問い詰め、蹴り飛ばすという有名なシーンはこの熱海が舞台になっているという事で、この看板があるんですね。

昔昼ドラでやってました「新金色夜叉・百年の恋」というのを思い出しました、あの横山めぐみさんがお宮をやっていて。

ところでこの「金色夜叉」って、未完のまま作者(尾崎紅葉)が亡くなってしまったんですね、ということでラストはいろんな解釈でつくられているのかな、と今頃思いましたが…。

Img_5380●福福の湯

これも平和通りにあるもので、手湯です。

ちなみに熱海の駅前には「家康の湯」という足湯があります。

成分や効能が書いてありましたが手湯なんでどうなんだろう?という気もしました(笑 でも冬の寒い時はてっとり早く温まる事ができて、いいですね。

Img_5382●きらめき

平和通り内、電飾で溢れるゾーン、実に華やかです。

それも派手なチカチカ灯りではなく、蛍が飛び回っているようなほのかな感じの明かりに満ち溢れているところがまたほっこりするというか。

熱海は温泉リゾート地としての側面が強く、その眺めを楽しむことができるのは勿論ですが、こういった駅前商店街でも夜でもこんな風景に出会えるところがまた素晴らしいなと思いました。

2014年3月27日 (木)

JR新富士駅 (静岡県富士市)

静岡県富士市のJR新富士(しん・ふじ)です。

富士市は静岡県の東部に位置し、人口は251,283人(2014.2.1現在)で、静岡県では静岡市、浜松市の県下二大都市に次ぐ3位の人口の多さを誇る街です。

-JR新富士駅
【路線】JR東海道新幹線(東京-新大阪間)
【開業】1988年3月13
【訪問】2007年9
【1日あたり平均乗車人員】 4,548人/日 (2011年)
【近隣の主要駅(東京方面)三島駅→隣駅
          (新大阪方面)静岡駅→隣駅

Himg0552●駅名標周辺

ここへは富士駅からタクシーでやってきました。

新幹線のみの駅で在来線はありません。

で、寄りたいなと思った時に在来線の富士駅からタクシーで来た訳です、10分余りくらいだったでしょうか。この写真は帰りに新幹線を利用した時のものです。

Himg0553●新富士のおべんとう

新幹線のホームの駅弁屋さんです。ここで駅弁買ったのはよく覚えてます。

この駅は新幹線のみで、ホームはこれと、この向かいのみの2面2線です。東海道新幹線の駅で唯一Kioskがない駅だといいます。

駅の歴史は26年で、1988年に地元の要望によりできたいわゆる「請願駅」です。

Himg0554●おべんとう

ホームの駅弁屋さんでかったのはコレです。

「富士宮やきそば弁当」

富士宮のB級グルメとして超のつくほど有名な、富士宮焼きそば。ご当地で食べた事もありますが、初めて食べたのはこの時、2007年秋でした。

よくできてて、容器についてる紐を引っ張ると水蒸気が出てきて?!あっためてくれて、アツアツの焼きそばを食べる事ができたのでした。

Himg0551●ホーム

この時は東京方面での先発が10:10のこだまで、次が10:41の同じくこだまでした。「こだま」しか停車しない駅です。

隣は静岡なので、東京から来た時などは静岡で降りて、1駅分逆方向行った方が早く着く事があるのかも?!しれません。 名古屋の東隣の三河安城がこういう例としてよく挙がります。

Himg0548●本の石像

駅前にあった本の見開きのオブジェ。

中を見ると、「富士市民憲章」でした。

えらく壮大につくられてるんで、ここは本の街か何かだったりするのかな、と思ったけれど、あまり関係なかったようです。

Himg0549●新富士駅 駅舎

新幹線だけの駅なので、新幹線口とか在来線側とかそういうのはないのですが、こちらは南口駅舎です

ブルーの帯にオレンジのJRマークがとてもよく映えていました。

全体に直線的な雰囲気の駅舎、このイメージが強い南口です。

Himg0541対して下の写真のこちら側は北口駅舎です。

こちらはガラス張りの曲線的な部分があったり、いろんな形が融合してできた建屋、という印象です。

静岡県の都市は、新静岡、新浜松といずれも「新」のつく駅があり、第三の都市であるこの富士市にもある訳ですか゛、この3つのうち、JRで「新」とつく駅はこの新富士駅だけです。

2013年8月14日 (水)

静岡/伊豆 修善寺橋の哀しや頼家

静岡県伊豆市、伊豆箱根鉄道/修善寺駅からの旅です。

歩き旅、としなかったのは、途中でバスが入っているからです( ^ω^ )

(2012年1月当時)

修善寺駅前

冬の青空に建物群が映えていた駅前の街並みでした。

下二枚の写真は同じ通りで角度が違うだけです。

伊豆市は人口が決して多いとはいえず3万人余りの市ですが、修善寺という立派な観光資源を有しているせいか、駅前もみやげ屋さんなどで華やかです。修善寺は若干距離がありますが。

Img_4893
Img_4894

ふれ愛プロムナード

とゲートに書かれた商店街の交差点周辺です。

ラーメン屋から漢方薬店まで多種多様な店舗が並んでいました。

Img_4897

修善寺郵便局

さて、上の写真までは駅前をウロチョロしていましたが、ここからは本格的に修善寺へ向かって歩き出しました。そんな中目に入った修善寺郵便局。伊豆市だからとはいえ、伊豆郵便局とするとすごく大規模に感じるからですかね、「修善寺」郵便局としているのは。

緩やかな上り坂になっていて、パテながら歩いていたのを思い出します。1年半くらい前ですが…

Img_4904

川と橋と

川は狩野川というそうで、ここに架かる赤い橋は「修善寺橋」で、駅周辺と修善寺近辺とを結ぶまさに架け橋的な存在です。

この時、川の水はそれ程潤沢ではなく、岩肌の露出具合が逆に絵になってたので、思わずそこに目がいって撮りました。

Img_4908
Img_4910
Img_4913

地蔵群と網打場

修善寺駅から修善寺橋を渡り切った地点、河原の上にカラフルなニットやらを被せられた地蔵群に出会いました。

すぐ下の写真の地蔵さんは鎌倉幕府二代将軍の源頼家を偲ぶものだそうで、頼家はこの伊豆で幽閉されて悲しい最期を迎える事になるんですね。それがまた祖父にあたる北条時政の謀略とは悲しすぎます。で、頼家の子の公暁が、頼家の弟であり三代将軍である実朝を殺してしまうんですね。すべてが血縁者で引き起こされる源氏の滅亡劇は本当に哀しいものがあります。

また、河原には「網打場」の表示があり、投網の漁場でもあるんですね。

Img_4919
Img_4918
Img_4916

踊り子歩道

川端康成の不朽の名作「伊豆の踊子」に出てきた湯川橋との事で、説明板が建てられていました。「私」と踊り子たちが出会った最初の地、という事ですかね。

伊豆なんで、全くのご当地ですよね、この時初めて認識しましたが…^^;

Img_4925

水交園

と書かれた建屋が、湯川橋の近くにありました。

やっているのかいないのか分からない感じですが、とにかくひっそりしていました。ネットで検索していても殆どヒットしないところから現役ではないのかもしれません。

Img_4931

伊豆市役所

これまた水交園のそばにある伊豆市役所です。

真ん中を縦に割るような形の建屋で、結構こじんまりとしていました。

Img_4936
Img_4937

修善寺橋を横眺め

渡ってきた修善寺橋を眺めたところ、市役所も大体このくらいの位置という事になります。

Img_4940

修善寺駅口バス停

駅口の「口」が曲者で、駅からは結構歩いた所にあります。

やはり修善寺方面へ行くには、歩きでは辛いのでバスで行く事としました。

1時間に2本くらいはバスが出ている感じだったので、待ってから乗りました。

なので伊豆市に来て修善寺へ行きたい!という時はバスに乗って行くぐらいの時間は見ておいた方が良いです。逆に徒歩圏域で見るものは先ほどの横瀬の地蔵群なんかになるでしょうか。修善寺での様子は写真容量等の関係もあり、次の機会に譲りますが、とにかくいいとこです。行く価値は絶対あるとだけ書いておきましょう。

Img_4943

2013年6月21日 (金)

静岡/下田 マイマイ通りあたり

静岡県下田市、伊豆急行/伊豆急下田駅からの歩き旅です。

(2012年1月当時)

駅前みやげ物店

下田みやげ・民芸品って事で駅前にあったこのお店。

建屋が城郭のような宮殿のような不思議な雰囲気で目を惹きました。

下田は人口が少ない街ながら、歴史もあるし観光資源に恵まれていて活気があります。

Img_5167

寝姿山ロープウェイ アップ

伊豆急下田駅下りてすぐの駅前広場からアップで撮ると、こんな風にロープウェイの上まで見えます。地上から約3分でここまで着くそうです。

寝姿山とは、女性の仰向けの寝姿に似ているところからその名がとられたそうですが、そう書かれると想像してしまいます(笑

Img_5173

標識

これも駅前にて。

ペリーロード、下田はペリーの艦隊がやってきた地であり、その開国要求に応じて開港した(これにより鎖国解かれる)地でもあり、ペリーとは切っても切れない関係ですね。

下田に来たらば、やはり開国の歴史に触れなければ…と思い、歩きました。

Img_5176

水仙まつり広告エリア

12月20日から1月末まで開催される「水仙まつり」のPRエリアが駅前にありました。

この会場自体は海に面した先っぽの瓜木崎というところですが…、その先っぽに300万本もの水仙が華麗に咲き誇るそうです。個人的に幼稚園の時、すいせんぐみだったので、思い入れのある花です。

Img_5181

下田マイマイ通り

光りでよく分からなくなってしまっていますが、下田マイマイ通りと銘打たれたこの通り。

マイマイはカタツムリのマイマイからきているのですが、これもまたペリー来航で持ち込まれたものだそうです。それって外来種というやつですか、つまり…

Img_5187
Img_5188

新田御陣屋跡

ここ下田は幕府直轄地で、三島代官所の支配下にあったといいます。1691年、三島代官陣屋が開設され、手代2人が詰めて、地方事務を扱った後、陣屋詰の韮山代官手代は常勤となり、代々片岡氏が世襲し、この片岡氏の陣屋を新田御陣屋と呼び、地方事務所の始めとなった。とありました。

Img_5189

春水の松

陣屋跡のすぐ近くにあります。

この松は、村松春水翁が明治29年にこの地に医業を営んだ頃の庭木だそうです。医業の傍ら「唐人お吉」を起章したという人物で、下田に欠かせないというこの作品のなした功績は大きいわけですね。

Img_5193

浄土宗海善寺 山門

豆州41番霊跡とありました。

1350年開創とされ、1590年に現在地に移ったといわれています。秀吉の天下統一の年ですね。

幕末期に当時の14代将軍・徳川家茂公が1863年に越年したという歴史を刻んだお寺でもあります。

Img_5196

ラーメン倶楽部建屋骨組み

この記事最後は、このラーメン倶楽部の入っている建屋の素晴らしき骨組み?!です。

縦線と横線が織りなす模様と青空に薄暗い雲が覆う微妙なバランスが何ともいえない絵となっています。

Img_5202

2013年5月27日 (月)

JR沼津駅 (静岡県沼津市)

静岡県沼津市のJR沼津(ぬまづ)です。

沼津市は静岡県の東部、伊豆半島の付け根に位置し、人口は196,634人(2013.5.1現在)で、東海道沼津宿で栄えた宿場町で、水産業が盛んな町で焼津をもしのぐ規模ともいわれています。

近年でのピーク時の人口は21万余りで現在は20万の大台を割り込んでいますが、2000年には特例市に指定されています。

-JR沼津駅
【路線】
JR東海道本線(東京-神戸間)
      御殿場線(国府津-沼津間)
      
      

   

【開業】1889年2月1日
【訪問】初訪問-1999年1月
【1日あたり平均乗車人員】 21,049人/日 (2011年)
【近隣の主要駅(東京方面)三島駅→隣駅
          (神戸方面)富士駅→5駅

          (国府津方面)裾野駅→4駅

駅名標

この駅名標は東海道本線のものではなく、終点となっている御殿場線のもので、隣駅表示が片側のみとなっています。となりの「おおおか」がひらがなにすると面白いですね、同じ文字が3つも並ぶ駅なんてそうそうないのではないでしょうか?

初訪問は1999年1月と自分の中ではかなり古く、初めて静岡県を訪ねた日に行ったうちのひとつです。ここでは1枚を除いて2007年9月の再訪時の写真をupします。

Himg0621

線路越しの風景

ホームでの写真はここでは殆ど撮ってませんが、「沼津駅の高架化を実現しましょう」とありました。この時そんな事はまるきり意識していませんでしたが、この前年2006年に高架事業が認可されたとの事で、2022年度には完成する予定とありました。まだ10年近くありますが…

ちなみにこの辺りは、三島や熱海など新幹線のある都市が多く、反対方面も富士などあり、静岡県で新幹線駅のある所は?と聞かれると「沼津ってあったっけ?」という感じになってしまいますが、残念ながら沼津は在来線のみです。

Himg0622

駅前通り

20万都市の駅前らしく高層ビルが並んだ中に駅前の多数の車線をもつ幹線道が通っていました。

沼津ではかつては多くの百貨店が立ち並んでいたといいますが、1990年代より次々に撤退し、ここでも真ん中に写っている富士急百貨店はかなり規模縮小がされているといいます。

Himg0624

商店街へ

駅から更に進んで、屋根つき歩道の商店街の入口です。

左手に写っている西武百貨店は今年の1月末をもって閉店したそうです。

Himg0625

沼津駅 駅舎

2007年9月時点の様子です。

只今 改装工事中なるメッセージが駅舎にも張られていました。

白を基調とした硬質なイメージの駅舎で、真ん中の部分がカクッと出っ張っています。それより個人的にはなぜかJRのオレンジ文字の印象がこの駅には強いのです。沼津駅といえばオレンジを思い浮かべるほどで。

Himg0628

沼津駅'99

初めて訪ねた1999年当時の駅舎です。

基本おんなじですね。

この時は降り立って10分ほどでまた乗って、って感じで殆どこの写真しか撮ってなかったので、町の印象すら殆ど覚えておらず、2007年に再訪して少しではありますが歩けて、どんな町の様子か多少なり掴めました。

今度はもっとゆっくり寄って楽しみたいし、楽しめる街じゃないかな、と勝手に思っております…

Jr

2012年12月 2日 (日)

JR磐田駅 (静岡県磐田市)

静岡県磐田市のJR磐田(いわた)です。

磐田市は静岡県の南西部に位置し、人口は166,648人(2012.9.1現在)で、ジュビロ磐田の本拠地としてその名が有名で、またヤマハ発動機の本社があり、スズキ自動車の工場のあるオートバイ政策の盛んな企業城下町です。

また、平成の大合併以前の磐田市は人口8万ほどの町でしたが、周辺の町村と合併した事で人口が一気に倍増して現在に至っています。

-JR磐田駅
【路線】JR東海道本線(東京-神戸間)
【開業】1889年4月16
【訪問】2007年8
【1日あたり平均乗車人員】 7,692人/日 (2010年)
【近隣の都市駅(東京方面)袋井駅→隣駅
          (神戸方面)浜松駅→3駅


駅名標周辺

今から5年前、2007年8月当時の様子です。

バックにくれたけインというのが見えますが、浜松の駅前にもあり、静岡県の都市駅の駅前にはちょくちょくあるホテルです。

Himg0308

名所案内と時刻表

東海道五十三次の「見付」宿として栄えた街で、東隣の袋井宿が五十三次のど真ん中になります。京から来て初めて富士山が見える所という意味で「見付」の名となったという説があります。

また、この見付が遠江国府が置かれていたとされ、国分寺跡もあります。自分は行ってませんが、700mという事なので徒歩で行ける距離かと思います。

時刻表は静岡・沼津方面、という事で東行きのダイヤが載っているものですが、ほぼ1時間に4本、朝夕は5本の時間帯もあるといった感じでした。

Himg0320

旧・跨線橋の支柱

ホームの階段横に保存されていた旧の跨線橋を支えていた柱です。

大正4年から昭和61年まで使用されていたとあり、1915~1986の約70年間勤め上げた格好になります。前面には「鉄道院」と刻まれています。

この柱の使われていた当時はまだ「中泉駅」と名乗っていた時代で、現駅名に改称されたのは今から70年前の1942年の事となります。

Himg0321

ホーム

ホームは2面3線で、階段上が改札である橋上駅舎です。

橋の部分はてっぺんが盛り上がっていて、ただの通路としての建屋に終始していない感じがしました。

Himg0307

駅前通り

ちょっと覗き見のようなカットになってしまいましたが、駅前通り周辺の様子です。

標識には「天平通り」とうりました。天平期(奈良時代)に国府のあった遠江の中心地として栄えた事からきているのでしょうか。

Himg0311

ジュビロくん

ジュビロ磐田のマスコットキャラクターで、まんまの名前の「ジュビロくん」の像が駅前に立っていました。

静岡県の県の鳥「サンコウチョウ」がモデルといわれていますが、三光鳥と表記され、黒を基調にして目の周りがブルーになっている不思議なカラーリングの鳥です。

Himg0316

遠江国分寺跡へ

ジュビロくんの隣に立っていた看板は、遠江国分寺跡への案内です。

ここ駅北口から徒歩約15分とあります。左側の塔などのカットはCGで作成された復元図で、実際にはこんな塔がある訳ではなく、右側が実際の風景です。

Himg0317

磐田駅 駅舎

北口の駅舎です。こちらしか見ていないのでこのカットだけになりますが…。

左端に南側への自由通路の階段があり、ここから線路を越えて反対側へ出る事となります。

建屋がやはり奈良時代風であり、駅前に天平通りとある事からも、国府のあった奈良時代の栄華の面が全面的にアピールされているな、と感じました。

Himg0313