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23愛知県

2018年5月23日 (水)

名鉄/知立駅 (愛知県知立市)

愛知県知立市の名鉄/知立(ちりゅう)です。

知立市では同じ名鉄の隣駅である牛田駅をupした事がありますが、今回は市名を名乗っている当駅の御紹介です。

-名鉄/知立駅-
【路線】
名鉄名古屋本線(豊橋-名鉄岐阜間)
       三河線(猿投-碧南間)

【開業】1959年4月1日
【訪問】初訪問-1999年8月
【1日あたlり平均乗車人員】 32,344人/日 (2016年)
【近隣の主要駅 (豊橋方面)新安城駅→2駅  
            (名鉄岐阜方面)前後駅→4駅
            (猿投方面)豊田市駅→7駅
            (碧南方面)刈谷駅→2駅


●駅名標

初めて訪ねたのは1999年8月と実に20年近く前ですが、出張で行ったところであり、こうして写真に収める形でプライベートに訪ねる事ができたのは2013年2月の事でした。この記事の写真のその時のものです。

知立という漢字と「ちりゅう」という話し言葉で聞いただけの地名が全く繋がらず、初めて来た(行く)時に、「ちりゅう駅」に集合、と言われたものの、漢字が「知立」というのを想像できませんでした。ちなみに江戸時代の東海道の"ちりゅう"宿は「池鯉鮒」と表記します。

知立市にはJR駅はなく、名鉄名古屋本線に属していながら三河線にも属しています。三河線で2駅隣の刈谷まで行けばJRへアクセス可能です。

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●時刻表

名古屋方面の左側が平日で、右側が土曜日・休日のダイヤです。

ほぼ1時間平均14本くらいあり、4分に1本来るくらい、かなり頻繁なものとなっています。

名古屋までは特急に乗れば20分程度で着くいわば都市圏に位置しており、アクセス至便で本数も多く、利用者も多く非常に重要な役目を果たす駅でもあります。

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●ホーム

3面5線の広いホームを持ち、この事からもここが重要な拠点駅である事が窺えます。

この時は普通に地上駅でしたが、順次ホーム切替を進めている最中のようで、2023年に高架化完成とありました。

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●ホーム2

名鉄の赤い電車が停まっている時のカットです。

右側は4番線の表示が見え、刈谷方面となっています。刈谷でJRへ乗換が可能となります。

右側は5番線で金山や名古屋方面となります。

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●ホーム構造案内

3面のホームがありますが、それらが跨線橋でも地下道でもつながっている形でした。

今はちょっと変わっているようで、この後高架化へ向けて至る所工事中状態になってしまっているようです。

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●跨線橋

上の案内図の真ん中を横切る跨線橋です。

真ん中から撮っていますが、2番線へのものと5・6番線のものが各々突き当りにあります。

通路幅としてはやや広めで、重要な駅の割には不思議と掲示物が見られませんでした。なので荒涼とした印象を受けました。

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●地下道

こちらは逆に地下道の方です。

向こうが2・3番線で、この右が4・5番線として分岐しています。

こちらには掲示物というか広告看板の形で多数ありました。

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●改札前

ホームの上、改札入った直後辺りにこのようなものがありました。(今もあります)

「知立の弘法さん」として知られる遍照院(へんじょういん)の遥拝所となっています。こんなプチ拝殿のある駅というのも特徴的ですね。弘法大師空海が1ヶ月滞在してできたお寺という由緒ある所で、当駅からでは徒歩20分といいます。(行ってませんが…)

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●駅前広場

バスターミナルが駅前広場の多くを占めているという感じでした。

のりばとしては4番のりばまでのようですが、屋根が目立つのかえらくスペース取っているような印象でした。横断歩道もバス専用とかしっかり書いてありました。

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●街へ繰り出す通り

バスターミナルを抜けて駅前の通りを出んとするところにこのような通路があり、左には観光案内看板があります。

左向こう側の木辺りにアーチがありますが、何かあればそこにイベントなどが看板として出されていますが、この時は何もなかったのでしょうか、アーチが骨組みだけになっていました。

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●知立駅 駅舎

どこが一番分かり易いか?考えながら撮りましたが「知立駅」の表示が分かり易いのはこの角度でした。端から撮るような感じで全体像とか規模感が掴みがたいのですが、大体こんな感じの駅という事で。

2023年に高架化される時はどのような姿になっているのか、その時また行ってみたいものですね、実はつい先週行ったのですが駅舎の外観としてはまだこのまんまでした。

もうすこし大きくなっても良い駅だとは前々から思っていましたが、5年後に大きくなっていたら良いなと。駅構内に色んなテナントを抱えたりするような。

そんなこんな妄想?を膨らませつつこの駅の記事を終わります。

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2018年5月11日 (金)

愛知/愛西 佐屋の街に歴史あり

愛知県愛西市、名鉄/佐屋駅からの歩き旅です。

(2018年1月当時)

●周辺案内図

佐屋駅前の案内MAPです。

観光案内というより「公共施設等案内図」と記されています。

公共施設がメインでこれらが目立ちがちですが、緑字の部分は見どころが何気に散りばめられていて、またそれらが一本道に集中していたりするので、その道に沿って歩くと結構良いプチ旅にになるかなという感じでした。

実際多少これらを拾い上げて巡ったりもしました。

ものすごい絶景や素晴らしいテーマパークとか、そういう派手なものは見られないと思いますが、旅好きな方ならプチ名所めぐり的な感じで楽しめると思います。

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●佐屋駅南バス停

実質的な佐屋駅前のバス停です。

愛西市巡回バスという事ですが、下にあるように3路線あります。

・佐屋西ルート 「sayanishi.pdf」をダウンロード

・佐屋中央ルート 「sayacyuuou.pdf」をダウンロード

・立田ルート 「tatsuta.pdf」をダウンロード

いずれも1日3、4便程度です。

「佐屋東ルート」というのもありますが、このルートはここを通りません。

トータルで1日10回くらいバスがここに来ます。往復入れて20回くらいですかね。

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●駅前の道

駅を出て右に曲がっての道路です。

まずはこちら側を進む事としました。右向きがこちらで、もちろん反対方向もありましたが、どっちにものがありそうか?と考えた時にこちら側の方が生にかありそうな感じでしたので。

「愛西市」と貼ってあるのもしっかり撮りました。こういうのが旧自治体表記のまま直っていない所もありますが、ここはしっかり新市名になっていました。

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●ツノダの自転車

の看板がありました。懐かしい…たまに見かけますが。

佐屋駅から歩いて行った街の中で、このような懐かしい雰囲気の建物が随所に見られました。

♪ツンツンツノダのテーユー号~ のCMで昭和期を一世風靡した自転車です。テーユー、とは??と思って今更ながら調べてみたらツノダの創業当時の社名スペル「TUNODA」の頭文字から取ったそうです。意外と単純!

ちなみにのこの「株式会社ツノダ」は現在は自転車販売は行っておらず、不動産賃貸業を主にしているそうです。

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●懐かしげなるもの

かつて商店として存在したであろうところが点在していました。

酒屋さんは現役のようにも見えますが、前の入口がなんかおかしなことになっていてよく分かりませんでした。何にしてもこれらが現役バリバリで稼働していたのはいつの事だろうか、と思いを馳せてしまいます。

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●さや舟場道

と表記された石標が建っていました。この辺りはかつてを偲ばせるものが複数あるのでちょっとした名所的なエリアです。佐屋駅から北東へ徒歩10分くらいの地点です。

まず最初はこの「佐屋舟場道」です。

昭和54年にここに建てたとありますが、地元の方の寄付によるものとの事で、その屋敷内にあったとか。船場への道標との説明もありました。

この先200m程西に川が流れていて、そこに船が出ていたのでしょうか。いや、そんな小さな川ではなくて、よく見たら2kmくらい西に大きな木曽川が流れていて、そこから三重県の桑名に繋がります。東海道佐屋路は佐屋宿より船で桑名へ渡った、という記載が見られました。

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●きこくの生垣

先程の舟場道の写真の石碑の道向かいに見えていたのがこれです。

「江戸時代この辺りは佐屋宿の舟番所の前で旅籠があった」と記されています。

きこくとは「枳殻」と書き、カラタチの別名といいます。

佐屋宿については「佐屋街道」の宿場町で、このエリアでは最大規模を誇ったといいます。先述の通り、桑名宿へは舟渡しにより結ばれていました。

佐屋街道は東海道の脇街道的な役割を果たし、東海道自体は、名古屋の熱田から三重の桑名まで舟運で結ばれましたが、北へ迂回する脇往還という形で通っていました。

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●佐屋代官所跡

佐屋舟場道のほぼ道向かいにあるのがこの碑でした。

大きい方の碑には「徳川家康が大坂夏の陣の際に、ここから船を出して大阪へ向かったなる記載があり、尾張藩祖が東海道佐屋宿や、佐屋湊佐屋御殿を設け、佐屋の名は全国に知られるところになり、それから109もの村を治める代官所ができたといいます。

正直、今の世で佐屋と聞いて全国的な知名度があるかといわれると、そうではないかな?という気がしますが、往時は有名な所だったのかなと。そんな往時を偲ぶ意味合いもあってここにその碑が、このように大層に?立てられているようです。

舟場道と共に歴史感あるプチ名所エリアです。

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●佐屋三里之渡址

今度は先ほどの代官所や舟場道などの碑などT字に交差した道路にあり、先ほどのものがT時のしたの縦の部分の両サイドにあるとすると、こちらはTの左上にあるような、そんな位置関係で、いずれにしてもT字上にこれらがぎっしり詰まったエリアとなっています。

それでこの「佐屋三里の渡し」は佐屋宿と桑名宿を結んでいた渡しで、佐屋の渡しとも言われていて、三里(約12km)の水上ルートでした。海上ルートではなく、川の上の航路であったため、盛んに利用されたといいます。

そんなこんなで佐屋の歴史を垣間見るエリアは集中していますが、派手な旅ではないけれど、歴史に触れるちょっとした旅を、この愛西市では味わう事ができます。

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2018年5月 3日 (木)

名鉄/佐屋駅 (愛知県愛西市)

愛知県愛西市の名鉄/佐屋(さや)です。

愛西市ではJR永和駅をupした事がありますが、これという中心駅があると思えず、永和駅に行った時も周辺をあまり行けなかった事もあり、中心とされる当駅を訪ねる事としました。

-名鉄/佐屋駅-
【路線】
名鉄尾西線(弥富-玉ノ井間)
【開業】1898年4月3日
【訪問】2018年1月
【1日あたり平均乗車人員】 4,275人/日 (2016年)
【近隣の主要駅 (弥富方面)弥富駅→2駅  
            (玉ノ井方面)津島駅→2駅


●駅名標

正規の名鉄独特の駅名標はあるのですが、諸般の事情で撮れなかった為、この写真で代用しています。帰りに撮るつもりだったのですが、帰りにはこの駅に寄らず、隣の駅から帰ってしまったので、結果としてこれをupする事となりました。漢字表記がないと、人の名前みたいです(笑)

名鉄尾西線の駅として1時間に4本程度出ています。尾西というのは現在は一宮市ですが、旧は尾西市という自治体にあった駅がいくつか存在しています。

路線の端の弥富駅から2駅の位置にあり、沿線の代表的存在の津島駅とも同じく2駅の位置に存在しています。

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●ホーム

2面3線のホームで、両ホームは階段ではなく向こうに見える構内踏切で行き来する構造となっています。

1日あたりの乗降者数が4,275人という事で、同じ市内のJR永和駅の乗車数が約2,200人であり、乗降者数を半分にすると利用者数はほぼ同等というところです。ですが、この佐屋駅の利用者数はここ近年伸びてきてはいます。

個人的には構内踏切で行き来する駅はあまり大規模ではないという基準をもっていますが、大規模駅にあまりこういう構造はないかなと思いまして。なので愛西市⇒コレという市を象徴する駅の存在が感じられず、そういう分かり易いキーステーションができればと思います。

ちなみにこの駅の今の自治体は愛西市ですが、平成の大合併で2005年に愛西市になる前は海部郡佐屋町という郡部の中心駅で、佐屋町は人口が30,000人ほどいた郡部ではかなり人口の多い町でした。

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●ホーム2

外から見たホームです。

帰りにホームにもう少し撮ろうと思っていましたがここに帰着できなかったので、ホーム内でのカットが少なくなっています。

で、これは外から電車が停まっているのも含めたホームの様子です。屋根のあるエリアは広くなさそうで、駅の規模としては大きくない感じを受けてしまいます。 「ようこそ愛西市へ」的なものもあっていいと思います。一応駅前には周辺案内MAPはありますが。

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●駅前広場

駐車スペースがあるだけという感じの駅前広場ですが、面積は広めです。

車が停まっている向こうは幹線道になっていて、これが駅前のメインの通りという事になるでしょうか。

周辺案内MAPが右端に車の向こうに覗いて見えます。

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●佐屋駅 駅舎

駅舎そのものもこじんまりとした建物で、改札機通ったら若干の待合スペースを抜けてすぐ出口といった感じです。

線路と平行ではなく、垂直にこの駅舎が建っています。なので改札を出てすぐに左へ90度転換する形でこの出口を出る事となります。こういう建物構造もあってか、駅を大きくするとかの改修が難しいのではないかと勝手に思っていますが、この駅には建物が少し大きくなってほしいなと思いました。

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2018年3月31日 (土)

愛知/みよし 大学小学 緑の坂道

愛知県みよし市、名鉄/三好ヶ丘駅からの歩き旅です。

(2011年5月当時)

●駅前道

駅から出てメインの道路で、これと交差する道路も幹線道っぽいのですが、この時はこの道路を向こうへ歩いて行きました。

ビルが立ち並ぶような駅前感もなく、市の中心感も希薄な雰囲気でした。実際この辺りは市の中心部でも何でもないんです。その事を知らずにこの時はそのまま歩いていました。この向こうに何があるんだろう?と思って。

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●CITY GUIDE

みよし市のガイドマップです。

南北に長い地形になっていて、現在地はこの通り市の最北端にあり、その市の北端を線路が掠めている形で、鉄道は市内でここしか通っていません。

更に市役所は中西部に位置しており、ここからは全然違うところにあり、鉄道アクセスもかなり不便な所にあります。がしかし、色々なものがありそうなのがこのマップでも分かり易く、逆にこの駅周辺はあまりなさそうな感じです。

三好ヶ丘駅からみよし市役所へのバスが出ていますが、快速的なものでも約30分かかり、各停であれば40分以上はかかります。下表はみよし市コミュニティバスである「さんさんバス」でのダイヤです。(切れててすみません)

これだけの時間乗っても料金は1回100円です。

                                                   
三好ケ丘駅 7:50 8:35 9:44 10:57 11:48 12:55 14:11 15:05 16:15 17:31 18:20 19:35
みよし市役所 8:17 9:19 10:28 11:41 12:32 13:39 14:55 15:49 16:59 18:15 19:04 20:19

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●記念碑

アートヒル三好ヶ丘の完成記念碑です。

重そうな曲がった石が上にのしかかっている感じでした。

みどり豊かなこの地に、人と自然と芸術の調和したまちづくりを目指して1981年に事業認可され、1995年に竣工しています。この辺の広場スペースには芸術、とくに彫刻が多数設置されているといいます。

駅前にでっかいモニュメントがありましたが、これ以外にもちょこちょことオブジェ系のものがあって、これら皆一連の事業によるもののようです。

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●マンホール

旧「三好町」時代のマンホールです。

当時の町の木である「ミカワクロマツ」が前面に出た形となっています。

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●東海学園大学入口

何もないとまではいきませんが、三好ヶ丘駅前の道路を歩いているうちに行き着いた東海学園大学前のバス停です。え?こんなとこにあるの?という感じでした。

そして入口として標識が出ていますが、敷地の塀はこんな金網フェンスなのか??という感じでした。

割に最近にできた私立大学のようで1995年開学とありましたが、起源は古く1888年に浄土宗愛知支校としてできたのが最初といいます。当初は経営学部のみの単科大学であったものが現在では6学部も有しています。

バスは先の「さんさんバス」で1時間強に1本程度の割合で出ています。この辺はおそらくこの当時から7年経った今もそう変わらないと思います。コミュニティバスの割には本数多いなと感じました。

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●大学への道

バス停が大学前にあってアクセス至便と思っていたら、こんな階段がいきなりそびえ立っていて、これをまず登らないといけない訳ですね。ここから先は入っていませんが、この限りでは校舎は遠くに覗いて見える感じでした。

現在地はこの下のマップの左下になりますが、右端の別の道路にも門があります。

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●東海学園大学 校舎

バス停辺りからでは遠くに丘の上にあるような形で覗いて見えた大学の校舎が、歩いて行くにつけて、思い切り平地上にあるのが見えてきて、ちょっとトリックにあったような気分でした。

お城でいうと山城だったと思ったら平城だったような感じです(笑)

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●黒笹小学校へ

の標識が出ていました。

最初の写真から続いているこの道路は、三好ヶ丘駅から西隣の黒笹駅までの線路に沿う形で通っているのですが、東海学園大学が左手前にあり、そのすぐ右向こうにあるのが黒笹小学校です。

向かい合ってはいませんが、斜めに相対するような位置関係で、大学と小学校とがあります。

バス停は先ほどの東海学園大学と同じ??に見えますが、「東海学園大学西」という隣のバス停です。

このまままっすぐ歩き続ければ程無く、隣の黒笹駅に行き着いていたのですが、この時はその事に気づかなかったのでそのまま三好ヶ丘駅へ引き返してしまい、若干後悔モノでした。

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●通ってきた道

の全体的な感じは、緑の風景と住宅地と教育機関と混在する中で、道はこんな坂道の印象が強くて、特に三好ヶ丘駅から黒笹駅方面へ歩いて行くと、上り坂が延々続いたような覚えがあり、単に平地歩きを続けるのと比べるとやはりしんどい覚えがあります。

このみよし市ではこのように線路沿いの市北端しか行っておらず、今度行く時は市役所周辺の中心部がどんなふうに栄えているのか見てみたいものです。

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2018年2月12日 (月)

愛知/長久手 モリコロパークを覗き見る!

愛知県長久手市、愛知高速交通/愛・地球博記念公園駅からの様子です。

(2017年12月当時)

●トンネル状

駅から降り立ち、公園の方へ歩く途中で、このガリバートンネル(ドラえもんの道具)のようないでたちのトンネル状の建物に行き着きました。

この中の階段を下りて、「地球市民交流センター」へとたどり着きます。

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●地球市民交流センター

という訳で、上の写真の所から降りていて行き着いた施設がこれです。

地球の半分のような半球体の独特の建物が実に目を惹きます。

2010年にできた施設で、万博期間中からあったものではありませんが、多目的室・多目的スタジオなどを有していて、市民の交流を促進する場として利用されています。

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●リニモが走る

パークから駅の方を振り返って見ると、高架と駅が見える訳ですが、そこにリニモが入っている風景が撮れました。ここにリニモがあるだけで随分と絵になるなと。

リニモですが、リニアモーターカーのイメージと違って随分とゆったり走っています。

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●モリコロパーク案内

公園全体案内図です。

夏季 4~10月 8時~19時

冬季 11~3月 8時~18時30分

で、公園の利用料自体はなく、ここもフリーで歩いています。

周辺の各施設の利用料が発生する形の料金システムです。

総面積は190Haもあり、よく例えに用いられる東京ドームでいうと約40個分に相当します。

年間来園者数は2014年度で約160万人という事で、1日あたりに換算すると4,000人あまりになり、万博終了後10年を経ても、このくらいの来園者があるという訳です。

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●標識

周辺施設への案内標識です。

大きな観覧車もあります。

記念館もあり、スポーツ関連施設もあり、こどものひろばもありと実に多種多彩です。

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●エレベーター

駅からぐるっと回りながら半周ぐらいした所にこの通路があり、エレベーターで下って、スケート施設や、人気の「サツキとメイの家」へ行けます。

「サツキとメイの家」は、万博期間中に最もに人気のあった施設のひとつで、となりのトトロで出てきた草壁家の再現をしたものです。期間中ははがきによる応募制で競争率もかなり高かったそうです。

有料で大人510円、子ども250円となっており、外からと内からの観覧が各々15分という制限があるようです。この先を下りていないので、実物は撮っていませんが、この先を下りればあるという事なので、興味のある方々は行ってみられれば良いかなと思います。

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●園内バス停

何せ東京ドーム40個分もある広大な敷地を有するが故、このような園内バスも出ている訳ですね。

園内を30~40分かけて1周し、頻度的には30分に1本程度出ています。なので時間帯をよく見て上手く活用する事が必要です。

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●地上の地下

1F部分にあたりますが、駅の2F部分から伸びている通路の真下にあたり、多目的室や軽食店などが並ぶ中を広場としても広がっています。そして電飾もついていたり、暗いゾーンをうまく活用しています。

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まだまだ全然魅力の一部も伝えられていませんが、時間があれば愛・地球博記念公園駅、または隣の「公園西」駅に来て、このゾーンの魅力を存分に楽しんでほしいものだと思います。

2018年2月10日 (土)

愛知高速交通/愛・地球博記念公園駅 (愛知県長久手市)

愛知県長久手市の愛知高速交通/愛・地球博記念公園(あい・ちきゅうはく きねんこうえん)です。

長久手市は愛知県の北西部に位置し、人口は59,532人(2017.10.1現在)です。2012年1月4日に長久手「町」から、長久手市へ単独で市に昇格している街です。また有名な『小牧・長久手の戦い」で知られ、名古屋から延伸している「リニモ」も走っており、今回はまさにそのリニモの駅の紹介となります。

-愛知高速交通/愛・地球博記念公園駅-
【路線】
愛知高速交通東部丘陵線(藤が丘-八草間)
【開業】2005年3月6
【訪問】2017年12月
【1日あたり平均乗車人員】 2,337人/日 (2016年) 
【近隣の主要駅 (藤が丘方面)長久手古戦場駅→3駅
           (八草方面)八草駅→2駅

●駅名標周辺

「愛知県立大学前」という副駅名がつけられています。「愛知高速交通」とありますが、リニモの通っている路線です。

愛知県大って個人的に行きたいと思っていた大学のひとつであったので、こんな所になったのか!と驚くことしきりでした。

駅名からも察しがつくと思いますが、愛・地球博の万博会場であった所で、2005年開業時には「万博前駅」というそのものズバリの駅名でした。万博が終了して、現駅名になり今に至ります。

リニモが通ってはいますが、何分距離が短く、その性能をいかんなく発揮!という訳にはいかない状態で、短い駅間をゆっくり走っています。

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●ホーム

リニモ駅のホームは高架駅が多く、ここも御多分に漏れずです。

開業して10年を過ぎましたが、まだまだ白くてピカピカした感じでした。

沿線はどの駅も大抵2面2線で、このようなシールド状のホームになっていて、風にさらされないのでその分冬は楽といえます。

電光板掲示にて先発次発の列車時刻が表示されていますが、8分毎となっていました。土曜の朝8時台に訪ねましたが、乗る方も降りる方も数人ずつといった感じでした。

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●時刻表

早朝深夜を除いてほぼきれいに8分おきにやって来ます。

名古屋市営地下鉄に比べるとやや間隔が長いかなというところですが、それでもこれだけの本数があれば十分と思いますし、それほどのものすごい賑わいの無い時間帯が明らかにある(この時がそうでした)ので、まぁのどかなもんかな、と思いましたね。

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●外を眺める

室内型ホームから外を眺めた様子です。

始点の藤が丘駅は名古屋市ですが、段々そこから離れていくと、山の中に道があったりして、割とのどかな風景へと変わっていきます。

ここの場合は、万博記念公園が目の前にあって、ほぼそれだけという感じを受けました。普通の街なか感は個人的にはなかったですね。

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●エスカレータ

ホームへ上っていくエスカレータであり、手前両サイドに「×」マークが入っています。

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●改札出て

各出口への標識がありました。

3番は愛知県立大学、4番はバスターミナル、そして5番は愛・地球博万博公園 といった具合ですが、出口としては5番まであります。

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●南出口

万博記念公園側の出口です。

駅名が万博公園を示すものである以上、ここへは絶対行っとかないと!という訳で出て来ました。

2F出口の形で、橋を渡るように通路が長く続いています。

そして公園で出会う四季折々の草花という事で紹介されています。

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●駅前南口

通常なら駅前ロータリーという感じなのでしょうが、ここの場合はそれよりも公園前広場、という色の方が濃いです。あとは…丸いものが多いです、とにかく。

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●愛・地球博万博公園駅 駅舎

南口(万博公園側)の駅舎です。

リニモ沿線の駅舎って画一的とも思いませんが、個性的という感じでもなく、どこもおんなじような違うような…そんな感じを持っています。

ここの場合は、2F部分から出口~通路が伸びていて、その部分は独特かなと思いました。

愛・地球博の万博記念公園は、このようにリニモの沿線上にあります。

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2017年12月19日 (火)

名鉄/豊田市駅 (愛知県豊田市)

愛知県豊田市の名鉄/豊田市(とよたし)です

前回記事の新豊田駅と通路で繋がっている名鉄の駅です。

-名鉄/豊田市駅-
【路線】
名鉄三河線(猿投-碧南間)
【開業】1920年11月1日
【訪問】2011年5月
【1日あたり平均乗降車人員】 32,946人/日 (2015年) 
【近隣の主要駅 (猿投方面)猿投駅→4駅
           (碧南方面)知立駅→7駅  


●駅名標

豊田市駅という名前ですが、ここが豊田市になった1959年からこの駅名に変更され、それまではやはり市名であった挙母(ころも)を名乗っていて、ずっとこの辺り市の中心駅の座にあります。

ちなみに「市」のつかない「豊田駅」は東京都日野市にあり、その関係で駅名に「市」がついたのではないかと思います。

向かいにある新豊田駅の隣が「愛環梅坪」でしたが、この駅の隣も「梅坪」です。

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●ホーム

名鉄独特の赤い電車と共にホームのカットです。

新豊田駅同様、高架駅舎です。

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●ホーム2

高架から降りる階段付近です。

エレベータもついています。

この写真では分かりませんが、2面3線のホームになっています。

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●駅前通り

向かいが新豊田駅でない方の駅前通りの様子です。

さすがに人口40万超の街の中心駅前だけの事はあるかと思いましたが、通りに面した部分の建物はそれほどの高層ではなかったです。

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●名鉄トヨタホテル

駅の真ん前にあるホテルです。駅から通路もあり

シングル料金を見てみると8,500円くらいでしょうか?最近のホテル代の表示は税抜きで半端な価格のものが多く、また消費税が8%かかると結構な額が上積みされる事になります。このホテルでも7,962円という事ですが、消費税8%で640円近くかかるので…という具合です。

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●駅前広場

地平に下りてきての駅前広場周辺です。

銀行や証券会社等金融機関が前面に配された通りで、ホテルも点在しています。

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●豊田市駅 駅舎

新豊田駅の向かいにありますが、かなり違った感じで、こちらの方がだいぶ凝った建物と感じました。

向こうには松坂屋が見えていました。

左端から下りているカプセル状の?階段部分も目を惹きますし、2F部通路が外まで長く伸びているのも特徴的です。

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2017年12月18日 (月)

愛知環状鉄道/新豊田駅 (愛知県豊田市)

愛知県豊田市の愛知環状鉄道/新豊田(しん・とよた)です

豊田市は、愛知県の北部に位置し、人口は425,738人(2017.10.1現在)で、その名の通りトヨタ自動車の本社がある「企業城下町」の最たるところで、トヨタグループやその創始者である豊田(こちらは「とよ」と濁ります)市に因んでつけられた市名で、1958年まではは昔の藩名でもある挙母(ころも)を名乗っていました。近代以降の氏族から市名が取られというのは極めて希な例だと思います。

-愛知環状鉄道/新豊田駅-
【路線】
JR愛知環状鉄道線(岡崎-高蔵寺間)
【開業】1976年4月26日
【訪問】2011年5月
【1日あたり平均乗降車人員】 13,568人/日 (2015年) 
【近隣の主要駅 (岡崎方面)三河豊田駅→2駅
           (高蔵寺方面)瀬戸市駅→9駅  


●駅名標

1976年4月26日に当時の国鉄岡多線の終着駅として開業した駅です。70年代中盤の開業とは非常に珍しい気がします。岡多線の全線開業がこの日であった事から周辺駅も一気にこの日に開業しています。そのわずか12年後には第3セクターとしてのスタートを切る事となりますが…

隣駅の「あいかんうめつぼ」は「愛環梅坪」の漢字表記です。愛環はこの「愛知環状鉄道」のことです。駅番号が⑫と振ってあります。ちなみに「瀬戸市駅」は21という番号が振られています。ここから9駅ある訳ですね。

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●ホーム

2面2線のホームです。

「愛知環状鉄道」とはいいますが、東京の山手線や大阪環状線のような円状になっている訳では全然なく、南北に伸びているだけです。その繋がっている部分を含めて環状に進もうと思えばできるかもしれませんが…。

それでいて、名古屋には地下鉄の名城線が実際に環状になっているので、こちらと間違われかねないと思いますが…。

高架駅舎でホームへは階段を下る事となります。またホームには電光掲示の次発案内があります。

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●駅前俯瞰

ホームから見下ろした駅前広場の様子ですが、こちらは駐車場になっていました。

植込みがきれいに整備されていて、その中に整然と車が入れられている、そんな印象の強い場所でした。

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●駅前地図

名鉄の豊田市駅とは通路で繋がっており、その間に松坂屋などがあります。

東側に大きな川が流れていますが、これは矢作川で、ここに架かる豊田大橋が実に素晴らしかったので、ここに来たら絶対見に行かれる事をおススメします。自分は豊田市で見た最も素晴らしい景色は?と言われたらここを挙げます。(殆どこの辺りしか行ってませんが…)

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●新豊田駅 駅舎

豊田市駅と通路で繋がっている事からも、なかなか全体像を撮りづらく、変な見え方しかしていませんが、高架駅で大規模な駅舎になっています。白基調の角ばった建物で、印象はやや薄い感じでした。屋根の部分はスタジアムを感じさせる?結構派手なものですが。

この駅舎になったのが1991年という事で、愛知環状鉄道に転換されて3年後の事でした。87年はまだ国鉄所属で、そこで分割民営化を迎え、翌年には愛環への移管、その3年後には駅舎改築と、激動の歴史をたどったのが1990年前後であった訳ですね。

ちなみに利用者数的には右肩上がりでいまだに上昇中です。また第三セクターの駅ながらKioskのある駅であり、これも非常に珍しいとの事です。

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2017年1月 6日 (金)

JR岡崎駅 (愛知県岡崎市)

愛知県岡崎市のJR岡崎(おかざき)です

岡崎市は、愛知県のほぼ中央に位置し、人口は383,383人(2016.10.1現在)で、愛知県では名古屋市、豊田市につづく3位の人口を誇る都市で、豊田市とは西三河を代表する中心都市として双璧の関係にあります。江戸幕府を開いた徳川家康の生まれた城として岡崎城があり、八丁味噌の産地としても知られる街です。

-JR・愛知環状鉄道/岡崎駅-
【路線】
JR東海道本線(東京-神戸間)
    愛知環状鉄道線(岡崎-高蔵寺間)

【開業】1888年9月1日
【訪問】2007年4
【1日あたり平均乗車人員】 JR-17,077人/日 (2014年)
                  愛知環状-4,566
人/日 (2014年)
【近隣の主要駅 (東京方面)蒲郡駅→5駅
           
(神戸方面)安城駅→2駅
           (高蔵寺方面)三河豊田駅→9駅


●駅名標(JR)

JR東海道本線に属すると共に、愛知環状鉄道線の始発駅としても機能しており、駅舎としては両者共存しております。

訪問が2007年で当時の写真を載せていますが、当時の隣駅の一方(東京方面)は、こうだ(幸田)駅となっています。この後、2012年に「相見(あいみ)」駅が開業したため、幸田駅は隣駅ではなくなりました。

時刻表の上半分が見えていますが、1時間に6本はコンスタントに来ている形で、長く待つ事はないかなというところです。特別快速も停車する分、便が多くなっていて、周辺の中心駅でない所では少し便が減る事となります。

新幹線レベルでは三河安城と豊橋の間にあり、三河安城までは3駅という位置にあります。

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●自由通路

改札を出た後の自由通路の様子を天井寄りに。

屋根が尖がっていて、明り取りの窓が飛び飛びについています。こういうのもアクセントになってていいですね。平屋根よりもとんがった屋根の方が見栄えもよく。

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●駅名標(愛知環状鉄道)

0番線のみ使用している愛知環状鉄道側の駅名標です。

色遣いからするとこっちの方がJRっぽい気がしなくもないですが…

始発駅につき、隣駅は片側のみの表示です。

環状鉄道、という名前ですが、路線は環状ではなく普通に棒状というか始発と終着が1本の線の状態になっています。

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●愛知環状鉄道の車両

0番線ホームから出た車両です。現在もこの車両が使われている模様です。

ここ岡崎から高蔵寺駅までの約45kmを23駅で結んでいて、駅間の距離は比較的短く、高蔵寺側へ進むにつれてその距離が長くなっていく感じです。この時行ったのは2駅先の中岡崎駅まででした、ただ「乗った」というだけで…。ただこの中岡崎駅では、名鉄の岡崎公園前駅と十字交差している格好で、垂直にお互い位置し合ってる感じです。

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●歓迎看板

駅から出て、駅前広場の歓迎看板です。

なんといっても徳川家康の生まれ故郷が最大のウリ?かと思います。他の地方の方々からすると岡崎って愛知県で3番目に人口が多くて、しかも40万近くの人口がいるというイメージが薄いのでは?と勝手に思っていますが、新幹線が停車しない事もそう思える理由の一つかもしれません、ですがやはり徳川家康の故郷、もちろん城下町、立派なお城をもつ街でもあります。

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●駅前道

そこらじゅう工事をしていて、建物周りもそうでしたし、更地も多かった、そんな印象でした。

この辺り全くの駅前ですが、取り立てて建物が見当たらない感じでした。今から約10年前の姿ではありますが。

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●駅前スペース

建物丸ごと改装のような状態でした。

しかし駅の歴史を調べてもこの時期の事については一切触れられておらず、何だったのか?と思わされてしまいます(再開発の途中だったようですが)。ただ、こうして記事に格段になって初めてといっていいぐらい、ここが40万近い人口を有する都市という認識がありませんでした。少なくともこの訪問時にそんな事は全く感じませんでした。

岡崎市の中心駅はここよりも、名鉄の東岡崎駅といわれており、ここが必ずしも中心地ではない、という側面もこのように思わされたうちのひとつかと思います。今度は東岡崎駅へ行かねば…です。

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●岡崎駅 駅舎

JRに加えて愛知環状鉄道の名前とマークも添えられています。

なかなか大きな駅ではあるのですが、1つのビル状がデンと立っているのではなく、いくつもの塊がくっついてできてる感があって、個人的にはかなり寄せ集めなイメージです。

JRでは市名を名乗るので、中心的存在になっていくのならいいのですが…といって10年近く寄っておらず、ただ特別にニュースもないようなので大きく変わった様子はないようです。同等の人口規模の一宮市にある尾張一宮駅がショボい小駅から大駅舎へ変貌を遂げたので、ここにも続いてほしい想いはあります。

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2016年12月17日 (土)

JR尾張一宮駅 (愛知県一宮市)

愛知県一宮市のJR尾張一宮(おわり・いちのみや)です

一宮市は、愛知県の北西部に位置し、人口は380,717人(2016.10.1現在)で、愛知県では4位の人口を誇る都市で、かつての尾西市も現在はここ一宮市に編入されています。愛知県の西側の玄関口にあたる大都市で、かつては織物産業で栄え、カレーチェーン店「CoCo壱」でおなじみの壱番屋の本社はここ一宮にあります。

-JR尾張一宮駅-
【路線】
JR東海道本線(東京-神戸間)
【開業】1886年5月1日
【訪問】初訪問-2006年9
【1日あたり平均乗車人員】 26,303人/日 (2013年)
【近隣の主要駅 (東京方面)稲沢駅→隣駅
           
(神戸方面)岐阜駅→2駅

●駅名標周辺

ここに初めて来たのは今から10年前の2006年9月の事ですが、今回記事写真は特に断りのない限りは、2013年7月の再訪時のものを載せていきます。

JR東海道本線では岐阜県を出て、愛知県に入って2つ目の駅で、市の中心駅としては愛知県最初の駅となり、愛知の西の玄関です。2009年にJR東海初の女性駅長が就任した駅でもあります。

1886年開業の歴史ある駅で、当初の駅名は「一ノ宮」でした。今からちょうど100年前の1916年に「尾張一ノ宮」という現駅名(表記違い)の形となり、1952年に現在の「尾張一宮」表記になっています。千葉県の上総一ノ宮駅(千葉県一宮町)も1916年の時点で「一ノ宮駅」より改称となっています。

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●案内と時刻表

西出口からの主要施設への案内がありますが、とりあえずこういうものがあります、という感じで距離時間等の記載はない状態です。

そして時刻表、名古屋近郊の主要駅という事もあってかそこそこの本数があって、在来線は全ての列車が停車しますが、殆どの時間帯は1時間あたり8~10本あります。名古屋までは各駅停車でも17分程度で着きます。

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●ホーム

2面4線の高架駅です。

共に一宮市の中心駅として並び立つ、名鉄一宮駅とは並行して建っている状態で、1993年に名鉄側が高架化された際に完全に分離したといいます。

愛知県というところは名古屋市が突出して人口が多い訳ですが、これに続くのが豊田市、岡崎市、そして一宮市、豊橋市といったところですが、いずれも40万近い人口がいるにもかかわらず、個人的にはそこまでの都市という印象が希薄、と感じます。

観光要素が希薄だから?か分かりませんが、たとえば駅ホームに着いた時に歓迎看板の派手なやつも見当たらない、からかもしれません。なんとなくそこそこの都市駅に来た、というだけの印象を受けてしまうのです。

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●駅前通り

こうして見ると40万近い都市の中心駅前という印象は受けますが、高層ビルが淡々と続いていくという感じでした。

こういういかにも都会的な面と、少し道をそれると渋い商店街が続くエリアとが同居している感じの街でもあります。

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●尾張一宮駅 駅舎

2012年に7階建ての新駅ビル「i-ビル(アイビル)」として誕生した新駅舎です。

初訪問時の駅舎とは全然変わっていてビックリしました。前の駅舎が人口規模にそぐわない感じでもあったので尚更でした。

縦線?が無数に構成されている不思議な感じで、また真ん中部分が吹き抜けになっていたりと、デザイン的にかなり凝りやこだわりが感じられる駅舎です。

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●尾張一宮駅2006

初訪問した2006年当時の前駅舎です。

今の駅舎と全く違いますね。

これのイメージで、2013年に7年ぶり訪問して見ると、上の写真の新駅舎であったので、それはもう驚きを通り越しました。この駅はもうリニューアルされないのか?ってぐらいの年季の入りようでしたので。もっともこの訪問の翌年の2007年にはこの駅舎の解体工事が始まったそうですが…。

この駅舎は太平洋戦争の空襲で焼失後に民衆駅として再生したそうです。民主駅というのは、駅舎の建設を当時の国鉄と地元が共同で行い、その代わりに商業施設(駅ビル)を設けた駅の事で、日本でその第1号は1950年の豊橋駅で、ここ尾張一宮駅は1952年に第4号の民衆駅として開設され、この時に「尾張一ノ宮」から「尾張一宮」の表記に変更になったといいます。

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