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23愛知県

2019年1月19日 (土)

愛知/犬山 12/25,000の奇跡!日本最古の天守

愛知県犬山市、名鉄/犬山駅からの歩き旅です。

(2008年5月当時)

▼犬山駅からまっすぐに伸びた道を西へ200m程歩いた所です。

幹線道ではなく、車は通るのでしょうが、商店街というう雰囲気でもない、駅前の割に微妙な雰囲気の通りでした。

犬山理容と看板が出ていますが、この写真は訪問した2008年当時で、まだ現役だったと思われ、「犬山理容」としては2015年には既に閉店していたようです。

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▼上の写真の道路で、真ん中部分だけ横切るように違う色になっていましたが、右側にこのような「熊野神社」がありました。

そしてそこには「熊野町」の立札がありました。

熊野神社ゅがある事からこの町名がついた、とあり、以前は熊野山があったともありました。江戸時代には城下町と外部の境をなしていた、ともありました。ちなみに今は熊野町ではありません。

向こうに見える「住吉臺」と書かれた建物には、犬山祭の車山があります。

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▼街を歩いていたら、鈎型十字路がありました。

さすが城下町犬山!天守が現存していて国宝となっている犬山城の街の貫禄の一端が、この渋い家並みと共に窺えるというものです。

戦国時代などの当時もこのような通路の形をして、敵の侵入を少しでも食い止めていたのでしょうね。

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▼本町とよばれる城下の中心街へ出てきました。

城下町時代はこの辺りはかなり賑わったようで、賑わうような店を集めたそうです。そしてまた問屋場、高札場なども設けられ、住人達へのお触れもこの辺りで出していたといいます。

人の集まる、情報の集まるそんなエリアだったかと思いますが、今でも観光客で賑わう通りになっていると思います。

そしてこの店の看板、初めて見た時「がんばるの店」だと思っていました。なんだよ、がんばるんって、と。よく見ると「人」でした、がんばる「人」の店でした。自然食品の店のようですね、軒先にリポビタンDの自販機がありましたが。

そしてまたこの軒先には、からくりみくじがありました。

小っちゃい太鼓を叩いて、大吉が正面を向いたらラッキーとありましたが、ここでは小凶が正面を向いております(笑)

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大手門いこいの広場という事で、広場スペースがありました。芝生のある部分?はそれらしい憩いのスペースという感じはしますが、土の部分は何の役割をしているのか??と思わされました(笑)

犬山城下絵図と犬山の街の航空写真がありましたが、絵図は1740年に描かれたものを明治4年に写したものとありました。

城下町と一体になったいわゆる「総構え」の構造となっています。

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▼街の中にひっそりと標柱があり、近くに大きめの説明板がありました。

犬山の藩校であった「敬道館」の跡地との事です。

敬道館は1840(天保11)年に。8代藩主成瀬正住が建てたとされます。その流れを引くものが犬山北小学校という事で、この小学校は現存し、1873年に稲黄義校というものができたのがその起源とされています。

義校というのは、藩校の進化形のようなもので、敬道館は明治4年まで藩校の役目を果たし、義校へタスキを繋いだのですね。

ここでは8歳で入所し15歳で退館するのが決まれとされ、ほぼ小中学校に相当する形なのかな、と想像させられます。15歳以降も希望すれば居られたらしいです。

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 「犬山城三の丸 武術稽古場跡」と標柱が建っていました。

という事で犬山城の付近まで来ている訳ですね。

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針綱(はりつな)神社という神社の鳥居の所にやって来ました。 「尾張五社」と冠されています。

ちなみに尾張五社としてここ以外には以下あります。

◆熱田神宮(愛知県名古屋市)

◆尾張大國霊大社(愛知県稲沢市)

◆津島神社(愛知県津島市)  ⇒津島神社についてはコチラの記事を

◆千代保稲荷神社(岐阜県海津子)

延喜式には既に「針綱」の記載があり、太古の昔よりこの犬山の峯に鎮座し、あらゆる事象に神威顕著で、白山大明神と讃えられ、濃尾の総鎮守であった、との記載がありました。

犬山城の登城口にあり、犬山城の守護神でもあります。

そしてまた犬山祭では、市内の山車が集結するというそれはもう賑やかであろうことになる場所でもあります。

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▼針綱神社境内の一角です。

半円型ブリッジの下に屋根の妻部分のてっぺん?のようなものがありました。

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▼針綱神社の拝殿です。

上の写真のブリッジの下にあったものが、この屋根の正面部分にあるもののようだ、と言いたかったのです。

軒に綱がまかれていて豪華感が出ていました。

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▼神馬像が複数ありました。

上側の写真の方は、雲の上を駆け上がっているように表現されています。

また台座の部分には「奉献」の文字が右側から記されていて、これは戦前からあったであろうものとされ、上の馬の部分は元々銅製であったものが戦時中供出され、現在の陶彫りのものになっているそうです。

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▼犬山城へいよいよ入ります。

両サイドを高い石垣で覆われた門を入っていきます。

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▼天守閣メインのカット以外のものです。

さすがは国宝!なのかも土産物屋さんがありました。

これがあるかないかで、そのお城の立派さや観光資源としての力みたいなものが計れると思っていますが、やはり国宝だなと感じました。

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▼天守閣メインのカットです。

天守閣は地下2階、地上4階の建物です。

この日本にはお城とよばれるものの数は25,000以上といわれ、これには単に柵で囲われただけのものも含まれますが、天守が当時から残っているお城はわずか12城しかなく、ここ犬山城もそのひとつあり、しかもその中で「最古」です。

纏めると「日本最古の現存天守のお城」です。日本一です!

他の現存天守のお城といえば…

弘前城  ★松本城  丸岡城  ★彦根城  ★姫路城 

備中松山城  ★松江城  丸亀城  高知城  宇和島城

と錚々たる面々の中にここ犬山城も含まれている訳です。

上のマークは「天守が国宝指定されている」お城です。

犬山城は1537年、織田信康(織田信長の叔父!)により創建されたお城で、尾張といえば名古屋城のイメージが強いかと思いますが、犬山城は現存天守というのがやはり強みだと思います。1891(明治24)年に一度半壊していますが、復興して現在に至っています。

愛知県だと他には岡崎城、豊橋城、小牧城、清洲城などホントに立派なお城が多いので、お城めぐりして見るのも良いと思います。

【国宝 犬山城】

住所:愛知県犬山市大字犬山字北古券65-2

営業時間:9:0017:00

電話番号:0568-61-1711 (入場は16:30まで)

アクセス:名鉄/犬山駅より徒歩15

料金:大人550 小人110

定休日:12/2912/31

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2018年12月28日 (金)

愛知/知立 古き良き知立

愛知県知立市、名鉄/知立駅からの歩き旅です。

(2013年2月当時)

●知立市案内図

「歴史の街をお楽しみください」とありました。

江戸時代は宿場町「池鯉鮒」(左これで「ちりゅう」と読みます)で栄えた町ですが、この駅の近くで歴史に触れられるのか…と思いつつ、駅の周りを歩いてみました。昔から誤って「ちたち」だと勝手に思っていました(笑) 逆に「ちりゅう」と口頭で聞いてもこの「知立」の漢字が全く浮かびませんでした。

その前に地図について、現在地の知立駅は地図の北西部分にあり、知立の交通の要衝といった感じで、知立市の鉄道駅はすべて名鉄のものです。

JR駅は市内になく、東海道新幹線は通ってはいるものの、通過するのみで停車はせず、さらに南を走っている東海道本線は市内を通りすらせず、外れたところを通っているのみでした。

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●観光見どころ案内

見えにくいですが、多数紹介してありました。

上から3番目の右から2番目に「太あんまき」があり、長崎の雲仙の方にもこんな名物があったなとふと思い出しました。

その右には知立宿の説明がありました。東海道五十三次池鯉鮒宿、馬市が立っていた事で知られ、宿場の浮世絵もその馬が描かれています。馬市とは馬を売買する為に開かられていた「市」で、東京にある馬喰町(ばくろちょう)などは当時、馬市があった名残りが現在の地名にも反映されています。

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●踊ろうよ

駅前広場の歩道側に丸い池とど真ん中にオブジェがあるのですが、これが躍動感たっぷりでした。何しろ身体が90°折れ曲がっているので(笑)

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●マンホール

知立市のマンホールです。

見てなんとなくカキツバタをイメージしましたが、その通りでした。

知立市の花カキツバタが前面に出たものでした。

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●駅近の一角

ちょっと横目に眺めたら…

という感じで見てると、渋すぎる喫茶店が!

駐車場の看板がめちゃくちゃ褪せてる感じで、でも軒先の看板はきれいで、建物の屋根は斜めになってるみたいですが、どうなっているのか?とかツッコミどころ満載でしたが…

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●ホテルクラウンパレス知立

知立駅北側の駅前広場すぐに「知立駅前」交差点がありますが、更に北へ100m程進むと「知立駅北」交差点があり、この角にあるのがこのホテルです。

この知立の駅前はあまりホテルが多いとはいえない状況で、駅至近かつ豪華なイメージのこのホテルの存在は実に貴重です。この辺りだと、トヨタの工場へ出張に行く際にアプローチする駅としてこの知立の存在がよくあがるようで、このホテルも重宝されるのでないかと思います。

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●チョットよって

と書いてある、これは温泉です。

が、この写真の5年ほど前、2008年頃に廃業してしまったそうです。

スーパー銭湯ができてからというもの、こういう渋い銭湯の廃業が後を絶たなくて辛いですね、存在しているだけで貴重なんですが。でも行かないと持たないですよね…。

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●昭和のイラスト?

タイヤ周辺用品の販売という事でバリバリ操業しているようですが、シャッターのイラストが渋くて惚れました。

昔の何のタイヤか忘れましたが、タイヤが顔になっているやつがあって、当時はなんとも思いませんでしたが、今見るとちょっと気味悪い感じもするかなと。

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●日本とタイの融合?

いかにも日本の寺院、という感じの建物と、タイ政府の近くにあるようなお寺?という感じの建物とが共存しているエリアがありました。

法公会総本山というものだそうで、教祖が榊原法公という人物なのだそうです。詳細は「法公会」で検索すれば色々と出てきます。

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●サビサビ家屋

こういうサビに満ち溢れた建物見るのが大好きです、昭和遺産のようです。

2F部分の出っ張りは炊事場かトイレか??ですが、いい味出してます。

1F部分の開口部であろうところは悉く塞がれているのでしょうか、これがサビサビでない頃はどんなふうにこの辺りが栄えていて、ここが賑わっていたのか?想像つかないですが、想像するのは楽しいです。何十年くらい前はここも忙しそうにしていたのかな?なんて事を考えるのが。

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●商店街

幹線道沿いの商店街で、三連の建物状の街灯が立ち並んでいました。

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●商店街2

こちらは歩道が屋根つきの、より商店街らしいエリアです。

しかし営業してなさそうな店が多かったです。

歩道部分はかなり狭く、行き交えるかどうかぐらいな感じでした。

更地になっているところも少なくなく、建物があってこそのアーケードで、建物がなと屋根だけの状態では雨の時に雨除けにならないだろうな、と感じさせられます。

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●東知立 バス停

知立駅前広場から東へ進むと、三河知立駅という駅がありますが、その道中にあるバス停です。

ルートとしてはこんな感じで、という事で運行図がありました。

知立市ミニバスというコミュニティバスで、1乗車あたり100円との事ですが、コミュニティバスの割に1日11便と多めの設定になっていました。

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昭和の色か残る景色あり、異色の寺院あり、というところで知立の風景に出くわしましたが、本当は東海道知立宿の辺りを歩いて探訪した方が、旅に深みが出るのではないかと感じた次第です。今度はその辺り行ってみようと思いますが、これまたいつの事になるやら…というところで、知立の歩き旅でした。

2018年11月10日 (土)

愛知/碧南 お城に見える色々なもの

愛知県碧南市、名鉄/碧南中央駅からの歩き旅です。

(2011年2月当時)

●マンホール

碧南市のマンホールです。

なんと、このマンホールのデザインは公募作品だそうです。それも当時中学三年生の作品が採用されたのだとか!

市の花がハナショウブということで、これが描かれているのでしょうか?

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●駅前通り

碧南中央の駅前通りは大体このような幹線道で、この道路は駅から東へまっすぐ伸びた道で、碧南郵便局がすぐ近くにあります。

隣駅が碧南駅で、この時その隣駅まで歩いて行きました。

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●衣浦港のイラスト

街の一角の床にあった衣浦(きぬうら)港のイラストです。

碧南市だけでなく、半田市や高浜市などにもまたがる港湾で、重要港湾に指定されています。愛知県ではたった2つの重要港湾で、ここと三河港だけといいます。

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●両口屋・三州碧城

「りょうぐちや」と読みます。

碧南市役所の近くにある和菓子屋さんですが「碧南城??」「碧南って城下町だったかな??」と思わされるような立派な建物でした。

この当時は2011年で店も普通に営業していましたが、今年2018年2月に閉店してしまったそうです!

なんでこんな素晴らしい建物を持ったお店が閉店してしまうのか??とも思いましたが、素晴らしすぎるが故に閉店してしまったのかな、とも思いました。

碧南に行って最もインパクトがあったのは、やはりこの建物でしたね。

でもこの建物、よく見たら半分だけお城の形で、もう半分は普通にビルなんですよね、そういうところも面白かったです。

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●中山神明社

七五三で賑わう櫻の名所として知られる神社です。碧南中央駅からだと南東へ歩いて約10分の所にあります。当初は碧南中央-碧南の駅間は電車移動しようと思っていましたが、ここまで来て徒歩移動にしようと決めて、ずっと流し歩いていました。

この神社はちょうど11月のこんな時期こそ七五三真っ盛りではないでしょうか。桜の時期とこの時期が年の二大盛り上がり時期かな、というところです。

1622年からの歴史を持つという由緒ある神社で、中には素晴らしい建物が立ち並んでいました。

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●鶏霊塚

街を歩いていて出くわした鶏塚です。

何のいわくでここに設置されたのか全然分かりませんが、トサカのところとか赤く色づけられていて、ちょっとした思いが込められている感じでした。

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●大浜てらまち

だいぶ碧南駅周辺へと歩き着いて、碧南中央駅周辺は都会的な街並みでしたが、こちらは風情たっぷりな街並みと実に対照的です。

てらまちとあるように寺町で、川を挟むように寺院がひしめき合うように建っていて、色んな風情ある建物を立て続けに見る事ができます。

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●碧南駅前通り商店街を往く

隣駅の碧南駅から伸びている駅前商店街を進んで行った風景です。

このブログの街記事で2駅分が1記事にある事は珍しいですが、碧南中央駅前だけではボリューム的に足りないかと思い、これも載せてみました。

昭和の風情が少なからず残り、寂しげかと思いきや、意外とカラフルで派手やかな通りでした。

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●櫓の寺

西方寺(さいほうじ)というお城の櫓と見まがうような立派なお寺です。

もちろんこれは櫓ではありますが、お寺にやぐらがあるんかい、というものです。

この大浜てらまちを象徴する建物、といっても過言ではないと思います。

現在は真宗大谷派のお寺という事ですが、創建は1203年と歴史が古く、当時は天台宗のお寺であったといいます。浄土真宗に改宗したのはそれから30年と経たない1232年の事で、基本浄土真宗のお寺として存在してきました。

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この西方寺が一連の寺町の中でも代表的な建物ですが、色々なお寺が見られる寺町がこの碧南の地にはあるという事です。

素晴らしい建物に沢山出くわした、碧南は素晴らしい街です。少し隅っこ感はぬぐい切れないですが、来てみる価値は十分にアリです。

2018年10月 1日 (月)

愛知/清須 JRから見える城

愛知県清須市、JR清洲駅からの歩き旅です。

(2018年7月当時)

●清州城への道

今回記事は今年7月のものですが、前回の清洲駅記事にて、駅を出て狭い路地を通ってアクセスする事を書きましたが、その通りの延長上がこの風景で、寂れたスナックが一軒、いつ廃業になったかも分かる事なく、そのままのこっていました。

とても観光地へ行くコースの景色とは思い難いですが、のどかそのものの所を通っていきます。

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●そして完次郎

上の写真の寂れたスナックのすぐ向こうの建物にこんなお店がありました。

建物の雰囲気からするとやはり廃業しているのでは?と思いましたが、軒先の雰囲気からすると現役のお店のようで、食べログなんかで調べても出てきていました。営業時間前であった為「準備中」となっていましたが、やっていたら行ってみたいお店でした。

こんなお店も眺めつつ、清州城跡へ向かいます。

しかしこの建物、いつからの姿を留めているのか?気になりました。

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●線路沿いを往く

完次郎の建屋を抜けると、このように線路に沿って歩いて行きます。

東へ(名古屋方面へ)と線路沿いの道が続きます。

清州城跡にはこれといった交通機関がない為、このまま歩いて行くしかないか、というところでした。

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●パロマ清州工場

線路沿いの道路を少しだけ逸れたばかりの所に、このパロマ清州工場の正門に行き当たります。線路沿いの道路の部分もこの工場に沿って歩いていた訳ですが、門まで行きつくには少々歩く必要があります。

このような線路沿いにある工場でも駅前に入口がある訳ではなく、少し離れた先に入口があったりして不便だな、と思いますが、駅前の混雑を緩和する為でしょうか?

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●清洲古城公園

清洲駅から歩いて清州城跡手前に当たる位置にある公園です。

線路を跨いで両サイドに存在している格好になりますが、ここでは北側に位置している方の様子です。南側には信長像などがあり、より城跡公園っぽい雰囲気です。

この北側は庭園っぽい要素が強く、マイナスイオンに満ち溢れている、そんな感じでした。

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●清洲ふるさとのやかた

清州古城内の東端にあって、清州城の真向いにある、清州城関連施設です。

おみやげや清州城関連グッズが販売され、清須の街のPRビデオが流されていたり、また休憩所的な役割も果たす施設となっています。この時は暑い時期だったので、避暑にはもってこいで助かりました。

【清州ふるさとのやかた】

住所/愛知県清須市古城479-1

電話番号/052-409-3288

営業時間/9:00~17:00

休業/毎週月曜日、12月29~31日

アクセス/清洲駅から東へ徒歩15分

この施設と橋を隔てて清州城があるので、清州城へ寄ったあとの休憩利用に非常に良いと思います。

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●大手橋

先程の「清州ふるさとのやかた」と清州城模擬天守が結ばれているこの朱塗りの橋が大手橋で、五条川の上に架かっています。

平成元年竣工との事で、今年で架橋30周年にあたります。

新幹線で西から名古屋へ向かう際に、この橋がはっきり見えて、その先にこの天守も見えて「いつか行きたい」と思って、行った事があるのですが、車窓から分かり易く見えるので、行きたい、となったのです。

清洲といえば、この風景を真っ先に思い浮かべる方も少なからずではないか、と思います。

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●清州城内

大手橋を渡って、いざ清州城へ。

武将に扮した職員?の方々が城門に立っていて、またこの城内でもちょくちょく歩いていました。

「清州城と歴代城主」として案内板がありました。元々は守護所として下津城という城があり、その別郭として築かれたのがルーツとされています。

清州城といえば、織田信長の名前が出てきますが、信長の天下取りのルーツ的な城と位置づけられることが多いかと思います。信長入城が1555年、そして桶狭間の戦いで脚光を浴びた?のが1560年なので、そのサクセスストーリーの拠点、という訳ですね。

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●清須城模擬天守

立派な天守のお城が建てられていて、またこれが清須市の象徴的な建造物であると思います。

この天守は1989年に当時の旧・清洲町の町制100周年を記念して造られたという事で、今年で30年目となります。当時の絵図が残っていなかったため、正確な外観や規模が不明で、想像してつくられた「模擬天守」という訳です。

なので歴史的には少々「模擬か…」と思う部分もあるかと思いますが、単に旅して見かけた限りでは、清須にこんな素晴らしいものが建ってるのか!という観点で個人的には見ていました。

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●信長塀

この塀の部分が信長塀とされるものですが、信長が桶狭間の戦いへ出陣の途中に戦勝を祈念して熱田神宮へ参り、大勝したのでそのお礼に塀が奉納され、これをモデルとして造られたもの、と説明書きにありました。

塀の上に幾重もの重なる屋根瓦の織りなす姿も素晴らしかったです。

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●清州城 入口

清州城は城門の部分はフリーですが、この天守に入る時は有料です。

料金はおとな1人300円(こども150円)で、天守への入場は16:15までです。

そしてその料金表の横に「清州城紙芝居」のタイムスケジュールも出ていました。この時はまだ午前中だったので11時~の分が見れるな、という訳で中へ入ってみました。

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●半券

入場時の半券です。

天守の上層部の朱色の柵が、このお城の特徴的な部分かと恵思いました。

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●甲冑

お城の天守の中に入りました。

お決まりではありますが、甲冑の展示がありました。カラフルでなかなか良いですね。当時からこんなにカラフルなものがあったのだろうか?と思わされました。確かに織田信長などは赤を基調としたもので若い頃から暴れ回っていたといいますが。

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●街のジオラマ

階を上がって、こんなのがありましたが、これは単なる絵ではありません。

手前のものは貼ってあるものですが、この画面のものは動きます。

建物は動きませんが、人物は何枚かのセルがあるのかコマ送り的に動きます。

街の雑音みたいなのがスピーカーから流れてきて、人の声も雑音程度に流れてきて、それにあった絵がコマ送り的な動くみたいなそんなイメージです。城下町の様子をバーチャル体感できる感じです。

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●清須ジオラマと紹介動画

清州城周辺の城下町の様子がこの前にあり、その前にはスクリーンという構造になっています。

写真にありませんが、手前は観覧席で、ジオラマを隔てて動画を見る格好になります。

スクリーンに「清須城物語」とあるように、清須城にまつわる歴史が語られている動画が流れていました。この時見ていた限りでは観客?は10人くらい座って見ていました。この時はちょうど夏休みが始まったばかりでもあったので、家族連れの方々も結構居られました。

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●火縄銃体験

火縄銃を手に取って撃つ体験ができるようになっていました。

子供だったらバーンバーンとやってみたいですよね。

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●清須会議コーナー

清須会議とはも1582年織田信長が本能寺で斃れた後に、重臣たちで信長の後継を決める会議ですが、これをもとにして紙芝居パフォーマンスがありました。

入口にも案内がありましたが、11時に集合してこの紙芝居を聞きました。家族連れ含めて10数人のギャラリーが女性の巧みな紙芝居に聴き入っていました。子供にも分かり易い解説で良かったと思います。歴史年号のちょっと変わった面白い覚え方の伝授もしていました。

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●最上階へ

こんな階段をのぼりながら最上層へ行き着きます。

金のしゃちほこ、金の信長公、そして太鼓がありました。太鼓は叩けます(笑)

金のしゃちほこは触る事ができます。

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●清須を一望

天守の最上層は外も開放されていて、このように清州の街を一望する事ができます。

城門と「ふるさとのやかた」を上から見る事も出来ますし、大手橋とJRの在来線新幹線の線路とが平行になっている様も見る事ができます。

愛知県といえば名古屋城に岡崎城、そして犬山城に小牧城と沢山お城がありますが、西側の代表的存在はこの清州城かと思います。清須へ来たならまず一番にここに来てほしいと思います、という思いを込めて清須市の記事を終了します。

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2018年9月29日 (土)

JR清洲駅 (愛知県稲沢市)

愛知県稲沢市のJR清洲(きよす)です。

稲沢市ではJR稲沢駅をupした事がありますが、隣の市の名前のついたこの駅のご紹介です。

-JR清洲駅
【路線】JR東海道本線(東京-神戸間)
【開業】1934年2月24
【訪問】初訪問-2006年10
【1日あたり平均乗車人員】3,966人/日 (2016年)  
【近隣の主要駅(東京方面) 名古屋駅→2駅 
           
(神戸方面) 稲沢駅→隣駅

●駅名標

稲沢市にある清須駅ではなく清「洲」駅です。市名と駅名が別の市という形は大阪府でいえば「大東市にある四条畷駅」のようなものでしょうか。

ここへ初めて来たのが2006年10月の事でしたが、今回は2018年つまり今年再訪時の写真をお送りします。

「きよす」といいながら清須市になく稲沢市にありますが、駅からすぐの東側が清須市と稲沢市の境目で実質的な清須市の駅という事になるのでしょうか。隣のびわじま(枇杷島)駅も清須市ではありますが、中心駅という感じではなく、この清洲駅の方が中心的な雰囲気を感じます、多少ですが。

現・清須市は旧の清「洲」町であり、平成の大合併で2005年に清須市が誕生しましたが、それまでは清洲町であった為、町名から清洲駅となり、自治体が清須市になっても清「洲」のままで通したのでしょうね。昔から「清洲」「清須」いずれの表記もあったようです。

しかし最近はどこの駅でもこのようにナンバーリングされていますね。

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●ホーム

1面2線のホームです。このホームと改札と繋ぐ跨線橋がある構造となっています。なので、どっち方面へ行くにしても必ず跨線橋を渡る必要があります。エスカレーターはありませんがエレベーターは設置されています。

待合室は室内型ではなく、背中合わせに仕切りがついて、両サイドに壁がついた前面のみ吹きっさらしの構造のものでした。

また「ようこそ清須へ」的なものは見受けられませんでした。

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●時刻表

こちらは「岐阜・大垣」方面ということで「下り」になります。これと背中合わせに上りの時刻表があります。

この下り時刻表では、きれいに15分に1本の運行となっていて、周辺駅への所要時間も載っていますが、岐阜駅まで19分となっています。

上りも15分に1本で、名古屋駅まで8分となっていて、名古屋と岐阜の間にあり、比較的短時間でアクセスできるなかなか便利な位置にあります。

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●跨線橋内

1面のみのホームから改札へと繋がる跨線橋ですが、複数の留置線の上を跨ぐ形につき、長めの通路になっています。

しかしその長い通路に掲示物が全くなく、白い壁と窓が長々と続く風景になっていて、どこかしら荒涼感すらありました。

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●駅前

駅前「広場」という程のスペースもないくらい狭い所に駅があります。

清須市観光MAPがあるくらいには、清須市の代表駅的な位置づけとなっているのかもしれません。しかし駅前の通りは三つ又に分かれていますが、とても市の中心っぽい雰囲気はありませんでした。

この地図が並んでる看板群のみが市の中心っぽさを超ピンポイントで醸し出しているように見えます。上には清州城跡への案内看板が載っていますが、ここがいちばんのアピールポイントかと思います。しかし、ここへのアクセスは駅から右へ狭い路地を通る事となり、この下の写真群のいちばん下の写真がその通りです。

「宮重大根発祥の地」と冠されていますが、宮重(みやしげ)大根とは尾張大根を代表する品種との事で、全国的に知られる主要品種とありました。青首の部分を輪切りにして皮を剥いて生で塩をつけて食べるという食文化もあるそうです。それくらい首の部分に甘みがあるのだとか。

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●清洲駅 駅舎

平屋で平屋根の駅舎ですが、庇の部分は少々凝っていて、三角の突起が複数ついていて、城下町清州のアピールがさりげなく入っているのか?という感じでした。

駅舎内は待合室のみでコンビニが入ってるとかはありませんでしたが、駅の前には証明写真とサーティーワンの自販機がありました。

とにかく駅前が狭小で、バスなどが乗り入れるスペースがなく、タクシーも停まっておらず、清須市の中心というにはちょっと足らない感じでした。

いちばん下の写真は駅前の通りから駅舎を眺める格好ですが、曲がり角の角っこに駅がある状態で、立地が悪いのはあるのですが。

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●清洲駅 駅舎2006

この写真だけ初訪問の2006年10月当時のものですが、12年前でも今と同じ駅舎でした。

夜の訪問でこういうカットしかなかったのですが、ライトアップ感があって綺麗でした。基本昼のカットを撮りますが、夜撮ると返って良い、ここはその例にはまったと思います。

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2018年9月21日 (金)

愛知/豊明 沓掛城の罠…

愛知県豊明市、名鉄/前後駅からの旅です。

(2018年5月当時)

●甲冑

前後駅にあったものです。駅記事の方は2007年4月訪問時のものでしたが、当時は駅周りをほんの少し見ただけだったので、今回記事は今年5月に再訪した時のものです。なので記事の鮮度は「それなりに」あります(笑)

豊明市の市章自体が兜の頭みたいなカッコいいもので、桶狭間古戦場まつりというものがあり、そこでは甲冑を着た人が「出陣」をするといいます。

というわけで、豊明市は桶狭間という歴史的に大きなウリがある街で、このように街と物がすんなりイメージできるような形は分かり易くて良いと思います。

甲冑同好会なんてあるのですね。そんなところにもこの街らしさを感じました。

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●豊明市観光マップ

これも前後駅にあるものです。

豊明市は市名を名乗る豊明駅よりも前後駅の方がメインという感じで、この時も豊明駅に寄るよりも前後駅に寄って旅をする事にしたのです。

沓掛城址などの名のある所もあり、また歴史的な観光資源にも割に恵まれています。

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●パルネスCOOP

前後駅前にある複合商業施設である「パルネス」に入っているCOOPです。

これ以外にも色々なお店がこのパルネスには入っています。

その前に木の枝にパンだと妖精みたいなのがありますが、この妖精が何だか「ミルモでポン!」のミルモがモデルじゃないかというぐらい似てました。かれこれ15年くらい前のアニメですが…

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●文化会館バス停

どこを観光しようかと色々迷っていましたが、とりあえず前後駅からバスに乗って辿り着いたのが、ここ豊明市文化会館のバス停です。こういう施設の周辺なら何もないという事はないだろう、と安直な思いで降り立ちました。

前後駅からここまでは12分190円ですが、乗るバスは「藤田保健衛生大学行き」という便になります。

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●豊明市文化会館

ここに着いたのは良いのですが、この周辺だとこれといった観光名所が見当たらず、結局のところここから延々と歩いて行く事となります。観光名所への的確なアクセスができるバスが見つけられず、正直バス停に近い名所はあまりないようでした。

歩いて行く事となったのはまだよいものの、ここへ体調不良が襲ってきて大変でした。この会館でトイレに行っておけば良かったものをそうしなかった事でえらい事になってしまいました。結局は延々歩いた揚句にここに戻ってようやくまともにトイレに行けて、しばらくは動けないままバス停のベンチでじっとしていたのでした。

旅と関係ありませんが、トイレには行ける時に行っておいた方が良いです、その事をかなり強く感じさせられました。

ちなみにこの会館の大ホールのキャパは818人との事です。800人入れば大ホールはほぼ埋まる形です。

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●鹿嶋社

階段のすぐ上に鳥居が立っていて、そこから拝殿へと進んでいく形となっている神社でした。

一説には元は川嶋神社ともいっていたそうで、その事が延喜式に記載ありなどとなっていることから、かなり歴史ある神社になるかと思います。

いちばん下の写真のはなんでしょうか?火を使う時の道具なのか??ですが、ナント下敷き代わりにあの由美かおるアース蚊取り線香の看板が!昭和の日本を代表する文化遺産といっても過言ではない、この看板がこんな形で使われているとは!!

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●ラーメン ボクサーの店

なんかよく分かんないお店でした、看板部分が。

たこ焼、とあって、ラーメンとボクサーが併記されていて、別の面には「ボクサーの店」」とありました。とうに廃屋ではないかと思いますが、ボクサーがやっていたラーメン屋たこ焼その他の飲食店、だったのでしょうか。

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●乗馬練習

沓掛城跡目指して歩いていたところ出くわしました。

広場の中を乗馬の練習をしていた方々…、どこかの乗馬スクールなんかの練習場かと思っていましたが、それにしては指導員らしき方の怒声ともいえる声が飛んでいて何事かと思わされました!

後で調べたところでは名古屋学院大の馬術部のようでした。部活だったのでしょうか、なんとも厳しくてビックリしましたが…。

練習場の道を隔てて向かいに厩舎の様なのがありました。

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●沓掛(くつかけ)城址公園 入口

亥の看板がお出迎えしてくれて、ようやく沓掛城址へと辿り着きました。

しかし…

この下の2枚目の写真の左側に写っているトイレにやられました…

実は豊明文化会館からここまで結構な距離を歩いてきましたが、その途中で便意からまずい事になり、慌ててここにあるトイレへと駆け込みました、それで解決…のはずでした…

が、

このトイレには…

紙がなかった

のでした。

その事に気づいたのはすっかり事が終わってからで、、

どうにもならなくなってしまっていました…

まさか紙がないなどとは夢にも思わず調子も悪かったのでさらに輪をかけました

ちょっとここでは罠にかかりました…

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●沓掛城址を往く

城址公園という形になっていて、特に目立った建物がある訳ではありません。

14世紀からその存在の記録が見受けられ、1400年前後に築城されたようです。

本丸、二の丸、諏訪曲輪などで形成され、その保存状態は良好、当時としては大規模の部類に入るお城といわれています。

桶狭間の合戦前夜に今川義元が宿泊したお城、といえばすごくイメージしやすいかもしれません。相応の建物があったのでしょうね。復元の計画など今のところはないようですが…。

関ヶ原の合戦で当時の城主・川口宗勝(1548-1612)が捕えられ、この没年から見ても分かるように殺される事はありませんでしたが、この戦いの1600年にこのお城は廃城になっています。

春先はこの緑いっぱいの所に桜が咲き、それは風流な景色になるようです。

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とまぁ沓掛城の景色も上の空になるほど、調子が良くなかった訳ですが、振り返ってこういう景色を見ると、なかなか良い所に居た事を感じました。この後辛い状況でとよわ明石文化会館まで歩いて帰ったのでした。もちろんそこのトイレで…復活しました。

その時の体調というのも旅の思い出として重要な要素、というか忘れられない旅になったといっても過言ではありませんでした。

2018年9月 2日 (日)

名鉄/碧南駅 (愛知県碧南市)

愛知県碧南市の名鉄/碧南(へきなん)です。

碧南市では隣駅の中心駅である碧南中央駅をupしましたが、今回は市名そのままでありながら中心駅ではない当駅の紹介です。

-名鉄/碧南駅
【路線】名鉄三河線(猿投-碧南間)
【開業】1914年2月5
【訪問】2011年2
【1日あたり平均乗降車人員】 3,823人/日 (2016年)
【近隣の都市駅(猿投方面)碧南中央駅 →隣駅

●駅名標

名鉄三河線の終着駅で、隣が碧南市の中央駅である碧南中央駅です。

市名そのものの駅ですが、市の中央駅ではないという珍しいケースです。

1914年の開業時は「大浜港」という名の駅でしたが、開業後40年経った1954年に現在の碧南駅になっています。ちなみに市制施行されたのは1948年で、この6年後に市名の駅になったという事です。

その碧南の由来として、当時の自治体であった「碧海郡」の南、からきているといわれていますが、その碧海は紺碧の海からとられたのでしょうか。

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●ホーム

ベンチの背もたれ部分に広告がデカデカと並んでいました。

1面2線のホームですが、このでかい看板が壁となって、背中合わせになってベンチが存在する状態です。なので、ベンチで背中合わせに座っても、ぶつかる事はありません(笑)

2004年まではここから吉良吉田駅まで線路が伸びていましたが、この路線が廃止になって以来10年余り、終着駅となったままの状態です。

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●電車

碧南行という事で当駅止まりの電車です。終着駅なので当然ですが。

名鉄らしい真っ赤な電車がここでも通っていました。

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●通路

改札から見たホームの様子ですが、手前の構内踏切で1面のみのホームと繋がっていました。坂を上ってホームへ行き着きます。

赤い電車があちこちに停まっていて、留置線が複数ありました。

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●駅前広場

駅前は商店街の通りとなっていますが、あまり高い建物がなく、駅前もあまり賑わっておらず、閑散とまではいかないまでも穏やかな雰囲気でした。

利用者数的には隣の碧南中央駅と大差はなく、中央駅の方が1割程度多いくらいな感じですが、駅周辺の賑わいはえらく違うなと、この両駅間を歩いて行ってみた感想です。

タクシーが停まっている所にテントが立っていたのが光景として珍しかったです。

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●碧南駅 駅舎

碧南中央駅と比べると少し小さい感がありました。

中央駅は床面もビッシリ整備されていますが、こちらは結構シンプルでした。

ただ案内マップがデカデカと出ていたり、駅は数段の階段の上にあったり、出入口の部分には庇の下の柱が両サイドあったりして、ちょっとした規模の駅舎、という部分も垣間見えました。

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2018年8月11日 (土)

愛知/津島 水鳥の襲撃

愛知県津島市、名鉄/津島駅からの歩き旅です。

(2018年1月当時)

●駅前スクランブル

向こうに伸びるのが津島駅からの実質的な駅前通りという感じです。

しかし駅の真ん前からこのようなスクランブル交差点とは…

横断歩道のペイントがアートを織りなしているようでした。

ちなみに津島駅の駅記事は2007年5月の事ですが、今回記事の街の様子については2018年1月当時の様子で、実に10年半ぶりにここ津島を訪ねたのでした。

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●興禅寺

「こうぜんじ」と読みます。

ローマ字も振ってありましたが、「Kozenji Temple」でした。

山門が重厚感とは程遠い、実にライトな感じでしたが、中に入ってみれば重厚なお寺で、そのへん凄いギャップがありました。入口は山門の屋根だけが重厚で韓国の寺院のようでした。

この日は雪が残っている状態で、これがまた境内の植込みに適度に積もっていて、雰囲気出ていました。

1396年創建という歴史ある曹洞宗のお寺で、津島の曹洞宗寺院では中心的な存在であるようです。

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●三吉稲荷殿

三吉と書いて「さんきち」稲荷と読みます。赤い鳥居があるように「お稲荷さん」です。

「毎日心の中で御本尊を思い、"南無三吉稲荷"と唱え手を合わせると。学力向上、良縁成就などの様々な願いが叶う」と記されていました。

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●喫茶よしみ

神社仏閣へ寄り道していましたが、再び街の通りへ出てきました。

そこで、こんな喫茶店に出くわしました。実際には帰りにここに寄って昼食したんですが、マンガ本の結構多い喫茶店でした。

津島駅から西へ約250m程の地点にあります。メニューもなかなか豊富で一服にはちょうど良かったです。

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●通りを進む

昭和時代から変わっていなさそうな街並みを進んで行きます。

今回は今年1月に訪ねた訳ですが、前回が10年余り前で、その当時は駅前をほんの少し寄った程度だったので、やっとガッツリ歩けた感じで、こんな通りにも出くわして、津島の街並みを歩きながら楽しむ事ができました。

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●御神木

御神木として縄まで施されていますが、神社の境内にあるものではなく、津島駅から歩いてきて、津島神社の手前にある大イチョウの木です。

この地は元々天王川の堤防に位置しており、そこに津島神社の御旅所があった為「御旅所の大イチョウ」として親しまれており、樹齢は約400年といわれています。こういうのを見る度に、300年前には樹齢100年といわれていたのか??と思ってしまうのですが。

訪問時が真冬だったもので、全くの枯れ木になっていましたが、秋深い頃に訪ねると葉が色づいて御神木に相応しい雰囲気を持った大木になっているのかな??とも感じました。

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●津島神社

今回、津島を訪ねるにあたり目的地のひとつとしていたところです。

津島駅から西へ徒歩約15分の所にありますが、前回は行けるはずもなかった場所で、今回はどうしても「津島らしい」所へ行きたかったので、1つ叶った格好になりました。

行く前まで「津島って何があるんだよ??」と思って、ご当地らしいところへちゃんと行けるのか?と思っていたのですが、ある程度予習してこないと…となって行き着いたのがここでした。

それまでは結構、行き当たりばったりで偶然目にしたものを愉しもう主義でしたが、こうしてブログを書いていて、それではただの自己満足になるなと(これでもかなり自己満足でしょうが…)と感じ、折角ならば記事としてお伝えできるものを、と思い始めたのがごく近年の事です。

そんなこんなでこの津島神社の入口、ここから進んで行きます。

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●南門

鳥居をくぐった先の立派すぎる門です。

ただの神社ではない「重み」を感じました。県重要文化財です。それもそのはずで、東海地方を中心に全国に約3,000ある津島神社・天王社の総本社なのです。そんな神社が、この津島にあるとは…でした。訪ねてみないと分からないことだらけです。

この門は、安土桃山末期の慶長3年に豊臣秀吉の病気平癒のため、子の秀頼が寄進したものと伝えられていたものの、長年その真偽は不明でした。ところが昭和34(1959)年の伊勢湾台風で、隣接の大木が倒れた為に修理をしていた時に、慶長3年の墨書きが見つかった事で、言い伝えの信憑性が確認された訳ですね。

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●拝殿

江戸初期の1619年や1626年に修理記録がある事から、これ以前に建てられたものと思割ますが、切妻の立派な建物です。屋根がいかにもというぐらい、末広がり感に満ち溢れていました。

このように正面から見るとちょっと平板に見えてしまうかもしれませんが、奥行きは結構あります。

青空とのコントラストがクッキリで実に映えていました。

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●境内

門を入った後の境内の様子ですが、向こうに見えているのが南門です。結構だだっ広い感じというか、拝殿より向こうが色々と建物が詰まっている感じで、門から拝殿は割とスペースがありました。

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●津島神社 案内図

鳥居があるのが左端で、ここから駐車場を経て南門から入り、拝殿へ至る流れでやって来ました。

上の写真でガランとした部分が見えましたが、これを見ても左上の部分がスペースあるのが分かると思います。

【津島神社】

所在地:愛知県津島市神明町1

電話:0567-26-3216

アクセス:名鉄/津島駅より西へ徒歩約15分

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●津島の目的地

今回の津島の旅で目的地としていたのが、この地図にある2ヶ所で、1つは先ほどまでの津島神社で、もう1つが「天王川公園」です。まだこの時点ではどんな公園化もよく分かっていませんでした。ただ、広めの池があるというぐらいで。ちなみに津島駅は、この右に隠れている部分にあります。

でも、しかしこの天王川公園を訪ねた事は想定以上に記憶に残りました。ただの水辺の公園ではなかったのです。その事はこの後で。

また、同じ地図に「津島4大祭」も載っていました。これらは時期を選んで行けば、いつもと違った津島が見れて、それはそれでよいかなと。左の3つは今年はもう過ぎてしまいましたが、いちばん右の秋まつりは10月初めということで、また山車や神楽など結構ド派手なものを想像させる感じの祭のようですね。

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●第二目的地

津島神社より程近くの「天王川公園」へやって来ました。

「津島 観光」で検索すると上位に出てくるので行ってみよう。とそんな感じでやって来ました。

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●水辺

貸ボートのりばの看板がある池でした。貸ボート自体は沢山置いてありましたが、閉まっていて機能していないようでした。

ここまで見る限りでは、普通の水辺の公園ですが…

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●突然…

上の写真とほぼ同じ位置でアップしたところ…

突然このような水鳥の大群が飛んできました。

ここからがここでの観光の始まりでした。

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●水鳥の大群

とにかく、この水鳥の大群です。

水辺へ降り立ってみると迫力満点です。

実際は、この写真で見るよりもっと迫力があり、飛んでくる大群が恐ろしいぐらいでした。

ウジャウジャしたの見るの怖い方は、ここから先は見ない方が良いと思います。

誰かがエサをやったりしていると、たちまちのうちに寄ってきて、大群で飛び立っていくのが恐ろしいもんでした。低空飛行するもんで尚更です。

水鳥がそこそこいる水辺はしょっちゅう見かけますが、こんなに大群で飛んできて、そして飛んでいくのはなかなか見なかったので、これだけで「津島」という街に対しての印象がすっかりできあがってしまいました。

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●朱塗りの橋

お稲荷さんから津島神社からそしてここにも、とにかく朱塗りづくしの街であった、というのがものすごい勝手な津島に対する印象でもありました。

この橋は横から青空をバックに撮って、水面に映えている姿を見ると、ホントに絵になるな、という事を感じずにはいられませんでした。

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●貸ボート

シャッターが下りていて、借りられない状態でした。

こんなに置いてあるのにナント勿体ない…。

しかしどこ撮っても水鳥が写っています(笑)

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●水辺の売店

閉め切っていて中の様子がよく分かりませんでしたが、水辺に売店があるぐらいには、栄えている公園である、という事だと思います。

水鳥たちのエサのおこぼれにあずかろうとしたのか、ネコがウロウロしていました。

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●整列

川面で、木柱らしきものの上に並んでいる水鳥たち。

椅子取りゲームのようにピッチリ埋まっていました。

水鳥づくしであったこの天王川公園でした。

津島神社に天王川公園と、津島の名所を訪ね歩きましたが、津島の楽しみはこれだけではなかったです。続編がお送りできればしたいと思いますが、今回はここまでとさせて頂きます。嬉しい誤算の津島旅、ありがとうございました。

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2018年6月19日 (火)

愛知/豊山 エアポートウォーク!

愛知県西春日井郡豊山(とよやま)町、エアポートウォーク名古屋近辺の様子です。

豊山町は愛知県の北西部に位置し、人口は15,617人(2018.4.1現在)で、名古屋のベッドタウン的な街で西春日井郡では唯一の町となり、なんといってもあの「イチロー」の出身地です。

(2017年5月当時)

●車の出入り

突然エアポートウォーク名古屋の敷地から始まりますが、この豊山町ではこの施設しか撮っていないので、このような形となります。

「エアポートウォーク名古屋」といいますが、名古屋市内になく、名古屋から結構かかるところにあります。千葉にある「東京」ディズニーランドのような。

アクセス方法としては、

【名古屋駅から】

名鉄名古屋駅

↓ 最速10分 300円 名鉄1番ホーム 犬山線

西春駅

↓ 約20分 340円 西春駅バスのりば2番

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と、こんな感じですが、名古屋駅から30分はかかります。

で、ここは西春駅からやってきたバスでの「エアポートウォーク」バス停付近で、バス停はこの左向こうにあります。ここから西春駅へ戻る時はほぼ30分に1本の割合で出ています。こっちへ来る時も大体そのくらいの頻度です。

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●駐車場を眺める

実に沢山の車が停まっていました、さすがは大規模商業施設!

右端に「ミッドランド シネマ」とありますが、ミッドランドシネマ名古屋空港です。

このエアポートウォークは、2008年にユニーより開業が発表され、2005年に先立って開業していた名古屋の国際空港がセントレアへと移り、旧の名古屋国際空港線のターミナルビルを有効活用する為に改築により誕生しました。

名古屋空港は国土交通省の管轄から県営となり、現在は「名古屋飛行場」が正式名称です。そしてこの空港施設とはフェンスで仕切られる形で完全分離しています。

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●顔抜き写真

空港に因んだ施設らしくCAさんの入った顔抜き写真となっています。

男の方は何の役なのか??と考えさせられます(笑)

とにかく、ハートでくくられています。ラブラブな感じですかね?

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●ウルトラマンCLUB

3階にあるウルトラマンがらみの広いスペースです。

namcoが運営しているようですが、とにかくウルトラマンや怪獣たちの立体的な像が多くて迫力満点でインパクト大です。

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●イベントステージ

ウルトラマンCLUBが右に隠れる部分に位置する形で、このイベントステージがやはり3階にあります。

ここではミニライブがあったりなど色々あります。左側に隠れている部分はフードコートになっていて、長崎ちゃんぽんやらなんやらあります。クレープのお店もあったり、スパゲッティのお店だったり、これもまた色々あります。

ショッピングセンター内なんであんまり撮れませんでしたが、雰囲気だけでも。

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2018年5月23日 (水)

名鉄/知立駅 (愛知県知立市)

愛知県知立市の名鉄/知立(ちりゅう)です。

知立市では同じ名鉄の隣駅である牛田駅をupした事がありますが、今回は市名を名乗っている当駅の御紹介です。

-名鉄/知立駅-
【路線】
名鉄名古屋本線(豊橋-名鉄岐阜間)
       三河線(猿投-碧南間)

【開業】1959年4月1日
【訪問】初訪問-1999年8月
【1日あたlり平均乗車人員】 32,344人/日 (2016年)
【近隣の主要駅 (豊橋方面)新安城駅→2駅  
            (名鉄岐阜方面)前後駅→4駅
            (猿投方面)豊田市駅→7駅
            (碧南方面)刈谷駅→2駅


●駅名標

初めて訪ねたのは1999年8月と実に20年近く前ですが、出張で行ったところであり、こうして写真に収める形でプライベートに訪ねる事ができたのは2013年2月の事でした。この記事の写真のその時のものです。

知立という漢字と「ちりゅう」という話し言葉で聞いただけの地名が全く繋がらず、初めて来た(行く)時に、「ちりゅう駅」に集合、と言われたものの、漢字が「知立」というのを想像できませんでした。ちなみに江戸時代の東海道の"ちりゅう"宿は「池鯉鮒」と表記します。

知立市にはJR駅はなく、名鉄名古屋本線に属していながら三河線にも属しています。三河線で2駅隣の刈谷まで行けばJRへアクセス可能です。

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●時刻表

名古屋方面の左側が平日で、右側が土曜日・休日のダイヤです。

ほぼ1時間平均14本くらいあり、4分に1本来るくらい、かなり頻繁なものとなっています。

名古屋までは特急に乗れば20分程度で着くいわば都市圏に位置しており、アクセス至便で本数も多く、利用者も多く非常に重要な役目を果たす駅でもあります。

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●ホーム

3面5線の広いホームを持ち、この事からもここが重要な拠点駅である事が窺えます。

この時は普通に地上駅でしたが、順次ホーム切替を進めている最中のようで、2023年に高架化完成とありました。

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●ホーム2

名鉄の赤い電車が停まっている時のカットです。

右側は4番線の表示が見え、刈谷方面となっています。刈谷でJRへ乗換が可能となります。

右側は5番線で金山や名古屋方面となります。

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●ホーム構造案内

3面のホームがありますが、それらが跨線橋でも地下道でもつながっている形でした。

今はちょっと変わっているようで、この後高架化へ向けて至る所工事中状態になってしまっているようです。

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●跨線橋

上の案内図の真ん中を横切る跨線橋です。

真ん中から撮っていますが、2番線へのものと5・6番線のものが各々突き当りにあります。

通路幅としてはやや広めで、重要な駅の割には不思議と掲示物が見られませんでした。なので荒涼とした印象を受けました。

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●地下道

こちらは逆に地下道の方です。

向こうが2・3番線で、この右が4・5番線として分岐しています。

こちらには掲示物というか広告看板の形で多数ありました。

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●改札前

ホームの上、改札入った直後辺りにこのようなものがありました。(今もあります)

「知立の弘法さん」として知られる遍照院(へんじょういん)の遥拝所となっています。こんなプチ拝殿のある駅というのも特徴的ですね。弘法大師空海が1ヶ月滞在してできたお寺という由緒ある所で、当駅からでは徒歩20分といいます。(行ってませんが…)

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●駅前広場

バスターミナルが駅前広場の多くを占めているという感じでした。

のりばとしては4番のりばまでのようですが、屋根が目立つのかえらくスペース取っているような印象でした。横断歩道もバス専用とかしっかり書いてありました。

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●街へ繰り出す通り

バスターミナルを抜けて駅前の通りを出んとするところにこのような通路があり、左には観光案内看板があります。

左向こう側の木辺りにアーチがありますが、何かあればそこにイベントなどが看板として出されていますが、この時は何もなかったのでしょうか、アーチが骨組みだけになっていました。

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●知立駅 駅舎

どこが一番分かり易いか?考えながら撮りましたが「知立駅」の表示が分かり易いのはこの角度でした。端から撮るような感じで全体像とか規模感が掴みがたいのですが、大体こんな感じの駅という事で。

2023年に高架化される時はどのような姿になっているのか、その時また行ってみたいものですね、実はつい先週行ったのですが駅舎の外観としてはまだこのまんまでした。

もうすこし大きくなっても良い駅だとは前々から思っていましたが、5年後に大きくなっていたら良いなと。駅構内に色んなテナントを抱えたりするような。

そんなこんな妄想?を膨らませつつこの駅の記事を終わります。

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より以前の記事一覧