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23愛知県

2018年9月21日 (金)

愛知/豊明 沓掛城の罠…

愛知県豊明市、名鉄/前後駅からの旅です。

(2018年5月当時)

●甲冑

前後駅にあったものです。駅記事の方は2007年4月訪問時のものでしたが、当時は駅周りをほんの少し見ただけだったので、今回記事は今年5月に再訪した時のものです。なので記事の鮮度は「それなりに」あります(笑)

豊明市の市章自体が兜の頭みたいなカッコいいもので、桶狭間古戦場まつりというものがあり、そこでは甲冑を着た人が「出陣」をするといいます。

というわけで、豊明市は桶狭間という歴史的に大きなウリがある街で、このように街と物がすんなりイメージできるような形は分かり易くて良いと思います。

甲冑同好会なんてあるのですね。そんなところにもこの街らしさを感じました。

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●豊明市観光マップ

これも前後駅にあるものです。

豊明市は市名を名乗る豊明駅よりも前後駅の方がメインという感じで、この時も豊明駅に寄るよりも前後駅に寄って旅をする事にしたのです。

沓掛城址などの名のある所もあり、また歴史的な観光資源にも割に恵まれています。

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●パルネスCOOP

前後駅前にある複合商業施設である「パルネス」に入っているCOOPです。

これ以外にも色々なお店がこのパルネスには入っています。

その前に木の枝にパンだと妖精みたいなのがありますが、この妖精が何だか「ミルモでポン!」のミルモがモデルじゃないかというぐらい似てました。かれこれ15年くらい前のアニメですが…

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●文化会館バス停

どこを観光しようかと色々迷っていましたが、とりあえず前後駅からバスに乗って辿り着いたのが、ここ豊明市文化会館のバス停です。こういう施設の周辺なら何もないという事はないだろう、と安直な思いで降り立ちました。

前後駅からここまでは12分190円ですが、乗るバスは「藤田保健衛生大学行き」という便になります。

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●豊明市文化会館

ここに着いたのは良いのですが、この周辺だとこれといった観光名所が見当たらず、結局のところここから延々と歩いて行く事となります。観光名所への的確なアクセスができるバスが見つけられず、正直バス停に近い名所はあまりないようでした。

歩いて行く事となったのはまだよいものの、ここへ体調不良が襲ってきて大変でした。この会館でトイレに行っておけば良かったものをそうしなかった事でえらい事になってしまいました。結局は延々歩いた揚句にここに戻ってようやくまともにトイレに行けて、しばらくは動けないままバス停のベンチでじっとしていたのでした。

旅と関係ありませんが、トイレには行ける時に行っておいた方が良いです、その事をかなり強く感じさせられました。

ちなみにこの会館の大ホールのキャパは818人との事です。800人入れば大ホールはほぼ埋まる形です。

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●鹿嶋社

階段のすぐ上に鳥居が立っていて、そこから拝殿へと進んでいく形となっている神社でした。

一説には元は川嶋神社ともいっていたそうで、その事が延喜式に記載ありなどとなっていることから、かなり歴史ある神社になるかと思います。

いちばん下の写真のはなんでしょうか?火を使う時の道具なのか??ですが、ナント下敷き代わりにあの由美かおるアース蚊取り線香の看板が!昭和の日本を代表する文化遺産といっても過言ではない、この看板がこんな形で使われているとは!!

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●ラーメン ボクサーの店

なんかよく分かんないお店でした、看板部分が。

たこ焼、とあって、ラーメンとボクサーが併記されていて、別の面には「ボクサーの店」」とありました。とうに廃屋ではないかと思いますが、ボクサーがやっていたラーメン屋たこ焼その他の飲食店、だったのでしょうか。

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●乗馬練習

沓掛城跡目指して歩いていたところ出くわしました。

広場の中を乗馬の練習をしていた方々…、どこかの乗馬スクールなんかの練習場かと思っていましたが、それにしては指導員らしき方の怒声ともいえる声が飛んでいて何事かと思わされました!

後で調べたところでは名古屋学院大の馬術部のようでした。部活だったのでしょうか、なんとも厳しくてビックリしましたが…。

練習場の道を隔てて向かいに厩舎の様なのがありました。

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●沓掛(くつかけ)城址公園 入口

亥の看板がお出迎えしてくれて、ようやく沓掛城址へと辿り着きました。

しかし…

この下の2枚目の写真の左側に写っているトイレにやられました…

実は豊明文化会館からここまで結構な距離を歩いてきましたが、その途中で便意からまずい事になり、慌ててここにあるトイレへと駆け込みました、それで解決…のはずでした…

が、

このトイレには…

紙がなかったsign01

のでした。

その事に気づいたのはすっかり事が終わってからで、、

どうにもならなくなってしまっていました…

まさか紙がないなどとは夢にも思わず調子も悪かったのでさらに輪をかけましたweep

ちょっとここでは罠にかかりました…

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●沓掛城址を往く

城址公園という形になっていて、特に目立った建物がある訳ではありません。

14世紀からその存在の記録が見受けられ、1400年前後に築城されたようです。

本丸、二の丸、諏訪曲輪などで形成され、その保存状態は良好、当時としては大規模の部類に入るお城といわれています。

桶狭間の合戦前夜に今川義元が宿泊したお城、といえばすごくイメージしやすいかもしれません。相応の建物があったのでしょうね。復元の計画など今のところはないようですが…。

関ヶ原の合戦で当時の城主・川口宗勝(1548-1612)が捕えられ、この没年から見ても分かるように殺される事はありませんでしたが、この戦いの1600年にこのお城は廃城になっています。

春先はこの緑いっぱいの所に桜が咲き、それは風流な景色になるようです。

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とまぁ沓掛城の景色も上の空になるほど、調子が良くなかった訳ですが、振り返ってこういう景色を見ると、なかなか良い所に居た事を感じました。この後辛い状況でとよわ明石文化会館まで歩いて帰ったのでした。もちろんそこのトイレで…復活しました。

その時の体調というのも旅の思い出として重要な要素、というか忘れられない旅になったといっても過言ではありませんでした。

2018年9月 2日 (日)

名鉄/碧南駅 (愛知県碧南市)

愛知県碧南市の名鉄/碧南(へきなん)です。

碧南市では隣駅の中心駅である碧南中央駅をupしましたが、今回は市名そのままでありながら中心駅ではない当駅の紹介です。

-名鉄/碧南駅
【路線】名鉄三河線(猿投-碧南間)
【開業】1914年2月5
【訪問】2011年2
【1日あたり平均乗降車人員】 3,823人/日 (2016年)
【近隣の都市駅(猿投方面)碧南中央駅 →隣駅

●駅名標

名鉄三河線の終着駅で、隣が碧南市の中央駅である碧南中央駅です。

市名そのものの駅ですが、市の中央駅ではないという珍しいケースです。

1914年の開業時は「大浜港」という名の駅でしたが、開業後40年経った1954年に現在の碧南駅になっています。ちなみに市制施行されたのは1948年で、この6年後に市名の駅になったという事です。

その碧南の由来として、当時の自治体であった「碧海郡」の南、からきているといわれていますが、その碧海は紺碧の海からとられたのでしょうか。

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●ホーム

ベンチの背もたれ部分に広告がデカデカと並んでいました。

1面2線のホームですが、このでかい看板が壁となって、背中合わせになってベンチが存在する状態です。なので、ベンチで背中合わせに座っても、ぶつかる事はありません(笑)

2004年まではここから吉良吉田駅まで線路が伸びていましたが、この路線が廃止になって以来10年余り、終着駅となったままの状態です。

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●電車

碧南行という事で当駅止まりの電車です。終着駅なので当然ですが。

名鉄らしい真っ赤な電車がここでも通っていました。

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●通路

改札から見たホームの様子ですが、手前の構内踏切で1面のみのホームと繋がっていました。坂を上ってホームへ行き着きます。

赤い電車があちこちに停まっていて、留置線が複数ありました。

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●駅前広場

駅前は商店街の通りとなっていますが、あまり高い建物がなく、駅前もあまり賑わっておらず、閑散とまではいかないまでも穏やかな雰囲気でした。

利用者数的には隣の碧南中央駅と大差はなく、中央駅の方が1割程度多いくらいな感じですが、駅周辺の賑わいはえらく違うなと、この両駅間を歩いて行ってみた感想です。

タクシーが停まっている所にテントが立っていたのが光景として珍しかったです。

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●碧南駅 駅舎

碧南中央駅と比べると少し小さい感がありました。

中央駅は床面もビッシリ整備されていますが、こちらは結構シンプルでした。

ただ案内マップがデカデカと出ていたり、駅は数段の階段の上にあったり、出入口の部分には庇の下の柱が両サイドあったりして、ちょっとした規模の駅舎、という部分も垣間見えました。

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2018年8月11日 (土)

愛知/津島 水鳥の襲撃

愛知県津島市、名鉄/津島駅からの歩き旅です。

(2018年1月当時)

●駅前スクランブル

向こうに伸びるのが津島駅からの実質的な駅前通りという感じです。

しかし駅の真ん前からこのようなスクランブル交差点とは…

横断歩道のペイントがアートを織りなしているようでした。

ちなみに津島駅の駅記事は2007年5月の事ですが、今回記事の街の様子については2018年1月当時の様子で、実に10年半ぶりにここ津島を訪ねたのでした。

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●興禅寺

「こうぜんじ」と読みます。

ローマ字も振ってありましたが、「Kozenji Temple」でした。

山門が重厚感とは程遠い、実にライトな感じでしたが、中に入ってみれば重厚なお寺で、そのへん凄いギャップがありました。入口は山門の屋根だけが重厚で韓国の寺院のようでした。

この日は雪が残っている状態で、これがまた境内の植込みに適度に積もっていて、雰囲気出ていました。

1396年創建という歴史ある曹洞宗のお寺で、津島の曹洞宗寺院では中心的な存在であるようです。

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●三吉稲荷殿

三吉と書いて「さんきち」稲荷と読みます。赤い鳥居があるように「お稲荷さん」です。

「毎日心の中で御本尊を思い、"南無三吉稲荷"と唱え手を合わせると。学力向上、良縁成就などの様々な願いが叶う」と記されていました。

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●喫茶よしみ

神社仏閣へ寄り道していましたが、再び街の通りへ出てきました。

そこで、こんな喫茶店に出くわしました。実際には帰りにここに寄って昼食したんですが、マンガ本の結構多い喫茶店でした。

津島駅から西へ約250m程の地点にあります。メニューもなかなか豊富で一服にはちょうど良かったです。

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●通りを進む

昭和時代から変わっていなさそうな街並みを進んで行きます。

今回は今年1月に訪ねた訳ですが、前回が10年余り前で、その当時は駅前をほんの少し寄った程度だったので、やっとガッツリ歩けた感じで、こんな通りにも出くわして、津島の街並みを歩きながら楽しむ事ができました。

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●御神木

御神木として縄まで施されていますが、神社の境内にあるものではなく、津島駅から歩いてきて、津島神社の手前にある大イチョウの木です。

この地は元々天王川の堤防に位置しており、そこに津島神社の御旅所があった為「御旅所の大イチョウ」として親しまれており、樹齢は約400年といわれています。こういうのを見る度に、300年前には樹齢100年といわれていたのか??と思ってしまうのですが。

訪問時が真冬だったもので、全くの枯れ木になっていましたが、秋深い頃に訪ねると葉が色づいて御神木に相応しい雰囲気を持った大木になっているのかな??とも感じました。

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●津島神社

今回、津島を訪ねるにあたり目的地のひとつとしていたところです。

津島駅から西へ徒歩約15分の所にありますが、前回は行けるはずもなかった場所で、今回はどうしても「津島らしい」所へ行きたかったので、1つ叶った格好になりました。

行く前まで「津島って何があるんだよ??」と思って、ご当地らしいところへちゃんと行けるのか?と思っていたのですが、ある程度予習してこないと…となって行き着いたのがここでした。

それまでは結構、行き当たりばったりで偶然目にしたものを愉しもう主義でしたが、こうしてブログを書いていて、それではただの自己満足になるなと(これでもかなり自己満足でしょうが…)と感じ、折角ならば記事としてお伝えできるものを、と思い始めたのがごく近年の事です。

そんなこんなでこの津島神社の入口、ここから進んで行きます。

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●南門

鳥居をくぐった先の立派すぎる門です。

ただの神社ではない「重み」を感じました。県重要文化財です。それもそのはずで、東海地方を中心に全国に約3,000ある津島神社・天王社の総本社なのです。そんな神社が、この津島にあるとは…でした。訪ねてみないと分からないことだらけです。

この門は、安土桃山末期の慶長3年に豊臣秀吉の病気平癒のため、子の秀頼が寄進したものと伝えられていたものの、長年その真偽は不明でした。ところが昭和34(1959)年の伊勢湾台風で、隣接の大木が倒れた為に修理をしていた時に、慶長3年の墨書きが見つかった事で、言い伝えの信憑性が確認された訳ですね。

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●拝殿

江戸初期の1619年や1626年に修理記録がある事から、これ以前に建てられたものと思割ますが、切妻の立派な建物です。屋根がいかにもというぐらい、末広がり感に満ち溢れていました。

このように正面から見るとちょっと平板に見えてしまうかもしれませんが、奥行きは結構あります。

青空とのコントラストがクッキリで実に映えていました。

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●境内

門を入った後の境内の様子ですが、向こうに見えているのが南門です。結構だだっ広い感じというか、拝殿より向こうが色々と建物が詰まっている感じで、門から拝殿は割とスペースがありました。

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●津島神社 案内図

鳥居があるのが左端で、ここから駐車場を経て南門から入り、拝殿へ至る流れでやって来ました。

上の写真でガランとした部分が見えましたが、これを見ても左上の部分がスペースあるのが分かると思います。

【津島神社】

所在地:愛知県津島市神明町1

電話:0567-26-3216

アクセス:名鉄/津島駅より西へ徒歩約15分

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●津島の目的地

今回の津島の旅で目的地としていたのが、この地図にある2ヶ所で、1つは先ほどまでの津島神社で、もう1つが「天王川公園」です。まだこの時点ではどんな公園化もよく分かっていませんでした。ただ、広めの池があるというぐらいで。ちなみに津島駅は、この右に隠れている部分にあります。

でも、しかしこの天王川公園を訪ねた事は想定以上に記憶に残りました。ただの水辺の公園ではなかったのです。その事はこの後で。

また、同じ地図に「津島4大祭」も載っていました。これらは時期を選んで行けば、いつもと違った津島が見れて、それはそれでよいかなと。左の3つは今年はもう過ぎてしまいましたが、いちばん右の秋まつりは10月初めということで、また山車や神楽など結構ド派手なものを想像させる感じの祭のようですね。

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●第二目的地

津島神社より程近くの「天王川公園」へやって来ました。

「津島 観光」で検索すると上位に出てくるので行ってみよう。とそんな感じでやって来ました。

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●水辺

貸ボートのりばの看板がある池でした。貸ボート自体は沢山置いてありましたが、閉まっていて機能していないようでした。

ここまで見る限りでは、普通の水辺の公園ですが…

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●突然…

上の写真とほぼ同じ位置でアップしたところ…

突然このような水鳥の大群が飛んできました。

ここからがここでの観光の始まりでした。

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●水鳥の大群

とにかく、この水鳥の大群です。

水辺へ降り立ってみると迫力満点です。

実際は、この写真で見るよりもっと迫力があり、飛んでくる大群が恐ろしいぐらいでした。

ウジャウジャしたの見るの怖い方は、ここから先は見ない方が良いと思います。

誰かがエサをやったりしていると、たちまちのうちに寄ってきて、大群で飛び立っていくのが恐ろしいもんでした。低空飛行するもんで尚更です。

水鳥がそこそこいる水辺はしょっちゅう見かけますが、こんなに大群で飛んできて、そして飛んでいくのはなかなか見なかったので、これだけで「津島」という街に対しての印象がすっかりできあがってしまいました。

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●朱塗りの橋

お稲荷さんから津島神社からそしてここにも、とにかく朱塗りづくしの街であった、というのがものすごい勝手な津島に対する印象でもありました。

この橋は横から青空をバックに撮って、水面に映えている姿を見ると、ホントに絵になるな、という事を感じずにはいられませんでした。

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●貸ボート

シャッターが下りていて、借りられない状態でした。

こんなに置いてあるのにナント勿体ない…。

しかしどこ撮っても水鳥が写っています(笑)

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●水辺の売店

閉め切っていて中の様子がよく分かりませんでしたが、水辺に売店があるぐらいには、栄えている公園である、という事だと思います。

水鳥たちのエサのおこぼれにあずかろうとしたのか、ネコがウロウロしていました。

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●整列

川面で、木柱らしきものの上に並んでいる水鳥たち。

椅子取りゲームのようにピッチリ埋まっていました。

水鳥づくしであったこの天王川公園でした。

津島神社に天王川公園と、津島の名所を訪ね歩きましたが、津島の楽しみはこれだけではなかったです。続編がお送りできればしたいと思いますが、今回はここまでとさせて頂きます。嬉しい誤算の津島旅、ありがとうございました。

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2018年6月19日 (火)

愛知/豊山 エアポートウォーク!

愛知県西春日井郡豊山(とよやま)町、エアポートウォーク名古屋近辺の様子です。

豊山町は愛知県の北西部に位置し、人口は15,617人(2018.4.1現在)で、名古屋のベッドタウン的な街で西春日井郡では唯一の町となり、なんといってもあの「イチロー」の出身地です。

(2017年5月当時)

●車の出入り

突然エアポートウォーク名古屋の敷地から始まりますが、この豊山町ではこの施設しか撮っていないので、このような形となります。

「エアポートウォーク名古屋」といいますが、名古屋市内になく、名古屋から結構かかるところにあります。千葉にある「東京」ディズニーランドのような。

アクセス方法としては、

【名古屋駅から】

名鉄名古屋駅

↓ 最速10分 300円 名鉄1番ホーム 犬山線

西春駅

↓ 約20分 340円 西春駅バスのりば2番

エアボートウォーク名古屋

と、こんな感じですが、名古屋駅から30分はかかります。

で、ここは西春駅からやってきたバスでの「エアポートウォーク」バス停付近で、バス停はこの左向こうにあります。ここから西春駅へ戻る時はほぼ30分に1本の割合で出ています。こっちへ来る時も大体そのくらいの頻度です。

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●駐車場を眺める

実に沢山の車が停まっていました、さすがは大規模商業施設!

右端に「ミッドランド シネマ」とありますが、ミッドランドシネマ名古屋空港です。

このエアポートウォークは、2008年にユニーより開業が発表され、2005年に先立って開業していた名古屋の国際空港がセントレアへと移り、旧の名古屋国際空港線のターミナルビルを有効活用する為に改築により誕生しました。

名古屋空港は国土交通省の管轄から県営となり、現在は「名古屋飛行場」が正式名称です。そしてこの空港施設とはフェンスで仕切られる形で完全分離しています。

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●顔抜き写真

空港に因んだ施設らしくCAさんの入った顔抜き写真となっています。

男の方は何の役なのか??と考えさせられます(笑)

とにかく、ハートでくくられています。ラブラブな感じですかね?

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●ウルトラマンCLUB

3階にあるウルトラマンがらみの広いスペースです。

namcoが運営しているようですが、とにかくウルトラマンや怪獣たちの立体的な像が多くて迫力満点でインパクト大です。

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●イベントステージ

ウルトラマンCLUBが右に隠れる部分に位置する形で、このイベントステージがやはり3階にあります。

ここではミニライブがあったりなど色々あります。左側に隠れている部分はフードコートになっていて、長崎ちゃんぽんやらなんやらあります。クレープのお店もあったり、スパゲッティのお店だったり、これもまた色々あります。

ショッピングセンター内なんであんまり撮れませんでしたが、雰囲気だけでも。

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2018年5月23日 (水)

名鉄/知立駅 (愛知県知立市)

愛知県知立市の名鉄/知立(ちりゅう)です。

知立市では同じ名鉄の隣駅である牛田駅をupした事がありますが、今回は市名を名乗っている当駅の御紹介です。

-名鉄/知立駅-
【路線】
名鉄名古屋本線(豊橋-名鉄岐阜間)
       三河線(猿投-碧南間)

【開業】1959年4月1日
【訪問】初訪問-1999年8月
【1日あたlり平均乗車人員】 32,344人/日 (2016年)
【近隣の主要駅 (豊橋方面)新安城駅→2駅  
            (名鉄岐阜方面)前後駅→4駅
            (猿投方面)豊田市駅→7駅
            (碧南方面)刈谷駅→2駅


●駅名標

初めて訪ねたのは1999年8月と実に20年近く前ですが、出張で行ったところであり、こうして写真に収める形でプライベートに訪ねる事ができたのは2013年2月の事でした。この記事の写真のその時のものです。

知立という漢字と「ちりゅう」という話し言葉で聞いただけの地名が全く繋がらず、初めて来た(行く)時に、「ちりゅう駅」に集合、と言われたものの、漢字が「知立」というのを想像できませんでした。ちなみに江戸時代の東海道の"ちりゅう"宿は「池鯉鮒」と表記します。

知立市にはJR駅はなく、名鉄名古屋本線に属していながら三河線にも属しています。三河線で2駅隣の刈谷まで行けばJRへアクセス可能です。

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●時刻表

名古屋方面の左側が平日で、右側が土曜日・休日のダイヤです。

ほぼ1時間平均14本くらいあり、4分に1本来るくらい、かなり頻繁なものとなっています。

名古屋までは特急に乗れば20分程度で着くいわば都市圏に位置しており、アクセス至便で本数も多く、利用者も多く非常に重要な役目を果たす駅でもあります。

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●ホーム

3面5線の広いホームを持ち、この事からもここが重要な拠点駅である事が窺えます。

この時は普通に地上駅でしたが、順次ホーム切替を進めている最中のようで、2023年に高架化完成とありました。

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●ホーム2

名鉄の赤い電車が停まっている時のカットです。

右側は4番線の表示が見え、刈谷方面となっています。刈谷でJRへ乗換が可能となります。

右側は5番線で金山や名古屋方面となります。

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●ホーム構造案内

3面のホームがありますが、それらが跨線橋でも地下道でもつながっている形でした。

今はちょっと変わっているようで、この後高架化へ向けて至る所工事中状態になってしまっているようです。

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●跨線橋

上の案内図の真ん中を横切る跨線橋です。

真ん中から撮っていますが、2番線へのものと5・6番線のものが各々突き当りにあります。

通路幅としてはやや広めで、重要な駅の割には不思議と掲示物が見られませんでした。なので荒涼とした印象を受けました。

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●地下道

こちらは逆に地下道の方です。

向こうが2・3番線で、この右が4・5番線として分岐しています。

こちらには掲示物というか広告看板の形で多数ありました。

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●改札前

ホームの上、改札入った直後辺りにこのようなものがありました。(今もあります)

「知立の弘法さん」として知られる遍照院(へんじょういん)の遥拝所となっています。こんなプチ拝殿のある駅というのも特徴的ですね。弘法大師空海が1ヶ月滞在してできたお寺という由緒ある所で、当駅からでは徒歩20分といいます。(行ってませんが…)

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●駅前広場

バスターミナルが駅前広場の多くを占めているという感じでした。

のりばとしては4番のりばまでのようですが、屋根が目立つのかえらくスペース取っているような印象でした。横断歩道もバス専用とかしっかり書いてありました。

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●街へ繰り出す通り

バスターミナルを抜けて駅前の通りを出んとするところにこのような通路があり、左には観光案内看板があります。

左向こう側の木辺りにアーチがありますが、何かあればそこにイベントなどが看板として出されていますが、この時は何もなかったのでしょうか、アーチが骨組みだけになっていました。

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●知立駅 駅舎

どこが一番分かり易いか?考えながら撮りましたが「知立駅」の表示が分かり易いのはこの角度でした。端から撮るような感じで全体像とか規模感が掴みがたいのですが、大体こんな感じの駅という事で。

2023年に高架化される時はどのような姿になっているのか、その時また行ってみたいものですね、実はつい先週行ったのですが駅舎の外観としてはまだこのまんまでした。

もうすこし大きくなっても良い駅だとは前々から思っていましたが、5年後に大きくなっていたら良いなと。駅構内に色んなテナントを抱えたりするような。

そんなこんな妄想?を膨らませつつこの駅の記事を終わります。

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2018年5月11日 (金)

愛知/愛西 佐屋の街に歴史あり

愛知県愛西市、名鉄/佐屋駅からの歩き旅です。

(2018年1月当時)

●周辺案内図

佐屋駅前の案内MAPです。

観光案内というより「公共施設等案内図」と記されています。

公共施設がメインでこれらが目立ちがちですが、緑字の部分は見どころが何気に散りばめられていて、またそれらが一本道に集中していたりするので、その道に沿って歩くと結構良いプチ旅にになるかなという感じでした。

実際多少これらを拾い上げて巡ったりもしました。

ものすごい絶景や素晴らしいテーマパークとか、そういう派手なものは見られないと思いますが、旅好きな方ならプチ名所めぐり的な感じで楽しめると思います。

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●佐屋駅南バス停

実質的な佐屋駅前のバス停です。

愛西市巡回バスという事ですが、下にあるように3路線あります。

・佐屋西ルート 「sayanishi.pdf」をダウンロード

・佐屋中央ルート 「sayacyuuou.pdf」をダウンロード

・立田ルート 「tatsuta.pdf」をダウンロード

いずれも1日3、4便程度です。

「佐屋東ルート」というのもありますが、このルートはここを通りません。

トータルで1日10回くらいバスがここに来ます。往復入れて20回くらいですかね。

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●駅前の道

駅を出て右に曲がっての道路です。

まずはこちら側を進む事としました。右向きがこちらで、もちろん反対方向もありましたが、どっちにものがありそうか?と考えた時にこちら側の方が生にかありそうな感じでしたので。

「愛西市」と貼ってあるのもしっかり撮りました。こういうのが旧自治体表記のまま直っていない所もありますが、ここはしっかり新市名になっていました。

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●ツノダの自転車

の看板がありました。懐かしい…たまに見かけますが。

佐屋駅から歩いて行った街の中で、このような懐かしい雰囲気の建物が随所に見られました。

♪ツンツンツノダのテーユー号~ のCMで昭和期を一世風靡した自転車です。テーユー、とは??と思って今更ながら調べてみたらツノダの創業当時の社名スペル「TUNODA」の頭文字から取ったそうです。意外と単純!

ちなみにのこの「株式会社ツノダ」は現在は自転車販売は行っておらず、不動産賃貸業を主にしているそうです。

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●懐かしげなるもの

かつて商店として存在したであろうところが点在していました。

酒屋さんは現役のようにも見えますが、前の入口がなんかおかしなことになっていてよく分かりませんでした。何にしてもこれらが現役バリバリで稼働していたのはいつの事だろうか、と思いを馳せてしまいます。

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●さや舟場道

と表記された石標が建っていました。この辺りはかつてを偲ばせるものが複数あるのでちょっとした名所的なエリアです。佐屋駅から北東へ徒歩10分くらいの地点です。

まず最初はこの「佐屋舟場道」です。

昭和54年にここに建てたとありますが、地元の方の寄付によるものとの事で、その屋敷内にあったとか。船場への道標との説明もありました。

この先200m程西に川が流れていて、そこに船が出ていたのでしょうか。いや、そんな小さな川ではなくて、よく見たら2kmくらい西に大きな木曽川が流れていて、そこから三重県の桑名に繋がります。東海道佐屋路は佐屋宿より船で桑名へ渡った、という記載が見られました。

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●きこくの生垣

先程の舟場道の写真の石碑の道向かいに見えていたのがこれです。

「江戸時代この辺りは佐屋宿の舟番所の前で旅籠があった」と記されています。

きこくとは「枳殻」と書き、カラタチの別名といいます。

佐屋宿については「佐屋街道」の宿場町で、このエリアでは最大規模を誇ったといいます。先述の通り、桑名宿へは舟渡しにより結ばれていました。

佐屋街道は東海道の脇街道的な役割を果たし、東海道自体は、名古屋の熱田から三重の桑名まで舟運で結ばれましたが、北へ迂回する脇往還という形で通っていました。

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●佐屋代官所跡

佐屋舟場道のほぼ道向かいにあるのがこの碑でした。

大きい方の碑には「徳川家康が大坂夏の陣の際に、ここから船を出して大阪へ向かったなる記載があり、尾張藩祖が東海道佐屋宿や、佐屋湊佐屋御殿を設け、佐屋の名は全国に知られるところになり、それから109もの村を治める代官所ができたといいます。

正直、今の世で佐屋と聞いて全国的な知名度があるかといわれると、そうではないかな?という気がしますが、往時は有名な所だったのかなと。そんな往時を偲ぶ意味合いもあってここにその碑が、このように大層に?立てられているようです。

舟場道と共に歴史感あるプチ名所エリアです。

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●佐屋三里之渡址

今度は先ほどの代官所や舟場道などの碑などT字に交差した道路にあり、先ほどのものがT時のしたの縦の部分の両サイドにあるとすると、こちらはTの左上にあるような、そんな位置関係で、いずれにしてもT字上にこれらがぎっしり詰まったエリアとなっています。

それでこの「佐屋三里の渡し」は佐屋宿と桑名宿を結んでいた渡しで、佐屋の渡しとも言われていて、三里(約12km)の水上ルートでした。海上ルートではなく、川の上の航路であったため、盛んに利用されたといいます。

そんなこんなで佐屋の歴史を垣間見るエリアは集中していますが、派手な旅ではないけれど、歴史に触れるちょっとした旅を、この愛西市では味わう事ができます。

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2018年5月 3日 (木)

名鉄/佐屋駅 (愛知県愛西市)

愛知県愛西市の名鉄/佐屋(さや)です。

愛西市ではJR永和駅をupした事がありますが、これという中心駅があると思えず、永和駅に行った時も周辺をあまり行けなかった事もあり、中心とされる当駅を訪ねる事としました。

-名鉄/佐屋駅-
【路線】
名鉄尾西線(弥富-玉ノ井間)
【開業】1898年4月3日
【訪問】2018年1月
【1日あたり平均乗車人員】 4,275人/日 (2016年)
【近隣の主要駅 (弥富方面)弥富駅→2駅  
            (玉ノ井方面)津島駅→2駅


●駅名標

正規の名鉄独特の駅名標はあるのですが、諸般の事情で撮れなかった為、この写真で代用しています。帰りに撮るつもりだったのですが、帰りにはこの駅に寄らず、隣の駅から帰ってしまったので、結果としてこれをupする事となりました。漢字表記がないと、人の名前みたいです(笑)

名鉄尾西線の駅として1時間に4本程度出ています。尾西というのは現在は一宮市ですが、旧は尾西市という自治体にあった駅がいくつか存在しています。

路線の端の弥富駅から2駅の位置にあり、沿線の代表的存在の津島駅とも同じく2駅の位置に存在しています。

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●ホーム

2面3線のホームで、両ホームは階段ではなく向こうに見える構内踏切で行き来する構造となっています。

1日あたりの乗降者数が4,275人という事で、同じ市内のJR永和駅の乗車数が約2,200人であり、乗降者数を半分にすると利用者数はほぼ同等というところです。ですが、この佐屋駅の利用者数はここ近年伸びてきてはいます。

個人的には構内踏切で行き来する駅はあまり大規模ではないという基準をもっていますが、大規模駅にあまりこういう構造はないかなと思いまして。なので愛西市⇒コレという市を象徴する駅の存在が感じられず、そういう分かり易いキーステーションができればと思います。

ちなみにこの駅の今の自治体は愛西市ですが、平成の大合併で2005年に愛西市になる前は海部郡佐屋町という郡部の中心駅で、佐屋町は人口が30,000人ほどいた郡部ではかなり人口の多い町でした。

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●ホーム2

外から見たホームです。

帰りにホームにもう少し撮ろうと思っていましたがここに帰着できなかったので、ホーム内でのカットが少なくなっています。

で、これは外から電車が停まっているのも含めたホームの様子です。屋根のあるエリアは広くなさそうで、駅の規模としては大きくない感じを受けてしまいます。 「ようこそ愛西市へ」的なものもあっていいと思います。一応駅前には周辺案内MAPはありますが。

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●駅前広場

駐車スペースがあるだけという感じの駅前広場ですが、面積は広めです。

車が停まっている向こうは幹線道になっていて、これが駅前のメインの通りという事になるでしょうか。

周辺案内MAPが右端に車の向こうに覗いて見えます。

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●佐屋駅 駅舎

駅舎そのものもこじんまりとした建物で、改札機通ったら若干の待合スペースを抜けてすぐ出口といった感じです。

線路と平行ではなく、垂直にこの駅舎が建っています。なので改札を出てすぐに左へ90度転換する形でこの出口を出る事となります。こういう建物構造もあってか、駅を大きくするとかの改修が難しいのではないかと勝手に思っていますが、この駅には建物が少し大きくなってほしいなと思いました。

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2018年3月31日 (土)

愛知/みよし 大学小学 緑の坂道

愛知県みよし市、名鉄/三好ヶ丘駅からの歩き旅です。

(2011年5月当時)

●駅前道

駅から出てメインの道路で、これと交差する道路も幹線道っぽいのですが、この時はこの道路を向こうへ歩いて行きました。

ビルが立ち並ぶような駅前感もなく、市の中心感も希薄な雰囲気でした。実際この辺りは市の中心部でも何でもないんです。その事を知らずにこの時はそのまま歩いていました。この向こうに何があるんだろう?と思って。

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●CITY GUIDE

みよし市のガイドマップです。

南北に長い地形になっていて、現在地はこの通り市の最北端にあり、その市の北端を線路が掠めている形で、鉄道は市内でここしか通っていません。

更に市役所は中西部に位置しており、ここからは全然違うところにあり、鉄道アクセスもかなり不便な所にあります。がしかし、色々なものがありそうなのがこのマップでも分かり易く、逆にこの駅周辺はあまりなさそうな感じです。

三好ヶ丘駅からみよし市役所へのバスが出ていますが、快速的なものでも約30分かかり、各停であれば40分以上はかかります。下表はみよし市コミュニティバスである「さんさんバス」でのダイヤです。(切れててすみません)

これだけの時間乗っても料金は1回100円です。

                                                   
三好ケ丘駅 7:50 8:35 9:44 10:57 11:48 12:55 14:11 15:05 16:15 17:31 18:20 19:35
みよし市役所 8:17 9:19 10:28 11:41 12:32 13:39 14:55 15:49 16:59 18:15 19:04 20:19

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●記念碑

アートヒル三好ヶ丘の完成記念碑です。

重そうな曲がった石が上にのしかかっている感じでした。

みどり豊かなこの地に、人と自然と芸術の調和したまちづくりを目指して1981年に事業認可され、1995年に竣工しています。この辺の広場スペースには芸術、とくに彫刻が多数設置されているといいます。

駅前にでっかいモニュメントがありましたが、これ以外にもちょこちょことオブジェ系のものがあって、これら皆一連の事業によるもののようです。

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●マンホール

旧「三好町」時代のマンホールです。

当時の町の木である「ミカワクロマツ」が前面に出た形となっています。

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●東海学園大学入口

何もないとまではいきませんが、三好ヶ丘駅前の道路を歩いているうちに行き着いた東海学園大学前のバス停です。え?こんなとこにあるの?という感じでした。

そして入口として標識が出ていますが、敷地の塀はこんな金網フェンスなのか??という感じでした。

割に最近にできた私立大学のようで1995年開学とありましたが、起源は古く1888年に浄土宗愛知支校としてできたのが最初といいます。当初は経営学部のみの単科大学であったものが現在では6学部も有しています。

バスは先の「さんさんバス」で1時間強に1本程度の割合で出ています。この辺はおそらくこの当時から7年経った今もそう変わらないと思います。コミュニティバスの割には本数多いなと感じました。

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●大学への道

バス停が大学前にあってアクセス至便と思っていたら、こんな階段がいきなりそびえ立っていて、これをまず登らないといけない訳ですね。ここから先は入っていませんが、この限りでは校舎は遠くに覗いて見える感じでした。

現在地はこの下のマップの左下になりますが、右端の別の道路にも門があります。

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●東海学園大学 校舎

バス停辺りからでは遠くに丘の上にあるような形で覗いて見えた大学の校舎が、歩いて行くにつけて、思い切り平地上にあるのが見えてきて、ちょっとトリックにあったような気分でした。

お城でいうと山城だったと思ったら平城だったような感じです(笑)

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●黒笹小学校へ

の標識が出ていました。

最初の写真から続いているこの道路は、三好ヶ丘駅から西隣の黒笹駅までの線路に沿う形で通っているのですが、東海学園大学が左手前にあり、そのすぐ右向こうにあるのが黒笹小学校です。

向かい合ってはいませんが、斜めに相対するような位置関係で、大学と小学校とがあります。

バス停は先ほどの東海学園大学と同じ??に見えますが、「東海学園大学西」という隣のバス停です。

このまままっすぐ歩き続ければ程無く、隣の黒笹駅に行き着いていたのですが、この時はその事に気づかなかったのでそのまま三好ヶ丘駅へ引き返してしまい、若干後悔モノでした。

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●通ってきた道

の全体的な感じは、緑の風景と住宅地と教育機関と混在する中で、道はこんな坂道の印象が強くて、特に三好ヶ丘駅から黒笹駅方面へ歩いて行くと、上り坂が延々続いたような覚えがあり、単に平地歩きを続けるのと比べるとやはりしんどい覚えがあります。

このみよし市ではこのように線路沿いの市北端しか行っておらず、今度行く時は市役所周辺の中心部がどんなふうに栄えているのか見てみたいものです。

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2018年2月12日 (月)

愛知/長久手 モリコロパークを覗き見る!

愛知県長久手市、愛知高速交通/愛・地球博記念公園駅からの様子です。

(2017年12月当時)

●トンネル状

駅から降り立ち、公園の方へ歩く途中で、このガリバートンネル(ドラえもんの道具)のようないでたちのトンネル状の建物に行き着きました。

この中の階段を下りて、「地球市民交流センター」へとたどり着きます。

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●地球市民交流センター

という訳で、上の写真の所から降りていて行き着いた施設がこれです。

地球の半分のような半球体の独特の建物が実に目を惹きます。

2010年にできた施設で、万博期間中からあったものではありませんが、多目的室・多目的スタジオなどを有していて、市民の交流を促進する場として利用されています。

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●リニモが走る

パークから駅の方を振り返って見ると、高架と駅が見える訳ですが、そこにリニモが入っている風景が撮れました。ここにリニモがあるだけで随分と絵になるなと。

リニモですが、リニアモーターカーのイメージと違って随分とゆったり走っています。

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●モリコロパーク案内

公園全体案内図です。

夏季 4~10月 8時~19時

冬季 11~3月 8時~18時30分

で、公園の利用料自体はなく、ここもフリーで歩いています。

周辺の各施設の利用料が発生する形の料金システムです。

総面積は190Haもあり、よく例えに用いられる東京ドームでいうと約40個分に相当します。

年間来園者数は2014年度で約160万人という事で、1日あたりに換算すると4,000人あまりになり、万博終了後10年を経ても、このくらいの来園者があるという訳です。

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●標識

周辺施設への案内標識です。

大きな観覧車もあります。

記念館もあり、スポーツ関連施設もあり、こどものひろばもありと実に多種多彩です。

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●エレベーター

駅からぐるっと回りながら半周ぐらいした所にこの通路があり、エレベーターで下って、スケート施設や、人気の「サツキとメイの家」へ行けます。

「サツキとメイの家」は、万博期間中に最もに人気のあった施設のひとつで、となりのトトロで出てきた草壁家の再現をしたものです。期間中ははがきによる応募制で競争率もかなり高かったそうです。

有料で大人510円、子ども250円となっており、外からと内からの観覧が各々15分という制限があるようです。この先を下りていないので、実物は撮っていませんが、この先を下りればあるという事なので、興味のある方々は行ってみられれば良いかなと思います。

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●園内バス停

何せ東京ドーム40個分もある広大な敷地を有するが故、このような園内バスも出ている訳ですね。

園内を30~40分かけて1周し、頻度的には30分に1本程度出ています。なので時間帯をよく見て上手く活用する事が必要です。

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●地上の地下

1F部分にあたりますが、駅の2F部分から伸びている通路の真下にあたり、多目的室や軽食店などが並ぶ中を広場としても広がっています。そして電飾もついていたり、暗いゾーンをうまく活用しています。

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まだまだ全然魅力の一部も伝えられていませんが、時間があれば愛・地球博記念公園駅、または隣の「公園西」駅に来て、このゾーンの魅力を存分に楽しんでほしいものだと思います。

2018年2月10日 (土)

愛知高速交通/愛・地球博記念公園駅 (愛知県長久手市)

愛知県長久手市の愛知高速交通/愛・地球博記念公園(あい・ちきゅうはく きねんこうえん)です。

長久手市は愛知県の北西部に位置し、人口は59,532人(2017.10.1現在)です。2012年1月4日に長久手「町」から、長久手市へ単独で市に昇格している街です。また有名な『小牧・長久手の戦い」で知られ、名古屋から延伸している「リニモ」も走っており、今回はまさにそのリニモの駅の紹介となります。

-愛知高速交通/愛・地球博記念公園駅-
【路線】
愛知高速交通東部丘陵線(藤が丘-八草間)
【開業】2005年3月6
【訪問】2017年12月
【1日あたり平均乗車人員】 2,337人/日 (2016年) 
【近隣の主要駅 (藤が丘方面)長久手古戦場駅→3駅
           (八草方面)八草駅→2駅

●駅名標周辺

「愛知県立大学前」という副駅名がつけられています。「愛知高速交通」とありますが、リニモの通っている路線です。

愛知県大って個人的に行きたいと思っていた大学のひとつであったので、こんな所になったのか!と驚くことしきりでした。

駅名からも察しがつくと思いますが、愛・地球博の万博会場であった所で、2005年開業時には「万博前駅」というそのものズバリの駅名でした。万博が終了して、現駅名になり今に至ります。

リニモが通ってはいますが、何分距離が短く、その性能をいかんなく発揮!という訳にはいかない状態で、短い駅間をゆっくり走っています。

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●ホーム

リニモ駅のホームは高架駅が多く、ここも御多分に漏れずです。

開業して10年を過ぎましたが、まだまだ白くてピカピカした感じでした。

沿線はどの駅も大抵2面2線で、このようなシールド状のホームになっていて、風にさらされないのでその分冬は楽といえます。

電光板掲示にて先発次発の列車時刻が表示されていますが、8分毎となっていました。土曜の朝8時台に訪ねましたが、乗る方も降りる方も数人ずつといった感じでした。

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●時刻表

早朝深夜を除いてほぼきれいに8分おきにやって来ます。

名古屋市営地下鉄に比べるとやや間隔が長いかなというところですが、それでもこれだけの本数があれば十分と思いますし、それほどのものすごい賑わいの無い時間帯が明らかにある(この時がそうでした)ので、まぁのどかなもんかな、と思いましたね。

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●外を眺める

室内型ホームから外を眺めた様子です。

始点の藤が丘駅は名古屋市ですが、段々そこから離れていくと、山の中に道があったりして、割とのどかな風景へと変わっていきます。

ここの場合は、万博記念公園が目の前にあって、ほぼそれだけという感じを受けました。普通の街なか感は個人的にはなかったですね。

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●エスカレータ

ホームへ上っていくエスカレータであり、手前両サイドに「×」マークが入っています。

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●改札出て

各出口への標識がありました。

3番は愛知県立大学、4番はバスターミナル、そして5番は愛・地球博万博公園 といった具合ですが、出口としては5番まであります。

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●南出口

万博記念公園側の出口です。

駅名が万博公園を示すものである以上、ここへは絶対行っとかないと!という訳で出て来ました。

2F出口の形で、橋を渡るように通路が長く続いています。

そして公園で出会う四季折々の草花という事で紹介されています。

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●駅前南口

通常なら駅前ロータリーという感じなのでしょうが、ここの場合はそれよりも公園前広場、という色の方が濃いです。あとは…丸いものが多いです、とにかく。

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●愛・地球博万博公園駅 駅舎

南口(万博公園側)の駅舎です。

リニモ沿線の駅舎って画一的とも思いませんが、個性的という感じでもなく、どこもおんなじような違うような…そんな感じを持っています。

ここの場合は、2F部分から出口~通路が伸びていて、その部分は独特かなと思いました。

愛・地球博の万博記念公園は、このようにリニモの沿線上にあります。

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