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46大分県

2016年12月16日 (金)

大分/宇佐 廃線間近のバスルート!

大分県宇佐市、JR宇佐駅の駅前の様子です。

(2012年12月当時)

●宇佐 国東半島案内地図

宇佐駅ホームにあったのも国東半島の地図ですが、これとはちょっと違った形で表現されているもので、宇佐駅を出てすぐの、駅舎前にあるものです。

宇佐市はまだ半島部分にはないかな、というところですが他の市は半島にかかっています。杵築市、豊後高田市、国東市…などなど。

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●駅前通り

宇佐市の中心駅前の通りですが、そんな雰囲気がほぼなかったです。強いて言うなら飲食店が多少なりあったところでしょうか。「ようこそ〇〇へ!!」的なものは皆無でした。

右側のお店は飲食店で、時間があれば入りたかったのですが、中途半端に時間がなくて断念しました。幟には「だんご汁」と出ていました、大分の名物ですね。

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●タクシー会社

宇佐太陽交通というタクシー会社の北馬城営業所というのがありました。

上の写真の駅前通りの突き当たりすぐ手前の左側にあります。

この先はT字路で、幹線道に入って行きます。

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●宇佐駅前交差点(右)

駅前通りを突き当りまで行くと、この「宇佐駅前」交差点のT字路に行き当たり、右側を向いたのがこのカットです。

特に何がありそうな感じもしなかった、幹線道がただひたすら続く、そんな感じでした。

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●宇佐駅前交差点(左)

上の写真と反対側で宇佐駅前交差点を左を向いた側のカットです。

見えにくいですが、右側には「宇佐駅入口」バス停があります。

右側に比べたらまだ、向こうに何かありそうではありますが、やはりやや閑散とした感じが拭えない、そんな通りでした。

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●宇佐駅入口バス停

先に触れましたが、バス停のアップの様子です。大分交通のバスが通っています。

裏を見ると、 「別府ゆけむり号」13:11となっていました。広島バスセンターを起点に徳山港からはバスごとフェリーに入って航行となり、九州では竹田津港に入り、ここ宇佐駅入口を経て別府→大分市内に至るというルート取りをするバスで、1日1便運行されているのですが…

来年、というか来月、2017年1月9日をもって、運行廃止が決定となってしまいました。これは今からちょうど4年前の姿(2005年運行開始)ですが、もうあと1ヶ月もないうちに走らなくなってしまうのです。そしてこのバスの名も幻となってしまい、こうして記録に残しておいて良かったな、とつくづく思うばかりです。

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●宇佐温泉

宇佐駅前交差点を左へずーっと進んでみたカットです。

「宇佐温泉」の文字が見えてきて、惹かれました。 「宇佐温泉 あずみの湯」との看板が!

建物がすごく穏やか目?で、賑わいなど微塵も感じられませんでしたが、大きな水車が印象的でした。

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●岩崎橋

最後はこの朱塗りの橋です。

宇佐駅から北西へ少し、国道10号線に乗って向野川に架かるこの橋は岩崎橋といいます。

向野川は寄藻(よりも)川という二級河川の支流の川です。

向こうにはレストラン「Joyful」があります。

宇佐市役所はここから遠いし、どの辺りが栄えているのかよく分からない市でもありました。

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2014年1月26日 (日)

大分/豊後大野 三重町の懐かしげな風景

大分県豊後大野市、JR三重町駅からの歩き旅です。

(2013年1月当時)

駅前マップ

JR三重町駅を現在地とするマップです。

駅前通りは両サイドに青丸がついていて、なにがしかの店が必ずあるという状態、さすがは駅前通りといったところでしょうか。

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商店街

駅前商店街のスタート地点ともいうべき初っ端の部分ですが、なんといってもこの「大五郎」の名には惹かれました。豊後大野=大五郎が自分の中で形成されてしばらく離れませんでした。

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つづく商店街

駅前通りを少し進んだ所、やはり商店街の街並みが続きます。

2F建てまでの建屋が続く通りで、これ以上高い建屋は見えませんでした。郡部の延長上で市になった町、というのが如実に表れてる感じですね。

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三重町駅前バス停

と、そのバス停の待合室です。

「三重町駅」バス停ではなく、駅「前」バス停という事で、駅から少し距離があります。

そのバス停にこんな屋内型の待合室があるとは!バス停に待合室があるって、鉄道駅に待合室がある事よりも貴重に思え、グレードが高い気さえもします。ここは室内型といってもドアとかある訳じゃないですが、それでも前面以外の3面に壁と屋根があるというのは、バス停としては素晴らしい部類だと勝手に思っています。

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三重郵便局

といっても、三重県の郵便局ではありません。

旧・大野郡三重町の中心郵便局が、当時の町名をとった「三重」郵便局な訳です。

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アップダウンの路地

石垣風の建屋が立ち並び、道路は上り坂と思いきや下り坂になっていく、そんな通りでした。

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三重町市場発祥の地

としてお札が立っていました。

この正龍寺(しょうりゅうじ)の古文書に「永正4年三重郷市庭」という記述があり、永正4年は1507年なので、500年前には市場が開かれていたという事です。現在もその名残か市場という地名が当地に残っています。

歴史でいうと、室町時代後期で細川氏が隆盛を極めていたという頃で、この1507年には細川政元が暗殺され、この事件は「永正の錯乱」と呼ばれています。

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正龍寺

という訳で、上の写真の古文書があるお寺、正龍寺です。

浄土真宗本願寺派に属するお寺で、三重町の駅からは約300mほどの所にあります。

白壁にグレーの渋い色合いの屋根が多く、印象的な光景でした。

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旧・長田医院

1927(昭和2)年に長田松三郎氏によって建設された豊後大野初の洋風病院建築だそうで国登録有形文化財です。当時としては画期的なモダン建屋という事で見物人が絶えなかった、書いてありました。今は病院ではなく、居酒屋その名も「れと絽」として活用されています。

木に隠れていたため建屋の素晴らしさがかなり伝わりにくくなっていますが、立派な大正モダン建築の建物です。

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2013年6月 4日 (火)

大分/津久見 昭和の香りの商店街群

大分県津久見市、JR津久見駅からの歩き旅です。(2010年8月当時)

大友宗麟公像

津久見駅前にあったこの像、一見して明治大正期の偉人像だと思いましたが、まさか戦国武将の像だったとは!

冑もちょんまげも見受けられないしで。やっぱりそこはキリシタン大名だからでしょうか。

大友宗麟(1530-87)は豊後国の戦国大名で、勢力の拡大や縮小を経て、秀吉の天下統一目前の頃に病没しましたが、その地がここ津久見だといいます。

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駅前通りを眺めやる

先ほどの宗麟像を遠目に、駅から駅前通りを眺めた様子です。

右手前に白い3F程度のビルがあり、その向こうもこの程度の建屋が軒を連ねていました。

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昭和通り商店街

駅にほど近いところにあったこの昭和通り商店街、今や昭和も遠くなり昔チックな名前に響いてくる、年を経るごとにそのように感じます。昭和っぽい建屋の店が多く見られました。

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sense of the dance

津久見には「扇子踊り」というのがあるそうで、ポスターが貼ってありました。

この10日ほど後が当日でした。

元々は約450年前、大友宗麟の治世だった頃、戦没した勇士や農民の供養のために踊られたのが始まりといわれています。

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威厳あるもの

駅近くの商店街の一角、そんなに人で賑わう通りとは思えませんでしたが、ポツリとありながらよく見るとすごく威厳ある佇まい、素晴らしい建屋ですね。

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昭和の残り香

昭和時代はれっきとした現役の店として軒を連ねていたと思われる通りに出くわしました。今ではすっかりシャッター商店街となっているっぽい雰囲気で、いくつかは営業してるとは思いますが…

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商店街

こちらはある程度空いてる店も見られた商店街、金融機関などもあったりします。

それでも並んでいる店たちには昭和の香りが色濃く漂う、そんな雰囲気を持ち合わせていました。

津久見市の歩き旅では、商店街に見惚れたというのがまずあったので、ここにお見せしました。港町でもありますが、陸地はこうして楽しむのがひとつかと…

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2013年2月16日 (土)

大分/国東 大分空港・雨模様…

大分県国東(くにさき)市、大分県の北東部・国東半島に位置し人口は30,718人(2012.12.1現在)で、2006年に旧・東国東郡4町が合併してできた新しい市です。大分県の空の玄関・大分空港は他ならぬ当地にあります。

が、この市ではこの空港敷地近辺しか歩き回れませんでした。そんな国東市の景色の一部を!(2013年1月)

大分空港着

大分県の市では豊後高田市と共に鉄道駅のない当市へは、別府駅からバスで訪ねました。別府駅から40分余で1,450円でした。あまり便数がなかった印象だったので要注意です。

個人的に大分県で最後に訪ねた記念すべき市であり、ここへの到着をもって大分県の市を全制覇でした、そんな2013年1月の出来事でした。ここから発って1月連休の旅を終わらせる、一連の旅で最後に訪ねた地でもあります。

実際にバスで降りたのはもっと空港入り口寄りで、タクシーの停まってる辺りです。

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高くそびえるもの

空港前の高く建つものたちです。

それぞれ役目は全然違えど、その壮観さに目を惹かれるところはおんなじです。

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「里の駅 むさし」

空港横にあった産地直売所兼軽食コーナーのある「里の駅」です。

到着からフライトまで2時間半程あったのですが、ここから国東の中心に行きたいと思えど、それらしいバスもなく、おまけにそこそこの雨で、だいぶ歩き疲れもあり、かなり諦めモードで、空港中心に国東らしい何かを探す旅、という趣向に切り替えました。

空港外で近辺で寄れそうな所といえばここぐらいかな、という感じで寄ってみました。新鮮な野菜が売っていて、反対側は軽食コーナーでしたがだいぶオーダーストップになっていたのかお茶程度しかできない状態でした。

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里の駅前

里の駅が手前である事を示す標識が出ていますが、このすぐ手前右にあり、この手前方向というのは空港への入口方向とイコールです。

つまりここを進むと空港から離れていくのです。

そんな所に里の駅の軽食コーナーで売っている食べ物等々幟が立ち並んでいました。数や時間に限りがあったりするので、このあたりは要注意です。

ともあれ空港前の町の様子を見に、ここから少し離れていきます。

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大分空港 遠景

空港からこれだけ離れて、空港建屋と平行に通る道路から建屋全体を眺めました。

地方空港だからと侮るなかれ、結構車が停まっていました。

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こちら国道213号

空港建屋と平行に走るその道路とは、、この国道213号線です。

別府市から国東半島の海岸線を経由して中津市へ至るという全長125kmほどの国道です。

ここに出ている標識の地名は「安岐町」となっていますが、かつてはこの安岐(あき)町自体が自治体名でしたが、現在は国東市安岐町…という形になっています。

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大分空港 アップ

特に出入口周辺をアップで撮ったものです。

大分空港の文字がハッキリ見え、屋根にその影も微妙に映っているのが見えます。

ちなみに今まで行った空港で直近はこの大分空港ですが、訪問順に列挙すると、

庄内(1995年)をはじめとし、

伊丹(同)

那覇、関西(共に1997年)

石垣、与那国(共に2000年)

女満別、新千歳(共に2005年)

神戸(2009年)

茨城、秋田(共に2012年)

宮崎(2013年)

と、フライトした事のある空港が13にもなりました。
成田や羽田は行った事もないんですよね~。

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空港へのアクセス

という事で特急バスの案内がありました。

空港外は歩いたものの雨だし、特に見るものもなく寒くという事で、ここからは空港施設内でのんびりする事としました。チケットは飛び込みながら着いてすぐにゲットできたのでフライトまで安心という訳でした。

別府駅前は1,450円、大分も中津も宇佐も1,500円とほぼ同等なのがスゴイですね。

ちなみに下に並んでいるのはバスチケットの券売機です。

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大相撲宇佐場所

この訪問の前月にあたる2012年12月に宇佐で行われた大相撲の巡業のものです。

双葉山生誕100年記念とありますが、双葉山は郷土の英雄で、1912年宇佐市で生まれたのでした。不滅の69連勝など輝かしい実績を誇り、相撲の神様のような存在ですね。

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これも双葉山

先ほどとは全然違う場所で空港施設内2Fの天井付近にいろんな看板が立ち並んでいた中の1枚です。

まさに「昭和の大横綱」で、その初代にあたる人物だと思います。大鵬さんが死後に、千代の富士は現役中に国民栄誉賞を受賞しましたが、双葉山なんてもっと国民に対する影響力が強かったのではないかな、と思いますが…

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イベントコーナー

空港施設内の一角にあった、県内の臼杵や津久見の紹介コーナーのようなところにて。

写真は「うすき雛」です。

江戸時代、臼杵藩では質素倹約のもと、このような紙のお雛様をつくる事しか許されなかったといわれ、それが名物化した形で、当地ではシーズンになると何千体ものこの「紙雛」がお出迎えするのだとか。

ちょうど今時期はその「シーズン」であり、3千体が出迎え あすから、うすき雛めぐり ←このような記事がありました。

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かぼすジュース

大分の特産品「かぼす」がジュースになっていたので、空港の一角のお店で外を見ながら頂きました。

ビタミンCやクエン酸が豊富って感じで、なかなか酸っぱいですが旅の疲れも取れそうでした。

実際、ビタミンC量はレモンと遜色なく、クエン酸量については、すだち、ゆず、レモンなどの柑橘類系では群を抜いて多いそうです。

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だんご汁

これも空港内の和風レストラン「なゝ瀬」さんにて頂きました、大分の郷土料理「だんご汁」です。

オーダーとしては、炊き込みご飯のついた「だんご汁定食」ですが、とにかく具が豊富!です。中でも印象的なのは、小麦粉を固めて作られた平たくて太い一本ものの麺で、これが何本も入っていて、独特の食感があります。

他にごぼう、にんじん、しめじ等々あり味噌煮込みでしょうか、独特の味わいがありました。この時の旅ではあまり郷土料理にありつけた記憶がないので、最後にこのようなご当地モノを食べる事が出来たのは本当に良かったです。

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その後、別のレストランでコーヒータイムを取って、フライトを待っていました。

願わくば次来る時は、この国東の中心街や名所を回りたいですね…

2013年2月 5日 (火)

JR三重町駅 (大分県豊後大野市)

大分県豊後大野市のJR三重町(みえまち)です。

豊後大野市は大分県の南部に位置し、人口は38,434人(2012.12.1現在)で、2005年に旧・大野郡の5町2村が合併してできた新しい市で、

-JR三重町駅
【路線】JR豊肥本線(大分-熊本間)
【開業】1921年3月27
【訪問】2013年1
【1日あたり平均乗車人員】 887人/日 (2010年)
【近隣の主要駅(大分方面)大分駅→8駅 
          (熊本方面)豊後竹田駅→4駅


駅名標

先月訪ねました。2010年夏には行ける可能性もありましたが、すっ飛ばして隣の市である豊後竹田へ行った事もあり断念し、2年半越しのリベンジといったところです。

というのも、当時は朝に大分を発ち、まずは久大本線で由布院へ行って、また大分に引き返し、豊肥本線に乗って…、としていたので、一度にいくつも行けず、竹田かここかの選択となり、竹田を選んだというのがあります。

現在の豊後大野市となる前の当地の自治体名は三重町であり、当駅も「三重」駅となる事なく、そのまんま駅名になっています。三重県と混同される事を避けたのでしょうか。ちなみに今の豊後大野市の名も福井県に既に大野市がある事から、豊後という旧国名が冠されています。

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奥豊後の旅 みえまち

ホームの一角にかかっていた大きな看板です。

ことごとく駅から車〇分、といった表示で、歩き旅ではなかなか難しいなといったところです。

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跨線橋あたり

ホームは跨線橋で結ばれていますが、その階段のサイド部分は鮮やかなスカイブルーで、階段の縁の部分が黄色なので、かなりコントラストが出ています。

駅規模はあまり大きいとはいえず、市の中心駅かというと少々??な感じですが、跨線橋にはかなり特徴を感じます。

階段部分は上が吹抜けになっている構造で、橋部分は上が窓によって調整可能ですが締め切る事も可能です。なので冬寒い時に跨線橋の橋の部分にいれば、ある程度の風はしのげます。

橋の部分は天井骨組みがブルーにペイントされていて、両サイドの内壁は鮮やかな木目、床面はコンクリ色、ということでなんだかバラバラな感じです。

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跨線橋 外装1

跨線橋の橋の部分の外装は、こちら向きの階段の下りている側と反対側ではまた違った顔をしています。

こちらは白のボディに青い枠と筋交いが入っていて、コントラストが効いています。

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跨線橋 外装2

こちらは階段の下りていない側ですが、橋部分の外装も筋交いも共にライトブルーです。

片側は白にライトブルー、もう片側はライトブルー一色という、西武ライオンズのユニフォームを連想します、ホーム用とロード用の(笑

この見た目にも市の中心らしい規模の駅とは思えませんが、見栄えはなかなかのもので、跨線橋のカラーリングなどをとっても、そこそこ金がかかっている感じで、市の中心(というより、旧・三重町の中心というべきでしょうか)らしい雰囲気は垣間見えるといったところです。

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円にベンチ?!

駅舎ヨコ、トイレとの間にあったものです。

ベンチのようにも見えますが、下の円かきれいすぎて、足を踏み入れるのにも恐縮してしまうような、これはモニュメントなのでしょうか。

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女人禁制?!

おおいた遺産、という事で仏さんの絵がコミカルに描かれていました。

豊後大野市 竹田市のお不動さんにあいに来ちょくれ!と呼び掛けています。

あ、別にこれ自体が女人禁制ではないんです。これが貼ってあった場所が駅の男子トイレの中だったというだけです。

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駅ヨコ

先ほどの謎の円形のものが駅横にあるのが分かると思いますが、こういう位置関係です。

この手前がトイレです。

←この形の部分が多い、この駅の個人的な印象はまずコレです!

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駅前風景

駅からの目線です。駅前の通りを正面から撮り損なってこんなアングルですが、高い建物はなく、昔ながらの雰囲気の強い駅前の様子です。

左の角の部分にちょっとしたスペースがあって、地図やオブジェが設置されています。

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三重町駅 駅舎

やはり逆U字のよく目立つ駅舎です。

豊後大野市という町村だけの合併でできた所の駅で、旧町の中心駅といえどさして特徴のない平凡の建屋の駅舎と思いきや、意外と横長で駅舎の建屋規模はなかなかのもので、思ったよりは大きかったです。

てっぺんに突き出た三角屋根もインパクトがあって、建物が平凡化しない事に大きく貢献しているといえます。

駅横に自転車が所狭しと停めてあるのは、えびの駅で見たのと同じ風景でした。。

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2013年1月21日 (月)

大分/豊後高田 大交北部バスターミナル

大分県豊後高田(ぶんご・たかだ)市、大分県の北東部・国東半島北西に位置し、人口は23,474人(2012年12月1日現在)で2005年に旧・豊後高田市と旧・西国東(にしくにさき)郡真玉(またま)町、香々地(かかぢ)町の1市2町で対等合併しています。

って、地名的に難しいものばかり冒頭から出てきましたsmile

豊後高田市は「たかだ」と濁ります。竹田市の中心駅「豊後竹田」は「ぶんご・たけた」と濁らず、実に紛らわしいものがあります。おまけにここと合併した2町の読み方も難しいときて…

高田という市名は多く、今は上越市となった旧・高田市(新潟県)や大和高田市(奈良県)などもあり、ここも大和と同様に旧国名「豊後」を冠する形で名乗っています。

昭和の町、を前面に出し、昭和の雰囲気そのままにキープしたような商店街が続くところです。

豊後高田バスターミナル

豊後高田市は鉄道が通っていないので、バスでやって来ました。

JR宇佐駅前のバス待合所から乗って約10分、240円だったでしょうか。

下側の写真の向こう側がバス待合室で、その待合室の脇の通路を過ぎると、バスセンターの建屋出口に至ります。

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時刻表

宇佐駅へのバスは1時間に1,2本というところですが、土日祝は午前中は2本、午後は1本が主となっており、宇佐駅からも同様の本数ではないかと思い、それほど多いわけではありません。

また、終バスの時間帯が結構早く、土日祝は16時台が最終という、これ知らずに訪ねたら、帰ろうと思った時にタクシーしかないという事に…。車で10分くらいなので、そんなに困る事ではありませんが。8時台から16時台までしかなく、12時台は1本もない土日祝ダイヤ、限られた時間の中で旅するので、こういうのだけは押さえとかないと、、という事になります。

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バス待合室

3枚載せました。

一番上は待合所外から。

真ん中は室内の様子、一番下は室内から外をまっすぐ見た様子で、ターミナルの光景がよく分かると思います。

室内にある椅子やベンチには渋いのもありました。床の自然な感じ?!も年季入ってて個人的には好きです。

外にもベンチがありますが、今の季節はやはり中に入って待っていたいものです。

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待合スペース

右に隠れている部分が上の写真の待合室との間の通路にあたります。通路を隔ててのこのスペースという事になります。

昭和の町を前面に謳う豊後高田ですが、こんなスペースでも昭和丸出しの雰囲気です。ど真ん中の2本の柱も経年を感じさせ、goodです。

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大交北部バスターミナル

ということで、この記事最後は(バスターミナルだけで記事にしてしまいましたが…)、バスターミナルの建物です。

これが豊後高田の交通の中心地、鉄道でいうと中心駅のようなものでしょうか。「大交北部バスターミナル」というだけで、豊後高田の文字は入っていません。

「空港連絡バスのりば」の表示もあり、空港へバスでここからアクセスできるようです。大分空港は同じ国東半島で、隣接する国東市にあるので、割に近くであり、ここでの時間表示も45分となっています。無料駐車場有、との事で、パーク&ライド的な利用もできるのでしょう。

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バスターミナルだけで1記事にしてしまいましたが、自分の中ではこういうのも含めて「旅行」かな、というてところです。勿論ここを下りてから旅をして、昭和の町も堪能できました。

残念なのは、この様子からも窺えると思いますが、悪天候なのでした…

2013年1月15日 (火)

大分/竹田② 壮観!岡城址(後編)

大分県竹田市、の大分/竹田① 壮観!岡城祉(前編)の続編です。

二ノ丸祉と滝廉太郎像

本丸の北に位置する二ノ丸の跡です。

二ノ丸跡を示す石碑から少し置いて、滝廉太郎坐像があります。幼少時代をここ竹田で過ごしたという滝は、ここからの眺めをモデルにあの「荒城の月」のメロディーを産んだといわれています。ちなみにこの曲は土井晩翠作詞・滝廉太郎作曲からなりますが、作詞者の土井も東北の城をイメージして作ったといわれ、作詞・作曲の両者が別々の城をイメージして作っている、という話は偶然か必然か分かりませんが、すごいですね。

それにしてもここからの眺めは素晴らしく、これが月の見える時間帯ならば、更に情緒溢れるものになるであろう事は想像に難くないというものです。

滝は23歳の若さで夭折していますが、当時本当に結核という病は恐ろしいものだったんですね。もっと長く生きていればどれだけ多くの名曲を産んでいたか…ですが、短くともしっかりと名曲を遺し、歴史に名を刻んだ竹田の偉人ですね。

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二ノ丸からの階段

二ノ丸から階段と石垣が。

ここに見えるだけでもそれぞれ石の積み方が全く違っているところが面白いです。

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本丸祉

本丸までやって来ました。

大手門から350mです。

岡城はこの本丸と二の丸、三の丸は平山城的な構造で、他に山城的構造、平城的構造をすべてもつという大変珍しいお城であるとの事です。

本丸と三重櫓や御金蔵があるといわれ、実質藩主の居住地であったといわれています。

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岡城天満神社

その本丸にある「岡城天満神社」です。

これが山のてっぺんにあり、岡城は全体として東京ドーム22個分ものスペースがあるといわれています。

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またまた素晴らしき石垣

岡城を象徴するような石垣たち。

九州の城にはこういう急な石垣の多いイメージがあります。熊本城とか延岡城とか…

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石垣沿いに歩く

塀のように続く石垣の傍を歩いて戻っていきます。

前回の①の記事から一切白壁の建屋が出てこない、子供から見ると「城」とイメージできないかもしれない建造物ながら、息をのむような景色が続くのは、石垣が素晴らしいからに他ならない訳です。

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帰ってきた大手門跡

①の記事で大手門に入ろうとする所を載せましたが、今度は逆に出ていかんとするところです。

どこから見ても壮観そのものです。
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下山

山道と平坦な道の分岐する入口まで戻ってきました。

カーブを描いた先が展望レストラン&駐車場です。

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ムク

カーブを曲がってレストランに向かわんとする所で出くわした犬です。

見たところ相当お年寄りで、足取りもままならない感じでした。

ノラちゃんのようで、よたよたとどこかへ消えて行ったのですが、この時から約2年半今も御存命だろうか、ふとそんな事を考えてしまいます。

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ラストは麓

展望レストランで昼食後、満を持して下り切り、平地の街並みへ。

ここが市街地と岡城祉への純然たる境目で、上り坂の端には「↑岡城」と道路に記されています。

この先の通りも実に情緒豊かで、目を惹くところ数多の竹田の街、これを見て行ってみたくなる方が居れば、この上ない幸せです。

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2013年1月14日 (月)

大分/竹田① 壮観!岡城祉(前編)

大分県竹田市、JR豊後竹田駅からの歩き旅で、岡城址に特化してのお送りです。

豊後竹田駅からは少し長めに歩く必要がある岡城址への道。トンネルも越えながらしてようやく入口にたどり着いたところから始めます。

岡城は、大分県の城では代表的なもので、大分県では大分府内城とここの2城のみ日本100名城に入っています。平安最末期の1185年、源頼朝に追われた弟・義経を迎え入れる為に緒方惟義が築城したといわれており、戦国期は島津家の攻撃に豊後で唯一耐えた城で、江戸時代は岡藩として中川家が代々藩主を務めて明治を迎え、その際に建造物は全て破却されています。

あと250m

すぐそこに入口が見えていますが、上り坂の途中でこんな標識が出ていました。

とにかく入り口前から上り坂が続きます。

岡城は山城で、標高325㍍の位置にあります。個人的な話ですが、この当時(2010年8月)は、休日の度にあちこちの山城ばかり上る事になってしまい、夏の激しい暑さも相まってホントにハードでした。何を好き好んでそんな体張ってたのか自分でも分かりませんが…

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展望レストラン

岡城の駐車場と展望レストランのある地点です。

城をひと通り見て、戻ってきてからここで昼食を頂きました。

旅していると、見た景色は勿論良い思い出になるんですが、そこで食べたものやお金を使ったことに対しても良い思い出になるものですね。

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登城

看板にあるように、岡城は有料です。

城の天守内は有料、というのはよくあるパターンですが、建屋に入る事なく、道を進む事自体が有料というのはなかなか珍しい気がします。九州で初めて見たお城が確か小倉城、その次が熊本城、鹿児島城でこの城は4番目だったと記憶していますが、金払って城見たのは(九州の城では)初めてでした。

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登城手形と巻物

受付で料金を払って登城手形をもらい、このような紐までついた巻物状の案内図をもらいます。

巻物状とはなかなか豪華なもので、有料で城に入る時にここまで立派なものをもらった覚えがないですね。

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竹田系宝物館

金を払って登城を進める道中で出くわした建屋です。

岡城歴宝館として名前が通っているようですが、私設のもので、中に入っていないし調べても今ひとつヒットせず、ハッキリ分かりませんが岡城にまつわる美術資料的なお宝があるのかな、というイメージを持ちました。

とりあえず寄らずに先を急ぐ事としました…

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登城口

岡城へ入る部分の分かれ道です。

右へ行くと平坦な道を進む事となり、左の上り坂の方が岡城への道となります。

ここまで来る以前でも既に上り坂続いてましたが…

ちなみに豊後竹田の駅から最初の写真の地点に来るまで約25分かかっており、駅近という表現はちょっとできないかな、というくらいの距離はあります。なので竹田に来てここを訪ねる時はそれなりの時間を見ておいた方が良いでしょう。

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登る

というわけで登り続けますが、この城跡はホントに石垣がよく残っていて、石垣に関してはホントに見応えがあります。天守閣はなく、城らしい建物は皆無ですが、それでもハッとするような景色が続くのも石垣が豊富に残るおかげというものでしょう。

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大手門跡

城の正面に位置する門で、1594年に切り開かれたものが、1613年に朝日がまぶしい為に現在地に移ったとの事で、今年はちょうど400周年にあたる記念の年になります。

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見事な石垣群

大手門を上がった所では本丸まで350mなる道標がありましたが、先を進みます。

とにかく豊富な石垣群に圧倒されつつ、歩いては撮りの繰り返しでした。

積み方も場所によってバリエーションに富んでいて、形の不規則なものの積み上げもあれば整然したものもありました。

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眺望

てっぺんまで来て、景観を眺めました。

山城は平城のように手軽に来れず、またこの城跡には派手な建屋がないのですが、それでもやはりこんな景色が拝めると、それまでのしんどい想いも吹っ飛ぶというものです。

奥の方に見える左から久住山(くじゅうさん)、大船山(たいせんざん)といった山々は1700m級にもなる高峰で九州ではそれぞれ10,11位にランクインする高さですが、これより高い山は中岳を除き全て屋久島に属する為、九州本土では2位、3位の高峰となります。そんな山々をこうして眺めていて気分が悪かろうはずがないというものです。

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空井戸

直径3㍍、深さは73㍍にもなるといいます。山のてっぺんから何十㍍も掘ったのでしょうか。

その掘った先には観音像らしきものが安置されている、との記述も見られました。

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ここでは、あまりにも写真を撮りすぎて、しかもあまり「捨て」がなくて、かいつまんでお送りしきれないので、前後編に分けます。実際、ここのてっぺんに居た時にデジカメのSDカードを替えたりもしました。ちょうどそんな区切りで?!前編終了します。後編もまだまだいいのが残ってますよ(笑

2013年1月 6日 (日)

JR宇佐駅 (大分県宇佐市)

大分県宇佐市のJR宇佐(うさ)です。

宇佐市は大分県の北部に位置し、人口は57,941人(2012.12.1現在)で、全国4万余ある八幡宮の総本宮である宇佐神宮を有する事で有名な町です。

-JR宇佐駅
【路線】JR日豊本線(小倉-鹿児島間)
【開業】1909年12月21
【訪問】2012年12
【1日あたり平均乗車人員】 451人/日 (2010年)
【近隣の都市駅(小倉方面)中津駅→7駅 
          (鹿児島方面)杵築駅→4駅
  

駅名標

ローマ字にすると、「USA」になります。

日豊本線上にあるという決してアクセスの悪くない所ながら、そういえば訪ねてなかったな、、と思い急遽訪ねました。その時の実況旅ツイでも「USAに来ました」と書きましたが…(笑

振り返れば去年は12月になってから大分県には2度も行って、この時はここへ行った後、近くの豊後高田へ行き、その前は日田に行きました。日帰りで十分行けると分かったというのが一番の原因でしょうか。日田は熊本寄りであり、ここは太平洋側にあたるので同時には行けませんでしたが。

ちなみに駅名標がこの形なのは、もちろん宇佐神宮からきています。

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名所案内

小さめの字で色々書いてあるのですが、駅から徒歩圏内で行ける所が殆どなく、強いて挙げれば宇佐神宮はバス7分とあるので、徒歩でも何十分と時間をかければ行けるのかな、といった状態です。

というのも、当駅は宇佐の市名を名乗るものの、中心部から離れた所にあり、ハッキリ言って駅前にコレというものが殆どありません。食べる所はそれなりに点在はしていますが、正直入り易いと思える所があまりないというか…、また名所らしいものも付近には皆無です。

宇佐神宮ですが、バスは1時間に1本ほど出ているようですが、この時は雨だった事もあり次に行きたいとこもあったので、当初より徒歩圏内になければ行かないつもりでした。結局行ってませんが…。

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乗って来た電車

さすが九州、かっこいい特急電車ですが、小倉まで新幹線に乗って、小倉からこの特急ソニック号に乗ってやって来ました。

ソニックというのは「にちりん」から系統分割されたもので、昔の盤ゲーム「日本特急旅行ゲーム」では、「にちりん」でした。ブルートレインがまだまだ全盛だった頃のこのゲームにあって今は存在しない特急も随分と多くなってしまいましたが…。

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ホーム

赤い柱が両サイドに立ち、屋根を支えていて、これまた宇佐神宮がモチーフとなったホームとなっています。

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跨線橋柱

ホーム同士をつなぐ跨線橋の柱の様子です。

こちらの柱はグレーで、両方向に伸びている跨線橋の下を細い柱で何本も支えていて、この骨組みの合わさり具合は芸術的な感覚すら覚えます。

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国東半島始発駅

として位置づけられているここ宇佐市。国東(くにさき)半島には鉄道駅のない市が国東市、豊後高田市とあるので、宇佐の存在は重要となります。が、この駅は正直さほど人が集まるという感じではなかったのでした。列車が来る時は、それなりに人は増えますが。

ちなみに国東市には大分空港があります。

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ホーム屋根下

柱のみならず、屋根の骨組み部分も朱塗りになっているのがよく分かり、やはり宇佐神宮か…という印象でした。しかし、こういうアピールがなされているのが、重要な駅として認められている証かなとは思いました。

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跨線橋内

内部はややひんやりとした雰囲気で、特に床面が。

天井は真ん中が尖がった三角型で骨組みが見える形となっていました。掲示物のスペースは窓によって寸断される形で、間に窓を挟みつつポスターが貼られていました。

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レンタカーPR

ホーム上にレンタカーのPRがなされているのが珍しいなと思いました。

しかもこんな萌えキャラ系の巫女さんの絵が!

レンタカーと巫女がどう結び付くのか分かりませんが、これも宇佐神宮効果??全くもって不明です…

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駅出て目線

駅前にタクシーが止まっていて、駅前通りはまっすぐ伸びているものの、高い建物がなく、あくまで穏やかな雰囲気をたたえた駅前です。

人影まばらで、活気が感じられず、この後雨がきつくなってきて、なんだか寂しい思いでやり過ごしていました。次来る時があれば、是非とも市の中心部を歩き回りたいものです。

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駅前左側

駅出て向かって左側の駅前広場周辺の様子です。

左側の三角屋根の建屋は軽食関係のお店のようですが、やや入り辛い雰囲気で、時間潰しは駅舎内でしてしまいました。

やや右側、広場の向こうにあるのはバス待合所で、一応室内型で数人が座れる程度のベンチが入っていますが、トイレは使えず、ごみ箱もなく(持って帰って下さいとの事)、ホントに単純に待合スペースに徹している状態です。ちなみに隣の豊後高田市行きのバスはここから出ています。

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宇佐駅 駅舎

片側だけの駅舎で数段の階段上にある平屋駅舎です。

平屋根の上から1文字ずつ飛び出しているところに国鉄っぽさを感じます。またそれぞれの字に使われている字体には独特なものが感じられます。

建屋は全体的に宇佐神宮をコンセプトとしたもの、というのが前面に出ていて、赤とピンクが多用されていて華やかな雰囲気です。また出入口の天井部分も提灯がぶら下がっていて、華やかさにさらに色を添えている感じでした。

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2012年12月27日 (木)

JR日田駅 (大分県日田市)

大分県日田市のJR日田(ひた)です。

日田市は大分県の西端に位置し、福岡県にも熊本県にも接していて人口は69,645人(2012.9.1現在)で、江戸時代は幕府直轄領となり、「日田の天領水」という水のペットボトルでも知られています。

「豊後の小京都」とも呼ばれ、江戸期の天領時代の面影を遺す豆田町という重要伝統的建造物群保存地区を有しています。

-JR日田駅
【路線】JR久大本線(久留米-大分間)
【開業】1928年12月24
【訪問】2012年12
【1日あたり平均乗車人員】 918人/日 (2010年)
【近隣の都市駅(久留米方面)うきは駅→3駅 
          (大分方面)由布院駅→11駅
 
   (日田彦山線・小倉方面)田川後藤寺駅→15駅


駅名標

今月初めに訪ねたばかりという、当ブログにおいてはかなり鮮度のあるネタになります(笑

開業はクリスマスイヴの日です。

JR久大本線という福岡県久留米と大分を結ぶ路線に属していますが、属してはいないものの「日田」の名をもつ日田彦山線の直通乗入れもなされています。

国鉄時代のまま??のような駅名標に感動しました。

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ホーム(2・3番線)

ホームは2面3線で、ここでは左側が3番線、右が2番線になります。

どちらも同じ電車が停まっていましたが、色々行き来していたので、こうしてるうちにも別の電車が乗り入れたりしていました。

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停まっていた電車

白とブルーラインの電車のみならず、赤い電車も停まっていたり、行き来したりしていました。さすが九州、電車の宝庫です。

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時刻表

ホーム上にある時刻表です。

3分割となっていますが、左から日田彦山線の田川後藤寺方面、久大本線の久留米方面、同じく大分方面の順になります。久留米方面が最も多いようですが、1時間に1本もない時間帯もあります。また日田彦山線はほぼ2時間に1本の形となっています。

傍の幟には「水郷日田」の文字があります。ここへ来たらホントに水がほしくなりました。日田の天領水、愛飲してた時期がありましたので…

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▼地下階段

両ホーム間はホームから降りている地下階段でつながっていて、ここから改札へ向かいます。

階段部分は屋根もついており、サイドの壁もすべて覆われていて、出入口以外の方向は屋根・壁がある格好となっており、ホーム地上より高くなっている部分の壁は白木になっていて渋い味を出しています。

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ようこそ ひた

という事でホーム上の歓迎メッセージがありました。

このコーナーだけ色が変わっていますが、とりたてて日田の事をクローズアップしているコーナーでという訳ではありません。

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天領ひた の行燈

日田は天領として知られると共に温泉地でもあり、別府や湯布院など豊富な温泉源をもつ大分県にあって、ここもまた温泉地のひとつで、駅からバスで5分ほどの所にあるといいます。

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駅前風景

2枚あるうちの上の写真は駅からまっすぐの駅前広場の様子を中心に、下の写真はやや左斜めを向いた感じでの駅前の道路周辺の様子で、そこそこ高い建屋も散発的に建っています。

人口規模云々よりも観光資源に恵まれている部分が強みというか、駅前がそれなりに活気があります。

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日田駅 駅舎

日田市の中心駅として沿線では大規模の部類に入ります。特に九州は内陸部は都市が少ない傾向にあるので、非常に重要な拠点といえます。

日田という地名を初めて知ったのは、日田林工という高校の存在からでした。そのうち日田が小京都だと分かり、だんだん色んな市を訪ねて制覇するにつれ、未訪の有名市のひとつになってしまっていました。なんとか行きたいと思い、今月ようやく行けたのでした。関西圏からそれほど時間がかからない(西播磨から十分日帰り可能)事が分かり、これもまた収穫でした。

日田に行ったら、この駅出口から反対方面へ回る必要がありますが、やはり小京都の街並みを探訪しておきたいものです。

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