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45宮崎県

2017年5月13日 (土)

JR宮崎駅 (宮崎県宮崎市)

宮崎県宮崎市のJR宮崎(みやざき)です

宮崎市は、宮崎県の南東部に位置し、人口は398,917人(2017.4.1現在)で、宮崎県の県庁所在地で、プロ野球のキャンプ地として取り上げられることが多く、また東国原英夫知事が執務していた地としても大きく取り上げられました。

-JR宮崎駅-
【路線】
JR日豊本線(小倉-鹿児島間)
【開業】1913年12月15日
【訪問】初訪問-1997年4月
【1日あたり平均乗車人員】 4,781人/日 (2014年) 
【近隣の主要駅 (小倉方面)日向市駅→13駅 
           (鹿児島方面)南宮崎駅→隣駅 都城駅→9駅
                   ※
南宮崎経由宮崎空港駅→3駅

●駅名標

九州らしいこの駅名標写真からスタートです。

初訪問は今から20年前の1997年の事で、宮崎県で初めて足を降ろしたのも
この駅でした。ここでは途中まで、2014年当時の写真にてお送りします。

両隣駅も「みやざき」がつく名前で、更には近隣駅から分岐する空港線の1駅も
「宮崎空港」駅で、まさに「みやざき」尽くしです。

宮崎市の場合は、この宮崎駅と隣の宮崎駅がツインで交通の要衝となっている
感があり、規模も利用者数もこの宮崎駅の方が大きく多いですが、南宮崎も
市内の
各施設を訪ねる場合に、どちらの駅が近いか?考えてしまうくらい、両者並び立つ
部分はあります。

ちなみに空港線は、宮崎駅から直接乗り入れしており、この点は仙台空港へ
仙台駅からアクセスするのと同様、違う路線でも県の中心駅から直接乗り入れを
実現しています。

ちなみに宮崎駅は九州の県都中心駅の中で最も利用者数が少ないとのデータが
あります。宮崎というロケーションも少なからずあるのかなと思いますが、
新幹線から最も縁遠い位置にあるのがなんとも厳しく感じます。

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●ホーム

2面4線の高架駅となっています。

この時は、両ホームに電車が停まっている状態でした。右側の塀?にあたる部分が
様々な骨組みのなされたスケルトン状で、デザイン的に目を惹きました。

ホーム上の青の骨組みが目立つ部分もインパクトあるなと感じました。

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●志布志方面

の時刻表がありました。

鹿児島県の志布志駅までの路線ですが、隣の南宮崎駅からが「日南線」として
分岐しており、メインの日豊本線は北側を西へ進んで鹿児島中央などの中心地へ
向かうのに対して、日南線は南へと下って行って、鹿児島南端の東側の志布志まで
向かって行く格好です。

ちなみに志布志線という路線がありましたが1987年に廃線となっており、これは
宮崎県の西都城駅と結ばれていました。今の日南線は、南宮崎からがその所属
対象ですが、属していない宮崎駅にも乗り入れる便が殆どです。

こうして見ると、思ったほど少なくないな…と思うのですが、行先を見てみると、
志布志行きなのは6本だけで、他は途中で連絡があるのが2本だけ、という
状態です。

しかもこの辺りは1駅1駅辿り着くのにとても時間のかかる所で、
よほどの時間的余裕を事前に見積っておく必要があるかと思います。

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●ホーム2

高架階段の見えている形でのホームの様子です。

このホームと、右側のホームの両サイドに面があり、2面4線の形です。

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●当時の知事

さて、ここからは上の写真以前に訪ねた2010年当時の写真にてお送りします。

当時の東国原英夫知事が文字通り「看板」となって宮崎をPRしていました。今はもう
ないものと思われますが…。

タレントが政治に取り組むという事以外にも、当時の宮崎には色々問題が発生して
大変だったなとも思います。

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●宮崎へようこそ

という事で、駅前広場の一角に歓迎看板がありました。

先の東国原知事の看板にあった「神話と伝説の国」という側面がかなり強調された
ものとなっていて、各国語でも歓迎の意で書き添えられていました。

個人的に宮崎と神話があまり結びつかなかったのですが、日本最古の歴史書で
ある『古事記』は上中下巻で構成されているうちの上巻の実に2/3程度が宮崎周辺
を舞台にしたもの、というから驚きでした。

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●駅前通り

駅から伸びている広い道路です。

椰子の木?がこの見えているだけでなく、かなりの本数あるのですが、本当に暖かい
場所です。冬場や春先など、九州へ行く時に福岡や熊本では、本州の山陽側と
そうそう体感温度的に変わらないなと感じるのですが、宮崎に来ると全然違うな
と感じ、「暖かい!」と思います。大分は普通ですが、宮崎まで来ると暖かいと感じる
んですよね、何故か。

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●宮崎駅へ

上の写真とは逆に駅前の道路から宮崎駅の方へと眺めたカットです。

初めて行った時に、泊まったホテルから駅へ向かう時に少し距離があって、
また宮崎駅が分かりにくくて、どの辺かなと思っていた時に、この標識が
あってやっと分かった、という思い出があります。

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●消毒マット

これは今の話ではなく、宮崎にこのようなものがあるというのはちょっと違いますが、
当時はこの辺りで口蹄疫の感染が懸念されていて、この拡散を最大限防ぐために
という事で、靴からの防疫という事でマットが置かれていました。

今はもうないかと思いますが、時代を反映したカットだと今にしてみれば思います。

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●宮崎駅 駅舎

初めて見た1997年当時から思っていましたが、とにかく南国ムードが前面に出た駅
だなというのが第一印象でした。

椰子の木群がその象徴的な存在でありながら、また駅舎のデザインや色遣いも
非常にユニークで、また縦書きでの「MIYAZAKI」表記も日本の駅としてはかなり
斬新ではないかと思います。ちなみに1993年に現在のこの駅舎が造られています。

建物の縁の黄色くウェーブ状になっているところや骨組みが前面に出た感じなども
ユニークですが、決して建設中で骨組みが組まれている訳ではないので(笑)

とにかくどこから撮っても結構「画」になる駅です。

九州の県庁所在地の中では鉄道でのアクセスがなかなか難しいこの宮崎ですが、
九州新幹線が環状的にぐるっとならないのかな?と来る度に思います。

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2017年5月 5日 (金)

宮崎/日南 日本100名城『飫肥城』へ行こう!




宮崎県日南市、JR飫肥(おび)からの歩き旅です。

(2010年8月当時)

●観光案内

まずは飫肥駅での観光案内です。

飫肥といえば、何といっても飫肥城に代表されるような城下町です。お城に多少興味のある方でないと馴染みが薄いかもしれませんが「九州の小京都」といわれています。

ちなみに日南市では市名を名乗る「日南駅」がありますが、観光を考えた時にどちらに行くか?となって飫肥を選んでここに来た次第です。分かり易い観光名所の方を優先しました。

電車の本数が1,2時間に1本程度につき、両方を選ぶという選択肢はありませんでした。こういう所へ来ると、そのような選択を迫られる事もある訳ですね、

で、現在地となる飫肥駅はこの地図の右端にあたりますが、飫肥城は川を隔てた向こうの地図左上に位置しています。川が「ひ」の字形になっているのが面白いですね。

ちなみに、飫肥の「飫」は「あきる」それも「食べ飽きてぐったりする」という意味があるそうで、「肥」は肥え太るなので、食べて肥え太る的な言葉が続いている格好ですね、土地が肥沃であった事が由来のひとつとされているようですが。

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●駅前道

宮崎県道445号として「飫肥停車場線」というのが通っています。

駅から短距離のものと思われますが、調べても驚くほど情報がないですね。

紛れもなくこれが飫肥駅前の風景の一角です。コインランドリーなどは見受けられましたが、これが約7年前の姿につき今でもあるかどうか…当時の風景と思って見て頂ければと思います。こんな様な穏やかな風景である事は今でも変わりないかと思います。

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●S字カーブ

飫肥駅から出ている道路はそれほど長くなく、駅と平行に、時には交差しながら通っている国道222号を西へと進んでゆきます。

駅からは左を向いて進む格好になりますが100mも歩けば、こんな見事なS字カーブに出くわします。ここも建物はかなりまばらです。飫肥は観光地ではあるものの市の中心駅ではなく、駅前のこの風景もこんなもんかな、というところでしたが。

ちなみに飫肥駅から飫肥城へのバスはありますが、9時前が始発で16時台には最終便となります。また間隔的には1時間に1本のようですが途中で大きな空きがあり2時間ない時間帯もあります。所要時間は8分程度ですが、歩いて行けない距離でもないので、この時はこうして歩いて行きました。

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●是より

飫肥城下街という事で石碑がありますが、橋を渡っていきます。

といっても飫肥駅からは200m程の所であり、むしろここからまだ歩いて進む必要があります。

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●橋を渡って

幹線道(飫肥駅前のS字路から国道222号の続きな訳ですが)と両サイドに商店が立ち並んでいて、ここからようやく飫肥の街らしい風景というか活気あるところを見られたように思いました。

そしてここには「新町」というバス停がある訳ですが、ナント立札形式。城下町ならではですね。「バス 新町 宮崎交通」ってなんか…ネットの検索入力のような並びで(笑)

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●水煙る川のほとり

と題された碑文のある大きな石がありました。

柳田國男「海南小記」よりのフレーズが引用されているとの事です。柳田國男は明治末期と大正9年の2度この飫肥を訪ねており、大正期に12年ぶりにやって来た事がこのフレーズの冒頭に記されています。またこの地のそこかしこに懐かしさを感じ、この近くの酒谷川は水煙りが大いに立っていた、とも記しています。

単なる城下町というより「水郷城下町」という側面がこの飫肥には見られるという事で、島根県の松江などもそのような側面の強いところで、ちょっとイメージを重ね合わせてしまいました。

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●城下町へと

進んで行きますが、かなり雰囲気が出てきました。引続き国道222号線上です。

和風建築の建物もあちこち見られます。

これを少し歩いて右へ曲がれば飫肥城跡へかなり近づいていきます。

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●飫肥郵便役所跡

現・飫肥郵便局は先ほどの写真の道路上にあり、通過した事になりますが、ここには旧の郵便局跡として石碑が建っていました。

説明文が木の版に直接書かれたもので消えかかってよく分からない部分もありますが、郵便局としては1873年に開業したそうで、その当時はこの地にあったのでしょうか。

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●飫肥城入口

本町商人通り、と冠された形での石碑がありました。お城の御用商人なんかが多く住んでいたエリアだったのでしょうか。

ここから城下町とかなんとかさんざん引っ張りますが、段々と雰囲気が出てはきています、近づいていくごとに。

普通の旅ブログだと、肝心なところをかいつまんで出していくんですが、このブログはそこへ至るところの途中の風景なんかも出してくるので、かなり引っ張ります、すみません。

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●小村寿太郎生誕之地

としてまたまた碑の登場ですが、明治末期の条約改正に尽力した小村寿太郎氏は当地の出身です。

歴史の教科書でも有名ですが「関税自主権の回復」に尽力した人物であり、不平等条約といわれていた当時のアメリカとの条約での厳しい面を一歩前進させた功労者として後世に名を残している訳ですね。髭の長い顔写真のイメージしかありませんてしたが、このような写真は逆に新鮮でした。

関税自主権の回復とは、それまでは外国からの安い製品に関税をつける事ができなかったものが、出来るようになったということで、日本の地位向上にも一役も二役も買っという事ですね。

しかしその偉業を成し遂げた年と亡くなった年が同じという事にかねてから気づいていたのですが、この条約調印のわずか3か月後に結核のために亡くなったといいます。

最近ではタレントのJOYさんが結核だったと聞き驚きましたが、昔は本当に結核といえば死の病であったというので、100年後の今では信じられないですね。

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●伝統的建造物群保存地区

古い街並みを偲ぶことができ、かつそれを維持する、平たく言えばそんな街に指定されている地区、という事になるかと思いますが、この飫肥はナント1977年に九州では初めて、この保存地区の指定を受けています。

石垣のある建物も見えてきてだいぶ城下町の雰囲気が色濃くなってきています。標識にも見どころいっぱい感が出てきています。

またこの飫肥はNHK連続テレビ小説「わかば」の舞台地、との表示もしっかりありました。

「わかば」は2004年9月~2005年3月に放送され、主演は原田夏希さん、阪神大震災で父親をなくした震災遺児が宮崎県の母の実家に身を寄せて育つ事から始まるお話で、宮崎県では日南市が舞台になっています。終了後の2005年8月には舞台でも再演されてもいます。

これ以後の原田さんはあまり派手な役どころのイメージは個人的には薄いですが、金融機関のキャラクターのイメージの方があったかも。去年結婚されて久々にWEBのニュースでその名をお見かけしたように思います。

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●料金所

飫肥城入館案内として料金所が設けられています。

入館は9時半から16時半までで、大人料金は600円とありましたが、これを「通行手形」と称しています。城下町保存会という財団法人の運営のようで、その維持に役立てているのかと思います。ちなみに今は610円でそうで消費税増税の影響でしょうか、10円UPしています。

門が閉まっているのは朝早くの訪問だからだと思います。商家資料館等いくつかの施設をすべて見られるためのチケットという事ですが、ここに入れなくてもお城の建物は見る事ができるので、早朝の訪問でもこの点は大丈夫です。

共通チケットで見る事の出来る施設は以下の通りです。

豫章館、松尾の丸、飫肥城歴史資料館、小村記念館、旧山本猪平家、商家資料館、旧高橋源次郎家

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●大手門

立派な門が入口として迎えてくれますが、実は飫肥城は創建年代がはっきりしていないそうですが1458年以前であろうといわれています。

その後の1484年から1587年にわたる実に100年余りの間、我が国最長の攻防戦が行なわれていたとありました。所領していた島津氏と攻め込んできた伊東氏による長年の攻防戦が展開され、最終的には豊臣秀吉から領地を与えられたのは伊東氏の方でしたが、伊東氏が手にしたと思えば再度島津氏が奪還したり、百年戦争や応仁の乱に並ぶレベルの異例のこの攻防戦はもっと日本史としてクローズアップされてもよさそう、この件について知るごとにそんな事を感じました。

この大手門は1978(昭和53)年に復元されたもので、1873(明治6)年に廃城となりその時にすべての建物が取り壊されたのが残念です。

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●大手門を入る

これらも復元されたものでしょうか。立派な佇まいですが…。鉄砲穴もつくられています。

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●杉のある広場

飫肥城といえば杉というぐらい存在感の高い木で、この後出てきますが、飫肥城は杉でもつ、という気すらしました。

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●歴史資料館

この立派な建物はなんだろうと思い近づくと、歴史資料館との事でした。

島津氏との日本史上類を見ない長い攻防を経て領地を手にして、廃藩まで飫肥五万一千石を治めた伊東氏やその家臣にまつわる飫肥藩ゆかりの歴史資料が展示されているといいます。(入りませんでしたが…)

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●ヒヒヒヒヒ

と笑っているように見えますが?!塀の控柱です。

今まで意識してなかったのかどうか分かりませんが、塀ってそれ自体独立して建っていた感しかなく、このような柱が施されているのを見たのは初めてで、これ以降もほとんど見た事がないような気がします。それだけにインパクトがありました。

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●旧本丸跡

飫肥城は元々天守が造られておらず、また一度全壊している為、建物としてもあまりこれというものはない状態ですが、メインの本丸での杉林が圧巻でした。「わかば」のヒロインが落ち込んだ時にはここに来て元気を取り戻した場所、という説明板もありました。

旧本丸とありますが、現在の本丸は飫肥小学校のグラウンドとの事で、ここが1693年にできる新本丸以前の城下の御殿であったといいます。

飫肥杉はブランド的なものがあり、森林組合でも住宅に活用すべく様々なところと提携して展開を進めているといいます。

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●出口

一連の飫肥城めぐりも終わり。

場内ではもっと色々写真撮ってましたが、かいつまんだらこんな感じかなというところで、雰囲気は掴んで頂ければというところです。

飫肥駅から少しかかりますが歩いても行けます(約1.5km)し、バスで8分という事なのでタクシーでも5分くらいで行けるかと思います。

立派な天守閣はありませんが、お城の雰囲気はたっぷり味わえて、自然の息吹にも触れる事ができると思います。疲れている現代人にこそおススメ、って別に回し者ではありませんが、もっと一般層に?!この飫肥の名が知れたらなと思います。

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2015年7月25日 (土)

宮崎/小林 さりげない小林バスセンター

宮崎県小林(こばやし)市、JR小林駅からの歩き旅です。

(2013年1月当時)

●小林駅周辺図

小林駅にあった周辺案内図です。

小都市といえど駅の周りは色々と密集している様子でしたが、これを外れると急に道路の密集が緩やかになっていました。すごく分かり易いですね。

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●小林湧水案内

小林市は「名水の里」だそうで、各地にすばらしい湧水があるという事で、このように写真付きで紹介されていました。

湧水は上水道や市民プール、田畑の感慨等生活に不可欠なものとされ、また真の憩いの場ともなっている、といった解説もついていました。しかしこういうのは結構郊外にあったりするので駅から徒歩圏域で旅する身としては正直見るのは難しかったりします。

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●駅前広場にて

駅前広場はこんな風に作り込まれていました。

床面もそうですし、植込みの部分もレンガで囲われる形で。

地味に木造ベンチも置かれていたり。

向こうにはネオンがついていました。これは季節限定かもしれませんが、この時は1月で夜に駅に戻った時にとてもきれいでした。このねネオンについては冒頭リンクの駅記事にあります。

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●踊る木々を抜けて

駅前広場の木々はこんな感じのくにゃくにゃしたものでまるで踊っているかのような、「ダンシング木々?!」でした。

これを抜けて駅前の通りに出ます。

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●駅前通り

駅からまっすぐ伸びたメインの通りです。

小都市の中心の駅前という雰囲気はなくもないですが、金融機関はここから外れた地点にあったり、Yahoo地図を見ても載ってない建屋が多かったりします。

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●駅前通りバス停

小林駅前のメインの通りから最初の信号を右折したところの通りに、この「駅前通り」バス停があります。宮崎交通のバス停です。

この通りもカラオケ店があったりタクシー会社があったり、それなりの通りとなっていました。

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●交差点

小林駅前の通りを直進して2つ目の交差点です。

これは今から2年半前の写真ですが、鮮度のない記事である事が分かってしまう点がひとつありました。

ここに写っている「スーパーマーケット江南」が、この半年後となる2013年7月31日をもって閉店してしまったそうです。破産し、法的整理に入ったと…。このブログ書いて調べてた時に初めて知りました。江南は宮崎市を拠点に6店舗営業していた時期もあったそうで、元々は昭和24年にここ小林市で金物店として創業されたのがスタートだそうですが、イ〇ンやドラッグストアの進出等々で売り上げが落ち込んでしまったといいます。

この記事を書くにあたり、小林駅周辺地図を見ていたら、この辺り何も名前が入っておらず、不思議に思って調べてたら、閉店されていた、という事です。

ほんの少し前に訪ねたばかりなのに…時は移ろいゆくものですね。

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●幹線道

上の写真の交差点を右折しての通りです。

幹線道でかなりの市街地的雰囲気も強いですが、こちらの方が駅前通りより商店街然としている印象もかなりあります。北海道の小都市にこういう傾向を感じますし、秋田県の能代の駅前にもこんなイメージがあります。とにかく昭和の雰囲気満載な商店が続いていました。

ちなにここでは小林バスターミナルがこの通りにあります。

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●小林市マンホール

カラー版に出くわしました。

ここに描かれているものは…

 花 …花の里といわれる生駒高原のコスモス

 星 …日本一星空の美しい町、を標榜してのもの

 ホタル …ふるさと生き物の里、として環境庁より認定された出の山のホタル

そして、おなじく出の山は名水百選にえらばれた湧水でもあります。

こうした「花」「星」「ホタル」の3つの頭文字「H」と、水を表わす「H2O」とをかけて「3H2O」と表記されています。とても凝ったものですね。調べてみて改めて思いました。

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●昭和の残墟

2つ上の写真を進んだ所の「本町」交差点です。

この交差点に見える商店は店の看板も取れてしまっていて、朽ち果てた雰囲気がそこかしこに見られ、建材の質感といい、まさに昭和の香りを残したまま今に至るという感じで、時が止まっている感満載でした。

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●小林バスセンター前バス停

上の写真から少し歩いて、小林バスセンター前のバス停までやってきました。

宮崎交通と小林市コミュニティバスとの標識が立っていました。

小林駅行きのバスは宮崎交通で1時間に1本ない感じでした。ここから小林駅までは歩いて行けるので、それ自体は問題ないのですが、この路線の本数自体があまり多くなく、活発でないのかな、という印象は受けました。

コミュニティバスの方ですが、こちらは小林市内は実に11路線も有し、コミュニティバスなので本数はあっても1日4本、また毎日運行でない(主に週3回の)路線も数多くあります。日祝は基本運行なしのようです。

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●宮崎交通 小林バスセンター

幹線道を歩いていたら、少し引っ込んだ所に古めかしい建物が…、

これこそが「小林バスセンター」なのですsign03

ともすれば見逃しそうな地味な建屋…、完全に周辺に溶け込んでる感じでした。

ちなみに隣は「産地直送 ふれあい市場」などとあり、地場の幸が売られている土産物屋さんです。その物産店に看板に書かれている言葉「こけこんね」って何?と思ったら、この辺りの方言で「こっちへ来なさい」という事だそうです。

バスセンターの建屋は、この表から見ると閉まっているように見えますが、横の通路を通れば入れるようになっていました。ここからは宮崎市や都城市へ行くバスも運行されていて、電車の便数の少なさもあって需要があるのかな、という感じでした。列車と併用で交通の重要拠点は、こんな地味に立っていた、そんな小林市でした。

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2014年5月 6日 (火)

宮崎/串間 吉松家住宅は無人なり

宮崎県串間市、JR串間駅からの歩き旅です。

(2014年1月当時)

Dsc01532 ●ガイドマップ

駅前にある串間市のガイドマップです。

宮崎県最南端の市で、南半分の外周は海に面しています。

割に有名な観光地としては「都井岬」がありますが、線路は駅の中央部を横断する形で通っているので、結構距離があります。行こうと思えばそれなりに時間が必要になります。あと、いくつかの離島もあります。

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駅前広場挟んで線路と平行に通る形の道路です。

この先の交差点を右折した道路が実質的な駅前通りかな、という感じですが、明確に商店街になっているという感じではなかったです。

左折すると都井岬と標識に出ていますが、バスで35分ほどかかるそうで、串間市コミュニティバスで土日は5往復出ているとの事で、都会のように待ってたら来る訳ではないので、バス時刻表は要チェックですね⇒  「033p4.pdf」をダウンロード

Dsc01536 ●マンホール

串間市のマンホールです。

真ん中には馬の絵がありますが、都井岬に生息している野生の「御崎馬」です。

江戸時代、高鍋藩が軍用馬として放牧していたものが半野生化したものだといわれ、国の天然記念物にも指定されています。

この時は、飛行機の時間もあったので、限られた中での行動で岬まで行くとか絶対できませんでしたが、今度行けるなら行って、この馬を見たいですね。野生の馬という場個人的には、沖縄の与那国島(日本最西端の地)で見た、「与那国馬」の印象が強いですね。

Dsc01592 ●拓味亭

ここで昼ご飯を頂きました。

串間駅のすぐ隣にあります。

土曜夜と日曜が定休ですが、この時は土曜の昼間だったので入る事ができました。

カレー・丼物・各種定食、と看板には書かれていました。なんか定食頂きましたが、相当ボリュームがあった事を覚えてます。

Dsc01538 ●駅前通り

上の「駅前道」の写真から、交差点を右折した所、駅からまっすぐではないですが、駅出て左サイドからまっすぐといった地点の通りです。

建屋もまばらで商店街風でなく、市の中心地の駅前の雰囲気でもない、そんな印象でした。

向こうへ行くほど建物は増えてくるかな、という程度で、特別密集した中心地がどこにあるのかよく分からないまま帰ってきました。

Dsc01560 ●串間市役所

上の写真の通りをしばらく歩いて右にそれてすぐにこの串間市役所があります。

白くて角ばった印象の強い建屋でした。

時計の下の垂れ幕は「東九州自動車道「日南-串間-志布志間」の早期整備計画・着工を目指そう」と記されていました。

入り口前に立っている標識は、市のコミュニティバスである「よかバス」のものです。曜日によって運行している便もダイヤも違いますが、1日3方面ほどで、各々3本ずつ程度です。

Dsc01544 ●看板

市役所前にいくつかあった看板のうちのひとつです。

他の看板はよくある平和都市宣言的なものでしたが、こちらはホントにローカルな内容で、その中でも加地屋蓮投手のソフトバンクホークスドラフト1位指名おめでとうの文字に惹かれました。今シーズン新入団で、ソフトバンクのドラフト1位の選手がここ串間の福島高校という所の出身なのだそうです。

他に串間では、ロッテの前監督である西村徳文氏も当地の出身です。この方、どちらかというと地味なイメージも強いかもしれませんが、記憶よりも記録に残る選手ではあり、1986年から4年連続盗塁王を獲得したり、パリーグでは初という快挙も複数残しており、ベストナイン・Gグラブ賞を内野外野の両方で獲得とか、スイッチヒッターでの首位打者獲得とか、記録は沢山残し当時のパリーグを代表する選手でしたが、当時は今ほどパリーグにスポットが当たらなかったという時代背景もあり、記録ほどの認知度が高くなかったように思いました。

Dsc01545_2 ●旧吉松家住宅

さて、ここから記事タイトルにある、この吉松家住宅のカットに入ります。

串間駅より徒歩約5分、串間市役所の近くでもあるのですが、通りがかりに出くわしました。

この串間ではホントそんな長く居なかったのですが、最も串間に来たな、と感じる事ができたのはここに来た時でした。家屋の中まで入っていませんが、この中はフリーに入れる(というか誰もいなかった)ので、入ってみました!

Dsc01546 ●中の様子1

上の写真で見えている建屋です。

国指定重要文化財であり、都井岬もそうですが、これも串間にとっての重要な財産のひとつです。(無人ですが…)

吉松氏は、甘木(福岡)の地から秀吉の九州討伐に敗れ配置替えとなった秋月氏に従って、当地に入ったといわれ、以降江戸時代を通じ武士同格の家柄であったそうで、この家屋は大正時代の上棟だそうです。

Dsc01550 ●中の様子2

上の写真から奥に入って右に曲がった位置の様子です。

こっちの建屋がメインかな、というところで、大正時代の建築が色濃く残る貴重なものとなっており、昭和60年頃まで使用されていたそうです。この右の建屋の扉を開ければ中の様子もよく分かったのでしょうが、中途半端に時間が無かったりして中には入ってません。とりあえず無料です。

Dsc01555 ●中の様子3

上の写真とは反対側から撮ったものです。

裏入口といったところでしょうか。

観覧は無料ですが、施設の使用も可能で、部屋により異なりますが1時間あたり200円や400円といったところで使用する事もできるようになっています。

Dsc01552 ●足踏み脱穀機

「ミノル式 親玉号」と書かれているこれは足踏み脱穀機だそうです。敷地内の一角に置かれていました。

「細王舎」という川崎市の農機具メーカーの商品で、1889年に創業された会社ですが、大正期この商品が出た時は全国を席巻していたとあり、いわばヒット商品だった訳ですね。

細王舎はその後昭和35年に当時の小松製作所と提携し小松部品㈱となり、後に小松ゼノアとなって現在に至るといいますが、川崎には創建の碑が立っているそうです。

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●大八車

これも建屋前の一角に置かれていたものです。

往時を偲ばせる貴重なものですね。

同じような二輪で側のついたリヤカーも最近見なくなりました…、うちの田舎には昔ありましたが。この大八車はリヤカーに取って代わられたといいます。

という訳で、「吉松家住宅」を中心にお届けした串間市の旅でした。

2014年3月 8日 (土)

JR串間駅 (宮崎県串間市)

宮崎県串間市のJR串間(くしま)です。

串間市は宮崎県の最南端に位置し、人口は19,431人(2014.2.1現在)で、近年人口が2万人を割り込むようになりました。

-JR串間駅
【路線】JR日南線(南宮崎-志布志間)
【開業】1935年4月15
【訪問】2014年1
【1日あたり平均乗車人員】 59人/日 (2012年)
【近隣の主要駅(南宮崎方面)油津駅→7駅
          (志布志方面)志布志駅→4駅

Dsc01603●駅名標

2014年に入ってから、わずか20余の未訪市のうち少しだけ訪ねましたが、沖縄本島や奄美大島などで、鉄道駅のある地はこの串間が初めてでした。行くのは良いものの、周辺に未訪市がなく、ここだけの為に行って帰ってくる、という形にしか考えられなかった為、長い間訪問をためらっていましたが、今年初めようやく決意が固まり、飛んできました。

Dsc01526 って当初飛行機で来ることを計画してましたが、仕事が済んですぐ博多まで新幹線移動して宿泊。翌朝早くに新幹線で新八代(熊本県)まで出て、そこから高速バスに。

博多駅でバスのチケット買ってたのでスムーズに行けましたが、待ち時間が数分という結構な綱渡り移動でした。

新八代→宮崎が、そのバスで、ここからまた電車で隣の南宮崎駅からは日南線に入り、2時間余り。結局博多からでも6時間以上かかってようやくこの串間に着きました。どこからも遠くて、アクセスには本当に苦労しました…

Dsc01600●ホーム

市の中心ではありますが、1面1線のホームです。

広めのホームに屋根は真ん中を柱として両サイドにひろがる形のものとなっています。

1日の平均乗車人員は2011年で59人という少なさで、

Dsc01602とても市の中心駅とは思えない数ですが、路線自体が非常に閑散というか、乗ってる人は確かに少なかったですね。

2線ありますが、1線は保全用の側線といったところで旅客での使用はありません。

Dsc01528●猫の待つ通路

向こうがホームになりますが、改札は台が残っています。

無人駅というか簡易委託駅で、市の観光協会が受託して駅業務を行っているという事で、切符は右に木の台が見えると思いますが、ここを窓口として購入が可能です。

で、その通路には、このネコが居座っていました。鹿児島県の財部駅(曽於市=前回記事の地)でもクロネコが居ついていて、この辺は猫の平和地帯なのかな、とすら感じました。

Dsc01527●駅猫

顔が見えないカットになってしまっていますが、このネコ、ホントに逃げませんでした。

一緒に遊んでたかったけど、市内見る時間も限られているので、適当に切り上げる事に…

Dsc01530●駅舎内

改札を出ると、左へ直角に曲がるようになっており、その角の所にベンチが数脚置かれています。

時刻表などは壁の上にナナメ吊りのような形で設置されています。

Dsc01529●時刻表と

周辺路線図です。

日南線で、果ての果てである志布志駅はあと4駅です。

上下とも1日10本程度しかなく、また宮崎方面は途中までの便もありで、交通アクセスは正直良いとは言い難いものがありました。

Dsc01537●串間駅前交差点

串間駅を出て、左へ少し行ったところにある駅前の交差点です。串間駅前は駅からまっすぐ通りが伸びているのではなく、線路と平行な道を少し通ってから、この交差点で右折した通り(写真の右に隠れている部分)が駅前通りに相当するといった感じです。

Dsc01534●串間駅 駅舎

串間は宮崎県で最後に訪ねた市になりますが、未訪だったから以外にも来たかった理由があって、この駅舎を見たかったのでした。人口2万いるかどうかの市の中心駅ですがなかなかユニークな色模様だと思って。

Dsc01591●農林水産物直売店

駅舎といえど、駅スペースはこの建屋のうちのほんの一部で、大半は地元の農産物の直売や土産もの売り場として使われています。

Dsc01595●くしま駅の駅

と名付けられているのが、この農産物直売店です。

町の駅とというのは聞いた事ありますが、駅の駅は初めて見ました。ミカンは地場の特産として代表的なもののひとつです。

観光客向けの土産物屋よりも、地元の人々の食の支えとして貢献している要素の方が大きいようです。

Dsc01596●駅スペース

インパクトのある色の駅建屋の中、駅として機能しているのは建屋の端っこの、このスペースのみです。

それでもこの屋根縁の辛子色というかオレンジっほい色は目を惹きます。個人的にはこれだけでここへ来た意味は十分あったと思いました。来るのに大変時間のかかる街ですが。

まぁそんなこんなで、ここに足を降ろしたその瞬間に、宮崎県全市の訪問が完了し、感慨ものでした。

 

 

2013年6月16日 (日)

宮崎/えびの えびの駅から市役所まで

宮崎県えびの市、JRえびの駅からの歩き旅です。

(2013年1月当時)

駅前道

えびの駅からまっすぐ伸びた道路です。

市名を名乗る駅の駅前で、ほとんど何も無いに近い状態でした。

ここで徒歩圏域で何か観光しようというのは正直かなり厳しいと思います。

で、この道路ですが、宮崎県道30号線の「えびの高原小田線」です。

この近くのえびの市役所から、ずっと南下して約20km走ったえびの高原までを結んでいるという事で、この線に沿って20kmいけばえびの高原には行けるという事になります。

が、タクシーもろくに停まっていてなし、徒歩じゃ無理だしで、高原へ行くなら計画を立てないと、という事になります。

私の旅はそんな計画立てないし、同じ所に長いこと居ないのが原則なんで、こういう所へはよほどハッキリ行きたいという動機がない限り行きそうにもないですね。

まぁこんな道路から向こうに見える雄大な山々見てるだけで立派な旅した気分になるからいいかな、といつもそんな感じです。

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商店

上の写真の駅前通りを駅から100mほどで左折し程なく行けば、このような光景に。

ペットサロン&ホテルとパチンコ店、買い物するような店がホント駅近くに見当たらないとこです。

パチンコ店も人の出入りが全然見られなかったので、中どうなってんだろう…?と気になりましたが…、まずこの辺を歩いている人自体が皆無でした。

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廃屋

衝撃の光景ともいうべきものでした。

ここまできてまだ放置されてるのか、というぐらいの。

ある意味、えびのの地で見た最も印象深いものかもしれません。

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果てしなき線路

えびの駅より西にある踏切の光景です。

手前がえびの駅になるのですが、この向こうは果てしなく続く感じでした。

遮るものがないようですが、でもやはり遠くは見えなくなっていく訳で、1本だけ続くこの線路に哀愁や孤独を感じました。

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えびの市役所

前に階段のある建屋、ぐらいに思ってたら、その階段部分がすごく足が長くて、まっすぐの通路がしばらく続くという、ここへ来てなかなかの光景に出くわしたのでした。

この市役所の構造は、カタチ的に面白かったです。

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市役所建屋

どっちも階段だし、あの長い通路は何なんだろう、とか考えさせられますが、当時の感覚で作られたのでしょうか。時々こんなとこに通路あっても誰も通らない的なものもありますが、ここの場合はどうなのでしょうか…?

ここにも、えびの駅同様に「吉都線100周年」の看板がかかっていました。

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市役所入口

この魅力的な市役所、更に迫って入口部分まで来ました。

色々面白いものがありました。ドラえもんはじめ他は「??」と思うような謎のものが並んでいたり、両サイドの柱前にはそれぞれ牛と馬が置いてありました。

牛は、えびの産の宮崎牛、という事で、宮崎といえば口蹄疫で大変でしたが、その事を忘れないようにと給食に牛肉が出たニュースが載っていました。

馬の方は、「加久藤の馬」という事で、こちらは市内加久藤(かくとう)地区(まさにこの辺りですが…)は、戦前戦後通じての有名な馬産地としてその名を轟かせ、軍用・農用に重宝していたといいます。昭和40年代を過ぎると、農作業が機械化され、肉牛に取って代わられるようになったそうです。

駅前には何もなかったけど、こういう所に来れば、えびのの町ってこういう所か、、というのが分かり、収穫があって良かったとつくづく思いました。

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2013年2月14日 (木)

宮崎/西都 パンダのふくらみ

宮崎県西都市、宮崎県のほぼ中央部に位置し人口は31,915人(2012.12.1現在)で、日本最大級の古墳群「西都原古墳群」で知られ、またヤクルトスワローズがキャンプを張る事でその名が知られています。

その西都市をめぐったものです。(2013年1月)

西都バスセンター着

ここ西都市入りしたのは、この西都バスセンターでした。

宮崎県へは2009年7月以来3年半ぶりの訪問で、沖縄を除く46都道府県で最も永く訪ねていなかった県でした。つまり3年半以内の間には沖縄以外全部行ってる、って事ですね。

この正月休みが明けた次の3連休、前夜伊丹空港泊にて早朝の飛行機で宮崎空港へ。これにて宮崎県入りし、すぐ隣にあるJR宮崎空港駅から同じ宮崎市内の佐土原駅へ。

佐土原駅からここまで約25分(630円)でやって来たのでした。

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バスセンター建屋

バスセンターの建屋全景です。

ゴツゴツとしたコンクリに全面ブルーのペイントで若干ソフトな雰囲気になっています。

西都市は宮崎県で唯一、鉄道駅のない市で、ここが実質的な市の交通の中心地です。

宮崎交通の拠点のひとつであり、隅には宮交タクシーが停まっています。

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市街地案内図

バスセンターの道隔てて向かいにあった看板です。

春先は花が咲き誇り、関連のイベントも盛んなようです。

現在地は、市街地案内図とある「市」の字を下へたどっていって、赤い横線上から3本目のとこらへんで、この辺り色々施設が集中しており、市の中心という雰囲気です。

ちなみに左下の黄色い部分(左が北)は西都原古墳群です。

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歩道のハニワ

バスセンターの付近の道路のカットですが、道路脇にはこのようなハニワが点在している所があります。さすがは古墳の町。

西都原古墳群はここから2kmほどの地点にあるようで、時間があれば寄れなくもなかったのですが、次に色々行くところがあったので、パスしました…

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商店街へようこそ

バスセンター沿いの道から外れ、商店街に入りました。

歩道に屋根のついた昔ながらの商店街です。

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イベント!

商店街を進んだところ。

西都ショッピングセンター・PAO(パオ)前のスペースで連休中にイベントが行われていたのに出くわしました。

子どもたちがこのように大きな布地?!のようなものを持ちながらぐるぐるとまわっていました。

で、立ち止まって上下に振ったと思ったら…

パンダの立体的な顔が!!

ギャラリーが大きな拍手を送っていました。

旅する身としては、こういうの見ると心和みます。

連休の午前中にごくろうさまでした~、と思いつつこの場を立ち去ったのでした。

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「妻」交差点

西都市の中心とされる「妻」地区で、その名のついた交差点です。

宮崎県の市で唯一、鉄道の通っていない西都市もかつては、国鉄妻線という路線が通っていて、妻駅という駅までありましたが、国鉄末期の1984年に廃駅になったといいます。

その妻駅跡は西都バスセンターのすぐ近くにあるようです、後で知りましたが…

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西都市街地図

妻の交差点付近の市街図です。

現在地は分かり易く横矢印の入っている地点で、交差点状になりつつ周りに色々とある、まさに中心地です。

あまり長く居なかったので、この近辺でぐるぐる動いてただけだった感じの西都市でしたが、主要施設は押さえたのでよかったかな、と。ハニワに出くわしたのも、この町ならではでした。

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2013年2月 3日 (日)

JR小林駅 (宮崎県小林市)

宮崎県小林市のJR小林(こばやし)です。

小林市は宮崎県の南西部に位置し、えびの市同様に鹿児島県にも熊本県にも接しており人口は47,736人(2012.12.1現在)で、霧島連山の山麓にあり、湧水や温泉が豊富で自然豊かな町です。

-JR小林駅
【路線】JR吉都線(吉松-都城間)
【開業】1912年10月1
【訪問】2013年1
【1日あたり平均乗車人員】 579人/日 (2011年)
【近隣の主要駅(吉松方面)えびの駅→4駅 
          (都城方面)都城駅→9駅


駅名標

2013年で新規に訪ねた市の中で、その駅を初めて訪ねたのはここ小林駅です。

ここには宮崎駅前の某地からバスでやって来た(電車よりバスのが早い)のですが、駅に着いてすぐにJRでえびのへ発ったので、町の中を探訪したのはえびの市の方が先ですが、駅着はこちらが先です。

えびの駅から街を探訪した後、再びこの小林へ戻ってきて、町歩きをしました。というのも、小林を先に旅してるとダイヤの関係で、えびの駅に明るいうちに着かない可能性があったので、あえてここをすぐに発ち、えびのへ行ってから引き返してきました。

駅名標は両隣駅名の上にある赤い矢印は色褪せてしまっていますが、ローマ字部分の青文字はクッキリ出ています。独特の駅名標という印象です、JR駅ではないような…。

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名所案内

すっかり錆びきっています…

駅から何キロもあるような、バスで最低15分はかかるような所ばかりで、徒歩で寄れそうな名所はここにはありません。徒歩で散策するなら中心街の街並みを堪能するぐらいでしょうか。行った時実際そうでしたが…。

小林バスセンターが付近にはありますが少々歩きが必要で、ともすれば見落としてしまうので利用する場合は要注意です。

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屋根下と電車

ホームは1面2線で、両サイドのこの細い柱で大きな屋根を支えています。下には中央にベンチが背中合わせに置かれています。

前回記事のえびの駅では屋根は一切ありませんで、室内型待合室のみがホーム上で雨露をしのげる場所でしたが、この駅にはこれほどの大きな屋根があります。(ホーム上待合室はありませんが…)

吉都線の途中駅では唯一の有人駅であり、非常に重要な役割を担っているといえます。

停まっている電車は、えびの駅の記事の時と同じタイプです。

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ホーム全体

引くとこんな感じですが、屋根はこのような重厚な三角状で、細い柱と相まって魅力的に見えました。屋根下に居ると大きな屋根に見えますが、ホーム全体から見ると、屋根があるのがほんの一部というのが分かると思います。

駅名標や名所案内はこの位置に見えます。

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駅舎ウラ

ホームから駅舎の裏側を眺めた様子です。

この駅もえびの駅同様にこのホームの坂を下りた向こうにある構内踏切で改札と結ばれていて、跨線橋はありません。

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キッズ駅

ホームから構内踏切を渡って改札へ向こう所、その改札横にありました。

右側は小林駅の開業100周年を記念しての顔抜き看板でしょうか、同じ日に開業したえびの駅にはなかったものですが、さすがは有人駅といったところです。

えびの駅のような木目の板張りではなく白木ではありますが、同様に木造の渋い建屋となっています。

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駅出口

出口のひさしのてっぺんは半円に花やらが描かれています。

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駅前広場 昼と夜

ロータリー状になっている駅前広場、訪ねた先月当時、夜はイルミネーションできれいでした。

来たのは明るかったですが、去る時は既に18時過ぎ。

夜もこんなにきれいな姿をここで見る事が出来るとは思ってなかったのでラッキーでした。

下の夜の2カットで色が違うのは、カメラの明るさ調整を変えているからです。

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小林駅 駅舎

平屋駅舎ですが、屋根から飛び出た三角屋根に時計と駅名の表示があり、なかなかインパクトがあります。

その真下にはえびの駅でも見られましたが、吉都線の開業100周年記念の看板がかかっていました。

建屋の右端、半円状になっている部分が出入口で、その左にチョコっと飛び出している三角部分が観光協会の出入口です。えびの駅との違いは、当駅は有人駅である事と、このように駅以外の施設も入っている事で、吉都線途中駅では紛れもない最重要駅です。

左端には「花と緑と畜産のまち 小林」との表記があります。駅前周辺を散策したのみでなかなかそのようなものに触れあえませんでしたが、吉都線に乗るなら途中駅ですが外したくない所だと思います。

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JRえびの駅 (宮崎県えびの市)

宮崎県えびの市のJRえびのです。

えびの市は宮崎県の西端に位置し、鹿児島県にも熊本県にも接しており人口は20,793人(2012.12.1現在)とかろうじて2万人を越えている状態ですが、えびの高原の存在は有名で年間約80万人の観光客が訪れるといわれています。

-JRえびの駅
【路線】JR吉都線(吉松-都城間)
【開業】1912年10月1
【訪問】2013年1
【1日あたり平均乗車人員】 87人/日 (2011年)
【近隣の主要駅(吉松方面)吉松駅→3駅 
          (都城方面)小林駅→4駅


駅名標

2013年で新規に訪ねた市がいくつかありますが、その中でいちばん最初に駅前を旅した所です。駅を訪ねた最初は隣の市の小林駅ですが、バスで降り立って程無く乗継でここまでやって来たので、駅前を歩き回ったのはここが最初という訳です。宮崎県は2009年夏以来3年半ぶりに訪ねました。

人口2万人ほどの市の中心駅なんで、こういう風景かなとは思っていましたが、それにしても穏やかそのものでした。えびの市の市名を名乗り、市の中心駅でもある訳ですが、利用者数では隣の京町温泉駅よりやや少なく、反対に都城方面の2駅隣のえびの飯野駅よりもかなり少ない状態です。

ちなみにえびの市の市制施行は1970年で、よく似た名の神奈川県「海老名」市の施行は翌1971年になります。

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のってきた電車

この電車に乗って小林駅からやって来ました。1両だけです。

吉都(きっと)線の駅は当ブログ初登場です。乗ったのもこの時初めてだったもので…。つい先月、1月の3連休を利用しての旅でした。

この時の旅から今まで未訪の市に行っておらず、段々未訪市の開拓も遠くばかりが残り、困難になってきました。現在787市中733市訪問(あと54市)、今年中に750市までは行きたいなと思いますが…。

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ホーム

ホームは1面2線のみで、この室内型の待合室が設けられており、そのすぐ外に木製のベンチがひとつポツンと置いてあります。

改札とは向こうの構内踏切で結ばれており、跨線橋はありません。

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待合室内

ホーム上の待合室内の様子です。

長椅子状、個別の椅子状両方ありますが、壁床とともに白基調で統一されているかのように見えました。

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改札前

駅舎の内側にあたる部分ですが、大きな屋根が立派で、ひさしもメインの屋根より大きく出ていて、屋根の重厚感が倍増しています。

またこの木造の渋さがなんともいえず、ひさしの下側の骨組みも素晴らしいし、駅名標周辺の木造部も実に純和風の佇まいが素晴らしいですね。

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改札

改札口そのものもズバリ木造です。

昔懐かしの佇まいがそのまま残っている感じです。昭和っていいな、って感じで。

両サイドにベンチが置いてありますが、ここで電車待つ人って居るのかな…??

ひさしの柱に適当にひびが入っていて、木造という事を改めて感じさせられます。

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駅舎内

これも昭和の風景そのままではないでしょうか。

昔のやや大きめの駅の駅舎内という感じ、イメージですが…。

木造イスありソファーありってとこは何でもありな感じですが。

木の梁と貫、板張りの内装、居るだけで郷愁を激しくそそられるこの雰囲気はたまりません。

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運賃表

付近の路線図と運賃の表です。

3駅いった吉松で肥薩線と合流しますが、その手前の鶴丸駅から鹿児島県に入り、ほとんど鹿児島県という感じの地域ではあります。

隣の市・小林までは360円、付近で都市といえる所で最も安価なのが、都城で\1,080でいけます。鹿児島県霧島市の隼人へも同額です。

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時刻表

吉都線の時刻表です。

これはなかなか厳しいですね、、1日に両方面とも11本、平均すると1時間半に1本というところでしょうか。

ちなみにこの時は15:28に着いて、16:12に発ちました。

30数分であちこち外を歩き回って来たんですが、なかなかハードでした…。

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出札内

えびの市の中心駅でありながら、実は無人駅です。

駅に降りる時も車内で運賃払ってきました。

でも出札があって、シャッターで閉められもせず、中身がこんな風に見えています。

やはりここも木枠の透明ガラス窓です。どこまでも昭和です。

ここで、右上に駅名標が見えますが、「きりの(霧野)」駅となっています。これは実在するものではなく、2003年公開の映画「美しい夏キリシマ」で当駅が「霧野駅」として使われたことによるものです。

この映画は柄本佑さんのデビュー作で2003年キネマ旬報の日本映画ベストワンに選ばれ、柄本さんもキネマ旬報の新人男優賞に選ばれています。柄本明さんの息子さんで若い頃のお父さんに雰囲気がよく似てます。ちなみに柄本明さんは「探偵物語」のテレビ版の探偵役をやっていました。(工藤ちゃんじゃない「辻山」の方)

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出札・2

上の写真をそのまま左へスライドさせた位置にあたります。

出札窓口の円がここにありました。

吉都線は1912年に開業し、当駅も同じですが、去年開業100周年を迎えました。

そんな100周年を記念して川柳や写真が貼り出され、地味ながらスタンプラリーも企画され、ミニ冊子が出ていました。幹線ではなく、こういうローカル線の記念事業でつくられたものって手づくり感に溢れていて、より感情移入してしまいます。

一番下の冊子内の様子の左下にあるスタンプは、ここえびの駅の駅スタンプです。説明書きには付近の「金松法然」についての記載があり、無類の焼酎好きの法然さまを祀っているとの事で、焼酎やお米を供えると願い事をひとつ叶えてくれるとか。駅から車で3分、とありましたが歩いて行くとどの程度か…、直線距離で見ると1km程度でしたが…。

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天井

駅舎内の天井部分はオール木造です。

これもまた素晴らしいいでたちです。

蛍光灯がついてるのが若干違和感ありですが…

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駅前風景

駅前は広場があるものの、ロータリー状に整備されたものではなく、だだっ広くひろがっているのみで、タクシーはこの時は一台も停まっていませんでした。

コカコーラのマークの下に商店名の入っている建屋を見ると昭和を感じます。昔はコーラってどこか特別な飲み物だったように思います。

えびの駅から北へ向かっての景色ですが、向こうにそびえるのは国見山でしょうか。あちこちで山がきれいに見えて、どこを撮ってもなかなか絵になります。

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ロケ記念碑

前述の映画「美しい夏キリシマ」のロケ記念碑が駅前にありました。

この映画の監督である黒木和雄氏がここ、えびのの出身なんですね。

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駅舎外壁

駅舎は外装も木造なんですが、見事なまでの板張りづくし。

古き良き時代を思い出すには十分すぎるいでたちです。窓もガラス張りで、小学校の木造校舎を思い出します。

吉都線100周年を記念した看板が取り付けられていました。

「明るい未来が"吉都"くる」、そうあってほしいものです。

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えびの駅 駅舎

無人駅とは思えない立派な容貌で、見事なまでの木造駅舎です。

しかし横から撮ると案外小さい駅舎だなと思ったりもしました…

自転車が結構自由な感じで置かれていました。

ここから限られた時間で「えびの」らしい何かを見つけるのはなかなか難しいですが、30分そこそこ歩き回ってきました。まぁこの駅舎見てるだけでもなかなか面白かったです。

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2012年8月18日 (土)

JR延岡駅 (宮崎県延岡市)

宮崎県延岡市のJR延岡(のべおか)です。

延岡市は宮崎県の北端に位置し、人口は129,492人
(2012.7.1現在)で、宮崎県北部の中心都市で、旭化成の
企業城下町でもあります。またチキン南蛮の発祥地としての
側面も有しています。

-JR延岡駅
【路線】JR日豊本線(小倉-鹿児島間)
【開業】1922年5月1
【訪問】2010年8
【1日あたり平均乗車人員】 2,861人/日 (2007年)
【近隣の都市駅】 (小倉方面)佐伯駅→10駅 
           (鹿児島方面)日向市駅→5駅 

駅名標周辺

今年で開業90周年を迎えました。

ここへは2年前のちょうど今頃、2010年盆時期に来ました。
JR以外にも高千穂鉄道が通っていましたが、台風被害で運休の末、
2008年に正式に廃止になってしまいました。

両隣が北延岡、南延岡、というのが分かり易い…(笑、廃止になった
高千穂鉄道には更に西延岡という駅かありました。

国鉄風の駅名標でないのに単色というのが妙に新鮮に感じられました。

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ホーム

右が2番線、左が3番線で、2面3線のホームで、向こうの
跨線橋を渡って改札に至ります。

柱の部分の緑で覆われているのが印象的で、延岡駅と
いえば、自分の中では真っ先にこれを連想します。

ベンチには兵六餅の文字が…。ボンタンアメは昔からよく
知っていましたが、兵六餅も鹿児島の同じ会社のもの
なんですね。

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跨線橋・外部

横筋の通った独特の跨線橋で、グレーを基調としつつ
ブルーストライプが入っていて、電車の車両を思わせるような
カラーリングです。

偶然ですが、ホームのミラーに列車の顔が写っていて、
なかなか面白い事になってました。跨線橋の下から列車が
ぶら下がっているような錯覚…!(笑

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跨線橋・内部

2枚の写真のうち、上が階段部分、下が橋部分の様子です。

手づくり感に溢れていて、ホンワカした感じで実に好感もて
ました。都市の駅ではなかなかやりづらい事かもしれませんが、
よくやった、という感じがしました。

跨線橋の橋の部分はこの絵がなければ、かなり荒涼とした
雰囲気だったかもしれず、都市規模に見合わせて考えると
少々寂しい感がありました。

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周遊指定地

駅ホームにあった周遊指定地の看板です。

高千穂峡はあまりに有名ですが、高千穂線のりかえ、と
あるのが今となっては悲しいものが…、
延岡からでは高千穂バスセンター行のバスが出ているそうで、
約90分との事です。確かに一度は行きたい所ですが…。
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駅観光案内所前

観光案内所の表は、チキン南蛮の発祥地であることが
大々的にアピールされていました。

この時期は特に宮崎での畜産関連の相次ぐ病気の発生も
あって、なんとかこれを挽回しようという動きが盛んで、
どこへ行ってもその手の事を目にしました。旅をしてると
切ない思いや、単に旅行者として通りかかってよいものか?
と思ったりもしますが、確かにあった事として目には
焼きつけておきたいと思いました。

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駅前風景

駅から見た駅前の様子です。

宮崎県となると南国っぽい雰囲気が出ていて、ヤシの木が
並んでいました。宮崎駅なんかへ行くと、その様子がより顕著
になります。

ここの街は実はあまり寄っていなくて、多少は歩いたものの、
結構昼食に時間を割く事となってしまったので、これといった
ものがこの時は見れずでした。それでも面白いものには
出くわしたので、またupできたら、と思います。

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延岡駅 駅舎

コンクリート造の2F建てで、昔からの地方都市らしい駅舎
という印象です。今ドキっぽい形をしていないところが個人的に
好きです。

また駅名だけで、「JR」と冠されていないところも
昔っぽくていいなと思うし、その駅名の文字が赤って
ところもいいですね。

色んな市を訪ねるようになったのはここ数年の事ですが、
また来たいと思う所と、正直そう思えなかった所があります。
また来たいというのは、よかった!だけじゃなくて、よさそうだけど、
あまり廻れなかった等も含む訳で、この町は魅力多そうだけど
あまり行けてなかったので、そういう意味でまた来たいです。

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